嘘つきピエロに愛を見せろ(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 桃色の桜に葉が混じる時期。日差しがあたたかな、ある午後のことである。
「ウィンクルム達がトランス状態になる方法って、頬にキスをするしかないんですよね?」
 A.R.O.A.の若手男性職員は唐突にそう切り出した。
「そうよ。今はそれしか方法が見つかっていないわ」
 年上の女性職員が答える。
「なにか問題でもあるの?」
「いや、問題っていうか……さっき来た新人ウィンクルムが言っていたんですよ。まだそんなに親しくないのに頬にキスなんて恥ずかしいって」
「でも、オーガと戦うためには必要なことよ」
「とは言っても……キス、ですよ?」
 上目づかいで見上げる瞳に、女性職員はひっそりとほほ笑む。
 ――あらまあ、若いこと。
 夫との結婚生活も早十年、そろそろ四十歳に手が届く彼女にとって、彼の反応は初々しく映る。それにしても、だ。
 確かにウィンクルムは彼以上に若い子らも多い。恥ずかしいと言われてしまえば「そうでしょうね」と返すしかない。羞恥を減らし、かつ愛を深める方法……。
 考え、はたと手を叩く。
「そうよ、今度ハト公園で大声コンテストがあるじゃない。あれに出てもらえばいいわ」
「なんですか、それは」
「ああ、あなたは去年の春はまだタブロスにはいなかったものね。大声コンテストは小さなイベントなんだけど、自分のパートナーに大きな声で、想いを伝えるってものなのよ。コンテストと名前はついているけれど、勝敗を競うものではないの。愛をアピールするものなのよ」
「愛、ですか」
「でも別に、愛してるなんて叫ばなくていいのよ。たしか去年の優勝者は、今日の夕食はロールキャベツにして! だったかしら?」
「なぜにロールキャベツなんですか?」
「なんでも、奥さんが旦那さんに初めて作ってくれた料理がロールキャベツだったんですって。それがすごく美味しくて……恥ずかしがり屋の彼にはそれが精一杯の言葉だったらしいわ。……どきどきしちゃう愛情も素敵だけれど、こういう日常のささやかなことから気持ちは触れあっていくのよ」
 女性職員はそう言って胸の前で両手を組んだ。思い返すのは若かりし頃、夫との日々だ。
「でも、コンテストだけじゃインパクト少なくないですか?」
「あとは、嘘つきピエロがいるの」
「嘘つきピエロ?」
「ええ、カップルに向かって、ひどいことを言うピエロよ。それは思ったのと間逆のことを言っているの。公園内を逃げるピエロを捕まえて、愛を見せつけて『お似合いだね』って言ってもらえたら、そのカップルは永遠に結ばれるらしいわ。ちなみに私はね」
「どうだったんですか?」
「旦那が足が遅くて、ピエロを捕まえられなかったのよ。だってね、ピエロは本当にすばしっこいのよ。木に登ったり、隠れたり、かと思えば私を抱き上げて逃げてしまったり。まあすぐにおろしてくれたんだけど、追いかける旦那はびっくりしたでしょうね。それに、罠までしかけてきたのよ。公園の奥に落とし穴が掘ってあったり、ハトの前で私たちのまわりにパンくずをまいたり。やることは子供のいたずらレベルではあるけどね。大声コンテストと嘘つきピエロとの追いかけっこ。たしか参加費はかからなかったし、ぜひウィンクルムのみんなにも参加してもらいましょう」

解説

まずは、大声コンテストです。ウィンクルムのどちらかに、何かを言わせてみてください。
大声コンテストの後、会場内に嘘つきピエロが現れます。彼はコンテストで言った言葉の感想を述べた後に、すごい速度で逃げて行きますので、みんなで協力して捕まえて、ウィンクルムの仲の良さを見せつけちゃってください。
なお、ピエロはいたずら好きです。木に登ったり隠れたり、神人のみを捕まえたりするほか、落とし穴に誘導したり(ひざ程度の深さで、落ちても怪我はしません)、ハトの前でパンくずをばらまいたりします(ハトが群がり、追いかける邪魔をします)

ちなみにコンテストは参加無料。協賛はジュース屋さんなので、宣伝を兼ねて参加賞がもらえます。
叫んだ喉を潤すフレッシュジュース ストロー二本つき。おすすめは「さっぱり酸味のグレープフルーツジュース」と「こってり甘いバナナジュース」です。その他ご希望があれば○○ジュースとご指定ください。

※神人も精霊も、お互い無理強いは禁物です。愛はだんだんと深めていくもの。あまり背伸びをせずに、自分達にふさわしい行動を考えてくださいね。
一足飛びに仲良くなろうとすると、失敗しちゃいますよ。
初々しい二人がどきどきするような内容をお待ちしています。


ゲームマスターより

要はおいかけっこです。
嘘つきピエロはすばしっこく逃げ回ります。木登りだってできちゃうかも。
攻撃したりしたらだめですよ。楽しく捕まえてくださいね。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

シャルティエ・ブランロゼ(ダリル・ヴァンクリーフ)

  嘘吐きピエロをフルボッコ…え、そういうイベントと違う?
それはがっか…いえ、素敵なイベントですね
笑いを堪えている相棒は明日の寝床は棺桶ですね?(にこー)

まぁ、たまには平和な時間も良いですね
それでは張り切ってディー、どうぞ!
僕はか弱い乙女なので…って叫ぶのそこ!

君が沢山食べるからです、豚も美味しいじゃないですか!

…ふふ、貧乏臭いですかピエロさん
相棒、絶対に撤回させますよ!

逃げ道を予想し、塞ぐように追い詰めます
勿論木の上も観察

木の上で身動きとり辛くなっていたら、相棒の背中を足場に跳躍し、追い詰めますよ!

終わったらグレープフルーツジュースで一息
は、ちょ、それ間接き…照れませんから!飲んでやりますもの!



リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  目的:銀雪と親しくなる
心情:運命共同体だし、仲良くしたいからな
手段:銀雪が叫んだら、嘘つきピエロが出てくるんだったな。一応、追いかけるか。スピード勝負だと私は不利なので、銀雪と連携して、待ち伏せして捕まえる作戦を取ろう。でも、読まれてそうだから、こちらもパンくずと少々の水を用意しよう。水をかけて、パンくずを撒く。あとは…分かるな? 自分が日ごろしていることをされるというのも嫌なものだろう?
ジュースはさっぱりした味のものが良いが、銀雪、お前の好きなものを選ぶといい。私がお前を知る良い機会だ。ストローは二つあるが、回し飲みかな? 流石2人同時に飲むのは飲みにくいから遠慮しておくが。



ロア・ディヒラー(クレドリック)
  【心情】
愛を叫ぶって恥ずかしすぎるにもほどがあるんだけど!クレドリックと私ってそんな関係じゃないし!でも…この大会を機に少しでも仲良くなれたらなとは思うよ。

【行動】
コンテストはクレドリックが参加するみたいだから任せて私は見守るつもりだけど何を言われるやら不安。ピエロに何か言われたら、珍しく意地でも捕まえたいって気持ちになるかも。クレドリックを馬鹿にされると何か腹立つ…
ポケットの中にコンテスト中に鳴らせって持たされたクラッカーがあるから、鳩を驚かせる事ぐらいはできるかな。他の人にも協力は惜しまないよ。
もし捕まえたら私は変な言葉でも言われて嬉しかったってピエロに一言言ってやるんだから。


●ハト公園にて
「嘘つきピエロをフルボッコ……え、そういうイベントとは違う? それはがっか……いえ、素敵なイベントですね」
 そう言って、シャルティエ・ブランロゼは柔和にほほ笑んだ。
「大声で想いを叫ぶか……ずいぶん変わった趣向の催しだな。意外と照れ屋な相棒らしくない選択と思いきや……そうか、間違っていたか」
 傍らで、ダリル・ヴァンクリーフがくつりと笑う。
「ディー、明日の寝床は棺桶ですね?」
 シャルティエの先ほど以上の笑みと、一瞬上がりかけた足が怖い。あのブーツには、隠れ武器が搭載されていることをダリルは知っている。
「いや待て、ちょっと笑ったくらいで冷たい土の中に送り込むな、馬鹿!」
 両手を胸の前まで上げ、ダリルは降参の姿勢をとった。そんな二人を、リーヴェ・アレクシアはまじまじと見つめた。
「ずいぶん親しげだな。このイベントは新人ウィンクルムの参加募集だと思っていたが……」
「募集要項にはそう書いてあったよ。まあウィンクルムそれぞれってことじゃない?」
 銀雪・レクアイアが、もう一組のウィンクルムを指さす。そこではロア・ディヒラーが、肩までの黒髪を揺らして叫んでいた。
「愛を叫ぶって恥ずかしすぎるにもほどがあるんだけど! クレドリックと私ってそんな関係じゃないし!」
 両の手をぎゅっと握りしめ、ぶんぶんと首を振る。しかしクレドリックは、彼女をかまう様子はない。
「ロアが私の所有する研究対象だということを知らしめる絶好の機会なのだから、ここは参加せねば」
 こちらも両手でこぶしを作ってはいるが、それはやる気の表れだろう。
「本当に、ウィンクルムそれぞれだな。私は全然恥ずかしくなんかないぞ」
 リーヴェのセリフに銀雪は苦笑した。それはそうだろう。自分たちの間にある感情は、ロアたちとは違う。恋愛ではなく信頼だ。それならどうして愛を叫ぶイベントに参加したのか。A.R.O.A.本部で知り合いに聞かれたとき。リーヴェは答えた。
「私と銀雪は運命共同体だし、仲良くしたいからな」
「でも、この大会を機に、クレドリックと少しでも仲良くなれたらなとは思うよ」
 先ほどの若くにぎやかなウィンクルム、ロアからは、リーヴェと同じようなセリフが聞こえる。
「まあ、たまには平和な時間も良いですね」
 こちらの話は聞こえていないだろう、今にもダリルを地に沈めそうだったシャルティエは、自身の相棒との痴話喧嘩を、そう締めくくったようだった。

●大声コンテスト
 コンテストは若いカップルが多く参加していた。ストレートに「好きだ」と叫ぶ男性もいれば、「結婚してください」と叫ぶプロポーズもあり、会場はそれなりに盛り上がっていた。

「いよいよ私たちの番ですね」
 シャルティエは重ねた両手で、胸の真ん中を抑えている。文字にするならば、どきどきして胸が張り裂けそう、と言ったところか。
 シャルは意外に純情だからな。
 ダリルは彼女の頭上でにやりと笑う。彼女がいったいどんな言葉を言うのか楽しみだ。
「さあ、次の参加者の方です。どうぞ!」
 司会進行の男性が手を上げて、ささやかな舞台の上にシャルティエたちを招く。二人してそこに上がり、口を開いたのはもちろんシャルティエだ。しかし、その言葉は。
「それでは張り切って、ディー、どうぞ!」
「……叫ぶのは俺なのか」
 ダリルはがくりとうなだれた。まさかこう来るとは。しかしそれならそれで、仕方がない。意趣返しだ。
 ダリルは大きく息を吸い込んだ。

 ※

「なんか、男が叫んでいるカップルが多いな」
 リーヴェはそう言って銀雪を見つめた。もとは自分が叫ぶつもりでいたし、みんなと同じでなければいけない理由はないが、なんとなくである。
「もしかして、俺が叫ぶの?」
 穏やかな眉を下げた銀雪は、緊張の面持ちだ。
「いや、気がのらないなら私がやる」
 銀雪は考える。リーヴェなら、どんなことを言ってくれるんだろう。でもきっと、どきどきとかしないで平然と言ってくれるんだろうな。それならいっそ、俺が伝えたほうがいいかな。
「どうする?」
 短く、リーヴェが聞く。順番は次だ。前のカップルのおかげで周囲に漂う和やかな空気が、銀雪の背中を押す。
「俺が言うよ」
「それでは次の方、どうぞ!」
 銀雪はこれから自分が上がることになる壇上に視線を向けた。おっとりとした笑顔を真顔に変え、唇をきゅっと引き結ぶ。



「もちろん、クレドリックが叫ぶんだよね」
「なんだ、お前もこの聴衆を前に、私に言いたいことがあるのかね?」
「ううん、ないよ! そんなの恥ずかしすぎるし!」
 顔の前で手をひらひらさせて拒否するロアに、クレドリックはにやりと片頬を上げた。
 だろうな、何度言っても私のことをクレちゃんとすら呼ばないロアが、こんなところで叫ぼうとするわけはない。研究対象の行動がこんなに簡単にわかるようになるとは、私もなかなかやるな。
 自画自賛。もしクレドリックの心が読めていたら、ロアはそう非難したことだろう。なんなの、人の気持ちまで研究しないで、と。
「それでは、次の方!」
 少しばかり汚れた白衣の裾を揺らして、クレドリックは一歩を踏み出した。



 言うならこれだろう。
 ダリルは大きく息を吸い込んだ。
 うまいものはうまい、それはそれで結構ではあるが。
「豚肉料理ばかり作るんじゃねえ、たまには牛肉食わせろ、牛肉!!」

 壇上に立った銀雪は、結んでいた唇を開いた。
 これが精いっぱいだ。男勝りな性格の、家事が得意で面倒見がいいリーヴェに向けた言葉。
 恥ずかしさに震えそうになる声を、無理やり腹の底から押し出す。
「今日の夕飯は、リーヴェの手料理がいい!」

 翻った白衣が、ぱさりとクレドリックの足を隠す。研究者の自分が叫ぶことと言えば、これしかあるまい。これは私のアイデンティティだ。私をささげるに等しい行為だ。
「ロアに私の白衣を着る権利を与えようではないか!」

 ※

 シャルティエのきれいな眉がきゅっと上がった。ダリルをじろとにらみつけ、
「君がたくさん食べるからです!豚も美味しいじゃないですか!」
「ああ? 人のこと言えるかお前。下手すると同じくらい食べてるじゃねえか!」

「ふむ、魚料理が好きだったな。それでいいか?」
 顔を真っ赤に染め、壇上から駆け降りた銀雪に、リーヴェはそう問いかける。

「とても光栄なことだとは思わないかね?」
 得意げに鼻を鳴らすクレドリックに、ロアは呆れた顔を見せた。

●嘘つきピエロ出現
「豚肉料理かあ……君たち、たいそうお金持ちなんだね。で、大きなお姉さんは何を作ってくれるの? きっとボクの口にさぞ合うものなんだろうね。そっちの彼、きれいな白衣だから、みんなの引っ張りだこになっちゃうんじゃない?」
 ピエロは突然現れた。真っ赤な丸い鼻をつけ、右目の周りに黄色の星印、紫色のとんがり帽子をかぶった、正真正銘のピエロだ。
「たしかこいつ、反対ことを言うんだったよな。ということは……言ってくれるな、道化師」
 ダリルが意外と小柄なピエロを見下ろせば、隣でシャルティエがにこりと笑い、
「……ふふ、私たちは貧乏くさいですかピエロさん、」
 だん、とブーツの踵を鳴らした。
「相棒、絶対に撤回させますよ!」
「当たり前だ、後れを取るなよ相棒!」
 力強くうなずき合うシャルティエとダリルを横目に、ロアは奥歯をかみしめた。
「たしかに白衣はいつも汚れてるけど、あんなピエロに馬鹿にされるとなんか腹立つ……。意地でも捕まえなくちゃ、気がおさまらないよ! ねえ、クレドリック?」
「あ、ああ……」
 呼ばれたクレドリックは、驚きのあまりつまった声を返す。まさかロアが自分のことでこんなに怒りをあらわにするとは。研究対象を理解してきたと思っていたが、まだまだだったか。しかし今後もさらなる研究が必要とわかれば、一層興味深くも感じるうえに、なぜか喜びすら感じる。
「行くよ、クレドリック! ピエロを捕まえる!」
「全力で捕獲しよう」
「じゃ、言いたいこと言ったしボクは逃げようかな。まったね~」
 白い手袋の手を大きく振って、ピエロは尖った靴で走り出す。軽いステップに見えるのに、速度はまるで風のようだ。
「待てっ!」
 ダリルの声をきっかけに、シャルティエ、ロア、クレドリックもまた走り出した。そんな中、一緒にスタートはしたものの、リーヴェは黙ったままだ。彼女に並び、銀雪が問いかける。
「……怒らないの?」
「なにが」
「ピエロに料理について言われたこと」
「別に……あいつは私の料理を食べるわけではないからな。あいつの口にあおうがあうまいが関係ない。だが」
 リーヴェの言葉は続く。
「捕まえるという目的があるのだから、逃げたら追わなくてはならない。どうする? スピード勝負だと私は不利だ」
「待ち伏せをしたらどうだろう。俺がピエロをリーヴェのところに追い立てるよ」
「ピエロに読まれないか? あいつは毎年この戦いをしているんだろう?」
「まあ逃げられる可能性はあるけれど……そうだ! すみません」
 銀雪はちょうど近くでハトにパンくずをあげている夫人に話しかけた。
「あら、今ピエロが逃げて行ったけど、あなた達コンテスト参加者なの?」
「はい! それで、ピエロを捕まえたいので、そのパンくずと水を譲っていただけませんか?」
「これでピエロが捕まるの?」
「かもしれません」
「うちの息子は去年、捕まえられなかったのよね。どうぞ、使ってちょうだい」
 夫人は快く、パンくずの入った袋とボトルに入った水を差し出してくれた。ありがとうございます、と二人して頭を下げて、にっこり笑顔の夫人に見送られて走り出す。
「ピエロがいつもしていることをしてやろうよ。これをかけて、ハトを呼びよせる」
「追いつくか?」
 夫人と会話をしていたこともあって、ピエロたちの姿はとうに見えなくなっている。しかし「大丈夫」と銀雪は胸をたたいた。
「木に登る、落とし穴を掘る。事前に聞いた話ではそんなことを言っていたでしょ? ってことは、木があるほうに行けばいいんだよ」
 ざっくりした計画だが、銀雪が言うと正しい気がする。
「わかった」
 リーヴェはうなずき、それからはただひたすらにピエロを探して走った。もうほかのウィンクルムが捕まえてしまったかもしれないと思った頃に、二人はまず、クレドリックを見つけた。
「は、は、早いな、あいつは」
 ぜえぜえと荒い息を繰り返しながら走るクレドリックの傍らには、困り切ったロアがいる。
「普段研究ばっかしてるから、運動苦手なんだよね」
「ピエロは?」
 銀雪が問う。ロアはすぐに「あっちです」と前方を指さした。
「シャルティエさんとダリルさんが追ってます。ほら、あそこに背中が見えるでしょう?」
 示された先には、確かに二人の姿が見える。そしてその前にいるピエロは……。
「完全に遊んでるね」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
 リーヴェの問いに、銀雪は指先でピエロを指さした。
「ピエロの行く先を見て。右、左、右……逃げるだけならまっすぐ突っ走ればいいのに、あのあたりだけを動いているんだ。きっとあのへんに罠があって、それにはめようとしてるんじゃないかな。あの二人が気づいているのかはわからないけれど……でも、これなら、大体の行動が読める」
 そこで銀雪はリーヴェに顔を向ける。
「リーヴェは木の陰に隠れるようにして、左側からピエロのほうに向かって。俺は反対側から行くよ。シャルティエさんたちと一緒に、挟み撃ちにしよう」
「クレドリック、私たちも行こう。落とし穴にはまらないように、気を付けないとね」
 ロアの言葉に、クレドリックは小さくうなずいた。

「ほーらほら、早く捕まえてごらんよ。ボクは逃げはするけど隠れはしないんだからさっ」
 紫の服は、木々の間を行き来する。たしかに隠れることはない、ないが。
「早すぎるでしょ」
「ったく、ちょろちょろちょろちょろと!」
 シャルティエとダリルはともに文句を言い、ピエロをにらみつけた。見逃すことなく追っては来たが、一向に捕まえられない。手を伸ばせばひらりとかわされ、足を出せば飛び越えられる。ダリルがどうしたものかと考え始めたときに、目の前遠くに知った女性の姿を見た。あれはリーヴェだ。でも隣に相棒はない。ということは。ちらりと後ろを振り返れば、そこに見えるのは銀の髪。銀雪だ。さらに後ろに、ロアとクレドリックもいる。
 銀雪は右手を上げて、まず自分を指さし、それから右方向を指した。次にダリルを指して、今度は左方向を。
「なるほど」
 ダリルは合点し「相棒!」とシャルティエに呼び掛ける。
「お前はこのまま追え。俺は左手に回る」
 シャルティエは振り返ることはしなかったが、前方奥に見え隠れする金髪には気づいているのだろう。了解です、と力強く声が返る。

 右方向からは銀雪、左からはダリルで、背後からはシャルティエ。そして前方にリーヴェと来ては、さすがのピエロもたまらない。
「ふうん、なかなかやるね」
 ピエロはぴゅうと口笛を鳴らした。
「でも」
 言いながら、膝をぐんと深く曲げる。
「ボクは木の上だって行けるんだよっ」
 上がる、上がる――人の背よりも高い、木の枝にジャンプだ。
「シャル!」
「はいっ!」
 ダリルはピエロが飛び上がった木の下で、迷わず腰を曲げた。トトン! その背中の上に、ためらいなく足をかけたのはシャルティエだ。なんと、彼女はダリルの背を踏み台に高く跳躍し、ピエロのいる枝の上へ向かったのだ。ふわりとスカートが風に舞う。
「男ども見るな!」
 ダリルはとっさに叫び、呼ばれた『男ども』もまたとっさに目をつぶる。
「うわっ」
 直後聞こえた叫び声はクレドリックだ。そのあと続くはロアの声。
「……落とし穴があるから気を付けてって言われたのに……」
「はははは!」
 ピエロは笑い、シャルティエが枝に届くのを待たずに地面に飛び降りる。
「ちょ、待ちなさいよ」
「待つわけないでしょっ。君たちなんかに捕まんないし」
 大胆にもクレドリックがはまっている落とし穴の横をすり抜けようとしたピエロだったが――。
「うわっ! ちょっと!」
 伸ばされた手に足をつかまれ、つんのめる。
「私たちをばかにすぎてはいないかね」
 泥のついた腕の力は存外強く、ピエロは逃げることができない。
 その頭上、降りかかるのはリーヴェの持つ水とパンくずだ。さすがハト公園、すぐにハトが飛んでくる。
 ハトはピエロの頭にとまり肩にとまりして、ピエロの体にくっついたパンくずをついばんだ。
「ちょ、ちょ、待って!」
「これは普段からやっていることなのだろう?」
 リーヴェの言葉に、そうだけど! とピエロが声を上げる。
「つつかれるの、結構痛いよ! 降参、降参するからっ! お願いだよ、なんとかしてよっ」
 ぱーん、と高い音が鳴ったのはそのときだ。
「ひっ!」
 ばさささっ! 突然、一斉に翼を広げたハトに、ピエロがひきつった声を上げる。視線の先には、クラッカーを持ってほほ笑むロアの姿があった。
「コンテストで鳴らす予定だったクラッカー、役に立ったね」

●その後
 地面の上に座り込み、ピエロがうなだれている。その前に立つのは、ロアだ。
「だいたいね、反対のことを言うっていうのがまぎわしいし、人を非難するなんてよくないことでしょう?」
「……うん。でも君の相方の言葉を借りるなら、それがボクのアイデンティティってやつで……」
「アイデンティティ? そういうのは人に迷惑をかけない範囲で主張しなさい! ……私は、クレドリックに言われた言葉……変だったかもしれないけど、嬉しかったんだから」
 恥ずかしかったのか、語尾は小さくなっている。それでも常に研究対象としてロアを注意深く観察しているクレドリックは、その言葉を聞きのがすことはなかった。
「ロア……」
 ささやくように名を呼んで、白衣から自身の腕を抜く。
「そんなにこの白衣を着たいと思っていたのか? よろしい。私手ずから羽織らせてやろう」
 しかしロアはぶんぶんと強く首を振った。
「いい、そんな、恥ずかしいし!」
「なにも照れることはない。自らのアイデンティティを他人に預ける。ロアが得るのは最高の栄誉だ」
「……ずいぶんと情熱的だな。あっちは」
 リーヴェは静かに言いながら、ジュースに看板を見入っていた。
「何の味にするか決まった?」
 銀雪が尋ねるが、返るのはうーん、とあいまいな答えだ。
「お前はどっちがいいんだ?」
「え?」
「私はさっぱりしたものがいいが、銀雪、お前の好きなものを選ぶといい。私がお前を知るいい機会だ。ストローは二つあるが、回し飲みかな? さすがに二人同時に飲むのは、飲みにくいから遠慮しておくが」
「あっちは純粋だな」
 ダリルのつぶやきは、シャルティエには聞こえなかったようだ。なに? と返され、ダリルはわざと大きめの声を出した。
「やれやれ、闘い終わってなんとやらだ」
 グレープフルーツジュースのグラスに入った、二本のストロー。うちの一本をくわえて先をかじる。吸い口をつぶし、もう一本でジュースを飲んだ。
 ――たまには役得もないとな。
「ほら、お前の分残しといた。吸いな」
 そう言って、ダリルはシャルティエにグラスを渡す。
「ありがとう」
 ダリルの悪戯に気づかぬまま、シャルティエはグラスを受け取った。しかしすぐさま、不満の声が上がる。
「どうして、ストロー一本ダメになってるんですか!」
「もう一本あるんだから、それで飲めばいいだろう?」
 平然とダリルは答えた。とたん、シャルティエの頬がぱっと染まる。
「ちょ、それ間接き……照れませんから! 飲んでやりますもの!」
 真っ赤になった顔でためらいながらストローに唇を近づけるシャルティエに、ダリルは思い切り笑い声をあげた。
 三組のウィンクルム。一部始終を見ていたピエロが言うことには。

「三者三様、ウィンクルムそれぞれ。だけどキミたちみんな、ほんとにお似合いだよっ」



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月10日
出発日 04月17日 00:00
予定納品日 04月27日

参加者

会議室

  • [3]ロア・ディヒラー

    2014/04/15-01:42 

    えと、私ロア・ディヒラーとその精霊のマッドサイエン…じゃなかったエンドウィザードのクレドリックの二人組みです。私たちも初めてで緊張してますがよろしくお願いしますね。 

  • リーヴェ・アレクシアと銀雪・レクアイアの2人組だ。
    実は初依頼なので、緊張しているが、よろしく頼むよ。

  • はい、飛び込み参加のシャルティエと相棒のシンクロサモナー・ダリルのコンビです。
    宜しくお願いします…まぁまだ僕達しかいないんですけれども。

    のんびり待ちましょうか。


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