プロローグ
ぽしゃぽしゃと、美しい雨が降っている。
雲は凶悪な日光を遮り、薄暗く柔らかいものにしていて、店内のシャンデリアも上機嫌だと感じた。店に溢れるビスクドールやオートマタ、関節球体人形にお子様が夢中になるぬいぐるみ、様々な人形達がにこにこと照らされている。
シャンデリアは美しいが、この雨音のように美しい詩集を読むには少し派手だ。人形屋、ジャケドローの年老いた店主は、レジにランタンを置いて本を読むのが日課だった。レジ台の横に珈琲とランタンを置き、ゆったりとした椅子に完璧なクッションを腰の部分にも置いて、肌寒い梅雨の季節に相応しいブランケットも用意した。本日の店番も完璧である。
本当に、美しい雨だ。しっとりとした空気は人形には大敵だが、文字を追うには最高だ。
しかし、雨は残念ながら厄介に思われることが多い。足に絡む雨水に張り付いてくる湿気は、忌み嫌われるのが大半である。意外とこの時期に、雨宿りついでに一休みしようと思うのか、客が多かった。
だが、実はそれは罠なのだ。この店にとって、梅雨は悪戯な季節である。
この店は美しい花に囲まれていた。他の時期ならば問題ないのだが、今の時期咲く石榴は厄介で、匂いを嗅ぐと不思議と期待を持つらしい。つまり、自分の気持ちにポジティブになり、普段ならば言えないようなことを言ってしまいそうになるようだ。
加えて、この店には厄介な人形達がいる。店の中央にいるオルガンを弾くオートマタが奏でる音楽は、恋人達或いは好きあう者達の気持ちを増長させるのだ。この美しい女性のオートマタ、生きているのでは?というタイミングで指を動かし始める。それに合わせてオルゴール入りのぬいぐるみが盛り上げてくるので、この店で誕生した恋も多い。
さて、そんなジャケドローのメインは、店中央に寄り添うようにある男女の人形だ。関節球体人形の二人は、可愛らしい顔立ちのこどもの人形で、仲睦まじく寄り添っている。この二人は店主のお気に入りで、非売品だ。
微笑み、シャンデリアの真下にいる二人はクリスタルの明かりに照らされ、音楽も相まって愛し合う二人は、祝福されているようだった。
このうちの、少女の人形。金色の髪に青い瞳、桜色の頬と唇を持ち、紅色のドレスを着た人形は、先日妙な三人組に盗まれかけた。なんでも、誰かに瞳の形が似ていたとか。まるで生きた人形のような彼女を、三人は一瞬本物の少女だと思ったらしい。ポジティブな花の香りのせいもあるだろう。三人は店を出ようとするまで、これだ!と本気で、ポジティブに、思ったらしい。
引き裂かれそうになった二人の話は、美しい詩のようだったので、店主が人形の前に手書きで記しておいた。それがまた、ロマンスを咲かせるようだ。
店主は人形を素直に愛しているので、この悪戯な季節でも落ち着いて詩集が読める。今日も珈琲をゆっくり飲みながら、大好きな人形達に囲まれて過ごすのだ。
きい、と雨で少し重くなったドアが開く。客が来たらしい。
「いらっしゃい」
店主は詩集を読みながらそう言ったきり、口を閉ざす。さて、本日罠にはまったのは、どなただろう?
解説
罠だらけの人形店です!入ってすぐのところにレジがあり、そこで白いひげのお爺さんが、詩集をのんびり読んでいます。寝ているように見えるほど、お爺さんは音をたてませんので、二人きりの空間をどうぞ!
人形屋、ジャケドロー
■店の前に石榴の木があり、それが六月見頃です。朱色の花が咲きます。
その匂いを嗅ぐと、少しポジティブになります。
例)
両想いだといいな→両想いかも!告白しようかな
自分は足を引っ張っていないかな→聞いてみればいいのよ!
■人形達の罠
①オルガンを弾く女性
青いレースのドレスに栗色の巻き毛の人形です。オルガンを弾くオートマタです。
不思議な雨の日、勝手に音楽を奏でます。この曲、聞くと好意に対して素直になってしまいます。
勿論、好意は恋慕も仲間への親愛も含まれますので、パートナーへの態度は人それぞれになるでしょう。
②オルゴール入りのテディベア
①のオルガンに反応するように、オルゴールを鳴らします。オルガンの曲がオルゴールと混ざり合い、気分を盛り上げます。
③恋人の関節球体人形
こどもの人形です。二人とも金色の髪ですが、男の子は緑色の瞳で青い燕尾服、女の子は青い瞳で赤いドレスを着ています。二人とも優しく笑っていて、見ている人を和ませます。
「少女の人形は、ある日不思議な三人組によって盗まれかけたことがあります。生きていると勘違いするほど可愛らしい彼女の魔法に、三人組は店に出ようとするまで人形だと気付きませんでした。
引き裂かれかけた二人。私にもこの二人が、幸せに寄り添い生きているように思えます」
そんなふうに、店主の手書きで書いてあります。
罠だらけの店で、貴女はどう過ごしますか?
因みに、上記の人形はとても高いので買えません。
よろしければ、レジ付近にある色々な色のハートを持った小さな動物のぬいぐるみをどうぞ。
好きな動物好きなお色で、一つ、500Jrとお安めです。思い出の品に、おひとつどうぞ。
ゲームマスターより
お久し振りです、國友ほしです。梅雨に入りますね!お洗濯物は大丈夫ですか?
さて、罠だらけの人形店です。物騒ですが、ぶっちゃけ罠は二つ。石榴の木とオルガンの人形です。あとは二つを盛り上げているだけで、不思議な力はございません。
このオルガンのオートマタ、実在しますが、実在のものとこちらは関係ありませんのであしからず。この世には、絵を描くオートマタもあるようです。
罠だらけ、と言うと物騒ですが、ちょっとしたデートスポットです。是非、楽しんでいってください。
①人形達には触れないこと!高いものはガラスケースに入れられてますが、それもあまり触らないで、見守ること。
②小さなハートを持った動物のぬいぐるみ、キーホルダーになってます。好きな人形と好きな色をお選びください。こちらはただのお土産ですので、何かのアイテム、というわけではありません。思い出に是非どうぞ!
では、不思議なお店へ、どうぞ、いらっしゃいませ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
雨に感謝ですね 相合傘ってやつができました、私のカバンに入ってる折り畳み傘は隠しておきます。 でも折角の相合傘なのに手を握れなかった… というより握らせてくれなかった、恥ずかしがってるんでしょうね。 雰囲気がとても素敵なお店が見えたのでふらりと寄ってみるとそのお店は人形のお店でした。 精巧な作りで一瞬人形かと思っちゃいました、そして値段を見て二度目の驚きでした…。 ここには動くお人形をがあるそうでオルガンとオルゴールを弾いていました。 なんだか曲を聴いているとディエゴさんを見つめたくなって、そしたらディエゴさんの左肩が濡れてることに気づいて心撃ち抜かれました…! 私が濡れないようにしてくれたんです!好き! |
上巳 桃(斑雪)
雨の日のおでかけも気分転換にいいねー そういえば、猫とか雨になると一日中寝てる…すやすや…… おおー博物館みたいだ 触っちゃいけないそうだけど、探して回るならいいかな? 抱き枕はあるかな? はーちゃん、急にどしたの? 勿論、はーちゃんは私をちゃんと守ってくれてるよ 朝はーちゃんが起こしてくれるから、遅刻しなくなったし(学校で寝てるけど ウィンクルムのお仕事も助かってるし いつもありがとうね 私、嬉しいな だってはーちゃんっていい子だから、今まで我が儘なんか殆ど言ってくれなかったし 私を頼ってくれたみたいで、すごい嬉しいよ よし、今日の記念にぬいぐるみのキーホルダーも買っちゃお 了解、羊だね 名前は…『もっくん』とかどう? |
星川 祥(ヴァルギア=ニカルド)
A.R.O.A.本部に一緒に顔を出した帰り雨に降られ 目に入った人形屋で雨宿りをさせてもらう 今日は少し落ち込んでいた 先日ヴァルくんを訪ねた時、ドアも開けてくれず 邪魔、帰れ と言われてしまったから ◇匂いを嗅いで あの日は忙しかっただけかもしれないよね そうだよ、折角会えたのに目も合わさない・話もしないなんて勿体無いよね! うじうじ悩まないで直接聞いてみたらいいんだよね! 意を決して顔をあげ、ヴァルの服の裾を掴む ヴァルくん! この間は仕事の邪魔しちゃってゴメンね! 私、戦闘でもお出かけでもヴァルくんと一緒に居られたら嬉しい! ヴァルくんは私のこと邪魔だって思ってる!? 目をギュッと瞑ってまくし立てるように一気に喋る |
ヒヨリ=パケット(ジルベール=アリストフ)
知人の結婚式の帰り道 石榴の香りに誘われてジルと一緒に入店 一族の没落とともに 煌びやかで可愛らしいお人形たちも売り払ってしまった それぞれ名をつけて大切にしていたのに 私も知人のように幸せになれるのかな 声をかけられて隣を見上げると ジルはいつものように優しく微笑んだ まだ出会って一か月ほど うちの事情は大体知られているだろうが 彼はなぜこうも親身になってくれるのだろう 依頼の時も命がけで護ってくれる 私は彼の事を何もしらない 出会う前事 家族の事 私との契約をどう思っているのか 「ジルさま、お聞きしてもよろしいかしら」 彼の事を少しでも知りたい いつも微笑んでいる彼の心を知りたい なぜそう思うのか 分からないけれど 今なら聞けそう |
■ジューンブライド
生憎の雨ではあったが、結婚式は素晴らしく美しかった
ヒヨリ=パケットは、友人だと思っていた人々に何度も裏切られた。実際には友情を感じていたのは自分だけで、周囲の人が見ていたのは金と権力だったのだと、失ってから知ったのである。なので、今回結婚式に呼ばれたとき、また嫌な目に合うのではと警戒していた。
誰一人としてヒヨリを笑うものはいなかった。来てくれてありがとう。そう微笑んだ知人は、確かに友人だったのだ。
「いい結婚式でしたね」
「はい」
花の香りに押されて、ヒヨリはジルベール=アリストフの言葉に素直に頷けた。何故だろう、この香りをかぐと、心から今日の結婚式を美しいと思える。
見れば、森の中にひっそりと建つ店の前に生えている木が、赤い花を咲かせていた。雨に濡れた花は心を躍らせる色合いで、思わず目を惹く。
「石榴ですね。あ、音楽が聞こえますよ、ピヨ」
ジャケドローと書かれた看板は、人形屋と書いてあった。ガラスがはめ込まれたドアから、中の様子が微かに見える。ちらと見えた人形達はどれも美しく、昔遊んだ人形達を彷彿とさせた。
じっと見るヒヨリに何かを感じたのだろう、ジルベールは微笑んでドアを開けた。
「入ってみましょう」
大小様々、ぬいぐるみからビスクドールまで、所狭しと人形が並んでいる店内は、独特の落ち着きがあった。オルガンとオルゴールが不思議なオーケストラを形作り、店内を明るく見せている。
不思議だ。曲に耳を傾けていると、ヒヨリは気分が向上していくのを感じた。店の外で眺めていたときは、大事に出来ず売り払ってしまった人形達を思い、一抹の寂しさを覚えていたのに、石榴の花の香りと音楽で少しずつ吹き飛んでいく。
驚いたことに、オルガンは人形が弾いていた。店の中央のガラスケースの中でオルガンを弾く女性のオートマタに気付いたとき、ヒヨリは自分の表情が輝くのを感じた。
「見てください、ジルさま」
「オートマタですね。オルゴールも、ぬいぐるみに入っているもののようです」
「魔法みたいですわ」
いつも家柄のことに関わると表情を曇らせ俯くヒヨリだったが、美しい人形達のおかげか明るい。それが、ジルベールも嬉しかった。
暫く、二人でオートマタを眺める。次々と美しい曲を奏でる人形は、見ていてちっとも飽きが来ない。隣で寄り添う美しいこどもの関節球体人形達と共に、耳を澄ませた。
本当は、受け入れてくれた友人も疑っていた。表面では受け入れておいて、陰で笑い者にされていたことも何度かあったからだ。笑顔にほっと心を癒しつつ、皆が身に着けたアクセサリーが輝くたび、これを一つでも守っていれば、この幸福な空間にいれたのではないかと考えていた。
ジルベールを見上げる。時には命がけで守ってくれる彼は、つい最近まで他人だった。今だって、彼のことはよく知らない。ヒヨリの視線に気付いたのか、ジルベールは微笑み返してくれた。
「……お聞きしても宜しいかしら。ジルさまのことを」
「僕のことを?」
「ええ。好きなものとか、ご家族のこととか」
音楽に押されて聞きながら、ヒヨリはほんの少し不安になる。応えてくれるだろうか。出会ってまだ一ヶ月だというのに、こんなことを答えてくれるだろうか。でも、聞かずにはいられなかった。
ジルベールはヒヨリの感情全てを、きちんと拾ってくれた。
「僕は、山を三つ越えた先にある、とある村の部族長の家に生まれました。父と母、一人の妹と鷹と暮らしていました」
「た、鷹?」
ヒヨリは、ぱち、とまばたきをした。
「ええ、とても高く飛ぶ賢く美しい鷹です」
少しはにかみながら答えるジルベールに、そのペットへの愛が見えた。きっと、兄弟のように暮らしていた、信頼出来る存在なのだろう。空高く鷹が飛ぶ知らない土地を、ヒヨリは空想する。
「司祭のようなことをしていました。ふ、褌姿で、雨乞いをしたり」
「まあ」
「えっと、料理が得意です!日の出と共に起き日が沈んだら眠る、自然と寄り添う生活、そんな空間で暮らしていました!」
空想出来ない発言に、ヒヨリが頬を染めるとそれよりもジルベールは真っ赤になって、結論を述べる。ヒヨリもこれ以上儀式について聞くのは、勇気がいるので有り難い。褌、未知数すぎる。
「だから、ジルさまは動植物に明るいですのね」
「はは、単純に年の差もあるでしょう。僕は今十七ですからね」
言われて、ヒヨリはジルベールの年齢すら知らなかったことに気付いた。恥ずかしい。もっと早く、色々と聞けばよかった。
後悔するヒヨリの頭をジルベールが優しく撫でる。
「僕は、貴女に再会出来て嬉しく思ってますよ」
「え?」
呟いた言葉に首を傾げるヒヨリの手を引いて、小さなぬいぐるみの山へ向かった。まだ彼女に誓いや約束を言うことは躊躇われるが、思い出を積み重ねれば、いつか信じて貰える気がした。
まずは、と水色のハートを持つ小鳥のぬいぐるみを手に取る。お揃いのお土産を持ってみる、だなんてどうだろうか。
「まあ、可愛らしい」
「ピヨみたいですね、お揃いで買って帰りましょうか」
「!」
ヒヨリはふと、自分がウェディングドレスに身を包んだ友人と同じくらい、きらきらと輝いているところにいる錯覚を覚えた。
■機械よりも
雲が明るくとも、雨というのは気分を落ち込ませる。いつもならばお気に入りの傘と可愛い長靴で、雨は雨でうきうきするのだが、今日は別だ。
A.R.O.A.本部では、先日の任務の確認も行った。そこで、星川祥は自分が大きく役に立ったとは思えなかったのだ。加えて先日、ペアであるヴァルギア=ニカルドの邪魔をしてしまったのである。
ドア越しに、邪魔だ、と鋭く怒鳴るヴァルギアの声は、未だに耳奥に残っていた。しっとりと湿っている空気に、祥は心にカビが生える思いだ。
「お、おい、ここ入ろうぜ」
ちらちらと自分を見ていたヴァルギアが、祥の腕を掴み引いた。ぬかるんだ地面ばかりを見ていたので、祥が現状に気付いたときにはもう店内にいた。店内に漂う花の匂いに不思議と心が晴れたと思えば、目に飛び込んできた景色に心のカビが完全に吹き飛ぶ。
可愛らしい人形達が、落ち着いた店内に所狭しと並べられていた。ふわふわのぬいぐるみからつやつやの肌をしたビスクドールまで、軽やかな音楽を楽しむように、皆が微笑んでガラスケースの中にいる。
「わあ、何?ここ」
「人形屋だと。雨もうざいし、お前こういうの好きそうだと思ってよ。ちょうどいい雨宿りだろ」
「大好き!可愛い。オルゴールとオルガンかしら?音楽も素敵ね」
触れないかしら、とガラスケースに近付き、愕然とする。数字の羅列が凄まじい。隣で覗き込んできたヴァルギアも、ずらりと並ぶゼロに、げ、と顔をしかめた。
「凄いな。奥に行くにつれて、少しずつ増えてく。中央どうなってるんだ」
「ちょ、ちょっと」
ずんずんと中央に進むと、美しいこどもの関節球体人形が目に入った。男女の人形は寄り添って座っており、これには非売品、と書いてあった。確かに、とても可愛らしい人形は生きているようで、そっと微笑むそれを手放そうとはとても思えない。横に添えてある文章を読もうとしたとき、ヴァルギアが歓声を上げた。
「すげえ、オートマタだ!」
隣のガラスケースに、栗色の髪の女性がいた。オルガンに座り、なんと、手を動かしている。
「ま、まさか、このオルガンの音、人形が?」
「だな。すげえ、本物は初めて見たぜ。どんなからくりなんだろう。調べたい」
値札の数字はとんでもない。豪邸が買える値段である。機械が好きな彼がまさか暴走しないかと、ひやひやと見上げれば彼は首を振る。
「しねえよ。俺をなんだと思ってるんだ」
「ふふ、ごめんなさい」
笑う口を押さえたとき、祥はすっかり自分の気分が上昇していることに気付いた。店の外にいたときはどん底だったのに、不思議だ。店内に漂う花の香りと楽しげな音楽に、気持ちが逆転していく。
ヴァルギアは、じっとオルガンのオートマタを観察していた。古い機械人形は彼の心をすっかりとらえたようだ。輝く横顔に、祥もつられて笑む。黄金色の瞳自体が、光源のようだ。
そうだ、聞かずに決め付けて、彼のこの美しい目も見ないなんて勿体ない。祥はヴァルギアの服を掴み、息を大きく吸い込んだ。
「ヴァルくん!」
オートマタから動かなかった瞳が、見開かれてこっちを見てくれた。
「この前は、仕事中だったのに部屋に入ろうとして、邪魔してごめんなさい!私、戦うのは怖いけど任務でも、勿論普段だって!ヴァルくんと一緒にいると嬉しくて楽しくて」
なんだか、恥ずかしいことを言っている気がした。が、目を伏せ美しく鍵盤をはじく人形と花の香りが背中を押して、口は閉じられることがない。
「ヴァルくんは、私のこと邪魔だと思ってる?」
ぎゅうと目を閉じて、最後まで一気にまくし立てた。ヴァルギアが答える数秒の間が、永遠のように感じた。
「あー……それで、お前、落ち込んで」
ヴァルギアが、深く溜息を付く。びく、と祥は肩を揺らした。
「あの時はちょっと忙しくて、悪かった」
しかし、ヴァルギアは怒っていなかった。
「本気で邪魔だと思ったことねえよ。お前以外とパートナーになるなんて、ごめんだ」
そう言って、ぽんぽんと頭を軽くたたいた。撫でるに近いその行為に、祥は自分の顔から火が出そうになるのを感じた。耳まで熱いのでヴァルギアにもバレたのだろう、軽く噴き出す音が聞こえた。
「中央がこんだけ高いってことは」
また、ヴァルギアが祥の腕をひく。もう彼は、オートマタを見ていなかった。
進んだ先は、人形達に埋もれてあったレジだった。老人が一人、本に目を落としている。その周りには、様々な動物が色とりどりのハートを持っていた。
500ジェール。知っている値段だ。ヴァルギアは二つ、キーホルダーにもなるらしいそれを取った。
「これ、お前っぽい。こっちは俺。買ってやるよ」
桃色のハートを持ったハムスターと、赤いハートを持った猿を持ち、ヴァルギアは笑った。そのとき、猿のほうを渡されハムスターを自分のポケットにしまった彼に、祥はますます顔が赤くなるのを感じた。
■従者の告白
「主様、石榴の花ですよ!」
ふわあと欠伸をする上巳桃を起こすように、斑雪は声を上げた。ぱちん、と何かが割れる音と共に、桃は目を開ける。
「これがそうなんだ」
「見事です。石榴は昔、人の味がすると聞いてから、少し苦手で……と、ここは人形屋のようですよ」
ひょこ、とガラスがはめ込まれたドアから覗き込めば、博物館かと思うほど人形が並んでいた。中から聞こえる音楽は楽しげで、斑雪の頬が思わず緩む。
……が、肝心の桃から返事が返って来ない。振り向けば案の定、傘を持ったままうとうとと寝そうになっていた。
「主様!店の前で寝ちゃ駄目です!起きてください!」
「ふわっ、石榴は薬になるし頭のところが王冠みたいだから縁起がいいって、近所のばっちゃが言って」
「えっ、そうなんですか!」
へえー、と斑雪は再び石榴を見上げた。今迄苦手だったそれが、桃のおかげで輝いて見えた。流石主様だ、ふんと頷きそうになって気付く。
「じゃなくて、ここです。人形屋」
「にんぎょー……抱き枕あるかな」
ぼやぼやと桃は寝ぼけながら、指さされた人形屋に入って行った。締まらないと顔を覆いながら、斑雪も続いて中に入って行った。もっとしっかりとしたシノビとして主に仕えたいのに、ままならない現状に俯きそうになるが、ぐっとこらえた。
店内は入口直ぐのところに見えたぬいぐるみの他に、ビスクドールまで様々な人形が並んでいた。
「人形屋さん、というか博物館みたいだね。抱き枕になりそう、なのはー」
「あのテディベア様はどうでしょう」
ガラスケースに入っているテディベアを指さし、やめた。値段がとてもじゃないが手が出せない。抱き枕代わりにしようなんて考えは、あっさり彼方に去っていった。
それよりも、だ。店内に鳴り響くオルガンを支えているオルゴールのしらべが、このぬいぐるみから聞こえて驚く。どうやら中にオルゴールが入っているらしい、うまく作られているのか籠ることもなく、耳を楽しませてくれている。
「……これは抱き枕にするの、失礼だね」
桃も、テディベアに彼女の中で最高の賛辞を捧げた。
こうなると、オルガンのほうも気になって来る。こんな素敵なテディベアに支えられたオルガンを弾いているのは誰なのだろう、音からしてスピーカーでなく店内で演奏しているのは確かだ。
石榴の花の香りと音楽とで、桃も目が覚めたらしい。しきりに人形の顔を覗き込んだり、ぬいぐるみの瞳を眺めたりしている。
「まさか、これでしょうか!」
きょろきょろと見渡して、斑雪はついに見付けた。明るい雰囲気に押されて、桃の手を掴み奥に進む。
中央、こどもの恋人の人形の隣で、オルガンを弾くオートマタがいる。青いレースのドレスをゆったりと着こなし、ぽろんぽろんとオルガンを弾く女性は、生きているようだった。
「オートマタ、だね。凄い、こんなにうまく弾けるんだ」
「器用なお人形さんですね。素晴らしいです!」
はしゃぐ二人に呼応して、オルガンの旋律が盛り上がりを見せた。二人並んで、ぱちぱちと拍手を送る。
なんとなくで入ったが、とても不思議な店だ。斑雪は自分の中で、音楽に合わせてむくむくと気持ちが膨らむのを感じた。音楽にこんなに心を応援されたのは、初めてかもしれない。
なんだか変だ。知らない思いも微かに感じたが、まず一番に気になることを口にする。
「主様、拙者、主様をきちんとお守り出来てますでしょうか」
こどもの人形の横に書かれた文字を読んでいた桃が、顔を上げた。なんだか心臓がどきどきと音をたてるので、変な病気になったかも知れない。今日は主様に倣って、早く寝よう。
「あのテディベア様が、オートマタ様の演奏を支えているように、支えられてますでしょうか」
「うん」
「やはり修業が、って、え!」
意を決して言った言葉に、桃が返事を返すのはとても早かった。あっさりとした返答は聞き逃しそうなほどで、のんびりと欠伸をする彼女としては珍しい。夏前の涼しい梅雨の時期、しゃっきりとした桃は今斑雪の為にあるかのようだ。
「はーちゃんのおかげで遅刻しなくなったし、ウィンクルムの仕事でも守ってくれるし助けてくれるし、いつもありがとう」
どうしたの、急に?首を傾げる桃は、当然のことすぎて逆に疑問すら覚えているようだった。その姿に、斑雪は電流が走る錯覚を覚え、輝かんばかりに笑ってにじみかけた涙をぬぐう。
「いえ!なんだか、気になりまして、我儘をすいません」
「いいよお、はーちゃんいい子だから、むしろ嬉しい。主主言うけどさ、パートナーなんだから、我儘言ってもいいし私に頼ってもいいんだよ」
せっかく押さえた涙が、再び湧いて出そうだった。桃の言葉を邪魔しないよう、オートマタの演奏は優しいものに変わっていて、やっぱりあの人形は生きている。
「……では、ついでに、また一つ我儘を。拙者、あそこのぬいぐるみが欲しいです」
「いいね。お揃いで持とう」
レジ近くに山積みになっているキーホルダーに、斑雪の素晴らしい主様は快諾をしてくれた。
主様が愛する枕にそっくりな羊の、主様の髪色であるピンクのハートを持ったものがあればいいと、山をかきわける。
「もっくん、とかどーかな」
「はい。大事にします!」
■傘の中
ハロルドは、さあさあと降る雨に感謝する。突然降ってきた雨は、ディエゴ・ルナ・クィンテロと同じ傘に入ることを成功させた。いわゆる、相合傘である。
折り畳み傘の入った鞄を隠すように持ち、さて手も繋ごう!と思ったが、傘を持つ都合上それは出来なかった。むしろ隙間が空いていて、こちらを向いてくれないのは、照れているからだろう。その様子に、小さな失敗は吹き飛ぶ。
ふと花の香りがして見てみれば、ぽつんと人形屋が建っていた。歩みを止めたハロルドに気付き、自然とディエゴもそちらを向く。
「入りたいのか」
「わかりますか」
「こういうの、好きだろ」
当然のように足が店に向かうディエゴに、香る花の匂いに押されて心臓がはねるのを感じた。
店内は、ぬいぐるみからビスクドールまでが所狭しと並び、優しく微笑んでいた。入った瞬間、オルガンとオルゴールの音色が優しく迎え入れてくれて、更にとくんと鼓動を聞いた。
いらっしゃい、と声がして、向上していた気分が少し落ちた。店なのだから当然人がいる。ディエゴはエクレールと呼んでくれない。
「ぬいぐるみの中に、オルゴールが入ってるんだな」
「凄い可愛らし……」
言葉が途切れる。書いてある値段がとんでもない。駆け寄り触れようとしていたガラスケースから、そっと手を離した。
「で、でも、高いだけあってどれも素晴らしいですね。ほら、あれなんて本物の人みたい」
ケースの中で微笑む関節球体人形を指さす。幼い二人は寄り添い微笑み、どう見ても愛し合っていた。
少女のほうは一度盗まれ、離れ離れになりかけたそうだ。書いてある物語はロマンチックで、隣にいるディエゴのことが気になった。
「オルガン、人形が弾いてたんだな」
「えっ、あ、本当ですね!」
心を占める甘いものが吹き出しかけた時、ディエゴの指摘に目を丸くして注目する。こんな素敵な音楽を弾いていたのが人形だなんて、魔法のようだ。
オルガンを弾く人形に向き直った時、ディエゴの反対側の肩が見えた。濡れている。
息を飲んだ。思えば、ディエゴの傘は一人用だ。二人入るには狭いが、ハロルドは少しも濡れていない。つまり、濡れないように寄せていたのだ。
オルガンの音が盛り上がると同時に、一番大きく心臓が跳ねた。一度だけでなく、そのまま何度もどきどきと音を立てる。
体が勝手に動き、ディエゴに抱き着いていた。しがみついたのに、ディエゴは振り払わず、驚きもせず受け止めてくれた。
きゅう、とあれだけ音を立てていた心臓が、今度は締め付けられる。
「す、好きです、ディエゴさん!」
思いが溢れて止まらない。抱きつき、見上げて思いを叫ぶ。
「ディエゴさんの過去も、これからも、全部大好きです!」
外で、ましてや人がいる場所でこんなことをすれば、いつもなら怒るディエゴが僅かに驚き目を見開くだけだ。唇を噛み、じっと答えを待つ。
怒られるだろうか。ふりはらわれるだろうか。いつもならそう思うのに、何故だか、ディエゴは受け入れてくれると思った。
「……好き、か」
思った通り、ディエゴは僅かにだが微笑む。
「俺も、好きだ。過去も未来も、全てを受け入れ、ペアだからでなく、俺がエクレールを守りたい」
人がいて、外で、初めてエクレールと呼ばれた。生きていると思うほど美しいオートマタが、甘いラブソングを奏で始める。
それよりも、ディエゴの言葉が一番甘くて、ハロルドは涙が出そうになった。
ディエゴが遅れて、照れたように顔をしかめ離れる。隙間に寂しさを覚えたが、手を繋いでくれた。
「多分、俺はこの店から出たら憤死する、だろうからな」
引かれた先は、色とりどりのハートを持った動物達の山だ。
「ここで何かお揃いで買って、逃げられないようにしとこう」
「っ、逃がしません!」
そう照れ笑いするディエゴに、ハロルドは再び抱き着いた。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | くにとも ほし |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月08日 |
出発日 | 06月15日 00:00 |
予定納品日 | 06月25日 |