【調査団】叡智の欠片は鳥籠に眠る(巴めろ マスター) 【難易度:難しい】

プロローグ

●『賢者の石』を求めて
「ウィンクルムの活躍で、『クラフト』と呼ばれる失われた技術に我々は一歩――いや、違うな。大きく近づくことができた」
 そう言って、A.R.O.A.職員の男は僅かその口元を柔らかくした。ギルティガルテンの鏡の森よりウィンクルムたちが『グラーフの書』の名を持つ『クラフト』技術の奥義書を持ち帰ったことにより、武器を魔法的に強化する古の技術『クラフト』に関する知識は人の手に戻ったのである。『グラーフの書』の解析は、政府認可の考古学者集団であるヒストリア調査団の協力の元で滞りなく進み、その秘術は今はもう復活を待つばかり――ではあるのだが。
「一つ、捨て置けない問題があってな。『グラーフの書』によると、『クラフト』技術の再現には、『賢者の石』という物が必要らしい」
 男の顔に、厳しい色が戻った。『賢者の石』は血のように赤い人工の宝石で、強大かつ特殊な魔法の力を持つという。『グラーフの書』にはその精製の方法までがしかと記されていたのだが、その精製のために必要な材料が格別厄介な物だった。
「桃源鳥、という怪鳥がギルティガルテンに棲むという。その羽を虹色に輝かせる、この世のものとは思えないような美しい鳥だとか。桃源鳥が産む真紅の卵のうちの幾らかは魔力を纏った特別な宝石でできていて、『賢者の石』の精製には、大量の宝石の卵が必要らしい」
 桃源鳥については、ギルティガルテンについて記された書物『アデン卿の日記』にも記述があった。桃源鳥は、『帰らずの鳥籠』と現地の民に呼ばれるその名の通り巨大な鳥籠の形をした建物の中で、デミ・ギルティに飼われているのだという。尤も、そのデミ・ギルティの居城は鳥籠からはかなり離れた所にあるそうだが。
「『帰らずの鳥籠』は『アデン卿の日記』によれば全部で5挺。一所に纏まって建てられていて、その場所を示す地図も、アデン卿の手によって残されている。お前たちには、『帰らずの鳥籠』へと向かって、ウィンクルム毎に宝石の卵を回収してきてもらいたい」
 しかし、場所が分かっているといっても、立ちはだかる問題は決して少なくないだろう。そもそもギルティガルテン自体が非常に危険な場所であるし、その居城こそ遠くともデミ・ギルティの監視の目があることは十分に考えられる。『グラーフの書』が人の手に渡った今、『クラフト』技術の再現に必要な桃源鳥の卵の守りがより強固になっている可能性もあるだろう。加えて――男の話によると、桃源鳥というのは神人を含む人間や精霊にとって、とても厄介な生き物であるらしい。
「桃源鳥の美しい鳴き声は人心を惑わすそうだ。その鳴き声を聞いていると酒に酔ったように気分が良くなり、人はそのうちに自身も目的も見失い、やがて前後不覚に陥ってその歌声を子守歌に眠ってしまうのだとか」
 そして、眠らされた者たちは桃源鳥に心を啄ばまれてその命を失くしてしまう。
「強い絆があれば鳴き声の魔力にある程度抗うことができるようだが、それも絶対ではないだろう。互いに互いを気遣いながら大量の卵の中から宝石の卵を探す必要があるだろうし、その際には、手際良く卵を仕分けられるよう『段取り力』が求められるだろうな」
 危険の多い任務になるだろうが無事の成功を祈っていると、職員の男は静かに話を閉じた。

●『クラフト』技術の守り人
「クソッ、忌々しいウィンクルムどもめ……」
 ギルティガルテンのどこかにあるとある古城の中。豪奢な椅子に腰を下ろし、ぶつぶつと独り言を呟く男の頭にはディアボロのそれとは明らかに異なる角が生え、整ったかんばせには何かを隠すように包帯が巻かれている――彼の男は、デミ・ギルティだった。
「このエヴァノフを馬鹿にしおって……ウィンクルムごときに『グラーフの書』を奪われては、クラフト技術の守り人の名折れではないか!」
 ダン! と苛立ちのままに机が叩かれる。と、その時。散らかった机の上で、漆黒の水晶玉が鈍く光った。そしてそこに、彼の管理する『帰らずの鳥籠』の様子が映し出される。丁度その内部に、1組の男女が侵入したところだった。次々と画面が切り替わり、5挺の鳥籠全てに望まぬ客が入り込んだことが確認される。
「ウィンクルムか……」
 いかにも忌々しげにエヴァノフは低い声で呟いて――それから、にぃと口の端を上げた。その唇から、くつくつと笑い声が漏れる。
「ああ、愚かなウィンクルムどもよ! 今度こそ鏡の森の時のようにはいかんぞ……桃源鳥の歌声に絡め取られて、このオーガの庭に魂を散らすがいいわ!」
 ひとりきりの部屋に高らかに声を響かせた後で、エヴァノフはおもむろに椅子から立ち上がった。憎きウィンクルムどもを桃源鳥たちの餌にしてしまうのは、勿体ないような気がしたのだ。エヴァノフの居城から『帰らずの鳥籠』までは決して近くはないが、慌てることはない。ウィンクルムたちが桃源鳥の鳴き声の魔力に抗えるとは、エヴァノフにはとても思えなかった。
「鳥たちに心を食わせるくらいなら、私が奴らの魂を食らって、石と化した身体は我がコレクションとしてやろう!」
 朗々と歌い上げるようにそう言って、エヴァノフは悠々と『帰らずの鳥籠』への向かうのだった。

解説

●注意!
このエピソードは重傷判定のある『危険エピソード』となります。
20レベル以上での参加を強く推奨いたします。

●目的
『帰らずの鳥籠』にて宝石の卵を集め持ち帰ること。
現地ではウィンクルム毎に別の鳥籠に入り、卵を集めることになります。
リザルトは無事鳥籠に侵入成功したところからのスタートです。
あまり時間を掛け過ぎるとエヴァノフが鳥籠に到着してしまいますので、それまでに卵を集めて鳥籠を脱出してください。

●『帰らずの鳥籠』について
ギルティガルテンに位置する巨大な鳥籠の形をした建造物。全部で5挺。
中には沢山の桃源鳥が棲んでいて、床には大量の真紅の卵が転がっています。
桃源鳥以外の脅威はいません。

●桃源鳥について
虹色に輝く羽を持つこの世のものとは思えないほど美しい怪鳥。
その卵のうち宝石で出来た物が『クラフト』技術の再現に必要な『賢者の石』の材料になります。
宝石の卵は普通の卵よりずしりと重い他、じっくりと見比べると普通の卵とは輝きが違います。
桃源鳥の鳴き声には魔法的な催眠効果があり、聞いていると酒に酔ったように気分が良くなって、任務や我が身の安全等どうでもよくなり、終いには深い眠りに落ちてしまいます。
仕分けの際どのように互いを励まし合うか、一方が鳴き声に惑わされたらどう行動するか等、無事に任務を終える為の対策が必要です。
文字数厳しいかと思いますが、鳴き声に中てられるとどんなふうになるのかもプランにご記入いただけましたら可能な限り汲み取らせていただきます。
但し、全てが必ずしもリザルトに描写されるとは限りませんことをご了承くださいませ。

●エヴァノフについて
『クラフト』技術の守り人たるデミ・ギルティ。
ウィンクルムを馬鹿にし切っているため、居城から『帰らずの鳥籠』に悠々と向かっています。
卵の仕分けにあまりに手間取った際には鳥籠に到着する危険があります。
現段階で勝てる相手ではないためご注意ください。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

ウィンクルムの皆さまの活躍でクラフト技術の知識が解放され、その再現のための材料を集める段になりました!
卵の仕分けのために、『段取り力』を可能な限り高めて臨んでいただければと思います。
互いに互いを気遣い、パートナーが桃源鳥の鳴き声に惑わされかけた時にはもう一方が引き戻して。
しっかりと対策を練って、ウィンクルムの絆の力で試練を乗り越えていただけますと幸いです。
また、バトルコーデの持ち込みはできませんことをご了承くださいませ。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆準備
アイテム【ピクニックバスケット】の中身を全部抜く

☆仕分け
【腕時計】で時間を確認しながら作業

精霊が持ってきた卵を複数手に持ち日の光に照らして輝きをチェック

仕分けた卵は【ピクニックバスケット】に入れて持ち帰る

☆催眠対策(精霊も同様に)
相方の様子の確認も含め桃源鳥の鳴き声に惑わされないように彼と会話しながら作業する
お喋りに夢中になって仕分けが雑になってもいけないから会話は適度に
エミリオさんは自分から話題を振るのは苦手だから私がリードするね(スキル:会話術)
共通の趣味のスイーツの話題を振るよ

☆相方が惑わされたら
(精霊に口付け耳元で囁く)私以外の声に惑わされちゃ、嫌…
それでも駄目なら精霊の頬を叩く



月野 輝(アルベルト)
  クラフトってどんな技術なのか楽しみよね
だから卵、頑張って見分けないとね
よく見て、輝いてるのを選んで持ってみて
惑わされないよう話をしながら作業

身に付けてきたメロディホルダーの音楽を流してたら
桃源鳥の鳴き声を少しでも相殺できないかしら

ふふ、大丈夫よ
アルが寝ちゃったら、ちゃんとビンタしてあげるわ
それならさすがに目が覚めるでしょ

!?
ななな、何言ってるのアルってば
そんなの、するような間柄じゃないじゃないっ

そうよ、だってハッキリ言って貰った事、ないもの(小声

変ね…この鳴き声…何だかお婆ちゃんの子守歌に聞こえて…
小さい頃に歌って貰ったあの歌……

えっ!?アル、今、なんて?
うそ、何か言ったでしょ
もう一回聞かせて



手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  金時計を持って
作業時間を意識し素早く作業。

・卵集め方
桃源鳥を刺激しないよう
巣の奥側→入り口で移動しつつ仕分け。
催眠対処の為カガヤの近くで作業。

聞いていた特徴から基準の普通の卵を決め
比べて重いか輝きが多いかで宝石の卵を判断。
卵取り扱い注意。

アウターウェアを広げ風呂敷のようにし
そこに宝石の卵を載せます。

・カガヤが催眠を受けた時
桃源鳥から少し離れカガヤの頬を引っ張り
「今ウィンクルムにとって大事な時に
格好いいウィンクルムになりたい貴方が
気合入れなくてどうするのですか…!」
と声掛け、頬から手を離します。

・催眠を受けた時
眠そうにその場に座り込む。
カガヤへ→ありがとうございます…続き行きましょう(頬痛い)



ロア・ディヒラー(クレドリック)
  卵の仕分けかー…前に宝石屋さんのショーウインドウの混ざっちゃった宝石と偽物をと仕分けた依頼があったよね。
重さと輝きに気をつけてさっさと頑張ってこー…!

クレちゃんが惑わされそうになったら頬を引っ張ってみる。それでも駄目だったら手を包み込むように握りながら名前を呼ぶ。
「クレちゃん、クレちゃん!しっかりして」

惑わされそうになると笑顔でうつらうつらしだす。「なんかいい気持ちになってきた…眠いーねちゃっても…いいかな…

クレちゃんに頬に何かされたら即効で目が覚める
「いいいいい、今なななな何を!?」
(うかつに眠ったらいけない気がする…!気を引き締めていかないと)

卵を仕分け終わったら宝石の卵をもって鳥篭を脱出



アマリリス(ヴェルナー)
  必ず生きて帰りましょう

長居はしないよう協力して迅速な作業心掛ける
鳥篭に侵入次第すぐ作業開始
命あっての物種という言葉もありますもの
引き際は間違えないように致しましょう
宝石の卵は鞄に入れ普通の卵はすみに寄せる

仕分けは相手の様子が見える位置で行う
小声で会話し合い相手の意識が正常か把握
様子がおかしいと感じたらすぐに対応しに行く

・会話
無事に持ち帰られた際に得られる事について話し希望絶やさない
クラフトとは一体どんなものなのかしら

・鳴き声
こんな所を墓場にするおつもりですか?
貴方には夢があったのでしょう
眠るにはまだ早いですわ
どんな結末になるのか、わたくしも興味がありますの
ここではない事は確かね



●囁きの魔法
「クラフトってどんな技術なのか楽しみよね」
「そうですね、中々に興味深いかと」
 月野 輝の言葉に、アルベルトの声が応じる。だから卵、頑張って見分けないとね、と更に言葉を紡いで、輝は幾つめかの卵を手に取ると、その重みを手に確かめた。
「うん、宝石の卵だわ」
 鳥籠の中、輝きの強い卵を探し、重さから求める物を判断し鞄に入れる。堅実に宝石の卵を集める2人は、常に会話を絶やさずにいた。少しでも桃源鳥の鳴き声に対抗できればとの策である。口も手も頭もフル稼働させながら、アルベルトは更に周囲の様子にも気を配っていた。
(オーガはいないようですが、何があるか判りませんしね)
 桃源鳥以外の脅威にも対応できるよう辺りを警戒する。そんなアルベルトの姿に、輝は作業の手は止めないままに僅か眉を下げた。危険な任務に多少の無理は付き物だが、それでもやはり、アルベルトのことが心配で。
「これで、鳴き声を少しでも相殺できたら良かったんだけど……」
 身に着けているメロディーホルダー『イエロー・ダイバー』をちらと見遣る。音楽や歌を織り込んだストラップは、どこを弄ってみても音楽を奏でなかったのだ。
「意図的に動かせる物ではないのかもしれませんね。いずれにせよあの鳴き声は魔力的な物らしいですから、ホルダーの音楽が対抗できるかどうか」
 残念そうな輝へと、アルベルトは自らの考察を語る。優しい口調は、言外に「だから輝ががっかりする必要はないんですよ」と告げていた。それを感じ取った輝の表情が和らぎ、アルベルトもまたそっと口の端を上げる。
「と、いうわけで。私が寝てしまったら起こしてくださいね、輝」
「ふふ、大丈夫よ。アルが寝ちゃったら、ちゃんとビンタしてあげるわ」
「おや、ビンタですか、色気のない」
「それならさすがに目が覚めるでしょ?」
「そう言う時は目覚めの口づけと相場が決まってるものですが」
「!? ななな、何言ってるのアルってば! そんなの、するような間柄じゃないじゃないっ!」
 からかいの言葉に、頬を紅潮させ分かりやすく慌てる輝。その反応にくすりとしたアルベルトだったが、
「……そうよ、だってハッキリ言って貰った事、ないもの」
 ぽつり、俯いて零された小さな呟きに、僅か金の双眸を瞠った。そうして、手では卵を選り分けながら、密か思案に浸る。と、その時だ。
「変ね……この鳴き声……」
 ぼんやりとして輝が言った。手は止まり、瞳もどこかとろんとしている。
「輝? どうしました?」
「この鳴き声、何だかお婆ちゃんの子守歌に聞こえて……小さい頃に歌って貰ったあの歌……アル、私、ちょっとだけ休みたい……」
 輝の言う「ちょっとだけ」が永遠の休息になるだろうことは、その様子から見て取れた。だから、崩れるようにその場に横になってしまった輝の耳元に、アルベルトは囁きを零す。
「えっ!?」
 瞬間、目を見開いた輝が、がばりと身を起こした。
「ああ、すっかり目が覚めたようですね」
「あ、アル、今、なんて?」
「さあ? 何も言ってませんが」
「うそ、何か言ったでしょ」
 しらを切られても、耳には確かにアルベルトの声が残っている気がする輝である。
(『愛してますよ、輝』って、聞こえた……聞き間違いや幻聴じゃない、わよね?)
 しかと思い出そうとすれば、またその囁きに耳をくすぐられたような心地がして頬が火照った。けれど、
「アル、もう一回聞かせて」
 輝は真摯にそうせがむ。アルベルトが、薄く笑った。
「それでは、ここから無事に帰ってからで」
 応えに、ぎゅうとなる輝の胸。その時、2人のメロディホルダーが不意にそれぞれの音楽を奏で出した。
「え? どうして急に?」
「それは私にも……けれどとにかく、これでビンタはされずに済むかもしれませんね」
 ああ、それから。
「聞いたら逃げられませんからね、覚悟しておいて下さい」
 そんなことを言うアルベルトの口の端は、どこか楽しげに上がっていた。

●揺るがぬ絆
「ギルティガルテンである以上長居は危険だね……」
 鳥籠の内部を見回して、カガヤ・アクショアは固い声音でそう漏らした。頷きを返した手屋 笹が、黒耀の視線を手元の金時計『グローリア』へと移す。
「時間を意識して、素早い作業を心掛けましょう」
「うん、一緒に頑張ろうね、笹ちゃん」
 桃源鳥をなるべく刺激しないようにと、2人は細心の注意を払って鳥籠の奥へと歩みを進めた。奥側から入り口に向かって仕分けを進めていく算段だ。笹は身に纏っていたアラザンコートを脱ぐと、それを風呂敷のように広げた。
「ここに宝石の卵を集めていきましょう。それから、歌声に対処できるよう離れないように」
「了解だよ。宝石の卵は重さと輝きが違うんだよね。先ずは基準になる卵を探して、っと……」
 数多転がる真紅の卵をその扱いに注意しつつ幾つか手に取ってみて、互いに最初に探すのは普通の卵だ。後はそれより重く輝きの強い卵を見極めていけばいいから、効率がいい。納得のいく物を見つけたらしいカガヤが、新緑の双眸を輝かせた。
「これで良し! 笹ちゃんは?」
「こちらも準備は整いました。始めましょう、カガヤ」
 片手には普通の卵を乗せて、もう一方の手に近くから適当な卵を拾って掌で重さを、自らの目でその輝きを確かめる。さくさくと、2人は手際良く求める物をコートの上に乗せていった。じきに、コートに充分な数の宝石の卵が集まる。
「とりあえずこれは纏めてしまいましょう」
 一つ笑みを零して、笹はてきぱきとコートの端を結んで持ち運べるよう卵を包み込んだ。そうして、傍らのカガヤへと声を掛ける。
「カガヤ、貴方の羽織も使わせてください」
 要請に、しかし返る言葉はない。訝しむように視線を相棒へと移せば、カガヤは犬耳をぺたんとして尻尾をしゅんと垂れていた。ぐずぐずと、泣きそうな声でカガヤが強請る。
「笹ちゃん、俺、帰りたくないよ……笹ちゃんとずっと一緒に居たい……」
 声こそすれど間近に桃源鳥の姿がないことを確かめて、笹はカガヤの頬を思いっ切り引っ張った。彼の目を見つめ、叱咤する。
「今ウィンクルムにとって大事な時に、格好いいウィンクルムになりたい貴方が気合入れなくてどうするのですか……!」
 カガヤの目に、光が戻った。笹が手を離せば、カガヤは涙目で笑ってみせて。
「ほっぺた痛い……けど……目、覚めたよ……!」
 バサリ、自らの羽織『朧』を、先の笹に倣って広げるカガヤ。
「うん、気合入れ直す! こっちもすぐに卵でいっぱいにするよ!」
 カガヤの宣言通り、また順調に宝石の卵は集まっていく。けれど、魔性の歌は笹の耳にも纏わりついていた。
「笹ちゃん?」
 異変に気付いたカガヤが急ぎ笹の方へと視線を移しその名を零せば、ぺたりと座り込んで眠たげな視線を虚空に彷徨わせていた笹が、むにゃむにゃと、不明瞭な言葉をその唇から漏らす。
「カガヤ……わたくし、何だか疲れました……少しだけ、このまま……」
「……笹ちゃん、立てる? ちょっと我慢してね」
 カガヤ、すぐ近くに桃源鳥の歌っているのを見留めて、笹を殆ど引っ張るようにして立たせると、彼女の身体を支えて桃源鳥の少ないところまで何とか移動させた。そうして、
「ごめんね、笹ちゃん」
 と、笹の頬を軽く抓る。痛みに、笹の惑う瞳に幾らか正気の色が戻った。
「今は気合を入れなきゃいけない時なんだよね? 俺も頑張るから……笹ちゃんも頑張って、俺と一緒に帰ろう?」
 優しくて、けれど力強い言葉が笹の耳をくすぐる。その声に引き寄せられるようにして、笹の元へと返ってくる現実感。その唇が、音を紡いだ。
「カガヤ……いひゃいれす」
「あ、ご、ごめん!」
 慌てて手を離すカガヤ。じんじんと痛む頬をさすりながら、笹は真摯な面持ちで言葉を零す。
「ありがとうございます……続き行きましょう」
 決意を滲ませた笹の言葉に、カガヤは満面の笑みで「うん!」と応じた。

●甘やかな口付けで
「それじゃあ……始めようか、エミリオさん」
 愛らしいかんばせを仄か緊張に強張らせて、ミサ・フルールは栗色の視線を森の腕時計へと移した。彼女の言葉に頷きを返したエミリオ・シュトルツが、落として割らない程度の数の卵を纏めて腕に抱く。そして、
「軽い、重い、軽い。こっちは……ちょっと重い、かな」
 重さで判断して、卵を大まかに仕分けるエミリオ。重みがあると判断した卵は、纏めてミサに手渡される。細かな選別はミサの役目と事前に2人で打ち合わせ済みだ。
「よろしくね、ミサ」
「任せて、エミリオさん」
 頷いて、卵を天井から降る人工の光に翳すミサ。太陽の眩しさには縁がないギルティガルテンだが、鳥籠の中は卵の輝きを見分けるのに支障がない程度には明るい。
「これは宝石の卵だね。こっちもそう。だけどこれは普通の卵……」
 選別した宝石の卵は、予め中身を全て抜いておいたピクニックバスケットへと入れていく。エミリオから受け取った卵を仕分け終えて、ミサは再び腕時計をチェックした。
「うん、いいペース!」
 工程を一通り試し終えたところで、ミサは次の卵を仕分けているエミリオへと声を掛ける。桃源鳥の歌声に惑わされぬよう適度に言葉を交わし相手の様子を確かめるのも策の内だ。
「エミリオさん、私、美味しいお菓子屋さん見つけたんだよ」
 自分から話を振るのが得意ではないエミリオのために、ミサは2人が共通して好むスイーツの話題を口にした。手には卵の重みを量りながら、エミリオが興味を引かれたように視線をミサへと移す。
「へえ、ミサが美味しいって言うなら本当に美味しいんだろうね。何がおすすめ?」
「マカロンが特に美味しかったよ。色んな味があるから見た目にも楽しくって」
「そうなんだ。ミサのおすすめ、俺も食べてみたいな」
 応じて、エミリオはミサへと仕分けた卵を預けた。卵を受け取ったミサはそのうちの一つを光に翳して――ふと湧いた想いを唇から零す。
「この卵……エミリオさんの目の色に似てる……綺麗……」
「ミサ?」
 名を呼ぶも、返事はない。ミサは卵を愛おしげに撫でながら、うっとりと微笑むばかり。エミリオは歌い続ける魔性の鳥たちに刺すような視線を寄越した。
(これが桃源鳥の歌声の力か……)
 恐ろしい、とは思う。けれど、こちらは1人ではないのだ。エミリオはミサの元へと戻ると、膝を折り、彼女の顎をくいと持ち上げた。
「お前を魅了していいのは俺の声だけでしょ」
 囁いて、その唇に優しくキスを落とす。ミサの瞳に光が戻った。
「俺はミサとの絆を信じているよ」
「エミリオさん……あ、ありがとう」
 耳をくすぐった囁きに、唇に残る温度に、正気に戻ったミサが顔を赤くする。その様子を確かめて、エミリオは悪戯っぽく微笑んだ。
「目が覚めた? ちょっとだけ残念かな」
「え?」
「キスで駄目なら、こういうことするつもりだったから」
 言って、エミリオはミサの耳を軽く甘噛みしてみせる。「ひゃう!?」と不意打ちにミサの肩が跳ねた。
「も、もう、エミリオさんっ!」
「ごめん、ミサが可愛いくって、つい。……このままこうして、ずっと一緒に居たい……」
「エミリオさん?」
「大丈夫だよ……俺は、大丈夫……」
 そうは言うものの、エミリオの表情は虚ろだ。桃源鳥の歌声は彼の心もじわじわと蝕んでいたのだということにすぐに気付いて、ミサはエミリオの唇に柔らかな口付けを零した。
「さっきのお返しだよ。私以外の声に惑わされちゃ、嫌……」
 耳元に甘く囁けば、赤の双眸が瞬かれる。そうして、エミリオは少し笑った。
「そう、だね。俺を惑わせていいのはミサだけだ。ありがとう、助かったよ」
「エミリオさん……良かった」
 そのかんばせを安堵に綻ばせるミサ。エミリオが再び口を開く。
「籠、帰る時は俺が持つよ。とても重くなるだろうから」
 その言葉には、絶対に一緒に帰ろうという強い想いが込められていた。

●貴女の頬に祝福を?
「卵の仕分けかー……」
 鳥籠の中、ロア・ディヒラーはふと思いついたように言葉を零した。
「前に、宝石屋さんのショーウインドウの混ざっちゃった宝石と偽物とを仕分けた依頼があったよね」
「ああ、勿論記憶している。あの時と違うのは……宝石の色か。ここには紫色の物がない」
 どこか残念そうに応じるクレドリック。あの時彼が宝石の中に探したのは、ロアの瞳の色だった。しかし、今目前に転がっているのはどれを取っても真紅の卵ばかり。思わずため息を零せば、ロアが怪訝そうに首を傾げる。
「クレちゃん? どうしたの、急がないと」
「何でもない、承知している。確か、重さと輝きが違うのだったな。2人がかりならば、それほど難しいことでもなかろう」
「そうだね。重さと輝きに気をつけて、さっさと頑張ってこー……!」
 ロアの掛け声を合図に、2人は早速卵の仕分けを始めた。懸命に宝石の卵を選り分けていくロアの傍で、クレドリックもまた真剣な面持ちで求める物を集めていく。
「クレちゃん、手際いいね」
「単調な作業は嫌いではないのだよ。本当はロアを観察していたいがそうもいくまい」
「……またそれやったら、今回は本当に怒るよ」
「心配せずとも、あの時との状況の違いは理解している」
 あの任務の時は、ロアの観察をしていたら作業をするようそのロアに怒られてしまったのだったなと、手も頭も動かしながらクレドリックは思い出す。けれどその動作は、クレドリック本人の気付かぬ内に段々と鈍っていった。聞こえ続ける桃源鳥の歌声が、正常な思考能力を奪っていく。
(そういえば、今はロアと2人きりなのだな……)
 ぼんやりとそんなことを思えば、そのかんばせに蕩けるような笑みが浮かんだ。手はもう、完全に止まってしまっている。異変に気付いたロアが、慌ててクレドリックへと声を掛けた。
「ちょっと、クレちゃん?」
「ロアの声は耳に心地良いな……ロアと二人いられるのが幸せだ……瞼が重い……」
「し、しっかりしてよ!」
 むにー! とクレドリックの緩んだ頬を引っ張るロア。その痛みに、クレドリックの銀の瞳に仄か光が戻る。今度は彼の手を自分の掌で包むように握って、ロアはパートナーの名前を呼んだ。
「クレちゃん、クレちゃん! しっかりして」
 ハッと、見開かれる銀の双眸。
「……そうだ、ここで意識を失っている場合ではない」
 ロアを危険に晒さない為にもさっさと終わらせねば、とクレドリックは眩む頭を振るった。あの時と違って、大切なロアの命が掛かっているのだと自身に言い聞かせる。と、今度はクレドリックの無事に息を吐いたロアの心の隙に、魔の歌声がするりと入り込んだ。その顔に、安堵から来るものではない笑顔がふにゃりと咲く。
「あれ……なんかいい気持ちになってきた……眠いー……」
「ロア?」
「ねちゃっても……いいかな……いい、よね……」
 うつらうつらとしたロアが意識を手放しかけた、その瞬間。両肩を支えられたと思ったら、頬に、ふと温度が触れて。それが口付けだということに気付いた途端、ロアの目は完璧に醒めた。
「いいいいい、今なななな何を!?」
「トランスをする時私の頬にもするではないか。ロアの意識も覚醒するのではないかと思ったのだよ」
「そ、それとこれとじゃ全然違うよ!!」
 顔を真っ赤にして訴えるも、ロアのこの反応はどうしたことだろうかと、クレドリックは心底不思議そうに首を傾げるばかり。これはいけないと、ロアはしゃきしゃきと卵の仕分けを再開した。
(うかつに眠ったらいけない気がする……! 気を引き締めていかないと)
 せっせと作業に没頭するロアの姿に、頭上にクエスチョンマークは浮かべたままながらクレドリックも作業に戻る。
(現に私の行動によって目が覚めたようなのだが……一体何が違うというのだろうか?)
 と、ロアのあまりの剣幕に口に出しそびれた問いを、頭の中に反芻しながら。

●矜持は胸に夢路は先に
「では打ち合わせ通り、長居はしないよう迅速な作業を」
「はい、そのように」
「良い返事ですわ。命あっての物種という言葉もありますもの、引き際は間違えないように致しましょう」
 凛としたアマリリスの言葉に、どこまでも誠実にヴェルナーは頷きを返した。鳥籠の中、早速卵の仕分けを開始する。先ずは2人で宝石の卵と普通の卵の違いを実際に確かめ、互いの認識に齟齬がないことを確認した上で、
「では、わたくしはこちら側を。ヴェルナーはあちらをお願いしますわ」
 と、別々に作業に取り掛かった。但し、相手の様子が見える位置をキープできるよう心掛ける。互いの状態を確かめるため、小声での会話を途絶えさせない。無事に帰還した時のことを想って、普通の卵をまた一つ隅へと寄せながらアマリリスは言葉を零した。
「ヴェルナー、クラフトとは一体どんなものなのかしら?」
 失われた古の技術は、この任務の先にもたらされるであろう希望だ。少し考えたヴェルナーが、真摯な面持ちで答えを返す。
「申し訳ありませんが、それは私にも分かりかねます」
「……まあ、貴方らしいと言えば貴方らしい答えですわね」
 彼の真面目すぎるのにももう随分と慣れたアマリリスだ。軽く肩を竦めて、今度は宝石の卵を緩衝材の入った鞄へとそっと入れれば、「ですが」とヴェルナーの声が再び耳をくすぐった。
「クラフトがあればもっと強くなれるのだろうか、とは思います」
「……それもまた、貴方らしい言葉ですわね、ヴェルナー」
 応じて、アマリリスは密か微笑してみせる。真っ直ぐに前を見据えるその姿をどこか眩しく感じながら、また一つ求める物を鞄へと仕舞った。幸先は悪くないだろう、と鞄を満たす煌めきに思う。
「少し……疲れましたわね」
 安堵のせいだろうか、先ほどから気付かぬふりをしていた頭に掛かる霧が濃くなった。耳に響き続けている桃源鳥の鳴き声が、子守唄のように心地良い。
「アマリリス?」
 異変に気付いたヴェルナーが、急ぎアマリリスの傍へとやってきてその肩を揺さぶる。惑う瞳にヴェルナーの姿を見留めて、アマリリスはとろりと零した。
「ヴェルナー……歌が聞こえますの……」
「アマリリス、歌ではなく私の声を聞いてください」
 アマリリスの目を真っ直ぐに見つめてヴェルナーが言う。アマリリスも、ぼんやりと青の瞳を見返した。
「鳥に惑わされる貴方ではないでしょう。貴方の矜持を失わないでください」
 その言葉にも、アマリリスを見据える青の双眸にも、確かな力が宿っている。宝石の如き赤の瞳の、曇りが晴れた。
「……ありがとうございます、ヴェルナー。もう大丈夫ですわ」
 その表情にいつもの彼女らしい気高さを見て取って、ヴェルナーは仄か表情を和らげると「それでこそ貴方です」と持ち場へと戻る。
(桃源鳥……恐ろしい鳥ですね。デミ・ギルティの飼い鳥という事なら、飼い主が鳥篭を訪れてしまう可能性も考慮しなくては)
 そこまで考えて周囲を警戒するヴェルナーの判断は間違いのないものだった。けれど神経を張り詰めるほどに、魔性の鳴き声も近くなる。
(拙い……気が、遠く……)
 思考に、心と体が付いてこない。途切れそうになる意識を繋ぎ止めたのは、アマリリスの声だった。
「こんな所を墓場にするおつもりですか?」
「アマリリス……私は……」
「貴方には夢があったのでしょう? 眠るにはまだ早いですわ」
 そうだ、と思う。彼女の言葉が、ヴェルナーの心身を奮い立たせる。しかと身を起こして、ヴェルナーは頭を振った。その目に宿る色を見て、アマリリスがふわりとそのかんばせに花を咲かせる。
「どんな結末になるのか、わたくしも興味がありますの。ここではない事は確かね」
「はい。……刃を折るにはまだ早すぎます」
 その答えに満足したようにアマリリスは口元に優美な弧を描き、
「必ず生きて帰りましょう」
 と僅かの揺らぎもない声で言って、眼差しを和らげた。

●叡智はこの手に
 エヴァノフが鳥籠へと辿り着いた時には、既にどの挺にもウィンクルムの姿はなく。未来への希望紡ぐ技術の欠片は、ウィンクルムたちの活躍によりオーガの庭から持ち帰られたのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:手屋 笹
呼び名:笹ちゃん
  名前:カガヤ・アクショア
呼び名:カガヤ

 

名前:アマリリス
呼び名:アマリリス
  名前:ヴェルナー
呼び名:ヴェルナー

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 難しい
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月08日
出発日 06月17日 00:00
予定納品日 06月27日

参加者

会議室

  • [15]月野 輝

    2015/06/16-23:55 

  • [14]月野 輝

    2015/06/16-23:55 

    調査団に加わったの二回目なのに、これでいいのか迷いまくり……
    成長してないわね、私。

    ともあれ、もう直す時間もないし、直してもおかしくするだけのような気がするから、
    これで行こうと思うわ……上手くいきますように……

  • [13]ロア・ディヒラー

    2015/06/16-23:53 

  • [12]手屋 笹

    2015/06/16-23:47 

  • [11]手屋 笹

    2015/06/16-23:47 

  • [10]手屋 笹

    2015/06/16-23:46 

    もうすぐ締め切りですね…!これでいいのかとプランを見返してははらはらしていますが…
    あとは祈りましょう…!

  • [9]ミサ・フルール

    2015/06/15-07:59 

  • [8]ミサ・フルール

    2015/06/15-07:58 

    ミサ・フルールです、よろしくお願いします!
    挨拶が遅くなってごめんなさい。
    危険な任務だけれど、命がけでグラーフの書を持ち帰ってきてくれた仲間の為にも精一杯頑張るよ。
    プランは完成したのだけど、時々ここを覗きにくるから何か困ったことが発生したら教えてください。
    皆で相談しましょう(にこ)
    ではでは、

  • [7]ロア・ディヒラー

    2015/06/14-22:36 

    改めてロアとエンドウィザードのクレドリックです、よろしくお願いいたします!
    見知った方ばかりなのと、皆さん心強い方ばかりなので、ちょっとほっとしてます。
    私もがんばらないと…!

    催眠対策と手際よく卵を探せるようクレちゃんと頑張ろうと思います。
    最終的にはクレちゃんなぐってでもがんばります…!あ、あんまり痛いことはしたくないけども…!
    よろしくですよー

  • [6]月野 輝

    2015/06/14-00:10 

  • [5]月野 輝

    2015/06/14-00:09 

    途中から、最後の一枠で失礼します。
    皆さん、お久しぶり。
    調査団のお仕事、緊張するので迷ったのだけど……頑張ってみようかなって。

    何かあったら聞きに来るので、相談に乗ってね。

  • [4]アマリリス

    2015/06/13-22:55 

  • [3]手屋 笹

    2015/06/12-20:18 

    改めまして手屋 笹とカガヤです。
    ロアさん、ミサさん、今回もよろしくお願いします。

    前回のクラフト調査団のように身を隠す準備は特に必要無さそうですね…
    桃源鳥の鳴き声の催眠対策と、手際よい卵集め…
    頑張りましょう…!

  • [2]ロア・ディヒラー

    2015/06/11-23:26 

  • [1]手屋 笹

    2015/06/11-01:54 


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