【祝福】耐久ホールド ~ドレス編☆~(蒼色クレヨン マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

証言その1。
「そうなんですよ!ずっとお会いしたいと思っていたので……! とっても有意義なお話を聞かせて貰えて!
 そこからヒントを得て作ってみたんです!」

証言その2。
「え? ああはい、来ましたよ。ちょっと驚きましたけれど面白い方でしたね。
 ええ、細かい部分は研究所の技術な為明かせませんでしたが、大まかな工程の助言はさせて頂きました。
 お役に立てれば幸いです」

証言その3。
「そうなんです……恐らく、飲まれてしまっている方いるのではと……。
 ショーの前に控え室へ差し入れに来たので。ええ、その写真の男性が。
 先にうちのスタッフが、説明聞いて便利だ! と飲んだのですが……はい、今はショーの準備も終えたので何とか大事にならず休んでます」

* * * * * * *

「証言を続けてもらいましょうか、サージ?」

 その1なる人物から続く言葉を笑顔で待つ、本部科学班責任者クレオナ。
裏は取れてるのよ……? と凄む表情に、正座のまま視線を泳がす部下・サージ。

「お、おかしいですねぇ……どこの配合で失敗したんだろう……」
「そんなことはどうでもいいの。誰に飲ませたのか聞いているのよ」

 クレオナのこめかみに青筋を見た気がして、ヒッと固まった後。
サージは思い出しながら口を開く。

「ええと……イベリン領で催してるウエディングショーの、あ、それは知ってらっしゃいますね! はいすいません!!
 そろそろ開始されたドレス&タキシードショーに出られる、何組かのウィンクルムの方たちに……」
「ジュースに混ぜて飲ませたのね?」
「ひぃ! スイマセンーーーッ!!いつもご迷惑おかけしてるから、ドッキリ的に喜んで貰えればいいなぁって……」
「どこまで自分を分かっていないの!?」

 クレオナ、切れた。

「アンタが自分から動くとろくなことがないの!!」
「だ、断言された……」
「事実でしょう! ……ハァもう。そろそろコイツの問題児ぶりも本部で広まってるし……
 ウィンクルムの方たち、警戒して飲まないでいてくれることを祈るしか……」
「あ。そこは全員飲まれたの確認してますっ。何名か、名乗ったら胡散臭そうな顔されてしまったんですが、
 同じもの、ショーのスタッフの方も飲んで普通に今も働いてますーとお伝えしたら警戒解いて下さって」
「このばかーーーーーー!!!」

 科学班独房もとい専用会議室内に怒号が響き渡る。

「うわああ! スイマセンーっ! 今回はミツキさんからアドバイス貰ってたので、絶対の自信があったんですーーーっ!」

 そうだった……今回巻き込まれた人物がもう一人いたんだったわ……
頭を押さえ、クレオナはがっくりと肩を落とした。
ミツキ=ストレンジ氏。何かと本部に不思議効果付きのドロップやビスケットやクッキーバーを持って来る、
善意なのか実験経過資料を得ようとしているのか職員の間でも疑問視されている、やたら美青年な研究者である。
その効果は確かであると同時に、どうしてかウィンクルムたちが時にエライ目に遭うらしい、と聞いている。
しかして今回に関しては、自分の部下が引き起こしたこと。
あらぬ不名誉を彼にまで引っかぶらせるワケにはいかない。

「……アンタ、今回の件に関して、絶対にミツキさんの名前出すんじゃないわよ?」
「えっ、どうしてですか? 改良すれば必ずや皆さんのお役立ちアイテムになるでしょうし、その際には是非協力者の方の名を、」
「絶……っっ……対、出さないで」
「ハイ」

 後で菓子折り持って謝りにいかなきゃ……。
クレオナ、胃が丈夫であって良かったと遠い目をする。
すぐにサージへと視線を向き直し。

「で?」
「は、はい?」
「中和薬みたいなのは! いつ! 出来そうなの!?」
「あああっ、はいっ。効果は筋力の低下次第にもよりますが、薬自体はそれ程時間かからず作れるかと」
「今すぐ取り掛かりなさい!」
「はいーーーー!!!」

 慌て過ぎて途中何度もコケるサージの背中を、疲れた顔で見つめてから。

「どうして自分で試さないのかしら……筋力アップの薬なんて、副作用が出そうなのは想像つくでしょうにっ」

●精霊たちを襲った喜げ、げふん、悲劇

 本部でそんなやり取りがなされていた同時刻。
イベリン領内、大きな広場に舞台装置が設置され、ウエディングドレスショーなるものが開催している真っ最中だった。
会場もすっかり盛り上がり、終盤に向けて生演奏の音楽が軽快なテンポから、ゆったりとしたバラードへと変化する。

 そこへ一組、また一組とウエディングドレスを纏った神人を横抱きにし、タキシードで身を包んだ精霊たちが
ゆっくりと、観客席へ伸びたモデルロードを進んで行く。
ウエディングドレスは、デザインによってはかなりの重量があるものだが、
今、精霊たちはどうしてか花束を抱えている気分になる程、軽々持ち上げ歩みを進めていた。
―― はて。神人の体重こんなに軽かったかな?
中には、精霊の方が小柄で普通であれば神人を持ち上げるのすらギリギリの者もいるかもしれない。
その者すら、涼しい顔で神人を抱えている。
―― 僕っ、任務こなしている間にこんなに力がついて……!?
神人も不思議そうに彼を見つめていた。

 観客席の正面で立ち止まり、Uターンをしようとしたその瞬間だった。
がく!
精霊の膝が危うく折れそうになる。
ショーの真っ最中、神人を落としてはならない……!という使命感の下、どうにか持ち堪えた精霊たちだったが……
―― な、なんだ?!急に神人の体重が増え……、い、いや、重く感じる……っ
それは、サージがこっそり飲ませた筋力アップのドーピング薬の副作用だった。
一定時間経過すると、増幅した分今度は筋力を低下させてしまう効果のようで。

 原因究明は後にして、とにかくこの場を何とか無事に収めなければならない。
精霊たちは男を見せる。ブルブル震える腕や足を観客に気取られないように。ひたすら笑顔を振りまいて。
そんなパートナーの変化に、さて神人たちは気付いただろうか。

解説

●ウエディングドレスショー真っ只中のハプニング!

あとは観客たちの目の前から引き返し、舞台袖にはけるだけ。(ここからスタート!)
残り約50m程の一直線距離。
筋力が低下している状態だと知らない精霊様たち、神人様を落とさぬよう最後まで踏ん張って!
(体格的に通常状態で神人様を持ち上げられない精霊様(とっても小柄等)の場合のみ、
 ぎりぎり持ち上げられる状態を保っている、と思って下さい)

・ショーを見ている観客に、様子がおかしいことを気取られずショーを成功させる事が目的☆
ショーのトリの演出として、いわゆる姫抱っこ状態の神人様たちが
如何に精霊様の異常事態に気づくか、気付いた後どのようにフォローするか。
各々の個性を存分に活かして下さい。

・祝福を受けたイベリンの音楽は、思わぬ行動を生む?
ショーを彩る生演奏。佳境へ向けてしっとりしたバラードが響き渡っています。
その曲を聴いていると、不思議と【自分の気持ちのままに行動したくなることがあるようです】。
健気に頑張る精霊様の姿に抱きしめたくなったり?
これ以上ドレス姿を他の人に見せたくない……! と最後の力を振り絞って駆け出しちゃったり?
※必ず行動してしまうわけではないようです(=任意)

・ショー参加費として事前受付時に一組【400Jr】支払済。

・プランに余裕があれば。
袖にハケた後ぐったりした精霊様を労うのも良し!
観客たちの前のロード上で、他ウィンクルムとは順番的にすれ違うだけの予定ですが
ご希望があれば、同時にロードを歩いて苦楽を共に(演出協力・フォローし合い)しても可☆
会議室でご相談の上プランにご記載下さい。

ゲームマスターより

いつも大変お世話になっております、蒼色クレヨンです☆

この度、巴めろGM様の大事なNPC、ミツキさんをお借りしちゃいましたー!!
楽しすぎてプロローグが長くなったのはクレヨンのせいです、ごめんなさい!

この場を借りて、快くご許可下さった巴めろ様GMに心よりの感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました!☆
(ご許可下さる時のやり取りの可愛さといったらもう……ふへへへ
 あの反応は全部クレヨンのものだーーーー!!!!(錯乱) )

※読まなくても問題なし、な当方NPC・科学班問題児サージ登場エピ:
『30分の耐久ホールド』『自火に責め入る霧なりや』などなど。

※ご参考&お楽しみとして:
ミツキ=ストレンジさんが登場する巴めろGM様の素敵エピソードたち☆
『性格反転?ミラクルドロップ』『貴方の心を暴きます』『性別逆転?まじかるビスケット』
『最終兵器DCB』『帰ってきたDCB』

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆心情
楽しい思い出をたくさんつくりたいなと思って参加したよ
でもエミリオさんの様子がなんだか変…?

☆精霊の異変に気づく
(ふらつきながらどこか嬉しそうに笑う精霊に)?エミリオさんは十分に強いと思うの
いつも私のこと守ってくれて…大好きだよ
今日は調子が悪いの?
あともうちょっとだから…頑張ってね、エミリオ(頬にキス。いつもより大胆に積極的になる)
あ、あれ…?
どうしちゃったんだろ私、皆が見ている前で…っ(赤面)
エミリオさん…はい、貴方だけを見ているね

☆舞台裏で
(自分を抱えたまま帰ろうとする精霊に)エミリオさん、ショーはもう終わったよっ
このまま連れて帰るって…ええええっ!?
うう、は、恥ずかしいよ~っ!!!!



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  ディエゴさん顔色が良くないです、疲れてる…?
このまま抱き抱えられるのも面白そうですけど
流石にかわいそうですよね、もし足がもつれでもしたら恥ずかしいでしょうし。

そうですね…最後に降ろしてもらいます
それでもって、本物の結婚式みたいに誓いのキスでもしてもらいましょうかね。
ほら、本当は最後までお姫様だっこをする予定のようでしたので
途中で降りてそのままはけたらおかしいじゃないですか?
だからこれは演出です、演出
断じて自分の希望が入っている訳じゃないですよ。

ディエゴさんは年頃の女の子のように恥ずかしがってますけど
すぐに降りて私が貴方をお姫様だっこするっていう案もあったんですよ。
どっちが良かったですか?



吉坂心優音(五十嵐晃太)
  ☆心情
(晃ちゃんにお姫様抱っこされるの、初めてだよぉ
おんぶとかは小さい頃からしてもらってたけど…!
晃ちゃん、重くないのかな…)

☆ショー中
(お姫様抱っこ、こんなにも恥ずかしいなんてっ!
……あれ?晃ちゃん、震えてる?
変な汗かいてるし…(じーっと見つめる)
もっもしかしてあたしの体重が重すぎてっ!?
いやぁぁぁ!早く終わってーっ!(ぎゅっと抱きつく)

「晃ちゃんっ早く戻ろうっ(上目涙目小声
充分だから、ハケよう晃ちゃん色々恥ずかしいからっ!」

☆終了後
「晃ちゃん御免!
あたしの体重が重くて…
えっ違うの…?
よっ良かったぁ!
ううん平気だよぉ!
へへっ晃ちゃん格好良かった♪
ほぇ!?晃ちゃんっ!?(額にキスされ顔真っ赤」



和泉 羽海(セララ)
  アドリブ歓迎
ドレスお任せ、ベールで顔は隠し気味

早く消えたい…
ただでさえ人前なのに、こんな格好で、こんなに近いの……やだ

…?なんか歩くの遅くなった…?
え…わざとじゃない、よね…?
(見上げて、微かに笑顔が引き攣ってるのに気づく)

…なに…具合悪い…?
まさか、この間の怪我が原因とか……
(服ツンツン)

『大丈夫?(口パク)』
や、落とさなくていいから下ろして…

笑えって…言われても…
こういうのは…この人仕事だから、きっと言ってることは、正しい…

皆、頑張ってるの…失敗とかできない…
あたしに…できること…
(精一杯の笑顔+抱きつく)

■舞台袖
どどど、どうしよう…!
本気で具合悪そう…お、お水飲める…?
…よく分かんない…



牡丹(シオン)
  ちょっと緊張するけど、何事も経験だよね
ドレスも素敵だし楽しみ
あ、シオンさんも格好いいよ

それにしてもシオンさんて意外と力あったんだね
絶対無理だと思ってたよ(ぼそ

言葉ばっちり聞こえる
なぜここまできてと思いつつ聞こえないフリ
…大丈夫?

何があったかはわからないけど…これってピンチ?
明らかに動けそうにないぷるぷるした様子の精霊を眺めしばし思案
肩をぽんと叩き降ろすよう伝える

するりと降りて精霊の手を取り腕を組む
バージンロードを歩く時もこんな感じでしょ?

はけた後
お疲れ様と労い、何とかなった事を安堵しあう
ところで牡丹は重かったの?どうなの?もう一回持つ?
持てないのは一向に構わないが重いと思われるのはイヤな乙女心


 バイオリンのリードに乗って、緩やかに奏でられる楽器たちのハーモニー。
逞しい両腕に支えられた神人たちは、今か今かと出番を待ち、純白に包まれた胸を高鳴らせる。
人前に出る緊張から。またはそれ以外の理由から。

 一組、また一組。颯爽と、悠然と、観客たちに笑顔を向け。
衣装が映えるように背筋伸ばしたその姿は、童話の中に出てくるナイトとお姫様のようだ、と誰かが溜め息と共にこぼす。
そんなナイト様たちに今、危機が訪れているとは露知らず――。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

(なんていうことだ……好きな女の子を一瞬落としそうになるなんて……)

 ブーケ持つ手を観客たちに伸ばし、可憐な笑顔を振りまいているミサ・フルールの横顔を眩しそうに見つめながら、
エミリオ・シュトルツは、突然の重量感をどうにか持ち堪えていた。

(俺もまだまだ鍛錬が必要ってことかな)

日頃充分な筋力トレーニングはおこなっているつもりだったけれど、こんな大事な場面中に限界が来るなんて。
未だ震えそうになる筋肉たちを、観客に、愛しいコに、気付かれないよう必死に抑えて
エミリオは観客たちの正面から最後のターンをする。

――落としてたまるか!

伊達にただ鍛えているわけではない。ストレッチ技術を応用すればいけるっ。
筋肉が役立たずならば、少しでも重心を腰へ持っていき重さを利用して踏み出す一歩にのせて……
エミリオ、日頃の成果本領発揮とばかりに全身の筋肉の衰えも何のその、
そのゆっくりとした動きはまるで堂々としたモデルウォークにすら見える。

 しかし好きな人の些細な変化を見逃すミサでも無かった。
観客たちには余裕の笑みに見えるエミリオの表情に、疲労感を読み取っており。
必死に視線を自分に集めようと、ブーケを掲げていたのである。
そんなミサを一際輝かせるはエンパイアドレス。
背中の腰部分に大きめのリボンをあしらい、広く開いた胸元には小粒のスパンコールと刺繍が花を形どり。
砂糖菓子のような甘さ思わせるそのドレスと笑顔に、観客たちはうっとりと注目している。

(あとちょっとだもの……私が支えなきゃ……っ)

 そう思ったミサの心を汲み取ったかのように、ミサの耳元へエミリオの囁きがこぼされた。

「待っててミサ、俺お前の為にもっともっと強くなるから」

 ミサは不思議そうにエミリオを見上げた。
――ふ、鍛錬が必要ってことは俺にはまだまだのびしろがあるってことだよね。
ミサを守る力をもっと得られる可能性があるってことだ。喜ばしいことじゃないか。
ふらつく身体もいっそ楽しそうに、ミサへと微笑みを向けた。
そんなエミリオの言葉は、最近益々一心不乱にトレーニングする鬼気迫る姿をミサに思い起こさせた。
この優しい人はまだ自分を分かっていないみたい……
ミサは少し小首を傾げ、その瞳を覗き込み大切な言葉を紡ぐ。

「エミリオさんは十分に強いと思うの。いつも私のこと守ってくれて……大好きだよ」
「ミサ、俺のことそんな風に……」

 胸の高鳴りを感じる。力が湧くのを感じる。
ああ、やっぱり特別なんだ。
残りほんの数メートルを、振り絞って歩くエミリオの顔へ、蝶舞うレースの腕が触れた。
音楽が、蝶が、愛を祝福する。

「今日は調子が悪いの?あともうちょっとだから……頑張ってね、エミリオ」

 頬へ突然温かな感触が触れた。
エミリオが心から驚いた顔をミサへ向ける。
それはたった一人の女神からの祝福。エミリオだけの。
ピンクの薔薇の足跡続く場所で不意打ちされたことや、パステルカラーの花のそばで事故的に受けたことが
エミリオの脳内を瞬足で駆け巡る。
どれも本当に驚かされたけれど。
しかし、このような人前で、堂々とミサからキスをされたことは、思い返す限り初めてだと確信した。
今度はつい先程の映像がリピート再生される。
潤んだ瞳の上目遣いに自分の名を呼ぶ声……そして、その愛らしい唇の感触。

「ミサ……っ」

 これがショーの最中じゃなければ……!
エミリオ氏の感極まった欲望が浮上した、かもしれない。

「あ、あれ……?」

 一方ミサは、あまりに無意識に動いた体に頭が追いついていなかった。

(どうしちゃったんだろ私、皆が見ている前で……っ)

自分のとった行動が信じられず、瞬く間に頬紅より赤く染まり上がった。
腕の中で恥ずかしそうに縮こまったミサへ、安心させるようにエミリオが声をかける。

「大丈夫だよ、絶対にショーは成功させるから……俺だけを見ていて」
「エミリオさん……はい、貴方だけを見ているね」

 向けられた甘くとろけるような微笑に、ミサははにかんでコクリと頷いた。
花嫁を慈しみ抱えるナイトの、真っ白なスラックスが観客の前を横切る。
袖にはける間際見えたそれは、白銀の狼が姫をさらっていくようだったと後に誰かが語っていたとか。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 続いて観客たちの前に現れ、威風堂々とその中心へ歩むは セララ。
注目を浴びても動じることなく、余裕さえ見えるのは雑誌モデルを経験しているからこそのもの。
本人の性格が大いに向いている点も、多分にあるのかもしれない。
そして腕の中には、Aラインドレスに身を包んだ 和泉 羽海 の姿。
露出を少なく、という羽海の執筆要望の下、勿論そういうご希望のお客様もいるので助かります!と着せられたのは
首元から胸までをハイネックのレースが覆って、小さな肩だけが覗き、すぐに二の腕を白く染めたロングのフィンガーレスグローブ。
オフホワイトのベールで顔は隠し気味になっている。

(早く消えたい……ただでさえ人前なのに、こんな格好で、こんなに近いの……やだ)

 自分で歩いているわけではないとはいえ、この抱っこの演出は羽海を限界に追いやるにはあまりに十分な状況であった。
帰りたい……。あと少し、ここUターンすれば……
その時、ふとそれまで颯爽と歩いていたセララの動きに違和感を感じる。

(……? なんか歩くの遅くなった…? え……わざとじゃない、よね……?)

 可愛い羽海ちゃんをすぐはけさせるとかもったいない!と、思わず幻聴が聞こえた自分にややがっくりする。
理解不能でしょうがない言動なのに、予測がつくくらいには自分はこの人に慣れてきてしまったのだろうか……。
俯いていた顔を少し上げてみる。
そこには笑顔こそあるものの、間近で見ている羽海だから気付く、頬の筋肉に微かな引き攣りが見えた。

(ちょ、ちょっと待ってちょっと待って! なんか重くなった…!? いやいや羽海ちゃんって天使だよ!?
 羽のように軽いのが売りだよ!?)

 Uターンした瞬間突然起こった事態に、セララの心中は一瞬動揺の渦に襲われていた。
それでも、天使を落としてなるものか!!という気合と根性と愛の力によって、
観客へは全く異変を気づかせることなく振舞っていたのである。

(……はっ! これが所謂『愛の重さ』ってやつだね☆)

 セララ、自力で瞬間回復。
近くで見る限りの、その雰囲気の移り変わりに、羽海はいよいよもって心配がこみ上げてきた。

(……なに……具合悪い……? まさか、この間の怪我が原因とか……)

 羽海の頭に、矢やカッターの刃で傷つくセララの姿がふと浮かんだ。
素肌や服の上にすら赤を滲ませていた。その時でもセララは言っていたのだ。大丈夫だと。
痛くても辛くても自分の前では笑って見せるこの人のことだ。もしかしたら……
観客から見えにくい、セララの身体と自分の体に隠れた方の手で、控えめにタキシードをツンツンと引いた。
うん?と、ルビーの瞳と視線が合わされれば。

『大丈夫?』

 羽海の口がパクパクと動くのを見て、一瞬、セララが目を見開く。
気付かれないようにしていたつもりなんだけれどなぁ。
天使に隠し事は出来ないのかもしれない、なんて思いながらも、それでもやはり心配はかけたくなくて。

「大丈夫、なんでもないよ。絶対落としたりしないから、しっかり掴まってて」

 や、落とさなくていいから下ろして……
その言葉が本当にしろヤセ我慢にしろ、自分が下りれば解決するのでは。
益々縮こまる羽海の様子に、セララは額に汗を滲ませながらも力強く声をかける。

「舞台上では皆プロなんだから、そんな不安な顔しないで。羽海ちゃんは笑ってればいいだけだよ」

 俺も、イベントにハプニングは付き物だしね……、とこっそり自分も含めながら。
羽海から戸惑う表情が窺えた。
難しい注文だったかな……
ただ折角なら、少しでも楽しんでもらえればいいと思ったんだけれど。
セララは気持ち、歩幅を大きくした。無理をしてほしいわけじゃない。ならせめて、早く望む通りに役目を終えてあげようと。

(笑えって……言われても……)

 言われた瞬間は困惑した羽海だったが、先程より更に強ばった気がするその横顔をじっと見つめ。

(こういうのは……この人仕事だから、きっと言ってることは、正しい……)

 正面を見やれば、もうすぐ出番を終え袖にはけようとするミサとエミリオが、最後まで観客たちに笑顔を向けているのが見えた。
―― 皆、頑張ってるの……失敗とかできない……
あたしに……できること……それは、――

 観客席から、歓声が上がったのはその瞬間だった。
それまでヴェールに隠されて俯いていた羽海の顔が、すっと上がりライトを浴びた。
そこに映し出されたのは、控えめながらもしっかりと浮かんだ微笑。
ずっと顔の見えなかった花嫁の、ここに来て初めて見せる笑顔がヴェールに透ける。
そうかギャップ演出! 観客、勝手に納得し拍手すら贈る者すらいる。
精一杯の勇気とそれを祝福する音楽。
羽海は笑顔を保ったまま、そっとセララの首に腕を回し抱きついた。

―― ………まじか
セララの心拍数がどんどこ早鐘を打ち始めた。
実は今にも足が震え出しそうな程、かなり限界に近かったセララだったが、この瞬間そんなことは吹き飛んだ。
力の限り足早で、残った距離をまっとうし退場へ向かう。
それはこみ上げる何かを必死に抑えているような背中だったとか……。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 大事な任務だ、と言われ来てみたが……一体何故こんなことに。
その困惑が表情に現れることなく、傍目にはとても堂々と闊歩して見える ディエゴ・ルナ・クィンテロ。
ディエゴを誤魔化し誤魔化し連れてきた ハロルドは、しれっとその腕に収まり優雅な微笑みを観客たちへ向けている。

(嘘はついていません。イベリンのイベントを盛り上げること、それは瘴気の浄化に繋がります。繋がるはずです)

 ディエゴの葛藤などお見通しで、こっそり心の中で返答してみたり。
とはいえ、やり始めたらば最後まで成し遂げるディエゴのことをちゃんと信じてもいる。
純白のミニ丈フリルがふわふわ重なった部分から、すらりと伸びた脚を上品に折って閉じディエゴの腕に預け。
内に纏ったヴィエルジュコルセットは、レースでできたビスチェの胸元をしっかり補正し綺麗な膨らみを形作っている。
落とされる心配など全くすることなく、ハロルドはグローブの白い手を時に観客へ、時にディエゴの首元へ回し、上半身を動かしショー演出に努めていた。

 不調に気付いたのは、長く伸びたモデルロードをUターンしたその瞬間だった。
ただでさえ小柄なハロルドと己との体格差は歴然であり、これまでにも彼女を抱き抱える機会では、重さなど感じた記憶はない。
なのにどうしてか今、かつてない程両手が重々しく、気を抜いたらハロルドを落としそうな状態なディエゴがいた。

(俺の腕力からしてこいつを抱えて移動するくらいは訳はない……筈なんだがな)

 もしかしたら最近依頼で忙しかったせいで疲れているのかもしれない、こんな時に疲れに気づくとはやれやれだ。
今まで、様々な苦境をただ経験してきたわけではない。
動揺を微塵も表に出すことなく、ディエゴは呼吸をするように自然に、己が精神をコントロールする。
ここでミスをしてしまえばショーの関係者に迷惑をかけてしまう、辛くてもやり遂げなければ。
タキシードの下に隠れる筋肉を震わせながら、先程よりややスローペースに、最後の直線をディエゴは歩みだす。

(ディエゴさん顔色が良くないです、疲れてる……?)

 スポットライトに照らされたその横顔に、ハロルドは違和感を感じた。
いつもの、余裕の、憮然とした表情の中にハロルドにしか判らない必死さを感じ取って。
普段そういった姿を見せなそうなディエゴが、疲弊が浮かぶ程に体調がすぐれないのかもしれない。
ハロルドは思案する。

(このまま抱き抱えられるのも面白そうですけど……流石にかわいそうですよね、もし足がもつれでもしたら恥ずかしいでしょうし)

 後で自己嫌悪に陥ってそうなディエゴの姿が浮かんだ気がした。
ヴェールの向こうから、そっとディエゴへ耳打ちする。

「……最後、立ち止まって降ろして下さい」
「何故だ」
「ディエゴさん、今結構限界でしょ?」

 気づかれていたことに、微かディエゴの瞳が見開かれた。
悩んでいる内に袖控える正面舞台に着いてしまえば、ハロルドが降りようと体をみじろぎさせる。
不自然に落とすような形にするわけにもいかず、ディエゴは成されるがまま、ハロルドをステージ上へ下ろした。
ディエゴと向かい合ったハロルドの口が、静かに開く。

「本物の結婚式みたいに誓いのキスでもしてもらいましょうかね」

 今度こそディエゴは面食らう。
こんな人前で……そんなことできるわけが……
そう口の閉開のみで告げてくるディエゴに、躊躇うことなくハロルドは続けた。

「ほら、本当は最後までお姫様だっこをする予定のようでしたので。途中で降りてそのままはけたらおかしいじゃないですか?」

 だからこれは演出です、演出。
薄いヴェールに隠れた可憐な口元が、容赦なく伝えてきた。
なんだこれはいつぞやの仕返しだろうか。
その際にも『そういう事は人前や外ではしないもんだ』とハッキリ言葉にした自分を思い出す。
しかしハロルドは言うのだ。ショーの演出だと。つまり任務のためだと(ディエゴ氏個人的変換)。
あの時のようにあっさり断る手段が、断ち切られていた。

 そのまま退場するものだと思っていたモデル二人が、正面で向かい合っている状態を、観客たちは不思議そうに見つめている。
――俺が無視したらエクレールに恥をかかせることになる……男としてそれは駄目だよな……。
意を決する。
そっと顔を寄せたところでヴェールの存在に気付き、恐る恐るそれを上げてやり。
観客、察した。
期待の視線が一身に浴びせられる。
青と金の瞳が閉じられ、そのタイミングに倣って顔を近づけると、軽い温もりが二つの唇に広がり……一瞬で離された。
盛大な拍手が沸き起こる。
片やにこやかに、片や淡々と、一礼すると、二人は手をとって退場するのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっと緊張するけど、何事も経験だよね」

 プリンセスラインのふんわり広がるスカートの腰元に、サテン生地で光沢のある大輪の薔薇が一輪飾り立てられ。
自身の格好を一度見下ろしワクワク感を募らせて、牡丹ははたとシオンを見上げた。
ドレス姿の自分を苦労することなく抱え、オフホワイトのタキシードの燕尾部分をひらりとさせながら
観客たちの前をしっかりと歩いている。

「ドレスも素敵だし、楽しいね。あ、シオンさんも格好いいよ」

 腕に揺られながら、にこっと牡丹は告げた。
ちょっぴり、ライバルの花に身を包んでいるのが複雑な思いもあったけれど、なら自分は
負けないように精一杯の笑顔でいればいい。名前の華やかさに恥じないように。
そんな気合充分な牡丹の、満開に咲いた笑顔によって後からとってつけた褒め言葉だと気付かされることなく。
シオンはその笑顔に、強ばっていた心が少し和らいだのを感じた。

(いつもと全然違う格好だし……なんか照れるな……)

 いつもは風になびく長い髪をアップにし、小花がちる真っ白なフラワーボンネで紅色の髪を飾り立て止めている。
なんだか目のやり場に困る気がして、シオンは視線をひたすら正面に集中させた。

「……それにしてもシオンさんて意外と力あったんだね」
「まあな!」

 観客に手を振りながら、小声で牡丹が呟いたことに、胸を張って答えてみる。
が、実は内心自分でも不思議で仕方がないシオンである。
『意外と』と付けられたのはあえて気にせず流しながら、ウィンクルムになると筋肉もパワーアップするのかな?などと思案する。
絶対無理だと思ってたよ、なんて、ぼそりと牡丹の口から足された言葉に幸か不幸か気づくことなく。

 しかして、残念ながら筋肉パワーアップは一時的なものであった。
周囲の視線にようやく慣れて、最後のターンを決めた瞬間、それはシオンに容赦なく襲いかかったのである。

「重っ…!」

 思わず正直な言葉がついて出た。
え、と牡丹から訝しげな視線が飛ぶ。
なぜここまできて……。今まで軽々歩いていた気がするのに。
一度は聞こえないフリを決め込む牡丹。なんせ聞き捨てならない単語でもあるのだ。
しかし、明らかにシオンの腕の震えが自分の体にも伝わってきて。

「……大丈夫?」
「何とか大丈夫」

 そっと窺ってみるも、返答の割にもはや限界にしか見えなかった。
一向に最後の直線を進み出さない様子に、観客たちの中に首を傾げる姿が見えて。

(何があったかはわからないけど……これってピンチ?)

 牡丹、しばしぷるぷる耐えるシオンを眺めていたが、その手でポンとシオンの肩を叩く。
降ろして?
合図と瞳がそう告げていて、シオンは一瞬葛藤する。

(ショーの途中だし台無しにする訳にいかない……)

 責任感から躊躇われた空気をしかし牡丹は読んだのか読まないのか、読んだけれど読まなかったことにしたのか。
中々下ろす気配見せないシオンを催促するように、腕の袖あたりをつんつんつん。

(おいまてなんだソレかわい〇☆×△……)

 無言で見上げながら服を控えめに引くおなごの、不思議魅力発動。
まんまと悶えが襲い力が抜けかけた瞬間、牡丹にするりと降りられてしまった。
がっくりしそうになったシオンに、今度は違う緊張が降りかかることになる。
隣に凛と立った牡丹は、シオンの手を取り腕を組んできたのだ。
赤く染まり始めるシオンへ、小声で見上げ伝える牡丹。

「バージンロードを歩く時もこんな感じでしょ?」

 ああなるほど。演出だと思わせるのか。
完全に助け舟を出された形になり、精霊として、男として、諸々しょげる部分はあったが今は正直とてもありがたかった。
シオンは疲弊が浮かびそうだった表情をきりっと戻し、せめて最後まではと牡丹をリードするように
歩調を合わせ笑顔を交わし合うのだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(晃ちゃんにお姫様抱っこされるの、初めてだよぉ。おんぶとかは小さい頃からしてもらってたけど……!)

 もうすぐっ、もうすぐ出番!と、仲間たちが次々舞台上へ出て行く様子を 吉坂心優音 はハラハラ見つめている。
姫抱っこ演出だと聞いてから、チュールレースの襟部分を落ち着きなさそうに触りながら。

(やるんは初めてやな~。みゆは軽いし余裕で平気やろ♪)

 抱き上げるスタンバイ万端。五十嵐晃太は心優音の隣で、チラチラと何度もそのドレス姿を視界に入れる。
シンプルになりがちなマーメイドラインの裾には、プリーツ素材が幾重にも重なり華やかさを加え、
まさしく人魚の尾ひれのようにふわりと足元から広がって。
自分だけのお姫様を堂々と抱き抱える瞬間を、ウキウキと晃太は待っていた。

 ショーが始まってしまえば、その度胸はテニス部で鍛えられた賜物か。
心優音は緊張の表情もどこへやら、晃太の腕の中で愛らしい笑顔を観客たちに振りまいてる。
しかして見えないその胸の内は、乙女心全開。

(お姫様抱っこ、こんなにも恥ずかしいなんてっ! こ、晃ちゃん、重くないのかな……)

 いくらずっと一緒に育ってきた幼馴染であり今や恋人であっても、こんなに大勢の人に見られる姫抱っこ。
サイドに垂らした髪に周囲からは隠れてはいるが、心優音の耳が赤いことは晃太の角度からはすぐに気づけて。

(あははっ、恥ずかしがっとるみゆはカワエェなぁ♪)

 頑張って観客に応えるいじらしい姿を眺めながら、観客中央のモデルロードの端までくれば余裕のターン、……に見えた。
がくりと膝が折れそうになったのを、咄嗟にコケたフリして舌を出し。茶目っ気アピールする晃太に観客たちは楽しそうに笑う。
だがすでに晃太は異変に見舞われていた。

(……っ!? なっなんやねん、急に重ぉなったで!? みゆが太ったなんて有り得へんし……)

 先程までは確かに楽々持てる重さだったのだ。それがこれ程急激に、自分の腕に限界が来たとは考えにくい。
しかし原因を探る余裕は今の晃太には無かった。大事な心優音を落とさないよう、根性で踏ん張るのが精一杯。
平常心、平常心、平常心……っ
観客にも、出来れば心優音にも、心配をかけないよう知られたくはない。
が、幼馴染兼恋人のハンパない洞察力は見逃してはくれない。晃太のささやかな変化に心優音は気付いた。

(……あれ? 晃ちゃん、震えてる? 変な汗かいてるし……)

 じーっとエメラルド色の視線で見上げ。
そこで複雑な乙女心が閃いた。
―― もっもしかしてあたしの体重が重すぎてっ!? いやぁぁぁ!早く終わってーっ!
心優音、そう思い込んだら一直線。全力で晃太の首に腕を回しぎゅぅっと抱きついた。

「おっおう? どないしたん、みゆ」

 小声で、さも何事もないように晃太が尋ねる。

「晃ちゃんっ早く戻ろうっ」
「へ? ……せ、せやけど、もうちょいモデルらしく振舞わんで……」
「充分だから、ハケよう晃ちゃん色々恥ずかしいからっ!」

 使命感と恋人の涙目上目遣いとの狭間で、晃太、揺れる。
その心を正直にさせるのは、雰囲気盛り上げる生演奏たち。

(……ちゅうても、みゆの可愛い姿を他の野郎共に長く見せびらかすのも嫌やな、確かに)

 イラァ。
人前ではなるべく抑えられていた、晃太の独占欲が表面に浮かんでくる。
まっ丁度えぇ。これ以上みゆの可愛い姿見せとぉ無いし……。

「うし。しっかり掴まっとれよっ」
「うん!」

 最後の力を振り絞って、直線50mを競歩で進む晃太。
せめて少しでも不自然にならない為に、持っていたブーケを投げたり
ヴェールが綺麗になびくよう努めたりする、必死な心優音の姿もあるのだった。

●それぞれの舞台裏

 跪いて呼吸を整え、グッタリ力尽きているように見えるこちらはセララ。

(どどど、どうしよう……! 本気で具合悪そう……お、お水飲める……?)

やっと下ろしてもらえたものの、中々立ち上がる様子の見えないセララの傍らに、羽海が心配そうにしゃがみ込んでいる。
同じくその姿に気付いて気遣ったハロルドが持ってきた水を受け取り、セララに差し出してみるが
当の本人、何故か顔面を片手で覆って見えていない。いや、覆っているのは鼻中心のような。

(あー……ヤバイ鼻血出そうあれは反則すぎるイベリン最高 天使なんかじゃなかった女神だった)

脳内は呼吸を整えるどころか一気読みである。
グッタリしていたのではなく悶えていたようだ。
そこでようやく不安そうな表情浮かべる羽海が、水を渡そうとしてくれていることに気付く。

「あーうん……ありがとう、もう平気だよ。ただちょっと……愛が重かっただけ」

 事実全力を出し切り、汗でぐっしょりなのは変わらない。
ありがたく水を拝借してから、セララはまだ高揚気味の声でそう伝えるに留めた。
さすがにまたドン引かれたくはないからねっ。

……よく分かんない……
顔色はさっき歩いていたときより良さそうで。
セララの口をついた言葉に、羽海は心底首を傾げていた。


「ディエゴさん、お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

 顔色の悪さを心配したつもりだったが、ディエゴは己の体調よりも人前でやらかしたことに
ずっしり重い影を背負っているようで。まだ疲労に覆われたその体を壁にもたれさせていた。

「あれは……本当に必要だったのか……?」
「言ったじゃないですか。演出ですよ大切な。断じて自分の希望が入っていた訳じゃないですよ」
「…………」

 まんまと乗せられたのだろうか……。
自分に集まる視線の痛みやこみ上げる羞恥心を、必死に押さえ込もうと眉間に皺が寄る。
年頃の女の子のように恥ずかしがってる様子を受け、ハロルドは一応のあの時点での自分の考えを補足した。

「すぐに降りて私が貴方をお姫様だっこするっていう案もあったんですよ。どっちが良かったですか?」

キスするか抱えられるか、二者択一だったと伝えられる。

「その選択肢……俺だけが火傷するものしかないじゃないか」

 袖に入った瞬間倒れ無様になったとしても、あのまま死ぬ気でハロルドを抱えたままやり切れば良かった……と
意識が遠くへ旅立ちそうになるディエゴがいたとか。


「お疲れ様」
「うん。牡丹ちゃんも、お疲れ様。その……ありがとうな」

 ふう、と吐いたタイミングが被りお互い見つめ合えば、どちらからともなく安堵を浮かべシオンと牡丹は労い合う。
突然のアクシデントにも焦ることなく、フォローを入れてくれた牡丹に感謝をしながら、ついとシオンは思う。

(俺より年下だろうに、しっかりしてるんだなぁ……)

いまだに牡丹の年齢を外見通りだと誤解中のシオン、しみじみそんなことを感じていると
思わぬセリフが突如向けられた。

「ところで、牡丹は重かったの? どうなの? もう一回持つ?」

 シオン、ぎくっと固まった。
牡丹の問う瞳は真剣そのものである。
持てないのは一向に構わない。だが、重いと思われるのはイヤという、複雑な乙女心。
沽券に関わるので出来れば軽かった事にしたい男心。
二つの思いが視線で交差する。先に泳がせたのはシオンだった。
見栄を張りたい、が、果たして重かったか軽かったかハッキリ分からず、その口を開けない正直者。
覗き込む深海色が戸惑うように揺らめいた気がした。
シオンは焦って言葉を発する。

「つ、次は絶対落とさないから!」
「……うん」

 精一杯の返答が伝わったのか、揺らいだ色はいつもの碧に戻って。
この宣言。次だと本番という事になるのではと自らの言葉の失言に気付き、
盛大な照れにシオンが見舞われるのは、あと数十秒後……。


「晃ちゃん御免! あたしの体重が重くて……っ」
「へ? 何言うとるん? みゆが重かったからやないで! 急に力が入らんようになって焦ったわ」

 ゆっくり心優音を袖裏の床に下ろした所で、力尽きて倒れ込んだ晃太に慌てて心優音が傍らにしゃがむ。
苦笑いで答えられたことに、きょとんとしてから。

「えっ違うの……? よっ良かったぁ!」
「御免勘違いさせてしもうて……」
「ううん平気だよぉ! へへっ晃ちゃん格好良かった♪」

 不安げな顔からパッと華やぐ表情へコロコロ変える心優音を、優しい眼差しで見上げてから
よっこらと上半身を起こし晃太は呟く。

「やけど本当はみゆの可愛い姿を野郎共に見せたなかっただけや」

心優音の額に、柔らかな感触が落ちた。

「ほぇ!? 晃ちゃんっ!?」

 額にキスされたのだと、コンマ数秒の後理解すれば、リンゴのように頬を赤くさせる心優音が。
いつまでたっても初々しいなぁ、と大変微笑ましそうに見つめる晃太の背後から、声がかかる。

「あのっ、急に力が入らなくなったって本当、ですか? 俺だけじゃ無かったのかなって」
「シオンさん、少し空気を読んで」
「おう、気にすんな。本当やでー」

 晃太の言葉を耳にしたシオンが、ホッとした後じゃあどういうことだろう??と首を傾げ。
その背中を牡丹が勢いよく押し出す。

「お話中お邪魔してごめんなさい」
「ううん! お疲れ様だよー♪」

 会釈する牡丹に、心優音はひらひらと手を振ったり。

「他の精霊さんたちもそうだったのかなぁ? なら、誰もそんな風に見せなくってすごいね! 私の中では、晃ちゃんが一番だけど」

 はにかんだ微笑みを見て、晃太の口がゆっくり開く。

「心優音の事は、俺が護る。俺の事は、心優音が護る。お互いに護りあっていこう、」
「死ぬ迄一緒に困難を乗り越えて行こう」

 途中を引き継いで、心優音の声が重なった。
2人一緒ならきっと何でも出来る。そう確信したように目を合わせれば笑い合うのだった。


 シオンや晃太の言葉を拾った他の仲間たちも、どうやら同じ現象が精霊たちに起きていたらしい?と
クエスチョンマークを脳内に大量に浮かべていた、そこへ。

「み……っ、皆様―――!!ご無事ですか――――!?」

 A.R.O.A.の白衣を翻した男性が、舞台裏に飛び込んできた。
あ。あいつ、始まる前に楽屋に差し入れにきた……、ご無事、とは……?
数組は未だ神人を抱えたまま、しゃがみ込んで動けない状態で、しかし訝しげな視線を送る。
サージ、一度唾を飲み込みおそるおそる口を開き説明した。
お役に立てればと思ったんです!!と何度も言い訳を間に挟んで。

 一通り説明を聞き終えたウィンクルムたちから、今度は怒気やら呆気やら混じった視線を向けられる。
殺気も感じるのは気のせいですよね……!?
サージ、涙目である。自業自得である。

「まぁまぁ。一応、無事に終わったから大丈夫だよー」

 心優音から天使のような温かい言葉を受け、サージがぱぁっと顔を上げた。

「人の伸びしろへの期待を打ち砕かれた気もするけど……うん、まぁ鍛錬の仕方間違えていたワケじゃなかったなら」
「これが戦闘任務だったらしばき倒しているがな」
「そうだね」

 同じくフォロー入れつつも、続いたディエゴの真顔台詞には間髪入れず良い笑顔で同意するエミリオ。
殺気はこのお二方だ……! サージ、猛烈土下座。
言えない。戦闘任務に出ようとしていたウィンクルムにも飲ませようとしてたなんて。言えない。
(※やろうとした所でクレオナに捕まった)

「とりあえずディエゴさんからキスを受けられたので良しとしておきます」
「エクレ…、……ハル……」
「ハルたち、とっても素敵だった!」

 至極本気で言い放つハロルドと、嬉しそうに純粋な視線を向けてくるミサ。
とても不本意な行動が思い起こされ、ディエゴはどっと疲弊の色を濃くした。
その脇をすり抜けサージに近づく影一つ。シオンである。

「副作用無くなったの作れたら、一応教えてくれるか」
「シオンさん、気にしてたの?」

 楽々持ち上げられたのは薬のおかげだった、と知ったシオンはこっそりダメージを受けていた模様。
大丈夫だよ若いんだからこれからまだまだ筋肉なんてつくよ、と普通の微笑みに戻ったエミリオの言葉に
……今いくつに見えてるのかな俺……、と遠い目をするシオン。
しかして、後々男性更衣室にてエミリオが筋トレマニアもといトレーニングに熱心だと仲間から聞かされれば
細かに筋トレ方法をメモるシオンの姿があったとか無かったとか。

「本当に本当に申し訳ございませんでした!!これっ、中和薬ですーーー!!」

 と、サージから差し出された薬を、一度警戒する精霊一同。
とはいえ飲まないことにはいつまで力弱ったままか判らない。
男は度胸や!と腹を括った晃太の言葉をきっかけに、全員が無事元の筋力へと戻るのだった。


「さて」

 当然のように抱えたまま、戻った力であっさり立ち上がるエミリオ。
ミサ、え!?と腕の中で体を硬直させた。

「エミリオさん、ショーはもう終わったよっ」
「このまま連れて帰るんだよ、当たり前でしょ」
「………ええええっ!?」

 だってドレス!脱いで!無い!というミサの叫びに、控え室くらいまではいいでしょ、とさっさか歩き出すエミリオ。

(うう、は、恥ずかしいよ~っ!!!!)

 ステージ上の凛とした表情から変化して、真っ赤になって身を預けるいじらしい姿。
エミリオは思う。
これが俺の大事な人だよって見せびらかしたい気もしたんだけど、ね。
まぁでも、こんなミサの顔を見れるのは俺一人でいいかな……
純白姿が名残惜しくて、気持ち歩幅小さく歩むエミリオ。
その後ろを追うように声が響く。『よっしゃ!俺らもいくでみゆ!』『ええ!?』
エミリオの後に続いて、心優音を抱き抱える晃太の姿。

 そんな遠ざかる二組のウィンクルムに、いくつか視線が集まっていたり。

「ディエゴさん、」
「断る」

 会話終了。
さっさか控え室へ戻るディエゴの後を、やや不満そうに見上げながらついていくハロルド。

 ふと、羽海はあたりを見渡す。
各々が役割を果たし、満足そうに笑顔を交わし合う仲間やスタッフたち。
(あたしも……迷惑をかけずには、済んだのかな……)
ようやくこみ上げる達成感。
呆然としているように見えた羽海へ、セララが笑いかけた。

「羽海ちゃん、本当にお疲れ様!! 笑顔、サイコーだったよ!」

 これでもかという程の本心をぶつけたつもりだったが。
まだ羽海にはセララの言葉は芯まで響かず。
またこの人は……それとも、一応労ってくれてるつもり、なのかな……
斜めった方向へ解釈しつつも、どこか認められた気持ちがして。
こっそり、羽海は安堵するのだった。
「ちなみに……羽海ちゃんも控え室まで抱っこさせてくれたりは」
ぷるぷるぷる。思い切り横に振られる首があった。


 そんなやり取りたちを、冷や汗ぬぐい安堵の表情で眺めるサージ。
全員が控え室に向かったのを確認し、ショースタッフたちにも迷惑かけたことを謝る。

「そんなことになっていたんですか!?」

 混乱を招かないよう知らされていなかったのだろう。
ごく一部のスタッフ以外ほとんどのスタッフたちが驚くものの。
全くそんな気配を見せなかったウィンクルムたちに、改めて称賛と感謝の思いが広がっていく。
ショーは大成功。
観客たちは誰もアクシデントに気付くことなく、あのウィンクルムが着ていたドレスを、などとすでに商談にすら入っている様子。

 心から安心すれば、サージは最後の役目へ向かう。その手には菓子折り。
いざ向かうはミツキ・ストレンジ氏の下。
クレオナの命により薬の結果報告と今後迷惑をかけないことを誓いに。

 ただ一つ、クレオナの予想出来なかった誤算は……
サージの報告を細かに聞いては、どんな調合配分をしたか聞かせてくれますか?などと研究者魂に火がついたミツキ氏がいたこと。

 ここに、人騒がせ研究者コンビが誕生した……かもしれない――。



依頼結果:大成功
MVP
名前:ハロルド
呼び名:ハル、エクレール
  名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ
呼び名:ディエゴさん

 

名前:和泉 羽海
呼び名:羽海ちゃ~ん
  名前:セララ
呼び名:アレ、あの人、セララ

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 蒼色クレヨン
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月01日
出発日 06月07日 00:00
予定納品日 06月17日

参加者

会議室


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