プロローグ
都市カロンのA.R.O.A.支部――
そこは、ギルティ1人とオーガ達の拠点となっていた。石になった――そしてもう2度と蘇らない――住人達が道を飾り、動くものはオーガだけという陰鬱で灰色な町で、オーガ達は我が物顔で暮らしている。
いや、我が物顔――でいるのは、A.R.O.A.で『クロック』と名付けられたギルティだけだった(本人はそれを知らないが)。それ以外のD~Cスケールのオーガ達は、何かを訴求しているかのように『クロック』を囲み、見詰めている。
「……ほう。魂を喰らいたい。足りない、と」
オーガ達は叫ぶ。そうだそうだと言うように、声高らかに。
「まあそうですよね。1つの都市を支配したところで、住人が逃げてしまえば食料はなくなってしまう……お腹が空くのも、無理はありません」
オーガ達はまた叫ぶ。
1体のオーガが、何かを言った。
「また新しい都市を支配する、ですか……開拓ですね」
愉しそうに、『クロック』は笑う。
「それは簡単ですが……食料問題の根本解決にはなりませんよ」
彼は、懐から手のひら大のカラーボールに似たものを取り出した。それを無造作に放り投げる。ボールは、1体のオーガの手の中に収まった。
「これを人間に投げると、人間と俺達オーガの魂が入れ替わります。オーガの魂は、人間の中に移ります」
『クロック』の説明に、オーガ達はざわつく。
「お前達は、人間になるのです。そうすれば、魂など喰らわなくとも、普通の食料で、普通に生活が出来るでしょう。飢えることはありません。もっとも……」
『クロック』は口元に笑みを浮かべた。
「お前達がそれを望めば、の話ですが」
オーガは無条件で人を憎んでいる。果たして、その人になりたいと望むのか――
オーガ達は、一気にまた叫び始めた。
飢餓が、憎しみを超えたのか。
「ならば、これを持っていきなさい」
足元にあった大きな箱の蓋を蹴り開け、『クロック』は言った。
箱の中には、沢山のボールが入っている。
オーガ達はそれを競うように手に取ると、外に向かっていく。
オーガ達を見送りながら、『クロック』は呟く。
「良い実験になりそうですね……おっと、そろそろ時間だ」
懐中時計で時間を確認し、彼は立ち上がる。
「拘束しないといけませんね……『俺』を」
◆◆◆
「オーガが大量に襲ってきてる?」
「はい。まだ目立った被害は出ていませんが、多くのオーガが町に入ってきていることは確かです」
部下からの報告を受けて、A.R.O.A.本部事務長のロズウェルは、表情を引き締めた。
「場所は?」
部下の告げた町は、都市カロンから次に辿り着ける町でもあった。
「…………」
繋がりがあるかどうかは分からない。ただの偶然かもしれない。
だが、何かが引っ掛かる。
「オーガの中には、人間から逃げ回るやつや、人間を襲おうとしないやつもいるそうです」
「何だって?」
オーガの行動として、それは異常だ。第一、襲いに来たのではなかったのか。
「少し気になるが……オーガを全て倒さなければいけないということに変わりはない」
「そうですね」
オーガの数は多い。部下は現在動けるウィンクルム全員に連絡を取った。
∞∞∞
『クロック』の作った『ボール』をぶつけられた『人』と『オーガ』の魂が入れ替わっている事に気付かぬまま。
何の情報も持たぬまま。
ウィンクルム達はオーガ討伐に向かった。
解説
★「支配された都市」シリーズの番外編です。
舞台はカロンではなく別の町ですし、1話完結ものの番外なのでこれまでのシリーズを知らなくても『出動要請を受けたウィンクルム』として参加が可能です。
★エピソードの趣旨
『オーガとして殺される前の神人の心情』をメインに扱うエピソードです。
リザルトで主に描写するのは、
『何も知らずにオーガ討伐に向かい、ボールをぶつけられてオーガと入れ替わった神人を殺す(神人が殺される)』シーンです。
ボールをぶつけられるのは神人だけです。オーガは、精霊などまっぴらごめんと思っているようです。
精霊は、『基本的に』オーガと神人の魂が入れ替わっていることには気付いていません。
本気で「オーガ」を倒しに行きます。
もちろん、トランスもします。
★入れ替わったオーガの魂は?
神人の中に入った途端、一気に知能が上がります。ウィンクルムについて、この体の持ち主について、神人について全てを理解し、神人になりすまします。
皆、上手です。
このオーガ達はみんなメスなのかもしれません。
★オーガが倒されると、魂は元に戻ります。それはオーガも、ウィンクルムも、『クロック』も知り得ないことです。
ゲームマスターより
オーガとして『殺される神人の恐怖(?)』を、
何も知らない(?)『精霊の対処』を主にプランにお書きください。
その他、思いついたことがあったら自由に何でも書いてみてください。
基本、個別エピソードですが、PC同士の絡みを入れても構いません。
よろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
かのん(天藍)
街に着いた時点で強襲を警戒しトランス 天藍の死角で護符で防御の備えをしようとした際ボールをぶつけられ意識途切れる 我にかえると正面に天藍と自分の姿 訳がわからず周囲を見渡すと建物の窓硝子に自分ではなくオーガがいる事に呆然 手と体を見下ろしオーガになっている事を認識 待ってください天藍!私は… 双剣を向ける天藍に現状を伝えようにも唸り声に どうしてこんなことに… 幾度かの攻撃に避けきれないと 天藍に気付いてもらえない絶望と悲しみ 最後に彼が持つ双剣の煌めきが見える 気付けば自分の体 心配そうな天藍に先程を思い出し後ずさり 殺された時の衝撃は残るが、ショックを受けた様子の天藍が離れていくのはそれ以上に怖く彼の上着の裾を掴む |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
前に一度だけディエゴさんに聞いたことがあります どうして武器に銃を選んだのかと その答えが「引き金を引いても生物を殺す感触が伝わってこないから躊躇しない」でした 今この瞬間それを頭でなく直感で理解できたような気がします おそらく何を言っても私は殺される 私を見る目は、いつもの静かな目じゃなく…不言実行の冷たい目でした 仕事の最中のディエゴさんに情で訴えても無駄だということも一緒に過ごしていて理解しています …だけど、それでも腑に落ちなくて せめて少しでも何かが伝わればと思って彼を必死に見つめました そうしたら銃口が少しだけブレて…私は撃たれました それと同時にわかったことがありました 彼は鬼になりきれない人です。 |
アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
遭遇前 初めてのトランスと本格的なオーガ討伐任務にやや緊張 深呼吸して頭のスイッチを切り替える よし…大丈夫…為せば成る… 無理しないように、頑張ろうガルヴァンさん * ――ッ! …? え…? 『オーガ』が…私…?! 嫌だ、痛い、怖い…! 生きたい …でも、その後は…? 嫌だ… 他の人に倒されるのも、嫌だ…! それなら、いっそ…“私”のトランスが、切れる前に…! ああ… どうせ…死ぬなら…普通の、平凡な人として…死にたかった…なぁ…っ… * ――ッ! ドッと汗が出る 震えが止まらない 思わず後ずさる よろける 支えられてドキッとする まだ好きでいられる自分に驚く 同時に今ここにいるのが『私』である実感を得てホッとする この事は言わず私だけが背負う |
1 ある自殺志願者の独白
目が覚めたら、デミ・ゴブリンが自分の周りをうろうろしていた。退屈そうにしているその手には、鍵束があった。彼の手足を拘束している機械の鍵であることは知っている。だが、その鍵が自分を解放することはない。口元も金属で拘束され、話すことも出来ず、ゴブリンに指示を出すこともできない。
いつからこの状態でいるのか、もう分からない。
だから、もう今更驚かない。
俺は、奴に負けたのだから。
ある時から、意識が途切れるようになった。
気が付いたら、別の場所にいる。
大抵の場合、周りには石像が転がっていた。魂を食われた元人間や元精霊であることは、その表情で判る。
そして、それを自分がやったのだということも。
最初は、知った顔ばかりだった。次は、知らない顔ばかり。次も。次も。次も。次も――
罪滅ぼしの方法などない。自分が死ぬ、ということを、当時は考えつきもしなかった。せめて、という気持ちで、石像を埋葬した。家族が生きていれば、その家の墓に埋めた方が良いのかもしれない。だが、最初の時以外、誰が誰の家族だなんて分からない。生き残っている人に聞こうとしても、遠目に自分を見ていた人は誰もが怯えた顔で逃げていった。
――当然だ。
自分はオーガなのだから。
意識が途切れるようになったのと、角が生えたことに気付いたのは同日だった。角が生えたのになぜ自分を保っていられるのか、初めは分からなかった。しかし、今は分かる。
オーガとして皆を襲っている『性格』が他にいる。かろうじて、自分は『残った』のだ。
その『性格』が動いている間、自分は眠っている。一定時間が経つと体の所有権を取り戻し、自由に動くことができる。
オーガになったと気が付いた当初は、山に篭って隠れていた。殺されるのが怖かったから。人を殺す気なんて起きない。外に出る理由なんてない。オーガになってから体質の変化には気付いていたが、自分がどの程度『強い』のかは理解していなかった。だから、殺されると思っていた。
山に篭っていても、いつの間にか人里にいて、その人々は死んでいる。それを何度か繰り返して、彼は『別人格』の存在を認めた。
『別人格』は俺に気付いているのだろうか。知らぬ間に違う場所に移動しているという現象に遭っているのは向こうも同じだ。
とはいえ、気がついていても、向こうにとって自分は害になる存在ではないだろう。放っておいてもいいと考えられている可能性は高い。
それなら――
何故かは分からないが、相手にされていないと考えると気分が良くなかった。そこで彼は、自分が意識のあるうちに出来ることは何かと考えた。『別人格』の動きに対抗出来るような、何かをしたい。
自分の体が人を殺しているなんて信じられない。
信じたくない。
ならば、せめてもの反抗の証として――
――俺は、オーガを殺すことにしましょう。
オーガを殺すようになってから、自分に注目する人物が出てきた。新聞記者の女性だ。オーガが現れた場所を取材していた彼女は、彼が自分が殺した人々を埋葬し、その後、オーガを殺していることに気付いたのだ。
彼女は、死んだオーガから離れようとしている自分に話しかけてきた。
「ねえ、何をしているの? 私、新聞記者をやってるんだけど」
「……新聞記者、ですか?」
オーガに話しかけるなんて珍しい、と彼は思った。けれど、彼女は言った。
「『今』は安全でしょ? 私を殺すことはない。そうじゃない?」
彼女は、自分が2つの性質を持っていると見抜いていた。その上で、オーガがオーガを殺している理由を知りたいと考えたのだ。
オーソドックスに虐殺を繰り返す『別人格』に対し、同じ虐殺でもオーガを対象にしている自分。
その行動動機を知りたい、と彼女は言った。
隠す必要もない。話してもいい、と彼は思った。
だが、今はもう時間がない。そろそろ、『別人格』が現れる時間だ。
「分かりました。でも、もう時間がありません。俺はそろそろ『奴』になります。次回にしましょう。次回は、オーガを殺す時間をあなたとの時間に充てます」
「ありがとう。じゃあ楽しみにしてるわね」
と――これが出会いだった。
次に自分を取り戻した時、彼は約束通りに彼女に話した。
自分がなぜオーガになったのかは分からない。しかし、幸いと言っていいのか自分は性格だけはオーガになりきれなかった。
「今の状態の自分は、オーガを憎み、恐れるあなた達と同じです。……無論、オーガであることに変わりませんが」
「オーガを憎む……それなら、もし仮にオーガが倒され尽くす日が来たらどうするの? あなただけ、生き残るの?」
「そうですね。その時は……」
彼は、しばらく考え込んだ。
「ウィンクルムに、殺してもらうかもしれません」
本気で言ったつもりだった。あれからとてつもない時間が経った今も、恐らく本気であっただろうと思っている。
「……そう。……私はね、家族をオーガに殺されたの」
新聞記者は彼の本気を感じ取ったのか、自分の身の上話を始めた。
それからも、彼女は取材と言っては接触してきた。オーガになってから話し相手がいなかった彼としても、久しぶりの人との会話は楽しかった。オーガになって随分経ち、自分が何日、何時間ごとに体の主導権を取れるかも把握している。その時間を指定して、2人は会うようになった。
そんなある日。
「…………! 何故……」
目を覚ました彼の前には、彼女がいた。
絶命している。
彼女の体を、自分の腕が貫通している。
自分が、彼女を殺したのだ。
「何故……」
もう1度、呟く。
こうならないように、きちんと計算をした上で会っていた筈だ。それなのに、何故、こうなった?
彼女の肩から、鞄が落ちる。ばらばらと仕事道具が散乱した。彼女の体を横たえ、腕を抜くとその中から手帳を選んで開いてみる。今日の日付の所に『変更』と、自分がオーガである筈の時間帯が書かれていた。
「…………」
考えられることは1つしかなかった。
『別人格』が、自分になりすまして彼女を騙しておびき出し、そして殺したのだ。
恐らく――わざわざ、人格が入れ替わる頃合を狙って、殺した。
自分が、自分の仇だ。
それから、『別人格』と自分との戦いが始まった。あらゆる方法で、自分は自分を殺そうと、『別人格』は自分の動きを封じようとしてきた。
結果、勝ったのが向こう側だ。
この拘束からは、決して逃れられない。
――殺したい。
――殺したい。
――殺したい。
――死にたい。
この施設に移ってから、もう半年以上――1年近くが経つような気もする。ここで、『別人格』は何をやっているのか。どれだけ、人を殺したのか。
そう思うと、胃が捩じ切れるようだった。
2 極限を感じて
着いた所は、まだ発展途上の小さく素朴な町だった。その町が、混乱に包まれている。逃げる人々の中で、ウィンクルム達がオーガと戦っている。
「健闘を祈ります」
「がんばりましょう」
「はい!」
一緒に来たハロルドとディエゴ・ルナ・クィンテロ、かのんと天藍がそれぞれオーガ討伐に向かう中、彼女達と別れたアラノアは目の前に広がっている光景に緊張を高める。彼女とガルヴァン・ヴァールンガルドにとって、これが初めての本格的なオーガとの戦闘になる。ハロウィンの時とは訳が違うのだ。
トランスもしたことがなく、あらゆる面において正真正銘のデビュー戦になる。
アラノアは深呼吸して、頭のスイッチを切り替える。
(よし……大丈夫……為せば成る……)
心の中でそう唱えると、彼女はガルヴァンを見上げた。
「無理しないように、頑張ろうガルヴァンさん」
「ああ。気を抜かずに行こう」
2人は頷き合い、アラノアは覚えていたインスパイア・スペルを口にした。
「盲亀の浮木、優曇華の花」
そして、ガルヴァンが寄せてきた頬に初めてのキスをした。
少しだけ、背伸びをして。
――初めての感覚。
目を瞑っているから、周囲の状況は分からない。
これがトランスか、と思って目を開けると、『何か』が体に思い切りぶつかった。
「――ッ!」
「ッ! アラノア! 大丈夫か?」
攻撃に気付いたガルヴァンが、緊迫した声を上げる。
「ぐわぁ! ぎゃう……う?(うん、だいじょう……。……?)」
彼に応えようとして発した声が獣のそれで、アラノアは目を見開いた。自分の体を見下ろすと、腕は太く茶色の毛で覆われ、手には鋭利な爪が生えている。全身を見回すと、茶色の毛が生えているのは腕だけではなく体全てであることが分かる。
「う゛……?(え……?)」
呆然としながらも、アラノアは現状を正しく理解した。
(『オーガ』が……私……!?)
彼女の前では、インク汚れのようなものが付いたウィンクルムメイルⅡを纏った『アラノア』が控えめな笑みを浮かべている。
「うん、大丈夫だよガルヴァンさん」
彼との距離を縮めようと敬語を使わないようにしている、まだちょっと不慣れな感じがなんとも自分らしい。
(でも……今の私は、もう少し……)
もう少し、自然に話せるようになっている筈だ。
あれは、私じゃない。
「大丈夫か……良かった」
アラノアの返事に、ガルヴァンはホッとする。だが同時に、微妙な違和感も覚える。何とは言えないが、何かがおかしい。
(……? いや、今は目の前のオーガに集中しなければ)
彼は、ロングソード「ギル」をオーガに向け、攻撃を開始した。初めての実戦で慣れないところはあったが、オーガの動きが鈍く、攻撃が通りやすい。オーガはどこかびくびくしているようで、攻撃をしてこなかった。
(やはり臆病なオーガだな。これならば俺1人でもいけそうだ)
一気にたたみかけようと攻撃を加えていく。アラノアはステッキを使い、オーガの防御力を弱めてくれた。
「よかった。倒せそうだね」
ほっとしたように、アラノアが言う。
だが、ガルヴァンは自分の中で疑問が膨れ上がってくるのを感じていた。思わず、「待て」とアラノアを制止する。
「どうしたの?」
「…………」
アラノアの問いには答えぬまま、ガルヴァンは厳しい目でオーガを見つめる。
(おかしい。いくら臆病でも反撃してこないとは)
――オーガの中で、アラノアは恐慌に陥っていた。
(嫌だ、痛い、怖い……!)
攻撃を受けて傷だらけになった彼女は、オーガとしてガルヴァンに殺されるのだということを理解していた。オーガは殺される。当然だ。
けれど、死ぬのは嫌だ。
死ぬのは、怖い。
怖い。
怖い。
……生きたい。
彼から逃げて、生き延びたい。
(……でも、その後は……?)
自分はオーガになってしまった。オーガである以上、何れはウィンクルムに殺されてしまうだろう。
生き延びることは、できない。
(嫌だ……)
アラノアは、戦慄する。
(他の人に倒されるのも、嫌だ……!)
――それなら、いっそ……
自分から目を離さず、何かを警戒しているらしいガルヴァンと――その隣に立つ彼女を見据える。
(“私”のトランスが、切れる前に……!)
「……!」
オーガが突進してくる。その目には何か強い『意思』が宿っているようにガルヴァンには見えた。
「ギル」を構え、正面から迫ってくるオーガを一気に貫く。その瞬間――
彼はぞわり、と嫌な感覚に襲われた。
致命的な間違いを犯したような、そんな感覚。
(ああ……)
貫かれ、激痛と共に視界が白くなっていく。死ぬんだ、ということが本能で分かった。
(どうせ……死ぬなら……普通の、平凡な人として……死にたかった……なぁ……っ……)
ぷつん。
意識が途切れた。
だが、それは一瞬で。
「――ッ!」
本来の体に戻ったことに気付かないまま、アラノアは全身からドッと汗が出るのを感じた。
震えが、止まらない。
「アラノア……?」
彼女の様子に、ガルヴァンは眉を顰めた。何か、酷く怯えているように見える。震えている彼女はそのまま後ずさり、足ががくがくしていた所為か後ろによろけた。
「!」
咄嗟に支えると、怯えた目をした彼女と視線が合った。途端に、赤い瞳から怯えが消える。
アラノアは、彼に支えられてドキッとしていた。
(あ……)
頬が熱くなるのを感じる。
彼に『殺された』というのに、まだ好きでいられる自分に驚いた。
と同時に、元に戻っていることをはっきりと自覚する。
今、ここにいるのが『私』であるのだと、再確認してホッとした。
「大丈夫か?」
訊ねながら、ガルヴァンは彼女がなぜ怯えていたのか腑に落ちないものを感じていた。臆病な個体だったとはいえ、向かってきたオーガが恐ろしかったのだろうか。
「大丈夫……」
返ってきたのは、弱々しい声だった。やはり、具合が悪そうだ。
「他の個体は任せて、俺達は下がろう」
「うん……」
なんとか自分の足で立ち、アラノアは言う。
(この事は言わずに、私だけが背負おう)
ふらふらと歩きつつ、彼女はそう心に決めていた。
3 無抵抗のものを殺すということ
「う゛う゛……」
自分の口から、唸り声が漏れる。何か話そうとしても、それは全て獣の声にしかならなかった。
彼女の前にはウィンクルムとして契約をした恋人、ディエゴと、ハロルド――自分自身が厳しい顔をして立っていた。あのハロルドは『私』そのものに見える。果たして、彼女は私と全く同一の存在なのだろうか。それとも、私とは違う思考をする別人なのだろうか。
否、そんなことはどうでもいい。
今、一番問題なのは。
私がオーガで。
ディエゴさんが私に片手銃「マルモア」を突き付けていることだ。
このままでは、私は――
以前、一度だけディエゴに聞いたことがある。
――『どうして、武器に銃を選んだのですか?』
その時、彼はこう答えた。
『引き金を引いても、生物を殺す感触が伝わってこない。躊躇することがない』――
と。
ハロルドは今、この瞬間。
それを『頭』ではなく『直感』で理解できたような気がした。
「う゛う゛う゛……」
――おそらく、何を言っても私は殺される。
仕事の最中のディエゴに情で訴えても無駄だということは、一緒に過ごしていて理解している。だからといって、言葉が話せない以上、現状を伝えるのも不可能だ。
いつも向けてくる静かな目とは違う、不言実行の冷たい目が真っ直ぐに自分を貫いてくる。
――この先、自分に訪れる未来を変えることはできない。
諦念と、そして覚悟がハロルドの中に生まれる。
生まれる……けれど。
それでも、腑に落ちなくて。
(せめて……少しでも何かが伝われば……)
ハロルドは、ディエゴを必死に見つめた。
「……!」
オーガが、何かを伝えるような目をしている。その目と目がまともにぶつかった時、ディエゴは変な気持ちになった。
オーガを倒すことに、躊躇いはなかった。
無抵抗のようだが、例外を作るわけにはいかない。
追い詰め、スピニングショットで仕留めようと銃を突きつける。間違いなく急所を弾丸が穿つように。
(一撃で死ぬようにしてやる……。だから、動くなよ)
そう、思った時。
目が合った。
オーガの目には、強い光があった。凶暴な光ではない。怯えを伴った命乞いの光でもない。オーガという一個体が放つ、命の光。
――数多のオーガを殺してきた。一度も、こんなことを感じたことはなかった。
「…………」
無抵抗のものを殺す今の俺は、オーガと何が違うんだ。
(……A.R.O.Aからの仕事だ。判断するのは俺じゃない)
引き金に掛けた指に力を込める。
しかし、弾を発射するだけの決定的な力を入れられなかった。
上の判断に従うとしても、俺には俺の判断や心情があるはずだ。
簡潔に言うと……
(……腑に落ちない。今の俺に、正義はあるのか?)
表には出さないままに、心の中で首を振る。
――だめだ、考えるな。
(こいつを見逃せば、また多くの人の犠牲が出るかもしれん)
この場は、このオーガと俺の心を殺すことでケリをつけるしかない。
ここで彼は、ついに決意を固めた。
引き金を引く。
銃口から飛び出した弾丸は、目視不可能な速度で回転しながらオーガを貫いた。オーガの心臓――否、心臓からは僅かにずれた場所を。
血を噴いたオーガは、ぐらりと揺れたが倒れなかった。隣で、厳しい顔をしてウィップ「ローズ・オブ・マッハ」を握ったハロルドが小さく笑うのに気付かぬまま、再び引き金に指を掛ける。
「微妙にずれてしまったか……許せ」
小さく笑う自分を、ハロルドは見た。その瞬間に、彼女は一発目の銃弾を受けた。すぐに意識が消えるかと思ったが、まだ、こうして意識が残っている。
銃弾は、ずれたのだ。
体を苛む激痛と苦痛の中で、彼女は理解した。
「う゛う゛……」
彼は、鬼になりきれない人なのだと。
――それが、オーガとしての彼女の最後の思考になった。
4 殺す側、殺される側
「共に最善を尽くしましょう」
かのんと天藍は、アラノア、ハロルド達と別れると不意に襲われた時のことを警戒してすぐにトランスした。トランス中、目の端にきょろきょろしながら歩いているオーガの姿が見えた。獲物を探しているのか――獲物になる人間は探さなくてもいる筈だが――しきりに首を左右に振っている。戸惑っているようにも見えるが、オーガの気質から考えると恐らく気のせいなのだろう。
「話に聞いていた通り……攻撃性の低そうなオーガだな」
「念の為、護符を使っておきますね」
「ああ。オーガは俺が見張っておこう」
トランスが終わると、かのんは天藍の背後に立った。護符「水龍宮」を取り出して24枚の護符を展開しようとする。
「……!」
だが、その前に彼女の腰に何かが強くぶつかった。それがトマトのように背で弾け潰れたと思った時――
(え……?)
一瞬意識が途切れた。次に瞼を開けると、かのんの目に映る世界は一変していた。見えるのは天藍の背中ではなく。
「かのん……!?」
驚いて振り向く彼と、腰に手を当てる『自分』の姿だった。
(私が……なんであそこに……?)
訳が分からない。
どういうことなのかと周囲を見回す。この時は、自分の行動が先程のオーガと酷似していることに彼女はまだ気付いていなかった。ただ、何が起きているのかを知ろうと手掛かりを探す。
ぴたり、とその動きが止まる。かのんの視線の先には、喫茶店の窓ガラスがあった。うっすらと、オーガの姿が映っている。
自分が映っている筈の場所に、オーガの姿が。
呆然とし、半ば反射的に自らの手を見る。そこには、焦茶色の毛に覆われた大きい手は、獣のものとしか思えなかった。動かしてみると、かのんの意思通りに指が動く。体も、やはり毛に包まれている。
着ぐるみを着ているのだと思いたかったが、視覚的にも、そして感覚的にもそうではないと悟れてしまう。着ぐるみならこんなにリアルには作れないし、外の風を肌で感じることもないだろう。
――ふと、先程きょろきょろしていたオーガを思い出す。
今の自分は、あのオーガと動きが似てはいないか。
あのオーガは……
「……!」
歩いていった先で、仲間のウィンクルムに倒されていた。
思考が止まる。天藍と真剣な顔で話している『自分』を見る。
自身が陥った状況が、分かった気がした。
――何かが、かのんにぶつかったのは気付いた。オーガの放っていた狂暴な気配も、確かに感じた。
「……?」
だが、新たに現れたオーガを視認した時、天藍は明確な違和感を覚えた。
オーガの雰囲気が変わった。狂暴性は消え失せ、こちらに敵意も向けて来ない。彼とかのんのことを忘れたかのように喫茶店の窓ガラスに目を向け、自分の体を見回している。
何かを、確認するように。
何かを、探しているように。
「今まで戦ったオーガらしくないな。様子がおかしい」
先程のオーガもそうだったが、このオーガも変だ。……いや、中には個性的なオーガもいるだろう。しかし、性質ががらりと変わってしまうオーガなどいるだろうか。
実際に前にしていても、何か疑問が拭えない。
それでも。
「オーガである以上、討伐の対象であることに変わりはないな」
「そうですね。それに、今のうちに倒しておかないと、また狂暴化するかもしれません」
かのんが言う。彼女にぶつけられたのは、カラーボールのようなものだった。特に何の異常も怪我もないようで、とりあえず天藍は安心していた。中断しかけていた護符の展開も完了し、戦闘準備も万端だ。
「よし、行くか」
戦闘時間は、短かった。天藍は双剣「双子のラミナ」を構え、足を踏み出す。
「ぐぐぅぎゃああ! ぐう……(待ってください天藍! 私は……」
かのんは現状を伝えようとするが、声は全て唸り声になってしまう。片手を突き出して制止しようともしたが、もちろんそんな動作が通用する筈もない。
天藍は、トーペントでオーガを仕留めることにしたようだ。一気に彼との距離が縮まり、顔に強力な斬撃が繰り出される。斜め十字に斬られ、かのんは「ぐぁうっ」と悲鳴を上げた。
(どうしてこんなことに……)
ダメージもあり、次の連続した攻撃をうまく避けられない。
だめだ、と思った。
かのんの中に、天藍に気付いてもらえない絶望と悲しみが広がっていく。滲む涙で熱くなった瞳に、彼が持つ双剣の煌きが見える。
攻撃を受け、かのんは――
双剣の攻撃を受けたオーガは、仰向けに倒れる。
「あぁ!」
直後、背後でかのんの小さな悲鳴がした。オーガが完全に絶命したかを確認する時を挟まずの悲鳴に、何が起きたのかと振り返る。オーガの反撃でも受けたのだろうか。
「かのん?」
「…………」
無事を確かめようと一歩近付くと、かのんは首を小さく振って後ずさった。オーガではなく、自分に対して怯えているような。
「どうしたんだ」
「私……今……」
かのんは、震える声で、自分がオーガであったことを説明した。倒れているオーガを、恐る恐るというように見下ろす。
「殺されたのは、私で……」
「…………!」
話が理解できていくうちに、天藍は愕然とした気分になった。
双剣を持つ自分の手を、オーガの血の付いた自分の手を見つめる。
――俺が、この手でかのんを殺した……?
(俺は、何も気付かずにとんでもないことを……)
彼女に伸ばしかけた手が止まる。怯える目を向けてくるかのんを慰めたかったが、自身がそれをしても良いものかと逡巡したのだ。
天藍は2人の間に、今までにないぎこちない空気が流れているような気がした。そこで、かのんがそろそろと手を伸ばしてくる。上着が、そっと握られた。
殺された時の衝撃は残る。だがかのんは、ショックを受けた天藍が自分から離れていく方が怖かった。
だから、彼を繋ぎとめるように上着を握った。
「かのん……」
それで、彼女の手を掴むことができた。天藍は、懺悔をするような気分で彼女に詫びる。
「本当に、すまない」
かのんは無言のまま首を振る。
彼女の手を強く握ったまま、天藍は考える。こんなことが他にも起きていたら脅威だ。何故、こんなことが起こったのか……
そう思った時、かのんのドレスについたインクらしき汚れに目が行った。これがぶつかった瞬間にかのんはオーガの中に入ったという。
だとしたら。
かのんから手を離し、天藍は地面に落ちていたボールの残骸を拾った。他にも、道に落ちている同様のものを回収した。
「本部に報告しておこう」
「……はい」
本部に戻る途中、2人はボールの欠片を見つけたら回収していった。
(しかし、そうなると俺がさっき話していたかのんは……誰だったんだ? まさか……オーガ?)
5 実験の結果は
指定された時間が来た。
デミ・ゴブリンは、鍵を使って『クロック』の拘束を解く。
起き上がった『クロック』は、肩を揉みながら鋼鉄のベッドから立ち上がり、部屋を出た。A.R.O.Aカロン支部のホールに出ると、誰にともなく彼は言った。
「さて……どうなりましたかね」
彼の台詞が聞こえたかのように、外から別のデミ・ゴブリンが戻ってくる。ゴブリンは、ビデオカメラを持っていた。
カメラを受け取り、『クロック』は録画されたものを確認する。
そこには、おろおろとしているオーガの様子が。
そのオーガを倒す『ウィンクルム』達の様子が。
オーガを倒した後のウィンクルム達の様子が映っている。
「これは……」
映像をしばらく見ていた『クロック』は、残念そうに――でもそうでもなさそうに、言った。
「失敗のようですね」
オーガの魂は、ボールをぶつけた相手と入れ替わる。オーガは、入れ替わった相手に成り済まし、元の自分の体を倒せば、乗っ取りが成功となる筈だった。勿論、オーガを倒した後に、魂が入れ替わっていたなどと精霊に説明する必要はない。
だが、映っていた神人の7割程が、自分に何が起きていたかを精霊に説明していた。
「神人の魂は、元に戻っている……ということは、私のオーガ達は……死にましたか」
その口調は、やはりそんなに残念そうではない。
「残念でしたね、皆さん。でも、良い実験になりました。改善点が分かりましたからね」
『クロック』は、ビデオカメラを手に、自室としている実験室に入っていく。
「俺は、人間になる……人間になる時は『2人』でなり、『彼』を人間の中に戻して俺はこの体に戻るのです。それが可能になれば……『彼』を追い出した上で殺せば、もうわずらわしいものはない」
今度こそ実験を成功させます――そう言いながら、『クロック』は事務室を改造した実験室で、作業を始めた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:ハロルド 呼び名:ハル、エクレール |
名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ 呼び名:ディエゴさん |
エピソード情報 |
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マスター | 沢樹一海 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 恐怖 |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月07日 |
出発日 | 11月14日 00:00 |
予定納品日 | 11月24日 |
参加者
会議室
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2015/11/13-21:24
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2015/11/13-20:54
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2015/11/12-00:06
ディエゴ・ルナ・クィンテロとハロルドだ
宜しく頼む -
2015/11/11-22:12
かのんさん天藍さん初めまして。
私達はこういった本格的なオーガ討伐依頼(それとトランス)はこれが初めてなので緊張します。
人を襲おうとしないオーガとはいえ、いつ凶暴化するか分かりませんからね…
無抵抗なところを攻撃するのは気が引けますが、町に入ってきている以上、倒すしかないでしょうね…
分かりました。
何かとご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。 -
2015/11/11-19:38
天藍:
テンペストダンサーの天藍と神人のかのんだ
アラノアとガルヴァンは、初めましてだな
オーガ戦は何度か経験があるが、なんだろうな、何がと言われると説明に困るがどこか違和感を感じるんだよな
……まぁ、討伐に来た以上まずは倒す事を考えないといけないんだが
基本は個別らしいが、何かあれば声をかけてもらえたら有り難い
よろしく頼む