プロローグ
「え?知らない?月赤蝶の噂」
A.R.O.A.の受付職員である女性は、他の職員との噂話に盛り上がっていた。
そこへ通りがかった新人ウィンクルムたちの中に女性職員の話が耳に入り、ついと問いが口に出され
女性職員はしばし目を瞬かさせたのだった。
「あーそうか。去年あたりはまだデマとか幻じゃとかいう説が有力だったしねぇ。興味ない人の方が多かったかな」
女性職員は一人勝手に納得するように頷くと、では!とばかりに活き活きと語り出した。
「ずばり!げっせきちょう、幻の蝶のことよ。
郊外外れに遺跡が残ってる森があるのは知ってる?その奥の方に小さな湖があるでしょう?うん、あるのよっ。そこで去年目撃されたのが最初よ。
ルーメンが昇りきった深夜も過ぎた頃に、淡く赤い光をまとった蝶が年配のご夫婦に目撃されたの」
「今まで見たことも聞いたこともない蝶だったから、研究者たちが食いついて蝶を探したんだけど見つからなくてねぇ。
高齢なご夫婦の話だったし、幻でも見たんじゃって去年まではそこ止まりだったのよね」
噂に花を咲かせていたもう一人の若い女性職員も説明に加わる。
「ところが!今年になってから目撃者が多数出たのよ!それもカップルやご夫婦ばかりっ
それで、目撃した人たちを集めて話を聞いたらどうやらその蝶を見る共通した条件があるみたいでねっ」
「蝶が現れる条件、ともいうかな?」
次第に語りが白熱してきたせいか、なんだなんだと通りがかりのウィンクルムたちが増えてきたのをいいことに
女性職員二人はここぞとばかりにウキウキと話を続ける。
「一つは恋人なり夫婦なり、特別な愛と絆のある人間が見ているということ!
もう一つは、二人の片方もしくは両方が湖近くで何か祈っていたということっ」
「皆恥ずかしがって内容は教えてくれないんだけどねー」
「ただ見た後は、なにか、とっても穏やかな気持ちになって幸せな気分に満たされたって皆言ってたわ!
どんな気分なのかしらっ……ああ味わってみたいわーっっ」
若干脱線しながらそのまま口は開かれ続ける。
「その話を元に、A.R.O.A.内ではこんな推論が出始めてるのよ。
その月赤蝶はルーメンが新月のとき、つまりテネブラ、そうね、あなたたちウィンクルムにしか見えない月ね、
そのテネブラが赤い時期に現れてるんじゃないかって!」
「それなら蝶が赤い光をまとってるのも何となく納得かなって、ね?
どんな構造かは分からないけど、普通の人には見えないはずのテネブラの月光を反射してるんじゃないかって」
「その湖の位置もテネブラがあるっていう北側だしね!」
「どう?見たくない!?」
ある程度説明を終えた女性職員は、自分たちに視線を送るウィンクルムたちを見渡して。
しばしの間の後、あ!と何か思いついたように更に満面の笑顔を向けた。
「ねぇ!この際、月赤蝶が本当にいるかどうか確かめて来ない?!」
え……?という空気が周囲を包み込んだ。
「私だって見たいけど……クッ……残念ながら独り身よ!ええ!相手がいないのよ!!」
思わず叫んだ女性職員を若い職員がまぁまぁと宥めながら。
「恋人や夫婦じゃないかもだけど、特別な絆、ならウィンクルムも最たるものでしょうっ?
仮説が具体的になる、生態系の研究に貢献する良いチャンスでもあるわ!」
明らかに付け足されたようなそれっぽい理由を、胸を張って主張する女性職員たち。
チラリ、とその背後に視線を向けると、いつの間にか同じように通りがかっていたらしい、
服装からして女性たちの上司だろうか?な男性職員が、こちらに向けて合掌して一度頭を下げ……そして通り過ぎて行った。
どうやら、このまま女性職員たちの企画が上司承諾でいきおいのまま進行してしまうようだ……。
「結構な森の奥だけど……そこは大丈夫よ!キャンプのプロを一人同行させるわ!」
あ。ツアーが決定された。
「ちょうど今日から少しの間新月の時期だし!
参加したい人は、そうね……色々手配もあるから明後日!太陽が沈んだ頃に森の入口に待ち合わせて、みんなで目的地までGO!
徹夜になるだろうから、なるべくお昼寝してきてね♪」
「夜の湖の森で、パートナーと一夜を過ごす……もうそれだけでもロマンティックよね!」
中々なサバイバルになりそうな気がするのは、自分だけではないはずだ。
しかしまだまだパートナーとなって日が浅い。
これを機に普段とは違う環境で絆を深めてみるのも良いのかしら。
周りを見ると、参加しようか悩んでいる顔がチラホラと見えるようだ。
自分の世界で語っていた女性職員が、最後に言葉を付け足した
「そうそう!お祈りを忘れないでね!それも蝶を見る条件かもしれないから!
二人でしてもいいし、どちらか片方でもいいわ。
あっ、後で両方で祈ったか片方だけかは教えてねっ。お祈りの内容も教えてくれたらもっと嬉しいけど!
報告資料を作るから、ね?」
生態系研究への貢献もあながちウソではないらしい。
すっかり話し終えて満足した女性職員二人は、マイペースに己の仕事へと戻って行った。
こうして 突発!月赤蝶を見よう!ツアーが結成されたのであった。
解説
●目的
幻と言われる 月赤蝶を見ること。
●見るまでの準備他
企画者によって準備された物(参加1組につき):
・キャンプ用小テント(組立式)
・ひざ掛け毛布
・保存食(乾パン、水(ペットボトル500ml×2本))
・サバイバルナイフ(小)
・懐中電灯
他必要と思うものがあれば各自で用意。
湖では釣りもできるようなので、夜食にサバイバルらしく魚を釣るのもアリ。
食べられる実や植物も森内には実っている(夜間なので見つけるのは少々難しいかもだが)
ただし森の中の生き物を狩りするのは禁止されている。
獰猛な肉食獣類は生息していない。
●月赤蝶
目撃時間は深夜1時~3時の間。
湖に赤いテネブラが映る頃、ほとりに立って祈りを捧げていると現れるかもしれない。
夜明けと共に解散。
ゲームマスターより
初めまして!プロローグをお読みいただきありがとうございます♪
主は月赤蝶の目撃ですが、徹夜作業ということで普段とは違ったパートナーとの会話などをお楽しみ頂ければと思います。
ええ、深夜テンション、というヤツです(笑)
キャンプで頼もしいパートナーの側面を知るのもヨシ、
蝶のために真剣に祈りを捧げるもヨシ、
蝶はついで!むしろサバイバルを全力で楽しむゼ!なワイルド参加ももちろんヨシ☆
少しでもウィンクルム様方の絆が深まるエピソードになれば幸いですっ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
日向 悠夜(降矢 弓弦)
月紅蝶かぁ…ふふ、是非とも見たいね! きっと幻想的で綺麗なんだろうなぁ 懐中電灯じゃあ味気無いからね 昔から使っているランタンを持っていこう 後は…コッヘルとバーナー、牛乳とスティックコーヒーを持っていこうかな こういう荷物は私の方が持ち慣れているけれど… 降矢さん、大丈夫? 目的地に着いたらささっとテントを設置して 月紅蝶を観察する為の準備をしないとね? 春になってきたけれど夜はちょっと肌寒いね カフェオレを飲みながら 毛布に包まって時間まで過ごそうか 時間になったら降矢さんと一緒に静かに祈ろう 内容は 「降矢さんと共に歩んでいけます様に」 …かな? 降矢さんがどんな事を祈ったのか気になるけど 秘密にすべきだと思うなぁ |
班目 循(チェスター)
★思考 ふむ、ま、まあ……僕とチェスターの絆を試すいい機会…だなんて全然思ってないからね!(そわそわ) べ、別に期待はしてないが……ほ、本当だからな! で、では……恋人どうし……らしく手でも繋いでみるか……/// 蝶か……研究も捗るだろうし捕獲も視野に入れて虫取り編みを持参だな。何!生き物の狩りは禁止だと……! テネブラを反射して赤いのならば日中にみる色合いも気になるのだが……残念だね。 ★行動 私は植物学を多少齧っている。直感もある方だと思うので食料としての植物の採取は任せろ。他の参加者におすそ分けしても良いな。 ★祈り そうだね……チェスターと…い、いや! 蝶が見えるように……と祈ろう(あせあせ) |
テレーズ(山吹)
不思議な蝶ですねー、気になります 是非見たいので山吹さん、今晩付き合って欲しいです 私達はサバイバル向いてないですしそこは諦めて真っ直ぐ湖のほとりに行って待ちましょうか 話していたらきっと時間まであっという間です 一晩ご飯食べないくらいなんてことありませんよー …あら?寝ちゃっていましたね 毛布全部私が使っちゃってましたか 山吹さんは寒くなかったですか? 頃合になったらほとりに立ってお祈りですね 月赤蝶さんどうかその姿を見せて下さい 純粋に見たい気持ちもありますが私達の間に確かに絆があるって信じたいんです 山吹さんいつも我侭に付き合ってくれてありがとうございます 私は山吹さんの神人になれてきっと世界一の幸せ者です! |
ファリエリータ・ディアル(ヴァルフレード・ソルジェ)
幻の赤い蝶ってどんなのかしら、凄く楽しみ! キャンプも面白そう! しっかりお昼寝して、眠気が紛れる様にミント味の飴も用意していくわねっ。 あと、地面に置ける灯り……カンテラも用意してくっ。 ヴァルと一緒にテント組み立てて、保存食も半分こ。 釣りとかは、私やった事無いし。 夜の森って、ざわざわ音がしてちょっと怖いかも……。 で、でもヴァルが一緒だし大丈夫よねっ。 深夜、赤いテネブラの下で、湖のほとりで祈りを捧げるわね。 『ヴァルが怪我しません様に、ヴァルともっと仲良くなれます様に』 内容は他の人には秘密だけど! 一緒に月赤蝶見れたら素敵ねっ。 参考:「夢見る花と妖精の庭」 |
●キャンプ スタート
「皆様―!ちゃんと着いてきてますかー?!もうじきテントを張る場所に到着しますから
頑張って下さいねー!」
企画者であるA.R.O.A.女性スタッフの宣言通り、キャンプアドバイザー兼案内人の中年男性が派遣された。
その後に続き、一行はすでに真っ暗になった森の奥地へと歩みを進めている最中である。
「ああっ凄く楽しみ!キャンプも面白そう!ねっ?ヴァル!お昼寝はちゃんとしてきた?」
「日頃昼寝の習慣ないヤツが、早々真昼間に寝れないって。
と言っても、ファリエリータはグッスリだったみたいだけどな。さすがお子様」
「もう!そんなに年離れてないと思うわ!」
ファリエリータ・ディアルとそのパートナー、ヴァルフレード・ソルジェは案内人のすぐ後ろに付いては
好奇心いっぱいに辺りをキョロキョロ見渡しながら、通常運行の会話をしつつ本日の楽しみを口にした。
当然他のメンバーも目的は一緒である。後ろを振り返れば誰も遅れることなく、歩みは皆軽そうである。
……どうやら約1名を除いて。
「月赤蝶かぁ……ふふ、是非とも見たいね!……って降矢さん、大丈夫?荷物重い?」
「も、森の奥って、随分行くんだねぇ……。だっ、大丈夫だよ悠夜さん!これは僕が持たないと!」
キャンプアドバイザーによって用意された、キャンプに必要な最低限な物を詰め込んだ大きめのリュックは各々精霊たちが背負い込んでいる。
その他各自が自分に必要だと思うものを追加で持参しており、日向悠夜もキャンプには慣れている感じに、
使い慣れたランタンやコッヘル、バーナー他を入れたリュックを背負っていた。
が、次第に足取りが重くなっているパートナー、降矢 弓弦に気づき歩みを止め心配そうにその表情を窺った。
「ちょっと運動不足なだけだからっ。あと少しで到着みたいだし、頑張るよ!」
「ならいいのだけど……」
まだ心配そうな色を浮かべつつ、悠夜は前へ向き直って再び足を踏み出した。
と……そのものの3分もしないうちに後ろから声が聞こえたのであった。
「わ!えっと、大丈夫ですか?降矢……さん?」
「う……はい……。山吹さん、でしたよね……進行の妨げになってスイマセン……」
「お怪我してないですかっ?悠夜さーん!降矢さんが倒れちゃいましたー!」
悠夜たちのすぐ後に続いていたテレーズとその精霊・山吹の声により悠夜はすぐ様踵を返す。
そして起き上がろうとしている降矢のリュックを、そのままひょいっと担ぎ上げた。
「え!?ま、待って待って悠夜さん!!それは……っ」
「こういう荷物、私は持ち慣れてるから。気にしないで、ゆっくり歩こう?
一緒に月赤蝶見る前に降矢さんがまいっちゃったら、私も寂しいよ」
小さく笑みを向けて言われた言葉に、降矢も気を持ち直して歩み出したのだった。
二人のやり取りを見てホッと安堵顔をしては、テレーズは山吹に顔を向ける。
「そうですよね。やっぱり一緒に見たいですよねー。私も不思議な蝶は気になります。
山吹さん、今晩はお付き合いして下さってありがとうございます」
改めてお礼を述べられれば、その素直な言葉に山吹は微笑を浮かべる。
「私もどんなものだか気になりますし、お付き合いするのは当然ですよ。
ほら、テレーズさん。暗いですから足元にはお気を付けて」
手を差し出しながら、お互いを支え合うように歩いていくそんなテレーズと山吹の背中を見つめ、
一番後ろを歩いていた班目 循は己の手の繋がれた先をまじっと見つめた。
「どうかしましたか?循様」
繋がれた手の主、彼女の精霊であるチェスターは視線に気づきニッコリと問いかける。
「おい、わ、分かっていると思うが……!」
「ええ、分かっていますよ。手を繋ぐのは暗いし危ないから、ですよね」
「な!なら……っ、そのニヤニヤした笑いをやめろ!」
「いえいえ。笑ってなどいませんよ。循様から繋いで下さった手ですから、嬉しいのは本当ですが。
これが標準装備の私の顔です」
「絶対……っ、いつもの3割増しでニヤついているぞ……!」
何か、全て見透かされている気がするっ。
月赤蝶の現れる条件からして、恋人同士っぽく手を繋いだ方がいいだろうか、などと
つい思ってしまい手を伸ばした、なんてことは口が裂けても言えない……!
循は心中の葛藤をパートナーに悟られないよう必死になっていたが、そんな循の様子すらチェスターは楽しんでいるようだった。
たとえ文句や理由をつけられても、決して離されることがないそのお互いの手の温度がどこか心地よくて。
あまり他のウィンクルムに見られないよう、気持ち距離をあけてしんがりを歩んでいった。
* * * * * * * * * * * *
「はい、お疲れ様でした!ここがテントを構える場所になります。
後は月赤蝶が現れる時間まで、各自お好きにお過ごし下さい。
もしもテントの組み立て方が分からなければ言ってくださいね」
それまで木々や茂みで歩くのもやっとだった道を抜けたところに、空き地のように拓けた地が姿を見せたのは程なくしてからだった。
しばし周囲の様子をうかがってから、悠夜は担いでいたリュック二つを地面に置いた。
テントをまず出し、次に自分のリュックからランタンやバーナーなどを取り出しては置き場所を整理していく。
「やっと着いたね!……悠夜さん?!そんなに荷物を背負ってたのかい?!」
「あはは。大したことないよ」
「はぁ……僕ももう少し体力をつけなくちゃ……悠夜さんにテントまで持たせてしまうなんて……」
テキパキとテントを組み立てる悠夜を手伝いながら、降矢はやはり気にしていたようである。
そんな降矢を元気づけるように、明るく悠夜が声をかけた。
「私には私の、降矢さんには降矢さんの出来ることがあるよ。
パートナーなんだもの、お互いの無い部分で助け合えていけたらいいな。
さ!カフェオレ入れるから、それ飲みながら時間までゆっくりしよう」
「……そうだね。ありがとう、悠夜さん」
テントを作り終えたのを見て、降矢は悠夜の持ってきたランタンに明かりを灯せば
カフェオレを入れる悠夜のそばに寄って、笑顔を浮かべるのだった。
「わぁっ。悠夜、テント組み立てるの上手なのね!もう出来てる!」
いち早くテントで寛いでいる悠夜と降矢に気づいたファリエリータが、感嘆の声を上げていた。
ヴァルフレードが下ろしたリュックから、よし自分も!とテントを取り出そうとしているのを見て、
ヴァルフレードがそれを制す。
「ちょっとファリエにはキツイと思うぞ。いいさ、俺がやるよ」
「え?あ、ありがとう!ヴァル!」
率先してテントを組み立てる姿を見ていたファリエリータは、その普段との微かな表情の違いに何となく目をとめる。
(あら?ヴァル楽しそう……もしかしてキャンプ、好きなのかしら)
テントの入っていたリュックから、保存食を取り出してはきっちり半分ずつに分けながら、
ファリエリータはどこか嬉しそうにパートナーの様子をしばしの間見つめていた。
「皆様、慣れてる方が多いんですねー。私はあまりキャンプやサバイバルといったことは向いていないですし……。
うん、潔くもう湖のそばで座って待つことにしましょう」
山吹さん湖はあっちみたいですよー、と早くも移動を始めているテレーズの後に続きながら、山吹は苦笑いをする。
「湖のそばは冷えそうですし、しばらくテントの中に居た方が……と思っていましたが。
仕方ないですね」
テレーズの突飛な行動にはすでに慣れているらしく、山吹も早々に諦めれば
湖のほとりに立っているテレーズの足元に自分の上着を脱ぎ置いた。
「座って下さい。毛布も持ってきましたから寒かったら言ってください」
「山吹さんは大丈夫なんですか?」
「ええ。ここまでずっと歩いてきて、まだ体が火照ってますから」
少し遠慮しがちに、しかし山吹の好意に甘えてそこへ腰を下ろすテレーズ。
「今日みたいな日は仕方ないですが……。テレーズさん、普段はちゃんと忘れずにご飯食べてくださいね」
「一晩ご飯食べないくらいなんてことありませんよー」
「食べてくださいね」
にっこりと揺るがない笑みに、テレーズは条件反射的に返事をしていたのだった。
「ん?もう湖に行った組がいるのか。何も食糧を持っていなかったように見えたが平気なのだろうか」
「……循様、確か森で生物の狩りは禁止、だったかと」
「何?!」
到着してからすぐにいそいそと虫捕り網を持って周囲を歩き始めた循に、チェスターはおもむろに声をかけた。
手を繋いでいた時から何となく気になっていた反対側の手に持たれていた物は、やはりチェスターの予想するところの使い道だったようだ。
循は本気で残念そうにしている。
「むぅ……日中見る色合いも気になるのだが……残念だね」
「月赤蝶に使うつもりだったんですか」
更に予想の上をいっていたらしい。目的の蝶を捕まえるためだと知って、思わずチェスターの肩が震えた。
すぐにその様子に気づいた循はチェスターに噛み付く。
「わ、笑うな!!もういいっ、あそこに実がなっているだろ。取ってこい。食べられるはずだ」
「あの葉に隠れている、一枝上にある丸いのですか?
確かに循様では登っても手が届かなそうですね。了解しました」
「一言余計だ……!!」
循の言葉を一向に気にせず、チェスターはひょいと枝の根元を掴んでは足の引っかかりを確保しながら
2m程の高さへ登り、そこにあった実へと手を伸ばし。
いくつか、もいだ実をふと足元の方で待っている循に見せる。にこっと。
「投げるので、ちゃんと受け止めてくださいね」
「なんだと?!わっ、えっとっ、ちょちょちょっと待て……!!」
「冗談です」
突然言われたことに、慌てて受け止めるモノを探したり
服の裾を引っ張っては受け止められる面積か確認したりする循を堪能してから、チェスターはきっぱりと告げ。
胸ポケットからハンカチーフを取り出しては、それにもいだ実たちを包んで片手に持ち軽々と下りてきたのだった。
循の抗議の声が鳴り響いたのはいうまでもない。
●赤きテネブラの下で……
蝶が現れる時間が近付いてからは各々の邪魔にならないように、と、
お互いが見えるか見えないかという一定の距離をとって、それぞれが湖のほとりでその時は待っていた。
「夜の森ってざわざわ音がしててちょっと怖いかも……」
「そうか?何か出そうでワクワクするね俺は。それにしても赤い光を放つ蝶、ねぇ……
赤い光を放つ鉱石とかだったらもっと食いついたんだがな」
「あ!そうねっ。蝶がいるんだもの!まだ知られていないそんな鉱石もあるかもしれないわ!」
ファリエリータとヴァルフレードはおしゃべりに花を咲かせながら、赤い月を見上げていた。
そろそろ時間だろうか……と、湖に映った赤い月に視線を落としたファリエリータの耳に急に大きなあくびが聞こえてきた。
「もうヴァルったら。ちょっと待ってね……、はいっ。眠気覚ましに!」
「ミントの飴?へぇ……ファリエにしてはいい物持ってきたな」
「あらっ。そんな言い方するなんて、要らないのかしらっ」
「悪い悪い。ありがたくもらうって」
「ふふっ」
先ほどまでの暗闇への怖さがもうどこかへいっている。
ヴァルと一緒ならどこでもきっと大丈夫だわ、と微笑みを浮かべて飴を口にしているその横顔を見てから。
その両の目を閉じるファリエリータ。しゃがみ込んでその頭を軽く月へと傾がせる。
(ヴァルが怪我をしませんように。ヴァルともっと仲良くなれますように……)
指を絡め両手を合わせて一生懸命祈るファリエリータの横では、立ったまま瞳を閉じ、
何かを祈っているヴァルフレードの姿があった。
「……あら?寝ちゃってました、ね」
「あぁテレーズさん目が覚めましたか。そろそろ起こそうかと思っていたところです」
「すいません……山吹さん、寒くなかったですか?」
「大丈夫でしたよ。寄りかかってきたテレーズさんが結構温かかったですし」
いつの間にか山吹の肩にもたれかかっていたテレーズは、その体に毛布が掛けられていることに気づいて、心配そうに山吹を見上げる。
子供体温、という言葉が浮かんだが黙っておこうとする山吹は、いつもの穏やかな笑みをテレーズに向けた。
「……?山吹さん、さっきそんな実持ってましたっけ?」
「あぁ。これですか。テレーズさんが寝ている間に、班目さんがくださいました。食べられるそうですよ。
他の方にもチェスターさんが配って回っていました」
「循さんが……。うふふ、お優しい方ですねー」
「そうですね。……と。そろそろいい時間、でしょうか」
赤いテネブラの高さを見ては告げる山吹の言葉に、テレーズは頷き静かに手を合わせ目を閉じる。
(月赤蝶さん、どうかその姿を見せて下さい。私たちの間に、確かに絆があるって信じたいんです)
心の中で語り掛けるように祈るテレーズの姿を、目を細め見守る山吹。
少しの間祈りを捧げていれば、ついとテレーズが山吹を見上げてきていた。
「山吹さん、いつも私の我儘に付き合ってくれてありがとうございます。
私は山吹さんの神人になれて、きっと世界一の幸せ者です!」
相変わらずにして唐突に紡がれた言の葉に、一瞬山吹の目も丸くなった。
そしてすぐにその表情を崩せば。
「テレーズさんのその笑顔が見れてとても満足です。ええ、私も、ですよ」
「全員に渡せたか?」
「ええ。皆さん喜んで下さいましたよ。何も、眠ってるテレーズさんのところだけ自分で行かず、
他の方へも循様がお渡しすれば良かったのでは」
「い、いいんだ!」
い、いらないかもだし……と、もごもご口にした循の言葉をしっかり耳にしては、微笑ましそうに見つめるチェスター。
その視線が痛かったのか照れを誤魔化すように、循はそそくさと湖の水を覗き込めるところまで足を進め、
赤い月を確認し祈りを始めた。
(……チェスターと……ああいやいや!何を考えたんだ僕は……!
月赤蝶……っ、月赤蝶よ……その姿を見せてくれ……!)
無意識に浮かぶその姿を振り払うように首を振りながら、必死に祈る循の横にチェスターも立つ。
祈りを終えたらしい循はその気配に目を開けて視線を合わせる。
「きみも祈れ」
「祈れ、と言われましても……何を祈りましょうか」
「そ、そんなのきみの好きに祈れ!」
「私の好きにですか……ふむ……」
しばし考えるように、循を見つめながら顎に手をあてていたチェスターも、湖へ向き直りその瞳を閉じるのだった。
カンテラの灯の下、カフェオレを飲み終えて毛布に包まりながら並んで座っていた悠夜と降矢は、
ほぼ同時にその腰を上げた。
「湖に映るテネブラも素敵だね。……降矢さんも、もしかして同じことを……?」
「うん。少しでも湖の近くで祈りたくなって」
笑顔を向け合いながら、水面が足元ぎりぎりまでくる位置までやってくると、二人は祈りを捧げた。
(降矢さんと共に歩んでいけます様に……)
(悠夜さんを先導していけます様に……)
* * * * * * * * * * * *
それは自然の摂理かのように、唐突にして空気に溶け込むようにその姿を湖に映し出した。
赤きテネブラの下、それは当たり前のように月と湖の間をひらひらと、泳ぐように緩やかに飛んでいる。
上下の赤い光を反射するかのように、暗闇に光る一輪の花のように、淡く赤い光を振りまきながら。
誰しもが言葉を失った。言葉などいらなかった。
テネブラと湖の間を行き交うその儚くも美しい姿に、ただただパートナーと身を寄せ合い、
時間も忘れて惹かれるばかりだった。
東の空が白んできた頃に、その「2羽」の姿がどこかへと消えるまで……。
夢現つから、誰ともなしに寄り添ったパートナーと共に帰路へと歩み出す。
湖から離れ森の帰り道にて、全員がバッタリと顔を合わせた。
見た?とか、どうだった?といった類は無縁の空気だった。
お互いと視線を絡ませた後、全員が満ち足りた笑顔を交わしたのだから。
●後日談
A.R.O.A.の受付カウンターで、人気が無いのをいいことにカウンターに隠れるようにして、
己の仕事とは違う報告書を書き込んでいる女性職員がいる。
「結局誰もお祈りの内容は教えてくれなかったわねー」
隣りには、その作業を止めることなく話し掛ける若い女性職員が。
「いいのよ。だって見たでしょ。何をお祈りしたの?って聞いた時のあの全員の顔」
「ふふっ。そうね。顔を見合わせた後は恥ずかしがるコもいれば、
何を祈ったのかパートナーのが気になってそうなコもいたけど」
「その辺は、精霊の方が上手なタイプが多いのかしらね?振り回されてる神人のコたちも可愛かったけどね」
「誰も私たちには教えてくれなかったけど……」
「聞いた瞬間あんな幸せそうな顔されたら、どんな内容だったのか何となく想像つく、わよね☆」
ウィンクルムたちには伝えなかったが、先に目撃していた老夫婦やカップルたちも皆が皆同じような表情をしていたのだった。
「あーあ!私も早く相手が欲しいーーー!!」
ガランとした正面ホールに、女性職員の切実な叫びがコダマしたとか……。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:テレーズ 呼び名:テレーズさん |
名前:山吹 呼び名:山吹さん |
名前:ファリエリータ・ディアル 呼び名:ファリエ |
名前:ヴァルフレード・ソルジェ 呼び名:ヴァル |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 蒼色クレヨン |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月19日 |
出発日 | 04月27日 00:00 |
予定納品日 | 05月07日 |
参加者
- 日向 悠夜(降矢 弓弦)
- 班目 循(チェスター)
- テレーズ(山吹)
- ファリエリータ・ディアル(ヴァルフレード・ソルジェ)
会議室
-
2014/04/26-20:18
さて、最終日になってしまったが……こんばんは。
僕は班目循、挨拶が遅れてすまないね。
もしも可能ならば捕獲、幼虫の採取などもしてみたいが……
あ、あと、僕は一般スキルの植物学を多少嗜んでいるから、食べられる植物などの判別、採取などは頑張ろうかなとは思うからお裾分けは期待して欲しい
では残り時間は少ないが共にプランを頑張ろう!
失礼するぞ -
2014/04/23-01:53
こんばんは、私はテレーズって言います。
今回はよろしくお願いしますねー。
月赤蝶、是非とも見てみたいですね。
サバイバル知識はさっぱりですが月赤蝶を見る為にも色々頑張ってみようかと思いますー。 -
2014/04/23-00:37
こんばんは。
私は日向 悠夜って言うよ。よろしくね?
久し振りのキャンプにうきうきしちゃうなぁ。
月紅蝶を観察する時はパートナーの降矢さんと一緒にお祈りを捧げようと思っているよ。
無事に月紅蝶が現れるといいね。 -
2014/04/22-21:48
私はファリエリータ・ディアル! よろしくねっ。
幻の赤い蝶ってどんなのかしら、見てみたいー!
徹夜はちょっと大変かもだけど頑張らないと!