《bird》私の愛しい誰かさん(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●人騒がせ研究者コンビの受難?
「もうすぐ完成ですね、ミツキさんっ!」
「ええ、これもサージさんのご協力のお陰ですよ」
 ここは怪しさ溢れるタブロス市内の小さな研究所、ストレンジラボ。謎の研究に勤しむのは白衣姿の2人の青年――A.R.O.A.の科学班に所属するサージと、ストレンジラボ代表のミツキである。
「あ、でも……僕がここに通っていること、科学班の皆――特にクレオナ先輩にはご内密にお願いしますね! 叱られてしまうので……!」
 次にフラスコに注ぐ禍々しい紫色の液体を用意しながら、サージはふにゃりと苦い微笑を零した。「ええ、心得ていますよ」というミツキの返事に安堵したように、フラスコに満ち満ちる透明の液体へと、サージは試験管から紫の雫を垂らす。と、
「うわっ!?」
 フラスコから淡いラベンダー色の煙がもくもくと立ち上がり、あっという間に研究室中を満たした。
「あああっ、失敗!? どこがいけなかったんだろう……?」
「とにかく窓を開けましょう! 万一人体に影響があっては危険です!」
 あわあわとしてサージは背中を背後の鳥籠に強かにぶつけ、白衣の袖で鼻と口を抑えたミツキは手探りで窓を探し一気に開け放つ。その瞬間、煙と一緒に幾らもの小鳥が窓から外の世界へと飛び立っていった。先程のごたごたで、研究用に小鳥を飼育していた鳥籠の扉が開いてしまっていたらしい。
「ど、どうしよう……先輩に怒られる……!」
「そうですね、これは……」
 なかったことにしましょう、とミツキは言った。
「えええっ、なかったことって、どういう……」
「科学の進歩に失敗は付き物です。あの煙も幸い人体に影響はないようですし、この件は僕たち2人の胸の内に留めておくのが良いかと」
 2人は知らない。人体には影響を与えなかったあの煙が、青空の向こうに消えた小鳥たちの鳴き声に不思議な効果を纏わせてしまったことを……。

●貴方はだあれ?
「んっ……ここのケーキ美味しい!」
「ああ、悪くないな」
 タブロス市内のレトロな喫茶店にて、とあるウィンクルムが2人きりのティータイムを楽しんでいた。デート中かもしれないし任務の帰りかもしれないが、それは彼らにしかわからない。ともかく2人は、ゆったりと流れる特別な時間を楽しんでいたのだが……そこに、思わぬ来客が1人、ではなく、1羽。少し開けた窓からエメラルド色の愛らしい小鳥が入り込んできて、テーブルの上でちょこんと首を傾げたのである。
「わ、可愛い!」
「やけに懐っこい小鳥だな……」
 2人がそれぞれの感想を漏らした、その時。
「りるる」
 と、エメラルドの小鳥が鳴いた。聞いたことのない、変わった鳴き声だ。
「この子、不思議な声で歌うんだね」
 神人が、パートナー精霊へと声を掛ける。歌声に魅入られたように小鳥を見遣っていた精霊が、緩く視線を神人へと移した。そして、何故だかきょとんとして首を傾げる。
「……お前は、誰だ?」

 その後この喫茶店で、訪れたウィンクルムの片割れのみが一時的に記憶を失うという怪現象が頻発するのだが――貴方とパートナーはそんなことは露知らず、ふらりとその喫茶店に足を踏み入れるのだった。

解説

●本エピソードについて
休日に、或いは任務帰りにパートナーと訪れた喫茶店で、不思議な小鳥と遭遇してしまうエピソードです。

●記憶喪失について
喫茶店の近くに居着いているエメラルド色の小鳥が、お二方のテーブル(個室席)に窓からお邪魔します。
小鳥が鳴くと、ウィンクルムのどちらか(小鳥に気に入られた方)がパートナーに関する記憶のみを一時的にまるっと失ってしまいます。
神人さんと精霊さん、どちらが記憶喪失になるかをプランにご記入くださいませ。
記憶は長くても1時間ほどで戻りますが、お二方の関係性次第ながら、例えば「誰か大切な人とお茶を飲んでいたような……」とか「誰だかわからないけれど目の前の人を知っているような気がする……」くらいの感覚は記憶を失っても残りますので、記憶を失っていない側の働きかけ次第で早くに記憶を取り戻すことも可能です。
記憶喪失中の出来事は、記憶が戻った後も忘れません。
ちなみに、小鳥はずっとウィンクルムたちの傍にいます。りるる。

●消費ジェールについて
喫茶店での飲食代300ジェールをお支払い願います。

●元凶について
プロローグ冒頭の研究者コンビがやらかしちゃいました。
2人共、基本的にはリザルトには登場しない予定です。

●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは極端に描写が薄くなってしまいますので、お気を付けくださいませ。
なお、小鳥の扱い(小鳥が元凶と気付く・気付かない、小鳥を捕まえる、放っておく)等は成功判定等には響きませんので、パートナーが記憶喪失というシチュエーションを気兼ねなくお楽しみいただければ幸いです。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

蒼色クレヨンGMの『【祝福】耐久ホールド ~ドレス編☆~』をきっかけに生まれました共催連動エピ《bird》。
蒼色クレヨンGMの素敵NPCサージさんとうちのミツキのコンビが元凶となっておりますが、2人のことを知らなくても《bird》を楽しんでいただくのに支障はございません。
ですが、サージさん登場エピ、どれも本当に素敵なのです……!(力説)
なお、小鳥の設定はエピソード毎に異なりますのでご注意を。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  わあ、凄い綺麗な小鳥さん
ねえアル、見て。可愛いわね

そう話しかけたら不思議そうな顔でこちらを見るアル
どうしたの?何かあった?
質問の答えに一瞬思考回路が停止

や、やあね、アルってばまたからかってるんでしょ
その手には乗らないわよ

笑いかけてもアルの表情が曇るだけ
えっ、本当に……?
小さな頃に会ってた事も?
ずっと離れないって誓った事も?

アルが私を忘れちゃうなんて考えた事も無かった
だって私が忘れててもアルはちゃんと覚えててくれたから

待って
一度だけ…闇落ちしかけた時にこんな事があったような
ダメよ!アル、戻ってきて!!お願いっ

アルの手をぎゅっと握って訴えてたら涙が

戻った…の?
もう二度と私を忘れたりしないで
お願い…



かのん(天藍)
  ケーキが美味しいと聞き立ち寄る

色が可愛い小鳥ですね
囀り聞き
…えっと…貴方、は…?
見知らぬ人と個室で何故お茶をしているか困惑

その人が驚いた表情の後、傷ついた様子に胸が痛む
…どうしてそう感じるのでしょう
名前や紋章の事を聞かれ
かのんは私の名前ですし神人ですが…
契約したのは朽葉おじ様でとまで言い口ごもる
おじ様は2人目の契約者のはず…では初めに会ったのは?

とても大切な人が隣にいた気がする
この人の手の温もりはずっと前から知っているような

なのに覚えが無い事が悲しい

記憶が戻り移動中天藍の事忘れるなんてと
思い出してくれたから良いと苦笑交じりの天藍に申し訳なく思い2度とこんな事にならないようにと腕を取り身を寄せる



リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  任務後、茶でも飲むかと足を運んだら…銀雪が記憶を失った
これは、お前の綺麗な歌声かな? 困った子だ(苦笑して鳥を見る)

銀雪は記憶なくてもブレないな
(いっそ尊敬する)
記憶があってもなくても私への賛辞が凄まじい
頭抱えたい
銀雪は私が絡まなかったら、同年代でも落ち着いてる方なのに、色々踏み外し過ぎだ
「具合悪くはないが、お前はいつでもお前だな」
「褒めているぞ?」
引き続き茶を飲んでたら、何か言い出して茶を噴きそうになった
「お前、言う前に内容の吟味はした方がいいぞ」
(口説き文句じゃないのがタチ悪いよな)
そう思ってたら、記憶が戻ったようだ
「お前は見てて飽きないね」
私への賛辞は凄まじくてアレだが、可愛くはあるな


アンダンテ(サフィール)
  これは、あれかしら
記憶喪失とかそういうの
私はアンダンテよ、覚えていない?

まってまって、帰らないで
ほら、私は見ての通り占い師なの
怪しくは見えるかもしれないけど実際はそこまで怪しくないから安心して欲しいわ

ここに一緒にいるって事はあれよ
貴方は私に占って欲しい事があったのよ
帰られると困るので出まかせ言いつつ引止めにかかる

ばっさりね
でも、わかるわその気持ち

受け答え自体はあんまり変わった気がしないけれど…
警戒されているのって慣れていた気がするけど結構寂しいものね

生きてさえいれば、また思い出も作れるとは思っていたけど…
こういうのって理屈ではないのね
お願いだから、思い出して欲しいの
ずっとこのままなんて…いやよ



メイリ・ヴィヴィアーニ(チハヤ・クロニカ)
  いつも頑張ってるご褒美だってちーくんの奢り!
ただいつも奢られてる気がする…偶には割り勘でもいいのに。
つい入って来た小鳥さんに愚痴る。

(鳴き声)

このお兄ちゃん…誰?
一緒に座ってるってことは知り合い?
でもずいぶん年上だし一応警戒しとこ。
少し距離取る。

(数分後)
…なんか疲れてきた。
特に何もしてこないしいい人だよね…?
変な空気じゃお茶も美味しくないし、やーめよ。
そうと決まったらケーキ追加~。
お財布と相談してたら何故か頼もうとしたものが運ばれてきた。
何も言ってないのに分かるの凄い!
感動で抱きつく。

(記憶復活)
ちーくんごめんねー!
大事なちー君の事忘れるなんて。
怒ってる?傷ついた?どうしたら許してくれる?



●忘れないで傍にいて
「わあ、凄い綺麗な小鳥さん」
 喫茶店の個室席にて。アルベルトと穏やかな時間を過ごしていた月野 輝は、愛らしい来客が小首を傾げる姿に目元を和らげた。人に慣れた様子の小鳥が、「りるる」と歌うように鳴く。
「ねえアル、見て。可愛いわね」
 目の前の席に座っているアルベルトへと弾む声で話し掛ければ、常のように輝へと向けられる金の眼差し。けれどその双眸が、かんばせが纏う色は常のものとは明らかに違っていた。夢から覚めたばかりのようにきょとりとして、アルベルトは不思議そうな顔で輝を見つめる。彼の頭の中には、困惑と疑問が渦巻いていた。
(私は、どうしてここでお茶を……?)
 テーブルの上には、2人分のティーカップ。明らかに自分と目の前の女性の物だと見て取れるのに――アルベルトには、彼女が誰なのかがわからない。なのに、
「アル?」
 その女性は、ごく親しげにアルベルトへと声を掛けるのだ。
「どうしたの? 何かあった?」
 問う声には、混じり気のない心配の色が滲んでいた。けれど今のアルベルトは、彼女を安心させるに足る言葉を知らない。
「失礼ですが……あなたは、一体?」
「え……?」
 返る問いに一瞬頭の中が真っ白になって――けれどすぐに、輝は自身を奮い立たせてぎこちなく笑った。
「や、やあね、アルってばまたからかってるんでしょ。その手には乗らないわよ」
 けれど、輝の望む反応が返ってくることはなく、アルベルトは益々戸惑ったように表情を曇らせるばかりだ。
「えっ、本当に……? 小さな頃に会ってた事も? ずっと離れないって誓った事も?」
 問いを重ねても、アルベルトは緩く首を横に振るだけで。零れる声が、どうしようもなく震えた。
「そんな、どうして……私たち、パートナーでしょう?」
「申し訳ありませんが、私にはそんな覚えは……からかっているわけでは、ないのですが」
 嘘、と輝の唇から短く音が漏れる。
(アルが私を忘れちゃうなんて、考えた事も無かった)
 だって輝が忘れていても、アルベルトはちゃんと、輝のことを覚えていてくれたから。続けるべき台詞も取るべき対策も思いつけずに、輝はただ言葉を失う。痛ましいほどのその姿に、アルベルトも思うところがないわけではないのだが、
(確かに違和感はあるが……どうにもピンとこない)
 と、輝のことを思い出せない彼もまた、返す言葉を探しあぐねていた。一方で、
(私の事をアルなんて呼び方をする人は一人しかいなかったはず……)
 と、そのことが彼の心に引っ掛かる。けれど、それは誰だった? と自身に問うても、頭に霞がかかっているかの如くに、記憶の引き出しを開ける鍵は見つからない。そして、ぼんやりと脳裏に浮かぶシルエットは、『1人』であるべきはずだと思うのに、何故だか大きい影と小さい影が一つずつだ。
「待って」
 混乱し始め片手で頭を抑えたアルベルトへと、輝が言葉を掛ける。前にも一度だけ、アルベルトに「知らない」と言われたことを思い出したのだ。あの時のアルベルトの、薄氷のように冷えた瞳の色が自然と想起される。
「ダメよ! アル、戻ってきて!! お願いっ」
 ぶわりと湧いた失うことへの恐怖が誘うままに、輝はアルベルトの手を自身の両の手のひらでぎゅうと包み込んだ。必死に訴えるうちに、その双眸にはじわと涙が滲み、珠になって零れ落ちようとする。輝の涙を見るや、アルベルトは何を思うよりも早くに彼女の目元へと空いている方の手を伸ばし、優しくその涙を拭っていた。
「輝……」
 唇から呟きが漏れる。その瞬間に、二つのシルエットが確かに重なり、目の前の女性――輝その人へと形を変えた。途端、カチリと記憶の鍵が開く。名を呼ばれて、今度は安堵に声を震わせる輝。
「戻った……の?」
「輝……すまない。もう大丈夫だ」
「良かった……もう、二度と私を忘れたりしないで。お願い……」
 応える代わりに、縋るように言葉を零した輝の頬にアルベルトはそっと触れた。

●積み重ねたもの
(これは……一体どうしてこんなことに?)
 ふと気付くと、サフィールは見知らぬ女性と喫茶店の個室席で向かい合っていた。テーブルの上は、これもまた解せないことに、つい先ほどまで2人でお茶を飲んでいました、とでもいうような様相だ。先ずは戸惑いを覚えたサフィールのかんばせに、じきに訝しむような表情が浮かぶ。
(格好からして怪しい……不審者じゃないでしょうね)
 目の前の女性は、いかにもという占い師装束を身に纏い、ご丁寧にベールまで被っていて。警戒するサフィールへと、女性――アンダンテは、神秘的な金の瞳に不思議そうな色を乗せて言葉を零した。
「どうしたの、サフィールさん?」
「……俺の名前まで知っているんですね」
「あら、らしくない冗談ね。パートナーの名前だもの、忘れるはずがないじゃない」
「パートナー?」
 サフィールの表情があからさまに怪訝なものになるのを見て取って、
(これは、あれかしら。記憶喪失とかそういうの)
 と、アンダンテは胸の内に仮説を立てる。そうして試しに、「ええっと、私はアンダンテよ、覚えていない?」と問いを一つ。サフィールは不審がるのを隠そうともせずに、
「あいにくですが、聞き覚えのない名前ですね」
 と、さっくりと言い捨てた。そうして、寸分の迷いもなく立ち上がる。
「すいません、席を間違えたようです」
 口にしたのは、とりあえずここを離れるための出まかせだ。そのまま真っ直ぐに個室を出ようとしたサフィールだったが、「まってまって、帰らないで」とアンダンテが引き留める。顔だけで振り返るサフィールへと、アンダンテはそうだ! とばかりに指を立てて、思いつきをするりと口にした。
「ほら、私は見ての通り占い師なの。怪しくは見えるかもしれないけど、実際はそこまで怪しくないから安心して欲しいわ」
「はぁ……」
 サフィールの口から、気のないような返事が漏れる。全く安心する要素がない、というのが彼の抱いた率直な感想だ。けれど、無視をするのも憚られた。不信感は拭えないため再び席に着くことはしないが、とりあえず退席は断念してアンダンテへと向き直る。
「ここに一緒にいるって事はあれよ、貴方は私に占って欲しい事があったのよ」
「占いとか不確かなものは信じていないので」
「ばっさりね。でも、わかるわその気持ち」
 うんうんと頷くアンダンテ。とにもかくにも、サフィールが帰ることを諦めたようなので一先ずは安心だ。このまま帰られてしまうと、どう考えても困る。一方のサフィールは、占いだ等と言って知らない相手に悩みを話すというのは絶対にしたくないと自身は思うものの、
(占い師なのにそれに同意するとは……)
 と、先ほどアンダンテの言葉に、不信感を最大レベルまで高めていた。けれど、
(こんな感じのやり取りをするのも始めてではないような……?)
 なんて思いが、ふと胸を掠める。違和感に頭を捻るサフィールの姿に、アンダンテは密か眉を下げた。ハードルを一つ越えた安堵からか、胸に苦い想いが満ち溢れる。
(受け答え自体はあんまり変わった気がしないけれど……警戒されているのって、慣れていた気がするけど結構寂しいものね)
 生きてさえいれば、思い出はまた作れるものだと思っていた。けれど、サフィールの態度は、アンダンテの心を無慈悲な確かさで冷やしていく。
(こういうのって理屈ではないのね……)
 自嘲めいた微笑を漏らして、「ねえ」とアンダンテはサフィールへと声を掛けた。シアンの双眸が、アンダンテへと向けられる。
「お願いだから、思い出して欲しいの。ずっとこのままなんて……いやよ」
 掠れる声は、縋るような響きを帯びていた。自分を見つめる眼差しの真摯さに、サフィールの胸がちくりと痛む。
(見覚えのない人のはずだ……)
 それなのに、こんな悲しい顔をさせたくないという想いが湧くのは、どうしてだろう。そう思いながら、サフィールは再び静かに席に着いた。僅かでも、彼女の表情が和らぐのが見たい、と。

●その唇で愛を紡ぐ
「俺、どうしてここに? こんな美人とお茶を飲んでいるのに前提が思い出せない……」
 小鳥が「りるる」と鳴いた後の、それが銀雪・レクアイアの第一声だった。突然に妙なことを言い出した銀雪だが、この状況が不思議で仕方がないというように瞳を瞬かせるその姿はとても冗談を言っているふうには見られない。ふむ、と顎に手を宛がって小首を傾げ、リーヴェ・アレクシアは慌てることなくエメラルドの小鳥へと視線を流す。
「これは、お前の綺麗な歌声かな? 困った子だ」
 任務帰りに茶でも飲もうかと思ったらこの事態だ。くつと苦い微笑を零せば、リーヴェのことを銀の双眸でぽうっとして見つめていた銀雪が、熱の籠った吐息を漏らす。
「事情は全然わからないけど……こんなに綺麗な人を忘れるなんて、俺本当にバカ」
 一切の危機感が感じられない発言に、リーヴェはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「全く……お前は記憶がなくてもブレないな」
 いっそ清々しくて尊敬する、なんて思うリーヴェに相変わらず見惚れていた銀雪が、彼女の声に誘われたように熱っぽく言葉を紡ぎ始める。
「俺、君みたいに綺麗な人を他に知らないよ。凛としていて、眩しいくらいだ」
 熱に浮かされたような銀雪の賛美は、まだまだ止まらない。
「凛々しい声も、所作の気高さも……ああそれに、その金の眼差しに見つめられたらと思うと、胸がぎゅうっとなる」
 リーヴェを「綺麗」だと評した根拠を、つらつらと挙げ連ねていく銀雪。どこまでもブレのない彼の姿勢に、
(記憶があってもなくても、私への賛辞が凄まじいな)
 と、リーヴェは頭を抱えた。
(色々踏み外し過ぎだ。私が絡まなければ、同年代でも落ち着いてる方だろうに)
 なんて、銀雪の平常運行っぷりに嘆息すれば、当の銀雪が心配そうにリーヴェのかんばせを覗き込む。
「どうして、頭抱えてるの? 具合が悪い?」
「いや、具合悪くはないが……お前はいつでもお前だな」
 リーヴェの返しに、極めていつも通りながら一応記憶を失っている銀雪は、きょとんとして首を傾げた。
「ええっと、それはどういう……?」
「いや何、褒めているんだ」
「うーん、よくわからないけど……とにかく、具合が悪いんじゃなくて良かった」
 ふわり、銀雪が心底からほっとしたように笑みを零す。本当に何も変わらないなと、少し冷めかけた紅茶を口に運ぶリーヴェ。そんな彼女の心中など露知らず、銀雪はまた口を開いた。
「ねえ、そんなに美人だと、プロポーズしたい人が多くて大変でしょ」
「っ……!」
 この発言は、流石のリーヴェにとってもある意味では不意打ちだった。思わずどきりとした、というわけではなく、突然何を言い出すんだ、的な意味で。らしくなく茶を噴き出しそうになるのを何とか堪えたリーヴェへと、銀雪は更に言葉を連ねる。
「俺も求婚者の列に並ぼうかな」
「……お前、言う前に内容の吟味はした方がいいぞ」
 リーヴェの助言に、銀雪は何を言われているのか心底から不思議で仕方がない、というような顔をした。本人は全力、かつ僅かの偽りもなく真面目なのである。銀雪の反応に、リーヴェは胸の内だけで息を吐いた。
(口説き文句じゃない、というのがまたタチが悪いな)
 そんなことを思っていたら、「……あれ?」と銀雪が再び銀の双眸を瞬かせて。
「リーヴェ、俺……」
「おや。私の名を思い出したということは、記憶が戻ったか」
「うう……リーヴェのことを思い出せなくなるなんて」
「まあ、そう落ち込むな。お前はこういうのに弱いんだろう」
 わかりやすくしゅんとする銀雪を一応フォローしてやった後で、それにしても、とリーヴェは言葉を続ける。
「本当に、お前は見てて飽きないね」
 自身への賛辞はあまりにも凄まじかったが、まあ可愛くはあったと思うリーヴェである。リーヴェのうっとりするような微笑に、けれど銀雪は先刻の自分の発言の数々を思い出して、その頬を真っ赤に染めて顔を覆うのだった。

●いつも通りの君でいて
「えへへ、ちーくんの奢りー!」
「まあ、いつも頑張ってるからな。ご褒美、ってやつか」
 喫茶店の個室席で声を弾ませるメイリ・ヴィヴィアーニへと、チハヤ・クロニカはぶっきらぼうに、けれどどこか優しさを含んだ声で応じる。それは普通の、何ということのない時間のはずだった。けれど、エメラルドの小鳥は2人のテーブルにも訪れて。その愛らしさに顔を輝かせた後で、
「嬉しいけど、いつも奢られてる気がする……偶には割り勘でもいいのに、ね?」
 なんて、ケーキを食べ終えたメイリは小鳥へと小さく愚痴を零した。小鳥が、「りるる」とメイリの言葉に応じるように鳴く。途端――メイリの中から、『ちーくん』の存在がかき消えた。
「お兄ちゃん……誰?」
 瞳をぱちぱちと瞬かせて、メイリは傍らに座るチハヤへと問いを投げる。尋常でないその問い掛けに、チハヤは目を瞠った。
「メイ? おい、何言ってるんだよ」
「私の名前、知ってるの? えっと、一緒に座ってるってことは知り合い?」
 性質の悪い冗談のようだが、メイリの顔は大真面目だ。何がどうなっているのか、どうしてこうなったのかと、頭を抱えるチハヤ。そんな彼をまじまじと見つめて、
(よくわかんないけど……ずいぶん年上だし一応警戒しとこ)
 と、メイリは僅か身構えてチハヤから少し距離を取る。その様子に、チハヤは胸の内で嘆息した。
(警戒されるのは仕方ない、か。積極的じゃないメイってのは違和感があるが……)
 もしかして歳の離れた女の子しか愛せない奴と勘違いされているのでは、なんて考えると、少し泣きそうになるチハヤである。けれど、悲観的になっている場合ではない。
(きちんと座ってたし、頭打つわけない。だったら……)
 チハヤは、緑の眼差しをテーブルの上の小鳥へと向けた。
(直前に聞いていた鳥の鳴き声、これが原因じゃないか?)
 そう結論づけて、チハヤは小鳥へと手を伸ばす。この小鳥が逃げてしまったために記憶が戻らないなんてことになったら……とチハヤは頬に冷たい汗を一筋伝わせたが、小鳥は懐っこく、自分からチハヤの手へと寄ってきた。そのまま柔らかく小鳥を捕まえて安堵の息を一つ吐き、チハヤは視線をメイリへと移す。最初こそチハヤに用心していたメイリだったが、
(……なんか疲れてきた)
 と、事件の発生から数分、早くもチハヤへの警戒を解き始めていた。
(特に何もしてこないしいい人だよね……? 変な空気じゃお茶も美味しくないし、やーめよ)
 そうと決まったら、疲れた分の糖分補給だ。ケーキを追加注文しようとして、メイリは自分の財布を覗き込む。危機感の薄いメイリの様子に微笑ましさと共に一抹の不安を感じるチハヤ。
(でも、こういう素直で裏がない所に救われているんだよな)
 そんなことも同時に胸を過ぎって、チハヤは口元を仄か緩めると、メイリに気づかれないようにこっそりと追加のケーキを注文した。頼んだのは勿論、メイリの好みに沿った物。
(うーん、どうしよう……)
 メイリはどこまでも真剣に財布の中身と睨めっこをしていたが――間もなくして、何故だか食べたいと思っていたケーキが自分の前へと運ばれてきた。それが、傍らの青年の計らいによるものだと気づいて、メイリはぱあと表情を華やがせる。
「何も言ってないのに分かるの、凄い!」
 感動のあまり自分へと抱きついてきたメイリへと、
「早く記憶戻れよ……。そんでいつものように能天気に『ちーくん』って引っ付いて来ればいいんだよ」
 と、チハヤは小さく漏らす。切ないようなその呟きを耳にした瞬間、霧が晴れるようにメイリの記憶が彼女の元に戻ってきた。
「ちーくん!」
 名を呼んで、益々強くチハヤをぎゅっとするメイリ。
「ごめんね、大事なちーくんの事忘れるなんて。怒ってる? 傷ついた? どうしたら許してくれる?」
 メイリの言葉に、「怒ってないし許すも許さないもない」と、チハヤは小鳥を解放すると彼女の小さな背をぽんぽんと叩いた。

●この手の温もりは
「噂通りの味ですね。美味しいです」
 件の喫茶店にて。美味しいと話に聞いたケーキを口に運んで、かのんは紫の双眸を和らげた。そんなかのんの様子に、天藍も「良かった」と口元を柔らかくする。丁度そこへ、窓から入ってきた小鳥がテーブルの上に舞い降りて。
「わ、色が可愛い小鳥ですね」
 と、エメラルドの小鳥にかのんが相好を崩せば、愛想を振りまくように小鳥が「りるる」と囀りを零す。その鳴き声に、天藍は顎に手を宛がって首を傾げた。
「何だ、今の鳴き声は? 知らない種類だな……」
 天藍の動物学の知識は深い。初めて耳にした鳴き声を不思議がる天藍だったが、すぐにかのんへと視線を移した。彼女の様子が、どうにもおかしかったからだ。
「かのん?」
 訝しげに名を呼べば、かのんは驚いたように瞳を瞬かせた。そうして、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
「……えっと……貴方、は……?」
「っ……!」
 かのんの言葉に、天藍は少なからぬショックを受け目を瞠り、言葉を失った。天藍に関する記憶を失くし、見知らぬ男性と個室でお茶をしている状況に困惑しきりのかのんだったが、天藍の顔に驚愕と、追って傷付いた色が浮かぶのを見て、ちくり、胸が痛む。
(知らない人のはずなのに……どうしてそう感じるのでしょう)
 そんなことを思うかのんへと、天藍は騒いで止まない心を何とか抑えつけ問いを重ねた。先日も耳に覚えのない鳴き声の鳥がいる場で異常な現象が起こったことを思い出し、すかさずカトラリーが入っていた籠を小鳥に被せ確保しながら。
「かのん、自分の名前は分かるか? 手の文様の意味は思い出せるだろうか?」
「ええと、かのんは確かに私の名前ですし、この手の文様は神人の証、ですが……」
「……じゃあ、契約精霊の名前は?」
「契約したのは朽葉おじ様で……」
 そこまで言って、違和感にかのんは口ごもった。彼は、2人目の契約精霊のはずだ。では、初めに会ったのは?
「……もう一人いるはず、です。とても大切な人が、隣にいたような……」
 自分の名前は出てこないのに2人目の契約精霊の名をかのんの唇が紡いだことが地味にグサッときていた天藍だったが、ぽつりと落ちた呟きに一筋の光を見出す。天藍は、テーブルの上のかのんの手をそっと両手で包み込んだ。「あ……」と、かのんの口から小さく音が漏れる。その手の温もりをずっと前から知っているような、そんな気がして。
「俺がその1人目だと言ったら?」
 天藍の言葉に、かのんははっとして天藍のかんばせへと視線を遣る。天藍は、どこまでも真っ直ぐにかのんのことを見つめていた。目の前の人の温度も、眼差しも知っている気がするのに、覚えがないことがただ悲しい。
「……思い出して欲しい、かのんの中で俺を無かった事にされるのは正直つらい」
 そしてまた、彼の声にも確かな痛みが滲んでいた。何か声を掛けたい、この人にこんな顔をさせたくないという想いがかのんの胸に溢れる。
「天、藍……」
 気づけば、かのんは知らずその名を紡いでいた。途端――記憶の蓋が、音もなく開く。
「天藍、私は……」
「思い出した、のか?」
「はい……ごめんなさい、私……」
 記憶を取り戻したかのんを前に、天藍は安堵の息を吐いた。そうして、
「まず、この鳥を本部へ連れて行こう」
 と、立ち上がってかのんの手を取る。こくと頷いて、かのんも天藍の手を握り返した。支払いを済ませて、小鳥を連れて2人で外へ出る。
「天藍の事忘れるなんて……」
「あまり気にしすぎるな。もう忘れられたくはないが、思い出してくれたから良い」
 落ち込むかのんの言葉を彼女を励ますために遮って、苦い微笑を漏らす天藍。彼の気遣いを嬉しくも心底から申し訳なく思って、2度とこんなことにならないようにとかのんは天藍の腕を取り、そっと彼の身体へと身を寄せた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月14日
出発日 09月21日 00:00
予定納品日 10月01日

参加者

会議室

  • [6]かのん

    2015/09/20-20:53 

  • [5]アンダンテ

    2015/09/20-01:18 

    アンダンテとパートナーのサフィールさんよ。
    始めましての人もお久しぶりの人もよろしくね。

    こちらはサフィールさんの記憶がなくなってしまったみたい。
    この塩対応なつか……しくないわ。わりといつも通りだったわ。
    とりあえず、不審者扱いされているのをどうにかしてくるわね。

  • 神人のメイリとパートナーのチハヤだ。
    アルベルト以外は初めまして…だよな。
    まぁ、よろしく。

    うちもメイが記憶なくしたらしい。
    コイツの場合頭をぶつけて記憶吹っ飛ばすのはありえないことじゃないが
    今回はこれだろうな。(小鳥をチラリ)

    なんていうか最初からグイグイきてた分なんか妙に大人しいのが新鮮。
    なんか調子狂うわ…

  • [3]かのん

    2015/09/17-22:52 

    神人のかのんとパートナーの天藍だ
    だいたい見知った顔か……っと、チハヤ達とは初めまして、か
    よろしく頼む

    こっちはかのんが記憶をなくしたらしい
    原因は間違いなくこいつなんだろうな(テーブルの上の小鳥眺めつつ)
    ……っかし、俺の事は本気でわからないところで、朽葉の名前が出てくるあたり下手な戦闘よりもダメージが大きいんだが(溜息)

  • [2]月野 輝

    2015/09/17-21:19 

    こんばんは、月野輝です。
    かのんさんはこの間ラビットさん達のところで、メイリちゃんはお化け屋敷で会ったばかりね。
    リーヴェさんとアンダンテさんはお久しぶり。皆さん、どうぞよろしくね。

    こちらも記憶を失くしたのは精霊…アルになるわ。
    また原因が小鳥さんなのね……ほんと、何なのかしら。

    でも、少しの間とは言え、忘れられるって辛いわね……
    だから私は、たぶん思い出して貰おうと足掻いてると思うわ。

  • リーヴェ・アレクシアだ。
    パートナーは銀雪・レクアイア。

    こちらは銀雪が記憶飛ぶ形になる。
    ……銀雪はこういうのに悉く弱いんだ(はあ、と溜息)

    記憶は戻るみたいだから、深刻に考えることもないか。
    ま、よろしく頼む。


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