オラクル・リリカル・ハートフル(雲雀野夜羽 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●あるスラム街にて
 首都近郊のスラム街にあなたとパートナーである精霊は訪れている。
 物乞いは茣蓙に座ってひび割れた皿を差し出し、ストリートチルドレンたちはこぞって愛らしく媚び、道案内をかって出ようとする。
 あなたと精霊はそれを断りながら、街の深くに進んでゆく。
 どこから持ってきたのか怪しい盗品を売るブラックマーケットを抜けて、盗賊が潜んでいるという噂の廃墟群をこっそりと通る。ここまでは順調だ。
 そして、辿り着いたのが小さなビルである。踊り場に座り込む浮浪者に近づかないように傍の階段昇って、最上階に辿り着く。

●神秘の社
 灰色のビルディングからうってかわって、そこは驚くほど整理された、オリエンタルなフロアだ。
幾重もの薄紫色のヴェールに覆われて、奥がよく見えない。全体的に、ふわりと甘いムスクの匂いの香が焚き締められている、最上階が丸々占められた一室。
あなたの目的地はここだ。
 ヴェールの隙間を縫うように歩いて、あなたは最奥へと向かう。
 ペルシアの絨毯の上にはアジアンテイストのローテーブル、そこにあぐらをかいているのは、一人の女だ。
 緩くウェーブのかかった黒く長い髪を流して、紫の色の嵌めこまれた金色のサークレットをし、鼻から下は白い布で隠されてよく見えない。
オレンジのゆったりとした、アラビアンテイストな民族衣装を着た彼女は、目を閉じたまま、呟く。
「わらわは運命を売る者」
 そして目を開き、あなたの姿を確認すると、口を押えて笑い始めた。
「あはっ! ふふふ、あなたたちでしたか」
 彼女の名前は『シェヘラザード』。腕の立つという占い師で、過去に一度、あなたは彼女をオーガから救ったことがある。
 その報酬と、プラスして一つ、サービスをするというのだ。
「運命を売る、といったら大仰ですが、要するに占いですよ」
 くすくすと笑いながら、彼女は、お茶を出しますから少しかけていてください、と裏の方へ行く。
 そう、彼女は格安で一つ、占いをしてくれるというのだ。
 やがて、彼女が茶を盆に載せて戻ってくる。
「お口にあうかわかりませんが」
 受け取ると、ジャスミンの甘い芳香が鼻孔をくすぐる。
「それにしても、こんな遠いところまでご足労いただきありがとうございます」
 シェヘラザードは深々と頭を下げる。
「ここが一番、私の力が強くなりますの」
 彼女は神人とはまた違う、霊感に近い何かを持っているという。真偽はどうであれ、占いというものに触れてみるのも一興だ。
 さて、何を占ってもらおうか? この世の平和か、精霊との未来か、或いは別のことか。
「何を占いましょうか」
 シェヘラザードはにこりと微笑む。

解説

参加費:300jr

このエピソードでは、ダイスロールにより結果が変わります。出目は必ずプランと共に提出してください。出目によって何かハプニングが起きる……かもしれません!
何を占うかを中心に、アクションプランを立ててください。

占いが終わった後、皆さんには精霊と任意の場所にデートに行っていただきますので、以下より行きたい場所の指定もお願いします。

・ショッピングモール
 華やかな店が並び、様々なものが買えます(ここで購入した分は報酬に入りません)。

・公園
 ボートが浮かび、花畑が広がり、のどかな風景が広がっています。

・喫茶店
 落ち着いた雰囲気の喫茶店です。紅茶も珈琲も絶品です。

・スラム街
 少し危ない街ですが、表の世界では見られないものも沢山あります。

その上で、占いの結果が適用されますので、アドリブに関して寛容な方が参加しやすいかと思われます。

※ダイスロールについて
 相談掲示板のダイスロール機能をつかって、6面ダイス1個を振ってください。

ゲームマスターより

こんにちは、マスターの雲雀野夜羽です。
今回は占いというちょっと特殊なエピソードを書かせていただきます。
何が起こるか、不確定要素を楽しんでいただければなと思っております。
よろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  ダイス:2

何を占って貰えば良いでしょうか?
良くない事が出たら気にしないようにと思ってもどこかで引きずりそうな気がしますし…

自分で考えて決めた事なら、どんな結果でも受け入れられると思うのですけど、その過程で占いの結果に影響されてしまっていたら、そこに引っかかってしまいそうな気がするんです…

隣にいる天藍見上げ、2人の未来といった雑誌等で見かけそうな言葉が浮かび軽く頭を振る
それこそ悪い結果が出たら困ります…

悩みすぎてお茶のお代わり頂きつつ、天藍の答え参考に今日と明日の運勢と無難な事をお願いする

公園に行き、天藍が公園を選んだ理由を聞き微笑む

ありがとうございます
やっぱり緑や花がある所が落ち着くみたいです



ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
  出目…5

その節はどうも、ご健在でしたか
占い?
ええと、そうだな…

っ?!(レオンを振り返る)
言ったろ、私の精霊はお前だけだと
私に二人目の精霊ができてもいいのか?

(目を伏せる。少し考えたが)
わかった。それでお前の気が済むなら

☆よい結果なら
うーん(考え込む)
…お前、妬かないのか
私はお前に二人目の神人ができたら妬くぞ

☆悪い結果なら
(ほっとして)ほら、言っただろ、私にはお前だけだって

★デート→スラム街
お前こういう街も仕事場にしてるんだろ?
興味がある
え?…う、うん(手を繋ぐ)

(場末の連れ込み宿付近に差し掛かり
こういう場所で手を繋いでるって事は…
と赤くなり俯く)
からかうな(狼狽える
まだ一線を越える度胸はない)



アマリリス(ヴェルナー)
  ダイス:1

・占い
精霊の未来の事
別の方にわたくしの未来を見て頂いた事がありますし
今度は貴方の未来の事でもいかが?

普段の精霊の事を思い返しどんな結果だろうと
額面通り受け取ってしまうのだろうなと思い若干不安に

・ショッピングモール
一緒に買い物ウィンドウショッピング

あら、この帽子とか素敵だと思わない?
精霊の性質故碌な返事ははなから期待していなくても
返事がぼんやりしすぎていたので向き直り
もう、占いの事を気にしすぎではないかしら

未来がどうなるかは、今をどう生きるか次第ではなくて?
まだこない未来よりも今を大事にしませんか?
わたくしまだまだ行きたいお店は沢山ありますの
満足するまで付き合ってくださいませ



ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)
  ダイス:4

☆心情
シュトルツさんが変なことをしないように私が見張っていなくちゃ
エミリオは私が守らないと

☆神秘の社
(戸惑いながら)あの、どうしてここに?
(エミリオとのことを占ってもらいたいけれど…シュトルツさんが傍にいたんじゃ言いづらいよ)
えっ!? ち、ちが…お願いします

☆スラム街
どうしよう…見失っちゃった
(精霊を探す途中ガラの悪い男とぶつかり、数人の男に囲まれる)ごめんなさい、私人を探してて…(エミリオ…!)
エミリオきてくれ…シュトルツさんっ!?

…あの、助けてくださってありがとうございました
だ、だって、『誰かに助けてもらったらちゃんとお礼を言いなさい』って!
え…?
(今…ううん、気のせいだよね)


リオ・クライン(レイン・フリューゲル)
  本当に久しぶり・・・。
また、こうして兄様に出会えるなんて思わなかった。
聞きたい事はいっぱいあるけど、何から話そう?

占う内容・精霊との相性

ダイス・2

デートの場所・喫茶店(リオとレイン共に紅茶)

<行動>
・突然の再会に戸惑いながらも、喜ぶリオ
・喫茶店で昔を懐かしみながらまったりとお喋り
・アモンとの関係を聞かれ、あわあわと否定
「か、彼とはその、信頼できるパートナーなだけで別に恋人同士という訳じゃ・・・」
・レインの衝撃発言に慌てふためく
「ふふふ、ファ、ファーストって何その話!?」(赤面)
・(本当なのか?ぜ、全然記憶にない・・・)
・(また、こんな風に笑いあえるのかな?「兄妹」として・・・)

※アドリブOK!



●占いの結果
「なるほど、それがあなたの占ってほしい内容ですか」
 シェヘラザードは何度か頷き、傍らの棚に飾ってあった水晶玉を手に取り、テーブルに置く。そして、深呼吸をすると、じっとそれを見つめ始めた。
 異様な光景だから、妙に落ち着かない。
そう時間は経っていないだろう。シェヘラザードは大きく息を吐いて、あなたの顔を見る。
「見えました。占いの結果は……」

●アマリリスの場合
「精霊の方の未来ですが……」
 彼女は僅かに表情を曇らせる。
「申し上げますと、運気が下がっておりますね。暗澹たる未来、とまではゆきませんが……近いうちに何かが起こるかもしれませんね。どうぞ、お体には特にお気をつけて」
 アマリリスはヴェルナーの顔をそっと覗き込む。予想通り、彼は神妙な顔をして、「体……健康でしょうか?」
と首を傾げている。
「占い師の方の目の前で言うのも憚られますけれども、未来がどうなるかより、今をどう生きるかではなくて?」
 アマリリスの言葉に機嫌を損ねた様子も見せず、シェヘラザードは、笑顔で頷く。
「私が観るのはあくまでも可能性の一つです。まあ、あまり深刻に捉えすぎてはいけませんよ」
「それをシェヘラザードさんがおっしゃいますの……」
 どうにも調子が狂う女性だ。さて、とアマリリスは財布を取り出し、約束の代金を支払う。ここに来る途中にちらりと見た料金表からすると、ボランティアに近いと言えるだろう。
 さて、とアマリリスは礼を言い、ここを立ち去ろうとする。
「ご足労いただきありがとうございました。……今日はデート、楽しんで来てくださいね」
 ……シェヘラザードに、これからデートに向かう旨は伝えていないはずなのだが。

「あら、この帽子とか素敵だと思わない?」
 市内でも有数のショッピングモールに、アマリリスたちは訪れた。何気ない時間。けれども、占いの結果を思ってか、ヴェルナーの表情は浮かないものだ。
「……占いのことを考えていますの?」
「えっ! あ、え……」
 アマリリスがずばり言ってやれば、ヴェルナーは分かりやすく動揺する。だが、返事は求めていないとばかりに、行きましょう、と歩き出されたので、慌てて着いていく。
「やはり、アマリリスにはわかってしまいますか……」
 荷物を抱えて呟きながら、歩んでゆくと、後方で悲鳴が上がる。何故、と二人で振り返れば、大男が、似合わぬハンドバッグを抱えて猛然と走ってきていた。
「泥棒!」
 続いて聞こえてくる声からして、なるほど、ひったくりらしい。それを無視できるほど、ヴェルナーは非情ではない。荷物を放り捨てると、大男の進路に立ちふさがり、半ばタックルをしてくるようなそれを受け止める。
押し合い、もみ合い、傍らの手すりに身体をぶつけた途端、それが、みしりと嫌な音を立てて、へし折れて――ここはモールの三階だ――二人の身体は、宙に投げ出された。
「ヴェルナーッ!!」
 アマリリスの悲痛な悲鳴が響き渡る。周囲がしんと静まり返る。アマリリスがへたりと座り込むと、しばらくして、
「捕らえましたよ!」
 ヴェルナーの明るい声が下から聞こえる。アマリリスが恐る恐る覗き込んでみれば、下階の手すりに右腕だけでぶら下がり、左腕でひったくり犯を掴んだヴェルナーが勝ち誇ったように笑っている。
 そして、腕の力だけで廊下に男を放り投げると、自らもそこに飛び乗り、改めて男を押さえつける。やがて警備員たちが走ってきて、男は改めて、お縄についた。

「もう、無茶はやめてくださいな……わたくしがどれだけ心配したかと……」
 三階へと戻ってきたヴェルナーに、第一声、震える声でアマリリスは話しかける。ようやく体の震えが止まって、立ち上がると、目元を拭う。
「どうやら占いは当たってしまったようですね。危うく怪我をするところでした」
 他人事のように言って、散らばったショッパーを拾い上げるヴェルナーの背に、アマリリスは、その無事を確認するように、そっと触れた。
「本当に……やめてくださいな……」
 ヴェルナーはそれを感じて、ふふ、と困ったように笑う。
「ええ、努めます。アマリリスに心配をかけるようなことは、控えます」

●ガートルード・フレイムの場合
「ガートルードさんに他の精霊が必要か……ですね」
 シェヘラザードは、ふむ、と頷くと、にこりと笑む。
「個人的な意見ではありますが、あまり必要性を感じられませんわ」
 テーブルに肘を着いて、からかうように笑うシェヘラザードに、ガートルード・フレイムはかっと赤面する。
そして、小さく咳払いをして、横のレオン・フラガラッハに言う。
「ほら、言っただろ、私にはお前だけだって」
「そっかー……むぅ、俺で本当にいいのかね……」
考え込むレオンに、シェヘラザードは声をかける。
「悪い結果と捉えてほしくありませんわ。それだけ貴方たちの相性は良いということ。……本当に、もう! 妬けちゃいます!」
少し冷めたジャスミンティーを一気に飲み干すシェヘラザードの春は、まだ来ていないようだ。

帰りがてら、スラム街でデートをしようと提案したのは、ガートルードの方であった。
「お前、こういう街も仕事場にしてるんだろ? 興味があるんだ」
 レオンとしてはあまり適当な場所だとは思わない。それも、久々のデートなのだ。もっとおとなしい場所が良いとは思うのだが、ガートルードの強い希望によって、二人はすれた街を歩くことになった。
 スラム街には、表の街とはまた違った活気がある。盗品も扱っているであろう骨董店、免許などあろうはずもない医院……日常の裏にある非日常は、ガートルードの好奇心を満たすのに丁度良い場所であるとはいえ、危険であることは確かだ。
「危ねぇから手繋ぐぞ」
 レオンは半ばガートルードに手を差し出す。
「え? ……う、うん」
 差し出された手をそっと取ると、ぎゅっと握り返されて、ガートルードは照れとくすぐったさに頬を淡く染めた。

「レオン、あれは何を売っている?」
「あー……知らないほうが良いこともある」
「……?」

「レオン、この肉が食べたいのだが」
「あー……やめとけ。その……なんだ、不味いぞ。うん……多分。いや絶対」
「そ、そうか、よく知っているな」

「レオン、ここは……」
 街の外れ、油が浮いて、虹色にてかる川沿いにある赤い和風の建物の前に二人は立っている。看板には「富貴」と達筆な字で書かれている。
 この建物が何であるか。スラム街の外で似たようなものを見たことがあるから、ガートルードは知っている。
「休んでく?」
「か、からかうな」
結構本気だけど、とレオンが続けるのに、ガートルードは頬を染めると、俯いて、この場を離れるようにレオンの手を強く引く。
丁度角を曲がったところで、ガートルードは何かに強くぶつかった。きゃ、と悲鳴、そして転ぶ音が聞こえる。見てみれば、バスケットいっぱいに花を抱えた薄汚れた少女だった。商品である花々は辺りに散り、彼女はそれをかき集めている。
「す、すまない」
 ガートルードもそれを手伝うが、花弁は欠け、或いは薄汚れ、とても商品にはならないだろう。
「お花……だめになっちゃった……またおとうさんに怒られる……」
「すまない、弁償をしよう」
 財布を出すと、幾ばくかの紙幣を取り出そうとする、それを少女は止めた。
「そんなにいただけません! これだけでいいですから」
 彼女はたった一つのコインだけを受け取ると、ありがとうございました、と頭を下げて去っていった。
「お優しいな。お前も、あの子も」
 レオンが去っていく少女の背を見つめながら呟く。
「私が花を傷めてしまったのだ、弁償は当然だろう」
「それは別として、あの子は『花売り』だ。わかるか? 娼婦だ」
「……!」
「だからもっとふっかけても良かった。お前が出した分よりもぶんどっても良かったんだぜ」
 長生きは出来ねぇだろうな、と呟くレオンに、それでも、とガートルードが重ねるように言う。
「それでも、あの子は良い子だ。きっと報われる日が来るだろう」
 レオンは口を開いたが、それ以上この話を続けることはなく、ただ、帰るか、とだけ言った。

●かのんの場合
「なるほど……」
 何かを告げようとしたシェヘラザードは、かのんの憂い顔を見て、安心させるように微笑む。
「さて……そうですわね、ちょっぴり下り坂、といったところでしょうか」
「占いをするシェヘラザードがいる場で言う事じゃないが、今回の結果が全てという事もないだろう」
 天藍がフォローをするように口添えするのに、シェヘラザードも素直に頷く。
「私が見るのはあくまでも一つの側面ですから。そう固くならないでくださいな。人間万事塞翁が馬と申します。今回の結果で何か……別のことがある、かもしれませんわ」
「そう……ですか」
 悩みに悩んだ末に冷めてしまった二杯目の茶をくいと飲みながら、かのんはようやく決心をしたように、カップをテーブルに置く。
「今日は、ありがとうございました」
 幾ばくかの代金を払うと、かのんと天藍は一礼をし、シェヘラザードの元を去った。
「運命は波。人は舟。時には流されながらも、人はそれでも進んでいく……そういうものですわ」
 一人残されたシェヘラザードは、ふ、と小さく呟いた。

 まだ日没までには時間がある。かのんと天藍は、スラム街を抜け、都市の外れにあるのどかな公園へと訪れた。
 どこかぴりぴりとした空気のあった先程の街と比べ、公園は眠くなるほどにのどかだ。木の葉はさやさやと心地良い微風に揺れて、陽の光を柔らかく遮っている。
「折角の休みなのだから、ゆっくりできるところが良いと思ったのだが」
 どうだろう、と顧みる天藍に、かのんは柔らかく微笑みかける。
「はい、ありがとうございます。やはり緑や花がある所が落ち着くみたいです」
「では、行こうか」
 天藍が手を差し出す。かのんは一瞬戸惑ったが、その手を取り、ゆっくりと歩き出した。
 歩く道の傍らには向日葵が同じ方向を向いて気持ちよさそうに日光を浴びている。少し向こうの方では芙蓉の花が咲いていて、どこか夢心地だ。
「かのん、向こうの方にボートがあるらしい」
 天藍は少し南の方角にある池を指差す。そこには確かに『ボート乗り場』の看板があった。
「きっと気持ち良いだろう。行かないか?」
「はい、良いと思います」
 二人はその方向へと向かう。

 ボート乗り場では老人が退屈そうに客を待っていたが、二人を見ると、背筋を伸ばして人懐こい笑みを浮かべる。
「手漕ぎとアヒルがありますがね、今アヒルは出払っていまして。手漕ぎでもいいですかね?」
 特に断る理由もないので、二人は頷いて、料金を払う。乗り場に通されると、揺れるボートに二人で乗り込む。揺れる船上で、二人向き合うと、微笑みをかけあって、二人は池へと出た。

 凪いだ水面を、天藍の漕ぐボートはすい、と滑らかに進んでゆく。ぽかぽかとした陽気の中、ともすればうつらうつらとしてしまいそうだ。ボートは池の端の少しかげったところへと進む。
「かのん、少しは落ち着いたか?」
 天藍はかのんに優しく声をかける。
「占いなんてものは……」
「あっ……!」
 語り始めた天藍の後ろ頭に、何かがぶつかったような感覚。かのんには見えた。ヒヨドリだ。
ふと見上げれば、近くの木の上には小さな巣がある。かのんたちを襲撃者と勘違いしているのだろうか。
「こら、やめっ……うわっ!」
 思わず立ち上がった天藍がバランスを崩し、池にぼちゃりと落ちる。かのんは思わず目を塞ぐ。ばしゃばしゃという水音と、あ、という声にそっと目を開いてみれば、水面で立ち泳ぎをしながら、天藍がこちらに何かを掲げていた。
 それは小さなヒヨドリの雛だった。天藍は岸へ上がると、するすると木を昇り、巣にそれをそっと置くと、濡れたままでボートに戻る。
「無茶をしないでください……肝が冷えました」
「でも、あの鳥を助けることが出来ただろう」
「……また貧乏くじを引いて」
「俺の性分だから、仕方がないな」
「わかっています、あなたのそこが美徳であり、そんなあなたを私は……」
 そこから先を聞いた者はいないだろう。

●ミサ・フルールの場合
「ふふ、そうですわね。貴女の恋人の方との未来……上昇傾向にありますね。何かきっかけがあれば、大きく進展する可能性も充分にあるかと」
 シェヘラザードがそう告げると、ミサ・フルールは顔を真っ赤にして、あの、その、と手を振る。
 エリオス・シュトルツは沈黙したままだ。シェヘラザードは僅かに表情を怪訝そうなものにするが、すぐに笑みに戻し、
「占いは以上になります」
 と一礼した。
 ミサたちも礼を返し、少しの代金を払うと、社を出た。
 それを見送ったシェヘラザードは、溜め息を吐くと、目を伏せる。思うのは、占いの合間にちらりと見えた、『彼』の翳り。

 スラムの雑踏に、ミサは佇んでいた。
「どうしよう……見失っちゃった」
 横から、後ろから、人々の視線が突き刺さる。ある人は邪魔そうに。ある人はどこか値踏みするように。またある人は、悪意を込めて。
 その視線を振り払うように、ミサは努めて気丈に歩き出す。とにかく、エリオスを探さなければならない。
 人々の隙間を縫いながら歩き、路傍の石に足を取られた、と思った瞬間、目の前の大きな背中にどんとぶつかる。
「いたっ……ご、ごめんなさい!」
 ミサは慌てて謝罪をするが、その背中はゆらりと後ろを向くと、剣呑な目つきでミサを見下ろした。
「なんだァ? 姉ちゃん、俺に喧嘩売りに来たか?」
「あっ、あ、違うんです! ちょっとぶつかっちゃっただけで……」
「へェ、よく見れば上玉じゃねェか。売り飛ばされてェか? それとも……」
 男の周りには仲間らしき何人かが集まり始め、その他の人々は、面倒事はごめんだとばかりに避けて歩き出す。
 ミサはじりじりと背後に下がっていく。男たちはそれを囲っていく。どん、とミサの背中に廃墟の壁がぶつかった。
「あの、私、ごめんなさい、人を探して、いや……」
 華奢な肩を震わせて、祈るように目を閉じた、その時だった。
「ぐあっ!」
 囲っていた男の一人が悲鳴を上げる。ミサは目を開く。
「いい大人が寄って集って何をしている」
 現れたのはエリオスだ。彼は倒れた男を無表情に見下ろすと、念の為、といったように一度踏みつけた。そして男たちをかきわけると、ミサの前に立つ。
「……シュトルツさんっ!?」
「で、用事は何だ?」
「こ、の野郎!」
 男の一人がエリオスに殴りかかる。エリオスはいとも簡単にそれを弾くと、手首を掴んで捻り、バランスを崩した彼の顎にフックを叩きこむ。それがぐらりと倒れるのを無表情に見送り、次はどうした、と男たちを見やる。
 男たちは、今度は二人がかりでエリオスに殴り掛かってきた。その拳を両手で受け止める。そして、一人の腹に膝を埋めると、それに気を取られたもう片方の額に、強烈な頭突きを食らわせた。
 残った男たちは勝てないとみると、散り散りに逃げていく。
 こうしてスラムの雑踏はいつもの姿を取り戻し、危機を脱したミサと、エリオスだけが妙に浮いた状態で取り残される。
「この街は危険だから早く帰れと言ったのに」
 エリオスは呆れた様子で、ミサの無事を確かめる。
「……あの、助けてくださってありがとうございました」
 ミサは大きく頭を下げる。するとエリオスは意外そうに片眉を上げた。
「ほう、驚いたな。まさかお前から礼を言われるとは思わなかった」
「だ、だって、『誰かに助けてもらったらちゃんとお礼を言いなさい』って!」
 するとエリオスは表情を遠いものにして、何かを小さく呟いた。
「―――にそう教わったのか」
「え……?」
 ミサが聞き返すのに、エリオスは答えず、振り向いてスラムの出口を親指で指す。
「……何でもない。早く帰るぞ。お前を遅くまで連れ回したら息子に殺されかねない」
 今……と言いかけたのを、ミサは口の中でかみ殺す。きっと気のせいだ。今はただ無事を享受し、帰ろう。愛する彼の元へ。

●リオ・クラインの場合
「精霊との相性、ですか」
 ふむ、とシェヘラザードは口元に手を寄せる。
「私はウィンクルムについて詳しい訳ではありません。ただ、人格としては悪いものではない、と見ましたわ」
「そうか、うん、良かった」
 リオ・クラインはうんうんと頷いて、傍らのレイン・フリューゲルを見た。
「レイン兄様とはこれからも良好な関係を結んでゆきたいからな、安心した」
「そうだね、僕もだよ」
 二人の和やかな様子に、シェヘラザードも微笑む、しかし、
「少し気になることがありまして」
 と小首を傾げて言う。
「ちらりと見えた今日の運勢なのですが、熱いもの、にはお気を付けくださいな」
「熱いもの?」
 リオは反復する。
「ええ、私も率先して覗き込むことはありません。けれども、見えてしまうもの、というのは多少なりとも存在するのです。それが、今日の小さな未来」
 これが何を意味するかは、貴女方にお任せしますわ。シェヘラザードの言葉に、リオとレインは首を傾げるのみだ。
 ジャスミンティーのカップが空になり、リオたちはシェヘラザードに代金を支払うと、社を出た。

 スラムの空気は、貴族生まれのリオにはどうにも水に合わない。二人は早々に街へと戻り、ある喫茶店へと入った。
そこは今流行の雑誌にも載っている店で、二人が並ばずに入れたのは幸運と言えるだろう。この店自慢のメニューであるブレンドティーを注文すると、一息吐いて、話を始める。
「本当に久しぶり……。また、こうして兄様に出会えるなんて思わなかった」
 リオが感慨深そうに呟くと、レインは微笑む。
「また会えて嬉しいよ、リオちゃん。昔はあんなに小さかったのに大人っぽくなったね」
「私とて成長するさ」
「素敵なレディーに?」
「な……っ! か、からかうな!」
 リオは赤面する。レインは微笑みを崩さぬまま、追撃をした。
「そういえば、リオちゃんとアモン君は付き合ってるの?」
「はい!?」
「あはは、そーなんだ。仲が良さそうだったからつい……ちょっと安心したな」
 覚えてる? と、リオの返答を許さず、レインは語りだす。
 幼い頃、リオとレインで近所の花畑で遊んだこと。邸内でかくれんぼをして怒られたこと。在りし日の話がすらすらとレインの口から紡がれる。
「まだ小さかったから、あまり覚えてないな……」
 ようやく落ち着きを取り戻したリオが、運ばれてきたお冷に口をつける。
「え? じゃあアレは? 僕のファーストキスを奪った時の事は?」
「ぶっ!?」
 リオは飲みかけの水を噴き出す。
「あー、やっぱり覚えてないんだ。ヒドイな? 大切な初めてだったのに」
 くすくすと、口元に手をやって、レインは笑う。
「でも、僕はそんなリオちゃんだったから……」
「お待たせしまし……あっ!」
 茶を持ってきたウェイトレスが鞄に躓き、バランスを崩すと、盆に載せていたポットをリオの方に投げ出す。
「リオちゃん!」
 レインは素早く立ち上がり、ポットを払いのけた。
「熱っ!」
 がしゃん、とポットが割れる音、そして零れた熱い紅茶を腕に浴びたレインは顔を顰める。
「レイン兄様!」
「大丈夫だよ、それよりもリオちゃんにはかからなかった?」
「とにかく冷やさないと、火傷に……!」
 リオはレインの腕を引いて、トイレへと向かう。
「ちょっと、リオちゃ……!」
「腕を出すんだ!……ああ、赤くなって……」
「待って、落ち着いて!」
「水で冷やして、早く!」
「ここ、女子トイレだからー!」
「えっ」
 たまたま居合わせていた女性たちの視線が痛い。
「あ、えっと、その……ごめんなさい! レイン兄様! 男子トイレに行こう!」
「ちょ、リオちゃんは来ちゃダメ!」
「あっ、そ、そうだった! 席で待っているからな!」
 やってしまった。リオは席で頭を抱える。
「占い、当たったな……」
 まさか熱い紅茶がレインにかかるなんて。そんなことよりも……。
「初めて、ってどういうことだ……?」



依頼結果:大成功
MVP
名前:リオ・クライン
呼び名:リオちゃん
  名前:レイン・フリューゲル
呼び名:レイン兄様

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雲雀野夜羽
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月21日
出発日 08月29日 00:00
予定納品日 09月08日

参加者

会議室


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