【例祭】花音に誘われて(櫻 茅子 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 フェスタ・ラ・ジェンマ。
 愛の女神『ジェンマ』を祀る大祭が開催されたことで、スぺクルム連邦全域はいつにない盛り上がりを見せていた。花と音楽であふれた地、イベリン王家直轄領も例外ではない。
 車か電車か、はたまた歩きか。それぞれの方法でイベリンの地へやって来たウィンクルムは、まずその華やかな飾り付けに驚かされた。
 すごい。
 こぼれおちた言葉は誰がつぶやいたものかわからなかったけれど、皆の総意でもあった。
 色とりどり、大小様々な花があちこちに咲き誇っている。それらは無秩序に並んでいるように見えるが決してそんなことはなく、とてもバランスがとれていて――最初からここが定位置だ、己を、そして皆を美しく見せる場所だとでも言われているようでもあった。
 さて。そんなイベリンは、今、行く先によってまったく違う雰囲気となっている。
 
 ある場所は、多様な屋台が並び賑やかで。
 ある場所は、心和ます演奏会が開かれており。
 ある場所は、静かな空気の中花に囲まれ――大切な人の、想いを確かめに歩き出し。
 
『行こう』
 そう言って、あなたたちは歩き出した。足早に、ゆっくりと、あるいは少し緊張をにじませて。

 四年に一度の特別なある日。あなたたちは、どんな時間を過ごすのだろうか。

解説

●やれること
A:屋台が立ち並ぶ区画へ
 一般的な夏祭りのように、様々な食べ物や出し物が並ぶ区画で遊べます。
 また、夜になると花火を見やすい場所で見ることができます。大きく華やかなもの、イベリンらしい花や音符がモチーフになったもの……といろいろ楽しめます。
 人が多いので、大切な人とはぐれたりしないよう気を付けてくださいませ。

B:演奏会を聴きに行く
 現在、イベリンではあちこちで演奏会が開かれています。レストラン『キリア』もその「あちこち」の一つです。
 落ち着いた雰囲気の店内で、おいしい食事を食べることができます。生ならではの迫力ある演奏に耳を傾けつつ、新たに契約した精霊についてや、自分たちのこれからについて話すのはいかがでしょう?
 夜になれば、窓から花火を見ることもできます。

C:想い告げる花
 イベリンでも特別美しい花を扱う花屋が並ぶ区画で花を買えます。
 流通している花のほとんどを買うことができますが、中でも『キス・フウロ』という花が注目されています。
 キス・フウロは淡いピンクの小さな花ですが、想う人がいる人物が花弁に口づけると濃い赤になります。更に、口づけた人物に想いを寄せる人物が口づけると淡い光を放ちます。
例)精霊に恋する神人がキス→キス・フウロは濃い赤に
  赤いキス・フウロに精霊がキス→神人が好きだったら淡く輝き、なんとも思ってなければ特に変化なし。

楽しいひと時をお過ごしいただければ幸いです。
※プランにはA~Cで指定いただければと思います。

●消費ジェール
交通費+食べ物や花の購入代として一律『500ジェール』いただきます。

●余談
個別描写です。
キス・フウロは二人で想いを確かめ合ったり、こっそり想いを確かめようとしてみたり、彼に好きな人がいるか確かめてみたりといろいろできると思います。お好きなように使ってください。

ゲームマスターより

こんにちは、櫻です。
女性側と時間差になってしまいましたが、男性側の皆さんもイベリンでフェスタ・ラ・ジェンマを楽しんでみませんか? というお誘いです。
やったーイベリンだー! なノリで用意した、いろいろ詰め込んだエピソードですが、皆様にとって何か残せるリザルトを執筆できればと思っています。
興味がお持ちいただけた際は、どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

スウィン(イルド)

  「凄いわね、殆どの花があるんじゃないかしら?素敵!」
キス・フウロって不思議
他の花を見てるフリしてこっそり購入
キスすると赤色に
「イ~ルドッ☆…隙有り!ふふ♪」
不意打ちでイルドの唇にちょんと花を触れさせると輝く
悪戯の成功と、変わらない愛情に嬉しそうに微笑む
「別に疑ってたわけじゃないんだけど
輝いてくれると安心するわね
…ありがとう(小声)
綺麗…」
満足げに自分の花を眺めていると
いつの間にか花を買ったイルドに不意打ちされる
輝く花を見て「なるほど、これは…恥ずかしいわね…」
少し赤くなりそうな頬を片手で押さえる
周りに見られると恥ずかしいので花を手で隠しながら歩くが
もし輝いたままなら暗い所だと隠すのが難しいかも


俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  C
今年は花火もう見たし、珍しい花が気になるな
キス・フウロも…ちょっと気になるけど
ネカは俺への好意を隠してないし、別にやる必要はないんじゃないか

ただ『今の気持ち』というのが引っかかった
つい承諾してしまい、花を買って口元へ
…って、これ、俺の気持ち丸分かりになるんじゃ…
恥ずかしいが、男に二言はない
もし赤くなったら、俺も素直にネカへの気持ちを認めよう

ネカがキスした花が光った
それには今更驚かないが、その後の言葉にどきりとする
ネカにそんな心境の変化があったなんて気づかなかった

誰をってお前そんなこと…いや、認めると決めたばかりだ
もう一つキス・フウロの花を買い、先にネカにキスしてもらってから自分も花に口づける



ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
  キス・フウロか
なんとも面白いが、ある意味残酷な花だな
赤く染まった花が光らなければ、誰だって傷つくだろうに
俺は…自傷の趣味はないから口吻たくないな

そういえば、リェンがくちづけたらどうなるだろう
そもそも奴が恋などしているとは思えないが

悪戯心でキス・フウロを買って、
「おい、くちづけてみろ」

は?
なんで赤に染まる?!
非常に動揺しながら、花にキスすれば少なくとも自分に恋しているのかわかる
と思いつつも、どうしても…キスする自信がない…
ハッ…俺がこんなに意気地なしなところがあるとはな…
リェンのことだけは、怖いんだ…

赤く染まった花を見ていたくなくて握り潰してゴミ箱に捨てる
見なかった事に…できねえ

捨てたのを後悔


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  C
色々あるな
花…詳しくねぇが、仕事の為にそこそこ見てるな
似合わねぇのは認める
選んだ理由?
師匠の作品が凄かったからだ

嫁に贈った花…花より団子だったから贈ったのなんて母の日のカーネーション位だな
娘は白詰草なら
花冠作ったが何か

夜…花火前にどこかで本物の花でも買うか
※花の変化は見ない振りで吾亦紅購入
モチーフには向かねぇか
なら、やる
※意味知ってる(または聞いた)

腹減ったし、屋台行くか
階段降り…イェルが降ってきた
庇うの間に合った…ま、役得だな
イェルが離れた拍子にあの花が落ちて風で飛んだ
…今はそれでいい
※輝きは見た

…パシャ?
「イェル、退け」
退かしたら、撮影者に耳打ち
「写真、俺にも寄越せ」
内緒で貰い笑って懐へ



安宅 つぶら(カラヴィンカ・シン)
 
カーラにどうしても見てもらいたい物があるから!
…という大嘘で来てもらいました、はい
それくらいしないとアイツ祭りとか来ないんだもんよー…

夏祭りの屋台と言えばやっぱ夜だよねェ!
あ、そうだカーラしばらく黙っててくれるかい?
別にアンタがうっさいとかじゃなくて…いいから!
(屋台では小さい子が連れにいる兄ちゃんという体で、あわよくばおまけ的な物をねだろうとする)
(貰えなくても可)

あー次はどこに行こっか…やば、カーラ!?
あいつ中身はアレだけど姿は子供だから普通にはぐれるんだ、忘れてた…カーラ、カーラ!

何とか見つけたら涼しい顔しやがってコイツ…は?そこに立つの?
…慌てて探したつぶらサンが馬鹿でしたよ、ったく


●ふいうち、輝き
 きらきらと深い藍色の空に星々が輝きはじめた頃。
「凄いわね、殆どの花があるんじゃないかしら? 素敵!」
 屋台を堪能し終えた『スウィン』と『イルド』は、イベリンの中でもかなり上質な花が集まるという区画へとやって来ていた。
 イルドは演奏や花に興味は薄い方だ。だが、スウィンに誘われた――正確には引っ張られたのだが――となれば断る理由などない。
 イルドに感謝しつつ、スウィンは花を見て回る。と、そんな彼にキス・フウロが目についたのは、いたって自然な流れだろう。
「へえ、好きな人を思いながらキスすると色が変わるのね」
 可愛らしい花にしか見えないのに、キス・フウロって不思議。
 興味をひかれたスウィンは、他の花を見ているフリをしてこっそり購入することに決めた。
 今もなんだかんだ文句の一つも言わずついてきてくれるイルドを思いながら、花弁に口づける。
 ――瞬間、淡いピンクだった花弁に変化が現れる。深く濃い、まるで恋心をそのまま色にしたかのような赤に変わったのだ。
「イ~ルドッ☆」
「なッ?!」
「……隙有り! ふふ♪」
 精霊に声をかけ、不意打ちでイルドの唇を花にちょんと触れさせる。すると、花がぽう、と淡い光を放ち始めた。
 悪戯の成功と、夜闇に浮かぶその光に――変わらない愛情を確かめて、スウィンは嬉しそうに微笑んだ。
「それは……」
「キス・フウロっていう花ですって」
 スウィンに花の効果を説明され、イルドはたまらず、ふいと目をそむけた。『スウィンが好き』と一目で分かる輝きが恥ずかしかったのだ。
「別に疑ってたわけじゃないんだけど、輝いてくれると安心するわね」
 ありがとう。
 小さな声でお礼を言うスウィンに、イルドはむっとした。
 花を輝かせた自分と違い、花を赤くしただけのスウィンは好きな相手が自分とは限らない。彼の想いを疑ってはいない、けれどずるい気がして。
「スウィン」
 綺麗、と満足げに自分の花を眺めているスウィンは、名前を呼ばれ顔をあげた。
 と。
 いつの間に買ったのか、イルドの手に握られた赤いキス・フウロが唇に触れ、目を丸くする。
 同じように淡く輝く花を見て、スウィンはついと視線を逸らした。その反応に、イルドは自分の気持ちが上向くのがわかった。輝く花は、二人の想いを確かに表しているのだ。安心と喜びで、小さな笑みが浮かぶ。
「お返しだ……俺の気持ちが分かったか」
 彼が言う気持ちは、良くわかった。赤くなりそうな頬を片手で押さえる。
「なるほど、これは……恥ずかしいわね……」
 しかし、この輝く花はどうしよう。周りに見られると恥ずかしい、が、輝きを失わない様子を見ると、隠すのは難しそうである。夜だから、余計に。
 とりあえず、何もしないよりはましだろうと花を手で包んだその時だった。
 どおん、と夜空に花が咲く。
「花火! ここからでも結構見えるものなのね」
 屋台のあたりが一番よく見えるという話だったが、スウィンたちが立つ場所からでも見ることができたのだ。少し迫力には欠けるが、それでも十分だろう。
「見て行くのか?」
「ええ!」
 スウィンがそう言うのなら、とイルドも寄り添うように立つ。
 
 夜空の下。花火の光を浴びながら、二人は静かに語り合う。
 帰ったら花は花瓶に飾ろうか。それぞれの家で大切にしよう。
 そんな、平和で和やかで、とても愛しいこれからについての話を。


●わからない想い
「花やら音符? やらイマイチここの祭りって小難しくて好きじゃねー」
 星々が煌めく夜空の下、『ローランド・ホデア』と共にイベリンを訪れた『リーリェン・ラウ』は、がりがりと頭をかきながらそう呟いた。スラムで育った彼にとって、祭ならではの華やかさは馴染みがなく、違和感しか覚えないのだろう。
 だが、ローランドは違う。消費者金融企業社長の御曹司という彼は、性格に難はあれど、まぎれもなく上流階級で育ってきた人間だ。
(ロゥはセレブだから解ってるのかね、たまにアンタが別世界の人に見えるわ)
 迷いなど微塵も見せずに進み続けるローランドの背中をぼんやり眺めながら、彼の後ろを歩く。
 辿りついたのは、色とりどりの花が並ぶ区画だ。ふわりと漂う甘い香りに、リーリェンは「げ」と顔をしかめる。
 と、ローランドは注目を浴びていると宣伝される花を見つけ口角をあげた。
「キス・フウロか。なんとも面白いが、ある意味残酷な花だな」
 赤く染まった花が光らなければ、誰だって傷つくだろうに。
(俺は……自傷の趣味はないから口づけたくないな)
「何見てるの? あのピンクい花なーに?」
「キス・フウロというらしい」
「キス・フウロ? なにそれ?」
(そういえば、リェンがくちづけたらどうなるだろう。……そもそも奴が恋などしているとは思えないが)
 ローランドの脳裏に、そんな疑問が浮かんだ。疑問はみるみるうちに膨らんで、確認したくて仕方がなくなっていく。
 悪戯心からキス・フウロを買うと、ローランドは
「おい、口付けててみろ」
 とリーリェンに差し出した。
「え、口付ければいいの?」
 リーリェンは何の疑いもなく花びらに唇を落とした。すると――
「は?」
 なんで赤に染まる?!
 ローランドはリーリェンから花をむしりとるように奪うと、愕然とキス・フウロを見つめた。
(なんで赤に染まってロゥがキレてんの?)
 ローランドと同じ疑問をリーリェンも抱いていたが、聞かれても答える余裕などなかった。
 激しく動揺しながら、考える。
 ――キス・フウロの花が赤く染まるのは、口づけを贈った人物が恋をしているから。
 それは、誰に?
 リーリェンは近くにいるのだ、花にキスした時誰を思いうかべていたのか聞くことはできるだろう。そして、彼は素直に答えるだろう。
 しかし――ローランドには、それができなかった。
 自信がなかったのだ。
(ハッ……俺がこんなに意気地なしなところがあるとはな……)
 けれど。
(リェンのことだけは、怖いんだ……)
 常に剃刀のように鋭い空気を纏い、傲慢な態度が目立つローランドだが、一目会ったその時からなんとしてでも手に入れると誓ったテイルス――リーリェンのことに関係すると、ひどく臆病になってしまう。
 情けねぇと思いながらも、こればかりはどうすることもできない。
「なになにどうしたの何で捨てるの? 俺悪いことした? 言われた通りしただけなんだけど」
 ローランドが何を考えているのかまったくわからないリーリェンは、首を傾げるばかりだ。
 だが、ローランドは何も答えない。赤く染まった花など見ていたくもないというように握りつぶし、ゴミ箱に叩き込む。
(見なかった事に……できねえ)
 苛立ちも露に突き進むローランドは、捨てたことを後悔する自分に気付き舌打ちをした。
 一方、急に挙動不審になった神人に、リーリェンは困惑しきりだ。先を行くローランドを見失わないよう気を付けながら、宣伝のため近くに立っていた店員に声をかける。
 そして、説明を聞いて呆然とした。
「は? 恋してたら赤くなる?」
 ええ、と微笑む店員に礼を言うことも忘れ、リーリェンはふらりとローランドの後を追う。
(俺が恋? ……誰に? そもそも恋って何だよ……?)
 寂しさすら麻痺した彼は、自分がローランドに抱く感情に気付かない。――気付けない。
 銀色の光を注ぐ月が、雲に隠れる。
 ふと、耳にきしりと、何かが軋む音が聞こえた気がした。
 歯車が回りだしたかのような、そんな音が。


●改めまして、あなたへの想いを
 フェスタ・ラ・ジェンマ。四年に一度開かれるという大祭が各地へ与える影響は極めて大きく、『俊・ブルックス』と『ネカット・グラキエス』の二人が訪れたイベリンも、常にない飾りつけが施されていた。
「今年は花火もう見たし、珍しい花が気になるな」
 そんな俊の提案をうけやって来たのは、珍しい花々が並ぶ区画だ。
「キス・フウロの花、気になりますね」
 穏やかに降り注ぐ太陽の下、店頭に並ぶ花を見て、ネカットはそう呟いた。
 ここは私があらかじめキスしておいたものをシュンに渡して反応を……。
 想いを寄せる人がいる人物が口づけると変化が現れるというその花に、ネカットは思考を巡らせる。だが、脳裏に浮かんだ考えを振り払うように頭を振った。
(いえ、やめましょう。大切にしたいと気づいたばかりです)
 代わりに、というように、ネカットは俊に笑いかける。
「ねえシュン、先にお花にキスしてみてくれませんか。私の今の気持ちを知っておいてほしいんです」
(キス・フウロも……ちょっと気になるけどネカは俺への好意を隠してないし、別にやる必要はないんじゃないか)
 そう思った俊だけれど、ネカットの言い分に引っかかりを覚えた。
(今の気持ち、か)
「今まで」とは違うのだろうか。気付けば、俊は彼の提案を承諾していた。
 花を買い、口元へと運ぶ。
(……って、これ、俺の気持ち丸分かりになるんじゃ……)
 唇を触れさせる直前、ふと気づく。
 恥ずかしい。が、男に二言はない。
(もし赤くなったら……そうなったら、俺も素直にネカへの気持ちを認めよう)
 自分の中でも一つ、そう誓いをたてて。花弁へ唇を落とすと、花は――淡いピンクから、深い赤へと変化した。
 ネカットは一つ吐息を落とした。そして、俊の手から花を受け取り、同じように花弁へと口づける。すると、その花はまるで待っていたとでもいうように、優しい光を放ち始めた。
 輝く花を俊に見せると、ネカットは微笑みを浮かべた。
 一言一言、確かめるように自分の想いを口にする。
「以前までの私は『シュンに恋する自分』が一番好きでした。でも今は違います、貴方を本当に大切に思っています」
 以前からしつこいほどに好意を示されていた俊にとって、ネカットのキスで花が光ったのはそれほど驚くことではなかった。
 けれど、彼の言葉にどきりとする。
(ネカにそんな心境の変化があったなんて気づかなかった……)
 だが――悪くない。むしろ……。
「ところでシュン、花にキスする時、誰を思い浮かべましたか?」
「誰をってお前そんなこと……」
「だって、先にキスする人は『好きな人』が私でなくても花は赤くなるんですよ」
 ネカットの指摘に、俊はたしかにと思った。キス・フウロの説明には、「恋する人がキスすると、花が赤くなる」としかないのだ。とはいえ、この状況でネカット以外の人物を思いうかべていたらそれはどうなのだという話なのだが。
(いや、認めると決めたばかりだ)
 俊はもう一輪、キス・フウロの花を買った。店員の目が妙に優しげで、店の前ですみませんと申し訳ない気持ちになる。
 だが、ここに来て止められるわけがない。
「ネカ、これにキスしろ」
「え? 今度は私からです?」
 ネカットは少し戸惑ったようだが、素直に口づけた。深く濃い赤に染まったことに、俊は少しほっとする。
「答えを聞くのがこんなに怖いなんて吃驚です」
 苦笑するネカットに、俊はため息をついた。
 そして、花を受け取ると――自分も、花に口づける。
「あっ……シュンがキスした花も光りましたね」
「これでわかったか?」
 淡い光を放つ花が二輪。
 お互いが、お互いへの想いを形にした何よりの証拠がその手には握られている。
「……これからよろしくな」
 今更ながらに気恥ずかしさを覚え、俊はふいと視線を逸らしながらそう告げる。
 すると、ネカットは目を丸くした後、ふわりと、嬉しそうに微笑んで。
「よろしくお願いします」
 と。
 いつもの声音に、嬉しそうな響きを乗せて告げるのだった。


●交錯する絆
 橙色と紺色のグラデーションが美しい空の下。
 祭りの熱気をはらんだ風を全身で感じながら、『安宅 つぶら』は『カラヴィンカ・シン』とともにイベリンの地を歩いていた。
 こういった場に興味を示さないカラヴィンカが何故この場にいるのか。理由は簡単だ。
「カーラにどうしても見てもらいたい物があるから!」
 ……という大嘘で来てもらいました、はい。
(それくらいしないとコイツ祭りとか来ないんだもんよー……)
 直後の「そこまで誘うからには、見る価値のある物なのだろうな?」という言葉にはどきりとさせられたが、結果オーライというやつだ。
「で、見せたい物とは何……」
「夏祭りの屋台と言えばやっぱ夜だよねェ! あ、そうだカーラしばらく黙っててくれるかい?」
「……喋るなだと?」
「別にアンタがうっさいとかじゃなくて……いいから!」
 強引にも自分の主張を認めさせようとするつぶらに、カラヴィンカは(……成程)と思う。
(こいつの魂胆が見えた)
 喋らなければ、カラヴィンカの姿は唯の子供だ。誰もが子供として扱うだろう。
(子供として楽しめ、というつもりなら当てが外れたな道化よ)
 ――そういった感性は無くしてしまったからな。

 つぶらとしては、カラヴィンカが子供として楽しめればという想いもあった。だが、それ以上に「面倒見のいいお兄ちゃん」として、屋台でおまけ的なものをねだれるというのが大きかったりする。
 高確率でいい返事をもらえるので、つぶらはお値段以上のあれこれを抱え、ほくほくといい笑顔を浮かべていた。
「あー次はどこに行こっか……やば、カーラ!?」
 慌ててあたりを確認するも、彼の姿は影すらも見当たらなかった。
(あいつ、中身はアレだけど姿は子供だから普通にはぐれるんだ、忘れてた……)
 つぶらは顔を青くし、「カーラ、カーラ!」と叫びながら、たまらず駆け出すのだった。

* * *

 花と音楽で賑わうイベリンの地を訪れた『カイン・モーントズィッヒェル』は、「色々あるな」と呟いた。
「花、好きなんですか」
「花……詳しくねぇが、仕事の為にそこそこ見てるな」
(違和感が凄まじい)
「似合わねぇのは認める」
 考えていたことに返事をされたようで、『イェルク・グリューン』の肩が小さく跳ねた。なんとなく居心地が悪くて、話を変えるついでに、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「どうして今の職業を?」
「選んだ理由? 師匠の作品が凄かったからだ」
 単純で、これ以上ないほどわかりやすい理由に、イェルクは「この人らしいかもしれない」なんて思う。
 カインは「にしても」ととある花屋に目を止めた。
「『贈り物にどうぞ』か」
「ご家族へ花を贈ったりしたんですか?」
「嫁に贈った花……花より団子だったから贈ったのなんて母の日のカーネーション位だな。娘は白詰草なら。花冠作ったが何か」
(花冠……衝撃的過ぎる……)
 投下された新たな爆弾に、イェルクはたまらず「うわぁ」と零してしまった。
 露骨な反応を気にせず、カインはそういえばと思う。もう少しで花火が始まるのではなかったか?
「花火前にどこかで本物の花でも買うか」
 そうですね、と返したイェルクが、あちこちで宣伝されているキス・フウロの花に気付いたのは当然の流れだっただろう。
 花の説明を聞いたイェルクは、買ってしまおうか、それとも……と葛藤する。
 結局、(買ってしまった……)となんともいえない顔をして――カインが見ていない隙に、と花びらに口づけを落とした。
 瞬間、淡いピンクの花は、深い赤へと変化する。
(あなたが花にキスしたらこの花は……?)
「ん、その花は?」
「これは……いえ、何でもないです」
 色が変わる瞬間を見られてはいないだろうか。焦ったせいでおかしな返事になってしまったが、彼は気付いていないようだ。
 と、安堵しているイェルクを内心面白く思いながら、カインは吾亦紅を購入する。
「吾亦紅、ですか?」
「モチーフには向かねぇか。なら、やる」
 吾亦紅……『感謝』や『変化』『愛して慕う』といった花言葉を持つ花に、イェルクは首を傾げた。彼が何故モチーフに向かない花を買い、自分に渡したのかわからなかったからだ。
「腹減ったし、屋台行くか」
 足を進めるカインの後ろを、イェルクはもやもやと悩みながらついていく。
 それがまずかったのだろう。
 階段を踏み外し、前を行くカイン目がけ落っこちることになってしまった。
「……あー。大丈夫か」
 結果から言えば、イェルクはカインに庇われ無事だった。
 だが、それどころではない。
(カインさんの唇が頬に触れ……!?)
 慌てて離れた拍子に、キス・フウロの花が更に下へと落ちていく。
 カインの唇に触れたかもしれないそれの輝きを確認するよりも早く、花は風で飛んでいってしまった。安心したような落胆したような、矛盾した気持ちがイェルクの胸を締め付ける。だが、イェルクの思考はすぐに別のものへと向かっていた。
(それより……あの夢で感じた温かさって)
『あの夢』とは、自分が特殊な毒に侵され死んでしまうという、フィヨルネイジャで見た悪夢のことだ。
 イェルクは永遠の眠りに落ちるその瞬間、唇に温かな熱を感じていた。
 今の今まで、気のせいだと思っていたのだが――今しがた頬に受けた温もりと、かつて夢で感じた温もり。そして普段、トランス状態へと移行する際の、キス、を思い出して。
(もしかして、ですが。……き、聞き難い……)
 イェルクを支えるカインはといえば、(ま、役得だな)とのんきな感想を抱いた後、あの花……淡く輝く花が飛んで行ったことに安堵していた。
(……今はそれでいい)
 そう思った時だった。
(……パシャ?)
 音の方へと目をやると、カメラを手にした幼い少年が立っている――


* * *

「やれやれ、逸れたか」
 この小さな体の何と不便な事。
 カラヴィンカはため息をついたが、次の瞬間耳に届いた独特な音に顔を上げる。
「あの音……花火か」
 彼の言う通り、どおん、と派手な音を立て、夜空に大輪の花が咲いた。
「祭の風景、夜空の花火……。ありきたりな構図だがこんな所まで足を伸ばしたのだ、写真くらい撮って帰……」
 そう思い、カメラを構えシャッターを押した時だった。突如響いた驚いたような慌てたような、そんな声に思わず意識を向けてしまったのは。
「……何が嬉しくて、花火でなく階段から落ちた男など撮らねばならんのだ」
 カラヴィンカが手にしているカメラは、撮影してすぐに写真が印刷されるタイプのものだ。カメラから出てきた写真には――見切れた花火と、支える男と支えられる男の二人が映りこんでいる。
 自分自身に呆れていると、男のうちの一人――体格がよく、人相が悪い――が近づいてきた。
「今、写真撮っただろ?」
「撮ろうと思ったわけではないがな」
「そりゃ悪かった」
 その男はカラヴィンカの容姿と口ぶりを特に気にすることもなく、「写真、俺にも寄越せ」と耳打ちする。
 カラヴィンカとしても、見ず知らずの男が二人映った写真を持っていても仕方がないと思っていたところだ。
 承諾すると、男はふ、と頬を緩めた。大事そうに懐にしまうと階段へと戻って行き、同時に、つぶらが息を切らせてやって来るのだった。


* * *

 思わぬ収穫に、カインは自分の気持ちが上向くのがわかった。
「どうしたんですか?」
「撮影の邪魔して悪かったな、と謝ってきた」
「え……撮影!?」
 イェルクは赤面した。
 まさか、撮られていたなんて!
 恥ずかし過ぎて顔を上げられないというようなイェルクを見て、カインは懐の写真の存在がばれたらどんな反応があるのか、想像――しようとしてやめる。
 それは、いつかのお楽しみだ。
 楽しげなカインと、うつむくイェルク。
 対照的な二人の影は、屋台へと向かっていく――


* * *

(何とか見つけたら涼しい顔しやがってコイツ……)
「おい道化、いいからそこに立て」
「は? 立つの?」
「今度は暴れるなよ」
 その言葉で、つぶらは以前も似たような指示を出されたことを思い出す。文句の一つも言いたいところだが、あの時のように(といっても未遂だったが)周りに迷惑をかけるわけにはいかない。
 渋々といった体で従うと、
 ひゅう――どおん。
 ぱしゃり。
 花火が上がる音と、シャッターを切る音が重なった。
「ふむ」
 カラヴィンカは出てきた写真を見て軽く頷いている。
「……慌てて探したつぶらサンが馬鹿でしたよ、ったく」
 どこまでもマイペースな精霊に、つぶらは肩を落としながら呟いた。
 二人が意思疎通できるようになるのは、まだまだ先のことになりそうだ。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 櫻 茅子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月08日
出発日 09月15日 00:00
予定納品日 09月25日

参加者

会議室

  • [6]スウィン

    2015/09/12-18:02 

    スウィンとイルドよ、よろしくぅ!
    面白そうだからキス・フウロを買いにいくわ。皆それぞれ楽しみましょうね♪

  • [5]俊・ブルックス

    2015/09/12-09:57 

    俊・ブルックスだ。
    初めましての奴も久しぶりの奴もよろしく。

    屋台も花火もこの前見たしなー…俺達は花を見に行こうかと思ってる。

  • [4]安宅 つぶら

    2015/09/11-01:57 

    いやァ不思議な場所があるもんだねェ!
    あ、つぶらサンだよーよろしくゥ!

    つぶらサンは屋台かなー!
    黙ってればきっと可愛いだけのちびすけがいればきっと何かおまけとかしてくれ…なんて考えてないよ!
    マットーにね!マットーに!
    カインの兄貴ももしすれ違ったらよろしくゥー!

  • おっと。
    帰る→買える
    失礼したな。

  • カインだ。
    パートナーは、イェルク・グリューン。

    流通している殆どの花帰るみてぇだし、仕事の参考になるかもしれねぇんで、花見てくる予定。
    俺はキス・フウロの購入予定はねぇな。

    個別描写らしいが、外歩いてる連中はすれ違うかもしれねぇし、お互い楽しく過ごそうや。
    店に行く連中もいい時間を過ごせるよう願ってるぜ。
    って訳で、よろしくな。

  • [1]ローランド・ホデア

    2015/09/11-00:38 


PAGE TOP