プロローグ
――甕星香々屋姫に祝福された花々は、宵闇にほのかに輝く。
薔薇園は豊かな香気に包まれていた。
白、薄紅、あるいは深紅の蔓薔薇が、アーチや生け垣にしなやかにその肢体を這わせている。
ここは、イベリン領のとある貴族の館の敷地内。
君たちは、数日前にA.R.O.A.イベリン支部で出会った、人のよさそうな青年の言葉を思い出す。
「昼間の薔薇も素敵ですけど、夜の薔薇も良いものですよ。
涼しい夜の大気に薔薇の香りが広がると、えもいわれぬ心地がするものです。
特に、夜ほのかに輝く、今年の薔薇の香気を吸い込むと、酔ったような状態になるそうです」
確かに、この濃厚さは、まるでアルコールのよう。
むせかえるような香りを吸い込み続けると、本当に酔ってしまいそうだ。
「イベリン領では最近、お祝い事も多い半面、誘拐事件など不穏な事件も多発しています。
そんなときに、ウィンクルムの皆さんが遊びに来ているとわかれば、他の観光客や住人も安心します。
今回は、さる貴族の御方から、ウィンクルムの皆さんに、夜の薔薇園を見に来ないかとお誘いがありまして……。
ここには、有名な薔薇の生け垣の迷路があるんですよ。所々には東屋もあります。
昼間は一般にも公開されていますが、夜来られるのは皆さん方だけです。
ぜひ、遊びにいらしてください」
解説
●庭園
2メートルほどの高さのある薔薇の生け垣で作られた迷路です。
所々に東屋があり、東屋の下には小さな噴水があります。
昼間であれば、迷路の攻略はそれほど難しくありませんが、夜、酔った状態であれば厄介かもしれません。
どうしても脱出できそうになかったら、大きく両手を振ってください。高台で見張っていた係員がきます。
迷路の出口にはコテージのような休憩所もあり、酔いがさめるまで休むこともできます。
●酔っ払いさんおいでなさい
薔薇の庭園では、酒豪も下戸も、未成年も成年も、みな酔ったような状態になります。
どんな酔いかたかというと、いい歳した大人でも、子供のように無邪気になります。
無口な人も普段より饒舌になるでしょう。
また、パートナーに子供のころの思い出をしゃべりたくなります。
酔っている状態の程度は人によって軽かったり重たかったりします。
薔薇園から出てしばらくすると、酔いから覚めたようにもとに戻ります。
ひどく酔っぱらっていた人は、薔薇園での記憶があいまいになっているかもしれません。
●いたずら薔薇(※ロールプレイに使うかは任意です)
生け垣の中に、まれに紫色の薔薇が咲いています。
「いたずら薔薇」と呼ばれ、この薔薇に触れると10分ほどの間だけ、透明になります。
透明になって、パートナーから隠れて様子を観察するもよし、いたずらするもよし。
職員や庭園の人からこの薔薇の存在を聞いていたことにしてもいいですし、知らなくてもかまいません。
ペアのどちらか一方が知っていて、他方が知らないことにしてもいいです。
●明かり
満月ですし、花も燐光を放っているので、特に明かりは持たなくて大丈夫です。
●薔薇
数輪なら、その場で薔薇を摘んだり、花びらを散らしたりしてもおとがめなしです。
●諸注意
薔薇にはとげがあるので、触る際にはご注意を。
●費用
交通費300ジェール
ゲームマスターより
こんばんは。
オリジナル小説の自キャラでBL的な妄想をすることもあるのですが、
思い浮かべるデートスポットが「夜の薔薇園」か「廃墟」という蒼鷹です。
さて、真夜中に意味もなくハイになってくださいというのが今回のお題です。
普段はしゃぐキャラじゃない人も、今回は童心にかえって楽しんでください。
生け垣の迷路って、一度入ってみたいものですね。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
これが酔ってるって感覚なのか?クラクラする… フィンの様子もおかしくて… 饒舌に話すフィンの話を黙って聞く 今迄も言葉の端々から大体の事情は知ってた けど、きちんとフィンの口から聞くのは初めてで フィンは故郷も家族も、全部亡くしてたのか 笑って話してくれたけど… 「そうやって話せるようになるまで、どんなに辛く悲しかったのか…俺も大切な人を亡くしてるから、少しはわかるつもり」 フィンを抱きしめる 「過去のフィンが居るから、今のフィンが居る。俺はフィンと出会えて嬉しい。一緒に居られて幸せなんだ」 素直な気持ちが溢れ 言えたのは酔っていたせい? 気付けば二人笑い合って 子供みたいに薔薇を一輪ずつ髪に飾り 手を繋いで迷路を抜け |
明智珠樹(千亞)
酒:やや強い。少し陽気だが自我あり 迷路:酔って危なげな千亞をエスコート 紫薔薇:意味知ってる ふふ、薔薇の迷路…素敵ですね。 私の記憶の始まりは夜の薔薇園ですので、特別感があると言いますか… だいぶ酔ってるようですね、千亞さん。そんな姿も愛しいですが…! おや、千亞さん? 紫の薔薇が…本当なら私が透明になり千亞さんに あんなことやこんなことを…! (抱き付かれ) …ふふ。 ライクでも、ラヴでも。 どちらでも嬉しいですよ。 …おや、寝てしまいましたか。 これ以上酔わせるのは危険そうですね (高台に手を振り。千亞を抱き抱え離脱) ●醒め (お水等用意し) 千亞さん、私心配になりました。 送り狼にさせるのは私だけにしてくださいね? |
ロキ・メティス(ローレンツ・クーデルベル)
薔薇園…か。ずいぶんロマンチックだな。 男同士でくるには少々似合わないと言うか…いや気持ちの問題か。 別に嫌な訳じゃない。自分には似合わないなと思っただけだ。 花酔いとでもいうのか、頭がぼんやりする。 心地よい酔い。 生垣の迷路。迷うのはいいがはぐれないようにしないとな…なんなら手でもつなぐか? ローレンツの子供の頃は楽しそうだな。俺は兄妹とかいないからな…それどころか…。 あまり耳触りのいい話じゃないが聞いてくれるか? 俺の子供時代は最悪だったよ。母親に虐待されるわ殺されそうになるは。家を出たら出たで白い目で見られることもやった。 なんだろうな…お前と一緒に居れば愛されるよな、愛せるような気持ちになるんだ |
暁 千尋(ジルヴェール・シフォン)
アドリブ歓迎 しませんよ、どうしてそうなるんですか ていうか、勝手に行かないでください …手でお願いします(この人すでに酔ってるのか…) 誰かとこうして迷路を楽しむなんて、何年ぶりでしょうか 小さい頃はよく両親と出かけたものですが… 先生の子供の頃ってなんだか想像できないですね 外見だけは見たことありますけど はぁ…楽しんでいただけたなら光栄です? (何か意外だったな…僕はまだまだ知らないことが多い…何だろう、なんかモヤモヤする…) ……先生…気持ち悪いです(酔い初体験) ■休憩所 (肩に凭れ掛りながら) 先生、もっと色んな所に行きましょうね 先生ができなかった事、やりたかったこと沢山しましょう …僕が一緒にいますから |
スコット・アラガキ(ミステリア=ミスト)
酔いは軽いけど言わないよ 二人でぐるぐるするのが楽しいから 肩車する時は足許がおぼつかないふりで驚かせちゃお はしゃぎ疲れて東屋で休憩 膝枕でも勧めてみよー アホかの一言でばっさりだろうけど 彼の言葉にふと思い出す 俺、小さい頃は君のお嫁さんになりたかった 泣きながら全力でライスシャワーぶつけてきそうだよね、君 で、俺も泣くの。米が、米が目に~ 眠気に下がる彼の瞼を掌で覆う 暗に※彼女のことを言ってると気づけないほど子供じゃない 確かにいい娘だけど、一緒に居ても不安は少ししか紛れない 君じゃなきゃダメなんだ 君のそばに居ないと俺は俺でなくなってしまう …でも、いいよ。君の望みは俺の望みだ 幸せな夢を見せてあげる♪ ※職場の同僚 |
●初めての酔い
甘く濃厚な香りが庭園を満たしていた。
ジルヴェール・シフォンは鈴が鳴るように笑いながら、スキップを踏むように月下の薔薇の森を歩く。
菫から薔薇へと色を変える長髪が、夜風にさらり、なびいて。
「夜の薔薇園なんてロマンティックねぇ」
クスクス、と艶っぽく緋色の瞳を細めて、
「ふふ、追いかけっこでもする?」
後に続く青髪の青年は、眼鏡の奥の琥珀の瞳を困ったようにひそめて、
「しませんよ、どうしてそうなるんですか」
蒼い月光が、燐光を放つ薔薇が、濃厚な闇が、見返るジルの容姿に魔性を添える。
暁 千尋はひととき目を奪われたが、師匠が自分を置いていこうとしているのに気がつき、
「……ていうか、勝手に行かないでください」
「じゃあはぐれないように手でも繋ぎましょうか。それともリードにする?」
手を丸めて、わんっ、と吠えてみせる。
「……手でお願いします」
(この人すでに酔ってるのか……)
ほんの少しおぼつかない師の足取りを、辿り、追いつき、手を差し出せば。
普段にもなく無邪気に笑うジルの横顔に、今夜は僕が護らねば、……と。
握るジルの手は温かい。
ああ、そうだ、自分も幼い頃、親の手に引かれて歩いたものだ。
「誰かとこうして迷路を楽しむなんて、何年ぶりでしょうか」
想いがそのままに口をついて出る。
「小さい頃はよく両親と出かけたものですが……」
「そうなの? ワタシは大人になって来ることが増えたわねぇ」
ジルは甘やかな大気を吸い込むように、月光を浴びるように空を見上げる。
「ウィンクルムになって、最近は特に色んなところに行けるから楽しいわ」
そんなジルの横顔を見て千尋は思う。どんな子供だったんだろう。
「先生の子供の頃ってなんだか想像できないですね。外見だけは見たことありますけど」
再会したときの変わり様を思うと、どんな子供時代を送っていてもおかしくなさそうで。
「そうねぇ……普通の子供だったと思うわよ? ただド貧乏だったから、遊びに行くって感覚はあまりなかったわね」
昔を思い出すようにジルの瞳が蒼い月を眺める。
「学業だけは修めなさいって祖母にきつく言われたから、そこは頑張ったけど。それ以外の時間はほとんど働いてたわねぇ」
千尋が目を見開いた。
「……ご苦労、されていたんですね」
他の子が遊んでいるときに、一人働きに行く気持ちはどんなだったのだろう。
そんな千尋の気持ちをまなざしで感じ取ったか、ジルは茶化すように、
「ふふ、ワタシって意外と苦労人なのよ」
扇子「サロン・ド・ブラード」をひらり。言葉とは裏腹に、辛さなど感じさせない、大人の優しさで。
そんなジルの言葉は、心地よく耳に響いたが、そのとき千尋は何だかふわふわした感じを味わっていた。
「チヒロちゃんの家庭教師は良い仕事だったわね。給料も良いし、何より楽しかったわ」
「はぁ……楽しんでいただけたなら光栄です?」
(何か意外だったな……僕はまだまだ知らないことが多い……て、あれ?)
何だろう、なんかモヤモヤする。
舟にでも乗っているように世界が揺れて。
「……先生……気持ち悪いです」
これが、酔うってことか。
「あらまぁ……大変」
よろけてジルの肩に手をかけた、千尋の紅潮した頬に、ジルは気遣わしげにそっと手をあてた。
人を酔わせる薔薇園を出て少し歩けば、そこはきりっと澄んだ、林の夜気の中。
コテージの中、千尋はまだぼうっとしながら、ジルの肩に頭をもたせていた。熱でも出たみたいだ。
「先生、もっと色んな所に行きましょう、ね。
先生ができなかった事、やりたかったこと沢山しましょう」
少しもたつく舌で、ジルの耳元に囁く。
「……僕が一緒にいますから」
飾り気のない、真っ直ぐな千尋の言葉は、薔薇の香気がまだ吐息の中に残るようで。
「……そうね、楽しみにしてるわ」
チヒロちゃん、と耳朶に囁き返して、その手で愛しい人の頬を優しく撫でると、額に軽く口づけを落とした。
●想い合うが故に
長身、筋肉質の見事な体躯。茂る葉の色の髪が、微風に薔薇の香りをはらむ。
碧眼は悪戯っぽく見開かれ、現実感を失わせる石膏のような肌、現代絵画の中から出てきたような、奇妙な美貌をもつマキナに掴みかかる。
不思議な光景だ。ミステリア=ミストの容姿は冷たい石像のように宵闇に浮き上がり、スモークブルーの瞳がわずかに色を添える。他方、スコット・アラガキは生命の象徴のよう、若く力にあふれ、六月の青葉のようだ。対照的な二人は、しかし何の隔たりもなく手を取り合い、些細なことで笑い転げる。
スコットの酔いは本当は軽かった。でも、それはミストには言わない。二人でぐるぐる、薔薇の迷路をさまようのが楽しくて。
このまま出口が見つからなければいいと思うくらい。
「な~んだよ行き止まりじゃねぇかへっへへ」
普段、酔うと喜怒哀楽が激しくなるミストだが、今宵はただ楽しく心地いい。
「よぉしスコットぉ、屈め! 肩車だー」
「いいよー」
言われる通り、スコットは肩を貸す。ミストの視界がぐっと高くなって、闇の中、蛍のように光る迷路の花々を一望できる。
「う、わ、」
ミストが声をあげたのは、スコットがよろめいたから。本気で驚いた様子にスコットが噴き出す。その笑顔にミストはわざとだと悟って、このスットコ、と軽く神人の頭をぐりぐりした。
「あはは、ミスト、ちょっと痛い」
「出口あれじゃね? 道順? まったくわかれましぇん!」
東屋にはさらさらと流水の音がして、二人の気持ちをほどよく落ち着かせる。
「ミスト、膝枕してあげる」
椅子に座り、笑いながらスコット。アホか、との一言でバッサリかと思いきや、ミストはすんなりと寝転ぶ。
「かったい枕だなぁ」
碧眼を見上げれば、きょとんとした顔にいたずらが成功した気分だ。
「こんなとこで挙式したらロマンチックだろうなぁ。男でもそう感じるほどの景色だぜ」
そう言いながら手を伸ばし、そばに咲く薄紅の薔薇に触れて。
ミストの言葉は、スコットの思い出を呼びさました。懐かしげに、
「俺、小さい頃は君のお嫁さんになりたかった」
ミスト、可笑しそうに、
「覚えてる、覚えてる。男同士だから無理っつったら泣いて騒いで」
同性婚も認められてはいるが、やっぱり、ふつうは男女がするもので。
「泣きながら全力でライスシャワーぶつけてきそうだよね、君。で、俺も泣くの。米が、米が目に~」
言いながら手で目を押さえて泣きまね。おどけた仕草にミストが噴き出して、
「けどさぁ、おまえがバージンロード歩く姿は見たいね。タキシードでびしっと決めて、綺麗な花嫁さん連れてさぁ」
灰青色の目を愛しむように細める。脳裏に浮かべるのは、白い礼服で照れくさそうに微笑むスコットと、その隣にいる純白のドレスの花嫁。
――幸せになれよ。お前たちの幸せは、俺が護るから。
スコットの心が。
薔薇の棘に触れたように、くしゅんと痛んだ。でも、彼の顔に現れたのは、笑顔。
ミストが自分を大切に想ってくれるがゆえに、そう言うのを知っているから。
「笑ってんなよ。俺も笑ってるけど冗談なんかじゃないぜ」
微笑みながら、夢見るようにスコットを眺めて。次第に眠気が襲ってきて。
「なあ、スコット。先のことちゃんと考えろよ。二十代なんてあっという間だからよ……」
とろん、としてきた瞼を、スコットの大きな掌がそっと覆った。
笑顔でいられたけど、酔いのせいで本当はちょっと泣きたくなったのを抑えてた。
暗に彼女のことを言ってると気づけないほど、俺は子供じゃない。
彼女は確かにいい娘だ。……けど、一緒に居ても不安は少ししか紛れない。
スコットは囁く。まどろむミストの耳に届かないと知っていても。
「君じゃなきゃダメなんだ。君のそばに居ないと俺は俺でなくなってしまう」
「……ん? なんか言ったか?」
「ううん、お休み」
ミストは再び眠りの中へ。その頬にそっと触れながら、スコットは呟く。
「……でも、いいよ。君の望みは俺の望みだ。幸せな夢を見せてあげる」
●花は君に似ている
宵闇にほのかに輝きながら咲き誇る薔薇は現実感を失わせる。
月光で編まれた糸のような金髪が、豊かな香気を纏い、眼鏡の奥の冷ややかな蒼い瞳はどこか遠くを眺める。
「薔薇園……か。ずいぶんロマンチックだな」
鳶色の髪に青葉色の瞳、ローレンツ・クーデルベルは、少しの間その情景に見とれた。闇に光る薔薇も、その中に咲いた一輪の大輪のような、ロキ・メティスの月光を浴びるほっそりとした肢体にも。
「夜の薔薇園ってなんだか不思議な感じだね」
ローレンツは相づちを打ってから、少し照れたように視線をそらし、
「艶っぽいっていうのかな……色気がある感じ」
「男同士でくるには少々似合わないと言うか……いや気持ちの問題か」
燐光を放つ薔薇に細い指で軽く触れ、ロキ。
「そうかな」
いつも通りに少し自信なさげに、しかし、シェパードのテイルスは軽く尾を振って、
「変なこと言ってるなとは思うけど、夜の薔薇はロキに似てる気がする」
ロキはパートナーの意外な一言に碧眼を見開いた。
「俺が?」
冷たい声に感じて、精霊は慌てて、
「ごめん、嫌だった?」
「別に嫌な訳じゃない。自分には似合わないなと思っただけだ」
言って、ふい、と視線をそらす。その態度に少し安心して、ローレンツは迷路の入り口を指さす。
「迷路かぁ……子供はこういうの好きそうだよね。
俺じゃすぐに迷っちゃいそうだ」
ロキの耳には、彼の声がいつになく心地よく響いて。
「迷うのはいいがはぐれないようにしないとな……なんなら手でもつなぐか?」
今度目を見開いたのはローレンツの方だった。やがてそのエメラルド色の瞳が喜びに輝いた。
「うん」
二人で手を繋いで歩く、静謐な花の路。
闇の中に光る薔薇、その通路はどこまでも続いているような気がする。
ロキとローレンツはふわふわと、夢心地で迷路を歩く。
(花酔いとでも言うのか……)
ぼうっとした頭で、ロキは心地よさを楽しんでいた。
花の香りも、繋いだ手の温かさも。
心の奥に閉じ込めていた想いまで、花の香りに誘われて出てきそうで。
「俺、妹が居るんだ」
ローレンツがぽろりと呟いた。
「昔はよく一緒に遊んだよ。いつも妹の好きなままごとばっかりで俺はいつも尻にしかれてたなぁ」
空いている手で頬を搔き、お兄ちゃんらしいことちゃんとできたか心配だ、と、妹の顔を思い出し微笑。
「ローレンツの子供の頃は楽しそうだな。俺は兄妹とかいないからな……」
――それどころか。
ロキは精霊の名を呼んだ。
「あまり耳触りのいい話じゃないが聞いてくれるか?」
テイルスの耳がぴん、と立った。うん、と頷いて。
「俺の子供時代は最悪だったよ。母親に虐待されるは殺されそうになるは」
今でも、心を乱した母親の顔がありありと浮かぶ。
母親に存在を否定されたことは、目に見える身体の傷よりもっと深い傷になった。
「家を出たら出たで白い目で見られることもやった」
自分を大切にすることなんて、誰も教えてくれなかった。
どこに行けばいいかも、何をすれば良いのかも、全てが闇に閉ざされたまま。
ローレンツはロキの告白を真剣なまなざしで聞いていた。
「ロキ……辛かったんだね。
同情とかきっといらないだろうけど。でも、よく頑張ったね」
心にわき上がるものをどう表現すべきか、懸命に考えながら、ローレンツは言葉を紡ぐ。
「ロキはきっと、俺より誰かを愛したり愛されたりっていうのに慣れてないんだね」
ロキはその言葉に、立ち止まって精霊を見た。その真剣な、真っ直ぐな翠眼を。
「でもロキはもっと愛されてもいいし愛してもいいと思うんだ。俺はロキには幸せになってほしい」
ロキはしばらく、黙って彼と見つめ合っていた。
やがてその碧眼には、普段にない、優しく穏やかな色が浮かんだ。
「なんだろうな……」
少し言い澱んでから、
「ローレンツ、お前と一緒に居れば愛されるような、愛せるような気持ちになるんだ」
花が綻ぶように、ロキが微笑む。
握ったその手を離さぬままに。
月光が、花が、二人を優しく包んでいた。
●狼とウサギ
艶のある漆黒で覆われた右目、菫色の左目は生まれつきの品の良さを感じさせる。
中々ない眺めだ、この薔薇園に望まれたがごとき美事な調和を見せる色白の美青年と、彼に連れられ、不思議の国からこの迷路へとひょこんと迷い込んだような、薄紅色のウサギさん。
テイルスの美少年・千亞は頬まで髪と同じ色に染めて、明智珠樹にエスコートされながら、甘やかな薔薇の海を泳ぐように進む。
少し前までは、景色に感じ入って、
「へぇ、薔薇の迷路か……綺麗だね。香りも凄く強いし、幻想的だ」
と、うきうきと歩いていたのだが。
「ふふ、薔薇の迷路……素敵ですね」
一方、珠樹は紅い薔薇を一本手折ると、燐光を放つ花に目を細めて、
「私の記憶の始まりは夜の薔薇園ですので、特別感があると言いますか……」
気がつくと薔薇園で倒れていた、という特異な記憶をもつ彼。
(この景色の中を歩けば、なにか思い出すでしょうか?)
一瞬そんなことを思ったけど、とん、と肩になにか当たって、思考が中断されて。
千亞がおぼつかない足取りでぶつかってきたのだ。
「……うわぁ、なんかフラフラするー。珠樹、その薔薇食べるのー?」
ろれつが回らない舌でキャッキャと笑う。その横顔は18歳よりもずっと幼く見え、絵画の中の天使のようだ。珠樹、ふふっと目を細め、
「だいぶ酔ってるようですね、千亞さん。そんな姿も愛しいですが……!」
「酔ってないよぉ、ほら、いくぞ珠樹ー」
細い指で珠樹の手を握りかえし、今度は自分が引っ張るように歩み出す。
どこに行くのかも、どこにつくかも。
酔った千亞にはどうでもよくなっていた。
今はただこの心地よさを、珠樹と一緒に楽しみたい。
「あれ?紫の薔薇だぁ。珍しー」
戯れに触れた一輪の薔薇、するとみるみる千亞の手が、姿がかき消えていく。
千亞、いたずら薔薇の事は知らなかった。あっけにとられたが、やがて嬉しそうに、
「あはは、なんだこれ? 僕、透明になってるの、か?」
一方の珠樹はふと気がつくと、
「おや、千亞さん?」
千亞の姿が消えている。一瞬慌てたが、紫の薔薇に気がつき、
(なんと言うことだ……本当なら私が透明になり千亞さんに……!)
全年齢向けではご紹介できないような妄想を次から次へと思い浮かべる。
(ともあれ、あの酔い方で離ればなれになっては心配です)
「千亞さん……千亞さん?」
彼の名を繰り返して、薔薇の小路を行ったり来たり。
(珠樹が僕探してるー)
それを口元に笑みを浮かべ、無邪気に眺めるウサギが一匹。
薔薇の森に一人さまよう珠樹の、自分を探して腕を伸ばす、その仕草。
――おいでよ。捕まえてごらんよ。
なんて、彼の腕から逃げて、焦らしたりはしない。
珠樹に意地悪をするには、酔っ払った千亞は素直すぎる。
ぎゅっと。
細い腕が胴へと回って。珠樹はその愛おしさに息が詰まった。
「えへへー、えいっ!」
千亞からするりと本音がこぼれる。
「珠樹ー、いつもありがと。感謝してる。好き……」
珠樹は目を見開き、やがて破顔した。千亞の頭をそっと撫でた。
「……ふふ。ライクでも、ラヴでも。どちらでも嬉しいですよ」
そのまま不意の眠気に襲われたらしい千亞を、今度は正面から抱き留める。
「これ以上酔わせるのは危険そうですね」
高台に手を振り合図する。
寝ぼけ眼の千亞の胸元に薔薇を挿してやり、お姫様抱っこすると、係員の指示に沿って歩き出した。
気がつくと、千亞は休憩所で、珠樹に口元に水をあてがわれていた。
「……んっ」
彼の口元から水滴が滴り落ちるのに目を細めつつ。優しく、
「千亞さん、私心配になりました。……送り狼にさせるのは私だけにしてくださいね?」
他方、千亞はもう、酔って何だか恥ずかしいことを言ったりやったりしたような、曖昧な記憶しかない。
「うぅ……安心しろ、成人しても絶対お酒は飲まない……っ」
こつ、と拳を珠樹の肩にぶつけて、
「っていうか狼ってなんだド変態っ!」
●薔薇の小路を歩む
闇を背に浮かび上がる、服の隙間の白い素肌、紅い薔薇に映える金髪。
蒼崎 海十はフィン・ブラーシュの肢体に目を奪われていた。この間見たばかりの、鍛えられた容姿は、今夜は何故かほっそりと見えて、……どこか儚げにも見える。
空には月、地上には咲き誇る幾多の薔薇、色とりどりの星が堕ちて微睡んでいるような……。
(これが酔ってるって感覚なのか?)
何だかおかしな気分、クラクラするし、現実じゃないみたいだ。ほてった頬。
「フィン」
心許なくて、彼の名を呼べば、
「海十」
深い芳香の海の中を漂うようにフィンがその手を伸ばす。海十はその手を握り、少し安心したが、フィンもまたおぼつかない様子なのに気がつく。
「おかしいな……こんな風に酒に酔った事ないのに」
「フィンは酔わない体質なのか?」
「ああ、酒宴の席では皆に合わせてる……香りで酔うなんて、初めてだ」
酒で負けた事はないのにね、と笑う彼はいつになく饒舌だ。
「薔薇も酒も、あの家には全てがあった……でも、父は滅多に笑わなかった。厳格で厳しくて。軍人の家系だったから。
母親はね、この薔薇みたいに綺麗な人だったよ。でも、ずっと控えめで、無口な人だった」
青年は白い薔薇に触れる。フィンは母親に似たのかな、と海十は思う。
「兄弟はいたの?」
「五つ年上の兄が居たよ。俺は兄さんが大好きだった。真面目でコツコツ努力する人だった」
フィンに懐かしむような微笑が浮かぶ。
「兄さんに褒められたくて、色々頑張ったんだけど……その結果、俺は兄さんと家督を争う立場になった」
そんなもの要らなかったのにね、と青年は苦笑する。
序列を重んじる軍人の家系において、家督を継ぐという立場は重たい。
仲の良い兄弟でも、それをきっかけに骨肉の争いに発展することがある。
――愚かなふりを、すればよかったのだろうか?
あのときはただ、それが良いことだと信じていて。
「兄さんは俺を避けるようになって、何もかも嫌になった」
フィンの瞳に、声に、苦いものがにじんだ。
「俺が居なければいいんだろ?……家出したよ」
――俺さえいなければ、皆が平和でいられる……
俺は、必要ないんだ。
その直後だった。オーガの群れに町が襲われたのは。
大切な景色も、愛する人々も、緋色に染まった。
「駆け付けた時、父と母は石にされていて、兄さんは瀕死の重傷だった」
名前を呼び、抱きしめて、今助けを呼んでくると、死なないでくれと、ただ必死に……。
その腕を押さえて、彼は言った。
「フィンはフィンの人生を歩め」と。
「……兄さんは俺を逃して死んだ」
海十は言葉もなく聞いていた。今迄も言葉の端々から、大体の事情は知っていた。けど、きちんとフィンの口から聞くのは初めてで。
(フィンは故郷も家族も、全部亡くしてたのか)
笑って話してくれたけど……。
その笑顔が切なくて、泣かれるよりもかえって辛い。
「そうやって話せるようになるまで、どんなに辛く悲しかったのか……」
海十の手が、フィンの頬にそっと触れる。
「海十」
囁くように呟いた神人の名。漆黒の瞳が、その碧眼を優しく覗き込む。
「俺も大切な人を亡くしてるから、少しはわかるつもり」
海十の両腕が、フィンの胸に回された。青年はされるがまま、少年に抱きしめられていた。
「過去のフィンが居るから、今のフィンが居る。俺はフィンと出会えて嬉しい。一緒に居られて幸せなんだ」
溢れ出た偽りのない言葉。素直に言えたのは、酔いのせい?
――いや、きっとそれだけじゃない。
フィンは目を閉じ、海十の温かさを噛みしめる。やがて抱きしめ返し、唇を重ねた。
「海十、俺もだよ」
気付けば二人、笑い合って、手を繋いで薔薇の小路を歩む。
その髪には、子供のように、互いに薔薇を一輪ずつ髪に飾り合って。
薔薇の路は、人生に似ている。
棘だらけの茨の路。
でも、二人で歩むなら、花咲き誇る愛の路だ。
祝福の燐光が小路を照らし、二人はやがて迷路の向こうへ……醒めない恋の酔いをそのままに、静謐な夜の帳の中へと歩いて行った。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 蒼鷹 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月31日 |
出発日 | 06月07日 00:00 |
予定納品日 | 06月17日 |
参加者
会議室
-
2015/06/06-22:50
ふ、ふふ。スコットさんに地獄送りしていただけるならホンモォゥです、ふふ…!!
そしてぜひ皆様のアレでアレなアレ化を見たいと強く願います。
レッツ、11081!(イイオッパイ)
千亞
「(明智を蹴り上げつつ)改めまして、こんばんは。千亞です(ぺこり)
どうぞよろしくお願いします。とりあえず皆様にコイツが乱入しないよう
縄つけておきますので、どうか素敵な時間を過ごしてくださいねっ」
縄プレイだなんて…千亞さん大t(蹴られ)
ふ、ふふ。皆様の素敵な薔薇タイムと女体化楽しみにしております、ふふ☆
-
2015/06/06-22:15
-
2015/06/06-01:28
-
2015/06/06-01:28
フィン:
女装とか女体化はロマンだよねっ
うんうん、皆でやれば怖くない!
…って、アレ?オニーサンも?(自分指差し)
……面白いかも(ボソ) -
2015/06/05-23:51
そんな変態行為をされたら明智の明智を地獄送りにしちゃうかもしれないよ!
唸れ、俺の握力っ。葬式をするならイベリンで!
そしてスタンプの使いどころを設けてくれてありがたやー。明智もおっぱい素敵だね!
こんなきれいなおねえさんが相手じゃ、千亜も飛び蹴りできないね。
セクハラがご褒美になっちゃう。
女装とか女体化とかみんなもしたら楽しいと思います!
ロキとかフィンとかぜったい似合うよ、確信。
ってエピ関係ないねこの話…。気を悪くしたら薔薇の棘でつついてくれて構わないんだよ! -
2015/06/05-23:48
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2015/06/04-23:50
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2015/06/04-23:50
改めまして、こんばんは。悪戯薔薇男、明智珠樹です。
見知った皆様ですゆえ、今からどうなるか楽しみでたまりません、ふふふ、ふふふふふふ!!
酔ったり迷ったり摘んだり散らしたり棘刺さったり消えたり、と
出来ることも多く悩みますね、ふふ。
透明になって素っ裸になってスコットさんの傍に寄り私の(以下略)
現行犯逮捕されないように気を付けます☆
そしてミストさんのあの素敵スタンプはいつ使うものなのか非常に気になっております。
さぁ、今こそその封印を解くべきです…!!ふふ。 -
2015/06/04-15:54
一際異彩を放つ千尋のスタンプ…!
そしてひとりだけ「よろしく」スタンプのないボッチ感…!
悔しみのぶつけどころを探してるスコットとミストだよ、よろしくねー。
いたずら薔薇って明智のためにあるような花だねっ♪
通報しました(事前) -
2015/06/04-00:26
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2015/06/04-00:05
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2015/06/03-22:09
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2015/06/03-20:51