ミラクル・ミステリー~桜散る夜に~(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 ようこそ、魅惑のミラクル・ミステリーへ。
 今宵、あなた方には一つの物語の、その真相を暴いていただきたく存じます。
 どうか、謎を解き明かし、真実を白日の下に暴いてください。

 さぁ、幕が上がります。
 用意はいいですか?
 目を逸らさず、真実への鍵、しかと見つけて下さいませ。


 遅咲きの桜が舞い散る夜でした。
 豪華なそのお屋敷では、主人の誕生日を祝う華やかなパーティが開かれています。
 パーティルームからは庭に咲く立派な桜の木を眺められ、遅咲きの満開な桜を愛でながら人々は一時を楽しんでいました。
 そんな中、突如、絹を裂くような女性の悲鳴が響き渡り、場が凍り付きます。
 皆の視線の集まる先に、屋敷の主人が倒れており、息絶えていたのでした。

 死因は、ワインの中に含まれていた毒物。
 容疑者は四人。
 主人の妻。
 主人の愛人。
 主人の息子。
 主人に仕える執事。

 妻は、毒物の入っていたワイングラスを夫に渡しました。
 そのワイングラスを妻に渡したのは、執事です。
 主人の誕生日祝いに、ワインを用意してきたのは息子でした。
 愛人は、ワインを飲む主人の隣に寄り添っていました。

 それぞれに動機もあります。
 妻は、愛人にうつつを抜かし、自分を蔑ろにする主人を常日頃から恨んでいました。
 愛人は、主人が死ねば、その遺言状で……全てではないですが、かなりの遺産を貰えます。
 息子は、自ら経営する会社が資金難で、父の遺産が欲しい状況でした。
 執事は、小さなミスを主人に酷く叱られ、クビにすると宣告されていたそうです。

 ワインに含まれていた薬物は、この屋敷の庭に自生していた植物から採れるもので、誰でも入手可能でした。

 果たして犯人は誰なのか?
 関係者から事情を聞き、屋敷内を捜査し、犯人を見つけるのは……貴方です。


「それでは、ゲームを始めます」
 ミラクル・トラベル・カンパニーのツアーコンダクターが、にこやかな笑顔で一同を見渡しました。
「制限時間は、明日の15時まで。それまで、自由に屋敷内を捜査してください。
 役者の皆様は、完全にその役柄の人物として屋敷内に居りますので、こちらも自由にお話を聞いていただいて問題ございません。
 ただ、亡くなった主人役の役者の方はここから引き上げますので、ご了承ください。死体に口なしです」
 悪戯っぽく口元に人差し指を当ててから、コンダクターは柱の時計を見上げます。
 時計の針は19時を指そうとしていました。
「捜査をしないお客様は、引き続きこちらでお食事とご歓談を楽しんで頂いても構いません。
 お部屋で寛いでいただくのも自由です。
 朝食は7時から、昼食は12時から、食堂にご用意させていただきます。
 ご希望があれば、お部屋に運ぶ事も可能です。
 何か御座いましたら、お気軽にスタッフまでお声を掛けてください」
 コンダクターが視線を向けると、ミラクル・トラベル・カンパニーの腕章を付けた数人のスタッフが爽やかな笑顔でお辞儀をしました。
「明日の15時に、このパーティルームで皆様の推理を披露していただきますので、お集まりください。
 それでは、皆様、楽しいミステリーの時間を!」

 ☆☆☆

『屋敷の施設紹介』

 1階……玄関ホール、広間、食堂、厨房、洗濯室、使用人の部屋
 2階……パーティルーム、喫煙室、客室(11室)、浴室 ※愛人は客室の一つを利用
 3階……家族の寝室(主人用、妻用、息子用)、書斎

解説

ミラクル・トラベル・カンパニー主催『ミラクル・ミステリー』というツアーに参加するシナリオです。
『ミラクル・ミステリー』はまだ、本サービスが開始されていないツアーで、今回皆様にはモニターとして参加いただきます。
モニターのため、参加費用は無料です。

皆様は実際に家のパーティに招かれたという設定で、殺人事件を目撃しております。
翌日の15時までに、屋敷を巡り、犯人を推理してみてください。
※指紋鑑定などの専門的な鑑定作業はできません。

勿論、推理をせず、屋敷でのひとときをのんびり過ごす事も可能です。

推理をする方は、プラン内に犯人の名前を記載してください。
※一プレイヤー様に付き、一人のみでお願いいたします。
(記載例:犯人=妻)

容疑者は以下より選んでください。

 主人の妻(49歳)
 主人の愛人(23歳)
 主人の息子(27歳)
 主人に仕える執事(59歳)

また、トリックや動機などを想像して記載いただきますと、それが反映されて展開が変わる可能性がありますので、ご自由にお書き添えください!
※都合上、反映が難しい場合も御座いますので、予めご了承いただけますと幸いです。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『ミステリーだいすき!』雪花菜 凛(きらず りん)です。

今回はミステリーな一時を楽しんでいただきたいと思います。
推理というよりは、探索を楽しみ、勘で犯人を当てる!なシナリオになっております。
当たったらラッキー!と、探偵になった気分で、パートナーと仲良く過ごしていただけたらと思います。
探索の結果や皆様の推理次第で、異なる展開をご用意しておりますので、お気軽にご参加ください!

皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪

※ゲームマスター情報の個人ページに、雪花菜の傾向と対策を記載しております。
 ご参考までにご一読いただけますと幸いです。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)

  何だかドキドキしますわねっ
私が探偵ならサフランは助手かしら?
「事件の捜査に行きますわよサフラン君!」

私は執事さんに事件当時の事を聞きに行ってみます
どのくらい長くここで働いているのか
グラスの用意や、ワインを注いだ人は誰なのか
ワインは全員が飲んだのかを聞きます

聞き終えたら1階の洗濯室と使用人の部屋へ
植物を採取した時は素手ではないと思いますから
手袋や、採取に使われたものがないか探します

○推理
犯人=執事

同じワインを皆さんが飲んでいたのなら
毒物は主人のグラスに塗られていた事になりますわ
それが出来るのは執事さんですわっ

動機はご主人に蔑ろにされていた奥様が
可哀そうで、見ていられなかったからじゃないかしら



月野 輝(アルベルト)
  犯人とか動機とか推理するのって楽しいじゃない?
例え外れたって、真相が分かった時に「なるほど」って思えれば満足だし。
それに、アルもこういう考えるタイプのゲーム、好きでしょう?
一緒に捜査してくれるわよね?
私、犯人は妻と見たわ

■行動
奥さんの話を聞きたいわね
旦那さんをどう思ってたのか、愛してたのか憎んでたのか
奥さんと旦那さんの仲についてや結婚の馴れ初め等も聞き込みできないかしら?

愛人さんはいつからいるの?とか、奥さんと喧嘩とかしてなかったか、なんかも気になるわ
「愛してるから他の人に夫を取られるのが嫌だった」って動機だと素敵よね

自分だけを見て欲しいと思える程の相手…私にもいつか見つかるかしら…ね、アル?


日向 悠夜(降矢 弓弦)
  うーん…ワインは主人一人しか飲んでいなかったのかな?
お誕生日のプレゼントだったとしても…傍に居た愛人は飲んでいなかったのかな…?

降矢さんと一緒に愛人の下を訪ねようか
状況とお酒が飲めるかどうか

愛人が飲んでいたらワインに細工は無いって事よね
お酒を飲めるのに飲んでいないのなら、彼女が犯人の可能性が高いけれど…それにしては、あまりにも彼女が近すぎるのよねぇ…
飲めないのならば、息子や妻、執事が犯人の可能性が高くなるよね
…息子や妻が、愛人の事を進んで知ろうとするかな?
それに二人のどちらかが犯人の場合、愛人の事も狙うんじゃ…?
…愛人の状況がなんであれ、主人だけを殺せるのは…執事さん

…うん、犯人は執事さんかな



八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  実際の事件でないのなら気軽に挑戦できますね。
でも、やるからには真剣に、です。頼りにしてますね、名探偵さん。

現場検証を手伝って、終わったら容疑者に聞き込み。
全員動機はありますが、特に気になるのは妻。
女性は浮気した夫よりも浮気相手の方をより憎むという傾向があるそうです。
奥様、あなたはそんな風に思ったことはありませんか?

犯人ですが、アスカ君は誰だと……ええっ!?私がですか?
毒を仕込んだのは、妻だと思います。
ただ、狙いは主人と愛人どちらでもよかった。
生き残った方に罪をなすりつける……
だからグラスすり替えがあったかどうかも、どちらでもよかったんだと思います。
想像飛躍しすぎでしょうか?



テレーズ(山吹)
  ミステリーですかー、わくわくします!
のんびりしてる場合じゃないですねー

私は毒草の事を調べてみますねー
誰でも入手可能とはいえ皆さん庭に毒草があった事を知っているんでしょうか?
入手しても一加工いるでしょうし多少は知識が必要ですよね
そのあたりもお話を伺ってみたいですね

私は犯人は妻と推測しますねー
毒の混入自体は容易そうですし庭の事も把握しているかと
ただ主人が先に愛人にすすめる事もありえたと思います
殺害するのは主人と愛人のどちらでもよかったのではないでしょうか
妻の恨みは愛人にもあると思うのですよ
お年を考えるともっと昔から似たような状況はあったのかもしれません
いい加減我慢の限界だったのではないでしょうかー



●1.

「やるからには真剣に、です」
 アスカ・ベルウィレッジは、八神 伊万里が拳を握って言った言葉に目を瞬かせた。
「頼りにしてますね、名探偵さん」
 伊万里の笑顔に僅かに眉を寄せる。
「確かに探偵の手伝いはしてるけど、殺人事件に関わるのなんて実際ないからな。
 あれは物語の中だけ……」
 続けて言おうとした台詞は、じっと見てくる伊万里の眼差しに阻まれた。
「わ、分かったよ。協力すればいいんだろ?」
(ま、本当の殺人事件じゃないなら安心かな)
 アスカは胸中で呟くと、改めて周囲を見渡す。
「まずは何をしますか? アスカ君」
 視線を伊万里に戻すと、活き活きとした翠の瞳がアスカを見つめていた。
「現場百回。まずは事件の起きたパーティー会場を調べよう」
「了解です!」
 二人は早速現場検証を始める事にする。
「ご主人は、ここに倒れたんですよね」
 そこには、割れたワイングラスの欠片が残っており、立派なカーペットにはワインの染みが出来ていた。
「ガラス、気を付けろよ」
 アスカは伊万里がガラスの欠片を踏まないよう、さりげなく誘導しながら現状をじっくり観察する。
「ワインをどのようにして飲んでいたか、詳しく知りたいな」
「ご主人の近くに居た方に確認が必要ですね」
 アスカの言葉に伊万里が頷き、二人は主人が倒れた時の事を思い出しながら、辺りを見渡す。
「あれは……」
 視線を向けた先のバルコニーに、主人の息子の姿があった。
 二人は顔を見合わせ頷くと、バルコニーに出て彼の背中へ声を掛ける。
「少し、よろしいでしょうか?」
「……何?」
 神経質そうな眉根を寄せ息子が振り向いた。
「この度は、お悔やみ申し上げます」
 伊万里が礼儀正しく一礼するのに合わせて、アスカも頭を下げる。
「どうも……何か聞きたい事でもあるのか? 探偵さんよ」
 息子は口の端を僅かに上げ、値踏みするように二人を見てきた。
「ご主人が倒れた際、お近くにいらっしゃったと記憶しているのですが」
「あぁ、居たよ。ったく、悪夢だぜ」
 伊万里の問い掛けに、彼は苦々しく首を振る。
「その時、ご主人と一緒にワインを飲んでいた方はいましたか?」
 アスカの質問を受け、彼は外の桜へ視線を移した。
「俺、お袋、あのオンナ、そして親父。皆ワイングラスを持ってたさ」
 彼によると、執事がグラスを用意してワインを注ぎ、それを妻が配って、皆で乾杯をしたのだという。
 そして一番にグラスに口を付けた主人が倒れた。
 その時、妻と愛人は驚いてグラスを落とし割ってしまったらしい。
 彼自身もまた、ワインは一口も飲む事はなかったとの事だった。
「俺があのワインを用意したが、何時開けられたかは知らねぇよ。
 グラスに注ぐ時だったかもしれねぇし、執事の奴が持って来た時には開いてたかもしれねぇ。
 あの時は、この桜に意識が向いてたから、ちゃんと見てた奴なんて居ないと思うぜ」
 彼はテラスの外に咲き誇る桜の木を見遣る。
「魂を持ってかれそうなくらい、綺麗だろ?」
「……本当に、綺麗です」
 伊万里は思わず素直にそう答えていた。
 闇夜に鮮やかな紅が散っている。
 夜風に舞う紅色に、伊万里とアスカの視線も、僅かの間奪われたのだった。


●2.

「毒草の事が気になるんですー」
 テレーズは、パートナーの山吹へ好奇心いっぱいの瞳を向けた。
 唇に人差し指を立て、考えながら言葉を続ける。
「誰でも入手可能とはいえ……皆さん、庭に毒草があった事を知っているんでしょうか?
 入手しても一加工いるでしょうし、多少は知識が必要ですよねー」
 張り切っている様子の彼女に、山吹は瞳を和らげた。
「毒草を調べるのなら、実物を探してみるのもいいかもしれませんね」
「成程ー! では、お庭へ行ってみましょうかー」
 提案に笑顔で頷くと、テレーズは彼と庭へ向かう。
「綺麗ですねー……!」
 庭の中央に大きな桜の木が咲き誇り、舞い散る花びらがカーペットのように地面を彩っていた。
「あそこに毒草があるみたいですよ」
 桜に見蕩れていたテレーズは、山吹の声に我に返った。
 何で直ぐに分かったんですかー?
 そう尋ねようとして、山吹の視線の先を見て止まる。
 そこには『毒草注意』と書かれた立て札があったのだ。
「分かり易いですねー」
 立て札と、そこに自生している草を見比べる。
「間違って採取しないよう、分り易くしているのかもしれませんね」
 ここ、千切られた跡がありますよ」
 山吹が指差す先には、確かにこの草を採取したと思われる跡があった。
 二人はじっと毒草を観察する。その時だった。
「調査中かしら?」
 急に背後から呼び掛ける声に、テレーズは肩を跳ね上げてから後ろを振り返った。
「今晩は」
 そこには、何所か妖艶な微笑みを湛えた主人の愛人が立っていた。
 手には煙管が持たれている。
 テレーズと山吹は彼女へ会釈を返す。
「毒草を見に来たって訳ね」
 二人の背後の毒草に視線を遣ってから、彼女は長い髪を掻き上げた。
「あのーお尋ねしてもよろしいでしょうかー?」
 テレーズの問い掛けに、『いいわよ』と彼女は頷く。
「庭に毒草があった事を知っていらっしゃったんですか?」
「知らない人は居なかったわね。旦那様、よく毒草の事を話してたから」
「ご主人が?」
 山吹の言葉に彼女は口の端を上げた。
「よく冗談めかして、『俺を殺すなら、庭の毒草を使って欲しい』って言ってたわ」
 テレーズと山吹は思わず互いの顔を見合う。
 そんな二人を見て、彼女はクスクスと笑った。
「あの人、酔っ払うと質の悪い冗談ばっかり言ってたの。そういう自分を格好良いとでも思ってたんでしょうね。
 でもまさか、本当にこの毒草で死ぬなんて、思ってなかったと思うわ」
「……失礼ですが、余り、ご主人の死を悲しんでいらっしゃらないのですね」
 山吹がそう問い掛けると、彼女は瞳を細める。
「割り切った関係だったから。でも、困ってもいるの。
 遺産は多少貰えるけと、もうそれ以上の収入は見込めないって事でしょ? ホント、どうしようかしら……」
 彼女は自分の身体を抱き締めながら、呟くようにそう言ったのだった。


●3.

「事件の捜査に行きますわよ、サフラン君!」
 びしっと指差しポーズでそう言ったマリーゴールド=エンデを、サフラン=アンファングは生暖かい目で見ていた。
「『君』?」
「ほらっ、探偵小説には、探偵と助手のコンビが付き物でしょう?」
 マリーゴールドは瞳をキラキラとさせ、サフランを振り返る。
「名探偵マリーゴールドと助手のサフラン君! 良くありません?」
「……名探偵じゃなくて迷探偵」
 思わず小さく呟いた言葉に、よく聞こえてなからしいマリーゴールドが『何ですの?』と首を傾ける。
「イエ、ナンデモナイデスヨ?」
 サフランは笑顔で首を振ってから、ニヤリと微笑んだ。
「それじゃ、参りましょうカ」
「えぇ、頑張りましょうねっ」
「まずは、どちらへ?」
「執事さんにお話を伺いたいですわっ」
「なら、使用人の部屋に行ってみる?」
 二人は、執事の姿を探しに1階へ向かう事にした。
 螺旋状の階段を降りて1階へ辿り着くと、丁度、歩いてきた執事と鉢合わせる。
「少しお話をお伺いしたいのですけど、よろしいですか?」
「はい、お客様」
 マリーゴールドが声を掛けると、執事は洗練された動作でお辞儀をする。
 マリーゴールドはお礼を述べてから、早速質問を始めた。
「事件当時の事を詳しく教えて頂きたいのです。
 ご主人のグラスを用意され、ワインを注いだ方は誰だったのでしょうか?」
「グラスを用意し、ワインを注いだのは私でございます」
 執事は『まさか、あんな事になるとは……』と深く息を吐き出した。
「同じワインを飲んだ方は、いらっしゃいましたか?」
「お飲みになったかは存じませんが、皆様、グラスをお持ちになっていらっしゃいました。
 私がグラスを用意してワインを注ぎ、それを奥様が旦那様と皆様に配られたのです」
 執事によると、主人を囲むようにして、愛人、妻、息子が居り、皆ワインを注がれたグラスを持っていたという。
「失礼ですが、貴方はワインは飲まなかったのですか?」
 マリーゴールドの隣でメモを取っていたサフランがそう尋ねると、執事は緩く首を振る。
「使用人たるもの、あのような場で頂く訳には参りません」
(まぁ、普通はそうだよね)
 サフランは頷いてから、
「では、貴方の主観で構いませんので、ご主人やそのご家族、愛人の方についてどのような方か、教えて頂けますか?」
「はぁ……」
 少し戸惑うように執事は視線を彷徨わせてから、口を開いた。
「旦那様は……少しルーズな所がお有りですが、経営者としてはご立派な方で尊敬申し上げております。
 奥様は、大変大人しい方です。旦那様を陰ながら支えていらっしゃいました。
 ご子息様は、旦那様に似てルーズな所がお有りですが、根は真面目な方でございます。
 愛人の方は……正直申し上げて、余り好きにはなれません。財産目当ての方ですので」
『これでよろしいでしょうか?』と首を傾ける執事に、サフランは微笑んだ。
「有難う御座います」
「私からもう一点、よろしいですか?」
 マリーゴールドが手を上げて執事を見る。
「執事さんは、どのくらい長くここで働いていらっしゃるのでしょう?」
「もう25年……になりますか」
 そう言った執事の目は、何所か遠くを見ているようだった。


●4.

 月野 輝とアルベルトは、妻の部屋へと向かっていた。
「犯人とか動機とか推理するのって楽しいじゃない?」
 長い廊下を歩きながら、輝はそう言ってアルベルトに微笑む。
「例え外れたって、真相が分かった時に『成程』って思えれば満足だし。
 アルもこういう考えるタイプのゲーム、好きでしょう?」
「確かに推理は好きです」
 アルベルトは瞳を細めると悪戯っぽい視線を向けた。
「けれど、今回は輝が探偵役をやりたいのでしょうし、私は助手になりましょう」
「え?」
 驚いて見上げると、彼はやんわりと笑う。
「ふふ、聞き込みは得意ですよ。
 ……大丈夫です、輝にするようなからかい癖は出しませんから」
 ニコニコニコ。
 アルベルトの輝くような笑顔を見ながら、輝は少しだけ不安な気持ちになったのだった。

「……どちら様?」
 輝が扉をノックすると、弱々しい女性の声が返って来た。
「少しお話をお伺いしたのですが、今よろしいでしょうか?」
「どうぞ……お入りになって」
「失礼します」
 輝は出来るだけ静かに扉を開け、アルベルトと共に中へ入った。
「気分が優れないの。このままでも良いかしら?」
 部屋の中には、疲れた表情でソファに深く腰を掛けている主人の妻が居た。
 その前には、飲みかけの水割りがある。
「えぇ、構いませんよ」
 アルベルトの言葉に、女性は微かに微笑んだ。
「何が聞きたいのかしら?」
「亡くなったご主人との事について、お伺いしたいのです」
 輝が切り出すと、女性は瞳を伏せる。
「ご主人とは、どのような経緯でご結婚を?」
「……所謂政略結婚ですわ。親同士が決めた結婚でした」
「では、お二人の間に恋愛感情はなかったのでしょうか?」
 続いてのアルベルトの質問に、女性は小さく息を吐き出した。
「あの人には、無かったのでしょうね」
「『あの人には』って、事は……」
「貴方は、ご主人を愛していた?」
 アルベルトの声が部屋に響き、暫しの沈黙があった後、
「愛していたわ……」
 か細い女性の言葉が、搾り出されるように出る。
「親同士が決めた結婚だったけれど、私は……あの人の事が、ずっと好きだった。
 けれど、あの人の心が私に向く事は無かった……」
 両手で顔を覆う女性に、輝は思わず歩み寄るとその背中を撫でていた。
 その様子を見つめながら、アルベルトは女性へ問い掛ける。
「では、あの愛人の存在は……さぞかし、貴方には負担なのでは?」
「許せなかった」
 女性ははっきりと頷いた。
「けれど、今はもう……どうでもいい。だって、もうあの人は居ない……。
 居なくなって、しまったから……」
 そう言い、妻は涙を零したのだった。


●5.

 日向 悠夜は、降矢 弓弦と共に愛人の寝室を訪れていた。
「ワインを飲んだか、ですって?」
 椅子に座った女性は、長い髪についた桜の花びらを取りながら、問い掛けた悠夜を見上げる。
「飲んでないわ。飲む前に旦那様が倒れて、私、驚いてグラスを落としちゃったから」
 そう言って、桜の花びらを指先で弄んだ。
「旦那様へのプレゼントのワインでしょ?
 まずは旦那様が楽しんでから、私達も頂く……っていう、暗黙の了解があったのよ」
「他の方も、ワインを飲んでいないのでしょうか?」
 女性の様子を観察しながら、弓弦が重ねて尋ねる。
「知らないわ。でも奥様は飲んでないんじゃないかしら?
 私と一緒で、あの時、驚いてグラス落としてたし」
「そうですか」
 悠夜はチラリと弓弦を見遣る。
 弓弦は小さく頷いた。
 嘘を吐いているようには感じられない。二人の意見は一致した。
「有難う御座いました」
 お辞儀をして愛人の部屋を出る。
「ご主人だけ狙われた……って事で、間違いないみたい」
 廊下を歩きながら、悠夜は小さく唸った。
「状況から、最初にワインを口にするのは確実にご主人だったみたいだからね」
 弓弦は悠夜に相槌を打つ。
「それに、多分……息子さんもワインは飲んでないと思うよ。ご主人が倒れてから飲むとは考えられないし」
「うん、私もそう思うよ」
 弓弦の意見に同意して、悠夜は歩みを止めて腕組みをした。
「となると……犯人は、ご主人を恨んでいた人物って事になるね……そうなると」
 そこで悠夜の言葉は止まる。
 思考に入ったらしい悠夜を見つめ、弓弦は微笑んだ。
 今は邪魔をしない方がいい。
 しかし、そうなると少し手持ち無沙汰だ。
「ん? あれは……」
 周囲を見回すと、視界に扉の開いている部屋が入った。
 大きな本棚が見える所からすると、書斎らしい。
 本の虫な弓弦の好奇心を刺激するのは十分な代物だった。
(一応、捜査にはなる……よね?)
「悠夜さん、ちょっとあの書斎を見てくるよ」
 そう声を掛けると、早速書斎へ入ってみる事にする。
 部屋は本の香りに包まれており、弓弦はその空気を吸い込んで口の端を緩めた。
 本棚には、屋敷の主人の趣味なのか哲学書が多く並んでいる。
 何気なくその中の一冊を抜き取ってみると、本の間に挟まっていたらしい薄い冊子が落ちてきた。
「おっと、いけない」
 弓弦はその冊子を拾い上げてから、軽く目を瞠った。
「これは……?」


●6.

「大掛かりなトリックじゃなくて、さりげない細工の可能性が高そうだな」
 伊万里とアスカは、客室で考えを纏めていた。
「例えばワイングラスをすり替えるとか。
 堂々とやれば案外気づかれないものなんだ。人が多ければ騒ぎに紛れて証拠隠滅も容易いしな」
「成程……」
「で、犯人は誰だと思うんだ?」
「えっ?」
 不意に尋ねられ、伊万里は目を丸くして彼を見た。
「俺は今回アンタの助手だから、探偵役はアンタがやれよ」
「私が、ですか?」
 アスカに深く頷かれ、伊万里は少し瞳を伏せて考えてから、顔を上げ真っ直ぐに彼へ視線を向ける。
「毒を仕込んだのは、妻だと思います。
 ただ、狙いは主人と愛人どちらでもよかった。
 生き残った方に罪をなすりつける……
 だから、グラスすり替えがあったかどうかも、どちらでもよかったんだと思います」
 そこまで言って、少し不安げにアスカを見つめた。
「想像飛躍しすぎでしょうか?」
「悪くはないんじゃないか?」
 アスカは少し笑うと、くしゃっと伊万里の頭を撫でたのだった。


 テレーズと山吹は、庭を歩きながら互いの考えを確認していた。
「息子が犯人の線は薄そうですね。ワインそのものに毒を仕込んだ場合、リスクが高すぎる。
 ワインが自分の元に来る事もありえますから」
 山吹の考えにテレーズは頷く。
「私もそう思いますー」
「毒の混入が出来た人物に絞ると、執事、妻、愛人の順番で怪しいでしょうか。
 ただ、愛人の場合は、主人が飲む前にグラスを受け取らなければいけません。グラスに細工をしないと厳しそうです」
「そうなんですよー。だから、私は犯人は妻と推測しますねー」
 テレーズはピッと人差し指を立てた。
「妻ですと、毒の混入自体は容易そうですし。
 ただ……主人が先に、ワインを愛人に勧める事態も起こり得たと思いますー」
 『だから』とテレーズは言葉を続ける。
「殺害するのは、主人と愛人のどちらでもよかったのではないでしょうか。
 妻だと、恨みは愛人にも向かうと思うのですよ。
 お年を考えると、もっと昔から似たような状況はあったのかもしれません。
 いい加減我慢の限界だったのではないでしょうかー」


「そろそろ、名探偵さんの推理を聞かせて欲しいナ」
 食堂で食後のワインを飲みながら、サフランは笑顔でマリーゴールドへそう問い掛けた。
「名探偵マリーゴールドの推理、聞かせて差し上げますわっ」
 マリーゴールドはキラリと瞳を輝かせると、コホンと小さく咳払いをしてから口を開く。
「皆さんに同じワインが配られたのですから、毒物はご主人のグラスに塗られていた事になりますわ。
 となりますと……それが出来るのは執事さんですわっ」
「成程。動機は?」
 サフランは頷いて、続きを促す。
「ご主人に蔑ろにされていた奥様が可哀そうで、見ていられなかったからじゃないかしら。
 執事さんは奥様について好意的な紹介をされましたし」
 『ただ』とマリーゴールドは表情を曇らせた。
「1階の洗濯室と使用人の部屋を捜索しましたけど、何も出て来なかったので……証拠はありませんの」
「なかなかイイ線だと思いますヨ、俺は」
「本当ですかっ?」
「迷探偵、にしてはね」
 サフランは軽くウインクして笑ったのだった。


「私、犯人は妻と見たわ」
 輝の考えを聞いたアルベルトは、口元に笑みを浮かべた。
「動機は『愛してるから他の人に夫を取られるのが嫌だった』。
 そうだったら素敵よね」
「何というか、らしいですが……
 それは輝の希望ですよね? 金の為とかそう言う理由じゃ嫌だと言う」
 アルベルトはそう言ってから、『まぁ確かに』と言葉を続ける。
「執事の理由は、人を殺すにはちょっと弱い。
 息子が毒を入れるには先にワインを開けてなきゃいけないし、
 愛人が毒を入れるのは至難の業と言う気もしますね……手品でも得意なら兎も角」
「なら、アルも犯人は妻と思う訳ね」
 輝は微笑んでアルベルトを見つめた。
「自分だけを見て欲しいと思える程の相手……私にもいつか見つかるかしら……ね、アル?」
「それ程の相手? 何故私に聞くんです」
 アルベルトはクスッと笑みを浮かべる。
「私とそうなりたいって意思表示ですか?」


「奥さんはご主人を愛してるんだね……」
 悠夜は、弓弦が書斎で見つけた冊子を読み終わり、そう呟いた。
「政略結婚ではあったけど、ご主人さんの事が好きだった。
 けれど、ご主人は何人も愛人を作って……悲しいね」
 冊子は妻の日記で、彼女の主人への想いが切々と綴られていた。
 瞳を伏せる悠夜の肩を、弓弦が優しく叩く。
「悠夜さん、考えは纏まった?」
「奥さんと息子、どちらかが犯人の場合、愛人の事も狙うんじゃ……と思うんだ。
 主人だけを殺せるのは……執事さんかなって」
 そう考えたのだけど。
 悠夜は日記を眺める。
「愛しているからこそって事、あるのかな……」
「僕にはそこまでの感情は、まだ分からないけれど。
 けれど、もしそうなら……それはとても悲しい事だなって、そう思うよ」
 悠夜が弓弦を見上げると、彼は窓の外を見ていた。
 桜の花が、散っていた。


●7.

 15時。
 パーティルームに集まった一同は、真相の発表を固唾を呑んで待っていた。
 設置された舞台上の役者の中、ついにその犯人が名乗りを上げる。
「犯人は、私です」
 照明に照らされ、口を開いたのは……妻だった。
「私は辛かった。私に振り向いてくれないあの人に、もう我慢が出来なかったのです。
 私だけを愛してくれたら、私を見てくれたら、こんな事にはならなかったのに。
 だから、ワインを注ぐ際、毒を入れました。
 あの人がいつも言っていたように、あの毒草で……殺したのです」

 ざぁっと風に舞い上げられ、桜の花が舞い散った。
 桜が舞い落ちる夜の殺人劇は、こうして幕を下ろしたのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:月野 輝
呼び名:輝
  名前:アルベルト
呼び名:アル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル サスペンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 04月06日
出発日 04月13日 00:00
予定納品日 04月23日

参加者

会議室

  • [5]テレーズ

    2014/04/09-23:20 

    初めまして、テレーズです。
    皆さんよろしくお願いしますねー。

    動機も状況も充実してて推理しがいがありますね!
    結果発表の時のお楽しみが増えますし私も自由に推理に賛成ですよー。
    犯人は誰なんでしょうね?ふふ、考えるのが楽しいです。

  • [4]日向 悠夜

    2014/04/09-22:31 

    初めましての子は初めまして。日向 悠夜って言います。
    月野さんとマリーゴールドさんは以前他の場所でもお会いしたね。
    みんな、どうぞよろしくお願いするね?

    うん、自由に推理するのが楽しそうだものね。
    推理内容は秘密!っと…
    ふふ、みんなの推理が楽しみだなぁ~!

  • 初めまして、マリーゴールド=エンデと申します。
    皆様、どうぞよろしくお願いしますっ

    そうですね、私もそれぞれが自由に推理してみるのが良いと思いますわっ
    何だか本当に探偵になった気分になりますわねぇ。
    とってもわくわくしますわ!

  • [2]八神 伊万里

    2014/04/09-21:32 

    八神伊万里です。皆さんよろしくお願いします。

    プラン次第で展開が変わるそうですし、ここはそれぞれ好きに考えるのがいいのではと思います。
    まったく見当違いの推理をしてしまうのもまた一興かもしれません。

    それにしても、推理を全部書くととても300字にはおさまりませんね……!
    ここは聞きたいことを絞っていくしかないですね。

  • [1]月野 輝

    2014/04/09-20:50 

    皆さん、初めまして。月野輝と言います。
    ミステリー楽しそうで、精霊のアル共々楽しみにしてます。

    今回はあまりここでお話しすると結果がつまらなくなってしまいそうですし、
    特に相談とかは必要ないでしょうか?
    とりあえず私達は屋敷の住人に話を聞きに行こうとは思ってます。

    行動次第ではご一緒する事もあるかもしれませんね。
    その時はよろしくお願いします。


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