《bird》耐久顎クイッ(蒼色クレヨン マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●元凶、鳥求む

「スイマセーン!こういう小鳥見かけませんでしたかー!?」

 人が多く行き交うタブロス市の商店街付近を、A.R.O.A.印の白衣を翻しせわしなくウロウロする男が一人。
手にはチラシのようなものを抱え、それを通りすがる人々にランダムで見せたり手渡したりしているようだ。

「ミツキさんに覚えている限りの、飼育していた小鳥と似たような写真ご用意頂けて良かった……っ
 これで少しは集まってくれるといいんだけれど……」

 でないともうさすがにクレオナ先輩にバレる……!!
チラシには、『目撃情報求む! A.R.O.A.本部までつれて来てくれた方にはささやかな謝礼もあり!』と書かれた文章の下に
数種類の小鳥たちの写真が載せられている。

 ここ数ヶ月の間に、時折ウィンクルムたちから入った報告を耳にした、本部科学班所属・サージは青ざめた。
不思議な鳴き声のする小鳥と、その鳴き声が原因ではないかという特殊な、ウィンクルムへの影響。
方向音痴、記憶喪失、突然夜目が効く。更に最近追加で、やたら陽気になったウィンクルムが出た、とも噂が入ってきている。
報告と共に捕獲してきてくれたウィンクルムもいたことから、半ば奪うように『こ、こちらで調べてみますね!』なんぞと言って
無理矢理件の小鳥を1羽受け取って、サージは確信した。
あの小鳥だ!! と。
早々にミツキへと相談に行った結果、『回収しましょう』という結論に至ったのである。
(正確には『それは興味深い。是非調べてみたいところです』、と付け足されていたわけだが)
その手段として、自らの自腹を切った謝礼まで付けてサージはチラシを作成したのである。
全ては、上司クレオナの雷から逃れる為に。

 サージの配りまくったチラシ効果と、小鳥たちの普通と違った目立つ鳴き声のおかげで
数日後にはサージの手元に、研究所から逃げ出したほとんどの小鳥たちが無事鳥籠におさまって集まった。
しかしてそれだけ突如小鳥たちが科学班宛に届けられれば当然、クレオナの知ることとなったわけだが ――。

●元凶、やっぱりやらかす

 「わーーー!!!その扉開けないで下さいーーーーっ!!」

 ウィンクルムの中にはデジャヴを感じた者もいるかもしれない叫び声が、本部受付ホールに響き渡った。
たった今任務から帰還し、報告にと本部を訪れ正面玄関をくぐったウィンクルムが、切羽詰まった声に慌てて後ろ手にドアを閉めた。

「やっぱり全部捕獲するまで、そこの扉鍵かけた方が良さそうね……どんどん被害者が増える一方だわ……」

 男性の声に続き、疲弊した女性の声がした。
何事かとホール内を見渡すと、怪奇現象ともいえる光景が目に飛び込んでくる。
何組かのウィンクルムが、中には本部職員までもが混ざってひたすら見つめ合っているのである。……中には男性同士でも。
怪訝な視線を受ければ、クレオナは頭を下げた。

「本当にごめんなさい……うちの問題児がまたやらかして……」
「だ、だから僕一人じゃ全部持てないって……」
「黙らっしゃい!」

 ぴしゃり、と言われた科学班の男性、サージと名乗った男は良い返事後沈黙した。

「噂は聞いてるかしら? 鳴き声におかしな効果をもった小鳥たちのこと。
 その小鳥たちを生んだ元凶が、案の定だったというか思いたくなかったというか……私の部下だったのだけれど」

 サージを指さしながらクレオナは痛そうにこめかみ抑え、続ける。

「本人の責任の下、一応今日全ての特殊な小鳥たちは捕獲されて届けられたの。
 で、迷惑な効果を打ち消せるかどうか、別棟の人の少ない研究室に運ぼうとした矢先……」

 読めた。 転 ん だ ん で す ね 。
きっと鳥籠全て持たされたサージ氏が。
悟った表情を見つければ、もう本当に申し訳ないです……と再度クレオナは頭を下げながら。

「何羽もの違う効果の鳴き声が混じり合っちゃったのか……また変なふうに効果が作用してしまったみたいで」
「鳴き声って混ざると効果変わるんですね! これは大発見でアイタァ!!」

 サージ、クレオナに足を踏まれる。
で……その効果とは?

「それが………」

 言いにくそうにクレオナは一度どもった。
周囲を観察する限り、おかしな行動を取っているのはウィンクルム……? いや、精霊、なのだろうか。
ただ、中には一部、瞳煌めかせ明らかに興奮した女性職員もいる気がする。
首を傾げるウィンクルムたちに、クレオナは説明を始める。
曰く、

「意識はしっかりしてるみたいで、本人たちから聞いて回った話からの推測なのだけれど……
 誰かに見つめられていたい、っていう衝動がすごいらしいの。
 ええ、誰でもいいから。
 見つめられていないと、むずむず、イライラ、挙句に動悸とかどんどん酷くなるらしくって。
 とにかく、目と目を合わせればスーッと治まるそうよ。

 それでそう……こんな異常に見つめ合うカップルみたいな組が沢山いるわけなのだけれど。
 中にはウィンクルムと言っても、まだそれ程仲が良くないパートナーさんもいるでしょう?
 それで、本部の職員たちも協力して見つめる対象になってる人もいるのだけれどー……
 正直、女性職員たちじゃ精霊さん相手に10分もたないわ。え? なんか腰が砕けちゃうとかで。
 ちょっとでも視線逸らされると、精霊さんたち、衝動的にこう……自分の方へ顔を向かせようと手が伸びちゃうみたい」

 そんな話の最中にも、小鳥たちは歌う。
新たな犠牲者が増えるのはもう間もなくのこと ――。


    ↓ (以下、初めて《bird》エピを読まれる方向け・読み飛ばし可☆、な発端プロローグ) ↓

●人騒がせ研究者コンビの受難?

「もうすぐ完成ですね、ミツキさんっ!」
「ええ、これもサージさんのご協力のお陰ですよ」
 ここは怪しさ溢れるタブロス市内の小さな研究所、ストレンジラボ。謎の研究に勤しむのは白衣姿の2人の青年――A.R.O.A.の科学班に所属するサージと、ストレンジラボ代表のミツキである。
「あ、でも……僕がここに通っていること、科学班の皆――特にクレオナ先輩にはご内密にお願いしますね! 叱られてしまうので……!」
 次にフラスコに注ぐ禍々しい紫色の液体を用意しながら、サージはふにゃりと苦い微笑を零した。「ええ、心得ていますよ」というミツキの返事に安堵したように、フラスコに満ち満ちる透明の液体へと、サージは試験管から紫の雫を垂らす。と、
「うわっ!?」
 フラスコから淡いラベンダー色の煙がもくもくと立ち上がり、あっという間に研究室中を満たした。
「あああっ、失敗!? どこがいけなかったんだろう……?」
「とにかく窓を開けましょう! 万一人体に影響があっては危険です!」
 あわあわとしてサージは背中を背後の鳥籠に強かにぶつけ、白衣の袖で鼻と口を抑えたミツキは手探りで窓を探し一気に開け放つ。その瞬間、煙と一緒に幾らもの小鳥が窓から外の世界へと飛び立っていった。先程のごたごたで、研究用に小鳥を飼育していた鳥籠の扉が開いてしまっていたらしい。
「ど、どうしよう……先輩に怒られる……!」
「そうですね、これは……」
 なかったことにしましょう、とミツキは言った。
「えええっ、なかったことって、どういう……」
「科学の進歩に失敗は付き物です。あの煙も幸い人体に影響はないようですし、この件は僕たち2人の胸の内に留めておくのが良いかと」
 2人は知らない。人体には影響を与えなかったあの煙が、青空の向こうに消えた小鳥たちの鳴き声に不思議な効果を纏わせてしまったことを……。

解説

●受付ホールに軟禁状態。精霊さんの精神安定の為にひたすら見つめ合う時間!

【その瞳に自分が映っていないと気が済まない】
様々な鳴き声混じった結果の、そんなカオス効果。対象は精霊さんたち。
きっと精霊さんたちが軒並み小鳥さんたちの好みだったのでしょう。

上記効果さえ受けていれば、性格が変わるわけではないので大いに個性的なプランを練って頂いて構いません。
 例1:「お前と見つめ合うくらいなら……!」とNPCな女性または男性職員さんの顎をくいっor顔をがしっ!
 例2:「仕方ないから協力してあげてるんだからねっ」見つめ合うというより、もはやガンの飛ばし合い。

当エピに限り、好きにNPC職員を当て馬にして下さってOK☆
ただし、女性職員さんを選んだ場合、精霊さんの近距離イケメンオーラに対し一般人は免疫が無い為、10分程で限界がきます。
なので最終的には否応なく神人さんが頑張ってあげて下さい。
※ちなみに、精霊さん同士で見つめ合うのも有り。その場合会議室でご相談の上お相手にご了承を取る事推奨。
精霊さんが男性職員、または精霊さん同士を選んだ場合、
周囲の一部マニアな女性職員から黄色い声が上がる可能性があります(要らない情報)

●見つめ合っている間、サージ他科学班数名が一生懸命小鳥捕獲中。30分程の辛抱。
 間が持たない、という立派な理由から、普段出来ない会話をしてみても?
 全て捕獲され、鳴き声が聞こえなくなったら効果は切れる模様。

●チラシ謝礼云々で個別研究費が尽きたサージ氏へ、小鳥たちを元に戻す為の研究費を渋々寄付
一律【300Jr】消費。小鳥たちに罪は無い……
サージ:「スイマセンすいませんいつか必ずお返しします~~~!」※返ってきませんごめんなさい

耐久にらめっこ状態な方もいるかと思い「コメディ」となってますが
勿論、ムードいっぱいに二人の世界を作るロマンス方向なプランでも大歓迎☆
※ただし野次馬いっぱい

ゲームマスターより

巴めろGMとの共催ぷち連動エピ《bird》。ラストを自らの趣味嗜好で飾ってしまう蒼色クレヨンでございます!
プロローグ・解説共に長くなってすいませんっ、ご拝読誠にありがとうございます!

これにて《bird》は完結予定! とはいえ主役は参加者の皆様☆
サージへ絡む絡まないもお好きにして下さって構いません。

EXということで、アドリブ問題児な当GMが活き活き暴走する可能性がございます。
もしも『こういう言動はしないで!』等NGがありましたら、プラン・自由設定にご記入頂ければ
NG事項に限り全力で遵守致しますっ

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)

  前にカイ君が変なことになってたのはこういうことだったんですね。
私、今日おかしなところないですよね…?
こんなことになると知っていればもっとよく鏡で確認してきたのに…
とりあえずあまり見られないようになるべく壁際に寄っておきましょう

こういう風にグレンの顔ずっと見てるのって何だか変な感じ…
…あ、寝顔はたまに見たりしてますけど。
だってこの間だってソファでずっと寝てたじゃないですか、
疲れてるのかなと思ってご飯の準備できた後も
暫く起こさないで待ってたんです。
知ってます?眠ってる時のグレンって少し幼い感じがして可愛いんですよー
…え、私も?確かに何度かそういうことが…
寝ぼけて移動してたのかと思ってました…


かのん(天藍)
  白衣着た方々が慌ただしそうで、受付の方々は興味津々…
前にも似たような光景に遭遇したような気が…
ここは私達にとって鬼門なんでしょうか(溜息

あの、天藍
目を離せないのはわかりましたけれど、距離が近いです
職員の方の目もありますし、ね
まじまじと見つめられて身の置き所がないです…

かえって距離が近づいています
えっと嫌というのではなくてですね…
明らかに寂しげな様子で尋ねられて言葉につまる
…勿論ほかの方を見つめるのはもっと嫌です

恥ずかしがり気味な所があり
ずっと見つめていられず時折視線をそらしては天藍の手で顔の向きを戻される
…天藍、この状況楽しんでいるでしょう?(少し恨めしげ
面と向かって言われると恥ずかしいです…


夢路 希望(スノー・ラビット)
  ユキが他の人を見つめるのは…やっぱり嫌で
…あ、あの…私でよければ、頑張ります
気付けば口に
おずおずルビー色の瞳を見つめ、笑顔に赤面

え、えっと…気分はどうですか?
…っ!
嬉しいです、けど…人に聞かれていたら恥ずかしいです
俯きかけてユキの行動に目を見開き硬直
あの時の男の人と違って嫌とか怖いとかそんな感じはないけれど驚きで声出せず
…あ…い、いえ!わ、私は大丈夫です!
スノーくんは?落ち着きました?…よかった
ごめんなさい、こ、今度は逸らさないように気を付けます…!
最後はもはや睨めっこ

小鳥達が捕まる頃にはゆでだこ状態
知らせを聞いてホッとしつつ
…こ、これ以上は…心臓が、もたないです…
俯きにぽつりと返して


秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
  数分でいいんです、心の準備の時間を…!
と近くの女性職員さんを拝み倒してジューンを任せ、その間に背を向け心の準備
大丈夫、たかが数十分見つめ合うだけです!

振り返れば、既に腰砕けな職員、思わず後退り
これ、私、耐えられ…るの、でしょうか?
項垂れるジューンに、後は野となれ山となれと抱きつく勢いで彼の前へ
大丈夫ですから、と答える
添えるだけの両手に、無理強いがなくて嬉しいような、少し物足りないような?

美術品を鑑賞していると思えば…なんとか…
…整っているなんて、在り来たりですが…睫毛も長いし、瞳は南国の海のような、澄んだ色で…綺麗…
といつの間にか脳内がダダ漏れてた?!
慌てて言い募った言い訳が墓穴に…


アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
  EP3参照

ガルヴァンさん大丈夫かな…
邪魔にならない壁際で見守る


えっ…?い、いい…けど…



見つめ合えるのは嬉しいが羞恥やら恋心フィルターやらで直視し続けていられない
他の人は大丈夫なのかと視線が彷徨いだす


突然の相手の行動に心臓が跳ねる
ひぇっ…!?(赤面)
色々と感情が乱れて少し涙目

あ、ま、待って…
思わず服の裾を掴み

ええと…確かにあの時、男の人に連れてかれた時もこの位の距離感だったけど…その…
今、は…あの時とは全然、違う…平気、だから

下がりそうな視線を堪えつつ言い切る



くっ…うぅ…(ぷしゅう…)
両手で顔を覆いしゃがみ込む
ここまで我慢できた自分を褒めたい

…あ、うん…大丈…夫だけど…はは…
限界(ぱったり)


「私、A.R.O.A.に骨を埋める覚悟出来たわ…っ」
「私もこの日の光景はずっと忘れない…!」

 全てを終えた時の、一部女性職員の言葉である ――。

●耐久開始!

 サージとクレオナ、他科学班たちがあらかた説明を終え小鳥捕獲に乗り出す時、ウィンクルムたち(主に神人たち)の精神修行がまさに開始された。

「数分でいいんです、心の準備の時間を……!」

 どうかご慈悲をっ、という勢いで傍にいた女性職員を拝み倒しているのは 秋野 空 。
(大丈夫、たかが数十分見つめ合うだけです!)
気合は大変前向きではあるが、精霊へ背中をむけているあたり乙女心は正直である。
その背を若干切なそうに見つめているのはパートナーである ジュニール・カステルブランチ 。
本音を言えば空を見つめていたいところだが、無理を強いるわけにはいかない。彼女の希望が何より最優先だ。

「わわ、私で大丈夫でしょうか…!?」
「出来うる限り早めに覚悟を決めますのでっ。……ジューンさん、あ、あの、ちょっとこの方にお願いしましたから」
「ひとまずこの衝動を抑えるためにご協力いただけるなら、俺はどなたでも……」

 小声で女性職員にファイト!の意を述べてから、空はジュニールに確認をとった。
少し寂しい胸の内は隠して、ジュニールは普段通りの柔和な微笑みを向けると、「よろしくお願いしますね」と職員へ歩み寄る。
端正な顔立ちに金髪碧眼という、絵に描いたような王子様的ジュニールの眼差しを受ければ
女性職員、もう顔を真っ赤に染めて、長くはもたないっ…と悟った。
何度も逸らされそうになる視線に、今にもその顎をくいっと持ち上げたい衝動に駆られるのを
グッと両手を握り締め耐えるジュニールのおかげで、空が心の準備をするだけの時間はなんとか確保されることになる。

 アラノア はそんな空とジュニールと女性職員のやり取りを、壁際に寄った位置でそっと見守っていた。
通りがかった女性職員に「……おいお前」と早々に声をかけていた自身のパートナー、 ガルヴァン・ヴァールンガルド に気付いて
邪魔にならないよう隅っこへと移動し、周囲の様子を観察していたのだが。
なんだか、空や女性職員の気持ちがとても分かる気がした。
(やっぱり……大変そうだよね……ガルヴァンさんも大丈夫かな……)
いろんな意味で。
光をそのまま閉じ込めたような琥珀色の力強い瞳でガン見され、ぷるぷる震え堪える女性職員。
(まさか鳥の声がこんなことになっているとはな……)
しょっちゅう逸らされる視線を、強引過ぎない程度に一声かけてから戻しながら、ガルヴァンが呆れの息をついたところで
その耳に グレン・カーヴェル と ニーナ・ルアルディ 、 かのん と 天藍 の会話が届く。

「うう……何だかすごくデジャヴというものを体感しています……」
「例によって今回も、だ、諦めろニーナ」
「あの時ニーナさんたちもご一緒でしたよね。ここは私達にとって鬼門なんでしょうか……」
「前に捕まえた鳥つれて報告しに来た時から嫌な予感はしていたが。やっぱり元凶はここにあったか」

 天藍の『やっぱり元凶』という言葉に、怪訝そうにガルヴァンは口を開いた。

「あの者は以前にもこういうことを起こしたことがあるのか?」

 小鳥捕獲に奮闘中のサージを差した問いかけに、4人、同時にこっくり頷く。それはもう盛大に。
それを見たガルヴァン、先程より更に深い息を吐くのだった。

「っておいニーナ、話聞いてたろ、目ぇ瞑んなこっち見ろって!」
「ほら、かのんも、よそ見は無しだ」

 会話にかこつけて、恥ずかしさからどうしても目が泳ぎがちになるニーナとかのんへ、それぞれのパートナーから容赦ない指摘飛ぶ。
クイッと顎に手をやる流れるような動作。合わされる目と目。
周囲の野次馬職員の視線が一点に自分たちへ集中するのを感じて、かのんは居た堪れない。

「あの、天藍。目を離せないのは分かりましたけれど、距離が近いです」
「これくらいの近さでないとどうにも落ち着かないんだが」
「職員の方の目もありますし、ね」
「それなら……」

 周囲の視線から逃れるようにかのんを壁際に移動させる天藍。
それを見たニーナ、便乗してそそくさとグレンへ提案した。

「……落ち着きねーな」
「ここならあまり見られないかなって」
「俺は別に見られてたって構わねえけど?」
「まっ、前にカイ君が変なことになってたのはこういうことだったんですね!」
「へー。カイの奴ともこういうことが? もう浮気か?」
「そそそういうことじゃないんです~~~!!」

 全くもって野次馬の視線を気にすることのないグレンを誤魔化そうと振った話題が、更に墓穴だったようだ。
ニーナ、グレンにがっしり顔を掴まれ視線逸らすことを許されない。
グレンはといえば、任務報告書をすでに読んでおり、ニーナとカイの任務中のハプニング内容は重々承知していたわけだが。
その瞳がうっすら細められていることに、間を置いてニーナも気付いた。

「た、楽しんでますね、グレン」
「そりゃ楽しいぜ? こうしてお前の色んな顔、近くで見れるからな」

 笑って告げるグレンから、必死に瞳逸らさないようにするもニーナの心中はまだ穏やかではない。
(私、今日おかしなところないですよね……?)
恋人になってからでも、これほどの至近距離で見られることはあまり無く。
恋する女心が作用するというもの。
(こんなことになると知ってればもっとよく鏡で確認してきたのに……)
慌てふためいていたと思えば、今度はどこか落ち込む空気纏うニーナの頭に、ぽんと大きな温かい手が置かれた。

「ほら」

 自分が触れることでニーナが落ち着くことは、もうよく知っている。
暫くはそうしてニーナを落ち着かせていたと思えば、頭からするりと手を滑らせ、染まる頬に触れたりして
ニーナの反応を楽しんでいるグレンがいた。

 女性職員と見つめ合うジュニールとガルヴァン。自身のパートナーと見つめ合う天藍、グレンを何度か視界に入れてから、
夢路 希望 は意を決する。
(ユキが他の人を見つめるのは……やっぱり嫌です……)
まだ誰とも視線を合わせていない スノー・ラビット は、希望が決断するまで諸々湧き上がる衝動を堪えていた。
見つめられるならノゾミさんがいい。でも、恥ずかしがられちゃうかな……。
人一倍奥ゆかしい希望に、衆人環視の中見つめ合って欲しい、とはどうしてもお願い出来ず。
半分諦めかけていたスノーの長い耳に、希望の声が響いたのはその時だった。

「……あ、あの……私でよければ、頑張ります」

 気付けば口に出していた言葉に自ら驚くも、希望は自分の心に素直に従うことにした。
とても意外そうに、スノーは希望の表情を窺う。

「……いいの?」
「ス、スノーくんがいいのでしたら……」
「うん、ノゾミさんがいいんだ」

 きっぱりと告げられ、希望は頬に熱が集まるのを感じた。
憧れと好きの境界線。まだ判断は出来ていないけれど、スノーに見つめられるのは嫌じゃないとだけは、今はもうハッキリ分かるから。
おずおず見上げてきた瞳を見れば、ちょっと待ってね、とせめてもと隅の方へ希望と移動し、スノーは人目から遮るように彼女の前に立った。
彼のさり気ない優しさに心が温かくなるのを希望は感じながら、改めてルビー色の瞳を見つめる。
満面の笑顔を返されれば、一気に顔が赤くなったけれど、希望はその笑顔から目を逸らすことはしなかった。

●10分経過

「は、半分捕獲しましたー! もももうちょっと皆さん頑張って下さい~!」

 受付ホールに響いたサージの声に、空はハッと顔を上げた。
あ…あれ? まだ2、3分しか経っていない気分だったのだけれど。
気合を込めるのに予想以上に時間を労していたと分かって、慌てて後ろを振り返ってみる。
そこには、今まさに腰砕け状態でジュニールに支えられながらも崩れ落ちる女性職員の姿が。
(これ、私、耐えられ……るの、でしょうか?)
自分に降りかかる顛末を見ているようで、思わず後退る空。
大丈夫ですか、と職員を気遣いつつもジュニールはしっかりそんな空の動きを視界に捉えていた。

「そ、そんなに引かなくてもいいじゃないですか……」

 愛しい空の反応を少々勘違いしたジュニール、しょんぼりと項垂れ。
―― ヨウちゃんが告げてくれたのは幻聴だったのでしょうか……。
いつぞやのヨウムの声がこだました気がした。
例えウィンクルムとしてでも、好意はもってくれているのだと自信を回復したばかりだったのだけれど。
哀愁まで背負い出したそんなジュニールの様子に、慌てたのは空である。
(素直になるって誓ったばかりなのに私また……っ)
ええい後は野となれ山となれ、と空は抱きつく勢いでジュニールの正面へ駆け寄った。
つんのめりそうになった空へ思わず手を伸ばし抱きとめてから、ジュニールは不思議そうに彼女を覗き込む。

「バトンタッチです」
「ソラ、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですから」

 頷いて、真っ直ぐ見つめ返してくれた空に心が満たされるのを感じる。
嬉しそうに微笑んでは感謝を述べて、ジュニールはそっと両手で空の顔を包み込んだ。
上目遣いになった彼女の視線にどぎまぎしてからふと、この身長差でずっと上向かせていたら空に負担がかかるだろうかと過ぎり、
腰を屈めると少しでも空と視線の高低差を縮めた。

「ジューンさん、その体勢辛くないですか?」
「いいえちっとも」

 これだけ目を合わせてくれているだけでも、望外の喜びですから! と続いた言葉に、
今にも恥ずかしさで視線逸れそうになるのを空は耐える。
動きかける顔を、ジュニールが無理矢理戻そうとする仕草は見られない。
添えられるだけの両手に、嬉しいような、少し物足りないような思いが生まれるのを感じて、そんな自分に空は余計恥ずかしさが増した。
(美術品を鑑賞していると思えば……なんとか……)
思考を切り替えようと試みる。
―― 整っているなんて、在り来たりですが……睫毛も長いし、なにより ――

「瞳は南国の海のような、澄んだ色で……綺麗……」
「………」

 ジュニールの容姿を観察するのに集中していたのが、次第に純粋に見蕩れていった空の口から脳内がダダ漏れることとなった。
その南国の海の瞳が見開かれたことで空は気付く。ジュニールに至っては驚きと感極まりで僅かに震え出してすらいた。

「!? 私っ、声に出してました……!?」
「俺……この状況に今心から感謝致します……っ」
「ちち違うんです……! こんなに間近でジューンさんの顔見たことが無かったもので、つい見蕩れて……っ」

 ってああ私これ墓穴じゃないですか…?!
普段クールな空が、すっかり頬を熟させて慌てふためいている。
ただでさえ空に見つめてもらい、抱き締めてしまいたい衝動を必死に自制していたジュニールだったが
予想もしていなかった心の内が聞け、あまつこのように可愛く取り乱されては理性も限界というもの。
しかしここで己が欲望に走ったら空に嫌われはしまいか。
否、今抱き締めねば男が廃るのだろうか。
ジュニール氏、欲求と葛藤の狭間で自分との戦いが開始されたとか。

× × × × × × ×

 女性職員はこちらでも限界にきていた。

「……駄目だな」
「役不足で……申し訳も……」

 ああでも至福……っ、と床に恍惚と沈んだ女性職員を見下ろしてから、さてどうしたものかとガルヴァンは周囲を見渡す。
すると、壁際にいたアラノアと視線が合った。
ガルヴァン、改めて周囲を見渡してみる。いつの間にかほとんどのウィンクルムがパートナー同士で見つめ合っていることに気付いた。
(ふむ……契約した者同士の方が長く保つ作用でもあるのだろうか……仕方ない)
暫し考えてから、アラノアの方へと歩み寄る。

「アラノア」
「え?」
「しばらく見てくれ」
「い、いい……けど……」

 女性職員が落ちたことで何となく予感はあったアラノア。ガルヴァン本人から頼まれれば嬉しくもあり、羞恥が込み上げてくるのもあり。
いざ見つめ合ってみると、恋心フィルターが二つの気持ちを増長させた。
とても直視していられず『他の人は大丈夫なのか』と、つい視線が彷徨い出す。
視線を何度も逸らされるのは先程の女性職員である程度分かっていたはずだが……イラッ。
どうしてだろうか、先程の比では無い程に落ち着かない。
ガルヴァンがアラノアに詰め寄った。

「……おい」
「……」
「ちゃんと見ろ」
「ひぇっ……!?」

 距離を縮め、所謂 壁ドン を行ったもののアラノアの視線がまだ違う方向を見ていればイライラは更に増して
ガルヴァンはその顎へ手をかけ持ち上げさせた。
突然の行動に、アラノアの心臓が跳ね上がる。さすがの秘めた恋心もパニックを起こすというもの。
しかし、その瞬間アラノアの瞳に(動揺のあまり)浮かんだ涙を見つけたガルヴァンは、ハッと動きを止めた。

「っ……すまん……これではあの男と同じだな……」

 ガルヴァンの脳裏に、無理矢理アラノアの動きを抑え込んでいた男と、怯えきったアラノアの姿が鮮明に思い出された。
女性に対し最低な行為をしていた男と己の行動が同一だと考えると、ガルヴァンを不快と自己嫌悪が襲う。
先程の台詞と、顎から手を離し後ろへ下がったガルヴァンを見て、アラノアもガルヴァンが何を思ったのか何となく察しがついた。

「あ、ま、待って……」

 アラノアは思わずガルヴァンの服の裾を掴む。
意外な行動に目を見張るガルヴァンへ、下がりそうになる視線を堪えてアラノアは勇気を振り絞った。
誤解だけはされたくない、そんな一心で。

「アラノア……?」
「ええと……確かにあの時、男の人に連れてかれた時もこのくらいの距離感だったけど……その……
 今、は……あの時とは全然、違う……平気、だから」

 強がりでなく、本心だということがアラノアの必死の様子から伝わってくる。
―― ……あの時。駆けつけた際、カラオケBOX内の光景を見て、俺は何を思った?
『俺を敵に回し、あまつさえ逆鱗に触れることがどういうことかわかるか』
アラノアを見つめたまま自問するガルヴァンに、自らが放った男への言葉が鳴り響いた。
ただの脅しのつもりでついた言葉。……のはず。
しかしあの時こみ上げた怒りと憤りは、全くコントロールしていなかった感情だと今は思われた。
でなければ、『逆鱗に触れる』とまで咄嗟に出てこないだろう、と。
先程までの射抜くような眼差しの中に、どこか困惑の色が見えた気がして、アラノアは恐る恐るガルヴァンへもう一度言葉を紡ぐ。

「あの……ガルヴァンさん? わ、私、何かおかしな事……言っちゃった、かな……」
「……いや」

 不安そうな真紅の瞳を見れば、ガルヴァンは表情を緩めた。
自分を怖がってはいないのだと真摯に伝えてくれたパートナーに応える為に、今はよそうと、掴まれた裾を一瞥してから
僅か離れたアラノアとの距離を、ガルヴァンは再び寄せるのだった。

× × × × × × ×

 天藍によって壁の隅へ移動でき周囲の視線から逃れられたのはいいものの、今、かのんを新たな羞恥が襲っていた。
壁にぴったりと背中をつけ、その顔の両脇には天藍の腕。
見事な壁ドン光景に一度逸れたはずの視線たちの一部、控えめにしかしチラッチラッと飛ばずにはいられない様子。
幸いといえるかは分からないが、広い背中に守られたかのんはその視線たちに気付くことは無かった。
むしろ先程よりかえって距離が近くなったことで、そわそわと落ち着かず身動ぎを繰り返す。

「かのんは俺に見られるのが嫌なのか?」
「えっと嫌というのではなくてですね……」

 天藍の表情に影が落ちる。明らかに寂しげな瞳で問われれば、かのんは言葉に詰まった。
(……勿論他の方を見つめるのはもっと嫌です)
それが心からの想い。しかし湧き上がる恥ずかしさが、どうしても素直な言葉を覆ってしまう。
どうしましょう……天藍を傷つけてしまうのは本心では無いのに…… ――
この壁ドン状況に至るまで、かのんの意向を汲んでいるようでその実、天藍の意図的行動であったわけなのだが。
さて憂いの表情まで、どこまでが意図的であろうか。
葛藤する気持ちと羞恥から、時折逸れてしまう視線を顔ごと包まれあくまで優しく引き戻されれば
かのん、陰りを見せているはずの瞳の奥に隠れた光を見つけた。

「……天藍、この状況楽しんでいるでしょう?」

 おっと鋭い。
やや恨めしげな上目遣いと出会うと、心の中で天藍は微笑する。
かのんが他の人間には決して見せないそうした表情を真近で見られるのも、自分の特権であると自覚している。

「俺は何よりかのんの一番近い場所にいれることが嬉しいだけなんだけどな」

 楽しんでいると言われれば嘘ではない。だがそこには天藍なりの理由もしっかりとあった。
窺うような視線に、誤魔化すことなく告げる。
もう何度、彼女に救われたか分からない。
ダリアに心の闇を操られた時も、カップの中で綻んだ花に隠していた恐怖を暴かれた時も、かのんは全身全霊で自分に向き合ってくれた。
そんな彼女と、一生かけて守り支え合う誓いを立てたのだ。
……どんなことがあっても間違えないように、もっとかのんの事が知れたら ――
自分にとって、かのんと共にいる時間は一分一秒でも尊いもの。短い一言にその思いを込めた。
絆の力、想い合う力はそんな天藍の気持ちを、瞳を通じてかのんへ伝える。

「……面と向かって言われると恥ずかしいです……」

 俯きそうになるのを堪え、かのんはもう異を唱えることはしなかった。
代わりにおずおずとはにかんだ微笑みを向けられると、天藍は満足そうに笑い返すのだった。

× × × × × × ×

 合間合間にからかいを混ぜて気を紛らわせてくれるグレンのおかげか、思っていたより視線逸らさずにいられている自分に
ニーナはホッとしながら、しげしげと見つめ返す。
(こういう風にグレンの顔をずっと見てるのって何だか変な感じ……)
日常生活で相手を見つめ続けるなんて今まで、……あ。

「寝顔はたまに見たりしてますけど」
「……いつものことっちゃいつものことだが……突然何の話だ?」
「いえ。グレンの顔をこんなに見る機会って今まであったかなぁって考えてたんですけど」
「あー。それで、人の寝顔盗み見してた、と」
「だってこの間だってソファでずっと寝てたじゃないですか。
 疲れてるのかなと思って、ご飯の準備出来た後も暫く起こさないで待ってたんです」
「なかなか寝心地いいからな、あのソファ……」

 思い出したら眠気がきたのか、一つ欠伸をしたグレンを見て微笑ましそうにしたニーナ、口からうっかり発言が漏れる。

「知ってます? 眠ってる時のグレンって少し幼い感じがして可愛いんですよー」
「ほぉおお」
「……ハッ」

 気付いた時にはすでに遅し。グレン、くつろいだ顔から一転笑顔を作ったと思うと
ニーナの頬を弄っていた指を掌に変えて、ぶに~~~っと押しつぶした。

「男に対する褒め言葉かどうか分かるよなあ?」
「っもめんままいいいいいっ!」※ごめんなさい
「そういうお前も夕飯後や風呂上がりでよく落ちてんだろ。その都度お前の部屋まで運んでやってるんだからな」
「……え、私も?」

 手が離されればほっぺたをさすりながら、きょとんと見上げるニーナ。

「確かに何度かそういうことが……寝ぼけて移動してたのかと思ってました……」
「……お前がそんな器用なら俺は苦労してねぇな」
「う……す、すいません、いつもありがとうございます」

 分かればよろしい、と大変楽しそうにしながらニーナの頭を再び撫でるグレンの手は
言葉や態度とは裏腹にとても温かく優しかった。
そんな壁際でなされる会話に、近寄れずとも耳をそばだてる野次馬女性職員が数名。
え、これは夫婦? もはや御夫婦の会話っ?
女性職員のいくつかの心のメモ帳に、若干工程をすっ飛ばし誤解されたウィンクルム一組の仲が上書きされたとか。

× × × × × × ×

(……あんなふうに自然と会話できて、ちょっと羨ましいです……)
少し距離はあるものの、同じ壁づたいの位置にいた希望はニーナとグレンのやり取りが微かに聞こえては思う。
ただでさえ近距離で見つめ合っているこの状況に、いつも以上に口数が少なくなってしまう自分を希望は気にしていた。
心なしか、スノーも普段よりあまり喋らない気がして。

「え、えっと……気分はどうですか?」
「ありがとう、大丈夫……好きな人に見つめられてドキドキはしてるけど」
「……っ!」

 頑張って話題を振ってみた希望だが、スノーからはにかんだ笑顔と共に直球の言葉を受けて、一瞬で赤面してしまった。
スノーにしてみれば、大好きな人と見つめ合えるこの時間が愛しくて、ついつい会話より見ることに専念してしまっていただけのようだ。

「う、嬉しいです、けど……」

 人に聞かれたら恥ずかしいです、とぽそりぽそり紡いでから希望の顔は無意識に下へ俯いた。
見つめ合う前まではどうにか衝動を堪えられていたスノーであったが、一度希望の視線を受け止めてしまうと
もはやすぐに落ち着かなくなってしまう自分に気付く。
反射的に希望の顎へと手が伸びて、その顔がよく見えるように持ち上げた。

「……駄目。ちゃんと、僕を見て?」
「っ……」

 顔を寄せ、クリンと大きな瞳に自らが映っているのを確認すると、スゥッと心が晴れ渡るのを感じる。
しかし瞬間、その希望の表情が、身体が、硬直したのが分かった。
―― しまった……!
ハッとし捉えていた華奢な顎から手を離すスノー。後悔の念が彼を襲った。
希望は先日、見知らぬ男に乱暴されかけたばかりだったのだ。
あの時の震える体と涙声は、思い出される度に悔しさと申し訳なさを感じさせる。
しかしそれ以上に、希望が男性に感じた恐怖は計り知れないだろうと。
今日までも、常に希望の一挙一動を見守りながら、決して強引に触れることは避けてきたのに……。

「ノゾミさんごめん……!」
「……あ……い、いえ! 私は大丈夫です!」

 スノーの自身を責めるような表情と行動から、希望は彼が何を気にしたのか瞬時に悟った。
離れようと動いたのを見ると、咄嗟に口からそう放たれていた。
意外な言葉に目を見張るスノーと、自分の口からついて出た大きな声に恥ずかしさこみ上げる希望。
でもきっと……本心だから……。
確かにあの出来事が過ぎりはしたけれど、それは、あの時の男の人と違って嫌とか怖いとか、そんな感じは無い。
スノーに対しては全然違うのだと心が正直に比べていただけで。

「驚いちゃっただけ、で……怖い、なんて思いませんでした、から……」

 素直に伝えてくれた言葉に、怖がらせちゃったかな……と心配気な表情がスノーから消えていった。

「スノーくんは? 落ち着きました?」
「え? あ……うん、大丈夫だよ」
「……よかった」

 心から安堵の表情を浮かべる希望。
平気そうな様子にスノーもホッとしながら、こんな時ですら自分より相手を気遣える彼女がたまらなく愛しい。
あの時もそんな彼女に救われたのだ。
あのまま、怒りに身を任せるがまま相手を殴っていたら、そんな自分の姿が余計彼女を怖がらせただろうと思うと
スノーは、儚くも強さ秘める希望に改めて感謝した。

「ごめんなさい。こ、今度は逸らさないように気をつけます……!」

 自分がうっかり視線を逸らしてしまったからユキを誤解させたっ、と必死になる希望を見ると
スノーは自然と笑顔が広がるのだった。

●耐久終了! もうちょっと長引いてもよかったのに……※by.一部女性職員

「せんぱーーーい! さっ最後の一羽……無事っ、捕獲しましたああああ! ゼーハーッ」

 サージの叫び声に、他に隠れている小鳥がいないかホール内に散っていた科学班たちが、上司であるクレオナの下へと集まり出す。
鳥籠にハンカチを被せ薄暗くしたことで、小鳥たちの興奮が落ち着いたのか鳴き声は一つ、また一つと小さくなり
とうとう聞こえなくなった。
逃げ出す前に確認した数と捕まえた数が一致すれば、クレオナは安堵の表情を浮かべた後ウィンクルムたちを見渡し、
お辞儀をしながら声を張った。

「皆さん、本当にお騒がせとご迷惑をおかけしました……! そろそろ効果が切れるかと思いますのでー!」

 その言葉を聞いた瞬間、まずアラノアが自身の頬を覆い崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
ぷしゅう……。
(くっ……うぅ……ここまで我慢できた自分を褒めたい……)
途中から、どこかガルヴァンの視線が優しくなった気がする。が……何だかそれがかえって鼓動を激しくさせた。
好きな人は、時々チラ見するくらいがちょうどいい。そんな教訓が刻まれたとか。

「ん……? やっと終わったか……」

 アラノアの踏ん張りにより余計な心の乱れは無くなったものの、さすがに一点を見つめ続けたことで眼球に疲労を感じ
ガルヴァンは、はー……と息を吐いて片手で目頭を押さえた。
数度の瞬きをすると、アラノアが視界から消えたのに気付く。
キョロキョロ見渡した後、足元に気配を感じればそちらを見やった。

「アラノア? 大丈夫か……?」
「あ、うん……大丈……夫だけど……はは……」

 限界。ぱたり。
アラノア、意識をとうとう手放した。「おいっしっかりしろっ」と後頭部打たないよう支えながら呼びかけるガルヴァン。
緊張から解放されたからか、気を失ったアラノアの表情は微笑んでいるようにも見え、とりあえず安心はしたものの
やはり、あの元凶とやらに文句の一つも言う必要があるか……、とアラノアを運びながらガルヴァンは思うのだった。

(ああ……アラノアさんの気持ちが、すごく……分かるような……)
こちらも失神一歩手前で、どうにか堪え切った空。アラノアが気絶したのを見つければ乙女心にこっそりと共感する。
しかしこちらは、空よりも先に何故かジュニールが片膝ついて落ちていた。

「ジューンさん大丈夫ですか? やっぱり、体勢がきつかったんじゃ……」
「いえちょっと煩悩との戦いが壮絶で……もとい、大丈夫ですよ。体は何ともないですから」

 心配そうに自分の隣へとしゃがみこむ空へ、安心させるように微笑んでから一瞬、ほんの一瞬遠い目をするジュニール。
勝った……俺は自分に勝ちました……勝って良かったんですよ……
抱き締めたい本能を制して、誇らしいような名残惜しいような思いに、自分へ言い聞かせる。男心も複雑である。
(……せっかく兄様に背中を押してもらったのに、まだ私、今日は一度も素直になれていませんね……)
自分が見つめやすいように高さを変えてくれたジュニールに、空は気付いていた。彼の優しさが嬉しいのに……
容姿を褒めはしたけれど、それは無意識の下であり自分の意志じゃない。
精一杯の深呼吸をし、一度ブレスレットを撫でてから空は口を開く。

「その、私のことを考えてくれて……ありがとうございます」
「!」

 あっ、ちょ、ちょっと語弊のある言い回しだったかも……!
負担を軽くしてくれて、とか言いたかったはずなのに何やら大胆発言をした気がして、空はたちまち顔を真っ赤にし俯いた。
そんな空を、驚いた表情で見つめるジュニール。
―― 良かった、ヨウちゃんの言葉は幻聴じゃ無かったようです……っ
感無量とばかりに今空が紡いだ言葉を反芻するジュニールがいた。

「やっと効果が切れたか?」
「そのようですね」
「だったら……ちょっとこっち」
「はい??」

 周囲を窺い、自身も視線を外しても問題ないことを確認したグレンは、大きく安堵の表情を浮かべていたニーナを
壁の更に角っこへと押しやった。

「な、何ですか?」
「……何って、キスだけど?」
「!??」

 まるで当然の如くさらっと伝えられた単語に、ニーナの頭の中が真っ白に染まる。

「惚れた女にずっと上目遣いで見つめられてみろ、これで手出すなってのが難しいだろ」
「……確かに」
「なあ? ほれ、天藍もああ言ってる」
「わ……私にはそんな男性の気持ちの方が難しいです~~~!!」
「文句あるなら後でサージに直接クレーム入れて来い。俺からは今回楽しかったから特に言うことねーわ」

 効果が切れたと知り、とりあえず見上げる形で頑張っていてくれたかのんを休ませるべく通りがかった天藍が
聞こえたグレンの台詞に思わず納得の同意を示せば、グレンの口の端が益々上がった。
―― 嫌じゃないですっ、嫌じゃないんですけど心の準備が何一つ出来ていません……!
迫るグレンを、どうしても両手で押しのけようとしてしまう。

「諦めの悪ぃやつだな。……ああなら、いつだったか改めて礼がしたいとか言ってたろ。それがこれってことで」
「ちゃっ、ちゃんと心込めてその時伝えましたよ? というかあの後私から暖取ってたのがそういうことじゃないんですか!?」
「こまけーこと気にすんな」

 ニーナの抵抗すら楽しそうに受け止め、攻防を開始するグレンである。
天藍、その様子を一瞥した後その視線を、じっ……とかのんへとやった。
その瞳が何を訴えているか、手に取るように分かったかのんは、真剣に見つめ返しそして告げる。

「……しませんからね? こんなに、人の多い所で……」
「二人きりならいいのか?」
「……………………………二人、きり、なら……」

 たっぷりの間の後。
愛しい人に見つめられて、触れ合いたくなるのは男性だけではない。
ただ注目を浴びる形というのが耐えられないかのんが、やや耳を赤くし呟くように譲歩の言葉を紡いだのを聞いた天藍。
よし早く帰るとしよう、と即座に思う。
が、その前に……。

「かのん、ちょっとそこで座って待っていてくれ」
「構いませんが、どちらへ?」
「なに、野暮用だ。すぐに済む」

 天藍はスタスタと鳥籠を持った科学班メンバーが集まる、ホール中央へと進んでいった。
いち早くその姿を捉えたのはサージである。
ハッ……か、彼は確か……っ、小瓶持ち帰ってくれたり小鳥捕まえてきてくれた中に居た……!
サージ、さすがに何度もご迷惑おかけしている御仁方の顔は覚えているらしい。

「お、お疲れ様です……!」
「そっちもな」

 ビシッ、と直立不動で挨拶するサージへとりあえず労いを返すと、腕組みをしてよい笑顔を作る天藍。
ひぃ! この笑顔見覚えがありますうう……!

「さて、今回だけじゃなく前にもこの類の小鳥に遭遇している事だしな。しっかり顛末を説明頂こうか」
「私も……事件が起こった経緯の詳細な説明を求めます……っ」

 天藍の後ろから、ニーナとグレンも加わった。
あの後攻防はどうなったのかは、ニーナの染まった頬や潤んだ瞳、グレンの大変満足そうな笑みから察してあげるとして。
グレンはともかく、ニーナと天藍に詰め寄られると何度も謝罪の言葉を繰り返し、しどろもどろにサージは改めて説明を始める。
当然、クレオナから救いの手など伸ばされることは無かった。

 白い耳をぴくぴくと動かし、何となく今回の事の起こりをスノーはこっそり把握しながら。
へたり込んだ希望の背中を静かに撫でる。

「無理させてごめんね。でも、本当にありがとう」
「い、い、いえ……。スノーくんのお役に立てたなら、嬉しい、です……」

 一生懸命言葉を返す希望の表情は、すっかりゆでだこ状態。
こんなになるまで一途に頑張ってくれた希望に、スノーは思わず本音もぽろり。

「僕としては……もう少しあのままでもよかったかな、なんて」
「……こ、これ以上は……心臓が、もたないです……」

 希望の真剣にぷるぷる震わせ訴える瞳を見ては、スノーは『勿論ノゾミさんが大変だものね』なんて穏やかに笑ってみせてから。
―― うん、冗談、……半分は。
先程聞こえてきたサージの詳細説明。もしやあの人は稀にこういうことするのかな……
これから本部に寄った際には時々、科学班の研究っていうのを覗いてみようかな、と心中よぎったスノーがいたとか。

 再三に渡るクレオナからの説教にプラスし、ウィンクルム数名からプレッシャーを受けたサージ。
もう二度とこのようなことは……! と誓ったものの、彼の残念な思考はずっと斜め上にズレていた。
(しっかり、念入りにっ、安全だと確かめればいいんですよね!)
クレオナやウィンクルムたちへの説明の中で、サージは無意味に男を見せていた。ミツキ氏の名前は最後まで出さなかったのだ。

 後日、件の小鳥たちはクレオナによる厳重管理で持ち出せなかったものの、元に戻す為に得た追加資料片手に
人目を忍んでミツキ氏の研究所を訪ねるサージの姿が。

 ……ウィンクルムたちの受難は、まだまだ終わらないかもしれない ――。

<完>



依頼結果:大成功
MVP
名前:ニーナ・ルアルディ
呼び名:ニーナ
  名前:グレン・カーヴェル
呼び名:グレン

 

名前:アラノア
呼び名:アラノア
  名前:ガルヴァン・ヴァールンガルド
呼び名:ガルヴァンさん

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 渡辺純子  )


( イラストレーター: ひなや  )


エピソード情報

マスター 蒼色クレヨン
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月17日
出発日 11月23日 00:00
予定納品日 12月03日

参加者

会議室

  • [7]かのん

    2015/11/22-21:02 

    プラン提出しました
    何だか大変な事になってしまっていますけど……
    何事もなく小鳥さん達が捕まる事を祈るばかりです

  • [6]かのん

    2015/11/22-21:01 

  • [5]アラノア

    2015/11/21-22:46 

    えっと…(まさか予約当選するとは思っていなかった)アラノアと申します。
    ガルヴァンさんと他の精霊さんが大変?な事になってますね…(邪魔にならない壁際に移動しつつ)

  • [4]秋野 空

    2015/11/21-22:21 

    秋野空と、精霊のジュニール・カステルブランチです。
    動揺してご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありません。
    皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

  • [3]ニーナ・ルアルディ

    2015/11/20-01:08 

  • [2]かのん

    2015/11/20-00:50 

  • [1]夢路 希望

    2015/11/20-00:49 


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