【例祭】別れビ(こーや マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 随分と涼しくなってきた昨今に夏の終わりを感じる。一月続いた『フェスタ・ラ・ジェンマ』も、じきに終わる。
 そんな中、君達はA.R.O.A.へ向かった。任務を受けるか何処かへ出かけるか。A.R.O.Aでそれぞれの一覧を見て決めようと思ったのだ。
 君達が入口を潜ったその時、一人の女に声をかけられた。
「あ、お疲れ様です」
 A.R.O.A.の中にあってA.R.O.Aの職員でない制服。しかし、見慣れない格好ではない。A.R.O.A.で時折見かける、ミラクル・トラベル・カンパニーの制服だ。彼女はそこのスタッフなのだろう。
「お疲れ様です」
「どこかお出かけですか?」
「いえ、決まってないんですよ。どうしようかなーと思ってて」
「でしたら……」
 スタッフはファイルからチラシを抜き出し、君へ差し出した。
 受け取ったチラシには『別れ火』と書かれていて、隅には水面に浮かぶ大量の灯篭の写真。
「お二人に合うかはちょっと分からないんですけど……パシオン・シーの近くの村で灯篭流しがあるんです。よければどうぞ」
 そう言うとスタッフはぺこり、頭を下げてそのままA.R.O.A.を出て行った。
 君とパートナーは改めて渡されたチラシを見る。
 パシオン・シー近くの村で行われる灯篭流しは、四年に一度のジェンマ感謝祭中に行われる行事らしい。四種類の灯篭があり、その内から二人で一つを選び川に放流するのだという。
 本来であれば死者の魂を弔う為のものだが、この灯篭流しは自身の苦しみと別れを告げるのが目的。二人で一つの苦しみを灯篭に乗せ、川へと見送るのだ。
 二人の間には暫しの沈黙。二人の視線はチラシの上にあっても、心はどこか別のところにある。
 ぽつり、どちらともなく呟く。
「行ってみようか」

解説

●参加費
交通費 300jr

●すること
神人もしくは精霊の、苦しい、悲しいといった記憶をパートナーと共有してください
その後、二人で一つの灯篭を流してください

灯篭は四種類ありますが、和紙に閉じ込められた花が違うというだけです
意味が異なったりする訳ではないので、お好みでお選びください
花の色に拘りがある方はそちらも指定していただいて構いません

・桔梗
・朝顔
・梔子
・撫子

●その他
テーマがテーマなので、しっとり目のエピソードとなっております

ゲームマスターより

別れの日
別れの火

別れても、消える訳ではないですよね

リザルトノベル

◆アクション・プラン

鞘奈(ミラドアルド)

  あんた、流したい過去があるの
そう、それなら付き合うわ
…気が向いただけよ

何を思って流してるのか
どんな過去を流すのか

質問したいことはあるけど、言うまで聞かないことにするわ
流したいほどの過去なんだから、言うのだって勇気がいるでしょ

もちろん、話したいなら聞くわ
……
そう…そうね、ミラは強い

どんな顔してるか見てやろうかしら
(泣かないなら十分成長してるんじゃない)
(それにあんたには力を貸りてるし)

命は粗末にした覚えはないけど
…って今は喧嘩する気分じゃないか
わかった、気をつける

そういえばあんた、まだ独り暮らしだったわね
…うち部屋余ってるし、弟や妹もあんたのこと気に入ってるし
うちに、住む?(無表情



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  白の撫子の灯篭を流す
花言葉は「器用」「才能」

以前の私の日記に書かれていた
風鈴の催しに似てますね。

あなたは私につらい過去を打ち明けてくれました
だから私も…過去を、記憶喪失になった原因を改めてお話しします。

前に騎手だった私は自分の力だけを信じ
周りの助力など顧みることもせずにただ勝利だけを求めていました。
そんな私に、周囲の人たちは私を称賛する言葉をかけてくれていたものの、落馬事故を起こしてから彼らの態度や言動は豹変したのです。

これは私が招いてしまったことなんです
今のように、周りの人たちへの感謝を忘れていなければ…。
この後悔は今日でさよならです
今までの依頼を通じて私は学ぶことができたんですから。



エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
  心情
愛の女神のお祭り……ですか。

行動
白い色に惹かれて梔子を選択。

私が抱えている苦しみは、アッシェンの家系にまつわる歴史です。

この家の歴代の女たちは皆、陰鬱な惨劇に満ちた恋しかできませんでした。
相手を地下室に監禁したり、邪魔者を排除したり。

そうして紡がれた忌まわしい愛の系譜が、この身の血に脈々と流れています。

私……は、母や祖母や曾祖母がしてきたような過ちは犯さないっ!

肩の力を抜き冗談めかし。
愛の女神ジェンマは、私の先祖に人の身には重すぎる愛を与えちゃったのかもしれませんね。
灯籠に乗せて、ジェンマに引き取っていただきましょう。

なんだか私の不安ばかり話してしまって。
二人で気持ちを共有するはずなのに。


ルン(テヤン)
  (灯篭に悲しみや苦しみを込めて流すのね)
この数ヶ月間、未だ失敗した依頼の事で悩んでいた。
テディにも心配させただけに気を遣う。
だから灯篭に込めたい記憶は彼に譲った。

灯篭がどんな形が見てみる。
中に入れる和紙の花は赤紫色の朝顔で。
希望の色がなければ、灯篭の色に合わせて選ぶわ。

「……さよなら」
過去の悲しみに浸る間にも灯篭は流れ、あたし達から離れていく。
灯篭を流す前、テディと約束したから。
この灯篭が見えなくなったら、
悲しみに縛られる自分にも別れを告げなきゃいけないって。

差し出されたテディの手を静かに取り、灯篭に背を向けて歩いた。
今日までの自分を優しく受け入れるため。
明日からの自分を笑顔で受け入れるため。



紫月 彩夢(神崎 深珠)
  撫子の花が良い
で、深珠さん、何か流したい記憶とか、ある?
別に、聞きたい訳じゃない
ただ深珠さんとお出かけしたかっただけってのもある

あたしがね、これに籠めて流すとしたら、多分咲姫の事
嫌いなわけじゃないわよ
ただ…ただ、このままだと踏み越えちゃいけない線を超えそうな気がしてるから
わかれび。決別が要るのなら、きっと、今の内だと思ってる

気兼ねなんて、してないよ
どうせウィンクルムになるなら他人が良いって、思ってたもの
憧れた人が居てね、その人達みたいに、運命の相手に夢見てたし

深珠さん
もしもあたしが深珠さんを裏切っても、深珠さんは怒らない?

…憧れを、流す…?
あるべきウィンクルムに、囚われないように…?
…そっか


●分立
 ひやり、冷たさを孕んだ風がルンのローズクォーツ色の髪をさらう。川辺とあってか、温かかった昼間と違い、肌を露出させた部分が冷えていく。
 川を流れる灯篭を見つめる瞳には隠しようの無い憂いの色。数ヶ月間抱えてきた悩みは今でもルンの胸の中にある。
 すでに水面を行く灯篭にはすでに誰かの悲しみや苦しみが込められているのだろう。
「テヤンが流すといいよ」
 ルンは振り向き、テヤンを見た。彼にも心配をかけてしまった。だから、これはルンなりの気遣いなのだ。
 テヤンは逃れるように水面の灯篭へ何度も視線を向ける。受け入れるべきか、断るべきか――迷いと躊躇いの中、ゆるり、首を横に振った。
「おいらはいい」
「でも」
「過去は過去でしかないんだ」
 言い募ろうとするルンの言葉を、小さな、けれど強い声音でテヤンは遮る。ルンは気まずそうに口を閉ざしたが――
 だから、と続けられたテヤンの言葉にルンは顔を上げる。そこには灯篭と同じ強い金の輝きの瞳があった。
「おいらの事を思うなら、もう一度頼みがある」

 いくつも並べられている、明かりの無い灯篭。木枠に張られた和紙に閉じ込められた花は、同じ種類の花でも、どれも違う。同じ物は一つとして無い。
 ルンが選んだのは赤紫の朝顔が閉じ込められたもの。白い和紙の中に鮮やかな赤紫が一際目立つ。
 テヤンはマッチを刷った。中の蝋燭に火を移すと、灯篭が黄金色に輝く。
「この朝顔は、おいら達だ」
 灯篭に照らされたテヤンの顔は常よりも大人びて見える。その横顔を見ることなく、ルンは黙って頷いた。
 ルンも手を添え、二人で灯篭を川へ浮かべる。
「全てこの灯篭に詰めて流すぞ」
 もう一度、ルンは頷いた。
 オルロックオーガを倒せなかった悔しさ。助けるべき人を死なせてしまった悲しみ。全てを、この灯篭に託す。
 いくぞ、というテヤンの合図に合わせてルンも手を離した。
「……さよなら」
 小さな声でルンは別れを告げる。灯篭へと託すべく解き放った悲しみに浸る間にも、そろそろと、さやさやと、灯篭は遠ざかっていく。
 ルンは静かに見送る。この感情と共にあるのはこれが最後。
 さっき、テヤンに頼まれた――いや、約束したから。灯篭が見えなくなったら、悲しみに縛られる自分とも別れを告げる、そう約束したのだ。
 テヤンはそんなルンの背中を黙って見つめている。
 いつしか二人の灯篭は他の灯篭に紛れ、姿を隠す。もはやどれが朝顔の灯篭だったかは分からない。
 ルンがゆっくりと、テヤンを振り返った。
 テヤンは何も言わず、ルンへ手を差し出す。ルンも何も言わぬまま、その手を取った。
 そして、数え切れぬほどの灯篭を抱く川に背を向けて二人は歩き出した。
 今日までの自分を優しく受け入れる為に。明日からの自分を笑顔で受け入れる為に――


●乖離
 ちらと、鞘奈はミラドアルドの横顔を盗み見る。
 思い出すのはA.R.O.A.でチラシを受け取った時のこと。

「流したい過去があるんだけど、いいかな」
 ミラドアルドの言葉に鞘奈は驚いた――というよりも、疑問が浮かんだ。
「あんた、流したい過去があるの」
「ムリに付き合ってくれる必要はないよ。一緒に来てくれるなら心強いけど」
「そう、それなら付き合うわ」
「いいの?」
「……気が向いただけよ」

 ミラドアルドが受け取ったのは撫子が閉じ込められた灯篭。濃いピンクの花を鞘奈は目で追う。
 何を思っているのか。どんな過去を流すつもりなのか。
 気にはなるが、鞘奈が自ら聞くことは無い。流したいと思うほどの過去ならば、告げることにも勇気が必要だと思うから。
 そんな鞘奈に気付き、ミラドアルドはふっと笑みを深くした。何も聞かないあたりが鞘奈らしい。
 ミラドアルドは灯篭に火を灯すと、それを見つめながら鞘奈に頼む。
「聞いてくれるかい?」
「もちろん、話したいなら聞くわ」
 ミラドアルドはありがとう、と小さな声で言った。
 鞘奈は無言で頷き、ミラドアルドの話を待つ。
 時間にして数秒。けれど、ミラドアルドの胸に押し寄せたモノはその数倍も大きなモノ。
「14歳の時に両親とオーガに襲われてね。父は立ち向かったけど敵わなかった。母もその時に僕を庇って死んだ」
 酷な状況だったことは想像に難くない。
 オーガにはウィンクルムでなければ傷一つ付けることは出来ない。
ミラドアルドの父母がウィンクルムでなかったのならば、息子の為に時間を稼ぐことが精一杯で。ウィンクルムであったとしても、息子を守りながらオーガと戦うということは厳しい――冷静に鞘奈はそこまで考えた。
「当時の僕は戦う力も何もない、ただの平凡な奴で」
 だから、助けになることも、守ることも出来なかった。
 ミラドアルドが声に出さなかったその言葉は、鞘奈には確かに聞こえた。
 ちらり、ミラドアルドの顔を先と同じように盗み見る。彼は泣いていない。それは、ミラドアルドが充分に成長したからなのではないかと鞘奈は思う。
 ちゃぷり、ミラドアルドは灯篭を水面へと下ろす。水面がおぼろげに光を反射する。
「……だから、守れなかった両親への謝罪とその時の僕への別れを。父さん母さん、ごめん、ありがとう」
 もう苦しむ必要はない、僕は守る力を手に入れたから。そう添えて。
 流れて行く灯篭を見送って、ミラドアルドはゆっくり立ち上がった。
「付き合ってくれてありがとう」
「……言ったでしょ。気が向いただけって」
 鞘奈はそう言ったが、本当は違う。ミラドアルドに力を借りていると思っているから、付き合ったのだ。それは口には出さないけれど。
 ふいに、ミラドアルドの顔が引き締まった。常ならば柔らかく持ち上げられている口角も、固く結ばれている。
「……鞘奈、一つだけ」
「何?」
「命を粗末にしないでほしい。どうか、頼む」
 真っ直ぐな、石のように固い視線が鞘奈に注がれる。鞘奈もじっと、見つめ返す。
「粗末にした覚えはないけど……って今は喧嘩する気分じゃないか」
 ふっと、息を吐き、目を逸らす。けれどすぐに、鞘奈はミラドアルドへ視線を戻した。
「わかった、気をつける」
 その言葉に安堵したのだろうか。ミラドアルドの緑の双眸が緩んだのを見届けると、鞘奈は先に歩き出した。
 ミラドアルドは何も言わず、ゆっくりと後を追う。
「あ」
 ふいに鞘奈が立ち止まった。
「そういえばあんた、まだ独り暮らしだったわね」
「は?」
「……うち部屋余ってるし、弟や妹もあんたのこと気に入ってるし、住む?」
「え?」
 突然の申し出にミラドアルドが呆気に取られたのも束の間。すぐに苦笑いを浮かべ、首を横に振る。
「いや、いいよ」
「そう?」
「うん」
 鞘奈の申し出は彼女の弟妹達の為なのだろうと、ミラドアルドは思う。それに甘んじていい関係ではまだ無いから、今は断ったけれど。
 再び先を歩き始めた鞘奈の後を、やはりミラドアルドは追う。けれど一度だけ、川を振り返る。
 川に溢れ返った沢山の光に目を細めると、またゆっくり、鞘奈の後に続いて夜道を歩いていくのであった。


●離隔
 白い和紙の中にありながら梔子の白ははっきりした主張のようなものが見える。それに惹かれて、エリー・アッシェンは梔子の灯篭を選んだ。
 蝋のように白いエリーの手が灯篭を受け取るのをラダ・ブッチャーは隣で見ていた。
 苦しみと別れを告げる灯篭流し。エリーの苦しみ――悲しい記憶というのは、やはりオーガに殺された親友についてなのだろうか、ラダは推察する。
 悲しいことはさっさと忘れた方が良いとは思う。けれど、その話を聞くのは嫌だ。
 エリーが親友のことを大切そうに話す時、とても嫌な気分になるから。ドロっとした、タールのようなものを心が孕むから。
 ことり。エリーが桟橋に灯篭を置いた音でラダは我に返った。
 エリーは慣れた手つきで蝋燭に火を灯す。目的は随分と違うが、アロマキャンドルに火を点けるのとなんら変わりは無い。
 芯が燃え始め、蝋が溶け出す。
 エリーはその様から目を逸らすことなく口を開いた。
「私が抱えている苦しみは、アッシェンの家系にまつわる歴史です」
 予想外の語り出しに、ラダは目を丸くする。どうやら親友の話ではないらしい。
 何故かほっとしている自分がいることにラダは気付く。理由は分からない。
 しかし、安堵してしまったことに罪悪感も覚えた。パートナーの――友人の苦しみが確かにあるのだから。
「この家の歴代の女たちは皆、陰鬱な惨劇に満ちた恋しかできませんでした。相手を地下室に監禁したり、邪魔者を排除したり」
「か、監禁!? それっていわゆるヤンデレみたいな?」
「そんな可愛らしいものだったらいいんですが」
 エリーは笑う。灯された火など比べ物にならないほどの強い炎を瞳に宿して。
 彼女が語った愛とは、闇の深淵のような暗いアイ。『愛』にして『哀』。『i』、すなわち虚数を求めることと似ているのかもしれない。
「そうして紡がれた忌まわしい愛の系譜が、この身の血に脈々と流れています」
 ぎりっ、とエリーは己の肌に赤い爪を立てた。服越しではあるものの爪痕が残るほどの強さだということは、ラダにも分かる。
 それを止めるべく、ラダが手を伸ばそうとした時――
「私……は、母や祖母や曾祖母がしてきたような過ちは犯さないっ!」
 語気を強めたエリーの声。決して大きな声ではなかったのに、絶叫のような言葉。
 エリーがこんな風に激情を見せることは珍しい。驚きのあまり、ラダの手は宙に浮いたまま。
 ふっ、とエリーは肩の力を抜くようにして笑った。僅かに浮かぶ自嘲の色。
「愛の女神ジェンマは、私の先祖に人の身には重すぎる愛を与えちゃったのかもしれませんね」
 そんな愛の女神の祭だからこそ、この苦しみを流すのに相応しいのかもしれない。そうエリーは思う。
 エリーは慎重な手つきで水面に灯篭を浮かべた。この苦しみを、暗い『愛』を、ジェンマに引き取ってもらうべく、川の流れに託す。
「なんだか私の不安ばかり話してしまいましたね」
「ううん。ボクも共有できたよぉ。好きって思いに翻弄されたり、自分の醜い部分が見えてきたり。恋って怖い面もあるよね」
 揺れる水面にあわせ、灯篭も右へ、左へ。エリーはじっと、静かに、まるで睨むように灯篭を見つめている。
 だから、気付かなかった。
 ラダの瞳がどんな色を灯しているのか。どんな瞳でエリーを見ているのか。
エリーは最後まで、気付かなかった。


●別離
 白い撫子の花の灯篭を抱えたハロルドを見て、ディエゴ・ルナ・クィンテロは既視感を抱いた。
 なんだったかと考え出す間もなくハロルドが答えを導き出す。
「以前の私の日記に書かれていた風鈴の催しに似てますね」
「そういえば……去年も立場は逆だったが同じような事をしていたな」
 『今』のハロルドにあの時の記憶は無いが、ディエゴは覚えている。悲しみを糧に風鈴が奏でたあの音色を、よく覚えている。
 今度はハロルドの番ということだろう。
 ハロルドは灯篭を、ディエゴは前を見ながら並んで歩く。視線を交わすことは無い。
「お前の気持ちが静まるのなら、何度でも話を聞いてやるよ」
 ディエゴがそう言うと、こくり、ハロルドが頷いた気配がした。

「あなたは私につらい過去を打ち明けてくれました。だから私も……過去を、記憶喪失になった原因を改めてお話しします」
 桟橋の上。二人の間には灯篭。
 静かなハロルドの語りだしは、ともすれば川の音にさらわれてしまいそうで。ディエゴは息を殺して言葉を待つ。
「前に騎手だった私は自分の力だけを信じ、周りの助力など顧みることもせずにただ勝利だけを求めていました」
 撫子の花言葉は『器用』、『才能』。その花をハロルドはなぞる。白い撫子はどこか雪の結晶に似ている、とぼんやり考えながら。
「そんな私に、周囲の人たちは私を称賛する言葉をかけてくれていたものの、落馬事故を起こしてから彼らの態度や言動は豹変したのです」
 『今』なら分かる。称賛の裏にあったものと、その意味。
 『昔』は分かっていなかった。だから彼らは変わってしまった。いや、称賛の裏にあったものを曝け出したのだ。
「これは私が招いてしまったことなんです。今のように、周りの人たちへの感謝を忘れていなければ……」
 しゅっ、と音を立ててマッチに火が点る。ハロルドはその火を慎重に蝋燭の芯に重ねた。
 見守っていたディエゴは灯篭の木枠に手を乗せた。木の質感と火の温もりが伝わってくる。
 自身の力を信じることは悪いことではないが、それらは一人の力で培われていくものでは無い。
 けれど、『今』のハロルドが分かっていることをディエゴは知っている。言葉にするまでも無いと、理解していたから――
「これだけは言える」
 ハロルドが顔を上げると、二色の視線と蜂蜜色の視線が交錯する。
「たとえ昔のお前に出会って契約したとしても、俺はお前を見捨てなかったろう」
 二色の瞳が僅かに揺れたことにディエゴは気付いた。けれど、指摘はしない。それよりも別に、伝えるべきことがある。
「それはお前が、自分がやってきたことに対して反省することができるからだ。中々できることじゃない」
 自分は間違いから逃げることしか出来なかった、そんな悔いが滲むディエゴの声音。
 自分よりも大きなディエゴの手にハロルドは己の手を重ねた。包み込むことは出来なくとも、重なることは出来る。
 一年前の『自分』がどんな気持ちだったのか『ハロルド』は覚えていない。
 傍にいようと思った通りに、支えようと願った通りの『自分』が未来にいることを、一年前の『ハロルド』は知らない。
「自分を恥じるなよ。今日でその苦しみとは別れるんだろう」
「……はい。この後悔は今日でさよならです。今までの依頼を通じて私は学ぶことができたんですから」
「ならお前は先に進み夢を叶えることができる。それは俺にとっての願いであり喜びだ」
 交わしたままの視線に温もりが宿る。和紙越しに輝く蝋燭のような、柔らかな温もり。
 二人で灯篭を水面へ下ろす。どちらともなく手を離せば、ゆらり、ゆらり、揺らめきながら灯篭は流れていく。
 手が届かなくなっても、見えなくなっても、二人はじっと見送る。白い撫子を、静かに見送った。


●決別
「撫子の花がいい」
 真っ直ぐな紫月 彩夢の迷いの無い言葉。それならば、と受け取った神崎 深珠は彩夢へと手渡す。
「で、深珠さん、何か流したい記憶とか、ある?」
 ぴくり。身構えるように深珠の手が強張った。踏み込みにきたのだろうかと推測する。
 それを知ってか知らずか、彩夢は言葉を続ける。
「別に、聞きたい訳じゃない。ただ深珠さんとお出かけしたかっただけってのもある」
「生憎と、苦しい思いとかは、無いもんでな。……出掛けたかっただけなら、多分、行き先を間違えてる」
「いいの」
 受け取った灯篭を、彩夢はじっと見つめている。何か考えてるように見える眼差し。
 深珠は続けかけた言葉を飲み込む。『もしくは、相手を間違えたか』という問いは音になる前に消えていった。

 二人、並んで桟橋の上でしゃがみ込んだ。
 彩夢は木枠に手を乗せ、横目で灯篭を見つめている。
「あたしがね、これに籠めて流すとしたら、多分咲姫の事。嫌いなわけじゃないわよ」
「……嫌いなわけじゃないのは知ってる」
 嫌いじゃない。むしろ、その逆の場所にある事を深珠は気付いている。けれど、それを言うべきかどうか、悩むが――
「ただ……ただ、このままだと踏み越えちゃいけない線を超えそうな気がしてるから」
「あぁ、自覚済みか」
「そりゃあね。決別が要るのなら、きっと、今の内だと思ってる」
 わかれび。別れの日にして別れの火。
 深珠には、彩夢が咲姫と決別したいようには見えない。むしろ、自分に決別しなくてはと言い聞かせているように見える。
「彩夢。俺に気を遣わなくていいんだぞ。お前が望むようにしてくれれば、それでいい」
「気兼ねなんて、してないよ」
 彩夢は静かに火を熾した。肌寒い川辺において、マッチの温もりが心地良い。
「憧れた人が居てね、その人達みたいに、運命の相手に夢見てたし」
 ぽうっ、と明かりの点いた灯篭が彩夢を照らす。
「深珠さん。もしもあたしが深珠さんを裏切っても、深珠さんは怒らない?」
 ぼんやりとした明かりが、深珠には誘蛾灯と重なって見える。
 彩夢の横顔を見ながら、深珠はせせらぎに紛れるほどの小さな声で呟いた。
「……気付いてないのなら、酷いと言ってもいいんだろうな」
「何か言った?」
「いや」
 深珠は彩夢へと向き直った。彩夢も顔を上げ、深珠と視線を合わせる。
「彩夢。お前の中にはあるべきウィンクルムの到達点があるな。兄とは、そうなれないと思ってるから、俺に気持ちを移そうとしてる」
 静かな指摘はメスのように鋭利で。彩夢の表情が強張る。否定できないものが、ここにある。
 深珠はポンッ、と灯篭の木枠を叩いた。
「そんな物は、流してしまえ」
「……憧れを流すってこと?」
「そうだ。あるべき形に囚われるな。兄でも良い。俺でも良い。お前が、望む人を選ぶんだ」
 選ぶのは彩夢で、『あるべき形』では無い。
 深珠は選択の自由を彩夢へと差し出した。それは彩夢の義務にして権利でもあるはずだから。
「そっか。……そっか」
 慈しむように、彩夢は灯篭を優しく撫でた。一度、二度。きらきら輝いて見えた、憧れの背中が脳裏を過ぎる。
 撫でる手を止め、彩夢は灯篭を持ち上げた。
 灯篭はちゃぷり、音を立て川の上に立つ。彩夢はもう一度だけ灯篭を撫でると、止めていた手を離した。
 『あるべき形』はゆっくりと消えていく。桟橋に『本当の形』を残して、ゆっくりと。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月09日
出発日 09月14日 00:00
予定納品日 09月24日

参加者

会議室

  • [5]ルン

    2015/09/13-19:34 

    他の皆さんは初めまして、ルンとシノビのテヤンです。
    ハロルドさんは確かビリヤードの時にご一緒だったと思います。
    えっと、よろしくお願いします。
    (※最後に参加した依頼から間が開いているせいか、少し緊張している)

    苦しい記憶や悲しい記憶。
    テディもあたしもあるけど、流せる灯篭は一つなんだよね。
    どうしよう。

  • [4]鞘奈

    2015/09/13-17:15 

    …どうぞよろしく。

  • [3]ハロルド

    2015/09/13-00:12 

  • [2]エリー・アッシェン

    2015/09/12-17:24 

    エリー
    「どうぞよろしくお願いします。
    ふむふむ。普通の灯籠流しは死者への弔いの風習ですが、パシオン・シー近辺のこの村では自分の中の気持ちと決別するためのもの……ということですね」


    ラダ
    「アヒャア、苦しみや悲しみねぇ……。
    生きてきてそれなりに嫌だったことは色々あるけど、ボクにはそんなに深いトラウマはないかなぁ」

  • [1]紫月 彩夢

    2015/09/12-01:26 

    紫月彩夢と、深珠おにーさんよ。
    灯篭流しって、風情があっていいわよね。
    本来のとは少し中身が違うみたいだけど、苦しみかぁ…うん、ゆっくり考えてみる。
    ご一緒に、誰と行けるのか。まだ判んないけど。どうぞ宜しくね


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