そこに幸せはある(真名木風由 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 『あなた』達は、祭りで賑わう町並みを歩いていた。
 ここは、パシオン・シーに程近い町。
 任務を終えた『あなた』達は、依頼主の厚意でこの町の宿で宿泊することになっている。

 この町では、今夜花火大会が開催される。
 時期的にそれ自体は珍しくないが、この町では海に向かって灯篭を乗せた小舟を流すらしく、他とは少し違うらしい。
 この幻想的な光景を見て欲しいというのが依頼主の言葉で、A.R.O.A本部からも許可が出た『あなた』達は素直にその厚意に甘えることにしたのだ。

 時は、夕暮れ。
 屋台も多く立ち並んでいることより、これらを楽しんでも悪くない。
 が、少々混雑しているから、パートナーとはぐれたりしないよう注意した方がいいだろう。
 浴衣と下駄という、普段とは違う装いであるのだから、パートナーの歩調に注意しないとはぐれるのはあっという間だ。
 馴染みがない町の花火大会での単独行動は、何となく寂しい。
 何より───『あなた』は、パートナーをちらりと見る。

 こんなに素敵なパートナーなら、異性が放って置く筈がない。
 そんな心配もある。
 パートナーの目にこの姿がどう映っているかは分からないけど。

 ふと、パートナーと目が合う。
 同じことを考えていたのだろうか。
 殊更確認することでもないけれど、そうだったら、結構嬉しい。
 笑い合う『あなた』達は、花火が打ち上げられる時間までどうしようかと相談する。
 色々ある屋台を見て回るのもいいだろう。
 けれど、海へ流す灯篭には絵やメッセージが描けるらしいから、そこにこっそり何か描いてもいいかもしれない。
 そうなると、灯篭流しの受付時間は気にしておかないといけないから───

 混雑の周囲が目に入る。
 手を繋げば、はぐれにくいだろうか。
 そんな考えが、ふと過ぎるが……さて、どうしようか。

解説

●出来ること(花火大会以外は任意)
・屋台を楽しむ

立ち並ぶ屋台を1軒ずつ見て回ります。
日本の祭りの屋台にあるものならあるとします。
ジャンル(ガッツリ系や甘いもの、遊戯系等)指定のみでお任せの場合、日本以外で少し珍しいものが入る場合もあります。

・灯篭流しに参加

1人1つずつの参加。
灯篭にはプレート1枚に任意で絵やメッセージ(50文字程度)も描けます。
(マジック・アクリル絵の具の貸し出しあり)

・花火大会

ウィンクルム達は、依頼主が確保してくれた良い場所で見ることになります。

※プランで重点的に書いてあるものに比重を置いて描写します。

●消費ジェール
・参加費用1組300ジェール
・灯篭費1人50ジェール

参加費用は宿泊料金です。
屋台は、依頼主から貰った無料券を持っていることより、5つまでは発生しません。
それ以上は、1軒につき50ジェールの追加料金が発生します。

●装い
・浴衣、下駄

デートコーディネートになくとも、依頼主の厚意で借りたとして浴衣姿となります。

●注意・補足事項
・多くの人が出ております。TPOにはご注意を。
・屋台で景品等を入手してもアイテムとしての配布はありません。
・花火大会では他のウィンクルムと同じ場所で見ることになりますが、絡みはOKがあるかたのみの対応となります。
(自分達だけ他の場所で見るということは出来ません)
・宿に帰る描写は基本行いません。

ゲームマスターより

こんにちは、真名木風由です。
初のEXは、男女両方からリリースさせていただきます。
EXである為、いつもよりアドリブが多くなるものと思います。
が、色々出来ることがあるので楽しんでいただければ幸いです。

それでは、お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)

  「屋台巡り・おまかせ」

去年も同じようなシチュエーションが日記に書いてありましたパシオン・シーではなく紅月ノ神社のお祭りで
…ディエゴさんとの心の距離も遠かったようで

妖怪討伐の依頼だったこともあって
腕組みした時はすごく事務的な対応をされたようですが…
今腕を組むように言ったらなんて返されるんでしょうか?
でも、それはそれでこちらが気恥ずかしいので袖を掴むくらいにしておきます。

「花火大会」絡みOK
皆と花火大会嬉しいです
オーガの依頼等でご一緒する機会はありますが
それ以外は中々無いですよね、またこんな機会があったらな…。

フェチ…ですか
考えたことなかったです
ディエゴさん、素直に何フェチか吐きなさい



桜倉 歌菜(月成 羽純)
  浴衣に合うように髪はアップにして
羽純くんの浴衣姿の破壊力!
逸れないよう手を繋ごうと言ってみる

屋台:ジャンル「甘いもの」
羽純くんの喜ぶ顔が見たいから
屋台の甘味制覇を目指します!
二人でシェアしながらいけば…!

灯篭流し:アクリル絵の具で絵とメッセージ
思い出のクチナシの花
「羽純くんに沢山の幸福が降り注ぎますように」
羽純くんが何を書いたのか気になる…
けど見せ合いっこになると恥ずかしいな

花火大会:
交流OK
皆さんの恋バナが聞きたいので、切欠として、何フェチか訊いてみます
私は…声フェチの指先フェチです
(羽純くんに最初に惹かれたのって声だったし、カクテルを作る時の指先とかも綺麗なんだよね)
顔が熱い
花火、綺麗だね



アンダンテ(サフィール)
  絡みOK

浴衣って初めて着たけれどなかなか着心地がいいわね
どう、惚れ直したかしら?
私サフィールさんのそういう所、結構好きよ
打ち込めるものがあるの、羨ましいわ

花火の時間まで屋台巡り
珍しいものを見かけたらすぐにふらふら
慣れない下駄のせいで転びかけ

手を繋ぐのは初めてではないけど
先を急いでいる時のごたごたって事が多かったのよね
なんだか、こういうのもいいものね

他のウィンクルムの方に会ったら挨拶
見知った人ばかりね、また会えて嬉しいわ
フェチ…(サフィール見つつ思案)あっ声だわ!

花火、素敵ね
また来年も来てみたいわ
勿論一緒によ

そして来年もまた一緒にこようねって約束するの
そうしたら、ずっと一緒よね


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  屋台は軽く見て回る。スイーツ系の珍しいメニューは試したい。「だって初めて見たから、つい」

灯篭流しは絶対参加です。
今までの依頼で知った犠牲者の御霊を慰めたいというか。済んだ事だと忘れてしまう事が出来ないのですね。気持ちの整理の助けになりますし。けじめにもなりますし。
この機に思い起こし、次への教訓にして行きたい。
花の絵を描いて流し、黙祷。
そして私達が無事にいまここに居る事にも感謝を。

花火は特等席が嬉しいです。綺麗。
皆さんに今までの任務で一緒になったときのお礼を言います。色々と助けていただいたので。
フェチ…ですか?(首かしげ。
男の人の制服姿って良いですよね。警察とか。軍服とか。超カッコイイですもの。




言堀 すずめ(大佛 駆)
  地元の村のお祭りも、こんな風に賑やかだったなぁ…
提灯で辺りがぼんやり照らされていて思わず顔がほころぶ。
こんな中で花火が上がるんだからとっても素敵なんだろうね
 それなら、わたあめが良いな(それ以外お任せ)
私の好きな物、覚えててくれてたんだ…さすがおかあさ、ううん、駆くん

灯篭流し
ピンクのペンで『今より仲良くなれると良いな。』簡単な花火の絵を添えて
…さて、駆くんは何を書いたのかな?
ふふっ、冗談だよ

花火大会 絡みはNG

花火、すごく綺麗…!
小さい頃は花火の音ってどこか苦手だったんだよね…
でも今は全然気にならなくなった
久しぶりに駆くんとお祭り来れたもの、楽しくなかったわけないでしょう?


●新鮮が嬉しくて
 瀬谷 瑞希は、黒の浴衣姿のフェルン・ミュラーと共に灯篭の受付が開始されるまで屋台を見て回ることにした。
「軽く見て回りましょうか」
「そうだね。まずは───はい、クレープ」
 クレープを買っていたフェルンが、クレープは欠かせないと瑞希へクレープを差し出す。
 実は甘いものが好きな瑞希がお礼を言って食べると、何種類かのフルーツの瑞々しい味わいとそれを邪魔しないクリームが口の中に広がった。
「美味しいですね」
「うん、良かった」
 嬉しそうに食べる瑞希を可愛らしく思うフェルンの手にも同じクレープがあり、瑞希と味の感想を共有したいことが伺える。
「見たことがないものも結構ありますね」
「パシオン・シー周辺の飲食店が出張に来てるみたいだよ」
「なるほど」
 瑞希は、そうしたこともあるかと納得した。
 ふと、目に付いたのは、見慣れない氷菓子。
「初めて見るね」
「食べてみませんか?」
 フェルンも瑞希の視線に気づくと、瑞希は折角だしとフェルンを誘う。
 そうして買ってみたのは、タッチェー。
 柔らかく蒸された緑豆やココナッツ、果実が入った冷たい善哉の上にかき氷が乗せられている。
「こういうものもあるんですね」
「かき氷も種類あるよね。シロップで味が変わるからかな」
「機会があったら、他にも食べてみたいです。その時は、ご一緒してくださいね」
 瑞希がそう言えば、フェルンは勿論と笑った。
 食べ終わり、雑踏を歩いていくと、今度は見慣れないフロートを口にしている人を見る。
 ファールーダと呼ばれる飲み物らしく、屋台で買ってみた。
「この赤いのは、バラのシロップみたいですね」
「コンデンスミルクだからかな、結構甘い」
「タピオカ以外にもパスタみたいなものも入ってて、不思議な感じです」
 それ以外にも何か入っているがちょっと分からない。
 と、灯篭受付開始時間のアナウンスが流れてきた。
「そろそろ───ミュラーさん?」
 瑞希は、フェルンが近くの屋台で何か買っていることに気づいた。
「無料の券を貰ったんだし、すぐに食べなくていいものを買っておこうと思ってね」
 フェルンが、にっこり笑う。
 バナナとシナモンが入ったパステウという揚げたスナックとシロップに漬け込み、仕上げにココナッツの粉をまぶしたコークシスターは瑞希には馴染みがないもの。
 珍しいものを食べてみたい自分を察してくれていると分かり、瑞希はちょっと恥ずかしい。
 そうして照れる姿が、フェルンの見たい姿なんだけど。

●事故防止の照れくささ
「浴衣って初めて着たけれど、中々着心地がいいわね。どう、惚れ直したかしら?」
 アンダンテが改めて、藤色の浴衣をサフィールへ見せた。
 毛先と根元で濃淡の違う髪と同じ色の浴衣だが、あまりそれを感じさせないのは華やかな蝶が布に舞っているからだろうか。
「別に惚れ直してはいないですが、似合ってますよ」
 今は両親の店を手伝うサフィールは、仕立て屋である。
 その為か、着ているアンダンテではなく、浴衣を見て、そう返していた。
 が、アンダンテはそんなサフィールに気を悪くした様子はない。
「私、サフィールさんのそういう所、結構好きよ。打ち込めるものがあるの、羨ましいわ」
 アンダンテは、軽く見えて実はそうではない。かなり重い考えの持ち主だ。
 任務で彼女の大切な団長の亡霊を目にしたこともある等事情はある程度知っており、サフィールは明るさの中にも彼女を示すものを感じる。
 が、今ははしゃいでいると思う。
 前にも……去年のクリスマス、アンダンテと契約して日が浅い頃にもあったとサフィールは裁ちばさみと水晶の磨き布を贈り合ったあの日に想いを馳せた。
「あ、見て、サフィールさん。パエリア売ってるわよ。屋台なのに珍しい」
 思考を遮るようにアンダンテがそちらを指し示す。
 見ると、安全を確保した路上で火を焚き、パエリアを作って売っている屋台がある。
 近くで見ましょ、と走ろうとした時、慣れない下駄だったからか、アンダンテがバランスを崩した。
 サフィールが慌てて腕を伸ばして支えると、アンダンテはサフィールの藍色の浴衣にしがみつくような形になる。
「気をつけてください」
「ありがとう。危なかったわ……」
 支えられた気恥ずかしさから、アンダンテはサフィールから僅かに身を離す。
 すると、サフィールがアンダンテへ手を差し出した。
 僅か数秒の思案だったが、色々な事故防止の為には手を繋いだ方が安全だという結論に至ったのだ。
「何だか……こういうのもいいものね」
「……そうですね」
 手を繋ぐのは初めてではない。
 先を急いでいる時やサフィールがある種の実力行使といった時が多かった。
 そう話すアンダンテが嬉しそうだったので、サフィールはいつも通りを心掛けて答える。
『俺も、嫌な訳ではないですが……』
 ふと、口にした言葉が蘇る。
 それだけではない、濃淡が異なる藤色へ変化した白の花もぎこちなく腕を回した時に感じた温もりも緑のリボンで纏めた時に見えたうなじも。
「サフィールさん?」
「いえ、何でもありません」
 アンダンテに問われ、サフィールは首を振る。
 あの時、他の精霊と違い、彼女とはそんな甘い間柄ではないと思っていたのに、今、彼は照れくさいものを感じ、少し動揺していた。

●去年との違い
 ハロルドは、隣を歩くディエゴ・ルナ・クィンテロの横顔を見た。
(去年、任務中だけあり、すごく事務的な対応だったみたいですが)
 日記に記されていた紅月ノ神社の夏祭りの記述が頭に蘇る。
 仲を占って欲しいと言ったら、任務中なので手短に頼むと隣で言われた、と。
 そこに記されていた3枚のカードの柄に思いを馳せている内、任務の為に着崩した服装のディエゴが恋人らしさ演出の為に腰に手を回した記述まで思い出した。
 耳元で囁かれた距離も連想して、思わず耳を押さえる。
「? どうかしたか」
「いいえ、何も」
 ディエゴの問いに、ハロルドは何もないと返す。
(今、腕を組むように言ったら、何て返されるんでしょう?)
 去年は、『保護者』。
 そう言ってナンパを追い払ったのは、結構きつかったとあった。
 近くて、けれど、どうしようもない距離を感じて、サンダーソニアが描かれた提灯百合を見上げた、とも。
 その日付から、1年。
 在る筈の記憶は、行ったり来たり。
 全て白紙なのか、断片的なそれに自分が気づかないだけなのか───
 鮮烈に浮かび上がるような、けれどもすぐに消えてしまうような不確かさ。
 確かなのは、隣にディエゴがいてくれるということ。
 『保護者』だったディエゴは、今は───
 ハロルドは、ディエゴの髪によく似た、褐返の浴衣の袖に手を伸ばす。
 かすれ縞の模様を掴むような仕草に、ディエゴが足を止めた。
 驚いたような表情をしているから、予想外だったのだろうと思う。
「いつもは強引にでも手を掴んでくるのに……どうかしたのか?」
「そういう時もありますよ」
 聞いてみるのもそれはそれで恥ずかしくて、ディエゴは引っ叩いた位しないとダメとアドバイスを貰った手を叩くのではなく伸ばした為、ハロルドは明確に言えない。
「まあいい、手を繋いだ方が安全だぞ」
 ディエゴがごく自然にハロルドへ手を差し出す。
 すると、ハロルドが袖からディエゴの手へ手を移動させる。
 少しゆっくりめの動きにディエゴは、しおらしいと思った。
(浴衣ががエクレールをしおらしくさせているんだろうか?)
 ハロルドの浴衣は、蜂蜜を思わせる黄色のもの。
 軽やかに見えるのは、トンボの柄のせいだろうか
「行きましょう、ディエゴさん」
「そうだな」
 促され、ディエゴはハロルドと再び歩き始める。
 暫くして、ハロルドがふと、射的の屋台に足を止めた。
(憶えているのか?)
 ディエゴは、去年を思い出す。
 弾数5発サービスのおまけチケットを考案していた時のことを思い出す。
 憶えているのかいないのか───それよりも。
「取るか?」
 ハロルドが見ていたのは、馬のぬいぐるみ。
 ディエゴがそう問うと、「お願いします」とハロルドが手をぎゅっと掴んできた。

●甘くて甘い時間
「逸れないよう手を繋いでいい?」
「あ、ああ」
 桜倉 歌菜が見上げると、月成 羽純は頷いた。
(目のやり場に困る)
 涼しい湖畔のデザインがされた浴衣「しぼり花」姿の歌菜は、浴衣に合わせるよう髪を上げており、見えるうなじが新鮮だ。
 いつもより大人っぽい装いは、微かに鼻腔を擽る香水「月夜ノ雫」の仄かに甘い香りより意識するものがある。
 パシオン・シーの夕暮れで見せたあの横顔を思い出すからだろうか。
(歌菜が何処かに行ってしまわないように)
 そう願って手に取ると、歌菜は嬉しそうに笑う。
 いつもの女の子は、自分のやや深い青の浴衣の着こなしに目を輝かせているようだが。
「羽純くん、甘いもの食べまくろう! 自腹しても制覇する勢いで!」
「結構出てるからな、混雑もあるし、灯篭もやるから全部は無理かもしれないが……やるか」
 甘党の羽純へ歌菜が喜ぶようにと提案すれば、付き合って食べ過ぎないようにと注意しながらも羽純が乗る。
 シェアも提案されるだろうと思いながら、歌菜に手を引かれるまま、羽純は歩いていく。

「アイスって揚げられるんだね」
「アイスは天ぷらもあるから、屋台でもありだろう」
 最初に立ち寄ったのは揚げアイスの屋台。
 バニラアイスの歌菜に対し、羽純はチョコアイスと違うフレーバーをシェアしながら(羽純の予想通り)、変わった味を楽しむ。
 定番だからとチョコバナナを食べた後は、羽純が飲み物を飲む提案をし、ラッシーを飲むことにした。
「結構あるね。どうしようかな」
「俺はマンゴーにする」
「え、羽純くんマンゴーなの? 私何にしよう。マンゴー以外にしないと」
 ラッシーもシェアするつもりらしい。
(……俺は構わないが)
 間接キスだと騒ぎそうな気が。
 結局、パパイヤのラッシーに決めた歌菜は予想通りの反応をし、一息つかせる為に輪投げで対決。
 引き分けで気を取り直した歌菜は、目敏くストラックアウトの屋台も見つけてもう1回勝負。
 今度は、羽純が球技では歌菜よりも優れることもあり、勝った。
「身体動かしたら、ちょっと暑くなったかな?」
「なら、あれ食べるか?」
 羽純が指差す先は、氷菓子の屋台。
 ブリオッシュを浸して食べている人もおり、新鮮だ。
 グラニータというらしい。
「わ、美味しい!」
「氷にシロップではなく、シロップを氷にして砕いてるんだな」
 倣って、ブラッドオレンジのグラニータをブリオッシュにつけて食べる歌菜の横では、レモンのグラニータを羽純が食べる。
 シロップに使われた素材の純粋な味だけだが、それが逆にさっぱりとした清涼感を感じさせる。
(感想を言い合いながら、食べるのは楽しい)
 ブラッドオレンジも分けて貰いながら、羽純は笑みを零す。
 歌菜も同じだったら、いい。

 グラニータを食べ終わり、次はどうしようかと相談していると、イチゴの甘い香りが風に乗ってきた。
 視線を巡らせると、スイートポップコーンの屋台が見える。
「羽純くん、次はあれにしよう!」
「言うと思った」
 少し落ち着けと笑いながらも、羽純は歌菜と共にスイートポップコーンの屋台へ。
 種類は色々あったが、初志貫徹とのことで、イチゴのフレーバーを選択した。
「結構量があるから、後で皆に配ってもいいかもな」
「合流するしね。すぐに食べなくても大丈夫だし、皆喜ぶかな」
 羽純が提案すると、歌菜はいいこと言うと笑う。
「折角だし、皆に聞いてみたいこととかあるし、そうなるとやっぱり甘いものは大事だよね」
 何がやっぱりなのかよく分からないが、歌菜の論理ではそういうことらしい。
 羽純は、購入したばかりのブリワットという聞き慣れない揚げたスナックを食べつつ思う。
(歌菜らしいが)
 蜂蜜の風味漂うブリワットと歌菜、どっちが甘いだろう?

●あの日々を思い出して
「地元の村のお祭りも、こんな風に賑やかだったなぁ……。提灯があったら、もっと近かったかな」
 言堀 すずめは、懐かしそうに呟く。
 桜が彩る青の浴衣を身に纏うすずめは、故郷の祭りへ思いを馳せる。
 提灯はないが、海へ灯篭が流されるから、海にぼんやりと浮かび上がる光の上を花火が彩るなら、幻想的で綺麗だろうなと思う。
「学生の頃……毎年友人に誘われて行っていたけど……。祭りに来る人の雰囲気は結構同じだけど、屋台は色々違うね」
 思わず顔を綻ばせるすずめの隣では、大佛 駆が周囲を見回している。
 普段大仏と己の姓を称し、周囲にもその認識を勧めているらしい彼は、すずめの幼馴染であったが、契約する最近までは知り合い以下に疎遠だったそうだ。
 が、面倒見の良さと世話好きな面は変わらず、『お母さん』認識されているようだ。
 祭りは大体どこも同じだと思っていたが、屋台の種類が豊富だからか、人々の雰囲気は同じでも、結構違う印象を受ける。
「何か欲しいのない?」
「それなら、綿飴が良いな」
「そういえば、綿飴も好きって言ってたっけ……。それにしよっか」
 すずめの言葉に駆が昔を思い出して触れると、見つけた綿飴の屋台へと向かう。
 混雑している為、空いているスペースで待っていると、暫くして駆が戻ってきた。
 見ると、綿飴以外にも透明な袋を手にしていて、その中には色彩豊かな金平糖が入っている。
「私の好きな物、覚えててくれてたんだ……さすがおかあさ、ううん、駆くん」
「今お母さんって言いそうになったね?」
 駆が苦笑を浮かべると、すずめは「だって」と言いながら、綿飴と金平糖を受け取る。
 こんな風にしてくれるから、だもの。
「金平糖に綿飴。すずめ、好きだったし」
 懐かしい日、毎日のように一緒にいたあの日。
 あれから随分経って、契約を機に共にある駆は、今。
 深い蒼の浴衣姿の男の人で、やっぱり『お母さん』に振舞っていて。
 同じなのに違っていて、それが新鮮。

 甘いものが好きで辛いもの苦いものが苦手のすずめに配慮する形で、屋台へ足を運ぶ。
 かつてを思い起こす為なのか、焼きそばもたこ焼きも村の祭りの屋台にあったものだ。
「お腹一杯……」
「あと1枚だし、何か甘いもの食べて終わりにしようか」
 すずめがそう言うと、駆が微笑んだ。
 それなら何にしようと周囲を見回すと、果物やアイスなど、色々乗っているかき氷が目に入った。
「初めて見る……」
「食べてみようか」
 珍しそうにすずめが言うと、駆が提案し、屋台で注文した。
 ハロハロというらしいそのかき氷には、ミルク、果物やアイス以外にも甘く煮た豆にナタデココ、ココナッツと色々な材料が用いられている。
「意外にボリュームあるね」
 すずめは一生懸命食べ、ようやく食べ終わった時には灯篭の受付が始まっており、2人は受付へ急いだ。

●過去と未来に想いを馳せて
 灯篭流しには絶対参加したいと言った瑞希は、灯篭のプレートに絵を描いている。
 この花火大会における灯篭は、想いを海へ託すものらしい。
 場所によっては、慰霊の為だったり、感謝と謝罪の意を示すものだったり、果ては若いカップルが愛を確かめ合うものだったりと意味合いも様々だ。
(犠牲者の方へ届けたくて)
 瑞希は、心の中で呟く。
 他の人は他の人で意味合いを持っているだろうから、それを否定したり、その気持ちに水を差す言葉を言うつもりはない。 
 自分は今までの任務を通じて知った犠牲者への慰霊に対する意味合いとしたいけれど。
(終わってしまったことと忘れたくないから)
 仕方のない犠牲など、ありはしない。
 『皆』は、『皆』───仕方のない犠牲の人は『皆』の中にいる資格がなかったのだとは思わないし、『皆』を保つ為に切り捨てたと思いたくない。
 けれど、前に進まねばならない。
 話を聞いた瑞希は、自分なりに気持ちの整理やけじめになればと思い、想いを海へ託すのだ。
(巧さより、気持ちを込めて)
 自分の想いを込めるように、丁寧に花を描いていく。

 フェルンは、そんな瑞希の横顔を見ていた。
 静かな空気は、瑞希が己の想いを込めている証拠。
 撫子柄の青の浴衣姿は可愛らしいが、そのまっすぐな瞳は綺麗だと思う。
(ミズキは、過去があるから未来が続くと思うんだね)
 後ろを振り向かないで前に進む、ではなく、今があるのは過去のお陰、だから未来へ進む為に過去は忘れることなく見据える。
 足を止める為ではなく、生かす為。
 そういう感じ方は、単純な論理的思考では生まれないだろう。
 そうした発言が多いし、本人も気にする素振りはあるが、改めて知るその感じ方は深いものがあると思う。
(俺達が任務として派遣される前に犠牲となった人がいない訳じゃない。それを仕方ないと思わず、きちんと憶えていたいんだね)
 可愛いだけじゃないと思うのは、こういう時。
 敬愛の念にも近い感情は、瑞希の精神的な支えになれるようにという願いへ繋がる。
 だから、灯篭にひとつ、メッセージを書いた。

 花を描いた瑞希は、フェルンへ視線を移した。
 フェルンは灯篭のプレートを既に嵌めこみ終わっており、瑞希を待っている。
「お待たせしました?」
「大丈夫」
 瑞希の心配そうな問いにフェルンは微笑むと、瑞希は安堵したように微笑む。
 灯篭を舟に乗せると、想いを託すように海へと流す。
(あなた達を、忘れません)
 『次』がないように、必ず。
 忘れないという改めた誓いと共に目を閉じる。
 瑞希の祈りの先にある舟は彼女の想いを乗せ、ゆっくり海へと進んでいく。
(私達が今、ここにあることにも感謝を)
 無事であるからこそ、捧げられる祈り。
 過去へ足を止めて動けなかったら、捧げることも出来ない。
 嘆く為に振り返るのではなく、前へ進む為に振り返る。
 明日を見られるのは、今日を生きているからであり、昨日を生きたから。
 だから、大切にしたい。

●流れゆくクチナシと桜
 ブリワットを食べた後、結局混雑と受付時間が迫っていた為それ以上の屋台巡りを断念した歌菜と羽純も渡されたプレートへ絵を描いていた。
「無料券のお陰で、屋台は3軒分だったね。制覇したかったのに」
「あれ全部制覇したら、金額が怖いぞ」
 残念そうな歌菜へ羽純が苦笑する。
 それに、全部食べたら、金額以上に体重計の針が右の遠方へ旅行して、歌菜が死ぬと思う。
 セクハラになるから、言わないが。
 一生懸命何かを描いている歌菜とは別に、羽純も絵筆を手にする。
(絵心がある訳じゃないが、絵心なきゃ描いてはいけないということではないしな)
 自分は絵を生業にしている訳ではないし、ここでそれが求められている訳ではない。
 多くの人の心を動かす必要もなく───
『歌菜の笑顔をいつまでも守れますように』
 彼女をイメージして描いた桜に添えたのは、彼女を想う自分自身の願いの言葉。
 何があろうと、何度でも取り戻すという意味を込めて。

『羽純くんに沢山の幸福が降り注ぎますように』
 絵を描き終え、最後にメッセージを添えると、歌菜はまだ描いている羽純を見た。
(何を描いているのか、気になる……)
 でも、見せ合いっこになると恥ずかしいから、聞けない。
 歌菜が描いたのは、クチナシの花。
 あの日、クチナシに飾られた手紙の言葉ひとつひとつが歌菜の宝物。
 鮮血に染まりゆくダリアに思考を支配された先、掌には羽純を傷つけた感触が残った。
 それを振り払ったのは、羽純だった。
 愛し信じる、待っている、夢は叶う……意味を込めて贈ってくれた花束が嬉しくて。
 想いを託して綴った手紙に気づいてくれた羽純も、手紙を綴ってくれた。
 忘れられない、大切な想い出と歌菜はプレートを見ながら、思う。

 やがて、羽純も描き上がり、プレートを嵌められた灯篭が舟に乗って海へ流れていく。

「沢山の想いが海へ行くね。聞いてくれるかな?」
「海だから、大丈夫だろ」
「何それ」
 見送る歌菜が羽純の論理にくすくす笑う。
 この後の言葉は、絶対こうだ。
「細かいこたぁいいんだよ」
 見事に揃う声。
 笑う歌菜に羽純が「笑うな」と軽く頭を小突く。
「そろそろ移動するぞ」
「はーい!」
 手を繋ぎ、2人は歩いていく。

 流す時に、少しだけ見えてしまったことはお互い内緒。
(羽純くんが私の笑顔を守ってくれるなら、私も羽純くんの幸せを守るから)
(沢山の幸福は、お前が笑顔でいることが前提だからな)
 口にしない想いも、きっと届いてる。

●繰り返す時間
 ハロルドは、久々の姿だと思っている。
 ディエゴが射的の屋台に案外夢中(?)だ。
 ここで、今までのディエゴ射的ダイジェストをお送りしよう。

(まず、どの程度かを知っておきたい)
 最初は銃の性能を試すべく、2回、別のものを狙った。
 ……1回目、空の小さな樽。
(よく分からないが、狙わなければならない気がした)
 ディエゴ的には記憶から抹消したいリストの中にその理由がありそうな気がするが、とりあえず置こう。
 ……2回目、リンゴ(何であるんだ?)
 そういえば、あの時、エクレールはリンゴを一撃粉砕したな。俺も人生で初めて締め落とされたものだ。
(エクレール、最初に見たものは狙うが、『それ』は狙わない)
 ディエゴはハロルドがチラチラとアイドルのコスプレセット(男子用)を見ているが、自分だけでなく、自分以外の者の記憶からも消滅させたいリストのものが刺激されるので、遠慮したい。
 という訳で、馬(ゴリラではない)のぬいぐるみ狙いへ。
 これが、上手くいかない。
 規定の弾数を使用しても、景品が重いらしく、中々倒れない。
(コルクの質自体は、他で試したから問題ないと思うが)
 全国ランキングもないのに、2枚目の券も使用し、やっと馬のぬいぐるみを当てた。
「普段銃を扱っているのに手こずってしまった。ムキになったのは認めるが……」
 ディエゴは、先回りして言葉を続けた。
「可愛くはない」
 千年が何度も来て貰っては困る。

 射的の屋台を後にした2人は、フィッシュ&チップスを食べながら雑踏を歩いた。
「酢、塩の順で掛けるべきと言う奴もいるな」
「そういうものなのですか」
 拘りがあるものだ、とハロルドは思いながら、ディエゴと共に楽しむ。
 食べ終わり、空になった新聞紙の容器をゴミ箱に捨てると、ディエゴが何かに気づいた。
「次は、あれにしないか?」
 指差したのは、焼き鳥だ。
 隣り合っているが、種類が違うらしい。
「どちらにするんです?」
「両方だ。食べ比べるのもいいだろう?」
 ハロルドにディエゴがそう返すと、残り2枚の無料券を見せてそう言う。
 なるほど、そういう楽しみ方もあるか。
「では、そうしましょうか」
 タレに漬け込まれた焼き鳥の1つは、よく知る馴染みの味。
 もう1つは、タレに漬け込まれているのは同じだが、タレの味に馴染みがない。
 それに、食べ易い大きさにされているが、こちらの方が大振りだ。
「香草が入っているのでしょうか? 独特ですね」
「ガイヤーンというらしいが、こちらはタレに肉を一晩漬けるらしい」
「思ったより手間が掛かってるんですね」
 屋台の主から聞いた話を教えてくれたディエゴに答えながら、ハロルドはふと思った。
(不思議ですね)
 どこかで、前と違うと思ってる。

●まるで蝶のように
 パエリアを食べたアンダンテはご満悦だった。
「知らないことってまだまだあるのね」
 世界を旅していたこともあるのに、とアンダンテは笑う。
 というのも、先程屋台で、屋台の主の故郷では冬、路上で焚き火し、その火でパエリアを作るのが最高の贅沢だと教わったからだ。
 冬ではなく、夏の出張だけど、贅沢のお裾分けを貰ったような気らしい。
「拘りがある方でしたね」
 サフィールも隣で屋台の主の話を聞いていたが、ソーセージは入れない(主の故郷ではそうらしい)、肉類と魚介類は別々……その拘りは多岐に渡る。
「意外にそういうものよ? 港町だと、ブイヤベースの拘りだって凄いもの。料理をする人にはする人の拘りがあるのね」
「拘りは、俺も理解出来ます」
 仕立て屋としての拘りを持つから、拘り自体は否定するつもりはない。
 アンダンテも理解しているのか、「でしょう?」と音楽的に笑った。
 次にアンダンテが目を留めたのは、豪快な肉の串焼きだ。
「また肉ですか」
「あら、パエリアに肉は入ってたけど、パエリアは肉料理じゃないわよ」
 サフィールに切り返したアンダンテは、シュラスコの屋台へ歩いていく。
 牛肉に岩塩を振って焼かれた串焼きは、シンプルであるが故に美味だ。
「そろそろお腹一杯になってきたわね」
「当たり前です」
「なら、デザートかしら」
 アンダンテにサフィールがツッコミすると、アンダンテはジェラートの屋台を指差した。
 覗いてみると、屋台にしては豊富な種類のジェラートがある。
「さっぱりしたものの方がいいかしらね?」
「そうですね。結構しっかりしたものを食べてましたし」
 そんな会話を交わして、ジェラートを選ぶ2人。
 サフィールはヨーグルトのジェラートを選び、アンダンテはクランベリーのジェラートを選んだ。
「さっぱりして美味しいわね。サフィールさんのものはどんな味?」
「俺の方もさっぱりしてますよ」
 どこか幸せそうなアンダンテは、他のウィンクルムが通り過ぎれば、手を振って挨拶している。
 サフィールは、後で会えるけど混雑の中会えて嬉しいと言った彼女とは違い、話すのが得意ではない。軽く会釈に留めておく。
 ジェラートも食べ終え、満足すれば、再び雑踏へ。
 途中、マンメアという聞き慣れないカットフルーツをライムジュースを掛けて馴染みのない味を楽しんだ後、コンデンスミルクを入れた、テー・タリクという紅茶を手に移動することにした。
「楽しかったわね。サフィールさんはどう?」
「見慣れないものが多かったです」
「当然よ! そういうものを選んだもの」
 自分の答えにしてやったりのアンダンテ。
 サフィールは自分が少し、顔を綻ばせていることを自覚した。
 アンダンテは、やっぱり不思議だ。

●それぞれの想い
 2人は、やっと灯篭の受付場所へやってきた。
 だいぶ出遅れたからか、こちらも混雑しており、受付には少し時間が掛かったものの、何とか申し込みを済ませ、マジックを手にプレートと向き合う。
(書くとしたら、やっぱり……)
 すずめは、ピンクのマジックで『今より仲良くなれると良いな』と書いた。
 それだけだとちょっと寂しい気もしたから、花火の絵も簡単に描いてみる。
(離れてた時期もあったけど、やっぱり良い友人だと思うもの)
 契約もしたし、昔みたいに仲良くなれたらいいなと思っている。
 離れていた時期が長かったから、今の駆を知らない部分もあるだろう。
 毎日のように過ごしていたあの頃から、お互い時を重ねている。
 だから、もっと知って、仲良くなれたらいいと思う。

 一方、駆は少し迷った末、青色のマジックでこう書いた。
『彼女がこれ以上不運に見舞われませんように』
 何だか願い事みたいだ、と駆は心の中で苦笑する。
 こう書くのも、その身に何かが起こってばっかりのすずめを庇って、痛々しい外見になってしまったと自分では思っているからだ。
 すずめの所為ではないとは言え、不運は少しすずめを嫌っていただきたいというのが、個人的な感想である。
(すずめにはちょっと見せられないかな……)
 色々、誤解されそうな気がする。
「駆くんは何を書いたのかな? それとも絵とか?」
「絵は描いてない。すずめこそ書くことは決めたの?」
 声を掛けられた駆はすずめに切り返す。
 すずめは、「質問に質問を返したらダメだよ」と言って笑った。
「駆くんが教えてくれたら、教えてあげる」
「……見せないよ?」
 すずめが書いた内容には少し興味があったものの、交換条件が交換条件だったので、駆は断念してそう返した。
「ふふっ、冗談だよ」
 すずめは笑って、自分が書いたプレートを見せてくれた。
 そこに記されたメッセージに驚くと、表情で察したすずめがその笑みを深める。
「だって、駆くんはあの頃の駆くんだけじゃないもの。会えなかった分の積み重ねがあって、今駆くんはここにいるのだから、これから知りたいもの」
 あの頃以上に仲良くなれたらいいな。
 すずめはそう言って、プレートを灯篭に嵌める。
 駆は結局すずめには見せなかったが、プレートを嵌めて、灯篭を舟へ乗せる。
(それは俺も同じだからね?)
 会わなかった分の積み重ねでここにいるすずめも、あの頃のすずめも、皆すずめ。
 これから、ひとつひとつ、知っていきたいと思う。
 焦る必要はないけれど、周囲の恋仲認識には戸惑っているけれど、すずめを知っていこうと思うことに変わりなく、だからこそ、彼女が不運に見舞われないように願うのだ。
「それより、すずめ、急ごう」
「あ、集合時間が迫ってる……」
 2人は、雑踏を急ぐ。
 集合場所では、共に花火を見るウィンクルム達が待っているだろう。

●光の華の競演の前に開く話の花
 すずめと駆がまだ来ないが、神人達は歌菜のスイートポップコーンや瑞希のパステウ、コークシスターをお裾分けしてもらいつつ、話に花を咲かせる。
「皆さん、何フェチでしょう?」
 皆の恋バナが聞きたい歌菜は、話のきっかけになればと切り出す。
 途端、精霊の多くが同席している依頼主から貰ったお茶を噴き出しそうになる。
「フェチ? ミズキのことなら何でも好きだよ。ミズキフェチ?」
 お茶を噴き出しそうにもならなかったフェルンは、神人達の浴衣姿は皆とても可愛いときちんと褒め、眼福の様子を見せていたが、やはり瑞希が1番らしい。
 この素早い回答に、今度は瑞希がお茶を咽た。
「ミュ、ミュラーさん、いきなり何を……。それは、フェチと言わないのでは……」
「えー、それならミズキがお手本見せてよ」
 皆任務でお世話になっていると先程まで改めた感謝を口にしていた瑞希は、この切り返しは予想外だったらしい。
 首を傾げ、自身のフェチについて考えた後、こう漏らした。
「男の人の制服姿って良いですよね。警察とか。軍服とか。超カッコイイですもの」
「良かったですね、ディエゴさん」
 瑞希の言葉に、ハロルドがちょっと冷えた声でディエゴを見た。
 ディエゴはよく分からない殺気を感じたが、よく分からないなら分からないなりに黙っていようと触れないでおく。
 尚、声が冷えた理由は、ハロルドは知っているが、ディエゴは知らない。不憫。
「私は考えたことありませんが……、ディエゴさん、何フェチか素直に吐きなさい」
「……何でそんなこと言わなきゃならん」
「人生で同じ人物から締め落とされる経験をしたければ、黙っていてもいいですが」
 ディエゴは難色を示したが、ハロルドがさらりとそう言う。
 目が、本気だ。
 言わなければ、瞬間、俺は死地に放り込まれる。
 悟ったディエゴは、それを口にした。
「……綺麗な脚が好きだ」
(タイトスカートから覗くのが良かったんですよね?)
 ディエゴが素直に回答したのに、ハロルドは思い出し、何となく冷たい目。
 何故だ、俺は話したとディエゴが思っていると、ディエゴにとって援護射撃が入った。
「アンダンテ、何で俺見ながら考えるんですか」
 フェチは特にと回答したサフィールが、アンダンテの視線に気づいてそう言ったのだ。
 アンダンテへ話題が移り、ディエゴはちょっとほっとした。
「考えるのにちょうどいいと思って。フェチ……あっ声だわ!」
「分かります!」
 サフィールが何でと言う前に歌菜が激しく反応した。
 そう、声フェチがここにもいたのだ!
「私は……声フェチの指先フェチです。整った指先って綺麗じゃないですか!」
「分かるわ! 仕事している感じの指先とか綺麗よね」
 アンダンテも納得する。
 すると、瑞希がふと、漏らした。
「それなら、背中がピンと伸びているのもいいと思いますね。やっぱり姿勢が悪いってそれだけで幻滅しそうですし」
「そうですね。基本ですから、フェチとは言えないかもしれませんが、それは思います」
 ハロルドが続くと、神人達は一気に盛り上がりを見せる。
(……声と指先、ね)
 歌菜が切り出した時には呆れたものだが、聞いた今は自分の指先を見ている。
「俺は助かった。サフィール、感謝する」
「いえ」
 お礼を言われるようなことは何もしていないので、ディエゴの感謝に短く応じるしかないサフィール。
 その会話で我に返った羽純が自分の指先から視線を外し、会話に置いてけぼりになった精霊達の会話に加わった。
「ディエゴは助かったよね。あのままだったら、ハロルドのディエゴ裁判が始まりそうだったし」
「言えてるな」
「そういうものですか」
 フェルンと羽純が笑いを噛み殺せば、サフィールは分かったような分からないような声を上げる。
(楽しそうだな、何より)
 ハロルドは、頑なに心を閉ざしていた時期もあった。
 だから、誰かと関わる時間を作ってやりたいと強く思っていたので、今ハロルドが他の神人達と楽しそうに話している時間を嬉しく思う。
 そういう時間も、大事だ。
「彼が答えてないわ」
 アンダンテが羽純を見ると、ハロルドと瑞希も続いた。
(気づかれてるかも)
 歌菜は、アンダンテがフェチ話を切り出した理由について察しているかもしれないと思った。
「そうだな……」
 聞くに聞けない歌菜がドキドキする中、羽純は振られた話に考える素振りを見せる。
 正直に答えるべきかどうかと視線を巡らせ、歌菜が目に留まった。
 真っ赤な顔を俯かせている歌菜のうなじの色は、今は顔と同じ色をしているだろう。
「今日なら……うなじ、かな」
「へぇ、そうなんだ。今日限定?」
 神人達が歌菜へ視線を集中させる中、フェルンが羽純へ踏み込んだ問いを投げる。
 サフィールなどは相槌で終わってしまうのだが、フェルンは如才ない。
 羽純は顎に手を添え、くすりと笑う。
「今日は一際、かな。齧りつきたい」
「桜倉さんがそろそろ限界です」
 フェルンのフォローのつもりか、歌菜への助け舟か、或いは両方か。
 瑞希がそう言うと、羽純は「冗談だからな?」と歌菜へ笑顔を向ける。
「そろそろ始まるでしょうか? すずめさんと駆さんがまだいらっしゃってないですが」
「混雑しているからな」
 ハロルドが時間を気にすると、ディエゴは周囲を見回し、2人の姿を探した。

 一方、すずめと駆は、集合場所へ移動していた。
 が、混雑がひどく、思うように進めない。
「間に合わなかったらどうしよう」
「大丈夫。間に合うよ」
 駆はそう言い、すずめからやっぱりお母さんと思われていた。 

「あれ、そうじゃないかしら」
 アンダンテがやってくる2人に気づくと、依頼主が2人を出迎えに行く。
 やってきた2人も腰を下ろすと、タイミング良く最初の花火が打ち上げられた。

●共に過ごす時
 夜空に次々と光の華が咲いていく。
 沖へと向かう淡い光とは異なる鮮烈さは、色彩豊かさ光と共に空気を震わせる。
「花火、すごく綺麗……!」
「そうだね。とっても綺麗」
 花火に目を輝かせるすずめの隣で、駆も心を躍らせる。
 と、少し大きめの花火が打ち上がり、やはり少し大きめの音が響いた。
「小さい頃は花火の音ってどこか苦手だったんだよね……」
 昔を思い出したのか、すずめがそう漏らして笑った。
 すると、駆が懐かしむように続く。
「すずめ、怖がり過ぎだったよね……。きみのお母さん、逆にびっくりしてたね」
 ずっと憶えていたのか、すずめの言葉がきっかけで思い出したのかは分からないが、駆があの時のことを忘れて思い出せないということがなくて、すずめはほっとする。
 でも、とすずめは、昔と違う今を口にした。
「全然気にならなくなった」
 あの頃よりも流れた時間がそうさせたのかもしれない。
 時間は停まっておらず、静かに流れ、気づかない間も変化し続けるもの。
 これもまた、その変化なのだろう。
 緩やかに、でなく、纏めて変化を知るのはいいのか悪いのか分からないが、確かなことだって存在するのだ。
「……ところで、任務の後だったけど、楽しかった?」
 依頼主の厚意でここにいるが、それは自分達がウィンクルムとしての任務をちゃんとこなしたからこそ。
 すずめは、疲れていないだろうか。
 駆は、そのことが気掛かりだった。
 すると、すずめが笑顔を浮かべた。
「久し振りに駆くんとお祭り来れたもの、楽しくなかった訳ないでしょう?」
「後で、お礼を言わないとね?」
「そうね。感謝しないと」
 感謝の気持ちと今後も期待する気持ちがあるとは言え、依頼主の厚意あって、今ここにいる。
 あの頃と今を結ぶお祭りを過ごせた感謝を。
 2人は笑みを交わして、夜空へ視線を戻す。
 夜空に描かれる花火。
 時を重ねた分、あの頃と今は違うものもあるけれど、同じものもある。
 どちらも大事にして、前へ進もう。

「花火、素敵ね」
 アンダンテが、打ち上げられるスターマインに瞳を細める。
 弱視である彼女の瞳に、この花火はどのように映っているのだろう。
(そういえば、出会ってから、もう結構経っている……)
 そのことに気づくと、改めて彼女との関係は不思議だ。
 近づいたようなそうではないような。
「また、来年も来てみたいわ 勿論、一緒よ?」
 アンダンテがそう言って、笑う。
「来年もまた一緒に来ようねって約束すれば……ずっと一緒よね」
 その響きに、今までの喪失が感じ取れる。
(また一緒に花火を見る頃には、どうなってるんだろうな)
 来年の自分が、どのようになっているかなんて明言出来ない。
 けれど、口にして言えることはある。
「その前に、今年のクリスマスプレゼントでしょう」
「やだ、ハードル上げるの?」
 アンダンテは予想外の言葉にくすくす笑う。
 サフィールは、ふとジャスミンの花飴を口にした時を思い出した。
 今も、彼女の望みを叶えているだろうか?

「花火、綺麗だね」
「うなじ押さえなくていいから」
 歌菜がそう言うと、羽純が笑う。
 手を離すが、羽純の視線が気になって……顔が、熱い。
 発端は、自分だけど。
(羽純くんに最初に惹かれたのが声って本当だし、カクテル作る時の指先とかが綺麗なのも本当だし……)
 契約前に耳にしたクリアな声から、ずっと。
「歌菜、花火見ような?」
 羽純に言われ、彼の指先を見ていた歌菜はますます顔を赤くする。
 ここに明かりがなくて、良かった。

「楽しかったか?」
 ディエゴの問いは、唐突に切り出された。
 ハロルドは、「ええ」と短く返す。
「皆と一緒に見ることが出来て、嬉しいです。ウィンクルムとしての任務等でご一緒する機会はありますが、それ以外は中々ありませんから」
 また、こんな機会があったら。
 そんな言葉を漏らし、ハロルドはディエゴの戦利品のひとつである馬のぬいぐるみを手で撫でる。
 花火が打ち上げられる間、そうした仕草を見、ディエゴは口の端を上げた。
 心を閉ざしていた時を知るから、今の願いを嬉しく思う。
「今日は、楽しかったです。射的でむきになるディエゴさんも見られましたし」
「その代わり、そこにいるだろう」
 暗に、ハロルドが見ていたものは得たとディエゴは言う。
「でも、次に見たものは狙いませんでしたよね?」
「あれは、却下だ」
 その点については不服とハロルドが言うと、ディエゴは拒否を返す。
 残念、と笑うハロルドに重なり、新たな花火が夜空に描かれた。

「花火も色々な形があるんだね。円形だけじゃないんだ」
「特等席だから、しっかり見られるのも嬉しいですよね」
 フェルンの感心の言葉を漏らすと、瑞希も口元を綻ばせて続けた。
 綺麗、と漏らす瑞希の横顔こそ、綺麗だとフェルンは思うけれど。
(きっと花火を見ながら、色々考えてるに違いない)
 どうすれば、こうした色が出るか。
 どうすれば、こういう形になるか。
 考察していそう、とフェルンは漏らす。
 それもまた、彼女の魅力だ、と。
(ミズキは、本当に色々な顔を持ってると思う)
 自分より皆のことを考え、未来に進むにはどうすればいいか考える。
 けれど、切り捨てるようなことはしない。
 かと思えば、甘いものや可愛いものが好きだったり。
 凛としているかと思えば、頬を染めて年相応の可愛さを見せる時もある。
 フェルンにとって、瑞希は───
「ミュラーさん、どうかしました?」
 花火の合間、視線に気づいた瑞希が不思議そうな顔でこちらをみた。
「何でもないよ」
「おかしなミュラーさん。……あ、次が打ち上がりますよ!」
 瑞希に促され、フェルンも夜空を見上げる。
 灯篭に託した言葉が蘇った。
『女神の顔を持つ女の子を支えられますように』
 何があっても、君を支えるよ。

 あなたと笑うひと時───そこに幸せはある。



依頼結果:成功
MVP
名前:ハロルド
呼び名:ハル、エクレール
  名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ
呼び名:ディエゴさん

 

名前:瀬谷 瑞希
呼び名:ミズキ
  名前:フェルン・ミュラー
呼び名:フェルンさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真名木風由
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月01日
出発日 08月07日 00:00
予定納品日 08月17日

参加者

会議室

  • [13]瀬谷 瑞希

    2015/08/06-23:56 

    プラン提出できました。
    こんな答えでも大丈夫なのかしら。
    皆さんと素敵なひとときを過ごせますように。

  • [12]桜倉 歌菜

    2015/08/06-23:49 

    ハロルドさん、アンダンテさん、ありがとうございます!
    どんなフェチが飛び出すか、こっそりガッツリ楽しみです♪
    (没にならないことをひたすらお祈り…!)

  • [11]アンダンテ

    2015/08/06-23:20 

    反応遅くなっちゃってごめんなさいね。
    一言二言にはなっちゃうと思うのだけど、プランに反応いれておくわね。

  • [10]ハロルド

    2015/08/06-22:43 

  • [9]ハロルド

    2015/08/06-22:42 

    了解です~一応答えておきますね

  • [8]桜倉 歌菜

    2015/08/06-22:26 

  • [7]桜倉 歌菜

    2015/08/06-22:26 

  • [6]桜倉 歌菜

    2015/08/06-22:26 

    一応、花火大会では絡みOKな皆様に「何フェチ」なのかをお伺いする方向でプラン提出しました!
    問題あれば、変更しますので、お気軽に仰ってくださいっ

    よろしくお願いいたします!

  • [5]桜倉 歌菜

    2015/08/05-23:56 

    ご挨拶が遅くなりました!
    桜倉歌菜と申します。パートナーは羽純くんです。
    皆様、宜しくお願いいたします♪

    私達も絡みは大歓迎です!

    話したい事…えーっと、こんな話題でいいのか凄くアレなんですが、
    個人的に、皆様に「何フェチ」なのかをお伺いしてみたいなって。
    コイバナっぽくなるかな、と…!
    ちなみに私は声フェチで、指先フェチです(拳握り)
    あ、そんな話題駄目!という場合は、他のものを考えますので、ご指摘くださいっ

  • [4]瀬谷 瑞希

    2015/08/05-06:42 

    おはようございます、瀬谷瑞希です。
    パートナーはファータのミュラーさんです。
    皆さま、よろしくお願いいたします。

    私達も絡みはOKです。
    話す内容とかはまだ思い浮かばないのですけど
    今までの依頼でのお礼は言いたいです。

  • [3]アンダンテ

    2015/08/05-02:35 

    アンダンテとパートナーのサフィールさんよ。
    どうぞよろしくね。

    私達の所は絡みOKよ。
    ただ特に案がないので何かやるのなら対応可能よ、っていう人任せ状態ではあるけれど。

  • [2]言堀 すずめ

    2015/08/04-19:29 

    こんばんは言堀すずめと、精霊の大仏駆さんです。
    どうぞ、宜しくお願いしますね。
     ええと、絡みの方はプランを調節できるか怪しいです。
    ですのでごめんなさい、私たちはNGにさせていただきます…。

  • [1]ハロルド

    2015/08/04-14:48 

    ハロルドとディエゴ・ルナ・クィンテロです
    宜しくお願いいたします

    こちらは花火大会での絡みはOKです
    何かしたいこととか、話したいことがあれば合わせて書くつもりです


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