古城カフェの春うらら(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●一足遅れの春
「本当に綺麗だなぁ……」
 葉桜の緑が目に眩しい季節になったけれど、古城カフェ『スヴニール』の周りでは、普通の桜よりも遅く咲く八重桜が花の盛りだ。古城カフェの主であるリチェットはアンティークの飴色テーブルを丁寧に拭くその手を止めて、窓の外、風に舞う花弁の美しさに感嘆のため息を漏らした。八重桜にしてもおっとりとした花の目覚めだとは思うが、無事開花を見届けた今は、そういうところさえ愛らしいように思われる。気付けば、古城カフェが開店してからは初めての春である。このところずっと忙しかったから、今年初めての春に、今やっと出会ったような気がした。
「……窓から見えるこの景色、ウィンクルムの皆さんにも是非見ていただきたいな。バタバタしていて遅くなってしまったけれど、桜尽くしのメニューを用意するのも素敵かもしれない」
 そう思うともう居ても立ってもいられないような気持ちになって、リチェットはそわそわしながらテーブルを磨く。どんな春色スイーツを作ろう? 飲み物は何を出すのが素敵だろうか? なんて、そんなことを頭の中でわくわくと考えながら。やがてA.R.O.A.へと、桜色の和紙の封筒で一通の手紙が届く。それは、古城カフェからのちょっとのんびりした春のお誘い。パートナーと一緒に、窓の外の八重桜を眺めながら桜のスイーツを楽しむのは、きっと素敵な時間になるだろう。

解説

●古城カフェ『スヴニール』について
タブロス近郊の小さな村の外れにある豪奢な造りの古城の中、価値のあるアンティークやとっておきのスイーツが楽しめるカフェです。
この時期は古城カフェの周りの八重桜が一斉に花を咲かせており、どの席に座っても窓から八重桜がよく見えます。
ウィンクルム達が古城カフェを訪れる日は、外は快晴ですが少し風が吹いています。
はらはらと桜の花びらの舞うのが見られることでしょう。
『古城カフェの~』というタイトルのエピソードが関連エピソードとなりますが、ご参照いただかなくとも古城カフェを楽しんでいただくのに支障はございません。

●春の限定メニュー
春色さくらセット(以下からお好きなスイーツ1種+桜のフレーバーティー)
桜のシフォンケーキ
(桜の花の塩漬けを飾った、ふわりと桜の香りがするシフォンケーキ。たっぷりの生クリームを添えて)
春色クリームブリュレ
(表面をキャラメリゼした桜風味のブリュレに、桜シロップを垂らし桜の花を乗せて)
リチェットからウィンクルムへの日頃の感謝を込めてとのお誘いなのでスイーツのお代は不要ですが、後述の交通費をお支払いいただくことをご了承くださいませ。

●リチェットについて
一族に伝わる古城をカフェとして蘇らせたパティシエの青年です。
特にご指定なければリザルトにはほとんど(若しくは全く)登場しない予定です。

●交通費について
タブロス市内から古城カフェまでの交通費として、ウィンクルム様お一組につき300ジェール頂戴いたします。

●プランについて
公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでご注意ください。
また、白紙プランは描写が極端に薄くなりますので、気をつけていただければと思います。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

春の古城カフェをお届けしたい! と思いつつずっとモチーフに悩んでいたのですが、風の日に見かけた八重桜が見惚れるほど美しかったのでこんなお話になりました。
古城カフェのお話は皆様のおかげでもう5つめになりますが、古城カフェははじめましてという方にも、どうぞお気軽にカフェに立ち寄っていただければと思います。
パートナーさんとゆったり言葉を交わすもよし、桜スイーツに夢中になるもよし、八重桜の花吹雪に見惚れるもよし、勿論その他の過ごし方も。
カフェでの時間を、パートナーさんと一緒に楽しんでいただけますと幸いです。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

  薄紅に包まれる古城の佇まいに見惚れて足を止める
舞い散る前の満開の桜を目に焼き付けたくて
もつれる足で彼の後を慌てて追う

さくらセットをシフォンケーキで注文
きっと彼も食べるだろうと半分切り分けた皿を押し出し
ふふ、以心伝心?さすがパートナーって事なのかな

目の前で紅茶を嗜む彼は先ほどから言葉少なく
考えごと?眠い?…それとも元気がないのかな
(人心を捉える勉強をしても、肝心の彼の気持ちは未だに読めない、なぁ

様々な任務を乗り越えて、強い人だと今でも思う
それでも、いつも俺は色々なものを貰ってばかりだから

席を立ち彼の背中を押して桜がよく見える窓際へ
綺麗だねと、今はそれしか呟けなくて
触れた背中にそっと頭を預ける


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  古城カフェにはちゃんとした格好で来たいから、スーツ着てきた。こんな時しか着ないし(それもどうよ)。

これで桜も本当に最後だな。
ラキアと一緒にもう一回見たかったんだ。
もちろん、春の限定メニューも大いに心引かれたので頂くぜ。シフォンケーキにしよう。
ケーキとお茶を楽しみつつ、窓から桜をラキアと眺めるぜ。
風に舞う桜の花が凄く綺麗だな。八重桜の方が紅色が強いんだ。今までそんなこと気にした事無かったけど、じっくり見ると色々と気が付くな。
春はもう終わるけど、また夏には色々な行事があるし、花火もある(だろう)し。
これからも楽しい出来事が沢山あるんだぜ。
一緒にその時間を過ごしていこうぜ、とラキアに笑顔を向けるぜ。


蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  八重桜とスイーツと聞いて、居ても立っても居られず、フィンを誘って古城カフェへ

まず招待状をくれたリチェットさんに挨拶
初めまして、お招き有難う御座います
今日はお世話になります

席に付いて、まず景色に圧倒される
言葉に出来ない美しさってこんな事を言うんだな

綺麗だなと声を掛けようとして、桜吹雪を背にしたフィンに思わず見惚れる
誤魔化すように、何を頼むかメニューを見る

どっちも美味そうだ
悩んだ末、桜のシフォンケーキにする

桜吹雪とケーキを楽しむ贅沢な時間に頬が緩む

え?一口…って
仕方ないな

普通にフィンが食べ、フィンに促されるまま彼のフォークでケーキを食べる
(あれ?もしかして…これって…いや、家族なら普通にするだろ


暁 千尋(ジルヴェール・シフォン)
  アドリブ歓迎

これは……見事な八重桜ですね
この時期でも見れるとは、なんだかお得な気分です

(先生がいない隙に)
僕はブリュレを、先生にはケーキを注文
リチェットさんに内緒でお願いが
もし可能ならケーキに誕生日プレートをつけてもらえませんか
もうすぐ先生の誕生日なので…

おめでとうございます、先生
誕生日は「生まれてきてくれた事を感謝する日」だと教えてくれたのは先生ですよ?忘れたんですか?
だからお祝いするんです

え?あぁ…ご心配をおかけしてすみません
色々考えさせられましたが、僕は大丈夫ですよ

はっ!?そんなしきたりがあるんですか?!
…………嘘ですよね
…はぁ、一口だけですよ…(照)
(やっぱり先生には敵わないな…)



新月・やよい(バルト)
  ●心情
バルトからの誘いは初めて
嬉しくて堪らない

●行動
服はバルトに合わせて洋服
白いYシャツに黒いベストとズボン
(寝癖直しは君任せ

八重桜も素敵ですね
お店とあわせて堪能

君の片目が悪い事を考えて
桜が見やすい席を譲る
こっそり自己満足

ブリュレにしようとしたけど、君と同じのにしよう
うん、美味しい!
君が上機嫌なのは桜のせいかな?
初めて一緒に行った場所も、桜がありましたね

昔お城に居た人も同じ景色を眺めたのでしょうか
桜と古城って言うのもいいですよね
そこには一体どんな物語が隠されているのでしょう
姫と騎士の恋とか

「その時はまた、君に髪を梳かしてもわらなくてはなりませんね」
だから僕も連れて行ってと、言葉に隠して笑って




●密やかな約束
「バルト! お洒落したいのに寝癖が直らない!」
 新月・やよいの家に彼を迎えにいったバルトの耳に先ずとび込んできたのは、半ばパニックに陥ったやよいのそんな訴え。櫛を片手にあわあわしているやよいの姿に苦い微笑を零しつつも、バルトの心にはあたたかな灯が点る。
(そんなに楽しみだったのか?)
 常は寝癖が標準装備のやよいの口から『お洒落したい』なんて言葉がとび出すとは。そう思うと、知らずゆらりと揺れる狼の尻尾。
「バルト……!」
「分かったから、櫛をこっちに」
 受け取った櫛で、やよいの髪を丁寧に梳かしてやるバルト。「ありがとうございます」とふにゃりと笑ったやよいは、悩みの種が去れば、鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な様子。
「そういえば、今日は洋服なんだな」
「気付いてくれました? バルトに合わせてみたんですよ」
「で、寝癖直しは俺任せ、か」
 白いワイシャツに黒いベストとズボンを合わせた、いつもと少し違った装いのやよいが「あはは」と可笑しそうに笑う。バルトからの誘いは初めてで、だから今日は、世界がいつもよりもきらきらして見えるやよいである。寝癖が直ったら、さあ2人で出掛けよう。

「お店も素敵ですが、八重桜も素敵ですね」
 窓の外、咲き誇る満開の八重桜にやよいは口元を柔らかくした。バルトの視線も、窓の向こうの景色へと注がれている。その姿に、やよいは密やかに笑んだ。バルトの片目が悪いことを考えて、さりげなく桜の見やすい席を譲ったやよい。だから、赤の瞳に花吹雪を移した彼が静かに笑んでいるのが、嬉しくて。
(なんて、こっそり自己満足ですけど)
 そんなことを思うやよいに、バルトの視線がそっと移る。その目元が、和らいだ。
「誘って良かった」
「え?」
「城と桜、っていうのに惹かれたんだ。小説にもいいモチーフになるだろうしと思ってな」
「ふふ。なら、きっといいお話を書かないといけませんね」
「ああ。……で、何を頼む? 俺はシフォンを」
「うーん、ブリュレも捨て難いですが、君と同じのにします」
 注文を済ませば、やがて運ばれてくる幸福な甘味。桜のシフォンケーキをぱくりとして、やよいはその瞳を輝かせた。
「うん、美味しい!」
「甘すぎないといいなと思ってたんだが……美味いな。紅茶の香りもいいし」
 表情を柔らかくするバルトの様子に、やよいは益々そのかんばせを華やがせた。桜香る紅茶を口に運んだバルトが、また窓の外へと視線を戻して言葉を続ける。
「桜も綺麗だ」
 その呟きに、やよいは胸の内にことりと小首を傾げた。
(君が上機嫌なのは桜のせいかな?)
 今はケーキをフォークで切り分けているバルトの機嫌が良い理由は出発前のやよいの言動に起因しているが、それはやよいの知らない秘密の話。そういえば、とやよいはある春の日に想いを馳せた。
「初めて一緒に行った場所も、桜がありましたね」
「ああ、懐かしい」
「バルトが言ってくれたみたいに、桜と古城っていうのもいいですよね。昔お城に居た人も同じ景色を眺めたのでしょうか」
 そう言って、やよいは遠く遠くを想うように目を細める。バルトが、静かに応じた。
「城の人も見ていたかもな。皆みたいに雑談しながら」
「そこには一体どんな物語が隠されているのでしょう。例えば……姫と騎士の恋とか」
「恋愛? どうだろ。桜のおかげで仲良くなれた、なんて、幸せな話だといい」
 俺達みたいにさ、とあの花見の日に心をとばすバルト。そして、「なぁ新月」と相棒の名を呼ぶ。やよいの黒の双眸が、バルトへと向けられた。
「来年も、咲くかな」
 また一緒に来れたらいいのにと、そんな想いを言外に乗せて、呟く。少し考えて、やよいはバルトへにっこりと笑い掛けた。
「その時はまた、君に髪を梳かしてもらわなくてはなりませんね」
 言葉の裏に託すのは、「だから僕も連れて行って」なんて密やかな願い。赤の瞳を瞬かせたバルトが、その意に気付いて穏やかに破顔した。

●祝福を貴方に
「これは……見事な八重桜ですね。この時期でも見れるとは、なんだかお得な気分です」
 窓の外に咲き誇る春色の花の美しさに、暁 千尋は眼鏡の向こう、琥珀の瞳を柔らかくした。真向かいの席に座っているジルヴェール・シフォンが、八重桜から古城の内装へと視線を移して、上機嫌で声を弾ませる。
「ふふ、やっと来れたわ古城カフェ。噂どおり、素敵な場所ね」
 勿論窓の外の花吹雪もね、と茶目っ気交じりに付け足して、ジルヴェールは優雅な所作で立ち上がった。突然に席を立った同行者に不思議そうな顔を向ける千尋へと、悪戯っぽく笑み掛けるジルヴェール。
「職業柄、内装とか装飾とか気になっちゃうのよね。少し見て回ってもいいかしら」
「ああ、そういうことでしたか。どうぞ。注文は済ませておきますね」
「あら、ありがと、チヒロちゃん。流石、いいオトコは気が利くわね」
 その物言いに優しい苦笑を漏らして、千尋は手を振りその場を離れたジルヴェールを見送った。そのうちに、古城カフェの主が注文を取りにきて。
「僕はブリュレを。それと、シフォンケーキをお願いします」
 それから、と千尋はメニューから視線を外してリチェットの顔を見上げた。
「内緒でお願いがあるんです。もし可能なら、ケーキに誕生日プレートをつけてもらえませんか? もうすぐ先生の誕生日なので……」
 言って、千尋は琥珀の視線を『先生』と呼んだ連れへと密やかに移す。リチェットがその視線を追って納得したように微笑を零した。お任せくださいと一礼して席を離れたリチェットと入れ替わりに、ジルヴェールが機嫌良く戻ってくる。
「ただいま、チヒロちゃん。素敵だったわぁ」
 そして始まる歌うようなお喋り。それがやっと一息ついたところで、千尋の前には春色クリームブリュレ、ジルヴェールの前にはチョコレートのプレートが飾られた桜のシフォンケーキが並べられた。桜色の双眸を瞬かせるジルヴェールに、千尋は静かに笑みを向ける。
「おめでとうございます、先生」
「まぁ……もうお祝いされるような年じゃないんだけど」
「誕生日は『生まれてきてくれた事を感謝する日』だと教えてくれたのは先生ですよ? 忘れたんですか?」
 だからお祝いするんです、と、千尋はどこまでも真っ直ぐにジルヴェールを見つめて言葉を零す。ジルヴェールが少し驚いたように目を見開いて――それから面映ゆそうにその目元を緩めた。
「そう……そうだったわね。ふふ、嬉しいわ、ありがとう」
 言って、ジルヴェールは仄か眉を下げる。なんだか逆になっちゃったわねぇ、と。
「逆、ですか?」
「ええ、最近辛い依頼が続いたでしょう。少し気が滅入っていたようだから、気分転換に誘ったのだけれど」
「え? あぁ……ご心配をおかけしてすみません。色々考えさせられましたが、僕は大丈夫ですよ」
「ならいいのだけれど……何だか、ワタシの方が元気付けられちゃったわね」
 そこまで言い切って、ジルヴェールはふっと声を明るくした。
「さ、いただきましょ。ねぇチヒロちゃん、そっちのブリュレも一口くれないかしら」
「勿論構いませんよ、どうぞ」
「あーんして?」
「へ……?」
 固まる千尋に、ジルヴェールはにっこりとして曰く。
「だってワタシ、誕生日だもの。誕生日の人のお願いは絶対っていうしきたりを知らないの?」
 嘘だけど、と内心で舌を出すジルヴェールの前で、「はっ!? そんなしきたりがあるんですか?!」と千尋は真面目に驚いてみせる。初々しい反応にくすりと笑めば、やっと悪戯に気付いた千尋が、じとーっとした視線をジルヴェールに送った。
「……嘘ですよね」
「さぁどうかしら?」
 小首を傾げてはぐらかすジルヴェールの姿に、千尋は照れ混じりのため息を零す。
「……はぁ、一口だけですよ……」
「ふふ、チヒロちゃんのそういうとこが好きよ」
 差し出された一匙をぱくりとすれば、口の中に広がる幸せな甘さにジルヴェールの頬が緩む。やっぱり先生には敵わないなと、千尋は胸の内だけにまた息を吐いた。

●触れる温度
「美しい季節の風景に贔屓の古城。心が躍るな」
「……そう、だね」
 八重桜が飾る古城の美麗さにすぅと目を細めたラセルタ=ブラドッツの言葉に、羽瀬川 千代はどこか上の空のような返事を寄越した。ふと止まった足に、気のない返し。水色の目を眇めてラセルタが傍らの千代へと視線を移せば、千代は桜吹雪の薄紅に包まれた古城の佇まいに、すっかり心を奪われているようだった。形の良い眉を僅か寄せたラセルタには気付かずに、千代は熱心に、その瞳に舞い散る前の満開の桜を焼き付けようとする。桜に見惚れるそのどこまでも真っ直ぐな横顔に寸の間目を奪われた後で、我に返ったラセルタは千代の腕をぐいと引いた。
「わ。ら、ラセルタさん……?」
「そうぼやっとしていては日が暮れてしまうぞ、千代」
 金の視線を自分へと向けさせる悪戯を考えながら、ラセルタはそんなことを言う。もつれる足を持て余しながら、自分の腕を引いたままぐんぐんと先へ行くラセルタの後を、千代は慌てて追いかけた。

「ふふ、シフォンケーキ美味しいな。春の味がする」
「こちらも悪くない。贔屓にしてやっている甲斐があるな」
 古城カフェの中へと足を踏み入れて、千代は桜のシフォンケーキ、ラセルタは春色クリームブリュレのセットをそれぞれ注文した。間もなく運ばれてきたそれらは、いずれもとっておきの味。
(きっとラセルタさんも食べる、よね)
 と思いながら千代は半分に切り分けたケーキの皿を、
(千代にも半分くれてやろう)
 なんて考えながらラセルタはブリュレの乗った皿を、それぞれ互いに差し出そうとして――押し出され軽く触れ合った皿同士が、カツ、と小さく鳴った。金の双眸を瞬かせた千代の唇から、少しの間の後、「ふふ」と小さな笑い声が漏れる。ラセルタも、面白がっているように口の端を上げた。
「……分かっているではないか。褒めてやるぞ」
「以心伝心? さすがパートナーって事なのかな」
 互いに零した言葉さえも重なって、思わず千代は破顔し、ラセルタの方も、唇から、ふ、と音を漏らす。
(こうも穏やかに時間が流れるのでは、悪戯も思い浮かばんな)
 そんなことを思いつつ、ラセルタは桜香る紅茶を優雅に口へと運んだ。何の気なしに窓の向こうへと視線を遣れば、花吹雪の鮮やかさに目の眩むような心地がして。2人で夜桜を見てからまだ間もないというのに、どうしてこんなにも、目新しい景色に映るのか。
(恐らく……桜よりずっと千代を見ていたせいだ)
 何故あんなにも惹かれたのかと、ティーカップを片手にあの夜に想いを馳せるラセルタ。常よりも口数の少ないそんな彼の様子を、千代は密かに窺って思う。考えごとをしているのだろうか? 眠いのかな? それとももしかして、元気がないのか。
(人心を捉える勉強をしても、肝心の彼の気持ちは未だに読めない、なぁ)
 胸の内に僅か苦笑した後で、水色の双眸に舞い散る桜を移すラセルタの横顔に、千代は色々のことを思った。
(様々な任務を乗り越えて、強い人だと今でも思う)
 それでも。
(いつも俺は色々なものを貰ってばかりだから)
 椅子を鳴らさぬように配慮して、立ち上がる。ラセルタの視線が、千代へと戻った。不思議そうな顔をしている目の前の愛しい人へと、千代はふわりと微笑み掛ける。
「窓際に行ってみようよ。きっともっと良く八重桜が見えるから」
 促して、立ち上がった彼の背を押して、2人揃って窓際へ。硝子を1枚だけ隔てた向こうに、心の震えるような桜吹雪。
「綺麗だね」
 千代の唇は、今はそれしか紡げなかった。多くを語る代わりに、ラセルタを真っ直ぐに見つめる。その視線に動揺しつつも、からかうようにラセルタは笑った。
「……それは桜か、この俺様か?」
 茶化して終えるつもりが、千代の手が背に触れる、頭がそっと背に預けられる。伝う温度に戸惑って、ラセルタはするりと身を逃がした。
「……席に戻るぞ、千代」
 鼓動を悟られる前にと、そんな想いは胸に沈めて。

●桜吹雪と甘い時間
「初めまして、お招き有難う御座います」
 今日はお世話になります、と蒼崎 海十が頭を下げれば、古城カフェの主は目元を和らげて海十に倣った。
「こちらこそ、遠路遥々ありがとうございます。どうぞ寛いでいってくださいね」
 丁寧に挨拶をする海十の姿に優しい笑みを一つ零して、フィン・ブラーシュもリチェットへと向き直る。
「八重桜、本当に見事ですね。ご招待に感謝を」
「重ねてになりますがありがとうございます。こうして声を掛けていただけるなんて……」
 お二人にとって素敵な時間になりますようにと微笑して、リチェットは2人を窓際の席へと案内した。席についた海十の視界に先ずとび込んできたのは、窓の外に咲き誇る八重桜。
「すごい……言葉に出来ない美しさってこんな事を言うんだな」
 荘厳とさえ言えるようなその景色に圧倒されたように瞳を瞬かせる海十へと、フィンはどこか悪戯っぽいような笑顔を向ける。
「これは、誘ってくれた海十に沢山感謝しないと、ね?」
「そ、それは……八重桜とスイーツって聞いたら居ても立っても居られなかったからで……」
「それでも、充分すぎるくらい嬉しいお誘いだよ」
 茶目っ気に溢れた、それでいて真っ直ぐすぎるフィンの言葉に、海十は面映ゆさからもごもごと口ごもりながら応じる。海十の動揺の理由には気付かずに、「それにしても」とフィンは古城の内装へと眼差しを遣った。
「古城のカフェって本当に素敵だね。古城の中も、席から見える景色も眼福だ」
 言葉の途中で、穏やかな視線を窓の外へと移してそう零すフィンに「綺麗だな」と声を掛けようとして。けれど、海十の唇からその言葉は生まれなかった。桜吹雪を背にしたフィンの姿に、思わず見惚れてしまったから。フィンが見つめられていることに気付きかけたのを察して、我に返った海十は、慌てて手元のメニューへと視線を落とす。何を頼もうかなんて誤魔化すように考える自分へと青の双眸が向けられるのを感じ取って、海十はもう1冊のメニューを、俯いたままでフィンへと押しつけた。
「フィンはどうする? どっちも美味そうだ」
「ああ、そうだね、何を頼むか決めないと。海十は? どっちを頼むの?」
「俺? 俺は……」
 問われて、海十はどこまでも真剣に思案する。そんな海十の様子に、フィンは密やかに微笑んだ。海十がやっと顔を上げる。
「決めた。俺は桜のシフォンケーキで」
「じゃあ俺は、春色クリームブリュレを」
 注文を済ませば、やがて運ばれてくる春色スイーツ。美しい桜吹雪に美味しいケーキとくれば、過ごす時間の贅沢さに海十の頬も自然と緩む。そんな海十の様子に、
(何だか可愛らしいな)
 とフィンは口元を和らげた。そして、思いついたままにこんなことを言う。
「ねぇ、海十。そのケーキ一口食べたいな」
「え? 一口……って、仕方ないな」
 ほら、とフォークで口へと運ばれる一口大のシフォンケーキ。所謂「あーん」というやつだ。海十の意外な行動に驚くも、フィンは笑ってその一口をぱくりとした。
「うん、美味しいね!」
 格別甘いような、そんな心地がするのは気のせいだろうか?
「海十もこっちのケーキ食べてみる?」
「フィン、一口が大きいって……」
 文句を言いながらも、ごく自然に、促されるままフィンのスプーンからブリュレを食べる海十。口に広がる美味しさを味わいながら――やっと、海十は気が付いた。
(あれ? もしかして、これって……)
 ああ、だけど。
(……いや、家族なら普通にするだろ)
 そう思い直したというか自分を納得させた海十へと、「美味しい?」とフィンが笑顔で問う。
「ん、美味かった。どっちも丁寧に作られてるんだろうな」
「そうだ、じゃあ、海十さえ良ければ半分こしない?」
「半分こ? 別にいいけど」
「本当に? ふふ、何だか嬉しいな」
 そうして2人は、幸せな春の味を互いに分け合って満喫する。穏やかな時間を、窓の外の八重桜がさやさやと見守っていた。

●共に過ごす『これから』
「桜もこれで最後だね」
 硝子越しの八重桜を見遣って、ラキア・ジェイドバインは感慨深げにそう呟いた。ラキアの真向かいの席に座るセイリュー・グラシアが、
「そうだな。これが今年は本当に最後になりそうだ」
 と紫の双眸に桜吹雪を映しながら応じる。と、セイリューの視線が、窓の向こうから目の前のラキアへと向けられた。
「ラキアと一緒に、もう一回見たかったんだ」
 どこまでも真っ直ぐな笑顔でそんなことを言われれば、ラキアの麗しいかんばせにも穏やかな微笑みが浮かぶ。その表情に見惚れるセイリューへと、ラキアが言った。
「そういえば、今日はスーツなんだね、セイリュー。珍しい」
「ああ、古城カフェにはちゃんとした格好で来たかったからさ。こんな時しか着ないし」
「ふふ、それもどうなの? でも、よく似合ってる」
「ん、サンキューな。ラキアに褒められると照れるぜ!」
 にっと白い歯を零すセイリュー。そうして、テーブルに2冊用意されていたメニューの内の1冊を「ほら」とラキアに手渡した。
「もちろん、春の限定メニューも頂かないとな。オレは……うん、シフォンケーキにしよう」
「じゃあ、俺も同じのにしようかな?」
 春色のスイーツに大いに心を惹かれた様子のセイリューが快活に宣言すれば、くすりと笑ってラキアも同じ物を所望する。注文を終えれば、間もなく運ばれてくる春を纏った桜のシフォンケーキ。いただきますの挨拶を済ませて、ふわふわをぱくりと口に運ぶ。2人の顔が、同時に綻んだ。桜の塩漬けが飾られたケーキをフォークで切り分けながら、ラキアが言う。
「今年の桜を集めて、塩漬けを自宅でも作ったんだ」
「へー、すごいな、流石ラキア」
「ふふ、ありがとう。でも、ここの塩漬け、美味しいよね。塩が違うのかも」
 塩漬けのお蔭でよりクリームが美味しく感じるね、なんて微笑して、ラキアはまたケーキを口に運びその表情をとろけさせる。桜のフレーバーティーをくぴりとした後で、セイリューはからりと笑った。
「確かにすごく美味いけど、ラキアの作った塩漬けも食べてみたいな」
「本当? そう言ってもらえると嬉しいよ」
 ふわりと笑んで応じたラキアが、風に桜の鳴る音にふと視線を窓の外へと移す。セイリューも、釣られるようにしてそれに倣った。
「風に舞う桜の花弁が本当に綺麗」
「風に舞う桜の花が凄く綺麗だな」
 声が、綺麗に揃う。思わず顔を見合わせて、どちらからともなく2人は笑みを漏らした。
「今までそんなこと気にした事無かったけど、じっくり見ると色々と気が付くな。八重桜の方が紅色が強いんだ」
「うん、よく見てるねセイリュー。……今年はセイリューと沢山桜を楽しめて良かった」
 だけど、とラキアの眉が僅か下がる。
「桜の季節が本当にもう終わっちゃうんだね。やっぱり少し寂しいかな」
 他の花達が咲いているし、咲いてくるけれど。桜はやっぱり特別な感じがすると、ラキアは言葉を紡いだ。
「多分、季節の終わりを強く感じさせてくれるからだね」
 切なさに、ラキアの微笑に苦い色が混じる。その色をきちんと感じ取って、セイリューはラキアの感傷を吹き飛ばすような、明るい声で応じた。
「確かに春はもう終わるけど、また夏には色々な行事があるし、きっと花火もあるだろうし。これからも楽しい出来事が沢山あるんだぜ」
 だから。
「一緒にその時間を過ごしていこう」
 向けられる笑みの眩しさに、ラキアは緑の双眸を柔らかく細めた。その口元が、花綻ぶように緩む。
「セイリューと知り合って1年余りだけれど、色々な事があったね。辛い事もあったけど、楽しい事も多かった」
 そっと胸に手を添えるラキア。溢れんばかりの思い出がこの胸に残っている。彼と過ごす『これから』も、『今まで』と同じく鮮やかなものに違いない。
「また来年も、こうやって穏やかに一緒に桜を楽しめると良いな」
 ラキアの唇が紡いだのは、未来への希望。来年が楽しみだなと、セイリューが屈託なく笑った。



依頼結果:大成功
MVP
名前:暁 千尋
呼び名:チヒロちゃん
  名前:ジルヴェール・シフォン
呼び名:先生

 

名前:新月・やよい
呼び名:新月
  名前:バルト
呼び名:バルト

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月20日
出発日 05月26日 00:00
予定納品日 06月05日

参加者

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