【バレンタイン】ショコラ・ローズの恋語(さとう綾子 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ


 タブロス市からほど近いとある村は、この時期になるとチョコレートの甘い香りでいっぱいになる。
 村の隅にある小さなチョコレート屋目当てでこっそりとお客が集まるのだ。
 お店の名前は『ショコラ・ローズ』。
 ローズという名の女性が営んでいるから、という単純な理由でつけられた名前だ。

 お店はカフェが併設されている。
 実は売られているチョコレートよりもこのカフェが人気だ。
 カフェの人気メニューは『ショコラ・ローズの恋語』。2人用のメニューでお値段は100Jr。2人分のチョコレートの香りの紅茶がポットで提供される。これはミルクティで飲むのがお勧めだ。紅茶に添えられるのはハートの形をしたチョコレート。ミルク、ビター、ホワイト、抹茶の4種がついてくる。
 甘いものがあまり得意でない人には『ショコラ・ローズのひそひそ話』。こちらは1人用のホットチョコレートで40Jrだ。さらに苦手な人には普通の珈琲や紅茶も30Jrで提供されている。
 カフェの外からは村の名物でもある噴水が見える。ぽかぽかの陽だまり。小鳥たちもこぞって春告の歌を歌う。
 ひととき、あなたの大事なパートナーと語り合うのもいいかも知れない。

 勿論、チョコレートも売っている。
 人気商品は『ショコラ・ローズの内緒話』。淡いピンク色の箱には薔薇をモチーフにしたリボンが飾られている。そっと箱を開ければピンク色の薔薇をモチーフにしたデザインの四角いチョコレートが並んでいる。味はミルクとビターから選べる。お値段は60Jr。
 そっとパートナーに渡すのも素敵だろう。
 渡す場所も噴水の前や村外れの冬咲きの花の花畑などロマンチックな場所がいくつもある。

 さあ、あなたもこの季節に『ショコラ・ローズ』へ――。


 ……というようなチラシをミラクル・トラベル・カンパニーのツアーコンダクターが配布していた。
「該当の村まではこの期間、無料の乗合馬車が出ています。移動の足に困ることはありません」
 女性のツアーコンダクターはにっこりと笑った。
「村は夜が早いので滞在は自然と夕方までになってしまいますが、お茶が目当てになりますし心配はいりません。夜にチョコレートを渡したい場合は乗合馬車がなくなってしまうので歩いて帰ってくることになりますが……徒歩でもさほど大変な距離ではありませんし」
 ツアーコンダクターは「月が綺麗な村でもあるんですよ」と言い添えた。それからそっと唇に指を当てて。
「実は去年、私の友人がここのチョコレートを買って渡したところ恋愛成就しまして。偶然だとは思いますが、こうしてチラシを配布しているんです」
 よいバレンタインを、と微笑んでツアーコンダクターはチラシを差し出した。

解説

 チョコレート屋『ショコラ・ローズ』で精霊とお茶をする、というハピネスエピソードです。
 お友だちとグループデートも素敵ですね。
 精霊の好み(甘いものが好きか苦手か)によって選ぶメニューも変わると思います。そのあたりも楽しんでいただければと思います。
 アクションプランには精霊とどんなことを話したいか、どんな雰囲気で話したいかなど書いていただければ嬉しいです。特に思いつかない場合はアドリブになりますこと、ご容赦ください。

 このシナリオはバレンタインイベントに連動しています。チョコレートを買うもよし、手作りを用意しておくもよし、カカオの精からもらったチョコをあげるもよし。
 精霊の好みを考えて彼の気持ちをつかめるようにチョコレートをあげてくださいね。

ゲームマスターより

 はじめまして。さとう綾子と申します。
 皆様の素敵な恋や冒険を彩れるエピソードを提供していければと思います。
 これからどうぞよろしくお願い致します。

 初回は精霊とお喋りをすることに重点をおいたバレンタインエピソードになります。
 どうぞ自由に会話風景を思い描いてくださいね。

 皆様の素敵なアクションプランをお待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セリス(三ツ矢 光)

 


セリス(三ツ矢 光)
 


セリス(三ツ矢 光)
 


●ショコラ・ローズにて
 乗り合い馬車に揺られて着いたのは小さな村。
 赤い屋根とチョコレート色のレンガで出来た小さなお店が村の片隅にある。大きな窓からは村の広場の噴水が見えるようになっていて、柔らかな日差しが店内に差し込んでいた。
 そこは『ショコラ・ローズ』。
 薔薇のイラストが描かれた扉を開ければ、ふわりと漂うショコラの甘い香り。
 奥のカフェは店内より一段高く、どの席も窓の外の噴水がよく見えた。
 座席もテーブルもチョコレート色の木製。座席にひとつずつマカロンのようなクッションが置かれていて、座り心地は悪くない。
 店内に入った3組は店員に窓際の席を勧めらた。それぞれの席に神人と精霊が向き合って腰掛ける。
 羊皮紙に書かれた可愛らしいメニューが机に置かれ、そうして2人の少し緊張した空気が流れた。

「えっと、ヴォルフガングさんは甘いものは大丈夫ですか?」
 内心ドキドキしながら精霊に尋ねるのはあみ。
「……」
 ヴォルフガングは無言で頷いた。
(ど、どうしよう、甘いものは大丈夫ってわかったけど、会話が弾まないよ~!)
 あみは動揺しっぱなしだ。
 実はあみとヴォルフガングは普段も会話が弾まない。意思の疎通ははかれるのだが、会話として成り立たないのだ。このツアーをきっかけに距離を縮めたいと一念発起して、あみからヴォルフガングを誘ったという経緯がある。
 悪い人ではないという認識はある。だからこそもっと仲良くなりたい。
 それは切実な思いだ。
「じゃあ、『ショコラ・ローズの恋語』をお願いしてもいいですか?」
「……ん」
 今度は一言答えてくれた。一言だけれども無言よりずっといい。
 あみは前向きに捉え、店員に注文をした。

 梨音は逆に自分から精霊のレリクトへ行動を起こすことが苦手だ。
 小説として綴るのなら自在に言葉を操れるのに、話すとなると躊躇してしまう。
 しかもカフェへは滅多に行かないのでこの場にいること自体が緊張する。
 でも。
(急なお誘いでレリクトには迷惑かけちゃったかな?)
 そう、このツアーに誘ったのは梨音のほう。
 勿論、今まで一緒に出かけたこともない。
(でも、仲良くなりたいから頑張る)
 梨音にしては精一杯の勇気を振り絞った初めてのお出かけだ。
(レリクトは甘いものが好きだったはずだし、喜んでくれると嬉しい)
 メニューから梨音が目を上げるとレリクトはかなり真剣な表情でメニューをみている。
「レリクト……どれにする?」
 おずおずと梨音が尋ねるとレリクトは笑顔で梨音を見た。
「梨音はどれがいい?」
「えっと……」
 逆に尋ねられた梨音はメニューに目を落とす。
「『恋語』も気になるけど、2人で食べなきゃいけないから……ホットチョコレートもいいかなって」
「2人で食べることに問題あるのかな」
「えっ」
 レリクトに言われて梨音は言葉に詰まってしまう。
「だって、レリクトに悪いかなって」
「ん、俺は梨音が選んでくれたものなら嬉しいよ」
 レリクトはメニューを指さして首を傾げる。
「それにセットメニューにしたほうがチョコも紅茶も楽しめるからお得だしね」
 どうかな?と首を傾げるレリクトに梨音は頷いた。
「じゃあ、『恋語』をお願いするね」
 緊張しながら店員に声をかける梨音を、レリクトは穏やかな目で見守っていた。

 リゼットはメニューの一点に視線を落とした。
(初めて来たお店なんだし人気のものを選ぶのが間違いなくていいわよね)
 『一番人気』と可愛らしく書かれているのは『ショコラ・ローズの恋語』。
(は、恥ずかしい名前ね……)
 これを自分が注文するのかと思うと困惑してしまう。とは言え、注文しないと始まらない。
(口にしているのを聞かれるのはなんだか癪に障るから、控えめな声で注文しましょ)
 リゼットが気にするのは目の前でニコニコしている外見だけは王子様の精霊、アンリだ。
 ニコニコしてこちらを見ているだけで何も言わないのが余計に癪に障る。
 リゼットは店員を呼ぶとアンリに聞こえないようになるべく小さな声で言う。
「『ショコラ・ローズの恋語』を頂戴」
「はい、『ショコラ・ローズの恋語』ですね!」
 よりにもよって大きな声で復唱してくれる店員。リゼットが頭を抱える前でアンリが吹き出した。
「なに? 俺と恋バナしたいのか?」
 ニヤニヤと少し意地悪な笑顔。絶対にリゼットが恥ずかしがっていたこともお見通しだ。
「なんであんたと恋について語らなきゃいけないのよ!」
 売り言葉に買い言葉。実際、見目はカッコイイので文句はないが、恋愛について語る相手ではないのも確かだ。
「私はチョコを食べたかっただけなんだから!」
「へえ、そう、ふーん」
 余裕の態度を崩さないアンリにリゼットはこのお店のセンスを呪った。

 沈黙が続いて焦るテーブルがあり。
 穏やかな沈黙にやっぱり困るテーブルがあり。
 かたや喧々囂々と語り合う?テーブルがあり。

 そうこうしているうちに店員が空気も読まずテーブルに運んできたのは『ショコラ・ローズの恋語』。
 ほっこり丸い白いティーポットには薔薇の花が描かれている。茶葉を蒸らす時間は3分。ポットには2人で2杯分の紅茶が準備されており、やはり薔薇の花が描かれたティーカップに注ぐとほのかに甘いチョコレートの香りがする。
 お勧めはミルクティ。ミルクポットもやっぱり白地に薔薇の花で統一されている。テーブルにあるキャニスターには色とりどりのハートの形をしたお砂糖。入れる入れないは自由。
 1杯目は店員が琥珀色の紅茶を音もなくポットから注ぐ。終わればティーコージーをポットにかぶせて。
 そうしてそっと差し出されるのはシンプルな白いお皿に並べられたハート型のショコラ。
 ショコラも形はハートだけれども、後は装飾など皆無。濃いチョコレート色はビター。柔らかなチョコレート色はミルク。甘い白さはホワイト。そして大人の緑は抹茶。
 ごゆっくりどうぞ、という店員の声で、再びテーブルで会話が始まる。

●おはなし、しよう?
「えっと、いいお天気ですね、ヴォルフガングさん」
 迷ったときは天気の話から入るのがいい。あみは紅茶にミルクを注ぎながら口を開いた。
「……」
 外をちらりと見て、ヴォルフガングは紅茶を一口飲む。
(怒ってはいない、よね……?)
 ヴォルフガングは寡黙だ。あまり表情にも出ない。
「紅茶、美味しいですか?」
 あみが尋ねると、
「……」
 小さく頷くヴォルフガング。その仕草だけであみはほっとしてしまう。
「あ、チョコレートどうしましょうか。ヴォルフガングさん、どれ食べます?」
 4つのチョコレートを指さしてあみが言うとヴォルフガングはティカップを置いて少し迷うように口元に手を当てた。
(選んでるのかな? 困ってるのかな?)
 ヴォルフガングは返事をしない。だんだんあみは焦り始める。
(私が決めちゃったほうがいいのかな? でも、ヴォルフガングさんが好きなのを食べてほしいし)
 味が全部違うというのが困りものだ。それに何味が好きかなんてことがわかるほど、まだこの精霊と一緒に過ごしているわけでもない。
 4つのチョコレートをじっと見つめること数分。
(ひょっとしたら、私の言うこと聞いてないのかな……)
 あみが肩を落としかけたときだった。
「……あみに」
 ぽつりとヴォルフガングが口を開く。
「はい?」
「あみに、選んでほしいな」
 それきりまた口をつぐんでしまうヴォルフガング。あみは紅茶を飲むヴォルフガングの顔をまじまじと見た。
(喋ってくれた! ちゃんと話も聞いていてくれた!)
 安堵で満面の笑みを浮かべてしまうあみ。はい!と笑顔で頷いた。
「じゃあ、ヴォルフガングさんのほうにある2つをヴォルフガングさんが食べる、でいいですか?」
 頷くヴォルフガングにあみはほっとして紅茶を一口飲んだ。
 話を聞いてくれているのであれば、あとは落ち着いて話すこともできる。うるさいのであればちゃんと言ってくれるだろう。
 あみはそう思うと、場を盛り上げるため、まず自分のことを話すことにした。
「私、いつもは動物の保護や飼育の仕事をしてるってお話しましたっけ」
 少し考えてから頷くヴォルフガング。
「この前、ミニブタの赤ちゃんが生まれたんですよ」
 ヴォルフガングの動きが止まった。あみをまじまじと見る。
 ヴォルフガングはミニブタを飼っている。そのことをあみはちゃんと覚えていた。だからこその話題振りだ。
「可愛いですね、ミニブタ。大きくなっても猫や犬くらいの大きさにしかならないって聞きました」
 ヴォルフガングは微かに笑った。
「ミニブタは可愛いね。見ていると癒されるよ」
 あみは耳を疑った。動揺を隠すように紅茶を飲む。
(ヴォルフガングさんがこんなに話してくれたの、初めてかも)
 ヴォルフガングは少し考えるように口元を押さえると、紅茶を一口飲む。
「木工細工をしてるんだ」
「ヴォルフガングさんが、ですか?」
 目を伏せがちに頷くヴォルフガング。
「置物やアクセサリーを作っているよ」
 ヴォルフガングが自分のことを話してくれるのは滅多にない。
(気を遣ってくれてるのかな?)
 だとしたら余計あみには嬉しい。
「あの、薔薇のアクセサリーとかって作ってますか?」
 だから勇気を出して尋ねてみた。ヴォルフガングはあみの髪に留めた薔薇のヘアピンを見て無言で頷く。
「よかったら、売ってくれませんか。私、薔薇の小物集めてるんです」
「出来たら渡すよ」
 それだけ言って、ヴォルフガングはまた口を閉ざす。
(怒らせちゃったかな……ううん、違う)
 微かな絆から響いてくるのはもっと明るい気持ち。
(楽しんでくれてるんだ)
 あみの表情が笑顔で溢れた。
「楽しみにしてますね」

 梨音は紅茶を飲みながら、何から話そうか迷っていた。
 話したいことはいっぱいあるのに、レリクトも穏やかに待ってくれているのに、言葉がなかなか出てこない。
「あの」
 梨音が勇気を出して口を開くと、レリクトは「何?」という笑顔で迎えてくれた。
「これから、よろしくね」
 嘘偽りのない言葉。まず一番に言いたかったことを告げると胸のつかえが下りた。
「うん、俺こそどうぞよろしく。これから長い付き合いになるんだろうしね」
 レリクトははい、とチョコを分けながら言う。梨音の前にはビターと抹茶のチョコレート。
(選んでくれたのかな)
 梨音は抹茶の緑を眺めながら思う。
(長い付き合い……)
 そのうち避けては通れない戦いに意識は飛ぶ。
「オーガとの戦いへの不安はあるけど、一緒に乗り越えていきたいな」
 消え入りそうな声で梨音が言うと、レリクトは少しだけ驚いたように目を開いた。
「……どうかした?」
「いや、思っていた以上に梨音が強くて、嬉しくて」
「強いなんてそんな……。やっぱり怖いよ」
「怖いって言い出せるのが強いんだと思うよ」
 梨音は首を傾げた。そんなものだろうか。
「ありがとう」
 消え入りそうな声でお礼を言うとレリクトは紅茶を飲んでから微笑んだ。
「レリクトと一緒なら、大丈夫な気がする」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「カフェも、きっとひとりじゃ入れなかったから……」
「確かにここはひとりじゃ躊躇っちゃうね」
 レリクトはミルクのチョコレートを口に入れた。
「チョコレートはこんなに美味しいのに」
 言われて梨音もチョコレートを口にした。確かに美味しい。
 でも、こうして会話ができることが嬉しい。
 沈黙も許してくれることがもっと嬉しい。
 レリクトは梨音が口を開くまで待っていてくれる。それがわかるから、梨音も頑張ろうと思える。
「えっと……」
 次の話題を探しながら、梨音はチョコレートの甘い余韻を楽しんだ。

 紅茶が注がれてすぐにチョコレートに手を伸ばしたのはアンリだ。ぱくりとひとつ食べてしまう。
「ちょっと、こういうのは紅茶を飲んでから余韻を楽しむものでしょ?」
 リゼットが紅茶を飲みながら言うとアンリはまた手を伸ばす。
「なに、食べないなら俺がもらうぞ?」
「自分の分だけ食べなさいよね。大人げなく食いしん坊なんだから」
 アンリを警戒しながらリゼットは紅茶をもう一口。アンリはちょっとだけむっとしたようだ。
「じゃあさっさと食えよな!」
 目の前にチョコレートがあると気になってしまうらしい。アンリはチョコレートをつまむとリゼットに食べさせようと突き出した。
「チョコは口の中で溶けていくのをゆっくり楽しむものでしょ」
 紅茶を一口飲んで、アンリの指をやんわりとリゼットがかわせば、アンリはようやくチョコレートから指を離した。
 頬杖をついて一口紅茶を飲みながら、アンリはぶつぶつと
「いっぱい食わねぇから大きくなれないんだぞ、特に胸!」
 たいへん大人げないことを口にした。
「それとこれとは話が別でしょ!?」
「いや、食わねぇのが問題だろ。普通チョコがそこにあったら食べるだろ?」
「私はちゃんと雰囲気と味を楽しみたいの!」
「味なんて腹に入っちゃえば同じだろ」
「同じじゃないわよ。さっきのチョコレート味わって食べてないでしょ?」
「チョコレートはチョコレートだし。こんな一粒食ったってなぁ」
「味より量なのね。よ~くわかったわ」
「そういうこと。じゃあ、お前の分もらうな」
「自分の分だけね。大体あんたには後で……」
「……後で?」
 きょとんとしたアンリにリゼットはしまったというようにこほん、と咳払いをした。
「とにかく、恥ずかしいことしないでちゃんと紅茶も味わいなさいよ」
「はいはい」
 アンリは黙って紅茶を飲む。その姿はある意味完璧な王子様。
 リゼットは少しだけそんなアンリを見つめてからゆっくりチョコレートを口に運んだ。口の中で紐解けていく甘さにリゼットは少しだけ複雑な思いだった。

●月の下で
 月が綺麗だと言われていたとおり、その村から見る月はタブロス市から見る月とはまた違うように見えた。
 藍色の夜空をビーズを散りばめたような星が飾る。
 その夜空に白く冴え冴えと浮かぶ月。
 冬の空はキンと澄み切った、突き放したような美しさを広げていた。
 乗り合い馬車は行ってしまった。これからは徒歩で帰らなくてはいけない。
 それでも、その月は見てよかったと思える美しさだった。

 話は少し前に遡る。
「この村は月がとても綺麗に見えることでも有名らしいですよ」
 あみとヴォルフガングの会話は、あみが喋る役でヴォルフガングが聞き役になっていた。それでも時折ヴォルフガングが話してくれるので、あみとしてはかなり大きな進歩だった。
 だから、勇気を出してもう一歩だけ近付いてみたいと思ってしまう。
「ヴォルフガングさんの迷惑でなければ、夜に月を見ませんか。乗り合い馬車はなくなってしまうけど」
 少しだけヴォルフガングが驚いたように目を開いた。一度目を伏せて。
 それからゆっくりと無言で頷いた。
 ――そうして、あみとヴォルフガングは今、白い月の下を歩いている。
 ヴォルフガングは何も言わず、月を見上げている。それでもあみが隣を歩けるということは、彼なりに気を遣ってくれていることがわかる。
 これからが今日、最大で最後の勇気を試される。
 あみは今日の日のために手作りチョコを作っていた。ヴォルフガングの飼っているミニブタを思い描いて、ブタの形に整えた努力の結晶のチョコレートだ。なにしろブタの形など型抜きがない。あみは一生懸命ブタを思い出しては形を作ったのだ。
 これを渡すために月夜の散歩を誘ったのに、勇気が出ない。
 不意に冷たい風が吹いた。まだ長時間歩くには冬の夜の寒さは厳しい。
 ヴォルフガングが少し心配そうな視線であみを見た。その視線を受け止められず、あみは用意していたチョコレートを差し出した。
「あの、これ」
「……?」
 ヴォルフガングが不思議そうにあみとチョコレートを見比べる。
「手作りチョコレートなんだけれど……もらってもらえますか」
 ヴォルフガングはあみの手の中のチョコレートの形を見て、口を開いた。
「犬……?」
「え?」
 言われてあみもチョコレートの形を見直す。
「ブタのつもりだったんだけど、本当だ、言われると犬っぽい……」
「ブタ?」
 ヴォルフガングが今度はあみを見た。あみは頷いた。
「ヴォルフガングさん、ミニブタを飼っているから」
「……そうか」
 ヴォルフガングは微かに笑ったようだった。そのままチョコレートを受け取る。
「ありがとう」
 その言葉ははっきりとあみに聞こえた。
「はい!」
 白い月の下、帰路につく。歩幅をさりげなくあみに合わせてくれるヴォルフガングに、あみはこれからきっと大丈夫、と安堵に似た気持ちを抱いた。

 やはり白い月の下、噴水の前。
 もともとレリクトは歩くことも月を見ることも好きだ。梨音も渡したいものがあるため、夜の散歩は好都合だった。
 ごく自然に2人は夜の村を見て歩く。静かな村は人気がなく、それだけに白い月が冴え冴えと輝いていた。
 噴水は白い月光を受けて、銀色の飛沫をあげる。触れると凍りそうに冷たいが、遠くから見ている分には綺麗だ。
 足を止めた梨音を、不思議そうにレリクトが振り返る。
「あの」
 梨音はおずおずとチョコレートを差し出した。カカオの精からもらったチョコレートだ。
「レリクトに。よかったら」
「ありがとう、嬉しいよ」
 レリクトは笑顔で梨音の差し出したチョコレートを受け取った。
「実は甘いもの、好きなんだ」
 照れたように言うレリクトに、ああ、と梨音は思い出す。
(だからチョコレート、ミルクとホワイトを選んだんだ。少しかわいい)
「じゃあ、梨音が風邪を引く前に帰ろうか。帰りはちょっと歩くからね」
「うん、レリクト、あの」
 梨音は言葉に詰まる。レリクトは穏やかに梨音の言葉を待つ。
「これからもよろしくね」
「もちろん」
 レリクトは少し迷うように自分の片手を握って、結局その手を自分の背に隠した。
「これから、長い付き合いになるんだから。焦らずゆっくりいこうね」
 それはペアに対する言葉というより、兄が妹を励ますような口調だったけれども。
 梨音はまだ少し残る緊張の中で、それでも精一杯の笑顔を浮かべて頷いた。

 村のもうひとつの見どころである花畑。
 冬咲きの花だけ集めたという花畑は雪が積もったかのように真っ白な花が一面に咲いていた。
 月の白が降り注ぎ、風が吹くたびに淡い香りが揺れる。
(冬に咲く花だなんて素敵だわ)
 リゼットは花畑の前で立ち尽くす。それに、店内ではできないこともしたかった。
(カカオの精から貰ったチョコ、せっかくだから渡したいし……)
「リズ、寒い、寒い。乗り合い馬車も行っちまったし、早く帰ろうぜー」
 リゼットの後からついてくるアンリは不服そうだ。
「花なんて見てても寒いだけだろ」
「もう。デリカシーに欠けるんだから」
 リゼットは振り返ると視線を逸らしてチョコレートを突き出した。
 アンリはきょとんとしてリゼットとチョコレートを見比べる。
「さっきもっと食べたがってたからちょうどよかったんじゃない?」
 リゼットは菫色の瞳を泳がせてチョコレートをさらに突き出した。アンリはようやく理解したように笑顔になる。
「ふ~ん?」
 もったいぶるあたり、リゼットに緊張と恥ずかしさを味わせて楽しんでいる様子。
 さすがにおずおずとリゼットがアンリを見るとアンリは満面の笑みでリゼットの頭をぽんぽんと叩いた。
「な、なによ」
「いや、お前にしては気が利くじゃないか」
 手は頭からすぐに離れたけれども、アンリなりに感謝してくれてるのがわかり、リゼットは照れ隠しにフンと顔を背けた。
「その……これからもよろしく……ね」
 聞こえるか聞こえないかくらいの声で告げると、アンリは王子様の笑顔をリゼットに向けた。
 そしてチョコレートをしっかり受け取る。
「ああ。こっちこそよろしくな」
 じゃあ帰ろうぜ、なんて気楽に言う精霊をリゼットはまともに見られない。
「ほら、風邪ひくぞ。しゃっきり歩け」
「わ、わかってるわよ!」
 まだ少しぎくしゃくしているけれど。アンリの足取りはリゼットに合わせてくれていたから。
 きっとこれからうまくいくはず。

 歩き出した3組を、ただ月が見下ろしていた。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター さとう綾子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月16日
出発日 02月22日 00:00
予定納品日 03月04日

参加者

会議室

  • [3]リゼット

    2014/02/19-13:14 

    リゼットよ。初めまして。
    みんなよろしくお願いするわね。
    もしご一緒に、という人がいれば声を掛けてもらっても構わないわよ。
    楽しいお茶の時間になるといいわね。
    チョコ?し、しらないわよっ。

  • [2]あみ

    2014/02/19-12:42 

    は、初めまして!
    あみと言います。
    皆さんと一緒にツアーに参加できるの楽しみにしてます。

    ヴォルフガングさんにチョコ渡せるのかな~…
    心配ですけど、皆さんそれぞれ渡せるように頑張りましょうねっ!

  • [1]梨音

    2014/02/19-06:42 

    初めましてになるわね。
    梨音(リオン)よ。

    素敵なバレンタインを過ごせたらいいわね。
    今回のエピソードではよろしくね。

    甘い物が好きだから凄く楽しみだわ。


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