プロローグ
●望郷
今、僕の傍らには一本のトランペットがある。
僕はこれを吹き鳴らす才能に恵まれたのか、非常に腕のいい奏者と言われ、楽団でも人気者だった……以前いた所では。
20年ぐらい前かな。突然周りの景色が変わって、妙な世界に舞いこんだ時は本当にビックリした。今までは、オフィス街のベッドタウンと呼ばれる街に住んでいた。が、僕の家の近所を半径500メートルぐらい切り取ったような感じで、いきなり草深い田舎の真ん中にポツンと、僕の家の周辺だけが舞い込んだのだ。
聞けば、他にもそういう事例があって、いろんな場所から様々な文化を持った土地の人間が、その住処と共にこの世界に舞い込んだと聞いている。何がどうなったのかを今更問うつもりは無いが、実に不思議な出来事だった。もう昔の話だけどね。
でも、今でも時々思う事があるんだ。
楽団の仲間は元気かな、あいつらは上手くやっているかな……恋人だったあの子は、幸せになったかな……等々。
今では僕も30を過ぎたオジサンの仲間だ。人間的にも丸くなったし、この世界にも馴染んだ。でも、残して来た仲間たちの事を忘れたことは一度も無い。そして、昔いた世界との思い出を繋ぐのが、このトランペットなんだ。
●夕闇に紛れて
つるべ落としの夕陽は落ちるのが早い。瞬く間にオレンジの空は紫色になり、そして夜になる。僕はこの僅かな時間帯を外で過ごすのが好きだ。
そしてふと思った。昔は近所迷惑になるから出来なかった、アレが今なら出来るな、と。そう、夕陽に向かってトランペットを吹く……何だかクサい仕草だけど、楽器を持った事のある奴なら一度は憧れるシチュエーションだ。僕は急いで家に戻って、トランペットのケースを抱えてその丘へ戻って来た。
「オマエに命を吹き込むのも、何年振りかな……」
そう、僕はあの日以来、過去との思い出を断絶するつもりでこれを吹くのを止めていた。奏でればアイツらの顔が頭に浮かんで、悲しくなってしまうから。
しかし、考え方を変えれば……コイツを奏でればいつでもアイツらに会えるじゃないか、そう思ったんだ。
いつも、磨かれるだけだったトランペット。思い出の一ページとして封印していたトランペット。
でも、コイツだって思っていた筈だ。僕は飾りじゃない、吹いてくれと。奏でてくれと。
その願いと僕の想いを一度に込めて、僕は思い出のあの曲を夕陽に向かって奏でたんだ。
●ギャラリー
一曲吹き終わった頃、夕陽はその頭を地平線の下に隠そうとしていた。空も紫が濃くなり、外に居るのは危なくなる時間だ。そろそろ家に帰らなくては……と思い、ふと振り返る。すると、いつの間にか聴衆が集まっていた。
ワッと拍手が鳴り響いた後、皆の声が次々に聞こえて来た。
「見事だねぇ! いや、俺も昔は吹いてたんだよ。トランペットじゃ無くてトロンボーンだけど」
「私はヴァイオリンを弾けるの。今度合わせてみていいかしら?」
「は、ハーモニカでも良いのかな……」
「おっと! パーカッションが無いと音楽は締まらないよ! ドラムセットを持ってるんだ、クラシックでもジャズでも何でもいけるよ!」
僕は思った。
あの時以来、ずっと友達は作らずに塞いでいたけど……この街でも友達は出来るのかも知れないな、と。
解説
●目的はありません
……って云うか、分かりますよね。
分かる人は集まって、楽しさを分かち合えばいい……そんなお話です。
ただ、文面で音楽を語るのは難しいけれど、楽器の楽しさや音楽の話を語らい、友達になろうよ……そんなお話です。
●神人だって、精霊だって
楽器を奏でられたら楽しくないですか?
楽器を奏でる彼女の姿をウットリ眺める……これはこれで至高の時間なのですよ。
楽器を奏でる彼氏の姿に意外性を見る……これは新たな魅力の発見になるかも知れません。
●音楽に国境や世界観は関係ありません
決まった曲を合奏する為にはパートごとに割り振られた楽譜が必要になりますが、それは厳密な芸術を求める時のお話。皆が知っている曲を、各々に楽しんで奏でるのもまた楽しいものです。知っている部分だけ奏でても良い、聴衆として聴き入るだけでも良い。兎に角集まって、ワイワイやりましょう。
……これは、そういうお話なのです。
ゲームマスターより
こんにちは! 県 裕樹です。
今回は『昔やっていた人には懐かしい』『今やっている人には薀蓄を語って頂きたい』そんなお話をご用意させて頂きました。
いや、私も実は経験ン十年のトロンボーン奏者でして。一度こういうお話を書いてみたかったんですよねw
リザルトノベル
◆アクション・プラン
田口 伊津美(ナハト)
【心情】 音楽…楽器は全然からっきしだけど、歌は昔から歌ってるな… 昔は歌えるだけで楽しくて仕方がなかったのに、今は… 何が変わっちゃったんだろ ここで歌ってみたらわかるかな? (伊津美として参加) 【行動】 丘でいろんな人が演奏してる …これは知り合いもいるし、私歌っちゃっていいのかな? 特別にアイドルの生歌を披露しましょうか!…っても新人だし知られてるか怪しいけど まぁみんなに合わせて即興で歌うよ! 何にもとらわれないで歌うのって久しぶり ステージで歌う歌とは違った高揚感がある気がする あー、目尻がツーンときた! 顔見んなバカロボット!今日はもう帰る! つーかアンタ音楽できなさすぎ!? …結構楽しかったし、また歌いたいな |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
音楽…どうだろう、好きだったかな? わからないけど…でも今は聴いてて心が落ち着くよ。 ディエゴさん、何か聴きたいな ディエゴさんはね…これとか似合いそう(サックス渡し) この楽譜はどうかな?適当に持ってきたんだけど 短いからすぐできるんじゃないかな。 大丈夫、ディエゴさんはなんでもできるから。 ディエゴさんが吹いたこの曲…すごく好きだな なんていうかね、気が引き締まるというか よし、やるぞ!って気持ちになる。 ……よく聴いてた気もする… ディエゴさんは過去の手がかりかもって喜んでいたけど、私は内心複雑 私の記憶が戻るということは、ディエゴさんとの別れを意味するわけで…もっと吹いてってお願いする。 今はこうしていたいから |
七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
【演奏の練習中】 私は翡翠さんがドラムを練習する傍で、ギターを練習します。 翡翠さんはギター経験者みたいですから、 躓く所は教えてもらったほうがいいようですね……。 それに皆さんの足を引っ張らないか、とても心配ですから。 【セッション直前】 実は当日まで何度も練習していたんですが、 なかなか上手く弦を弾けなくて困ります。 ですが、ここまで来たら緊張を味方にし、落ち着いて吹きます……! 【演奏終了後】 でも……演奏が終わりましたら、 しばらく皆さんや翡翠さんと音楽や楽器についてお話しましょうか。 こんなに音楽についてお話できる日、もう滅多にないでしょうし。 次にお会いした時は、またこうやって演奏できるかわかりませんから。 |
●題名のない音楽会
A.R.O.A.事務局の中の誰だかは分からないが、近く郊外の広場で有志自由参加の音楽会が開かれるという情報をキャッチし、それを文書化して掲示板に貼り出した者が居た。
「音楽会、って……コンサートとは違うの?」
「いや、各々に演奏して楽しもうって主旨らしいぞ。特に制限は無いらしい」
「未経験でも良いのかな?」
「私、楽器持ってないし……」
張り紙を見て、当直の職員たちは『出てみれば?』と言われて困惑する者、興味を惹かれる者など様々な反応を見せた。
その中で、積極的な姿勢で貼り紙の内容を受け止めた神人が居た。『ハロルド』、『田口 伊津美』、『七草・シエテ・イルゴ』の三名である。
「面白い趣向じゃない、ノンジャンルって云うのがまたそそるわ」
ウズウズとしながら嬉しそうに発言するのは伊津美である。彼女はアイドルIZUIZUとして売り出し中と云う事もあり、このイベントをPRのチャンスとして受け止めていたようだ。
「音楽……音楽……漠然としていて良く分からないけど、何か訴えかけるものがある気がする……」
そう言って興味を示すのはハロルドだった。彼女は『音楽』というキーワードに、自分の過去に関する何かを感じ取っていたらしい。但し、その正体が何であるかは分からないままであったようだが……
「うふふ、楽しめれば良いじゃないですか。そもそも『音を楽しむ』で『音楽』なのですから」
無邪気に微笑むのはシエテである。無欲・無目的ではあるが、とにかく楽しめれば良いのだと。しかし彼女の言はまさに正解であり、音楽を堅苦しいものと捉えて敬遠する者に対して理解を促すものでもあった。
●その頃、精霊たちは
「……神人たちが、何やら騒いでいるようだが」
「音楽会だってさ。俺、付き合っても良いけど楽器できないよ?」
「いいじゃないか、俺もこういうお祭り的な雰囲気は嫌いじゃない」
『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』、『ナハト』、『翡翠・フェイツィ』の順の発言である。各々思考はそれぞれであったが、否定の意思を示す者は居ないようだ。特に翡翠などは前向きな姿勢を見せている。
「付き合いで参加するのは良いが、俺も楽器の経験など皆無だ。何を奏でるにしろ、練習の時間は必要だな」
ディエゴは純粋に技術的な心配をしていた。やるからには上手く、という彼の厳格な性格がそのまま表れている感じである。
「カラオケとかにある、アレでもいいのかな?」
ナハトは練習の必要な難しい楽器は敬遠し、純粋にお祭り気分を楽しみたいという考えらしい。楽器の調達に手間を掛けたくないという理由もあっての事だろうが、その辺は如何にも彼らしいと言えた。
「俺は前からやってみたい物があったんだ、古い映画を観て感動した事があってな」
最も前向きな姿勢を見せたのが翡翠である。彼も本格的に楽器に触れた経験は無いが、興味はあったらしい。ただその機会が無かっただけで、演奏してみたいという希望はあったようである。
ともあれ、いずれ誘いの声が掛かるであろう事を覚悟しながら、精霊たちはその時を待っていた。
●彼女の事情
「……」
「……何処から手に入れて来たんだ、こんな物」
「友達から貰ったの、もう使わないからって」
「……豪儀な友達だな、買えば結構な値段がするものだろうに」
そう言って、ハロルドが手に入れて来た物はアルトサックスであった。かなりの年代物であるらしく、傷や凹み、部位によっては表面のラッカーが剥がれて赤く変色している部分もあったが、機能は損なっていないようだ。しかし消耗品であるタンポやリードと云った物は欠損していた為、楽器店で調整して貰う必要があったようではあるが。
「……貰っていいのか? この楽器」
「私が吹くより、ディエゴさんに吹いて貰いたいの……この曲を」
「……?」
古びた楽器と共に彼女が彼に手渡したものは、短く纏められた小楽曲の楽譜であった。ディエゴは本格的な楽器の演奏経験は無かったが、授業で習う範疇の楽譜の読み方はマスターしていた為、その楽譜を読む事も簡単に出来た。
「これは……ファンファーレだな。変ロ長調で記されているという事は、恐らくトランペット用の楽譜なのだろうが……アルトサックスは変ホ調で作られている楽器だ。読み替えが必要になるな……」
そう言うと、ディエゴは白紙に定規で線を引きながら五線譜を手作りし、渡された楽譜を変ロ長調から変ホ長調に書き換えていた。その手並みから察するに、演奏の機会が無かっただけで知識はかなり豊富かつ深いものがあると推測できる。
「しかし、この曲は何処から?」
「持っていた鞄の中に入っていたの。ずっと取って置いて……でも、私は楽譜を読めないから……」
「……ハルが何処から来て、何を求めていたのか……この曲は知っているのかも知れないな」
そう考えると、疎かには扱えない……ディエゴはペンを握る手に、グッと力を入れた。
●不器用にも程がある
同じ頃、ごく初歩的な打楽器ばかりを芸能事務所からのツテで借りて来た伊津美が、額に青筋を立てながら怒りの表情を見せていた。
「もういい、アンタが壊滅的なぶきっちょだって事は分かった。でも、カスタネットやタンバリンをどう叩いたら『ぽにょ~ん』とか『ぺにゃ~ん』っていう音が鳴る訳!? もう、むしろぶきっちょと云うより才能だわ、そこまで行くと!」
「今の、褒められた……のかな?」
「何処をどう解釈したら、そのポジティヴ発言が出来るのよ! ……もういい、アンタは隅っこで草でもむしってなさい」
「で、でも、音楽会……」
「そんな音を出したら、皆コケちゃうわよ! お願いだから邪魔になるような事はしないで、大人しくしていて!」
ハァ……と溜息をつく伊津美の後ろで、ナハトは懲りずにタンバリンを叩く。本当なら『シャン!』という音が鳴る筈なのだが、何故か『ぽぃ~ん』と云う音になってしまう。理由は分からなかったが、どうしても本来の音が鳴らないのだ。
「んー、叩き方が悪いのかな? 手じゃなくてバチで叩いてみよう」
「幾らやっても無駄なものは無駄よ……耳障りだからやめて頂戴」
と、伊津美が制止しようとしたその時、バチで叩かれたタンバリンからは『シャン!』という音が聞こえた。指ではなく、硬いバチで叩かれている分、打撃音が強く響いてはいたが……漸くまともな音色が鳴るようになったのである。
「……一体、どういう仕掛けになってるのよ」
「俺、知らない」
頭に大汗をかきながら、伊津美が『理解不能』の意思を言葉にしていた。それを受けたナハトも、どうして指だと変な音が鳴るのにバチだと上手く鳴るのか、それが分からずにタンバリンをしげしげと観察していた。
●屋外なんですよね
「……シエ、気持ちは分かるが会場に電源は無いんだ。諦めてこっちにするんだ」
「うう、折角アンプまで用意したのに……」
リサイクル品の中から、比較的綺麗なギターとまだ使えるアンプを取り出して来たシエテではあるが、演奏する場所が屋外である事を翡翠に指摘され、電源不要のアコースティックギターに持ち替えていた。しかし未だコードを押さえる事も儘ならない実力では、エレキギターを構えたとしてもロクな演奏は期待できない。ならば旋律を奏でるのは諦めて、伴奏に専念してはどうかと云う翡翠の最大限の説得により、漸く彼女はアコースティックギターに持ち替えて練習を開始した……が、いざ弾いてみると、その温かみのある音色が彼女の心に響き、どうやら気に入るに至ったようだ。
「派手さは無いけれど、温かくて優しい……この音色、好きだわ」
「何よりだ。俺もエレキの派手さは好きだが、生ギターの音色の方が気に入っている。バラードを奏でるならエレキよりアコギの方が良い」
ニッコリ笑い、練習に励むシエテを横目で見ながら、翡翠は『丁寧に扱って』と云う事を条件に借り受けたドラムセットの前に座し、スティックを構えてロールの練習から始めていた。打楽器の集合体であるドラムの演奏は、その奏者の手首のスナップに全てが掛かって来る。自らが全くの初心者である事を自覚していた翡翠は、その事を念頭に置いて謙虚な姿勢で練習に励んでいた。
尚、彼が借り受けたドラムセットは嘗ての親友が愛していた楽器であり、その主が亡くなった後も家族の手によって大事に保管されていたものを、翡翠が頼み込んで漸く借り出せたという代物である。
(奴の形見を、俺は奏でるんだ……無様な演奏は出来ない)
『楽しもうぜ』を強く主張していた彼が、一番熱を入れて練習に励む事になったのだ。これは皮肉と言わざるを得なかった。
そうして、各々が練習に励み、何とか楽器を操れるようになった頃、その『題名のない音楽会』は開催された。
●サックスでファンファーレ
ハロルドたちが会場に着いた時、場は既に盛り上がっていた。ホーンセクションは華やかな音色を奏で、弦楽器組は重厚なアンサンブルを披露し……兎に角、皆が思い思いに楽しんでいた。まさにノンジャンル、楽しんだもの勝ち! という謳い文句がそのまま形になった感じである。
「圧倒されるな……内に秘めた想いを燻らせていた者が、こんなにも居たとは」
「ディエゴさん、気後れする事は無い筈よ。ここは音を楽しむ場、自由な表現が許されるのだから」
「フッ……そうだったな。では始めようか」
厳選したリードを口に含んで湿り気を与え、リガチャーでマウスピースに固定して音が鳴る事を確認する。そしてウォームアップを済ませると、ディエゴは早速ハロルドのリクエストであるファンファーレを演奏し始めた。
本来、金管楽器の合奏で奏でられるべきそのメロディーを、木管楽器であるサクソフォンで奏でるディエゴ。しかし不思議なもので、そこに違和感は無く、むしろ新しい感覚として皆の耳には届いたようだ。
そしてその演奏を最後まで聴いた時、ハロルドの胸に訴え掛ける何かがあった。
「……上手くは無い演奏だが……」
「そんな事ない、懐かしい感じがした……聴いていて気が引き締まる、この感じ……昔、良く聴いていた気がする……」
え? と違和感を覚えるディエゴ。然もありなん、この楽曲は自分も楽譜を読んで初めて知った物だし、一体何処で聴いたというのだろう? と考え込んでしまった。が、そんな彼の思考を散らすかのように、トランペットやトロンボーンを携えた一団が彼らの元へとやって来た。
「今の、懐かしいなー! 兄ちゃん精霊だろ? 精霊のアンタが何でその曲を知ってるのかは知らんが、それは俺達の故郷で行われた、世界規模の体育祭のオープニングで演奏されたファンファーレだぜ。そしてファンファーレは俺達ホーンセクションの得意分野だぜ! おう、準備は良いか!?」
おおぅ! という応答と共に、勇ましいファンファーレがフルコーラスで演奏された。トランペットが旋律を奏で、トロンボーンが和音でそれを支え、ホルンが対旋律でトランペットに対抗し、ユーフォニアムが重厚感を与え、チューバが伴奏を刻む。その演奏を聴き、ディエゴは『ここまで勇壮な曲であったか』と感心し、ハロルドは更に深く記憶を探られるような感覚に見舞われた。そして演奏が終わると、一同は『やったな!』と肩を叩き合い、忘れていた故郷のメロディを思い出させてくれて有難う、とディエゴに礼を言って、また元いた場所に戻って行った。
●ヴォーカルが居ないと!
そのファンファーレを聴きながら、少し遅れて伊津美とナハトが到着した。
「すごぉい……大迫力だったね、今の! 曲の名前は分からないけど、ジーンと来たよ!」
「こういうの、感動って云うんだね……気持ちが躍る、素晴らしい」
伊津美が絶賛し、ナハトも珍しく感情を露わにしている。だが、他者の演奏に感動して終わってはプロの名折れとばかりに、アイドルIZUIZUが電池式のスピーカー付きマイクを構え、アカペラで流行歌を歌い出す。その声にハッと気付いた彼女のファンたちがワッと詰め掛け、その様にナハトは唖然とする。
「……ライブの時だって、こんなに盛り上がった事ないのに……」
「今は皆、気分が高揚しているからな。普段より感情を素直に表しているのさ」
ナハトの呟きを、ディエゴがフォローする。その言はまさに的を射ており、普段と興奮状態にある時のリアクションの差を、如実に語っていた。
●盛況ですねぇ
そうしてディエゴたちが感慨を述べている所に、軽トラックにドラムセットを載せた翡翠とシエテが到着した。翡翠はディエゴたちの姿を見付けると、済まないが楽器を降ろすのを手伝ってくれ、と声を掛けた。
トラックの荷台から降ろされるその楽器を見たドラム経験者の一部が、思わず声を上げる。あの楽器は、まさか……? と。
「……やっぱりそうだ、ドラムの名門・P社が出した、ハイエンドモデルだよこれ……販売台数が少ない上に、もう絶版になっている奴だから……兄ちゃん、これ何処で手に入れた!?」
「いや、これは友人のもので、俺の物じゃないんだ。詳しい事は知らない」
なんてこった、とそのドラマーは残念そうな声を上げる。しかしその発言を受けた翡翠は、そんな価値観は俺には無いが、これはアイツが大事にしていたものだから……と、残念がるドラマーに『済まない』と心の中で謝っていた。その『済まない』の意味は様々に取れるが、恐らくは『そんな貴重な楽器を、俺のような素人が奏でて申し訳ない』と云うのが正解であろう。
「まあまあ、翡翠さん。気後れする事は無いですよ、誰がどの楽器を奏でようと、その人の自由なんですから」
「その通りだ、大体『音を楽しんで音楽』と云ったのはお前だろう? そのお前が眉を下げてどうする、堂々と演奏すれば良いんだ」
シエテの言に便乗する形で、ディエゴが檄を飛ばす。それを受けて、その通りだな……と気を取り直した翡翠は、漸く出来るようになったドラムロールを皆に披露していた。マーチングバンドの花形であるドラムの、最も様になる姿であり全ての基本。それをマスターした翡翠は、今の俺にはこれが精一杯だが、このドラムを奏でる資格があるのもまた、俺だけなんだ……と自分に言い聞かせながら、ドラムソロを披露した。
そしてシエテのギターをフォローする形で、優しくリズムを刻む。シエテが演奏したその曲は有名なバラードであり、誰もが知っているナンバーであった。その伴奏に合わせて、マイクを切って肉声でヴォーカルを重ねる伊津美と、最低限のリズムだけを刻むナハト。彼は結局、指で演奏する事は諦めて、打楽器を複数繋ぎ合わせて作った、チンドン屋の太鼓持ちのような楽器をバチで奏でる方法を取ったのだが、これが滑稽な見た目とは裏腹に、曲に絶妙なアクセントを与えるスパイスとなった。
シエテ達の演奏が終わると、それを聞いていた聴衆からワッと喝采が贈られた。シエテと翡翠はこのユニットを練習してきたが、飛び入りで参加した伊津美とナハトのフォローが加わって更に奥深い演奏となり、結果的に大成功を収めた。シエテは翡翠の顔を見て、ニッコリと微笑んだ。よほど嬉しかったのだろう。
●宴もたけなわ
さて、こうして各々に楽しんでいた演奏家たちだが、どうせなら全員でセッションして場を締めよう、と云う事になったらしい。だが、全員が参加できる曲目となると、これは難しい。
そこで、誰もが知っているポップスを、思い思いの奏法で奏でようという事に決まり、『題名のない音楽会』はクライマックスを迎える事となった。無論、その楽譜など誰も持ってはいない。しかし、皆はそれぞれの楽器に合ったセクションを各々に選び、ベースコードや伴奏などのパートを見事に再現していた。シエテはギターで伴奏を、ディエゴはサックスで対旋律を、伊津美は主旋律を歌詞付きで、ナハトはリズムに合わせてタンバリンを叩き、翡翠はドラムパートを見事に再現し、ハロルドもいつの間にか手拍子を楽器の代わりにして、その歌詞を口ずさんでいた。
そうして全員参加のセッションは華々しく幕を閉じた。
●また、やろうね
皆が皆、汗をかいていた。楽器の演奏には凄まじい体力を必要とするからだが、実に気持ちのいい汗であった。
封印していた想いを表現できた奏者の面々、久しぶりに命を吹き込まれた楽器達。その喜びは計り知れないものだっただろう。やがて陽も落ちる時刻になると、奏者たちは『また集まろうな』と約束しながら各々に散って行った。
「音楽って、奥が深くて楽しいんだね」
「あったりまえよ、何だったらミッチリ仕込んであげても良いわよ?」
ナハトが興奮気味に語り、伊津美がニヤリと笑いながらジョークを飛ばす。
「戯れに参加してはみたが、これほど心躍るものだとは思わなかった。この楽器も、このままでは可哀想だ。美しい姿を取り戻させてやろう」
「ディエゴさん、それは良い考えだよ。楽器も喜ぶと思う」
ハロルドの頼みだからと云う事で参加した……そのイメージを返上して、ディエゴが自分の手の中にある楽器を愛おしげに眺め、それをハロルドが讃える。尚、彼女が持っていたファンファーレの楽譜の謎については、一旦据え置きにされる事となった。
「まさに音を楽しむ、だったな。本当に楽しい、いつか自前で楽器を揃えて、本格的に取り組んでみたいものだ」
「うふふ……翡翠さん、ドラムスなら実は在庫の中にあったんですよ」
何でそれを先に言わない! と翡翠は泣きそうな顔になるが、皮が無ければ音は鳴りませんよとシエテがオチを付ける。ともあれ、新たな趣味を見付ける事となった翡翠とシエテの二人が、後に路上ライブの名物になったとかならないとか……そんな話が出たという噂があったが、真相は定かでない。
兎に角、こうして即興の『題名のない音楽会』は、盛況のうちに幕を閉じたのであった。なお、これが奏者たちの間で流行となり、各々にセッションの場を増やしていったと云うのは、また別の話である。
<了>
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 県 裕樹 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月14日 |
出発日 | 04月20日 00:00 |
予定納品日 | 04月30日 |
参加者
- 田口 伊津美(ナハト)
- ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
- 七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
会議室
-
2014/04/19-23:00
今、GM様によりますと
「屋外です、プロローグでNPCがトランペットを吹いていた小高い丘の上」
だそうです。 -
2014/04/19-22:57
明確な場所は出さずになんか集まってたから一緒に演奏しよう!的な感じにしようか?
解説的にアドリブでどうにかしてくれそうだし -
2014/04/19-22:52
そういえば、演奏する場所が……
うーん、どこなのでしょう? -
2014/04/19-22:39
ナハト…あっ(存在忘れてた顔)
アイツ、タンバリンでいいか…(?
えっと、場所OPの丘とかでいいのかなこれ -
2014/04/19-22:35
本当ですか?
よろしければ、ぜひセッションしたいですね!
そういえばナハトさんは、何か演奏されますか?
私はフルートかギター、アルパ。
翡翠さんはギター、ベース、ドラムならできるのですが。 -
2014/04/19-22:24
セッションですね、了解しました
今ちょっと立て込んでるので
あまりプラン弄れないのですが、セッションオッケーと書いておきますね。
うちのせいれいさんにはサックスもってもらう予定です -
2014/04/19-21:42
ギリギリでごめんなさーい 結寿音だよ!
二人共お久しぶりー
私は歌う専門かなー
楽器は小学生がやる楽器以外やったことないし…
二人共もし良かったら一緒にあわせたいなー -
2014/04/19-18:25
こちらこそお世話になります、うふふ。
七草シエテです。
ハロルドさん、この前はディエゴさんからの手当て、ありがとうございますね。
結寿音さんは、CLUBでお会いしましたね。今回もどうぞよろしくお願いします。
私は……まだ悩んでます。歌うか、演奏するか、聞こうかどうか……。
-
2014/04/19-17:29
初めましての方は…って、ご一緒したことありますね
またまたお世話になりますーハロルドです。
少し気になる曲があったので
ディエゴさんにひいてもらおうかなーと思ってます