【祝福】涙で飾る譚詩曲(こーや マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●なみだ
 女は小首を傾げた。緩く一つに纏めた金の髪が柔らかな肩を滑り、白いうなじが露出する。
けれど、構うことなく女は風信子の花へと手を伸ばした。なんとなく、普通の花とは違う気がしたから。
 指先が紫の花弁に触れると、込み上げてくる悲しみ。大事な人達を失った女は、この想いを誰かと分かち合いたいという欲求がふつふつと湧いてくる。
やはり、普通の花ではないようだ。待ち人が案内されてくるのが見えたので、女は黙って花弁から手を離す。
待ち人――この店のオーナーでもある老婦人はゆったりと女に会釈した。
「待たせてしまったかしら?」
「いいえ、さっき着いたばかりです」
「ごめんなさいね、こんな遠いところまで来て貰って。本当は駅まで迎えを出したかったのだけれど、今は人が多くて……」
「でも、お陰でイベリンの街並みを見ることが出来ました。とても素敵な街ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
 老婦人が店員に飲み物を頼んでいる間に、女は花瓶に活けられた風信子を見つめていた。
聞こえてくる雨音に合わせて、ふるり、ふるりと震えているように見える。それが、切ない。
「どうかしたの?」
「あ……いいえ。……いえ、あの……花が気になって。なんだか、悲しい花に見えてしまって」
「ああ、そういうことなの」
 女の疑問を理解した老婦人は、女神がイベリンを祝福したことを説明した。
女神の祝福を受けた花や音楽は、自分の気持ちを伝えることの後押しをしてくれるのだという。
「花によって伝えたい気持ちが違うのだけれど、亡くなった夫のことばかり考えて丹精した花だからかしらね。
この店に飾ったヒヤシンスはね、悲しい気持ちを伝えたくなってしまうの。悲しく見えたのなら、きっとそのせいね」
 悲しい花と言いながらも、老婦人はふふっと少女のように笑った。夫と過ごした暖かな日々が頭を過ぎったのだろう。
自分もこんな風に笑える日が来るのだろうか。純粋な疑問と、ほんの少しの羨望。
 そんな女に老婦人は柔らかな笑みを向けた。
「私もね、誰かに話を聞いて欲しかったのよ。
勿論、その為だけに貴方を招待したわけじゃないけれど……きっと、貴方も私と同じなんじゃないかと思うの」
 どうかしら?
老婦人からの問いに、女はコバルト・ブルーの瞳を揺らしながら、ゆっくりと頷いた。

解説

○参加費
飲食代400jr

○すること
各テーブルにヒヤシンスが置かれてあります
悲しい記憶をパートナーと共有してください
プロローグのように触れるだけでなく、香りでも伝えたいという気持ちを後押ししてくれます
描写量の関係上、悲しい記憶を伝えるのは神人か精霊のどちらか片方のみでお願いします

○場所
大きなテラス状のお店
雨が降っている夜です
花がぼんやりと光っていて、照明は少なめ。薄暗いです

○メニュー
下記の中からどうぞ
飲食がメインではないので、指定無しでも構いません。レモンやミルク、白やら赤やら拘りがある方はご記入ください
アルコールは成人の方のみの提供になります
外見年齢が未成年の場合、自由設定で年齢を明記されていなければ提供しません
(ただし、あまりにも外見年齢が幼すぎる場合は除く。提供しません)
軽食はこちらで勝手に何かしら出します

紅茶
ロイヤルミルクティー
珈琲
===!アルコール!===
ワイン
キール

○その他
プロローグの老婦人と女性はリザルトでは登場しません
二人の会話も、皆さんは知らないこととして扱ってください

ゲームマスターより

ヒヤシンス。風信子
どちらの名前も好きです

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニッカ=コットン(ライト=ヒュージ=ファウンテン)

  いつもはね、紅茶は必ずストレートでいただくの
でも今日は何だかロイヤルミルクティーの気分
だってライトの顔がいつもと違うんだもの
真剣で・・・何か打ち明けようとしている顔だわ

ライトがここのところ様子がおかしかったこと気がついていたけど敢えて聞かなかったの
でも話してくれる気になったのね
あたしも少しは信頼してもらえたのかしら

話が止まった時、これで全部ではないんだろうなって思ったわ
でも彼を捕らえているものが何なのか分かって納得したわ
かなり辛い体験をしていたのね
騎士である彼が忠誠を誓った女性を護れなかったんですものね

ライトは震えてはいなかったけれど心を温めてあげたかったの
追加でロイヤルミルクティーを頼んだわ


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  この花の香りを嗅いでいると何か…
泣きたいような、悲しい気持ちになってきます
後悔にも似た気持ちでもありますね。

なぜこんな気持ちになっているか
ディエゴさん、聞いてもらえますか?
私…最近、体重が増えてしまって
……なんですか?その拍子抜けた表情
私にとっては死活問題なんです!
馬に乗るなら体重はキープしないといけないですし、騎手復帰するならもっと厳しくなるんですからねっ。

以前は結構食べてたみたいなので絞ってたんですけど…
ディエゴさんがおいしそうに食べるから悪いんですからね、あんなのつられちゃいますよ!

貴方には太ったとか、重いとか思われたくないんです…
筋肉……、それは、フォローだと受け取っておきます。



ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
  珈琲

(言いよどんだ様子に
これは一番言いたかった話ではないなと
でも真剣に聞く)
…泣かない優しい奴もいれば
涙もろい冷酷な奴もいる
お前は前者だろ

誰かを護りたいと願う
優しさがなければ
ロイヤルナイトは務まらないよ

その猫は可哀想だけど
お前が悲しんでいるなら
独りぼっちで死んだんじゃないよ
誰にも悲しまれずに死ぬのが
一番悲しい事だよ

(彼が本気らしいのに困惑して)
…馬鹿
(手を彼の頬にあて)
簡単に死なれては困るが…
お前はそんな死に方はしないよ、絶対

レオン、私は勿論だが
お前が思っているよりも、お前は人に好かれてるんだよ

晩酌なら、私がつき合う
猫缶は無理だが、ツナ缶は嫌いじゃない
…私はお前の恋人なんだし(視線逸らし)



ラブラ・D・ルッチ(アスタルア=ルーデンベルグ)
  (話す側)

花に触れてふと、悲しい記憶が蘇る

契約するまでのこと。
天涯孤独の身で小さい頃からずっと独ぼっちだった神人は
夜の街に出かけては男性と遊び、寂しさを紛らわしていた
一時は満たされるけど、寂しさは拭えなかった
私って毎回捨てられちゃうのよね 魅力が足りないのかなぁ

笑いながら涙が止まらない
どうして…?どんなに努力しても我慢しても
誰も認めてくれない……!

こんなこと言われても困るよね
ごめんなさい。良い大人なのに情けない
精霊の顔色を伺いながらまた嫌われてしまうではという
不安がこみ上げてくる

撫でてくれる精霊の手が心地良くて目を閉じる
このまま幸せな時間が続けば良いのに
まだ心の中の不安は拭えない



ユラ(ルーク)
  アドリブ歓迎
注文:ミルクティー

「雨は嫌だなぁ…」
ぼんやりしていた所に突然の申し出
驚きながらも真剣な様子に居住まいを正し、話が終わるまでじっと聞き耳を立てる

あぁ、やっと分かった
私がいなくなるとすぐ不安になるのは、その事を思い出すからなんだ

「話してくれて、ありがとう」

私の前にパートナーがいたことは知ってた
最初にAROAに説明されたし…詳細は伏せられたけど
何か辛い思い出があるんだろうなってことも
ずっと気になってたけど、きみの口から聞けてよかった

私もいつか死ぬかもしれない
彼はきっと守ってくれるだろうけど、それが叶わなかった時
せめて後悔しないようにしたい
私も彼女に…きみに恥じないパートナーになりたいなぁ


●暁の空
 ラブラ・D・ルッチは珈琲、アスタルア=ルーデンベルグはミルクティー。
しとしとと降り続く雨の音が聞こえてしまう程の沈黙が、二人の間に佇む。雨の日特有の肌寒さが余計に際立たせているような気さえする。
自分達らしくない、と思える余裕はどちらにもない。
 きっかけは些細なこと。ラブラがヒヤシンスの花びらに触れた、ただそれだけ。
紅玉の瞳でヒヤシンスを見つめ、黙ったままだったラブラがふっと笑った。自嘲するような、それでいて悲しげな笑み。
 アスタルアと契約する以前のことが、こぽこぽと、水底から気泡が昇っていくように蘇ってくる。
ラブラは天涯孤独の身。幼い頃からずっと独りだった為か、胸の内に大きな池があるのを感じていた。寂しさという名の水が無くならない池だ。
その水を吐き出したくて、夜の街に出かけては男と遊んでいた。けれど、吐き出した水はすぐにまた溜まってしまう。寂しさは佇んだままだ。
「私って毎回捨てられちゃうのよね。魅力が足りないのかなぁ」
 ラブラの笑みが深くなると同時に、涙が眦から零れ落ちる。堰を切ったようにボロボロと頬を伝い始める。
花の淡い光に彩られた涙が煌いて、テーブルへ落ちた。
「どうして……? どんなに努力しても我慢しても、誰も認めてくれない……!」
 アスタルアはラブラの独白に黙って耳を傾けている。眼鏡のレンズ越しに視線を向け、常と同じように本当の口元を偽りの笑みを描いた襟で隠したままに。
眼鏡のレンズ越しにラブラの様子を窺えば、彼女はこちらを見ていた。正確に言えば、ラブラとアスタルアの間にあるヒヤシンスを見ていた。
 ラブラの小さな呟きは、魂の慟哭そのものだ。
独りは嫌。独りにしないで。傍にいて。頑張るから、私を見て――
 アスタルアの眉間に皺が寄る。今、この感情を一言で表すならば『不愉快』。
ラブラの姿を初めて見た時も、そうだった。だらしない出で立ちでいながら、ニコニコ笑って話しかけてきたから。
けれど、その時とは意味が異なる。
「ズルいよ。泣きたいのは僕の方だ」
 精霊の呟きに神人の顔が歪む。こんなことを言っても、アスタルアを困らせるだけだ。また、嫌われてしまうかもしれない。それは嫌だ。
ごめんなさい、とラブラは謝る。いい大人なのにごめんなさいと、繰り返しながらどうにか涙を堪えようとするラブラの目元へ、アスタルアは手を伸ばした。
「偉いね、ラブラは」
 ラブラの紅玉が見開かれる。溢れ続けた涙を拭ったアスタルアは、そのままラブラの蓬色の髪に触れた。
どこかぎこちない手つきで、ゆっくり繰り返し、撫でる。
「もう大丈夫、貴女は一人じゃない。これからは僕が側に居るから」
 ありふれた言葉しか浮かばない、口に出せない自分が悔しくて、不愉快。
「他人が背負っている物の重みなんて私達には理解出来ないのよ。皆、解ったつもりでいるだけ」という、昔、誰かに言われた言葉がアスタルアの胸を刺す。
 ラブラは温もりに包まれるように目を閉じた。何度も髪を撫でる優しい手の温かさが心地よい。
このまま幸せな時間が続けば良い、そう思う。
 けれど――
うっすら開いた瞳の先で、ヒヤシンスが震える。ラブラの心中に根付いた不安が蠢いたように見えた。



●天気雨
 店内を抜けていく風。風というには弱く、空気の流れというには強すぎるそれに、ヒヤシンスの香りが浚われる。
浚われた香りがハロルドの身を取り巻いた。爽やかな香りが涙腺を刺激する。
どうしようもなく泣きたいような、悲しい気持ちが溢れてくる。後悔にも似ている気がする。
 ぱたた、音を立ててハロルドの涙がテーブルに落ちた。
珈琲カップに指をかけたところだったディエゴ・ルナ・クィンテロは瞠目する。
「エクレール……?」
 名を呼んだ次の瞬間には、ディエゴの心にも切られるような鋭い痛みが走った。
理由は分からないが、風に乗った爽やかな香りを嗅げば嗅ぐ度に痛みが訪れる。恐らく、ハロルドにも同じことが起きているに違いない。
何度も唇を震わせては閉じ、震わせては閉じという仕草を繰り返していることから、彼女が何かを伝えようとしているのだろう。
 ハロルドが記憶を失う前のことを思い浮かべたのか、それとも別のことかは分からない。
ディエゴは彼女が口を開くのを待つことにした。彼女の過去に何があったとしても、受け入れて支えるのだと決めたのだから。
「ディエゴさん、聞いてもらえますか?」
 重たそうに、ハロルドは口を開いた。
彼女は二人の間に置かれたサンドイッチを見ていた。揺れる眼差しから、所在無いが故にそれを見ているのだとディエゴは思ったが――
「私……最近、体重が増えてしまって」
「……体重が増えた?」
 ディエゴの思考が停止する。咄嗟に咽から飛び出しかけた「それだけか?」という言葉は、幸いにも口内に留まってくれた。
何か、漂う雰囲気からディエゴは想像した路線とは違う方向へ列車が進み出した気がする。
 ディエゴの様子に、ハロルドは剣呑な輝きと共に目を細めた。
咎めるように、ディエゴへと視線を移す。
「……なんですか?その拍子抜けた表情」
 ナンデスカトイワレマシテモ。
「私にとっては死活問題なんです! 馬に乗るなら体重はキープしないといけないですし、騎手復帰するならもっと厳しくなるんですからねっ」
 ぎりっと、ハロルドの奥歯が鳴る音が聞こえた。
彼女の手はサンドイッチに触れまいと硬く握り締められている。
「わかったわかった、お前にとっては大事なんだな?」
 宥めながらも、そういえば今日のハロルドは紅茶に砂糖を落としていなかったことに思い至る。
そして、サンドイッチを前に格闘している手も、そういうことなのだろう。
「以前は結構食べてたみたいなので絞ってたんですけど……ディエゴさんがおいしそうに食べるから悪いんですからね、あんなのつられちゃいますよ!」
 食欲と恋心が合わさると、逆恨みというかなんともいえない女子ならではの複雑な心中が渦巻く。これの解消は危険任務の達成よりも難しい。
そして、とても残念なことにハロルドのパートナーはそのことを知らない。
「医学の視点から見ても運動知識から見てもお前に変化はないよ。依頼で体を動かしてそのぶん消費したエネルギーをちゃんと補っている、問題ない」
 ふっと唇を緩めたディエゴを見ながら、ハロルドはティーカップに口を付けた。
ほんの少し、苦い。いつものように砂糖を入れたくはあるけれど、そうする訳にはいかなかった。
「貴方には太ったとか、重いとか思われたくないんです……」
「体重が増えたのは筋肉のせいなんだろうよ。別にショックは受けなくても……と思う。お前が健康ならそれで良いんだ」
 ディエゴの言葉には、彼なりの温かさと優しさで満ちている。
そのことはちゃんとハロルドにも分かっている。筋肉というのも、まあ、彼なりのフォローなのだろう。
複雑な女心には苦いけれども、温かい言葉だった。



●忠誠の行方
 この店にと誘ったのはライト=ヒュージ=ファウンテンの方だった。
彼には、神人に隠していることがある。それを打ち明けるには重すぎたから、噂に聞いたヒヤシンスに背を押して欲しかったのだ。
何かを察していたのか、ニッカ=コットンはあっさり了承して付いてきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ストレートティー……ううん、ロイヤルミルクティーをお願いするわ。ライトは?」
「いえ、私は……」
 結構です、そう言おうとして口を噤む。
それどころではないといえ、飲食店で何も注文しないというのは良くない。思い直し、ニッカに勧めるつもりでスコーンを頼んだ。

 ティーカップで指先を温めながら、ニッカはライトが切り出すのを待った。テーブルの上でライトの手は固く組まれたままだ。
近頃、ライトの様子がおかしいことには気付いていたが、ニッカは自分から聞くことはしなかった。
けれど、今日の彼の顔は何かを打ち明けようとしているように見える。少しは信用してもらえたのだろうかとぼんやり考えながら、ロイヤルミルクティーを啜った。
 一方、ライトの心中には言い表しがたい焦燥感が募る。
噂に聞いた、伝えたいという後押しは一向に訪れない。全身が泥濘に嵌ったかのように重くなっていくばかりだ。
 ふいに別のテーブルへ視線を向けると、花に触れた女性が涙を零すのが見えた。ああ、そうだった。
後押ししてもらうには香りを嗅ぐか、花に触れるかのどちらかをしなくてはいけないのだ。意を決し、指先でヒヤシンスに触れる。
 途端、過去の記憶が焦燥感を押し流した。ぐっと唇を噛んで堪える。
俺には……そう言い出しかけて、一度口を噤む。自制心が、常の言葉遣いを思い出させた。
「私には、お嬢さんの前に契約していた神人がいました。上手くやれていたと、思います。けれど……彼女は死にました」
 春が訪れたばかりの、若い緑の瞳はライトを見つめている。凪の森のようにニッカの瞳は静かだ。
「あの時のことは、今でも夢に見ます。森での任務の中……オーガの群れに囲まれて、私の目の前で、彼女は逝きました。
溢れる殺気と真っ赤な血と笑ったまま倒れていく、彼女の姿を、鮮明に覚えています。私はロイヤルナイトなのに、彼女を護れませんでした」
 このことが呪縛のように絡み付いているのだ、とライトは呟いた。
けれど、話せたのはここまで。これより先は、胸の奥底に沈んだままだ。
「そう……」
 かちゃり、ニッカはティーカップを持ち上げて口へと運ぶ。ライトが全てを話せていないことは、なんとなく分かっている。
けれど、ライトを捕えているものがなんなのか、これで理解できた。
騎士である彼が、忠誠を誓った相手を護れなかった。根の深さは分からなくとも、辛いものだったということは間違いない。
 ニッカは近くを通った店員を呼び止め、ロイヤルミルクティーをもう一度頼んだ。
黙ったまま、ライトはニッカが口を開くのを待っていると、湯気を立てたロイヤルミルクティーが運ばれて来る。
ニッカは、そっとライトにそれを勧めた。
きっと、ライトは震えている。現実にではなく、心が寒くて、震えている。
「今日は冷えるもの。あったまるわよ」
 緑の瞳が真っ直ぐにライトへ向けられる。ニッカが先のこと以上を問い掛けてくることは無い。
ライトは視線を受け、ゆっくりと手を伸ばした。ティーカップは、とても温かかった。



●雨上がり
 ティーカップを両手で持ち、ユラは外を見た。しとしとと、降り続く雨がもたらす湿度で、陰鬱な気分にさせられる。
「雨は嫌だなぁ……」
 ユラの言葉に相槌を打とうとしたルークの鼻腔を、爽やかな香りが擽った。惹かれ、導かれるように、自然と指先がヒヤシンスの花へと伸びていく。
「聞いてほしいことがあるんだ」
 触れた指先からこみ上げる想いは、つかえることなく胸から出て行く。それはかつて契約を交わした神人の記憶。
 ぼんやりしていたユラは、突然の申し出に驚くものの拒みはしなかった。真剣なルークの様子に合わせ、居住まいを正す。ちゃんと聞くという返事は、言葉にせず態度で示した。
「難しい依頼じゃなかった。新人向けの簡単な依頼だったのに……突然、オーガが現れたんだ。どうにか深手を負わせることが出来て、オーガは森に逃げ込んだ」
 ルークはじっと店の外を見ている。目を閉じれば、その時の光景がありありと浮かんでくる気がして、瞬きすらしたくなかった。
それでも、声が聞こえてくる。焼きついて離れない、自分を止めたあの声。
「アイツは深追いはするなと言った。これ以上は俺達だけじゃ無理だからって。でも俺は聞く耳も持たずに、アイツを置いて追いかけたんだ」
 かちゃり、ユラがティーカップを置く音がした。刹那、あの声が遠のく。
「その後すぐに悲鳴が聞こえて……戻った時にはもう遅かった。俺はまんまとオーガに踊らされたんだ」
 馬鹿だよな。雨の中にありながら、乾いて、乾いて、乾ききったルークの自嘲が響く。
「神人を守るのが精霊の役目なのに、俺はそれを放棄した挙句、結局オーガも仕留めそこなったんだ最期の言葉すら聞いてやれなかった」
 ユラはゆっくりと目を伏せた。彼の言葉で、繋がった。自分がいなくなると、ルークがすぐに不安がるその理由。
僅かでも離れた間に、もう一度喪うのではないかと、恐れているのだ。
「話してくれて、ありがとう」
 ユラはスプーンで紅茶を混ぜた。砂糖もミルクも混ざりきっているのに、今更意味は無い。あえて意味を求めるならば、言葉を探す為だ。ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「私の前に、パートナーがいたことは知ってたよ。詳細は伏せられたけど、契約の時にA.R.O.A.で説明されたし」
 ティーカップの中で渦を巻く紅茶を、ユラはぼんやりと眺めた。視線はそこに。意識は、ルークの下へ。
「何か辛い思い出があるんだろうなってこともずっと気になってたけど、きみの口から聞けてよかった」
 ルークの視線を感じ、ユラは顔を上げた。ルークは心のつかえが取れたように、どこかさっぱりしたような面持ちをしている。
小さく、ユラは首を傾げた。さらりと鴉の濡れ羽色が揺れる。
 ユラは、分かっていた。いつかオーガに敗れて死ぬかもしれないことを、よく分かっていた。
きっとルークは守ろうとしてくれるが、叶わない事もあるのだということも、聡い娘は理解していた。
それでも、後悔しないようにしたいと思う。
 ユラは二人の間に佇むヒヤシンスに目を向けた。一切の偽り無く、純粋な願いを花の香りに乗せるべく、言葉にする。
「私も彼女に……きみに恥じないパートナーになりたいなぁ」
 ヒヤシンスの花の向こう側で、ルークが珈琲カップを手に取る音が聞こえた。



●約束
 レオン・フラガラッハの男性らしい少し硬めの金髪は、薄暗い店内にあっても目立つ。
花の光が仄かだからこそ、余計にそう見えるのかもしれない。ガートルード・フレイムは恋人に視線を向け、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 ガートルードが珈琲カップに手をかけた時、ふいにレオンが青紫の花に指を伸ばした。
花弁に触れたのは一瞬。けれど、レオンの様子が変わったことにガートルードはすぐに気付いた。
 何かを言おうとした精霊は、すぐに口を閉ざす。沈黙は短い間だった。
「……黒猫の友達がいたんだ。半野良で、気のいい奴だった」
 違う、とガートルードは察してしまった。レオンが話そうとしたのは、別のことだろう。
それが何かは分からないが、聞き直す気は無い。レオンが紡ぎ出した言葉も、真剣に聞くべきだと思ったから。
「一緒によく晩酌をしてな。あいつは猫缶で、俺はツナ缶で……一緒にいると幸せだった。けど、この前
車に轢かれて死んでた」
 道ばたにボロ雑巾みたいに転がってた。そう告げたアイスブルーの瞳は、色の名前通りの冷たさを湛えていた。
常ならばもっと明るく賑やかに見える色なのに、今は違う。
「それを見ても、涙一つ流れなかったんだ」
 氷は溶けず、雫は零れなかった。悲しいのに、涙は出なかった。
自分は冷たいのだろうかと、どこか嘆いているようにガートルードには見えた。
「……泣かない優しい奴もいれば、涙もろい冷酷な奴もいる。お前は前者だろ」
 ぞんざいにも聞こえるガートルードの口調だが、彼女なりの優しさで気遣っているのが分からない仲ではない。
レオンはガートルードに視線を向けた。彼女は、どう言えばいいのかと懸命に考えているようだ。
「誰かを護りたいと願う優しさがなければ、ロイヤルナイトは務まらないよ」
 ハッとレオンは声を上げて笑った。笑い飛ばそうとするかのように。
「前線で目立つのが好きなだけ」
 けれど、ガートルードは真っ直ぐに深い赤の瞳をレオンへと向ける。
「その猫は可哀想だけど、お前が悲しんでいるなら独りぼっちで死んだんじゃないよ。誰にも悲しまれずに死ぬのが一番悲しい事だよ」
 視線と同じように、真っ直ぐな言葉を紡ぎ出す。レオンは驚きのあまり目を見開いた。
戸惑ったように、ヒヤシンスの光を受けたアイスブルーが揺れる。
「俺、そういう死に方が理想だと思ってた」
 レオンの本気の言葉にガートルードは困惑する。自分とは真逆の考えを、受け入れたくは無いと思った。
「……馬鹿」
 ガートルードは珈琲カップに添えていた手を向かいの席に座る男に伸ばす。レオンの白い頬は温かい。
彼は黙ってガートルードの手を受け入れた。
「簡単に死なれては困るが……お前はそんな死に方はしないよ、絶対」
 そっと、壊れないようにと、レオンは頬に触れる神人の手に己の手を重ねた。
小さくて柔らかな手だった。頬と手から伝うガートルードの温もりが、レオンに注がれていく。
「俺に、悲しんでもらうだけの価値があるかな?」
「レオン、私は勿論だが、お前が思っているよりも、お前は人に好かれてるんだよ」
 一緒に呑みに行こうって声かけてる連中とかさ。二人の脳裏に、笑って応えてくれそうな顔がいくつも浮かぶ。
他者の愛を心からは信じられない。けれど、ガートルードの手の優しさは信じられる。
「晩酌なら、私がつき合う。猫缶は無理だが、ツナ缶は嫌いじゃない。……私はお前の恋人なんだし」
 小さく添えられた言葉に、レオンは再び目を見開いた。既にガートルードは視線を逸らしていたが、その頬は赤く染まっている。
レオンのアイスブルーの瞳に僅かな戸惑いと、大きな喜びが浮かんだ。
「えっ? いいの?」
「……何度も言わせるな! いいから紅茶を飲め!」
 照れを隠すようにガートルードは珈琲を口に運んだ。見えてはいないが、カップの向こうではレオンが嬉しそうに笑っている気配がする。
珈琲は冷めているのに、とても温かく、甘いように感じた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ユラ
呼び名:ユラ
  名前:ルーク
呼び名:ルーク、ルー君

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月04日
出発日 06月09日 00:00
予定納品日 06月19日

参加者

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