【祝福】すべて夜の馨りのせい(青ネコ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「月下美人を見ませんか?」
 イベリンに観光に来たウィンクルムは、観光の目玉とも言えるハルモニアホール近くの花屋で声をかけられた。
 夕方から甘い香りを咲き始め、朝にはしぼんでしまう、一晩だけの白い大輪。
 毎年、小さな個室を用意して開花の様子を提供しているのだが、今年は当たりだという。
 どうやら月下美人が祝福を受けたらしく、ゆっくりと花開く時、次第にぼんやりと美しく輝くというのだ。
「飲み物は用意しますし、可愛らしい音楽も流しますよ。たまには花を見ながら、ゆっくりお話するのもいいんじゃないでしょうか」
 興味を持ったウィンクルムは、夕方に指定された場所へとやってきた。
「いらっしゃいませ」
 アパートのような建物の一室に通される。
 小さな部屋のドアを開ければ、既に甘い香りが充満している。
 部屋に入ってみると物はほとんど無く、窓にかかった紗のカーテンで夕方なのに薄暗い。フローリングの床の四方に置かれたキャンドルを模した小さな照明。壁際に積み重なった柔らかい沢山のクッションと毛布。
 そして部屋の中心には、月下美人の鉢が一つ。
「どうぞ。お好きにお飲みください」
 花屋が飲み物と小さなオルゴールを置いて部屋を出て行く。
 電子仕掛けのオルゴールは、遠い昔に聴いたような、懐かしくなる穏やかな曲だった。
 ウィンクルムはクッションを背に壁に寄りかかり静かに会話を始める。
 たまに飲み物で喉を潤し、オルゴールの音を楽しみながら、首をもたげる月下美人をぼんやりと見つめて。
「あ、開いてきた」
 オルゴールの音が耳に馴染み始めた頃、純白の花びらがほころび始め、そして光り始める。

 ―――あいたい。

 不意に、泣きたくなった。
 あいたい、逢いたい、あえない、会えた、逢えない、逢えた、あえた、会いたい……あいたい。
 ああ、どうしよう、泣きたい。泣いてしまいたい。
「どうしたの?」
 様子がおかしい事に気付いたパートナーが尋ねてくる。
 その問いの声すら痺れるような響きがあって。
 素直に答えたくなっていた。

解説

●祝福された音楽(オルゴール)
・オルゴールを聴き続けていると、『誰か』に
 1、逢いたい
 2、逢えない
 3、逢えた
 という事実に泣きたくなります。
 絶対に泣くというわけではありません。

●祝福された花(月下美人)
・花の香りを楽しんでいると、問われた事には素直に答えたくなります。
 絶対に答えるというわけではありません。

●プランについて
・祝福された音楽と花に影響を受けたのは神人か精霊、どちらか片方だけのようです
 どちらが影響を受けたのかと、音楽の方は番号と『誰か』を必ず書いて下さい。
・影響を受けてない方は、どんな質問をするのか書いて下さい。

●飲み物と観賞代
・飲み物は以下のものが好きに飲めるようです。
  ソーダ
  ラムネ
  ミント水
  レモン水
  はちみつレモン水
  はちみつレモンソーダ
  はちみつ梅ソーダ
 飲んでも飲まなくても構いません。
・観賞代として450Jrいただきます。

ゲームマスターより

月下美人の花言葉は、はかない美、はかない恋、繊細、快楽、強い意志、そして……
「ただ一度だけ会いたくて」
誰に会いたいのか、会えたのか、会えないのか。
それを尋ねるのか、それ以外を尋ねるのか、尋ねないのか。
泣きながらでもこらえながらでも、静かな音楽を聴き、ぼんやりと光る花を見ながら、ゆっくりとお話してください。
朝はまだ遠いのですから。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

  ミント水片手に鉢の傍で月下美人を眺める
祝福を受け輝くとの話に興味

壁際に座る天藍に呼ばれ移動
広げられた片腕の中に収まるように座り肩口に頭を預ける

体に回された彼の腕に不意に力が入ったので顔を見上げ首を傾げる
天藍?
泣き出しそうな表情に何かあるのなら話して欲しいと気持ちを込めてそっと名を呼ぶ

天藍の話を聞き
その後どう思うかと不安気に続いた複数の精霊との契約について
A.R.O.A.から要請を受けたら断れないと思う事
ただ、もしそうなったとしても天藍だけは特別
私の恋人は、天藍、貴方だけでしょう?
改めて言葉にするのは少し気恥ずかしくはにかみながら天藍の手を取り自分の頬へ添えながら伝える

幸せなのは私も同じですから



リヴィエラ(ロジェ)
  ※影響を受けたのは神人・音楽は1・『誰か』は神人の父親

リヴィエラ:

(影響を受けて)あの…ロジェ。
私、ロジェが私をお屋敷に迎えに来て下さったから、
こうして出会えて…ウィンクルムになれたのだと感謝しています。

(静かに泣き出して)でも…お母様はオーガに殺されてしまったけれど、
ロジェの仰る通り、私のお父様だけでもまだご存命ならば…
もう一度だけで良いのです。逢いたい…お父様にお逢いしたい…

(ロジェに急に抱きしめられ)ロ、ジェ…?
そんな…そんな事を言われたら、私…もっと我が儘になってしまう…
貴方に甘え過ぎてはいけないと、ずっと堪えてきたのに…っ
私、私…今でも貴方が愛しくて堪らないのに…っ


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  少し眠い。

「大丈夫?」(近づく
花もきれいだけど。
静かに泣くルシェも、いつもと違うきれい。(色気
ルシェも、泣くことあるんだ。

「!?」(硬直
ぽたって髪に当たって。ルシェは、泣いたままだ。

「どうかしたの?」
嬉し泣き?
何が嬉しいのかわからないけど。
女神の祝福が原因、なのかな。

きれいな花が目の前にあって。
直ぐ近くに、ルシェの体温と息づかいがあって。
何だか落ち着かない。泣いてると思うと、余計に。
ルシェの腕を軽く叩く。(あやす
ちょっとでも、落ち着くといいな。

びっくりして、眠気飛んでた。
何でこの体勢なのか、わからないけど。
胸がぎゅってなるけど、ルシェにくっつくのは安心する。
なんでだろ。

「何?」
「一緒にいるよ」



桜倉 歌菜(月成 羽純)
  はちみつレモンソーダ
影響を受けるのは精霊

羽純くんの寂しそうな表情
どうしたの?って、聞いた

羽純くんのお父さん
どんな人だったか…聞いてもいい?

羽純くんは自分は似てないっていうけど、親子だもの
羽純くんはお母さん似だけど
絶対何処か似てると思う
会ってみたかったな、私も

私の町がね、オーガに壊されて…お父さんとお母さんが居なくなった時、お祖父ちゃんが言ったの
会えない事に泣いてばかりいては駄目だよ
想い出が全て悲しみに染まってしまうから
沢山泣いて悲しみを吐き出したら
大好きだった想い出を思い出して
想い出す事で、お父さんとお母さんは歌菜の中で生きるから

だから、ね
今は泣いてもいいよ
その後、楽しかった想い出を教えて?


アンジェローゼ(エー)
  月下美人をエーと見る
「今日は貴方に聞きたいことがあるの。ラムネを飲みながらゆっくりお話しましょう」
爆発しそうな程に脈打つ胸をそっと抑え震える唇で口を開く

*質問
彼への恋心を理解したとたんよそよそしくしか接しられなかったけどエーはいつも通りの笑顔で…彼は私を、どう想っているの?
妹のような存在なの?

私の事、好き…なのは恋愛として?ならどこが好きなの?…私我儘だし、お転婆だしエーを振り回してばかりで…

(エーにそっと寄り添い
私はもっと貴方の事を知りたい
貴方はいつも私を見て守ってくれる
今度は私が貴方を守りたい…エーの事、ちゃんと男の人として大好きだから

…それは…多分いつかね!(照れ
貴方はもう一人じゃないよ


■溺れるほどに、満たしたい
 二人きりでゆっくりと話が出来る。それを知って『アンジェローゼ』は緊張しながらも『エー』を誘った。
 通された部屋は薄暗く、四隅の小さな灯りと、そして二人きりという状況が、アンジェローゼの緊張を高めている。
 エーは部屋の中央にある月下美人を見た。なるほど、蕾は横を向き、もうすぐ開くのだろう。だからこその部屋を満たすこの甘い香りだ。神秘的な美しさを見たいと思う者は多いだろう。
「今日は貴方に聞きたいことがあるの」
 けれど、と、エーは思う。
「ラムネを飲みながらゆっくりお話しましょう」
 アンジェローゼは激しく脈打つ胸をそっと抑え、震える唇で口を開く。エーはその様子に気付いているのか、柔らかく包み込むような笑顔になる。
「はい、どんな事でも聞いてください」
 その話が終わる頃には、今よりも二人の距離が近づく事を祈りながら答える。
 月下美人は美しい。けれど、この美しい人の前ではかすんでしまう。
 最近、アンジェローゼから余所余所しくされてしまっていたエーにとって、今日は誘われた事だけでも嬉しかった。
 これから花が咲いて終わるまでの時間、アンジェローゼを独り占めできるのかと思うと、とてもとても嬉しかった。
 二人は並んでクッションに座り、ラムネを持って小さく乾杯をした。

 心の準備をしているかのように、アンジェローゼは他愛のない話を始めた。今日食べたもの、見たもの、明日の予定、天気。
 誰もが口にするような会話も、けれど特別な相手とするとどうしようもなく楽しいのは何故だろうか。
 そうやって時間を潰しているうちに、月下美人が静かにその花を膨らませて輝いていく。
 白く輝く花が開く。
 音楽が耳に馴染んだ。
 不意に、二人の会話が途切れた。
 アンジェローゼは最近エーへの恋心を理解した。自覚した。だからこそどう接すればいいかわからなくなり、変に余所余所しくなったりもしたけれど。
 今日は、今なら、尋ねられる。
「……最近、私、態度がおかしかったでしょう?」
 エーはここ最近を思い出し、苦笑しながら「そうですね」と答えた。
「だけどエーはいつも通りの笑顔で……その笑顔がどんな意味なのか、知りたくて」
 アンジェローゼは飲みかけのラムネを置いて、隣に座るエーに向き合う。
「私を、どう想っているの? 妹のような存在なの?」
 心臓が苦しい。頬が熱い。
 自分の事をどう想っているのか。ただそれだけの問いが、口にしてしまうとこんなにも大きい。
(ロゼ様がそんなこと心配していたなんて)
 エーは不安そうにじっと見てくるアンジェローゼに驚く。
 幼い頃からずっと一緒にいた。育てた薔薇を贈ったり、仲睦まじく遊んできた。
 だからこそ、自分の気持ちなどとっくに気付かれているかと思っていた。
 エーは慎重に答えを考える。
 考えて、そして微笑みながら答えを口にする。
「僕はいつだって貴女を大切に想っていますよ。妹のような存在ではなく、もっとずっと大切に想っています」
 貴女が五歳の時から、ずっと愛している。女性として、ただ一人あなただけを愛している。
 その本当の想いは、口にせず。
 アンジェローゼはその答えにもどかしさを感じたのか、更に問おうと身を乗り出して。
「きゃっ!」
「ロゼ様!」
 横においていたラムネを倒して零してしまった。
 エーがすぐに動いて、手早くアンジェローゼに濡れたところはないか確認し、その後で床を拭いていく。
 そんな様子を見ながら、アンジェローゼは軽く自己嫌悪に陥る。昔からこうだ。エーが兄のように守って、助けてくれて。
 だけど、兄ではないのだ。
「本当に、私のこと大切に想ってくれてる? ……私我儘だし、お転婆だしエーを振り回してばかりで……」
 妹のような存在ではない、と言ってくれた。けれど、ではどんな存在なのか?
「……本当に気づいていなかったんですね」
 エーは自分のラムネを備え付けのコップに注ぎ、アンジェローゼへと差し出す。
「貴女はお転婆で我儘で気まぐれで」
「うぅ……」
「本当に、目を離せない」
 貴女の全てが愛おしい。
 そう思いながら、念を押すように耳元で囁く。
「大切ですよ、誰よりも」
 アンジェローゼの顔は一気に赤くなる。全身が心臓のようだ。
 間近で微笑むエーを見ていられなくて、貰ったコップの中、しゅわしゅわと弾ける甘い水を見つめる。
(誰よりも、大切……)
 貰った答えは、満足のいくものではなかったけれど、それでも充分に胸を熱くする。
 だけど、もっと。
 アンジェローゼは向き合っていた体を元に戻し、そっとエーに寄り添う。
「私はもっと貴方の事を知りたいの」
 エーが優しく見つめてくれているのを感じながら、アンジェローゼは自分の気持ちを素直に言う。
「貴方はいつも私を見て守ってくれる。今度は私が貴方を守りたい……エーの事、私も誰よりも大切だから」
 アンジェローゼの言葉に、エーもまた胸を熱くする。
(貴女はそうやって、僕に微笑んで手を差し伸べてくれる。昔も。今も)
 だからこそエーにはアンジェローゼが眩しくて愛しいのだ。
「ありがとうございます」
 喜びを噛み締めながら答えるも、まだだ、と小さく不甲斐無さのようなものも感じる。
 男性として愛されるよう積極的にいこうと決めたばかりなのだ。仕方がないといえば仕方がないが、アンジェローゼを不安にさせていたのかと思うと、まだ愛しているとは言えない。
 この部屋を満たす馨りよりも甘く、柔らかな音色よりも馴染むほどに、アンジェローゼに愛を贈りたい。いや、贈ろう。アンジェローゼが「自分はエーに女性として愛されている」と確信できるほどに。
「他には聞きたい事はありませんか?」
 だから今は、隣り合う二人の心の距離をもっと近づけよう。
「夜はまだ長いですから、色々と話しましょう」
「ええ」
 もう一度二人は小さく乾杯して、甘く心地よい時間を二人で分け合った。



■痛いほどに、囚えたい
 部屋の中に流れているオルゴール。
 その音色は何処か懐かしくもあり、『リヴィエラ』の心の中にいる一人の人物を強く思い出させる。
 生まれ育った屋敷。そこにいた家族。
 死んでしまったと思っていたけれど、生きていた父親。
 ―――逢いたい。
「あの……ロジェ」
 リヴィエラは隣に座る『ロジェ』の名を呼ぶ。
「私、ロジェが私をお屋敷に迎えに来て下さったから、こうして出会えて……ウィンクルムになれたのだと感謝しています」
 呼ばれたロジェはリヴィエラの様子がおかしい事に気付き、少し心配げに覗き込む。
 そんなロジェの優しさが更に後押ししたのか、リヴィエラは静かに泣き出した。
「でも……お母様はオーガに殺されてしまったけれど、ロジェの仰る通り、私のお父様だけでもまだご存命ならば……」
 お父様。
 その単語を聞いて、ロジェの表情が変わる。心配そうに気遣うそれから、隠せない怒りへ。けれどリヴィエラはそれに気付かない。気付かないまま、素直に願いを口にする。
 ロジェを怒らせるだけの願いを。
「もう一度だけで良いのです。逢いたい……お父様にお逢いしたい……」
 リヴィエラは目を伏せて涙を零し続ける。父に逢いたいと、その想いで宝石のように美しい透明な涙を流し続ける。
 普段ならばその美しさに心打たれ、そしてすぐにでも涙を止めなければと思うロジェだが、今はとてもそんな風に心は動かなかった。
 今は、その美しい涙が、自分ではない者、いや、誰よりも認めたくない存在の為に流されていることが不愉快でしかない。
「そんなのは許さない」
 硬い声で鋭く言う。
 ロジェの声色に、リヴィエラは驚いて目を見開く。
 ゆっくりと顔を上げれば、険しい顔をしているロジェがいた。
「ロジェ……?」
「君の両親は、君が生まれつき神人だったからまるで腫れ物に触るかのように『忌み子』扱いしてきたんだ……! オーガに狙われるという我が身可愛さと、娘の安全の為にな!」
 ロジェの口調は荒くなる。昔を思い出して当時の感情がのたうつ。
「君を連れ去ろうとした俺を、役人の犬扱いしてまで、だ……! あの父親……絶対に許さない。俺の親友の父親も許さんが、君の父親も許さない。君をあの父親には逢わせない」
 どす黒い感情はロジェの自制心を容易く食い尽くす。
 逢わせない。渡さない。
 二度とあんな場所には戻さない。自由はなく、閉じ込められ、けれどさも愛しているかのような誤魔化しの場所。嘘偽りだらけの日々。そんなところに、俺がいないところに、リヴィエラを? 
 駄目だ。絶対に駄目だ。そんなこと、絶対に許せるわけがない。
 リヴィエラは、俺だけのものだ!
「ロジェ……ッ?!」
 リヴィエラの驚きの声は、ロジェの乱暴なまでの口付けで遮られる。
 腕を引かれ、噛み付かれるようなキスをされ、そうしてリヴィエラは今痛いほどに強く抱きしめられている。
 それは唐突な、一方的な行為。
「俺が、君の兄でも父親でも家族にでも何にでもなってやる。俺が一生守ってやる。お前も、あいつも! だから何処にも行くな……!」
 ロジェの脳裏には目の前のリヴィエラだけではなく、親友の精霊の姿もある。
 彼は実の父親に道具のように扱われ、今もその呪縛から逃げ切れていない。
 許せない。守らなければ。自分の大切な存在を。
 俺が、守らなければ!
「あ、の……」
 突然の出来事にリヴィエラは困惑しながらも、けれど言われた内容に胸が締め付けられる。
 父親に逢わせてもらえない、という事にではない。
 お父様、とリヴィエラは心の中で罪悪感を覚える。
 ごめんなさいお父様、逢いたいと、本当に逢いたいと思っているのに、それなのに私は。
 リヴィエラは抱きしめられながら震える。
 父を裏切っているかのような罪悪感と、ロジェの恐ろしいほどの愛情とに。
 父に逢わせない、そんな事は許さないと言われて、確かにその瞬間は悲しく、ロジェを酷いと思う心もあったのに、いや、きっと今だってある。
 けれど、その悲しさや寂しさ、憤りを遥かに上回るこの感情は。この心の奥底から湧き出る喜びは何だというのか。
 ロジェが、一生守ると、何処にも行くなと。
 こんなにも、強い力で抱きしめながら。
(そんな……そんな事を言われたら、私……もっと我が儘になってしまう……貴方に甘え過ぎてはいけないと、ずっと堪えてきたのに……っ)
 リヴィエラは震えながら、ロジェの背に手を回す。
 そして、しがみ付くように抱きしめ返す。
(私、私……今でも貴方が愛しくて堪らないのに……っ)
 しがみ付いて、いいのだろうか。
 大切なもの全てを自分の背に負い、一人で守ろうとしている。
 この強く脆い人に、しがみ付いて、そして何処までも一緒にいてもいいのだろうか。
 いや、一緒にいたい。一緒にいると、決めたのだ。
 そう、決めたのだ。この人の心の灯火になろうと。支えようと。
「ロジェ……っ」
 溢れる愛を伝えることは難しく、リヴィエラはただ愛しい人の名前を呼ぶ。
 甘い香りも、穏やかな音楽も、二人には届かない。
 いや、届いたからこそ、二人を強く結びつける。
 朝が来るまで、二人はただ抱きしめあっていた。
 強く、強く。



■思い出して、語りたい
 甘い香りに満たされた薄暗い小部屋で、『桜倉 歌菜』ははちみつレモンソーダを口にする。
 夜にだけ咲く白い大輪の花は、不思議に柔らかく光り出している。
 滅多に見られないその光景を、『月成 羽純』と見られることが嬉しかった。
 歌菜はゆっくりと膨らんでいく花をわくわくしながら見つめていた。
「ね、咲いたらもっと香りが強くなるのかな?」
 楽しみを抑えきれずに隣に座る羽純に声をかければ、羽純の表情が何故か寂しそうに曇っていた。
「……どうしたの?」
 何があったのかと恐る恐る尋ねると、羽純は困ったように「自分でも分からないんだ」と困ったように答えた。
「急に、亡くなった父に逢えないって、その事が……」
 胸を、締め付けて。
 一人ならば泣いていたかもしれない。それほどに父に逢えない事実が胸に迫る。
 それが祝福された音楽であるオルゴールのせいだと、二人は気付かない。気付かないまま困惑し、けれどどうにかしようと歌菜は口を開く。
「羽純くんのお父さん」
 口にして、羽純にそっと尋ねる。
「どんな人だったか……聞いてもいい?」
 尋ねられれば、羽純は自分でも驚くほど素直に頷いてしまう。そして語りだす。
「オーガに殺された、という事しか聞いていない。母は詳しくは語りたがらない。ただ、母の居ない所で、誰かを守る為、戦って死んだのだと」
 それがどういう意味を持つのか。
 ウィンクルムであった両親が、何故離れ離れで終わりを迎えてしまったのか。
 母が語らない以上、羽純には分からない。
 確実に分かるのは、父はもういなく、二度と逢えないという事だけ。
 逢えないのだと、そんな事は嫌と言うほど知っている筈なのに、まるで初めて自覚したかのように締め付けられる。
 そうして思い出す。父の事を。
 幼い頃、父の背中はとても大きかった。
 そんな何気なく当たり前のように見ていた風景を。
「ガサツでお人好しで声がデカくて。背中を叩く手が痛いと、いつも俺は文句を言ってた。
スマンスマンと謝りながらも、父は少しも反省はしてなくて」
 笑いながら謝る、温かく大きな父。
「そんな父が俺は好きだった」
 そうだ、好きだった。好きだったんだよ、父さん。
「俺はいつか父のような戦士になるのだと思って生きてきた。けど……母を残して死んだ父を恨む気持ちを持った」
 その恨みは、好きだからこその、悲しさ。
「どうして死んだんだよ」
 ぽつり、零して。
 そしてそれを振り切るように、歌菜に告げる。誓う。
「父のようにはならない。父とは違う。俺は生きる」
 咲き始めた白い大輪の花を見ながらも、羽純は薄紅の嵐のような不思議な桜を思い出す。父とは違う運命を選ぶのだと思ったあの時を。
 語り終え、前を向く羽純を見て、歌菜もまた月下美人へと視線を移す。
 白い花は光り輝きゆっくりと膨らんでいく。開いていく。それは、見ている者の心も。
「羽純くんは自分は似てないっていうけど、親子だもの。羽純くんはお母さん似だけど
絶対何処か似てると思う」
 思いがけない返しに、羽純は驚いて視線を歌菜へと移す。
「会ってみたかったな、私も」
 歌菜は苦笑してから、静かに語る。
「私の町がね、オーガに壊されて…お父さんとお母さんが居なくなった時、お祖父ちゃんが言ったの。『会えない事に泣いてばかりいては駄目だよ。想い出が全て悲しみに染まってしまうから』」
 それでもどうしても泣いてしまう。だってずっと一緒にいる筈だったのだ。こんなに早く二度と会えなくなるなんて思ってもいなかったのだ。
 そんな歌菜に、祖父は更に続けた。
「……『沢山泣いて悲しみを吐き出したら、大好きだった想い出を思い出して。想い出す事で、お父さんとお母さんは歌菜の中で生きるから』」
 二度と会えなくても、ずっと一緒だから。
 それを信じて歌菜はその通りにした。そうして今、笑顔で日々を送れるようになった。
 羽純は自分を振り返る。
 そんな風に終わらせただろうか。自分の中にも父はいるのだろうか。もしもいるのならば。
 ……今の俺は、あの人にどんな風に映るのだろう?
「だから、ね。今は泣いてもいいよ」
 ずっと泣きたかった事を見透かされたように言われたが、それが羽純には温かく、締め付けられていた胸に優しく届いた。
 歌菜は優しく羽純の顔を両手で包み、そしてそっと微笑む。
「その後、楽しかった想い出を教えて?」
 歌菜の温もりが、言葉が、胸に優しく届いて、そして羽純の頬を涙が一つ伝う。
「有難う」
 素直に零れたこの涙の後には、きっと楽しかった想い出を語れる。
 語る相手は、歌菜がいい。
 甘い香りに包まれながら。静かな音色に耳を傾けながら。
 もう戻れない、取り返せない、けれど何物にも変えがたい温かな記憶を、想い出を。
 二人で。



■いつの日か、開かせたい
 部屋へ入った時には夕方だったが、いざ月下美人が花開ききる頃はもう夜で、『ひろの』には少し眠い時間だった。
 花の近くで見ていたから、甘い香りが濃くなったのが分かる。そんな香りと静かな音楽が眠りを更に誘う。
 眠りを誤魔化すように、一緒に来た人はどうなのだろうかと、ひろのは『ルシエロ=ザガン』の方をちらりの振り返る。
 振り返って、ひろのは驚く。
 ルシエロは声も出さず、ただ静かに泣いていた。
「大丈夫?」
 近づいて尋ねれば、ルシエロは素直に「ああ」と答える。
 それで、一度会話は止まる。
 ひろのはしばしルシエロを見つめる。
(花もきれいだけど。静かに泣くルシェも、いつもと違うきれい)
 艶っぽい、とでも言えばいいのか。ひろのにはその『綺麗』を上手く説明できないが、いつもとは違うという事は分かった。
 いつもと違うと、分かるくらいには、ルシエロとの時間を重ねてきたのだ。
(ルシェも、泣くことあるんだ)
 ひろのにとってルシエロは強く綺麗な存在だ。怪我をしたり、大変そうだったり、そういう場面は確かにあったけれど、泣く、というところは見たことがなく、また想像出来なかった。
 驚きと珍しさ。それで見つめていたら、ルシエロが手を伸ばしてひろのを引っぱり、背中から抱え込むようにひろのを抱きしめた。
「!?」
 更なる驚き。
 ひろのは思わず硬直する。
 いつもと変わらず硬直してしまうひろのを、けれどルシエロは不愉快とは思わなかった。
 ルシエロは更に抱き寄せて、隙間を埋めるように密着する。ひろのは固まったままだ。
 そんなひろのの髪に、何かがぽたりと落ちてくる。ルシエロの涙だ。まだ泣いたままなのだ。
「どうかしたの?」
「ただの嬉し泣きだ」
 ルシエロは素直に返して、けれど、気にしなくて良い、と告げる。そう言われれば、ひろのは不思議に思いながらも、それ以上聞かない。
(嬉し泣き?)
 ルシエロは何が嬉しいのか、泣くほどの事なのか、ひろのにはわからない。けれど。
(女神の祝福が原因、なのかな)
 光り輝きながら咲く花を見ていれば、自然と納得できた。
 花は、ぼんやりと輝いていた。まるで繊細で緻密な飾り提灯のようだ。作り物のようだ。けれど、本物だ。
(きれいな花が目の前にあって。直ぐ近くに、ルシェの体温と息づかいがあって)
 ひろのは現状を把握すればするほど落ち着かない。ルシエロが泣いてると思えば余計にだ。
 その落ち着かなさを誤魔化すように、そして純粋にルシエロを想って、ルシエロの腕をあやすように軽く叩く。ちょっとでも落ち着くといいと願いながら。
 腕を柔く叩かれたルシエロは、その意図を理解してか口元を緩ませる。
 ルシエロの涙は、本当に嬉しくて零れているものだった。
 ―――逢えた。
 適応する神人に、自分の神人に、つまりは……ひろのに、逢えた。その嬉しさと今此処にいるという事実が、ルシエロの胸を締め付ける。
 神人と逢えないままその生を終える精霊もいる。
 けれど、自分は違う。
 逢えた。逢えたのだ。
 自分の神人がいる。それだけの事が嬉しくて堪らないのだ。
 この、腕の中の存在が。
 ルシエロはひろのを抱え直してクッションに凭れる。
 相変わらずひろのは硬直しているが、逃げる様子も嫌がる様子もない。それが愛おしい。手放す気には到底なれない。
 この愛しさはなんだろう。執着はなんだろう。ウィンクルムの繋がりによるもの、種族の性によるものか。
 いや、何であろうと構わない。
 全てを含めての『ルシエロ=ザガン』だ。
『ルシエロ=ザガン』が『ひろの』を愛おしく想っているのだ。
 はっきりと自覚した感情を噛み締めながら、ルシエロは口を開く。
「ヒロノ」
「何?」
(まぁ、もう少しオレに関心を持って欲しいとは思うがな)
 固まったまま、花をじっと見ているひろのを見ながら苦笑する。
「何処にも行くなよ」
 言われたひろのは、花から視線を外し、ルシエロを不思議そうに見上げ。
「一緒にいるよ」
 当たり前のように答えるから、ルシエロは静かに笑んだ。
(……何でこの体勢なのか、わからないけど)
 硬直したかのように思えるひろのだったが、いや、実際動けなくはなっているのだが。
(胸がぎゅってなるけど、ルシェにくっつくのは安心する)
 その心は、堅く固まってはいなかった。
(なんでだろ)
 驚きで眠気が飛んでしまったひろのは考えるが、まだ答えは見つからない。
 それでも、心はゆっくりと開き始めている。
 月下美人のように、ゆっくりと。




■ただ一人と、共にいたい
 ガーデナーを生業としている『かのん』にとって、祝福を受けた花、光り輝きながら咲く月下美人は興味があった。
 ミント水を片手に鉢の傍で眺める。普通に栽培している月下美人と違いはないか、等も観察しながら。
 そんなかのんを微笑ましく見ながら、『天藍』は壁にクッションを集めて背もたれを作る。
 月下美人は時間をかけてゆっくりと開くと聞いた。側で細かく観察しているのもいいが、少し離れてゆったりと眺めるのもいいだろう。
「かのん」
 呼ばれたかのんが振り返れば、随分とすわり心地のよさそうな場所が出来上がっていた。かのんはクスリと笑いながら天藍のところへ行く。
 既に座っている天藍は、やってきたかのんの座る場所を示すように片腕を広げる。そこへ収まるようにかのんが座れば、少しの距離も埋めるかのように、天藍はかのんの腰に手を回して引き寄せる。それに応えるように、かのんは天藍の方に頭を預けた。
 寄り添って花を眺める。薄暗かった部屋が本格的に暗くなり、それに比例するように白い花が輝いていく。
 甘い香りが濃密に広がる。
 オルゴールの旋律が静かに響く。
 穏やかで、満たされた空間だった。けれど天藍には、頭の片隅でもやもやとくすぶる考え事があった。
 最近、神人が複数の精霊と契約を結ぶ方法について調査がされている事を聞いた。
 それでは、いつかかのんも他の精霊と契約するのだろうか。
 オーガを倒す唯一の力を持つのがウィンクルムだ。
 ならば、そのウィンクルムが強くなるのならば、多くの精霊と契約を結び、強力な精霊が出てくるのならば、それは社会的に見れば喜ばしいことだ。
 だが、天藍とかのんは恋人なのだ。
 自分以外の誰かがかのんの横に立ち、かのんと共に戦い、そしてかのんとの間に何らかの愛を育む、というのは、何も嬉しくない。
「綺麗ですね」
 かのんが囁くように言えばそこで思考が途切れる。
 天藍は微笑みながら「そうだな」と言おうとかのんの方を見て。
 不意に、胸が詰まり、溢れそうになる涙をグッと堪えた。
 だが、無意識に手に力が入ってしまったのか、かのんが腰に回された手を一瞬気にしたように見て、そして天藍の顔を見上げ首を傾げる。
 かのんの目には、泣き出しそうな表情の天藍が映っていた。
「天藍?」
 何かあったのかと、話して欲しいと気持ちを込めてそっと名を呼ぶと、天藍は自分がたった今感じた事を素直に語り始める。
「かのんに出会うまで」
 それはかのんも初めて聞く天藍の事。
「適正者と会う事が無く、ずっと自分だけの神人の顕現を願っていたのだと思っていた。本当の所は神人とか契約とかではなく、お互いを思い合える自分にとってただ一人を望んでいたのかもしれない」
 思い合い、寄り添い、共に歩んでいける、ただ一人の相手。
 それは、運命の相手だ。
「そしてかのんに会えた」
 天藍が微笑む。
「急にその事を実感して、なんだか泣きたくなった。……そうだな、泣きたくなるくらい、今が出来過ぎなぐらいに幸せなんだ」
「天藍……」
 かのんが嬉しそうに顔をほころばせる。
 けれど、天藍の話にはまだ続きがあった。
「だからこそ、複数の精霊と契約をする方法が分かるのは、複雑だな」
 言われて、かのんも現実に直面する。
「かのんは、どう思う」
 いつかは恐らくやってくる。そしてその時は。
「……A.R.O.A.から要請を受けたら、断れないんだと思います」
 オーガ被害は今なお発生し続けている。それなのに、自分達の気持ちだけで我儘は言えないだろう。それに、きっと自分達だって傷ついている人を見たら放っておけないだろう。
 天藍は、覚悟していた答えに、それでも微かに眉根を寄せる。仕方がないことだ。分かっている。
 だが、かのんにはまだ続きがあった。
「ただ、もしそうなったとしても」
 この先、新たな精霊と契約を結ぶかもしれない。けれど。
「天藍だけは特別」
 かのんは腰に添えられた手とは逆の天藍の手を取り、自分の頬へそっと添えながら言う。
「私の恋人は、天藍、貴方だけでしょう?」
 改めて言葉にするのは少し気恥ずかしく、はにかんでしまう。
 けれどこれは心からの思いだ。心からの願いだ。
「幸せなのは私も同じですから」
 思い合い、寄り添い、共に歩んでいける、ただ一人の相手。
 ずっと一緒にいる、運命の相手。
 それを望んでいたのは、かのんも同じなのだから。
 天藍は自分の掌にある頬の柔らかさと温かさを感じながら、また泣きそうに胸が詰まる。
 ただ一人に逢えた。そのただ一人もまた、同じように想っている。
 涙が零れそうになるのを誤魔化すように、天藍はかのんを両腕で抱きしめる。かのんも同じだけの強さで天藍を抱きしめる。
 ―――ああ、逢えたのだ。
 二人は優しく抱き合いながらその事実を強く噛み締める。
 この先、何かが起こったとしても、誰かと出会ったとしても、きっとこの喜びと幸福は揺るがないだろう。
 二人を祝福するかのように、音楽は静かに流れ続けている。
 そして甘く馨る白い花もまた、祝福するかのように光を灯して咲き誇っている。



依頼結果:成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

名前:ひろの
呼び名:ヒロノ
  名前:ルシエロ=ザガン
呼び名:ルシェ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 青ネコ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月11日
出発日 06月18日 00:00
予定納品日 06月28日

参加者

会議室


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