ウィンクルム療養中(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 A.R.O.A.のロビーで依頼書を見ていたところ、急なめまいに襲われてその神人は自分の体の疲れを自覚した。額に手を当ててみれば、どうやら熱もあるようだ。蒸し暑い気候のせいで、体調を崩しているのかもしれない。
 ふらついて壁にもたれかかっている神人の様子に気づきA.R.O.A.の女性職員が声をかける。青ざめた神人の顔色を見て、無理せず休んだ方が良い、と職員はいう。数時間ほどの休憩ならば、医務室のベッドを利用できると告げた。
 そういうことなら医務室で休ませてもらおう。しばらく休めば疲れもとれるはずだ。そう神人は判断する。一応、パートナーの精霊にも軽い体調不良とA.R.O.A.の医務室にいることをメールで連絡しておこう。
 ……その後、かなり心配した面持ちの精霊が看病グッズを抱えておしかけてくることを彼女はしるよしもなかった。



 先ほどとは別の神人の話。それは不注意と不運が招いた事故だった。彼女は精霊とスポーツを楽しんでいる時に、足をくじいてしまった。今は自宅で大人しくしている。
 足の痛みもつらいが、それよりもデート中にケガをしたことに気持ちがどんよりと暗くなる。精霊とのデートが、このケガのせいで台無しになってしまった。
 彼はどうしているだろうか。足が治るまでは気ままな外出は難しい。電話でもかけて、せめて声だけでも聞こうか。
 彼女はいそいそと携帯を取り出した。



 ここはタブロス市内の病院。オーガ退治で負傷したウィンクルムのペアが入院している。
 神人は腕を軽く骨折、精霊はお尻をデミ・ワイルドドッグにガブリとかじられるという痛ましいケガを負っていた。どちらも命に別状はなく意識もハッキリしている。あの時の作戦が悪かったとか、でも命があって良かったとか、負傷したウィンクルムペアはわいわいと賑やかにおしゃべりに花を咲かせている。これだけ元気なら、近いうちに退院できるだろう。
 寝る時の病室は男女別だが、ここの病院では患者用にロビーや中庭が開放されている。また、日中の面会時間であれば外から患者のお見舞いにくることもできる。



 あなたとパートナーにとっても、病気やケガは他人ごとではない。
 体調が万全でない中どんな風に過ごすかは、それぞれのペア次第だ。

解説

・必須費用
治療費:傷病者1人500jr

・プラン次第のオプション費用
食材セット:100jr
看病グッズ:100jr
お見舞い花:100jr



・場所について
A.R.O.A.の医務室、神人か精霊の自宅、タブロスの病院を舞台に選べます。



・病気やケガについて
病人やケガ人になるのは、神人と精霊のどちらかでも、両方でもOKです。両方の場合は、傷病者二人で治療費は1000jrいただきます。

GMは風邪といった日常的な病気や、依頼や余暇中の軽いケガなどを想定しています。比較的重いものでも、短期間の入院で治る程度までです。

特殊な病気や、意識不明の重体、肉体欠損レベルのケガはなしでお願いします。例外として、永久歯を欠損しますが、日常的な病気ということで虫歯はありです。



・プランについて
EXエピソードです。リザルト文字数が通常より多くなっていますが、プラン文字数は従来のままです。
そのため、プランにない細かな描写や情景などは、GMが自由設定などから想像したり、オススメするものを書く形になると思われます。参加される際は、この点をご了承ください。
プランでは、これがやりたい、これは外せない、というものを優先して書かれることを推奨します。

ゲームマスターより

山内ヤトです!

ちょっとした体調不良やケガなどで、ウィンクルムが休養します。
エピソードジャンルはハートフルとなっておりますが、プラン次第でコメディやシリアスにも対応可能です。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  場所:輝が住むアパートの部屋

何だかちょっと熱っぽい
風邪かしら
今日は本部に行く予定だったけど、熱があるのバレたら
アルに怒られるし延期して貰った方がいいわね
メールしておかなくちゃ

メールを打ってる最中にもどんどん気分が悪くなり
かろうじて送信したあとベッドに倒れ込む

どれくらい眠っていたのか、額のひんやりした感覚で目を覚ますと覗き込んでる顔

!?
ななななんでアルがいるの!?
叫びたいけど声は出ず体を起こそうとしたら目眩

そう言えば緊急用に鍵渡してたっけ…と思い出す

自分の部屋にアルが居るのが落ち着かない
一緒に暮らしたらこんな感じなのかしら…

甘えてもいいのかな…熱のせいか優しい視線に素直に答え
「プリン、食べたい」


Elly Schwarz(Curt)
  ・最近の心情:ネガティブ
はぁ、今日も足手まといに…。
段々難しくなってるとは言え、これでは本当に…。(ぼそぼそ

・気絶中悪夢(過去の出来事やクルトに見捨てられる等)を見る
・精神を削るような感覚
何度も見た炎の中。あの日と同じ…。
僕は何度見れば…いいんです?どうにか、なってしまいそうなんです…。
あ、クルトさん!待って下さい!!
…また夢であっても
もう、沢山ですからっ!

・目覚め
・距離感に驚く
・彼の言葉に素直になれないもどかしさで泣きたくなる
(ここは…?)ったた…た!?(クルトさん!?ち、近っ!??)
あああの!これは一体!
…魘され?そう…でしたか。
僕は…あなたに甘えてばかりです。僕だって支えたいと思うのに。



水田 茉莉花(八月一日 智)
  場所:一緒に住んでいるマンションの一室

うー、抜いた親知らずの痕がまだ痛いー
鎮痛剤飲んだのに、痛いー、何もしたくなぁい!

…ほづみさん、お帰りなさい
がっつり、抜かれました、親知らず
ペンチとノミみたいなのでメキって…何針か縫われました

…下の歯ー
うぅ、腫れてるの?…冷やすやつ準備しなきゃ(よろよろ)

(完成したご飯の匂いに釣られて食卓へ)
うん、食べたい…ほづみさんのご飯美味しいもの
…パスタばっかりだけど
うん、気をつけるね、いただきまーす

うん…お風呂も気をつける…
なんか、今日はあたし素直かも…ほづみさんも妙に優しいし

ほづみさん、ほづみさん…一緒にいて貰っていいですか?
なんか、心細いんです…大丈夫、ですか?


和泉 羽海(セララ)
  アドリブ歓迎

朝起きたら体がだるくて熱っぽかった
いつも通りあの人からメールが来てたから、今日は来ないよう返信した
…多分それが間違いだった

ちょっと眠っただけなのに、目が覚めたらあの人がいた
……なんで??
年頃の娘を男と二人きりにさせるなんて何考えてるんだ
まぁ…間違いなんて起きるはずもないだろうけど…
ていうか、今日平日だよね?

『…学校は?』(口パク)

優先順位間違ってるよ…この人頭大丈夫かな…

目が合ったら、見たことないくらい優しい顔で微笑まれた
イケメンずるい
布団の中に隠れようと思ったけど、頭撫でられるの気持ちいいからできない
お母さん、早く帰ってきて…

また眠る前になんか言ってたけど…よく聞こえなかったな…


星川 祥(ヴァルギア=ニカルド)
  気がついたら知らない所で寝てた
頭がぼーっとしてる
聞きなれた声が横から聞こえて目だけでそっちを見ると
ヴァルくんが座ってた
声が出なくて口パクになる

ご め ん ね

まさかヴァルくんの前で倒れちゃうなんて
申し訳なさと恥ずかしさで顔は真っ赤で涙目になる
布団をぎゅーっと握って顔を隠してると
ヴァルくんがおでこを!おでこに!手を!!
きゃあああ(錯乱

よく分からないけどすごく恥ずかしくて顔を振りまくってたら
また頭がくらっとして後ろに倒れそうになった
ヴァルくんの手が背中を支えてくれた

「ばぁか」そう言って私にデコピンを一発
痛っ
でもその痛みがなんだか心地よくて
ヴァルくんが優しくて
倒れてみるのもたまにはいいなって思った



●ウィンクルムのカルテ  患者:星川 祥  症状:貧血
 朦朧とした意識の中でゆっくりと目を開ける。
「……」
 頭がぼーっとして、なんだか思考がふわふわしている。体に力も入らない。ここはどこだろうと、頭の片隅で考えながら『星川 祥』は再び気だるい睡魔に飲まれかける。
「サチ! オレだ! 起きろ」
 聞きなれた声が横から聞こえた。祥が視線だけでそちらを見れば、『ヴァルギア=ニカルド』が心配そうな面持ちで座っていた。
 ここはどこだろう? 気がついたらしらない所で寝ていた。状況がわからないがそれほど祥の心に不安感がないのは、清潔に整えられたベッドの落ち着ける雰囲気と、なによりそばにヴァルギアがいてくれるからだろう。
 口に出して質問したわけではないが、ヴァルギアは祥の表情を見て察した。祥の疑問を解消するように何が起きたのか説明してくれた。
「もしかしてお前、倒れた時のことを覚えてないのか? 仕事の話を聞いてる最中に急に倒れたんだぜ」
 ヴァルギアに言われて、だんだんと祥の記憶も戻っていく。そういえば、A.R.O.A.で依頼の説明を聞いている時になんだか頭がくらくらしてきたような……。そこから祥の意識はとぎれている。
「その時そばにいたA.R.O.A.の女職員と協力して、二人がかりでサチを両脇から支えるようにして医務室まで運んだんだ。わりとすぐに目を覚ましてくれて、ホッとしたぜ」
 そうなのか。祥はてっきり、ヴァルギアが一人で自分を抱きかかえてベッドまで運んでくれたものだと思っていた。医務室にはすでに女性職員の姿はない。祥の看病はヴァルギアに任せ、職員は通常業務に戻っていったのだろう。今医務室にいるのは、祥とヴァルギアの二人きりだ。
 目の前にいるヴァルギアに話しかけようとしたけれど、祥のノドからは声が出てこない。やむを得ず、口パクで伝える。
 ご め ん ね、と。わかりやすいように一言ずつ区切って、ハッキリと唇を動かす。感謝と謝罪の気持ちを込めて。
「サチ? 声、出せないのか……?」
 声を出せないほど弱っている祥を見て、ヴァルギアは悲しそうな顔をした。すぐに目を覚ましたのでホッとしたものの、やはりまだ祥はしんどいのだろう。
「……ったく。いつもオレのことばっか心配して自分が倒れてちゃ世話ねぇよな」
 ぶっきらぼうな言葉だったが、その口ぶりには祥を心配するヴァルギアの優しさが見え隠れしていた。
 ヴァルギアは気遣ってくれたが、祥は彼の前で倒れたことに申し訳なさと恥ずかしさを感じている。目に涙がにじんでくるし、顔は真っ赤になってくる。祥は顔を隠そうと、布団をぎゅーっと握って引っぱった。
 顔は隠せたものの、朱色に染まった祥の耳はヴァルギアに見えている。
「耳が見えてるぞ。真っ赤だ」
「!」
 祥は慌てふためいて手をバタバタさせたが、ヴァルギアに布団を剥ぎ取られてしまった。彼は優しげな苦笑を浮かべていた。そして、スッとその手を祥の方へと伸ばす。
「うーん、赤いな。ひょっとして、熱があるんじゃないか?」
 ヴァルギアの指が祥の茶色い前髪をサラリとかき分けて、熱を計るようにおでこに触れる。機械いじりを続けてきたヴァルギアの手は、金属を扱う武骨さとと細かい作業をこなす繊細さを併せ持っているようだった。
「っ……!」
 祥はドキドキして軽い錯乱状態に陥った。
(ヴァルくんがおでこを! おでこに! 手を!! きゃあああ!!)
 ノドがかすれてさえいなければ、祥はそんな風に叫んでいたかもしれない。
「熱はないな、貧血だったみたいだぞ」
 とヴァルギアが言っても、祥は頭をぶんぶん振っているので話が耳に入っていない。ヴァルギアにおでこを触られたのが恥ずかしくて、よくわからないままにじたばたと暴れていた。
「って言ったけど、顔をぶんぶん振って話を聞きゃあしねぇ……」
 恥ずかしさで暴走している祥を見て、呆れ気味にヴァルギアがため息をつく。
 しかし、そんな風に激しく頭を振ったりして、祥の体に負担はないのだろうか?
「……!?」
 案の定、また頭がくらっとして祥は平衡感覚を喪失する。姿勢を維持できない。倒れる。祥はそのまま倒れて体をぶつけるのを覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。
 でも、大丈夫だった。
「おいっ、サチ!」
 体が傾いて倒れそうになったところをヴァルギアがとっさに手を伸ばして助けてくれた。彼の腕は力強く祥の背中を支えている。
「危ないところだったな。あんなに暴れたりするからだぞ」
 助けられたことにまたドキッとしたが、ヴァルギアにそうたしなめられたので、祥はさっきのように恥ずかしさで暴れることはなかった。
「自分の体も気遣えっつーの」
 普段の生活ぶりを見ると、飲食はおろか排泄さえ忘れるほどに機械いじりに夢中になるヴァルギアの方が何かと体を壊しやすそうだ。しかし、そんなヴァルギアのことをあれこれ心配してた祥の方が、まさか体調不良でダウンすることになるとは。
「ばぁか」
 少しだけ意地悪な響きの声で、ヴァルギアは祥の額にピシッとデコピンを一発当ててきた。
 いきなりのデコピン。痛みで軽く涙目になる祥。痛みを和らげようと、デコピンされたところをなでさする。
 痛がる祥を見て吹き出すヴァルギア。ひどい。
 でも、ヴァルギアのちょっとしたイタズラには温かさがこもっていた。
 祥にもちゃんとその思いが伝わり、微笑んだ。デコピンされたところに触れてみる。今度は痛みをごまかすためじゃなくて、余韻を味あうために。ヴァルギアにデコピンされた痛みが、なんだか温かく心地良いものに感じられる。
 こんな風にヴァルギアと過ごせるのなら、倒れてみるのもたまにはいいな、なんて思えてくる。
「よし! 一緒に飯食ってスタミナつけるか!」
 ヴァルギアの誘いに、祥も笑顔でコクリと頷いた。貧血気味なら、栄養のあるものを食べれば良くなるはずだ。
 医務室での休憩を終えた後、元気になるための食事を二人で食べることになった。
 最初は少食気味だった祥だが、ヴァルギアの良い食べっぷりを見ているうちに、だんだんと食欲がわいてきた。
 機械いじりに没頭するハードな生活でもヴァルギアが元気でいられるのは、このスタミナ食のおかげなのかな、とご飯を食べながら祥は思った。

●ウィンクルムのカルテ  患者:水田 茉莉花  症状:親知らずの抜歯
 マンションの一室で、ひどく憔悴した様子で女性がうめき声をあげている。顔色は真っ青だ。キレイなブルーのロングヘアーが少し乱れてしまっているが、いちいち整えている余裕はなかった。
「うー、抜いた親知らずの痕がまだ痛いー……」
 『水田 茉莉花』は歯医者で親知らずを抜いた後の痛みで悶絶していた。痛い。ジワジワと痛い。何をしてもこの不快な痛みから逃れることはできない。
「鎮痛剤飲んだのに、痛いー、何もしたくなぁい!」
 抜歯手術の最中は麻酔が効いていたのだが、家に帰る頃には麻酔の効果が消えていき……。
 そして地獄のような試練がはじまった。

「ただい……あれ? みずたまり帰ってきてるよな」
 帰宅した『八月一日 智』は、真っ暗な部屋に少し驚いた。玄関先の靴を確かめれば、茉莉花の靴はある。茉莉花は、勤めていた会社が倒産し住んでいたアパートが全焼したというとびきりの災難に見舞われた日に智と出会い、その縁で今は智が住んでいるマンションで一緒に暮らしている。
「みずたまりー……やっぱいた」
 名前を呼びながら部屋の電気をパチリとつける。部屋の片隅でぐったりとうずくまる茉莉花の姿があった。
「……ほづみさん、お帰りなさい」
「どーした? 電気もつけねぇで?」
「がっつり、抜かれました、親知らず」
 歯医者での出来事を遠い目で回想する茉莉花。
「ペンチとノミみたいなのでメキって……何針か縫われました」
「あー……。上の歯か? 下の歯か?」
「……下の歯ー」
「うわっ。それは大変だな、みずたまり」
 上の親知らずなら比較的すんなりと抜けるのだが、下の親知らずは顎の骨や神経とくっついていることが多くて手強いのだ。
 智も親知らずを抜かれた経験がある。同じ痛みを知る者として、親身になって茉莉花の様子を見る。
「……顔見せてみ? あー……ちょっと腫れてんなぁ」
「うぅ、腫れてるの? ……冷やすやつ準備しなきゃ」
 立ち上がろうとする茉莉花はよろよろとして、非常に危なげだ。
「いいから休んでろ」
 頬を冷やすものは、智が持ってきてくれた。タオルにくるまれた保冷剤を腫れた頬に当てると、少しだけホッとした。
「しゃあねぇ、今日はおれが飯作るぜ。ショートパスタなら噛まずにすむだろ?」
「ありがと、ほづみさん」
 智がキッチンに立っている間、茉莉花は安静にしながらジンジンと神経に響くような痛みに耐えていた。智がいなければ、この痛みを一人でしのぐことになったのだろうか。そう考えると、智の存在がとても頼もしくありがたく思えてきた。

「……ほら、出来たぞ」
 料理の良い匂いにつられるように、茉莉花は食卓に向かった。
「念のためにゼリー飲料も準備しといた……喰えるか?」
「うん、食べたい……ほづみさんのご飯美味しいもの。……パスタばっかりだけど」
「パスタばっか言うの禁止」
 茉莉花が食べ始める前に、親知らず抜歯の先輩として智が貴重なアドバイスをする。
「抜いた方の歯は使わねーようにしろよ。挟まって痛ぇ思いするぞ」
「うん、気をつけるね、いただきまーす」
 柔らかなショートパスタを片側の歯で注意深くもぐもぐと噛んで食事をする。どうしてもゆっくりになってしまう。茉莉花が食事を終えるまで、智は待ってくれた。
「あとなー、風呂桶には入るなよ、すっげー痛くなるから」
「うん……お風呂も気をつける……」
 その他にも、傷が気になっても舌でいじったらダメだとか、勢い良くうがいをするのはやめるようにとか、智からは経験者ならではの助言をもらった。
 智の言葉に頷きながら、茉莉花は今日の自分たちの空気がなんだか普段とは違うように感じた。
 食事を終えてふらふらと浴室に向かう茉莉花。智から注意されたことを守って、湯船には入らずにシャワーで済ませる。
(なんか、今日はあたし素直かも……ほづみさんも妙に優しいし)
 本来は強気な性格の茉莉花だが、痛みで弱ったことで相手に素直な面をさらすことになった。茉莉花が弱い一面を見せたことで、智はそんな彼女の助けになりたいと思う。そういう理由が咬み合って、今日の二人の関係はいつもと違った様相になる。
「……今日は寝るとき、付いていた方がいいのかなぁ?」
 茉莉花が浴室にいる間、智は食器の片付けをしながらひとりごとをつぶやいた。
「イヤでも、寝る場所別って、住むとき約束したしなぁ……」
 同じマンションの部屋で暮らしてはいるものの、その辺りの取り決めや線引はしてある。だが、今日は普段とは事情が違う。茉莉花はかなりの痛みにさいなまれていて、智はその苦しみを少しでも和らげてやりたいと思っている。
「……どうするかは、みずたまりの具合次第かな」

 寝る時間になり、二人は別々の部屋で休んだ。といっても茉莉花はなかなか寝付けずに、真夜中になってもうんうんと唸っていた。
 すると、ドアをノックされた。
「おーい、大丈夫かー? 保冷枕持ってきたぞ。入っても良いか?」
「ううー……どうぞ」
 少しだけ開けたドアから顔を出し、智はひんやりとした保冷枕を茉莉花に差し出す。
「傷が塞がれば痛みも引いていくからな。それじゃ、おやすみ」
 そう言って立ち去ろうとする彼を茉莉花が止めた。
「ほづみさん、ほづみさん……一緒にいて貰っていいですか? なんか、心細いんです……大丈夫、ですか?」
 茉莉花の方から心を開いて、そう頼んだ。
「そうか……。具合が悪い時は心細いよな」
 そんな彼女の信頼に応え、智は明け方まで一緒にいてくれた。茉莉花が気を紛らわせるように話をしたり、新しく保冷剤や鎮痛剤が必要になったら手際良く用意する。
「温めるのもマズイけどよ、冷やしすぎても血の巡りが悪くなって傷が治りにくくなるらしいぞ」
 冷やしすぎた茉莉花の頬を心配して、智が慎重な手つきでそっと触れる。彼の手はほのかに温かくて、思いやりに満ちている。なんだか、二人の顔も近い。
 茉莉花の胸が高鳴った。顔が赤くなる。
「あ。少し熱っぽいな。やっぱり冷やした方が良さそうだ」
「う。うん」
 頬がほてったのは、本当に痛みだけが原因だろうか。

 数日して、茉莉花の抜歯痕はふさがってきた。熱も腫れも引いていった。
 けれど、あの日とても親身になって世話をしてくれた智への感情は、痛みと一緒に消えたりはしない。

●ウィンクルムのカルテ  患者:Elly Schwarz  症状:熱中症および目眩
 A.R.O.A.のロビー。『Elly Schwarz』と『Curt』は、引き受けた依頼結果の報告に来ていた。仕事の出来栄えは……エリーの浮かない顔とぼそぼととつぶやく力ないひとりごとから察しがつくだろう。
「はぁ、今日も足手まといに……。段々難しくなってるとは言え、これでは本当に……」
 ここ最近のエリーの心情はネガティブ方面に傾いていて、どうしても悪い方に考えが向いてしまう。
 パートナーの精霊であるクルトは、エリーの心が沈んでいることに薄々気づいていた。
(最近何かまた思い詰めているとは思ったが、今日は一段とらしくなかったな……)
 だが、そんなエリーに対してどう接すれば良いのかわからず、どんな言葉をかけようかとクルトが悩んでいるうちに……。
 ドサリ、と。
 エリーは倒れた。
 もつれる足。細い体は糸を切られた操り人形のように脱力し、崩れ落ちる。倒れる時にエリーが壁や床で頭を打つのも見えた。
「……っ、エリー!!」
 いつもはクールな性格のクルトが、焦った声で彼女の名を呼んだ。

 重苦しく沈鬱な悪夢の世界に、エリーはいた。
 燃え盛る業火が平穏な日常を壊していく。夢の中だというのに皮膚がチリチリと焦げていく感じがする。何度も見た炎の中。
「あの日と同じ……」
 オーガの襲撃で、エリーの故郷の村は壊滅状態になった。エリーの家族はその時に奪われた。
 ふと足元を見れば、子供時代のエリーの服や好きなオモチャが黒い煙を上げていた。幸せだった頃の象徴が、悪夢の中ではぶすぶすと無残に燃え崩れていく。
 あまりの悲惨な光景に、エリーは目を覆ってしゃがみこんだ。
「僕は何度見れば……いいんです? どうにか、なってしまいそうなんです……」
 精神を削るような感覚に、エリーの心は折れていく。
 ふと、近くに人の気配を感じる。オーガではなさそうだ。生きている人がいる! エリーはパッと顔を上げた。そこにいたのは、慣れ親しんだパートナー、クルトだった。
「あ、クルトさん!」
 クルトがいる。彼の存在に、エリーは心から救われるような思いがした。夢は村の跡地から場面転換し、都市のような風景へと変化する。
 だけど、ここは悪い夢。クルトはまるでエリーのことが目に入っていないかのように、彼女を無視してどこかへ歩き去っていく。
「待って下さい!!」
 必死に後を追いかける。夢の中では思うように走れない。
「……また夢であっても、もう、沢山ですからっ!」
 それでも強い思いで、クルトの元にたどり着く。彼の背中に追いつき、その手をとった。
 が……。
「……え……? ウ、ソ……ですよ、ね……?」
 驚きと絶望で、エリーの声はかすれる。
 ウィンクルムの絆を示す二人の左手の赤い紋章は、跡形もなく消えていた。
「チッ。……なんだお前か」
 つかんでいた手を乱暴に振り払われる。クルトがゆっくりと振り返り、エリーのことを見た。鳥肌の立つほど冷ややかな表情だった。
「今日の依頼結果は最低だったな。この足手まといが。俺はもうお前と関わる気はない。せっかく自由になれたしな」
 クルトは紋章のない左手を嬉しそうにひらひらと振った。
「そんな……クルトさん、まさか僕のことを……み、見捨てるんです、か……」
「ハッキリ言わないとわからないか?」
 酷薄な言葉と共に、クルトはエリーを手荒く突き放す。
「邪魔だ。鬱陶しい。もう俺にまとわりつくな。さようならだ、良い子ちゃん」

「……? うなされて? ……エリー? エリー!!」
 現実世界。悪夢にうなされるエリーの様子にクルトが気づいた。名前を呼んで、肩を軽く揺さぶる。
「う……」
 目を覚ましたエリーが最初に思ったのは、ここはどこ? という疑問。次に認識したのは、すぐそばでこちらを見つめているクルトの真剣な顔だった。
「……目が覚めた、か」
 クルトは安堵の表情を浮かべ、そのまま細いエリーの体に腕を回して、大切に守るように抱きしめた。
「ったた……た!? あああの! これは一体!」
 自分はベッドに寝かされていた。クルトが自分を抱きしめてきた。そんな状況に、エリーはちょっとしたパニックになる。
「あ、いや……取り乱して悪い。お前が居なくなったらと思ったら……怖く、なってな」
 抱擁は解いたが、クルトはエリーのそばから離れることはなかった。
 クルトがおおまかに事情を説明する。ウィンクルムとしての仕事の帰宅中にエリーが倒れたこと。ここはA.R.O.A.の医務室だということ。休ませていたら、段々とうなされてきたので揺さぶって起こしたこと。
「……うなされ? そう……でしたか」
 そう言われて、エリーの脳裏にあの悪夢の記憶がふっとよみがえる。
「……」
 不安感が込み上げてきて、エリーは自分の頬を強めにつねった。
「痛っ! ということは、今度はもう夢じゃないんですね。良かった……」
「いったい何してるんだ……」
 呆れ気味のクルトに、力なく苦笑してエリーは弱々しい声で答える。
「……いえ、ちょっと……。とてもつらい夢を見たので」
「……そうか」
 でも、あれだけひどい内容の悪夢を見たのは、それだけクルトとの絆がエリーにとってかけがえのないものだということの証のようにも思える。クルトとの関係を大切に思ってなければ、そもそも彼から見捨てられることに恐怖など感じないだろうから。
「僕は……あなたに甘えてばかりです。僕だって支えたいと思うのに」
 曇り顔のエリーを見て、クルトは彼女の助けになりたいと思う。
「……何か、またお前の中で不安が広がってるのなら、俺が拭いたい」
「クルトさん……。でも、僕は……」
 エリーの声は、少しだけ涙声になっていた。クルトの言葉は優しくて、でも素直に甘えることもできない。そんなもどかしさで泣きたくなる。
「俺が傍に居て欲しいと思ってるんだ、お前が不安に思う事なんて無い」
 そう言って、クルトはもう一度エリーを優しく抱き寄せる。
「大丈夫だ」
 銀色をしたエリーの髪をクルトが慈しむようになでる。
「クルトさん、少しくすぐったいですよ。でも、とても落ち着きます……」
 二人でこうしていると安心できる。過去の惨劇や先ほどの悪夢で傷ついたエリーの心が、現実のクルトの優しさで少しずつ癒えていくようだった。

●ウィンクルムのカルテ  患者:月野 輝  症状:風邪
 いつものように朝起きたら、なんだか体の調子が悪い。どうやら、ちょっと熱っぽいようだ。
「うーん。風邪かしら」
 『月野 輝』はがさごそと体温計を探してきて、熱を測った。
「うっ! 思ってたよりも、けっこう熱が高いわね……。どうしましょう、今日は予定があるのに……」
 今日はパートナーの精霊『アルベルト』と共にA.R.O.A.本部にいくことになっているのだが、この熱で外出するのは問題がありそうだ。タブロス市内にあるA.R.O.A.本部はそれなりに大勢の人々が行き交う場所だ。具合が悪い時には、あまり人混みには近づかない方が良いだろう。
「熱があるのバレたらアルに怒られるし延期して貰った方がいいわね」
 ここで無理をすれば、きっとアルベルトからお仕置きされるだろう。なんとなく輝には予想がついた。具合が悪い時はきちんと休息を取ることが大事だ。
「今日はA.R.O.A.にいけない、って……、アルにメールしておかなくちゃ……」
 携帯に手を伸ばし、アルベルトに連絡しておく。熱の気だるさは一層ひどくなってきて、気分も悪くなってきた。メールの文面はだいぶシンプルで素っ気ないものになってしまった。風邪で朦朧として、気の利いた言葉を考えることができない。多少の誤字や、文脈のおかしな点もある。
 かろうじてメールを送信すると、輝はぐったりした様子でベッドに倒れ込んだ。

 アルベルトは輝から送られてきたメールに目を通した。
 熱があるのを隠して出てきたらお仕置きをする所だったが……。と思いつつ、こうして輝が素直に連絡してきたのは良い傾向だと、アルベルトは微笑を浮かべる。
「ともあれ熱があるというのは……」
 放ってはおけない。幸い、輝が住んでいるアパートの場所は知っている。見舞いにいって、彼女の様子を見てこようと思い立つ。
 近場の商店で看病に役立つものやスポーツドリンクやプリンなどの食料を一通り揃えて、アルベルトは輝の住む部屋へと急行する。
 しかし、アパートにたどり着いていくら呼び鈴を鳴らしても、輝が玄関に出てくる気配はなかった。アルベルトは送られてきたメールを再確認する。かなり朦朧とした状態で、輝がこのメールを打ったことがうかがえる。
「……」
 待ってみたがまだ輝は出てこない。
 しばしの思案の末に、アルベルトは合い鍵を取り出した。以前に輝から、何かあった時のために、と渡されていたものだ。
 親しいパートナーとはいえ、女性の自宅に勝手に入るのは少し気が引けたが、輝の置かれた状態を考えるとやむを得ない。緊急の措置として、アルベルトは合い鍵を使用した。
「輝には後で謝ろう……」
 ドアの鍵を開けて部屋に入る。
「輝!」
 玄関で呼びかけたが、輝からの返事はない。部屋は静まり返っている。
「っ!」
 アルベルトは最悪の事態まで想定し、急いで部屋へ踏み入った。今は遠慮をしている事態ではない、という判断をした結果だ。
 輝はすぐに見つかった。彼女は寝室のベッドで、倒れ込むようにして眠っていた。少し苦しそうだが、ちゃんと呼吸をしている。
 アルベルトは寝ている輝をそっと確認する。彼は最高峰クラスの高い医療技術を持っていた。熱は高めなものの、それほど酷い症状では無さそうだと診断を下す。アルベルトは、ふっと肩の力を抜いて安心した。この分なら、自宅でしっかり休めば良くなるだろう。
 買ってきた冷却シートのパッケージを開ける。少し汗ばんだ輝の額に冷却シートを乗せて、アルベルトはベッドの脇に座り込んだ。

 あれからどれくらい眠っていたのか。寝返りをうった時に、額のひんやりとした感覚に気づいて、輝は弱々しく目を開ける。
 ドキリとした。
 そこには輝のよく見知った、けれどこの部屋にはいないはずの人物の顔がすぐそばにあって。
「!?」
「おはよう」
 目覚めた輝の顔を覗き込むようにして、アルベルトが穏やかな微笑みと共にそう挨拶した。突然のことに驚く輝とは対照的に、アルベルトは落ち着き払った余裕のオーラを放っている。
「な、なな……」
 なんでアルがいるの!? そう叫びたかったが、風邪の疲れのせいかノドがかすれて声が出ない。とりあえず体を起こそうとしたら、グラリとするきつい目眩に襲われた。
「きゃ……っ」
「輝! 急に起きたら危ない」
 倒れかけたところをアルベルトに支えられ、輝はまたベッドに横になる。
「発熱がある。水分補給をした方が良いな。起きるのはゆっくりで構わないから」
 アルベルトはスポーツドリンクを持ってきた。今度は注意深く体を起こして、輝はペットボトルに口をつけた。ノドが水分で潤うと、声を出しやすくなった。
「……それで、なんでアルがいるの?」
 先ほどの疑問を口に出す。
「なんでと言われても……」
 そう言って笑いながら、アルベルトは鍵を見せる。
 それを見て、輝も思い出した。緊急時のために、彼にはアパートの部屋の鍵を渡していたのだと。
「そういえば鍵を渡してたわね……。助けにきてくれて、ありがとう、アル」
 もじもじしながら、アルベルトにお礼の言葉をかける輝。
 ただ彼が助けに駆けつけてくれたこと自体はとても嬉しいし感謝もしているのだが、自分の部屋にアルベルトがいる、という状況がどうも落ち着かなかった。
(一緒に暮らしたらこんな感じなのかしら……)
 頼りがいのある彼の横顔を眺めながら、輝はぼんやりとそんなことを思った。
「食欲は?」
 テーブルの上には、プリンとヨーグルト、レトルトパウチのお粥が並べられた。どれも病気の時に食べやすいものばかりだ。
 アルベルトの優しい配慮で、輝も甘えても良いのかもしれない、という気になってきた。
「何か食べたい物あるか?」
 温かな視線でアルベルトがそう問いかける。風邪の熱で弱った輝は、素直に答える。
「プリン、食べたい」
 少し幼気な口調で、そうねだる。
 柔らかなプリンの口当たりは病人にも優しく、つるりとノドを落ちていった。
 アルベルトがいると、病気の心細さが和らいでいく。それは単に彼が深い医療知識を持っているからといった実利的な理由などではなく、もっと別の理由だろう。

●ウィンクルムのカルテ  患者:和泉 羽海  症状:熱および倦怠感
「……」
 その日の朝、『和泉 羽海』が目を覚ますと体のだるさと熱っぽさを感じた。体調がすぐれない。
 とりあえず、一度部屋から出て薬を飲むことにした。具合が悪いことを家族にも伝えておく。
 部屋に戻った時にチラリと携帯を確認すれば、『セララ』からのメールが届いていた。
(……あの人からメールか。いつも通りだ……)
 特に用事がなかろうと彼は日課として羽海におはようのメールを送ってくるのだ。まめな男子である。
 羽海は素早く指を動かして、冷ややかな文面でセララに返信する。今日はこないように、と。
 しかし、積極的に恋のアプローチをしてくるセララの性格を考えれば、多分それが羽海が犯した間違いだったのだ……。

 羽海から珍しく返信があったので、セララはキラキラと目を輝かせる。嬉々としてメールの内容を読むうちに、セララはかすかな違和感を持った。
「嬉しいけど、敢えて『来ないで』なんておかしいよね」
 別に、今日家にいく、という趣旨のメールをしたわけでもないのに、こんな返事がくるのは妙だ。何かいつもと違うことがある。セララはそう確信した。
 不登校状態の羽海と異なり、セララは普段は学校に通っている。だが、羽海の異変を敏感に察知した彼はすぐさま学校をサボり、迷わず和泉家へと向かうのだった。
「どうもー! お邪魔しまーす」
 そう明るく挨拶して、堂々と羽海の家へと上がり込む。
 これまでの交流で、セララは和泉家の人々と良好な関係を築いている。家にいた羽海の母親が、買い物中の留守番をセララに安心して任せるほどに。
「羽海ちゃ~ん? いるー?」
 さっそくセララは羽海の部屋へと向かう。ドアを開ければ、寝息を立てる羽海の姿があった。
「お部屋に行ったら羽海ちゃん寝てた! 可愛い!!」
 起こしてしまわないように、小さめに喜びの声を上げるセララ。
「女の子の寝顔を無断で観賞するなんて失礼だけど仕方ないよね。可愛い羽海ちゃんの魅力には逆らえないもんね!」
 起きたら謝ろう、と軽いノリで羽海の寝顔鑑賞会をセララオンリーで開催する。

「……」
 ほんのちょっと眠っただけなのに、羽海が次に目覚めた時には部屋にセララが侵入していた。しかもにこやかにこっちを見ている。
(……なんで??)
 不可解な状況に、羽海はわずかに顔をしかめた。
「あ、羽海ちゃんママなら今お買い物に出かけてるよ。オレはお留守番頼まれてるんだー」
 それを聞いて、頭を抱えたくなる羽海。心なしか頭痛までしてきたような気がする。
(年頃の娘を男と二人きりにさせるなんて何考えてるんだ)
 自分の親の行動にあっけにとられる。セララと羽海は、思春期の男女だ。いくらセララが家に馴染んでいるからといって、これは色々と無防備というか、警戒心に欠けているのではないか。後で親に抗議してやる。恋愛に対して奥手な羽海はそう思った。
(まぁ……間違いなんて起きるはずもないだろうけど……)
 羽海はくしゃっと髪を掻き上げる。ふと、カレンダーの日付が目に入った。
(ていうか、今日平日だよね?)
 口パクでセララに問いかける。
『……学校は?』
「サボった! 羽海ちゃんのメールが、なんかいつもと違って、気になってさー!」
 良い笑顔で即答された。
(優先順位間違ってるよ……この人頭大丈夫かな……)
 辛辣な感想を抱き、少し引き気味の真顔で、羽海はセララのことを見た。
「なーに、羽海ちゃん?」
 けれど羽海と目が合ったセララは、優しく微笑んだ。
 それは、今まで羽海が見たことがないくらい優しい顔で。
(……イケメンずるい)
 気恥ずかしくなってプイッと視線を外した。あのままセララと見つめ合っていたら、きっとなんだかおかしな気持ちに心臓を支配されそうだったから。
 セララは雑誌モデルのアルバイトもしていて、多くの女性からモテている。羽海のことを思うあまりの言動の数々はぶっ飛んでいるものの、その容姿は秀麗。セララはかなりの美男子だ。それは羽海も認めている。
(お母さん、早く帰ってきて……)
 しばらくすると朝に飲んだ薬の効果が続いているのか、羽海はまたうとうとしてきた。
「ぼんやりしてる羽海ちゃんが可愛い」
 セララはそんなことを言いながら、横になっている羽海の頭をなでている。羽海の赤い髪の上をセララのしなやかな指がすべっていく。その感触が、気持ちが良かった。
 布団の中に隠れてやり過ごそうかとも思ったが、薬の眠気と頭をなでられる気持ち良さで、そうすることはできなかった。
 セララに頭をなでられているうちに、羽海の意識はだんだんと眠りと現実のはざまへと落ちていく。

 熱で上気した頬に潤んだ瞳。
 ヤバイ、なんか色々したい。
「いやいやいや、体調不良に付け込むのは紳士じゃないよね! たぶん!」
 目の前で無防備にまどろんでいる羽海を見て、セララは自らの邪念と必死に戦っていた。
「頑張れ、オレの理性!!」
 しばらくは頑張って耐えていたが、最終的に……。
「でもやっぱりごめん」
 セララの理性は途中でくじけることになる。
 セララがそっと顔に触れてみても、半分眠っている状態の羽海は特に抵抗する様子はない。
「今度何か奢るから、これくらいは許して」
 眠る羽海にセララはぐっと顔を近づける。
「……羽海ちゃん。可愛い、大好きだよ」
 そして、その額に軽いキスをした。

 しかし羽海は、セララからそんなことをされたとは、まったく認識していない。
(また眠る前になんか言ってたけど……よく聞こえなかったな……)
 ぼんやりとした頭。セララが一人で何か言っていたのはわかったが、言葉の内容までは頭に入ってこなかった。彼が自分に何をしたのかも。

 自分の思い通りに、セララは羽海の額に口づけることができた。でもなぜだろうか。素直に喜べないのは。
 セララが額にキスを落としても、羽海から反応が返ってくることはない。眠っている相手にしたのだから、当然だ。
 羽海はすやすやと安らかな寝息を立てている。まるで、何事もなかったかのように。
「……」
 無抵抗な相手にした気づかれることのないキスは、ロマンチックで切ないかもしれないが、どこか虚しいものを残していった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:水田 茉莉花
呼び名:みずたまり・まりか
  名前:八月一日 智
呼び名:ほづみさんさとるさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月05日
出発日 07月11日 00:00
予定納品日 07月21日

参加者

会議室


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