【奪還】《dahlia》狂気の花嫁(白羽瀬 理宇 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

月明かりの下。
純白のウェディングドレスに身を包んだ神人が、迎えにきてくれた精霊に両手を差し伸べて微笑む。

「アナタのコトがスキなの。ダカラ……ねぇ、アタシのモノになってヨ……」

そう言って壮絶な笑みを浮かべる神人。
その右の耳の下には、まるでコサージュのような白いダリアが揺れている。
トライシオンダリア。
バレンタイン地方の森に生えるとされる寄生植物で、宿主の好意を殺意に変えて急速に育つという。
きっと以前バレンタイン地方に寄ったときに、いつの間にか寄生されていたのだろう。
美しいウェディングドレスに身を包み、光を失った目を細める神人。
唇を横に裂くかのような笑みを浮かべる神人は、思わず見惚れてしまいそうなほどに退廃的な美しさを放っていた。




事の起こりは、イベリンで開催されている『ウェディング・ラブ・ハーモニー』のウェディングドレス試着体験会だった。
嬉々としてだったり、半ば嫌々だったり……感情は様々ながらも、試着会場におもむいた君達。
二人でか、或いは神人が率先してか、山ほどのドレスの中から気に入るものを選び出して試着室へと入っていった神人。
そしてそろそろ着替えが終わるかと思われた頃の事だ。
「きゃーーーー!!」
不意に試着室のある方から神人達の悲鳴が響いたのだ。
ただ事とは思えぬ悲鳴に、精霊達が神人達が着替え中であることも忘れて試着室のドアを引き開ける。
だが、そこは既にもぬけのから。
花嫁のつけるであろうヴェールだけが、ポツリ床の上に残されていた。
大急ぎでA.R.O.A.と連絡を取り合う精霊達。
そして集まってきた情報を総合したところ、どうやら神人達は近頃頻発している拉致事件の被害に遭ったという事が分かった。
犯人であるオーガ達の足取りもすぐに判明し、
精霊達は神人達が囚われているであろうイベリン郊外の廃工場へと向かったのだ。

白々とした月明かりに照らされた廃工場。
ここに神人達と、神人をさらったオーガ達がいる……。
互いの顔を見合わせて、精霊達が気を引き締めなおした時だ。
「ギャァーーーー!!」
絹……ではなくボロ雑巾を引き裂くような悲鳴と共に、敵であるオーガ達が工場から飛び出してきたのだ。
ある者は無傷で、またある者は傷を負った身体を庇いつつ、
それでもオーガ達に共通するのは、何かとてつもなく恐ろしいものから逃げ出してきたような有様だという事。
そうしてオーガ達は散り散りに工場周辺の森の中へと消えてしまった。
一体何が起こったのか、そして神人達は無事なのか。
緊張と共に武器を持ち直す精霊達の前に、ユラリとゆらめく白い影が向かってきた。
そう、ウェディングドレスに身を包んだ神人達だ。

「アレはチガウ……。アタシがホシイのはアナタだけ……」

神人達の手には工場にあったと思われる錆びた鉄パイプや、巨大なバールのようなものが握られている。
とうやら彼女達はこれで先程のオーガを襲ったらしい。
つまり、トライシオンダリアの寄生の為か、通常以上の力が出るようになっているようだ。
このままでは自分達精霊の身だけでなく神人達の身も危ないだろう。
息を呑む精霊達の前で、神人の首筋に咲いたダリアから白い根が伸び、神人の肩から胸元へと伸びてゆく。
寄生が進み神人の心臓に根が到達する前に、白いトライシオンダリアを散らすしかない。

覚悟と共に精霊達は、それぞれのパートナーである神人に向き合った。

解説

シチュエーション的には全員同じ場面には居ますが、
神人はパートナーの精霊しか狙いませんので、戦闘は個別になります。ご注意ください。

●目的
神人の首筋(右耳の下あたり)に咲いたトライシオンダリアを散らしてください
場所が場所ですので、武器を使用される際は慎重にお願いします

●トライシオンダリア
バレンタイン地方の森に生えるとされる寄生植物で、宿主の好意を殺意に変えて急速に育ちます
いつ行ったのかは不明ですが、以前にバレンタイン地方に行った時に寄生されていたのでしょう
何故一斉に花をつけたのかは考えないお約束です

●神人の状態
ウェディングドレス姿です。ドレスのデザインに希望があればプランに明記してください
全員『闇堕ち』状態で、パートナーの精霊を殺そうと向かってきます
明確な数値的なものは存在しませんが、普段の神人よりはかなりパワーアップしています
トライシオンダリアが身体から離れることで正気に戻ります

●精霊の服装
ご希望があれば、精霊も試着会に参加していたという事でドレス又はタキシードの着用が可能です

●廃工場
場所は廃工場を取り囲む空き地のような場所です
動き回るには十分に広く、これといった障害物は一切ありません

●その他
このエピソードに限り、神人にまだ「精霊が好き」という感情が芽生えていなくても
「助けに来てくれたことにキュンとした」という一瞬の感情に反応してダリアを開花させることが可能です
(つまり「好き」という関係に至っていなくても参加することができます)

ゲームマスターより

プロローグを読んで下さってありがとうございます。
イッちゃった目をしたウェディングドレス姿の神人が、廃工場で精霊に襲い掛かる……という、
美しいけれど恐ろしい、そんなイメージをエピソードにしてみました。
白羽瀬のクセに(強調)珍しく非コメディー系です。
ダリアシリーズに参加したくとも、まだ「好き」の感情が無いキャラクターさんもいらっしゃるかと思い、
「助けにきてくれたことに思わずキュンとした」補正を入れてみました。

ホラー映画のワンシーンのようなシチュエーションを楽しんでいただけると幸いです。
どうぞよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月野 輝(アルベルト)

  タッキングスカートのAラインドレス
手には鉄パイプ

ふふ、ねえ、アル
前に言ったわよね、ずっと一緒にいるって
私、いい方法考えたの
ここで死んで?
そしたら永遠に一緒になれるわ

にっこりと
目の光以外は、まるでいつもと変わらないかのような笑顔

ずっと気になってたのよ
再会するまでの間、アルには恋人いなかったのかなって
これから先だって他の女性が出てくるかもしれないし
ここで永遠に私の物にしちゃえば、その心配はなくなるわ
ねえ、アル、私ね、貴方のこと

正気を取り戻し青くなる

アルっ!やだ、私、なんて事っ
ごめんなさい、ごめんなさいっ

自分がやった事への罪悪感で涙が止まらない
髪を撫でられ少し落ち着いた後、言ったことに気付き真っ赤に



油屋。(サマエル)
  機械的に愛してると繰り返す
意志とは関係なく、勝手に言葉が出てくる
どうして…?

精霊の心臓目がけて攻撃を仕掛ける
絶え間なく攻撃を続けることで、防御を崩していく
武器に気を取られているところに膝蹴りを腹に叩き込む

良かったねサマエル
アタシに殺して貰えるなんてこれ以上の幸福はないじゃない

戦闘後:

サマエル……?
いたたたたた!?頭割れる!割れちゃうから!!
精霊の態度はいつも通りなのに、悲しそうに見えるのは何故だろう
もしかして蹴ったところ、まだ痛むのかな
きゃっ!どさくさに紛れて何してんだテメーは!!
後でボコボコにしてやる



かのん(天藍)
  カットレースのロングトーレンが映えるドレス

対天藍
大切にされている自覚あり
ただ自身が天藍に釣り合うのだろうかと漠然とした不安も
顕現前の様に1人に戻ってしまったら
温かな優しさを知った今はきっと耐えきれないと
・・・ドクセンデキルクライ、天藍、アナタのスベテを、ワタシニ・・・

片手でドレスの裾を少し持ち上げ、手にした武器を確実に当てるよう隙の無い動きで天藍に向け振るう
反撃の様子がないことに気をよくして大胆に近付く

正気に戻り
ダリアの影響のせいか微かに痙攣する手足
天藍の腕の中で自分の行動に自己嫌悪
・・・ごめんなさい、私はただ温もりの感じられる距離で一緒にいられたら
彼の言葉に安堵し、頭を肩口に乗せて目を閉じる



夢路 希望(スノー・ラビット)
  服装:星刺繍が施されたプリンセスラインドレス


寄生:柔らかな口調
駆けつけた精霊の中に彼の姿を見つけて微笑みがこぼれる
「スノーくん」
やっぱり来てくれた
私の、王子様

右手に鉄パイプ、左手にドレスの裾を掴み、駆け寄る
想いを口にするのは恥ずかしくて、一撃一撃、想いを乗せて振るう

好きって言われるのは嬉しい
でも、きっと、その好きに深い意味は無い
分かってるのに何だか寂しくて
優しいから、夢を見る

笑顔も優しさも、全部
私だけのものにしたい

彼の動きが止まり微笑まれたら目を細め
大きく振りかぶる

正気:普段の口調
「…ユキ…?」
意識戻り
段々と自分の行いを思い出して震える
私は何を思った?
何をしようとした?
「私っ…ごめんなさ…っ」



メイ・フォルツァ(カライス・緑松)
  「遅いわよ」
背を向けながら、橙のAラインドレスが風になびく。
マシュマローンの剣先をリョクに突き付け、脅迫する。
「罰ゲームよ、死になさい」

避けるリョクを罵る。
「アタイの事想ってるなら、死ぬくらい出来るでしょ」

剣を構え、リョクに近付いて剣を突く。
避けられたからって安心すんじゃないわよ。
詰め寄って剣を斜めから斬り、
あんたの手に傷をつけてやるわ。
目眩を手放しさせ、拾わせない為にね。

「うぅん」
目を覚ますと、運んでくれているリョクの顔があった。
体のあちこちが痛いと訴える。

まぁ、いっか。
ドレス着られたし、お姫様抱っこもしてもらったし。

「んー。じゃあ、このままでお願い」
ちょ、大丈夫よ!お詫びに手当てするから!



●私ね、貴方のこと……

「ふふ、ねえ、アル。前に言ったわよね、ずっと一緒にいるって」
 夜闇の中に浮かび上がる純白のドレス。
 タックを寄せ、ボリューム感の増した長いAラインの裾が地面にすれて汚れることも気にせずに
 月野 輝がアルベルト・フォン・シラーに向かって歩みを進める。
「一緒にいるために、私いい方法考えたの」
 新月の夜に隅を流したような昏い瞳を、いつもと変わらぬ形に細めて輝は笑った。
 廃工場の陰から出てきた輝を青白い月明かりが照らす。ドレスの表面に縫い付けられた無数のスパンコールが冷たく輝く。
「……ここで死んで?」
 まるでブーケトスでもするかのように腕を振り上げる輝。
 その手にはブーケではなく、工場で拾ったらしい鉄パイプが握られていた。
「そしたら永遠に一緒になれるわ」

 対するアルベルトは、とりあえず剣を抜いたものの困惑していた。
 何よりも、何故いきなり輝がこうして自分に襲い掛かってくるのかが分からない。
 同行していたはずの精霊達も状況は同じらしく、みなそれぞれに戸惑った様子で自分のパートナーと対峙している。
 アルベルトの眼鏡越しの視線が、輝の首筋に咲くダリアに止まった。
 月明かりを受けて艶やかな生気を放つ花。ドレスの装飾用の花が、あんなにも生き生きとしているはずがない。
「あの花、もしかしたら噂の……原因があの花なら一刻も早く取り除かないと」
 自らの幸せの象徴たる輝。
「輝のあんな目は見たくない」
 アルベルトは覚悟を決めた。
「情熱的なお誘いですけどお断りします。死んでは輝を守れない、約束を果たせない。そんなのはごめんですね」

 ガツンと耳障りな金属音を立てて、アルベルトの大剣が鉄パイプを受け止める。
「……くっ」
 それはまるでオーガの一撃のように重かった。
 予想を大きく上回る衝撃にアルベルトが秀麗な眉を寄せる。
「ずっと気になってたのよ。再会するまでの間、アルには恋人いなかったのかなって」
「……恋人?」
 まだアルベルトの両親が生きていた頃に出会った輝。両親の死をきっかけに輝とは会えなくなっていたのだが……。
(そんな事を気にしていたのか)
 つい、そう思ってしまったのが悪かった。気の逸れた一瞬を逃さず、輝が鉄パイプで打ちかかってくる。
「これから先だって他の女性が出てくるかもしれないし。ここで永遠に私の物にしちゃえば、その心配はなくなるわ」
 ブン!と振り下ろされた鉄パイプを、アルベルトは辛うじてかわした。
 が、強烈な一打が肩をかすめ、肩から先に鈍いしびれが走る。
「ねえ、アル、私ね、貴方のこと……」
 そう言って鉄パイプを振り上げる輝に、アルベルトは身体ごとぶつかって行った。
 否、身体ごとぶつかるようにして、輝の振り上げた腕ごと、輝の身体を抱きしめたのだ。
 暴れる輝の後頭部に手を回し、自らの肩に輝の頭を押し付けるようにしながらアルベルトは囁く。
「私の輝を返して頂きましょうか」
 アルベルトの手の中に握りつぶされるダリア。
 そうして花は散った。

「アルっ!やだ、私、なんて事っ」
 月明かりよりも青褪めた輝が鉄パイプを取り落として悲鳴を上げる。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 花に操られていたとはいえ……己の所業に深く胸を抉られて、輝はポロポロと真珠のような涙を溢れさせた。
「大丈夫ですよ、これくらい」
 泣きじゃくる輝の艶やかな黒髪を撫でてアルベルトは言う。
 本当は少し肩が痛かったけれど、ここでそれを口にするのは野暮というものだ。
「それよりもさっきの続きを聞いてもいいですか?」
 髪を撫でられたことで少し落ち着きを取り戻した輝が、アルベルトの問いに顔を上げる。
「さっきの……?」
 鉄パイプを振り上げ、アルベルトを襲っていた時に口にしかけたこと。
 『ねえ、アル、私ね、貴方のこと……』
 貴方のことが……。
 その先を、言おうとしていたという事実に気づき、輝は耳まで真っ赤になって顔を伏せる。
 そんな輝の様子に、アルベルトがふふっと笑った。


●幻想の愛の囁き

 バールのようなもの……。
「じゃなくて、バールだな」
 それも、かなり大きめの。
 やれやれと不遜な溜め息をつきつつ、サマエルはウェディングドレス姿の油屋。を見据えた。
 月明かりに青白く照らされ、抑揚のない声で「アイシテル」と繰り返す油屋は、まるで精巧に作られた蝋人形のようだ。
「こんな事がなければじっくりドレス姿を楽しめたのだが」
 手持ちの武器はない。だが負ける訳にもいかない。
 覚悟を決めて油屋に対峙するサマエルの瞳は、何故かダリアに支配された油屋よりも、なお暗い光を湛えていた。

 思考も身体の自由も奪われ、悪夢を見ているような混濁した意識の中で、油屋はサマエルの姿を微かに認識した。
「アイシテル……アイシテル……」
 己の声帯を揺らす言葉。それは油屋の意図したものではない。
(でも、どうして……?)
 どうしてあたしはサマエルに「アイシテル」と言っているのだろう。

 長さ1m程もあろうかという大きなバール。
 直角に曲がっていない、真っ直ぐな側の端をサマエルの心臓めがけて突き込もうとする油屋。
 それはまるで吸血鬼に挑む人が、銀の杭を吸血鬼の胸に打ち込まんとする姿にも似ていた。
「……乳女め」
 絶え間ない攻撃に、ひたすら防御を繰り返しながらサマエルはそう毒づく。
 とはいえ、このまま防戦一方で勝てる戦いではないだろう。
 必死にバールの攻撃を避けるサマエルに向かって、油屋が跳躍した。
 本来ならば動きにくいはずのウェディングドレスをものともせず、飛び膝蹴りを放つ。
「……っ」
 思わずよろめいたサマエル。
 口裂け女のような笑みを浮かべた油屋がサマエルに向かってバールを振りかざす。
「良かったねサマエル。アタシに殺して貰えるなんてこれ以上の幸福はないじゃない」
 しかし、それこそがサマエルが待ち続けていた瞬間だった。
 倒れこみそうになる身体を何とか支え、油屋からの攻撃を防御する……と見せかけて、その利き手をつかむ。
 そしてその手を思い切り引いて、サマエルは油屋を組み敷いた。
 のしかかるようにして油屋の動きを封じ、首筋のダリアを鷲づかみにする。
「解るんだ。お前はもう俺を見ていない」
 まるで雑草を引き抜く時のような、多数の細い根を引きちぎる感触とともに、純白のダリアが、油屋の白い首筋から引き剥がされていった。
「お前はこれからも俺を否定し、拒み、裏切り続ける」
 宿主を失ったダリアが、急速に生気を失い枯れてゆく。
「愛してるなんて……言わない」
 ただの残骸となったダリアを無造作に地面に投げ捨てるサマエル。
 そう、それは残骸なのだ。
 油屋が一途にサマエルだけを見つめ、サマエルだけを欲し、「愛してる」と言ってくれる幻想。
 ダリアの残骸は、まさにそんな幻想の残骸であった。

 正気を取り戻した油屋は、その瞬間、ひどく心配そうな顔のサマエルを見た気がした。
「サマエル……?」
 悪夢のような幻影が終わりを告げ、サマエルにいつもの表情が戻る。
「よぉメスゴリラ、お目覚めか?素晴らしい膝蹴りをどうもありがとう」
「いたたたたた!?頭割れる!割れちゃうから!!」
 固めた拳で頭を左右から挟まれ、さらにその拳をグリグリとねじ込むように回されて悲鳴を上げる油屋。
 けれども油屋は気づいた。サマエルの目元に悲しげな影が落ちているのは、月明かりのせいだけではないことに。
(もしかして蹴ったところ、まだ痛むのかな)
 油屋がそんな事を思った時だ。
 不意に油屋の身体がフワリと持ち上がり、しっとりとした少し冷たい感触が額に触れた。
 サマエルが油屋を抱き上げて、その額にキスを落としたのである。
「きゃっ!どさくさに紛れて何してんだテメーは!!後でボコボコにしてやる」
 油屋のそんな悲鳴を聞きながら、とりあえず今回の件はこれで許そうとサマエルは一人ほくそ笑む。
 アイシテル。機械音声のような油屋の声が、サマエルの耳にいつまでもこびりついていた。


●あなたの腕の中で

 大切に想い想われることは、温かな羽根布団に包まれることにも似ている。
 天藍の深い懐に抱かれ、ぬくもりを享受することは、かのんにとって羽根布団の中でのまどろみにも近い、心地の良いものだった。
 だがそこに忍び込むものがある。
 自分が藍に釣り合うのだろうかという、漠然とした不安。
 顕現前の様に一人になってしまったら、この羽根布団を奪われてしまったら、きっと自分は耐えられないだろう、と。
 それはまるで隙間風ように、かのんの羽根布団の温度を下げてゆく。
 ならばいっそ……。
「ドクセンデキルクライ、天藍、アナタのスベテを、ワタシニ……」

 月明かりの中で長く尾を引くカットレースのトレーン。
 このような荒れた場所では歩きづらかろうに、大きなノコギリを手にしたカノンは軽やかに天藍に襲い掛かる。
 「……くっ」
 振り下ろされるノコギリをギリギリで避ける天藍。その胸のうちには苦い思いがある。
(少し前に俺も寄生されたのに……かのんも寄生されている可能性に気付けなかった)
 己の迂闊さを呪い唇を噛んでみても、かのんを助ける手段にはならない。
 早急に決着をつけるべく、天藍は静かに勝機が見えてくる瞬間を待っていた。

 できるだけ身体が自由になるようにと、対になった双剣をの片方だけを手にしていた天藍。
 ひたすら回避と防御につとめ、一切の反撃をしてこない天藍に気をよくしたのか、かのんの動きが徐々に大胆になってゆく。
 後に退いた天藍を追い、大きく踏み出すかのん。それこそが天藍の狙っていた隙だった。
 かのんのサイドに素早く回りこんだ天藍の足が、かのんの後に引いた長いトレーンを踏みつける。
 神人が裾の長いウェディングドレスに身を包んでいることを利用した、見事な作戦。
 予想外の出来事に驚き身じろいだかのんだったが、それがかえって仇となった。
 踏みつけられ固定されたドレスの裾に身体が引っ張られ、かのんはバランスを崩してしまう。
「おっと」
 計算どおりによろめいたかのんの腰に左手を回し、前腕でかのんの身体を支える天藍。
 そして天藍はかのんの首筋に咲く白いダリアを手の中で握りつぶした。
 みずみずしかった花弁が急速に張りを失い、薄紙の紙吹雪のように散ってゆく。
 がっくりと脱力したかのんの首筋から、天藍がダリアの残骸を引き剥がした。

 天藍の腕の中で、夢から覚めるように目を開くかのん。光を取り戻した紫の瞳が天藍の姿を認める。
「あ……」
 その途端、かのんの身体がカタカタと小刻みに震え始めた。
 ダリアの魔力により、通常以上の力を生み出してしまった筋肉が悲鳴を上げているのか、それとも己の所業に気がついて恐れているのか。
「……ごめんなさい」
 自己嫌悪のためだろう、消え入りそうな声で謝るかのんに体温を分け与えるように、天藍はかのんの身体を抱きよせる。
「無事なら良い、お互い様だ」
 この前は天藍がダリアに寄生されてかのんを襲った。そして、その時の天藍を助けてくれたのも、かのんだった。
 ―お互い様―
 共にあれば、時に迷惑をかけ、迷惑をこうむることもあるだろう。だが、それらも含めて共に乗り越えていくのがパートナーだ。
「かなり無理な動きをさせられていたはずだから、体がつらいだろう。大丈夫だから少し休むと良い」
 そう言って、かのんの身体を横抱きにする天藍。
(この温もりの感じられる距離で一緒にいられたら)
 天藍の肩に頭を預け、かのんは大きく息を吐いて目を閉じた。
 かのんの羽根布団は、確かにここにある。



●残酷な優しさ

 星の刺繍をまとった花嫁、夢路 希望が柔らかく微笑む。
「スノーくん……」
 月の刺繍を身につけた花婿、スノー・ラビットが戦慄する。
(あれは……)
 花嫁の首筋には、白く輝くダリアの花。
 あの花は先日スノーの身ににも寄生したトライシオンダリアだ。
「やっぱり来てくれた。私の、王子様」
 プリンセスラインのドレスに施された金糸の星の刺繍が、月明かりをうけて、まるで本物の星のように瞬いた。

 左手でドレスの裾をつかみ、右手にはブーケではなく鉄パイプ。
 そんな姿で駆け寄ってくる希望を見た時、スノーは先程オーガ達を攻撃したのが誰だったのかを瞬時に悟った。
 他でもない、自分の目も前にいる希望。
 その証拠に、希望が携える鉄パイプには何のものかは分からない血がベットリと付着していた。
(あの時、彼女は命懸けで僕を助けてくれた)
 希望の頬を見つめながら、改めて覚悟を決めるスノー。
 そこには、先日スノーがダリアに寄生された際、希望に負わせてしまった傷がある。
「今度は僕の番」
 タキシードの襟元に施された銀糸の月の刺繍が、スノーの眼光のようにキラリと光った。

 好きって言われるのは嬉しい……と右から一振り。
 でも、きっと、その好きに深い意味は無い……と左からもう一振り。
 連続で振り下ろされる鉄パイプを、スノーは鞘におさめたままの剣で何とか受け流した。
 分かってるのに何だか寂しくて、それなのにスノー君が優しいから、夢を見てしまう。
 恥ずかしくて口には出せない、重たい想いがのった一振りが、重たい一撃となって、容赦なくスノーを襲う。
「ノゾミさん……っ!」
 悲痛さの混ざる声で希望の名をよびつつ、スノーは希望の攻撃をいなし、バックステップで距離を取っていた。
 しかし、そんな防戦一方な戦いには、いつか終わりがくる。
 小さなひび割れがいくつも走った工場の外壁がスノーの背中に当たり、退路を塞いだ。
「あぁ……」
 諦観の溜め息を漏らしたスノーが構えを解き、ダラリと手を下げる。
 抵抗を諦めたように見えるスノー。その姿に希望の昏く柔らかな笑みが深まった。
「笑顔も優しさも、全部。全てを私だけのものにしたい……」
 見せ付けるようにゆっくりと、鉄パイプを振りかぶる希望。
 その僅かな時間こそがスノーの狙いだった。
 素早く希望の後ろに回り込んだスノーが、希望の身体を壁に向かって抑えこむ。
 いわゆる『壁ドン』の背中版。
 そうしてスノーは希望の首筋のダリアを素手で握りつぶした。

「……ユキ?」
 控えめに震える希望の声。
「大丈夫?どこか痛いところはない?」
 スノーの真摯な瞳に覗き込まれながら、希望は大急ぎで記憶のジグソーパズルを頭の中で組み立てる。
 何を思い、何を考え、何をしようとしていたのか……。
「私っ……ごめんなさ……っ」
 震えながら己の口元を抑える希望。
 手から離れた鉄パイプが地面に落ちてガランと大きな音をたてた。
「無事で……良かった」
 躊躇いながら伸ばされたスノーの腕が希望の背中に回り、その細い身体を優しく優しく抱きしめる。
 身体が密着したことで希望の震えが直接スノーに伝わってきて、スノーは希望を抱く手に力を込めた。
「怖かったね、大丈夫だよ」
 希望の髪に指を差し入れ、手ぐしで梳くように希望の髪を撫でるスノー。
 それは希望の震えが収まるまで、ずっと続けられた。


●お手をどうぞ

「……すみません。怪我はありませんか?」
 メイ・フォルツァの身を心配し、そう声をかけるカライス・緑松。
 メイはカライスに対して背を向けているため表情までは分からないが、クツクツと喉の奥で嗤う音が聞こえた。
 ふわり吹き抜ける一陣の風に、メイが身につけた橙色のAラインのドレスが、まるで花のように揺れる。
(メイはカラードレスを選んだんですね)
 試着体験会の会場に展示されていたドレスは純白のものばかりだとカライスは思っていたが、どうやら違ったようだ。
「遅いわよ」
 スローモーションのようにゆっくりと振り返るメイ。
 昏い光を湛えた琥珀の瞳でカライスを見つめ、メイはカライスの鼻先にチェーンソーの先をつきつけた。
「罰ゲームよ、死になさい」

「いきなり何を!?」
 メイの攻撃を後ろに飛び退いてかわしたカライス。
 メイが携行していた武器は、きっと誘拐された際に取り上げられたのだろう。『マシュマローン』の代わりにメイが手にしているのは、工場にあったと思しきチェーンソーだった。
 電源が入っておらず刃が回転していないとはいえ、鋭利に入り組んだ刃は振り回せば十分な脅威となる。
 立て続けに繰り出される攻撃を必死に避けるカライスだったが、借り物のタキシードには既にいくつもの切れ目が走っていた。
「避けられたからって安心すんじゃないわよ」
 そんな言葉とともにチェーンソーを構え直したメイが、カライスの手を狙ってチェーンソーを斜めに振るう。
 カライスのメイン武器『目眩』を取り落とさせるのが目的のようだが、トランスができておらずスキルの使えない現状では、本である『目眩』の攻撃力は無いに等しい。
 けれども、ダリアに寄生され思考力を奪われたメイにとってそんな理屈は関係ない。
「アタイの事想ってるなら、死ぬくらい出来るでしょ」
 防戦一方のカライスに、小馬鹿にしたように罵声を浴びせるメイ。
 そのもの言いにカライスの堪忍袋の緒が弾けとんだ。
「てめぇ、調子こいてんじゃねぇぞ!ゴルァ!」
 先程までの物腰柔らかな口調はどこへやら、まるっきりチンピラのような口調で怒鳴るカライス。
 乱れてしまったオールバックの髪を乱雑にかき上げ、頬に走る傷から流れる血を手の甲で拭うと、仕込刀『時雨』を引き抜いた。
 先程までのお返しとばかりに、カライスはメイの手元を狙って『時雨』を振るう。
 チェーンソーを取り落としはしなかったものの、一瞬踏みとどまったメイの顔をめがけ、カライスは『目眩』をなげつけた。
 視界を塞がれたことと、顔にものが当たる衝撃に怯むメイ。
 狙い通りに生じた隙を逃さず、カライスはメイの間合いへと踏み込む。そしてメイの腹に向けてパンチを繰り出した。
「……っく」
 カライスとしては本当はメイを気絶させたかったのだが、実は腹を殴って気絶するというのはあまりない。
 けれども柔らかな腹部への打撃に、メイは身体を丸めて悶絶する。
 屈んだメイのむきだしになった首筋、そこに咲くダリアをカライスは根っこごと引きちぎった。
「メイを悪女にさせるには、てめぇじゃ役者不足だ」
 力を失い崩れ落ちるメイ。
 むきだしのままの白い肩に、カライスは自分の上着を脱いで着せ掛けた。

 ユラユラと揺すられる感覚に目を覚ましたメイ。
 顔を上げると、自分を横抱きに抱いたまま歩いているカライスと目が合った。
「体のあちこちが痛いんだケド」
「オレも体が痛ぇんだ、辛抱しろ」」
 メイの訴えにぶっきらぼうに返すカライス。
「んー。じゃあ、このままでお願い」
 我慢はするからこのまま抱いていってくれと頼むメイにカライスが諦めの溜め息をつく。
「ちょ、大丈夫よ!お詫びに手当てするから!」
 カライスの腕の中、わざとワガママを言いながらメイは先程のことを反芻していたが……。
(まぁ、いっか。ドレス着られたし、お姫様抱っこもしてもらったし)
 奔放なメイは、もういつも通りだ。



依頼結果:成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 神崎恭一  )


( イラストレーター: 牡牛まる  )


エピソード情報

マスター 白羽瀬 理宇
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 恐怖
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 少し
リリース日 06月01日
出発日 06月07日 00:00
予定納品日 06月17日

参加者

会議室

  • [11]油屋。

    2015/06/06-23:55 

  • [10]かのん

    2015/06/06-23:10 

  • [9]月野 輝

    2015/06/06-23:09 

  • [8]メイ・フォルツァ

    2015/06/06-22:30 

    カライス:

    ひとまず、プランは出しています。
    メタな話、今回の状況からして、トランスは出来ないものと認識しました。
    加えて、ジョブスキルを使わずに神人を助けられるのか少々不安ですが……出来るだけの事は、やりましょう。

    成功を祈ります。

  • [7]夢路 希望

    2015/06/05-09:04 

  • [6]油屋。

    2015/06/05-07:33 

    サマエル:

    全くあのゴリラは……少し目を離しただけでこれか。
    初めましての方もいらっしゃるようですが、ほとんどの方はお久しぶりでございます。
    面倒なことになりましたがお互い頑張りましょう。

  • [5]メイ・フォルツァ

    2015/06/04-23:30 

    カライス:
    アルベルト様、大変お久しぶりです。
    以前はメイがお騒がせしました。
    天藍様、サマエル様、スノー様は初めまして。
    カライス・緑松と申します、よろしくお願いいたします。

    少なくとも神人を狂わせている根源は取り除きたいと思っていますので
    命が蝕まれる前に、落ち着いて救出しましょう。

    (PL:文末の誤字と言葉の誤表現を見つけたので、再投稿しました。お手数おかけします)

  • [3]かのん

    2015/06/04-21:05 

    天藍:
    カライスとは初めて会うか
    他の皆とはいつ以来かはさておき、知った顔だな、よろしく頼む

    ・・・よりによってあの花か・・・
    オーガに誘拐されたよりタチが悪い、早く何とかしないとな

  • [2]月野 輝

    2015/06/04-12:30 

    アルベルト:
    やれやれ……やっかいな事になったものです。
    一刻も早くあの花を何とかしなければ。

    ああ、皆様、見知った顔ばかりですね。
    お久しぶりの方も先日もお会いした方もよろしくお願いします。
    お互い神人を取り戻せるよう頑張りましょう。


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