≪贄≫Rosa rugose(木口アキノ マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 ミットランド全土に、ある病気が蔓延していた。
 新手のウイルスかもしれない。だが、原因はまだ解明されていなかった。
 その病の名は――『人魚姫症候群』



 だるい。
 とにかく、体がだるい。
 熱があるわけでもない、咳が出るわけでもない。
 そんな症状が数日続き、あなたは病院へ足を運ぶ。
「人魚姫症候群ですね」
 消毒液の匂いがする診察室で、医師が告げる。
「このままでは、あなたは数日以内に死に至るでしょう。治る方法、ですか……?」


 それは、あなたの大切な人を、あなたの手で殺めること。


 どうやって家に帰ったかは覚えていない。
 あまりにも、衝撃的な話だったから。

 このままでは、どんどん生気を失い歩くこともままならず、最後には呼吸すらできずに死にゆくという。
 だが、大切な人を殺めれば、その認識が脳に刺激を与え、身体を活性化し、病を退けることができるのだ。

 大切な人……脳裏に浮かぶのは、パートナーの笑顔。
 自分が生き残るには、あの人を殺めなければ。
 そんなこと……。
 でも、やらなければ自分はこの世から消えるのだ。
 海の泡となった、童話のお姫様のように。
 あなたが選ぶのは、果たしてどちらの死だろうか。

 あなたはまだ気付かない。
 フィヨルネイジャの夢幻の中にいることに。





解説

病気発覚から、あなたかパートナー、どちらかの死までの3日間のお話です。
病気をパートナーに話す、話さないなど、行動は自由です。
フィヨルネイジャ往復の諸費用として、一組【600Jr】必要になります。

※ご存じかとは思いますが、フィヨルネイジャとは、「ウィンクルムにしか視認できない天空島」で、訪れたウィンクルムに「現実ではありえない不思議な現象」の白昼夢を見せることがあります。






ゲームマスターより

Rosa rugoseは海岸に咲く花です。
お姫様が泡となって消えた海を、見守っていることでしょう。

EXですので、プランによってアドリブが多く入ることもあります。ご了承ください。
また、他のウィンクルムとの絡みはありません。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)

  心配かけたくないけど、このまま黙っていたら
後でグレン後悔しそうな気がするから
正直に話すしかないですよね…
大丈夫、心の準備をして行けば落ち着いて話せます。
心配かけないためにも泣かない、泣かない…

治療法はあるらしいですけど…する訳ないじゃないですか。
そうするくらいなら治った後すぐ追いかけてやりますから。

やりたいこと?
それじゃあ…一緒にお買い物行きたいです。
いつものことでいいんです。
いつもこうしてて凄く幸せなんですから。
…あとはずっと側にいて欲しいです。
一人は怖いです…

グレンが近くにいて凄く安心します。
昨日までは次に目が覚めなかったらどうしようって怖かったけど、
今なら安心して眠れそうな気がします…


リゼット(アンリ)
  初日
治るのかと聞かれ苛立つ
「私にあんたを殺せっていうの!?
咄嗟に出た言葉に
大切な人というところを隠し
嫌いな人を殺せば助かると嘘をつく

「方法を聞いた時、あんたの顔がすぐ浮かんだわ
これは事実
でもなぜ浮かんだのかはわからない
殺す事には否定的な態度

翌日
食べたくもないし体も辛いけど
なんとなく離れがたくて傍で精霊の様子を見ている

約束したこと、ちゃんと覚えていたのね
でもなんと返せばいいかわからず黙る

最終日
精霊に促され
ナイフで腹部を刺す

腕に抱かれたまま一緒に倒れ
泣きながら謝罪
「ごめんなさい…本当は、大切な人を殺せって
わかってた。こいつに嘘は通じないって

絶命した精霊に寄り添ったまま
「私も…嫌いじゃない…


油屋。(サマエル)
  発病→精霊(最後まで隠す)

精霊から夜に精霊宅に呼び出され向かう
いつもと違う彼の様子を不思議に思う
精霊が持っていた絵本を手に取って読む

人魚姫だったら? 誰にも告げずに海に身を投げるよ
王子様にはアタシなんか忘れて幸せに生きて欲しいからさ

情緒不安定な精霊をやはり変だと感じて問いつめるも
答えは返って来ない
精霊の自宅で眠りにつく
精霊の気配に目を覚まし、全てを察して静かに語りかける

嫌だ。諦めてアタシを殺しな
ねぇサマエル、本当ならアタシはずっと前に死んでたんだ
それをアンタが助けてくれた
だったら、今度はこっちの番でしょ
良かった 元々恩返しのつもりでウィンクルムやってたけど
これで今までの分返せるね

おやすみなさい



かのん(天藍)
  発病した側
診察にショックを受け、その後天藍に会い病名を告げる事を躊躇う
天藍に重ねて聞かれ隠せないと病気の事を話す

ごめんなさい、ずっと一緒にと思っていたのに…

治療手段
論外、自分のために犠牲をというのは考えられない
天藍なのであれば尚更
私だけが残っても…

最後に
薔薇の改良をしている庭の中で1つだけ花をつけていない苗がある事
私の自信作なので代わりに何色の花が咲くか見届けて欲しいと

言葉にも態度にも出さないものの何となく天藍の絶望を感じ、この後当面の生きる理由になるよう願う
自分が死してなお縛り付ける様で単なる私の我が儘なのかもしれないですけれど

目覚めて
夢だった事に心から安堵
ずっと一緒にいたいと改めて強く思う



リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  病気:神人

(病気は自分からは話さないが、倒れて気を失っている間に銀雪が知る形)
……気を失っていたか
その表情を見る限り、知ったようだな
お前に知られたい話題でもなかったが
(銀雪の申し出に対し)
俺を殺せ……?
そういう申し出はするものではないよ、銀雪
私は誰かを殺めて生きたいと思わない
お前に犠牲強いることは出来ない
銀雪
私をあまり困らせないでくれ
私は、人として在りたい
誰かの屍を生きる為の仕方ない手段としたくない
お前は、私を好きだと言ったな?
ならば、問う
お前は、私の何を見ていた?
私を思うならば、笑え
逝く時も逝った後も
それだけでいい
私はそういう女だ
(笑った顔を見て)
……いい子だ
(抱き締め、頭を撫でる)



●あなたは、生きて
 本当に、天藍ったら、心配性ですね。
 かのんは、待合室で苦笑した。
 近頃ちょっと疲れてきている、とは自分でも思っていた。
 料理を焦がしてしまったり、薔薇の剪定中にはさみを取り落としてしまったり。
 少し休めばすぐ元気になるのに。
 けれど天藍は、叱りつけるように「病院に行け」とかのんに命じたのだ。
 看護婦に名を呼ばれ、かのんは診察室に入った。
(たいしたことないのに……お医者様にも笑われるんじゃないかしら)
 そんなかのんに告げられた病名は―――

「かのん、どうだった?」
 天藍の家を訪れるも無言で玄関扉を開ければ、飛びつかんばかりの勢いで出て来る天藍。
「天……藍……」
 言うべきか否か。かのんは思いを巡らせる。
「やっぱり……ただの疲労……でした」
 なんとか笑顔をつくって告げる。
 ただの疲労なら、どれほど良かったことか。
 実際には……この、目の前にいる愛しい人と、数日後には永遠に別れなければならないのだ。
 じわり、と、かのんの瞳に写る天藍の姿が滲んでくる。
「かのん?」
 天藍は険しい表情でかのんの顔を覗き込む。
 真っ直ぐな、栗色の瞳。
 かのんの「疲労」という言葉を、疑っている。
 そうだ、隠したところで、この瞳はかのんの嘘など見抜いてしまう。
 かのんはゆっくり口を開いた。
「ごめんなさい。嘘を吐きました。私の病気は……」
 かのんから告げられた真実に、天藍は大きく目を見開いた。
 何かを話そうとして口を開いては思いとどまって閉じる。天藍はそれを何度か繰り返す。
「ごめんなさい、ずっと一緒にと思っていたのに……」
 ずっと一緒にいたかった。その想いを口にすれば、堪えられず涙が零れる。
 天藍は、かのんの濡れた目尻に唇を寄せる。少しでも、彼女の気持ちに寄り添いたくて。
 こんな風に、泣いているかのんにキスをしたことが以前にもあった気がする。あの時よりも、もっともっと、かのんを愛しいと思っているのに。
「ちょっと座って待っていてくれ。すぐに支度する」
 天藍は、かのんをリビングのソファに座らせると、慌ただしく家の中を行ったり来たりし、大きな鞄に荷物を詰めていく。
「……どうしたんですか?」
 かのんが訊くと、天藍は作業の手を止め顔を上げる。
「決まってるだろ。かのんの家に行くんだよ」
「え……」
「いつか一緒に暮らせたら、って、前から考えていたんだ」
 残りの時が心安らかで幸せであるよう、2人でゆっくりと過ごしたい。
 だが、それは言えなかった。『残りの時』とは言いたくなかった。
 天藍はまた、荷造りに集中する。
「迷惑か?」
 鞄の蓋を閉め、天藍が問う。
「いいえ……嬉しい、です」
 かのんは、静かに微笑んだ。

(これで、かのんが助かるのなら……)
 天藍は、こっそり荷物に紛れさせて持って来たサバイバルナイフを睨みつける。
 これで彼女が助かるのであれば、自身がかのんの手にかかる事に躊躇いはない。
 かのんから病名を告げられたとき、喉まで出かかった言葉。
 それなら、俺を手にかけろ、と。
 だが、寸前で思いとどまった。
 両親と死別し遺される悲しみを知るかのん。
 両親に次いで自分までもが、かのんにその悲しみを与えることは、果たして正しいのだろうか、と迷いが生じたから。
「天藍。荷物は片付きましたか?」
 外出着から部屋着に着替えたかのんが、天藍の部屋の扉を開ける。天藍ははっとして、素早くナイフを鞄に押し込んだ。
「紅茶を淹れたんです。一緒にどうですか」
 微笑むかのんに、天藍は思わず怒鳴る。
「おとなしく休んでいろ」
 一瞬驚いた顔をしたかのんは、くすっと笑う。
「これくらい、平気です」
「だが……」
「紅茶を淹れて、香りを楽しみたかったですし」
「……すまない」
 おとなしく休んでいたところで、病状が回復するわけでもないのだ。そんなことは、当のかのんが百も承知だ。
 そう、最早、打つ手はないのだ。
 それならば、穏やかに、ゆるやかに。
 時を過ごそう。2人で。
 語り合い、笑い合って。
 自分の好きな音楽を聴いて、相手の好きな食べ物を食べて。
 互いの寝息を聞いて、微睡んで。

「……のん……かのん!」
 天藍の声に、かのんはゆっくりと瞼を上げる。
「良かった……もう、目を開けてくれないのかと思った……!」
 泣きそうな顔で、彼は言う。
 朝日がカーテン越しに柔らかく寝台を照らす。
「ふふ……天藍……っ、たら……」
 あれから3日の時が経ち、かのんの身体は急激に力を失っていった。
 目覚めても、起き上がることができない。
「なあ、かのん」
 寝台脇に膝を付き、かのんの手をとり天藍が言う。
「治療法を……試してみようとは思わないのか」
 かのんは、僅かに笑う。
「考えたことも……なかったです」
 自分のために犠牲をというのは考えられない。
 天藍なのであれば尚更。
 自分だけが残っても……後には空虚な人生が続くだけ。
「いや、なんでもない。聞いてみただけだ」
 そう言った天藍の瞳はどこか昏く、かのんはそれが気になった。
「朝飯持ってくるな」
 部屋から出ていく天藍の背を、かのんはぼんやり見送った。
(私は……この人を遺して逝くのですね)
 ふと、両親のことを思い出す。
 自分はあの時、遺されて辛かったけれど。
(遺して逝く方も、苦しいですね……)
 愛しい存在を遺し、この世を去る痛み。
 あの人は、自分がいなくなった後、どうなるだろうか。
(天藍……まさか……)
 自分だけが残っても空虚な人生が続くだけ。そう考えるのは、天藍も同じではないだろうか?
 かのんは、天藍が家に来た初日に、彼の鞄にちらりとサバイバルナイフが見えたような気がしたことを思い出した。
「ロクなものを用意できなくて悪いな」
 天藍が、粥とすりおろした林檎の皿を乗せたトレイを運んでくる。
「ごめんなさい」
 かのんにはもう、食事をとる力がなかった。
「……そうか」
 天藍は言葉にも態度にも出さない。けれど、彼の絶望を、かのんは感じ取った。
「天藍、お願いがあります」
 おそらく、これは最後のお願いになる。
 天藍は耳を澄ます。
「庭の、中に……」
 かのんが薔薇の改良をしている庭のことだと、天藍はすぐにわかった。
「1つだけ花をつけていない苗が、あるんです。私の自信作なんです……」
 自分は、その薔薇の花が咲くのを見ることはないだろう。だから。
「私の代わりに、何色の花が咲くか……見届けて……」
 天藍はかのんの手をとる。
「我が儘……ですよね、私」
 それは、死してなお彼を縛り付ける約束だったから。
 けれど、それが彼の生きる理由になってくれるなら。
「我が儘なんて、そんなこと!」
 天藍は頭を振った。
「お願い……」
 かのんは呟くと静かに目を閉じた。浅い呼吸を示していた胸の上下が止む。
 お願い、天藍、あなたは生きて。
「かの……ん……かのん!!」
 閉じられた目は、二度と開くことはなかった。
 天藍は、かのんの手が体温を失った後も、ずっと握り締めたままでいた。

●幸せと共に
(神ってのは、心から安らげる場所っていうのを余程俺に与えたくないらしい)
 グレン・カーヴェルはニーナ・ルアルディの告白を茫然とした面持ちで聞いていた。
 彼女が悩みに悩んだことは、グレンにだってわかる。
 隠し事なんてできない性格のくせに、人を心配させまいと平気なふりをして涙を堪えていることも。
 病気のことを告白するのは、グレンが後悔しないようにと気遣ってのことだということも。
「本当に治療法ないのか?」
「治療法はあるらしいですけど……」
 ニーナは言いよどむ。
「なんだよ、どうすればいいんだ?薬なら、いくらでも……!」
 どんなに入手困難な薬だろうと、なんとしても手に入れてやる。
 しかし、ニーナはそっと首を振る。
「薬とかではないんです」
 大切な人を、殺めること。
 小さな声でそう伝える。
 グレンは絶句する。
「する訳ないじゃないですか」
「……けど……」
 グレンの瞳に迷いが生じる。それなら、自分を殺せと。しかしそれは、簡単には言えない。
「そうするくらいなら治った後すぐ追いかけてやりますから」
 ニーナは悪戯っぽく笑う。冗談めかしてはいるが、本気であろう。
「……分かった、なら最後まできちんと付き合ってやる」
 しばしの沈黙の後、グレンは口を開く。
「やりたいこと片っ端から挙げてけ」
「やりたいこと?」
 予想外の言葉に、ニーナは目を丸くする。
 病気の診断を受けてから、やりたいことなんて、考える余裕もなかった。
「……何だよその驚いた顔、時間ないんだろ?動ける内にやれることは全部やっとこうぜ」
 グレンがいつもの調子で笑顔を見せてくれたから、ニーナの心も軽くなる。
「それじゃあ……一緒にお買い物行きたいです」

 2人で他愛ない話をしながらショッピングモールを歩く。
 何も言わずとも、どちらからともなく手を繋ぐ。
 時折ニーナがグレンの腕にもたれかかり、グレンはどきっとする。が、それはもしかして、彼女の体力が落ちているせいなのかもしれない。
 グレンはニーナの手をとり、彼女の腕を自分の腕に絡ませた。少しでも、もたれかかり易いようにと。
「お、美味そうなクレープ屋だ。席も空いてるみたいだし、少し休もうぜ」
 グレンは積極的に休憩を取るように心がけた。ニーナがそれを負い目に思わないように、さりげなく誘う。
「これじゃいつもと変わんねーじゃねえか」
 クレープを齧りながらグレンが笑う。
「もっとこう、豪華クルーザーで食事~、とかさ、ねぇの?」
「いつものことでいいんです」
 ニーナは静かに微笑む。
「……そうか?」
 グレンとしては、どんな願いだって叶えるつもりでいた。ニーナの望むことなら、なんでも。
 けれど、ニーナは。
「いつもこうしてて凄く幸せなんですから」
 グレンと一緒に歩いて。微笑み合って。
 それが当たり前の毎日になっていた。
 その「当たり前」は、とてもとても、幸せなものだったのだ。
「ねえ、グレン」
 ニーナはグレンの瞳を覗き込む。
「私がいなくなったら、別の誰かと契約、しますか?」
「別の奴と?」
 グレンは戸惑った。ニーナは何を思って、こんな質問をしたのだろう。どんな返事が一番、ニーナを安心させることができるだろう。
「そうだな、時が来たらするかもしれねーな……」
 もう誰とも契約しない、なんて言ったら、きっとニーナは心配する。ニーナに未練を残したままで生きていくことを、きっと彼女は望んでいない。
 そう思って選んだ言葉だった。
「ただお前以上にからかい甲斐のある奴まずいないだろうし。ずっとこの枠は空いてそうだな」
 お前以外をこの枠に入れる気はねぇよ。だから逝くなよ。
言葉を飲み込み、グレンは笑った。
「からかい甲斐って……もう、グレンったら」
 ニーナはつんと顎を反らせる。
 グレンはそんなニーナの横顔を見て、くすくす笑う。
ああ、確かに、幸せだ。こんな瞬間ですら、愛しい。

「今日はすごく、楽しかったです」
 家に帰りソファで一休みしつつ、ニーナは満足そうに微笑んだ。
 スイーツを食べ、ニーナに似合うアクセサリーを買って、グレンに似合う帽子を買って。
「でも、疲れただろ。ゆっくり休め」
 グレンはニーナに手を差し出すと、身体を支えてやりながら、彼女を寝台まで連れていく。
「明日はなにやりたいか、ちゃんと考えておけよ」
 頭を撫でつつそう声をかけ、
「じゃあな、おやすみ」
と、ニーナに背を向ける。
 くん、と服が引っ張られた。
 振り返ると、グレンの服の端を、不安そうな顔で掴むニーナ。
「どうした?何か欲しいものでもあるのか?」
 するとニーナはぱっと手を離し、
「いいえ、なんでもありません。おやすみなさい。グレンもゆっくり休んでくださいね」
と微笑んだ。

 グレンはその夜、ニーナから貰った指輪を眺め、眠れない時を過ごした。
 明日の朝、もし、ニーナが目覚めなければ……。
 そんな考えが頭をよぎっては振り払う。
 今はそんなことを考えている場合じゃない。
 彼女のために、何ができるか。それだけを、考えるんだ……。

「ニーナ、起きてるか」
 夜が明け、グレンはニーナの部屋の扉を叩く。中から、細い声が返ってきた。
「具合はどうだ」
 扉を開けて声をかけると、ニーナは身体を起こす。
 しかしその上体はぐらりと揺れて、グレンは慌てて駆け寄りニーナを支える。
「ありがとう、グレン」
 弱々しく言うニーナを、グレンは再び寝かせた。
「今日は家にいようか」
 グレンは、ニーナの身体にほとんど力が残っていないことを感じ取った。
 連れ回しては負担がかかるだろう。
 それに、家にいるほうが、ニーナをずっと見ていられる。
「やりたい事はまた明日、だな」
 グレンが言うと、ニーナは静かに首を横に振る。
「……あとはずっと側にいて欲しいです」
 ニーナはグレンに向かって、懸命に腕を伸ばす。
「一人は怖いです……」
 小さな小さな呟き。このまま、ニーナごと消えてしまいそうで。
 グレンは彼女の身体を抱きしめた。
「ずっと、側にいる」
 グレンだって、ニーナにずっと側にいて欲しかった。叶うものなら。
 それから2人は、出会った日から今日までの想い出を思いつくままに語り合った。
 契約して間もないころに贈った、バレンタインのチョコレート。
 初めてのトランス。
 グレンと一緒だったから、ニーナと一緒だったから戦えた。
 2人の身体が入れ替わってしまうなんてハプニングもあったっけ。
「ふぅ」
 語りつくして、ニーナは息をつく。
「……疲れたか?」
「少し、眠くなっただけです」
「側にいてやるから眠たくなったら眠っとけ」
 ニーナは、グレンが近くにいる安心感からか、幸せそうに微笑んだ。
「私、昨日までは次に目が覚めなかったらどうしようって怖かったけど、今なら安心して眠れそうな気がします……」
 ニーナはそっと目を閉じる。
 大丈夫、グレンがそこにいるから。
 だから……。

 あなたが側にいてくれた、幸せだった記憶と共に、眠ろう。

●笑顔の約束
 銀雪・レクアイアがリーヴェ・アレクシアの自宅を訪れると、奥からは料理の良い香りが流れてきた。
(この匂いは……アクアパッツァかな)
「丁度夕食の準備が終わったところだよ」
 笑みながらリーヴェが出迎えてくれる。
 食卓に乗った料理を見て、銀雪は自分の予測が正しかったことを知る。
 リーヴェの料理は本当に美味しくて、その味を想像するだけで自然と笑顔になる。
 会話を楽しみながらの食事。
 銀雪は読み終えた歴史小説について、独自の考察や興味深かった場面などを語る。
 リーヴェが「今日は外出の予定がある」と言うので、昼間、銀雪はひとりで本を読んで過ごしたのだ。意外と面白くて、一日中読みふけってしまった。
「リーヴェは?」
 今日どんなことがあったの?と聞こうとしたが、それは成されなかった。
 にこやかに銀雪の話を聞いていたリーヴェの身体がぐらりと傾いだかと思うと、どさり、と椅子から崩れ落ちたのだ。
「リーヴェ!?」
 銀雪は駆け寄ると、リーヴェの肩を揺らす。
「どうしたの?リーヴェ!」
 声をかけても、彼女の瞳は閉ざされたまま。唇から浅い息が漏れる。
「どうしよう……どうしたら」
 混乱しつつも、リーヴェを固い床の上に寝せたままではいけないと思い、銀雪は彼女の背と膝の裏に腕を滑りこませ、抱きあげる。
「……っ」
 足元がよろけ、自分の力の無さを悔やんだ。
 リーヴェはずっと具合が悪かったのだろうか。しかし、それならなぜ今日、外出などしたのだろう。
 途中ふらつき壁や家具にぶつかりながら、それでもなんとかリーヴェを寝台まで運ぶ。
 その際、サイドテーブルに自分の腿を思いきりぶつけてしまったが、リーヴェをぶつけることはなくてほっとする。
「いたた……」
 ぶつけた場所をさすりつつ、サイドテーブルに目をやると。
「……これ、なんだろう」
 サイドテーブルの上に置いてあった財布は、もともとファスナーが開いていたのだろうか。おそらくぶつかった振動のせいであろう、中からカード類が零れていた。
 その中に、見覚えのない病院名が記された診察券を見つける。
 リーヴェのプライバシーに関わるものだから、じっくり見るつもりはなかった。けど、診察券の日付が目に入ってしまった。
(日付……今日?)
 銀雪の頭の中で、点が繋がっていく。
 意識がないままのリーヴェ。今日外出すると言っていた。今日の日付の診察券。
 嫌な予感に突き動かされ、悪いと思いつつも銀雪は診察券を手にとり、記載されている番号に電話をかけた。

「……気を失っていたか」
 目を覚ましたリーヴェは、自分が寝かされている状況を見て、何が起こったのかを察したようだ。
「リーヴェっ」
 傍らに座っていた銀雪は、椅子を倒す勢いで立ち上がる。
その顔は、今にも泣き出しそうだった。
「その表情を見る限り、知ったようだな。お前に知られたい話題でもなかったが」
「リーヴェ、どうしてこんな!嘘だよね!俺……俺は……」
「落ち着くんだ、銀雪」
 リーヴェはゆっくりと上体を起こす。
「だって……!」
 銀雪は俯きぐっと唇を噛む。
 それから、意を決したように顔を上げる。
「俺を殺せば、リーヴェ、生きること出来る?」
「俺を殺せ……?」
 リーヴェの眉が、怪訝そうにぴくりと動いた。
 銀雪の存在が、リーヴェにとって「大切な人」かどうか、銀雪はわからない。自信はない。
 けれど、少しでも可能性があるのなら。
「そういう申し出はするものではないよ、銀雪」
 銀雪の表情は真剣で、その場限りの迷いごとを言っているわけではないとわかる。
 だからこそ、リーヴェはゆっくり、静かな声で諭す。
「私は誰かを殺めて生きたいと思わない。お前に犠牲を強いることは出来ない」
「だけど、リーヴェ……」
「銀雪。私をあまり困らせないでくれ」
 尚も食い下がる銀雪に、リーヴェは優しく笑いかけた。
 どうして、そんな風に笑うことができるの?
 銀雪の瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「私は、人として在りたい。誰かの屍を生きる為の仕方ない手段としたくない」
 リーヴェがそう言うだろうことは、なんとなく予想していた。
「お前は、私を好きだと言ったな?」
 銀雪は、こくりと頷く。その際にまた、涙が落ちる。
「ならば、問う。お前は、私の何を見ていた?」
 銀雪の記憶の中のリーヴェは、いつも凛々しく前を向いて、輝いていた。
 その輝きは、真っ直ぐに生きているからこそ。
「私を思うならば、笑え。逝く時も逝った後も」
 凛とした声で、リーヴェは告げる。
「それだけでいい……私はそういう女だ」
 リーヴェはまた、微笑んだ。
(うん……知ってる)
 そういうリーヴェを、ずっと見てきたから。
 もしここで銀雪が犠牲になってリーヴェが生き残ったとしたら。
 きっと、リーヴェの輝きは消えてしまうだろう。
 銀雪は無理やりに笑顔を作った。
 口角を上げようとすればするほどに涙が溢れてきたけれど。
 嫌だよ、逝かないでと心は軋んだけれど。
 それでも、笑った。
「……いい子だ」
 リーヴェの両腕がふわりと銀雪を抱き寄せ、その頭を撫でる。
 銀雪は堪え切れずに、声をあげて泣いた。
 リーヴェの体温。柔らかさ。その全てはいずれ消える。
 この人を失いたくない。失いたくない。失いたくない。
 強く想ってもそれは叶わぬことで。
 銀雪の涙は、尽きることがなかった。

●赤の海
(ったく、なんだってんだサマエルの奴)
 夜に突然、家に呼び出したりなんかして。
 油屋。は不機嫌極まりないという声と表情で
「来てやったぞ」
とサマエル宅の扉を蹴り開ける。
「来たか。入れ」
 言われずともずかずかと上がり込むと、サマエルはゆったりしたソファで本を読んでいた。
「人を呼び出しておいて優雅に読書とは」
 油屋のむすっとした様子は気にも留めていないサマエル。
「たまには良い物だぞ、読書も」
 微笑むサマエルに違和感を感じる。
 いつもなら、「ゴリラに本は無縁だしな」くらいのことは言い返してくるのに。
「って、読んでるの絵本じゃん」
 油屋はサマエルの手から本を抜き取った。
 美しい装丁の絵本。
 海が描かれた表紙を捲れば、輝く鱗の下半身を持つ少女の絵。
「人魚姫?アタシも子供のころよく読んだよ」
 懐かしさに顔を綻ばせ、油屋はサマエルの隣に座ると続きを読み始める。
「この王子イケメンだね。そうそう、ここで声を失っちゃうんだよ」
 感想などを述べながら読んでいるが、ふと、サマエルが油屋の言葉に対し「ああ、うん」という気のない相槌しか返していないことに気付く。
「サマエル?」
 油屋はページを捲る手を止め、サマエルの顔を覗き込む。
 しばし視線を彷徨わせたのち、サマエルはやっと油屋の顔に焦点が合う。
「どうしたの?」
「いや……少々考え事を、な」
「ふうん」
 油屋が本の続きを読み始めると、サマエルが問いかけてきた。
「お前が人魚姫だったらどうする?」
「え?」
 油屋は怪訝な顔でサマエルを見た。
「王子を殺すか?」
 サマエルの試すような視線に、油屋は気付かない。
「人魚姫だったら?誰にも告げずに海に身を投げるよ」
 当たり前じゃん、とでも言いたげに、油屋は本に視線を戻す。
「王子様にはアタシなんか忘れて幸せに生きて欲しいからさ」
「早瀬らしい答えだな」
 サマエルは微笑み、
「何も言わずに死ぬ……それも良いかもしれないな」
と、独り言のように言う。
 しかし、その微笑みはすぐに消える。
「だがな、『王子』はその後、他の女と幸せになるんだぞ。結局『人魚姫』は『王子』を手に入れることは叶わず、惨めに死ぬんだ」
 消えた微笑みの代わりに、狂気のような鋭い笑みがサマエルの顔に広がる。
「ちょっとサマエル……ホントどしたの?」
 油屋は本を閉じて、疑わし気な視線をサマエルに送る。
「どっか調子悪い?」
「……」
「ま、いいけどさ。あ、アタシ今日ここ泊まっていい?」
 サマエルの返事を訊かずに油屋は、本を抱え空き部屋に足を運ぶ。
「この部屋使わせてもらうね」
 サマエルの様子がおかしかったから。彼を1人にしてはいけないような気がして、油屋はここに泊まることにしたのだ。
 

 自分は彼女を手に入れることは叶わず。
 他の誰かが彼女を奪うなら。
 彼女が自分のものにならないのなら。
 彼女の唇から自分が望む言葉を聞けないのなら。

 
 油屋は、身体に重みを感じて目を覚ます。
 大きな影が、自分に覆いかぶさっていた。
 それはサマエルだとすぐに気付く。
 ひたりと、首筋に当たる冷たく硬い感触。
 身動ぎすれば、皮膚が薄く裂かれる。
 それで油屋は、首に当たる物がナイフだとわかった。
 油屋の胸元に、ぽたぽたと温かい涙が落ちてくる。
「サマエル」
 涙の主の名を呼ぶと、サマエルは堰を切ったように声をあげる。
「頼む。嘘でもいい。不本意でも。何でもいい。最期に、愛していると言ってくれ」
 涙でぐしゃぐしゃで、プライドなんてどこかに消え去ってしまった情けない顔で、サマエルは懇願する。
 サマエルが理性をかなぐり捨てれば逆に、油屋の心は冷静になっていった。
「嫌だ」
 静かに、けれどはっきりと。油屋は告げる。
「頼む……早瀬!」
 悲鳴のようなサマエルの声。
「諦めてアタシを殺しな」
 油屋は笑みすら浮かべている。全てを察したのだろう。ミッドランド全土に広がる病気のことは、油屋の耳にも入っていた。その治療法についても。
「ねぇサマエル、本当ならアタシはずっと前に死んでたんだ。それをアンタが助けてくれた。だったら、今度はこっちの番でしょ」
 油屋の言葉がどういう意味を持つか。サマエルの思考はそこに辿り着かなかった。
 ただわかるのは、彼女は「愛してる」と言うつもりがないということ。
「は……や、せ……」
 ただ一言。その言葉すらも得られないというのなら。
 サマエルはナイフを両手で持ち、大きく腕を上げた。
 それを振り下ろした衝撃で、油屋の枕元から本が滑り落ちた。
 床に落ちた絵本は、海の泡となる人魚姫が描かれたページを開く。
 ぼたり、ぼたりと寝台から本の上へ赤の液体が流れ落ち、人魚姫を染めていった。
「良かった」
 油屋の、どこか満足したような声。
「元々恩返しのつもりでウィンクルムやってたけど……これで今までの分返せるね」
 油屋は、静かに目を閉じる。
「おやすみなさい」

 サマエルは、血の味のキスを何度も繰り返す。
「ようやく……ようやく俺の、俺だけのものになってくれたな」
 人魚姫は赤く染まる海の中、独り笑った。


 最後に一匹残ったデミ・オーガを倒し、アンリはふうっと息をつく。
「楽勝だったな。な、リズ」
 アンリは後方に立つリゼットに笑いかける。
 トランスが解け、オーラが消失する。
 それと同時に。
 リゼットの脚が力を失い、アンリに抱き留められる。
「ちょ……っ、何してるのよ、離して」
「いや、リズから抱き付いてきたんだろ」
「抱き付いて!?何言ってるの」
 反論を続けようとしたリズはしかし、その場に膝から崩れる。
 さすがにアンリもおかしいと感じた。
「……どうしたんだよ……」
 
「人魚姫症候群?」
 病院から帰ってきたリゼットに言われた病名を、アンリは繰り返す。
「食って寝てりゃ治るんだろ?」
 適当なことを言うアンリに、リゼットは苛立ち咄嗟に怒鳴る。
「私にあんたを殺せっていうの!?」
 リゼットは、はっとして口を覆った。だがもう遅い。
「どういうことだよ」
 訝しがるアンリ。
 なんとかして、取り繕わねば。
「嫌いな人を殺せば助かるのよ」
 ふいっと目を逸らせて告げる。
 これは嘘だ。
「方法を聞いた時、あんたの顔がすぐ浮かんだわ」
 そして、これは真実。
『大切な人を自分の手で殺めることです』
 医者に告げられたときに、すぐに、アンリの顔を思い浮かべてしまった。
 でもそれがなぜなのかはわからない。
「へえ、そうなんだ」
 アンリは笑った。
「俺を殺して助かるならそうしたらいい。お前が死ぬことねぇって」
 いつもと変わらない、軽い調子でそう言ってリゼットの肩を叩く。
 その軽さが、余計にリゼットを苛立たせた。
「何言ってるのよ。するわけないでしょ」
「しっかし何気にショックだなー。懐かれてる自信あったんだが……」
 そーかそーか、嫌いな人ねぇ……とわざとらしくいじけて見せるアンリを、リゼットは横目で睨みつけた。
 
 翌日、アンリはなぜか大量の食材を買い込んできた。
「……なにするつもりなのよ」
「まあまあ」
 呆れた様子のリゼットをよそに、アンリは台所に食材を運ぶ。
 リゼットもなんとなく、アンリの傍についていた。
「他にすることがないからよ」
 とは言うが、アンリと離れ難かったのだ。しかしそんな自分の気持ちに、本人は気付いているのだろうか。
 アンリは屋敷の台所担当の使用人たちに、料理の指示をする。
 自分も歌いながら料理の手伝いをしている。
(アンリの歌……聴き納めかしら)
 リゼットは台所の隅の椅子に腰かけ、目を閉じて歌を聴く。
 顔も好みだし歌も上手いし、これで性格さえああじゃなかったら……
(ああじゃなかったら、なんだって言うの、私?)
 胸にもやっとしたものが広がって、リゼットは頭を振った。
「どうした、リズ。具合よくないのか」
 頭上から声がして、リズは、はっと目を開ける。
 すぐ近くに、アンリの心配そうな顔。
「だ、大丈夫よ」
「そうか。なら良い。もう少しで出来上がるから、待ってろ」
 そう言って笑うと、アンリはまた作業に戻っていった。
 リズは熱くなった頬を掌で冷やした。

「どうだ、豪勢だろう!」
 アンリは満面の笑顔。目の前の食卓には、これでもかというほどの、ご馳走。
「どうするのよ、これ」
「食うに決まってるだろ。ほら、リズも食えよ。お前が好きそうな料理もいっぱい作ってもらったんだぞ」
 最後に腹いっぱい食え、ということだろうか。
 アンリなら最後はお腹いっぱいになるまで食べたいのだろう。しかし、リゼットもそうだとは限らないのだ。
 反論する元気もなかったので、リゼットは
「そうね」
とだけ答える。
 食欲もなかったし、身体は立っているだけでも辛かったけれど、リゼットは食卓の椅子に腰を下ろした。
 部屋に戻る、という考えはなかった。
 アンリをもう少し、見ていたかった。
「よく食べるわね……それに、よく飲むわね。そのワイン、何杯目かしら」
 もはや呆れるを通り越して微笑ましくさえ思えてくる。
「6杯目くらいじゃないか?」
 言いつつ、アンリはまたもやグラスを空ける。
 空になったグラスを見つめ、ふと、アンリの顔から笑顔が消えた。
「一緒に酒飲む約束、守れなかったな」
 リゼットの目が見開かれる。
 昨年の夏、花火の夜に交わした約束。アンリは酔っ払っていて、覚えていないと思っていたのに。
「覚えていたのね」
 けれど、それ以上は何も言えなかった。
 どうせ叶えられない約束を覚えていたからといって、何になるのだ。
 少し、嬉しかったけれど。それ以上に虚しさが胸を襲い、リズは口を噤んだ。
 
 目覚めると、床にアンリが寝ていた。
 昨日は食事の後、酔ったアンリがリゼットを部屋まで送ってくれたのだが、どうやら彼もそのままここで寝てしまったらしい。
 リゼットは慌てて寝台から身を起こし、アンリに駆け寄ろうとするが、うまく動けずに床にへたり込む。
(あ、駄目……もう、動けない……)
 物音に気付いたアンリが目を覚ます。
「無理するなって」
 アンリはリゼットに肩を貸し、寝台に戻してくれた。
「アンリ……お酒くさ……」
 リゼットは顔をしかめる。
「悪い悪い」
 と言いつつ、全然悪びれていない様子のアンリである。
「まだ、酔ってるの?」
「いい感じに二日酔いだぜ」
 キリっとした顔を作って何を言うか。
 本当に、最後まで呆れさせてくれる……。
 そう、きっと、最後だ。リゼットは、自分の終わりが近づいてきているのを感じていた。
「アンリの……馬鹿」
 最後くらい。
 ちゃんとした王子様でいてくれたっていいじゃない。
 寂しくて悲しくて不安で。
 そんな私の心を受け止めてくれる王子様でいてくれたって。
 リゼットは毛布の下で、アンリに背を向ける。
 すると、ふいに。
 背後から囁かれる。
「心配すんな」
 リゼットが身をよじってアンリを見ると。アンリは微笑んで、リゼットを抱え起こし、自分の胸に抱き寄せた。
「また会える。そんな気がする」
「アンリ……?」
 何かを握らされ、リゼットは自分の手を確認する。
「こ、これ……っ!」
 リゼットの手の中には、鋭利なナイフ。
 その大きさは、人を殺めるのには充分だった。
「待って、アンリ、これ、どういう……!」
「嫌いな人を殺せば、リズは生きられる。だろ?」
「……やっ……」
 アンリが言わんとしていることを察し、リゼットはナイフを放そうとする。
 しかし、アンリの大きな手が、リゼットの手をしっかりと包み込んで、それを許さない。
「待って、違うの……」
 アンリの手が、リゼットの手を彼の腹部へと誘う。リゼットには、抗う力など残っていない。
 リゼットの望まない、嫌な感触がナイフを通して全身に伝わった。
 アンリは大きく苦しそうな息をつくと、リゼットの背を強く抱きしめた。
「アンリ……ごめんなさい」
 どさりと、2人、共に寝台に倒れ込む。
「……本当は、大切な人を殺せって……」
 リゼットは嗚咽混じりに告白する。
「バレバレ……お姫様は……正直……だから」
 アンリはいつもの調子で微笑んだ。
(わかってた。こいつに嘘は通じないって)
 リゼットがぎゅっと目を閉じると、瞼の隙間から涙が零れ落ちた。
 アンリは、最初から全て見抜いていた。
『俺を殺して助かるならそうしたらいい』
 見抜いたうえで、本気で、そう言っていたのだ。
 そして、リゼットの嘘を見抜いていることを最後まで悟らせずに。
「リズ……結構……好き、だったぜ」
 リゼットの背に回されていたアンリの腕が、力なく落ちる。
「私も……嫌いじゃない……」
 リゼットは事切れたアンリの傍らに寄り添ったままで呟いた。

●目覚めたあとに

 天国って、意外と息苦しいですね。
 息苦しい?
 そもそも、息ってしてるんでしょうか。
 私、死んだはずなのに。

 かのんは目を開けた。
(あら?ここは)
 周りをもっとよく見ようと頭を動かすと。
「かのん!」
 声とともに、少し身体が引き離された。
 離れたことによって、良く見える。目の前の天藍が。
 そう、今までかのんはずっと天藍の胸に抱かれていたのだ。
 あまりにも強く抱きしめられていたから、息苦しかったのだ。
(あれは、夢だったんですね)
 ほう、っと安堵の溜息をつく。
「良かった!本当にもう目を開けてくれないのかと……!」
 泣き出しそうな顔の天藍に、かのんはぽかんとする。
「天藍、どうしたんですか?」
「俺は……かのんが死んでしまう夢を見て……」
 そのまま、現実のかのんも目覚めないのではないかと不安にかられていたらしい。
 そう、ここはフィヨルネイジャ。
 日々の戦いで疲れた心を癒すため、清浄なフィヨルネイジャを散歩しようとここへ来たのだ。
 まさか、あんな夢を見ようとは。
「私が死んでしまう夢……偶然ですね、私も、私が死んでしまう夢を……って、あら?」
 ふと気が付いて、2人は自分たちが見た夢を語り合う。
「やっぱり、同じ夢だったんですね」
「……夢で良かった」
 天藍が再びかのんを強く抱きしめる。
「おいて逝くのも、遺されるのもごめんだ」
 その声を聞きながら、かのんも、天藍とずっと一緒にいたいと改めて強く思うのであった。



 ニーナは先に目覚めていた。
 草むらで、まだ眠りについているグレンの顔を見つめ、ふふ、と笑う。
(私、グレンと一緒にいられて、とても幸せです……)
 これからも一緒に、幸せな思い出を作っていけますように。
 そんなことを願っていると、グレンの瞼がぴくりと動き、やがて、目を開ける。
「ニー……ナ……?」
 がばっと起き上がったグレンは、目の前のニーナの笑顔を確かめると、力が抜けたように笑った。
 それからグレンは、ニーナに微笑む
「今度の休み、また買い物にでも行くか?」
「ええ」
 ニーナも微笑みを返す。
 幸せな時間は、いつまでも……。



 つう、と目尻からこめかみへ、涙が伝う感覚で銀雪は目が覚めた。
「おはよう、銀雪」
 きらり、と太陽の光を浴びて輝く金髪のリーヴェが視界に現れる。
「お前は、夢でも現実でも泣いてるね」
「えっ、夢でも!?」
 起き上がり、慌てて目尻を拭う銀雪。
「ああ、どうやら私が死んでしまうという夢を見てね」
 笑いながら事もなげに言うリーヴェ。
 その夢には銀雪も覚えがある。まさか、同じ夢を見ていたのだろうか。
(俺、夢の中で大泣きして……!)
 思い出すと、恥ずかしくて顔が赤くなる。
「感覚もなにもかもが、夢とは思えないほど現実的だったよ」
 リーヴェは、貴重な体験をした、と楽しんでいるかのようだ。
 銀雪は羞恥で気が気ではないというのに。
「夢の中の銀雪は『俺を殺せ』だなんて言いだして……」
(そ、それ以上は言わないで!)
 銀雪は耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだった。



 なんて夢見たんだ……。
 油屋は頭を抱えて起き上がる。
 すぐ傍で、むくり、とサマエルが身を起こす気配を感じた。
「あ、サマエル。アンタも今目が覚めたの……って!」
 サマエルは油屋の姿を認識すると、がば、と襲い掛かってきた。
 ひらりと避ける油屋。
「まだ息があったのか!早瀬!観念しろ!」
「寝ぼけるな!」
 どげしっ、とサマエルを蹴倒す。
「貴様……殺せと言っていただろう」
 サマエルはぎろりと油屋を睨みつける。
「タダで死んでやるつもりはないね」
「タダではない。俺の愛情をやろう」
「要らないよ!」
 油屋は憎たらしいほど盛大なあっかんべーをお見舞いすると、けらけら笑って逃げていく。
「あ、待て、この乳女!」
 サマエルは油屋を追いかける。
 フィヨルネイジャの森の中、油屋の笑い声が響く。
 まだまだ人生は長いのだ。
 追いかけっこの時間はたっぷりある。
 サマエルの唇も自然と笑んでいた。


 
 夢から覚めたリゼットとアンリは、向かい合って座ったまま、茫然としていた。
(何……さっきの夢)
 いやに鮮明で、まるで現実のようだった。
「俺、生きてるな。リズも」
 アンリが自分の身体をぺたぺた触り、それからリゼットの姿を確認する。
「何よそれ……まさか、同じ夢見てた……?」
 リゼットはフィヨルネイジャにおける白昼夢のことを思い出し、はっと気づく。
(……ということは!あの最後の台詞、アンリも聞いてた!?)
 夢でのアンリは既に事切れていたけれど。でも、その後の映像も夢に見ていたとしたら?
「ああああの、あれね、最後の、あの言葉だけど!」
 リゼットは大焦りで言い繕う。
「夢!夢だからね!うん」
 だから、自分の本意から出たものではないの。と。
 しかしアンリは不思議そうな顔で。
「夢でも、意識ははっきりしていたし、俺は自分の意思で喋っていたぜ」
「……!」
『結構……好き、だったぜ』
 あの言葉は自分の意思であったと、アンリは認めている。
「リズは?」
 リゼットもまた、認めるしかなかった。
 自分の意思で、そう言ったと。
『私も……嫌いじゃない……』



依頼結果:大成功
MVP
名前:リゼット
呼び名:リズ
  名前:アンリ
呼び名:アンリ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月01日
出発日 07月09日 00:00
予定納品日 07月19日

参加者

会議室

  • [8]かのん

    2015/07/08-22:03 

  • [7]リゼット

    2015/07/07-15:03 

    ご挨拶が遅れてごめんなさい。
    よろしくお願いします。
    …どうしたものかしらね。

  • [6]油屋。

    2015/07/07-11:35 

  • [5]ニーナ・ルアルディ

    2015/07/06-00:26 

  • [4]かのん

    2015/07/05-21:57 

  • [3]かのん

    2015/07/05-21:57 

    こんにちは、かのんとパートナーの天藍です
    フィヨルネイジャには初めて来ました

  • [2]油屋。

    2015/07/04-23:59 

    油:こんちはー!油屋だよっ!!今回もよろしくね

    サ:(ぼーっとしている)

  • リーヴェだ。
    パートナーは銀雪。

    よろしくな。


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