幽霊退治に必要なのは(櫻 茅子 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●迷惑な宿泊客さん
「このホテル、幽霊が出るんだって」「知ってる。髪の長い女の人でしょ? 夜な夜なホテル中を徘徊してるとか」「嘘、こわーい……」
 ひそひそしているようではっきり聞こえてくるそんな噂に、ホテルのオーナーは頭を抱えていた。なぜこんなことになったのか。考えても、きっかけになるようなことは何も思い浮かばなかった。自殺者が出た、という事実もない。だが、『幽霊が出る』と噂は瞬く間に広がり、売上にも影響を与えているとはっきりいえるほどになってしまった。
 これ以上、噂が広がるのは辛い。背に腹は代えられないと、オーナーはある決断をした。
「そうだ、お祓いをしよう」
 どこかできいたようなセリフとともに、オーナーは立ち上がる。早速住職に話をつけた彼は、幽霊が無事消えたあとのことを考えていた。お客様を取り戻すためには、どんなプランがあるといいだろう。王道に割引か、他には何かないだろうか。
 しかし、そんな簡単にことは運ばなかった。
「成仏は『私の最後の願いを叶えてから』と言っているのですが……」
「は?」
 困り顔の住職とぽかんと間抜けな顔をしたオーナーは、じっと見つめあうのだった。

●ウィンクルムさん、うまい話があるんです
「『夜景を見下ろせる特別な部屋。ウィンクルムに限り、宿泊費90%オフ。朝夕はビュッフェを開催。食べ物、飲み物のオーダー料金はいりません!』だってよ。ホテル・サクラハナって、一流ホテルの一つだよな? すげー」
「……泊まるには勇気がいりそうだけどね」
「え」
 A.R.O.A.の片隅に貼られたポスターを見て、神人と精霊――ウィンクルムは足をとめた。読み進めるうちに、二人の眉間には深いしわが刻まれていく。
「『住み着いた幽霊を成仏させるために、二人が仲睦まじくしている姿を見せてください』、ねえ。胡散臭いにもほどがあるというか」
 ため息まじりにそう呟いた精霊は、神人を見てぎょっとした。
 なぜ、彼の瞳はきらきらと輝いているのだろう!?
「なぁ」神人が何をいおうとしているのか察した精霊は、先手をうとうと口を開いた。だが、間に合うことはなく。
「ここ、泊まろうぜ!」
 両肩をがっしりと掴まれた精霊に、逃げる術はない。この男、力だけは人一倍あるのだ。
「この値段でこんな高級ホテルに泊まれるなんて、この先ないと思うしさ。バックアップもしてくれるって書いてあるし、なにより――」
 俺らの仲を見せつけられるなんて、 なかなかない機会だろ?
 耳元でささやかれた言葉に、精霊はぼっと顔を赤くした。神人を見れば、にんまりと笑っている。人前でくっつくことをよしとしない精霊との仲を自慢したい。そんなことを考えているのだろう。
 精霊は断ろうかと思った。けれど、好きな相手に迫られて、求められて、恥ずかしくはあれ嫌な気持ちになるわけはなく。
 はい、と。気づけばか細い返事をしているのだった。

●煩悩まみれの幽霊さん
 なぜウィンクルム限定でこんな赤字覚悟すぎるキャンペーンを実施したのか。それは住み着いた幽霊に関係があった。
 お祓いにやってきた住職いわく、ホテルに住み着いた幽霊の正体は恋に破れた女性らしい。なんでも、彼氏がいつの間にか別の男を作っていたのだとか。
 なんともいえない顔をする住職に、女は続けた。「でも、それもアリだなって思えるようになったんです。だけど、あの日」と。悲壮な顔をした女は(住職は終始微妙な顔を保ち続けていたとか)、元彼氏とその新たな恋人と和解した帰り道、事故にあって命を落としたのだという。

「このホテルに来たのは偶然で、傷ついた心を癒すべく宿泊客を眺めていたそうです。ですが、その。……かっこいい男二人組が全然見れないので、こうなったら意地でも素敵カップルを見てやる! と躍起になっているそうで」
 なんて、なんて迷惑な幽霊だ!
 オーナーは頭を抱えた。抱えたが理解した。ならば、かっこいい男たちに泊まってもらえばこの怪奇(あらゆる意味で)現象は収まるのだろう。一刻も早い解決を望むオーナーの瞳がきらりと輝いた。
「ウィンクルムに応援を頼むぞ!」
 かくして、ホテル『ハナサクラ』ではウィンクルム限定キャンペーンが実施される運びとなったのである。
 美男たちよ、いちゃつきまくってホテルの危機を救ってくれ!

解説

●やること
ホテルに住み着いた哀れ(?)な幽霊に二人の仲を見せつけてください。

●部屋について
泊まる部屋は以下2パターンのどちらかをお選びいただけます。
※プランには「1」か「2」、どちらかの数字を書いていただければと思います。

1.恋人未満の方におすすめ!
 ・シングルベッド×2
 ・お風呂は広め。二人で入っても余裕があるくらい。
 ・テレビあり
 →動物番組からラブロマンス映画まで、気軽に見ることができる番組からそれとなく雰囲気を盛り上げる映画まで見ることができます。

2.恋人たちにおすすめ!
 ・ダブルベッド
 ・お風呂は一人で入るには余裕があるけど、二人で入ると狭いなと感じるくらいの大きさ。
 ・テレビなし

●オプションについて
予約時に一声いただければ、オプションを付けることができます。
※お選びいただいた部屋によっては選べないものもあるのでご注意ください。

【1】の場合
・薔薇風呂:50jr
 →お風呂に薔薇を浮かべることができます。
・テレビチャンネル増設:50jr
 →いろいろ見れるようになります。いろいろ。

【2】の場合
・泡風呂:100jr
 →お風呂をあわあわ状態にできます。
・テレビ貸出:100jr
 →いろいろ見ることができます。いろいろ。

【共通】
・OK、NO枕:100jr
 →表裏それぞれに「OK」「NO」と描かれた枕にすることができます。
・サプライズ:300jr
 →ケーキをお運びしたり、こっそりプレゼントを置いていったりできます。
  スタッフ側で用意できるもの以外(例:プレゼントで渡したい時計)を渡したい場合は、チェックイン時にお渡しいただきますようお願いいたします。

●消費ジェールについて
宿泊費『100ジェール』+オプション料金をいただきます。

●他
幽霊は基本、干渉してきません。見てるだけです。だけど興奮して何か音を立ててしまうこともあるかもしれません。
また、親密度によってはアクションが不成功となる可能性もあります。

ゲームマスターより

夏だけど室内で幸せな時間を過ごしてもいいと思います。こんにちは、櫻です。
幽霊に二人の仲を見せつけてやってよ! というエピソードです。ジャンルはコメディになっていますが、ロマンスでもハートフルでもいいのですよ…!

あ、「これは不健全ですね!(歓喜)」みたいなプランが届いた際はすみませんがマスタリングします。らぶてぃめっとは全年齢対象です。
それと、EXエピソードなので、アドリブが入る可能性が大いにあります。苦手な方はご注意くださいませ。

では、よろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  2

扉を開ける前。彼に怖くないと笑って返す
見るだけなら悪い幽霊さんじゃないと思うから

お茶のカップを渡し触れた手に動揺する
二人きりだと意識してしまい恥ずかしい
つい受け答えがぎこちなくなる

緊張を和らげようと窓辺に移動
眼下のロマンチックな夜景に小さな歓声
一緒に見ようと勧めれば消える照明に硬直

重なった温もりが温かくて、安心する
(意識はしてる。でもそれ以上に、二人きりが嬉しい

暗くなって街の灯りが更に眩しい。見える彼の横顔も
…綺麗だなと、思って見てた(頬に触れ
想いに気付いた時から、ずっと貴方は輝いて見えるよ

つま先が浮く感覚に慌てて腕を回す
ふふ、大丈夫だよ?…まだ寝たくないな(ぎゅ
もう少しだけ、このままで居て



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  部屋1で。
薔薇風呂にラキアが眼の色変えてた(笑。

リアルお化け屋敷か。
エアコンと違う涼しさが堪能出来そうだ。
それに幽霊は美女だと相場が決まっている。
ああ、どうしてオレには霊感が無いのか!(そこ?

風呂は1人ずつがいいの?しょぼーん。
狭いトコだとオレあちこちぶつけるんだけど、ここなら大丈夫だな。薔薇の香りが案外甘い。

オレ達の仲の良さは熟年夫婦のノリだから。
と言うか家族なんだし(てれっ
イチャコラばかりが幸せの形じゃないっていうか。
お互い一緒でまったり幸せってのも良いじゃん?
ラキアが穏やかに微笑んでいるのも好きだし?
とか思いつつラキアと2人でワインと夜景を楽しむ。
何かオトナな時間って感じ。超幸せ。ぐー。



蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
 
高級ホテルにこんな格安で泊まれる機会なんて早々ないし…幽霊も一人でずっとこのままは寂しいよな

けど、冷静に考えてみると、常に幽霊に見られてる?
俺は兎も角、フィンを見られるのは絶対にダメだ!
(独占欲スイッチオン)

迷わずオプションで泡風呂を
これなら泡で隠せる

食事を取った後の入浴
フィンを守る為に一緒に入る
恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、非常事態だ
常にフィンの周囲から離れず
幽霊、どっちの方向だ? 俺が壁になる…!

気を張り過ぎて逆上せた

…ん、大丈夫だ
ごめん
幽霊にフィンが見られるのが嫌で…その…

フィンの反応と言葉にじわじわ恥ずかしくなってくる
顔が熱くて腕で隠す

…バカ
俺達も、暗くて顔が見えないじゃないか


明智珠樹(千亞)
  【1:薔薇風呂、ケーキ願い】
※幽霊怖くない

●楽しい
ふ、ふふ。ダブルじゃないのが残念ですが
幽霊さんを楽しませることで格安になるなんて
嬉しいですね(微笑)

いや千亞さん。
かくかくしかじかな話を聞きましたら同情といいますか
怖い幽霊さんではなさそうなので、つい(てへぺろ)

ちゃんと、千亞さんにご褒美もあります!
(お願いしていたチョコケーキ)

安心してください、私がずぅっと傍におります、ふふ…!

●風呂
さぁ千亞さん、薔薇風呂の用意ができましたよー、一緒に…!

●寝
千亞が来たことに気付き
自然に、優しくハグして寝る

…真夜中にベッドから落とされ起床
「千亞さん寝相悪いの忘れてました、しかしご褒美です」
千亞の寝顔を堪能



カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  1
サプライズのみ
モノクルケースをフロントへ
デザートと一緒に届けるよう依頼

部屋到着後、「風呂は覗くなよ」と幽霊に
(イェルはガチガチだな)
食事前に風呂
「薔薇風呂?違和感すげぇってツラしなけりゃ話の種に入っても面白ぇけどな」
「広い風呂だな。一緒に入るか?って過剰反応だなオイ。スパだって皆一緒だろ」
一緒に風呂
「隅にいなくても良くね?」
分かり易い奴だ
夕食でサプライズ
「宝物なんだろ?」
無難なTV見たり、雑談
「…だからあんま言いたくねぇんだよ」
寝る前、礼を言ったイェルが死ぬ夢を思い出す※EP7
あの時を問われ
「それがどうかしたか?」
灯りを落とした後、寝てるフリしてるイェルの頭撫でる
(…可愛い奴)
色々バレバレだ



●家族のような二人の関係
 一仕事を終えた頃には、すっかり夜も近づいていた。
「リアルお化け屋敷か。エアコンと違う涼しさが堪能出来そうだ」
 厳重な警備と煌びやかな内装をものともせず、『セイリュー・グラシア』は楽しそうにそう言った。部屋の鍵を受け取りエレベーターに乗り込むと、「それに幽霊は美女だと相場が決まってるしな」と続け――悔しそうに拳を握る。
「ああ、どうしてオレには霊感が無いのか!」
「セイリュー、そこなの?」
 ずれた方向に嘆く相棒に、『ラキア・ジェイドバイン』は呆れたように眉尻を下げた。だが、部屋が近づくにつれどこかそわそわと落ち着きをなくしていく。そんな彼を見て、セイリューは予約をとる時のことを思い出していた。


「こっちにしよう」
 A.R.O.A.の一角。サクラハナのポスターの前に立つラキアが指差したのは、恋人未満の二人におすすめされている部屋だ。
(セイリュー、じっと寝てられないし)
 ラキアは昨夜を思い出し、苦笑を浮かべた。
 セイリューは寝ている間も活発なのだ。ごろごろ動くの当たり前。たまにベッドから落ちやしないかと心配になるくらいである。
(キングサイズベッドでも一緒に寝るには不都合ありそう……)
 そこまで考えて、シングルベッドが二つという部屋を選んだのである。セイリューも異論はないようで、というより「なるほどな」と納得したように頷いている。
「こっちの部屋は薔薇風呂にできんのか」
「いや、薔薇風呂に釣られたわけじゃなく!」
 慌てて弁解するラキアの肩に、セイリューはぽんと手を置くと、
「わかってるって。オプションでつけてもらおうな!」
 そう言って、親指を立てるのだった。
 ……その提案は、しっかり承諾したのだけれど。


(ラキア、薔薇風呂に眼の色変えてたな)
 その時のことを思い出し――実際は微妙な食い違いが発生したのだが――くつくつと笑っているうちに、部屋の前に着いたらしい。
 重厚な作りの扉を開けると、広々とした空間が飛び込んできた。
「おー!」
「すごいね」
 無意識のうちに歓声があがる。それくらい立派な部屋だったのだ。高級ホテル、と聞いていたのだが……まさかこれほどとは。
 本当に二人部屋かと疑うような、驚きの広さ。ふかふかと寝心地のよさそうなベッドが配置されていても、なお広い。テーブルや椅子、ライトは新品のような輝きを放っており、繊細な人間であれば触ることを躊躇してしまいそうだ。テレビも大きく、映画を観たら十分迫力を味わえそうである。
 そして、なんといっても大きな窓だ。橙色と紺色のグラデーションに染まる街は、どこか絵本の中の世界のようである。これが夜景になったら……想像するだけでため息が出る。
「先に風呂入るか」
「そうだね」
 セイリューの提案に、ラキアも頷く。
「広いんだろ? 楽しみだなー」とうきうき話すセイリューに、ラキアは慌てて「待った!」をかける。
 きょとんとするセイリューに、ラキアはこほん、とわざとらしく咳をし、こう告げた。
「お風呂は1人ずつにしよう」
「1人ずつがいいの?」
 眉尻を下げ、しょぼん、とわかりやすく落ち込むセイリューに、ラキアはうっと言葉を詰まらせた。だが、撤回する気はない。
(一緒に入る勇気はまだ無い。恥ずかしいし!)
 セイリューの悲し気な瞳から逃げるように、ラキアは「先に入ってくるね」と浴室へと急ぐのだった。

 浴室の扉を開けたラキアは、まずその広さに驚いた。驚きっぱなしである。続いて、透明なケースに入れられた薔薇に気付く。この薔薇を湯船に浮かべられるらしい。
 ラキアは嬉しそうに頬を緩めながら、いそいそと薔薇を手にとった。
「かなり良い花弁を使ってるみたいだ」
 指先に伝わる花弁の感触と香り。そのどちらをとっても一級品だと、普段から植物と接しているラキアはすぐにわかった。
 ワインレッド、ピンク、オレンジやホワイト……色鮮やかな薔薇たちが、水面を気ままに漂っている。
 咲き誇る薔薇の花は大きく、美しい。大事に育てられていたことが伝わってくる。体を洗い――ボディソープやシャンプーもワンランク上のものであると直感的に悟った――、湯船に浸かる。
「いい香り……」
 薔薇の甘い香りは、疲れた体からそっと力を抜けさせていく。
「……そろそろ上がらないとまずいかな」
 もっとここにいたい。そう思ったものの、長く浸かりすぎてものぼせてしまう。現に、ラキアの頬はほんのりと色づいており、のぼせ気味といえる状態だった。
 それは、薔薇風呂のせいだけではなく――この一晩をどう楽しもうか、と考えていたせいもあるのだけれど。

 続けて一日の疲れを流しに来たセイリューは、これまた広い浴槽に「おお!」と嬉しそうに笑みを浮かべた。
 入浴中も落ち着きがないセイリューは、狭いところだとあちこちぶつけてしまう。だが、ここなら大丈夫そうだ。
「薔薇の香りって案外甘いな」
 はしゃいでいたセイリューは、ハッとする。
 幽霊に見られてたら、少し恥ずかしい。
(……もしかして、ラキアも見られてたりするのか?)
 それはそれで、と複雑な思いを抱きながら、一日の汚れと疲れを落とす。そして風呂から上がり部屋へ戻ると、
「セイリューもあがったんだね」
 と、ラキアが「きてきて」と手を振っていた。わしわしとタオルで髪をふきながら近寄ると、ラキアはいたずらっ子のような笑みで「じゃーん」と言った。
「チーズとローストビーフ、あとワイン。頼んじゃった」
「ナイス、ラキア!」
 窓辺に設置されているテーブルに届いた食べ物に、セイリューは心底嬉しそうな笑みをこぼした。ワインは白と赤、それぞれおすすめを用意してもらっている。こんな機会でなければ、なかなかできない贅沢な体験だ。
「それじゃ」
「ああ、――乾杯」
 きん、と高い音が鳴る。
 夜景を見ながらワインを飲み、そして語らう。
 ローストビーフを頬張りながら、夜景に見惚れるラキアの横顔を眺める。
 幽霊が求めているのは、多分恋人的な仲の良さなのだろうけど。
(オレ達の仲の良さは熟年夫婦のノリだから。と言うか家族なんだし)
 一人思考にふけり、照れを見せる。
(イチャコラばかりが幸せの形じゃないっていうか。お互い一緒でまったり幸せってのも良いじゃん?)
 それに。
(ラキアが穏やかに微笑んでいるのも好きだし?)
 満足してくれればいいのだが。なんて考えていると、ラキアがこちらを向いた。
「……こっちばっか見てないで、セイリューも夜景見なよ。すごく綺麗だよ」
 どうやら、じっと見つめていたのがばれていたようだ。苦笑するラキアに、セイリューは笑顔で「つい」なんて返しながら、外へと目を向ける。
 深い紺色に染まった街。きらきらと輝く灯り。少し視線をあげれば、光を振りまく星々が見える。
「綺麗だなー……」
「ね」
 無意識のうちにもれた感想に、ラキアが相槌をうつ。何気なくお互いの顔を見て――笑いあって。
「何かオトナな時間って感じ。超幸せ」
 セイリューの呟きに、ラキアも「そうだね」と優しさに満ちた返事をするのだった。
 ――それからしばらくして。
「セイリュー?」
 力が抜けたように椅子に寄り掛かるセイリューに、ラキアは声をかけた。だが、反応はない。
(ワインで気持ち良くなって寝ちゃったのかな?)
 セイリュー、ともう一度声をかけると、ぐう、と穏やかな寝息がかえってきた。返事のようなそのタイミングに、ラキアは「ふふっ」と小さく笑う。
 仕方ないな、と思いながら、ラキアは立ち上がった。椅子で寝るより、ふかふかのベッドの方が疲れもよくとれるだろう。
「ベッドに運んで……」
 と、背負おうとして、ラキアは眉を寄せた。重い。
 それでもなんとかセイリューをベッドに下ろし、自分もそろそろ寝る準備をしようかと考えた、その時。
「ん……」
「セイリュー? 起き、むぎゅ」
 セイリューの腕がラキアに伸びたかと思うと、次の瞬間、強い力で引き寄せられていた。
 たまらず倒れこんだラキアを、セイリューはそのままぎゅっと抱きしめる。
「セイリュー、離して」
 ぺちぺちと腕を叩くも、力が弱まるどころかむしろ増してしまった。若干の息苦しさを覚えながらも、ラキアは「はぁ」とため息をつく。
 そして、自分もそっと力を抜いた。
 困ったというような――けれど満更でもないような、優しい顔で。
 二人は、同じベッドで朝を迎えるのだった。

●怖がりなうさぎさんと
 紺色の空で星々が輝きはじめた頃。
 サクラハナに到着した『千亞』は、部屋に足を踏み入れて驚いた。かなり豪華だ。二人で泊まるのが勿体ないくらいの広さに、上品な家具たち。そして、街を一望できるほど大きな窓。どれをとっても一級品、華やかな内装に「へぇ」と嬉しそうな声をこぼした。
「こんないいホテルが格安なのか、凄いな」
「ふ、ふふ。ダブルじゃないのが残念ですが幽霊さんを楽しませることで格安になるなんて嬉しいですね」
「そうかー、だから格安に……って、幽霊!?」
 微笑を浮かべる『明智珠樹』がさらりととんでもないことを言ったので、千亞は青ざめた。
「た、珠樹っ!騙したなっ!」
 千亞は幽霊が苦手だ。それも、「超」が付くほど。そんなものがいる場所だなんて聞いてないぞと珠樹の胸倉をつかみ、どういうことだと説明を求める。小柄な体に似合わない強い力でがくがくと揺さぶられながらも、珠樹はこのホテルの噂を話し始めた。
「いや千亞さん。かくかくしかじかな話を聞きましたら同情といいますか怖い幽霊さんではなさそうなので、つい」
 ……大分省略したものの、説明を終えた珠樹は「てへぺろ☆」と舌を出し、こつんと頭を叩いて見せた。
 そんな彼に、千亞は「……はぁ~……」と深いため息をつく。
「いや、確かに怖くはなさそうだけど……」
 でもなぁ、幽霊か……。
 来た時の可愛らしい笑顔はすっかり引っ込み、代わりに眉を寄せ、不安そうな顔をする千亞。そんな表情も魅力的に思わないでもなかったが、やはり彼には笑っていてほしい。
 ――そのための準備は抜かりありませんよ!
 珠樹は室内に設置されている電話でフロントに連絡を入れると、「例のものを持っていただけますか?」と意味深に告げる。千亞はこれ以上変なものが出てくるんじゃないかと警戒したが、珠樹はにこにこと笑うだけだ。
 それから間もなく、スタッフが『例のもの』を持ってきた。品のある小さな箱だ。珠樹はそっと受け取ると、千亞を促し窓際に設置された席に着く。
「ちゃんと、千亞さんにご褒美もあります!」
 そんな言葉とともに箱を開けると、チョコレートケーキが姿を現した。美味しそうだ、美味しそうなのだが、『願! 千亞さん幽霊苦手克服』と書かれたプレートに千亞はなんともいえない気持ちになる。
「あぁ、はいはい、わかったよ……」
 千亞はがくりとうなだれながらも覚悟を決めた。ここまで来た時点で、逃げ場などないのだ。
(怖くない怖くない、幽霊は覗いてるかもしれないだけ……)
 そこまで考えて、「それはそれでかなり怖いのでは?」と思い至ってしまい、慌てて頭を振る。
 恐怖から逃げるようにケーキを食べると、
「……美味しいっ!」
 千亞はぱぁっと、幸せそうな笑みを浮かべるのだった。
「安心してください、私がずぅっと傍におります、ふふ……!」
 ――それも、珠樹のどこか怪しさを感じる言葉を聞くまでという短い時間だったが。

 珠樹は浴室に置かれていた、薔薇風呂用の薔薇一式を湯船に浮かべ終えると、満足げに「ふう」と息をついた。
「さぁ千亞さん、薔薇風呂の用意ができましたよー、一緒に……!」
「入らん!」
 すぱんと切り捨てられ、珠樹は「残念です」と肩を落とした。千亞はそんな彼を気にせず、「先に入るぞ」と着替えを手に浴室へやって来る。蓄積された疲れを流そうと、千亞は手早く頭、そして体を洗うと、薔薇が浮かぶ湯船に浸かる。
(いい香り……)
 お湯の上でなお可憐に咲き誇る薔薇と、周りを漂う花弁たち。深い赤に、ピンク。白にオレンジ。色とりどりのそれらは、香りと相まって千亞を優しく癒していく。
 だが、見ているかもしれないという「あの」存在が気にならないわけはなく。
「珠樹、そこにいるか?」
『ええ。なんなら、今からでも一緒に入れますよ』
「そこまでは言ってない」
 なんだかんだ気にしてくれている珠樹の声にほっと安堵の息をつきながら、千亞は贅沢な空間を満喫するのだった。

 ――二人ともお風呂から上がり、きらきらと輝く夜景を見ていたら、時間を忘れていたらしい。
 そろそろ寝ないと、という段階になり、お互い柔らかなベッドに身を沈めたのだが。
「……やっぱり怖い……」
 暗がりの中、千亞はぱちりと目を開けた。暗く、すっかり静かになった室内は、千亞のなくなりかけた恐怖心をあおってしまったらしい。
「珠樹、寝てる?」
 そろりと、隣のベッドで横になる珠樹に声をかける。返事はない。寝ているようだ。
「……」
 千亞はそっと、音を立てないよう気を付けながら、ベッドを抜け出した。向かうは隣――珠樹が寝ているベッドである。
 こっそり潜り込むと、じんわりと優しい温もりが伝わってきて、千亞は無意識のうちに体から力を抜いていた。
(……落ち着く)
 そう思ったら、急に眠気が襲ってきた。ぼんやりとした意識の中で、千亞は「朝になったら出て行くから」と告げる。と、珠樹に優しく抱きしめられた気がしたが――それが夢なのか現実なのか、千亞にはわからなかった。

 そして、深夜。
「う~……ん……」
「ぐっ!?」
 どたん。と、鈍い音が室内に響いた。珠樹が目を開けると、ベッドで気持ちよさそうに寝ている千亞が目に入る。どうやら、落とされてしまったようだ。
「千亞さん寝相悪いの忘れてました、しかしご褒美です」
 そう言って、珠樹はそっとベッドに腰かけると、眠る千亞の顔をじっと見つめた。普段は凛々しく見える彼だが、寝ていると少し幼く見える。
 そんな彼に、珠樹は自然に顔を近づけていた。暗がりのせいでよく見えないのだ、と。そんな言い訳をして。
 密やかなその時間を見守るように、空では月が淡く輝いていた。

●ふたり、きり
 ウィンクルムとしての仕事を終えた頃には、すっかり夜になっていた。
 ホテル・サクラハナ。ビュッフェで食事を済ませ、宿泊する部屋の前にやって来た『ラセルタ=ブラドッツ』は、隣に立つ『羽瀬川 千代』の表情を窺った。
「後は俺様に任せておけば良い」
 怪談の類が苦手な千代を安心させるようにラセルタはそう言って、扉に手をかけた。と、そんなラセルタを安心させるように、千代は「怖くないよ」と笑ってみせる。
「見るだけなら悪い幽霊さんじゃないと思うから」
 力になれればいいけど、と続ける千代に、ラセルタは柔らかな笑みを浮かべた。幽霊とはいえ放っておけない神人に「千代らしい」と思いながら、扉を開ける。
「ほう」
「広いね。二人で泊まれるなんて、すごい贅沢」
 堂々と入室するラセルタに続き、千代も室内へと足を踏み入れた。
 一目見ただけで一級品しか置かれていないとわかる空間に、千代は緊張をにじませる。まずとびこんでくるのは大きな窓。そして、窓の近くには夜景を見下ろせるようにという配慮からか、テーブルと椅子が配置されている。どちらもシンプルだが高級感があり、使うのをためらってしまいそうだ。そして、部屋に彩りを添える季節の花――。
 想像以上だったのか、ラセルタは満足そうに部屋を見回している。
 ラセルタ、千代の順でお風呂で一日の汚れを洗い流し――二人で入る勇気はまだなかった――部屋に戻る。と、キングサイズのベッドが目に入り、千代はびしりと動きを止めた。
(こ、今夜、同じベッドで寝るんだよね……)
 どくりと跳ねた心臓を落ち着けようと、千代は一度、大きく深呼吸をした。そして、テーブルの片隅に用意されていたポットやカップに目をとめ、お茶でも飲もうと思いつく。温かいお茶は、心を落ち着けてくれるものだ。
 慣れた手つきで準備を済ませ、千代はラセルタを振り返った。
「ラセルタさん、お茶が入ったよ」
「ふむ、もらおう」
 窓辺に設置された椅子に腰かけるラセルタは、周りの景色と一枚の絵のようだ。見慣れた顔なのに……と思うものの、心臓はとくとくと早いペースを保ったまま。
「っ」
 お茶のカップを渡す際、ラセルタの手に触れ思わず動揺してしまう。
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
 いつもなら、これほど驚いたりはしないだろう。けれど、二人きりというこの空間は「いつも」じゃない。どうしても意識してしまうのだ。恥ずかしくて、受け答えもぎこちないものになる。
 固い笑みを浮かべる千代に、ラセルタは首を傾げた。
「この空間が慣れないか?」
 慣れない。たしかにその通りかもしれない。千代は「そうかも」と曖昧な笑みを返した。「こんなに綺麗で高価な場所、馴染みがないから」
 そう言いながら、窓辺に移動する。夜景を見て、緊張を和らげようと思ったからだ。
 その背を見て、悪い笑みを浮かべるラセルタには気づかずに。
「わぁ……」
 眼下に広がるロマンチックな夜景に、千代は小さく歓声をあげた。
「ラセルタさん、すごいよ。一緒に」
 見よう。そう続けようとしたが、突然消えた灯りに硬直する。
 話にあった、幽霊の仕業だろうか。
「ラセルタさん?」
 慌てたように名を呼ぶ千代に、ラセルタはそっと近づいた。そして、窓に触れる手に、己の手を重ね――指先を絡めて握る。
「大丈夫か? 幽霊の悪戯だろうか」
 素知らぬフリをするラセルタ自身が犯人なのだが、彼の声音からそれを察することは難しかった。事実、千代は「かもしれないね」と苦笑いを浮かべている。ラセルタは騙す、誤魔化すといったことは得意なのだ。
 内心笑みを浮かべながら、ラセルタは絡めた手に力をこめた。
 ――ラセルタの熱を間近に感じ、千代はほ、と体から力を抜いた。重なった温もりに安心する。
 意識はもちろんしているが、それ以上に、二人きりであることが嬉しく思えた。先ほどまでの緊張は和らぎ、ラセルタにとん、と体を預ける。かすかに響く心音が心地よい。
「美しい夜景だ。堪能せねば損だな」
 ラセルタの言葉に、千代は頷いた。暗くなって、街の灯りがさらに眩しく映る。
 そして、見える彼の横顔も。
 ラセルタがふと視線をやれば、まじまじと見つめてくる千代と目が合った。その瞳は潤んで蕩けていて……。
(ッこの俺様が見惚れてしまうとは)
 内心の焦りを顔に出さず、ラセルタは「どうした、見惚れているのか?」と尋ねてみせた。
「うん」
 だが、続いた言葉にたまらず目を丸くする。
「……綺麗だなと、思って見てた」
 千代の手が、ゆっくりとラセルタの頬に伸びる。
「想いに気付いた時から、ずっと貴方は輝いて見えるよ」
「……お前は……っ」
 衝動のまま、ラセルタは千代を抱き上げた。いわゆる姫抱きにされた千代は、「わっ」と驚きの声をあげた。落ちないよう、慌ててラセルタの首に手を回す。それにまたラセルタは息を詰まらせたのだが、千代は気付かない。
 ぽすりと下ろされた先はベッドだった。
「普段は子供達と共に眠る時間だろう?」
 ラセルタの瞳には、相手を求める確かな熱がゆらゆらと浮かんでいた。だが、寝ぼけた相手に手を出すほど落ちぶれてはいない。
 ラセルタの葛藤に気付いていないのか、千代はぎゅ、と腕に力を込め彼を抱きしめる。
「ふふ、大丈夫だよ? ……まだ寝たくないな」
「……千代」
「もう少しだけ、このままで居て」
 ラセルタは「はあ」とため息をついた。
 眠気交じりの声に「もう少しだけだ」と返し、優しく抱き締め返す。
 ――幾ら依頼とはいえ、これ以上他人に見せるのは惜しい。ここから先は、俺様だけが知っていれば良い事だ。
 確かな独占欲を胸に、ラセルタは千代と二人、柔らかなベッドに身を沈めるのだった。

●想いに気付く、その夜
「風呂は覗くなよ」
『カイン・モーントズィッヒェル』がサクラハナの部屋に到着して、真っ先にしたのはそう忠告することだった。今この場に幽霊がいるか、確証はなかった。だが、灯りが不自然にチカチカと点滅したので、きっと聞いていたのだろう。了承したのか抗議したのか定かではないが、まあいいだろう。
(イェルはガチガチだな)
 本人は隠しているのだろうが、『イェルク・グリューン』は緊張から体を強張らせていた。
 イェルクは意識しすぎないように思っているのだが……家と違い、一緒の部屋で寝るのだ。なかなか体から力は抜けない。
「食事前に風呂、済ませるか」
 カインのその言葉に、イェルクはそういえばと口を開いた。
「薔薇風呂は良かったんです?」
 そう言ってから、(違和感凄いからいいけど)と心の中で続ける。
「薔薇風呂? 違和感すげぇってツラしなけりゃ話の種に入っても面白ぇけどな」
 自分の考えがばれていたと知り、イェルクはわずかに視線をそらした。カインはふ、と小さく笑うと、食事の前に風呂に入るかと告げる。
 たしかに、もう夜だしお互いさっぱりした方がいいだろう。イェルクは「そうですね」と頷いた。
「広い風呂だな」
 浴室を見たカインが、感心したように呟く。
「一緒に入るか?」
「一緒!? いきなり何を!?」
「って過剰反応だなオイ。スパだって皆一緒だろ」
「それは、そうかもしれませんが……」
 イェルクは眉を寄せた。家では一人ずつ入る上に、お互い半裸で歩き回ることもしない。なのに、いきなり一緒にお風呂に入るのはいかがなものか。
 ――なんて考えていたのだが。
 結局強く断る理由はなく、数分後、二人は一緒に湯船につかっていた。
 二人で入っても余裕がある大きな浴槽で体を温めながら、カインは隅で縮まるイェルクを見た。
「隅にいなくても良くね?」
「隅が落ち着きますので」
 そう言う彼と視線は合わない。顔はお湯の温かさからか、それとも別の理由からか、わずかに赤く染まっている。
(分かり易い奴だ)
 カインがそんなことを考えながら、一足先に部屋へ戻った。夕食を届けてくれるよう頼む必要があったからである。夕食の後――チェックインの際に預けたあるモノについても確認をして、イェルクと夕食を待つ。
「……お待たせしました。すみません、いろいろと」
「これくらいどうってことねぇ、気にするな」
 イェルクが部屋に戻るとほぼ同時に、夕食が運ばれてきた。バランスよく、かつ華やかな見た目の食事に舌鼓をうつ。
 と、カインはデザートを持ってくるようフロントに連絡を入れた。ほどなくして、スタッフが部屋を訪れる。
 デザートに運ばれてきたのはこじんまりとした、けれど美しいショートケーキだった。クリームの白と、苺の艶やかな赤が食欲をそそる。だが他に、小さな箱が置いていかれる。 戸惑うイェルクと違い、礼を言うカインは落ち着いたものだ。
「カインさん、これは」
「お前に、と思ってな」
 目を丸くするイェルクに、カインはそっと箱を差し出した。促されるまま、イェルクが箱を開けると、モノクルケースが姿を現す。
「宝物なんだろ?」
 カインが言う宝物。それは、イェルクが亡き恋人から贈られたプレゼント――モノクルだ。伊達だが、イェルクはいつも身に着けている。
「ありがとうございます」
 お礼を言いながらも、イェルクは(こんなの用意してたなんて……)と呆然としていた。カインはイェルクの反応を見て、どこか満足したような顔をしている。
 それからは、無難なテレビを見たり、雑談をしたりと穏やかな時間を過ごしていた。
『――今日の特集は、世界で活躍する仕事人で……――』
 紅茶を淹れていたイェルクは、テレビから聞こえてきた声に顔をあげた。
「そういえば、カインさんはどんな仕事をしていらっしゃるんですか?」
 突然の問いに、カインは数秒閉口した後、ゆっくりと口を開いた。
「アクセサリー職人だ。オーダーメイド専門の」
「最高に似合わないですね」
「……だからあんま言いたくねぇんだよ」
 口も柄も悪い。顔つきも穏やかとは言えない。なのに甘いものに抵抗がないとか、猫が好きとか、はてはアクセサリー職人であるとか……本当に意外なことだらけだ。
 ――その「意外」を一つ知るたびに、なんとも言えない気持ちがイェルクの胸を締めるのだけど。
 他愛のない話をしているうちに、夜はすっかり深まった。
 寝る準備をしてイェルクは、同じように準備をするカインに話しかけた。
「ケース、ありがとうございました」
 その、何気ない感謝の言葉は、カインにあの日を……イェルクが死ぬ夢を思い出させた。
 オーガの毒に侵されたイェルクは睡眠薬を飲んで。『ありがとうございます』と、満足そうにそう言って。
 ゆっくり、瞼を閉じ、永遠の眠りに――。
 あの時を思い出しかけたカインだが、続いたイェルクの問いをきっかけに気持ちを切り替える。
「もしかして、あの夢の中で泣いてくださいましたか?」
「それがどうかしたか?」
「いえ、気になったもので」
 イェルクは「おやすみなさい」と言ってベッドに潜り、強引に話を切り上げた。これ以上、冷静に話していられる自信がなかったのだ。
(ああ、私はカインさんが)
 好きなのだ。
 彼を知りたいと思ったのも、彼の意識が自分じゃない人に向かっていると苛立ちを覚えたのも、頭を撫でられる動物に「羨ましい」と思ったのも。すべて、カインという男に惹かれていたからだったのだ。
(メグ、ごめんなさい)
 恋人に謝罪し、イェルクは瞼を下ろした。
 灯りが落ち、室内に沈黙が落ちる。……けれど、イェルクは寝られなかった。
 カインはそっと、イェルクのベッドに腰かけた。そして、寝てるフリをしているイェルクの頭を優しく撫でる。
(……可愛い奴)
 色々バレバレだ。
 寝てるフリをしているのも、お前自身の想いも。
 撫でられているうちに本当に寝たらしいイェルクの横顔を、カインは暖かな――慈愛に満ちた目で見つめていた。
 明日から楽しみだな、なんて思いながら。

●俺だけの君
 A.R.O.A.の片隅に貼られたポスター。それを見て『フィン・ブラーシュ』が真っ先に考えたことは、「こんなに美味しい機会は見逃せない!」である。
(それに何時までも幽霊として一人残るって、寂しい事だよ……何とかしてあげたいよね)
 相棒であり、恋人である神人――『蒼崎 海十』と波乱に満ちた、けれど温かな日常を過ごしている彼は、そう思う。
 フィンは早速、海十に誘いをかけた。
「高級ホテルにこんな格安で泊まれる機会なんて早々ないし……幽霊も一人でずっとこのままは寂しいよな」
 海十が同じことを考えていたとわかり、フィンは密かに嬉しくなった。続いて、断られなかったことにほっと安堵の息をつく。
 ポスターに紹介されていた部屋は二種類。「恋人未満の二人におすすめ」か「恋人同士の二人におすすめ」だ。二人は迷わず後者を選び、さてオプションはどうしようという話になると、海十がハッとしたように顔をあげた。
 そんな彼の様子に気付き、フィンは「ん?」と首を傾げる。
(何か海十の様子が……?)

 海十はフィンに見られているのも気にせず、頭の中を整理していた。
 サクラハナに住み着いた幽霊は、害為すことはしないという話だが。
(けど、冷静に考えてみると、常に幽霊に見られてる?)
 俺は兎も角、フィンが見られるのはダメだ!
 むくむくと膨らむ独占欲は、そのまま肥大し続ける。スイッチが入ったみたいだな、なんて自分でも思う。
「枕とサプライズが共通で、えーっと、俺達が選んだ部屋だと泡風呂とテレビの貸し出しができるみたいだね。海十は何かつけたいのある?」
「泡風呂」
「え? 泡風呂でいいの?」
 心底嬉しそうに笑うフィンとは真逆で、海十は至極真剣だ。泡風呂を選んだのも、(これなら泡で隠せる)という想いからである。
「じゃあ、早めに予約入れとこうか」
 そう言って立ち上がったフィンの後を、海十はある決意を胸に追いかける。
 ――フィンは俺が守ってみせる!


「おいしかったね」
「さすが高級ホテルだな」
 海十とフィンは夕食にと用意されたビュッフェを満喫し終え、部屋へと戻るところだった。
 到着したばかりの数時間前は、煌びやかな内装に気圧されかけたが……人が少ないこともあり、今ではすっかりリラックスできていた。経営側からすれば辛いことなのだろうけれど、少し助かったと思ってしまう。
(喜んでばかりもいられないけど)
 鍵を開け、がちゃりと音を立てる扉の中に入ると、真っ先に大きな窓が飛び込んでくる。夜が近づき、街にぽつぽつと光が灯り始めたのを見て、フィンは「もう少し時間が経ったら、すごく綺麗だろうね」と笑った。海十も頷いたが、そわそわと落ち着きがない。
 というのも、この後フィンはお風呂に入ろうと話していたからだ。
「じゃ、俺先にお風呂入っていいかな」
「フィン、待った」
「ん?」
 着替えの準備を始めたフィンが動きを止める。海十が「一緒に入ろう」と提案すると、フィンは驚いたように目を丸くした。「わかった」と頷くことだけは忘れなかったが。
(恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、非常事態だ)
 フィンを守るため。
 そんな、戦いの場に挑むような固い覚悟を胸に立つ海十を、フィンはまじまじと見つめてしまった。
(これは据え膳?)
 違います、とどこかから聞こえたが気にしない。
 フィンはうきうきとした足取りで、浴室へ向かう。浴槽を確認すると、もこもこと白い泡が入っていた。夕食に向かっている間に用意してくれるよう頼んだのだ。
 ぱぱっを服を脱ぎ、二人で温かな泡に体を沈める。もともと一人用として設計されたのか、二人で入ると少し狭い。
(その分、海十とくっつけるから嬉しいんだけどね)
 普通のお湯とは違う、泡の独特な感覚を楽しみながら、フィンはふうと体の力を抜いた。……が、落ち着きなく周囲を見回す海十に首を傾げる。
(幽霊、どっちの方向だ? 俺が壁になる……!)
「海十、どうしたの?」
 きょろきょろと、まるで何かを警戒するような彼の動きに、フィンは「もしかして」と一つの可能性にたどり着いた。
「海十、ゆう、れ……!?」
 尋ねようとした瞬間、フィンはぎょっとする。
 海十の顔が、真っ赤に染まっていたからだ。
 驚くフィンに海十は首を傾げたが、自分の異変に気付いたらしい。あ、と呟いた後、くたりとフィンに寄りかかることになったのだった。

 どうやら、逆上せてしまったようだ。気を張りすぎたのがまずかったのだろうか。
 介抱するフィンが、心配そうに名前を呼ぶ。
「海十」
「……ん、大丈夫だ」
 ごめん、と小さく謝ると、「謝らなくていいよ」と苦笑がかえってくる。
「……海十、もしかして泊まるの嫌だった?」
 声音から、フィンが悲しんでいるのが伝わってきて、海十は「そんなことない!」と即答していた。声を張り上げたせいで、くらりと頭の中が揺れる。フィンが慌てているのを見て申し訳ないと思ったけれど、主張しておかなくてはいけないと思ったのだ。
「幽霊にフィンが見られるのが嫌で……その……」
 つい。
 そう続けた海十に、フィンは頬に熱が集まってくるのを感じた。
(そんな風に思っててくれたのか)
 そして、先ほどの海十の行動にも納得する。彼なりに、自分を守ろうとしてくれていたのだろう。
「……海十、嬉しい。それは独占欲って言うんだよ」
「……」
 海十は何も答えない。
 フィンの言う通り、独占欲からの行動だと自覚していたからだ。
「俺はさ、どっちかと言うと……海十とラブラブなんだぞって自慢したい」
 語り始めたフィンに、海十はぱちりとまばたきをした。
「幽霊さんを成仏させてあげたい気持ちもあるけど、海十は俺のって、世界中に見せつけて独占したい」
 あまりにもまっすぐな言葉に、頬にじわじわと熱が集まる。海十は腕で顔を隠した。フィンはふ、と笑うと、照明を消した。
「幽霊さんには意味はないかもしれないけど……これなら見えない」
「……バカ」
「腕退けてくれないと、海十の顔が見えないよ」
 そう言うフィンの頬に、海十の手が伸びた。
「俺達も、暗くて顔が見えないじゃないか」
 そう言う海十と、フィンの影が重なる直前まで近づいたのを見て――ゆらりと。不思議な気配は部屋を後にするのだった。
 
●おまけの話
 ウィンクルムがそれぞれの一晩を過ごし、チェックアウトを済ませた後。
 オーナーは「これで平和が訪れるのか」とさわやかな笑みを浮かべたのだが、再び交渉を試みた住職の言葉にがくりと膝から崩れ落ちることになる。
「……『いいもの見れたわ。もうちょっと満喫したらちゃんと成仏しようと思う』、だそうで……」
「ぐっ、くっ……」
 ふざけるな! という悲痛な叫びをものともせず、ホテルの一角で、艶やかな黒髪が上機嫌にふわりと揺れるのだった。



依頼結果:成功
MVP
名前:蒼崎 海十
呼び名:海十
  名前:フィン・ブラーシュ
呼び名:フィン

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 白石えむ  )


( イラストレーター: 柏木古巣  )


エピソード情報

マスター 櫻 茅子
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月16日
出発日 08月23日 00:00
予定納品日 09月02日

参加者

会議室

  • [11]蒼崎 海十

    2015/08/22-23:53 

  • [10]蒼崎 海十

    2015/08/22-23:53 

    フィン:
    こちらもプラン提出済だよ。
    楽しい一時になりますように。
    あと、幽霊さんが満足して成仏できますように!

  • プランできたー。
    オレ達は部屋1で。
    薔薇風呂があるからさ。
    皆が(幽霊も含め)幸せな時間を過ごせる事を祈っているぜ!

  • [8]明智珠樹

    2015/08/22-12:52 

    ふ、ふふ、こんにちは。
    明智珠稀と可愛いウサギっ子、千亞さんです。
    何卒よろしくお願いいたします…!!

    千亞さんの激しい抵抗に合い、1番のツイン部屋になりました。
    しかしそれでもウキウキデートには変わりないので楽しみです、ふふ…!!

    どうか皆様も思い出に残る一夜になりますように…く、ふふ、ふふふふふふふふふうふふ…!!

  • [7]明智珠樹

    2015/08/22-12:50 

  • [6]蒼崎 海十

    2015/08/20-00:59 

    フィン:
    あらためまして、フィンです。
    パートナーは海十。
    皆さん、よろしくお願いするね!

    俺たちは、2の部屋にするよ。
    困ってるホテルの方々を助ける為には、仕方ないよね(チラッ)
    泡風呂、入ってみたいなぁ♪ 勿論、幽霊さんを成仏させる為に(チラッ)

    頑張ろうね!(良い笑顔)

  • (スタンプ華やかだなぁと思いつつ)
    カインだ。
    パートナーは、イェルク・グリューン。

    俺達は1の部屋かな。
    とりあえず、薔薇風呂は話の種に入るのも面白ぇかと思うが、隣のこいつ(イェル)が違和感が超過労働って顔してるんで、普通の風呂になりそうだわ。
    幽霊のお気に召すかどうかは分かんねぇけど。

    ま、よろしくな。

  • [4]明智珠樹

    2015/08/19-06:36 

  • [3]羽瀬川 千代

    2015/08/19-00:26 

  • [1]蒼崎 海十

    2015/08/19-00:18 


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