プロローグ
夏が過ぎ去ろうとしています。
肌を焦がす太陽の光も柔らかく変わり始め、夜になれば夜風はひんやりと涼やかに。
そんな中、『紅月ノ神社』の近くにある『雨降小僧の祠』では、夏祭りの準備が行われていました。
「かみさまーこれでどうだ?」
「こっちも見てくれー!」
中骨を抜いた和傘を頭に被り、提灯を持った少年のような妖怪──『雨降小僧』は、二人の青年の声に、作業の手を止めました。
トトトと小走りに駆け寄った『雨降小僧』に、青年二人は我先にと手に持った何かを見せます。
「神様、こんにちは──って、お前ら何やってんの?」
そこに背後から声が掛かり、二人の青年と雨降小僧は振り返りました。
「「景友」」
チリン!
青年二人の声がハモり、雨降小僧が和傘についた鈴を揺らします。
「デズとダグ、バカ双子──お前らまた妙な事をしてるんじゃないだろうな?」
景友と呼ばれた青年が、半眼で青年二人を指差せば、二人は頬を膨らませます。
「シツレイな!」
「俺達は、夏祭りの手伝いをしてるんだよ!」
「はは、冗談だって。俺も手伝いに来たんだ」
景友は瞳を細めて、雨降小僧を見下ろしました。
「今年も楽しい祭りになるといいな」
チリン!
雨降小僧の和傘の鈴が、楽しそうに音を鳴らします。
『雨降小僧の祠』は、ウィンクルム達が1000年鏡で100年時を遡り、雨降小僧の涙を止めたエピソードがある場所です。
祠に住む雨降小僧は、恵みの雨を降らせる『神様』として近隣の住人に親しまれ、一年に一度、祠ではお祭りが行われています。
今年は諸事情で少し開催が遅れていましたが、お祭りに向けた準備が順調に進められていました。
「俺も手伝おう。今は何をしてたんだ?」
景友が尋ねれば、デズが胸を張ります。
「俺は花火の準備だ! 特製の奴を用意したぜーっ」
「流石金持ちのボンボン」
「……言葉に棘を感じるが、とくと見るがいい!」
デズが取り出したのは、見た目普通な線香花火です。
「……これの何処が凄いんだ?」
景友の首が傾くと、双子は顔を見合わせてニヤニヤし、一本ずつ線香花火を手に取って火を付けました。
「このように」
「一本だと変哲のない線香花火だが……」
「こうして、二つの花火を触れ合わせれば……」
パチパチッ!
重なり合った花火は、不思議な色に変わり、大輪の花を咲かせました。
「すごいな……!!」
チリン!チリン!
息を飲む景友と雨降小僧に、双子は口の端を上げ、
「まだ」「これだけじゃないんだぜ!」
パチパチパチッ!
火花が弾けると、大輪の花の中に、メッセージが浮かび上がります。
『リア充、爆発しろ!!』
「…………何というか、メッセージは色々残念だが、凄い仕掛けだな」
こめかみを押さえながら景友が言うと、双子はニッと白い歯を見せました。
「いいだろ? 雅だろー? 『縁(えにし)』って名前の花火なんだぜ!」
「花火作りから体験できて、メッセージは好きなのを入れられるんだ! 花以外の形も選べるぜー!」
得意満面な双子に、景友は凄いなと真面目な顔で感心します。
「あと、浴衣のレンタルもするんだぜ!」
ずいっとダグが付き出してきた手には、色とりどりの浴衣のカタログがありました。
「…………」
しげしげとそれを眺め、景友はじっと双子を見ます。
「お前ら……何か悪いものでも食った?」
「バカモノ!」
「かみさまのために、力を貸してやってるだけだ!」
心外だと肩を怒らせる双子を見つめ、景友は考え過ぎかな?と眉を下げたのでした。
解説
『雨降小僧の祠』でお祭りに参加いただくエピソードです。
<雨降小僧の祠>
巨大岩の岩肌を抉るように形成されたくぼみの中に、木製の社殿があります。
社殿の前は開けており、そこに屋台、花火のスペースが設けられています。
<出来る事>
二つの花火を重ね合わせる事で鮮やかな色を見せる、線香花火『縁(えにし)』を楽しめます。
まず、テントの中で花火作り。好きなモチーフとメッセージを入れ込みます。
花火作りは職人さん(妖狐)が教えてくれます。
妖力を使った特殊な花火ですので、初心者でも簡単に作れるようになっています。
モチーフとメッセージは二個まで入れられ、パートナーには秘密にしてこっそり入れる事も出来ます。
また、屋台が出ていますので、屋台の食べ物を楽しむ事も出来ます。
一般的な日本の屋台に出ている食べ物は、ある程度揃っていますので、食べたいものがあれば、プランに明記して下さい。
浴衣レンタルもありますので、レンタル浴衣を着たい方は、希望の柄などもあれば併せてプランに記載をお願いいたします。
<らっきー(?)タイム>
浴衣をレンタルした場合、双子の悪戯で、一瞬(2秒程度)浴衣が透けてしまう状態となります。そういう呪いが掛けられています。
つまりは、浴衣の下が丸見え状態です。
透ける場合は、神人・精霊、どちらがどのタイミングで透けるか(両方透けるのもアリです)、
ならびに、それに気付いた相手の反応、本人は気付いたのか?も含め、プランに記載して下さい。
※透けない場合は、記載不要です。らっきータイムは発動しません。
<参加費用>
一律300Jr(屋台の飲み食い、花火代も含む)
<登場NPC>※リザルトには登場しない場合があります。
・雨降小僧(?)……祠の主。
・デズ&ダグ(17歳)……チャラい外見の色々残念な青年双子。お祭りの裏方として働いています。
・景友(かげとも)(17歳)……刀鍛冶の卵。お祭りの裏方として働いています。
ゲームマスターより
ゲームマスターを務めさせていただく、『通常エピソードを二か月出してなかったって嘘でしょ?……本当だったー!』な方の雪花菜 凛(きらず りん)です。
線香花火が大好きです。
そんな訳で、皆様にも楽しんで頂きたいと思います。
花火がメインではありますが、自由にお祭りを楽しんでいただけるエピソードです。
雨降小僧などのNPCと面識がなくても、全く問題ありませんので、お気軽にご参加下さい!
(過去エピソードについても参照不要です。)
なお、らぶてぃめっとは全年齢対象ですので、らっきー(?)タイム発動の描写もそれ相応となりますこと、あらかじめご了承下さい。
皆様の素敵なアクションをお待ちしております!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)
○服装 恋虹華を模したイヤリング ○行動 お祭りですわっ 屋台の良い香りがしますわね 浴衣のレンタルまであるんですわね サフランと一緒に借りてみましょう あっ!あの浴衣恋虹華の柄に似てません? あれにしましょう 雨降小僧さんお元気かしら 会いにいってみましょう 雨降小僧さんに挨拶したらお祭りを見て回ります リンゴ飴を食べながらまったり サフラン?イカ焼き喉に詰まりました? 急にむせだしたサフランの背中をさすっていたら サフランの浴衣が透けて驚いてむせます な、何でもないですわ! それよりあちらで花火を作れるみたいですわサフラン! ○花火作り ワクワクしますわね モチーフは恋虹華の文様にしてみようかしら うふふっサフランには内緒ですわ |
月野 輝(アルベルト)
雨降小僧さんに会うの一年ぶりね 元気かしら、神様 ええ、会いに行ってみましょ 今年も楽しく過ごせているならいいわね ■浴衣 朝顔の柄の濃紺の浴衣を選んでレンタル なんだか見覚えのある双子…大丈夫かしら、この浴衣? 着替える前に縫い目が解けてないか、生地は大丈夫かしっかりチェック 大丈夫そう…ね ■花火 確かアルと契約したての頃にもこうして一緒に花火作ったわね あの頃はまだ、アルとどう接したらいいのか判らなくて ふふ、今考えると嘘みたいだわ メッセージをこっそりと 「いつも一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」 花火が終わって照れながら顔を向けた瞬間アルの浴衣が!? どどどどうしよう見ちゃったっ! 心臓がバクバクする |
アメリア・ジョーンズ(ユークレース)
いつもの通り連れ出された。 最近、少しは前みたいに接せる様にはなったけど、やっぱまだちょっと複雑だな…。 …ええい、悩んでたって仕方ない! この際だから、お祭りの方精一杯楽しんでやるんだから! 浴衣も借りたし、色々食べ物食べよう! ん?なにユーク? 花火?花火なんていつの間に作ったの? え?くっつけてやるの? 変わった花火ね… 「すみませんでした。今まで、色々とご迷惑掛けました…」 「…え?」 いつもよりも悲しげな笑顔と声。 花火を見つめながら、ユークは色々と話して来る。 その話は謝罪から、いつしかユークが思ってること、あたしに感じてること、色々話してくれた。 や、うそだこんなの…。 やばい…恥ずかしくて、耳まで真っ赤だ… |
瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
浴衣レンタル。藍地に白桜で夜桜イメージ。 先に祠をお参りしますね。 雨は大切な自然の恵みです。 過ぎても足りなくても大変な事になります。 手を合わせて感謝します。 自然の営みに感謝するのは大切です。 私達の思惑の及ばないものですから。 花火を自分で作れる機会は無いのでとても楽しみです。 普通の花火の色は炎色反応ですよね。 銅由来の青緑色が有名ですが。 ホウサンの黄緑色は蛍石の様で綺麗です。 今回は妖力で作るなら珍しい色も出来そう。 新緑のイメージで。生い茂る沢山の葉みたいな。 ミュラーさんの髪の色と同じだし生命の息吹みたいで好きです。メッセージは「いつもありがとう」って。 いつも護ってくれるミュラーさんに感謝を伝えたい。 |
御神 聖(桂城 大樹)
借りた浴衣、どう? あたしは紺に菊の花もいい感じって思うけど 大樹も似合うじゃん 勇もお泊りの学校行事なかったら良かったのにな ま、仕方ないね あはは、寂しいとかじゃないよ メッセージは互い宛にして、見るまで内緒にしよう 面白そう あたしは羽根モチーフでメッセージは…と 終わったら、大樹とやるか 『一緒に頑張ろうね、聖ママ』 一緒ってのはいいね どっちかが頑張ってどうにかするとかじゃないのがいい いい女?口説くのは自由って冗談…真に受けるんかい …って(一瞬透けた) 悪戯が好きな子達だね 吃驚だ 動じない? だって、見ちゃったもんは仕方ないでしょ あたしも肝心な所は見てないから、安心しなよ あの子達に説教始めたよ 大樹は笑顔で怒る…と |
●1.
辺りは華やかで温かな熱気に包まれている。
祭り特有の空気に、マリーゴールド=エンデの胸はワクワクと高鳴った。
「お祭りですわっ」
見覚えのある祠、その周囲に立ち並ぶ屋台、煌びやかな提灯の明かり達──ぐるっと見渡して、彼女はくるっとターンするとパートナーを振り返る。
「屋台の良い香りがしますわね!」
両手を広げてそう言えば、サフラン=アンファングが小さく肩を揺らした。
「ヤダマリーゴールドサンッタラクイシンボサンー」
「だって、本当に良い香りなんですもの!」
喉を鳴らして笑うサフランに頬を膨らませながら、マリーゴールドは夜風にふわりと揺れるサフランの赤い髪に視線を捉えられる。
相変わらず触ったらサラサラしていそうな彼の髪は、今日もサフランイエローのリボンで纏められていた。
マリーゴールドが彼にプレゼントしたリボン。
彼の髪と一緒に心地よさそうに風に吹かれているのを見るのは、何だかとても幸せだと思う。
無意識に耳たぶに触れた。
七色の不思議な光を帯びた華のイヤリングが揺れている。
四つ花びらを持つ『恋虹華』。彼女が大好きな華を模したそれは、サフランがプレゼントしてくれたものだった。
「取り敢えず、屋台を見てミル?」
サフランの声にハッとして、マリーゴールドは彼を見る。
「ドウシタノ?」
不思議そうに瞬きするサフランに、マリーゴールドは慌てて首を振った。
「何でもありませんわ! 屋台を見て回りましょう」
彼女の動きに合わせて揺れる七色の華を見て、サフランは瞳を細める。
「ハイ」
すっと目の前に差し出されたサフランの手に、マリーゴールドは瞬きした。
顔を上げると、サフランが笑う。
「人多いカラ。マリーは直ぐ逸れちゃいそうダシネ」
「そ、そうですわね」
そっと手を重ねると、体温が上がったような気がして、マリーゴールドは空いている手で頬を押さえる。触れた頬は熱かった。
「ヒューヒューそこのカップルさん!」
「ちょいと寄っといでー!」
聞き覚えのある賑やかな声に、マリーゴールドとサフランは同時にそちらを向く。
赤髪と青髪の、よく似た顔立ちをしている二人の青年が、二人を手招きしていた。
彼らの傍らには、『浴衣レンタルやってマス!』という看板がある。
「あのお二人って……」
「イヤっていうホド、ミオボエガアルネ」
サフランは額を押さえた。忘れもしない、ゲームセンター『ユニゾンパーク』でエアホッケー台を占拠していた迷惑な双子だ。
カップルを憎み暴走する彼らを、マリーゴールドと二人、懲らしめた事があった。
「ココでナニシテルノ?」
歩み寄りサフランが声を掛ければ、双子は胸を張った。
「勿論」「お祭りの手伝いだぜ!」
声を揃えて言うと、傍らの看板を指差す。
「浴衣レンタルしていかない?」
眩しいばかりの笑顔でいう双子に、マリーゴールドとサフランは顔を見合わせた。
それから少し経って。
サフランは浴衣姿で、祠の前でマリーゴールドを待っていた。
簡易プレハブの中で用意されている浴衣を選び、着替える事が出来る仕組みになっており、勿論、男女別れていた為、サフランは彼女と別れて着替えて来た訳である。
「サフラン、お待たせしましたわ!」
カランと下駄の音がして、サフランは祠を見ていた視線をそちらに向けた。
「……」
態度にこそ出さなかったが、息を飲んだ。
祭りの明かりに浮かび上がる彼女の姿が、とても美しかったから──。
「サフランも恋虹華に似た柄を選んだんですわね!」
サフランの浴衣を見つめ、マリーゴールドが嬉しそうに瞳を細める。
「……この柄、凄くキレイだったカラ」
マリーの好きな華だし。
そんな言葉を飲み込んで、改めて彼女を見る。大きな恋虹華のように見える華が散りばめられた、華やかで清楚な浴衣だった。
白地に七色が映えて、マリーゴールドの金の髪と瞳に似合うと思う。
「行きましょうか。サフラン」
今度はマリーゴールドが手を差し出して、サフランはその手を取った。繋いだ手が温かい。
「雨降小僧さん、お元気かしら」
ふとマリーゴールドが辺りを見渡した。
「雨降小僧サンか」
サフランもマリーゴールドに倣うようにして周囲に視線を向ける。
「会いに行ってみませんか?」
「そうだな。ここに来たんだから顔見ておきたいネ」
祭りの主役である彼を見つける事は容易いだろうとサフランは頷いた。
チリン!
「あ」
澄んだ鈴の音に、二人は視線を合わせる。
二人の前に、ぬっと小さな影が現れた。中骨を抜いた和傘を頭に被り、提灯を持った少年のような妖怪。
「雨降小僧さん!」
「元気ソウダネ」
マリーゴールドとサフランの笑顔と声に、雨降小僧は嬉しそうに和傘を揺らしたのだった。
「リンゴ飴、甘くて美味しいですわ!」
少しの間、雨降小僧と会話を楽しんでから、二人は手を繋いで屋台を回っている。
「このイカ焼きもイケるヨ。タレがイイネ」
マリーゴールドの手には、赤くて可愛いリンゴ飴。サフランの手には醤油の香ばしい香りを漂わせるイカ焼きがある。
「それにしても、随分と賑やかなお祭りになったんダネ」
射撃の屋台で盛り上がる子供達を眺め、サフランが優しく微笑んだ。
「うふふ、雨降小僧さん、もう寂しがることはなさそうですわね」
本当に良かったとマリーゴールドが微笑みを返す。
その時だった。
「……!?」
視界に入ったものに、サフランは思わず思い切り咽た。
透き通るような白い肌。存外に豊かな胸元──瞬きしたら戻っていたけれども、紛れもなく──。
(マリーの浴衣が、一瞬透けた……)
「サフラン? 大丈夫ですか?」
マリーゴールドの手が背中を撫でてくれるのに、アリガトウと返しながら、サフランはイカ焼きの串を強く握った。
(マリーが気づいてないから良かったケド……あの双子め)
いえーい☆とポーズを決める双子が思い浮かんで、サフランは半眼になる。
「……ッ!?」
不意に背中を撫でていたマリーゴールドの手が止まり、彼女の身体が小さく跳ねた気配がした。
「マリー?」
「な、何でもないですわっ」
ごほごほと咽ながら、マリーゴールドはぶんぶんと首を振る。
(今……一瞬、サフランの浴衣が透けたような……?)
存外に逞しい背中の筋肉が視界に飛び込んできて、瞬きをしたら元に戻っていた。
思い出すと、ぶわっと顔に熱が集まる感覚。
「それより、あちらで花火を作れるみたいですわサフラン!」
慌てて再度首を振り、マリーゴールドはぐいっと彼の手を引くと、『花火を手作りして遊ぼう!』と書いてある看板の方へと歩き出す。
サフランもそれに逆らわず、二人はテントが張られているそこへと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ! ここでは、花火作りが楽しめますよ」
妖狐の店員に案内され、二人はテントの中にあるテーブル席へと腰を下ろす。
「花火のモチーフとなる形やメッセージを、お好みでこの紙に書いて下さい」
渡された和紙を筆は、妖力の込められた特別製のものだとの事だった。
店員が二人の間にデスクパネルを置いてくれる──これで、お互いに何を書いているかは見えない。
筆を取って、マリーゴールドは思案する。
思い浮かんだのは、七色に光る四つの花びら。
(モチーフは恋虹華の文様にしてみようかしら)
サフランと一緒に見るならば、やはりこの華だと思うから。
(うふふっ、サフランには内緒ですわ)
彼がどんな顔をするか、高鳴る胸にマリーゴールドはにっこりと微笑んだ。
「モチーフか……」
一方、サフランも筆を手に考えている。
(恋虹華の文様にでもしてみるかな)
マリーゴールドと共に見るならば、この華が相応しいと思った。
「デキタ」「出来ましたわ!」
完成を告げる声は、ほぼ同時。
「サフランは何にしましたの?」
「ナイショ。マリーは?」
「私(わたくし)も秘密ですわ!」
線香花火に同じ文様が浮かび上がって、二人に笑顔が広がるのは、それから直ぐの事だった。
「花火の恋虹華も綺麗ですわね」
「そうだネ」
●2.
夜の闇を、祭りの明かりが優しく照らしている。
「ミュラーさん、お待たせしました」
懐かしいように感じる温かな光に包まれて、目の前に歩いてきたパートナーを見つめ、フェルン・ミュラーはほぅと溜息を吐き出した。
夜風に彼女の長い黒髪が揺れて、キラキラと光る。
藍地に白桜が舞う、可憐で凛とした浴衣が、彼女のイメージにぴったりだった。
「ミズキ、浴衣姿とても可愛いよ」
さらっと感想を述べれば、瀬谷 瑞希の頬がほんのりと染まる。
「あ、ありがとうございます……」
果たして似合っているのしょうか?と、緊張に凝り固まっていた身体から力が抜ける感覚。
瑞希は小さく深呼吸してから、目の前のパートナーを改めて見た。
黒地に細かな白縦縞が大人っぽく、シンプルな色使いながらも華やかで、エメラルドグリーンの髪に映える。
「ミュラーさんも、とても良く似合っています」
素直に感想を告げれば、彼はターコイズブルーの瞳を嬉しそうに細めた。
「では、行こうか。ミズキの好きなカステラを買おう」
「先に祠をお参りしてもいいですか?」
エスコートするように隣に立ったミュラーを見上げてから、瑞希は奥の祠に視線を向けた。
「ああ、勿論だよ」
ミュラーが頷き、二人は並んで歩き出した。
祠の前に立つと、祭りの喧噪が遠くなったような気がする。
「静か、ですね……」
瑞希は結い上げた髪を揺らして、辺りを見渡した。
ここだけ少し別の空間のような、そんな感覚。
巨大岩の岩肌を抉るように形成されたくぼみの中にある、木製の社殿へ視線を真っ直ぐに向けて、瑞希の口元が僅か上がる。
お祭りという事で祠は飾り立てられているのだが、子供達が作ったであろう飾りの数々が、何とも温かく感じられた。
そんな瑞希の横顔を、ミュラーもまた微笑ましく眺めている。
「雨は大切な自然の恵みです」
瑞希はそう言って、両手を合わせた。
「過ぎても足りなくても大変な事になります」
祠に住む雨降小僧は、恵みの雨を降らせる『神様』として祭られている。
「自然の営みに感謝するのは大切です。私達の思惑の及ばないものですから」
両手を合わせ、瞳を伏せて、感謝を込めて一礼。
瑞希に倣うようにして、ミュラーも手を合わせて一礼した。
ちらりと隣の彼女を覗き見れば、真剣に心を込めて祈るような表情に頬が緩む。
瑞希は論理的な思考の持ち主だ。
どちらかと言えば直感で動くミュラー自身とは違い、科学等が好きで、良く考えて理路整然と行動をする。
そんな彼女だけれども、こういった神社仏閣の類を見かけると、大体お参りをする。
(前に『自然に畏敬の念を持っている』って言ってた)
先程の彼女の言葉にも、そんな考えが実によく現れている。
(おまじないとか結局信じたりする姿を見ると……ホント可愛いって思うな)
クスッと思わず笑みが零れれば、瑞希の瞳が開いてこちらを見た。
「どうかしましたか? ミュラーさん」
「いや、何でもないよ」
──いつも通り、ミズキが可愛いだけ。
危うくそう口走りそうになったのを耐えて、ミュラーは笑顔を見せた。
「それじゃ、そろそろお祭りを回ろうか」
「そうですね」
小さく瑞希が頷いて、二人は並んで屋台の立ち並ぶ方向へと歩いていく。
「ミズキ、見て。花火が作れるらしいよ」
賑やかな空間に飛び込んで、直ぐに視界を捉えたのは、『花火を手作りして遊ぼう!』と書いてある看板だった。
ミュラーが指差す看板、その先のテントを見て、瑞希はパチパチと瞬きする。
「面白そうです……」
一体どうやって花火が手作り出来るというのか。
好奇心に瑞希の瞳が輝くのに、ミュラーは彼女の手を取った。
「行こう、ミズキ」
瑞希の手を引いて、ミュラーはテントの中へと足を踏み入れる。
妖狐の店員がにこやかに二人を出迎えて、テーブル席へと案内した。座った二人の前に、和紙と筆が置かれる。
「好きなモチーフやメッセージを入れた、オリジナルの花火が作れます。お好みで、モチーフとメッセージをこの紙に書いて下さい」
店員の説明に、瑞希がそっと筆を手に取る。
「墨汁などはないのですか?」
「その筆と和紙は妖力が込められた特別製なんですよ。墨などは必要なく書けます」
「面白いね」
「興味深いです」
ミュラーと瑞希は、筆と和紙を観察した。見た目は普通だ。
「お互いに何を書くか秘密にしたい場合は、これをどうぞ」
店員は、二人の間にデスクパネルを置いてくれた。
これで、お互いの手元は見えない。
(今回は妖力で作るなら珍しい色も出来そうです)
筆を手に、瑞希は考える。
(それなれば、新緑のイメージも出来るでしょうか……)
思い浮かんだのは、生い茂る沢山の葉。
瑞々しい新緑は、ミュラーの髪の色と同じで、生命の息吹を感じさせる温かく光に満ちた色。
(決めました……)
迷いなく筆を動かして、生い茂る沢山の葉をイメージした絵を和紙に書いていく。
最後に、そっとメッセージを添えた。
(いつも護ってくれるミュラーさんに感謝を伝えたい)
出来上がった絵とメッセージを眺め、瑞希はそっと微笑む。
(普通の花火だと難しそうな、夜空に沢山煌めく星々をモチーフにしたいな)
瑞希が筆を動かしている気配を感じながら、ミュラーもまた考えていた。
(満天の星のような)
脳裏に浮かんだイメージを、筆に託して和紙に描いていく。
(くるくる回って、時の経過を感じさせてくれるような)
彼女を包む星空になるといい。
「ミュラーさん、出来ましたか?」
「ああ、ミズキは?」
最後にメッセージを入れて、隣から聞こえた声に微笑む。
「こちらも出来ました」
「お疲れ様でした」
二人の会話に、店員が笑顔で声を掛けた。
「では、花火を実際に作る工程に入りましょう。こちらが材料になります」
テーブルに粉のようなものの入った瓶が並べられる。ラベルには色の名前が書かれていた。
「その中から、お好きな色の粉を選んで混ぜて下さい」
二人の前にそれぞれガラス製の容器が置かれる。
「普通の花火の色は炎色反応ですよね」
瓶を手に取り、瑞希は中の粉を確認する。どうやら火薬の類ではないらしく、店員に尋ねるとこれもまた妖力の籠った魔法の粉という事だった。
「銅由来の青緑色が有名ですが。ホウサンの黄緑色は蛍石の様で綺麗です」
「やっぱり元素が何とか考えていたんだね」
瑞希の言葉にミュラーは笑う。
「理系あるあるだ」
「あるある、ですか?」
きょとんと瑞希が首を傾けた。その様子が可愛くて、ミュラーは口元を隠して笑った。
それぞれ思い思いに色の粉を選んで、ガラスの容器の中でよくかき混ぜる。
「混ぜた粉を、和紙に入れて、このようにして紙縒り(こより)を作ります」
店員が器用にくるくると和紙を丸め捩るようにしていけば、花火が完成した。
「……なかなか難しいね」
「でも面白いです」
慣れない作業に戸惑いながらも、店員に教えて貰い、二人は紙縒りを完成させ、オリジナルの花火が出来上がった。
「早速外で試して下さい。これをどうぞ」
水の入った小さなバケツと蝋燭とマッチを受け取り、二人は出来上がった花火を持ってテントの外に出る。
二人は、花火が出来るコーナーの隅っこを選んだ。
「ミズキ、少し待ってて」
ミュラーがマッチで蝋燭に火を灯し、二人は蝋燭からそれぞれ花火に火を付けた。
バチバチッ。
至って普通の花火である互いのそれを、そっと重ね合わせた瞬間、瑞希は目を見開いた。
(星、みたい……)
目の前に宇宙が広がっていた。くるくると回るそれは、四季によって変わる星空と同じで。
パチパチパチッ。
一層鮮やかに星が煌めいた後。
『ずっと一緒に居るよ』
浮かび上がったメッセージは、紛れもなくミュラーからのもの。
瑞希は思わず胸元を押さえた。
頬が熱い。胸はドキドキと五月蠅くて……けれど、凄く幸せで。
再び花火が色を変えた。
一転変わって、緑の世界。
鮮やかな緑は、生い茂る沢山の葉。生命の息吹、そのもの。
ミュラーが見惚れていると、眩いくらいの緑が色を深めて、そして。
『いつもありがとう』
現れたメッセージに、ミュラーは胸が熱くなるのを感じていた。
(ミズキからのメッセージ……)
花火と蝋燭を持っていて良かったと思う。
これが無ければ、自重出来ず、瑞希を抱き締めていただろうから。
●3.
見覚えのある場所は、温かな活気に満ちていた。
「雨降小僧さんに会うの久し振りね」
月野 輝は、黒曜石のような瞳を輝かせ、賑やかなお祭りの風景を見渡す。
祠の前には屋台が立ち並び、沢山の人々の笑顔がある。
「元気かしら、神様」
黒髪を揺らしパートナーを振り返れば、彼──アルベルトはにっこりと微笑む。
「そうだな、神様に会いに行ってみようか」
「ええ、会いに行ってみましょ。今年も楽しく過ごせているならいいわね」
一年前。忘れ去られたお祭りに、涙に暮れていた『神様』雨降小僧。
その涙を止めて、今、このお祭りがある。
関わった者として、雨降小僧が笑顔で居てくれる事が何より嬉しいと思う。
二人はまず雨降小僧の祠へと歩いて行った。
「わあ……華やかで可愛いわね!」
辿り着いた祠も、お祭りの色に染まっていた。
手作りの飾りの数々(おそらく子供の手によるもの)で飾られた社殿は、何とも誇らしげに見えて。
輝は自分の事のように嬉しく、微笑ましく思う。
忘れ去られていた神様だなんて、これを見ては想像も付かないだろう。
「お土産……というかお供えかな。これも仲間に入れて貰おうか」
お菓子が並べられている一角に、アルベルトが持参した饅頭を置いた。
チリン!
澄んだ鈴の音がして、二人は振り向く。
チリン!チリン!
和傘に付いた鈴を揺らし、イカ焼きを手にした雨降小僧が二人を見上げていた。
「神様、久し振りね!」
「お元気でしたか?」
輝とアルベルトの顔を交互に見て、雨降小僧は嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。
「輝さんとアルベルトさんじゃないですか」
雨降小僧の後ろから、バンダナを頭に巻き、エプロンを身に着けている青年が顔を覗かせた。見知った顔に輝とアルベルトは目を丸くしてから微笑んだ。
「景友さんもお祭りのお手伝いをしているのね」
「はい! イカ焼き作ってるんで後で食べに来て下さい。おまけします」
景友が笑ってそう答えると、雨降小僧がピョンピョンと跳ねて屋台のある方向を指差す。
「ああ、成程……輝さんとアルベルトさん、浴衣のレンタルと、花火が手作り出来る屋台もあるんで、良かったら利用して下さい」
「浴衣のレンタルと花火?」
「浴衣は色々な柄があるんで、きっと気に入るのがあると思いますよ。花火も面白いので、是非! 折角のお祭りですし」
ただ……と、景友はぽりぽりと頬を掻いた。
「デズとダグの双子が用意した企画なんです。今回は真面目にやってるみたいだし、大丈夫だとは思うんですが」
輝とアルベルトは思わず顔を見合わせる。
「そうね、折角だし……」
「輝がそう言うなら」
僅か悩んだ後で輝が微笑めば、アルベルトも頷いた。
「ご案内します!」
二人は景友と雨降小僧に連れられ、浴衣レンタルを行っている場所まで案内された。
デズとダグ、二人の笑顔に見送られ、更衣室用のプレハブに入り、早速浴衣を選んで着替える事にする。
(……大丈夫かしら、この浴衣)
選んだ浴衣を手に、輝は、縫い目が解けてないか、生地は大丈夫か等々しっかりチェックをした。
「大丈夫そう……ね」
何処にもおかしな仕掛けはなさそうなのを確認し、輝は浴衣に着替えた。浴衣に合わせて借りた下駄を履いて外に出る。
「アル、お待たせ……」
「輝」
こちらに向けて微笑みをくれるアルベルトを見て、輝は頬が熱くなるのを感じた。
漆黒に金と銀の松葉が散らされた浴衣に身を包んだ彼は、贔屓目に見なくてもとても美しく……目が奪われる。
アルベルトが金色の瞳を細めた。こちらに歩み寄る動きに、緑を称える髪が漆黒の浴衣に映えて光る。その仕草からも視線が外せない。
「とても良く似合ってる……」
耳元で囁かれて、輝はクラリと眩暈にも似た感覚を覚えた。
「アルこそ……」
やっとそれだけ返すと、彼は嬉しそうに笑う。
(このまま、誰にも見せたくない……)
頬を染めて俯く輝を眺め、アルベルトは気付かれないよう、口元に自嘲の笑みを浮かべた。
朝顔の柄の濃紺の浴衣。輝の白い肌が浮かび上がるようで、露出は少ない筈なのに、視線のやり場に困る。
「では、花火を作りに行こうか」
思考を切り替えるように言えば、輝は顔を上げて、そうねと笑った。
花火作りはテントの中、不思議な妖力の籠った和紙に、同じく妖力で墨汁要らずの筆で、メッセージやモチーフを書く所から始まった。
「ねぇ、アル」
筆を手に、輝はアルベルトを見遣った。
「確かアルと契約したての頃にも、こうして一緒に花火作ったわね。覚えてる?」
作り方は違うけどと笑う輝に、懐かしい思い出が過ぎり、アルベルトは頷く。
「覚えてるさ」
忘れようもない。何故なら──。
「まだ契約したての頃で、チョコレートを貰ったな」
忘れない。チョコレートの味も、あの時の輝の百面相も。
「あの頃はまだ、アルとどう接したらいいのか判らなくて……」
なかなか素直になれなくて。
チョコレートを彼に受け取って貰えなかったらどうしよう?と、不安に揺れた。
「ふふ、今考えると嘘みたいだわ」
今は、こんなにも近い──。
微笑む輝の横顔を見つめて、アルベルトはそれはこちらの台詞だと思う。
(無理に大人ぶってた輝の本音を引き出そうとからかってばかりいたな……)
再会して契約した時、『初めまして』と言われて寂しく思った。
それから、覚えてないなら好都合と、己の罪を彼女に知られないよう振舞った。
輝をからかっては、その反応を楽しんだ。彼女の百面相は、己だけに向けられる特権のようで──。(それは今も変わらないけれど)
輝が『お兄ちゃん』を思い出した時、守っているつもりだったのに、守られているような気持ちになった。
妹だと思った事など一度もない──そう彼女に告げて。
月明かりの下、微笑む彼女を、決して離さないと誓った。
幼い頃、教えた事を彼女が覚えていてくれて、それが堪らなく嬉しかった。
「本当に、嘘みたいだ」
溢れる思い出にアルベルトは笑って、少しだけ迷った後、筆を走らせる。
(……ちゃんと言葉にして伝えよう)
書き掛けた言葉は心の中に。大切な言葉だから、直接伝えたいと思った。
出来上がった花火と、蝋燭にマッチ、水を張った小さなバケツを手に、輝とアルベルトは花火が出来るスペースへと移動した。
人が少ない隅を選んで、アルベルトはバケツを置くと、マッチで蝋燭に火を灯す。
「何だかドキドキするわね」
二人でそっと蝋燭に花火を近付ければ、直ぐにパチパチッと火花が散った。
花火の先を触れ合わせると、万華鏡のように次々を色を変えて、大輪の火の華が二人の手元を照らす。
「綺麗……」
うっとりと輝が瞳を細める。次々と色を変える火の華を映し出す、彼女の瞳の美しさにアルベルトは息を飲んだ。
パチパチッ。
大きく火花が散ると同時、大輪の華の中から、メッセージが浮かび上がる。
『いつも一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね』
輝からのメッセージだ。
彼女らしい、温かな言葉に、アルベルトは口元が緩む己を感じた。
続けて、また大きく華が弾けると、もう一つメッセージが浮かんでくる。
『こちらこそ』
「!」
まるでこちらのメッセージが分かっていたかのような言葉に、輝が目を見開いた。
予想通りの反応に、アルベルトはクスッと肩を揺らす。
余韻を残して燃え尽きた花火をバケツの中へ入れ、輝は赤くなる頬を押さえてアルベルトを見遣った。
「どうして──」
わかったの?と尋ねようとして、輝は硬直する。
「……!」
輝の視線の先を追って、アルベルトも硬直した。
ぶわっと輝が耳まで真っ赤になる。
(どどどどうしよう見ちゃったっ!)
ほんの数秒の事だったけれども、確かに──。
(アルの浴衣が透けて……)
逞しい身体が、目に焼き付いた。下着の色だって見えてしまった。不可抗力だけどっ!
早鐘を打つ胸を押さえ固まる輝に、アルベルトは歩み寄って耳元に囁く。
「今更……海でも見たろうに」
それとこれとは別よ!と言いたいけれど、輝の唇は言葉を紡げない。その様子にクスッとアルベルトが笑った気配がした。
「何だったら生で見るか?」
「!!?」
真っ赤な顔で抗議の眼差しを向けてくる輝に、アルベルトはとても良い笑顔を向けたのだった。
(しかし、私もまだまだだな)
後で双子にはよーくお礼を言わないと。
アルベルトの誓いを、輝も双子もまだ知る由も無かった。
●4.
下駄の音が聞こえると同時、桂城 大樹は顔を上げて──思わず見惚れた。
「借りた浴衣、どう?」
紺色に菊の花が華やかに彩られた浴衣が、ピンと伸びた背筋と真っ直ぐ見つめてくる漆黒の瞳に映えて。
「あたしは紺に菊の花もいい感じって思うけど」
カランカランと下駄を鳴らし、御神 聖はちょいと袖を持って彼に柄を見せる。
「よく似合ってるよ」
心の底からコクコクと頷いて、大樹は座っていたベンチから立ち上がった。
「ありがと」
聖はにっこりと笑い、立ち上がった大樹をまじまじと見つめる。
「僕も借りたんだけどどう?」
視線に少し面映ゆい表情になって、大樹は聖の反応を見守った。
大樹が着ているのは、濃灰色にミジン格子柄の浴衣。落ち着いた色合いが気に入って選んだ。
「大樹も似合うじゃん」
「ありがとう」
ほっと安堵の吐息を吐き出し、大樹は笑みを返す。
「さて、これからどうしようか──」
「お二人さん、花火作りはあっちだよ!」
聖が思案顔をすれば、客寄せをしている双子の青年が、二人にそう声を掛けた。
「行ってみようか、聖さん」
「そうだね」
二人は双子に礼を言い、花火作りが体験出来る屋台へと歩き出す。
「勇もお泊りの学校行事なかったら良かったのにな」
賑やかな屋台の間を歩きながら、聖がふと呟くように言った。
『勇』というのは、彼女の実の息子である。
「ま、仕方ないね」
「勇いなくて寂しい?」
大樹がじっと横顔を眺めて尋ねれば、聖は緩く首を振る。
「あはは、寂しいとかじゃないよ」
「そっか、しっかりしてるね」
「『しっかり』っていうの、何だかくすぐったい」
「あ、ごめんね。褒め言葉のつもりだったんだけど……」
慌てて謝罪を口にする大樹に、聖はぴたっと足を止めて、大樹を見上げる。
「くすぐったいって言っただけだよ」
「じゃあ怒ってない?」
「どーして怒る必要があるの」
おかしそうに笑う聖に、大樹は安堵しつつ眉を下げた。
こういうさっぱりした聖の性格を、とても好ましく思う。
「あ、花火作りが出来る屋台、あそこみたいだよ」
聖が指差す先に、『花火を手作りして遊ぼう!』と書いてある看板があった。
二人は看板の先にあるテントへと入る。
「いらっしゃいませ!」
妖狐の青年に出迎えられ、テントの奥に用意されていたテーブル席に、二人は腰を下ろした。
テーブルの上に、和紙と筆が並べられる。
「この手作り花火には、好きなモチーフとメッセージが入れられるんです。お好きなモチーフとメッセージをこの紙に書いて下さい」
モチーフとメッセージを書いた紙に、火薬となる粉を入れ込んで、線香花火が完成する仕組みだと言う。
「ね、大樹」
筆を手に、キラリと聖の瞳が輝く。
「メッセージは互い宛にして、見るまで内緒にしよう。面白そうだから」
大樹はクスッと肩を揺らして笑う。
「いいよ、面白そう」
うんと大樹が頷けば、聖は満足そうに瞳と細めた。
お互い手元を見ないようにして、真剣に和紙に向き合う。
(モチーフは……羽根かな)
聖の筆が、和紙に舞い散る羽根を描き込んでいく。
(メッセージは……と)
契約したての大樹へと向けた言葉を力強く書き入れて、聖はにっこりと微笑んだ。
(僕は花モチーフかな)
大樹もまた、浮かんだイメージを丁寧に和紙へと描いていた。
イメージするのは、華やかで美しい、気高い薔薇。
(メッセージは……と)
少し考えてから、一文字一文字気持ちを込めて筆を動かす。
「よっし、出来た!」
「こちらも出来たよ」
そこへ、店員が色とりどりの粉が入った瓶を持ってきた。
「お好きな粉を自由に選んで、この容器でよく混ぜ合わせて下さい」
「色んな色があるんだね」
「目移りしちゃうね」
選んだ色の花火が作れるが、二つの花火を合わせた際に出来る色は、予想外の色になる場合もあるらしい。
「この粉を、先程の和紙で包みます」
少しだけコツが必要と店員は言うと、二人に手本を見せるため、実際に和紙を取り出した。
下の角から粉を入れて丸め、丁寧に丸め捩るようにして紙縒りが完成する。
二人は店員の指示に従い、和紙を丸め捩じる作業に入った。
暫く無言の時が続き──。
「出来た……!」
二人の手には、魔法の粉を詰めた紙縒り──手作り花火が握られていた。
「お疲れ様でした! 花火スペースで花火を楽しんで下さい」
店員は微笑むと、二人に水が張られたバケツ、蝋燭とマッチを手渡す。
「ありがとう」
「お借りします」
聖と大樹は店員に礼を言うと、テントを出た。
丁度人が去った後なのか、空いていた隅っこをスペースにバケツを置いて、聖はマッチを擦る。
マッチに火が灯れば、大樹の持つ蝋燭へと火を移した。大樹は蝋燭を台ごと地面に置く。
「一緒に着けよう」
聖がそう提案し、二人で蝋燭の前に屈んだ。
同時に花火を蝋燭の炎に向ける。
パチパチッ。
重ねられた二人の花火が鮮やかな色を放った。大樹が蝋燭の火を吹き消すと、一層あでやかな火花が上がり──。
「羽根……綺麗だ……」
火花が羽根の形となって地面へ降り注ぐ。
美しいだけではなく、何処か神秘的なものすら感じられる光景に、大樹は息を飲んで魅入った。
(これが、聖さんの考えたモチーフ)
驚いている大樹の横顔を見遣り、聖はふふっと小さく笑みを漏らす。
パチパチッ。
より一層大きく羽根が舞った瞬間、羽根の中、文字が浮かんだ。
『一緒に頑張ろうね、聖ママ』
大樹の青い瞳が見開かれる。これが、彼女の自分に対するメッセージ。
嬉しい気持ちが込み上げてくる。
パチッ。
文字が消えると、今度は大輪の薔薇の花が浮かび上がって来た。
「綺麗だねぇ……!」
聖が瞳を輝かせる。
その横顔を盗み見て、大樹は目元を緩めた。
大輪の花が散るように火花が散った後、大樹の託したメッセージが浮かぶ。
『安心しな、あんたの下には道がある』
聖が瞬きした。
大樹は照れ臭い気持ちが込み上げてきて、コホンと咳払いなどしてしまう。
やがて花火が消えて、二人はゆっくりと立ち上がってバケツに花火の燃えカスを入れた。
「一緒ってのはいいね」
ゆっくり聖が口を開く。
「どっちかが頑張ってどうにかするとかじゃないのがいい」
夜空を見上げる聖の横顔を、大樹は綺麗だと思った。
「聖さん、いい女だね」
思ったままを口にすれば、聖が驚いたように目を丸くしてこちらを見る。
「いい女?」
首が傾いてから、彼女はハハッと明るく笑った。
「口説くのは自由だよ」
「口説くのは自由……」
復唱して、大樹は瞳を細める。真っ直ぐに聖を見た。
「そういう冗談嫌いだから、お言葉に甘えようかな……」
「って冗談……真に受けるんかい」
思わぬ言葉に、聖は思わずツッコミの手を──その時だった。
「!?」
二人同時に息を飲む。
一瞬、二人の浴衣が消えた。消えたというか透けた。浴衣の下が透けて見え──。
「……」
大樹は思わず口元を手で覆った。
「悪戯が好きな子達だね」
やけに良い笑顔で浴衣レンタルを案内してくれた、双子の青年の顔を思い出し、聖はふうと息を吐き出す。
「吃驚だ」
「……動じないんだね」
「動じない? だって、見ちゃったもんは仕方ないでしょ」
あっけらかんと聖は言い切った。
「あたしも肝心な所は見てないから、安心しなよ」
「……」
(一瞬でも母親とは思えないスタイルの良さ見ちゃったんだけど)
瞳に焼き付いた光景に、大樹は少し熱い溜息を吐き出した。
そこに、お客を案内しながら歩いている双子の姿が目に入る。案内しているのは、勿論男女のカップルだ。
「君達は何してるのかな」
大樹はずいっと双子の前に進み出た。
「僕と話をしようか」
にっこりと双子の奥襟を掴み、問答無用でずるずると端っこへと連れていく。
「あの子達に説教始めたよ」
聖はぽかんと、双子を正座させている大樹を見つめた。
「大樹は笑顔で怒る……と」
知らなかった一面を覚えながら、聖は笑顔で大樹の説教タイムを眺めたのだった。
●5.
「エイミーさん、お祭りで花火をしましょう」
いつも通り、唐突に誘ってきたユークレースを、アメリア・ジョーンズはじとっと半眼で見た。
ここはアメリアの自室。普段の通り尋ねてきたユークレースは、通常通りの笑顔だ。
「何でアンタなんかと……」
「珍しい線香花火が楽しめるそうですよ」
アメリアの視線も笑顔で受け流し、ユークレースはがしっとアメリアの腕を掴んだ。
絶対に逃がさない。
これもいつも通りの彼の行動である。
こうなる事は分かっているのに、どうして部屋の扉を開けてしまったのか。
(ユークが五月蠅くして近所迷惑になるからなんだけど……)
歩き出すユークレースの後ろ頭を睨み付け、アメリアの唇から溜息が零れた。
(最近、少しは前みたいに接せる様にはなったけど、やっぱまだちょっと複雑だな……)
アメリアの胸に刺さった棘は、簡単には抜けない。
聞きたい事も沢山あったけれど、聞くのは怖い。
「エイミーさん、着きましたよ」
気付けば、お祭りの喧噪に包まれていた。
巨大岩の中にある木製の社殿には見覚えがある。
「ここって……」
「雨降小僧さんの祠、ですね。お正月以来です」
ユークレースが笑顔で答えた時、
「そこ行くカップルさん達ー!」
「浴衣レンタルしていかないー!」
明るい声が響いて、アメリアとユークレースはそちらに視線を向けた。
「「あ」」
声が重なる。
アメリアの瞳は驚きに丸くなり、ユークレースの瞳は思い切り嫌そうに細められる。
「バカ双子じゃない!」
アメリアが指差し言うと、双子は笑顔になった。
「おっぱいの大きいおねーさんだ!」
ギロリ。
ユークレースの刺すような視線に、双子は慌てて口を閉ざした。
「こんな所で何してるのよ?」
アメリアが睨めば、双子は胸を張る。
「お祭りの手伝いで」「浴衣のレンタルやってまーす!」
双子の言葉に少し思案するような顔をしてから、ユークレースはアメリアの背中を押した。
「折角ですし、レンタルしましょう、エイミーさん」
「えっ?」
ユークレースは、アメリアを女性用の更衣室を兼ねているプレハブに押し入れた。
自分は男性用のプレハブに入り、適当に選んだ浴衣に急いで着替える。
そして、アメリアを残したまま、屋台のある方向へと走った。
目当ての屋台は一つ。花火を手作り出来る店。
「いらっしゃいませ──」
「花火を作りたいんです」
テントに飛び込めば、挨拶もそこそこに本題を切り出した。
店員を急かすようにして、テーブル席に座ると、オリジナルのメッセージとモチーフを入れるための和紙に向かい合う。
(エイミーさんがおかしくなったのは、あのハンドベルを鳴らした後から)
筆を手に、ユークレースはあの時のアメリアを思い出した。
(つまり、あれを使って僕に関するなにかを見たってことだ──)
後から調べてみれば、彼ら同様にハンドベルを鳴らしたウィンクルムの内、過去や未来へ行ってしまう体験をした人が何人も居た事を知った。
だとすれば、何を見て彼女がああなったのか……想像は付く。
そして、彼女が怒るのは分かり切っていたのに言ってしまった言葉。
(このまま喧嘩しっぱなしは、任務にも影響出るし……好きだと言う気持ちも伝えられない)
身体を張って彼女を助けた事を切欠に、僅かながらも関係は修復したとは言える。
或いは、弟のことを考えれば、今がある意味ベストなのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。
(だが……どうやら僕は、思った以上に欲張りらしい)
どうしても、彼女を諦めたくはない。
ユークレースは、和紙へ想いを託して、花火を作り上げた。
プレハブの更衣室の中、アメリアは浴衣を決め兼ねていた。
外ではもうユークレースが着替えて待っている筈だ。
「あーもうっ」
アメリアはぺしぺしと自分の両頬を軽く叩いた。
「……ええい、悩んでたって仕方ない! この際だから、お祭りの方は精一杯楽しんでやるんだから!」
飛び切り明るい柄の浴衣を選び、着替える。撫子柄が華やかで可愛らしい。何だか気分も上がった気がする。
下駄を履いて外に出てみれば、誰の姿もなく、アメリアはズキリと胸が痛むのを感じた。
(まさか、あたしがあんまり遅いから──)
「エイミーさん!」
そこへ、ユークレースが下駄を鳴らして小走りに駆け寄ってくる。
彼の姿を見るなり、アメリアは何だか泣きそうになるのを首を振って耐えた。
「ど、何処行ってたのよ!」
「すみません。さぁ、花火をしましょう」
肩を怒らせて怒鳴れば、ユークレースは眉を下げて手を差し伸べてくる。
「花火?」
ぎゅっと手を掴まれて、アメリアは花火用のスペースに連れて来られた。
既に水の入ったバケツと蝋燭の刺さった燭台が置かれている。
ユークレースは蝋燭にマッチで火を付けると、線香花火を一本、アメリアに差し出した。
「これ僕が作った花火です」
「花火なんていつの間に作ったの?」
大きく瞬きするアメリアに、ユークレースは花火を握らせた。
「一緒に火を付けましょう」
「え? お互いのをくっつけてやるの? 変わった花火ね……」
「これから、もっと驚きますよ」
二人は隣り合って屈むと、線香花火に火を灯した。
バチバチッ。
二つの火が合さると、魔法のように火花の華が様々な色に変わる。
アメリアは思わず見惚れた。
色んな花が咲いては散り、一際大きく火花が瞬くと同時、文字が浮かんでくる。
『エイミーさん、ごめんなさい』
「え?」
アメリアは目を見開くと、隣のユークレースを見た。
「すみませんでした。今まで、色々とご迷惑をお掛けしました……」
彼の唇が動いて。
「ユーク……?」
笑っているけど、笑ってない。聞いた事のない悲しい声。
「エイミーさんと契約した……僕の双子の弟」
花火の明かりに照らされるユークレースの顔は悲しげで……アメリアは視線を外す事が出来ない。
「僕は、弟に逆らう事が出来ないんです。昔から、彼の言う通りに。弟が『屋敷中の女という女を口説け』と言えば、僕はそれに従ったんです」
ぽつりぽつりと、ユークレースの言葉は花火のように弾ける。
アメリアの脳裏に、ハンドベルの力で見た過去の風景が浮かんだ。
怯えたような、諦めたような、彼の顔。
「僕は弟から逃げるように、自分を探す旅に出ました。そしてエイミーさん、貴方に出会った」
青い瞳が真っ直ぐにアメリアを見る。
「エイミーさんだけは、違うんです。
誰に命令されたからじゃない。僕の、僕だけの意志で、貴方を口説いてる」
(や、うそだこんなの……)
アメリアは花火を手放していた。
ぎゅっと胸元を押さえる。心臓が信じられないくらい早く脈打っていた。
「エイミーさんに誤解されるような事ばかりして、すみません。でも、信じて欲しい」
真っ直ぐな瞳が、アメリアを捉えている。
「僕は貴方の事が……好きなんです」
言葉は何処までも真っ直ぐに、真摯に響いた。
(やばい……恥ずかしくて、耳まで真っ赤だ……)
顔が熱くて、胸が苦しい。
(こんなの、突然過ぎる……)
彼は本気ではなくて、自分が振り回されてると思ってた。なのに……。
ユークレースは無言になってしまったアメリアを、穏やかな気持ちで見つめる。
やっと、言えた。
答えは急かすつもりは毛頭ない。自分の想いを知ってくれたらそれでいい。その先は、これから考えよう。
その時だった。
「あ」
祭りの照明に照らされたアメリアが──一瞬、浴衣を着ていなかった。
(というか、浴衣が透けた……)
ユークレースは思わずニヤけそうになった口元を押さえる。
(こ、これはあのクソ双子GJですが、黙っておこう……)
アメリアが知れば、大暴れ確実だ。
「エイミーさん、屋台で何か食べましょう」
立ち上がり手を差し伸べれば、おずおずとアメリアはその手を取った。
今は、この温もりを離したくない──。
Fin.
依頼結果:大成功
MVP:
名前:アメリア・ジョーンズ 呼び名:エイミーさん |
名前:ユークレース 呼び名:アンタ/ユーク |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 雪花菜 凛 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 09月01日 |
出発日 | 09月07日 00:00 |
予定納品日 | 09月17日 |
参加者
- マリーゴールド=エンデ(サフラン=アンファング)
- 月野 輝(アルベルト)
- アメリア・ジョーンズ(ユークレース)
- 瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
- 御神 聖(桂城 大樹)
会議室
-
2015/09/06-09:48
こんにちは、瀬谷瑞希です。
パートナーはファータのミュラーさんです。
月野さんには『再び眠りを』事件で大変お世話になりました。
ありがとうございます。
他の皆さまは初めまして、ですね。
よろしくお願いいたします。
花火作りはあまり出来ない体験なのでとても楽しみです。
皆さまも素敵な時間をすごせますように。 -
2015/09/05-22:58
アメリアよ、よろしくね。
あの双子が居るからちょっと行くの気が引けるんだけど…。
ま、まぁユークがどうしてもって言って来たから、仕方ないわよね。
べ、別に嬉しくなんかないし!
と、とりあえず、行くからにはいーっぱいご飯食べるんだからね! -
2015/09/05-20:59
ごきげんよう、マリーゴールド=エンデと申します。
パートナーはマキナのサフランですわっ
皆様、どうぞよろしくお願い致しますっ
お祭り楽しみですわね、うふふっ
楽しいお祭りになりますように! -
2015/09/05-11:29
今回初参加だし、皆はじめまして。
あたしは御神 聖。
パートナーはマキナの桂城 大樹ね。
若い子多いけど、若さに負けずに楽しむよ。
んじゃ、皆、よろしくー。 -
2015/09/05-07:13
-
2015/09/05-07:13
こんにちは、月野輝です。パートナーはマキナのアルベルトよ。
聖さんは初めまして、他の皆さんはお久しぶり。
皆さん、どうぞよろしくね。
手作り花火にメッセージって素敵よね。
1年ぶりの雨降小僧さんのお祭りだし、みんなで楽しめるといいわね。
ラッキータイムは……自分の身に起こったらちょっと恥ずかしいから、
私には起こらないで欲しいけど、どうなるかしら。
ともあれ……