プロローグ
イベリン領地内に、小さな公園があると言う。
暇と財産を持て余した貴族が趣味と実益を兼ねて整えたその場所は、それはそれは美しい薔薇の花が植えられているそう。
「今ですね、この薔薇の花に女神さまの祝福を受けて、雨粒が当たるときらきらと光るようになってるんですよ」
うっとりとした目で告げたA.R.O.A.職員に、それはさぞや美しかろうと同意を示すと、上機嫌で続きを語られた。
「で、ですね。普段から公園自体は格安で解放されてるんですけど、折角の機会だからと、公園の各所に東屋を立てたらしいんです」
薔薇を眺めながら休めるその場所には、美人のメイドが控えており、ティーセットを提供してくれるそう。
勿論こちらは追加料金が必要であるため、希望しないのであれば、東屋には近寄らず、薔薇を眺め歩くだけに留めるのが良いだろう。
小雨の降る中、光る薔薇を見つめるだけでもロマンチックなものがある。
ちなみに東屋のティーセットは、薔薇の香りが広がるローズティに薔薇のジャムを用いたふんわりシフォンケーキと見事に薔薇尽くし。
「如何ですか? そうそう、女神さまの祝福を受けた花の匂いを嗅いだり触れたりすると、感情に作用するらしいですね。きっとこの薔薇にも何かありますよ」
それがどんな作用かは判らないけれど、ちょっとしたラブハプニングもありうるかもしれない。
茶目っ気を見せて笑った職員に微笑み返し、パートナーと共に公園へ向かった貴方は、公園内にふわりと香る薔薇の香りに、ある感情が湧いてきた。
(大好きなあの人を、抱きしめたい)
あるいは。
(大好きなあの人に、抱きしめて貰いたい)
今すぐ、熱い抱擁を。
公園だけでこんな状態では、ティーセットを口にしたらどうなるのだろう。
ささやかな興味も、脳裏をよぎる。
そんな感情を告げるも飲み込むも、貴方次第。
解説
●公園について
薔薇の花がたくさん植えられている公園
背の高い生垣とかもあるので視界は良かったり悪かったり
東屋にメイドさんが控えており、ティーセットを提供してくれます(有料)
東屋の配置は入口にパンフレットが置いてあるので参考にして下さい
●消費ジェールについて
公園の入園料として、一組様100jr頂きます
ティーセットをご注文の場合は、二人分で400jrとなります
薔薇とメイドがお高いんです
ティーセットのメニューはプロローグを参照してください
●作用について
パートナーを抱きしめたく、あるいは抱きしめて欲しくなります
神人と精霊、どちらか一方、あるいは両方のお好きなパターンをお選びください
基本的に作用の方向はパートナーに対してとなりますが、
他の参加者の方とダブルデートとかして、相手組に抱き付くのはありとします
メイドさんには抱き付かないでください
作用はハグのみです。それ以上の事は良識の範囲内でお願いします
ゲームマスターより
初めましてあるいはご無沙汰しております
男性側メインに出没していますが、女性側では比較的綺麗を保っています、錘里です
純性ロマンスを目指してみた結果がこちらです
男性側との温度差?知らない子ですね
リザルトノベル
◆アクション・プラン
夢路 希望(スノー・ラビット)
誘われ、嬉々と 傘を勧められたら 小雨だからと断ろうとしたけど結局中へ (これって…相合傘、ですよね) 初体験でドキドキ 薔薇の香りに包まれれば不思議な気分 チラリ、彼を見れば 何だか無性に (抱きしめてもらいたい) 気付けば彼の服の袖を掴んでいて 「い、いえ!…なんでも、ないです」 慌てて離し 誤魔化し笑い 目に留まった白い薔薇 …ユキの色 きらきらと綺麗で もう少し近くで見ようとしたら引き止められて驚きつつ 離れる手を引き止めて 抱きしめられたら 薔薇以外の香りにドキドキ 勇気を出せたら私も腕を回したい (恥ずかしい、けど) それだけじゃなくて …凄く、安心する 経験が無いから分からない 自信が無い この気持ちは、なんて呼べばいいんだろう |
ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
■心情 公園に来てから変な気持ち…何か、ぎゅーっ…気のせいよっ! 頭ぶんぶん 心が浮足立って薔薇があまり目に入らない ■東屋 ケーキ美味しそう 薔薇って豪華で素敵ね(お姫様気分でご満悦) あら食べないの? ティーセットで気分を誤魔化そうとしたら 余計に頭ぐるぐる 触れたい…触れてほしい? 精霊の服を引っ張る 精霊の顔を見て目を逸らし あ、あの…『だっこ』口だけぱくぱく…何でもないわ!! 残り全部食べ 会計しておくわね!さっと席を立つ ■公園 やっぱり変 思わず早足 吃驚するも包まれる感じに満足し体を委ねる 強い力に苦しくなり我に返る ちょ、ちょっとまって、待ってっ! 振りほどいて脱出 ち、違うわよっ!! ここ、何か変な気分に…帰りましょう! |
アンダンテ(サフィール)
綺麗ね… 本当に世界は広いわ、素敵な場所がいくらでもあるのだもの 綺麗と見とれながら進み 精霊に声を掛けながら振り向いたらいない きょろきょろと周りを見るが人影なし 背の高い生垣に阻まれ遠方はよく見えない 迷子になっちゃったかしら? まあ、公園の中だしきっとまた会えるわよね きっと… 大丈夫、と口に出して見ると急に不安になる 今までも大切な人との別れは突然やってきて心構えをする暇もなかった まただったらどうしようと小走りに探す 会って抱きしめて、ぬくもりに触れて安心したい 見慣れた背中を見つけて飛びつく よかった、いてくれたのね 何だかこのまま会えないんじゃないかって思っちゃって …一座のみんなにももう会えなさそうだし |
和泉 羽海(セララ)
アドリブ歓迎 お茶もケーキも景色も…どこ見ても、薔薇だらけ…きれい ……なのに、この人はメイドさんばかり そりゃ…美人の方が…いいだろうけど… そんなとってつけたように、言わなくて、いい… その人じゃなくて…あたしを見てよ… …いつもみたいに、もっと触ってほしい なんか、おかしい…こんなこと、普段なら絶対、思わないのに… どうしっちゃったんだろ…? (服の裾を引っ張る) ぎゅってしてほしい …なんて、言えないし書けないし! (真っ赤になって俯く) 違う…!(脇腹に一発) 『…いいよ(口パク)』 恥ずかしい…けど、嬉しい… きっと後でもっと恥ずかしくなる、けど…しょうがないよね… きっと薔薇の、せい、だもん… (ぎゅっと抱きつく) |
瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
公園で、まず薔薇の種類が多くて驚きました。 こんなに沢山見たのは初めてです。 本当にすごく沢山の種類があるのね、薔薇って。 色、形だけじゃなく、香りも色々と違うのね。 (と変な所に感心) 本の知識ではどんな香りか判らないもの。 何でか引きこまれる感じでくらくらとするの。 色々な物語で描かれている通りだわ。 ・・・! 私、ミュラーさんに抱きしめられてる。 はわわ、いつの間に。 でも何だか、ホッとします。 気持ちがとても落ち着く感じがします。 こんな時間をこれからも過ごしたい。 ティーセットは更に魅惑。スイーツ大好き。 ケーキ美味しいです(笑顔。 抱きしめられたのを思い出し何だか恥ずかしくなってきました。きっと頬が赤くなってる。 |
●受諾と進展
眼前に広がるは、覆いつくさんばかりの薔薇。
ぐるりと見渡して、瀬谷 瑞希は感嘆の声を上げる。
「こんなに沢山見たのは初めてです」
薔薇の種類が豊富なのは聞き齧っていたが、実際に見る機会などそうそうあるものではない。
生垣に駆け寄って、そ、と通り雨の粒の残る薔薇の花弁をなぞる瑞希。かすかに光っていた薔薇が本来の色を明確に示すのが楽しくて、一つ一つ指で小突いては、はしゃいでいた。
「本当にすごく沢山の種類があるのね、薔薇って。色、形だけじゃなく、香りも色々と違うのね」
「幻想的な光景が見れてミズキが嬉しそうなのが何よりだ」
感動に、半分の誇らしさを湛えて、フェルン・ミュラーが微笑む。
綺麗なバラが見れると聞いて瑞希を誘って来てみれば、噂に違わぬ美しさが目の前に広がり、瑞希の笑顔も見られたわけだ。
本の知識では得られない香りを一つ一つ嗅ぎ比べる瑞希に倣い、フェルンもそっと鼻を寄せる。
「本当だ、少しずつ違う」
良い香りだね。と、瑞希を振り返って笑ったつもりのフェルンは、不意に、その横顔に吸い寄せられるように、指先を伸ばしていた。
顔にかかる髪を、掠める程度に撫でてから、柔らかく肩に触れて。
「何でか引きこまれる感じでくらくらとするの。色々な物語で描かれている通り……」
はしゃいだ瑞希の声が、途切れる。
くすぐったいような感覚に顔を上げれば、やんわりと抱きしめられたのだから。
そのまま、数秒間。
はっとしたように目を見開いたのは、瑞希の方だった。
(私、ミュラーさんに抱きしめられてる……)
気が付いて、認識して。かぁ、と瑞希の頬が紅潮する。
……けれど、何故だか、とてもほっとした心地になったのにも、気が付いた。
だから、瑞希は何も言わず、ただ静かに身を預ける。
いまこの瞬間が、もう少し続きますように、なんて。
(……無意識にミズキを抱きしめてしまった)
暖かで柔らかい心地が腕の中に納まっているような気はしたが、それが瑞希だとは思っていなかったフェルンは、少しの驚きを自覚した。
しかし、瑞希は嫌がっているわけではなく、むしろ大人しく身を預けてくれている。
(良い雰囲気、かな?)
ほんの少しだけ、意識的に腕の力を強めてみる。
かすかに身じろいだけれど、瑞希はやっぱり、ただ黙っていてくれる。
風が葉を揺らす音や、少し遠くから聞こえる人の声が、二人の世界を一層彩ってくれて。
こういうひと時も良いかも、なんて、フェルンは柔らかな笑みを作った。
「ティーセットも試そうか」
暫し、そう、ほんの暫しの間だけ佇んだ後、フェルンは少し早まった気のする鼓動を宥めるように、穏やかに告げる。
頷いた瑞希と共に東屋に向かい、二人で仲良く薔薇尽くしのティータイム。
「ケーキ、美味しいです」
ふわふわのシフォンケーキを頬張り、顔をほころばせる瑞希を、フェルンはにこにこと見つめる。
美味しそうにケーキを食べる瑞希の姿は、可愛らしい、なんて思いながら。
けれど不意に、先程の一瞬が脳裡に過る。
どこか甘い、薔薇の香りのせいだろうか。
(何だか恥ずかしくなってきました……)
そっと頬を染めて少しだけ俯く瑞希。それを見て、くす、とフェルンは微笑む。
(お、赤くなった)
胸の内に秘めた独り言は、それぞれだったけれど。
これからも、こんな時間を、過ごせますように――。
瑞希が思った願いは、フェルンの心内にも、過っている事だろう。
だって、ほら。和やかな時間に、薔薇に似た色が灯っているのだから。
●不満と幸福
薔薇の香りが広がるお茶も、ほんのりの甘酸っぱいジャムのケーキも、勿論己の命を精一杯の魅力に換えて咲く薔薇も、とてもきれい。
それこそ、思わずため息が零れるくらい。
(……なのに)
和泉 羽海の口から漏れるのは、呆れとか侮蔑とか、それとは違う何かを含んだような、ため息。
じと、と睨むような目を向ける先は、パートナーのセララ。
「薔薇もメイドさんも綺麗だね~。こんな美人さんにお茶入れてもらえるなんて、オレって幸せ者!」
にこにことティータイムを楽しむセララは、先程から東屋のメイドに話しかけてばかりなのだ。
(そりゃ……美人の方が…いいだろうけど……)
だからって、だからって。
そんな羽海の視線に気付いたのか、セララが視線を合わせて、にこりと微笑んだ。
「しかも可愛い羽海ちゃんも一緒だしね!」
(そんなとってつけたように、言わなくて、いい……)
メモ帳に殴り書きして突きつけると、ぷい、と視線を背けて、少しぬるくなった紅茶に口を付ける羽海。
素っ気ないのはいつもの事過ぎて、セララは肩を竦めつつもにこにこと変わらぬ表情で、メイドに向き直った。
傍目には楽しくお喋りしているようだけれど、セララが見ているのは、首から下。主に、衣装の部分だった。
(あぁ、いつか羽海ちゃんもこういう格好してくれないかなー。絶対似合うのに! メイド喫茶とかにいたら毎日通うのに!!)
セララにとって世界で一番可愛いのは羽海だ。
その羽海がメイドの服装でおもてなししてくれるとなったら通わない理由がない。
そんな事をとても真面目に本気で思っているセララだが、残念ながら羽海には伝わっていないのが現実だ。
その事に悲嘆もないから、セララはあっけらかんとしているわけだけれど。
一方、何故だか良く分からないもやもやに侵食されまくりの羽海は、むくれた頬を一層膨らませながら、じとーっとセララを見ていた。
(その人じゃなくて……あたしを見てよ……)
ぽつり、もやもやの中から明確な思いが、顔を出す。
(……いつもみたいに、もっと触ってほしい)
感情を過らせて、はっとしたように口元を押さえる羽海。
(なんか、おかしい……こんなこと、普段なら絶対、思わないのに……)
もやもやの中から滲んでくる感情は、普段の自分とはかけ離れて見えて。
(どうしっちゃったんだろ……?)
意識が分離したような、ふわふわとした心地になりながらも、羽海は、つん、とセララの服の裾を引いた。
「ん、なぁに羽海ちゃん? 何か欲しい?」
――ぎゅってしてほしい。
(……なんて、言えないし書けないし!)
またしても過った、自分のものではないみたいな感情に、羽海は真っ赤になって俯く。
それを見て、不思議そうに覗き込んだセララは驚きに瞠目する。
(真っ赤だ! 可愛い! なんで!? オレ何かした!?)
顔を赤らめて俯く羽海。可愛い以外になんというべきか。
しかし理由が分からない。頼りのメモ帳にも何も綴られない。
セララは動揺しながらも考えて、思いついたというような顔をした。
「あっトイレなら向こうに、ぐはっ……!」
流石に違う。
訴えるような脇腹へ痛烈な一撃を食らって悶絶するセララ。
空気読めセララ。メイドさんは察して離れているぞ。
「お、怒ってる羽海ちゃんも可愛いよ……ハグしたい」
この場面で言うにはあんまりな台詞だが、幸か不幸か、それは羽海の『望み』と合致した。
――い い よ 。
たった一言の、了承。ゆっくりと動かされた羽海の唇を見て、セララはまたしても瞠目した。
「え、いいの? ……いいの!?」
冗談のつもりだったのに。何が起こっているんだろう。
だけれどこれは逃してはならない機会だ。恐る恐る、セララは羽海を抱きしめた。
優しくて、それでも力強さの窺える腕に、羽海の羞恥心は一気に加速する。
(恥ずかしい……けど……)
けど、嬉しい。
これはきっと薔薇のせいだ。感情に作用するとかそう言うあれのせいだ。
後でもっと恥ずかしくなるかもしれないけれど、しょうがない。しょうがないんだ。
言い聞かせ、羽海はセララにぎゅっと抱き付いた。
暖かで柔らかな羽海の感覚が、腕の中にある。
それだけではなく、抱き付き返してくれている。
(ヤバイ、幸せすぎて怖い。オレ明日死ぬかもしれない)
それでも、今のこの幸福を。
舞い上がる心を諌めながら、暫し、二人は抱きしめあうのであった。
●欲求と自覚
綺麗な薔薇の花が、色の塊になって後ろに流れていく。
甘い香りが、鼻腔を擽っては、脳裡で留まる気がする。
ミオン・キャロルは、どこか浮き足立っていた。
(公園に来てから変な気持ち……何か、ぎゅーっ……気のせいよっ!)
なんだか、抱きしめて欲しいような気がしていたのだ。
気のせいだと、思うけど。
今にも唸りだしそうなミオンの数歩後ろで、アルヴィン・ブラッドローもまた、少しぼんやりと薔薇園を歩いていた。
(ひと肌が恋しい……気がする)
気がするだけで、おぼろげだからこそもどかしく感じる、不思議な心地。
二人はお互いそんな胸の内をしまい込んだまま、東屋を訪れていた。
薔薇のジャムを仕込んだふわふわのシフォンケーキ。薔薇尽くしのメニューを頬張るミオンは、お姫様気分でご満悦。
「ケーキ美味しい。それに、薔薇って豪華で素敵ね」
一方のアルヴィンは、目の前に並べられたメニューの放つ甘い芳香に、何かを察した。
(感情に作用ってこれか、だから……)
だから、なんだか情熱的に抱き合う人影をちらちら見たのか、と。
それを理解してしまったら、果たしてこれは食べても良いものだろうかと逡巡してしまう、けれど。
「あら食べないの?」
「ん……いや、食べる」
残すのも勿体無いという思考が、まぁいいか、という結論を導き出した。
案の定、二人揃って祝福された薔薇にあてられるわけだが。
(触れたい……触れて、ほしい?)
自問に、自答。正しい感情を理解すると、居てもたってもいられなくて、ミオンはアルヴィンの服を引っ張った。
「ん?」
「あ、あの……」
じっ、と上目使いに見つめるミオンだが、『だっこ』と、口をパクパクさせて訴えたが、声になる前に我に返って飲み込んだ。
なんだか居た堪れなくなって、ぱっと視線を逸らしてしまう。
「何でもないわ!」
ケーキとお茶の残りを慌ただしく食べ終えて、ガタン、とミオンは席を立つ。
「会計しておくわね!」
その一連の動作を、じっと見つめていたアルヴィンは、つん、と手元のシフォンケーキをつついて、首を傾げる。
(……可愛い……な?)
何かをねだるようなその顔が、アルヴィンの意識に鮮明に焼き付いている。
(あの細い体を引き寄せて抱きしめたら気持ちよさそう)
すたすたと会計に向かう背中を見つめて、ぼんやり、そんな事を考え始めていた。
東屋を離れた後も、疼くような感情は膨らむ一方で。
動揺に、ミオンの足は速くなり、アルヴィンもそれに合わせて自然と大股で移動していた。
早く帰った方が良い気がしていたが、出口がどこだと考える事もままならず。
不意に、路地のような空間に辿りついたのに気が付いて、アルヴィンはミオンに手を伸ばしていた。
ふわり、後ろから抱きしめる。
(柔らかい……)
驚いたミオンが、ほんの一瞬体を強張らせた気がしたけれど、一瞬だけだ。
触れる温度と包まれる心地に、互いが覚えたのは満足感。
抵抗がないのを認識して、アルヴィンは抱きしめる腕に力を込めた。
「んっ……」
苦しい、と。かすかな声が訴えた気がしたけれど。
それが、可愛いと思ってしまって。
緩く微笑んで、柔らかな黒髪から耳元へ、すり寄るように顔を寄せていた。
「ちょ、ちょっとまって、待ってっ!」
そこで、漸くミオンが暴れ出した。
力強いアルヴィンの腕を、無理やり振りほどいて、離れる。
精霊の本気ならばそう簡単にはいかなかっただろう。ミオンを『手放した』アルヴィンは、少し悪戯気に笑う。
「さっき東屋で言いかけてた……だろ?」
違う? と問うような笑みに、ミオンの頬が一気に高潮する。
「ち、違うわよっ!! ここ、何か変な気分に……」
「うん、ごめん。悪戯が過ぎた」
花のせいだよね。判ってる。そんな風に頷かれて、ミオンはそれ以上言い募る事が出来なかった。
「……帰りましょう!」
代わりに、ずんずんと出口を目指して進んでいく。
その背を、やっぱり見つめて。
「残念」
先ほどまで彼女に触れていた手を見つめて、あぁ、もっと抱きしめたかったな、とぼんやり思う。
(……ざんねん……?)
ぽつりと零れた己の台詞に、アルヴィンは違和感を覚える。
果たしてそれは、これは、花のせい――?
●不安と約束
ほぅ、と感嘆の吐息を零し、アンダンテは薔薇の園に歩み出る。
「綺麗ね……」
雨の当たった後か、きらきらと光る薔薇もあれば、そうでない薔薇もいて。色と光の織りなす情景は、まさに絶景だった。
「本当に世界は広いわ、素敵な場所がいくらでもあるのだもの」
「そうですね……」
同意を示し、サフィールはゆっくりと薔薇を見つめながらアンダンテに続く。
あれも綺麗、これも可愛いと、一つ一つの薔薇を眺め歩く神人の姿を見つめながら、自身も傍らの薔薇の香りを楽しんで。
ふ、と。湧くように膨らんだ感情に、驚き目を剥いた。
抱きしめたい、とか。抱きしめられたい、とか。
そんな、考えた事もない感情が、俄かに溢れたのだ。
(これは……女神の祝福の……)
香りを嗅いだり、触れたりすると、感情に作用すると聞く。自分とはあまりにも縁遠いと思った感情が湧いたのも、きっとそのせいだろう。
気付いたはいいが、そんな感情を、特に異性の神人であるアンダンテに対して抱く事になるなんて。
何だかとても、居た堪れない。
「アンダンテ、少し気を落ち着かせてきますね」
言うや、サフィールは踵を返し、入口に置いてあるパンフレットを手に取って眺め始めた。
薔薇の種類の紹介や、簡易マップ、東屋で楽しめるティーセットのご案内など、一通り目を通したところで、ふと、気付く。
そういえば、先程の言葉に返事がなかった、と。
慌てて顔を上げたサフィールの視界に、アンダンテはいなかった。
己の迂闊さに膝を折りたい衝動に駆られたが、堪えて。サフィールはアンダンテを探しに、再び薔薇園へ足を踏み入れた。
一方、当のアンダンテはと言うと、薔薇園の情景に見とれながら、弾む足取りで散策していた。
「見て、サフィールさん。この色とても珍しい……」
小振りで青みがかった薔薇は、普段は殆ど見かける事のない色で。
楽しそうに声をかけたつもりが、振り返ったそこに精霊の姿は無かった。
きょろきょろと辺りを見渡し、少し戻って角の先を覗く。いない。
薔薇の生け垣は背が高く、アンダンテの背丈でも、遠くまで見通すのは難しかった。
「迷子になっちゃったかしら?」
小首を傾げ、少し思案気な表情を作ったアンダンテは、困ったように肩を竦めたが、思い直したように踵を返す。
「まあ、公園の中だしきっとまた会えるわよね」
きっと、そのうち。
「大丈夫、よ」
口に出して行ってみると、急に、不安になる。
歩き出そうとした足が、重たく感じた。
このまま、歩き出して良いのか。
易く構えて、もし、もしも、このまま会えなかったら――。
ぞくりと、背筋が冷たくなった気がした。アンダンテの過去が警鐘を鳴らす。
今までだって、大切な人との別れは突然で、心構えをする暇もなかった。
また、そんなことになったら。
思い至るより先に、足は動いていた。薔薇園を小走りに進むアンダンテの視線が、人影を探す。
探して、確かめて、また駆けて。
息の切れる頃に、ようやく、見つけた。サフィールの後ろ姿を。
声をかけるより早く、アンダンテはその背に飛びついていた。
「わっ……アンダンテ……?」
「よかった、いてくれたのね」
サフィールの温もりが、アンダンテに染み入ってくる。じんわり、安堵が広がる。
「何だかこのまま会えないんじゃないかって思っちゃって」
努めて穏やかに、少しの冗談の素振りで告げるアンダンテ。
その声が、ほんの少しだけ、沈む。
「……一座のみんなにももう会えなさそうだし」
ぽつりと聞こえた声と背中に触れる感覚に、サフィールは、彼女が泣いている事に気が付いた。
動揺に、言葉に詰まるサフィール。しかし暫しの逡巡の後、とんとん、後ろから回されたアンダンテの手を小突いて、解くように伝えた。
向かい合った彼女に触れるその手は、どこかぎこちないけれど。きっとそれは、薔薇が齎す作用に押されているせい。
正面から抱きしめたサフィールは、一呼吸おいてから、静かに告げる。
「いますよ、俺はここに」
今も、これからも。
そんな思いが伝わればいい。願いながら、サフィールはほんの少しだけ、抱きしめる腕に力を籠めていた。
●葛藤と戸惑い
ぱらりぱらりと小雨の降る中、夢路 希望はスノー・ラビットに誘われ、嬉々として薔薇園に訪れていた。
きらきらと光る薔薇を見つめて顔をほころばせる希望を見つめながら、スノーはそっと傘を差し、希望を促した。
「あ、いえ、小雨だから大丈夫です」
「小雨でも、濡れて身体が冷えるとよくないから」
一緒に入ろう、と微笑みに誘われて、希望はとくりと跳ねる鼓動を押さえながら、控えめに傘の内側に入った。
(これって……相合傘、ですよね)
言葉として認識すると、何だか急にどきどきしてくる。しかも、希望にとっては初めての経験なのだから。
緊張と共に高まる鼓動を気取られぬようにと思いながら、二人は煌めく薔薇の間を、ゆっくりと歩いていく。
雨の匂いに混ざって居ながら、なお強い薔薇の芳香が、ふうわりと鼻腔を掠める。
その、単純な芳しさとは違う、不思議な心地が、希望のなかにふつと芽生える。
無意識に、ちらりと見た傍らには、スノーの姿。
傘の中、少しだけ距離は近いけれど、いつもと変わらない、スノーの横顔。
見つめていると、何だか無性に、抱きしめてもらいたいという感情が湧いてきた。
並んで傘に入った時よりも、鼓動はとくとくと落ち着いて静か。だけれど、雨にほんのり冷えはじめた気がしていた頬が、何だか熱い。
気が付けば、希望はスノーの服の袖を掴んでいた。つん、と、控えめに引く。
それに気付いたスノーが、きょとんとしたように見つめてくる。
「どうしたの?」
「い、いえ! ……なんでも、ないです」
「そっか」
笑う希望の態度は明らかな誤魔化しだったが、小首を傾げながらも、スノーはそれ以上追及はしてこなかった。
ほっとしながら、希望はそっとスノーから顔を背け、視線のやり場に困ったように彷徨わせる。
その目が、ふと、白い薔薇を目に止める。
(……ユキの色)
白が、小雨に降られて、きらきらと煌めいている。
それが、綺麗で。もう少し近くで見ようと、少し歩み寄った所で、腕を掴まれた。
引き止める手に驚き振り返れば、険しい顔のスノーと、目が合った。
「あ……ごめん」
咄嗟の行動だったのだろう。慌てて離そうとしたスノーの手を、しかし希望は引き止めるように触れた。
添えられるだけの手に、スノーは、胸がきゅっとなる。
(また、あんなことになったら……)
以前の、白いダリアに寄生された時の事を、スノーは思い起こしてしまっていた。
同じ色の花に、希望を近づけたくなくて、つい、手が出ていた。
それを、彼女は察したのだろうか。判らない。だけれど、触れた希望の手が仄かに暖かくて、スノーは引き寄せられるように、おずおずと、希望の頬に手を伸ばしていた。
薔薇園を歩いていたら、希望を抱きしめたくてたまらなくなっていた。
誤魔化しは得意なスノーは、それを気取らせる事なんてしなかったけど、本当は、袖を掴まれた時にも、心臓は跳ねていて。
だけれど彼女が望まないから、気の付かない振りをして。
本当は、もしかしたら、怖かったのかもしれない。
傷つけてしまった頬をなぞる。触れても良いのだろうかと、確かめるように。
ゆっくりと確かめてから、スノーはそっと希望の頭を包むようにして彼女を抱きしめた。
ふわり、スノーの腕に包まれて、希望は薔薇の芳香とは違う香りに満たされていた。
心臓の鼓動は、今度は伝わってしまうかもしれない。
(恥ずかしい、けど)
それだけではない安心感が、希望の背中を押すから。
勇気を出して、スノーに腕を回してみた。
安心感が、一層、増した気がして。
だけれど、希望にはその心地と感情の正体を、上手く掴めなかった。
これは、経験がない事。
それは、自信のない事。
だからまだ、判らなかった。
(この気持ちは――)
何て呼べば、良いのだろう。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 錘里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月09日 |
出発日 | 06月16日 00:00 |
予定納品日 | 06月26日 |
参加者
会議室
-
2015/06/15-23:27
こんばんは、瀬谷瑞希です。
パートナーはファータのミュラーさんです。
プランは提出済できました。
シフォンケーキがとても楽しみ。
素敵なひとときを過ごせますように。
-
2015/06/15-22:10
ミオンです。
初めましての方も、以前ご一緒した方もよろしくお願いします。
すごい沢山の薔薇。薔薇って綺麗よね。
薔薇の紅茶もジャムも初めて。どんな味なのかしら?
お姫さまみたいで素敵ね!
…何よ?憧れたって良いじゃない(むーっとパートナを見る) -
2015/06/13-00:25
-
2015/06/13-00:22
-
2015/06/12-23:43