プロローグ
神人と精霊は、それぞれ血で血を争う抗争を繰り広げ敵対する一族の後継者だった。いつからそんな立場になっていたのだろうか、記憶にない。
しかし自分達がそれぞれ期待をかけられた存在である、ということをしきりに周囲の者が言う。
気づいた時には離れ離れになっていて、再び顔を見合わせたのは神人の住む城で開かれた夜の舞踏会……好奇心からこっそりと忍び込んでいた精霊が神人を見つけ、お互いの状況を確認しあうものの精霊は見つかれば命はない。
後ほど落ち着いて話せる場所でまた会おうと約束すると、すぐにまた離れ離れになってしまう。
舞踏会が終わり、寝室で神人の乳母はこう言います。
「いいですか、お嬢様。野蛮なあの一族の者には決して近寄ってはなりません……まして、恋に落ちるようなことはなきように」
帰りの夜道で精霊の友人はこう言います。
「いいか、あんなお高くとまった一族を気にかける必要なんかない。いつかは互いに剣を向けあわなきゃいけないんだからさ……情をかけるなよ」
強く制する言葉は一層、互いの身を案じてしまうだけだった。
夜の静けさが支配する頃、神人は月の光に導かれるように城を抜け出した。無意識に脚が向いて訪れた先は……白い野草が咲き乱れる花畑。
花畑の中央で精霊は満天の星が瞬く夜空を見つめていた。
「……ここに来れば会えるような気がしたんだ」
「私も、無意識に脚が動いてここまで来たの」
再会を喜び、咲き乱れる花畑に腰をおろす……夜風に揺れる花々は満月に照らされて儚ささえ感じられた。
心地よい沈黙と穏やかな風に身を委ね、束の間の逢瀬は過ぎていく……かに見えた。
「誰だ、なにをしている!?」
沈黙を引き裂いたのは男の怒声、見ると武装した騎士団の者たちではないか! 精霊にはその騎士達の顔を見た覚えがあり、精霊の一族だと確信する。
「貴様は……あの一族の者か!」
騎士達は神人を見つけると武器を構え、繊細な花を踏み荒らしながら抹殺しようと迫り来る。
「逃げるぞ!」
精霊は神人の手を握ると一目散に走り出す、騎士達も武装をしているにも関わらず瞬足で少しずつ距離を詰めていく。一人の騎士が持っていた弓を番えると……敵方一族である神人に狙いを定める。
「は、はっ、はぁ、はぁ……ッ!」
神人は精霊に手を引かれているものの、全力で走り続けていく内に体力差から消耗しきっている。捕まる訳にもいかず必死に追いすがる。
「一撃で仕留めてやる」
冷酷に呟いた弓騎士は神人めがけて無慈悲な一射を放つ。
「ッ!?……危ない!!」
精霊の叫びと同時に、神人は身体を強引に引き寄せられ体勢を崩す……同時に顔に生暖かい液体がかかる。神人が体勢を崩す勢いのまま転ぶと精霊も一緒に倒れこむ。
「だいじょ、う……」
神人は目を疑った。精霊の胸を矢が貫いている。胸から鮮やかな赤がこぼれ落ちていく。咳き込むたびに、赤色が口からこぼれていく。
「ゲホッ、逃げろ……俺とはここで……お別れ、だ……」
「やめて……冗談、言わないでよ……!」
悲痛な叫び声をあげる神人、しかし心の臓を撃ち抜かれている精霊の余命は残り少ないと容易に想像出来てしまう。余命まもない精霊は神人に逃げろと告げる……せめて、君の無事を願うと祈りを込めて。
これはフィヨルネイジャのみせる残酷な白昼夢の一幕、悲劇の夢の物語。
ウィンクルムはいま、夢を見ている最中である。
解説
※フィヨルネイジャを訪れる前に300Jr分の軽食を食べてきました
●状況
夜、森に囲まれた花畑で過ごしていると、精霊or神人の一族の騎士団に見つかってしまい咄嗟に逃げ出してしまいます。
武器もなく丸腰で、トランスをしている余裕もありません。
攻撃を仕掛けてきたのは庇った側の一族となります。
(神人が庇った場合は神人の一族、精霊が庇った場合は精霊の一族が誤って致命傷を負わせてしまう)
逃げなかった場合は容赦なく攻撃を仕掛けてくるでしょう、
パートナーが息を引き取る直前に夢から目覚めます。
●プランについて
咄嗟に精霊or神人が庇って瀕死の状態となっているところからスタートします。
オープニングでは精霊が庇っていますが神人が庇っても問題ありません。
目覚めた時点の描写はしない予定ですが、描写を希望される方はプランに明記してください。
●その他
戯曲『ロミオとジュリエット』をモチーフにしておりますが、
内容が解らなくても支障はございませんので、ご安心ください。
ゲームマスターより
木乃です、シリアスです。
今回はこーやGM主催の《贄》シリーズの末席にこっそり参加させて頂きました。
ムスカリの花言葉は『失意』、転じて『明るい未来』という花言葉もあります。
パートナーの最期の願いを聞き届けて逃げるか、パートナーと最期の瞬間を共にし死ぬか、それとも……
切迫した状況でなにを想い、決断するか。重厚感溢れる心情系エピソードでお送りいたします。
プラン制作日数が3日と短めですのでご注意ください。
それでは皆様のご参加をお待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
【夢】 庇ってくれた精霊をなんとか支えて逃亡 (騎士団には表向き「精霊を盾にして逃げる素振り」を見せる、こうでもしないと騎士団の攻撃も精霊が自分を庇うのも止めないと判断した為) 例え自分が騎士団に無残に殺されようと、精霊に「卑怯」と誤解されても良い。 無理やりにでも引っ張って医者の所まで連れて行く。 精霊が死ぬ確率が高くても生き残る僅かな確率を信じる。 【覚醒後・精霊の質問に対し】 …そういう質問嫌いです 生きていくしか無いんじゃないですか 普通に生活しますよ ただ…まあ 自分と合致する精霊を見つけるつもりは無いですし もう人を好きになることはないでしょう。 そんな未来絶対に信じないですけど そうならないようにします。 |
クロス(オルクス)
☆神人が庇う 「(精霊を庇った後直ぐ姫抱きされ逃走) よか、た… オルク、が…、ぶ、じ…で…(力ない笑顔 ん、なの、オルクが、好き、だから… ごほっ、オル、ク、俺を置いて逃げろっ…! 俺は、もう…はぁっ、助からない、から…っ(苦笑 俺、の…、さ、いご、の、ねがい…、きぃて…? オルク、おれ…、おまえが、すきだ… すきなやつを、まもれて、よかった…(微笑 だから、さ…、生き延びて…? う、ん…ごめん、な… 願わくば、オルクが幸せで…、あります、y…(静かに目を閉じる」 ☆目覚め後 「……っ! 夢、か… オルク大丈夫、俺はお前を置いて死なねぇよ(抱き着かれながら背中摩る 死ぬ時は一緒、置いて逝くなら最後の力振り絞ってお前を殺すよ」 |
桜倉 歌菜(月成 羽純)
羽純くんを置いて逃げる? …出来ないよ 庇ってくれた羽純くんの想いを無にする事になる けれど、私が逃げて生き残っても 憎しみだけ残る 私は一生後悔する 羽純くん、ごめんね 私、逃げない 貴方の最後の望みなのに…我儘言ってごめんなさい 彼を抱きしめて、追い付いてきた騎士団を真っ直ぐ見据える 羽純くんは私を庇って、貴方達の放った矢で… 貴方達は、私達は愚かです 大切な人を失ってまで守るものなんてあるの? どうして羽純くんが命を落とさないといけないの? 私は…彼が居れば…それで良かったのに 私が死んだら、私の一族も今の貴方達と同じ気持ちを抱くでしょう その事、どうか忘れないで下さい もうこんな思い、誰にもさせたくない 羽純くん、大好き |
菫 離々(蓮)
私を庇ったハチさんが傷を負ってしまいました。 逃げろと仰るので 「はい、わかりました」と静かに答えます。 傷は手の施しようもなく 彼を背負っていけるほど力持ちでもありません。 それに追手はすぐそこに。 「ナイフを、持ってくればよかったです」 意図を汲んだハチさんも何も所持していないようです。 私はもう立ち去りますが、そうしたら 彼の最期は騎士団の方々が看取ることになりますから。 それが少し……嫌だなと、思ったんです 「さようなら。どうぞ安らかに」 瞼が閉じられたのを確認してから振り返らず城へ帰ります。 戻っても誰にも告げず、花畑の出来事は“何も知らず”。 二人の仲は誰も知らない 貴方の想いは誰も知らない すべて私だけのもの。 |
ウラ(アンク・ヴィヴィアニー)
庇う …あの人は私の父は彼が邪魔で狙ってた。 のんびりしている内にきっとあの人は彼を殺しにかかるんだよね…。 母さんと一緒に大事に育ててくれた。 でもあの人の大事は“私”であって、私じゃない。“私”だけど私じゃないんだ。 冷めきっていた、何を言われても嬉しくなんかなくて。 そんな時に私の前に現れたのが彼だった。 …死なせない。彼を護るのはこの私…! その一心で彼の手を振りほどき彼の背を押した拍子に攻撃された。 「だい、じょ…ぶ…?」 彼が無事だと分かり、「よかっ……た…」 「ごめ、…めいわく、ばっかりで……ごめんなさ、い…」 まだ子供だしやり事沢山あった。 学校に行ったり、 友達作ったり、 好きな人見つけて恋、したかった |
●『私』じゃない私
(死なせない、彼を護るのはこの私だ……!)
背後から迫る一射に気づいたウラはアンク・ヴィヴィアニーの手を振りほどくとドン!と身体ごとぶち当たり強引に押し飛ばした……同時に、背中から強い衝撃を受ける。
「……あ」
押されるようにウラは前のめりに倒れこむと焼けるような痛みが胸から、背中から巡ってくる。見ると胸から矢尻が突き出し衣服を赤く染め始めていた。直感して解ることは……この矢が自分の命を確実に奪うものになること。
「ウラ!!」
押し飛ばされ転倒していたアンクが慌ててウラを抱き起こすと、ウラの胸を撃ち貫いた矢が視界に入り少しずつウラの顔から血の気が引いていくことが解る。アンクもウラの余命はほんの僅かしかないことを悟り青ざめていく。
「だい、じょ……ぶ……?」
貫かれた痛みに耐えながらウラはアンクに視線を向ける、砂埃がわずかに付いていたがどこにも怪我がないことを確認すると安堵した笑みをうすく浮かべる。
「よか、った」
その様子を見ていたアンクはこんな状況でもウラは僕の心配をしているのかと、愕然とした。
(『父』は、アンクを殺しにくるよね……)
弓を射たのはきっとこの世界の『私』の『父親』で、胸を貫いた一撃はアンクを狙っていたことは明白。確かめにやってくれば今度こそアンクの息の根を確実に止めようとするに違いない。
(この世界にも母さんが一緒に居て、とても嬉しかったなぁ)
さっきの舞踏会も本当のお姫様になれたようで……あんなことは一生縁がないと思っていたから。
(……でも、あの人の大事な娘は『夢の中の私』であって、現実の私じゃない)
心は冷め切っていた、何を言われても嬉しくなくて……まるで役柄を演じているような。そんな違和感がモヤモヤと胸につかえていた。
(そんなとき、アンクが来てくれた……あのときアンクが現れなかったら)
そんな風に考えているうちにぼんやりとウラの意識は白んでいく。
「ウラ!しっかりしろ……ウラ!!」
「ごめ、……めいわく、ばっかりで……ごめんなさ、い…」
アンクの必死に呼びかける声にウラは掠れた声で応える。視界が揺らいでいるのは意識が途切れかけているからか、頬を濡らしている涙によるものか。
「っ……迷惑……? ふざけているのか君は……」
声を震わせながらアンクはウラを見つめた。ウラの顔色はもとの白さとは違い血の気のない死者を彷彿とさせ、触れる身体も急速に熱を失っていく。
「僕がいつ迷惑なんて言った!? 君が嫌なら僕は君を選んでいなかったッ!」
こみ上げる感情を抑えきれないアンクは必死に伝えようと口早に叫んだ、いつも落ち着き払っているアンクの叫びにウラは嬉しそうに目を細める。
「ありが、と」
もう瞼を開いているのも辛くなってきた。 やりたいこと、まだたくさんあったな……学校に行って、友達を作って……好きな人と、恋をしたかった。
「逃げ、て……」
そう呟いてウラは瞼を閉じた、鈍い赤色の瞳を閉じ込めて開く気配はもうない。
耳障りな鎧の軋む音が近くまで迫ってきている……しかし、アンクはその場を離れようとしなかった。
「僕は逃げない……君を残していけるわけ、ない」
好奇心をくすぐられて忍び込んだ城で見た君は眉ひとつ動かさず、無表情でどこか沈んでいた。
……僕が現れなければ、君はどうしていたんだ?
あの白い花々が咲き乱れる花畑に、僕が行かなければ、君をもっと早く逃がしていたら……こんな悲劇にはならなかった!!
「……っ」
声もなく涙を流すアンクの傍らに白銀の鎧を身に纏う一団が到達し、アンクは悲しみを胸に鋭い視線を向けた。
●それでも、俺は
「オルクッ!!」
クロスは叫びながら必死に飛びつくようにオルクスに覆い被さる、押し倒される形でオルクスはそのまま倒れこんだ。
「クー!? だいじょ、う……」
オルクスは驚きながらクロスを起こす。
「けほけほ……ぐ、ぅ」
目を疑った、ぬるりと自身の手に鮮やかな赤色の液体が付着していて……同じ赤色がクロスの胸を貫く矢尻の周りから溢れ、咳き込むクロスの口の端から細い線のように伸びているのだから。
鉄錆に似通ったその臭いは戦場で何度となく嗅いだことのあるものと変わりなく、クロスが致命傷を負ったのだとオルクスに確信させるには充分過ぎた。
「よか、た……オルク、無事で」
力なく笑みを浮かべるクロスとは対照的にオルクスは目を見開き、顔を強ばらせる。
「おまっ、馬鹿か! 何でオレを庇った!?」
「ん、なの……オルクが、大事だから……」
『大事』という言葉に込められた意味はオルクスも皆まで言わずとも分かる、故にクロスのとった行動は理解できる……理解できるが、こんな結末は到底受け入れられない!
得物を手に狙ってくる騎士達の足音がすぐそこまで迫って来ている。
「もういいっ! 喋るな……くっ、ふざけんな!!」
「ごほっ、オルク、俺を置いて逃げろっ……!」
クロスが何故こんな目に遭わなければならないんだ!! 憤りを感じるオルクスは叫ばずにはいられなかった。しかしここで脚を止めるわけにはいかない、オルクスは瀕死のクロスを抱え上げると再び暗闇の包まれた森を駆けだす。
「俺は、もう……はぁっ、助からない、から……」
クロスには感覚的に理解できた、背筋の凍るような死の恐怖……オルクスから引き離そうとすぐ傍まで這い寄っていることが。上手く笑顔を浮かべられずぎこちなく口角を上げる。
「嫌だっ! 絶対助けるっ! ……だから、最後とか、言うんじゃねぇよっ!!」
叫ぶオルクスの頬を矢が掠めていき頬に赤い線が浮かぶ、腕を掠めていけば服を裂いて傷つけていく。人ひとり抱えて走るとなれば無手で走るよりも必然的に走る速度はある程度遅くなってしまう。諦観するクロスの言葉に対し諦めないオルクスは必死の形相で走り続ける。
(そういうところも……全部、好きだぞ)
「オルク、俺、の……最期の、ねがい……聞い、て」
凍えていく感覚が四肢の先から感じられてきたクロスはオルクスに願いを託そうと最期の力を振り絞る。
「オルク、俺……お前が、好きだ……」
途切れとぎれに紡がれるクロスの言葉、オルクスは一言一句聞き逃してはならないと耳を澄ませる。
「……護れて、よかった。 ……だから、さ……生き延びて……?」
「オレ、だって……っ、オレだってクーの事好きだっ!」
聞き届けなければと思う気持ちとは裏腹に伝えなければという気持ちも溢れて、感情のままに声を張り上げるオルクス。
「生き延びるならクーも一緒じゃ無いと嫌だ! オレを置いて逝くならオレも一緒に連れて逝けっ!」
自分はこんなにも愛されているのか、クロスは今生の別れというモノの辛さを感じた。
「ごめん、な……願わくば、オルクが幸せで……」
力が抜けたように、クロスの瞼は静かに閉じていく。
「クー!お願いだ、目を閉じるなっクー!!」
オルクスの叫びは虚しく夜の森に響き渡る。
***
クロスが勢いよく起きあがると目の前にはフィヨルネイジャの森が広がり、さわさわと木々の揺れる穏やかな景色が視界に映る。
「……夢、か」
どうやら散策している途中で一眠りしてしまったようだ、嫌な夢を見たと汗で額に張りつく前髪を払う。
「くぅ、クーっ!」
オルクスも目を覚ましクロスの姿を見るや勢いよく抱きつく、同じ夢を見ていたのかクロスが生きているかを入念に確かめ始める。
「大丈夫、俺はお前を置いて死なねぇよ」
クロスはオルクスの背中をぽんぽんと撫でてなだめながら苦笑いを浮かべた。
●愚行に吼える
「逃げろ……このままここに居たら、お前も……」
月成 羽純は浅い呼吸を繰り返しながら桜倉 歌菜の逃亡を促した、自分はもう長くはもたないという確信をもって。
「羽純くんを置いて逃げるなんて、出来ないよ……!」
歌菜はボロボロと涙をこぼしながら泣きじゃくり首を横に振る、羽純を置いて逃げなければどのような結末を迎えるか目に見えている。それでも羽純を置いていくことなど歌菜には考えられなかった。
「それだけは、だめだ……行け」
羽純は困ったように眉を寄せる、青い瞳から流れ落ちていく涙を拭おうと伸ばされた羽純の手を歌菜は掴んでわずかな温もりも感じようと頬をすり寄せる。
「俺のこの命、お前の為に使えた事が、何より嬉しいんだ……だから、お前は生きてくれ」
「う、うぅぅ……っ!」
嗚咽を漏らす歌菜を叱咤するように羽純は言葉を振り絞る。
「頼む、俺を……無駄死にさせないでくれ」
(……このまま残っていれば庇ってくれた羽純くんの想いを無にする事になる)
身を挺して守った羽純の想いを歌菜が尊重するにはこの場を逃げ延びるしかない。
(けれど、私が逃げて生き残っても……憎しみだけ残る)
羽純くんを射抜いた相手にも、それ以上に逃げだした自分を一生許せなくなる……私は、羽純くんを置いて逃げたことを一生後悔する。
「……羽純くん、ごめんね」
歌菜は肩を震わせながら焦点の定まらない羽純の瞳を覗き込む、漆黒の瞳には泣きじゃくって頬の濡れた自身の顔が映り込んでいる。
「私、逃げない。貴方の最期の望みなのに……我儘言ってごめんなさい」
羽純の想いに反する言葉だと知りつつ歌菜は逃げないと宣言した、自分が一生後悔するよりも羽純と共に悔いのない一瞬を過ごすと決めた。
「……そうだな、歌菜はこうと決めたら……頑固だったな」
力なく笑みを浮かべる羽純だが、細めた瞼から見据える眼差しは優しげで……歌菜も無理やり笑顔を作る。歌菜はごしごしと乱暴に目元を拭うと血がつくのも構わず羽純を抱き寄せた、呼吸も先ほどより浅くなっていて倒れていた場所は血だまりが出来ている。
(歌菜の手は温かいな)
羽純は歌菜の腕の中で安心したように瞼を閉じた、心地よい暖かさに身を委ねたくなる……ここが自分の死に場所になるのかとぼんやり思う。
(我侭なのは俺の方だ)
生きて欲しいと願いながら、最期の時まで一緒に居て欲しいと……矛盾した感情が羽純の中ではせめぎ合っていた。
「は、羽純様!?」
騎士団は歌菜を見つけ詰め寄るが血に染まる羽純の姿を見るや動揺が走る。歌菜は羽純を抱きしめ追いついた騎士達を真っ直ぐ見据える……そこには泣きじゃくっていた少女の姿はない。
「羽純くんは私を庇って、貴方達の放った矢で……」
気丈に振舞う歌菜の眼差しは言葉以上に雄弁に語り、騎士達の動揺がさらに強まる。
「大切な人を失ってまで守るものなんてあるの? どうして羽純くんが命を落とさないといけないの?」
こんな悲劇を何度繰り返すつもりなのだと歌菜が語気を強めると、一人の騎士が前に出て歌菜を見下ろす。
「私が死んだら、私の一族も今の貴方達と同じ気持ちを抱くでしょう……その事、どうか忘れないで下さい」
もうこんな思いを誰にもさせたくない、歌菜の強い意志を秘めた視線を受け止める騎士が口を開く。
「しかと受け取りました、気高き貴女様に敬意を……愚行を重ねる我らに地獄で語る罪状を」
そう言って騎士は腰に差していた長剣を引き抜く、意を決した歌菜は羽純を見つめるとうっすらと羽純も見つめ返す。
(歌菜、次に出会えた時は……何ものにも縛られず、お前の傍に……お前を幸せに出来る存在に……)
羽純の心情を察した歌菜は優しく笑みを浮かべた。
(羽純くん、大好き)
●人知れぬ想い
(ああ、まずいですね、これ……致命傷ってやつです)
蓮は案外、人生なんてあっけないものだなと他人事のように思った……しかしジクジクと焼けつく痛みと四肢の凍えていく感覚は他人事ではなく。
菫 離々も冷静に致命傷を負っている蓮を抱き上げ間近で見つめている。
(息をするのも辛いですし、このままではお嬢さんが逃げきるにも足手まといになってしまう……俺ももう無理でしょう)
「お嬢さん、逃げてください」
蓮は自分の状態を客観的に、合理的に判断した上で……離々に逃げるよう勧める。
(ハチさんの傷は手の施しようもなく、私も彼を背負っていけるほど力持ちでもなく……追手はすぐそこに)
死期が近づいている蓮の言葉に対し離々の決断は驚くほど早かった。
「はい、わかりました」
静かに答えた離々は蓮の勧めに応じると小さく頷く……蓮は僅かに口角を上げてみせた。
(やはり聡明な方ですね)
離々の判断を薄情だと言う者もいるかもしれない、しかしこの状況において瀕死の蓮を置いていくことが離々の生存率が最も高い判断であり蓮自身も薄情だと思わない。実に見事な英断を下されたと離々に感心するばかりだ。
「……ナイフを、持ってくればよかったです」
離々のふとした呟きに対し、蓮は一瞬考え込み……自身の腰の辺りに手を滑らせた。今日は腰になにも提げていなかった。
「護身用に、なにか持ってくるんでした」
「そうですか。残念です」
空笑いを浮かべる蓮に離々はこくりと頷いてみせた、蓮は空笑いを止めると苦しげに眉を寄せる。
「でも、貴方の手を……俺なんかの血で、穢さずに済んでよかった」
離々の言葉の真意を察していた蓮はお嬢さんの手を俺の血で汚すなんてとんでもないことをさせる所だったと、安堵しているようだ。離々はゆっくりと蓮の身体を地面に横たえさせると一歩離れる。
「私はもう立ち去ります」
離々は穏やかな微笑を浮かべると、蓮は眩しそうに目を細め瞳に焼き付ける。
(最期まで、貴方の腕の中にいたかったけれど。最期の瞬間を、貴方に与えたかったけれど……)
迫り来る足音は時間切れだと告げているようで、蓮は寂しげに眉を寄せる。
「さようなら。どうぞ安らかに」
離々は優しい声色で今際の別れを告げ、蓮も頷くと離々の姿を瞼の裏に映し続けようとゆっくり閉じた。せめて世界の最期に映したのは、焦がれた貴方の……美しい、笑顔で。
それだけを胸に最期を迎えよう。
(どうか、心は彼女の傍に――)
すべてを遮断するように目を瞑る蓮は穏やかな笑みを浮かべていた。
「……」
離々は蓮に背を向けると城に戻ろうと駆け出す。振り返らず。戻っても誰にも告げず……花畑での出来事は『何も知らず』
夜の散歩に興じていたのだと、そういう事にする。
(本当は他の誰かに彼の最期を看取られることが、少し……嫌だなと思った。せめて私の手で終わらせてでも)
彼の最期を看取りたかった。他の誰かでもなく。私が、貴方の最期を看取れたらよかったのに。それすら叶わなかった……そう願うことすら罪なのでしょうか?
(悲劇のヒロインになった気分ですね)
昔読んだことのある古い恋愛小説をなんとなく思い出した、しかしこれでは悲劇というより行き過ぎたブラックジョークだ。笑えないジョークなんて面白くもなんともない。
(……私と貴方の仲は誰も知らない)
誰にも知られることのない、密やかな関係……それは禁じられた仲と言えるのでしょう、秘められた絆は私と貴方の胸の中に。
(貴方の想いは誰も知らない)
私だけの秘密、貴方の想いは私だけが知っている……そして私の想いも胸の内に閉じ込めておきましょう。
(すべて私だけのもの)
私は泣かない、ハチさんはいつでも私の傍にいるって解るから。泣く必要なんてない。貴方の心も全部、私だけのものだから。
●明るい未来へ
「う、くぅぅ……ッ!!」
ハロルドは横たわる瀕死のディエゴ・ルナ・クィンテロの身体を起こすべく腕を引いて立たせようとする、ディエゴの195cmもある長身と鍛えられた体格を引き起こすには少々手間取る。
「は、ぁ……エクレール、やめろ……もういいんだ」
ディエゴはハロルドが自分をこの状況でも助けるつもりなのだと気づくと苦しげに言葉をしぼりだす。胸を貫く矢は心臓に直撃しなかったものの太い血管に傷をつけたと解るほど出血している。突き刺さって出来た傷口は本来なら引き抜いた時がもっとも出血を起こすのだが矢が傷の穴を塞いでいるにも関わらずドクドクと血が流れ出ていく感覚から察しがつく。
「俺はもう助からない」
酷なことを告げているとディエゴ自身が一番よく解っている、それでも彼女がこのあと酷い仕打ちを受けてしまうのではないか? 凄惨な扱いをされてしまうのではないか? そう考えてしまうと気が気でなかった。
騎士団は容赦なく弓による射撃を続けてくる、ハロルドの姿ばかりに意識が向いてディエゴの顔をよく見ていなかったのだろう。視界の悪さが幸いして矢は木々の幹に突き刺さるばかりだった。
「例え、自分が騎士団に無惨に殺されようと構いません……それでも貴方が生き残る確立があるなら」
ハロルドはディエゴに肩を貸しながら身体を支えると改めて視線を向ける。
「私はその僅かな確立を信じます」
青と金の双眸に込められた覚悟は揺るぎなく、静かに強さを秘めていて……ディエゴはハロルドの意志の強さに諦めていた心が揺さぶられる。彼女の瞳は『未来』を見据えていると感じた。
「医者に診せましょう、少しだけ辛抱してください……絶対に連れて行きますから」
ハロルドは早くこの場を離れようとディエゴの身体を支えながら、出来るだけ闇に紛れるように静かに動き出す。
「なぁ、エクレール……これからどうしていこうか」
掠れた声を漏らすディエゴはハロルドの見据える未来に希望を持ち、痛みを紛らわせるように話しだす。ハロルドも静かに耳を傾ける。
「生き残れたら……あの美しい花畑のあるような場所に、二人で住もう……だけど……海も見える所が、良い……」
遠のいていく意識の中で、ディエゴは月光に照らされる花畑で見たハロルドの横顔を思い出した。
***
「もしこの先、俺が死んだらどうする?」
ひどい夢を見たと少し疲れた顔をみせるディエゴはもし現実で自分が死んだら……と考え、ハロルドに問いかける。
「……そういう質問、嫌いです」
「俺は真面目に聞いているんだ、オーガとの戦闘で命を落とすこともあるかもしれないし……それに何をしなくても俺が先に死ぬ確率は高いぞ、年齢的に」
わずかに眉を顰めるハロルドにディエゴは「お前は俺が居なくなったら、その後どうしていくんだ?」と改めて答えを促す、先ほどの夢を思い出したのか表情を暗くするディエゴにハロルドは小さく溜め息を吐いて顔を上げる。
「生きていくしかないじゃないですか、普通に生活しますよ。ただ……まあ」
これまでと変わりなく、日々の生活を過ごしていくと言ってハロルドはひと呼吸置いて言葉を続けていく。
「自分と合致する精霊を見つけるつもりは無いですし……もう人を好きになることはないでしょう」
その言葉はまるで遠まわしな告白のようで、ハロルドがいかにディエゴを大事に想っているのか伝えるには充分だった。ディエゴの耳にフィヨルネイジャを飛び交う小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「そんな未来……絶対に信じないですけど、そうならないようにします」
確固たる意志をもって宣言するハロルドの二色の瞳は夢で見たそれと変わりなく、眼差しは静かな強さを秘めている。ディエゴにはそれが愛おしく映る。
「エクレール」
愛しい少女の名を呟けばその眼差しはディエゴに向けられる。
二人を祝福するように木漏れ日が差し込み涼しい風が吹き抜けていく。
依頼結果:成功
MVP:
名前:菫 離々 呼び名:お嬢、お嬢さん |
名前:蓮 呼び名:ハチさん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 木乃 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月28日 |
出発日 | 08月03日 00:00 |
予定納品日 | 08月13日 |
参加者
会議室
-
2015/08/02-20:18
-
2015/08/02-00:19
-
2015/08/02-00:19
-
2015/08/02-00:18
あらためまして、桜倉歌菜と申します。
パートナーは羽純くんです。
皆様とまたご一緒出来て嬉しいです♪
ウラさんとアンクさん、本当、奇遇ですね!またまた宜しくお願いします♪
今から皆様がどんなドラマを紡ぐのか、すっごく楽しみです!(拳握り) -
2015/08/02-00:05
-
2015/08/01-18:52
-
2015/08/01-00:12
-
2015/07/31-22:33
僕の名はアンク。神人はウラ。歌菜さん達とはよく会うな。
……よろしく。
(すみません、おかしな箇所があったので削除させていただきました) -
2015/07/31-00:28