ウィッシングパフューム(木口アキノ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「ウィッシングパフューム……願掛け香水ですかぁ、レイコさんも乙女なところがあるんですねぇ」
 ミラクルトラベルカンパニー社員モリノが香水の瓶を手に意外そうな顔をすると、ベテラン社員レイコは冷たく言い放つ。
「単なる下見よ。さ、余計な私語は謹んで、行くわよ」

 モリノとレイコの目の前には、オニバスの葉が一面に漂う広い沼地が広がっている。
 ここは、「願いの沼」。
 沼の中央に咲く蓮の花から零れる朝露を香水に混ぜると、それは「ウィッシングパフューム」になるという。
 願いを込めつつ香水を使うと、少しずつ、その願いに近づいていけるというのだ。
 しかし、沼の中央にたどり着くには、このオニバスの葉を渡って行かねばならない。
 願いの沼のオニバスの葉は、通常のものより頑丈であり、大人3人くらいなら乗っても大丈夫、とのことである。
 隣り合った葉を安全に渡るのが基本であるが、運動神経に自信があったり、迂回するのが面倒な人は、少し離れた葉をぴょんぴょんと跳んで移動するのも可能だ。

「跳んで移動すると、かなり揺れるわね」
「大丈夫ですか、僕に掴まりますか?」
「1人で平気よ」
「おっと、この先は進めなさそうですね。少し戻りましょうか」
 移動できそうな蓮の葉が見当たらず、モリノがそう言うが。
「何を言っているの、あの葉まで、頑張れば届くわよ」
 レイコは、1メートルほど先に揺れるオニバスの葉を指さす。
「ええぇ~」
 疑わしそうな目を向けるモリノをよそに、レイコはタイトスカートのままで、えい、と跳ぶ。
 ちなみに、レイコは学生時代体育の成績が悪かった。
 どぼーーーーんっ。
「きゃあっ」
「だから言ったのに」
「ちょっ……あたし泳げな……っ」
「さっき、沼の管理人から借りたライフジャケット着てますよね?」
 冷静なモリノの台詞にはっとする。
「そ、そうだったわね」
 モリノの手を借りて、オニバスの葉に登るレイコ。
「簡易シャワーもあるそうですから、後で借りましょうね」
「着替えを持ってきていて良かったわ……」
「このツアーに参加するウィンクルムの皆さんにも、着替え持参を勧めておきましょうか」

 2、3個蓮の葉を戻り、別のルートで進み始める2人。
 あっちに迂回し、こっちで落っこちそうになり、を何度か繰り返し、やっと沼の中央、大きな蓮の花がいくつか咲く場所へと辿り着いた。
 不思議なことに、この沼の蓮の花は、この場所にしか咲いていない。
 花の先には朝露がきらきらと珠になって輝いている。
「これを、香水の瓶に入れればいいのね」
「願いを込めるのを忘れないでくださいね」
「………」
 レイコ、願いを込めつつ朝露を香水の瓶に落とす。
 今年のクリスマスまでに素敵な出会いがありますように……なんて願ったのは秘密だ。
「あら、モリノ君もウィッシングパフューム作るの?」
「せっかくですから」
 2人はそれぞれウィッシングパフュームを作ってから、また一苦労して陸地に戻る。

「ちょっと大変だけど、危険度は低いし、ツアー商品として紹介しても問題なさそうですね」
「そうね、じゃ、あたし、シャワー浴びてくるわ」
 レイコは簡易シャワー室へと向かう。
 モリノは自分の身体を見下ろす。
「僕も結構濡れちゃいましたね」
 せっかくだから、自分もシャワーを浴びて帰ろう。
 そう思って、いくつかあるシャワー室、そのうちのひとつの扉を開ける。
「きゃーーーっ何してんのよ!」
「す、すいません!空いているかと思ったんですが……!」
 どうやら鍵が不調のようである。
 その後、会社まで戻る2人の間には微妙な空気が流れていたという。

解説

 オニバスの葉を渡ってウィッシングパフュームを作ろう!ツアー。
 参加費【100Jr】。香水代ひと瓶【200Jr】。
 香りは、花の香りの【フローラル系】、柑橘類の香りの【シトラス系】、エキゾチックな香りの【オリエンタル系】から選べます。
 香水の瓶に「願いの沼」の中央に咲く蓮の花の朝露を混ぜて作ったウィッシングパフュームには、願掛けの効果が生まれます。
 願いを込めて香水を作れば、その香水を使い終わるまでに少しずつ、自分の望みに近づいていくと言われています。
 もちろん、願いを叶えるための努力も必要ですよ。

 オニバスの葉は頑丈ですが、揺れることもありますし、万一沼に落ちた時のために、着替えを用意しておくことをお勧めします。
 無料でライフジャケットを貸し出しますので、是非ご着用ください。
 また、希望があれば簡易シャワー室も無料で用意しています。

 朝露を手に入れるということで、早朝のツアーになります。
 願いの沼の広さは、野球場1個分程度です。


ゲームマスターより

 ミラクルトラベルカンパニーの社員2名にツアーの下見をしてもらいました。
 彼らの様子を参考にしてください。

 さて、あなたなら、香水にどんな願いを込めますか?

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニッカ=コットン(ライト=ヒュージ=ファウンテン)

  【シトラス系】

あたし柑橘系の匂いって大好きなの

願掛け効果のある香水が作れると聞いて飛びついたわ
叶えたい夢はいつくかあるけれど
一流のデザイナーになる夢は自分の手で叶えるつもりだし
そうなればもう残りはひとつよ

胸が育って立派なレディになれますように(念

あまりに強く念じ過ぎてちょっと怖い顔になるかもしれない

ライフジャケットは膨らませた状態で手に持っているが着ていない

きっと落ちたりしないわよ
あっ
次の葉に飛び移ろうとした時、バランスを崩した
落ちる前にライトが手を掴んでくれた
え、お姫様抱っこされたっ!?

仕事で作った服(実家は服飾工房)持ってて良かった

落ちはしなかったものの結構濡れたので
パンツスタイルに着替え


手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  小瓶:2人分
ウィッシングパフューム…わたくしが今願いたい事は…
沼の朝露が取れる場所まで行ってみましょう。

ライフジャケットお借りして着替えも用意しておきましょう…。
万が一の場合もありますし
突然カガヤが飛び移ろうとするかもしれませんしね…。
と、思ったら大人しく手を引いてくださるようですね…
わたくしも気をつけてカガヤと一緒に葉を渡って行きます。

香水はフローラル系です。
朝露を回収してわたくしの願いは…
(カガヤに…好きだと…伝えられますように…)
カガヤは何を願ったのですか?
内緒とは…いつか叶ったら教えてくださいね。

帰りも慎重に戻りましょう。
沼に落ちていたり
濡れてしまっていたらシャワー室お借りしましょう。


エリー・アッシェン(ラダ・ブッチャー)
  心情
蓮の花は、神聖さや葬送と関わりが深いと聞いたことがあります。

行動
仕方ありません。水に落ちる覚悟で蓮の葉を進みましょう。
朝露を見つけたら、その儚さに思いを馳せながら丁寧に採取。
私の願いは……、どんなオーガも打ち倒せる強いウィンクルムになることです。
もちろん願うだけでなく、行動も伴わなくては意味がありませんね。これからもよろしくお願いします、ラダさん。
香水はシトラス。元気でハッキリとした香りは、親友のイメージです。はい……彼女はオーガに殺されました。
ラダさんの言葉。いつものように即行ポジティブ解釈はせず、じっくりと考えてから、尋ねるように。
……励ましてくれたんですよね? ありがとうございます。


和泉 羽海(セララ)
  アドリブ歓迎
【シトラス】

眠い…
…何であたしのをこの人が選んでるんだ…
(首を振って拒否)
そんなにあっても使わない…そもそも香水とか使ったことないし…
でもこっちの香りの方が好き(指差し)

起きてはいる、けど…ふわぁ。
っ!!?(葉が揺れて驚く)
目、覚めた……本当に落ちないようにしないと…着替えはあるけど
面倒くさいことになりそうだから…この人が。

願い事…何にしよう…
(ちらりと精霊を見て)
この人は…いつも、楽しそう…
外に出るのは億劫だけど…楽しいと思えること、増えた…から

『楽しいこと、もっとできますように……一緒に』

……は?
それじゃ願い事叶わないんじゃ…
よく分からないけど…いい、のかなぁ?…ま、いいか



アンジェローゼ(エー)
  願いを込めた香水…素敵!誘ってくれてありがと、エー
私こういうの大好き!
香りは…いつもフローラル系だから、オリエンタル系にしてみよう
…少しはセクシー感だせるかな?
着替え用意、スーツもかりて準備万全

あわわ…エー!こ、怖い…
葉の上を歩くのは少し強くてエーにしがみ付くように掴まってしまう
恥ずかしいとか言ってられない
こうやってくっつくと結構しっかりした身体してるんだな…何て思ってしまい赤面する
落ちないよう慎重に渡る
落ちたら、助けてね

朝露…綺麗
願いは「お互いの絆を深めずっと一緒にいられますように」
私の一番の願い
ゆっくりでも深い絆を育みたい
内緒よ
聞かれたら頰にキス一つで誤魔化して

汗もかいたしシャワーかりよう




●願いの沼
 ラダ・ブッチャーは、沼に浮かぶ蓮の葉を見ているとだんだん気分が高揚してきた。……楽しそう!
 そんなラダをよそに、エリー・アッシェンは物思いにふける。
(蓮の花は、神聖さや葬送と関わりが深いんでしたっけ……)
「ねぇエリー、早く香水選んできてよ!」
「そうでしたね」
 ラダにせかされ、エリーは香水の販売所へ向かう。
 エリーが香水を選んでいる間、ラダはあっちに跳ぼうか、こっちに進もうか、蓮の葉を眺めつつ考えていた。

「これが、願掛け香水……」
 ニッカ=コットンは、販売所に並べられた香水の小瓶を食い入るように見つめている。
ニッカの「願」とはなんなのだろう。ライト=ヒュージ=ファウンテンは疑問に思った。
 この話を聞いて一も二も無く飛びついたニッカ。きっとなにか、強い願いがあるのだろう。
「香りの種類は3つですか」
(私の願いは……)
 ライトはオリエンタル系の香水を手にとる。
「あたし柑橘系の匂いって大好きなの!」
 ニッカはシトラス系香水の小瓶を手に、花のように笑う。
 その顔に、ライトも一緒に笑顔になる。そして自分の胸にある願いが、確かなものだと再認識するのだった。

「願いを込めた香水……素敵!誘ってくれてありがと、エー」
 瞳をキラキラ輝かせ、アンジェローゼは販売所で香水を選ぶ。
「私こういうの大好き!」
 そうでしょうとも。
 エーは満足そうに頷いた。
 アンジェローゼの好みは把握済みだ。
「香りは……いつもフローラル系だから、オリエンタル系にしてみよう」
「オリエンタル……意外ですが良いかと」
「……少しはセクシー感だせるかな?」
 照れながら微笑むアンジェローゼ。
「これ以上妖艶になられてどうするのです?」
 苦笑するエーは、妖艶になったアンジェローゼを想像してしまう。
(ふふ、たまりませんね)
 彼にとっては妖艶なアンジェローゼも清楚なアンジェローゼも、どんなアンジェローゼでもたまらないのだろうけれど。

「羽海ちゃんに似合うのはやっぱりフローラルかなぁ」
(眠い……)
 和泉 羽海はセララの言葉を半分聞き流すように聞いていた。
 ネットとゲームで一日の大半を過ごすのが通常の羽海は、夜更かしの朝寝坊も珍しくない。そんな彼女が早朝に強いわけがないのだ。
「でも甘酸っぱいシトラスや意表をついてオリエンタルもいいよね!」
(……何であたしのをこの人が選んでるんだ……)
「もういっそ全部作ろうか!」
 朗らかに言うセララに、羽海は慌てて首を横に振る。
 ダメだ、しっかりしなきゃ。この人のペースで物事を進められてしまう。
「ダメ?」
(そんなにあっても使わない……そもそも香水とか使ったことないし……)
「じゃあやっぱりフローラ……うん、シトラスがいいよね!!」
 羽海がシトラスの小瓶を指さすと、あっさり自分の意見を引っこめるセララであった。

「笹ちゃんは、どの香水にする?」
 早朝にも関わらず眠気など微塵も感じさせないカガヤ・アクショア。
 最近は依頼の方が多かったから、手屋 笹と出かけるのは久しぶりなのだ。わくわくするのも当然のこと。
(ウィッシングパフューム……わたくしが今願いたい事は……)
 笹は、そっとフローラル系の香水を手に取る。
「折角だし、俺も作っていこうかな」
 カガヤは、シトラス系の小瓶を。
「では、沼の朝露が取れる場所まで行ってみましょう」
 微笑む笹に、カガヤは頷いた。

●蓮の葉を渡って
「ヒャッハー!蓮の葉を渡るなんてカエルになった気分だねぇ!」
 ラダのテンションは最高潮。
「思いっきりジャンプしてもいい?」
 否とは言い難い雰囲気。
 ラダは少し離れた蓮の葉に向かい、びょーんと跳躍する。
 着地した先の葉が盛大に揺れる。
「アヒャヒャ!揺れる!楽しい!エリーもおいでよぉ」
 ライフジャケットは着用した。着替えも持ってきている。万一水に落ちても……なんとかなる。
 エリーは腹を括ってラダの後について思いきり跳んだ。
 ラダは次々に蓮の葉を跳んでいき、エリーがそれを懸命に追いかける。
 そんな様子を岸から見て、笹は一抹の不安を覚えた。
(カガヤも多分……あのタイプですわ)
 笹もきちんとライフジャケットを着て、着替えも持ってきている。備えあればなんとやら。
「葉っぱは結構大きいみたいだけど……あ」
 カガヤの目に、着地失敗して沼に落ちるラダの姿が映る。巻き添えを食って落ちるエリーの姿も。
「……慎重に行かないとどぼんか」
 カガヤは着岸している蓮の葉に足を乗せると、笹に手を差し伸べる。
「気を付けていこう」
 笹がカガヤの手をとると、カガヤは慎重に、隣り合った蓮の葉を選んで静かに渡っていく。
 カガヤひとりなら、それこそカエルのようにぴょんぴょんと渡っていっただろう。
 けれど、笹を気遣ってくれている。
 カガヤの何気ない思いやりが……笹の中で大きな気持ちとなっていく。
(わたくしが願いたいことは……)
 笹は手の中の小瓶をぎゅっと握りしめた。

 着替えは昨晩のうちにエーが用意してくれた。ジャケットもエーが着せてくれた。
「準備は万全、行くわよ、エー!」
 アンジェローゼは気合い充分。
 エーは心配でたまらない。
(ロゼ様は確かにお転婆ですが、やはりお嬢様なので、運動神経はその……ちょっと……)
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません。行きましょうか」
(葉から落ちないようにしっかりと私が支えれば良いだけです!)
 最初は威勢の良かったアンジェローゼだが、すぐに、揺れる葉に怖気づく。
「あわわ……エー!こ、怖い……」
 どんなに揺れてもここは沼の上。掴まるところなんて……隣にいるエーしかいない。
 アンジェローゼはエーの腕にしがみつく。
「……!」
 アンジェローゼの頬が染まる。
 エーが思いのほか、しっかりした身体をしていて。
 庭師をやっていたくらいなのだから、どんなに細く見えても、それなりの筋肉がある身体なのだ。
 さらに、
「僕がいるから大丈夫だよ」
なんて、耳元で囁かれては。
 否が応にも、彼が「異性」だと意識してしまう。
「だ、大丈夫よ」
 慌てて離れると、さらに葉は揺れ。
「ひゃうっ」
 再びアンジェローゼはエーの腕に縋り付く。
「落ちたら、助けてね」
「そもそも落ちたりなんて、させませんよ」
 そう言って笑うエーがとても頼もしく見えた。
 表面上はキリっとしているエー、心の中では(こんな密着されるなんて最高です……ずっとここにいたいくらいだ!)と緩みっぱなしなのだが、アンジェローゼはそんなことには気付かないのであった。

 ゆらり、ゆらゆら水面が揺れて。
 合わせて葉っぱもゆ~らゆら。
 見ているとだんだん眠くなる。
「羽海ちゃん大丈夫?起きてる?」
(起きてはいる、けど……ふわぁ)
 大きなあくびをした羽海、差し出されたセララの手を何の気なしにとってしまった。
 その手に引かれ、葉を渡る。と。
(っ!!?)
 ぐらぁり、葉が大きく揺れ、羽海はいっぺんに目が覚める。
「寝惚け眼も可愛いんだけどさ、落ちないようにね」
 目の前には、そう言ってウインクするセララ。
(本当に落ちないようにしないと……)
 一応着替えは持ってきている。だが。
(面倒くさいことになりそうだから……この人が)
 羽海はちらりとセララを見る。
 もしも、羽海が沼に落ちたら。
 羽海ちゃん大丈夫?と連呼しながらこれでもかというぐらいに世話をやくセララが容易に想像できるから。

「お嬢さん、ライフジャケットをきちんと着てください」
 そう言うライトは当然、ライフジャケットを着用している。
「大丈夫よ。きっと落ちたりしないわよ」
 ニッカは膨らませたライフジャケットを手に持ったまま。
 こんな派手な色で形も野暮ったいものを着るなんて、ファッションデザイナー志望のニッカの美意識が許さない。
 それよりも、早く香水を完成させなければ。
 ライトの誘導によって、安全な葉ばかりを渡っていたニッカは焦れていた。
 視線の先には、軽々と葉を飛び越えるラダの姿。それを見たら、自分もあんな風にひょいひょいと葉を渡っていけるのではないかと思う。
 ちなみに、彼がさきほど沼に落ちたところは見ていない。
 ニッカはぴょんと蓮の葉に飛び移る。
 少し揺れるけど、平気。
「ほらね」
 どう?と言わんばかりの笑顔でライトを振り返れば、彼は苦い顔でニッカの後についてくる。
 よし、次は、もっと遠くにあるあの蓮の葉。助走をつければ、きっと届く――
「!!」
 ぎりぎりまで助走をつけて、と考えていたのが仇になった。
 葉の淵で脚を滑らせる。
 どぶん、という音。水の感触がどんどんせり上がってくる。
 腰まで水に浸かったところで、ライトに腕を掴まれた。
「絶対落ちると思いましたよ」
 呆れた口調でそう言って、ライトはニッカを救出し、そのままお姫様のように抱きかかえようとする。
「きゃあああ!」
 思わず口から出た悲鳴。
「だ、大丈夫ですか?」
 ニッカらしからぬ悲鳴に驚いたライトは、彼女をそっと降ろす。
 沼に落ちたのがよほど怖かったのだろうか。それにしては、タイミングがずれていたような。
「ひ、人を荷物のように扱わないでくれる!?」
 真っ赤な顔で訴えるニッカ。その顔を見て、ライトは納得した。
 そうか、抱き上げられたのが恥ずかしかったのか。
 ライトは、ニッカの初々しさを微笑ましく思った。

●朝露に願いを込めて
「ヒャッハー!一番のりだよぉ!」
「沼には落ちましたけどね」
 沼の中央、蓮の花が咲く場所に辿り着いたラダとエリー。
 エリーは早速、ライフジャケットのポケットから香水の小瓶を取り出し、蓋を開ける。
 ラダが鼻をひくつかせる。
「シトラスってあまりエリーのイメージじゃないけど、どうしたの?イメチェンとか?」
 ラダの問いに、エリーはそっと微笑むだけだった。
「朝露は美しいですね。いずれ消えてしまう儚さが、一層美しくさせるのでしょうか。生命の美しさにも似ています」
 朝露を浮かべる花を慈しむように見つめ、そっと小瓶を近づける。
「私の願いは……、どんなオーガも打ち倒せる強いウィンクルムになることです」
 言いつつ、とん、と軽く花を突けば、朝露がぽとりと小瓶の中へ。
 瓶の蓋を閉め、ラダに向き直るエリー。
「もちろん願うだけでなく、行動も伴わなくては意味がありませんね。これからもよろしくお願いします、ラダさん」
「うん、よろしくねぇ!」
 笑顔で答えてくれるラダに、エリーはそっと言葉を続ける。
「シトラスの香りは……私の、親友のイメージなんです。元気でハッキリとした人『でした』」
「親友の?」
 エリーの表情と口調に、ラダは何かを感じ取る。
「エリー、その友達って……」
「はい……彼女はオーガに殺されました」
 遠くを見つめるエリー。在りし日の親友の姿を探すように。
「ああ、そうなんだねぇ……」
 ラダはなんだか拍子抜けした。
 そっか、エリーの願いは、友達のため、だったんだ。
 強いウィンクルムになりたいって言うから、これからもよろしくって言うから、てっきり、ボク絡みかと思っちゃったよぉ。
「ねえ、エリー!」
(あれ、なんだかボク、表情が上手く作れない)
 笑おうか?悲しい顔をしようか?やっぱり笑顔がいい。でも、顔にお面が張り付いたみたいに、なんかヘンな感覚。
 それでもラダは言葉を続ける。
「その子はもういないけどさ、ボクは今ここにいるよ」
 エリーは目を丸くして、ラダを見つめる。
 静かに目を伏せ、次に顔を上げると、真っ直ぐラダの瞳を覗き込む。ラダの心まで見ようとしているかのように。
「……励ましてくれたんですよね?ありがとうございます」
「う……うん、エリー、これからも頑張ろうねぇ!」
 来るときの勢いはどこへやら、岸に戻る時は、会話も少なく、ゆっくり戻る2人だった。

「や、やっと着いたわね」
 肩で息をしながら、アンジェローゼは目の前に咲く蓮の花に微笑む。
 これ以上エーにしがみついていたら、心臓がもたないところだった。
「ロゼ様、こちらに朝露が」
 エーが指さす方向を見ると。
「……綺麗!」
 アンジェローゼの表情が輝く。
 エーが(ロゼ様の方が綺麗です)と考えていたのは最早特筆するまでもないだろう。
 アンジェローゼは丁寧に小瓶の蓋を開ける。
 お互いの絆を深めずっと一緒にいられますように。
 願いながら朝露を小瓶に落とせば、香水に波紋が広がる。
(私の一番の願い。ゆっくりでも深い絆を育みたい)
 なんて、心の中で言うだけでも頬が上気してきてしまう。
(ロゼ様、なんだか頬が赤い?か……っ可愛い!一体何を願ってそんな可愛らしいお顔に?)
 こうなるとエーは、気になって仕方がない。
「ロゼ様はどんな願いを込めたのですか?」
「えっ!?」
 アンジェローゼはどきっとしてエーを振り返る。
 心の中で願うだけでも赤くなってしまうのに、本人に向かって口に出すなんて。
「その……あの……」
 アンジェローゼはさくらんぼのように赤くなり、どんどん声が小さくなっていく。
 それを聞き取ろうと、エーはアンジェローゼに耳を寄せる。
 アンジェローゼは耳元に囁く振りをして……頬に小鳥が啄むようなキスをすると、くるんとエーに背を向けた。
 やっぱり、言えない!
 けれどエーは、なんとなくわかったような気がして、キスされた頬を押さえ、幸せそうに微笑んだ。
 きっと2人は同じ気持ち。
 エーはアンジェローゼの背中に囁いた。
「ずっと一緒にいましょうね。大好きです……ロゼ様」

(彼女を護りぬけますように)
 願いつつ、ライトは瓶の中に朝露を落とす。
 瓶を軽く振れば、朝日を浴びて、それはきらきらと輝いた。
 それは、護るべき少女の美しい金髪が輝いている様子にも似ていて。
 ライトは、彼女に視線を向ける。
(お嬢さん……怒っているんでしょうか)
 鬼気迫る表情で朝露に願うニッカに、ライトは不安を覚える。
(先ほどは急に抱き上げるなんて、不躾な真似をしてしまったし……)
 ニッカだっていつまでも子供ではないのだ。きちんと女性として対応しなければ。と、ライトは反省した。
 だが、ニッカは怒ってなどいなかった。
 むしろ、願掛けに真剣で、そんなことは忘れていた。
 彼女の切なる願い……それは。
(胸が育って立派なレディになれますように)
 叶えたい夢はいつくかあるけれど、一流のデザイナーになる夢は自分の手で叶えるつもりだし、そうなればもう残る願いはこれしかない。
 なにしろ、仕事で一緒になる神人のお姉さまたちは、スタイルの良い人が多いのだ。
 彼女たちのような美しいバストを、いつの日か……!
 ぽつり、と朝露を小瓶に落とすと、大仕事を終えたように溜息ひとつ。
「さ、帰りましょ、ライト」
 晴れやかな笑顔に変わるニッカに、ライトは(あ、怒ってはいなかったんですね)とほっとするのであった。

 なんとか落ちずに沼の中央に辿り着き、羽海は悩む。
(願い事……何にしよう……)
 ちらりとセララを見れば、彼はにこやかに朝露を採取している。
(この人は……いつも、楽しそう……)
 大きなパンケーキを食べた時も、かまくらで一緒に過ごした時も。
 セララはいつも笑っていて。
 彼の笑顔は、羽海の心も明るく照らした。
(外に出るのは億劫だけど……楽しいと思えること、増えた……から)
 先日のウェディングドレスショーでは、抵抗なく、大衆の前で笑うことができた。
 それは羽海にとって大きな変化だった。
『楽しいこと、もっとできますように……一緒に』
 微かに唇を動かし、願う。
 その願いに応えるように、朝露は香水に波紋を広げた。
「よし完成~!」
 羽海の静かな祈りの時間を打ち破ったのはセララの明るい声だった。
「羽海ちゃんもできた?じゃあ交換ね」
(……は?)
 ぽかんとする羽海。
「え、だって香水プレゼントしたいから参加したんだし」
 羽海がさらさらとメモ帳に「それじゃ願い事叶わないんじゃ」と書きかけたところで、
「大丈夫、それちゃんと使い切ったら羽海ちゃんの願い事も叶うから!」
と、セララは羽海の肩をぽんと叩く。
(よく分からないけど……いい、のかなぁ?……ま、いいか)
 セララに押し切られ、羽海はセララと小瓶を交換した。

 落ちないように気を付けながら、ゆっくり確実に進んできた笹とカガヤ。
「カガヤが手を引いてくれたおかげで、靴が濡れた程度で済みましたわ」
 2人は早速、蓮の花に朝露を見つけ、香水の小瓶の蓋を開ける。
 フローラルの香りが、笹の鼻を優しく擽る。
(わたくしの願いは……)
 笹はきゅっと手を握りしめる。カガヤの温もりが残っている手。
(カガヤに……好きだと……伝えられますように……)
 笹は目を閉じ、香水に願った。
「願い事……か」
 カガヤが呟く。
(俺はオーガと戦う格好いいウィンクルムになる事を望んでいた。でも)
 カガヤは笹の横顔を見つめる。
(その願いは笹ちゃんがもう叶えてくれた)
 だからこれ以上のお願いは贅沢。
 でも、もし願ってもいいのなら……。
(笹ちゃんとこれからも一緒に居させて下さい)
 願いを込め、朝露を香水の小瓶に落とす。
「カガヤは何を願ったのですか?」
 瓶の蓋を閉めつつ笹が問う。
「え、ええっ!?」
 カガヤは少し慌てた後、
「何を願ったかは内緒だよ」
と、悪戯っぽく笑った。だがその頬は微かに赤らんでいた。
「内緒とは……いつか叶ったら教えてくださいね」
「そう言う笹ちゃんは?」
「わたくし……ですか」
 笹は微笑む。
「いつかきっと、伝えますわね」
 いつか「教える」ではなくて「伝える」と言ったその意味に、果たしてカガヤは気付いただろうか。

●きっといつか、願いは叶う
「すっかり服が濡れちゃったわ。仕事で作った服持ってて良かった」
 着替えが入った鞄を持って、ニッカは簡易シャワー室へと向かう。
 いくつかの簡易シャワー室が並んでおり、その一室の扉の前に、エーが立っていた。
「エーさん、どうしたの?」
 ニッカが問えば、エーは、
「鍵が壊れているシャワー室があるそうですので」
と答える。
 どうやらこの中では、アンジェローゼがシャワーを浴びているらしい。エーは見張り役ということだろう。
「それは気を付けなければならないですね」
 ライトは、ニッカが入ろうとしたシャワー室の鍵を調べてくれた。
「ここは大丈夫みたいですよ。じゃあ私は、向こうで待っていますから」
 ライトは沼の前の小さな広場を指さした。
 広場では、羽海とセララがベンチに腰かけていた。
「羽海ちゃん、使い方わかる?」
 セララがお手本を見せてくれて、それに倣って、羽海は手首に少し、香水をつける。
「ふふ、羽海ちゃんとお揃いの匂いだ……ゴメン、そんな嫌な顔しないで」
 じとっ、とした羽海の視線に、セララは慌てて謝る。
「願い事……叶うといいね」
 けれどセララは、羽海の願いは絶対に叶うと確信していた。
(だってオレ、お願いしたもん。『羽海ちゃんのお願いが叶いますように』って)
 広場には皆が次々やってくる。
 ニッカもやがて、シャワーと着替えを終えてやって来た。
 濡れた髪をポニーテールに纏め、いつもと違うパンツスタイルのニッカに、ライトは目を奪われた。
 いつもの彼女じゃないようで。
 いつもより、もっと大人の……。
「どうかしたかしら?」
 不思議そうなニッカに、ライトは「いいえ」と首を振り、眩しそうに眼を細める。
 素敵なレディに成長したニッカが見えたような気がして。
 いつの日か、ニッカが大人になった時。彼女の隣に居るのは、一体誰なのだろう。


●晴れない心
 どんなにシャワーで身体を洗い流しても、心にこびり付いた自己嫌悪は流れていってくれなくて。
 ラダはそこから動けずにいた。
『その子はもういないけどさ、ボクは今ここにいるよ』
 優しい励ましなんかじゃなくて、もっと醜い感情から出た、言葉。
 エリーも気付いていたかもしれない。
 エリーと「友達」という距離を望んでおきながら、彼女が別の人のことを考えれば、寂しがったり、悔しがったり。
 恋愛対象じゃないとしながら、独占だけはしたいだなんて。
(ボクってズルい……)
 
「ラダさん、遅いですね……」
 エリーはシャワー室に入ったきりのラダを、広場でひとり、待っていた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:エリー・アッシェン
呼び名:エリー
  名前:ラダ・ブッチャー
呼び名:ラダさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月24日
出発日 06月30日 00:00
予定納品日 07月10日

参加者

会議室

  • [8]ニッカ=コットン

    2015/06/29-23:57 

  • [7]手屋 笹

    2015/06/29-23:36 

    ∑はっ!?

    気付いたら挨拶もせずに最終日に!

    手屋 笹です。
    エリーさんは今回もよろしくお願いしますね。

    羽海さん、アンジェローゼさん、ニッカさんは初めましてでしょうか。
    よろしくお願いしますね。

    プランは提出済みです。
    最近お仕事の方が多かったので、息抜きになるといいのですが。

  • [6]和泉 羽海

    2015/06/29-21:47 

  • [5]アンジェローゼ

    2015/06/29-17:13 

    プラン提出しました!
    私も、悩みに悩んでオリエンタルにしてみました。いつもフローラル系なのでいいかなぁって思って!当日は楽しみましょうね

  • [4]エリー・アッシェン

    2015/06/28-18:26 

    プラン提出。
    香水はけっきょくシトラス系を選びました。

  • [3]ニッカ=コットン

    2015/06/28-15:53 

  • [2]アンジェローゼ

    2015/06/27-10:01 

    アンジェローゼとエーです。よろしくお願いします。
    香水…どの香も素敵で…どれを作るか迷ってしまいますね

  • [1]エリー・アッシェン

    2015/06/27-00:47 

    うふふぅ……、エリー・アッシェンです。どうぞよろしくお願いします。
    香水は、フローラル系かオリエンタル系にしようか迷ってます。


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