【薫】その至近(真名木風由 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ガタン、ゴトン……
 それは休日の帰り道。
 電車に乗った『あなた』達は、今日は楽しかったと過ごした時間を振り返っていた。
 時刻は夕方、夕食時より少し前。
 駅に着く頃には夕飯の時間、折角だし、どこかで食べてから帰ろうか、なんて言葉を交わす。
 それなら、どこで食べようか。
 お店はきっとどこも混んでるだろうけど、大体予算はどの位で、待ち時間はどの位までなら許せるか、それなら今の時間使ってネットから予約した方がいいんじゃないか。
 そんなことを話していると、駅に着いた。
 まだ降りる駅ではないけれど、この近くでイベントがあったらしく、人が沢山乗ってくる。
 反対側のドアまで流された『あなた』達は、まぁ、降りる駅はこちら側のドアが開くからいいやと気楽に構えていたら。
 次の駅でも人が多く乗ってきた。

 このままでは、パートナーが潰されてしまう。

 そう考えた精霊は、神人を守るように立った。
 人ごみに潰されないようドアに手を着き、お礼を言う彼女を潰さないように耐える。
 その時だ。
 精霊の鼻腔を、香りが擽った。
 ほんの微かな、トワレの香り。
 自己主張が激しくないその香りは、神人から漂うもの。

 今日、トワレなんか、つけていたのか……?

 屋外で過ごしていた為か、それとも普段意識していなかった為か。
 精霊は、急速にそのことを意識した。

 神人が潰されないよう物理的に頑張っていた精霊、神人から微かに漂う香りという誘惑から精神的に頑張る必要が出てきた。
 耐え続けるか、人ごみを理由に腕の中に閉じ込めるか。

 さて、どうしようか。

解説

●状況整理
・遊んできた帰り(どこで遊んだかは屋外であるなら自由に設定してOKです)、目的の駅に向かう電車がすごい混雑してきた。
・神人が潰されないようガードしてたら、微かに漂う香水の香り。
・この密着状態どうしようか。(電車にはあと30分程度乗ってます)

●神人共通
・トワレ(自由に設定してOK。お任せでもOKです)を1滴、和紙に垂らしたものを上着の内ポケットに入れてあります。(電車に乗る前化粧室で入れた模様)
・ちょっとしたお洒落だけど、精霊には言ってません。(その理由は個々でOK)

●神人が出来ること
・精霊ガチ観察(身体の向き正面、顔は精霊に向いた状態)
・黙って到着を待つ(身体の向き自由、顔は精霊に向いていない状態)
・喋りで間を持たせる(身体の向き・顔の向き共に自由)

※現在身体の向きを変える位しか身動き出来ません(精霊に背中を向けるのは可能)

●精霊が出来ること
・30分誘惑に耐えて物理的に守り続ける(その間ガチ観察OK)
・誘惑に負ける(負けてどうするのかは『満員電車の中である』ことを忘れていない範囲であれば自由です)

●消費ジェール
・この日遊んだり交通費だったり夕食で一律600jr消費

●注意・補足事項
・誘惑に負けても、社会的倫理には負けないようにしましょう。「きゃー痴漢ですぅ」と第三者から駅員に引っ立てられることがないよう節度ある負け方をしてください。
※許容は髪、こめかみ、額、頬、項、手への軽いキス(ちょっと触れるだけ)、至近距離です。ハグは神人が潰される可能性があるので、工夫する必要があります。
・個別描写となります。また、心理描写が比較的多めになります。

ゲームマスターより

こんにちは、お久し振りです。
真名木風由です。

今回は寿GM主導の連動エピソード【薫】関連のエピソードとなります。
該当エピソードにご参加いただけますと、素敵な香水が配布されます。
全てコレクト出来るよう頑張ってください。

久々であること、描写密度を上げたいことより募集人数も多くないですが、ご都合あったら、香りを端に発した、緊迫の時間をお過ごしいただければと。

それではお待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

鞘奈(ミラドアルド)

  相変わらず鍛錬の帰り
ああ、最悪

トワレ
っていうか、妹に鍛錬帰りが汗臭いって強引に持たされただけだけど
香り?わからないわ、柑橘っぽいみたい

(ミラが反論してこないのをいいことにじろじろ観察
(顔を背けてるのはわざと?
案外まつ毛長いのね、ああ、まつ毛も金色なのか
これで中身もいいみたいなんだから、天は二物を与えるってやつ
…こんなに触れるのは初めて?鍛錬ではつばぜり合いはしょっちゅうだけど
…汗臭くないかしら
そんなの気にしてどうするのよ、馬鹿らしい
ミラは紳士だとか妹は言うけど
戦ってる姿を見れば、そんなこと思わないわよね
…私しか知らな、…何考えてるのよ(混乱)
らしくない

…!
あんたこそ、大丈夫?

…早く着かないかな


淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
  あっという間に満員になってしまいましたね。
イヴェさん私のこと庇ってくれてるのですが…窮屈ですよね。
苦しくないですか?って聞いても目を逸らしてしまったのでもしかしたら本当に苦しいのかもしれません…。
でも、ちょっと役得と言いますか。
こんな風にイヴェさんのことじっと見ることはなかったような気がします。
イヴェさん、身長が高くて細身ですが意外と筋肉がついていて…ってそんなこと考えてたらなんだか恥ずかしくなってきました。
何処を見ていいのか分かりません…!
わ、私も目を逸らした方がいいんでしょうか?
一度意識してしまったら気になってしまって…は、早く駅につかないかな?
?今、髪に何か触れた様な…い、イヴェさん!?


手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  (トワレの香りはお任せします&向かい合い体勢
普段香水等を付けないのを珍しがられて説明するのが面倒なので内緒。
告白されてカガヤを意識する事が増えてのお洒落意識から)

せ…狭い…
故郷ではこんなに人が密集する事ありませんでしたしかなり苦手な空気ですね…

「カガヤ、きつくありませんか…?」
いつまでこの状態か分かりませんし、わたくしももう少し端に寄らなくては。

それにしても…カガヤの顔が近いです…!
「カガヤ…!電車の中ですよ…!」
あう…顔立ちいいのはこういう時卑怯です…!

一回引いたのにまたですか…!?
こうなったら仕返しを…!
カガヤの肩に手をかけて精一杯背伸びします!
(周りの邪魔にならないように顔を近づけたい)


●抗えない香り
「あっという間に満員になってしまいましたね」
 淡島 咲の澄んだ青い瞳がイヴェリア・ルーツを見上げる。
「混雑する時間帯だったようだな」
 イヴェリアは咲の両側へ腕を着き、彼女が混雑に潰されてしまわないように庇う。
 庇うこと自体は抵抗ないが、混雑もあって咲との距離は近い。
 その青い瞳に映る自分もそれだけ近づき───落ち着かない。
(イヴェさんが庇ってくれてるのですが……、窮屈ですよね)
 庇われる側の咲は、イヴェリアをじっと見る。
 初対面から思った目の前の彼は、初対面からまっすぐ自分を見つめてくれた人。
 ルーメンの色、と思ったその瞳には、イヴェリアが地上の色と言ってくれた自分の瞳が映っていた。
 澄んだ空や南国の海、それらを見てそう思うこともあったが、この青が最も近く、綺麗だと……あの時の嬉しさは今もこの胸にある。
「イヴェさん、苦しくないですか?」
「……大丈夫だ」
 咲が問いかけると、イヴェリアは吐息を零して目を背けた。
(もしかしたら、本当に苦しいのかもしれません……)
 そう思う位、電車内は混んでいる。
 潰れないのはイヴェリアが庇ってくれているから。
 本当に苦しいなら申し訳ないのに、こうも思う。
(でも、ちょっと役得かも……)
 こんな風に近くでじっと見つめられる機会はあったかと思い返してみても、なかったから。

(……俺は試されているのか?)
 そのイヴェリアは、苦しいから目を背けた訳ではなかった。
(咲から、ほのかに甘い香りがする……。香水、か?)
 イヴェリアの鼻腔を控えめに擽るその香りは、咲が至近にいると強く意識させるもの。
 日中、屋外にいたこともあるが、咲が香水をつけていることなど気づかなかった。
 ここまで接近したから気づけた……と気づくと、この至近を意識せずにはいられない。
 しかも、閉じ込めているような構図になっているのにも関わらず、咲はその瞳を逸らすことなく向けてくるのだから。
(視線を感じる……)
 試されていると思うから背けているものの、完全に明後日の方向を向くことも出来ず、咲の表情は視界の隅に入っている。
 じっと見ていたかと思うと、微笑を零し、それから、徐々に頬が赤く色づき、恥らっているように見えてきて───
(やはり、試されている気がする)
 咲に。この状況に。
 思考が、咲からほのかに漂う香りによって、甘く鈍く溶かされていく。
 時折、降りる駅ではないがドアが開いたことで空気が流れ込み、イヴェリアは我に返るが、まだ先は長い。
 目的の駅に着くのが先か思考が溶けきるのが先か……イヴェリアには判らない。

(イヴェさん、やっぱり背が高いですね)
 イヴェリアが試されていると考えている頃、咲は役得を活かしてイヴェリアの横顔を見つめていた。
 咲も女性の中では背が低くない方だが、イヴェリアとは結構身長差がある為、見上げる形になる。
 長身のイヴェリアは細身であるが、銃や弓を得意とするプレストガンナーだからか、意外と筋肉がついている。
 ……海辺で、イヴェリアの水着姿を見て、それは実感したのだけど。
(……な、何だか恥ずかしくなってきました……)
 今更にして、どこを見ていいのか判らなくなってきた。
(わ、私も目を逸らした方がいいんでしょうか?)
 そう思った瞬間、こちら側のドアが開いて、人の動きに惑わされないようイヴェリアが咲をより守ってくれるから、咲はイヴェリアの細身だが意外に筋肉がついている腕に意識が集中していく。

(この駅から、目的の駅までこちらのドアが開かない。……拙い)
 イヴェリアは咲の意識など露知らず、試される理性の限界を感じていた。
 思考が甘く溶けきったら……抗えなくなる。
 咲と一緒に過ごした今日は、他の日がそうであるように、幸せだった。
 隣にいるだけで心地良いと感じるが、この状況は危険過ぎる。
 自分で何をするか判らない。
 離れられればいいが、他の乗客に押し潰されるなんて以ての外……そう思うのにこの距離は近過ぎて。
『絆を結びましょう』
 ふと、あの言葉が蘇る。
 食事をした後、また祈りの泉に行こうと咲が告げた言葉だ。
 まだ、出会って間もないあの頃……咲はチョコレートと共に───
 その時、電車が揺れるので注意して欲しいというアナウンスと共に電車が少しだけ揺れる。
 周囲の流れの影響で、イヴェリアが咲へ一層近づく。
 近くに柔らかな黒髪が見える。
 夏、海水で髪が傷んでしまわないようにと拭いた咲の髪だ。
(……?)
 イヴェリアは、香水とは異なる良い香りに気づいた。
 香水が纏う香りなら、この香りは咲自身から発せられているもの。
 そう、髪の───

 一度意識してしまうと、中々頭から消し去ることは出来ない。
(は、早く駅に着かないかな?)
 目的の駅までが本当に遠く感じられる。
 もうすぐだと解っているけど、目的の駅までこのドアは開かない。人の流れに惑うことはなくなっても、鼓動は落ち着かない。
 イヴェリアと会話もなく、けれど、意識しているから気になってしまって。
 その時、電車が揺れるから注意とアナウンス。
 多少電車が揺れて、イヴェリアが流された人に押され、咲に一層近づいた。
(び、びっくりした……)
 鼓動がより速くなった咲は、イヴェリアがまだ離れないことに気づいた。
(揺れの影響は収まったのに……?)
 咲が不思議に思ってイヴェリアを見上げようとしたその時だ。
 ふっと、柔らかな黒髪に何か温かいものが触れてきた。
 見上げると、イヴェリアがより近く……髪にキスされていると解る。
「イ、イヴェさん……!?」
 咲の声で我に返ったイヴェリアがぱっと離れた。
「すまない。その、いい香りが……」
「こ、香水の香り、ですね。でも、髪には何もつけていないですよ?」
 イヴェリアへ咲が上着に香水「月夜ノ雫」を1滴垂らした和紙を入れたのだと照れたように微笑む。
(違う。その香りではない)
 イヴェリアは、心の中でそう呟く。
 抗えなかったのは、纏う香りではなく、放つ香り。
 絆を結ぼうと言った咲自身の香り……そう言ったら、咲はどんな反応をするのだろう。
(……俺はこんなにもサクに弱いのか)
 気がついた時には、そう動いていた。
 その香りは、メールで約束して見に行ったイルミネーションの輝きよりも輝いていて、どんなお菓子よりも甘く、氷戀華よりも美しい。纏う香水よりも魅惑的な香りだ。
 抗えないその香りは、咲しか放つことが出来ないものだ。
 そう、『咲』であって、他の誰かではない。
(だが、この香りを知っているのは俺だけでいい)
 イヴェリアの心の呟きを知らない咲は、「もうすぐ駅に着きますね」と庇ってくれた感謝を告げている。

●きっかけの香り
「急に混んできたね」
 ミラドアルドが、鞘奈を庇うように腕を着いた。
(ああ、最悪)
 その呟きは、混雑に対してのものか自分を庇うミラドアルドに対してのものか。───両方か。
 自分が何を言っても、この状況ならミラドアルドは我を通す。
 諦めが悪いことに慣れたのか、諦めるようになったのか。
 鞘奈はそこへ触れず、「今日の鍛錬どうだった?」とミラドアルドへ尋ねてみた。
「動き自体は悪くなかったと思う。ただ、攻撃直後の隙には注意した方がいいかもしれないね」
 鞘奈は戦闘時、力に頼る傾向がある。
 攻撃に重きを置く分、攻撃直後の守りが疎かになっては危険だ。
 ロイヤルナイトである以上に彼の性格的なものもあって、そうした意見が出るのだろう。
「珍しいね。いつもは聞いてこないのに」
「気が向いただけよ。今後の参考にするかは別」
 鞘奈が顔を背けた拍子に腰まである黒髪が揺れ、その拍子に香りがミラドアルドの鼻先を撫ぜた。
(香水? いい香りだけど……鞘奈はいつもしない、筈)
 オレンジ系の香りは、甘過ぎない甘さで、少し爽やかな印象を受ける。
 ミラドアルドは詳しくないが、ほのかであることもあり、嫌な気分にならない。
 寧ろ───
(い、いや、顔を背けて、やり過ごそう)
 ミラドアルドは意識しそうになったことに気づき、慌てて顔を背ける。
 その気配に気づいた鞘奈が顔を戻すと、自分の返答に反論しないミラドアルドの横顔を見た。
(何で顔を背けてるのかしら。……わざと?)
 その原因まで思い至らない鞘奈はミラドアルドの沈黙をいいことに彼を観察してみる。
 まず目についたのは、ミラドアルドの瞳だ。
 整った顔立ちによく合う瞳の色は緑である。
(案外睫毛長いのね、ああ、睫毛も金色なのか)
 瞳をじっくり見れば自然と目に入る睫毛を見て、ひとつの発見。
(これで中身もいいみたいなんだから、天は二物を与えるって奴ね)
 正直、一生分かり合えないが互いの口癖になる程度に理解が出来なかった。
 それでも、ミラドアルドは諦めずに───
『そう言ってくれてありがとう』
 彼が買ってきたブルースターとカスミソウの花束を受け取った時、ミラドアルドはそのことに感謝してきた。
 花言葉なんてものの存在を知っているかどうかさえ怪しいのに、自分と歩み寄る契機になればと買う感性は、鞘奈にはない。
(あんたは諦め悪いわよね)
 ウィンクルムの絆がなければ、オーガへの対抗は厳しい。
 ミラドアルドはそう考えて、歩み寄る契機を求めた訳ではないだろう。
 彼の過去には、喪失がある。
 だから、彼は命を粗末にするなと言い続けるのだろう。
 遺される気持ちを知っているから、鞘奈にそう願う。

 だから、夢の中、紅の瞳の彼に下された時に叫んだ。
 だから、彼は選んでいいと凍える部屋の中で微笑んだ。

(……殴りたくなってきた)
 沸々と感情を蘇らせる鞘奈の黒い瞳は、研ぎ澄まされた刃のように鋭くなった。

(……視線が痛い)
 ミラドアルドは痛い位の視線を感じていた。
 最初はじろじろと観察するようなものだったが、何か、怒りが混ざっているような気がする。
(ああ、変なこと考えてるとか思われていないだろうか)
 もしかしたら、それが原因ではないか。
 フィヨルネイジャの悪夢の中とはいえ、一応、ちょっと、ほんのちょっと、前科がある。
(思ってない。大丈夫)
 まるで言い聞かせるような言葉の後、ミラドアルドは偽りはいけないと正直に思い直した。
(いや、少し思ってる)
 鍛錬以外でここまで近くいるのは初めてだろう。
 それだって鍔迫り合いといった状況限定のものであって、ここまで連続した時間のものではない。
 視線が合わないよう、鞘奈をちらと見てみると、少女とも女性とも言い切れないこの年齢特有のバランスある顔立ちが目に映る。
(髪も瞳も真っ黒だ。艶やかで、綺麗だ。容姿はとても綺麗だし、胸も……)
 そこまで思い、ミラドアルドは何を考えているんだと我に返る。
 鞘奈をそういう風に見るのはいかがなものか。
 立派な女性なのだし、懇意にする男性位……。
(いやいや鞘奈に限ってそんなことはありえ……)
 否定した後、彼女の幼馴染であるディアボロの顔が過ぎる。
 彼を、『男性』カウントしていいかどうかは判らないが。

(……汗臭くないかしら)
 鞘奈は、ミラドアルドが一瞬自分を見たことに気づいた。
 沸々とした怒りで忘れていたが、こんなに近くにいるのは初めてだ。
 真依から鍛錬帰りが汗臭いからと強引に持たされたトワレを言われるまま使ってみたものの、柑橘系という香りはよく解らない。
 だからか、何となくそう思った。
(……って、そんなの気にしてどうするのよ。馬鹿らしい)
 彼は、日中鍛錬していた相手ではないか。
(あの子は、ミラのこと紳士だと言うけれど……)
 クリスマスに家を訪れたミラドアルドの評価はそうしたものだった。
 それまでも、鍛錬の帰りに落葉を見に行くと言ったら、デートのお弁当は美味しそうに飾りつけろと主張されて。
 自分とは違う視点で彼を見ているのだろうと思ったものだ。
(戦っている姿を見たら、そんなこと思わないわよね)
 『我ら、汝の身を我が物とし、生死を共にする』───インスパイアスペルの言葉通り、鞘奈の背を守り、状況に即した戦いをする。
(……仕方ないわね。私しか知らな……何を、考えてるのよ)
 らしくない、と鞘奈は心の中で溜息をついた。
 こんなに近くにいるからいけない。
 しかも、ミラドアルドはさっきから喋らない。
(何か喋りなさいよ)
 少しは解ってきたとラピスラズリ・プリンセスのオープンデッキで言ったけど、今は沈黙の理由が解らない。

 その時だ。
 電車が揺れるので注意というアナウンスが流れ、直後に少し揺れた。

「……っと、大丈夫かい」
「あんたこそ、大丈夫?」
 手すりに掴まれない場所であった為、少しよろけた鞘奈をミラドアルドが助ける。
 後ろの人も同様によろけてミラドアルドに寄りかかる形になったのを見、鞘奈が問うが、ミラドアルドは「大丈夫」と微笑んだ。
 彼は、いつだってそう。
「……早く着かないかな」
 鞘奈はミラドアルドが絶対に腕の力を緩めないと知っているから、目的の駅に着けば、耐える時間が終わると思って、そう言う。
「そ、そうだね。早く着くといいね」
 ミラドアルドが鞘奈の心中を知らず、そう応じる。
(もう少し……)
 そうでないと、香りが全て攫っていく気がする。
 その時だ。
「ミラ、礼だけは言っておくわ」
 ありがとう。
 以前と違って言われなかった言葉は、香りのように甘過ぎない。
 けれど、それが、彼女らしい。
「どういたしまして」
 ミラドアルドは、微笑を返す。
 香りがくれた時間で、気づいたことがある。

 鞘奈が綺麗なのは、彼女が『生きている』からだ。

 でも、今はまだ内緒。

●願いの香り
 狭い。
 手屋 笹の脳裏に過ぎったのは、その単語だった。
 カガヤ・アクショアが笹が背にしているドアに軽く手を着いて空間を作ってくれているが、圧迫感があるのには変わらない。
(故郷ではこんなに人が密集することありませんでしたし、かなり苦手な空気ですね……)
 平和になったら帰ると決意した故郷で、こうした状況になった記憶はない。
「カガヤ、きつくありませんか……?」
 笹は圧迫感を感じるからこそ、空間を作ってくれるカガヤに負担がないかとその顔を見上げる。
「ん? 多少きついけど、ずっとじゃないだろうし、大丈夫大丈夫!」
 もう少し端に寄れば、カガヤの負担も減るだろうが、この状況だと根本的な解決は難しそうだ。
 いつもより近い距離。
 息遣いが聞こえてくる程ではないが、笹は上着にある『それ』を少し意識する。
 雪をイメージしたトワレを1滴垂らした和紙は、今日出かけるからと忍ばせたもの。
 普段香水をつけないのにと珍しがられても、説明に困ってしまうから、内緒にしているのだ。
 ちょっとしたお洒落、と言えばそれでいいのだけど。
(まだ、わたくしはカガヤに答えを伝えてません、から)
 クリスマスに感じた温かさと柔らかさを思い出し、笹は少し頬を染める。
 答えも伝えていないのに、カガヤの為と思わせるようなことはしたくないと笹は思っているが、今日はカガヤと過ごすからという彼への意識がちょっとしたお洒落に繋がっていることを自覚し切れていなかった。
(カガヤは……わたくしが香水つけていること、分かりますか?)
 内緒にしているのに、全く気づかれなかったら、それはそれでモヤッとしてしまいそうな気がする。
 保留にした胸の内は、時々、ワガママを言う。

 苦手な満員電車の中、笹が潰れないようスペースを作っていたカガヤはすぐにその香りに気づいた。
(初めての香り……すっごくいい香り)
 詳しくはないが、雪を連想させるような優しい香りで、どこか甘い。
 以前、オニバスの葉を渡って、ウィッシングパフュームを作ったことがあるが、その時の花の香りとは違う気がする。クリスマスの時はあの時の香りだったのに。
 だからなのか、満員電車の圧迫感よりもその正体が気になって───

「カガヤ……!」

 カガヤは、笹の声で我に返った。
 笹の顔がやけに近く、カガヤは知らず知らずの内に笹へ顔を近づけていたことに気づく。
「電車の中ですよ……!」
「あれ……? ご、ごめん……」
 笹の非難にカガヤが周囲に人がいたのに、と謝る。
 本当に、ごく自然に顔を近づけていた。
(故意ではなさそうですが……顔立ちいいのはこういう時卑怯です……!)
 思い出すのは、クリスマスの至近距離。
 事故でキスしたこともあるけど、あれは事故、カガヤの意思の介在はない。
(あ、嫌とかではなく、恥ずかしかったけど嬉し……って、わたくしは何を思い出しているんですか)
 あう、という声が聞こえそうな位顔を真っ赤にさせた笹は、自身へ自重を言い聞かせるカガヤを見上げる。
(それよりも……)
 カガヤは気づいたのだろうか。
 願いを込めて作ったウィッシングパフュームは使い終わる頃には、自分の望みに近づいていくと聞いた。クリスマスのような特別な節目ではなく、考える時間も欲しかったから、ちょっとしたお洒落をしたいだけの今日は使わなかった。
 でも、内緒にしていたし、気づいたとか───
「ひゃっ……!?」
 笹はカガヤの片手が髪の中にすっと入り、小さく声を上げた。
 額に顔が近づき、その香りを楽しむかのように軽く嗅いでいる。
「カ、カガヤ……自重すると言った傍から……!」
「はい、これであとは我慢っと。……ちょっとだけ、贅沢しちゃった」
 赤面で抗議する笹へカガヤが照れくさそうに笑う。
 贅沢。
 笹はクチナシの花と共に目にした短い手紙を思い出す。
 カガヤの贅沢って、まさか。
 ……朱雀のお守り石と共に想いを告げてくれたカガヤの顔が蘇る。
 あの時の紅葉色……あぁ、彼の贅沢は、そういうことだったのか。
(カガヤは、ズルイです……)
 そんな意味の手紙なんて、一言も言ってなかった。
 幻聴や幻覚なんかより、カガヤの言葉こそ、確かなものだったのに。
 なのに、そんな変化球!
(でも、わたくし……)
 やられっぱなしは好きじゃない。
 こうなったら、仕返ししないと……!
 笹はカガヤの肩に手を掛けた。
 入れ替わったあの時分かったけれど、カガヤはハードブレイカーとしてちゃんと鍛えてるから、これ位大丈夫。
 笹は体重を掛けて、カガヤに背伸びを始めた。

「笹ちゃん……?」
 カガヤは、笹が肩に手を掛けたので首を傾げた。
 どうしたんだろうと思っていると、目一杯背伸びをしようとしているではないか。
(やだ……笹ちゃん可愛い……)
 カガヤが、胸をきゅんと高鳴らせる。
 周囲の邪魔にならないよう配慮しながら顔を近づけようとしているけれど、顔は近づかない。
 でも、そんな一生懸命な様が可愛い。
 その時だ。

『電車が揺れますので、ご注意ください』

 車掌のアナウンスの直後、電車が少し揺れた。
「笹ちゃん、大丈夫?」
 背伸びをしている笹が危ないとカガヤは咄嗟に笹の腰に手を伸ばして支えた。
 その片腕はドアに着いたまま、笹が潰れないよう配慮してある。
「あ、り、がとうございます……」
 今までの流れが予想外過ぎて、上擦った声になってしまう笹。
 近づこうとして近づけなかったカガヤの顔がまた近くて、仕返しのつもりがカウンターを食らった気分だ。……今回は不可抗力の部分もあるけど。
 と、笹はカガヤの腕に気づいた。
 笹を支えている為、片腕だけで押し潰される人から守ろうとしているが、鍛えていても負荷がかなり掛かっているのが判る。
 それでも、カガヤは腕を緩めようとしない。
(あなたは、『格好いいウィンクルム』以上に、『カガヤ』ですよ)
 かつて、フィヨルネイジャの悪夢の中、自分の前では『カガヤ』でいていいと言ったことがある。
 でも、今は、『カガヤ』を、あまり知られたくないと思っている。
 例えば、あの遺跡で出会った女子大生とか……『カガヤ』を『カガヤ』として見てくれない人になんか教えたくない。
(……だから、もう少しだけ、待っていてください)
 ちょっとしたお洒落に気づいてくれたカガヤへ、きちんと伝えられるよう。
 今日は纏わなかった、願いを込めた香水を少しずつ使って……望みに近づくから。
 誓いは、守る為にある。
 笹が見上げると、カガヤはいつものように明るく笑う。
「笹ちゃん、次の駅だよ。長かったね」
 笑う彼の心に笹は微笑を返す。
「ええ。長かったですね」
 この想いが香りとなって彼の心に届くよう。

 その香りは、あなたの心で緩やかに薫り出す。



依頼結果:大成功
MVP
名前:鞘奈
呼び名:鞘奈
  名前:ミラドアルド
呼び名:ミラ、あんた

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真名木風由
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 3
報酬 なし
リリース日 01月04日
出発日 01月10日 00:00
予定納品日 01月20日

参加者

会議室


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