キツネノカンザシ(キユキ マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

●夢か 現か 幻か
 さくさく、と草を踏む音がする。
 ザッザッ、と前を跳ねるように駆ける音がする。

 落ち葉の混ざる森の中を、歩いている。

 数歩分前を軽やかに駆けるのは、滑やかな毛並みの狐。
 こちらをちらりちらりと振り返りながら、決して追いつけない距離で走ってゆく。
 待って、と思っても止まってくれない。
 だからこちらは追い掛けるしかない。

 幾つもの木々を潜り抜けて、いつしかそこに辿り着いた。

 一面の原っぱ、のはずの場所。
 そこは、一面の紅(あか)だった。

 見渡す限りの紅、それは彼岸花の群れ。

 人はそれをこう云うだろう。
 赤い絨毯、あるいは極楽浄土、あるいは地獄と。
 あなたはどう思ったのだろうか?

 狐が、紅の中からこちらを見ている。
 ぴょん、と飛び跳ねた先には、紅で際立つ白の彼岸花の一群。
 狐の姿に魅入っていると、不意にその姿が白い炎に包まれゆらりと揺れた。

 赤と白の炎に包まれ生まれたのは、1人の影。

 ああ、と無意識に声が漏れる。
 これは幻覚だろうか。狐の魅せている夢だろうか。

 このようなところで会うなんて。

 嬉しいはずなのにどことなく切ないのは、彼岸花という植物に囲まれているせいだろうか。
 夢か現か幻か、それは会いたいという想いの具現化なのか。
 近づいたら消えてしまうかもしれないと思いながらも、意を決して声を上げた。

「あの、あなたは……!」

解説

秋の夜長に語り合うもの。会いたかった誰かに会えるかもしれない。
リザルトをお書きになる前に、以下をお願いいたします。

1)各自でサイコロを1回だけ振り、現れる相手(1人)が以下のどちらになるか決定します。
 ■出た目が1・3・5
  ・すでに生きてはいない人と出会えます(例:幼いころに亡くなった母親)
  ・神人と精霊は個別の描写となります。
  ・出会った相手は声と身振りがありません(口パクや首振り、瞬きは可能)

 ■出た目が2・4・6
  ・パートナーと出会えます(その他はNG)
  ・狐に導かれるのは神人ですが、現れるパートナーは幻ではなく「本物」となります。
   ただし、お互いが相手は幻(あるいは都合の良い夢)だという認識です。
  ・パートナーはその場を動きませんが、声も身振りも可能です。

2)魅せてくれた狐へお布施を包む必要があります(1組300Jr)
 この後、油揚げでも買いに行くんですかね…?

相手との物理的距離は縮められませんが、シリアス、ロマンス、ギャグでも、
プランの内容に制限はございません(っ´ω`)っ

ゲームマスターより

キユキと申します。
初めましての方もお久しぶりの方も、エピソードをご覧いただきありがとうございました!

毎度の花のお話ですが、ちょっと趣向を変えてみました。幽霊の次は、秋の夜長に懐かしいどなたかとの再会を。でももしかしたら、それは隣にいる人かもしれませんね。
ところでフォックスフェイスって植物をご存知ですか? 狐の形をした黄色いパプリカみたいな見目なんですが、あれナスらしいですよ…(°ω°)!
……私はそろそろ植物GMと名を改めるべきだろうか(´・ω・`)

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  揺れた陰の先に見えた影
最初は小さかったのだけど、どんどん大きくなって
あれは、アル?
最初の小さかった姿は「お兄ちゃん」と呼んでた頃の姿?
私、会いたいって思ったのかしら
会わない日の方が少ないのにね(くすっ

幻相手なら言えちゃいそう
この間、昔私があげた玩具のネックレスをまだ大事にしてるって言ってくれたのとても嬉しかったわ
あの時は大好きなお兄ちゃんとお別れなのが悲しくて
忘れて欲しくなくて…
なのに私は大好きなお兄ちゃんの顔も名前も忘れてて

その事をずっと謝りたかったの
ごめんなさい
それと覚えててくれてありがとう

ふふ
これ、ちゃんと本人にも言わないとよね

えっ
今のアル?
それはその…好きに決まってるじゃない…(小声で



かのん(天藍)
  母親:十代半ばに死別

彼岸花がこんなに沢山…何だか夢の中のようです
…お母さん?

心配そうな顔をしないで
私は元気です

少し前にね、神人に顕現しました
契約を交わしたのは天藍という素敵な人です
…一緒に会えたら良かったのに

…天藍はお母さん達がいなくなって、ずっと1人なんだと思っていた私に、大切な人と一緒にいる時の安らぎや温かさを改めて教えてくれました
とても優しい人です

天藍からは沢山の優しさを貰って
つい甘えて頼りきってしまうから
私も、天藍の支えになれるようにって
どうしたら天藍が喜んでくれるかなって思うんです

微笑んでいる母親の姿が霞んでいくのを見送り
手の甲の紋章をもう片方の手の平で包む
天藍に会いたいと心から思う



クロス(オルクス)
  ☆4

☆心情
「アレ?オルク?
(ふふっ、まさか夢の中なのにオルクに逢えるなんて…
それ程お前の事が大好きって事なんだろうなぁ(微笑)」

「オルク、今更何話して良いか分かんねぇけど俺と契約してくれて、ブラッドクロイツに入隊させてくれて有難う(微笑
最初の頃の俺って可愛げ無くてオルクの事信用してなかったんだ
オーガに何もかも奪われて復讐しか頭に無かったからな(苦笑
あぁそうかもな(微笑
だからオルクと一緒にいる内に自然と惹かれたんだろうね
クリスマスにオルクと恋人になれて嬉しかったな
覚えてる?あん時俺から告白したんだぞ?
ふふっ暫くヘタレクスって言われてたっけ(笑
うんそうだな、早いな一年…
俺も愛してるよ、オルク…」



桜倉 歌菜(月成 羽純)
  5・すでに生きてはいない人(羽純の父親)と会う

10年前、私を助けてくれた羽純くんのお父さん
忘れる筈がない
羽純くんと同じ黒髪の、黒い瞳、大きな身体に優しい声と手

涙が溢れる
私の為に、私を逃がす為に、貴方はオーガに殺されて
大切な家族…羽純くんと彼のお母さんを置いて逝かなくてはならなくて

伝えなきゃ
私…私…
ごめんなさい、じゃない
伝えたいのは、謝罪だけじゃなくて、感謝

生かしてくれて、有難う御座います
私、生きて、貴方の息子さん…羽純くんに出会えて、本当に幸せなんです
有難う
私、貴方に恥じないよう、精いっぱい生きます

羽純くんのお父さんは微笑んでくれて
私はそれがとても嬉しくて笑みを返します

有難う
会えてよかった…



秋野 空(ジュニール カステルブランチ)
  彼岸花は好きで綺麗だが、踏み入れるのが何故か少し恐ろしい
心許なくて無意識に隣を確認
(今ジューンさんが隣にいてくれたら…

現れたのは行方不明の兄
兄様…!
声を掛けるが微笑むだけで返事はない
現実味のない姿に疑念が確信に変わる
兄はもうこの世の人では無い、と

視線がブレスにあると気付く
これは…
困り顔で心配気な兄

踏み入れる時
隣に思い描いた人を思い出す

ブレスは形見で御守だからと
今は支えてくれるジューンがいて、自分も彼を支えたいと思っているから、大丈夫、心配しないで欲しいと伝える

兄の口が頑張れと動いた気が
泣き笑いでしっかりと頷く

背中を押してくれた兄の為にも、もっと自信を持ってきちんとジューンに向かい合おうと思う


●天より(1)
 目の前一面に広がる、紅の群れ。
「彼岸花がこんなに沢山……」
 追いかけていた狐の姿が見えなくなり、足を止める。何だか夢の中のようです、と『かのん』はひとり呟いた。

 ふわり、と。
 白い彼岸花の一群から人影が立ち上がる。

「……お母さん?」
 かのんは立ち尽くす。
(だって……)
 母は、眼前に立つ母は、かのんが10代半ばの頃に亡くなったのだ。会える、わけが……。
「そんな、心配そうな顔をしないで」
 会えるわけが、ない。そう思いながらも、心配が分かる表情でこちらを見る母の姿に、ついそんな言葉が口を突いた。
「私は元気です」
 会えないはずの母が、確かにいる。
 自分の目の前に。

「少し前にね、神人に顕現しました。契約を交わしたのは、『天藍』という素敵な人です」

 かのんは気づけば話していた。母に聴いて欲しかったことを。
(天藍と、一緒に会えたら良かったのに……)
 母は微笑みながら、かのんを見つめてくれている。
「天藍は、お母さんたちがいなくなってずっと1人なんだと思っていた私に、大切な人と一緒にいるときの安らぎや、温かさを改めて教えてくれました」
 とても優しい人です。
 そう告げれば、母の眼差しが嬉しそうに細まる。
(天藍からは沢山の優しさをもらって、つい甘えて頼りきってしまうから)
 かのんには決めていることがあった。
「私も、天藍の支えになれるようにって。どうしたら天藍が喜んでくれるかなって……思うんです」
 母が頷く。そうしなさいと、背を押してくれるように。

 微笑んでいる母の姿が、霞んでゆく。
「お母さん……」
 見送った後には、白と紅の彼岸花。狐はどこかへ消えていた。
 手の甲の紋章をもう片方の手の平で包み、かのんは目を伏せる。
(天藍に会いたい)
 そう、心から想った。

 *

 紅の中の白。
 白い焔が揺れ現れた人物に、天藍は軽く目を見開いた。
「久し振り」
 投げた声は捻りなく、けれど他に言い様もなく。
「こんな風に会えるとは思わなかったな」
 相手も苦笑を返してきた。
 彼は、天藍の幼馴染み。早くにパートナーたる神人が見つかり、彼女の居る遠方に移り住んでからはついぞ会わないままだった。
 消息は、オーガから神人を庇って亡くなったことを風の便りに聞いただけで。

「……俺も、少し前に神人と契約したよ。かのんというんだ」

 紹介したかったなと言えば、彼もまた残念そうな顔をした。
(残念だと、思ってくれるのか)
 それに胸が温まった事実を、人は救いと言うのだろう。
「俺の場合は神人と出会うまで随分待ったが、出会えたのがかのんで良かったと思っている」
 幼馴染からの言葉はない。ゆえに天藍が黙ってしまえば、そこには沈黙が生まれる。

「……神人を庇ったと、あんたのことを聞いて。少し羨ましくもあったんだ。精霊として本懐を遂げたんだなって」
 天藍の言葉に、幼馴染が表情を改めた。天藍は胸の内を告げる。
「今は少し考えが変わった。かのんを遺して悲しませたくない」
 彼はどうだったのだろうか。神人を遺してしまうことを、どう思ったのだろうか。
(……俺は)
 いや、本当は。
「何より俺が、かのんを手放したくないんだ」
 そのために、無様でも生きて、側にいたいと思っている。

 すでに死んでしまった彼には、贅沢に聞こえてしまっただろうか。
 少しずつ消えていく友人はそれでも天藍に対して微笑んで、現れたようにふわりと消えてしまった。
 束の間の懐かしさを噛み締めて、天藍はかのんのことを思う。
(かのん)
 今すぐに、彼女を腕の中に包んで抱き締められたらと。



●地より(1)
 狐の姿が消えたと思ったら、よく知る人物がそこに居た。
「アレ? オルク?」
 どう見ても、彼はパートナーで恋人の『オルクス』だ。
(ふふっ。まさか、夢の中なのにオルクに逢えるなんて……)
 それほどお前のことが大好き、ってことなんだろうなぁ。
 『クロス』はそれがおかしくて、笑ってしまう。

「ん? クー、か……?」
 くすくすと笑う姿はどう見ても、パートナーで恋人のクロスだった。
(夢の中だってぇのにキミに逢うなんて、よっぽどクーのことを愛しているんだな)
 呆れるような、けれどそれは幸せなことで、オルクスはふっと笑う。

 ここがどこで、相手が夢か幻か。そんなことはもう、2人にはどうでも良かった。
 クロスは微笑み口を開く。
「オルク。今更何話して良いか分かんねぇけど、俺と契約してくれて、ブラッドクロイツに入隊させてくれて有難う」
「なんだぁ? 急に改まって……」
 唐突に過ぎたのか、オルクスが眉を寄せる。クロスはとりあえず、すべて言ってみることにした。
「最初の頃の俺って可愛げなくて、オルクのこと信用してなかったんだ。オーガに何もかも奪われて、復讐しか頭になかったからな」
 思い返せば、苦笑いしか出てこない。
「何となく、感じてた」
 顔を上げると、オルクスがひょいと肩を竦める。
「クーの資料見たし、任務でキャバ嬢になったときに聞いたしな」
 それに、オレだって気持ちは分かるからな。
 そう言ったときだけふいと逸らされた視線に篭もる思いを、クロスだって知っている。
「ある意味似た者同士かもな、オレたち」
 その言葉は、クロスの心にすとんと落ちた。
「あぁ、そうかもな。……だからオルクと一緒にいる内に、自然と惹かれたんだろうね」
 彼女の口からこれまた自然と出た告白に、彼は虚を突かれたようで目を丸くした。
「そうか。なんか嬉しいな」
(あっ、照れてる)
 平然としたフリだということを、これももうクロスは解っている。

「クリスマスにオルクと恋人になれて嬉しかったな……。覚えてる? あんとき、俺から告白したんだぞ?」
 忘れられないあの日のことを出せば、優しい眼差しが返ってきた。
「勿論覚えてるぞ」
 当時を思い出し、笑いが込み上げる。
「ふふっ。しばらくヘタレクスって言われてたっけ」
「……当時は情けないって思ったさ」
 まったく不名誉な渾名だ。苦笑したオルクスは思い出すように木々の合間の空を見上げた。
「でもまぁ、良い思い出だし、その後改めて告白したし」
 いろいろあった、と思う。
「恋人になって1年か。早いな……」
 クロスも心の中で振り返る。
「うん、そうだな。早いな、1年……」
 次の1年も共に歩めたら。
 不意に真面目な顔をしたオルクスが、クロスをじっと見つめた。

「最近契約者増えたが、関係ねぇ。クー、愛してんぞ……」

 まさに不意打ちのそれに頬を赤らめ、クロスもまた想いを込めて返すのだ。
「俺も愛してるよ、オルク……」
 この、想いを。

 ぶわり、と白い焔が散り、互いの姿が眼前から消えた。
 ぽかぽかと温まった心はそのままで。



●地より(2)
 ゆらりゆらり。揺れた焔の先に見えた影。
 最初は小さかったけれど、それはどんどん大きくなって。
(あれは、アル?)
 最初の小さかった姿は、「お兄ちゃん」と呼んでいた頃の姿?
『月野 輝』は思い至ったことに、自分で驚いた。
(私、会いたいって思ったのかしら)
 今彼女の目の前に居るのは、白い彼岸花の中に立っているのは、パートナーの『アルベルト』だった。
(会わない日の方が少ないのにね)
 思わずくすりと笑みが漏れる。

(凄い赤だな)
 見渡すかぎりの彼岸花は、まるでそれが水面のように他を見せない。だがこの色は。
(輝に似合いそうだ)
 まるで当然のようにそんな考えが過った。すると紅に紛れていた狐の姿が白い焔に代わり、焔から当の本人の姿が現れる。
 アルベルトは呆気に取られるしかない。
(タイミングが良すぎる……)

 これは『幻』だ。
 そう断じた輝は幻相手なら言えちゃいそう、とここまで口にして来なかった事実を口にする。
「この間、昔私があげた玩具のネックレスをまだ大事にしてるって言ってくれたの、とても嬉しかったわ」
 あのときは、大好きなお兄ちゃんとお別れなのが悲しくて。
(忘れて欲しくなくて……)
 なのに私は、大好きなお兄ちゃんの顔も名前も忘れてて……、と。
 口に出せば出すほど、それは輝の後悔の形をしていた。

『大好きだったお兄ちゃん』を連呼している輝を、アルベルトは幻だろうと判断した。
(輝は普段、そういう言葉をさらっと言ったりしないからな)
 目の前の彼女は、幻。
(ならば私も、少し本音で話してもいいだろうか)
 大人になった輝と再会したときの衝撃を、伝えたい。
 大切な思い出の少女が、いつの間にか大切な女性へ変化していたということを、他でもない彼女自身に。

「忘れてしまっていた。そのことを、ずっと謝りたかったの」
 ごめんなさい、と輝が軽く頭を下げる。
「それと、覚えててくれてありがとう」
 目を伏せ告げる彼女に、アルベルトは呆れを混じえた笑みで首を横に振った。
「忘れていたのは仕方ないと、前にも言わなかっただろうか」
 そもそも、3歳児に驚異の記憶力を見せられても怖いだろう。
 愉快そうな笑みに変わった彼に、輝も伏せていた顔を上げた。
「ふふっ」
 これ、ちゃんと本人にも言わないとよね。
 口には出さず輝はひとつ決めて、幻の彼に笑いかける。
(それにしても……)
 アルベルトは再度考えた。
(昔の私が『大好きなお兄ちゃん』なのは判ったが)
 どうせ相手は幻だ。この際聞いてしまっても良いだろう。
「ひとつ聞かせて欲しい」
「え?」
「輝は今の私をどう思っている?」
「えっ、今のアル?」
 戸惑ったような輝の声。アルベルトは自身に呆れてしまった。
(わざとそんな質問をするあたり、幻にも意地悪だな。私は)
 意地悪というか、からかってくるところは幻でもアルベルトだった。
 輝は相手は幻……! と念じながら、小さく、本当に小さな声で呟く。

「それはその……好きに決まってるじゃない……」

 聴こえたかどうか、そんなのはどうでも良くて。
 再び白い焔に包まれた彼が、驚いたような顔をしていたような。それが輝にはちょっとだけ、小気味良かった。



●天より(2)
 狐の姿が、焔の影に隠れて違う影を創る。
『桜倉 歌菜』にはもう、この光景が幻か夢かと考える余裕すら吹っ飛んでしまった。
(この人、は……)
 歌菜を見て微笑んでくれる、この人は。

(10年前、私を助けてくれた羽純くんのお父さん)

『月成 羽純』と同じ黒髪に、黒い瞳。大きな身体に、優しい声と手をしていたのを覚えている。
 声は喉に詰まり、涙だけが溢れ出す。
(私のために、私を逃がすために、貴方はオーガに殺されて)
 歌菜の心が悲鳴を上げた。
(だから大切な家族を……羽純くんと彼のお母さんを、置いて逝かなくてはならなくて)
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 そんな言葉ばかりが頭をぐるぐると回って。
(でも、伝えなきゃ)
 言葉に出来ずに唇を戦慄かせる歌菜を、羽純の父は微笑み待ってくれている。
(ごめんなさい、じゃない。伝えたいのは、謝罪だけじゃなくて……感謝だから)
 彼と生きると、前を向くのだと決めたから。
 ぐいっと掌で涙を拭い、羽純の父へまっすぐに対する。もちろん、ありったけの感謝を込めた笑みを浮かべて。

「生かしてくれて、ありがとうございます。私、生きて、貴方の息子さん……羽純くんに出会えて、本当に幸せなんです」
 ありがとう。言葉だけでは足りないけれど。
「私、貴方に恥じないよう、精いっぱい生きます」
 それがきっと、助けられた命であるこの身で返せる、一番のもの。

 歌菜の決意を聴いた羽純の父は一層笑みを深め、強く頷いてくれた。
 それがとても嬉しく、歌菜は再び零れてきた涙をそのままに笑い返す。
「ありがとう……」
 会えて良かった。
 それがたとえ、幻でも。

 *

 狐が化けたのだろうか。
 真っ赤な彼岸花の中には、羽純とよく似た雰囲気の男性が立っていた。
「親父……か?」
 半信半疑で問い掛ければ、相手が頷く。本当に亡くした父らしい。
「……あー……何というか。会いたかったけど……いざ会うと、なんて言っていいか分からないな」
 はは、と困惑しつつ笑みを浮かべようとして、羽純は何より伝えなければならないことを思い出す。
(そうだな。たとえ幻だとしても……)
 こんなことは、二度とは起きないだろうから。

「……ありがとう。歌菜を助けてくれて」

 羽純の口は、それだけでは止まらなかった。
「本音を言うと……恨んでた。母さんと俺を置いて、勝手に逝ってしまったアンタを」
 今なら分かる。それは。
「……アンタのことが好き、だったから。悲しくて、母さん以外の誰かのために命を落としたアンタを恨んだ」
 だって、自分は彼の子どもなのだ。母と彼の間に産まれた、子だったのだから。
 でも、と続ける。
「でも……全部事情を知って。俺は、よりアンタを誇らしく思ったよ」
 対する父が、驚いたような表情に変わる。そりゃあ、面と向かって言ったことなどなかったし。
 
「父さん。俺は貴方の息子で良かった」

 心からの言葉だった。
「貴方が守ってくれた子は、俺にとって大切な子になった。だから、俺が守る」
 共に生きる。歩いていく。2人で。
「だから……見守っていてくれ」
 この幾つもの思いを、万感というのだろう。込めるだけ込めて伝えた言葉に、羽純の父は破顔した。そうか、と口元が動いたように思う。
 足は動かず、羽純は父に触れることは愚か近づくことも出来ない。
 気づけば父の姿は薄っすらと透け、彼岸花の色が見えていた。
(もう一度、)
 その大きく温かな手で、撫でてもらいたかった。
 ついに消えてしまった父に、羽純の涙腺が緩んだ。



●天より(3)
 彼岸花は好きで綺麗だが、足を踏み入れるのがなぜか少し恐ろしい。
 紅に囲まれ心許なく、『秋野 空』は無意識に隣を確認していた。
(今、ジューンさんが隣にいてくれたら……)
 前を見ると、狐がいなくなっている。
(えっ……)
 そこに立っていたのは、行方不明の兄。
「兄様……!」
 驚きに声を上げたが、兄は微笑むだけで返事をしてくれない。その現実味のない姿に、空の中で疑念が強まる。
(兄様は、)
 もう、この世の人では無いのでは……と。
 湧き上がる不安に、空の右手は左手首の革ブレスレットに触れていた。兄の視線がそのブレスレットに向いていると気付き、空は口籠る。
「これは……」
 困り顔で心配気な兄の言いたいことが、何となく判った。空は隣に思い描いた人の名を胸中だけで呟く。
(ジューンさん……)
 パートナーの『ジュニール カステルブランチ』を。

「あの、ね、兄様。このブレスレットは、形見で、お守りなんです」
 それから、と。
「今は、支えてくれるジューンさんがいて。私も彼を支えたいと思っているから」
 だから。
「大丈夫。心配しないでください」
 空は込み上げるものに押されて、涙が出そうになる。だがそれを堪え、兄へと微笑みを向けた。
 不格好かもしれないけれど、本心からの笑みを。
 じっと空を見つめていた兄が、ふっと空に似た微笑みを刻む。彼の口が、『頑張れ』と動いた気がした。
「はい……!」
 ついに溢れてしまった涙を拭うことも忘れ、空は泣き笑いのまましっかりと頷く。

 背中を押してくれた兄のためにも、もっと。
(自信を持って、きちんとジューンさんに向かい合おう)
 涙を拭い、空は前を向いた。
 もう、彼岸花は恐くない。

 *

 彼岸花の中に現れた人影。徐々に、そして限界まで近づいたところで空気が完全に不穏なものになっていた。
(あの人は……)
 ジュニールは、目の前に現れた人物に微かに見覚えのあるような気がした。
(確かどこかで……)
 記憶を辿る。ジュニールの記憶は、以前に空に見せられた写真へと至った。
「!」
 ハッとした。
(あの写真……!)

 はにかむような笑顔の空の肩を抱き、羨ましくも隣で微笑む彼女の兄?!

 彼女の実兄に『羨ましくも』は余計である。それを察したのか、空の兄の纏う空気がさらに尖った。
 表現するなら、まるで『うちの大事な妹に手を出しやがって』であり、怒気を越え、殺気すら漂うような尋常ではないものだ。
 ジュニールの背筋がひやりと冷える。
(いえ……まだ手は出してない、いや出せてない、むしろ出す隙がない状態ですが……!)
 表面上の笑顔は崩さない。内心は冷汗がダラダラと流れているが、絶対に表には出さない。
 ここで会ったが百年目、……いやいや、そうではなく。
(相手は空の肉親の方です)
 ジュニールは真面目に空の兄を見返した。
「……失礼しました。俺はジュニール カステルブランチ。ウィンクルムであり、貴方の妹さんのパートナーである精霊です」
 これが幻であろうとも、相手とは初対面。ゆえにジュニールは自己紹介から始めた。
(俺は今、試されているんですね……!)
 何よりも、戦闘に挑む以上に真剣に。

 彼女の兄は、目を閉じてこちらの言葉を聞いている。顰めっ面ではあるが、聞いてくれていることは確かなようだ。
「どのような状況に陥ろうとも、俺は必ずソラを守り抜きます」
 空の兄がなぜ行方不明なのか、ジュニールは知らない。なぜ、今目の前に現れているのかも。
 それでも彼が妹を心底案じていることくらいは、本心だと分かる。ゆえにジュニールもまた、本心を伝える。

「必ず、守ります。ロイヤルナイトの名に誓って」

 目を閉じていた空の兄が、ふっと表情を和らげ目を開く。
 彼の口が『頼んだぞ』と動いたような気がしたのは、ただの願望であろうか。

 気づけばそこには彼岸花だけがあり、紅白の花が素知らぬ顔で揺れていた。
「ソラ……」
 彼女に会いたい。会って、彼女の兄に会ったことを話そう。
 空の兄がいた場所へ目礼して、ジュニールは彼岸花の中を引き返した。



●キツネノカンザシ
 それは地の底にも、天の上にも咲ける花。
 人々の心模様を捉え、花は銀の柄に紅を色づけた簪へと姿を変えた。人の心ゆえに写し込まれた、深く鮮やかな紅(あか)。
「見つかったかい?」
 人々が彼岸花の中から去るのを見つめて、狐が話す。
「うん。これで、残りはあと4つだ」

 彼岸花は、狐の簪。
 写すお代は、人には出来ぬ一時(いっとき)の再会。


 End.



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター キユキ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月01日
出発日 11月09日 00:00
予定納品日 11月19日

参加者

会議室

  • [15]月野 輝

    2015/11/08-23:59 

  • [14]桜倉 歌菜

    2015/11/08-23:57 

  • [13]桜倉 歌菜

    2015/11/08-23:57 

  • [12]秋野 空

    2015/11/08-23:52 

    こんばんは、ジュニールです
    今しがたプランを提出致しました
    ……?
    今、何か悪寒がしたような……
    あぁいえ、なんでもありません

    皆様にとって、実りある一夜となりますように

  • [11]かのん

    2015/11/08-22:09 

  • [10]秋野 空

    2015/11/05-06:12 

    5、ですね
    …誰に会えるのでしょうか

  • [9]秋野 空

    2015/11/05-06:10 

    神人の空と精霊のジュニールです
    よろしくお願いします

    【ダイスA(6面):5】

  • [8]桜倉 歌菜

    2015/11/04-22:40 

    羽純:
    5、だな。
    俺が会うとすれば、亡くなった親父か。
    もしかしたら、歌菜も…親父に会うかもしれない。

    良い一時になればいいな。

  • [7]桜倉 歌菜

    2015/11/04-22:38 



    【ダイスA(6面):5】

  • [6]クロス

    2015/11/04-20:06 

    クロス:
    6、か…
    死んだ家族や幼馴染に逢いたかったけど、これはこれで楽しみだし良いか(微笑)
    オルクに何を話そうかな♪

  • [5]クロス

    2015/11/04-20:01 



    【ダイスA(6面):6】

  • [4]かのん

    2015/11/04-07:05 

    1、ですね
    私と天藍個別で、すでに生きてはいない人に出会えるですか……

    両親のどちらかと出会えたらと思うのですが、天藍はどなたに出会うのでしょう……?

  • [3]かのん

    2015/11/04-06:55 



    【ダイスA(6面):1】

  • [2]月野 輝

    2015/11/04-00:21 

    4……と言うことは、出会うのはアルって事ね。
    亡くなった両親に会ってみたかったんだけど、これはこれで楽しみだわ。

    それでは皆さん、素敵なひとときを。

  • [1]月野 輝

    2015/11/04-00:19 



    【ダイスA(6面):4】


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