シング・イン・ザ・レイン(京月ささや マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 ザアアアア……
 鳴り響く雨の音。あなたは窓の外を見てため息をつきました。
 さっきまで、晴れていた空はあっという間に黒雲に覆われ、
 デートの待ち合わせをしていたあなたは、近くのカフェに避難したのです。
 テラスだけれどきちんと傘が設けられたこの席から、
 待ち合わせ場所はよく見えます。
 しばらくすると、あなたのパートナーが走ってくる姿が見えました。
 その姿はかなり濡れています……どうやらあなたと同じ。傘を持ってこなかった様子。

 本当なら、あなたたちは、タブロスの市内の見回りにデートも兼ねて行く予定でしたが
 この調子だと、雨が暫くの間、やむことはなさそうです。
 店内からは、ゆったりと昔なつかしい白黒映画の曲が聞こえてきています。
 あなたは、ふと、その音楽に聞き覚えがあることに気づきました。
 聞き入っているあなたに、パートナーは尋ねます。『それは、どんな映画?』
 あなたは話しました。
 その歌は、とあるミュージカル映画の1シーン。
 その映画の主人公が、劇中で凄く素晴らしい出来事があり、
 大雨の中で濡れるのもかまわずに、幸せそうに歌いながら踊っている時の歌でした。
 あなたは、その幸せそうな光景のシーンが忘れられないと口にしました。
「それはどうして?」
 と、あなたのパートナーは聞きます。
 すると…なんだか、あなたは、話したくなってしまったのです。
 どうして、あの幸せそうな主人公の笑顔が忘れられないのかを。
 それは、あなたの人生と、深く関わる理由だったからです。

 普段なら、きっとあなたはそんなこと、話し出すこともなかったでしょう。
 でも、話したくなったのは…あの映画の主人公の幸せそうな笑顔が
 なんだか今日の雨の日に、とても懐かしく思い出されたから。
 そして、あの映画のような雨の日なら…もしかしたら
 今まで自分が心の中にあったものも、この雨と一緒に流れ出してしまっても
 いいのかも、と、どこか心の片隅で、無意識に感じていたからなのでした。

 パートナーは、黙って聞いてくれています。
 そして、この言葉を聞いているのは、テラス席に座っているあなたと……
 そして激しく振り続ける雨音だけ。
 あなたは、そっとその理由を口にしはじめたのでした……

解説

●カフェについて
 タブロス市内にある、少し大きめのカフェです。
 店内は人でいっぱいのため、あなたたちは大きなパラソルつきのテラス席に座っています。
 テラス席に座っているのはあなたたち2人だけです。

●雨について
 雨は上がることはありません。カフェから帰宅する際は、
 カフェスタッフが1つもしくは2つ傘をサービスでレンタルしてくれるそうです。

●消費ジェールについて
 カフェの席料として300ジェール頂戴します。

●映画について
 白黒の映画なので、かなり昔の映画です。
 観た人がどんな形で見たことがあるのかは自由です。
 年齢が長い年齢の人の場合は、昔に見た可能性があるし、
 年齢が若い人は、ご家族に昔、見せてもらったかもしれません。
 また、観た人が神人なのか、精霊なのかも自由となります。
 ただし、その映画はお互いどちらかしか観た事はありません。

●光景の記憶について
 映画の主人公が、幸せいっぱいに雨の中で歌い踊るシーンが記憶に残っている理由は
 皆様の自由に設定して頂いて構いません。
 トラウマの可能性もありますし、幸せな記憶の可能性もあります。
 また、昔の記憶だけでなく、最近自分自身の身に起こったこと、
 もしくはパートナーの行動から、何気ない記憶が呼び起こされた場合もあります。

●カフェメニューについて
 以下の物を注文可能。注文は自由。頼まなくてもOKです。
 各種紅茶:50ジェール
 各種ソフトドリンク:50ジェール
 各種アルコールドリンク:100ジェール
 サンドイッチ:100ジェール
 ドーナツ2種:100ジェール
 ケーキ各種:100ジェール

ゲームマスターより

ご無沙汰しております、GMのささやです。
今回は、降って来た雨に誘われて、胸の内にある想いをペアのどちらかに語って頂き、
その内容について会話して頂くエピソードとなります。
状況によっては絆が深まることがあったり、
お互いの事をより深く知る事ができるかもしれません。
語る内容はあなた次第。
語った後、どうなるかもあなた次第。
プランはあまり堅苦しい制約を設けておりませんので、どうぞお気軽にご参加ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  ※紅茶1杯づつ

雨がやむまでのんびりお茶してようか

この曲知ってるの?
レーゲンから両親の話が出るのは初めてかも
何があったか聞いてもいい?

…レーゲンに思い出の歌を聴かせたかったのかな。お父さんの方が先に泣きだしちゃったけど(苦笑)

お父さんは、今…?
生きてる?ご、ごめん。
あんまり顔あわせてないみたいだね……でも嫌いじゃないんだ、よかった。

お母さんこの映画好きだったんだろうね
ねえさっきの歌、歌って。もちろん笑顔で。

もう一回、アンコール

歌もいいけど、笑顔で歌ってるレーゲンを見てるとなんだか見てるこっちも楽しくなる
…もしかして、お父さんもそうだったのかもね

雨が降ってよかった。なんだか贅沢な気分。



アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
  *見たのはランス


(いつもは1本小さい折畳傘を入れてるのに)
自分に軽く脳内ダメダシ

でも特にこの後用事も無いし、ま、いっか
ランスがご機嫌で耳を動かしているから
俺もメニューを覗きコーヒーを

ランスの話は興味深く聞く
冒険物…というか遭難からの生還物か
待ってる側のシーンがインサートされるとグッと来るものがあるよな
ハッピーエンド?
なら良かったな

…もやっとしたハッピーだな
スッキリしないっていうか修羅場っていうか
待つ側のドラマ酷いな(汗

俺達なら任務は一緒にいくし、2人でどう突破するかになるけど
え?ああ…
そういう意味でも「それは無いな」くす

ランスからの問いには答えてはやらない
まあ…顔に出てるんだろうけどさ(くす



蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  フィンが話す映画に纏わる想い出話に耳を傾ける

フィンのお兄さんとの想い出
当たり前だけど、特別な大切な想い出なんだろう
俺には入り込めない…そう思うなんてどうかしてる
もっとフィンの話を聞きたい
フィンの想い出を知って共有したい…なんて、口には出せないけど

そんな事を考えていたら、フィンから出た話に驚く

…覚えてる
無理やりのように部屋に転がり込んだ癖に、フィンが常に俺を気遣っていたのを感じてた

偶々バンドの練習へ向かう途中、雨の中立ち往生してるフィンに気付いた時
柄にもなく傘を差し伸べた
放っておけなかった
料理に家事に、フィンに与えられるだけじゃなく俺も何か返したいと
あの時から、フィンは特別だったのかもしれない



ハーケイン(シルフェレド)
  ◆心境
傘を忘れて濡れてしまったが、不快ではない
雨にはあの人との色々な思い出がある
シルフェレドも何か雨に思い出があるのだろうか
何気なく聞いてみたら古いミュージカル映画の話が出てきた

意外に思って聞いていたら……あの時見たシルフェレドの過去に繋がっていた
気まずい。非常に気まずい

◆行動
俺は気まずさから軽く現実逃避して、あの人との出来事を思い出してしまった
しかもよりによって……こんな所で思い出すような事ではないが、今日は以前作ったあの人と同じ香りの香水をつけていた
雨の日はあの人との思いでが多すぎる

まずい。シルフェレドの目がすわっている
絶対に何かされる
早く逃げ出さなければ!



カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  目的:イェルの話を聞く
心情:こういう時間も悪くねぇし、雨嫌いじゃねぇし
手段:
※「デートってことにするか(笑)」という形でのデート

紅茶とケーキ(桃のタルト)注文
※亡き妻子の影響で普通に食べる(イェルクも知ってる)

イェルの話を聞く
好きな女との想い出を肯定的に懐かしむのはいいこった。……こいつ時間停めてる所あるし(口に絶対出さない)
話したいように話をさせる
向こうが気遣ったら、「もっと聞きてぇから、続けろ」と促す
嫁と映画はあんま見なかったな(嫁が舞台派)
娘(享年5歳)生まれてからは、付き合ってアニメとかは見たが
一息ついたら、「帰るか」と促す
「傘? 要らねぇ。それこそ、雨に唄って帰った方が面白ぇだろ!」


●父の涙の理由

「雨がやむまで、のんびりお茶してようか」
 信城いつきはレーゲンに提案してみると、レーゲンもそうしようと頷いた。
 頼んだ紅茶を楽しんでいると、ふと音楽が変わった時にレーゲンの表情が変化したようにいつきは思えた。
「この曲…知ってるの?」
「ああ、雨が降ると母がよく笑顔でこの歌を歌ってくれたんだ」
 頷いてゆっくりと話しだしたレーゲンに、いつきは内心少し驚く。彼から両親の事を聞くのは初めての事だったからだ。
 そして、レーゲンの表情はどこか物憂げで、どこか寂しげで。
「…何があったか聞いてもいい?」
 そういつきが聞いたのは、なんだか哀しい思い出のような気がしたから。いつきの言葉にふんわりとした微笑を返すと、レーゲンはゆっくりと語り始めた。
「その母は事故で亡くなって……
 葬儀の後しばらくして父がその映画に連れて行ってくれたんだ。
 まだ幼なくてストーリーも…あんまり分からなくて、うとうとしてたら…
 この懐かしい歌が聞こえて目が覚めた。
 歌っている主人公に、笑顔の母の面影を重ねて泣きそうになったら…
 横を見た…父の方がすでに無言で泣いてたよ」
 泣きたいのはこっちだったんだけどね、と苦笑しながらレーゲンは言う。でも不思議と父を責める気にはなれなかったようだ。
「…お父さんは、レーゲンに思い出の歌を聴かせたかったのかな」
「かもね」
「お父さんの方が先に泣きだしちゃったのは意外だった?」
「ああ。…楽しいシーンでボロボロ泣いてる親子連れなんて、
 周囲は何事と思っただろうね」
 いつきの苦笑にレーゲンも当時の状況を思い出したのか、苦笑を通り越してくすくすと笑った。でも、その笑いはスッと穏やかながらも真顔に変わる。
「…寡黙で淡々としている父が泣く姿を見たのは最初で最後だよ」
 滅多に見せる事のない、父親の姿。それを見た幼いレーゲンはどう感じたのだろうか。
「お父さんは、今…?」
 いつきの言葉の先の意図の気づいたのか、レーゲンは穏やかに笑った。
「…父は生きてるよ。」
「ご、ごめん」
 慌てて謝るいつきに、いいんだよと言ってレーゲンは紅茶を口に含む。
「相変わらず不在多いし、戻ってきても寡黙すぎだけど…
 でも、あの涙を知ってるから嫌いにはなれない」
 紅茶が苦かったのか、それとも父に苦い気持ちを抱いているのか、レーゲンはまた苦笑した。
(…嫌いじゃないんだ。よかった)
 いつきはその言葉を聞いて少し安心する。レーゲンが父の事を話しているときは、どこか少し、苦しそうに思えたからだ。
「…お母さん、この映画好きだったんだろうね」
「きっとね」
 レーゲンは目を閉じて微笑む。父親以上に、もしかしたらレーゲンは母親の思い出が暖かくて愛おしいのかもしれない。
 その柔らかい微笑みをキープしたくて、いつきは口を開いた。
「ねえさっきの歌、歌って。もちろん笑顔で。」
 レーゲンのお母さんのように、とは言わなかった。きっといわなくても伝わっているだろうから。
「歌?あまり得意じゃないけどいい?」
 少し驚いた様子のレーゲンだったが、やがてゆっくりと歌声が聞こえ始めた。その顔に穏やかな微笑みを浮かべて。
 やがてあまり長くないその歌が歌い終わると、いつきは微笑んでレーゲンを見た。
「…もう一回、アンコール」
「もう一回?…わかった」
 まんざらでもない様子で再び歌い始めたレーゲンを見て、いつきも幸せな気持ちで微笑む。
 歌もいいけれど…笑顔で歌っているレーゲンを見ていると、なんだか見ているこちらも楽しく、幸せになるような気がして。
(…もしかして、レーゲンのお父さんもそうだったのかもね)
 なんとなくだが、そう思う。レーゲンや自分が幸せなように、レーゲンの父も、きっと思い出して幸せな気持ちで涙を流していたのかも知れない。
 この歌が終わったらそう告げようと、いつきは思う。
(雨が降って…良かった)
 穏やかで軽やかな歌声に耳を傾けながら、いつきとレーゲンの姿はカフェの軒下で雨に包まれて幸せなシルエットを浮かべていた。


●言葉にしなくたって

(いつもは1本小さい折畳傘を入れてるのに)
 雨に少し濡れた服を見て、アキ・セイジはふがいない自分に小さくため息をつく。
(でも特にこの後用事も無いし、ま、いっか)
 見れば、向かいの席に座っているヴェルトール・ランスは既にカフェのメニューを拡げている。ここで暫く休憩するのも悪くはないと、向こうも思っているようだ。
「俺はケーキとソーダ。セイジは?」
 ご機嫌に耳を動かしつつメニューを見ていたランスがセイジに聞く。嬉しそうに差し出されたメニューをセイジは覗き、コーヒーを頼む事にした。
「ケーキ、頼まないんだ?じゃあ一口やるよ」
 そう言って笑ったランスの耳が、ぴくりと動いた。それは、店内から流れてきた音楽が変わったタイミング。
「知ってるのか?これ」
 と聞けば、ああ、とランスが頷いた。その表情はなんだか懐かしそうだ。
「観た映画は、舞台は亜熱帯のやつで。遺跡調査に向かった主人公達が遭難してさ…」
 映画の話やランスの昔の事を聴くのは珍しいので、セイジはその言葉に興味深く耳を傾ける。
「冒険物…というか遭難からの生還物か?」
「んー、サバイバルとラブの混合モノかな。結構泣けたんだよ。
 この曲が流れたのが映画の終盤。
 彼の居場所を突き止めたヒロインが救助を見送った直後のシーンがあって」
「待ってる側のシーンがインサートされるとグッと来るものがあるよな。
 ハッピーエンドなら良かったじゃないか」
 すると、ランスは少し苦笑してそれがちょっとちがうんだよな、と言った。
「生存も確認されたけど、彼が多股をかけてたとも分かったんだ。
 それを知って飛び出したヒロインをスコールめいた雨が塗らしてた…
 頬には涙だけど、彼女は無垢な笑顔で謳うように唱えるんだ。
 『だから私は助ける 貴方は拒めないわ』って」
 想像もつかなかった内容にセイジは眉根を寄せた。
「…もやっとしたハッピーだな」
 完全なハッピーとは言えないハッピーの形。ランスもセイジの言葉に頷く。
「涙と台詞の解釈は色々あるけど、愛の重さと業の深さを垣間見た映画でさ。
 お陰で肝心の冒険部分は忘れたよ…愛ってなんだろうってしみじみとさせられた」
 その言葉にうーんとセイジは腕を組む。
 セイジ的にはきっと、自分が映画を観にいったらもっともっとすっきりしなかっただろう。
「スッキリしないっていうか修羅場っていうか…待つ側のドラマとしては酷いな…」
 そしてセイジは考える。もし自分達がウィンクルムとして同じ立場だったらどうしていただろうか?と。
「俺達なら任務は一緒にいくし、2人でどう突破するかになるけど…」
 そう呟いたセイジに、ランスはにっこりと笑う。
「だな。俺達にそれは無いな」
 第一、他の男を好きはならないし。そういわれてセイジの瞳がぱちくりと見開かれた。
「え?ああ…」
 いきなりストレートに気持ちを示されて、頬が少し赤くなるのを感じる。
「確かにそういう意味でも『それは無い』な」
 くすりと微笑んで返すと、ランスは余裕の笑みで此方を見ている。それが嬉しくて…少し悔しい。
「セイジもそうだろ?」
 そう言うランスの問いにはあえて答えないことにして、セイジはコーヒーを口に運んだ。
 どうせ、答えなくても表情に出ているだろうし、とも思う。
「…答えは伝わったよ」
 嬉しそうなランスの言葉が返ってきて、ほらな、とセイジはコーヒーカップの中で微笑んだ。
 言葉に出さなくても、自分達はもう、心で繋がっているのだから。


●傘の下の想い出

 雨音の中でも、フィン・ブラーシュの話す声はよく聞こえた。それだけ、蒼崎海十はフィンの語る言葉に集中して耳を傾けていたのだ。
 フィンが語りだしたのは、店内に流れていた映画音楽の、その音楽にまつわる思い出話。
「兄さんと家督を争う立場になって兄さんに避けられて…
 居ても立ってもいられず、家を抜け出した」
 どこでもいいから、一人になりたかった。そこで目に留まった映画館に入った。そこで上映されていたのが、この映画だったのだという。
「映画館を出たら雨が降ってた。その雨を見て感じたよ。
 幸せそうに歌い踊る主人公と異なり、俺は何て惨めなんだろう…って。
 傘なんて持っていなかった。仕方ないから…雨の中踏み出そうとしたら、兄さんが居た」
 懐かしそうに、どこか伏し目がちに話すフィンを見て、当たり前ではあるが、特別な…そして大切な思い出だったのだろうと海十は思う。
「風邪をひくからとビニール傘を差し伸べてくれて…相合傘で帰ったんだ。
 手を引いてくれた兄さんの大きな手の感覚を覚えてる」
 フィンの口から紡がれる過去の兄との思い出。
 それを知れた事が海十にとっては嬉しくもあり、そしてどこか寂しくもある。
 その兄弟の絆には、自分は追いついているだろうか…?
 けして自分なんて入り込める余地もなさそうな兄弟の親密な絆。
(…そう思うなんてどうかしてる)
 どうかしていると思う反面、もっとフィンの話しを聞きたいと思う自分もいた。
 フィンの想い出を知ってもっと自分もそれを共有したい…なんて、とても自分からは口には出せないけれど。
「海十は、覚えていないかもしれないけれど」
 フィンの言葉に、悶々としていた海十は、自分の心の声から引き上げられたような気がした。
 見れば、フィンがこちら見て微笑んでいる。
「契約直後…まだぎこちない空気だった頃かな。
 海十を一人にしてあげる時間も必要だろうと思って、
 部屋を出て映画館で時間を潰したんだ。覚えてる?」
「…覚えてる」
 少し驚きながら呆然と海十は返答した。そして回想する。
 確かに、無理やりのように部屋に転がり込んだ癖に、フィンは常に自分を気遣っていたのを感じていた。
 あれはその矢先の出来事だったように思う。
「出たらやっぱりあの時と同じ、雨で…どうしようかと思った時、
 海十が傘を差し伸べてくれたんだ。…嬉しかった」
 フィンの言葉で、海十の記憶は益々鮮明になっていく。
 偶々バンドの練習へ向かう途中、雨の中立ち往生してるフィンに気付いたのだ。
 気づけば、柄にもなく彼に傘を差し伸べていた。
「…放っておけなかった…」
 小さく呟いた海十の言葉は、フィンに届いたかどうかはわからない。
 でも、確かに放っておけなかったのだ。
 料理に家事…フィンが与えてくれるもの。でも、与えられるだけじゃなく自分も何か返したいと、あの時自分は思っていたのかもしれない。
 そう、そして。
(あの時から、フィンは…特別だったのかもしれない)
 無意識のうちに、彼の兄の様な、かけがえのない存在として肩を並べたいと。
 雨はまだ、止みそうにない。戻る時は、傘を一本だけ借りようか。
 そして帰るのも悪くないのかもしれない。フィンが昔、兄とそうしたように。
 フィンを見つめながら、海十はぼんやりと考えたのだった。
 

●雨で流し、塗り替えるもの

 傘を忘れてしまった。しかし、不思議な事にハーケインの気持ちは不快なものではなかった。
 なぜなら、雨には「あの人」との色々な思い出が詰まっているからだ。
 なので、特段不快さを示すこともなく目の前にいるシルフェレドの姿を見る。
(シルフェレドも何か雨に思い出があるのだろうか…)
 そう思って、「雨に思い出は?」と問うてみれば、
 シルフェレドは店内の音楽に耳を澄ましたあと、古いミュージカル映画の話をはじめた。
 幸せな笑顔で、雨の中をずぶぬれになりながら歌い踊る男性のシーン。
「あのシーンは当時付き合っていた女が好きだった…しかも雨の日にそれをやってみようと誘ってもきたな…嫌な事を思い出した」
 苦々しい思い出だ、と呟いてシルフェレドは顔を顰めた。
 そして、その眉間のシワはさらにハーケインを見て深くなる。
(また、「あの人」の記憶か…)
 自分とは対照的に、ハーケインの表情は穏やかそのものだ。「あの人」とやらの思い出に浸っていただろうのは間違いなかった。
(…気に入らんな)
 無意識なのだろう、一瞬ハーケインが垣間見せた、どこか熱を感じさせる表情は自分自身に向けられているものではない。おそらくは、過去の思い出に向けられたものだ。
 苛立ちに少し爪でテーブルをノックすると、ハーケインがビクリと体を小さく震わせて我に帰った。
(しまった…意外に思って聞いていただけだったのに)
 そう、最初はシルフェレドの思い出話しを単純に興味深く聞いていただけだったのだ。しかし、話される情景を思い描いていると
 その話しの内容はいつの間にか……あの時見たシルフェレドの過去に繋がっていた。
 しかも、シルフェレドは不機嫌さをあらわにしている。
(…気まずい。非常に気まずい)
 どう返したものか。いたたまれなさにハーケインの視線が右往左往した。
 しかも、その気まずさはハーケインの過去の女性経験を思い出しただけではない。
 最初の気まずさから、自分はいつのまにか軽い現実逃避をして
 シルフェレドの思い出話に重ねて自分と「あの人」との出来事を重ねて回想していたのだ。
(しかもよりによって…こんな所でこれを思い出してしまうとは…)
 さらに最悪なタイミングで、今日ハーケインがつけている香水は、以前作った「あの人」と同じ香りのもの。
 雨の日はハーケインにとって「あの人」との思い出が余りにも多すぎるものだった。
「私は雨で嫌な事を思い出したのに、お前はずいぶんいい事を思い出したようだな?」
 そうシルフェレドにグサリと言葉で突き刺され、ハーケインの体がまたビクリと震える。
 事実そうなのだから仕方がないとはいえ、いたたまれなくなってハーケインはシルフェレドから視線を逸らさざるを得なかった。
(視線を逸らすくせに、頬まで染めてか…気に入らん)
 頬が熱いのをハーケインは自覚しているのだろうか。自分を差し置いて、過去の思い出に浸るハーケインも、本当に相変わらずだなとシルフェレドの心にドロリと苛立ちが増す。
 もう一度今度は強く、カツカツとテーブルを爪で叩くと、ハーケインは逸らした視線を元に戻した。そして愕然とした表情を浮かべる。
 視線を戻した先には、目が据わっているシルフェレドの表情。その要因は怒りなのか苛立ちなのかは定かではないが、今までの経験からして絶対に何かされるのは必至だ。
(早く逃げ出さなければ…!)
 慌てて立ち上がろうとしたハーケインだったが、その腕はシルフェレドに掴まれ、強引に椅子にシルフェレドの元に体が引き寄せられ、その腕で拘束される。
 幸い、倒れた椅子の音は、大雨の雨音のせいで店内には聴こえなかったようだ。
「大声を出すと何事かと人が来るぞ?」
 に、と笑うシルフェレドにハーケインの顔は青ざめる。
「安心しろ。外で度を越した事はしない…が、私も少しくらい雨のいい思い出が欲しいのでな」
 雨で濡れた唇が妙にうまそうだ、と呟くシルフェレドの言葉に反論しようとしたハーケインの言葉は、そのまま雨音に消えた。
 二人を包む雨音は、まるで、ハーケインの思い出を、雨とともに流してしまうように、再び激しさを増したのだった。  



●過去を見て、そして今を

「えーと…紅茶で」
 そうイェルク・グリューンがメニュー表を指して注文すれば
「じゃあ、こっちは紅茶と桃のタルトを」
 カイン・モーントズィッヒェルは、少しイェルにとって意外なイメージのオーダーをした。
 店員がメニューを下げてほどなくして、紅茶とケーキがそれぞれに運ばれてくる。
「ま、ここでデートってことにするか」
 そうカインに笑いながら言われて、何故かイェルは動揺した。
(何を言い出すんだ…この人は)
 デートだなんて。そんな…と意識してしまいそうになる自分を頭の中で振り払いながら
 目の前で美味しそうにケーキと紅茶を楽しめるカインを見る。
(何度見ても…やっぱり意外)
 カインがこういったものを普通に食べるのは亡き妻子の影響だからと知ってはいるものの、やはりイメージ的にも何度見ても意外なものは意外だ。
 そして、止まない雨音。ここから移動もできず、どうしたものかとため息をつくと、カインがこちらに向かって笑いかけた。
「…ま。こういう時間も悪くねぇんじゃないか?それに、雨嫌いじゃねぇし」
(雨が嫌いじゃない…か)
 薄く微笑みを返してから、ふと、そのカインの『雨が嫌いじゃない』という言葉で、イェルの記憶がリフレインする。
(そういえば…彼女も同じことを言っていた)
「どうした?何かいいことでも思い出したか?」
 店内音楽もあいまって、無意識に頬が緩んだイェルを見てカインが声をかけると、イェルが嬉しそうに頷く。
「今ながれてる音楽の中の映画を見ていた時…昔、『彼女』も同じ事を言ったんです。雨も嫌いじゃない、って」
 その横顔がなんだか忘れられなくて、と嬉しそうに回想するイェルの話しを興味深げにカインは聞いている。
「いい思い出だったんだな」といえば、イェルは嬉しそうに頷いて想いの続きを語りだした。
 好きな女性との思い出を肯定的にイェルが懐かしむのはいいことだとカインは思う。
 けして口には出さないが、イェルはどこか、過してきた時間を自分の中でストップさせてしまっているような気もするからだ。
 そうやって話しを聞いているうち、イェルはふと我に還って目を何度か瞬きさせた。
「あ…なんだか、コッチばっかり話しをして…」
「いや、もっと聞きてぇから、続けろ」
 にっと笑って促してやれば、安心した顔をしてイェルは話しを続けた。幸せそうな映画の内容、そして過去の出来事…
 こうやって、少しでも過去を話すことで今の時間を進むきっかけになれば、と心のどこかでカインは思う。
「カインさんは?映画は…?」
 自分だけの話だと申し訳ないと思ったのか問いかけてきたイェルに、カインはうーんと首を傾げてみせる。
「嫁が舞台派だったから、あまり映画は見なかったな…娘が生まれてからは付き合って何回か見た程度…か」
 記憶をたぐるカインの様子を見て、イェルは複雑な心境にかられた。…カインの妻も娘も、既にこの世にいないからだ。
 けれど、記憶をたぐるカインの様子はどこか、幸せそうでもある。
(…あの喪失がなかったら、幸せそうに話すこの人を知ることはなかった…)
 それは、過去があるから今がある、という事なのだろうか。
 そう思っているうちに、いつの間にかケーキはカインの胃袋に消え、互いのティーポットの中身も空になっていた。
「…じゃあ、帰るか」
 カインに促されてイェルも立ち上がる。店員に傘を…と頼もうとしたイェルだったが、カインはその腕をそっと押さえて首を振った。
 イェルが見上げた先には、カインのどこかイタズラっぽい笑み。
「傘? 要らねぇ。それこそ、雨に唄って帰った方が面白ぇだろ!」
 そう言うが早いか、カインはまだ止まない雨の只中に躊躇いもなく足を踏み出す。
 雨の中で笑う彼の姿は…まるで、あの時幸せな思い出の中でみた映画のそれのようで。
「まったく…風邪、引いても知りませんよ…!」
 幸せな笑いがこみ上げる。今日のような日もあってもいいかもしれない…そう思いながら、イェルも楽しそうに笑いながら傘を持たずカインの後に続いたのだった。
 
 

END



依頼結果:大成功
MVP
名前:ハーケイン
呼び名:ハーケイン
  名前:シルフェレド
呼び名:シルフェレド

 

名前:カイン・モーントズィッヒェル
呼び名:カイン
  名前:イェルク・グリューン
呼び名:イェル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 京月ささや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月11日
出発日 07月16日 00:00
予定納品日 07月26日

参加者

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