プロローグ
●犬も食わない
「分かってないのは、アナタの方よ!」
「いーや、違うね! あの場合はああするしかなかった! 他にやり方があるなら、教えて欲しいもんだな!」
……あー、またやってるよ……と、肩を竦めるA.R.O.A.隊員たち。最早誰も止める事も無くなった、いつもの恒例行事。そう、任務明けの報告の後、必ず神人のアメリアが結果について文句を付け、精霊のディックが自分の方針が正しかったと返すというお決まりのパターンで、既にテンプレートが書けるほど型にはまったケンカが始まるのだ。
「あ、あのぉ……止めないんですか?」
「あ? あぁ、お前はまだ入ったばかりで、知らないんだな」
「大丈夫、アレはあの二人にとっては当たり前のコミュニケーションなのさ」
古参の隊員達は、その新人があまりに心配そうにしているので、仕方ないな……と云う感じで説明していた。いいから見てろ、いつの間にかケンカした事さえ忘れてケロッとしてるからよ、と。
そう、ここまではいつものパターンだったのだ。が……今日は些か事情が違っていた。
●類は友を
「……ったく! あそこで躊躇してたら、やられてたってーの!」
「ん? どうしたマリオ、珍しくご機嫌斜めだな」
「おお、ディック! 聞いてくれよ、グロリアの奴がさ……」
「何だ、お前らもか? 実は俺もなんだよ。聞いてくれよ!」
……奇しくも、似たような事情でケンカをしたペアが何組かあったらしく、話を聞き合っているうちに意気投合してしまったらしい。一人で居れば冷める頭も、こうして話を蒸し返してしまうとなかなか冷めないものである。
「おーし、俺ぁ絶対に謝らねぇぞ!」
「謝る要素なんか無いんだ、当たり前だろう」
「そうだな、向こうが折れるのを待つべきだ」
……何処が大丈夫なんだよ、エスカレートしてるじゃないかぁ! と、先程の新人は更にオロオロとし始めてしまった。そこへ、彼の神人がやって来た。
「エリック、どうしたの? 顔が青いよ」
「あぁリーズ、先輩たちが……」
エリックは、事のあらましから顛末までを余さずリーズに説いて聞かせた。するとリーズは呆れたような顔になり、そんな犬も食わないような事を心配してどうするの、とエリックの言を突っぱねた。
「そ、そんな言い方って無いだろう? 僕は真剣に心配して……」
「あら、じゃあどう答えれば良かったのかしら?」
「君は心配にならないのか!?」
「だから、余計な心配は無用だって言ってんのよ!」
……本部内の不穏な空気は徐々に拡散しつつあった。傍で見ているベテラン達は、触らぬ神に……と云う感じで、止めようとはしなかった。
「止めねぇの?」
「どっから止めりゃ上手くブレーキが掛かんだよ。俺は巻き添えは御免だね、ノーコメントだ」
「だな」
こうして、止める者の居ないウィンクルム達の痴話喧嘩は、徐々にその範囲を広めていくのだった……
解説
●止めないんですか?
……誰だって、巻き添えは食いたくないですからね。
●神人だって、精霊だって
ケンカする時はケンカする、反りが合わない時だってある。
貴女も言いたくても言えない、我慢してる事、あるんじゃないですか?
この際だから思い切ってぶちまけちゃいましょう!
●結局、何が言いたいかと云うとですね
雨降って地固まる、です。
相手のダークな部分を知ってないと、『本物のカップル』に成れないんですよ!
ゲームマスターより
こんにちは! 県 裕樹です。
今回は『親密度は、楽しいデートの後にだけ上がる訳じゃない』というお話をご用意させて頂きました。
不穏な空気を体験し、お互いのダークな部分をも包み込めた時、相手の事をより深く理解できるものではないでしょうか。
……今回は、そんなお話なんです。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
田口 伊津美(ナハト)
(伊津美のアパートにて) これは喧嘩じゃない!説教だ! アイツは働かないし、礼は言わないし、自分のことを明かそうとももしないし、私のアイドル活動を邪魔しに来たやつに見える! 戦いではすぐ怪我するし、食費はガンガン取ってくし、デリカシーもない! 馬鹿だし!脳みそ空っぽなんじゃないの!? というかアンタどっから来たんだよ!いきなり頭上から降ってきたと思ったら手にキスしてきてさ!痴漢!? おかげでアレからどれだけ苦労したことか! 本当に最高だよ! 働けよ!お前も討伐以外に仕事しろよ!無職! …はー、色々言った どうせ馬耳東風なんだろうが オーガを駆逐したいから偶々適合した私の元に来ただけでしょ… もういいよ、今日は疲れた… |
かのん(天藍)
本部内の喧噪に関して手も口も出しません 第3者が介入しない方が良い類いの物でしょうし ただ、こんな話を聞くと天藍が私をどう思っているのか気になります・・・ 戦闘面では全く役に立っていませんし、そもそも自分の暮らしの基盤が出来ていた中で、適正が合っているからと契約に至って、日常でもA.R.O.A.の活動が優先になっている現状は、やはり迷惑な物なのでしょうか・・・ ちらりと傍らの天藍を窺う 天藍の問いかけに言葉を濁すも、更に追求されるので、出来れば他の場所で話したいと希望 連れて来られた場所で、前述の思っていることを話す 伝えた所で契約が解除出来るわけでも無いので、話す事自体が単なる自己満足にすぎないと思う事も |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
本部にはいれないからって、ディエゴさんが外に連れ出してくれたの。 新しい町やお店を一緒に見れて嬉しいな… って思ってたら、ディエゴさんが 「ここに見覚えはあるか?」って。 遊びに来ていた訳じゃあなくて 私の記憶の手がかりを探しにここに来た? ……そんなに早く記憶が戻ってほしいの? 早く私と別れたいと思ってるの!? ディエゴさんには一杯、感謝してもしきれないけど… でも、私は記憶なんか戻らなくたっていいよ! 記憶喪失ってなんか…ディエゴさんと一緒にいる免罪符みたいなんだもん……。 もういい、私帰る はじめて喧嘩しちゃった…喧嘩じゃあないか ディエゴさんは急に怒った私に驚いていただけだったし。 |
七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
□心情 今朝の翡翠さん、何だかいつもと違う顔です。 特に手つきが……すごく……卑猥。 ああ!教えて下さい! 精霊が神人にセクハラしたら、そもそもセクハラなんですか? □行動 お店の仕事が終わったら 夜にキャンピングカーで翡翠さんを仕事場までお迎え(運転スキル使用) マッサージ券を賭けて7ならべをする為です。 翡翠さんが勝ったら、私、1分間マッサージしますね。 私が勝ったら……え、えーっと、どうしましょう? 何かお話でも聞きますよ、その、何にしましょうか? □帰宅後 マッサージされたら、思わず泣いてしまいそうです。 思えば、いつも翡翠さんの素顔がわからずにいました。 もしかしたら、また1つ彼を知る事ができたのかもしれません。 |
リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
目的:叱るが、銀雪の意見も聞きたい 心情:パートナーは対等であって然るべきだ 手段: 銀雪には普段から私に遠慮しすぎる点を叱っておこうと思う。彼は大家族の長男故、自分を抑えるということを知っているし、面倒を見られるのが居心地悪いようだが、別に私はお前の面倒を見ている訳ではない。パートナーとして対等であってほしいと願っているんだよ。故にお前はもう少々私に対して譲歩しないということも覚えなさい。私だけが立てられる関係などパートナーではないだろう? ここはお前の家ではないのだから、お前もお前というひとつの存在として生きるべきだということを懇々と説く。銀雪からの意見もきちんと聞くよ。対等とはそういうものだ。 |
●何事ですか?
その日、たまたま本部に居合わせたウィンクルム達は、執務室や休憩室で頻発している痴話喧嘩を見て唖然としていた。
「……何が起こった訳?」
「わ、私に言われても……」
『翡翠・フェイツイ』に話を振られ、返答に困ったのは『七草・シエテ・イルゴ』であった。彼らは先刻、休憩時間を終えて戻って来た処だったので、この有様の経緯が分からずに目を白黒させていた。
「奴らだよ、何時ものアイツらが発端さ。ただ、今回はたまたま『虫の居所の悪い』連中が多く居たみたいでな」
「徒に口を挟んでも、仲裁に入っても火傷をするだけ。介入せず静観するのがベストです」
冷静に経緯を説明し、且つ自分達はノータッチであると宣言したのは『天藍』と『かのん』だった。それだけ、発端となった二人の小競り合いが定着しているという事もあったが、彼らは『自分達には関係ない』と云うスタンスを通していた。
また、廊下の一角で口論の現場に遭遇してしまった『田口 伊津美』と『ナハト』は、後続した『リーヴェ・アレクシア』と『銀雪・レクアイア』に事の経緯を質問され、やはり回答に困っていた。
「いや、ここを通ろうと思っただけなんだけど……」
「何か嫌な雰囲気なんだな。俺、早く通り過ぎたい」
「仕方ないでしょ、あの二人の間を通って行けっての?」
……そう、その喧嘩の主は狭い廊下の左右に分かれて、通路を塞ぐ格好で言い争いを展開していたのだ。通過するにはその間を縫って行く他にない。
「……らしくないよ、イヅ。いつもなら『ハイごめん!』って……」
その、ナハトの発言が少々カチンと来たのか、やや語気を荒げて伊津美が返す。
「何よ馬鹿ロボット、私にだってデリカシーはあるのよ? 普通に話している相手の間なら通って行けるけど、あんな雰囲気の中に割って入れるほど無神経じゃないわ」
「ま、待って! 君達まで険悪になってどうするんだい。穏やかに行こうよ、ね?」
「お、俺は……別に……」
ナハトに向かって言葉の刃を向ける伊津美に銀雪が待ったを掛けようとするが、ナハトは『俺は大丈夫だから』と言おうとしたのだろう。銀雪の言葉を遮るように割って入った。しかし、それを見ていたリーヴェは何か思うところがあったのか、銀雪に鋭い目線を向けながら一言ポツリと言い放った。
「……銀雪、後で話がある……勤務明けの時刻になったらロビーで待っていてくれ」
「え? う、うん……分かった、待っていればいいんだね?」
如何にも受け身体質ですよ、と言わんばかりの銀雪に軽い苛立ちを覚えたのか、リーヴェはそのまま通路を逆戻りして行ってしまった。残された銀雪が、『そ、それじゃあ』と軽く頭を下げてその後を追っていく。
「……時間の無駄だわ、他の通路から向こうに行くわよ」
「うん……」
何でいつも怒っているの? 俺はそんなに腹立たしいの? と、ナハトも訳が分からないと云った表情のまま、伊津美に続いてその場を去った。こうして職場内に蔓延した険悪な雰囲気は、徐々にその輪を広げていくのだった。
●お散歩、の筈が……
唯一、本部内の只ならぬ雰囲気を察知した『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』は、『ハロルド』を連れ出してロビーから外に出た。基本、ウィンクルムは会議や作戦前の集合が掛からない限り、本部内に常駐していなくてはならないという義務が無い。例外は当直と呼ばれる当番制のスクランブル要因としての順番が回って来た時のみで、直ぐに連絡の付く体制を整えておけば私生活を営みながら待機していても大丈夫なのだ。よって、ウィンクルムとしての業務の他に本業を持っている隊員は沢山いる。
(本部で何があったかは知らないけれど、この状況に感謝ね。ディエゴさんと新しい街やお店を見て歩くだけで楽しいから……)
ハロルドはやや浮かれる気持ちを抑えつつ、見覚えの無い街並を案内するディエゴの傍に付いて歩いていた。が、ディエゴは唐突に脈絡も前振りも無しで彼女に問い掛けて来た。
「ハル、此処に見覚えはあるかい?」
「ううん、初めて見る気がする……何で、そんな事を訊くの?」
「いや、深い意味は無いんだが……そうか、知らないのか……」
軽く肩を落とすディエゴを見て、ハロルドは急に腹が立って来た。彼は自分を遊びに連れ出したのではなく、記憶探しの手掛かりを見付ける為に此処に来ていたのか? と思うと、何故か気分が悪くなるのだった。
「……そんなに、私の記憶が大事なの? それは、私にとって感謝すべき事なのだろうけど……」
「ハル? 一体何を言って……ハル!?」
「……もう、いいっ!」
「ハル!!」
ハロルドは、いつの間にやらディエゴの傍から走り去り、自宅へと向かっていた。無論、失われた記憶を取り戻させる為に気を遣ってくれるディエゴに感謝はしている。しかし、自分にとってはそれが一種の『免罪符』であり、彼の傍に居る事を許される条件のような物であると、いつの間にか思うようになっていたのだろう。
(私は……私は、ディエゴさんの傍に居られればそれでいい……過去の記憶なんか要らない、なのに……!)
自分と居る事より、自分の過去という『モノ』に執着している……彼女はそう考えてしまったのだろう。そこに悪意は無い、彼は自分の為を思って……それは分かっている筈なのに。
一方、取り残される格好になったディエゴは……
(……傷付けてしまったか? そのようなつもりは一切なかったのだが……後で事情を訊きたいところだが、ふむ……)
彼は彼で、次に彼女と会った時、どのように接すれば良いか迷っていた。よもや、何気なしに放ったあの一言で怒らせてしまうとは思っていなかったから。
(仕方がない、本部に戻ろう……神人不在のまま無暗に歩き回っても、仕方がない)
ディエゴはそのまま引き返す形で、本部へと戻る事にした。しかし何故か、その足取りは重かった。何故? と問われても、恐らく答えなど出ないだろう。だが、その気分が晴れ晴れとはせず、何かスッキリしないのは確かであった。
●何を考えている?
定時。事務職員などの常勤者たちが職務から解放されるその時刻がやって来た。その時、銀雪は約束通りロビーでリーヴェを待っていた。
「……やはり、待っていたか」
「ここで待っていろと言ったのは……君の方だよね? リーヴェ」
やはり、で始まったリーヴェの台詞の言葉尻を捕まえるように、銀雪が返す。それは彼女の心を更に逆撫でする結果となった。が、彼女はグッと堪えて、銀雪を連れて自宅へと帰った。その間、二人の間に言葉が交わされる事は無かった。
ケトルの笛が鳴る。湯が沸いた合図だ。それは鉛のように重苦しい空気の中に割り込んで、一時の『間』を二人に与えた。が、リーヴェはその『間』を敢えて無視し、キッチンへと消えた。そして戻って来た時、その両手には二つのティーカップ。それが自分の為に用意された物なのか、彼女自身の為なのか……それは分からなかったが、リーヴェは無言でそれをテーブルに置き、一口その中身を啜ってから、おもむろに切り出した。
「訊いておきたい事がある……銀雪、お前は『パートナー』というものをどう考えている?」
「どう、って……本当にいきなりだね……俺の意見? それは……君と共にあり、任務に忠実に……」
「そう考えているなら、何故対等であろうとしない?」
「し、心外だな……俺は対等だと思ってるよ?」
バン! と机を叩き、何処が! と声を荒げるリーヴェ。だが、直ぐに激高した気持ちを御し、咳払いをして言葉を紡いだ。
「……本部のロビーで、お前は何を思いながら私を待っていた? 私の指示だからか?」
「そう……だけど、悪かったかな?」
「悪くは無い、しかしだ! 少しは自分の主張というものを、私にぶつけようという気はないのか?」
「いや、それは……俺にだって自己主張ぐらいあるよ、けど、あの場合は……約束だったし、特に用事も無かったから……」
何で、指示通りに待っていたのにそれをネタに叱られるんだ? と、銀雪はリーヴェの真意を測りかね、ありのままの考えを口に出していた。しかし、それはリーヴェの望んでいた答えでは無かったようだ。
「指示通りに動き、反論もしないその態度の何処に自己主張があると云うんだ? 言っておくが、私はお前の面倒を見る為に存在している訳では無いんだぞ」
「お、俺だって面倒を見て貰おうだなんて……第一、面倒を見るのは好きだけど、見られるのは好きじゃなくて……」
「じゃあ、何故自分の思うままに行動しない?」
「してるつもりだよ! けど……」
一瞬、強気に反論したかに見えた銀雪であったが、また直ぐにしおしおと身を屈め、呟くように言葉を紡ぐ。どうやら、この発言は彼としても不本意であるようだ。
「……君の行動や発言が大きすぎて、俺の行動が塗り潰されてしまっているだけなんだよ……」
……男性としては、誠に情けない一言であった。だが、それが彼の最大限の主張であり、また真実でもあったのだ。
●何なのよ!
一方その頃、伊津美のアパートでも似たような図が展開されていた。尤も、お茶も用意されず、正座させられているナハトを上から見下ろすという、対等を求めるリーヴェとは対極を成す構図ではあったが。
「アンタと来たら……働かない、礼は言わない、自分の事も明かさない! 戦闘になれば直ぐに怪我をして迷惑かけまくる癖に、一丁前に食事だけはガンガン摂る! オマケにデリカシーは無いし……一体何なのよ!!」
「……俺、昔の事覚えてないし……」
「そんなこと聞いてない! って言うかアンタどっから来た訳? いきなり上から降って来たと思ったら何も言わずに手にキスして……何処の変態かと思ったわよ! 挙句、そのお蔭で訳の分からない化け物と戦う羽目になって! 私のアイドル活動の邪魔にしかなってないじゃない!」
「だから俺、覚えてない……」
ナハトは本当に困った様子だった。然もありなん、自分が何者で、何処で何をすべきだったのか……全てを忘れた状態で伊津美と出会い、本能の赴くままに神人として顕現していた彼女の手にキスをしていたのだ。そこに悪意は全く無く、その時にやるべきだと思った事を行ったに過ぎない。まさに初期化されたコンピュータのような精霊……それがナハトと云う青年の、今の姿なのである。だが、それは彼の事情。降って湧いた災難に常日頃から不満を覚えていた伊津美にとって彼は邪魔者以外の何でもない、本当に『要らない子』なのである……少なくとも、今の時点では。
仮初めの姿、与えられた姿……そのような立場に否応なしに叩き込まれた彼としては、どう立ち回り、何を以て事を善しとすれば良いのか、それすらも分からないのだ。依って、伊津美の許に身を寄せ、自分が何者なのかを考えながら彷徨い続ける……しかし、いつまでもそのような状態が許される筈もない。現に今、伊津美は激しく怒っている。その怒りは、間違いなく自分に向けられている……何となくだが、その状況だけは理解できるのだ。そして、何故怒っているのかも。だが、どうすればそれを解決できるのか……その答えが見付からないのだ。だからこうして、黙って叱責を受けている……のだが……
「ふぅ……ま、どうせオーガを駆逐する任を帯びて記憶を失い、偶々私の前に現われただけなんでしょう? 全く、私にとっては迷惑この上ない偶然だわ……もういい、疲れた。私は休むから、アンタも適当に休んどきなさい。お腹が空いたら、冷蔵庫に色々入ってるから、適当に食べてね。じゃ……」
「……俺は……」
「え?」
ナハトが、初めて自分から口を開いた。激しい叱咤が、彼の中の何かに触れたのか……とにかく、伊津美にとっては意外そのもののリアクションであった為、彼女は思わず一歩引いたスタンスになってしまっていた。
●何か用?
「……なぁ」
「……何?」
「さっきから、何か言いたそうにしてるけど……何なの?」
かのんは『来た!』とばかりに、肩を竦める。尤も、天藍としては脅かすつもりも文句を言うつもりも無く、ただ漠然と問い掛けただけなのだが。
「……ここじゃ、ちょっと……少し外に出ない?」
「え? あぁ、まぁ……良いけど」
場所を移せば、この妙な沈黙から解放されるのか……と、それは言葉に出さなかったが、天藍はかのんの希望通りに本部の外に出て、陽の落ちた道を歩きながら話を聞く事にした。
「言っとくけど、あの雰囲気に乗じて……ってのなら勘弁な。俺、ああいうのはスルー決め込む事にしてんだ」
「違う……とも言い切れないかな。ちょっとだけ、切っ掛けだけは……まぁ、あの喧嘩から飛び火したものなんだけど」
けど、中身は単なる不満の暴露とは違うから……と、かのんはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……私って、貴方にとって……何なのかなぁ、と思って」
「はぁ? ……おい、熱でもあるのか?」
「真面目な話よ。お願い、答えて……私は邪魔者じゃないの? 任務優先の生活に不満は無いの?」
「……何かと思えば……そんな事考えてたのかよ、くだらねぇ」
ハン、と呆れた風にズバッと吐き捨てると、天藍は『私は真面目に……』とムキになるかのんを抑えて語り出した。彼が彼女の事を、どのように思っているのかを……
●スキンシップなんですか?
「セクハラです」
「な、何だよ、藪から棒に!」
今日もお疲れ! と、軽い挨拶のつもりでシエテの肩をポンと叩く翡翠に突き刺さるような辛辣な一言が浴びせられた。無論、彼としては悪意や邪念など微塵も持たずに、普通に挨拶をしただけのつもりなのだが……どうもシエテの方が意識過剰になっているようだ。恐らく、先刻立ち寄った本部に蔓延していた不穏な空気に触発されたのだろう。仕入れ元であるジャンク屋に赴いていた翡翠を、キャンピングカーで出迎えたシエテであったが、その肩をポンと叩いた彼に対していきなり先の一言を浴びせ掛けたのだ。
「最近どうも余所余所しいなと思っていたんだが、まさかそんな事を考えていたとはね……面白い、白黒つけようじゃないか。いつもは使わないキャンピングカーで迎えに来たのも、何か考えがあっての事なんだろ?」
「……カードで勝負して下さい……敗者が勝者を一分間マッサージ。その上、自分の考えを暴露する……如何です?」
「少々強引な誘い方だが……一所懸命に考えたんだろ? いいだろ、乗ってやる。但し俺が勝ったら……覚悟して貰うよ?」
「の、望むところです!」
そしてシエテの運転で、車は街を離れた田舎道の傍にある野原に停車し、外部の灯火を消して闇に紛れた。
「ゲームを受けても良いが、条件がある……カードは俺の持っている、コイツを使うんだ」
「ちょ、こ、これは……!」
「そちらのお題に付き合ってるんだ、このぐらいのワガママは呑んで貰うよ。どうやら文句の種はセクハラらしいからね、トコトン悪役に徹しようじゃないか」
ニヤリと笑う翡翠が、カードをシャッフルする。ゲームは7並べ、発言権を掛けての一回勝負。さて、勝利の女神はどちらに微笑むか……
●怒ってますか?
同じ頃、未だに帰宅しないディエゴを案じて、ハロルドが本部を訪れる。彼には嫌な事があると、本部屋外に設えられた喫煙所で煙草を嗜む癖がある事を、彼女は知っていたからだ。先程の自分は明らかに感情に任せて言いたい事を言い過ぎた、と一人になってから反省したのである。
(謝らなくちゃ……私、ディエゴさんが居ないと……)
恋心とは違う、父親代わりとも違う。だが、彼女にとってディエゴは特別な存在、それは間違いなかった。放り出されるのは嫌、傍に居て欲しい……それが彼女の偽らぬ本心だった。
(……居た!)
読み通り、ディエゴはそこに居た。煙草を嗜んでいるという事は、先程の口論が気になっているという事だろうか。しかし、そんな事はもうどうでも良い。兎に角さっきの事を謝ろう! ハロルドの頭はそれで一杯だった。
「わっ! ……は、ハル?」
「ごめんなさい……私、私……」
「謝る事は無い、俺も無神経だった。傷口に素手で触るような事を、無意識にやっていたんだからな」
「……見放さないで……お願い」
「記憶が戻ったら別れるなんて、誰が言ったんだ?」
元々、ハロルドの独り相撲であった彼らの問題はこれで解決した。だがディエゴもこの機に、彼女の過去に触れる話題はなるべく避けるよう心掛けた方が良いな、と云う事を学習していた。
●器の大きさが違うんだ
「ならば、お前がもっと広く大きな度量を持てばいいだけだろう」
「簡単に言わないで……個性というものは各々が生まれた時点から育まれるものだ。多少は外的要因で後天的に変わる事もあるけど、三つ子の魂百までと云ってね。そう簡単に変えられるものじゃ無い……そして、俺は俺なりに全力で君にぶつかっているつもりなんだよ。まぁ、さっきも言ったけど、君の心が大きすぎて、芯まで届かないみたいだけど」
……銀雪にとって、最大限の発言であった。そして彼は、自らが抱くコンプレックスについても言及し、いつかは君を包み込めるだけの度量を持ちたいと思っている……そう宣言していた。
「その言葉、信じるぞ」
「パートナーだから、ね」
二っと笑って、冷めた紅茶を一気に飲み干す。激論の後だけに、適度にぬるくなった紅茶が喉に心地よかった。
●ガラクタかも知れないけど
「な、何よ!?」
突然、ナハトが発言を始めた事に驚き、思わず足を止めた伊津美。彼女はナハトが何を言い出すのかと、その言葉を待っていた。そして彼は、短くこう言った。
「俺は俺が何者なのか、何処から来たのかすら覚えていない。けどイヅと出会って、少しずつ変わって来たと思う……こういう時、ありがとうって言った方が良いのかな?」
「……少しは、世話になっているっていう自覚が芽生えて来たのかしら?」
「分からない。けど、イヅを護らなきゃ、とは思ってる」
……彼は汚れの無い、初期化したばかりのコンピュータのようなもの。その彼が嘘を言うとは思えない。今の発言は偽り無き、彼の本心そのものだろう。それが理解できたかどうかは定かではないが、この件に関して伊津美が更なる追求をする事は無かったという。
●考え過ぎだよ
「あのな、どうしてそんな考えに至ったかは知らないけどな……少なくとも俺は、お前をぞんざいに扱った覚えはないし、邪魔だなんて思った事は一度だって無いぜ。つーか、パートナーだろ? もっと互いを信じ合おうぜ」
「……信じましょう……大体、この発言自体が私の性根を満足させるための物、意味なぞ無いに等しいのですから……」
元々、事の発端をドライに捉えていた二人だけに、やり取りも実にドライに終わった。ただ、これを人に聞かれたくないが為に天藍を屋外に誘ったのは、かのんの純情が為せる業と言えるだろう。
●黒歴史
「悪いが俺の勝ちだ。カードの柄はハンデにならないよ、ゲームに集中すれば絵柄なんか気にならない筈だ」
「仕方ありません……約束ですからね。マッサージ致します」
ゲームに勝った翡翠が、シエテのマッサージを受ける事となった。普段と触る側触られる側の立場が逆になる訳である。
「……上手いな、練習したのか?」
「芸は身を助く……昔、サービスの一環としてお客様をリラックスさせる為に身に付いたスキルです」
「……他意は無かった、僅かでも触られるのが嫌なら……これからは意識して控えよう」
「下心が無いのなら……触るのが翡翠さんなら……」
異性との接触を生業にしていた彼女がそれを黒歴史として捉えているなら、無駄なスキンシップはストレスになるだろう……反省した翡翠は、素直にその事を詫びていた。但し、彼女の過去には触れる事無く、ではあるが。
●まだやってたんですか
翌朝、当直であった彼ら5人が顔を合わせると、まだ小競り合いを続けるカップルが目に付いた。
「犬も食わないってのに……」
誰が発した言葉なのかは分からなかった。が、それが的を射ている事は確かであった。
<了>
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 県 裕樹 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月17日 |
出発日 | 04月23日 00:00 |
予定納品日 | 05月03日 |
参加者
- 田口 伊津美(ナハト)
- かのん(天藍)
- ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
- 七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
- リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
会議室
-
2014/04/20-23:50
最後の挨拶になったかな。
リーヴェ・アレクシア、よろしく。
私は…そうだな、少々気になるというか気に入らない点について叱っておこうと思うよ。
あまり言い合うということはしたことないから、あの子の意見も聞いておきたい所だ。 -
2014/04/20-15:15
私は家で説教をする予定でーす
け、喧嘩じゃないよ!
…というか3日に一度はある光景だしな…
-
2014/04/20-15:12
はじめまして、かのんと申します。
皆様よろしくお願いします。
こちらは・・・、パートナーの天藍が何か言いたげな様子です。
-
2014/04/20-02:13
七草シエテと申します。
ハロルドさん、いつもお世話になってます。
結寿音さん、3度目になりますが、よろしくお願いします。
私は……
精霊から何か不穏な空気を感じます。 -
2014/04/20-00:52
初めましての方は初めまして
そうでない方はこんばんは、ハロルドと申します
えーと…多分喧嘩してます