プロローグ
●どうしてこうなった
『あなた』達は、重々しく溜め息を吐いた。
その溜め息の原因を思い出すだけで、憂鬱になってくる。
前日、『あなた』達はマントゥール教団の拠点のひとつへ赴き、バイオテロの目論見を阻止する任務に携わっていた。
デミ・オーガも警備に携わるその拠点の地下は研究所になっていて、『あなた』達は阻止に動き、研究所の責任者(と言っても任されただけで地位自体はそこまでといった人物らしいが)の拘束に成功……だったのに。
責任者は一瞬の隙を衝いて、懐のボタンを押した。
直後、薬品が爆発、ウィンクルム達はもろに薬品を被り、煙も吸い込んでしまったのだ。
逃げようとした責任者こそ逃走阻止に成功したが……由々しき問題が。
パートナーが小さくなっていた。
外見の年齢が幼くなっただけなら、あんまり良くないけど、深刻と思うこともなかった。
そう、外見の年齢は据え置きで、身長が物理的に小さくなっていた。それも凄く。
何とか責任者は拘束したものの、パートナーは手のひらサイズのお人形さんのようだ。
とりあえず、拘束した責任者を尋問して解決方法の糸口を見つけるということで、一旦帰宅、待機するように言われた『あなた』達。
事態が事態なので、小さくなったパートナーの世話も必要だろう。
食事もお風呂もトイレもパジャマ(服は暫く夜洗濯して朝乾いたものを着て貰うとして)も寝床も……どうすればいいのか。
『あなた』達は途方に暮れた。
そして、夜が明ける。
すったもんだありながらも一晩何とか過ごし、本部へとやってきた。
一室に通された『あなた』達は、職員の到着を待つ。
●ひ ど い
「という訳で、ジャック・オー・パークを視察がてらデートしてはいかがでしょうか」
『あなた』達の表情の変化を他所に女性職員が微笑を湛えて仰った。
解決方法はどうした、このままでいろというのか。
様々な感情が過ぎり、説明した女性職員へ実際に言った者もいる。
「責任者の方がまだ口を割らない状態です。引き続きお伺いしております。ですが、ジャック・オー・パークもウィンクルムの皆さんのお陰で日々アトラクションが解放されていますが、また襲われない保障もございません。そこを見ていただきたいのです」
それはありうる可能性だ、だが、この状態……試してはいないが、トランスは厳しいだろう。もしトランスしなければならない状況になったら、どうしろと言うのだ。
……風が吹いただけで飛んでいってしまいそうなのに。
「大丈夫です。今日は他のウィンクルムも視察していますから、すぐに駆けつけてくださいますよ」
だったら、自分達は視察しないでもいいじゃないか、解決方法判明まで動きたくない。
そう言おうとした『あなた』達は、ハイと何かを渡された。
「今日まで有効期限の食事券です。高いものらしいので、無駄にしないでくださいね」
『あなた』達は泣きそうな気分で受け取り、ジャック・オー・パークへ向かうことにした。
だから、『あなた』達は見送ってくれた女性職員が、取調べ状況を詳しく知る男性職員とこういう会話をしたのを知らない。
「真相教えても良かったんじゃないのか?」
「双方最高に盛り上がる、というものですか?」
実は、責任者は既に自供していた。
女性職員は意図的に伏せた理由をこう述べた。
「最高に盛り上がるムードは自分達の意思で作り上げるものでもないでしょう。作ったムードで元に戻る保障もありません。自然に高まるものでないと、難しいかと」
心からの盛り上がりである必要があるなら、その情報を全く知らない方がいいのでは。
知ってしまうと元に戻ることが頭を過ぎり、解決に至らないかもしれない。
上層部も同じ見解らしく、伏せておいていい、という指示も受け取っていたと話す。
「確かに意図して作るもんじゃないな。ジャック・オー・パークの視察がてらとは言え、無事のアトラクションでデートするなら、盛り上がることもあるだろうし」
「それに、何かあっても他のウィンクルムがすぐに駆けつけることも出来ますから」
「ま、オーガ連中がいて危ないように見えても、実はウィンクルムが多くいるから安全は安全だな」
元に戻るといい。
職員達はそんな会話を交わして仕事に戻っていく。
頑張れ、ウィンクルム───そんな願いを抱きながら。
そうとは知らない『あなた』達は、ジャック・オー・パークへ到着。
不安はあるが、パートナーと共に過ごそう。
せめて不安がらせないよう、心配をかけないよう、ひと時忘れて楽しく振舞いたいという思いを胸に抱いて。
解説
●状況整理
・前日任務中に『外見年齢が上の方の神人または精霊』の身長が30cm程度の手乗りサイズになってしまった。
・翌日本部でまだ判明していないので、ジャック・オー・パークへ視察がてらデートするよう言われ、送り出された。
PL情報
・実は判明している。解決方法は「最高に盛り上がる」こと。
●巡れるアトラクション(2つまで選択可能)
・狼男からの逃走
2人乗りのカップルシート。
襲い掛かる狼男から逃げるようにゴンドラが動く。
・フランケンシュタインの恋
シアター。午前と午後にミュージカル形式で上映。
生み出されてしまったフランケンシュタインが素朴な街娘と恋に落ちる話。
・勇者アリス
ハートの女王を倒すアリスの回想という形式の3Dシアター。
座席が動いたり揺れたりするので、その場にいるような感覚。
・魔女達の饗宴
2人乗りゴンドラに乗り、世界の魔女達の集いを見て回る。
意外に見応えがある。
・大観覧車
カボチャの形をした、全て透明のゴンドラ。
夕方~夜の景色は見事。
●レストラン
夕食に下記料理を楽しめます。
(小さくなった方は戻っていなければお裾分けを貰う形です)
・王様とお后様のコース料理
豪華なコース料理。
・海賊達の晩餐
海鮮系の豪快な料理。
・お化け達のおもてなし
コミカルな肉料理。
・小人達のご馳走
小皿料理多めの手が込んだ家庭料理。
・魔女達の秘密
野菜多めのヘルシー料理。
●消費jr
・昼食に300jr消費
●注意・補足事項
・基本個別描写ですが、園内で会った場合は挨拶程度の軽い絡みがあります。
・公共の場です。TPO注意。
・ウィンクルム達は『仮装』して、特殊効果利用可能。ただし、リザルトでは神人・精霊の仮装どちらか1つの特殊効果利用となります。
仮装の種類と特殊効果については、下記にてご確認ください。
https://lovetimate.com/campaign/201510event/halloween_episode.html
ゲームマスターより
こんにちは、真名木風由です。
今回は、ちょっと(?)ハプニングがあった翌日のデートです。
何も知らない形で送り出されていますので、プラン作成の際はご注意ください。
外見年齢が年上の方がミニマムになります。
同年齢の場合は、どちらかお好きな方で構いません。
ウィンクルムであることは分かるので、そこまで困ることはないかと思います。
最高に盛り上がった時点で戻る為、キス以上には発展しません。(それ以上の具体的な行為は公共の場でもありますので、記載あっても不採用となります)
今は相手のことを気遣い、1日楽しく過ごしましょう。
それこそが解決の早道です。
それでは、お待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
仮装:ウィッチ 楽しむ、楽しむなあ この姿でか…… ん、魔女達の饗宴?まあいいけども 夕食はおすそ分けをもらう形 あいつ量足りるんだろうか…… 小さいままで夜に 観覧車?あれか あぁ確かにいい景色……!? お前、これが目的か!? ……大したことじゃねえよ 楽しくはあった、けど 気を遣わせて、俺に合わせて無理してるんじゃないかと思って それと。 ……『隣』で歩けないのが、歯痒いだけだ ああ、くそ! 大体いつも「大丈夫」っていうだろお前! それも嫌だ、今はこんなでも年上なんだから頼れ! 俺だってお前を護ってやりたいんだよ! ……そこでそれは反則だろ、馬鹿やろ、う? ちょ、ここでいきなり戻るのかってイグニス!? 大丈夫か潰したよな俺!? |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
小さくなった。 バトル系任務中にコレだとヤバイけど。 なっちゃったんだから、仕方ないよな! むしろこういう事は滅多とナイからチョット面白い…と昨晩は猫達とひとしきり遊んだぜ。 今日のアトラクションも大迫力を超期待する! (期待の眼差しキラキララ) ジャックオーランタンな仮装をして行くぜ。 マスコット人形な感じに。 狼男からの逃走に乗ろうぜ! 狼男がビッグサイズですげー迫力な! 緊迫感が凄くて、いつもと違う状況に…これは色々と気持ちが盛り上がるな! ぎゅってラキアの首筋にしがみ付き(急所を保護) 「ちっちゃくてもオレが護ってやるから!」 つい感情移入しまくった。 レストランは海賊達の晩餐希望。 海鮮!海賊!ワイルド! 超旨い! |
蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
ドラキュラの仮装 小さくなったフィン …可愛い 本人には口が裂けても言えないけど 俺は結構嬉しかったりする だって、こんな機会でもないとフィンを見下ろす機会なんて早々ないし フィンを落としたり風に攫われたりしないよう、胸ポケットのある服を選び、ポケットに入って貰う …ポケットに入ってる姿も可愛い 魔女達の饗宴 あんまり激しく動くものだと、フィンが飛んで行ったら困るし…どう見応えがあるのかも気になる 大観覧車(夜) 夜景綺麗だ フィンには今どんな風に見えてる? 何もかも大きくて戸惑う? …俺、少し嬉しかったんだ…と本心を でも、今はフィンに戻って欲しいって思ってる だって…小さいままじゃ、手も繋げない 夕食はお化け達のおもてなし |
新月・やよい(バルト)
●服:魔女 ●思い 小人化してから悩んでばかりのようだったから 君を笑顔にしたくって ●行動 おまたせしました 正統派なイメージで魔女です 「普段は守って頂いてばかりですので。今日は僕がお守りしようと思いまして」 逃げる事なら任せてください その為の衣装です 「腕前は想像の中でならプロですよ。さ、席はいかがなさいますか」 と君に手を差し伸べて 狼男からの逃走では二人大騒ぎ ひゃぁぁ! ヤバイ捕まりそう! でも君が放り出されないよう手で捕まえて 昼食 「大丈夫。例え君がどんな姿になっても、僕は君の相棒です」 大きさなんて気にしませんよ 「こちらこそ」と手を差し伸べて握手する やっと笑った君を、見つけられた気がした 『おかえり、バルト』 |
安宅 つぶら(カラヴィンカ・シン)
仮装 ジャックオーランタン つぶらサンだって好きでこんな大きさになってんじゃないんですゥー いっそそのまま笑い死ぬかい?(拳握り) 次にカーラん家に行くのは台本(EP2)返す時だって決めてたのにさァ… 移動は鞄にでも入って背負ってもらうよ デートって仲じゃないけど、色々見て回ってから観覧車で報告って感じ せっかく夜景もこんなに綺麗…って、アンタは相変わらずですか ・独り言聞き …あのさじーさん 話したくないなら無理に聞かないけどさ つぶらサンがアンタの演出嫌いじゃない(EP8)っていうのは本、と(鞄から落ちかける)ぉわ!? ・世話をせねば それは面倒かけてスミマセンネ だからそういう風に人の揚げ足捕るの…あーもう! |
●その一言
「何で女装なんだ」
バルトは、新月・やよいを見て呆れた。
「普段は守っていただいてばかりですので。今日は僕がお守りしようと思いまして」
微笑むやよいは、正統派のウィッチ姿。
ジャック・オー・パーク開催記念として用意された仮装システムは、この仮装を着たいと願えば緊急事態を憂慮した女神ジェンマの加護でまるで変身のように着用出来る上、特殊効果を発揮させることが出来る。
やよいが選んだウィッチは、箒に跨ると空を飛ぶことが出来る効果があるのだ。
「逃げることなら任せてください」
「何かあったら空に逃げるつもりなのか。随分自信があるんだな」
やよいが微笑を向けると、バルトがそう漏らす。
生まれついての神人であったやよいは自分と契約する以前、デミ・オーガの群れから必死に逃げた件がある。
月明かりが夜の闇に隠れる自分を暴くのではないかという話は、今もバルトの胸にあり、月は素敵だと言ったやよいの微笑が蘇った。
「腕前は想像の中でならプロですよ。さ、席はいかがなさいますか」
あの時の微笑とは違う、ちょっと悪戯な微笑はどこか楽しんでいる色がある。
(可愛いとは言い辛い)
バルトはやよいから顔を隠すよう、ジャックオーランタンの仮装の仕上げ、仮面を被ると、やよいの肩を指名した。
「では、特等席で」
「はい」
手を差し伸べたやよいがバルトを自身の肩へ案内すると、バルトはそこへ座る。
大きさにして30cm程度だが、重さも人形のように軽い。
(このまま戻らなかったらどうしようと思っていたんだが)
昨日から、悪い想像が頭から離れなかったのに。
今、特等席に座っているのもおかしなものだ。
バルトは仮面の下で小さく微笑んだが、空気を察したやよいが口元に小さく笑みを作る。
(少しでも笑っていただけて良かったです。昨夜から悩んでばかりのようだったから、君を笑顔にしたかったので)
だから、今は僕が君を守る。
その悩みで心が潰されたりしないよう。
バルトを肩に乗せたやよいは、まず狼男からの逃走へ足を運んだ。
解放されたアトラクションの中には、絶叫系やスピード系と呼ばれるものもあるが、流石にこの姿では乗せられないし、今単独行動はさせられない。無難なアトラクションを選ぶべきだろう。
そうした理由で、このアトラクションを選んだのだ。
ウィンクルムであることを理解した係員から、「お疲れ様です」と声を掛けられ(恐らくオーガの罠だろうと思ったのだろう)、2人はゴンドラへ乗り込む。
内部は、狼男の調査隊が狼男に気づかれて逃亡するというストーリー仕立て。
「ひゃぁぁ! ヤバイ、捕まりそう!」
「結構臨場感あるな」
調査隊を葬ろうと襲い掛かる狼男の攻撃を回避するようにゴンドラが動く。
動くのも直前である為、バルトの言う通り臨場感があるのだ。
「しっかり捕まっていてくださいね」
カップルシートのゴンドラであり、前が開けているタイプである為、臨場感演出で直前に動くゴンドラからバルトが放り出されたりしないよう、手でしっかりと摑まえるやよい。
「大丈夫だ」
やよいの手が思ったよりもしっかり自分を確保しているから、バルトは何だかおかしくなってくる。
これでは、普段とは逆だ。
いつも自分が守ると思っていたから、守られている今が新鮮だ。
いいとも悪いとも説明出来ない感覚……やよいの家の本には記されているだろうか?
やがて、調査隊は無事に逃げられたという設定でアトラクションは終わりを告げる。
「臨場感があって楽しめました。絶叫系やスピード系でなくとも、楽しいアトラクションが多いようですね」
「時間に余裕がある。急ぐ必要もないのだから、ゆっくり巡ればいいだろう」
「そうですね」
やよいは、バルトの言葉に微笑んだ。
今は、ゆっくり楽しもう。
やよいとバルトは、ゆっくりアトラクションを楽しんだ。
急ぐ必要もない為、夕食を考慮して早めに取った昼食ではどのアトラクションを巡るか時間を掛けて決めてみたり、単純に周囲を楽しむように歩いてみたり。
気づけば、夕食の時間。
「君は何が食べたいですか?」
やよいがバルトへ職員から渡された食事券を見せる。
食事券を眺めるバルトは「そうだな」と呟くが、リクエストを聞くやよいは大体何を希望するか見当がついていた。
「お化け達のおもてなしがいい。肉料理だ」
肉を好むバルトなら、恐らくそうだろうとやよいは思っていた。
「魔女達の秘密だとニンジンの可能性があるだろう? 今日は新月に守って貰っている。俺のリクエストでいいとは言え、選ぶ訳にはいかない」
「お気遣いありがとうございます」
バルトの意外な言葉を聞いて、やよいは顔を綻ばせた。
「ですが、先日のグラタンフェアの悲劇を見ても分かる通り、彼らは料理に潜み、僕を狙おうとしています。油断はしませんよ」
「新月がそこまで嫌いな理由がよく分からないが、今日は不問だ」
「今度論文見せてあげますよ」
やよいは、約束ですと微笑む。
(超大作論文を読むなら、やはり元に戻りたい)
バルトは、普段とは違う位置で見るやよいの顔を見てそう思った。
レストランに腰を落ち着けると、コミカルさを感じる肉料理がテーブルへ並んだ。
「ハロウィンらしさも考慮されてますね」
やよいが感心したように呟く。
狼男の腕をイメージしたローストチキンがあったり、器がジャックオーランタンのミートボール、ドラキュライメージの赤ワインソースで煮込んだハンバーグ、スモークハムの盛り合わせであってもひと手間が加わって、単純なものにはなっていない。
「新月、切るのを手伝って貰えないか」
バルトの声でやよいは我に返る。
見ると、ドラゴンからの戦利品という名目らしいステーキを切る為、バルトがナイフを手に奮闘していた。
「僕が切りますから、その間、ドラキュライメージのハンバーグを食べてはどうでしょう? 煮込みハンバーグですから、切り易い筈ですよ」
「すまない」
バルトが礼を言い、ハンバーグにナイフを入れる。
こちらはすっとナイフが通り、すぐに食べ易い大きさになったらしく、バルトが腰を下ろして食べ始めた。
「美味しいですか?」
「ああ。デカイ肉が食えるってのは幸せだ」
やよいがステーキを切りながら尋ねると、バルトはハンバーグを咀嚼しながらこくりと頷いた。
「これで戻れれば最高なんだがな」
正確には、確実に戻る手段が解れば、だが。
そう言うバルトはやよいに切り分けて貰ったステーキへ目を移す。
小さければ、大きな肉(実際は1切れでしかないが)を思うままに食べられるかもしれない。
だが、小さかったら、やよいは守れない。
ステーキを前に考え込む様子のバルトへ、やよいはそっと手を伸ばした。
「大丈夫。例え君がどんな姿になっても、僕は君の相棒です」
大きさなど気にしない。
やよいはそう言って、バルトの手を大切そうに取った。
大きく感じる手は、今も同じ。
「新月……」
バルトは、手を取ってくれるやよいの手を見た。
この姿がこれ程小さくなろうとも相棒であることに何も変わりない。
その言葉は、必要とされないことがないという事実と共に心を解し、楽にしていく。
「そうだな、守ってくれたしな」
今日、ずっと……この手が俺を守ってくれた。
「改めて、よろしく。相棒」
「こちらこそ」
バルトが意思を持ってやよいの手を握り返した瞬間。
ぽんっ
妙に可愛い音と共に元の姿に戻ったバルトがテーブルの上で鎮座していた。
「くっ……」
バルトが肩を震わせる。
タイミングの良さに思わず笑ってしまったようだ。
(やっと本当の意味で笑った君を、見つけられた気がした)
今までは、もし戻れなかったらという気持ちがあったみたいだったから。
(おかえり、バルト)
やよいが心の中でそっと呟くと、テーブルから降りたバルトは静かに微笑んだ。
「ありがとう」
ただいまの思いを込めた言葉を言えたのは、ジャックオーランタンの仮装のお陰だろうが、効果を発揮させたのはバルト自身の意思。
あなたに、この一言が言いたかった。
●小さくとも
セイリュー・グラシアの瞳は、期待に輝いていた。
純粋な戦闘の任務でこの状態であればセイリューもヤバイと思って、出来るオレなら出来る大きくなれと念じそうなものだが、今日はその心配はない。
なってしまったものは仕方がないという思考の切り替えも早かったセイリューは、いつ戻れるか分からない、つまり1分後には戻ってしまうかもしれないという考えで、滅多になくてチョット面白い……ということで、昨夜はクロウリーとトラヴァースの運動会に参加させて貰った(要するにひとしきり遊んだ)クチだ。
(こういう時、セイリューの馴染み易さ……順応性の高さっていうのかな、とにかく、深刻にならない所には助けられるね)
ドラキュラ仮装のラキア・ジェイドバインは心の中で呟き、自身の肩に乗るセイリューを見て笑う。
セイリューは好奇心旺盛だし、昨日の運動会のはしゃぎ方を見れば単独行動もありえると思ったから、肩に乗って移動を提案し、受け入れて貰ったけど……飛び降りるかもしれないし、注意しよう。
「今日のアトラクション、大迫力を超期待してる!」
楽しみだよな!
視線に気づいたセイリューが肩の上でサムズアップしている。
キラキラとした目を見れば、この状況を楽しんでいるのは一目瞭然。
「でも、絶叫系はダメだよ?」
すると、ジャックオーランタンの仮装をするセイリューは訳知り顔で頷いた。
「今日のオレはマスコットだからな。マスコットがジェットコースターに乗っちゃダメだろ」
セイリューが、飛ばされるからなんだけど。
でも、出かけるまで「猫目線~♪」と愛猫達と楽しく過ごしてご機嫌な様子を思い出すと単純で面白いと思うから、ラキアは笑ってこう返す。
「そう。今日はドラキュラのマスコットとして頑張って貰うからね」
周囲を驚かせ過ぎないように、という配慮もあるけどね?
園内案内を見ながら、巡るアトラクションや昼食の予定を決めていく。
夕食を考えれば、早い段階で軽めに取った方がいい。
ラキアがこの辺りの計画をしっかり立てるのは元々の性格もあるだろうが、セイリューが小さくなっているので、予想外が発生し易い(特にセイリューなので)という懸念もあってのことだろう。
「夕食は……海賊達の晩餐でしょ」
「海鮮で海賊でワイルド、当然!!」
ラキアがセイリューを見ると、セイリューは「流石ラキア」と凄く満足そうな表情だ。
(2人暮らしだと、豪快さを出すのも難しいよね)
レシピが分かれば家でもと思うが、2人暮らしだと豪快な盛りつけは結構難しいかもしれない。
盛りつけの例なども勉強すれば、食卓が華やかになるかも、とラキアは考えてみる。
と、2人の足が狼男からの逃走で止まった。
この状態でも巡れるアトラクションは幾つも解放されており、セイリューとラキアもラキアの計画もあり、効率よく回っていたが、このアトラクションも気になっていたのだ。
見ると、やよいとバルトが何やら楽しそうな様子で出てきたので、アトラクションが純粋に面白かったのだろうと2人も楽しむことにした。
「今までのも面白かったが、これはどうだろうなー」
「絶叫系やスピード系もあるみたいだけど、苦手な人もいるし、作り込んでるんじゃないかな」
2人乗りのゴンドラがゆっくりとアトラクションの中へ進んでいき───
「すげー迫力だな!」
セイリューがラキアの隣で目を丸くする。
カップルシートの乗り物というのもあり、ごく普通に座れたので座っているのだが、狼男が普段より大きく感じられて迫力が違う。
「俺の大きさでも結構迫力あるよ?」
ラキアがそう応じる。
恐怖を煽るようなものではないが、しっかり作り込まれている。
ストーリーもしっかりしているようだが、ゴンドラが動くタイミングもギリギリで何とか回避しているというシチュエーションによく合った。
安全ベルトが必要なゴンドラではないが、緊迫感が凄い。
(しかも、いつもと違う状況……これは、燃えてくる!)
セイリューは、自身の気持ちが色々盛り上がるのを感じる。
が、アトラクションの佳境なのか、ゴンドラが動くタイミングもかなり際どく、そして、動きも大きなものとなっていく。
「危ない!」
セイリューは思わずゴンドラの背もたれを利用して飛び上がると、ラキアへ乗った。
狼男の牙が急所の頸を捉えないようにと首筋へぎゅっとしがみついてくる。
(セイリュー……)
自分を護ろうとするセイリューの温もりを感じ、ラキアは心が温かくなる。
同時に、凄く嬉しくて。
「ちっちゃくてもオレが護ってやるから!」
「うん、ありがと」
何があってもどんな状況でもセイリューは絶対に助けてくれる。
俺はそのことをひとつも疑っていない。
「あ、つい、感情移入しまくった……」
一途な気持ちが嬉しくて愛おしくて……ラキアはそう言って我に返るセイリューを己の頬へ引き寄せる。
「俺はそれが嬉しいよ、セイリュー」
「ラキア……」
頬ずりするラキアへセイリューが同じように身体を寄せた瞬間───
ぽんっ
そんな音と同時に、ラキアのバランスが崩れた。
「え、戻った……?」
バランスを崩した原因は、肩の上のセイリューが元に戻ったからだ。
「薬の効果が切れた、とかなのかな……」
「よく解んねーけど、ヤッター!!」
首を傾げるラキアの隣でセイリューがはしゃいでいる。
アトラクションも調査隊の逃亡という結末で終わり、無事に生還とゴンドラを降りた。
「やっぱ元の大きさがいいな。猫目線も悪くなかったし、クロウリーとトラヴァースと思いっきり遊べたけど!」
「俺もセイリューは元の大きさがいいな」
伸びをするセイリューの隣をラキアが歩く。
だって、俺は君の隣を歩きたいもの。
セイリューが元に戻ったので、アトラクションを散々楽しんだ後は夕食の時間だ。
当初の予定通り、海賊達の晩餐である。
「元の大きさじゃないと、思いっきり食べられないしな」
アトラクションの迫力半減よりもこちらの方が重要らしいセイリューは、目の前の料理を前にうんうん頷いた。
「盛りつけも2人前だけど、豪快だね」
勉強になる、と感心するラキアもセイリューと共にいただきます。
ワイルドな盛りつけだが、味つけは決して大雑把ではない。
貝とカニのマリネには野菜も忘れず入っており、けれど、ドレッシングが馴染みがない味。
ラキアが聞いてみると、木苺のフルーツビネガーを使用していると店員が教えてくれた。
「これは面白いかも」
「こっちもウマイ!」
セイリューが食べていたのは、別のマリネだ。
鯛にエビ、イカといった様々な魚介類のマリネを味見してみると、こちらは少量の唐辛子以外にも生姜やライムの風味が口に広がっていく。
パスタは貝類だけでなく、イカやエビ、タコと種類豊富にピリッとしたトマトソースで上手く纏められ、トビウオのココナッツフライは家でも再現出来そうだと思った。
馴染みがある刺身や豪快な海鮮焼きもあったけれど、普段馴染みがない料理が話題に上り易かった。
「食った食った!」
セイリューが満足げにお腹をさする頃には、かなりの皿がテーブルを出入りしていた。
「お疲れ様、セイリュー。クロウリーとトラヴァースがビックリするね」
昨日も小さくなったセイリューに驚いていた愛猫達は、元に戻って帰宅するセイリューをどう思うだろう。
ラキアがそう笑うと、セイリューはサムズアップした。
「あいつらなら分かってくれるって!」
「言うと思った」
ラキアがくすくす笑う。
そう言うセイリューだから、俺は好きだよ。
セイリューはこういう時ジャックオーランタンの特殊効果なんて使わないから、セイリューが何の力も借りず素直に言ってくれてると解る。
だから、俺もヴァンパイアの甘噛みは使わないんだけどね。
「ラキア、帰りにアイス買って帰ろうぜ」
「いいけど、何を買うの?」
店を出てそう言い出すセイリューへラキアは尋ねた。
「オレがかぼちゃでラキアが洋ナシ!」
「はいはい」
仲のいい2人は、アイスのワゴンへ歩いていく。
●そちら流に言えば
「つぶらサンだって好きでこんな大きさになってんじゃないんですゥー」
安宅 つぶらは、カラヴィンカ・シンに背負われながらひたすらそう言っている。
というのも───
「手荷物で運ぶにはやや重い、連れ歩くにはやや小さい! 中途半端に不便すぎて笑いが止まらんぞ」
カラヴィンカの大笑いが止まらないからだ。
昨夜からずっとこの調子で、つぶらは「いっそそのまま笑い死ぬかい?」と拳を固めてカラヴィンカを見たが、あっさり返された。
「踏み台使っても水場に届かない道化が、どのようにして茶を飲むのか教授願いたいものだ」
そう、この大きさでは一晩過ごすことも出来ない。
この為、カラヴィンカはつぶらを家に持ち帰った(連れ帰ったではない)のだ。
1人で暮らしているとは思えない大きな邸宅では、やっぱりカラヴィンカが踏み台使ってお茶を用意してくれたりしたが、普通のお風呂には厳しいのでお湯を張った洗面器を指し示された(しかも失笑しながら)し、寝床がないという理由で使っていない新品のスリッパに厚手のハンカチ(やっぱり失笑していた)という簡易ベッドを指し示された。
それだけなら、ちょっとどころではなく良くないが、それ以上に良くないことがあった。
「次にカーラん家に行くのは台本返す時だって決めてたのにさァ……」
背中でぶつぶつ言うつぶら、それが1番思う所があったらしい。
あの時も、終電を逃して「傑作」と大笑いされて自宅に泊まらせて貰った。
貸して貰った台本を読んで過ごし、次に行く時はこの台本が理解出来たと返す時と決めていたのに、2回目の訪問も大笑いと失笑と一緒だったという。
「道化の決意は知らんが……」
カラヴィンカは、自身が背負う鞄から顔を出すつぶらを見やる。
「道化を極めた阿呆を単独で一晩過ごせと言う程わしも理不尽ではなかっただろうが」
ジャックオーランタンの仮装をしたつぶらがぽかんとする。
「何、それ!? 何でそこでいきなりデレるの!?」
「デレておらんわ」
つぶらへ応じつつ、カラヴィンカは乗るべきアトラクションで足を止める。
(とは言え、お前がそう言うだろうことは計算しておったがな)
わしの真意は……そうだな、ゴーストにでも聞いておけ。
その言葉も言わず、喉だけ軽く鳴らす。
演出の受け取り方は、誰かに教えて貰うものではない。
己が心で感じるもの……作品を大切にする在り方である。
カラヴィンカに背負われ、つぶらはアトラクションを巡っていく。
途中、昼食や夕食で鞄の中から出ることもあったが、概ね鞄の中から顔を出す程度である。
その顔出しも最低限……鞄の中だけだと予測不可能で酔うこともあり、逆に不測の事態が発生し易いという理由があったからだ。
夕食を食べ終わったはいいが、つぶらを鞄の中で背負って長距離移動は、カラヴィンカは気分的にしたくなかったし、つぶらも胃の中がぐるぐるしそうとなり、大観覧車で落ち着く方向で話が纏まった。
「夜の大観覧車か……」
カラヴィンカが外の景色に目をやり、呟く。
全て透明のカボチャゴンドラからは、ライトアップされたジャック・オー・パークがよく見える。
夕方から夜の景色が見事という触れ込みをしているだけあって、見事な夜景……と普通は言うのだろうと思う。
「わしは眩し過ぎる舞台よりは、迷路の中の頼りないランタンの方が好みだが」
「アンタは相変わらずですか」
鞄の中から夜景を見ていたつぶらは、「折角夜景もこんなに綺麗だし」と言っていた言葉を素早く切り替える。
「わし個人の好みだ。皆が同じ嗜好である必要はあるまい」
カラヴィンカは、つぶらへ顔も向けずに応じた。
(とは言え、商業では『一般的』『大衆的』がいい)
そういう考えは、否定しない。
ただし、自分がそういう考えではなく、押しつけられたくもない話……否定しないと肯定するはイコールではなく、その考えの者とは共存出来ないと理解しているだけだ。
この夜景を見て美しいと思う大半が重要であり、そうではない少数の意見は重要でもない……故に───
「……そもそもが、舞台演劇に向いとらんかったのかもな」
誰に向けるまでもなく呟いた言葉。
理解されることなどありはしない夢物語を信じ続けるには、多くのことを見過ぎたかもしれない。
その思考を打ち破ったのは、『道化』と呼ぶ男の声だった。
「……あのさ、じーさん。話したくないなら無理に聞かないけどさ、つぶらサン、これだけは言っておこうと思うよ」
「何だ」
カラヴィンカは、ライトアップの余韻に照らされるつぶらへ視線をやった。
自分と同じ色の瞳を持つ、今はまだ取るに足らない道化は、今の自分の瞳の色をどのように捉えているかは知らないが、真っ向から見据えてくる。
「つぶらサンがアンタの演出嫌いじゃないって前に言ったよね?」
「ああ、言ったな」
お粗末なツンデレだった。
カラヴィンカはあの日を思い出し、つぶらの問いを認める。
「話も役者も含めて作品の世界、それを観客に伝えるなら、ホントに大事にしたいって思ってると思うし」
「口説き文句なら出直せと言ったがなぁ」
「茶化すな。つぶらサン、嫌いじゃないっていうのは本……ぉわっ!?」
最後まで言えなかったのは、自分の言葉を真に受けないカラヴィンカへより近づいて言おうとしたつぶら、乗り出した鞄からバランスを崩したのだ。
勿論、カラヴィンカのすぐ脇に置かれた鞄だ、カラヴィンカが落ちかけたつぶらを支え、また落ちたら面倒ということで安定した場所へ置いたが。
「……身体を張るのは道化の仕事だが、仕事の為の身体は丁寧に扱えよ」
盛大な溜め息と共に放たれた言葉からは、カラヴィンカの本心は見えない。
いや、見えてはいるが、まだ近づいていない。
ジャック・オー・パークのライトアップで地上への顔見せを遠慮した空の星のように。
「……逆の立場というのも新鮮なものだな」
ふと、カラヴィンカは、つぶらを見てそう呟く。
その新鮮さが喉に息を詰まらせたかもしれないが、カラヴィンカは多くを語らない。
語る程ではないと思っているのか、語っても理解されないと思っているのか、或いは、語るのではなく、己のみで辿り着いて来いと無言の提示をしているのか……それは、カラヴィンカ以外の者が説明出来ることではないだろう。
「見上げるばかりだったお前を見下ろすばかりか、ここまで世話をせねばならんとは」
「それは面倒かけてスミマセンネ」
つぶらがそう言うと、カラヴィンカはふっと息を吐いた。
溜め息と言うより、それは喉に詰まった息を単純に吐いた仕草に見える。
それだけなら他の者とさして変わらない対応だが、カラヴィンカは他の者とは違う対応をした。
そう、その対応の続きがあったのだ。
「ああ、全くもって面倒極まりないな!」
嬉しそうに笑うカラヴィンカの声は、その笑みの感情をよく反映していた。
「だから、どうしてそういう風に人の揚げ足取るの……あーもう!」
「何だ、気に召さんか」
カラヴィンカがわざとらしくそう言う。
ちょうど、ゴンドラは最高到達点に近い場所……透明なゴンドラの上に立つつぶらは見下ろさなければ、下の輝きは見ることは出来ず、今は頼りない明かりの中に立っている。
(まるで、今のお前そのもののようだな)
カラヴィンカは、「お前流に言うならば」と頭を掻き毟る予想通りの反応をするつぶらへこう言ってやった。
「『嫌いじゃない』とでもなるか?」
「え」
つぶらの時間が、停止した。
間抜けな顔だ、とカラヴィンカが思っていると───
ぽんっ
可愛い音と共につぶらが元の大きさに戻っていた。
「こいつは傑作だ」
カラヴィンカが元の大きさに戻ったつぶらを見て大笑いした。
「え、戻った……?」
「跳ねるな、道化」
つぶらが喜びを爆発させる前に機先を制したカラヴィンカは、彼の不満を綺麗に聞き流し、喉を鳴らした。
(教団員の薬とやらも、中々の演出だ、それに関しては褒めてやろう)
まさか、最高到達点で道化を元の大きさに戻すとは。
●嬉しいけれど、でも
ゴーストの仮装をしたフィン・ブラーシュは、ドラキュラの仮装をした蒼崎 海十の上着の胸ポケットに入っていた。
「フィン、揺れる?」
「大丈夫、海十。ありがと」
海十が顔を向けると、フィンはそう言って微笑む。
微笑むが、心の中は悲しみの嵐。
(全てを海十に頼らないと何も出来ないなんて……オニーサン的に不本意です)
どういう意味での不本意かは、海十がそうだったら喜んで世話をするという続きの言葉で察することが出来るような気がする。
(……いや、昨夜は俺、かなり構って貰えて、そこは嬉しかったり……)
お風呂も万が一が発生しないように一緒(と言っても、フィンは洗面器にお湯を張った仮風呂であったが)だったし、寝る時もも何かあっては困ると一緒に寝た。(当然何もなかったが)
けれど……海十に何も出来ない。色んな意味で。
(小さい身体は不便で困っちゃうな)
海十に気づかれないよう溜め息を吐くフィン。
さて、その海十はと言うと、フィンのその様を上から見ることが出来る訳で。
(……何考えているか、この角度だと判り易いな)
何か、ちょっと恥ずかしい気もする。
(でも、小さくなったフィン……可愛い)
本人には口が裂けても言えない感想は、心の中だけで。
フィン的には不本意かもしれないが、海十は結構嬉しかったりする。
こんな機会でもないと、フィンを見下ろす機会ってそんなにない。
椅子に座ってもらったり、立ち位置によっては出来るかもしれないけど、こんな角度で見下ろすことはない。
(落としたり、風に攫われたりしないよう注意しないと)
楽しまないと損だとは思うが、それはフィンの安全が絶対条件。
だから、ポケットに入って貰っているのだ。
(ポケットに入って、顔を出してる姿も可愛いよな)
くすり、と海十は笑う。
見上げるフィンは、(この笑みはいつもの位置で見たかった)としょんもりしていたので、実は結構温度差ある。
海十とフィンが最初に足を運んだのは、魔女達の饗宴と呼ばれるアトラクションだ。
激しく動くようなものはフィンが飛んでいく可能性があると考えたからだが、それに関しては恥ずかしいから言わず、「どう見応えあるか気になるからな」とだけフィンに言って、2人乗りのゴンドラへ乗り込む。
「世界の魔女達の集いを見て回る……それだけでも結構凄いな」
海十が、思わず呟く。
このアトラクションは、世界のどこかで魔女達が集い、己の力を見せ合っている饗宴の場に新米魔女が初めて赴くというシチュエーションだ。
世界各地の魔女の衣装も様々であるし、力を振るって見せている演出も魔女ごとに違う。
それが全て子供騙しではなく、また、単純にお金を掛けた機械で表現するというようなものではなく、人の感覚を計算した演出である為、本当にその場にいる気分になってくるのだ。
「確かにこれ、見応えあるね。ストーリーも荒唐無稽じゃない」
海十の胸ポケットにいるフィンは、世界中を旅したことがある。
だから、ここにいる魔女が創作ではなく、ちゃんと各地の逸話を考慮されているというのは、専門的に詳しくなくとも判った。
(海十……喜んでるでしょ)
フィンは、海十の顔を見上げて思う。
海十の体温も感じられる居心地のいいこの場所では、彼の鼓動も感じることが出来る。
少し弾んでいるから、君がこのアトラクションを楽しんでいると解るよ。
やがて、世界中の魔女達が再び自分の城へ戻っていき、新米魔女も修行に励むという設定でアトラクションは終わった。
「絶叫系やスピード系じゃなくとも期待出来そうだね」
「そうだな。アトラクション説明を見て、色々入っていこう」
フィンが見上げると、海十が微笑んだ。
昼食を途中で挟みつつ、激しく動くようなアトラクションを避けて、園内を巡っていく。
まだ解放されていないアトラクションもあるだろうが、それは今日ばかりは他のウィンクルムの活躍に期待しよう。
「夕食、いつにする? 少し遅かったから、帰る前でもいい気がするけど」
「なら、大観覧車にでも乗るか。夕方から夜の景色がいいらしい」
「今の時間帯だと夜景だね」
フィンがライトアップされた周囲に気づいて声を掛けると、海十が解放されている大観覧車を指し示す。
昼食が遅かったし、大観覧車に乗ってからでも十分だろう。
2人は、全て透明のカボチャゴンドラを見る。
「あ」
海十とフィンの声が揃う。
ちょうど、上昇するゴンドラの中にカラヴィンカがいたのだ。
ということは、つぶらもそこにいるのだろう。
「やっぱり、安全だからだろうね」
「ジェットコースターに乗って放り出されたら、捜せる自信ないからな。皆考えることは同じだな」
(その前に、彼の場合は身長制限が厳しそうな)
フィンが大観覧車を選ぶ理由を推測すると、海十が俺もそうだと頷く。
が、フィンは心の中で現実をツッコミした。
でも、世の中口にしない方がいい現実ってあるのだ。
透明のゴンドラが、夜空へゆっくり上昇していく。
まるで夜景の中を飛んでいるかのようで、2人は暫し黙って夜景を見つめた。
「フィンには、今どんな風に見えてる?」
綺麗だと零した海十にそう問われ、フィンは海十へ顔を向ける。
輝きに照らされる海十の夜空色の瞳は、外とは裏腹に静かだ。
「何もかも大きくて戸惑う?」
フィンは、その問いに答える前にポケットから出た。
何とか肩へ乗ると、こちらへ顔を向ける海十へ自分の青空の瞳がよく見えるように覗き込む。
「何もかも大きく見えるのは新鮮だけど、ちょっと心細いかな。この小さな世界には、海十がいない。俺の世界に海十がいないと、途方に暮れちゃうよ」
大きさが違う、それだけでこの場に一緒にいても世界が違う。
それが嫌だとフィンは笑う。
海十は、フィンが差し出す手に抗うこともなく、その頬にいつもよりもずっと小さく彼の温もりを感じる。
いつもよりも、ずっと小さく。
「……俺、少し嬉しかったんだ……」
ぽつりと漏らされた本心。
フィンが目を瞬かせる中、海十が呟く。
「俺はいつもフィンに色々して貰ってるから、新鮮で嬉しくて。それに、フィンを見下ろす機会なんかなくて。だから……嬉しいなって思ってた」
フィンはゴンドラが最高到達点に近い為、その夜景の輝きが自分の顔を十分に照らしていなくて良かったと思う。
(海十が、俺をこんなに好いてくれているなんて)
嬉しくて、照れる……きっと、顔は赤い。
だから、暗くて良かった。
そう思うフィンへ、海十が「でも」と言葉を続けた。
「今はフィンに戻って欲しいって思ってる。……小さいままじゃ、手も繋げない」
「うん、俺も海十の手をぎゅっと握りたいよ……」
フィンは、何とか届く距離にあった海十の頬へそっと唇を寄せた。
ぽんっ
「わー!?」
可愛い音共に2人は倒れ込んだ。
……2人は、倒れ込んだ?
ゴンドラの中で仲良く折り重なった2人は、フィンが元の大きさに戻ったことに気づいた。
元の大きさに戻ったから、今こうやって、ゴンドラの中で倒れ込んでいるのだろう。
すると、海十が「今日は特別だからな」とフィンの手を甘く噛んだ。
「そんな可愛いことしていいの?」
倒れ込んだまま、フィンが海十の背中へ腕を伸ばす。
小さかったら、出来なかったこと。
「特別だから、少しだけな」
赤面の海十は、フィンへ体重を預けた。
その後、夕食の為レストランへ。
お化けのおもてなしは、コミカルな肉料理……が、肉オンリーという訳でもない。
「ちゃんとお野菜も食べてね」
「フィン……俺の皿、野菜の方が多い……」
クラゲを使った野菜サラダを取り分けるフィンへ、海十ジト目。
「肉料理なんだから、このマンガ肉をもっと食べたい!」
「栄養バランス大事! オニーサンは好き嫌い許さないよ!」
いつもの調子で交わされる会話。
昼食の時とは違って、今は同じ世界。
それが、2人で生きるってこと。
後日、真相を聞いた2人の反応を見て、「どのような盛り上がりをしたのでしょうか」と女性職員からツッコミ受けることにはなるけど。
●おかえりなさい
イグニス=アルデバランの掌の上にいる初瀬=秀は、「楽しむ、楽しむなあ」と難しい顔で唸っている。
「今は楽しみましょう?」
小さくなった当初、「秀様、こんなに小さくなって可愛い!」と満面の笑みで言ってしまったイグニス、秀に怒られていたりする。
ついでに、着替えがないのは大変とA.R.O.A.本部から帰るまでに閉店間際の玩具屋に飛び込み、人形の洋服(ただし、女の子用のふりひら系)を購入しようとして、「商品を生み出すデザイナーが泣き崩れるだろうが」と説教もされていたりする。
「この姿でか?」
秀の声がどこか疲れているのは、仮装がウィッチだからだろう。
が、何かあった時空を飛べるからとイグニスより押し切られ、ウィッチ姿。
「んーアトラクション……」
動きが激しいものは秀が飛んでいってしまう。
ウィッチの特殊効果使用前提でアトラクションを考えない。
それは本当に有事の時、自分の手が及ばなくなった時に使って貰うもの……危険の可能性が少しでもある場所は回避したい。
「魔女達の饗宴とかどうです?」
イグニスが気づいたのは、世界の魔女達の集いを見て回るアトラクション。
意外に見応えがあるという話だし、激しい動きもなく、安心して楽しめるのではないか。
「まあいいけども」
イグニスから提案され、秀はそれに応じる。
絶叫系やスピード系、それから自分の大きさでは楽しめないようなアトラクションでなければ、こういう状態だし、応じるつもりではあったが。
魔女達の饗宴へ向かうと、ちょうど、フィンを胸ポケットに入れている海十が2人乗りのゴンドラへ乗っていくのが見えた。
「海十様もフィン様と逸れないようにしているのですね」
「言っておくが、俺はあれ無理だ」
見送るイグニスへ秀が思っていそうなことを言う。
残念そうなイグニスへ、秀が何故駄目なのか懇々と説いている間にゴンドラへ乗ることになった。
「秀様も集いに参加するから、NGということですね!」
「違う」
秀は違う方向性に向かったイグニスへ溜め息を零した。
魔女達の饗宴は、見応えのあるものだった。
揺れたり、激しく動くということもなく、一定のスピードでアトラクション内の世界を眺めていく形だったが、つまらないと感じさせない構成で、ゴンドラを降りる時には感想が出た程だ。
「あと、巡れるアトラクションは……」
イグニスが考えながら、歩いていく。
その間、秀はイグニスに抱えられるしかない。
(……)
何となく、視線をそこにやる秀。
心の内に生じた想いはあるが、口に出せない。
「秀様?」
「何でもねえよ。次はどこ行くんだ?」
イグニスから声を掛けられ、秀は次のアトラクションへとイグニスを促す。
ひとまず気づかない振りをして、イグニスは次のアトラクションへと歩いていく。
危険のないアトラクションを巡り歩き、いよいよ夕食の時間となった。
小さくなった秀の許容量的な問題もあり、早めに軽く昼食を取っていたが、夕食も小人達のご馳走と小皿料理多めの家庭料理を選択、レストランの隅に腰を落ち着ける。
「どれも美味しそうですね」
イグニスが声を弾ませる先には、多くの料理が並んでいる。
ニシンのフライは味がしっかりしていて、食べ易く、けれど、同じニシンを使用しているのにドライトマトとディルを挟み込んだポワレは添えられたハーブバターもあるだろうが、その印象を変えた。
ミートボールはブラウンソースだけでなく、コケモモのジャムも添えられていて、イグニスには新鮮で、アンチョビとジャガイモのグラタンは小皿なのが勿体無い位……そうして、イグニスからお裾分けを貰う秀はやはり卓越した料理の腕から作り方を何となく推察しているようだ。
その度に、一瞬表情が変化するのだが、秀は気づかれていることに気づいていない。
(……秀様)
イグニスは、心の中でその名を呼ぶ。
口にして言うことが出来ない、イグニスのたったひとりのお姫様。
「ふーご馳走様ですー」
食べ終わり、イグニスは秀と共にレストランを出る。
「すっかり暗くなりましたねえ」
「入った時はライトアップ前だったな」
秀がイグニスの言葉に応じるように周囲へ視線を巡らせる。
(小さいまま、夜が来た。今日も小さいまま……)
「そうだ! 大観覧車乗りましょう! 夜景綺麗だそうですよ!」
秀の思考を遮るようにイグニスが提案してくる。
「大観覧車? あれか」
イグニスが指し示した大観覧車は全て透明のゴンドラの為に360度景色を楽しめる空間という触れ込みで、過ぎ去った夕方、ライトアップされた夜などは絶景らしい。
時間的に最後のアトラクションになるだろうし、と秀が応じると、イグニスは秀を連れて大観覧車へ歩いていった。
カボチャの形をした全て透明のゴンドラが地上を離れ、上昇していく。
「綺麗な景色ですねー」
「あぁ、確かにいい景色……!?」
地上から十分に離れた頃、イグニスから振られた話に応じた秀はその返答の最中で言葉を失った。
不意打ちの甘噛みをされたからである。
「さて!」
「お、まえ……」
突然のことに反応出来ない秀を他所に、イグニスは秀へしっかりと向かい合った。
「ずっと考えごとしてたでしょう。隠してること、全部言ってください?」
「こ、これが目的……!?」
秀は、やっと気づかれていることに気づいた。
だから、不意打ちし易く、人の目がない大観覧車へ連れて来たのだろう。
イグニスの意図を理解した時には、ヴァンパイアの仮装の特殊効果が発揮されてしまっている。
心の内に留めたこと、普段なら言わないことも……形となってしまう。
「……大したことじゃねえよ。今日、楽しくはあった」
秀はアトラクションや先程お裾分けされた料理にも触れ、そう話す。
けれど、秀は心の内で引っ掛かっていることがあった。
「気を遣わせて、俺に合わせて無理してるんじゃないかと思って」
秀はイグニスの顔を見ていられないのか、視線を夜景に転じてぽつぽつと話す。
本当は、違うアトラクションへ行きたかったのではないか。俺なんかに合わせてしまって、イグニスが楽しんでいないのではないか。無理してないか、と。
その引っ掛かりを話したからか、秀は真っ先に感じた『それ』を口にした。
「それと……『隣』で歩けないのが、歯痒いだけだ」
イグニスは、それで合点がいった。
秀が度々視線をやっていた場所は、『自分が立っているであろう場所』だったのだ。
「大変で辛いのは秀様の方でしょう? 私は」
「ああ、くそ!」
大丈夫、と言い掛けたイグニスは、秀が乱暴に頭を掻き毟ったのを見て言うのを止めた。
何かが秀の中で消化不良を起こしていると気づいたからだ。
「大体いつも「大丈夫」って言うだろ、お前!」
今だって言おうとした。
秀の消化不良はそこにあるらしい。
「それも嫌だ、今はこんなでも年上なんだから頼れ!」
普段だったら口にしない言葉が、空間を満たしていく。
じっと見るイグニスへ、真っ向からの言葉が飛んできた。
「俺だってお前を護ってやりたいんだよ!」
イグニスは、自分が今笑っていると思った。
目の前のお姫様は、本当に……自分にとって最初で最後の運命の人だろう。
イグニスは座席に立つ秀をそっと掌に乗せた。
「……私のお姫様は。優しくて強い方ですね」
あなたのそういう所が大好きですよ。
イグニスは囁くように告げ、秀の額にキスを落とした。
「……そこでそれは反則だろ、馬鹿やろ、う?」
ぽんっ
上擦る声の途中、秀は可愛い音と共に元の大きさへ戻った。
「うわ!?」
「ちょ、ここでいきなり戻るのかって……イグニス!?」
秀は下敷きにしてしまったイグニスから慌てて退いた。
「大丈夫か!? 潰したよな俺!?」
けれど、イグニスはそのままの体勢で秀を思いっきり抱きしめた。
「おかえりなさい!」
戻った喜びを余すことなく出した笑顔と行動に秀は慌てたが、イグニスは暫く離してくれなかった。
さて、後日の真相を秀がどう感じたか。
それは、イグニスだけの秘密にしておいてあげよう。
トラブル、無事解決。
今日はゆっくりおやすみなさい。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 真名木風由 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 10月20日 |
出発日 | 10月26日 00:00 |
予定納品日 | 11月05日 |
参加者
- 初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
- 蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
- 新月・やよい(バルト)
- 安宅 つぶら(カラヴィンカ・シン)
会議室
-
2015/10/25-23:53
-
2015/10/25-00:27
イグニス:
イグニスです、秀様がお人形サイズになってしまいました!
そしてお洋服を買って来たら拒否されました!!
(リ○ちゃん人形的なサイズのドレスを握りしめ)
皆様も色々大変かと思いますが頑張りましょうね!
(身長云々の話を聞き)(掌の上の秀を見て)
可愛いですよ!(満面の笑み)
あっ痛い!噛まれた!! -
2015/10/24-01:10
-
2015/10/24-01:10
蒼崎海十です。
パートナーはフィン。
皆様、宜しくお願い致します!
フィンがこんな事になるなんて…
本当にいつも見上げてる人を見下ろすのって、新鮮です。
うん、楽しまないと損だよな(ぼそっと) -
2015/10/24-01:02
神月とバルトです。
よろしくお願いしますね。
いやはや、いつも見上げていた方が小さくなるとは驚きです。
(じーっと視線を感じる)
…うん、面白くなりそうですね。
互い楽しみましょうっ。 -
2015/10/23-06:26
-
2015/10/23-00:35
(相方の様子にひとしきり大笑いした)
いや失敬、カラヴィンカだ。相方の道化(つぶら)が突然…なぁ?
会う機会があるかはわからんが挨拶はしておくぞ。
笑い事ではないとわかってはいる…が…(失笑)
ああ、道化もここまで極まったか!笑いすぎて腹が痛い!