秋の雨(こーや マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 季節は秋。半袖だけでは肌寒いと感じるようになってきた。
 天気の良い日は、上着を一枚重ねさえすれば心地良く日光浴を楽しめる。いわゆる小春日和というやつだ。
 近くの植物園では秋の薔薇が見頃だという。芝生の上で昼食も取れるスペースが設けられているので、ちょっとしたピクニックを楽しめるようになっている。
 君達は天気予報を入念にチェックし、日を選んだ。夏と違って食べ物が傷む心配は無いので、ただ晴れているかどうかだけを気にかければ良かった。

 けれど、秋の空とは意地悪なもの。
 家を出た時は綺麗な秋晴れの空だったというのに、待ち合わせ場所に付いた途端、振り出した雨。
 今はまだ小雨だが、いつ本降りになってもおかしくない空模様になっている。
 この辺りには飲食物の持込が出来る店はない。折角弁当まで用意したというのに、これでは外出そのものを諦めるしかないだろう。
 分けて持ち帰ることも出来ない、二人分の弁当はどうしようか――そんなささやかな悩みが二人の間に鎮座する。
 自分が持って帰るべきか、パートナーに持って帰ってもらうべきか。いや、でも二人分だし……思考の堂々巡り。
 ふと、思いついた解決策。それを口にしたのはどちらだっただろうか。
「うち、来る?」

解説

●参加費
お弁当代と無駄になっちゃったチケット代300jr

●状況
雨が降ってしまったので本来の予定を取りやめ、神人か精霊の家に行くことになりました。
ただお弁当を食べるだけでもいいですし、自由にのんびりしていただいても構いません。
お弁当はどちらが作ったのか、どちらの家に行くことになったのか。
ご自由にお選びください。

●その他
傘持ってお出かけしなおす、というのはご遠慮ください。

ゲームマスターより

風が強いと、おもむろにベランダに出て熱唱したくなるこーやです

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆神人の部屋
…くしゅんっ(身体を震わせ)
(バスタオルに包まれ)ありがとう…温かい

突然の雨だったものね、寒くない?
私台所借りてくるね、カフェオレいれてくるっ
(クスリと笑いながら)はい、畏まりました

(部屋に戻り)お待たせ~
アルバム見てたの?
も、もう、エミリオ(赤面)
…何かあった?(精霊の異変に気づく)

私の両親はね、共働きで休日とか家族で一緒に過ごす時間は少なかったのだけど
学校行事とか私の誕生日とか必ずお祝いしてくれたの
2人とも仕事で忙しくて疲れている筈なのにいつもにこにこ笑っててね
私はそんな2人が大好きだった…今でも大好き、だよ…っ
オーガは私の大切な人達を理不尽に奪ったの
許せない…許せない、よ…っ



篠宮潤(ヒュリアス)
 
以前は風邪ひいてたのが心配で無理矢理上がらせてもらった、けど
「…えっと、ほら、お弁当…僕一人じゃ食べきれない、し…!」
苦しい理由だと思ったが意外とすんなり部屋へ入れてくれて首傾げつつホッ
(こ…これくらい、は、一緒にいても…いい…かなぁ…)
告白なんて…するつもりはないし、困らせたくもないけれど
やっぱり一緒にいたい気持ちが湧くんだなぁ…としみじみ


せこせこお茶入れつつ
「味…平気?」
こんな事も気になるなんて…うう…っ
必死なあまり覗き込む
「え!?な、何?マズイ?!」オロオロ


「雨…やまない、ね」
「片付けたら、帰る、から…傘、貸してもらえる?」
返された言葉にきょとん
嬉しそうに頷いた



ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
  (神人の家の近くなので共に行くが、体調が変
風邪を引いたらしい)
すまん、折角予定を空けてくれたのに…

■家にて(1DKの小さな部屋)
物は増やさない主義だ
ああ、うん
だってお前が着替えろと…
すまん(しゅん)
(大人しく寝間着に着替えベッドに寝る)

(精霊が世話を焼いてくれて一緒にご飯を食べる)
何年かぶりだ、こうして家で誰かと食事するのは

うっ…すまん
(晩酌に付き合うと、彼の性格だとそのまま泊まりになりそうで
中々踏ん切りがつかない)

なあレオン
私のどこが気に入っているんだ?

そうだな、うまくいえないが…
眼が好きだ
最初は冷たそうにも見えたけど
なんか…この人とは心が通じあえそうだ、と思った

(視線そらして)
う、うん…



桐ヶ谷 りんね(桐ヶ谷 真白)
  …お弁当、折角作ったのに、なぁー…
まあ、仕方ないよね。雨だし
え、良いの叔父さん。そっか……行く(どんな家なのか興味深々

へぇ、普通のアパート
…アイドルだからすごいとこに住んでるのかと思っただけ
まあ…叔父さんが良いなら、良いんだけどねうん

へえー結構綺麗な部屋…ん?
ねえ叔父さん、これ…誰かに似てるけど、誰?(棚に飾ってある写真

隣は叔父さんだよね
え、お母さん…? 可愛い…(当時7歳の母と叔父

ふーん、叔父さんも可愛い時、あったんだね
え、どこが。可愛くないよ。叔父さんはどっちかって言うと、カッコイイタイプだよね。王子様系っていうのかな。
うん、そんな感じ

いきなりハイテンション……

この後お弁当タイム



向坂 咲裟(カルラス・エスクリヴァ)
  雨…ワタシのお家に来るのはどうかしら
この前はお家にお邪魔したから…おもてなし、頑張るわ

◆庭付き洋風一軒家
お家に着いたらタオルで体を拭いてからお弁当と飲み物の準備をするわ
今日はお父さんとお母さんもお出かけしているのよ
カルさん、掛けて待っていてね

牛乳と温かい紅茶とお弁当の用意が出来たら
ダイニングにおじさんを呼ぶけれど…どうかしたの?

あら、言ってなかったかしら…お母さんがカルさんのファンなのよ
ワタシが生まれる前から、ね
今日のお弁当、お母さんと一緒に作ったの
…とっても張り切っていたわ
おかず、美味しそうでしょう?

ワタシはまだ料理が上手じゃないけど…でもね、カルさん
…サキサカサカサも、貴方のファンなのよ


●アルバム
 くしゅん。自室に辿り着くなり、ミサ・フルールのくしゃみが響いた。
「大丈夫?」
 すぐにエミリオ・シュトルツはミサに軟らかなバスタオルを被せてやる。勝手知ったるなんとやら、バスタオルの所在は聞かずとも分かる。
 濡れて冷えた体にはバスタオルの温もりが心地良い。ミサは目を細め、その温もりをさらに感じるべくタオルをぎゅっと抱きしめる。
「ありがとう……温かい」
「……どういたしまして」
 頬に赤みが差したミサを見て、エミリオは照れくさそうに言う。自身の髪をバスタオルで拭くことで、その表情を隠しながら。
 ミサは一頻り身体を拭くと、バスタオルを椅子にかけた。着替える必要は無さそうだが、身体を温めるに越したことは無い。
「突然の雨だったものね、寒くない? 私台所借りてくるね、カフェオレいれてくるっ」
「砂糖多目でね」
 ぱたぱたと宿の台所へと向かうミサの背に、必要ないとは思いながらも注文を一つ。うん、と聞こえた可愛らしい返事にエミリオの頬が緩む。
 エミリオが座って待つべくテーブルへ向かうと、アルバムの存在に気付いた。
 パラッとページを捲る。泣き顔の幼い女の子の写真が目に飛びこんできた。それが誰かはすぐに分かった。栗色の髪と瞳。この時の面影は今でも残っている。ミサだ。
 様子を見るに、お漏らしをしてしまった時の写真だろう。
 ふっとエミリオの顔に笑みが浮かぶ。
「ミサ、泣いてる……可愛いな」
 エミリオの赤い瞳は次々とミサの思い出を辿っていく。見たい、知りたいという欲求は止まらない。愛らしい、微笑ましいと思う。
 そんな内心とは裏腹にエミリオの唇はどんどんと強張っていく。
 どの写真も、どのページも笑顔と幸せで溢れている。暖かい記憶。
けれど、この家族の幸せを壊したのは誰か、エミリオは知っている。嫌と言うほど、分かってしまっている。他の誰でもない、エミリオ自身なのだ。
「お待たせ~」
 ミサの声にハッと我に返る。足音に気付かぬほど感情に囚われてしまっていたらしい。
 エミリオは咄嗟に普段の表情を繕ってミサを出迎えた。
「おかえり」
「アルバム見てたの?」
 ことり、ことり。2つのマグカップをテーブルに置くと、ミサはエミリオの手元を覗き込んだ。
「可愛いね、小さい頃のお前」
「も、もう、エミリオ……」
 からかうような口調だが、本心だということが分かるだけにミサは照れてしまう。こんなやり取りを何度も重ねてきた。
 だから、ミサは気付いた。
「……何かあった?」
 一見するといつものエミリオだが、どこか様子がおかしい。いつもより雰囲気が硬いように感じる。
「ミサは今でも両親を殺した『オーガ』のこと……許せない?」
 問いには答えず、エミリオはミサの頬に手を伸ばす。手袋越しでもミサの体温がよく分かる。
 ミサはエミリオの手に委ねるように目を閉じた。それだけで愛おしいあの日々を思い出せる。
「私の両親はね、共働きで休日とか家族で一緒に過ごす時間は少なかったのだけど。学校行事とか私の誕生日とか必ずお祝いしてくれたの。2人とも仕事で忙しくて疲れている筈なのにいつもにこにこ笑っててね」
 ふるり。ミサの瞼が震え、笑みが崩れていく。
「私はそんな2人が大好きだった……今でも大好き、だよ……っ」
 いつまでも変わらない大事な両親への想い。だからこそ、ミサの胸にあるのは――
「オーガは私の大切な人達を理不尽に奪ったの」
 ミサの眦から零れる涙は、止め処なく溢れてくる。
 エミリオがその身体をゆっくりと抱きしめると、ミサは縋りつくように肩口に顔を埋めた。
「許せない……許せない、よ……っ」
 肩が濡れていくのを感じながらも、エミリオは優しくミサの頭を撫でてやる。
 ミサの呼吸が落ち着きを取り戻した頃。少しだけ身体を離し、エミリオはミサの眦を唇で触れた。
「泣かないで」
「……うん」
 今度はエミリオの温もりを感じ取る為、ミサはエミリオの肩口に頬を寄せた。
 エミリオの温もりが、匂いが、声が、感触がミサを穏やかにしていく。
 ミサは気付いているのだろうか。エミリオが鋭い刃を秘めていることに。
「両親の仇は俺がとるよ。お前を傷つけるもの全てを……」
 俺が排除するから――
 囁いたエミリオの紅玉が放った暗い輝きをミサが目にすることはなかった。


●写真
「……お弁当、折角作ったのに、なぁー……」
「オレも久々に休みとれたから楽しみにしてたんだよねー」
 恨めしそうに空を見上げる桐ヶ谷 りんねと、残念そうに肩をすくめる桐ヶ谷 真白。しかし、それも長続きはしない。
「まあ、仕方ないよね。雨だし」
 ハァと溜息を一つ。こればかりはどうしようもない。
「また今度、別の日に行こうね」
「うん、また行こうねっ、りんねちゃん!」
 嬉しそうに笑う叔父へ、じゃあ、とりんねが手を振ろうとすると――
「……あ、折角だしオレの家、来るー? てか来ようぜっ!」
 一応は誘いの形だが、半ば決定事項のような軽い口調。
 突然のことにりんねは目をぱちくりさせてから、お弁当の入った鞄を一瞥。
「え、良いの?」
「あはっ、もちろん。りんねちゃんならいつでもっ!」
 さらり、返された言葉にりんねが悩んだのは一瞬。
 正直なところ、叔父の隣は極力歩きたくないが……真白がどんなところに住んでいるのかは知りたい。
 日頃の悩みと突発的な好奇心の争い。勝ったのは勿論、好奇心。
「そっか……行く」
「決まりっ! じゃあ行こっか!」

「はい、到着」
「へぇ、普通のアパート」
 案内された場所はあまりにも普通で、予想していたような場所ではなかった。
 意外すぎて、りんねはキョロキョロと室内を見回す。
「普通で悪いことはないでしょー」
「……アイドルだからすごいとこに住んでるのかと思っただけ」
「すごいとこ……オレ、アイドルやってるけど住むとこ拘りないよ。だって住めれば良いじゃん」
うん、住めれば良いんだ、なんて呟きながら真白は奥からタオルを持ってきてりんねに手渡した。
「まあ……叔父さんが良いなら、良いんだけどね、うん」
 髪を拭きながらも、りんねの視線は右へ、左へ。何か釈然としないものがあるが、真白の好みに口出すつもりはない。
 真白の後について奥へ進む。
「へえー、結構綺麗な部屋……ん?」
 通された部屋は、男性の室内にしては整っていた。そのことに僅かながら感心していたりんねが、あるものに気付いた。
「適当に座っててねー、お茶入れるよ」
「ねえ、叔父さん」
「ん? なに?」
 台所へ向かおうとした真白を引き止め、りんねは棚を指差した。そこに飾られていた写真立てには、どこか見覚えのある顔が2つ。
「これ……誰かに似てるけど、誰?」
「あ、それ? 姉貴」
「え、お母さん……?」
「あはー、可愛いでしょ、姉貴」
 嬉しそうに真白が言うと、りんねはこくりと頷く。母の幼い頃の写真なんて初めて見た。
 ならば、母の隣で一緒に写っているのは――
「隣は叔父さんだよね」
「おおっ、良くぞ見破った! そうそう、隣のオレだったりしまーす」
 てへと笑う真白に、呆れ混じりにすぐに分かるよ、と返すものの、りんねの唇には小さな笑み。
「ふーん、叔父さんも可愛い時、あったんだね」
「えー、今でも可愛いだろだろー?」
「え、どこが?」
 怪訝な表情を浮かべるりんね。
真白はおおげさにガーン! なんてリアクションを返す。よく見てよ、と真白が自分の顔を指差そうとしたところに――
「可愛くないよ。叔父さんはどっちかって言うと、カッコイイタイプだよね。王子様系っていうのかな」
 さらり、当たり前のことを言うようなりんねの声音。不意打ちの褒め言葉に真白が固まる。
「え、今なんと……えっ!? カッコイイって!? 王子様だって!?」
「うん、そんな感じ」
 ひゃっほーと言わんばかりに真白のテンションが上がる。
「叔父さん照れちゃうじゃんか、りーちゃん! 嬉しいなー、嬉しいなー! よーし、次出かけるときは叔父さんご馳走しちゃうぞー!」
 元よりテンションが高い真白だが、今はハイテンションにも程がある。
 りんねはげんなりしながら、お茶を用意して、と真白を台所へ追い出す。
 ふぅ、と大きな溜息一つ。けれど僅かに唇を綻ばせて、りんねはテーブルの上にお弁当を広げ始めた。


●瞳
 ぞくり、ガートルード・フレイムの身体を悪寒が走る。体調が芳しくないとは朝から思っていたが、ここにきて顕著になってきた。
 レオン・フラガラッハがガートルードの顔を覗きこむと、すぐに眉間に皺が寄る。
「どうした、顔赤いぜ」
 そっとガートルードの額に触れれば、理由を知るのに時間はかからなかった。
「少し熱あるな」
「すまん、折角予定を空けてくれたのに……」
「この天気だ、気にすんな。家帰ったら着替えて、今日はもう寝てろよ」
 レオンはぽん、とガートルードの頭を撫でる。
 ここからであれば彼女の家は近い。レオンはガートルードが濡れないよう自身の上着を被せ、労わりながら道を急いだ。

 肩を貸すというよりも、半ば抱えるように。足下も覚束なくなったガートルードを支えながら、レオンは彼女の家に上がった。
「女子の部屋にしちゃ殺風景だな」
「物は増やさない主義だ」
 旅をしていたからこそ身についた習慣でもあるのかもしれない。そんなことを考えながら、一先ずガートルードを寝台に座らせる。
「台所借りるぜ。なんか温かい飲み物淹れるよ」
「ああ、うん。……紅茶がいい」
「了解」
 レオンが台所へ向かったのを見届けると、ふらつきながらガートルードは立ち上がる。
 熱を持った頭はうまく働いてくれないが、さっきのレオンの言葉を思い出したのだ。着替えろと彼は言っていた。
 指が思うように動かず、ボタンを外すというだけでも随分と時間がかかってしまう。ブラウスから袖を抜こうとしたところに――
「うおぉっ!?」
 レオンの悲鳴らしきもの。
 のろのろ、と頭を動かしてレオンを見れば、彼はすでに壁の向こうに隠れてしまっていた。
「なんで服脱いでんだよっ!」
「だってお前が着替えろと……」
「一言言えよ!」
「すまん……」
 しゅんとしたようなガートルードの声。レオンは壁にもたれかかりながら、はぁぁぁぁ、と深い溜息を吐く。
 これは誘っているようなものだろ、風邪引いてんのに誘うなよ。生殺しだ。勘弁してくれ。
 穴があれば潜りたい、ではなく、穴があれば叫びたい心地で時が過ぎるのを待つ。
 暫くしてガートルードから声が掛かると、レオンは一度大きく深呼吸してから部屋に入った。
 着替えを終えたガートルードはすでに横になっている。
 レオンは寝台横の小棚にティーカップを置くと、今度は鞄の中にしまわれていた弁当を引っ張り出した。
「さ、弁当食おうぜ」
「うん」
 食欲はあるようだが念の為にと、レオンはキノコやハムなど風邪にはあまり良くない食材を避けながらガートルードに食べさせていく。
 ガートルードの食事は常よりも遅いので、レオンが食べながらでも充分世話できる範囲だ。
 ふいにガートルードの唇が綻ぶ。どうかしたか、問うようにレオンは首を小さく傾げた。
「何年かぶりだ、こうして家で誰かと食事するのは」
「そうなの? つか、この間晩酌に付き合うって言ったくせに、結局来てくれねぇよな、お前」
「うっ……すまん」
 ガートルードの目が泳ぐ。レオンの性格上、晩酌に付き合えばそのまま泊まりになりそうで踏ん切りがつかないのだ。
「まあ、いいけどな」
 そう言ってキノコのサンドウィッチを口に放り込むレオンに視線を向ける。
 彼は何故、自分が晩酌に付き合えないのか分かっているのだろうか。そしてそんな自分のどこが、いいのだろうか?
 そんな疑問がガートルードの胸に浮かび上がってくる。普段なら口にしなかったかもしれないが、熱に浮かされた今は思ったままに問いを投げる。
「なあレオン。私のどこが気に入っているんだ?」
「ん? そだな……飾らないところ、素直なところかな。話してて落ち着くし。……お前はどうなんだよ?」
「そうだな、うまくいえないが……眼が好きだ。最初は冷たそうにも見えたけど、なんか……この人とは心が通じあえそうだ、と思った」
 アイスブルーの瞳はその名と違って温かで、ガートルードに安らぎをくれる。
 ふっ、とレオンは微笑むと、ガートルードの顔を覗きこむ。
「俺もお前の眼が好きだよ」
 風邪とは違う、別のもので顔が熱くなるのを感じて、ガートルードは目を逸らした。
 そんなガートルードの頬にレオンはキスを一つ。
「早く風邪治せよ」
「っ……う、うん……」
 ぽんっとガートルードの頭を一撫ですると、レオンは空いた弁当箱を片付けるべく立ち上がった。
 流しに弁当箱を置いて、もう一度、大きな溜息を一つ。
「折角ベッドがあるのに押したおせねぇとか」
 恨みがましげなレオンの独り言は水の音と共に流れて行った。


●ファン
 ぱらぱらと降り出した雨は、少しずつ地面を濡らしていく。
 向坂 咲裟は表情一つか変えず空を見上げた。雲は分厚く、雨が激しくなることは容易に予想できる。
「ワタシのお家に来るのはどうかしら」
「……お嬢さんの家?」
「ええ」
 カルラス・エスクリヴァが戸惑うのも無理はない。どう返すべきか悩んでいると――
「この前はお家にお邪魔したから……おもてなし、頑張るわ」
 どうやら咲裟なりにお礼がしたいらしい。常と同じ表情だが、どこか意気込んでいるように見える。
 これは応じない方が野暮というものだ。
「あー……まあ、折角だしな……お邪魔しよう」

「はい、タオル」
「ありがとう」
 咲裟はカルラスにタオルを渡すと、カウンター向こうのキッチンに引っ込んだ。
 かちゃかちゃと聞こえる音から察するに昼食の用意をしているのだろう。
 カルラスは身体を拭きながら室内を見回した。大きな庭付きの一軒家にも関わらず、人の気配がまるでない。
「誰も居ないのか?」
「今日はお父さんとお母さんもお出かけしているのよ。カルさん、掛けて待っていてね」
「ふむ……」
 カルラスは言葉に甘えてソファに腰掛けた。クッションが置かれたソファが僅かに沈む。
 することは何もなく、手持ち無沙汰。となれば、することなど限られてくる。カルラスは何の気なしにリビングを観察し始めた。
 棚やソファ、テーブル。窓から見える庭のどれ一つをとっても幸せそうな家族の気配が漂っている。それがカルラスには居心地が悪く、眩しい。
 ふと、オーディオセットがあったなと思い出し、そちらへ視線を向ける。職業柄、どうしてもそういうものは気になるのだ。
 すると、そのすぐ傍の壁にカルラスがよく知っている人物の写真が飾られていた。確認せずとも分かる。チェロを弾くカルラスの写真だ。
「な、何故この写真が……!?」
「おじさん、準備が出来……どうかしたの?」
 昼食の準備を整えた咲裟はカルラスを呼びにきたのだろう。
 慌てた様子のカルラスを見て首を傾げる。咲裟はカルラスの視線を辿ると、ああ、と理由を察した。
「言ってなかったかしら……お母さんがカルさんのファンなのよ。ワタシが生まれる前から、ね」
「なるほど、お嬢さんの母親が……嬉しい限りだな」
 合点がいくと同時に、カルラスは気恥ずかしくなった。それを隠すように頬をかく。
 行きましょ、と咲裟はダイニングにカルラスを促す。カルラスは促されるまま席に着いた。
 テーブルの上にはお弁当が広げられていて、カルラスの席には温かい紅茶、咲裟の席には牛乳が置かれている。
「今日のお弁当、お母さんと一緒に作ったの。……とっても張り切っていたわ。おかず、美味しそうでしょう?」
「本当だな。ありがたく頂こう」
 栄養バランスだけでなく彩りも考えられているのだろう。華やかなおかずの数々と、少し不恰好なタマゴサンドが並んでいる。
 タマゴサンドは咲裟だけで作ったもの。咲裟はまだ料理が得意ではないのだ。
 そのタマゴサンドを手に取ったカルラスに、さっきは言わなかった事実を告げる。
「……サキサカサカサも、貴方のファンなのよ」
 カルラスは驚き、眼を丸くするが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
 いつもの静かな口調だが、咲裟がこういう言い方をする時は強く主張したい時だ。
 少し不恰好なタマゴサンドは、どこか不器用な咲裟に似ている。カルラスはそこに親しみを感じた。
「サンドイッチ、美味しそうだ」
 言って、一口。優しい味がカルラスの口内に広がったのだった。


●虹
「お邪魔、させ、て、もらって、いい……かな?」
 篠宮潤は自分の声が強張っていることを感じた。ヒュリアスに対しては少しだけ滑らかに喋れるようになってきたというのに、昔に戻ったような口調になってしまった。
 前にヒュリアスの家を訪ねた時は、風邪を引いていた彼を心配して無理矢理上がらせてもらったが、今回は違う。きちんと相手の意思を確認しなくてはならないのだから、潤が緊張するのも仕方がないこと。
 沈黙したままのヒュリアスを、潤はおそるおそる見上げる。
「……えっと、ほら、お弁当…僕一人じゃ食べきれない、し……!」
 ヒュリアスの脳裏に反論の言葉が浮かぶ。潤自身の家がすぐ近くにあるのに、男の一人暮らしの部屋に若い娘が云々。
 いや、そもそも自分を迎えに来てくれたところに雨が降ったのだ。このまま帰すのも決まりが悪い。
「……そうだな」
 肯定の言葉を搾り出し、ヒュリアスは玄関扉を開く。
 ほっとしたような様子の潤を見て、ヒュリアスは言い聞かせるよう胸中で呟いた。自分がしっかりしていればよい、と。
 そんなヒュリアスのことなど知らない潤の唇はゆるやかな弧を描いている。
 告白するつもりはない。困らせたいわけでもない。
けれど、好きなのだ。用意した弁当を一緒に食べるくらいのささやかな贅沢くらいは許されていいだろう。

 テーブルを挟んで二人で弁当をつつく。
 ヒュリアスが用意したグラスが空になっていることに気付き、すぐに潤は水筒の茶を注ぐ。
 黙々と食べているヒュリアスの様子が気になって、ちらちらと見てしまう。勿論、それに気付かぬヒュリアスでは無い。
「……何かね」
「えっと……味…平気?」
 不安そうに潤はヒュリアスを覗き込んだ。
 ヒュリアスは思わず手を伸ばしそうになったが、拳を強く握り締めて堪える。自分がしっかりしていれば良いとかいう問題では無い。
 ヒュリアスは潤を見つめながらも、深い溜息を吐いた。
「え!? な、何? マズイ?!」
 必死な様子でオロオロし始めた潤を、ヒュリアスは宥めるように手で制する。
「いや……味に対してではない。気にせんでいい。……美味い」
「そっ、か……良かった……」
 安心したように潤は息を吐いた。ヒュリアスが気休めで言っている訳では無いことは声で分かる。
 ぴくり、ヒュリアスの手が再び動きかけて止まる。はぁぁぁぁ、と再び溜息。
 止まろうとする己の意思など意味が無いように、急加速していくこの想い。恋の病などという柄ではないが、恐ろしい病のようだと思う。

「雨……やまない、ね」
 窓から外を見た潤がぽつり。
 弁当の中身は綺麗に無くなっている。つまり、口実が無くなってしまったということ。
 名残惜しい、というのは潤の素直な思いだが、それを言葉にすることは出来ない。
「片付けたら、帰る、から……傘、貸してもらえる?」
「……このままやむまで居ても構わんよ。雨は得意ではなかろう」
 空の弁当箱を片付けていた潤の手が止まる。
 『彼女』が亡くなった日も降っていた。だから、雨は好まないだろうというヒュリアスなりの気遣いだ。そこにあるのが気遣いだけなのかどうかは別として――
「ありが、と」
「虹も出るかもしれんしな」
 添えられた言葉に、パッと潤の表情が明るくなる。
 ヒュリアスは嬉しそうに頷く潤の顔から目を背け、何かを堪えるように腕組みする。
 目を背けているというのに、煙水晶の瞳がヒュリアスの脳裏にちらつく。
 しっかりしろと自分を叱咤しながらも、ヒュリアスは強くなった雨音に心地良さを感じていたのであった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:篠宮潤
呼び名:ウル
  名前:ヒュリアス
呼び名:ヒューリ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月15日
出発日 09月22日 00:00
予定納品日 10月02日

参加者

会議室

  • [8]向坂 咲裟

    2015/09/21-23:37 

    向坂 咲裟よ。よろしくね。

    雨ね…折角のお出かけなのに、残念だわ。
    でも、お弁当はきっと何処で食べても美味しいわよね。
    皆がお家で素敵な時間が過ごせる事を祈っているわ。

  • [7]篠宮潤

    2015/09/19-18:59 

    Σ(通りすがりにミサさんが盛大に転んだのを目撃。怪我が無さそうな様子にホッ)

    篠宮潤(しのみや うる)と、パートナーはヒュリアス、だよ。どうぞ宜しく、だ。
    雨…は、仕方ない、けど…どどど、どうしよっか、な……っ
    近いのはヒューリの家、なんだけ、ど……雨宿り、させてくれる、かなぁ……

    ヒュ:
    ………俺は鬼かね。非常事態時は仕方なかろう。
    …というか、以前も上がったことがあるではないか。半ば無理矢理……
    (今回もなにか苦労の気配に溜め息漏らす狼)

  • レオン:
    始めましての人も又会えた人もこんにちは!
    折角のお出かけだってのに残念だな!
    まあ、部屋でゆっくりするのも悪くねぇか。
    のんびり楽しもうぜー

  • [4]桐ヶ谷 りんね

    2015/09/18-14:07 

    初めまして、桐ヶ谷りんね…です。
    精霊は叔父の真白さん。よろしくお願いします(ぺこり

    急な雨だからどうしようと思ったけど、家でゆっくり過ごすのも良いですよね。

  • [3]ミサ・フルール

    2015/09/18-01:20 

  • [2]ミサ・フルール

    2015/09/18-01:20 

    あ、あわわわ、雨だ…っ(おろおろ)
    そだ、おべんと! お弁当だけは まもらなく・ちゃあっ!?(見事にコケるもサンドイッチが入ったバスケットは死守する)
    ~っ(痛みを堪えながら)秋の薔薇を見たり、運がよければ皆とも会えたりするのかなって楽しみにしてたのだけど、この天気じゃしょうがないね(しゅん)
    皆が思い思いの時間を過ごせますようにっ
    それじゃあまたどこかで~(手を振りながら立ち去る)

  • [1]ミサ・フルール

    2015/09/18-01:18 


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