『概念否定』(東雲柚葉 マスター) 【難易度:難しい】

プロローグ

「あはっ……」
 暗い病室で、青年が仄暗い笑い声を上げる。
「あはは、ははは、あははっはははははははははははははははははははははは!!!!」
 その双眸は闇と光をぐちゃぐちゃに入り混ぜたかのような混沌の色彩を放ち、表情はまるで恍惚としたような笑みを浮かべている。
「ついに、ついに完成したよ……」
 青年が手に持つ結晶は、ドス黒い光を輝かせて禍々しく佇んでいる。この世のものとは思えない暗澹さ、生者が手に持つことを赦されないような恐ろしさが宿されているかのようだ。
 それを青年は我が子のように大切に胸に抱き、狂った笑みを浮かべる。
「これを乗り越えたウィンクルム達は、どれだけの愛を、希望を僕に見せてくれるんだろう! ああ、もう待ちきれないよ! 美しい、素晴らしいよ!」
 気味の悪い狂った笑い声が部屋を支配する。
 青年はこれ以上面白いものは存在しないというように、愉悦に表情を歪ませた。
「A.R.O.Aにこの『概念否定』をばら撒く……そしたらどうなるか……あッはッ……!」
 両手を天高く上げ、神を仰ぐようにして真っ暗な天井を見上げる。
「『概念否定』の結晶は、その身に映した神人と精霊を否定することに特化した存在となって変化、顕現する……」
「ウィンクルムの存在そのものをコピーし、闇を吐きまくる偽者と姿を変えるのさ……」
 引き裂かれたかのように口角を吊り上げて、青年は言い放つ。
「つまり、早い話が――自分自身に存在を否定される」
 いや、そんなものじゃまだ足りない、と青年はさらに邪悪なほどに表情を形成し、

「神人は精霊に、精霊は神人に……愛する人に自分の存在を否定されるのさ!!!!」

 あはははははは! と、劈くような笑い声が部屋中を支配する。絶望的な未来を予想して、ウィンクルム達がどんな風に乗り越えていくのかを妄想する。
 それだけで興奮を抑えられなくなったのか、わが身を抱き寄せるように肩を抱き蕩けた表情を覗かせた。
「愛する人に否定されて、要らないって言われてどう乗り越えるのかな……?」
「あッはハハッ! 見せてよ、愛を! 僕に君達の希望を、愛を見せて!」
「僕がこんなにもウィンクルムを愛すように……君達もパートナーをたっくさん、とっても、すごく、素晴らしい愛し方をしているはずなんだ……」
「だから見せてくれるよね……?」
 青年は闇に塗れた瞳で虚空を見定める。

「君達を愛する僕に、君達の愛を見せてくれ!!!!」

 狂った玩具のように笑い声を響かせながら、青年は結晶を握り締めて病室を後にした。



解説

・今回のエピソードは、ウィンクルムの存在を否定することに特化した影のような偽者が現れ、ウィンクルムの心を壊そうと迫ってきます。なお、物理攻撃では破壊することが出来ません(攻撃することは出来ます。影が攻撃してくることもあるかもしれません)。気持ちで打ち勝った時、はじめて偽者は消滅します。
・否定というのは、存在を否定するような言葉でなじることです。「お前は生まれてこなければ良かった」「なんで生きているんだ?」「お前に『精霊』と付き合う資格は無い」などという弱い部分を突いて攻撃してきます。
・一組のウィンクルムに一体の偽者が姿を現します。
・偽者だということは、理解している前提です。
・否定されているパートナーを庇って、偽者を消し飛ばしましょう。

・以下から、行動を選択してください。

1.神人の偽者が神人を否定する。

2.神人の偽者が精霊を否定する。

3.精霊の偽者が精霊を否定する。

4.精霊の偽者が神人を否定する。

5.偽者が姿を臨機応変に変えて、神人と精霊を否定する。


・偽者に勝手に無銭飲食されてお金を払うことになったので、500jrいただきます(エピソードとは関係ありません)


ゲームマスターより

季節の変わり目は風邪をひきやすいので、みなさん気をつけてくださいね!

どうも、もう既に羽毛布団を引っ張り出している東雲柚葉です!

今回のエピソードは少しドロドロさせてみました。
何を言われようが否定されようが、あなたはあなたです。自分を強く持って希望を持ってやる気を持って勇気を持って、頑張りましょう!
自分で書いててなんですがそろそろNPCの青年くん殴りたいですね。

では、たくさんのご参加お待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

油屋。(サマエル)

  4

精霊からの否定の言葉なんて今更怖くないと思っていた。
なのに、偽物から「お前はもう必要ない」って言われた瞬間
涙が溢れて止まらなくなった。思考は奥深い闇へ落ちて行く

女として振る舞えないアタシ、力も無い。光るものもない
皆から否定され、嫌われて、世界から孤立した存在だった

何で今まで忘れてたんだろ?アタシって元はそういう奴だったじゃん。すぐ暴力に頼る馬鹿女、そのくせ全然強くない
アタシに生きる価値なんてない

精霊に囁かれて、一瞬ほっとする
そっか、アタシまだ一緒に居て良いんだ


お願い、捨てないで
もっと一生懸命ウィンクルムやるから……!

必死に訴え、震えながら精霊に抱きつく


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  3.精霊の偽者が精霊を否定する。

偽物の言い草にイライラしますね
二人でこれから過去の失敗を乗り越えていこうと約束したので、失敗したこと自体にはそこまで心動かされないでしょうけど
…その失敗が原因で失ったものを言及されれば誰だって心が折れますよ…。

……
だっしゃーーー!!(ハロルド、偽精霊に怒りのドロップキック)
くだらない事をぐちぐちと!
いい!?過去っていうのはもう過ぎ去ったものの事を言ってるの!
私達は生きてるんだから、これからの事を考えるべきでしょ!

それに私はディエゴさんの良い所だけを見て恋したんじゃない
ダメな所もひっくるめてディエゴさんが好き
辛いものは一緒に背負うから負けちゃ駄目です!



リヴィエラ(ロジェ)
  ※ルート3
※スキル『メンタルヘルスLv4』

リヴィエラ:

(ロジェの偽物の言葉を聞いた後に、本物のロジェを背に偽物のロジェの手を握る。
背後のロジェにも語り掛けるように微笑む)

暖かい手…貴方はこの手で、何度も私を守ってくださいましたね。
そして、私をお屋敷の外へ連れ出し、本物の青い空を見せてくれた。海を見せてくれた。
お屋敷の四角い窓の世界しか知らなかった私に、世界は色で溢れてると教えてくれた…

貴方と一緒にいたい。それが私の望み。

生まれなんて関係ない。障害があれば、乗り越えていけばいい。

ねえ、ロジェ。人を心から愛する事って、素敵な事ではないかしら。
もしそれを罪と呼ぶならば、私のこの心は罪ですか?



リオ・クライン(アモン・イシュタール)
  落ち着けアモン、あれは偽物だ!
一体何を企んでいる?
アモンが人殺し・・・!?
どういう事だ・・・?

3.精霊の偽者が精霊を否定する。

<行動>
・アモンの過去に言葉を失う
・(いや・・・私はわかってるじゃないか・・・)
・偽物の言葉に暴走しかけるアモンに抱き付く
「違う・・・キミは穢れてなんかない・・・!」
・アモンの罪を受け入れる
「私はいつも助けられた」
「私は知ってる、本当のキミはとても優しいんだって」
「どんなアモンだって私は気にしない」
「何度だって言ってやる、アモンはここにいていいんだ!」
・しばらく抱きしめたまま、
「良かった。ちゃんと乗り越えられたんだな」
「やっとキミの事を知れた気がする」

※アドリブOK!


エリー・アッシェン(モル・グルーミー)
 

心情
共感しないと味方じゃない、という風潮は苦手です。

行動
お黙りなさい、偽物!
モルさんは大切な精霊ですよ。
え? モルさん、もしかして私まで疑ってます!?

初対面同然で信頼関係はまだ築けていません。
理屈っぽいですが、納得してもらえるよう話します。哲学5
誰も他者の本心を認識できない。
言葉と事実は反することがある。
私の言質をとっても、それで疑念を払うことはできないのではないか。

う、くどいですか。

不要な邪魔者に美味しいお菓子を出すほど私は優しくないですし、今後どうするか相談する場を設けたりしません。
受け入れられているかどうかは、言葉よりも態度で実感できるはずです。

うふふ。こんな神人ですがどうぞよろしく。


☆エリー・アッシェン モル・グルーミー ペア☆
エリー・アッシェンの偽者

 整頓された客間には、神人と精霊が腰をかけている。
 神人――エリー・アッシェンの自宅の客間で、精霊のモル・グルーミーは卓上に鎮座する紅茶とお菓子を凝視していた。お客様用に振舞われる紅茶とお菓子なのだろう、少々値が張りそうな見た目をしている。
 エリーの精霊として行動することとなったモルは、これからのことをエリーと話し合うべくこうして顔を合わせている。エリーは前向きな意見を飛ばしてくれているが、モルはこれからのことについて決めあぐねていた。
 これからのことという未来に対する不安と、それと同時に募る不満や苛立ちがモルの心を蝕む。
 そして、そんなモルの心に呼応するかのようにして。
 ばきり、と空間を引き裂いて何者かが顕現した。
 何者かは髪をだらりと垂れ下げ、腕をぶらんと重力のままに放り投げている。生まれたての小鹿のように数秒間ふらふらと身を揺らしていたが、すぐにしっかりと両の足で立ち上がって垂れ下がった髪を掻きあげた。
「――あ、ああぁ」
 それ、は自分が声を出せるかどうか確認するかのようにして、喉元を押さえながら静かに声を出した。
 なんだ、これは。そんな疑問を差し挟む余地もなく。それはニヤリと笑う。
 そうして、それ――エリー・アッシェンの姿を模した者――はモルに下卑た笑顔で言い放った。
「あなた、故郷を守れず生きていて恥ずかしくないのですか?」
 ぞわっ、とモルは総毛立つ。目の前に存在する二人のエリーは、見た目こそ同じだが雰囲気も声色も違う。冷気を吐き出すかのような偽者のその一言は、モルの心を凍りつかせた。
 酷薄な笑みを浮かべるエリーの偽者は、さらに続ける。
「どうしてそんなに厚顔無恥に生きていられるのですか? もうあなたに故郷は、帰る場所は無いのですよ? もしかして、タブロスになら帰る場所があるんじゃないかって思っています?」
 口が裂けているのではないか、と錯覚するほど口角を引き上げてエリーの偽者は断言する。

「タブロスにも、居場所なんてあるわけないじゃないですか」

 モルは自分の故郷での記憶を思い起こしてしまい、その記憶が瓦解していく様子を連想してしまったが、表情に出してはいけないとエリーの偽者を睨みつけて誤魔化す。
 だが、エリーはモルの心を見透かしているかのように、とどめの一撃を繰り出した。
「モルさん、あなたはエリーとラダにとって厄介者なんですよ? ……うふふ、ちょっと優しすぎましたか? ようは、」

「――あなたは邪魔な存在なんですよ」

 今度こそ、モルは表情を隠し切れずに顔色を変える。
 反射的に偽者でない方のエリーを見やるが、そこにはモルを邪魔者のように邪険にするエリーの姿などなく、それどころか、
「お黙りなさい、偽物!」
 自分の顔で精霊を糾弾する偽者に掴みかかるような勢いで、エリーは立ち上がって叫ぶ。
「モルさんは大切なパートナーですよ! 邪魔なことなんてありません!」
 噛み付きそうな勢いのエリーに、偽者はつまらなさそうな視線を向ける。
 エリーの真に迫るような迫力に気圧されつつも、モルは自分を必要としてくれていることに心地の良い安堵感を覚えた。
 同時に、さらに自分を肯定してほしいという欲望が沸々と湧き上がり、
「……大切? 信じられん。腹の内ではどう思っているのやら」
 モルの発言にエリーは目を剥いて、
「え? モルさん、もしかして私まで疑ってます!?」
 確かに、モルとエリーはほとんど初対面で信頼関係は築けていない。けれど、エリーはだからといってモルとの関係をしょうがないで終わらせるつもりもない。
「……誰も他者の本心を認識できません。時に、言葉と事実は反することがあります」
 エリーはモルの目をしっかりと見据えて続ける。
「私の言質をとっても、それで疑念を払うことはできないかもしれません」
 「ですが」と前置きし、
「それでも私は、モルさんを大切なパートナーだと思っている、ということは認識していてほしいです」
 エリーの真摯な一言一言に、モルは顔を背けながら言い放った。
「くどい」
 虚をつかれるようにして、エリーはしばし硬直したがすぐに表情を少し困ったようなものにしながらも、
「う、くどいですか……」
 うーん、と少し唸って、はた、とエリーが手をつく。
「不要な邪魔者に美味しいお菓子を出すほど私は優しくないですし、今後どうするか相談する場を設けたりしません」
 言質がダメならば、違う方法で証明すればいい。それなら、そんなに難しいことではない。そう考えたエリーは再びモルに視線を向けて、優しくしかし芯が通った言葉を投げかける。
「受け入れられているかどうかは、言葉よりも態度で実感できるはずです」
 モルは、目の前に差し出された紅茶とお菓子をみやる。確かに、信頼をまったくしていないものを自宅に呼ぶことも、お菓子や紅茶を振舞うこともないだろう。しかも、お菓子も紅茶もテキトウに見繕ったものとは思えないほど、モルの口に合うように考えられている。
 こんなことを、どうでもいい相手にするはずがない。
 モルはそこまで理解したのと同時に、自分が信じないと言いつつ、他者の悪い言葉に大きく影響され、他者に優しい言葉を求めたことに気づきバツの悪い顔をする。
 このままでは、格好がつかないだろう。そう考えたモルは、つまらさそうに自分とエリーを交互に見やる偽者を睨みつける。
 偽者は、その視線に気がつきモルに嫌な笑みを浮かべて、もう一度「モルは必要ない」などと心にナイフを突き刺すような言葉を繰り返す。
 だが、モルにはもうそんな言葉は響かない。
「影よ。まやかしの言葉と共に我が前から消え失せろ」
 モルがエリーの偽者に向かってそう言い放つと、偽者はバキリ、という音を立てて消えうせた。
 偽者との口論で熱くなって立ち上がっていた二人は、座りなおしてお菓子をひとつつまむ。
 少し冷めてしまった紅茶に口をつけつつ、お菓子を口に運んで、モルはエリーにギリギリ聞こえる声量で憎まれ口を叩いた。
「優しさに欠けた神人を持つと苦労する」
 言われたエリーも、特別気分を害すような表情をするわけでもなく、
「うふふ。こんな神人ですがどうぞよろしく」
 と、紅茶を一口啜るのだった。










☆ハロルド ディエゴ・ルナ・クィンテロ ペア☆
ディエゴ・ルナ・クィンテロの偽者

 バキリ、と空間が割れるような音がした。
 ハロルドとディエゴ・ルナ・クィンテロは、咄嗟にオーガの襲撃かと身構えたがどうやらそうではないらしい。
 結晶のようなものから割れるような音を垂れ流しながら姿を形成していくそれは、ディエゴの姿を映し出し――ディエゴの姿を模した者となった。
 目を見開きながらも、ハロルドが抜刀しいつでも斬り伏せられる体勢を形作る。今出現したディエゴは明らかに偽者。ならば、容赦をする必要は無い。
 ディエゴも、しばし自分と同じ容姿をしている偽者に虚をつかれたが、そこは流石と言うべきか隙になるような暇無くして臨戦態勢へと戻る。オーガなのか、それとも違う何かなのか。それすらもわからない、未知の敵への警戒心が研ぎ澄まされる。
 だが、偽者は二人に攻撃を加えるどころか手に持つ銃すら向けようとしない。
 怪訝に思ったディエゴが偽者の双眸に視線を合わせると、偽者は冷ややかな視線でディエゴに言い放った。
「また、繰り返すのか」
 その問いに、ディエゴは目を見開く。
 偽者は口元だけを動かし、表情は一切変えずに呟き続ける。
「また同じ過ちをおかすかもしれないぞ」
 偽者は、死んだ目をしながら、ディエゴを見据える。
 そしてさらに問う。

「また自分が守りたいと思う人を死なせてしまうのか?」

 ディエゴの脳裏に、過去の情景が鮮明にフラッシュバックする。人々を護りたい、その意志で軍人になり、奮闘した日々。人々を護るという意志で正義を貫いていた日々。
 その頃のディエゴは、まさに絵に描いたような軍人の模範だった。
 けれど。護るべき人々や正義よりも利権を優先する軍に嫌気がさし、ついに自らも汚職に手を染めてしまった。
 それだけでも、十分に恥ずべきことだとディエゴは理解している。だが、汚職に手を染めたディエゴに待ち受けていた未来は、恋人と上司を亡くすことだった。
 汚名を被ったディエゴを庇って、恋人と上司は死んだ。
 自らが護ると決めたものが、一瞬で瓦解した。あの時の絶望と恐怖は今でも鮮明に覚えている。
 だからこそ、ディエゴの姿をする偽者の発言をディエゴは無視することができなかった。
 ディエゴはもうあんなことを二度と引き起こさないと心に決め誓っている。神人を、こんな自分を好きになってくれたハロルドを失いたくないと思っているからだ。
 しかし、偽者の言う通りもう一度傷つけてしまうかもしれないという恐怖はある。
(俺がそばにいるとこいつも、いつか傷つけてしまうんだろうか……?)
 自責の念が胸中を掻き乱し、ハロルドを傷つけるのではないかという恐怖に彩られる。
 偽者の先の発言を聞き、ハロルドは沸々と沸きあがる怒りを感じていた。
 二人でこれから過去の失敗を乗り越えていこうと約束したので、失敗したこと自体にはそこまで心動かされないだろう、とハロルドは考えている。
(……その失敗が原因で失ったものを言及されれば誰だって心が折れますよ……)
 ハロルドも、ディエゴが過去のことを酷く後悔していることは理解している。
 だからこそ、これから未来に進もうと過去を割り切ろうと決めたディエゴに、過去を思い起こさせるような発言をする偽者に対して、怒りが湧き上がってくる。
 そうして、もう一度なにやら発言しようとしているディエゴの偽者に、
 だっしゃーーー!! と、ハロルドは鮮やかにドロップキックを食らわせた。
 吹き飛ばされたディエゴの偽者と、本物のディエゴは呆然とした表情を形成するも、ハロルドはそれを気にすることなく怒りマークを頭に浮かべそうな勢いで怒鳴る。
「くだらない事をぐちぐちと!」
 偽者はどうやら物理攻撃では消えないようで、ハロルドの美しいフォームで繰り出されたドロップキックでも消えたりはしていない。
 ディエゴが小声で「ハロルド、偽物は物理攻撃では消えないようだぞ……だがキレイなフォームだった」と小声で呟くが、ハロルドの耳に届いているのかいないのか、偽者に鋭い視線を向けたままディエゴの方に視線を移さない。
「いい!? 過去っていうのはもう過ぎ去ったものの事を言ってるの!」
 茫然自失とした様子で佇むディエゴの偽者に、ハロルドはにじり寄ってガッ! と胸倉を乱暴に掴む。

「私達は生きてるんだから、これからの事を考えるべきでしょ!」

 その言葉を聞いて、ディエゴはハッとする。この言葉は、偽者に叫んでいるが、偽者に向けられたものではない。
 視線をこちらに移しはしないが、ハロルドは怒りを偽者にぶつけつつもディエゴに激を飛ばしてくれていた。
(……そうか、そうだったな、二人で支えあっていけばいつか乗り越えられると言ったんだった)
 ディエゴは胸倉を掴まれてハロルドに説教をされている自分の姿を一瞥して、柔らかく微笑んだ。
 そうして、心の中でもう一度、決意を再認識。
(護ると決めたのに、逆に喝を入れられてしまったな、悪い、もう迷わない)
 ディエゴは、一切のブレが無い覚悟を決めた目で、今の自分とはまったく別の人間として偽者を見据えた。
 説教を続けるハロルドを、流石に止めようかと一歩足を運んだ途端に、ハロルドが突然ディエゴの方に向き直り言い放った。
「それに私はディエゴさんの良い所だけを見て恋したんじゃない」
 ほとんど説教の勢いに任せてぽろりと出たのか、ハロルドは言ってから少しだけ照れくさそうに目を背ける。けれど、もう言ってしまったものは仕方がないと判断したのか、そのまま続けて言う。
「ダメな所もひっくるめてディエゴさんが好き」
 どきり、とディエゴはハロルドの言葉を受け止めて胸が高鳴ったのを感じた。
 二の句を告げないでいるディエゴに、ハロルドは真剣な顔で叫んだ。
「辛いものは一緒に背負うから負けちゃ駄目です!」
 その言葉を受けて、ディエゴは自分が決意を揺らがせていたことが馬鹿馬鹿しくなった。これほどまで自分を支えてくれる人間が傍に居ながら、何を迷っていたのか。
 応えなえればいけない。全身全霊で。だから、ディエゴはもう迷わない。
「……そんなでかい声で恥ずかしいことを言わないでくれ」
 照れくさそうにして視線を横に逸らしながらも、決意は固く貫いたまま。
 ディエゴの決意がもう揺らがないことを感じ取ったのか、ばきり、と偽者の身体がひび割れてハロルドの手から零れ落ちた。
 二人残されて、ディエゴはハロルドに向き直る。
 お互いに頬を少し朱に染めながら、ゆっくりと歩み寄る。
 そうして、ディエゴはハロルドに聞こえるギリギリの小さい声で、
「わかってるから」
 とつぶやきを漏らした。









☆リヴィエラ ロジェ ペア☆
ロジェの偽者

 大通りを歩くのは少し憚られると、買い物を終えたロジェはリヴィエラの手を握って路地裏を通行していた。
 何か警察に追われるような悪いことをしたわけではない。
 リヴィエラの父が、リヴィエラを探し出して家に連れ戻そうと画策していることがわかったからだ。
 ロジェはどうあってもリヴィエラを護るつもりではいるが、出来ることなら敵と鉢合わせないことが一番良い。そのような理由があって、二人は路地裏を歩いていた。
 ここならば、万が一敵と遭遇して攻撃を加えようが一般人に目撃されて騒ぎになることも少ない。かといって人通りがまったくないわけではないので、敵に深手を負わせても誰かが発見してくれて病院にでも連れて行ってくれるだろう。
 ロジェは剣に手をかけながら、リヴィエラの手を引いて歩く。
 あと何mかで、路地裏から出る――大通りに抜けてもう一度路地裏に移動しよう、そう考えて歩を進めるロジェの前に、何者かの気配が現れた。
癖のある髪に、長めのパーカーを着た青年が張り付くような笑顔でロジェ達の進行方向に立っている。その風貌は、ただの通行人というわけではなさそうだ。
「――誰だ!」
 敵意を含んだロジェの声に、青年は笑みをさらに濃くしながらも、すんなりとそのまま去っていった。
 なんだったんだ、とロジェが訝しげに青年が去った場所をもう一度見やると、
 ばきり、という何かが割れるような音が路地裏に響き渡った。同時に何もなかった空間を裂くようにして、何者かが顕現する。
 ロジェとリヴィエラが目を見開いてその様子を眺めていると、何者かは姿を変えてロジェとリヴィエラの前に立ち塞がった。
 絶句した。ロジェは動揺を隠せず、リヴィエラは驚愕に表情を染め上げる。
 なぜなら、その何者かの姿は――ロジェと瓜二つの姿をしていたのだから。
 驚愕する二人に、ロジェの偽者は口角を吊り上げ、顔を歪ませて下卑た笑い声を反響させる。
 ロジェの姿をしたそれは、しかしロジェが見せないような酷薄な笑顔を浮かべて、二人を愉しげに見据えた。
 リヴィエラを背の後ろに押しやって、忌々しげにロジェが剣を引き抜こうとした瞬間、

「お前、どの面下げてそうやって生きている心算だ?」

 偽者がロジェを嘲笑う。「何……?」とロジェが食って掛かろうとするが、偽者は特に気圧される様子も無く、そのまま続ける。
「お前の愛するリヴィエラは、屋敷で過ごしていれば、少なくともお前みたいな孤児と出会う事もなかった。操られたお前に殺されかけずに済んだ」
 リヴィエラが欲しいがためにリヴィエラに銃口を向け、発砲し――怪我を負わせた。操られていたから仕方が無い、なんて言葉で片付けることは出来ない。意識が戻りリヴィエラを傷つけたのが自分だと認識したあの瞬間の絶望を、ロジェは永遠に忘れることが出来ないだろう。
 あの時の記憶を思い出し、顔を青くするロジェを見て、偽者はさらに口角を吊り上げて下卑た笑い声を上げる。
「そうさ、危険な目に遭う事もなかったんじゃないのか? ククク……」
 返事が出来ないでいるロジェに、偽者はさらに追い討ちをかける。
「そもそも、父親に遭わせたくないから家に閉じ込めるなんて」

「『リヴィエラの父親がやってきた事と変わりない』じゃないか。なぁ? この、誘拐犯が!」

 ドクン、とロジェの身体が震え、絶望に目を見開く。
「あ、あの男と同じ……だと?」
 焦点の合わない目で偽者を見ると、自分の顔で嗤う偽者の姿に、リヴィエラの父親が重なる。
「ああ、そうだ。お前は咎人だ。罪人だ。リヴィエラを籠の中の鳥にしているのはお前なのさ!」
 自分と同じ姿をした偽者と、リヴィエラの父親の姿が重なる。
 ロジェの思考がオーバーヒートを起こすのではないかと疑うほどに、急激に回転する。
「な、ち、ちがっ……違うんだ、俺はそんな心算じゃ……俺はリヴィエラを守ろうと……」
 頭を抱えて、錯乱状態から思考を回復させようとするが、出来ない。自分のしてきたことに対する正当化の言葉が見つからない。
 嫌な汗を頬に伝わせながら、ロジェが頭を抱える。
 偽者はそれを満足げに眺めていたが、その二人の間に入るようにして、リヴィエラが前に出た。
 ロジェを背後で庇うようにして、そうして偽者の手を優しくとる。
 何事かと顔を上げるロジェに、リヴィエラは肩越しに優しく微笑んだ。
「暖かい手……貴方はこの手で、何度も私を守ってくださいましたね」
 偽者の手をぎゅっ、と握り締めて微笑む。偽者のロジェは歪んだ笑みを引き攣らせてリヴィエラを見つめ返す。
「そして、私をお屋敷の外へ連れ出し、本物の青い空を見せてくれた。海を見せてくれた」
 目を閉じ、リヴィエラが今までのロジェとの記憶を思い起こす。
 ぽつり、ぽつりと今まであったことを呟く。はじめてロジェと出会ったときのこと。様々なオーガと戦ったこと。おかしな出来事に巻き込まれて四苦八苦したことも、それを二人で乗り越えてきたこと。
 リヴィエラの一言一言は、今までの出来事をロジェに思い起こさせた。そして、偽者はリヴィエラが呟く二人の軌跡を聞くたびに、ばきり、ばきりと身体に亀裂を生じさせていく。
「お屋敷の四角い窓の世界しか知らなかった私に、世界は色で溢れてると教えてくれた……」
 知らなかったことを、ロジェはたくさん教えてくれた。私の世界に、色を与えてくれた。
 だから、とリヴィエラは柔らかく微笑む。

「貴方と一緒にいたい。それが私の望み」

 ばきり、と偽者に大きな亀裂が生じる。しかし、偽者は苦しむような素振りは見せずそれどころか表情を穏やかなものに変化させた。
 そして、
「生まれなんて関係ない。障害があれば、乗り越えていけばいい」
 リヴィエラの一言に、ばらばらと音を立てて崩れ落ちる。
 ロジェが崩れ落ちて消えうせて行く偽者を呆然と見つめていると、ゆっくりとリヴィエラが振り向く。
 頭に手を当て錯乱から少しずつ我に戻るロジェに、リヴィエラは手を伸ばす。
「ねえ、ロジェ。人を心から愛する事って、素敵な事ではないかしら」
 ロジェの頬にそっと触れて、淡く微笑む。
「もしそれを罪と呼ぶならば、私のこの心は罪ですか?」
 リヴィエラの微笑みに、ロジェはようやく我に返って、ふと微笑む。
 ずっと剣に添えていた手を、自分の頬に触れているリヴィエラの手に重ねる。
「……わからない。罪なのかもしれないし、罪じゃないかもしれない」
 ぎゅっと、リヴィエラの手を握り締めて、

「それが罪だというなら、――俺も同罪の共犯者だ」

 ロジェはリヴィエラを抱き寄せて、固く抱きしめる。
 二度と離さないというように、強く固く抱きしめる。
 抱きしめられたリヴィエラは、ロジェを強く抱きしめ返し、
「……はい」
 と、優しくそれでいて決意を固めるように微笑んだ。







☆リオ・クライン アモン・イシュタール ペア☆
 アモンの偽物

 ひと雨来そうな曇り空の中、リオ・クラインとアモン・イシュタールは河川敷をふらりと歩いていた。
 他愛も無い会話をしながら歩いていると、橋の欄干に立っている青年の姿が目に入る。
 今にも飛び降りそうな青年に、リオとアモンが声をかけようとした途端、
 橋の下でばきり、という音が反響した。
 音を発したモノは形を形成し、ゆっくりと二人に近づいてゆく。
 そして、その姿を認識して、アモンが絶句した。
「オレ、だと!?」
 それはアモンそっくりの姿を形成して、アモンとリオの元ににじり寄る。混乱を顕にするアモンだったが、リオの叫びで我に返る。
「落ち着けアモン、あれは偽物だ!」
「チッ、わかってる」
 混乱からは回復したアモンだったが、自分の姿を模した眼前のモノに敵意をむき出しにして拳を握り締める。
 リオは咄嗟に橋の欄干に立っていた青年の方を見やるが、そこには既に青年の姿はなかった。このタイミングで先程の青年が無関係のはずが無い。逃がしてしまったのはかなり痛手だが、逃げられてしまったのではどうしようもないだろう。
 しかし、思惑がわからないというのは不気味なものだ。
「……一体何を企んでいる?」
 アモンの偽者に視線を戻して、リオは偽者の挙動を伺う。
「勝手にオレの姿しやがって……何のつもりだ!」
 怒りを顕にするアモンが、偽者に向かって吼える。だが、偽者はその威嚇に臆することなく、それどころか嫌な笑みを浮かべてアモンを煽った。
「ただガン飛ばすだけかよ? ハッ、随分と平和ボケしてんなぁ、オイ」
「なんだと?」
 眉間に皺を寄せ、今にも組みかかりそうな勢いでアモンが偽者を睨みつける。その様子に偽者はつまらなさそうにアモンを一瞥した。
 そして、下卑た笑顔で傷口をなじる様にして、
「まさか、お利口ちゃんでいりゃあ幸せになれると思ってんのかよ。――人殺しのお前が?」
 偽者の予想外の一言にアモンは氷付き、リオは数瞬なんのことか理解が追いつかなかった。
「アモンが人殺し……!?」
 およびが付かない発言にリオは、アモンに説明を求める。
 嫌な汗を伝わせ、アモンが観念したようにぽつりぽつりと口を割り始めた。
「……オレは小せぇ頃、孤児の中でも中心的な存在をしていてな。……大切な仲間達に恵まれていた」
 遠い目で偽者を見据えながら、アモンが言う。
「孤児でみんな酷ぇ扱いを受けてきたり、心を閉ざしちまってるヤツもいた」
 リオはアモンの口からこぼれる一言一言を噛み締めて、聞き逃すまいと真剣に耳を澄ませる。
「だが、全部が全部かなしいことばっかりじゃなかったさ。オレ達は仲間としていろんなことをして楽しく日々を過ごしていた」
 過去の楽しかった情景が目に浮かんだのか、アモンはふと笑みをこぼす。
 だが、その笑みはすぐに消え、アモンは無気力な無表情を形成した。
「……そんなある日だった。仲間の一人が知らない男と揉めててな」
 どんな理由で揉めていたのかまでは、アモンは語ろうとしなかったが、リオはこども喧嘩のような生易しいものではなかったのだろうと推測出来た。
「オレはすぐに仲間を助けようとした」
 「だが」とアモンが言葉を途切れさせて、それ以上のことを言うかどうか逡巡する。
 アモンのその様子を見て、偽者はいやらしい笑みを浮かべて続く言葉を代弁してやるとでもいうように、

「お前が殺したんだよ」

 びくり、とアモンの身体が大きく震える。
 耳元で、あの時の声が聞こえる。

『人殺し』

 今まで何も持っていなかったのに、アモンの手には血に濡れたナイフが握られていた。バッ、と慌ててナイフを捨てようとするが、それを許さないというように孤児達がアモンを取り囲んで口々に言い放つ。

『人殺しだ』

『気をつけろ、人殺しがいるぞ』

『アイツだ。アイツが人を殺したんだ』

 幾度も幾度もアモンを責め立てる声がナイフのように突き刺さる。
「ち、違う……」
 あの時と同じように、アモンは首を振って否定する。けれど、『人殺し』という声は延々とアモンを責め立て続ける。
「あんなつもりじゃ……っ!」
「あんなつもりじゃなきゃ、なんだ? 殺すつもりじゃなければ人を殺してもいいのか?」
 顔面を蒼白にして、アモンが俯く。偽者はアモンの耳元で囁くように、
「そう思ってたんだよな? その後のお前はどんなことにでも手を染めてきたもんな?」
 項垂れるアモンを見て、偽者が高笑いを上げる。
 アモンの過去に絶句するリオ。こんなにも壮絶な過去を、アモンは背負ってきていたのかと痛感する。
 目から光を失わせてしまったアモンは、茫然自失となって虚無に身を任せた。身体に力が入らない。疲れたわけでもないのに、まるで錘でも身体に括り付けているかのような重圧に襲われる。
 限界ギリギリといった調子で踏みとどまっているアモンに、しかし偽者は容赦なく言い放つ。
「ホントは思ってるんだろ? 綺麗なお嬢様の傍にこんな穢れた自分はいない方がいいってなァ!」
 今度こそ。
 アモンの身体から力が抜けた。
 地に膝を突いて、絶望に打ちひしがれる。
「う、あ、あああ、あああああああああ!!!!」
 怒りと絶望に身を任せて、アモンが偽者に攻撃を仕掛ける――刹那。
 偽物の言葉に暴走しかけるアモンに、リオが抱き付く。
 獣のように偽者へ食いかかろうとするアモンを必死に抱きしめて、リオはアモンを正気に戻そうと声を上げる。
「違う……キミは穢れてなんかない……!」
 抱きしめたアモンの感触が、しっかりと伝わってくる。アモンが人を手にかけた、そう聞いても不思議とリオに恐怖はなかった。それはアモンが、本質的にそんなことをする人間ではないということがわかっているからだろう。だから、アモンの罪を受け入れることが出来る。
「私はいつも助けられた」
 本当に人を殺すことして考えていない冷酷非情な人間が、人を助けるわけが無い。
「私は知ってる、本当のキミはとても優しいんだって」
 口は悪いけれど、心の中では相手を思いやる優しい人。それがアモン。
「どんなアモンだって私は気にしない」
たとえ人殺しでも、どんな罪を背負っていようとも――リオはアモンのことを受け入れることが出来る。
偽者に殴りかかろうとし続けるアモンに、リオが叫び声を上げた。

「何度だって言ってやる、アモンはここに居ていいんだ!」

 しん、と世界が静まり返ったような気がした。
 アモンが暴れるのをやめて、力を抜いてゆく。
「なんだァ? 女に飼いならされてんのかよ?」
 偽者の煽りに、アモンが激昂することなく、
「黙れ。オレはもう過去のてめぇじゃねえ」
 幻覚として見えていたナイフを投げ捨てる動作をして、偽者を一瞥する。
 偽者は、アモンの心に一縷の隙間もないことを感じ取ったのか、つまらなさそうに表情を消し――粉々に砕け散った。
「良かった。ちゃんと乗り越えられたんだな」
 抱きついた姿勢のまま、上目使いでリオが微笑む。
「バカ、ガキじゃねえんだよ……」
 アモンは照れくさそうにそっぽを向きながら、ぼそりと呟いた。
 そんなアモンを見て、リオは抱きしめる力を強くしながら、
「やっとキミの事を知れた気がする」
 と、楽しそうに笑った。








☆油屋。 サマエル ペア☆
 サマエルの偽物

 曇天の空の下、油屋。は傘を忘れて、サマエルを待っていた。
 すぐに振り出してきそうな空の色。公園の休憩スペースで待ちぼうけをくらうというのも、なかなか寂しいものだ。
 そろそろサマエルが来る頃かな、と油屋が顔を上げるとすぐ隣のベンチに癖っ毛でパーカーを着た青年が座っていた。目が合ったので挨拶をしようかと油屋が言葉を発そうとしたのと同時に、
「――君と精霊の愛を、僕に見せてよ」
 張り付いた仮面のような笑顔を浮かべながらそう呟き、青年は油屋に背を向けて去っていった。
 なんだったのだろうか、と油屋がベンチに視線を戻すとそこには青年の忘れ物と思しき結晶のようなものが。
 届けよう、と油屋が結晶に触れた瞬間。
「サマエル? え、居た?」
 突如として、サマエルが姿を現した。
 サマエルは数瞬無表情で油屋を見据えていたが、何かを理解したかのようにひとつ頷いて、
「早瀬。ずっと思っていたのだが」
「な、なんだよ藪から棒に」
 サマエルは、無表情に淡々と油屋の本名を呼ぶ。かつて無かったほどに、感情のこもっていない機械的な声に油屋は途轍もない違和感を覚える。
 そして、サマエルは警戒を顕にする油屋を、面罵した。
「なぜ、そんなにも女としての魅力がないのだ?」
「え……?」
 突然のことに、油屋は目を見開いてサマエルを見る。サマエルはただただ、無表情のままだ。
 本当に、サマエル? その疑問が頭を覗かせ始めた時、

「お前はもう必要ない」

 雨が、突然土砂降りになる。
 サマエルの声で、姿で、自分の存在意義を全否定された。
 声も出なかった。精霊からの否定の言葉なんて今更怖くないと思っていたのに。
 その一言を聞いた瞬間、涙が溢れてとめどなく流れ始めた。アタシはもう、必要のない存在なの? そう胸中に黒い思いが渦を巻く。
 女として振る舞えないアタシ、力も無い。光るものもない。皆から否定され、嫌われて、世界から孤立した存在だった。何も持っていないアタシにどうして生きている価値があるというのか。生まれてきた意味は? ここにいる意味は? 存在する価値は?
 油屋の思考がどんどん仄暗いものへと移り変わっていく。
 そうして、油屋の脳内が黒い思考に塗りつぶされそうになったとき、
「お前、何者だ?」
 目を腫らして嗚咽を漏らす油屋に、怒りをあらわにしたサマエルの声が届く。
 見れば、眼前には二人のサマエルが立っていた。
 油屋は、すぐに理解する。今まで話していたサマエルは偽者だということに。だけど、それがどうしたというのか。偽者が言い放った言葉だとしても、それは真実かもしれない。
 否定できない、拭えない思考が油屋を苦しめる。
 サマエルは、異様な光景に動揺しかけたが、不思議なことにすぐに冷静になれた。それは、恐らく、油屋の取り乱し方が尋常ではなかったからだろう。
 自分の姿をした偽者が、油屋を面罵したのも聞いていた。けれど、そんなことで油屋がへこむとは考えていなかったのだ。
 サマエルが偽者に食って掛かろうとすると、油屋が表情に影を落として呟く。
「何で今まで忘れてたんだろ? アタシって元はそういう奴だったじゃん。すぐ暴力に頼る馬鹿女、そのくせ全然強くない」
 つらつらと自己否定の言葉を口にする。
 そして、
「アタシに生きる価値なんてない」
 自分自身を殺すような、壊すような一言を零れ落とした。
「価値があるか否かだと?」
 零れ落ちた言葉を聞いて、サマエルはつまらないことを言うなと言うように、
「残念ながらそれは己が決めるものではない。心ない偶像に物の優劣など解るものか」
 サマエルの言葉が届いているのかいないのか、油屋は唇を震わせて嗚咽を漏らしながら自分の肩を抱く。
「……やれやれ、ここまで言っても治らんか」
 仕方がないな、といった動作でサマエルが油屋に歩み寄り、

「俺にはお前が必要だ」

すっかり怯え切った表情の神人を抱きしめて耳元で囁く。
「惑わされるな、あれは幻覚だ」
 侮蔑を込めた視線を、サマエルは偽者にぶつける。親しい者に化けて人を絶望の淵にかどかわすなど、恥を知らない証拠だ。
 サマエルは、腕の中で震える油屋の頬に優しくキスを落としながら続ける。
「この言葉は本心だ」
 優しい、安心するような声。
 サマエルのその声は、油屋の心の中に滑り込んでいく。
「神人として必要なのではない、他でもない早瀬自身を求めている」
 自分の存在意義を認められて、必要とされて。油屋は沈み続けていた気分を停滞させた。そして、サマエルが自分個人を求めているという言葉を聞いて、
(そっか、アタシまだ一緒に居て良いんだ)
心の中でそう呟き、胸がすぅっと空いていくのを感じた。
幾分か明るくなった油屋の表情に安堵しつつも、まだ陰りがある表情にサマエルは油屋の頭に手を置き、撫ではじめる。
まさか、自分の偽者に否定されてここまで早瀬が取り乱すとは……、驚きを押しとどめながら、サマエルは腫れぼったい目ですすり泣く油屋の姿を眺める。
だが、偽者はまだ消えていない。偽者の処遇をどうしようかと思案した途端――、
ばきり、と音を立てて偽者の身体が崩れ落ちた。
 どうやら、神人の心情の変化によって存在が保たれていたようだ。随分と大層なものを作ったものだ、とサマエルは思う。瓜二つの容姿と声、挙動。どれもサマエルを観察していないと出来ない芸当だ。まるでストーカーに見張られているかのような怖気に襲われて、サマエルは背筋が寒くなるのを感じた。
 忌々しい偽者だった。サマエルは崩れ行く偽者を睨みつけ、偽者の最期を見届ける。
 偽者に集中していて、抱きしめる力が弱くなっていたのだろう。
 油屋が、全力なのではないのかと疑うほどの力でサマエルを抱きしめ、
「お願い、捨てないで」
 涙で腫らした目元と、赤く頬を紅潮させた油屋の表情。一瞬どきりとしたが、油屋の必死加減にやはり疑問を覚える。
 ここで「捨てる」などといえばこの場で自分の首を掻き切りそうな、そんな雰囲気まで漂わせているのだ。
「もっと一生懸命ウィンクルムやるから……!」
 油屋は震えながらサマエルに力いっぱい抱きついて、離さないというように身体を密着させる。
「もちろんだ」
そう応えながらも、サマエルは渦巻く疑問を拭えないでいた。
――この神人の怯えようは一体何なのか。
考えても答えは出てこない。渦巻く問いと疑問だけが、サマエルの心に引っかかった。













*   *   *   *   *   *   *   *   *   *


「ああ、偽者に否定されても揺るがないその愛。本当に素晴らしいよ……」
 青年は癖っ毛を風になびかせながら、ウィンクルム達を見やる。
 回収した壊れた結晶のカケラを、青年は宝物のように大事に握り締める。
「今度はどんな試練が君達を襲うと思う?」
 恍惚とした笑みで、青年が遠くで話しているウィンクルム達を眺める。
「でも、何も心配はいらないよね!」
 期待や不安、希望と絶望、愛と憎しみ――様々な正反対の感情ぐちゃぐちゃに宿しながら、青年は笑う。
「僕なんかが、ウィンクルムの愛を邪魔できるはずないんだから。僕が邪魔して関係が壊れるような愛なら、存在しない方がいいもんね?」
 結晶のカケラをパーカーのポケットにしまい込んで、青年は夕焼けに染まる街を歩く。
 不気味な様相の青年は、ふらりと人混みに紛れ――そのまま雑踏に消えた。





依頼結果:成功
MVP
名前:ハロルド
呼び名:ハル、エクレール
  名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ
呼び名:ディエゴさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 東雲柚葉
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 難しい
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月16日
出発日 09月22日 00:00
予定納品日 10月02日

参加者

会議室

  • [6]ハロルド

    2015/09/21-23:35 

  • [5]ハロルド

    2015/09/20-08:16 

  • [4]リオ・クライン

    2015/09/19-23:54 

    みんな、久しぶり。

    偽物がどんな事を仕掛けてくるか・・・警戒しなくてはな。

  • [3]エリー・アッシェン

    2015/09/19-20:40 

    エリー・アッシェンです、うふふ~。皆さん、よろしくお願いします!

    新しく契約を結んだモル・グルーミーさんとこの試練に挑むのですが、モルさんはかなり気難しく、疑り深く、神人さえ信頼せず、尊大で、嫌味な性格の精霊さんのようです。
    うふぅ……すっごくハードモードの予感!

  • [2]油屋。

    2015/09/19-11:20 

    サマエル:

    こんにちは、サマエルと油屋。でございます。
    今回もどうぞ宜しくお願い致します。
    偽物ですか……まぁコレ、の偽物なら、ちっとも怖くありませんけどね(震え声)

    油屋:

    おうよー!皆の偽物なんてぶっ飛ばしてやるぜー!

  • [1]リヴィエラ

    2015/09/19-10:50 

    リヴィエラ:
    こんにちは、私はリヴィエラと申します。
    まぁっ! リオ様、エリー様、どうぞ宜しくお願い致しますね。
    どちらの偽物が現れても、吹き飛ばしちゃうんだから…!(ふんすふんす)

    ロジェ:
    (後ろめたい事が多々あるのか、渋い顔で俯いている)


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