プロローグ
見上げれば、新緑からいつしか深緑に色を変えた木の葉が、強い日差しをちらちらと散らしながら微風に揺らいでいる。遠くでさえずる鳥の声。
ここは天空の島、フィヨルドネイジャ。
ウィンクルムだけが訪れることができる、足を踏み入れると不思議な白昼夢を見ることになる島だ。
タブロスからフィヨルドネイジャにワープした精霊と神人は、いつしか大きな庭園の中を歩いていた。そこにはどことなく現実感のない、ほわんとした空気が漂っていた。
「……あれ」
パートナーが歩みを止めた。
いつの間にかそこには、ミルクを流し固めたような、真っ白な神殿に似た建造物があった。
濁りのない大理石を思わせるその側壁には『幻想美術館』のプレートが。その下には説明書きもある。
「この美術館では、ペアで訪れた方のうちどちらかの『心象風景』をそのまま美術品にした展示をご覧頂けます。
ふるさとの懐かしい記憶や、過去に強い印象を残した事件があれば、それが彫刻や絵画となって飾られているかもしれません。
現在、強烈な愛情や憎悪などの感情を抱いている人がいれば、その人をモチーフにしたアートが飾られているかもしれません。
また、その心の主が、自分自身に対して抱いているイメージが、アートとして展示されているかもしれません。
たくさんの小さなアートがあるかもしれませんし、数個の、あるいは一つの大きなアートがあるかもしれません。
アートは時系列順に並べられているかもしれませんし、違った並べ方をされているかもしれません。
展示されているのが、ペアのうちどちらの心象風景かは、入ってみなければわかりません。
入館料・300ジェール」
神人と精霊は目を見合わせた。
「入ってみる?」
相手の心の中は興味あるが、自分の心の中を見られるのは……。
それとも、自分の事をよく知ってもらうチャンスだろうか。
解説
幻想美術館でデートをして下さい。
神人・精霊どちらの心の中なのか、プランに書いて下さい。
サイコロでどちらの心か決めていただくこともできます。
ダイスAまたはダイスBを一つ振り、偶数→神人 奇数→精霊、となります。
◆アート
たとえば、「古代ギリシャ風の白い彫刻」「印象派風の油絵」「現代風で、無機質な鉄パイプで作られている」などといった感じでご指定いただけると幸いです。
個人名や版権がらみのものを名指しすることはお控え下さい。
特に指定なければアドリブになります。
展示物だけでなく、展示室のイメージ自体も考えていただいてもOKです。
迷宮や、洞窟など、普通の美術館ではあり得ないような展示室になっていても面白いですね。
ゲームマスターより
こんにちは、蒼鷹です。
女性側のキユキGMのエピソードと偶然ちょっと似てしまいましたが(笑)
微妙に趣旨違いますし、そのまま、えいや!と投げます。
私もたまにしか行きませんが、美術館っていいものですね。
コメディも、シリアスも歓迎です。
心の主自身にとっても意外なものが展示されているかもしれませんね。
それでは、よろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
■タイガの館 ログハウス風。窓のような絵画は 家族の団欒、3兄弟の兄弟喧嘩、後のお説教、マタギの勉強、ラーメン屋バイトなど成長記録 彫刻は崖を登る大柄の父を先頭に続く子供達、連携、武器の手入れ等、躍動感ある物 ほっ)何を期待していたの 元々工芸品や綺麗な物みるのは好きだし大丈夫… 和気藹々でいいな、小さいタイガ可愛い。あ、これすごい 時間を忘れ夢中 タイガ? 全部見ようと思ってるよ …え(別人みたい) 説明するタイガの手を握る タイガが嫌なら見たくない 僕の事や今のタイガの心が知りたかったけど辛い思いさせるのなら ■ わ…綺麗 タイガの中にあるなんて思えないほど繊細な 穏やかな表情して…大事なんだ え?わあ…! ■一面大自然の絵画 |
スコット・アラガキ(ミステリア=ミスト)
神人の心 展示:白亜の彫像 最初は面白そうだと思ったけど… ここ、嫌だ。静かすぎる 彫像と目が合うのが無性に怖い もう出ようよ~!俺、飽きちゃった …あ、だめだ。ミスト聞いてない 仕方ないからついてこう 静寂を壊すために鼻唄を歌う 静かすぎる場所はきらいだ 知らないひとが頭の中でうるさくするから 彼が長いこと眺めてる像を窺う …この像は視線が合っても平気だ でも見てると息がつまる …あれ。左手の薬指が欠けてる ただの傷でしょ。よく見なきゃ誰にもわからないよ 気になるなら他の指も折ればかえって自然に、 ッ冗談、だってば。あはっ…怒んないでよ… 冗談とは言ったけど、一瞬本気だった 他の像みたいに壊しちゃえば 少しだけ楽になれる気がして… |
レン・ユリカワ(魔魅也)
美術館、大好きなんです(にこ) どんな展示があるのか楽しみですね。 僕のかな?魔魅也さんのかな?(ワクワク) ●魔魅也の展示 …これは魔魅也さんの心象世界、ですか…!?(驚き) なんだか凄く…不思議な雰囲気です、ね (おどろおどろしい雰囲気に思わず魔魅也に寄り添い 服の裾を掴みつつ進む) まさか魔魅也さんの過去、ではないでしょうし… 魔魅也さん自身の、印象…? (一枚一枚じっくり見つつ) …あ、過去も混ざってるのか、な (裸婦女性画は足早に) ●印象 確かに雰囲気は不思議ですし、見慣れない絵が多かったですが 怖いとは思いません。 …展示室も、勿論、魔魅也さんも。 むしろ魔魅也さんのことをもっと知りたい、と思いました(にこ) |
川内 國孝(四季 雅近)
・一瞬美術品に対して自分のものかと思うが、微笑に違和感を感じる ・ふと精霊を見た時にもしやと精霊に訪ねてみる これは…俺の心情が反映されたんだろうか? (だが、この微笑…引っかかる) なぁ…あんたはこの肖像画、心当たりあるか? あんた、本当は俺とパートナーなんて苦痛なんじゃっ…そう、なのか? …??違うのか? なんだ、ボソボソと!何か隠してるんなら言え!ウィンクルムとして仲良くするのだろう!? ・精霊の反応に少し戸惑う。毎度のネガティブ+苛立ち? (なんでこんなに気になるんだ、なんで隠される事にイライラしている?) (他人の事なんて、こんな俺が知る権利も無いだろうに…) (…初めて、突き放された…ような気が、する) |
カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
目的:美術館見学 美術館内部:カインの昔の家 心の中:神人 美術館……(心象風景とは趣味悪ぃな)……ま、知っておきてぇのあるし、付き合え (内部に入り、一言) 俺の昔の家だな (さらりと言い、見学へ。最初は写実的な絵画で妻子が命を落とした事件の様子) ……だろーよ (予想していた事実なので受け入れる) これは娘がクレヨンで描いた俺だな、とか、嫁が作った飯だな、とか感想は言うぜ ……これが、見たかったからな (最後妻子の優しそうな笑顔の絵を見て顔を綻ばせる) ……ほっとしたわ 迎えに来る時は空気読めよ? ま、簡単にそっち行くつもりねぇけど てめぇは好きな女が笑った顔も思い出せねぇの? ……仕方ねぇ奴だ(優しく苦笑) |
●薔薇の桎梏
建物の中は庭園だった。噴水が騒いで、青い木の葉が揺れる。足下は真っ白な玉砂利。
川内 國孝はフードを普段より少し浅く頭にかぶせ、物珍しそうにあたりを見渡した。
どちらの心の中なのかは察し辛い。
「酔興な趣向だな。幻想美術館、とは」
落ち着かない様子の國孝と違い、四季 雅近は少しも物怖じせず、白亜の長髪を優美にくゆらす。服から覗く鮮やかな羽とも相まって実に堂に入った様、さながら彼自身が一羽の孔雀で、戯れにこの庭園に舞い降りたかのようだ。
「これが國孝の心の中なら、何が出てくるのだろうなぁ」
「……双子の兄は出てくるだろうな」
「契約の時にも言っていたな、兄弟のことを」
雅近は眼を細め、思う。國孝はどれだけ兄のことを気にしているのか……。
庭園の奥で、二人は足を止めた。
木の葉の向こうに突然出現した白い壁。大きな絵が掛かっている。
洋風の油絵だ。羽根の髪飾りをつけた男性の肖像画。半裸の男の胸や脚、全身に、無数の棘持つ蔓薔薇が張り巡らされ、鮮血が蔓を伝っている。花は白薔薇だが、男の血で朱く染まった花弁もある。見るからに痛々しい姿、しかし奇妙なことに、男は微笑を浮かべている。血染めの己の身体も、蝕む薔薇の棘も感じていないといった風に……。
國孝は絵をじっと見た。一瞬、これは自分の心かと思ったのだ。自分の心にもこのような苦痛があると感じて。
しかし……同時に、男の微笑に違和感を覚えた。
ふと精霊を見る。雅近もまた食い入るようにその絵を見つめていた。
「これは……俺の心情が反映されたんだろうか?」
声をかけられて、少し驚きながら雅近が國孝を見る。
「だが、この微笑が引っかかって……」
再び絵を見て、國孝。
雅近、精霊は神人の横顔を見ながら苦笑。
――『笑顔の中に闇を潜ませてる』と見れば、多分……俺か。國孝は笑わないからな。
「なぁ……あんたはこの肖像画、心当たりあるか?」
雅近は琥珀色の瞳を見開いた。短刀直入な國孝の質問にも、いつも通り穏やかな調子で、
「ははっ。まぁ、俺かもしれないな」
その微笑みは絵の中の男の顔と似ていた。
「やっぱり……」
國孝の翠色の瞳がゆがんで、
「あんた、本当は俺とパートナーなんて苦痛なんじゃっ……そう、なのか?」
こんな綺麗な男と俺じゃ不釣り合いだ。最初からわかっていた。……哀しみが、暗い感情がこみ上げてくる。
雅近はそんな神人の反応にきょとんとして、
「おっと、これは國孝への感情ではないぞ。これは自分へのものだ」
「……?? 違うのか?」
國孝が今度はきょとんとする番だった。
――雅近に、こんな暗い側面が??
雅近、物憂げに絵を眺め、神人に聞こえるか聞こえないかの小さな声で、
「『神社生まれでチヤホヤされ育った』本当にそうだったら良かったんだろうなぁ」
國孝、精霊の態度に、なにかが非常に引っかかって声を荒げた。
「なんだ、ボソボソと! 何か隠してるんなら言え! ウィンクルムとして仲良くするのだろう!?」
「ははは、何でも無い。気にするな」
さらりと流そうとする精霊の態度に更に苛立つ。
おかしい。雅近の反応も……俺も。
――なんでこんなに気になるんだ、なんで隠される事にイライラしている?
自分の中にいつものネガティブ以上の、名状しがたい苛立ちを感じ、胸が苦しくなる。
(他人の事なんて、こんな俺が知る権利も無いだろうに……)
でも知りたい。雅近のことが……知りたい。
「……そんなに知りたいか?」
雅近が口を開いた。いつもの優しい口調ではあるが、少しだけ固い響きを含んで。
「……何、大した話ではない」
雅近の心にも躊躇いが生じていたのだ。この絵に描かれているのは、自分の苦痛や嘘。
――……こんなもの、話して良いものなのか。
國孝は精霊の心の動揺も知らずに、ただ切なさがこみ上げていた。
――……初めて、突き放された……ような気が、する。
●欠けたる像
物質から落ちる陰以外には何の色も伴わないような大理石の空間が広がっていた。
「なんだろ。白いね。全部が白い」
面白そうに呟いて、スコット・アラガキは青葉色のその眼を瞬かせた。沈黙を破るように大手を振って歩く。
「どちらの心の中だろうな」
興味津々に、ミステリア=ミスト。彫像が見えて立ち止まる。
「……なんだ、これは」
そこに並ぶのは、豊かな肢体を持つ白亜の女性像、であったのだろう。しかしその裸体にはひびが入り、鼻が折られ、肩が、乳房がえぐられている。先人を敬わぬ民族が、古代文明の遺産に狼藉を加えたかのような、人為的な乱暴の形跡。
ミストは心中で首をひねった。どう考えても、これは自分の心中にない。
(ってことはスコットの心象風景か。ずいぶん暗いっつぅか……落ち着いた雰囲気だな)
もっと賑やかなのを想像してたけど。
――像が傷ついている意味は何なんだ?
一方、スコットは彫像の目を覗き込んで、びく!と震えた。
(最初は面白そうだと思ったけど……ここ、嫌だ。静かすぎる)
人は静寂の中に抑圧した自己の声を聞く。
その目の奥に、自分が拒んできたなにものかが潜んでいるような……。
もっとも、彼が感じた恐怖は、もっと直感的な、子供が物言わぬ人形に抱くようなそれだったのかもしれない。
「もう出ようよ~! 俺、飽きちゃった」
と、振り返ると、ミストがなにかを探すかのように歩んでいく。
「……あ、だめだ。ミスト聞いてない」
仕方ない。スコットは渋々彼の後を追う。
ミストは中央の天使像の前で立ち止まった。これだけが男。
両脚にわずかに力を入れ、翼を広げ今にも飛ぼうとするその姿。
豊かな筋肉、美事な均整、息をのむほどの完璧な造形。男が湛える微笑は、天上から降り注ぐ陽光のよう。
――なのに、なぜだ?
これほど完璧な像を造る彫刻家が、最も大切なものを……『魂』を入れ忘れている。先程までのぼろぼろの女の像の方がよっぽど躍動感があった。だからこの像はこれほど見事なのに、けして天には昇れない、そう感じさせる。
(少しスコットに似てる)
じっと見ていると、スコットも隣にきて、その像を窺うように見た。
(……この像は視線が合っても平気だ)
でも、見てるとなぜだろう、息がつまる。
「……あれ。左手の薬指が欠けてる」
「お、マジだ。どういう意図だろうな」
「ただの傷でしょ。よく見なきゃ誰にもわからないよ」
ミストはスコットが見つけた二つ目の謎を、覗き込んで眺めた。
「そうは言っても心象風景な訳だろ、何か意味が……」
それは、神人の脳裏をかすめたほんの思いつき。
「気になるなら他の指も折ればかえって自然に、」
伸ばした神人の両手が像に触れかけて、
「さわるなッ!!」
ミストは自分でもわからぬうちに叫んでいた。
スコットの澄んだ青葉色の瞳が、驚きと、いくらかの怯えを伴って精霊を見る。
「ッ冗談、だってば。あはっ……怒んないでよ……」
スコットに浮かんだのは笑顔。でも、その笑みはどこか寂しげだ。
ミストは取り乱したのを一瞬で後悔し、慌てて取り繕う。
「ほ、ほら。壊して弁償なんてことになったら、さ」
(なんで怒鳴っちまったんだろう……自分でもよくわかんねぇ)
ミストはほとほと困惑していた。スコットの様子にも、訳のわからない展示品にも。
(……ここは本当にスコットの心の風景なのか?)
普段の印象とはあまりにかけ離れた世界。
(なら俺の姿はどこに……)
そう胸中で呟いて、ミストははっと我に返った。
(あーもー! ガキくせぇ! それでイラついたってか!?)
葛藤するミストの横で、スコットもまた悟られぬよう、ため息をそっとついていた。
(冗談とは言ったけど、一瞬本気だった)
――他の像みたいに壊しちゃえば、少しだけ楽になれる気がして。
●共に世界を
古い木目が暖かみを感じさせる、ログハウスのような造り。銀色の瞳を瞬かせたのは、セラフィム・ロイスだ。
「おお。俺の家っぽい」
翠の眼で見回すのは火山 タイガ。
「ってことは俺の心ん中かー残念」
セラフィムは内心安堵しつつ、
「何を期待していたの」
「セラの新たな一面知るいい機会じゃん?」
「僕はタイガの心でよかった」
「そうか? 俺ので楽しめるならいいけどよ」
「元々工芸品や綺麗な物みるのは好きだし大丈夫……」
ログハウスの窓と思われたもの、覗き込むとそれは絵画だった。油絵や水彩で、おおらかな筆致で人々が生き生きと描かれている。
夕飯どきの家族団欒の絵からは、笑い声が聞こえてきそうだ。取っ組み合って喧嘩している3兄弟の幼い表情、後の親からのお説教。
「小さいタイガ可愛い」
セラフィムの口元が緩む。タイガは隣でその顔を見つつ、少し気恥ずかしそうに笑う。
「これはマタギの勉強だな。足跡から何の動物か、古いか新しいかって見てるところ」
「和気藹々でいいな。あ、急に場所が変わった」
「これ、ラーメン屋のバイトだ」
湯気を浴びて暑そうにしつつ、お客に笑顔を見せるタイガ。
セラフィムの知らない時代のタイガの成長記録。
続いて彫刻品の展示。木彫りの荒々しいもの。石製のダイナミックなもの。
「あ、これすごい」
切り立った崖を登るのは凜々しい表情の大柄の父親。彼を先頭に続く、きりっとした顔の子供達。吹きすさむ風の音まで聞こえてきそうだ。
「これは、皆で連携して鹿を追い込んでいるところ。これは武器の手入れ。手入れは大切だから厳しくしつけられたな」
どの展示物も今にも動きそうな躍動感だった。本物よりかっけー、とタイガが笑う。
「憧れも形になってんのかな?」
あるいはそれ以外も?
「これがタイガが見てきた世界なんだ」
時間を忘れて眺めるセラフィム。
彫刻の展示の大半を見終えた頃、不意にタイガが囁いた。
「セラさ、どこまで見るんだ?」
「タイガ? 全部見ようと思ってるよ」
「全部が全部、楽しいもんじゃねぇからな」
「……え」
視線をそらしたタイガの横顔は憂いを帯び、別人みたいだった。
精霊が見つけたのは奥の油絵。赤、青、黄の雨が渦を巻き、赤い花を飲み込む抽象画。酷く鮮やかで不安をかき立てる。
近くには下り階段、並ぶのは、釘で引っ掻いたような絵や、ペンキをぶちまけたような荒れた絵。
「現実味なくてよかった」
ぽつりとタイガ。
「あの花の絵が、お袋、亡くなった時のでそっちのが不良してた時」
不意に。
セラフィムの手が、説明するタイガの手に触れた。そっと握りしめる。
「タイガが嫌なら見たくない」
「!……平気だって」
セラフィムは首を横に振った。
「僕の事や今のタイガの心が知りたかったけど……辛い思いさせるのなら」
凜とした瞳に、タイガは言葉を失う。
(……そんな所が俺は)
神人は精霊を促す。
「帰ろう?」
ところが二人が振り返ると、来た道の代わりに上り階段ができていた。
薄闇の中に何かがある。二人は顔を見合わせたが、導かれるように階段を昇った。
『光の下、一輪の薔薇を包む竜の硝子細工』
光が一筋射す下、柔らかな花弁をわずかに開いた、気品に満ちた薔薇。
それを護るように寄り添う、さやかに光る硝子の竜。目を細め、愛しむように薔薇を眺めている。
「わ……綺麗」
(タイガの中にあるなんて思えないほど繊細な……)
「穏やかな表情して……大事なんだ」
一方、タイガは赤くなっていた。繊細すぎる硝子細工の出現と、呟いた神人の言葉に。
(セラと俺か!? あれ! 虎じゃねぇから違う?)
「タイガ?」
「何でもねぇ! ほら周りもみろ」
「え?」
セラフィムが目を見開いた。細工の向こうには、一面に広大な森を描いた壁画。
「わあ……!」
緑だけではない、あちらの壁には紅葉、こちらには雪を頂く山脈。その向こうには紺碧の空と海。
タイガは手を握ったまま、セラフィムを絵画の元へ誘う。
「ああ旅したいんだ。セラの足になって、一緒に世界を」
「タイガ」
セラフィムはぼうっとして絵画を見る。病の中で憧れた世界が、そこには広がっていた。
今なら行ける。二人なら、行ける。
タイガはセラフィムの隣で満足げに告げる。
「本物、一緒に見よう」
●優しい思い出
(心象風景とは趣味悪ぃな)
というのが、カイン・モーントズィッヒェルの美術館に対する第一印象だった。
触れて欲しくない暗部が、どんな人の心にもある。それを白日の下にさらけ出す趣向とは。
しかし、そうは思いつつも、そんな場所でなければ見られないものもある。
「……ま、知っておきてぇのあるし、付き合え、イェル」
いつも通りの粗野な調子で、黒髪翠眼の精霊、イェルク・グリューンを促した。
(心象風景とは……)
青年、内心は気乗りしなかった。展示がもし自分の心なら、心の整理がつかないままの記憶に直面しそうで。
しかし、揺るぎない神人の口調と、さっさと行ってしまう様子に、断ることもできず、後を追って歩き出した。
「待って下さい、カインさん」
追いつくと、カインが立ち止まって、おお……とため息をついている。
そこは何の変哲もない一軒家。家族が寝食を共にし、日々の喜びや悲しみを分かち合う場所。玩具があるところを見ると、子供のいる家庭だろうか。
「俺の昔の家だな」
さらりと言われた台詞に、イェルクの心が乱れる。
(まさか……いや、やはりか)
焦燥に高鳴る鼓動。
あの事件のアートもあるのか。
だとしたら、見たくない。
一方、カインはスタスタと歩み出している。
最初に掛かっていた大きな絵は、冷徹なまでにリアルな筆致の写実画。
イェルクは絶句する。あの日、カインとイェルクが愛する者を失った日の出来事だ。蒼ざめた若い母と幼い娘。オーガの無慈悲な瞳が、二人をあざ笑うかのように見つめている。
「……だろーよ」
カインの声は平静だ。予想していた事実だ。淡々と受け入れる。
しかし、イェルクは違う。
(この事件で、彼女は……)
彼もまた、この事件で恋人の命を奪われている。絵の生々しさに胸が押し潰されそうだ。
呆然と絵を眺めていると、いつしかカインは次の展示へ向かっていた。
「イェル、こっち来いよ」
手招きされて精霊は我に返る。カインが指さしたのは、画用紙に緑色のクレヨンで描かれた、二本足の「何か」。
「これは娘がクレヨンで描いた俺だな。うまいだろ」
神人の目に浮かぶ優しい光。
「……この絵は嫁が作った飯だな。毎晩帰ってきて食うのが楽しみだった。
『何食べる』って訊かれて『なんでもいい』って答えて、よく呆れられた。何作っても美味かったんだよ」
最初のリアルな絵以降に並ぶ展示物は、家族との幸せな時間や、何でもないひとときを描いた絵。カインは一つ一つを慈しむように説明する。懐かしそうに、でも嘆いてはいないように見える。
イェルクには理解不能だった。愛する人も、過ごした日々も永遠に帰ってこないのに、どうしてそんな風に向き合えるのか?
最後の絵で、カインは、見つけた、と立ち止まった。
「……これが、見たかったからな」
母と娘の絵。二人は絵の向こうに優しく微笑みかけ、今にも声をかけてきそうだ。
――お父さん、お帰りなさい。
その声がイェルクにも聞こえるようで、胸が詰まる。
「……ほっとしたわ」
カインの顔も、絵の中の二人のように綻んでいる。
「迎えに来る時は空気読めよ? ま、簡単にそっち行くつもりねぇけど」
イェルクはカインを見据えた。どうしても理解できなかった。固い口調で、
「どうしてそう言えるのですか。私は……きっとこんな風に彼女との日々を思い描けません」
死んだのだ。殺されたのだ。理不尽極まりないやり方で。
そう言われて、カインは少し考えた。
あの事件以来、前へ進んでいない様子のイェルク。
「てめぇは好きな女が笑った顔も思い出せねぇの?……仕方ねぇ奴だ」
優しく苦笑する。
「……」
イェルクは素直に驚いていた。カインの気持ちを理解はできなかった。
だが……。
(理解したい)
と心の中で呟く。
いつか……わかるのだろうか。
「さ、帰ろうぜ。この絵の前で居着いちまいそうだからな」
満足した様子で眼を細めて、カインが囁いた。
●物の怪たちのいるところ
白亜の建物の前で、レン・ユリカワは菜の花色の瞳を輝かせた。
「美術館、大好きなんです」
にこ、とこぼれる笑みは天使のよう。
「どんな展示があるのか楽しみですね。僕のかな? 魔魅也さんのかな?」
展示品がどちらの心象にしろ、レンは覗くのに躊躇いはない。どんな世界が広がっているのか楽しみで仕方がない様子だ。
「幻想美術館……素敵な響きさね」
こちらも軽やかに応じたのは黒スーツに白シャツ、細身の体躯にどこか美しき魔物のような闇を漂わせる魔魅也だ。
「俺としては坊っちゃんの世界を覗いてみたいもんだがね」
艶っぽく笑んだ漆黒の瞳は、レンの清らかな横顔に注がれている。
多分、二人がこの美術館を恐れない理由は、レンと魔魅也とで違う。
レンは純粋な好奇心から、魔魅也は人生経験に裏打ちされた度胸からなのだろう。
二人は楽しそうに内部へと歩き出す。
急に薄暗くなった。木製の小さな戸を屈んでくぐれば、和風の白いぬり壁、笹に柳、破れ障子に蜘蛛の巣。しとしとと水音のする古井戸。
古めかしく妖しい雰囲気は、さながらお化け屋敷か見世物小屋に迷い込んだようだ。
ぼっ……っと音を立て、唐突に眼前に現れたのは、青白く明滅する火の塊。
「わっ!」
レン、驚いて飛び退く。
「これは鬼火さァね。どうも坊っちゃんの心の中とは違うようだね」
ゆらり漂う火の玉にも動ぜず、魔魅也がさらりと言った。
「……これが魔魅也さんの心象世界、ですか…!?」
驚愕して、レン。鬼火に照らされて見える展示品は、古めかしい浮世絵風の絵画や屏風、襖絵。
尾が二股、大きく口を開いた金色の眼の三毛猫。眼球だけが残り、じろりと人々を見下ろす巨大な白い骸骨。
レンが一枚一枚をじっくり見ていると、絵の眼がぐるっと動いてぎょっとする。
足のない黒髪長髪の女幽霊、赤鬼に青鬼、武者の亡骸をつつく鴉に、犬神に雪女に人を飲み込む大ナマズ……。
「なんだか凄く……不思議な雰囲気です、ね」
温度が三度くらい下がった気がする。おどろおどろしい雰囲気に、レンは気がついたら魔魅也にぴたり寄り添い、服の裾を掴みつつ進んでいた。
「はっはっは、こりゃぁ可笑しい、愉快だ」
一方魔魅也はカラカラと笑う。心底楽しんでいる様子だ。
「まさか魔魅也さんの過去、ではないでしょうし……魔魅也さん自身の、印象……?」
「何故こんな展示なのか俺が聞きたいぐらいさァね」
角を曲がると、今度は美人画。様々な個性や体型だが美女揃い、媚びるようにしどけないポーズをとっている。服を着ていたりいなかったり、半端に脱いでいたり。
「……あ、過去も混ざってるのか、な」
レンは赤くなってそっと目をそらした。魔魅也と関わり合った女性なのだろう。
「坊ちゃん、こっちへ」
魔魅也、女性画はレンに見せないように手を差し延べてエスコート。レンも頷いて足早に進む。
お化け屋敷を通り過ぎると外の陽光が見えてきて、レンはほっと息をついた。
レンが安堵した様子なのを見て、魔魅也はレンに、囁くように尋ねた。
「……坊っちゃん、怖かったかい? いや……俺のこと、怖くなったかい?」
レンは菜の花色の瞳で、魔魅也の漆黒の瞳を見た。
レンの瞳には、少しの揺らぎもなかった。
「確かに雰囲気は不思議ですし、見慣れない絵が多かったですが、怖いとは思いません。
……展示室も、勿論、魔魅也さんも」
化け猫も骸骨も、中の展示の絵はみなおどろおどろしくはあったが、しかしどこか愛嬌がある。そうレンは感じていた。
「ふふ、坊っちゃんは勇敢さァね」
その返事に嬉しそうに、魔魅也が目を細める。
「流石俺のご主人様だ」
魔魅也の笑顔に、レンの顔も綻ぶ。
「むしろ魔魅也さんのことをもっと知りたい、と思いました」
二人は見た美術品のことを話し合いながら、仲睦まじく寄り添って帰路についた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:セラフィム・ロイス 呼び名:セラ |
名前:火山 タイガ 呼び名:タイガ |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 蒼鷹 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月23日 |
出発日 | 06月30日 00:00 |
予定納品日 | 07月10日 |
参加者
- セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
- スコット・アラガキ(ミステリア=ミスト)
- レン・ユリカワ(魔魅也)
- 川内 國孝(四季 雅近)
- カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
会議室
-
2015/06/29-08:43
-
2015/06/28-01:57
遅くなった。僕セラフィムと相棒のタイガだ。よろしく頼む
スコット達は久しぶり。レンとカインと國孝たちははじめましてだね
『タイガ:うわ、一度にこんな多いのも珍しいな。よろしくな!』
心の中が表れる美術館なんて不思議だね。そして素敵だ
いい物がみれるといいんだが・・・どちらのが見えるかな -
2015/06/27-01:04
皆様、はじめまして。レン・ユリカワと申します。
よろしくお願いいたします(ぺこ)
普段、パートナーの魔魅也さんが何を考えているのかわからないので…
少しでも覗けたら嬉しいと思うのですが…
僕の心象風景だったら…ちょっと気恥ずかしい、ですね。
皆様の展示も楽しみにしています(にこ)
(隅っこで手ブラする魔魅也) -
2015/06/26-21:22
スコットとミストだよー。よろしくねー。
美術館って静かにしなきゃダメかなぁ。
面白そうな場所だから、はしゃいで怒られないかちょっと心配!
それにしても、心のなかを映し出す美術品か…。
つまりはミストに対する熱い思いが丸裸に…?(思わず手ブラ) -
2015/06/26-01:12
雅近:
俺は四季 雅近。隣に居るのは川内 國孝だ。
よろしく頼むな。
さて、どんな美術品が見れるのだろうなぁ。 -
2015/06/26-00:38
カインだ。
パートナーは、イェル。
ま、適当によろしくな。