【奪還】凍える身体を温めろ(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 イベリン領に立ち並ぶ食品倉庫の片隅で、事件は起きていました。
「オーガが出たぞ!」
 突如現れたデミ・オーガの群れに、人々は逃げ惑います。
(どうして俺を追ってくるんだ……!?)
 普段は人懐っこい顔を青ざめさせ、ファビオもまた必死に走っていました。
 ファビオは、タブロス市内でラーメン店を営む青年です。
 今日は、新しいラーメンの開発のため、珍しい食材を求めて偶々この土地にやって来ていました。
「ちょ、来るなッ……!!」
 どうしてか、真っ直ぐ自分を狙ってくるオーガ達。
 彼らは、ファビオを『ボッカ様の探し人』と思い、捕らえようとしていました。勿論、ファビオにはそんな事情は分かりません。
 ファビオは咄嗟に一つの倉庫の中へと逃げ込みました。
 そこは強固な壁と扉を持つ冷凍倉庫。
 中へ入ると、ファビオはがむしゃらに電子式のドアロックを操作します。
 ゴゥンと重い音を立てて、扉はしっかりロックされました。
 頑丈な扉をデミ・オーガ達も簡単には壊せないらしく、体当たりする音はするものの、中へ入って来られる気配はありません。
 ファビオはホッと息を吐き出します。
「取り敢えず、通報……!」
 そして、懐から携帯電話を取り出すと、A.R.O.A.へ通報したのでした。

「今、俺は冷凍倉庫に隠れてます!」

 直ぐに助けに来てくれるとの心強い職員の言葉に、ファビオは携帯電話を握り締め、深く安堵します。
 以前も助けてくれたウィンクルム達なら、きっと何とかしてくれる!
「しかし……」
 はぁと白い息を吐き出し、ファビオは己の身体を抱き締めました。
「寒い……!」

 ※

 通報を受け、偶々近くに居合わせたウィンクルム達は、食品倉庫が並ぶエリアにやって来ました。
 思ったより倉庫の数は多く、何処にファビオが居るのか、特定は難しい状況です。
 ファビオの携帯電話へ電話を掛けましたが、電池切れなのか繋がらない状態でした。
 仕方なく、ウィンクルム達は手分けしてファビオが居る冷凍倉庫を探す事にします。

「グルル……」

 一つの冷凍倉庫へやってきたウィンクルム達の前に、ファビオや食品倉庫に居た人々を追い掛け回していたデミ・オーガ達が現れました。
 彼らはウィンクルム達へ敵意の視線を向け、攻撃を仕掛けて来ます。
「危ない! 気をつけろ!」
 誰かが叫びました。
 野犬のような姿をしたデミ・オーガが唾液を飛ばすと、それが当たった箇所の服が溶けたではありませんか!
 デミ・オーガは、ダラダラと汚らしい唾液をまき散らし、ウィンクルム達へ迫ります。
「任せておけ!」
 精霊が、見事デミ・オーガを討ち果たします。見かけと唾液の効果に似合わず、攻撃が当たれば一撃でした。
「ここに居るといいんだが……」
 辺りに他のデミ・オーガが居ない事を確認すると、ウィンクルム達は冷凍倉庫の扉を開けます。
「おーい、居るのか?」
 呼びながら中へ入った瞬間。

 ゴゥン。

 不吉な音を立てて、扉がきっちり閉まる音がしました。
「まさか?」
 ウィンクルム達は顔を見合わせ、扉に手を掛けます。
 しかし、どんなに頑張っても扉は開きません。
「もしもし、どうなってる!?」
 非常用の電話の受話器を取り、出てきた管理者に尋ねると……。

「申し訳ありません! 誰かが間違って倉庫全体の扉にロックを掛けてしまったみたいで……! 急いで復旧しますが、30分程お時間を頂戴します」

 ウィンクルム達は顔を見合わせました。
 30分、この寒い冷凍倉庫の中で耐え切らねばなりません。
 服、ボロボロなのに……!

解説

服を溶かす唾液を持つデミ・オーガとの戦闘に勝ち、ファビオを探して冷凍倉庫に入って下さい。
すると、トラブルで冷蔵倉庫の扉の開かなくなります。
30分後の救出まで、倉庫の中で寒さを凌いでいただく、そんなエピソードです。

■必須事項
・服を溶かす唾液を持つデミ・オーガとの戦闘
今回は、すべて個別戦闘となります。他のウィンクルムの方々との共闘にはなりません。
なお、プロローグに記載の通り、デミ・オーガ(デミ・ワイルドドック)は、見掛け倒しで超弱いです。
ウィンクルム一組に付き、二体現れます。
但し、当たると服を溶かすという誰得武器を持っています。
当たって服が溶かされるのか、溶かされる場合、どの程度溶かされるか明記をお願いします。
(らぶてぃめっとは全年齢ですので、下着は必ず残ります。ご了承下さい)
勿論ですが、面積が少ない程、冷凍倉庫では辛いです。

・冷凍倉庫に閉じ込められ、30分間どう耐えるのか
知恵を絞って、頑張って下さい!
倉庫の中にあるのは、食材と、食材を入れる袋やダンボールです。
(食材は自由に記載してください。問題ない限り、採用致します)

なお、皆様が入った冷凍倉庫にはファビオは居ません。
皆様と入れ違いで、別口で救出されていますので、ご安心下さい。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『アイスクリームが大好き!』な方のキラリンこと雪花菜 凛(きらず りん)です。

以前女性側で出した「冷凍倉庫でパートナーさんとサバイバル(?)」なエピソードの、男性側バージョンです。
ただし、アドベンチャーエピソードです。アドベンチャーです。(重要)
アドベンチャーとハピネスを半々にしたようなエピソードを目指します。(親密度は上昇しませんが……!)
べ、別に久しぶりの男性側で緊張してるって訳じゃないんだからね!

戦闘自体は難しくありませんので、初心者の方も奮ってご参加頂けたらと思います。
勿論、上級者様も大歓迎です!

皆様がどうやって暖を取るのか、ワクワクです♪

皆様のご参加と、素敵なアクションをお待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ハティ(ブリンド)

  仕方ないだろ
こいつの武器もだが、こう口元のだらしないやつだと思わなかったんだ
服で済んでよかった
背に腹は変えられないというが、マントを後ろ前にして露出した腹部をカバー
静かに
歯の根が合ってない、舌を噛むぞ
ファビオさんはここには……いないみたいだな
黙々と食材を箱ごと移動させる作業
冷気を直接受けないよう即席の囲いを作る
二人が隠れるには足りなさそうなので
ダンボールを広げたシートの上に座る
身を寄せ合う形で座っていたら知らずもたれ掛かっていたようだが、寝て…ない
アンタの地元の話か?
……それは遭難してると思うんだが
記憶喪失の彼からは初めて聞く話で
ちょっと待ってくれ
そういう大事な話は意識がはっきりしてる時に頼む



初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
  最近誘拐多いな……
さっさと助けてやらんと……!?
出たぞイグニス、詠唱準備!
ってなんだこれ、服が溶けた!?(上のシャツがご臨終)
ええいお前は集中しろ!(槍振り回して距離取りつつ)
うおぁ足にかかったヤバい!

くそ、この状態で冷凍倉庫か……
凍死する前に見つけ出すz(ゴゥン)

(電話のやり取りを聞きつつ)
……30分半裸か……本気で死にそうだな……(遠い目)
くそ、何か羽織るもの……
(ブチッ)(寒さで脆くなったベルトが切れる)
!!!(すかさず座り込む)
俺が何をしたっていうんだ……!!
あぁもう振り払う気力も突っ込む余裕もないっつうか
普通にあったかくてありがたい……(うと)
っは!いかん召されるところだった……!


柊崎 直香(ゼク=ファル)
  厄日かな?

倉庫に来た時点でトランス済み
敵確認後ハイトランス
詠唱中牽制。一体倒れたらもう一体畳み掛け刺貫く

前衛の僕の方が被害甚大なんだけど?
上半身半分ぐらい服溶けたのでゼクの上着奪い冷凍倉庫へ

念のため倉庫内ファビオ氏捜索
ゼク、その間に“壁”作っといて

居ないと判断後、さてゼクよ上着2号になりたまえ
無駄にムキムキだから体温高いでしょ
あられもない姿なんだから気遣って?

ゼク、依頼中なのにアイス食べたいの?
バニラ好きアピールすごいんだけど
僕のチョコミントはどこ……もごご
出たらロック掛けやがりました誰かさん聴取して
慰謝料にアイス貰ってやろうか
しかし筋肉はやっぱり付けた方がいいな
キミ、本当にあったかいんだもの


スコット・アラガキ(ミステリア=ミスト)
  ●戦闘
ヒットアンドアウェイを意識
武器効果を狙い、声かけて精霊と連携

●倉庫
頭、ぼーっとする…
朝から体がだるい気はしてたけど、風邪かな

…とにかく今は寒さを防がなくては
ミストが凍えてしまう
(明るく振る舞う余裕なし
精霊へ寒さのしのぎ方を淡々と指導)

・服を裂き、タオルがわりに。戦闘でかいた汗を拭う
・剣で開いた食材袋で頭巾とポンチョ作成
 タオルも袋も先に精霊へ渡す
・ダンボールや袋で冷風避けの簡易シェルター作成

…ミスト。(精霊を抱きこむ)
(熱を保つためだが説明する気力は既にない)

●脱出後
(力なく笑み)…ん。ごめんね
…ねぇ!俺、アイスたべたいなぁ!
(ミストは何にも悪くない。俺がスコットらしくしなかったから…)



永倉 玲央(クロウ・銀月)
  わわっ、ふ、服が!
ていうか、何で僕ばっかり狙ってくるのーー!?

・デミ・オーガに狙われて、服を溶かされてしまう
溶かされる個所は、腰部分、胸元、足、腕一部
「うわあああ!や、やめてぇ~っ!」
・倉庫に閉じ込められ、パニックに
「え?う、嘘・・・。ちょっ、いや、待って!だっ、誰かーー!」(ドアどんどん)
・寒くてブルブル震えて座り込む
「もうやだ・・・なんでこんな事にぃ」(泣)
・自分の上着を掛けてくれたクロウに「あ、りがとうございます・・・」(赤面)
・「うう、これ以上凍える方がマシか」とアイスを食べる
「あ、意外と食べれるよチクショー」
・何とか出られました
「ああ・・・お日様が神々しい・・・!」

※アドリブOK!


●1.

 倉庫が立ち並ぶ一帯へ、柊崎 直香とゼク=ファルは駆け足にやって来た。
 その身体は薄く光る聖なる光に包まれており、手の甲の紋章と相まって彼らがウィンクルムであるというのは一目瞭然である。
 倉庫間の通路は、陽の光が倉庫の屋根に遮られ、薄暗く空気が冷たかった。
 低い獣の唸り声に、直香は歩みを止める。
「ゼク」
 短く名前を呼ぶ。
 ゼクもまた短く頷くと、直香へ文様の浮かぶ手を差し出した。

『事、総て、成る。』

 文様へ口付けて、直香は力が溢れてくるのを感じる。
 獣の足音が聞こえた。
 槍「緋矛」を構え、直香はゼクの前に出る。
 ゼクは即座に詠唱を開始した。魔法を放つには、少しばかり時間が居る。
 現れた二匹の野犬は、血走った瞳で絶え間なく唾液を零していた。
 身体を震わせ吠えると、野犬は勢い良く直香へと突っ込んでくる。
 直香が突き出した槍は野犬の脇腹を掠め、野犬から飛び散った唾液が直香の服へと掛かる。
 そこへ、詠唱を終えたゼクの魔法が、聖なる杖から放たれた。
 炎のようなエナジーが心臓を焼き、野犬は地面へと倒れ伏す。
 仲間を失い逃げ出そうとしたオーガの腹を、直香の槍の一突きが捉えた。
(もう一体分の詠唱は必要ないか)
 ゼクは周囲に他のオーガの気配がない事を確認する。
「もう気配はないな」
 槍に倒されたオーガを一瞥してから、ゼクは直香を見下ろし少しばかり言葉に詰まる。
「前衛の僕の方が被害甚大なんだけど?」
 肩を竦める直香の上半身の半分程、綺麗に服が溶けていた。
「あの唾液か」
「服だけ溶かすなんて悪趣味だー」
 直香は溜息を吐くと、むんずとゼクの上着を掴んだ。そのまま彼から剥ぎ取って羽織る。
 大きな上着の前を押さえながら、目の前の倉庫を見上げた。
「冷凍倉庫、ここみたいだね」
 扉を押し開けて、二人は中へと入る。これから起こる事等、微塵も予想していなかった。

「厄日かな?」
 首を傾けた直香に、ゼクは視線を横目に呟く。
「普段の行いが……何でもない」
 首を振って、開かない扉を見つめた。
「僕が捜索するから、ゼクはその間に“壁”作っといて」
「分かった」
 直香が倉庫の奥へとファビオの名前を呼びながら歩いて行くのと同時、ゼクは周囲を素早く確認する。
 積み上がる段ボールを何個か地面へ降ろすと、中身を全て取り出した。
 床に気泡緩衝材を敷き、段ボールで囲いを作る。風を防げれば体感温度も変わってくる筈だ。
(30分は凌ぐが……その時間を超えるようなら強硬手段だな)
 直香は止めるだろうが。
 固く閉ざされた扉の方を眺めていると、
「居なかったみたいー」
 寒そうに両肩を抱きながら直香が戻ってきた。吐く息が白い。
「さてゼクよ。上着2号になりたまえ」
 ゼクの前まで来るなり、直香は両手を広げてわきわきさせた。
「無駄にムキムキだから体温高いでしょ? あられもない姿なんだから気遣って?」
「あられもないとか自分で言うな」
 ゼクの唇から溜息が漏れる。
「いいから来い」
 ゼクは唇を尖らせる直香の腕を引いて段ボールの囲いの中へ入ると、座って直香の身体を抱き寄せた。
(……温かい)
 じわりと触れ合った部分から温もりが広がって、直香は瞳を細める。
 彼の肩口に顎を埋めて、そこで段ボールに書かれている文字が視界に入った。
「ゼク、依頼中なのにアイス食べたいの? バニラ好きアピールすごいんだけど」
「アイス? ああ段ボールの中身か」
 喋るとお互いの声が身体に響く。
「偶然に決まってるだろ」
「僕のチョコミントはどこ……」
「コラ離れようとするな」
 抜け出そうとする直香をホールドして、ゼクは少し抱く腕に力を込める。
「倉庫だから荷主が居るだろ」
「むー出たらロック掛けやがりました誰かさん聴取して、慰謝料にアイス貰ってやろうか」
 半眼で言って、直香の視線はゼクの腕に降りた。
「しかし筋肉はやっぱり付けた方がいいな。キミ、本当にあったかいんだもの」
 すりっとその筋を撫でれば、ゼクは僅か擽ったそうに身動ぎする。
「筋肉というか肉は付けるべきだな……細すぎる」
 抱いた身体は強く抱きしめれば壊れてしまいそうだ。ゼクはそんな言葉を飲み込んだ。


●2.

『神様の言うとおり』

 触神の言霊が響いた。

 スコット・アラガキは、短剣「コネクトハーツ」を手に、二匹の野犬と対峙する。
「オラ、こっちに来いや!」
 ミステリア=ミストの身体から、【アプローチ】のオーラが放たれた。
 野犬はオーラの力に僅か蹌踉めきながら、矛先をミストへと向ける。その野犬へ向かって、スコットは大地を蹴った。
「ミスト!」
 野犬の唾液を浴びながら、スコットは野犬の腹を切り裂き、ミストの名前を呼ぶ。
 ミストは、唾液をバックラーで防ぎながら、スコットの付けた傷へ向けてメイス「ドルミート」を叩き込んだ。
 断末魔の悲鳴を上げて、野犬は地面へと倒れる。
「次!」
 スコットは休まず、二匹目へと短剣を振るう。唾液が再び直撃して服が溶けたが、爪の攻撃を避けながら怯まず剣を振り抜いた。
「落ちろ!」
 ミストの渾身の一撃が野犬の胸を貫く。野犬が起き上がる事はもう無かった。
「よし!」
 二人手を叩き合い、野犬が道を塞いでいた冷凍倉庫への道を歩き始める。

(頭、ぼーっとする……)
 冷凍倉庫の中に閉じ込められた事を、電話の向こうの声で理解しつつ、スコットは熱を持つ額を押さえた。
(朝から体がだるい気はしてたけど、風邪かな)
「冗談じゃねぇ、こちとら既に夏の装いだぞ」
 隣で震えるミストを見遣って、スコットはゆるく首を振る。
(兎に角今は寒さを防がなくては、ミストが凍えてしまう)
 幸い、ミストは唾液の被害を殆ど受けてはいないのだが、元々が薄着だった。
 一方、スコットはといえば、上半身がボロ布状態である。
「思いきり運動しまくるか?」
「まずは汗を拭わないと。戦闘で汗を掻いただろ?」
 いつもの彼と違う、やけに冷静な声にミストは瞬きした。
 スコットはぼろぼろの上着を裂いて、ミストに差し出す。
「これで汗を」
「お、おう」
 ミストは布切れを受け取り、言われるまま汗を拭う。
 続けてスコットは、近くにあった食材の入った袋に手を掛けた。短剣で切り開き、簡易の頭巾とポンチョを作る。
「これを着て」
 手際良過ぎるだろ。
 そんな言葉を飲み込んで、ミストは言われた通り頭巾とポンチョを身に付けた。
 続けて段ボールを手に取っているスコットへ、ミストは自分も何かしなければと焦りに似た感覚を覚える。
「アイス食べるか?」
「先に冷風避けの簡易シェルターを作ろう。風が凌げれば大分違う筈だ」
 ミストが差し出すアイスには触れず、スコットは黙々と段ボールを繋いで壁を作っていく。
 突き上げる不快感にミストは顔を顰めた。
 いつもの彼らしく無い。命令するような調子も気に食わなかった。
 出来上がった段ボールのシェルターに入るなり、スコットはミストの腕を引く。
「……ミスト」
 ミストは目を見開いた。抱きしめられている。
「何すんだッ! 離せ!」
 ミストは腕の中で藻掻くが、スコットは強く拘束して離そうとしない。
「いい加減に……!」
 そこで漸くミストは気付いた。スコットの身体が異常に熱い。顔に赤身が指している。
「お、前……」
 喋る気力も無い様子で、スコットは瞳を伏せていた。
 ミストはギリと奥歯を噛み締めると抵抗を止め、ゆっくり彼の背中に腕を回したのだった。

 少し湿った外の空気が今は温かい。
「……調子が悪いなら言っとけ。命かかってんだから」
 やっと外に出れて、少し危うい足取りで歩くスコットに、ミストは尖る口調で言った。
「……ん。ごめんね」
 眉を下げて微笑む彼に、罪悪感が胸を刺した。
(子供か、俺は。いやガキ以下だろ……)
 役立たずな己に腹が立ち、それを彼に当たって。
 謝らなければ。
 拳を握り唇を開こうと力を入れた所で、
「……ねぇ! 俺、アイスたべたいなぁ!」
 明るい声と笑顔が、それを遮った。
「……凍えかけた後に出る台詞かよ」
 思わず一瞬ぽかんとしてから、謝り損ねたもやもやを誤魔化すようにミストは笑う。
「凍えかけたからこそ、だよ!」
 バニラにチョコに、抹茶にストロベリー。
 歌うようなリズムで何にしようかなぁと笑って。スコットは僅か口元を歪めた。

 ミストは何にも悪くない。俺がスコットらしくしなかったから……。


●3.

「わわっ、ふ、服が!」
 シュウシュウと音を立てて溶ける服に、永倉 玲央は眼鏡の奥の瞳をまん丸くさせた。
 慌てて手で押さえても止める事は出来ない。溶かされた服から、白い胸元が露出した。
「誰得なんだ、これは……?」
 クロウ・銀月は半眼になりつつ、
「玲央、下がってろ」
 野太刀「護国坊」を構えて彼の前に出る。のだが──。
「何で僕ばっかり狙ってくるの──!?」
 二匹の野犬は華麗にクロウをスルーし、玲央目掛けて唾液を飛び散らす。
「うわあああ! や、やめてぇ~っ!」
 腰、足、腕と、唾液が掛かった箇所の服がボロボロと溶かされた。
「チッ……」
 クロウは太刀を構え直し、大地を蹴る。太刀が猛獣の爪の形へと変わり、玲央を囲む野犬へと襲い掛かった。
「……呆気無いな、おい」
 一振りで地面に倒れ伏した野犬達を見下ろし、クロウは憑依を解く。
「大丈夫か?」
「うう……大丈夫じゃないです」
 溶かされた部分を手で押さえながら、玲央は涙目で項垂れた。
「さっさと依頼人を助けて帰るか。行くぞ」
 クロウに促され、玲央は彼と共に冷凍倉庫の扉を潜った。
 そして、もう一度悲鳴を上げる事になる。

「え? う、嘘……。ちょっ、いや、待って! だっ、誰か──!」
 開かない扉をどんどん叩いて、玲央は叫んだ。その場にへなへなと膝を折る。
「おいおい、何でこう次から次へとめんどい事に……」
 どっかのラブコメ漫画じゃあるまいし。
 クロウはがしがしと黒髪を掻き上げると、放心状態の玲央を見下ろした。
「もうやだ……なんでこんな事にぃ」
 涙を零しながら、玲央は体育座りで震えている。
「これ、着てろ」
 ふわりと優しい温もりが身体を包んで、玲央は大きく瞬きした。それがクロウの上着だと気付くと慌てて彼を見上げる。
「そ、そんな事したらクロさんが……」
「そんな格好じゃ見てる方が寒いっての」
 クロウは食品を入れている袋を拝借すると、上着の代わりに羽織った。
「あ、りがとうございます……」
 胸が熱い。
 温かいのは上着のせいだけではなくて……これ、何だ?
 微かに香る煙草の香。クロウの香りだ。
 ぎゅっとクロウの上着を抱きしめるようにして、玲央は赤くなった顔を隠すように頭を垂れた。
「お、アイスがある」
 嬉しそうな響きのクロウの声に、我に返って顔を上げれば、
「どっち食べる? 俺チョコナッツ味がいい」
 銀の瞳をキラリと輝かせ、クロウがアイスクリームの入った容器を差し出していた。
「いや、おかしいだろ! 何でこの極寒でアイス!?」
「食った方が体温まるぞ」
 ツッコミに即答されて、一理ある、ような気がした。
「うう、これ以上凍える方がマシか」
「ほら、スプーンもあったぞ」
 差し出した木製のスプーンを玲央が受け取ると、クロウはその隣へどかっと腰を下ろす。
「ち、近くないですか?」
「寒ぃし。こんな時くらい我慢しとけ」
「……そ、そうですね。すみません……」
 隣から伝わる彼の体温に、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
「バニラでいいか?」
「はい」
 二人並んで座ってアイスを口に運ぶ。
「あ、意外と食べれるよチクショー」
 口の中で溶ける甘い味に、玲央は口元が緩むのを感じた。
「タダでアイス食えて得したな」
「後でお代請求されたりしないんですか!?」
「俺達閉じ込められた被害者じゃねーか」
「成程」
 ふふっと玲央は笑う。
「……元気出たみてーだな」
「クロさん、今何か言いました?」
「アイスうめーって言っただけだよ」
 クロウはひらっと手を振ると、甘いアイスを頬張った。

 30分後。
 玲央は、太陽の温もりに大きく深呼吸をしていた。
「ああ……お日様が神々しい……!」
 両手を広げて陽の光を浴びる玲央を見遣り、クロウは口元を上げる。
「帰るか」
「はい! 上着……もう少し借りていていいですか?」
 恥ずかしくて……と身を縮める玲央の頭を、クロウはがしがしと撫でたのだった。


●4.

「最近誘拐多いな……」
「一体何が起こってるんでしょう?」
 初瀬=秀とイグニス=アルデバランは、倉庫が立ち並ぶ暗い道を歩いていた。
「さっさと助けてやらんと……!?」
 獣の足音が聞こえ、足を止める。

『顕現せよ、天球の焔!』

 秀の唇がイグニスの頬に触れ、二人を聖なる光が包む。
「出たぞイグニス、詠唱準備!」
 現れた二匹の野犬に、秀はチエーニ軍専用槍を構えた。
「出ましたね、デミワイルドわんこ! 今すぐ退治しますから、お覚悟!」
 イグニスは秀に大きく頷いてみせると、霊錫「黄泉塞岩」を手に詠唱を開始する。
 秀が槍で野犬達を威嚇した。その時だった。
「……!!」
 何という事でしょう!
 思わず詠唱を止めて叫びそうになるのを、何とかイグニスは耐えた。
 秀の服が溶けている。着ていたシャツが見事にご臨終している。
「ってなんだこれ、服が溶けた!?」
 秀はボロボロになって落ちる布地に目を見開いた。
 野犬の口元からはダラダラと白い煙を放つ唾液。あれが原因か!
「ええい、お前は集中しろ!」
 秀はこちらを凝視するイグニスに叫び、駆けてくる野犬へ槍を振り回し距離を取った。
 シュワワ!
「うおぁ、足にかかったヤバい!」
 唾液は勢い良く飛んできて、秀のズボンを溶かす。
(これ以上はダメですよ色々と!)
 詠唱を終え、イグニスは野犬を睨んだ。
「天誅です、乙女の恋心Ⅱ!」
 杖から強力なエナジーが照射され、野犬達を捉える。野犬達は心臓を射抜かれ息絶えた。
「くそ、この状態で冷凍倉庫か……」
 上半身を覆うものは殆ど残っておらず、ズボンの脚部分も所々溶けている。秀は海よりも深い溜息を吐く。
「うーん、普通の倉庫だったらよかったんですけど……早く見つけて出ましょうね!」
 ぐっとイグニスが拳を握り、二人は見つけた冷凍倉庫の中へと入った。
「うお、寒! 凍死する前に見つけ出す……」

 ゴゥン。

 扉が閉まる音。
「しまった扉が! あっ、何かダジャレみたいになった」
 セルフツッコミしながらイグニスが扉を開けようとするが、ビクとも動かない。彼は電話機に手を伸ばした。

 イグニスが電話で話している声を聞きながら、秀は遠くを見ていた。
「……30分半裸か……本気で死にそうだな……」
「秀様、防寒する為の道具を探しましょう!」
 受話器を置くと、イグニスは辺りを見回し、早速視界に入った段ボールを開く。
「中身……アイスだ。秀様、これどうぞー!」
「あ、ああ……」
 渡されたアイスを眺め、食べた方が温まるのか秀は葛藤した。
「段ボールは頂きますね! よいしょよいしょ」
 その間、イグニスは段ボールで囲いを作っている。
「イカン。くそ、何か羽織るもの……」
 ぼーっとしてくる己の頬を叩き、秀は歩き出そうとして──。

 ブチッ。

「!!!」
 寒さで脆くなったベルトが切れ、ズボンがストンと下に落ちるのに、秀はその場に座り込んだ。
(俺が何をしたっていうんだ……!!)
 動けないまま、秀は羞恥にぶるぶると震える。
「あれ、秀様!? どうしました!!?」
 イグニスが秀へ駆け寄ってきた。
 彼は『あ』という顔をすると、そそくさを自分の上着を脱ぐ。
「と、とりあえず私の上着を!」
 ふぁさっと温かい上着が掛けられ、秀は温かさに震えた。
「あとそうだ、冬山遭難では人肌で温め合うのがマナーですよ!」
 ぎゅー。
 イグニスは上着ごと秀を抱きしめる。
(あぁもう、振り払う気力も突っ込む余裕もないっつうか)
「ふふー役得ですね!」
 秀は抵抗せずイグニスの腕の中に囲われた。
 触れ合った部分からほんわりと互いの熱が伝わる。
(普通にあったかくてありがたい……)
 子供は体温が高いんだっけ? いや、子供っていうのもおかしいか。
 そんな事を考えながら、瞼が重くなる。
「っは! いかん召されるところだった……!」
「秀様! 寝ちゃだめですよ!! そんなお約束はいりませんから!!」
 さすさすとイグニスが秀の背中を撫でた。
 秀は寝そうになるのをイグニスに起こされながら、30分間を耐え切ったのだった。


●5.

「あ」
 服が溶けた。
 ハティは、野犬の唾液が掛かった箇所を見下ろし、瞬きした。衣服の腹部分が見事にボロボロに溶けている。
「ハティ、下がれ!」
 ブリンドは叫ぶと、キュートフォックスピストルで野犬を狙い撃った。
 狐の表情が凶悪に変わると同時、乾いた銃声が二発。
 二匹の野犬は地面に転がった。
「芸術的な格好になったもんだな」
 他に敵が居ない事を確認してから、銃をホルスターに入れ、ブリンドは半眼でハティに歩み寄る。
「おめーは考えなしに突っ込む癖見直せ。近付かねえでも俺が撃ちゃ片付いただろ」
「仕方ないだろ。こいつの武器もだが、こう口元のだらしないやつだと思わなかったんだ」
 ハティは軽く肩を竦め、見事に素肌が露出した腹部を見下ろした。
「服で済んでよかった」
 ブリンドが無傷なのも幸いだと思う。
「……腹冷やすのはよかねーんだよ」
 眉間に皺を刻みながら言うブリンドに、ハティはどうしたものかと少し思案してから、マントを後ろ前にして露出した腹部をカバーする事にした。
 背に腹はかえられない。
「さっさと見つけるぞ」
「ああ」
 二人は冷凍倉庫の扉を開いた。

「マジか……」
 電話機を睨んで、ブリンドは苦々しく呟いた。
「なんつータイミングだよ、ったく……」
「静かに」
 開かなくなった扉を蹴りつけそうな雰囲気のブリンドに、ハティは口元に指を立てる。
「歯の根が合ってない、舌を噛むぞ」
 そう言ってから、ぐるっと周囲を見渡した。倉庫内は静寂そのものだ。
「ファビオさんはここには……いないみたいだな」
 小さく頷き、ハティは摘んである段ボールを見上げる。
「バリケード、作ろう。冷風を遮るだけでも違う」
「チッ……仕方ねぇな」
 舌打ちしてから、ブリンドは段ボールがあった位置を記憶しながら、ハティと協力して食材を箱ごと移動させていく。
 そして、段ボールに入っていた冷凍パンを拝借した。
(30分で出れない時はこれ食って……水分補給には霜を食えば何とかなるだろ)
 レンガを積み上げるように、段ボールの囲いが完成した。
 ただ、二人が完全に隠れるには少し段ボールが足りない。
 開いた段ボールを床に敷き、ハティは座るようブリンドを促した。
 ブリンドは徐ろに上着を脱いでハティの隣に座る。そして、脱いだ上着を毛布のようにして二人で被った。
「これで少しは違うだろ」
 先程までブリンドを包んでいた上着は温かく、寄り添った体温も身体を温める。
「人って温いんだな……」
 呟いて、温もりに瞼を閉じれば──。
「オラ起きろ。睫毛貼り付くぞ」
「寝て……ない」
 ゆさゆさと揺らされ、ハティは緩く首を振った。知らず彼に凭れ掛かっていたらしい。
「ここまで冷えんの久々だ。つーか記録更新だ、クソ」
 忌々しげに白い息を吐くブリンドに、ハティは首を傾けた。
「アンタの地元の話か?」
「んや、俺が見つかった時、雪ん中に居たってだけ」
「……それは遭難してると思うんだが」
「俺もそー思うわ」
 ハッとブリンドは短く笑う。
「どこに行こうとしてたんだかな」
 記憶喪失の彼からは初めて聞く話。ハティは小さく瞬きした。
 聞き逃してはいけない。
「ほっといた方が良い、めんどくせーもんでも見つけちまったのかね。今みてーに」
 ハティは酩酊したような感覚に首を振る。
 彼の話をもっと聞きたいけれど、今は感覚が麻痺しているようで、上手く言葉も出てこない。
「ちょっと待ってくれ」
 くいとハティはブリンドのインナーの袖を引く。
「そういう大事な話は意識がはっきりしてる時に頼む」
 真面目に頼めば、ブリンドの眉間にくっきり皺が浮かんだ。
「やっぱ寝てんじゃねーか!」
「寝てない。少しぼーっとするだけで……」
「それは寝惚けてるっつーんだよ! 寝るなよ。寝たら死ぬぞ」
「寝て……ない」
「言ってる傍から目ぇ閉じんな!」
 ゆさゆさ。
「……仕方ないんだ」
 だって、アンタの体温が心地よいから。
 扉が開くまで、二人は寄り添い、話し続けたのだった。

Fin.



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 06月09日
出発日 06月16日 00:00
予定納品日 06月26日

参加者

会議室

  • [7]スコット・アラガキ

    2015/06/15-22:29 

  • [6]スコット・アラガキ

    2015/06/15-22:29 

    ……秀おじさん、お母さんみたいだってよく言われない?

    チョコ系ならナッツとチョコチップがざくざく入ってるのが好きー。ベースはミルクで!
    倉庫でアイス見つけた人居たら、俺のぶんも取っといてね。

  • [5]ハティ

    2015/06/15-02:53 

    溶けないアイスって響きは魅力的だな。アイスは同じくチョコミント派のハティと精霊のブリンドだ。
    永倉さんは引き続きになるな。今回は別々で当たることになるみたいだが、皆よろしく。
    糖分摂取は有効そうだが、さてどうするか…

  • [4]初瀬=秀

    2015/06/14-23:21 

    すさまじいタイミングの悪さじゃねえか!とツッコミを入れたい
    初瀬と相方イグニスだ。

    冷凍倉庫だからまあアイスは探せばあるだろうがな……
    多分固いだろうから気を付けて食うんだぞ あと腹冷やして壊さないようにな
    ……いやそもそも食っていいのか知らんが!

  • [3]永倉 玲央

    2015/06/14-22:53 

    猛者だ・・・猛者がいる・・・!

    ハティくん達はしばらくぶり、それ以外の方たちは初めまして。
    永倉玲央とクロさんです。

    寒い中でのアイスかあ・・・。
    あ、クロさんはチョコ系を希望だそうです。

  • [2]柊崎 直香

    2015/06/14-21:41 

    ハロー、ハロー。
    こちらクキザキ・タダカとゼク=ファルだよ。よろしくどうぞ。
    最近蒸し暑いけどちょっと極端に寒すぎだね!

    エネルギー補給にもアイスは有用だねー。
    30分とわかってても長期戦視野に入れて対策はしてると思う。
    依頼だからそこそこ真面目モードなのだよ。
    あ、僕はチョコミントを希望します。

  • [1]スコット・アラガキ

    2015/06/14-03:41 

    ロイヤルナイトのミストとスコットだよ、よろしくねー。
    ちょっと風邪っぽいけど、つべこべ言わず温めます!

    倉庫のなかにアイスあるかなー。体調悪くてもアイスなら入るの不思議だ。
    ほろにがキャラメルか果肉たっぷりストロベリーがたべたい気分。


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