【祝福】霧雨サイクリングロード(山内ヤト マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 イベリン領の郊外にある、とあるサイクリングロード。花を見ながら自転車に乗れて、すがすがしい気分になれる。そんな評判を聞いて、あなたたちはサイクリングの申し込みをして、イベリンにいき、自転車のレンタルも済ませたのだが、問題が一つ……。
 天気がちょっとあやしげだ。アウトドアを楽しむには、天気の良し悪しは重大な問題である。
 雨の多い時期を迎えたイベリンでは、あいにくの空模様で……。灰色の雲からは、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくはない。いや、もうすでに霧雨の状態だ。

 天気予報によれば、雨はこれ以上は強くならないらしい。せっかくここまできたのだし、何もせずに帰るのもつまらない。
 あなたたちがサイクリングをするとを決めると、自転車のレンタル屋は撥水加工がされたウィンドパーカーを無料で貸してくれた。
 また売店にはペットボトルや軽食が売られている。必要に応じて買うのも良いだろう。コースの途中にはいくつかの休憩所が設置されており、そこには屋根とベンチがある。



 「初恋宮」に新任した甕星香々屋姫によって、今のイベリンでは不思議な花々がいたるところで咲いていた。このサイクリングロードにも、三種類の花が混在している。どの地点でも咲いてはいるが、休憩所の周辺に比較的多く咲いているようだ。

 レッド・ウルド草。赤い花弁は真ん中に近づくにつれて白くなり、中心部は群青。この花に触れた者は、過去の秘密を言いたい衝動にかられる。

 ブルー・ヴェルダンディー草。爽やかな青い花。中心部は鮮やかな黄色だ。この花に触れた者は、現在の心境を正直に口にしそうになる。

 ホワイト・スクルド草。白く可憐な花弁を持ち、中心部は深みのある青をしている。この花に触れた者は、未来の希望をしゃべりそうになる。

 甕星香々屋姫から祝福された花は、夜間や雨に濡れた時に光るという。今は昼間だが、霧雨が降っている。雨に濡れて、三つの花はほのかに光っていた。
 興味を引かれたウィンクルムが花に触れたとしても、不思議ではない。

解説

・必須費用
自転車レンタル代:1組400jr

・プラン次第のオプション費用
ペットボトルドリンク(中身自由orお任せ):1つ20jr
おにぎり(具材自由orお任せ):1つ30jr
サンドイッチ(具材自由orお任せ):1つ30jr
特にプランで指定がなければ、お任せと判断します。



・祝福された花について
初恋宮の女神、甕星香々屋姫によって祝福された特別な花です。花の影響を受けると、自分の気持ちを伝えたい、という思いが高まります。ただし、100%確実に全て言葉に出してしまう、というわけではありません。特に精霊がウィッシュプラン通りに行動できるかどうかは、神人アクションプランの内容と各種ステータスから判定されます。プラン作成時には、どうかこの点にお気をつけください。
サイクリングロード周辺に咲く花に手で触れると、次のような影響を受けます。見るだけなら影響なしです。
複数の花に触れるのもありです。
レッド・ウルド:過去の秘密
ブルー・ヴェルダンディー:現在の心境
ホワイト・スクルド:未来の希望



・プランについて
EXエピソードです。リザルト文字数が通常より多くなっていますが、プラン文字数は従来のままです。
そのため、プランにない細かな描写や情景などは、GMが自由設定などから想像したり、オススメするものを書く形になると思われます。参加される際は、この点をご了承ください。
プランでは、これがやりたい、これは外せない、というものを優先して書かれることを推奨します。
長々とした花の名前は、「過去草」など意味が通じる範囲で省略してOKです。

ゲームマスターより

山内ヤトです!

雨天決行でサイクリング!
花の名前は、北欧神話の三人の女神からお借りしました。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)

  ☆心情
私が花が好きだからって、エミリオさんがサイクリングに誘ってくれたの凄く嬉しいな!
サイクリングは初めてで体力がもつか少し不安だけど、エミリオさんが一緒なら頑張れるよ

☆霧雨の中で
涼しい~
晴れの日も好きだけど、こういう雨の日も好き!
静かで、何だか心が落ち着くの
エミリオさんは雨は好き?
エミリオさん…ううん、また1つ貴方のことが知れて嬉しい
話してくれてありがとう

☆休憩所にて
(ドリンクを受け取り)ありがとう、ちょうど自分の分飲み終わっちゃってて…これ、エミリオさんが口にしたのだよね(赤面)
わー!わーっ!それ以上言ったらだめーっ(慌てて精霊の口を手で塞ぐ)
(精霊と寄り添い、花々を眺めながら)…綺麗だね


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  【ブルー・ヴェルダンディー】
休憩所の花、勿忘草に似てます
きれいですね…

「もっと甘えたい」
「抱きしめてくれたりキスしてくれたって良いんじゃないの」

……あ

……禁煙中ですよね

ええい、どうにでもなれ
…自分の記憶が嘘じゃなければ、私達、恋仲じゃないんですか。
…でも今までと全然変わりないですし、小説だったらこういう時にロマンチックにするんじゃないかって、普通は。

屁理屈が長くなりそうなんで、胸倉掴んでキスしてやります
小説では男性がやる事ですね。

ほらロマンチックです!
貴方はキスがしたくなる~したくなってきている~
黙ってろ?じゃあ黙らないです。

…躱されましたね
まあ、ああいう可愛い所が好きなんですけど



リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:

私には体力がありません。でも何度だって、ロジェを誘うわ。
ロジェの心の傷を癒せるまでは…!

ロジェ、この時期には雨の中でのサイクリングも気持ち良いですね!
(息を切らし、雨の中微笑みながら自転車を漕ぐ。時々転ぶ)

まぁっ、この白と青の花は何かしら…?
(未来草に触れ、さらに漕ぐ)

(休憩所で)
ロジェ…ロジェ様。私は生も死も、貴方と一緒だって決めているの!
それはこれからも変わらない。私の覚悟はその程度では揺るがない!
貴方のいない未来なんて、意味がないんだもの…!

貴方は私を好きだと言ってくださった。
貴方の覚悟は、私を傷つけるだけで揺るぐような儚いものですか?



紫月 彩夢(紫月 咲姫)
  こんな機会でもなきゃ、なかなか雨の中をサイクリングってしないわよね
ゆっくりペースで、のんびり安全運転で行きましょ

花が三種類あるんだって
気持ちに影響するやつ
ほら、あの赤いのが過去でしょ?なんかあたしに内緒にしてる事とかあったりしないの?
例えば、あたしが生まれる前の事とか
冗談よ

白い花を見たら、触れてみる
自分でもどうありたいのか良く分からないもの
自覚してない未来への本音、聞けたりしないかな

あたしはね、家族みんなで幸せにいられればそれでいいの
あたしだけでも咲姫だけでも意味ない
家族が増えても、皆で幸せに居たい

…増えなくても、良いんだよ
今はまだ、そんなの考えたくない
咲姫は、どうなのよ
自分の事も考えなさいよ


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  ペットボトルドリンク&サンドイッチ

雨の中のサイクリングっていうのも良いよね!
のんびり景色を楽しみながら…
とはいえ…折角誘ったのに、羽純くんには申し訳ない事になっちゃったな
彼のペースに合わせて行こう
羽純くんに楽しんで貰うのが一番だしっ
私は羽純くんが楽しんでくれたら…それが幸せなんだ
唸れ、私の脚…!

(ぜいぜい)休憩?うん、そうしよう

カラフルで可愛い花だね!
これ青い色が鮮やか…(心境草に触れる)
私…羽純くんが楽しんでくれてたら嬉しいな(え?言うつもり無かったのに!)

羽純くんの告白に驚いて…
ど、どうして今まで話してくれなかったの?
…何だか凄く恥ずかしいっ
…話す切欠が無かったとか?
話してくれて有り難う


●ロマンチック?キス
 小雨がぱらつく中『ハロルド』と『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』は、自転車で走っていた。足さばきは軽快で、フォームもなかなか様になっている。二人共スポーツは得意で、特にハロルドの運動面の技術はプロ級だった。
 ハイペースでサイクリングロードを進みながら、次の休憩所が見えてきたらそこで一息つこうかと、どちらからともなく提案した。

 サイクリングロードの休憩所周辺では、様々な花が雨に濡れてぼんやりと幻想的に光っていた。女神の祝福を受けた特別な花々だ。その中でも、ハロルドはブルー・ヴェルダンディー草に目を留めた。
「きれいですね……」
 青いその花は、ハロルドとディエゴにとって特別な思い入れのある花、勿忘草に色合いが似ているように思えた。
 そっと指先で青い花弁に触れてみる。
 ブルー・ヴェルダンディー草に触れたことで、ハロルドの唇は次の言葉を紡いでいた。
「もっと甘えたい。抱きしめてくれたりキスしてくれたって良いんじゃないの」
 現在の心境を正直にいいたくなる。それが初恋宮の女神から祝福を受けたブルー・ヴェルダンディー草の効果だった。
「……あ」
 つい漏れてしまった本音の気持ち。ハロルドは口元を軽く手でおおった。さっきの発言は、間違いなくそばにいるディエゴの耳にも届いているはずだ。
 ドキドキしながら、彼の反応をうかがう。

「…………」
 思わず懐からタバコ「ロンリーキングダム・ライト」を取り出すディエゴ。なんとなく彼の様子は冷めている。
「……禁煙中ですよね」
「ああ、悪い」
 指摘されて、タバコをしまうディエゴ。
 ハロルドが赤裸々に心情を口にしたというのに、ディエゴときたら抱きしめてくれたりキスしてくれたりする気配はない。手を握ったり甘い言葉をかけてくれるわけでもない。
 彼はあくまでもクールな態度を貫いている。

 ええい、どうにでもなれ、となかばやけっぱちな気持ちになりつつも、ハロルドは積極的に攻めてみることにした。
「……自分の記憶が嘘じゃなければ、私達、恋仲じゃないんですか」
 自分の記憶が嘘じゃなければ……。かつて実際に記憶喪失を経験しているハロルドがこんな言い回しをすると、やたらと重みがあるものである。
「……でも今までと全然変わりないですし、小説だったらこういう時にロマンチックにするんじゃないかって、普通は」
 恋愛小説を引き合いに出す。ハロルドは、恋愛小説オタクという一面も持っていた。
「……のぼせてるガキじゃないんだ、俺は」
 ため息混じりにディエゴが応じる。彼は大人の男性だ。時々ハロルドから無理やり恋愛小説を薦められることもあるが、ディエゴは恋愛小説の内容を本気で信じているわけではない。
「そもそも、普通はな……」
 金色のディエゴの瞳が、ハロルドの姿を映している。大切なものを見るような眼差しで。
「そういう事は人前や外ではしないもんだ」
「外でも家でも、ディエゴさんは変わらないでしょう」
「何? ……いつから、そういう減らず口を」
 ディエゴは腕組みをして、長々と話をする態勢に入った。
 これは屁理屈が長くなりそうだ、とハロルドは思った。
「大体小説小説ってフィクションだろ、そんなもの現実にあってたま……」
 なのでハロルドは、ディエゴの胸ぐらをつかんで強引にこちらからキスしてやった。二人の身長差の関係で、ハロルドは背伸びをしながら、強めの力でしっかりとディエゴの顔を引き寄せる。
「っ!? エ、エクレール!?」
「小説では男性がやる事ですね」
 二人の唇が離れてから、しれっとした口ぶりでそういってのけるハロルド。
「……」
 ディエゴは固まっている。胸ぐらをつかまれていきなりキスをされるなんて、殴られるよりも遥かに斜め上の行動だった。
「ほらロマンチックです!」
 本気なのか皮肉なのか冗談なのかわからない表情で、ハロルドはいう。ロマンチックというより、ワイルドで大胆なキスシーンだった。
 まだ硬直しているディエゴ。そんな彼に怪しいまじないをかけるかのように、ハロルドは手指をひらひらと動かした。
「貴方はキスがしたくなる~したくなってきている~」
 ……はたしてその行為はディエゴをおちょくっているのか、はたまた恋する乙女の戯れなのか……ナゾだ。
「黙れ。少し口を閉じていろ。じゃないと今度はこっちから黙らせる」
 やっと口を開いたディエゴは、矢継早に黙れコールをした。
「黙ってろ? じゃあ黙らないです」
 反抗的でイタズラっぽい態度。外見年齢が十五歳でミステリアスな性格のハロルドがそうしていると、どことなく小悪魔系美少女のようでもある。
「……そうか、じゃあずっと喋ってていいぞ」
 それだけいうと、ディエゴは停めてある自転車の方へと足早に近づいていった。
「もう休憩は充分だろう、行くぞ」
 一足先に、ディエゴは霧雨の降るサイクリングロードへと戻っていった。

 冷たいように見えるが、ディエゴのそっけなさは恥ずかしさゆえだった。
 予想外の行動に驚かされはしたが、彼はハロルドの積極的な態度を嫌だと感じたわけではない。しかしディエゴの感覚としては、外でこういうことをするのには抵抗があった。いわゆる……、バカップルみたいで。
 このサイクリングから帰ったら、ハロルドに有害な影響を与えたと思しき図書を検閲し没収しよう。そう固く決心しながら、ディエゴは猛スピードで自転車をこぐ。
 検閲及び没収の際には、恋愛小説オタクを自負するハロルドからの激しい抵抗や妨害があることが予想される。時間が勝負だ。

「……躱されましたね」
 ハイスピードで自転車をこいで遠ざかるディエゴの背中を見ながら、ハロルドは余裕でつぶやく。
「まあ、ああいう可愛い所が好きなんですけど」
 ふに、と。ハロルドは自らの唇に指を押し当てる。
 自分の方から仕掛けた強引なキスの感触と、驚き硬直したディエゴの反応を思い返し、ハロルドは静かに笑みをこぼした。
 休憩所に泊めてあった自転車のハンドルを握る。多少引き離されてしまったが、これから追いつくつもりだ。精霊の身体能力は高いが、ハロルドだってスポーツの技術では負けていない。
 それにしても……。ハロルドには一つわからないことがある。あんなにもディエゴが速く自転車をかっ飛ばしてるのはなぜだろう?
 まるで、この後に急ぎの用事でも控えているかのように。

●覚悟の確認
 衝撃の事件が二人に起きた。ダリアにとりつかれた『ロジェ』が自分の神人である『リヴィエラ』を……殺しかけたのだ。
 その一件以来、ロジェはリヴィエラを避けて部屋にこもり気味の生活を送っている。
「私には体力がありません。でも何度だって、ロジェを誘うわ。ロジェの心の傷を癒せるまでは……!」
 その決意のもと、リヴィエラはロジェを部屋から連れ出し、イベリンでのサイクリングに誘った。

「ロジェ、この時期には雨の中でのサイクリングも気持ち良いですね!」
 息を切らし、雨の中でも微笑みを絶やさずに自転車をこぐリヴィエラ。体力がないせいか、雨で滑りやすくなっているせいか、時々転んでしまう。
「おい、リヴィー! 雨が降っているんだぞ、無茶をするんじゃない」
 そんな彼女に、ロジェは心配そうな言葉をかける。
 リヴィエラは転んだ時に珍しい花に気を取られた。
「まぁっ、この白と青の花は何かしら……?」
 ホワイト・スクルド草に触れてから、リヴィエラは再び自転車をこぎはじめた。
「君が風邪をひいたらどうするんだ。取りあえずあの休憩所に行こう」
 ロジェは休憩所の方を見た。彼の顔色はあまり良くない。イベリンに咲く美しい花々。しかしその花の群れがあの恐ろしいダリアに見えて、ロジェは怯えていた。だがせっかく誘ってくれたリヴィエラのことを思い、ロジェは不平を口にすることはなかった。

 休憩所につくと、リヴィエラの心の中に未来への希望がふつふつと湧き出してきた。こらえきれず、堰を切ったように思いをそのまま口にする。
「ロジェ……ロジェ様。私は生も死も、貴方と一緒だって決めているの!」
「リヴィー?」
「それはこれからも変わらない。私の覚悟はその程度では揺るがない! 貴方のいない未来なんて、意味がないんだもの……!」
 熱弁をふるうリヴィエラ。
「貴方は私を好きだと言ってくださった。貴方の覚悟は、私を傷つけるだけで揺るぐような儚いものですか?」
「俺だって……俺だって、お前のいない未来など意味がない……。だからこそ俺は……」
「それならば私を傷つける事を恐れないで!」

「……何だって? 『それならば私を傷つける事を恐れないで』だと?」
 リヴィエラの体にゾクリと鳥肌が立つ。寒気を感じたのは、きっと雨に濡れたからだ。そうに違いない、と言い聞かせる。

 もしもロジェが落ち込んでいる原因が、任務中での偶然の事故や、ささいな心のすれ違い程度だったのなら、その励ましは彼の心をほぐしただろう。
 だがロジェの悩みはもっと深刻だ。それは二人の生死にさえ関わる問題である。
 ロジェは両親の仇を刺し違える気で探し、また自身がギルティになった時には殺せと願いを託した。一方、リヴィエラの両親の死を願ったという理由で、いつも自分を罪人のように感じている。
 そんなロジェがリヴィエラを殺しかける、という事件が発生した。そのことで苦悩する彼に対してリヴィエラが言い放った言葉はあまりにも……。

 彼女の言葉は表面的には美しく見えるが、本質的には残酷極まりない破滅への要求だった。

「ただ傷つけるだけでは済まない事態が起きたら? あの時は、もう少しで殺しかけるところだったじゃないか!?」
 悲痛な叫び。リヴィエラのことを愛していなければ、こんなにも苦しむこともなかっただろうに。
「ロ、……ロジェ……。落ち着いて」
「俺はただ、君を失う事が怖かった……。それなのに君は……。どうしてそんなことが言えるんだ? それが君の未来の希望だって言うのか!?」
 大切な相手を失うのは怖い。そう思うのは自然なことだ。
 実際にロジェがリヴィエラを傷つけ殺してしまったら、その後どんなことが起きるだろうか? 精霊であるロジェは、神人の後を追って死ぬまでの間、多大な苦痛と絶望と罪悪感を味わうことになるだろう。一人きりで。
 私を傷つける事を恐れないで、というリヴィエラの言葉は、だから残酷なものとみなされた。
 そこまで見越した上で、リヴィエラがロジェに傷つける覚悟を求めているのだとしたら。それは愛の告白や結婚の約束を求めるよりも、遥かにハードルの高い精霊への願いだといえるだろう。説得力や根拠の面でも、ロジェを納得させるには不充分だ。
 そんなつもりじゃなかったの、という弁明は、ロジェの立場や感情を少しも考慮せずに勢いだけで発言したと白状するも同然。

「殺される覚悟と殺す覚悟は、別なのかもな。君の言葉をそのまま受け入れるのは……とても難しい……」
 ロジェの反応は、リヴィエラが想像していたものとはかけ離れたものだった。しかし望み通りの反応が返ってこなかったと嘆く前に、なぜロジェがここまで強く反論してきたのか、その意味を冷静に考えてほしい。
「どうしても避けられない事情で死が訪れるなら、その時の覚悟はできている。だがそうでないのなら、まだ君と死に別れたくはない。俺はこんなにも君を失う事が怖いのに、君は自分の命をまるで紙切れか何かのように安売りしているように見える……」
 ロジェはリヴィエラにもっと自分の命を大切にしてほしいと思った。それが、彼がこんな態度をとった理由。リヴィエラの献身や優しさに救われたこともあるが、今回のリヴィエラの命を軽視した言葉には、さすがにロジェもそれで良いのかという疑問を抱いた。
 死の危険性もあった大事件の後、自滅的な行動を選びがちな神人から、私を傷つける事を恐れないでと要求された。それを手放しで賞賛できる精霊は、はたして本当に彼女のことを大事に思っているといえるのか。
 本来のロジェは冷静沈着な切れ者で、厳しいが世話焼きな青年のはずだ。さめざめと泣くことしか芸のない、魂のふぬけた木偶人形などではない。
「リヴィエラ。死ぬ覚悟だけでなく、俺と共に生きていくという覚悟はあるのか? そして君の愛情は、一度俺がその自虐的な振る舞いに苦言を呈したというだけで、揺るぐような儚いものか?」
 ウソやごまかしや逃げ口上が通用する雰囲気ではない。彼は死の覚悟や殺す覚悟ではなく、共に生きていく覚悟があるかどうかを尋ねている。
 ロジェの覚悟を確認するはずのリヴィエラが、逆にロジェから覚悟を問われる立場になった。
「私は……」
 彼女が導き出す結論をロジェは待っている。

●家族の幸せ
 安定した速度で、二台の自転車が霧雨にけむるサイクリングロードを走っている。『紫月 彩夢』と『紫月 咲姫』だ。一見、姉妹か女友達に見える二人だが、実は咲姫を兄とする兄妹関係だ。そして、ウィンクルムでもある。
「こんな機会でもなきゃ、なかなか雨の中をサイクリングってしないわよね」
「彩夢ちゃん、私がパンツスタイルになれる機会は狙うわよね……」
 家族の事情で日常的に女装を義務付けられている咲姫。彼は運動に適したパンツスタイルになっても、どことなく女性的な雰囲気をキープしていた。つややかな黒いロングヘアがそよいでいる。
「ゆっくりペースで、のんびり安全運転で行きましょ」
「うん」
 彩夢の言葉に咲姫も嬉しそうに頷く。咲姫は、彩夢とゆっくりのんびりできるのが嬉しいのだ。貴重な彩夢との外出をできるだけ長く楽しんでいたいから。

 のんびりとした幸せな時間を噛み締めている咲姫に、ふいに彩夢が話しかけた。
「花が三種類あるんだって」
「花?」
 咲姫はサイクリングロードを彩る花々に目を凝らした。観賞用に植えられた園芸種や、名前もしらない野の花も含めて、多種多様の花が咲いている。
「彩夢ちゃん。三種類以上咲いているように見えるけれど……?」
「いや、違くて。ただの花じゃなくて気持ちに影響するやつ」
 風景を見回す彩夢。赤い花が群生している一角を視線で指し示した。
「ああ、あれがそう」
 過去の秘密をしゃべりたくなるという、レッド・ウルド草が咲いている。過去の秘密を暴く……。ある意味で怖い花だ。
「ほら、あの赤いのが過去でしょ? なんかあたしに内緒にしてる事とかあったりしないの?」
「か、過去の事?」
 咲姫はちょっとだけギクッと声をこわばらせる。
「例えば、あたしが生まれる前の事とか」
「彩夢ちゃんが生まれる前なんて、私だって、五歳よ……?」
 その頃の話を彩夢にするのは、抵抗がある。
 当時の咲姫は、父と母の希望で女の子の格好をすることに少し嫌気が差していた。反抗期時代だ。その時のことは、とても彩夢には言えない。
 どうしたものかと咲姫が押し黙っていると、彩夢はため息をついてから軽い調子でこう言った。
「冗談よ」
「そうよね、冗談ね。……良かったぁ」
 その言葉で咲姫は救われる。安心して、緊張感でこわばっていた肩の力を抜く。
 ゆっくりと走行しながら、彩夢は別の花を目当てに探していた。

「あ。白い花あった」
 彩夢が探していたのは、ホワイト・スクルド草だ。自転車を脇に寄せて、ごく短い間だけ停める。神妙な表情で花を観察してから、彩夢はそっと光る花に触れてみた。
 淡いピンク色をした女物のハンカチを取り出し、霧雨に濡れた肌を拭いていた咲姫が、びっくりした顔で振り返る。
「え、彩夢ちゃん? 触った? 触ったの?」
「自分でもどうありたいのか良く分からないもの。自覚してない未来への本音、聞けたりしないかな」
「……彩夢ちゃんって、勇気があるのね……」
 呆れたような、羨ましそうな。そんな声で咲姫がつぶやいた。そういう咲姫自身は、ホワイト・スクルド草から少し離れた位置に立っていた。……間違っても、花に触れてしまうことのない距離だ。
 しばらくして、本人も自覚していなかった言葉が彩夢の胸の奥からこみ上げてくる。彩夢は率直なその気持ちを言葉にして吐き出した。
「あたしはね、家族みんなで幸せにいられればそれでいいの。あたしだけでも咲姫だけでも意味ない。家族が増えても、皆で幸せに居たい」

 それが、彩夢の未来の希望。
 咲姫はハッとした表情になり、その言葉に目を丸くして聴き入った。
 やがて重々しく咲姫が口を開く。
「その願いは、絶対に叶う願いよ」
 咲姫は精一杯の笑顔を彩夢に向ける。
「だって、私も願ってる事だもの」
「……増えなくても、良いんだよ」
 彩夢と咲姫はもう幼い兄妹ではない。彼女たちの両親はすでにそれなりの年齢に達している。そこで口にされた、家族が増えるという無意識からの言葉は、兄妹のどちらかの結婚を暗示するものだった。

「今はまだ、そんなの考えたくない」
 ホワイト・スクルド草の影響で、これまで意識していなかった未来の希望を口にした彩夢。少しつっけんどんな態度で、ふいっとそっぽ向いた。
 そんな彩夢の様子に咲姫は苦笑する。
「ねぇ、彩夢ちゃん」
 優しい声だった。
「先の事なんて、誰にも判らないんだから、焦らなくてもいいの」
 若い妹をさとすように、美貌の兄は語りかける。
「でも、その時になったら、ちゃんと逃げないで、考えてね」
「ふん……咲姫に言われなくても、自分で考えるわよ……」
 ばつの悪そうな顔の彩夢。いつもは兄にきつくあたるツンツンとした毒舌も、歯切れの悪いものだった。
「迷ったり困ったりしたら、いつでもいらっしゃい。私は、何があっても彩夢ちゃんの味方だから」
 明るい笑顔と優しい声で、咲姫はそう言った。彼の顔にヴェールをかけるかのように、イベリンの六月の霧雨がふわりと降っていたけれど。

 彩夢は停止させていた自転車のハンドルに手をかけた。
 いつまでも道端で立ち話をしているわけにはいかない。今のところ他の利用者には遭遇していないものの、サイクリングロードだし他の自転車の邪魔になるかも。
 そう判断して、彩夢は自転車をこぎはじめた。
「あ、待って」
 彩夢からワンテンポ遅れて、咲姫も自転車に乗る。安全運転で進む彩夢の自転車には、すぐに追いつけた。そのまま、彼女が走る後ろをゆっくりペースでついていく。
「咲姫は、どうなのよ」
 先ほどの話の続きだ。
「私? ……私は、彩夢ちゃんが幸せならそれでいい。それでいいの」
 物静かにそれだけ言う咲姫のしおらしさに、彩夢はわずかないら立ちを感じたようだ。ほんの少し怒ったような口調になる。
「何それ。ムカツクわ。私には、逃げないでちゃんと考えろって言ったくせに」
「……ごめんね」
「謝らないでよ」
 彩夢は別に謝罪がほしいわけではない。ぶっきらぼうだがどこか思いやりのある口調で、彩夢がズバッと言い放つ。
「自分の事も考えなさいよ」
 彩夢と咲姫。実の兄妹のウィンクルム。数奇な運命を背負った紫月家の二人を乗せた自転車は、長いサイクリングロードを快調に進んでいく。

●優しい雨
 花が好きな『ミサ・フルール』を楽しませようと、『エミリオ・シュトルツ』は彼女をアウトドアのデートに誘った。いつも自分を気遣ってくれるミサのことをエミリオは大切に思っている。恋人同士になっても、お互いに相手への細やかな配慮や思いやりを忘れないのは素敵なことだ。そこが、二人が仲の良いカップルでいられる秘訣なのかもしれない。
「誘ってくれて凄く嬉しいな! サイクリングは初めてで体力がもつか少し不安だけど、エミリオさんが一緒なら頑張れるよ」
 少しだけ自信のない弱音をこぼすミサに、エミリオは優しく微笑みかける。
「大丈夫だよ。経験者の俺が助けてあげるから。任せて」
「本当? ありがとう、エミリオさん!」

 エミリオはスポーツが得意だ。かなりの実力を備えていたので、エミリオは宣言通りスマートにミサをリードすることができた。エミリオにリードされながら、ミサは安心して自転車を走らせる。頼りになる素敵な彼氏だ。
「はあ、涼しい~」
 あいにくの天候でもミサとエミリオはさほど気にする様子はなく、むしろ霧雨の中のサイクリングをエンジョイしていた。
「晴れの日も好きだけど、こういう雨の日も好き!」
 朗らかな調子でミサが言う。霧雨で髪が湿っていくが、多少雨に濡れることさえも無邪気に楽しんでいるようだ。童心に返ったような無垢な笑顔を見せる。
「静かで、何だか心が落ち着くの。エミリオさんは雨は好き?」
 ほんの少し、考えるような間を置いてから、エミリオが静かに応えた。
「俺も雨は好きだよ」
 イベリンの霧雨がミストシャワーのようにミサとエミリオに降り注ぐ。花々は水でうるおい、光っている。まるで、地上に星屑が落ちてきたみたいだ。幻想的な光景を眺めながら、ミサとエミリオはサイクリングロードを進んでいく。
「昔……」
 と、前を走るエミリオがぽつりと口を開いた。
「昔、俺が暗殺の仕事をする時には不思議なくらい決まって雨が降ってね」
 彼がどんな表情をして話をしているのか、後ろにいるミサには見えない。ただ、エミリオが左耳につけているピアスは、彼の髪の間から見え隠れしていた。ミサの視線は、そのピアスに引きつけられる。それはかつてミサがエミリオにプレゼントしたものだった。
「……」
 ミサは静かにその話を聞いていた。わずかな沈黙。自転車の走行音だけが聞こえてくる。
「そんな筈ないのに、雨は血も罪も洗い流してくれるようで……仕事の後は暫く雨に打たれていることが多かった」
 エミリオは遠くを見るように、その赤い瞳を己の過去へと向けていた。彼の視界の端では、レッド・ウルド草が赤い花を光らせている。
 過去の秘密を語りたくなるという効果を持つレッド・ウルド草に触れたわけではないが、雨が降っているというシチュエーションに触発されて、エミリオは自分の過去をミサに明かそうという気分になった。
「エミリオさん……」
「変な話をしてごめん」
 血なまぐさい自分の過去の打ち明け話で、せっかくの楽しいデートの雰囲気を壊してしまったのではないかと思い、ミサに謝る。
「……ううん、また一つ貴方のことが知れて嬉しい」
 暗殺者という、エミリオの暗い過去。彼からそんな重たい話を打ち明けられても、ミサは逃げたり臆したりしなかった。
「話してくれてありがとう」
 優しさの中に心の強さを感じさせる声で、ミサは毅然とそう言った。

 途中で休憩所に立ち寄る。ベンチに腰掛けて一休みしているミサのところに、エミリオが近づいてきた。
「ミサ、喉が渇いたんじゃない? はい」
 エミリオがペットボトルを差し出してくれた。中身は、爽やかな風味が売りのスポーツドリンク。アウトドアデートのお供にはぴったりだ。
 彼の優しい心遣いに、ミサはにこやかに微笑んだ。
「ありがとう、ちょうど自分の分飲み終わっちゃってて……」
 そこまで言いかけて、はた、とあることに気づくミサ。
「あの……これ、エミリオさんが口にしたのだよね」
 このまま口をつけて飲めば、エミリオとの間接キスになってしまう。ミサは赤面してうつむく。
 エミリオは楽しげな表情で、ミサが恥じらう様子を嬉しそうに眺めている。照れるミサは可愛い。エミリオが魅力を感じるのも当然だ。
「ふふ、今更何を照れる必要があるの。この前の旅行ではあんなに大胆なこと……むぐっ」
「わー! わーっ! それ以上言ったらだめーっ」
 ミサは慌ててエミリオの口を手で塞ぐ。周りに人影はなく、誰かに会話を聞かれる心配はない。それでも言葉に出されるのは恥ずかしいのだった。
「もう、エミリオさんの意地悪!」
「ふふ、ごめんよ」
 それほど悪びれた色も見せず、エミリオは自分の口を塞ぎにきたミサの手首を優しくつかむ。そして、小鳥がくちばしをちょこんと合わせるような軽めのキスをミサのなめらかな手の甲に落とした。
「あ……」
 頬を朱色に染めるミサ。
「ほら濡れたままだと風邪ひくよ」
 エミリオは一度ミサの手を解放して、ふわりとタオルを頭にかけてくれる。柔らかなタオルからは、清潔なせっけんの香りがした。
「髪を拭いてあげる。大人しくしてるんだよ?」
 雨に濡れたミサの髪を丁寧にタオルで包み、乾かしていく。ミサは赤面して沈黙し、エミリオのなすがままにされている。
「うん、これで大丈夫だね」
「ううー……。子供扱いされたみたいで、ちょっと照れくさかったよー」
 ちょっぴり不満そうに唇をとがらせる。
「ミサのことを子供扱いなんてしてないよ?」
 エミリオは腕を広げて、甘くささやいた。
「……おいで、ミサ」
「ずるいよ、エミリオさん……」
 大好きな精霊の腕の中へと、吸い込まれるように飛び込んだ。ミサはエミリオにその華奢な体を委ねる。細身だが力強い腕が、ミサの体をしっかりと受け止めてくれた。

 二人で寄り添って、雨に光り輝くイベリンの花々を眺める。
「……綺麗だね」
「うん」
 ミサの手を握るエミリオの指に、ほんの少し力が入る。ミサの存在が、彼女と過ごすこの瞬間が、エミリオの心に安らぎを与えていた。霧雨を浴びて涼んだ体には、お互いのぬくもりが心地良かった。
 血塗られた過去を背負う精霊は、思いを馳せる。もうあの頃とは違う……。自分は独りじゃない、と。

●今度は堂々と
「雨の中のサイクリングっていうのも良いよね!」
 『桜倉 歌菜』は自転車の準備をしながら、爽快な笑顔を浮かべてそう言った。
 荷物にはペットボトルの紅茶と、オーソドックスなハムと卵のミックスサンドが入っている。これを食べるのも楽しみだ。運動して適度に疲労した後に外で食べる食事の美味しさは格別である。
 調理が得意な歌菜の腕なら、きっと市販のものよりも美味しいサンドイッチが作れるのだろうが、これはさっき売店で購入したものだ。
「のんびり景色を楽しみながら……。ふふ! 気持ちよさそう! ……とはいえ」
 ここで、歌菜は視線をチラリと『月成 羽純』の方へと向ける。それからシトシトと霧雨が降る曇り空を見上げる。
(……折角誘ったのに、羽純くんには申し訳ない事になっちゃったな)
 内心いたたまれない気持ちになってくる歌菜だが、実は羽純は羽純でこの状況を楽しんでいた。
 生憎の雨だが、羽純は雨が嫌いではない。雨に濡れている景色というのは、情緒があると思っている。
 特に、今のイベリンでは「初恋宮」に新任した甕星香々屋姫の祝福がかけられた不思議な花が咲き誇っていた。霧雨で濡れたことで、サイクリングロード周辺はきらめく花で囲まれている。
 この幻想的な光景を羽純はなかなか気に入っていた。花自体は晴天でも普通に鑑賞できるが、甕星香々屋姫の祝福により夜になったり水に濡れると光るという特殊な性質を宿している。雨が降らなければ、一面に広がる光の花畑という光景を日中に楽しめないのだ。
 だから羽純は雨のサイクリングも十分楽しんでいるのだが……。歌菜の方はそう思ってはいないようだ。なんとしても雨のデートを盛り上げてみせようと、歌菜は決意するのだった。

 ちょっとした誤解をしたままに、二人はサイクリングを開始した。
(彼のペースに合わせて行こう。羽純くんに楽しんで貰うのが一番だしっ)
 そう意気込む歌菜。
 トランスしていない通常状態であっても、精霊の身体能力は一般人よりも優れている。ポブルスは人間そっくりの外見だが、やはり精霊の一員。ポブルスである羽純のペースについていくのはけっこうハードだった。自転車をこぐのが、だんだんときつくなっていく。
(私は羽純くんが楽しんでくれたら……それが幸せなんだ)
 そんな思いを掲げて、歌菜は頑張る。
(唸れ、私の脚……!)
 最初は何気なく自転車を走らせていた羽純だが、しばらくしてそんな歌菜の努力に気づいたようだ。歌菜が自分の速度に合わせてくれている。苦しそうに肩で息をしながらも懸命に付いて来てくれている歌菜。
 羽純の胸に、温かい気持ちがじんわりと広がっていった。

「歌菜」
 少し走行速度を落として、羽純が歌菜に話しかける。
「休憩所までまだ少しあるが、ちょっと停まって休憩しよう」
 少し先に進めば休憩所があるのはわかっていた。屋根やベンチのある休憩所で休む方が快適なのだが、あえて道端での休憩を提案したのは、羽純が歌菜の体力に配慮したからだ。
「休憩? うん、そうしよう」
 疲れ果ててぜいぜいと息を切らせていた歌菜は、その提案に喜んで賛成した。
 他の利用者のことも考えて、邪魔になりにくい場所に自転車を停める。もっとも雨天の影響か、これまで自分たち以外とはサイクリングロードで鉢合わせなかった。
「花もじっくり見たいしな」
 歌菜はコクコクと頷いて、羽純と一緒に近くの花を観察する。しばらく花を眺めているうちに、汗も引いて呼吸の乱れも落ち着いてきた。自転車をこいでいる時は羽純の速度についていくのに精一杯で、とても光る花々を見ている余裕などなかった。
「カラフルで可愛い花だね! これ青い色が鮮やか……」
 好奇心から伸ばされたしなやかな歌菜の指先が、ブルー・ヴェルダンディー草に触った。そして……。
「私……羽純くんが楽しんでくれてたら嬉しいな」
 気づけば半ば無意識に、現在の心境をありのままに言葉にしていた。
(え? 言うつもり無かったのに!)
 歌菜はブルー・ヴェルダンディー草の詳しい効力をしらなかったようだ。驚いてあたふたしている。
 そんな歌菜を羽純はクールに見守っていた。
「楽しんでるよ。そういう歌菜は楽しんでるのか?」
「うん! 羽純くんと一緒にいられるのは、楽しいよ」
 ドキドキしつつも、つい素直に答えてしまう。まだブルー・ヴェルダンディー草の影響が残っているのかもしれない。
「無理して俺のペースで……気付けなくて悪かった」
「そ、そんなことないよ。あ! ……私が必死に自転車こいでるの、羽純くんにバレてたんだ」
 隠れた努力を見抜かれてしまい、ちょっと恥ずかしくなる歌菜。

 羽純はレッド・ウルド草に触れてみた。秘密にしてたあの過去を歌菜に話したいという気持ちが高まる。
「……本当はな、契約する前から、歌菜の事は知ってた」
「え?」
 とっさに話の内容が飲み込めず、きょとんとした顔で歌菜は羽純のことを見る。
「お前の家の弁当屋の常連なんだ」
「そっ、そうなのっ? 羽純くん、契約前から私の事、知ってたんだ……。意外だよ。驚いちゃった」
 歌菜が羽純の存在を知るより早く、羽純は歌菜の存在を知っていた。
 歌菜の祖父母はタブロス市内で弁当屋を経営している。羽純はその店の常連で、どうやら祖父母経由で歌菜のことを知ったらしい。
 今まで羽純は、特にそのことを歌菜に話していなかった。
「ど、どうして今まで話してくれなかったの?」
 契約前から、自分の存在が知られていた。そのことが……。
(……何だか凄く恥ずかしいっ)
「どうしてだと思う?」
「……話す切欠が無かったとか?」
「そうだな……切欠が無かったのかもしれない」
 そこで羽純は、涼しげで優しい視線を歌菜へと向けた。
「こっそりお前の事を見るのが、楽しかった」
「楽し……。そ、そんな風に思ってくれてたんだ」
 王子様のように憧れていた羽純からそんなことを言われて、歌菜は嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。自分の頑張っている姿が、認められたような喜びも感じた。
「話してくれて有り難う」
 羽純が明かした過去の秘密は、歌菜にとってきゅんと甘酸っぱくなるような素敵なものだった。
「……今度は堂々と行く」
「うん!」
 ウィンクルムの任務がない時は、歌菜は弁当屋の看板娘として働いている。羽純がくるというのなら大歓迎だ。



依頼結果:成功
MVP
名前:紫月 彩夢
呼び名:彩夢ちゃん
  名前:紫月 咲姫
呼び名:咲姫

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 山内ヤト
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月25日
出発日 05月30日 00:00
予定納品日 06月09日

参加者

会議室

  • [11]ハロルド

    2015/05/29-23:39 

  • [10]ハロルド

    2015/05/29-23:39 

  • [9]桜倉 歌菜

    2015/05/29-22:34 

  • [8]桜倉 歌菜

    2015/05/29-22:34 

  • [7]桜倉 歌菜

    2015/05/28-19:28 

  • [6]桜倉 歌菜

    2015/05/28-19:27 

    桜倉歌菜と申します。パートナーは羽純くんです。
    皆様、よろしくお願いいたします♪

    雨に濡れる花って情緒があって素敵ですね…!
    どうか、素敵な一時になりますように!

  • [5]ミサ・フルール

    2015/05/28-16:09 

  • [4]ミサ・フルール

    2015/05/28-16:09 

    エミリオ:
    エミリオ・シュトルツだ。
    パートナーのミサと一緒に参加するよ、どうぞ宜しく。
    俺が体を動かすのが好きなのとミサが花が好きなのもあって今回の計画を立ててみた。
    サイクリングにあいにくの雨ではあるけれど、俺は雨は嫌いじゃないよ、むしろ好きかな。
    それじゃ、各々が望む時間を過ごせることを願って、

  • [3]ハロルド

    2015/05/28-08:39 

  • [2]紫月 彩夢

    2015/05/28-02:52 

    紫月彩夢と姉の咲姫よ。どうぞ宜しくね。
    イベリン地方に行くの自体初めてだし、光る花とかサイクリングとか、色々楽しみ。
    どうぞ宜しくね。

  • [1]リヴィエラ

    2015/05/28-00:51 


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