《贄》杜鵑草(真名木風由 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 『あなた』達は、その物陰へ飛び込んだ。
 が、安堵することは出来ない。
 得られるのは、僅かな休憩時間だけ。
 きっと、すぐに囲まれる。
 どうしてこんなことになったのかは分からない。
 ただ、突如として見たこともない『アレ』の大群がタブロスを襲った。
 『アレ』は、少なくともオーガではない。
 恐ろしく狡猾な『アレ』らはタブロスを短時間で制圧、今ウィンクルム達を狩っている。
 ウィンクルム達も抵抗しているが、ウィンクルム同士の連携を断った『アレ』らは確実に狩りを成功させていく。
 彼らの最期の叫びが、絶望を与える。
 あの叫びは、誰のものか。
 あの叫びに、自分達も続くのか。
 そうなるものかと思うのに、そうなる確率が高い状況を無視することも出来ず。
 どうして、こんな───
 『あなた』達は、気づく。
 自分達は、包囲されている。

 どちらかが犠牲になっている間に逃げれば、助かるかもしれない。

 その言葉が出たのは、どちらの口だっただろう。
 タブロスから脱出すれば、生き残ることが出来るかもしれない。
 この状況を覆すことが出来るかもしれない。
 だが、それには、隣の存在が『殺されている間の時間稼ぎ』をしなければ無理だろう。

 どうしよう。
 隣の存在が殺されている間に自分だけが逃げるか。
 僅かな可能性を見出して最期まで共に在るか。
 それとも───『アレ』らの手に掛かる前に共に逝くか。

 選択肢は、どれもが重い。

 だが、その選択肢の重さも。
 フィヨルネイジャが見せる夢幻であるという事実の前では、軽い羽のようなのだけど。

解説

●状況
・タブロス陥落、掃討戦が開始されている

『アレ』は、皆さんが知るオーガではないようです。
多数いるのに狡猾な存在らしく、ウィンクルム達の連携を断ち、個別撃破している模様。
物陰に飛び込んだものの、包囲されています。

●出来ること例
・神人または精霊のどちらかが犠牲になっている間に逃亡する
・最期まで共に戦う
・やられる位なら共に殺して逝く

その選択をした2人の心情面の描写主体となります。
心情によっては選択を躊躇う、覆す、その相手を気遣うこともあるでしょう。
例えば、逃して貰ったのにやっぱり引き返してしまう、とか。

●参加費用
一律200jr

夢を見終わった後、あまりの悪夢で美味しいものを食べに行く為。

●注意・補足事項
・トランスが切れている状態です。また、あまりに短時間で制圧された為、ウィンクルム達は武装も出来ていません。(つまりバトルコーディネートの適用はありません)
・他のウィンクルムとの絡みはありません。
・夢を見終わった後の描写は原則行いません。
・さて、皆さんの心は誰のものでしょう?

ゲームマスターより

こんにちは、真名木風由です。
こーやGM主催の連動エピソード、《贄》より杜鵑草にてお届けさせていただきます。
「ウィンクルムにしか視認できない天空島」であるフィヨルネイジャは、「現実ではありえない不思議な現象」の白昼夢を見せることもあり、これもウィンクルム達が見た白昼夢。
現実の肉体には影響がないので、ご安心ください。

この状況で、何を選ぶかは皆様次第。
出来ること例以外でも、皆様らしい選択を行ってください。

それでは、お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆心情
(仲間の断末魔を聞き震えながら物陰に隠れる)
やだ…もういやだよ…っ
みんな今まで一生懸命戦ってきたのに、どうしてこんな…っ

☆愛しい貴方からの最期の口付けは

(エミリオさん…私を守る為にあんなに傷だらけになって…
…私が足手まといになってるんだ…

一緒にいたい
怖い
死にたくない
生きたい
生きたい
生きたい
ずっと…貴方の傍にいたい

でも、私がいることで貴方がいなくなってしまうのなら私は、)

エミリオさん
ここからは別行動にしない?
2人で逃げるよりもその方が…
む、無理なんてしてないよ…っ!?(精霊から口付けを受けた後、胸部に激痛が走る)
うっ…エミリオさ…泣か…ないで(精霊の頬に手を伸ばそうとするが叶わず息絶える)


ニッカ=コットン(ライト=ヒュージ=ファウンテン)
  息は切れていて血も出ていたけれど
あたしは不思議と泣いていなかったわ
それはたぶん、隣で同じように荒い息をして血を拭っているライトが何を言おうとしているのかが分かっていたから

ライトが前の神人を目の前で亡くしたのは知っているし
辛さも想像出来るけれど
あたしは誰かを犠牲にして背を向けて逃げ出したりしないわ

って言ったらライトが一瞬怒ったような、ううん泣きそうな、かな・・・
うまく説明出来ない顔をしてあたしの両肩を掴んで頭を伏せたの
表情は見えなかったし、何を考えているのかは分からなかったけれど言っても無駄だと思ったのかしら
しばらくして頭をあげるとあたしの手を取って

広い場所まで走ります、行けますか

って言ったのよ



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  左目が痛い…何も見えない
不意打ちじゃなきゃこんな事にならなかったのに…
嫌だ…死にたくない、怖いよ

死にたくない…私は逃げる
騎手としてやり直したい
お父さんとお母さんと仲直りしたい
友達を作って一緒にお買い物をして…
素敵なお嫁さんになって…

でも…その未来にディエゴさんはいない
そんな未来に意味はあるのかな
本当に笑える自信がない…幸せなんかじゃない
戻らなきゃ

ディエゴさん、逃がしてくれたのにごめんなさい
私も最後まで戦います
私思うんです
明日は良い日になるって
ディエゴさんが隣にいればきっと明日は良い日になる
あなたの代わりなんていない

もしここですべてが終わっても
生まれ変わって私と契約してくださいね、約束です。



桜倉 歌菜(月成 羽純)
  羽純くんを置いていくなんて、絶対に有り得ない

逃げろ、なんて言わないでね
絶対に一人では逃げないよ
どんな時も羽純くんと一緒に行くって決めてる

それに、まだ諦めるのは早いよ
最後まで足掻いて足掻いて…二人で生きよう
それでも駄目だとしても、後悔なんかしない
貴方が居るから、私は強くなれる


それだけは絶対に嫌
貴方を犠牲にして、一人だけ生きるなんて、嫌!
諦めない
私は貴方と一緒に生きる未来を諦めない

お願い
羽純くんも諦めないで
諦めなければ、道は開ける

羽純くんの手を取り、自分の手と縄で繋ぐ
離れないよう、強く

二人で生きる未来を信じる
一緒に戦おう
手を取り、真っ直ぐに彼を見つめる

うん!
羽純くんと一緒なら、絶対に大丈夫だよ


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  絶望的な状況だからこそ、冷静に考えましょう。
ウィンクルムは2人が揃っていてこそ、実力を発揮できる条件が整う。だからどちらかだけ生き残れば良いってものではない。
2人とも無事に逃げのびて、敵の情報を他地域支部に伝え、タブロス奪還のチャンスを窺わなくては。
まだ私達は生きている。
どんな状況でも自ら諦め未来を手放すなんて、私、絶対に容認できません。
「だから、2人とも生き残る前提で行動しましょう。ミュラーさん、約束ですよ」
と彼の手を取って目をしっかり見て。
「レジスタンスは、死なない限り負けないんです。逃げのびる事が今の私達の使命です」
ここで倒れた人達の死も。私は忘れない。
彼らの為にも生きて脱出しなきゃ。



●誰にも渡さない
 いつか、こんな日が来るだろうと思っていた。
 エミリオ・シュトルツは、隣のミサ・フルールを見る。
 聞こえてくる最期の叫びに震えるミサの目には、涙すら浮かんでいた。
「やだ……もういやだよ……っ。皆今まで一生懸命戦ってきたのに、どうしてこんな…っ」
 それはね、俺の所為。
 残酷な真実を隠したまま、生まれて初めて俺を愛してくれたミサに優しい恋人の振りをして、共に在ったから。
 これは、俺の罰。
 そう、受けるべき罰。
「ミサ……」
 エミリオが名を呼ぶと、ミサは顔を上げた。
 涙さえ浮かべているのに、気丈に微笑むミサ。
 けれど、震える足は彼女の本心を表している。
「エミリオさん……ここからは別行動にしない? 2人で逃げるよりその方が……」
 ミサが申し出た意味は、分かる。
 包囲されている状況の今、ミサは囮になろうとしている。

 一緒にいたい。
 怖い。
 死にたくない。
 生きたい。
 生きたい。
 生きたい……!

 ミサは何も言わないが、その目は雄弁に語っていた。
 ずっと傍にいたいと全身で言っているのに、ミサは別行動を口にする。
(馬鹿なミサ)
 お前がそう想う男は、お前の愛する両親を奪ったのに。
 俺の隣にいるから、こうなってしまったのに。
 なのに、お前は俺が生き延びることしか考えていない。
 本当に馬鹿で……だからこそ、誰にも渡したくない。

「ミサ、無理して笑わなくていいんだよ」

(俺は今、どんな顔をしているだろう)
 エミリオは、頭の片隅でそう思った。
 ミサが愛してくれる『エミリオ』の顔をしているだろうか。
「無理なんてしてないよ……?」
 ミサが、じっと見つめてくる。

 その瞳が、何も知らなければいいと思った。
 その瞳が、真実を知って離れていくのが───

 ミサの為に受けた傷など、取るに足らない。
 少なくとも、ミサの瞳に自分の姿が映っているから。
「エミリオさ……」
 自分に何か言おうとしたミサを遮るようにエミリオはミサへ口づけた。
 ミサの吐息さえ自分のものにするかのような口づけをしながら、エミリオは片手でケーキナイフを抜き放つ。
 たまたま、公園でミサが作ったケーキを食べようとしていた為に持っていたものが役立ちそうだ。
(ミサ、よく頑張ったね……)
 俺が楽にしてあげる。

「あ……」

 ミサの目が、見開かれていた。
 左胸に、ケーキナイフが刺さっている。

「エミリオさ……泣か……ないで……」
 腕の中で崩れ落ちるミサは、エミリオの頬に手を伸ばそうとする。
 けれど、手を伸ばす力はないのだろう、弱々しく地に落ちた。
 ただ、最期に唇が動いた。

 生きて。

「……馬鹿なミサ……」
 エミリオは、ミサをそっと抱きしめる。
 最期まで、俺にそう言うのか。
 口が、笑みを彩る。
 だから、ミサは俺を愛してくれた。
 だから、俺は───
「泣いてなんかいないよ……。寧ろ、嬉しいんだ」
 敵が迫って尚、エミリオはミサしか見えていないように言葉を紡ぐ。
「だってお前の最期まで俺のものに出来たんだから」
 もう、ミサが誰かのものになることはない。
 永遠に俺のもののまま。
 そう……誰にも渡さない。渡すものか。
「ごめん、ミサ」
 その謝罪の意味は、何を意味するか。
 エミリオ自身もその全てを把握し切れないだろう。
 足元に落ちていたライターを手にすると、周囲に火をつける。
 エミリオは違う場所へ逝ったミサの温もりを忘れないよう抱きしめた。
 炎の向こうの敵もやがて炎によって遮られ、エミリオは自身が焼かれるのを感じる。

 きっと、ミサは怒る。
 生きてほしかったと。或いは、最期まで一緒にいたかったと。
 でも、ミサが生きたまま炎になんて焼かれるなんて……俺が許さない。
 ミサは、無理をするから。

 エミリオの脳裏に、ミサがチョコの入った袋を差し出す姿が蘇る。
『私、まだまだ頼りないけど、頑張るから! だから、これからもよろしくお願いします』

 馬鹿なミサ……

『エミリオさんの罪は私も背負うよ。貴方をひとりにはしない』

 馬鹿なミサ…………

『ミサ、好きだよ……共に生きよう』

 馬鹿な………………

●護るべきは
 瀬谷 瑞希は、首を振った。
「絶望的な状況だからこそ、冷静に考えましょう」
 今ここでどちらかが犠牲になってもタブロスを脱出出来る保障はない。
 ウィンクルムは、神人と精霊が揃ってこそ。
 現在、瑞希が契約している精霊は、フェルン・ミュラーだけ。
 つまり、瑞希とフェルンは2人揃ってこそ、実力が発揮出来る。
 どちらかだけが生き残ればという問題ではない。
「私達がすべきことは、2人でタブロスを脱出すること。敵の情報を他地域支部に伝え、タブロス奪還のチャンスを窺うこと……違いますか?」
「違わないね」
 フェルンは、瑞希の言葉に微笑んだ。
(ミズキは、強いね)
 その心のあり方は、俺なんかよりずっと強い。
 こんな状況だからこそ、よく解る。
 自分達は、生きている。
 生きているのだ、自分から諦めることなど……絶対にしたくない。
 『どちらかが犠牲になる』のは、簡単だ。
 だが、仮にその犠牲で生き延びたとして、遺す相手をどれだけ傷つけるだろう。
 死ぬまで、その罪悪感が苛む……いや、心が耐えられないかもしれない。生きるとは、心臓を動かしていればいいだけの話ではない。
「2人共生き残る前提で行動しましょう。ミュラーさん、約束ですよ」
「この生命に賭けても、君だけは逃がすよ、とは言えなくなっちゃったじゃないか」
 瑞希がフェルンの手を取り、その目を真っ向から見据えれば。
 フェルンは、凄い釘を刺された気分だと苦笑する。
「レジスタンスは、死なない限り負けないんです。生き延びることが、今の私達の使命です」
 例え、相手が未知の敵であろうとも。どれ程の強敵であろうとも。
 散った命があるならば、生きている者は生き延びる為の行動をしなくてはならない。
「2人生き残っての勝利……か。解った。君の為に、2人揃って何とか生き残り、タブロスを脱出するように考えよう」
 こんな状況でも、いや、こんな状況だからこそ、今より未来を考える彼女は凄いと思う。
 それも自分達のことより、全体のこと。
 笑顔を増やしたいと思う彼女は、その髪以上にまっすぐな意思で前を見ている。
(そんな君をとても誇りに思うよ)
 包囲を狭めてきた敵を見、隙を伺って突破を狙う。

 皆を、護って。

(俺はそう願う君の意思ごと護る)
 一斉に攻撃する瞬間を狙って、瑞希とフェルンは走り出す。
 どうすれば、タブロスを脱出出来るか。
「私に、考えがあります」
 瑞希は、自身の優れた記憶力を最大限活かす方法を知っていた。
 本屋に逃げ込み、タブロス市内の地図を見て記憶すると、裏道を中心に逃げる方針を採ったのだ。
 この状況においても地図を記憶するよう無心でいられたのは、フェルンの存在が大きいだろう。
 瑞希が集中出来るよう、絶対の信頼を持って瑞希を支えたのだから。
「絶対に、生き残りましょう」
「生き残ろう。皆の為に」
 ここで散った命を忘れない為。
 新たに命が散るのを防ぐ為。
 今は、生き延びる最大の努力を。

 2人で裏道をひたすら走る。
 が、敵も意図に気づいたのか、裏道を先回りするように待ち伏せするようになった。
 その度に瑞希がルートを修正し、タブロス脱出を目指して走る。
 やがて、タブロスの郊外へ出た。
 敵は、もう追って来ない。
「ひとまず……」
 瑞希が言いかけた、その時。
 フェルンが、崩れ落ちた。
「ミュラー……さん……?」
 抱え起こすと、その感触に気づいて瑞希は手の平を見た。
 紅く染まった手の平は、瑞希の後ろを走っていたフェルンが今まで自分を護り続けてきた証だ。
「気が……緩んじゃったの、かな……」
 フェルンの笑みは、いつものそれとは違う。
 さっきまで、ずっと───
「いや……ミュラーさん……」
「俺は、大丈夫……、ミズキ、そんな顔しないで……笑って……」
 瑞希に、フェルンがそう願う。
 こんな時まで、自分の笑顔を望むなんて。
 瑞希は、らしさを失わないフェルンへ笑顔を見せる。
「うん。ミズキの笑顔が増えた……。ミズキ、ミズキは、俺の───」
 誇りだよ。
 その声は、夢か現か───

●共に未来を
 ニッカ=コットンは、ライト=ヒュージ=ファウンテンの言葉を待つように彼の顔を見た。
 この物陰に飛び込むまで、どれだけ走っただろう。
 息は切れているし、腰まで伸びた金髪はぐしゃぐしゃ。
 転んだ拍子に擦り剥いた膝からは血だって流れている。
(あたしが泣かないのは、ライトがあたしに何か言おうとしてるから)
 不思議の理由は、自分でもよく分かっていた。
「囲まれていますね」
 ライトは額の血を拭い、口を開いた。
 その顔はいつになく厳しく、ライトが現状を楽観していないことは理解出来る。
(ライトは、遺されてる)
 あの雨の夜、ぼんやりと光るヒヤシンスに触れたライトは、かつて神人を護れなかった過去を話してくれた。
 笑ったまま倒れていく姿を鮮明に覚えている。
 そう話したライトの呪縛全てを理解しているとは思っていないが、辛いということは想像出来る。
 だから、次に言う言葉も想像出来た。
「お嬢さん……ここは私が抑えます、逃げて───」
「あたしは誰かを犠牲にして背を向けて逃げ出したりしないわ」
 ニッカは、ライトの言葉を遮る。
 一瞬、その目の色が変化したように見えた。
 何故分かってくれないのかと怒ったと言うより、解ってほしいと泣きたかったかもしれない。
 いずれにせよ、ライトの脳裏には死んだ神人の最期が蘇り、その悲劇の繰り返しを願っていない故の色であることは間違いないだろう。
「ライト、あたしはワガママなのよ。聞き分けがないこと、ライトだって分かってるわよね?」
 ニッカの緑の瞳が、ライトの赤の瞳を射抜くように見る。
「だから、あたしはあたしの希望を言うわ。ライトの頼みは聞けない。嫌よ。パートナーを犠牲にして敵に背を向けて生き延びて何になるのよ」
 ねぇ、ライトと契約していた神人さん、あたしは間違ったことを言っているとは思ってないわ。
 ニッカは心の中で『彼女』へ言い放ち、その先を続けた。
「一緒に戦えば2人で生き残れるかもしれないじゃない。少しでも可能性があるなら信じてみなさいよ!」
 沈黙が、舞い降りる。
 長かったのか短かったのか、ニッカにはよく分からない。
 けれど、ライトの両腕が伸びて、ニッカの両肩を掴んだ。
(何を考えてるのかしら)
 ライトは顔を伏せていて、ニッカからはその表情を窺えない。
 言っても無駄だと思われたのだろうか。
 けれど、ニッカはライトの言葉を待つ。

 上手く説明出来ない、とはこういうことを言うのだろう。
(私は、自分を犠牲にしてでも失いたくないと思っていた。そうしてでも護りたいと……)
 お嬢さんは、それを許さない。
 そのまっすぐな想いで、私の固執を射抜く。
 固執が砕かれ、気持ちが嘘のように晴れていく。
(そうか、一緒に生き残ればいいのか)
 ただ、未来だけを信じて戦えばいいのか。
 忠誠の儀式に近い───いや

 儀式は、成った。

「広い場所まで走ります。……行けますか?」
 ニッカの手を取り、告げたライトの顔には、あの雨の夜のような焦燥感はない。
 きっと、もうロイヤルミルクティーは必要ないだろう。
 その心は、震えていない。
「突破するわよ。要教育なんて、もう言わせないから」
「それは、お嬢さん次第です」
 ニッカが笑ってみせると、ライトも笑った。
 今の笑顔は、怖くない。
 きっと、本心からのもの。

 一緒に生きて行く為に戦おう。

 その想いを示すように、ニッカとライトは走った。
 絶望的な状況だと理性では分かっていても、感情はそれを上回る。
 彼らは今、自らのパートナー以外自身の隣を走らせないだろう。
 その先の結末が何であっても、そう『生きる』ことが出来る喜びは、何にも勝る。

 ニッカも。
 ライトも。
 そう『生きられる』幸せに、輝いている。

 彼らが身に纏う仄かな甘い香りだけが、共に在ろうとする輝きの行く末を知っている。
 その先で2つの香りが重なろうとも、その悔いなき輝きは失われることなく、互いの誇りを護り続ける。

 そう『生きられた』のは、あなたのお陰───

●諦めないということ
「逃げろ、なんて言わないでね」
 桜倉 歌菜は、月成 羽純を見上げた。
「羽純くんを置いていくなんて、絶対にありえない。何があっても、一人では逃げないよ。どんな時も羽純くんと一緒に行くって決めてる」
 歌菜は、解っていた。
 こんな時、羽純は、逃げろと言うだろうと。
 だから、彼の言葉そのものを封じた。
「駄目だ。お前は逃げろ」
「嫌」
 羽純の否定も予想がついていた。
 歌菜が先に言わなかったら、微笑すら浮かべて言っただろう。
 大丈夫だから、先に逃げろと嘘をついてでも逃そうとしただろう。
 それも、歌菜の先回りで失敗し、笑みのない口は彼女を頷かせる言葉を紡ぐ。
「この状況……分かっているだろう? ありもしない可能性に賭けることは出来ない」
 ならば、一番成功率が高い選択肢を選ぶべき。
 羽純はそう言い聞かせながら、母親を残して逝った父親の顔を思い浮かべた。
(父さん、今なら……父さんの気持ちが分かる気がする)
 誰かを守りたいと思う気持ちは、理屈じゃない。
 今、歌菜に生きてほしいと願う気持ちを表現出来る言葉など、この世界のどこにあるだろう。
(俺は、お前を独りにしてしまうことが怖い。でも、お前には生きてほしい。生きてさえいれば……俺は心だけでもお前と共に在る。守る)
 守ると決めた自分の、唯一にして絶対の誓い。
 破れない、破りたくない。
「嫌。絶対嫌」
「生きろ。歌菜だけでも生きるんだ」
「あなたを犠牲にして、1人だけ生きるなんて……それだけは嫌!」
「頼む。……生きてくれ」
 歌菜は、そっと手を伸ばした。
 頬に優しく触れられ、羽純は自分が泣いていることに気づく。
 羽純の涙を拭った歌菜は、柔らかく微笑んだ。
「私は、あなたと一緒に生きる未来を、今この時も諦めてないよ」
「我儘言うな、もう時間が……」
 歌菜と共に生きられたら、どんなにいいだろう。
 心の奥底ではそう願うから、歌菜の微笑も言葉も決意を鈍らせる。
 突き放そうとするよりも早く、歌菜が羽純を抱きしめた。

「独りにならないで」

(俺は……歌菜の何を見てた)
 生きてほしい。
 生きてさえいれば、幸せを掴むことだって出来る。
 心だけでも傍にいて、その幸せを願うことだって出来る。

 ……違う、そうじゃない。

 『彼女』は、『歌菜』。
 自分が抱える孤独への恐怖以上に、俺が独りで逝くことに心を痛める。
 それが、『歌菜』なんじゃないのか?

「お願い。羽純くんも諦めないで。諦めなければ、道は開ける。……嫌でも、離さないから」
 歌菜が、「これなら離れないよ」と羽純のハンカチで自分達の手首を結びつけた。
 力ずくで振り解くことは、簡単に出来る。
 でも、もう振り解きたいと思わなかった。
 これが、俺の『歌菜』だ。
「そうだったな。歌菜は……頑固だった」
 そのまっすぐな目を守ろうとして、守られていたのは俺だった。
 俺を強くしてくれたのは、お前だ、歌菜。 
「諦めるのは、まだ早いよ? 最後まで足掻いて足掻いて……2人で、生きよう? 2人で生きる未来を信じて、一緒に戦おうよ」
「……歌菜には、負けた」
 それは、了承の言葉。
 諦めない気持ちを同じにする言葉。
「例え、駄目だったとしても……後悔なんかしないよ。あなたがいるから、私は強くなれる」
 羽純は、結んだハンカチの上から歌菜の手に唇を寄せた。
 結んだ手が離れ離れにならないように。
 俺の『怖さ』が解るから、お前も『怖い』んだな。
「一緒に行こう。もう離さないから、離れるなよ?」
「うん! 羽純くんと一緒なら、絶対に大丈夫だよ!」
 歌菜が、嬉しそうに笑った。
 その笑顔が、俺を強くしてくれる。

 俺は、お前を守る。
 だから、お前も俺を守ってくれ。

 ハンカチで結ばれたまま、2人は走り出す。
 行く手に何があっても、この手はもう離さない。
「……ありがとう、歌菜」
 羽純の言葉に歌菜が笑う。
「大好きだよ」
「知ってる」
 だから、ここにいる。

 最期に掲げたその手は───2人は、何があっても離れないという誓いの意味。
 後悔しなかった証。

●生まれ変わろうと、この心は───
 ハロルドは、ディエゴ・ルナ・クィンテロが駆ける方向とは真逆に飛び出した。
(左目が……痛い、ううん、熱い……)
 既に、右目しか見えない。
 不意打ちでなければ、きっとこんなことにはなっていない。
(嫌だ……死にたくない、怖いよ……)
 逃げなければ、と身体を引き摺るようにして前へ進む。

 やりたいことは、まだ沢山ある。
 騎手としてやり直したい。
 両親と仲直りしたい。
 友達と一緒にショッピングを楽しんでみたい。
 ……素敵なお嫁さんになりたい。

『……逃げろ』
 蘇るのは、ディエゴの言葉。
 最高の、唯一の人。
『俺はどこかにいる誰かの未来の為、戦って死のう』
 命を惜しまないディエゴの言う未来には、自分もいた。
『俺の代わりは幾らでもいるが、お前は違う』

『麦の穂が落ちて次の麦になるように、俺は落ちて次に向かう。……次もまた、共に戦えることを願っている』

 足を止めて振り返り、ディエゴが走った方向を見る。
(未来の、為……)
 誰かの未来の為に戦うあなた。
 けれど、あなたが言う未来に、あなた自身がいない。

『綺麗ごとを言ったが、その実は俺の我儘だ。……俺はもう大切な人が先に逝くのを見たくない』

(あなたがいない未来……)
 本当に笑える自信なんかない。
 幸せなんかになれない。

『いつも見守ってくれてありがとう。これからも一緒にいてくれると嬉しいな……』
『先のことを案じるより、あのウサギでも見ておけ。本物ではないが、動物、好きだろ?』

 あなたは、いつも。
 いつも───

『分かった。お前が、エクレールが望むなら』

 エクレール。
 その名を呼んでくれる、最高の、唯一の人。
「戻らなきゃ……」

『俺も、好きだ。過去も未来も、全てを受け入れ、ペアだからでなく、俺がエクレールを守りたい』

 あなたのいない未来に、何の意味がある?

 あの日のあの音色が頭の中で繰り返される。
 繋がれた手の温もりも、照れ笑いも、まだ濡れたままの肩も……ディエゴがくれたもの。
 彼は、彼自身を贈ってくれた。

 あなたのいない未来に、何の意味がある……!

「ディエゴさん……!」
 敵に取り囲まれたディエゴが覚悟を決めた時、その声を聞いた。
 逃した未来が、駆けて来る。
 自分しか映していないかのように、稲妻の名が示すように。
「エクレール……」
 戻ってきたのか、という言葉は、声にならなかった。
 ただ、最高の、唯一の人を引き寄せ、抱きしめる。
「ディエゴさん、逃がしてくれたのにごめんなさい。私も最後まで戦います」
「顔を……よく見せてくれ……」
 腕の中のハロルドが、ディエゴを見上げてくる。
「片目しかなくてごめんなさい……」
「片目が潰れたってお前は綺麗だ。誰より分かってる」
「ディエゴさん、頑張ってますね」
 ハロルドが、いつもの調子で笑う。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「エクレール、俺は───」
「私思うんです」
 ディエゴを遮り、ハロルドが告げる。
「明日は、きっと良い日。ディエゴさんが隣にいれば、きっと良い日になる」
「エクレール……?」
「あなたの代わりなんていない」
 幸せの意味も笑顔の意味も───ディエゴと共に在る未来にしかない。
 周囲を取り囲む敵を見、ハロルドが笑う。
「もし、ここで全てが終わっても……生まれ変わって私と契約してくださいね。私の心は、生まれ変わってもディエゴさんのものですから……約束です」
「離れずに戦えば、次の生でもまた出会い、這い上がれるだろう」
「それだけですか?」
 ハロルドがそう問うと、敵に向き直ったディエゴが背中でこう言った。
「心だけでいいのか?」
 最期まで、共に。
 それは、どこかの誰かの未来の為。
 そして───自分達自身の為。
 ハロルドが、「いいえ」と隣に立った。
 敵が、迫ってくる。
 絶望を感じる恐怖は、もうなかった。

 唯一の、最高の人。
 この心は、あなたの、お前のもの。
 次の生も、その次の生も、ずっとずっと───

 目覚めた夢の先、彼らは夢に何を想うか。
 それは、夢を見た者達次第。
 全ての想いは、杜鵑草だけが知っている。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ミサ・フルール
呼び名:ミサ
  名前:エミリオ・シュトルツ
呼び名:エミリオ

 

名前:ハロルド
呼び名:ハル、エクレール
  名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ
呼び名:ディエゴさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 真名木風由
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月05日
出発日 07月11日 00:00
予定納品日 07月21日

参加者

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