プロローグ
●夢を渡る
ここはどこ?
わたしは部屋で寝ていたのに布団は見当たらず、そもそもここはどこなのか。
ギョッとして自身を見下ろすとちゃんと服は着ているようで、一安心だ。
そういえば隣にはパートナーの精霊がいて、はて、夢にしてはリアルなような。
彼も解せない顔をして、わたしに気づくと少し安心したように微笑んだ。
周りが明るくなり、自分のいる空間が顕になってくる。
ほんの少し色褪せた白亜の床。微細な花の彩色が一定間隔で入っている。
すっとした角柱と窓枠の曲線。家ではない、きらびやかさが滲み出ている。
どこまでも続く豪奢な廊下を、精霊と2人で進む。
するとぽかり、と前方に扉が『出来た』。
なるほど、これは『夢』らしい。
結論付けた上で、見るからに入れと言っている扉をゆっくりと押し開けた。
●ようこそ、美術館へ
あらまあ、いらっしゃいまし。
わたくしはこの美術品どもの案内人でございます。以後、お見知りおきを。
いいえ、わたくしはただの案内人。名など不要でございましょ。
皆さま、良き刻(とき)においでになりました。ここは幽幻の間、古き絵姿をとくとご覧なさいませ。
掛け軸という、東洋の古き絵画の一種にございますれば。
おや、手招きが見えると? ……うっふっふ、そちら様は『呼ばれている』のですねえ。
三味を抱えた骨と皮ばかりの老女、足元は薄れ手前には水面が描かれた『盲(めしい)た女の幽霊』。
長い髪に白装束、足はなく、こちらを見据える女の額には怒りの為か皺が寄る『幽霊の図』。
夕顔の咲く中、ぼんやりと美しい横顔を晒す人ならざる女『夕顔の絵巻』。
滝壺の向こう、生きた赤子を救い上げ鬼の形相でこちらを見据える亡霊『怪談滝図』。
はっとするような美しさながら足の透けた女が、己の髪を一房噛み締め見返る『萩の焔』。
いずれも亡き者を描いた姿、『霊』というものを描いておりますゆえ、何が起こるやもしれませぬ。
そちら様に言いたいことがある、というのも無きにしもあらず。
ですが、美術品としての価値は一級品。どうぞ心ゆくまでご覧くださいませ。
此処は特別な場所でございますれば、そちら様の心のままに移り変わるでしょう。
解説
皆様の心の影響を受ける5つの掛け軸(絵画)。それらの飾られた部屋で、精霊と一緒に過ごします。
さて、何が起きるのか?
1)会議室で代表者がサイコロを振り、リザルトが以下のどちらとなるか決定します。
出た目が1・3・5…参加者は個別に絵画を鑑賞する(他の参加者の影響を受けず、自分たちだけで完結するリザルト)
出た目が2・4・6…参加者は全員一緒に絵画を鑑賞する(他の参加者の存在と影響を受けるリザルト)
2)絵画の部屋で『起きそうなこと』をプランに書いて下さい。
これは夢ですので、絵画を始めプロローグに描かれたものに関わるならほぼ何でもアリです。
ただし「全員で一緒に絵画を観る」場合、他の参加者もあなたの書いた「起きそうなこと」を体験するでしょう。
例1:絵の林檎が美味しそうだ。と思ってたらごろごろ落ちてきた!
例2:絵から落ちてきた王冠を被ったら、パートナーの性格が豹変した。
例3:絵から天使が出てきたけど、喋ってる言葉が解らない……orz
3)なぜか観覧費300Jrを請求されます。
夢とはいえ、どこかから展示品を借り受けてるんですかね…(・ω・`)
4)観た夢は、皆様とパートナーの精霊で「同じような夢を見たな」という感覚となります(話題の共有は可能)
プロローグ内の素材を元に、ポップもクールもラブもホラーも、夢であるがゆえに思い描くままです。
どうぞお楽しみください。
※今回のテーマは和製ホラー寄りですので、プランがそちらに向いているとGMがとても喜びます。
※ただし、GMが「グロい」「エグい」と感じて描写に戸惑うものは削られる可能性がございます。
ゲームマスターより
キユキと申します。
初めましての方もお久しぶりの方も、エピソードをご覧いただきありがとうございました!
以前の「GOTHIC〜」と同シリーズ、今回は秋の夜長に幽霊話を。ケント伯爵コレクションのような美術館……中でも日本的な空間に迷い込んだ皆様は、どんなことを思い、他の絵画にどのような影響を及ぼすのでしょうか?
もちろん、ここにギャグをツッコむことも吝かではございません(`・ω・´)キリッ
リザルトノベル
◆アクション・プラン
篠宮潤(ヒュリアス)
「半々…かな。会いたい気持ちが見せる、幻な気もするし…」 「でも、必死に伝えたいことあった、ら、絵や物に宿ることはあるかな、って」 そういうのに気付けたらいいな 夕顔の絵巻 女性の横顔に親友の顔重ね一瞬寂しげ 夕顔にわさっと囲まれ花弁が語りかけるよう動くの見れば 何か聞こえるかな…と耳寄らせ ●他の絵:興味深げに観る。しかし具現化した瞬間ビクゥッ ※特に老女や鬼の形相のには ※夕顔のは花の幽霊に思えて怖く無かった 「そ、その…恐怖は、別問題、で」もご 「う…っ」 グウの音出ず ぷるぷると幽霊見つめるの頑張る ●夢後 「ヒューリだって…もっと色んな思いも感情も、出る、よ!」 僕が出してみせるからっ 大それたこと口走り直後あわわ |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
【絵画】 『怪談滝図』 【怪奇現象】 この絵画を見た女性は理由のない深い後悔の念に襲われる 声をかけられただけで正気を取り戻すが、周囲のガラス面や床にはびっしりと赤ん坊のサイズと思われる子供の手垢が残されている。 【幽霊や怪奇現象へのリアクション】 お化け?そんなのオーガに比べたら全然怖くないですね …この鳥肌は、気味が悪いとかじゃなくて、ただ寒いなって思っただけです! 【絵画への反応】 …よくわからないですけど、なんだか凄い罪悪感を感じてしまいました。責められているような…そんな感覚です。 別に怖がってないですけど? でもなんだかディエゴさんの様子が変です… しっかりしてください! …からかったんですね?もう! |
日向 悠夜(降矢 弓弦)
★全員で一緒に鑑賞 …どれも、何処か魅力的だね ◆ 先ずは軽く全ての絵を見るよ 怪談滝図にはどっきりしちゃった… ホラーには耐性あるけれど…少し怖いね 一周ぐるりと見た後 『盲た女の幽霊の絵』の前で足を止めるよ 絵の正面に立って鑑賞していると…老女が静かに三味を弾き始めた…! 三味の音色に聴き入っていると…瞼が段々と重くなってきて… …瞳を閉じたまま、何かに惹かれる様に…足を一歩前に出すよ 一歩、二歩…三歩目を踏み出そうとした時に急に後ろへ抱き寄せられて、思わず驚き目を開くよ 瞬間、老女が恨めしそうに私を『見て』いた様な気がしたけれど…瞬きをすると、元通りの絵で… 漠然とした恐怖を覚えて弓弦さんの腕にぎゅっと捕まるよ… |
桜倉 歌菜(月成 羽純)
可能なら羽純くんの手を握らせて貰う(怖がり 『萩の焔』 絵の女性と目が合うと、肩をトントン叩かれ 振り返ると、周囲を青白い焔に囲まれ 焔は熱いようで冷たく、触れるととても切ない感情に襲われ…涙が溢れ 前を向くと、元に戻れた 肩に長い女性のものと思われる髪が一本あり、ぞわり 『夕顔の絵巻』 怖いよりも何故?が強く 何を伝えたいの?花弁に触れてみる 『盲(めしい)た女の幽霊』 三味の音色に聞き惚れ どんな想いが込められてるんだろ 引き寄せられる 『怪談滝図』 私だけ生き残ってしまった事への後悔が込み上げ あの時、一人で逃げる事を拒んでいたら…違う結果になったのかな? …駄目だよ 生かして貰った命、大切に誇れるようにって決めたじゃない |
●開
リィーン、と。
どこか揺らめいているように思う暗闇に、鈴虫の声か鈴の音か、澄みつつもどこか物哀しい音が響いている。
足元に水もないのに光る波紋が奥から広がり、ボッ、と灯火が1つ。
浮いた灯火の隣で、和装を纏う妙齢の女がすぅと頭を下げた。
「よういらっしゃいました。幽幻の間は只今盛りにございますれば、ごゆるりとご覧なさいませ」
ボッ、ボッ、ボッ
次々に灯火が間を開けて円形に灯り、明るくなったそこに5つの掛け軸が浮かび上がった。
『盲(めしい)た女の幽霊』
『幽霊の図』
『夕顔の絵巻』
『怪談滝図』
『萩の焔』
「どうぞ『引かれ』ませぬよう、お気をつけ下さいまし」
うっふっふ、と上品に笑い、女の姿は闇に溶けた。
取り残されたのは、4人の神人と4人の精霊。
あまり明るくはない、漆喰で設えられた部屋だった。
5つの掛け軸は、そのどれもが薄ぼんやりと光っているように思える。それはこの夢という空間のせいだろうか。
「……どれも、何処か魅力的だね」
掛け軸を遠目に眺めて、『日向 悠夜』がほぅと呟く。彼女の隣で、『降矢 弓弦』は密やかに眉を寄せた。
(霊、か……。どうも、厄介な場所だね)
あまり良い予感はしない。けれど悠夜の興味が向いてしまっている以上、鑑賞する他なさそうだ。2人はそれぞれをよく見ようと掛け軸へ歩み寄る。
「ウルは、幽霊を信じるクチかね?」
『ヒュリアス』に問われ、『篠宮潤』は少し考える。
「半々……かな。会いたい気持ちが見せる、幻な気もするし……」
でも、と続けた。
「必死に伝えたいことがあった、ら、絵や物に宿ることはあるかな、って」
そういうのに気づけたらいいな、と明確な意見を述べた彼女に、ヒュリアスはなるほどと感心する。
何となく肌寒さを感じながら、『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』は掛け軸を眺めた。
(元いた職業柄、そういった出来事も多くは無いが体験したことはある……)
もっとも、彼は心から信じるつもりも、強く言葉にして『居る』とも言わない。『居ない』とも言わないが。
「お化け? そんなの、オーガに比べたら全然怖くないですね」
『ハロルド』の言は一理ある。しかしそう言った彼女が僅かに身を震わせたように見えて、ディエゴは声を掛けた。
「ハル、怖いのか?」
彼女はムッと唇を尖らせて返す。
「……この鳥肌は気味が悪いとかじゃなくて、ただ寒いなって思っただけです!」
言い合う2人を、『幽霊の図』の白い女が見つめている。
『月成 羽純』は微動だにしない『桜倉 歌菜』の手を取った。
(歌菜は怖がりだから、手を握っててやろう)
出来るなら手を握らせてもらおうと思っていた歌菜は、渡りに船とばかりにその手を握り返す。怖がりなのは自分でも分かっていた。
繋がれた手に、羽純は胸の内でホッと安堵の息を吐く。
(……俺も、その温もりがあれば安心できる)
ーーベン、ベベンッ
三味の音が響く。
●静
すべての掛け軸をひと通り見た悠夜は、『盲た女の幽霊』の前で足を止めた。
三味線の音が聴こえる。
ーーベベンッ
「ヒッ?!」
潤が飛び跳ねる勢いで肩を揺らし、三味線の音! と口走った。
(先程幽霊についてしっかり述べていたのは、何だったのかね……)
ヒュリアスは三味の音源を辿りながら、溜め息に近いものを吐く。
「ウルの好む考古と何が違うのかね」
未知の物であり謎を含むという点では同じではないか、とヒュリアスは首を傾げた。絵の盲た老女から目を逸らしつつ、潤は口籠る。
「そ、その……恐怖は、別問題、で」
「直接害するものでなし。その反応は、何かを訴えようとする幽霊とやらに失礼にならんのかね?」
ヒュリアスは容赦してくれなかった。先ほど潤が自ら語ったこともあり、彼女はぐうの音も出ない。
「うぅ……」
潤は震えつつも、幽霊の絵から目を逸らさないよう頑張ることにした。
ーーベベ……ンッ
惹かれる、音だ。歌菜の足が1歩、そちらへ踏み出される。
(この音、どんな想いが込められているんだろ……)
水の向こうで三味を引く、白い女。羽純もまたそちらへじっと視線が向いていた。
(惹き込まれそうな、音だ)
思ってからハッとする。
掛け軸が照らされる前、妙齢の女性がそのようなことを言ってはいなかったか。
「だめだ、歌菜」
羽純は繋いでいた手を引き、後ろから歌菜の身体を抱き込んだ。
(行かせない)
ーーベン、ベンッ
骨と皮ばかりの老女が、掛け軸の中で三味を弾いている。三味の音は美しく、真綿で包むように掛け軸を観る悠夜を取り囲んだ。
(あ、れ……?)
段々と、瞼が重くなってくる。眠くはないのに、目が閉じてしまう。
(行かないと)
音の方へ。
ふらり、と悠夜の足が前に出る。
老女の三味に聴き入りかけていた弓弦は視界に違和感を覚え、視線を少し下げてみる。ぴちょん、という三味線以外の音色が聴こえた。
「!」
掛け軸に描かれた水面から、ぽたぽたと水が溢れてきている。
「これは……?!」
驚くと同時に冷静さが弓弦に戻る。気づけば隣に立っていたはずの悠夜がいない。
1歩、2歩と、まるで惹き寄せられるように掛け軸へ近づく悠夜の足が、掛け軸から徐々に広がる水溜りへと下ろされる。
「悠夜さん!」
咄嗟に手を伸ばし、弓弦は彼女を力の限り抱き寄せた。
「えっ?」
突然に後ろへ抱き寄せられて、悠夜は目を見開く。その視線の先で、掛け軸の老女と目が合った。
「……っ」
恨めしそうな目線が悠夜を射た。ような気がした。
ぞわり、と得体のしれぬ恐怖を覚え、悠夜は自身の身体に回された弓弦の腕にギュッと掴まる。身体が冷えるような恐怖が身を縛る。
弓弦は怯えた様子で震える彼女を、安心させるようにさらに強く抱き締めた。
(ただの絵、なのに)
悠夜がもう一度掛け軸を見ると、そこには三味を引く老婆の絵が在るのみ。気のせい、だろうか。
(……すまないね、絵画に潜む幽霊さんたち)
ぐるりと周りの掛け軸を見遣った弓弦は、心の内で強く告げる。
(そんな恨めしそうな顔をされても、そちらに彼女は渡せないんだ)
すべての掛け軸から、恨めしげな視線が注がれているような気さえした。
ふわり、微かに花の香りがそよぐ。
白の夕顔が画面いっぱいに咲き誇る掛け軸、『夕顔の絵巻』。美しい女が横顔を晒し、夕顔の中静かに佇んでいる。
潤がその掛け軸の前で立ち止まったので、他の幽霊を不思議そうに観察していたヒュリアスもまた足を止めた。
(綺麗な絵、だけど)
潤にはどこか淋しい、そんな絵に思えた。
夕顔の花が音もなく開き、閉じる。まるで意思を持っているかのように、一定ではない感覚で開いては閉じ、その度に微かな音と香りを周囲へ散らす。
(語りかける……みたい、な)
ふっと。夕顔の女性の横顔が、潤にはかつて亡くした親友に見えた。翳の差した彼女の表情に、ヒュリアスも掛け軸を見上げる。
(……そうか)
潤の表情は淋しい、というものか。そう気づいた。
(何か、聞こえるか、な……)
咲いては閉じる夕顔の言葉を聞こうと、潤は掛け軸へそっと耳を寄せた。花の幽霊のように思えて、この掛け軸は怖くない。
潤とヒュリアスの邪魔をせぬよう、歌菜と羽純も夕顔の掛け軸へ近づく。羽純は絵の女性も然ることながら、開いては閉じる夕顔に凄絶な美しさを感じていた。
「何か、伝えたいの?」
小さく囁いた歌菜は絵の花弁に触れる。それに誘われるように、羽純の指先も花弁に触れた。
夕顔も女も、何も語らない。
フッ
風が吹く。窓も何もない部屋であるというのに。
「えっ?」
何人かの驚く声がする。
顔を上げると、正面に在ったのは灯りに照らされた『萩の焔』。その美しい女が歌菜を見据え、周囲に巡らせていたはずの彼女の視線が縫い止められた。
「ヒッ?!」
驚いた歌菜が繋いでいた手を強く握ると、反対側の肩をとんとんと誰かに叩かれる。
そちらには誰もいないはず……?
振り返れば、ぶわりと幾つもの蒼白い焔が歌菜を囲った。目の前で揺らめく優美な焔に、思わず手が伸びる。
「歌菜、不用意に触るな」
羽純の警告も1歩遅く、歌菜の指先が青白い焔に触れた。
途端、彼女の胸に溢れたのは『哀』。切ない想いがどっと胸の内に溢れ洪水となり、その欠片が涙としてひと筋、零れ落ちた。歌菜の感情の波は羽純にも伝搬し、傷んだ胸に思わず彼は繋いでいない方の手で自身の胸を抑えた。
「……歌菜」
切ない、苦しい、哀しい。溢れた涙は彼女の感情の一部。羽純はそっと彼女の涙を指で拭う。
「羽純、くん」
彼を映した瞳が再び『萩の焔』を見返すと、歌菜の心から嘘のように悲哀の感情が消え去った。何が起きたのか分からず、困惑するしかない。
「大丈夫か……?」
問うてくる羽純に、頷きをひとつ。そのとき何かが首に擦れ、歌菜は肩の辺りを指先で探る。
指先に引っ掛ったのは、一筋の長く黒い髪の毛。歌菜のものでは、ない。
「……っ」
声にならない悲鳴が、彼女の口から漏れた。
●動
飾られた5つの掛け軸の中、もっとも鬼気迫る霊が描かれている『怪談滝図』。滝壺の向こうから、生きた赤子を救い上げ鬼の形相でこちらを見据える亡霊。
その前にやって来たハロルドは足が竦み、動けなくなった。
(な、なに……?)
強く胸を衝くのは、深い後悔。理由もないのに、『謝らなければ』『あのときああしていれば』という思いばかりが沸き上がる。
(どうして)
掛け軸を見て硬直してしまったのはハロルドだけではなく。
悠夜と歌菜もまた、離れた位置で足を竦ませていた。
「……さん、悠夜さん」
「っ!」
結弦の声で悠夜は我に返る。一瞬前、この胸を支配した感情は何だった?
(怒り、悲しみ……ううん、後悔……?)
「悠夜さん、大丈夫かい?」
こちらを覗き込んでくる弓弦に、彼女は何とか肯定を返した。
「大丈夫。どっきりしちゃった……」
ホラーには耐性あるけれど、と苦く笑って。
「この絵は少し、怖いね」
後悔は足を縫い付け、感情をごちゃ混ぜにする。
(あのとき、1人で逃げることを拒んでいたら……違う結果になったのかな?)
歌菜の胸に去来するのは、オーガに故郷を滅ぼされたときのこと。
自分だけが生き残ってしまった後悔が込み上げ、涙までもが込み上げてこようとする。
「歌菜」
そっと背を撫でる暖かな手と呼ぶ声に、歌菜はハッと顔を上げた。
「羽純くん……」
彼は歌菜の心の内を読んだかのように、告げた。
「俺がいる。俺はお前に、ここにいてほしい」
「!」
歌菜は思い出す。強く生きたいと願ったことを。
(……駄目だよ。生かして貰った命、大切に誇れるようにって決めたじゃない)
大丈夫だ。彼がいてくれるなら。
そっと抱き締めてくれる腕を、抱き返した。
「ハル、どうした?」
ディエゴの声で、ハロルドは意識が唐突に自身へ戻った感覚を覚えた。動悸が酷い。
(今の、は……)
深い深い、海のような後悔の渦に呑み込まれていた。
「……よく分からないですけど、なんだか凄い罪悪感を感じてしまいました。責められているような……そんな感覚です」
ディエゴには、まったくそんなことはない。
「責められているような、か」
『怪談滝図』は、滝に棲まう『何か』が子を捨てる薄情な人間を睨みつけている、と解釈出来る。鬼の形相は、オーガとは違うこの世のものではない恐ろしさを見せつけているかのよう。
「あっ……」
ハロルドは思わず声を発してしまった。
掛け軸に目を奪われたときにはなかったもの。
周囲の壁や床には、赤ん坊のサイズと思われる子どもの手垢がびっしりと残されていた。ぺたり、ぺたりと執拗に、己を捨てたものを責め立てるように。
気遣うようにハロルドの傍へ寄ったディエゴは、彼女の様子におや? と目を瞬いた。
「……まさかハロルド、怖がっているのか?」
「別に怖がってないですけど?」
即座に言葉を返してくるが、様子がやや挙動不審だ。
(……いつもしてやられてばかりだからな、少しからかってやろう)
ディエゴが悪戯心を発揮した。
「まあ幽霊、というものはいないわけではないだろうし、そう出遭うものでもない。恐怖を抱くのは自然なことだろう」
(あれ……?)
ハロルドはディエゴを見返す。
「俺も昔、病院で似たようなことがあった。深夜0時を過ぎた頃に、カーテンに人影が映って」
彼はこんなにも饒舌に話す性格ではない。ましてや幽霊の話など。
(なんだかディエゴさんの様子が変です……)
「誰か訪ねてきたのかと思ったが、深夜だ。おまけにその部屋は5階だった。窓向こうに人影が映るなんてあり得ない」
他にもお決まりの骨格模型の話や、病室の隅から聴こえる泣き声の話など。
やっぱり、おかしい。
「ディエゴさん? ディエゴさん!」
話し続けるディエゴは、慌てるハロルドに胸中でほくそ笑んだ。
(心霊体験を話すなんて柄ではないと、いつもと違うと思われるかもしれない。……という狙いは当たったか)
と考えつつも、そろそろハロルドが本気で心配してきそうだ。幾ら夢の中といえど、そのままにしておくのは頂けない。
「ディエゴさん、しっかりしてください!」
叫びに近い声を上げた彼女の頭を、ディエゴはぽん、と撫でた。
「安心しろ、正気だ」
「え……」
ぽかん、と彼を見上げたハロルドの目が、徐々に驚きから拗ねたような怒りへと変わっていく。
「……からかったんですね? もう!」
本気ではない怒りを示す彼女には、もう掛け軸の怪異など目に入っていなかった。
ザァザァ、と滝の流れる音がする。
焔に浮かび上がっていた灯火がぶわりと掻き消え、驚く間もなくひとつだけ、細身の行灯に明かりが灯される。
足元から何かが昇ってきた。
「霧……?」
いつの間にやら、あの和装を纏った女性が行灯の隣に立っている。
「本日の展示は、これにて終(しま)いでございます。みなさま、どうぞ迷われぬようお帰り下さいまし」
うっふっふ、と上品に笑むその顔に、果たして目鼻はあったのか。
●醒
目を開けたそこには、見慣れた部屋の天井。
微かな日差しがカーテンの隙間から漏れており、どうやら朝のようだ。
(夢……?)
羽純はあまりにもはっきりと覚えている、どうやら夢であったらしい内容を思い返す。
(歌菜にも確認してみよう)
同じ夢を見ていたかどうか。
電話にするか会いに行くか、少しだけ迷いながら彼は身を起こした。
夢から醒めて夢の内容で再度震え上がった潤は、その日ヒュリアスに会う予定があったのでついでに尋ねてみた。
「あの、ヒューリ……幽霊の夢、とか、見なかった……?」
ヒュリアスは思い出すように宙を見遣り、頷く。
「夕顔の掛け軸があったものかね?」
「! そう!」
三味線を弾いたり、赤ん坊の手形を残したり、まるで人のように訴えかける掛け軸。それらを思い出すように口に出せば、潤はまたも随所で怖がった。
(今は昼間なのだが)
思うものの、得手不得手は仕方ないだろう。
「怒りや憎しみが残るのは、あまり良くないのかもしれんが……」
負の感情をぶつけられる経験など、無い方が良いのだろうとヒュリアスは思う。
それでも。
「死してなお残るほどの感情を抱けるのは、少々羨ましいかもしれんな」
ぽつりと落とされた言葉に、潤はそのときだけ幽霊のことを忘れ去った。
「ヒューリだって……もっと色んな想いも感情も、出る、よ!」
だって、それは。
「僕が出してみせるからっ!」
呆気に取られて瞬きを1つ寄越したヒュリアスを見、潤は今、自分がどんなに大逸れたことを口走ったのかを自覚した。
「あっ、えっ! あのっ、ボク今なんて……何言ってっ?!」
真っ赤になりあわあわと自身の口を塞ぐ潤に、ヒュリアスは吐息のような声を返す。
「……期待はせんが」
伸ばされた腕は潤の頭をわしゃわしゃと撫ぜてきたので、彼女は顔を上げられずに見逃した。
ヒュリアスが嬉しそうに、僅かだけ微笑んでいたことを。
End.
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | キユキ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | サスペンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 09月29日 |
出発日 | 10月07日 00:00 |
予定納品日 | 10月17日 |
参加者
会議室
-
2015/10/06-23:49
-
2015/10/06-23:49
-
2015/10/06-23:49
皆様が先に色々決めて下さっていたので、
とてもスムーズにプランが書けました!
有難う御座います♪
えへへ、とっても楽しみなのです! -
2015/10/06-23:33
-
2015/10/06-22:20
よろしく頼む
こちらはすでにプラン提出した -
2015/10/06-20:48
ハロルドさん、桜倉さんよろしくね。
人数が増えて嬉しいよ!これで心細さも軽減されそう(ほっと息を吐く)
そうだ…ギリギリでごめんね、『盲(めしい)た女の幽霊』で起こる事柄の追記をさせてもらうね。
老女の奏でる音楽にじっくりと聴き入ってしまうと…段々瞼が重くなって目を開けていられなくなるんだ。
そして…何かに惹かれる様に前に歩き出そうとしてしまうみたい。
…そのまま進んでしまうと、絵から溢れ出た水に足を踏み入れて、音を立ててしまうだろうね。 -
2015/10/06-20:28
-
2015/10/06-20:28
ハロルドさ、ん、桜倉さん、こんにちは、だ。よろしく、ね。
わっ…人数増え、て、皆でまわれるなら、す、少しは、怖さなくなる…かな…っ(ポソッ)
絵、は…綺麗だと思う、のに、どうして出てくると………(遠い目)
うう……何が起こるかドキドキ、する、けど、楽しめるように、頑張る…っ -
2015/10/06-00:27
ギリギリの参加で失礼いたします!
桜倉歌菜と申します。
パートナーは羽純くんです。
皆様、宜しくお願い致します!
私達が選ぶのは『萩の焔』
絵の女性と目が合うと、肩をトントンと叩かれます。
振り返ると、周囲が一辺、青白い焔に囲まれてしまいます。
焔は熱いようで冷たく、触れるととても切ない感情に襲われます。
前を向くと、元に戻るみたいです。
もしかしたら、肩に長い女性のものと思われる髪が一本残っていたりして…。 -
2015/10/06-00:25
訂正
>深い後悔の念
だった -
2015/10/06-00:09
ディエゴ・ルナ・クィンテロとハロルドだ
よろしく頼む
選択する絵画は『怪談滝図』
何が起こるかというと、これを見た女性のみ不快後悔の念に駆られるらしい
声をかけるだけで治るみたいだが、周りにある床(もしくはガラス)には無数の子供の手垢が残されるそうだ。
(ホラーなのでこんな風ですが、気持ち悪すぎる、ということであれば修正いたしますので遠慮なくどうぞ) -
2015/10/05-21:42
弓弦:
そう言ってもらえると、助かるよ。
>絵で何が起こるか
ああ、そうだね。その方が良い結果になりそうだ。
僕たちの場合、『盲(めしい)た女の幽霊』を見ていると老女が三味を奏で始めるみたいだ。
そして、手前の水面から静かに水が溢れて来て……老女は盲目の様だから、三味の音色に聞き入り、物音を立てぬ間は此方に気付かない様だけれど……水音を立てると、こちらに気付くだろうね…。
こんな不思議な場所で…幽霊、という存在にはなるべく関わらない方が良いと思うけれども……。
……どうも、悠夜さんは老女の奏でる音色に気を取られ過ぎているみたいだ。 -
2015/10/05-09:43
日向嬢、降矢、お手数と大役に感謝する。
共にまわるなら、絵で何が起きる予定か伝えた方がリアクションしやすいだろうかね…?
こちらは『夕顔の絵巻』にて、女の周辺の夕顔に囲まれ女の代わりに何かを訴えるように
花弁を開いたり閉じたりするらしい。
…ウルよ。幽霊を信じる信じないにしろ明確な考えを持っているなら、
何をそんなに怖がる必要があるのかね………(呆れ) -
2015/10/05-09:37
-
2015/10/04-23:47
弓弦:
出目が【4】という事は…全員で絵画鑑賞、だね。
影響するとなると…いやあ、結果がどうなるか分からないんだね。
うーん、少し怖くもあるが楽しみではある…かな。
篠宮さん、ヒュアリス君、改めてよろしくお願いするよ。
共に、この不思議な画廊を楽しもう。 -
2015/10/04-23:43
じゃあ、僭越ながら早速……えいっ!(サイコロを振る)
【ダイスA(6面):4】 -
2015/10/04-23:35
潤さん、ヒュアリスさん、久しぶりだね。こちらこそ、よろしくね!
流石に私たち2人だけだと心細かったから嬉しいな。
私たちは『盲(めしい)た女の幽霊』に一番惹かれているよ。
えっと…そうだね、もう出発まで日もあまりないし、それを決めないと私たちの行動も決められないもんね。
うん、サイコロ…振らせてもらうね。
代表者ってのはちょっと気恥ずかしいけれどね。あはは。 -
2015/10/04-20:44
途中からお邪魔する。
ヒュリアスと、神人は篠宮潤だ。よろしく。
日向嬢、降矢には久方ぶりだろうかね。世話になる。
……そもそも俺は、幽霊、というものが今一つよく分からんのでな。
ウルに絵を見ながら尋ねるつもりでおるよ。
現在ウルが気になっているのは、『幽霊の図』もしくは『夕顔の絵巻』のようだが。
ところで。
代表者がサイコロを振って、今回絵をまわるのが【個別】か【全員共に】か
決める必要があるようだ。
俺は、日向嬢と降矢に一任で構わんと思っているのだが、どうだろうかね。
最初に参加し、待っていてくれてるしな。
後から来る皆も、あまり日にちが無い中でのプラン作成となるなら
すでにサイコロ振られ決まっている方が、やりやすいのではと思うのだが。
これはあくまで俺の私見。
(断わりなく平然とメタる狼一匹) -
2015/10/02-19:27
どうも、降矢 弓弦です。
五つの霊の絵画…僕は、絵画に疎いけれど…どこか真に迫るものを感じる…。
まだ僕と悠夜さんしかここに居ないけれど、共にこの不思議な絵画を楽しみたいよ。