プロローグ
●甘やかに沈む
「任務終了、か」
バレンタイン地方のとある森でデミ・オーガを目撃したという通報を受けて、A.R.O.A.は迅速にウィンクルムによる討伐隊を件の森へと派遣した。しかし、ウィンクルム達による調査の結果、目撃情報はただの見間違いだったことが判明して。貴方たちはやれやれと安堵の息を吐いて、森の中、元来た道を戻り始めた。すると、
「……あれ?」
花が、ちらほらと咲いている。思わず見惚れるような大輪の白の花は、行きにこの道を通った時には一輪とて咲いていなかった。不可思議に首を傾げながら、貴方は少しだけ眉を寄せる。咲き誇る花たちの匂いが、むせ返りそうになるほど甘かったから。
「綺麗だけど……すごい匂い。鼻が変になりそうだね」
「…………いい匂いだ」
「え?」
傍らの精霊に言葉を掛ければ、彼はどこかぼんやりとした声で幸せそうに呟いて。そうして、そのままふらふらと花へと歩みを進める。まるで母に名を呼ばれた幼子の如くに、僅かの迷いも無しに。そして、彼が伸ばした手が花の純白に触れた瞬間。
――ぶわっ。
花の根が、蛇のようにうねって彼の足元から這い上がり――ずぶりと、その胸に沈んだ。呆気に取られる貴方の前で、精霊の首筋に、あの白い花が一際鮮やかにぶわりと一輪花開く。彼の視線が、ゆるり、貴方へと向けられた。そうして彼は、うっとりとしてその口元に柔らかく弧を描く。唇が、歌を紡ぐように開かれた。
「あいしてる」
言葉とは裏腹に、恍惚とした表情を乗せたそのかんばせの中、貴方を捉えた視線は酷く鋭利だ。状況をまだ正確に把握できない貴方の前で、彼が武器を手にして、笑顔のままそれを迷いなく貴方へと向けた。精霊の首筋に咲いたのは、トライシオンダリア。宿主の好意を殺意に変えて、益々鮮やかに咲き誇る美しい寄生植物。
「あいしてる、から、しんで?」
裏切りの花をその身に宿して、彼はにっこりと笑った。
解説
●目的
トライシオンダリアに寄生された精霊を救うこと。
リザルトはウィンクルム毎の描写となりますので、他の参加者様への加勢はできません。
●このエピソードに登場するトライシオンダリアについて
一輪の純白の花と根っこだけの寄生型植物。
精霊を宿主とすることを好み、精霊のみを惑わす甘い香りで彼らを誘って宿主にしてしまいます。
寄生された精霊の首筋にはダリアが一輪咲きます。
ダリアは宿主の好意を殺意に変えて成長するため、宿主は好きな相手を殺したい衝動に駆られ、それを制御することができません。
花を除去すれば、宿主を元に戻すことができます。
花の部分を切り落とす等して取り除けば、身体に吸い込まれた根も死滅します。
また、精霊はダリアにエネルギーを吸い取られ続けているため、普段通りに力を発揮することができません。
ですので、神人の皆さんでも力の上では互角となります。
トランスをしていないのでスキルの使用もありません。
但し、相手は本気でパートナーを殺しにかかってきますので、どうかお気をつけて。
なお、我に返った後に宿主にされていた時の記憶が残るかは、個人差があります。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
あき缶GM・錘里GM主催の闇堕ちシリーズエピソードに参加させていただきました!
闇堕ちは浪漫! 闇堕ち・イズ・ジャスティス! と、声高に訴えていきたい所存です。
本エピソードに登場するトライシオンダリアは、本エピソード固有の物となりますのでご留意くださいませ。
闇堕ち時の台詞例等プランに入れ込んでいただくと、リザルトでよりイメージに近い描写ができていい感じかもしれません!
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
スウィン(イルド)
あの花が今度はイルドに…絶対助けるから 好きとは言われたけど 愛してると言われたのはこれが初めて 本心だったらその手を取ったかもしれない でも正気じゃない今は無理よ、ごめんね 今死んだらほんとのイルドに怒られちゃうわ もしかして力を吸い取ってるの? 許せない…(花に対して静かな殺意) ■戦闘 素早さで勝る為それを活かす 回避・受け流し・防御重視 クリアライトで目眩まし その隙に背後に回り後ろからイルドを抱き締め 流れるような動きで 静かに首を掻き切るような動作で花を切る 「戻ってきて、イルド…」 ■解放後 大丈夫?よかった…こっちも大丈夫よ 俺も操られたもの、仕方ないわよ どーいたしまして!(場を明るくする為冗談めかして) |
信城いつき(レーゲン)
俺を、殺すの? 頭いたい……どうしてこんな時に。 じっとしてたら本当に倒される、でも戦おうとするともっと頭痛がする 撃たれた足も痛い 『痛い。どうして?どうしてなの?』(過去の記憶の断片が浮かぶ) 一旦レーゲンの視界から姿を消し、少しでも陽がさす場所へ移動 「ソウルメモリー」の声を利用し誘き寄せ、背後から襲いかかる 攻撃されそうなら「クリアライト」の閃光使用 銃を奪って遠くへ投げ、ダリアを狙う 懸命にレーゲンに手を伸ばそうとする 殺されるのかな……でも、レーゲンは俺が守るんだ 『でも、レーゲンは僕が守るんだ』 最後の力を振り絞って、両腕でレーゲンに抱付きダリアを引きちぎる |
鹿鳴館・リュウ・凛玖義(琥珀・アンブラー)
何も言わず、琥珀ちゃんに剣を構えて近づく。 先端のギザギザに盾をひっかけ、引き剥がしに出る。 「盾、放して」 琥珀からの攻撃を、横にした剣で盾にする。 そして、両端を持つ事で防波堤のように防ぐ。 「僕も好きだよ、琥珀」 「だけど、ね」 僕は彼の武器ごと琥珀を押し返す。 彼の剣を目がけて真一文字に降り、剣をふっ飛ばした。 「今の君の、気持ちには答えられない」 琥珀の首に顔を近付け、歯でダリアを噛み千切る。 無理なら手で花を抜き、首にハンカチを添えて止血。 (本当に好きなら、こんな花に頼っちゃダメだよ) 意識を取り戻したら、動かないように言う。 代わりに、と言っちゃあ何だけど、 お姫様抱っこをして琥珀ちゃんを運んで行くからね。 |
鳥飼(鴉)
「鴉さん……」(杖を強く握り込む あんなあからさまに怪しければ、流石に原因はわかります。 近づく為に、本を杖で受けて致命傷を避けながら前に出ます。 「気持ちは嬉しいですけど。今の状況は嬉しくないです」 「絶対に助けます……!」 近づけたら攻撃が届きます。 痛いかも知れませんけど、助ける為です。 「少し我慢してくださいね!」(狙いは胴 苦しいです、けど。「これで、届きます……」 手を伸ばして、花を毟る。 花の対処後: 「鴉さんも、です」 こほっ。首は、やっぱり苦しいです。(涙目 「大丈夫ですか、怪我以外でまだおかしいところとか」 憶えて無いんですか? 「いえ、何でも」(首を振る 憶えてないなら、たぶん。その方が良いと思います。 |
ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
好意を殺意に変えて咲く花、か…… 俺を殺したい程度には好いていてくれたとはな 嬉しいやら困るやら…… 皮肉なもんだな、愛してるだと? 愛してるなんて、一等てめぇらしくねぇセリフじゃねえか クリアライトの閃光で目眩まししながら回避に努める 捨て身で懐に飛び込んで花を切らなきゃ終わらねえな しゃーねぇ、狗の尻を拭うのは飼い主の責任だ (精霊の深層心理を聞いて) 普段のちゃらけたてめぇは仮面かよ…… くっだらねぇ……何度言ったら分かる? てめえは俺が買ったんだ 一生俺のだ、一人なんてさせてやるかよ てめえの事情なんざ知るか 覚えてないか。それでいいんじゃねぇか? (てめえも俺に秘密があるんだな。てめえも知らない秘密が) |
●沈める想い
(愛しい、愛しい、愛しい……)
だから、この手で殺してしまいたいと。その想いは、鴉の心を心地良く絡み取った。
(そう、ですね)
マジックブック『深海の静寂』の頁を、静かに捲る。さあ、この想いが消えぬ内に、
「死んでいただけますか。主殿」
にっこりと口元に弧を描いて、鴉は魔本を宙へ放った。顔を狙ったその一撃を、鳥飼は愛の女神のワンド『ジェンマ』で何とか防ぐ。鴉を真っ直ぐに見据えて、鳥飼はワンドを強く握り締めた。
「鴉さん……」
呼べば、柔らかく細められる濃い紫の瞳。その首筋に咲くは、目が覚めるような白の花。
(あんなあからさまに怪しければ、流石に原因はわかります)
今の鴉は、明らかに正気ではない。止めなくてはと唇を引き結んで、鳥飼は鴉との距離を詰めようと走り出した。その動きを阻害するように、魔本が再び鳥飼の顔へと牙を剥く。痛みと共に額を伝った血が鳥飼の片目を潰せば、開いている方の眼には鴉が薄く笑むのが映った。
「主殿、愛していますよ」
「気持ちは嬉しいですけど。今の状況は嬉しくないです」
額を流れる血をらしくなく乱暴に拭い、鳥飼は駆ける。纏わりつく魔本をワンドで薙いで、鳥飼は鴉へと言葉を投げた。
「絶対に助けます……!」
「おや? そんな、助けなど」
魔本を繰りながら、鴉は殊更に笑みを深くする。
「素直に殺されていただければ」
それで良いのだと、鴉はそのかんばせに笑みを貼り付けたままで、左手で魔本へと指示を出した。地面すれすれを低く滑った魔本が、鳥飼の左足に噛み付く。
「っ……!」
痛みに止まりそうになる足を叱咤して、鳥飼は鴉との距離を詰めた。その口の端が、仄か上がる。
「捕まえました。これで攻撃が届きます」
「互いに当て易くなるだけ、ですよ?」
軽口を叩く鴉の胴へと、鳥飼はワンドを思いっ切り振るった。与える痛みを思えば胸がじくりとしたが、それでも彼を救いたい。
「少し我慢してくださいね!」
鴉の胴を、ワンドが捉える。鴉は、攻撃を避けようとはしなかった。その一撃を受け入れ、そして――にぃと、両の口の端を持ち上げる。気付けば鳥飼は、地面の上に押し倒されていた。地に叩きつけられた背中の痛みを思うより早く、鴉の白い指が鳥飼の細い首へと絡み付く。
「愛しています、主殿。だから、絞め殺してあげますよ」
手に伝わる鳥飼の呼吸と温度に、鴉は恍惚として目を細めた。息苦しさに、その表情すら今の鳥飼には眩んで見える。
(苦しいです、けど)
だけど、今なら。
「これで、届きます……」
伸ばした右腕が、鴉の首筋に益々鮮やかに咲き誇る純白を毟り取った。くしゃり、と音がして、呆気なく潰れるダリアの花。鳥飼の首を絞める鴉の手から、ふっと力が抜けた。その双眸が、寸の間見開かれる。そうして、彼は言った。
「……ボロボロですね、主殿」
「鴉さんも、です」
掠れた声で返して、鳥飼はこほっ、と小さく咽た。本気で首を狙われたのだ、苦しさに、薄青の瞳に仄か涙が滲む。首に掛けていた手を緩やかに解いた鴉が、その身体を鳥飼の傍らに横たえた。消耗が大きい。身体を起こすのさえ億劫で、鴉は一つ息を吐いた。
「大丈夫ですか、怪我以外でまだおかしいところとか」
「何か、ありましたか」
半身を起こし、首に手を当てながら鴉を気遣う鳥飼の言葉に、淡々とした応えが返る。目を瞑ったままの鴉を見遣って、鳥飼は寸の間言葉を失った。
(憶えて無いんですか?)
ならばと思案して、緩く首を横に振る鳥飼。
「いえ、何でも」
「そうですか。では、少し。休んでから戻りましょう」
「そう、ですね。はい。そうしましょう」
ぐったりとした様子の鴉の姿に、鳥飼はその提案を受け入れた。
(憶えてないなら、たぶん。その方が良いと思います)
そう思い決める鳥飼の傍ら、その身を横たえたままで鴉は思う。
(ええ、憶えてなどいませんよ。だから、あなたも早々に忘れてください)
胸に残る高揚の燻ぶりを、鴉は胸の内、密やかに握り潰した。
●歪な心
「好意を殺意に変えて咲く花、か……」
その花を、ローランド・ホデアはよく知っている。かつてダリアの苗床となった自らの背が、僅か疼くような気がした。
「しかし、俺を殺したい程度には好いていてくれたとはな。嬉しいやら困るやら……」
ひとりごちるローランドの視線の先、クレイモア『バーニンクレイモア』を構えたリーリェン・ラウが、鮫歯を見せてにぃと笑った。その唇が、紡ぐのは。
「ロゥ、愛してる」
「……皮肉なもんだな、愛してるだと? 一等てめぇらしくねぇセリフじゃねえか」
応じた言葉に、リーリェンの双眸が底から光った。
「愛しいロゥ、あんたもどうせ要らなくなったら捨てるだろ? 俺を一人にするんだろ?」
だったらもういいと、リーリェンは拙い物を吐き捨てるように言う。
「あんたにこれ以上関わる前に、一人に戻ってやる……俺は一人で生きて死んでいくって分かってんだよ!」
拭い取ったように笑みを消して、ひび割れる叫びと共にリーリェンは距離を詰めるやローランド目掛けて大剣をぶんと振るった。首筋に咲く花のせいだろう、リーリェンの動きは常よりも鈍い。ローランドが身をかわせば、地面にじゅうと焼け焦げができた。
「……しゃーねぇ、狗の尻を拭うのは飼い主の責任だ」
二撃目を繰り出そうとするリーリェン。その視界を、ローランドはすらりと抜いた短剣『クリアライト』の刀身を煌めかせることで奪った。それでも無理矢理に振るわれた大剣が、森の木を焦がす。
「親に捨てられ、いろんな奴に利用されては捨てられ裏切られ、もううんざりなんだ。あんただってきっとそうする、分かってる」
視界を奪われながらも、リーリェンは剣を振るう手を止めない。がむしゃらに、眩む世界の中にローランドを探す。その姿を掴み取って殺そうとする。
「寂しいなんて思わない。こいつは『寂しい』なんて知らない、知らないことにしてる。寂しいって自覚したらこいつは壊れるんだよ」
だから。
「これ以上こいつと一緒にいるな、死んでくれ。『一人は寂しい』ってこと自覚させんな!」
無茶苦茶に剣を振るうリーリェンの、初めて聞く感情の吐露。痛々しいようなその叫びに、ローランドは眉根を寄せて、小さく舌を打った。
「普段のちゃらけたてめぇは仮面かよ……狗が腹ん中に、俺の許可もなく何飼ってやがる」
声を耳にして、リーリェンのかんばせに浮かぶ喜色。姿はしかと捉えられずとも、声さえ聞こえればローランドの居場所が分かる。殺すことができる。見ぃつけた、とリーリェンはしばらくぶりにその口元に笑みを乗せた。
「くっだらねぇ……何度言ったら分かる? てめえは俺が買ったんだ」
それでもローランドは言葉を紡ぐことを止めない。大剣の切っ先が、ローランドへと真っ直ぐに向けられた。
「ほら、死んでくれよ!」
振るわれる、避けようのない斬撃。咄嗟に後ろへと引くことで、ローランドはそれが致命傷となるのを免れた。袈裟掛けに斬り付けられた傷はそれでも焼けるように痛み、地面には血が滴る。けれど、ローランドは怯まなかった。
「一生俺のだ、一人になんてさせてやるかよ。てめえの事情なんざ知るか」
真っ直ぐに吐かれた言葉に、リーリェンの瞳が揺らぐ。
(あんたのこと、これ以上好きになりたくない……戻りたくなくなる、でもどうせ一人に戻る)
生まれた束の間の逡巡を、ローランドは見逃さない。すかさず懐にとび込んで、首筋の純白を煌めく刀身で切り落とす。戦いは、呆気なく終わった。
「あれ……?」
リーリェンが、呆けたように双眸を瞬かせる。
「ロゥ? なんでロゥ血まみれなの?」
「覚えてないか。それでいいんじゃねぇか?」
「えっと、ごめんネ?」
軽い口調の中に怯えたような色を見た気がしたのは、『知ってしまった』せいだろうか。
(てめえも俺に秘密があるんだな。てめえも知らない秘密が)
燃えるような熱を帯びた傷を持て余しながら、無性に細葉巻が吸いたいとローランドは空を仰いだ。
●記憶の濁流
「愛してるよ、いつき」
常と変わらぬ穏やかな声音でそう零して――レーゲンはシルバーローズリボルバーの銃口を信城いつきへと向けた。
「れ、レーゲン……?」
「愛しいいつき。苦しまないよう私が守ってあげるから、だから安心して死んで」
いつもの優しい表情でレーゲンが言う。柔らかな笑顔の向こうに絶対の殺意を感じ取って、いつきはその身を震わせた。
「俺を、殺すの?」
「大丈夫。心臓を一撃で撃ち抜くよ。痛くはしないから」
にっこりと微笑んだままで、レーゲンは軽く小首を傾げてみせる。その首筋に、いつきは咲き誇る白い花を見た。
(あれが、レーゲンをおかしくしているんだ)
止めないと、と思う。あれの思うままにさせては、本当のレーゲンが悲しむだろう。いつきは、レーゲンの悲しむ姿なんて見たくないのだ。何とかしないといけないと気ばかりは急いているのに、つきりと痛み出した頭が、いつきの思考を阻害する。
(頭いたい……どうしてこんな時に)
とにかく一旦退かなくてはと身を翻そうとした瞬間、右足に激痛が走った。
「うあ……ッ!」
「逃げようとするからだよ、私のいつき。危ないからじっとして……怪我が増えるよ」
これ以上いつきが苦しむ姿は見たくないと、熱に浮かされたような饒舌さでレーゲンはいつきへと言葉を掛ける。その声音のもの柔らかさだけは常の彼のものなのが、余計にいつきの背筋を寒くさせた。じくじくと堪らなく痛む足には、血の赤が滲んでいる。
(レーゲンが撃ったんだ……じっとしてたら本当に倒される)
生きるためには、そして彼を救うためには戦うしかない。そう思うと、何故だか頭痛が更に酷くなった。足の銃創だって目眩がするほど痛い。眩む世界の中で、いつきは声を聞いた。彼にしか見えないものの断片に触れた。
『痛い。どうして? どうしてなの?』
掴み掛けた何かは、手を伸ばそうとしたら消えてしまって。ともかく今はレーゲンを助けなくてはと、いつきは痛む足を叱咤して木漏れ日降り注ぐ木々の間へと走った。レーゲンがゆっくりとその後を追う。
「どこにいるの、いつき? 逃がさないよ、どこへ逃げたって見つけてみせる」
朗々と、歌うように声を響かせるも、当然返事はない。けれど代わりに、不鮮明ながらも言葉の切れ端が耳に届いた。見つけた、とレーゲンは声のする方へと歩を進めて――その双眸を見開いた。言葉を紡いでいたのは、木の枝に引っ掛けられたロケット『ソウルメモリー』。レーゲンがこれは罠だと悟るよりも、息を潜めて機を待っていたいつきが動く方が早かった。背後からレーゲンへと襲い掛かり、振り返ろうとした彼の手からがむしゃらに銃を毟り取って遠くへと投げ捨てる。次いで首筋のダリアを切り落そうとするも、身長差が災いして、いつきはレーゲンの手で地面へと押し倒された。状況を認識するよりも早く、短剣『クリアライト』を奪い取られる。
「鬼ごっこは楽しかった?」
喉元に突き付けられた短剣の切っ先が、いつきを芯まで冷やした。けれど、まだ何もかも諦めたわけではない。
(殺されるのかな……でも、レーゲンは俺が守るんだ)
胸に強く思って、いつきは最後の力を振り絞ると、短剣が喉に傷を付けることも厭わずに懸命に手を伸ばしてレーゲンをぎゅうと掻き抱いた。予想外のいつきの行動に、レーゲンが僅か動きを止める。その隙を見逃すことなく、いつきは禍々しい純白の花をレーゲンの首筋から引き千切った。
『でも、レーゲンは僕が守るんだ』
声が、聞こえた気がした。それを最後に、いつきの意識はぷつりと途切れる。レーゲンを抱き締めていた手が、ぱたりと地に落ちた。
「……いつき?」
レーゲンの唇から零れる、震えた声。いつきがきちんと呼吸をしているのを確かめながら、レーゲンはその眦から雫を落とす。
「ごめん……ごめん、いつき」
もう二度とあんな思いはさせたくなかったのにと、レーゲンは気を失ったいつきの頬を自らの手でそっと包んだ。
●幼き愛に咲く花
「りく、はくは……りくが……好き」
琥珀・アンブラーの幼い心に、花は容易く入り込んだ。片手剣『フォグデビル』を鹿鳴館・リュウ・凛玖義へと滑らかに向けて、琥珀は静かに大好きな人へと歩み寄る。
「好きだよ、りく……」
うっとりと呟く琥珀へと、凛玖義もまた歩を進めた。その言葉に応じることはせず、ただ油断なくロングソード『月夜の贈り物』を構えて。琥珀がおかしくなったのはあの花のせいだと、容易に知ることができたから。
(なら、僕が止めなくちゃいけないよねえ!)
先に攻撃に出たのは凛玖義だった。特殊な形状の剣のその先端に、琥珀が持つシールド『スクトゥレ』を引っ掛ける。
「盾、放して」
言って渾身の力を込めれば、琥珀の小さな手から引き剥がされた盾が地に落ちる。幼くとも琥珀は精霊だというのに、人の身で彼を守る鎧を剥ぎ取ることが叶うとは。
(厄介な花だ。恐らく、琥珀ちゃんの力を吸い取ってるんだろうね)
仄か眉を寄せた凛玖義の前で、琥珀は寸の間地面に転がる盾へと視線を落として――けれどすぐに、それには興味を失った様子で凛玖義へと歪な笑みを向けた。
「りくを殺すのにあれはいらない、よね?」
にっこりとして剣を持ち直す琥珀。そして、
「お願い、傍にいて!」
一歩踏み出し、真っ正面にいる凛玖義へと僅かの躊躇いもなく剣を振るう。その斜め斬りを、凛玖義は自らの剣を横にして受け止めた。本気の斬撃を防ぐために両端を握っているため、刃を持つ方の手には、琥珀の攻撃の威力に血が滲む。
「はく、沢山りくの役に立ったでしょ? そうだよね、りく」
一撃。剣が振るわれて、それを受ける凛玖義の手から滴る赤。
「ねえ、りく。はくは、りくのことがいっぱい大好きだよ」
また一撃。ざくりと切れている掌の痛みに、凛玖義は唇を噛んだ。それでも凛玖義は、どこまでも落ち着いた声音で言葉を零す。
「僕も好きだよ、琥珀」
琥珀の表情が、ぱあと華やいだ。あどけない笑顔をそのかんばせに乗せて、琥珀は再度、凛玖義へと斬り掛かる。
「本当? じゃあ、はくのために死んで!」
「だけど、ね」
自身の手が更に傷つくことも厭わずに、凛玖義はぐいと武器を持つ手に力を込めた。自分の武器ごと、振り切られた彼の武器ごと、琥珀の身体を押し返す。琥珀もそれに応じようとするも、首筋に咲くダリアの影響で力が衰えている今、分は凛玖義の方にあった。押し負けてよろめいた琥珀の剣を真一文字に掬い上げて、弾き飛ばす。
「今の君の、気持ちには答えられない」
剣の落ちる音が、辺りに鈍く響いた。剣を失くしてなお、狂ったように向かってこようとする琥珀。その肩を、役目を終えた武器を地に落とした凛玖義は両手で力強く掴んだ。身を屈めて、琥珀の首筋に咲き誇る邪悪な白を噛み千切る。
(本当に好きなら、こんな花に頼っちゃダメだよ)
そんなことを、声には出さずに呟いて。意識を失った琥珀の身体を、凛玖義は優しく支えた。
「……ん」
ぱちりと目を覚まして、琥珀はその身を起こそうとした。けれど、それを凛玖義の大きな手が遮る。
「琥珀ちゃん、まだ動かない方がいいよ」
「りく? はくはどうしたの? 何があったの?」
不思議そうに問う琥珀。凛玖義は少し考えて、琥珀に彼を惑わした純白の残骸を見せた。
「琥珀ちゃんの首筋にコレが咲いて……僕に戦いを挑んできたんだよ」
「はくが? ……ごめん、りく」
記憶も自覚もない。けれど、布を巻き付けた凛玖義の手には隠しようもなく血の色が滲んでいた。罪悪感が、小さな胸をちくりと刺す。不安げな琥珀を安心させるように、凛玖義は白い歯を見せた。
「動けない代わりに、と言っちゃあ何だけど、お姫様抱っこをして琥珀ちゃんを運んで行くからね」
ふわり、琥珀の身体が浮く。凛玖義の温もりが、琥珀の胸に安堵を運んだ。
「ねえ、りく」
「うん?」
「……ありがとう」
どういたしましてと凛玖義が笑って。その腕の心地良さに、琥珀は再び瞼を閉じた。
●傾慕の心中
「スウィン、愛してる」
口元に緩く弧を描いて、イルドはそう零した。ことり、仄か傾げられた首筋に咲く白の花の鮮やかさに、スウィンは唇を噛む。
(あの花が今度はイルドに……絶対助けるから)
色こそ違えど、あれはあの時の花だ。愛を狂わせる魔性の花が、イルドの口から、響きばかりは甘ったるい言葉を吐き出させる。彼の手が、スウィンへと差し伸べられた。
「こっちにこい。なるべく苦しまねーようにすぐに殺してやる」
愛を語った唇から、それと僅かも変わらぬ声音で物騒な言葉が紡がれる。好きという響きこそ耳に残っているけれど「愛してる」だなんて言われたのは初めてだったのにと、場違いだとは思いながらもスウィンは苦く微笑した。
「本心だったらその手を取ったかもしれない」
でも。
「正気じゃない今は無理よ、ごめんね」
そう伝えると、イルドの赤の双眸に灯る激情の色。口元を彩る笑みが、歪んだ。
「……俺を、拒絶するのか?」
愛しているのに。こんなにも、こんなにも、こんなにも。だから。
「誰にも渡さねぇ……お前を殺していいのは俺だけだ!」
絶叫。どこまでも純粋な剥き出しの殺意が、スウィンの身を震わせた。けれど、ここで折れるわけにも、引くわけにもいかない。
「今死んだらほんとのイルドに怒られちゃうわ」
眉を下げて、スウィンは少し笑ってみせた。飄々として振る舞いながらも、その手には油断なく短剣『クリアライト』を握っている。今度は、自分が助けるのだ。
「……そうか、分かった」
色のない声で呟いて、イルドは両手剣『フレイム・チェリー』を構えた。
「お前がこないなら俺からいく!」
叫ぶなり、地を蹴ってスウィンへと迫るイルド。
「お前は強い、それは初めて会った時からよく分かってる」
振るわれる両手剣の重たい一撃を、スウィンはするりとかわす。次いで、薙ぐような二撃目。スウィンはそれを手にした短剣で何とか受け流した。
「だが俺も強くなった。お前を守りたいと思って身に付けた力でお前を殺す!」
じんと痺れた手を持て余しながら、スウィンは仄か眉を寄せた。今の攻撃。本来なら、この程度では済まなかったはずだ。もしかして――
(力を吸い取ってるの? 許せない……)
どこまでイルドを弄べば気が済むのか。静かな殺意を胸に沈めて元凶の純白を睨み据えれば、イルドがスウィンへと笑み掛ける。
「心配すんな、俺もすぐに逝く。お前は俺だけのもので、俺はお前だけのものだ!」
狂ったように宣言するイルドは、自身が花の養分にされていることに気付いていない様子だ。ならば尚更、早くあの花を散らさなくては。
「終わらせましょう、イルド!」
短剣の刀身を煌めかせて、スウィンはイルドの視界を眩ませる。眩しさに目を眇めたイルドの背後へと、スウィンは素早く回り込んだ。無防備な背中を、掻き抱く。そしてスウィンは、イルドの首筋に短剣を流れるように走らせた。首を掻き切るかの如き動きで、咲き誇る純白をぽとりと切り落とす。
「戻ってきて、イルド……」
「あ……」
大剣が、イルドの手から滑り落ちた。スウィンの唇から息が漏れる。彼を抱き竦める腕を緩めれば、がばと振り返ったイルドがスウィンの肩に手を置いた。
「悪かった、大丈夫か?」
労わる赤の視線は、常と変わらないイルドのもので。自然、スウィンのかんばせに柔らかな笑みが浮かんだ。
「こっちは大丈夫よ。イルドこそ大丈夫?」
「俺は頑丈だから大丈夫だ、心配すんな」
「よかった……」
安堵の息を吐けば、肩に置かれた両の手に力がこもる。イルドは、悔しそうに歯噛みした。目の前にいるのは、この手で守りたいと願う大切な人なのに。
「くそっ、あんな花に操られちまった……!」
「俺も操られたもの、仕方ないわよ」
場の空気を変えようと敢えて冗談めかして応じれば、イルドの口元が仄か緩む。
「……ありがと、な」
「ふふ、どーいたしまして!」
さあ、帰ろう。悪しき純白の花は、今はもうただの残滓と成り果てたのだから。
依頼結果:成功
MVP:
名前:鳥飼 呼び名:主殿 |
名前:鴉 呼び名:鴉さん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 05月26日 |
出発日 | 06月01日 00:00 |
予定納品日 | 06月11日 |
参加者
- スウィン(イルド)
- 信城いつき(レーゲン)
- 鹿鳴館・リュウ・凛玖義(琥珀・アンブラー)
- 鳥飼(鴉)
- ローランド・ホデア(リーリェン・ラウ)
会議室
-
2015/05/31-23:42
挨拶できなくてごめん。プランは提出したよ。
みんなと協力できないのは残念だけど、それぞれ頑張って精霊取り戻そうね!
みんな頑張れっ! -
2015/05/30-20:25
ローランドはお初。他の皆はお久しぶり。スウィンよ、よろしくね。
俺も少し前にダリアに寄生されたわ。今度はイルドが…。
皆絶対に助けましょうね。お互い頑張りましょう。 -
2015/05/30-08:20
ローランド君は、お初になるね。
凛玖義っていう者だよ、ロイヤルナイトの琥珀ちゃんと一緒によろしく。
今回、個別で戦うんだねぇ。
悪いのはダリアって花なんだし、引き抜いてでも懲らしめるしかないか。
何がなんでも、パートナーを助けないと。 -
2015/05/30-08:13
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2015/05/30-00:00
皆、初対面だな。ローランド・ホデアだ。
以後よろしく頼む。
さて……またダリアか……。先日は俺がダリアに寄生されたが、今回は狗が寄生された……と。
お互い面倒なことになりそうだが、健闘を祈る。 -
2015/05/29-20:23
ローランドさん達は初めまして。
他の皆さんはお久しぶりです。
僕は鳥飼と呼ばれています。どうぞよろしくお願いしますね。(ぺこりとお辞儀
まさかこんな事になるなんて。
お互い手を貸すことはできませんけど、皆さんのご武運をお祈りいたします。