【春の行楽】靴と花と、そしてあなたと(京月ささや マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

「ダンスパーティー…?」
 郵便受けからその手紙を受け取ったあなたは、早速パートナーに連絡しました。
 差出人は、イベリンに住む貴族の名前が記されており、
 あて先は『A.R.O.A関係者様各位』と書かれています。

 手紙にはこう書かれていました。
 音楽堂完成に沸くイベリン。
 ハルモニアホールが無事完成したのはウィンクルムたちのおかげ。
 完成を記念して、是非ウィンクルムの皆を招いて
 パーティーをしたいという有志の声が沢山上がったというのです。
 そこで、ハルモニアホール近くに元々あった自然公園内の公民館的施設で
 ダンスパーティを行うことが決定し、あなたたちの元に案内が届いたのでした。

 会場となる施設がある自然公園内は、
 イベリンの国独自の花『ライティリリー』が咲く事で有名だそう。
 この『ライティリリー』は、満月の夜だけにしか咲かず、咲くと白い光を放つ特別な花。
 また、この百合の形をした花を摘めば、
 摘んだ人物の心模様に合わせて元々白く光っている光の色が変わるのだそうです。
 例えば、喜びなら黄色、哀しみなら青、安らぎなら紫、驚きならオレンジ、
 怒りなら赤、友愛なら緑、そして愛情ならピンク…というように。
 この『ライティリリー』を楽しんでもらいながら
 ハルモニアホールに今後所属することになる王家御用達のクラシック楽団を招いて
 料理あり、ダンスありのウィンクルム専用ダンスパーティーを行いたいとのこと。

 ひとまず、パートナーと『行ってみよう』と決断したあなたでしたが、
 あなたは少し不安がありました。
 それは…あなたはあまりダンスが上手ではなかったのです。
 こんな本格的なダンスパーティーに、果たして上手に踊れるだろうか?
 踊れるジャンルのダンス以外は難しいかもしれない…
 いや、そもそも自分にダンスなんて…
 しかも自分の顔見知りがいるであろうウィンクルムばかりが集まるパーティーで…
 不安そうなあなたに、パートナーはこう提案しました。
『じゃあ、当日イベリンでダンス用の靴を買おう。
 まずは何でも形から。素敵な靴を買えば緊張だってしなくなるだろう』 と。
 そして、『どうしても気が向かないなら料理だけ楽しめばいいじゃない』とも。

 そして当日…あなたたちは他のウィンクルムよりもひとあし早く
 イベリンの街中にいました。
 そう、パートナーが提案した『ダンス用の靴』を購入するためです。
 衣装は選んだ、メイクは完璧にできるはず…最後はそう、靴を履いて踊るだけ。
 あなたたちは商店街に入り、あたりを見回しました。
 すると…なんとも不思議な看板が目に入ったのです。

『ムッソリーニのダンス貸靴店』

 小さな看板と店がまえは、注意してみなければ見逃してしまいそうでした。
 けれど、ダンスを何とか踊りたい…と思っていたあなたたちの目には
 その看板はするりと目に飛び込んできたのです。
 ショーウィンドーには、紳士用ダンスシューズから
 女性用の宝石のようなシューズまで、
 ひと目見ただけで素晴らしいとわかる靴が飾られていました。
 ここで靴を借りよう!そう決めたあなたたちは店の中に入ったのです。

「いらっしゃい。靴をお探し…という事はあなたたちはウィンクルムの方々かな?」
 いきなり自分たちをウィンクルムだと見抜いて声をかけてきたのは
 店主のムッソリーニ。白髪が綺麗なご老人の男性でした。
 聴いてみると、彼も今回のパーティーに有志で手伝いを申し出た一人だったとか。
 安心したあなたたちは、事情を話しました。
 すると、ムッソリーニは暫く考え込んだあと、ある提案をしてきたのです。

「事情はわかりました。では、私から提案があります。
 この店には、靴が2種類あります。
 まず、1つめは、『見た目が綺麗な普通のダンス用シューズ』。
 そして、2つめは、『見た目が綺麗でしかも履くだけでダンスなんでも踊れるシューズ』。
 このうちどちらかを貸し出しいたしましょう」

 あなたたちは顔を見合わせました。
 だって、どう考えても2つめのシューズの方を借りたほうがいいに決まっているから。
 けれど、ムッソリーニはこう言いました。

「2つめのシューズの方がいいに決まってはいます…
 が、この靴はちょっとしたバクチ要素があるのです。
 この靴たちは、不思議な意志を持っていましてね。
 もしも靴を選んだ人と相性が悪ければ、踊りだした途端に
 どんなにダンスが上手な人でも、その踊りはメチャクチャな踊り方になってしまう…
 けれど、相性が普通か良ければ、どんな曲でも最高の踊りが踊れるんです
 しかも相性は普通に履いて試しに踊ってみただけではわかりません。
 靴との相性が本当にわかるのは、ダンスの本番が始まった瞬間からなのです」

 聴いてみればとんでもなくリスキーな靴だったのです。
 けれど、相性がよければ今日のダンスパーティーは最高のものになるに違いありません。
 でも、万が一失敗したら、自分だけでなくパートナーに恥をかかせてしまうかも…
 どうすればいいんだろう…あなたたちは顔を見合わせました。
 そんなあなたたちにムッソリーニはこう言います。

「もしも無難にダンスをしたいなら、1つ目の靴をお選びなさい。
 大きな失敗はしないで、自分の努力しだいでそれなりに踊ることができるはずです。
 イチかバチかを試してみたいなら、2つ目の靴をお選びになったらいい。
 どちらにするかは、あなたがたにお任せいたしますよ」

 店内の時計を見ると、もうそろそろパーティ開始の時間がはじまっています。
 店内には沢山の靴…靴のタグには『普通』『特別』の印が入っています。
 さあ、どれを選ぼうか…
 悩んだ末、あなたはその靴に手を伸ばしたのでした。

「おお、それを選ばれましたか。
 では、どうかよきパーティになるよう、お祈りしておりますよ」

 ムッソリーニに見送られ、あなたたちは靴を抱えて店を後にしました。
 さあ、パーティ開始まであと少し。
 会場にはウィンクルムたちがもう到着しています。
 衣装を着て、メイクをして…そして、靴をはいて。
 あなたたちは、パーティ会場に足を運んだのでした…

解説

■目的
 音楽堂完成記念に、ウィンクルムに感謝を込めて開催される
 ダンスパーティに、ダンス用の靴を履いて参加するイベントになります。

■消費ジェールについて
 靴レンタル料として400ジェール頂戴します。

■ダンスパーティについて
 ウィンクルムだけが招かれています。同僚や、先輩後輩もいるかもしれません。
 パーティ会場で行われているのは主に以下2つ。
  1)バイキング形式料理。さまざまな料理が用意されています。
  2)1時間ごとに楽団が会場内で音楽を演奏。このパーティのメインです。
    クラシック楽器で演奏され、内容はワルツからタンゴなど様々。
    参加したウィンクルムたちは好きなタイミングで曲を選んで踊ります。

■レンタルシューズについて
 借りることができるシューズは2種類です。
 レンタルはパートナーのどちらか片方で借りることができるのは1足のみ。
 詳細はムッソリーニの発言参照ください。
 1)『見た目が綺麗な普通のダンス用シューズ』
  ※「普通」タグ。
   見た目が綺麗なダンス用シューズ。特別な能力はなし。
 2)『見た目が綺麗でしかも履くだけでダンスなんでも踊れるシューズ』
  ※「特別」タグ。
   靴が不思議な意志を持っており、選んだ人との相性によって
   凄く上手に踊れるか、メチャメチャに踊る事になるかが決定。
   選んだ段階では相性は不明。本番で踊った時にはじめて相性が判明します。

■ライティリリーについて
 会場がある自然公園に咲く、満月の夜にしか咲かない光る花。
 花を摘むと、光の色が摘んだ人の感情にあわせ変化します。
<光の色>
 喜び:黄色/哀しみ:青/安らぎ:紫/驚き:オレンジ
 怒り:赤/友愛:緑/愛情:ピンク

■その他施設について
 パーティ会場施設には、以下の場所も用意されています。
 状況によって色々と使ってみるといいかもしれません。

 光の広場:パーティ会場の外にある少し開けた広場で、夜景がよく見えます。
      この広場には、ライティリリーが咲き乱れています。

ゲームマスターより

こんにちは、京月ささやです。
祝・音楽堂完成記念!ということで
皆様には、『ウィンクルム専用』のパーティに参加していただき
不思議な靴店でのシューズ選びと
ダンスパーティ、そして不思議な花について楽しんで頂ければと思います。

料理を楽しみつつダンスをするもよし、
不思議な花を使って何かを伝えたり…試したりするもよし。

プランには、以下を必ず記載ください。
 1)靴はどの種類の靴を選んだのか。また、それはどんな靴か
 2)その靴を選んだ結果、どうなった?
 3)ライティリリーはどのように楽しむ?(眺めていても摘んでみてもOK)

ハートフルとしておりますが、シリアスからコメディタッチまで歓迎しております。
あまり気構えなく、お気軽に参加頂ければと思っております。
皆様のご参加、お待ちしております。
よき思い出となりますように…!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)

  普通のダンスシューズを選択
ヒールは低め、ベルトに花のコサージュ付き。
迷いますけど私は普通の靴を選びますね。
上手に踊りたいのは確かですけど、やっぱり自分の力で頑張って踊れるようになりたいです。
買ったら踊れそうな人に少しでも踊り方を聞いておかないと…

本読んだり先輩方に練習何度か付き合ってもらって
何とか本番には間に合いました…
終わったら全部抜けちゃいそうです…
えっ、グレンも苦手だったんですか?
堂々としてたからてっきり踊ったことあるのかなと…

そうだ、お花見に行きましょう!
本当に光ってます…綺麗…
ずっと人がいて緊張してたので落ち着きます。
…くっついてればもっと落ち着きます
(腕にぎゅっとしがみついてみる)


ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  面白そうなので特別なダンスシューズを履いてみました
普通…ですかね、でもちょっとスムーズに踊れる気がします
さて踊りましょう

踊ったは良いものの、中々止め時がこないです
止めようと思っても足がすっと動いちゃって
もしかしてこれが靴の能力?

足がいたくなった頃にようやく止めることができました
ディエゴさんと一緒に広場で休憩です
ディエゴさんの忠告聞いておくんでした
くたくたになってても踊り続けて恥ずかしかったですよね、ごめんなさい…

最後の一曲、お受けします

【靴】
特別タグ
履いている人が疲れるまで踊りが止まらない
【どうなったか】
二人ともくたくたになるまで踊った
【ライティ・リリー】
ピンク
ディエゴさんの胸ポケットに挿す



シャルル・アンデルセン(ノグリエ・オルト)
  「普通」

ノグリエさんとは何度か踊ったことはありますが…ダンスの腕前としてはまだまだ未熟です。
上手に踊れるっていうのはすごく魅力的ではあるのですが…私は私の足で踊りたいので普通のシューズをお借りします。

特殊な魔法はかかってなくてもとっても綺麗なシューズ…大事に使いますね。

やっぱりダンスはまだまだですね…これからもダンスをする機会があるのならもっと練習しないと。
でも今は楽しみましょう。失敗しても二人で笑えば恥ずかしくなんてないから。

ライティリリーはどんな色をしてくれるでしょうか?
もしピンク色に変わってくれたならライティリリーに口付けてその花をノグリエさんに渡したいな…私の気持ちです。

スキル:ダンス


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  普通のダンス用シューズを選ぶ
不格好でも…羽純くんと踊るなら、自分の力で踊りたいなって思ったんです
よし、頑張ろっ

少し大人っぽくを心掛けたベアトップのアンティークゴールドのドレス
借りる靴も色を合わせて

わぁ、美味しそうな料理が沢山!
で、でも今日は大人な女を目指すんだから、少食少食…
けど、羽純くんの優しさに素直にお料理を楽しむ
有難う、羽純くん!

いざダンス!
ワルツに挑戦
羽純くんと踊れる事が嬉しくて幸せだから
拙くても心を込めて
私の幸せな気持ちが届くように

踊り終わったら、光の広場へ行って、ライティリリーの花を楽しむ

今私が摘んだら…喜びの黄色?安らぎの紫?…それとも愛情のピンク?

勿体無いから摘まないでおこう



菫 離々(蓮)
  ダンスですか
せっかくの機会ですし参加を。

靴はハチさんは「普通」をご希望ですか
……わかりました。では私が借りてくるので
その間、お使いを頼んでもいいですか
ドレスのコサージュが物足りないのでリボンを買ってきてください

ハチさんを見送り、店主に注文するのは「特別」の靴。
藍色地のシンプルながら夜空に星の散るようなデザイン
秘密ですよ?

お互い心得のあったウィンナ・ワルツに曲が及んだら
――喜んで。

結果はどうでしょう
上手に踊れたら種明かし。大変なことになっても笑って。
ハチさんと踊るために来たんですから
どんな形であれ楽しいことです

花はハチさんに摘んで貰いましょう
オレンジと予想していますが、もっと薄い?
私も嬉しいです


 ダンスパーティに招かれ、参加するためにそれぞれバラバラにダンスシューズ店を訪れ
 そしてパーティ会場に到着した5組のペア…
 果たして、みんなはどんな靴を選んだのでしょうか…
 そして、不思議な花咲く会場でのパーティの結末はいかに…?


●頑張りやさんのあなただから

 ニーナ・ルアルディは店内で、しばらくずらりと並んだ靴を見回したあと、
 そっと一足の靴を手に取った。
 迷った果てに手に取った靴のタグに付けられていたタグは『普通』。
(上手に踊りたいのは確かですけど…)
 そう、それでもやっぱり、踊るなら自分の力で頑張って踊れるようになりたいと
 ニーナが考えて手に取った靴は、ヒールは低めで、ベルトに花のコサージュが付いている。
 ヒールが低めなら、少しは踊りやすいかもしれない…と考えた結果、これを選んだのだ。
「選んだのか?」
 と、グレン・カーヴェルに聞かれてニーナは頷いた。
 そして、レンタル料金を支払うと、ふたりは会場に向かう。
 向かう途中で、ニーナはグレンの方に顔を向けた。
「あの。本番前に、少し練習をしたいんです」
 そう、まだ本番までに時間はあった。
 だからその間、近くの書店で立ち読みをしたり
 パーティ会場で踊りが上手そうなウィンクルムの先輩達に練習をお願いしたかったのだ。
「踊れそうな人に少しでも踊り方を聞いておかないと…思って」
 ニーナの言葉に、グレンも頷く。
(グレンはダンス…踊れる…んでしょうね、多分)
 グレンは妙に飄々としているのできっと大丈夫に違いない…
 そう思いながら、ニーナは書店に立ち寄ると少しの間熱心にダンスの本を読んで
 基本のステップを頭に叩き込む。
 そうして会場に到着すると、彼女は積極的に他の先輩ウィンクルム達に話しかけていった。
 その一生懸命な姿を、グレンはそっと見守る。
 パーティ開始のアナウンスが流れる少し前に、ニーナは少し疲れた顔で戻ってきた。
 まるで必死に受験勉強でもしたあとのような顔。
「どうだったんだ?」
「先輩方に練習何度か付き合ってもらって、何とか…」
 ちょっと自信なさげにニーナはグレンの問いに答える。
(でも、パーティが終わったら全部抜けちゃいそうですね…)
 まさに一夜漬け状態。でも、この本番をグレンとしっかり踊れたらそれでいい。
 そう思い、ニーナはあまり先の事は考えないようにすることにした。
 大切なのは『今』なのだから。
 そうしているうちに、パーティ開始のアナウンスが会場にながれ、音楽が始まった。
 他のウィンクルムにつられて、あわててニーナとグレンも向かい合う。
 そうして、楽器のリズムと共に2人は手と手をとりあうと
 ダンスのステップを始めたのだった。

「ふう…」
 暫くして、優雅なワルツの曲は別の曲へと切り替わった。
 曲の切れ目にそっと踊りの集団から抜け出して、少し離れたテーブルに座ると
 グレンは一安心したようにため息をつく。
(色々ぎこちない部分はあったが、何とか形にはなったな…所々誤魔化した所もあったが)
 そう、多少ギクシャクはお互いしていたものの、なんとかごまかしつつ
 自分たちの踊りは、きっとなんとか見るに耐えるものにはなっていたはずだ。
「あの。…グレン、踊ったことはあるん…ですよね?」
「…踊った経験?ある訳ねーだろ」
 ニーナの問いに苦笑して首を振るグレンに、ニーナは驚いて目を見開いた。
「えっ、グレンも苦手だったんですか?」
 そう、あんなに練習練習とあたふたしていた自分とは正反対で
 あまりにも堂々としていたから、てっきり踊りには自信があると思っていたのだ。
「俺がこんなもん参加するように見えるか?」
「そ、それは…ううん…」
 肩をすくめてみせるグレンに否定も肯定もできないでニーナだったが、
 あっけらかんとグレンは笑ってみせる。
「いーだろ、結果見様見真似で何とかなったんだ、細かいこと気にすんなって。
 お前やる気になって頑張ってたし、
 前となら参加してみるのも面白そうだって思っただけだ」
「グレン…」
 自分とだから、参加したいと思ったというグレンの言葉に、
 ニーナは頬がぽっと赤く染まる。
 それに、グレンは一生懸命な自分をずっと見守っていてくれたのだ。
 そして結果がどうあれ、楽しむ事を良しとしてくれた…それはグレンの優しさそのもの。
「…あーあ、それでもやっぱ慣れない事はするもんじゃねーな。人多すぎてどっと疲れた…」
 筋肉痛になりそうだ、とボヤくグレンの声に、ハッとニーナは我にかえった。
 そして思い出す。ここは自然公園で、特別な花が咲いているということを。
「そうだ、お花見に行きましょう!」
「そうするか、あっちで休憩だ、休憩」
 ニーナの焦りで少し大きくなった声に気づいてか気づかないでか、グレンも同意する。
 2人が庭園に出て行くと、そこはパーティ会場の喧騒が嘘のように
 穏やかな静寂が漂っていた。
(この場所死角になってんのか、人気がなくていいな…)
 グレンは自分たちの座っている場所からパーティ会場が見えないことに気づいて
 やっと全身からチカラを抜いた。
 腰を下ろす2人の周囲を月光のように白く光るライティリリーたちが照らしている。
「本当に光ってます…綺麗…」
 光る不思議な花、とは聞いていたが、こんなに幻想的だとは思わず、
 ライティリリーを見つめるニーナの声はうっとりと響いた。
 そして、ニーナも穏やかな静寂にほっと息をつく。
「落ち着きます…ずっと人がいて緊張してたので」
 そう言ったあと、そっと、隣にいるグレンに身体を寄せる。
 華やかなパーティも楽しいけれど、それよりも今は…
「……くっついてればもっと落ち着きます」
 そのまま、ニーナはグレンの腕にぎゅっとしがみついてみた。
 グレンの体温と存在感が伝わってくる…
 そんな健気なニーナを見下ろして、グレンの口角がにやりと上がった。
「ふぅん、それで落ち着くのか…じゃあ…」
「!?」
 ぐっと、その胸に抱きこまれてニーナは驚いて肩を震わせた。
「じゃあこのくらい、もっとくっついてれば尚いいんじゃねーか?」
 頭の上で声がする。
 抱きしめられている…がっちりと、しっかりと、グレンに。
(な、な、な…これ、これって…!!)
 言葉にならない言葉でニーナはグレンの腕の中で目を白黒させる。
(はは、慌ててる慌ててる)
 グレンは、そんなニーナが面白くて…可愛くてくすくすと笑う。
「…離すか、ばーか。」
 ライティリリーが照らす静かな暗闇の中、二人はそっと抱きしめあうのだった。


●優しいあなたが好きだから

「いいんじゃないか?」
 月成羽純は、桜倉歌菜が持ってきたシューズと、歌菜の言葉を聞いて頷いた。
 歌菜が数多く並んでいるシューズの中から選んだのは、『普通』のタグがついた靴。
 これだと、不思議な力は発揮されない。
 つまり、凄く失敗もしなければ凄く成功もしない。自分の力だけで踊る事になるのだ。
 でも、歌菜はシューズを選ぶと、羽純の目を見てこう言ったのだ。
「不格好でも…羽純くんと踊るなら、自分の力で踊りたいなって思ったんです」
 あくまでも、自分と踊るなら、何かの力は借りずに、ありのままの自分で。
 今の自分の力を出し切って踊りたいという歌菜の意見は
 羽純にとって否定するような事でもなく、寧ろ尊重したい考えだった。

(よし、頑張ろっ)
 会場に到着し、着替えるための部屋に入って、鏡を目の前にして歌菜は深呼吸する。
 歌菜が今日の日のために選んだのは、ベアトップのアンティークゴールドのドレス。
 借りたシューズも、色にマッチングするように同系色の色を合わせた。
 ドレスの色合いやラインもあいまって、いつもより少しオトナの女性になるように。
 着替えを終え、メイクも済ませて歌菜が外に出ると、
 羽純もちょうど着替えを終えて出てきたところだった。
 羽純の装いや、黒のスタンダードかつシンプルイズベストなパーティスーツ。
 そしてシューズも同じ黒い革靴だ。
 この見た目なら見劣りしないオトナな雰囲気になるはず…
 そう考えて、少しの緊張で歌菜の背筋がしゃきんと伸びる。
「じゃあ、行こうか」
 羽純に言われて頷くと、2人はパーティのメインフロアに向けて廊下を歩きだした。

「わあ…!」
 メインフロアのドアを抜けると、その広さと豪華さ、そして人の多さに
 思わず歌菜は驚嘆の声を上げた。
 人もフロアもはなやかで、そしてもっと華やかに見えるのは…
 会場の壁沿いに置かれた、数々の料理たち。
(美味しそうな料理が沢山!)
 ついつい、周囲のオトナな空気に馴染むことを忘れて歌菜の目は料理に釘付けになる。
(美味そうなデザートも沢山あるな…)
 これにはさすがの羽純も圧倒された。
 ローストチキンにロースとビーフ、オマールにグラタン、ラザニアからテリーヌ、
 チョコフォンデュにムース、マカロンケーキまで、映画で見たことああるような
 豪華で色とりどりの料理が並んでおり、
 間違いなく美味しいと確信させる香りを漂わせている。
 大中小とならぶ取り皿の大を選びそうになり、歌菜は慌てて手を引っ込めた。
(で、でも今日は大人な女を目指すんだから、少食少食…)
「…歌菜?食べないのか?」
 もじもじしている歌菜に羽純が気づき、大きめの皿に歌菜が好きな料理をのせていく。
 差し出された皿に自分好みの料理がのっているのを見て
 自分が無理をしていると見抜かれて歌菜は少し恥ずかしくなりつつも
 羽純の優しさが嬉しくて。「ありがとう」と言うと、ぱくりと料理を口に運んだ。
「今更格好付けてどうするんだ。
 俺はお前が無理してるより、美味そうに食べてる方がいい」
 バーカ、とからかうように言われて、歌菜の肩から力が抜けていく。
 本当に…羽純は優しい。
「有難う、羽純くん!」
 改めて御礼を。歌菜のその言葉は、今日今までで一番、明るく響いた。

 シンバルや金管楽器、バイオリンの音と共に、ワルツの音がホールに流れ始めた。
 いざ、ダンスの時。歌菜と羽純はワルツに挑戦することにし、
 手と手をとりあい、ステップをふみはじめる。
 くるくると、周囲のウィンクルムペアにぶつからないように踊りながら
 歌菜は、少し拙い足取りながらも、心を込めて踊る。
(羽純くんと踊れる事が嬉しくて幸せだから…私の幸せな気持ちが届くように)
 そんな気持ちを抱きながら、笑顔を見せて踊る歌菜につられるように
 羽純も気づけば、心の中から失敗するかもという不安は消えて
 一緒に歌菜と純粋にワルツをいつの間にか楽しんでいた。
 結果…見事、ふたりは大きな失敗などすることなく、
 壮大で優雅なワルツの曲を踊りきったのである。

「…花を、見に行かないか」
 ダンスフロアから少し離れ、羽純にそう誘われて、歌菜は頷く。
 手をとりあって向かったのは、光の広場。ライティリリーが咲き乱れる場所だ。
(綺麗…)
 月光のした、月光よりも柔らかに強く光るライティリリーに思わず2人は見とれる。
 そして暫くの沈黙のあと、そっと歌菜の耳元で
 羽純の「摘まないのか?」という声が聞こえた。
 その言葉に、歌菜はそっと首を横に振る。
「今私が摘んだら…喜びの黄色?安らぎの紫?…それとも愛情のピンクかしら…
 それに勿体無い気もするから…摘まないでおこうかな、って」
 答えが歌菜らしく、羽純はその答えに微笑む。
 そして、彼女の横顔を見てふと考える。
 自分が今、この花を摘むと…何色になるのだろうかと。
「…一輪貰うな」
 そっとライティリリーに声をかけ、羽純はその一輪を摘んで歌菜に差し出した。
 色は…限りない愛情を示す、ピンク色にその光を変えて歌菜の表情を明るく照らす。
「今日は…素敵な日」
 花に手を添えながら、歌菜が微笑む。その微笑を愛しいと羽純は思う。
「ああ、今日は楽しい…そう思ってる」
 気持ちを素直に伝えるその花に、2人は照らされて微笑むのだった。


●こんな夜にはふたりでワルツを

(…なんだか、面白い靴屋さんなんですね…)
 靴屋の壁や床に所狭しと並んだダンスシューズを見回して、
 ハロルドは少し好奇心に満ちた笑みを隠し切れなかった。
 そして、好奇心があおられるということは…ハルの視線は自然と『特別』タグのある靴に向く。
「エクレール…踊りにあまり慣れていないなら、
 普通の靴を履いた方が良いんじゃないのか?」
 なんとなくちょっとした不安がよぎって、隣でハルの様子を見ていた
 ディエゴ・ルナ・クィンテロはそっと注意を促してみる。
 わかった、というようにハルはこくりと頷いたが、相変わらず店内を見回す視線は
 差しさわりのない『普通』タグよりも『特別』タグへと多く向けられているようだ。
「まあ…お前の判断に任せるけどな…」
 特殊な能力があるとはいえ、なにもそこまで物凄く酷いことにはならないだろうと
 なんとなくディエゴも考え、シューズ選びの最終判断はハルの自由に、という事で
 ディエゴは自分を納得させて見守る事にした。
 そうして10分ほど。結果、ハルが手にしたのは…『特別』タグのシューズ。
 不思議な能力を持つというので、どんな履き心地がするのかと思いつつ
 店主にレンタル料金を支払ったハルたちは、すぐにパーティ会場に向かうことにした。

 パーティ会場に到着すると、そこは既に到着していたウィンクルムたちで賑わっていた。
 ドレスに着替えたハルは、さっそく靴を履いてみることにする。
 しゅっとしたシューズに足を通し、着替えを終えて外に出ると、
 同じく気が得たディエゴが自分を待っていた。
「どうなんだ、履き心地は?」
「普通…ですかね、でもちょっとスムーズに踊れる気がします」
 そう、まだ本番ではないので
 靴がどんな能力で、しかも自分と相性がいいかどうかはわからない。
 けれど、普通の靴よりは断然軽くて歩きやすい感覚に、少なからずハルの心は躍っていた。
 そうして、正装したふたりは、他のペアと同じように手をとりつつ
 音楽が鳴り響くダンスフロアがあるパーティのメインホールへと足を進めたのである。

 会場では、料理を楽しむ人、ダンスを踊る人などさまざまだ。
 笑顔が満ち溢れ、踊っている人たちの個性もさまざま。
 さて、特別なシューズはどんな踊りを自分に躍らせてくれるのだろう?
 そう思っていると、今流れていた曲がラストに入った。
 踊り始めるなら、次の曲の出だしからがベストに違いない。
「さて、踊りましょう、ディエゴさん」
 そう言って微笑むと、ディエゴも頷いてその手を取る。
 そして踊りだすと…ハルは内心驚きを隠せなかった。
 足が音楽に合わせて勝手に動くのだ。しかもおそろしくスムーズに。
 他のウィンクルムにぶつかることもなく、優雅なステップをふみながら
 一緒に踊っているディエゴのちょっとしたミスさえも完璧にカバーしてしまうステップ。
「すごい…」
「ああ、本当だな…すごい」
 お互い、踊りながら見詰め合って頷きあう。これが『特別』なシューズの能力。
 しかも、スムーズに踊れているのだから、相性もいいのかもしれない。
 そうこうしているうちに、1曲目が終わり、2曲目に入った。
 最初は優雅なワルツだったが、次は少し激しさを感じさせるクイックステップだ。
 しかし、2人は忘れていた…そう、バンドなどの曲と違ってクラシックは1曲が長い。
 2曲目の後半になると、さすがにハルの表情も厳しくなってきたのが見てとれた。
「…大丈夫か?」
 休憩するか?と踊りながら言われてハルも頷く。
 曲も終盤にさしかかり、さあこれが終わったら休憩…と思ったその時。
(!?!?!)
 疲れていたはずのハル本人にぐいっと引っ張られてディエゴは少し驚いた。
 そのままあっという間に次の曲へと突入してしまう。
 今度は少し早めのステップを求められるタイプのワルツ。
 曲がはじまって、踊りだしてしまった以上、体裁的にもこの曲が終わるまでは抜ける事は難
 しい。
 しかも、どうやらハルの意志とは正反対に、ダンスホールの片隅の方ではなく
 真ん中に向かって脚はステップを踏んでいるようなのだ。
「どうしたんだ…休憩するんじゃ…」
 戸惑いながらディエゴがハルを見ると、当のハル本人が困惑した顔をしていた。
「と、止めようと思っても足がすっと勝手に…動いちゃって」
「勝手に…!?」
 その時になって、ようやくハルとディエゴは悟った。これが靴の能力なのだ。
 この靴の能力は、靴が気が済むまで踊らされること…らしい。
 一応、相性はいいようなので支離滅裂な踊りにならなくて助かってはいるのだが
 さすがにこれは体力的にはカンベンしてほしい。
 なんとか体重をキープしながら踊り続けて現在三曲目終盤。
(もう、もう気が済んだんじゃない…んじゃないですか…?)
 心の中でハルが靴に問いかけて見ても足はまだまだ動きをとめようとしない。
 それどころか、次に鳴り響いた曲は、結構ハードな…タンゴ。
(嘘でしょ…!!!カンベンしてください…!!!!)
 心の中で悲鳴をあげながら、周囲にはそんな小さな悲劇は全く伝わらないまま
 2人はくたくたになるまで踊り続けることになってしまったのだった。

「大丈夫か…?」
 ダンスがようやくひと段落つき、2人は光の広場にいた。
 果てしなく続くように感じられたダンス地獄だったが、
 それがなぜ終わったかというと、つかれきったハルがよろめいたところで
 ようやく靴と脚の動きが止まったのだ。
 シューズの意志としては『なんだ疲れたのか、じゃあ解放してやるとするか』とでも
 いったところだろうか。優秀ではあるが、随分と高飛車な意志の靴だったらしい。
 少し靴を脱いでみろと促されて、ハルはそっとシューズを脚から外した。
「…赤くなってるな、少し素足のままで休め」
 優しく声をかけられて、疲れの残る顔でハルは頷く。
 自分を労わってくれているディエゴの顔も疲れの色はまだ残っている。
 当然だ、自分と一緒にあれだけ踊ったのだから。
 なんだか自分の好奇心のせいでこんなことになってしまい、ハルはしゅんとしていた。
「…靴屋さんで、ディエゴさんの忠告…聞いておくんでした」
 自分が疲れているのに、こちらを気遣ってくれるディエゴに申し訳なくて
 ハルは俯いてぽつりともらす。
「くたくたになってても踊り続けて恥ずかしかったですよね、ごめんなさい…」
 そう、自分だけならまだしも、ディエゴまで疲れさせて、
 その様子は周囲のウィンクルムたちに見られて…しまったのだから。
 落ち込むハルの表情を見て、そっとディエゴは近くにあったライティリリーに手をかけると
 一輪摘んで、そっとハルの目の前に差し出した。
「あ…」
 白かったその光は、ハルの目の前で、ピンク色に変わる。それは…愛情の色。
 その花を、ディエゴはそっとハルの髪に挿した。
「ハル、俺は…一緒にいて恥ずかしいと思ったことは一度もない」
「ディエゴさん…」
 少し目を潤ませて、ハルもライティリリーを一輪摘んだ。その色は…ピンク。
 それを、そっと自分の胸ポケットに挿したハルを見て、ディエゴは微笑む。
「お前もリリーをくれるのか…ありがとう」
 脚はもう大丈夫か?と聞かれ、ハルは頷く。
 そう、脚はもう大丈夫。そして、きっと自分たちのこれからも大丈夫に違いない。
 ハルの手を取り、ディエゴはそっと呟いた。
「…最後にもう一度、ここでワルツを踊らないか」
 それは、靴のチカラをかりない、ふたりのためだけのワルツ。
 ハルも、それを受けて微笑む。
「…お受けします」
 ライティリリーが咲き乱れる中、ピンクの2つの光が、くるくると華麗に踊り始めた…


●いてもいいのよ わたしのそばに

「ダンスですか…」
 届いた手紙を見て、菫離々は、一旦うーんと考えたが、すぐに明るい顔になった。
「せっかくの機会ですし参加してみましょう!」
 そんな明るいテンションで参加決定したダンスパーティは、勿論、蓮も同伴だ。
 そして、意気揚々とパーティ会場へと向かうことになったのだが…
 肝心のダンスシューズの件で、どんな靴を履くか?ということになり
 今、こうして2人は靴店にいるのである。
 しかも、ダンスシューズが必要なのは、離々ではない。
 同伴している蓮のほうが、シューズが必要なのであった。

「相性と来ましたか…」
 店主に靴の説明をされて、蓮はううん…と眉ねを寄せて考え込んだ。
 教えてもらった『特別』のタグがついたシューズには特殊な能力と相性がある。
 しかもその相性は、本番になるまでわからない。
 蓮は、ダンスは多少は習ったことあれど身には付いてないレベル。
 できれば尊敬している離々のためにも大成功させたいのだが、
 万が一失敗してしまったらと考えるとかなり…かなり怖い。
 しかも、この『特別』タグがついている靴のもたらす失敗は単純な失敗ではない。
 『大 失 敗』なのだから。
 そんなことになってしまえば、自分はおろか、踊っている離々が大恥をかくことになる。
(俺とお嬢は釣り合わないのは知ってるんで…無難に行くしか…)
 蓮がそう考えて、手に取ったのは『普通』のタグがついたシューズだった。
「あら、靴はハチさんは「普通」をご希望ですか」 
 蓮はそれを抱えて離々の元へと運んでゆく。
「お嬢、すみません。ちゃんと踊れるよう努力しますので…『普通』の方にしましょう」
 シューズを見せられ、離々はへえ、という顔をして眺めると、その靴を手に取った。
 そして、蓮の方を見てにっこりと微笑む。
「……わかりました。では私がこのシューズ借りてくるので
 その間、お使いを頼んでもいいですか?」
「え?あ、はい」
 唐突に離々お使いを頼まれ、蓮は目をぱちくりとさせる。
 そんな蓮にはお構いなしに、離々はにこにこと笑うと、胸元につけたコサージュを
 トントンと指差してみせた。
「ドレスのコサージュが物足りないのでリボンを買ってきてください」
 いいですね?と無言の笑顔に「はい!」と忠実なワンコのように答え
 蓮はリボンを買いに店を飛び出していった。
「…さて」
 蓮を見送り、店内には離々だけとなった。
 離々は手にした『普通』タグのついたダンスシューズ。蓮が選んだものだ。
「すみません。これにとてもよく似た…『特別』タグの靴はありますか?」
 店主の方を向いて、離々はにっこり一言。
 言われた店主も、離々の意図い気づいたのか、ああなるほど、とポンと掌を打って
 ほどなくして、『特別』タグのついたシューズを持ってきた。
 それは、蓮が選んだものと色も形もほとんど同じ物。
 藍色地のシンプルながら、夜空に星が散っているようなデザインだ。
 それを受け取ると、「お代金です」とお金を支払い、
 離々は相変わらずにっこりと笑みを浮かべた。
 そして、店主に向けてぱちりと片目を閉じる。
 秘密ですよ?という仕草に、店主も目配せをして返した。
 なかなか、ここの店主はおもしろいことが好きなノリノリの性格のようだ。
 一方の蓮はというと、必死にリボンを買い求めに商店街を走っていた。
(お嬢に恥をかかせてはいけない…!!)
 そう言い聞かせ、走りこんだ手芸店で一番似合うリボンを購入すると
 まるで兔のように離々の元へと戻っていったのだった。
 そして、離々は蓮からリボンを受け取り、コサージュにつけると
 シューズを蓮に渡したのだ。…蓮が選んだものとソックリな、『特別』なシューズを。

(うわあ、いっぱい色々な人が…)
 パーティ会場に到着すると、蓮は周囲を見回しながら料理をつまみつつ
 そわそわと落ち着きのないそぶりを見せていた。
 すぐ近くでは、ドレスアップした離々が優雅に料理を口にはこんでいる。
(お嬢の麗しい姿に比べて…俺ときたら)
 なんだか色々自分に自信がなくなる感じがするし、離々は麗しいしで、
 自分はこの場にパートナーとして同伴していいのかどうかすら疑わしい。
 蓮がそう考えて悶々としているうち、会場の音楽は聞き覚えのあるものにかわっていった。
「あら、次はウィンナ・ワルツみたい」
 いち早く感づいた離々が料理の皿を置いて蓮のところに近づく。
 蓮もそれで気づいた。ウィンナ・ワルツはお互いに心得があったからだ。
 これなら…踊れる。きっと、多分。
 すうっと、深呼吸すると、蓮はそっと手を離々に差し出した。
「――お嬢さん。俺と踊って頂けますか」
「――喜んで。」
 優雅な誘いに、離々も優雅に笑んで返す。
 不釣合いならせめて格好だけはつけたいと蓮は考えていたが、うまくいった…と思いたい。
 そうして、2人は一緒にワルツを踊りだした。
 しかし、踊りながらも蓮の頭は片隅で色んな事をぐるぐると考えてしまう。
(ワルツって…結構テンポ速いですよね…これ。最後まで大丈夫ですかね…)
 そんな事を、踊りだしたにもかかわらず往生際悪く考えていた蓮だったが、
 ふと、違和感に気づいてあれ?という表情にかわった。
 今、自分が踏んでいるステップは、あきらかに…どう考えても自分の技量を超えている。
(これ…確実に俺の技量じゃないんですが…)
「あの…お嬢??」
 踊りながら、蓮はおずおず聞いてみたが、離々はニッコリと笑うばかりだ。
「まあまあ。とにかく楽しみましょうよ」
 そう促され、華麗なステップを踏みながら、2人は優雅にワルツを踊りきったのである。

「え…!!あれ、特別タグの靴だったんですか…!!」
 ワルツが終わり、広場にきた蓮は、離々から事情を聞いてあんぐりと口をあけた。
「ふふ、すりかえてみたの。どうなるのか楽しみで…
 だって、ハチさんと踊るために来たんですから、結果がどうあれ、楽しいでしょう?」
 そう言う離々の笑みはとても明るくて、蓮も離々の相変わらずさに
 さすがとしか言いようがなく、笑みがこぼれる。
「適いません、お嬢には…」
 照れ笑いながら、蓮はぽりぽりと後頭部をかいた。
「ねえ。…このライティリリー、ハチさんが摘んでもらえないかしら」
 言われて、蓮はそっと白く光るその花を摘んだ。
 その様子を見ながら、離々は、彼の今の気持ちだと、
 ひょっとするとオレンジになるだろうかと思う。
 そうして、花を摘んだ蓮がライティリリーをスッと目の前にかざしてみると…
 白い光はやがて、黄色の色に変化したのだった。
「嬉しかったんですよ、俺…靴の相性も、よかったし…上手く踊れて」
 そして、なにより、上手く踊れたことと、さきほどの離々の言葉と、
 そして今のライティリリーの光が、彼女の傍に居てもいいと
 言ってくれたような気がしたから。 嬉しそうに笑みを浮かべる蓮の気持ちを見透かしてい
 るかのように、
 離々もにっこり笑う。
「…私も嬉しいです」
 こうして、変わらぬ2人のちょっと変わった中むつまじさは、
 月夜の光にそっと照らされたのだった。 


●白い光の、その中で

 シャルル・アンデルセンが選択したのは『普通』タグのシューズだった。
 ペアであるノグリエ・オルトとは、何度か踊ったことがある。しかし。
(ダンスの腕前としては、私はまだまだ未熟ですし…)
 実のところ、『特別』タグのシューズも魅力的なのは間違いがなかった。
 上手に踊れるというのはすごく興味深い。だがしかし。
「私は私の足で踊りたいので…これ、お借りします」
 そう言うと、シャルルは、沢山ある靴の中から一足を選び
 店主のいるカウンターまで歩いていったのだった。
 一方のノグリエはというと、ちょっとしたテンションの高ぶりを感じていた。
 シャルルと同じく、自分もダンスが特別上手かといえばまだまだ未熟な部類。
 しかし、そんな事は実のところ、今のノグリエにはあまり気になっていなかった。
(シャルルと踊れるとなると、不思議と気分が高揚しますね…)
 そう、上手でなくとも構わない。
 決して、他のウィンクルムたちよりも上手とはいかないかもしれないが
 2人で踊るのは、ノグリエにとってはとても心地がいいと感じるものだからだ。
「とても綺麗なシューズ…大事に使いますね」
 会場まで持ち運びやすいように箱と袋にシューズを入れてもらいながら
 シャルルは店主に誓うように口にした。
 シャルルが選んだシューズはとても洗練されたデザインで、
 彼女の今日の装いにとてもマッチしているすてきなもの。
 人は靴を見て身だしなみや清潔感を判断されるというが、
 今日のこのシューズはいちだんと自分を彩ってくれそうで、ドキドキと胸が高鳴った。

「あの…本番前に、少し、練習を…」
 店を出て、パーティ会場の近くまできた時、
 そうシャルルに言われてノグリエは、足をとめると頷いた。
「シャルルがそう言うなら、お手伝いしましょう、喜んで」
 それに、シャルルだけが上達してしまったら寂しいですからね、と言われて
 どぎまぎしてシャルルは少し頬を染める。
「それに、私にとってはシャルルと踊ることに意味があるのだから」
 追加であまりにストレートな言葉を言われて、ますますシャルルは赤面してしまった。
「わ、わたしも。同じです…」
 こくり、と頷くとにっこりと笑って手を繋いで二人はダンスの練習を開始した。
 それは、パーティ会場近くの、少し離れた場所の木陰。
 いち、に、さん、と口でリズムを刻みながら、
 転んでしまわないようにゆっくりとステップの練習をする。
(公の場でシャルルに恥をかかせるわけには行きませんからね、頑張らないと)
 そう思いつつ、ノグリエはシャルルをリードしつつ
 木陰でパーティ開始の時間が間近に迫るまで、練習を続けたのだった。
 総ては、大好きなシャルルが、皆の前で輝いてくれるようにという、思いを込めて。

 そうして気づけば、パーティ開始の時間はもう間近に迫っていた。
 ひととおりステップのおさらいをした2人は、ふう、と息をつく。
「やっぱりダンスはお互いまだまだですね…
 これからもダンスをする機会があるのならもっと練習しないと」
 練習して見てわかったことを素直に口にするノグリエに、シャルルも頷く。
 おそらく、今後もきっとダンスパーティに何らかの形で参加する機会は
 きっとあるに違いない。
 少し不安そうにしているシャルルに、そっとノグリエは大丈夫ですよと笑いかけた。
「でも。パーティがはじまった今、は楽しみましょう。
 失敗しても二人で笑えば恥ずかしくなんてないから」
 そう言って、シャルルの手を取るとパーティ会場に向かう。
 そう、どんな結果が出たとしても、シャルルにはノグリエがいて、
 ノグリエにはシャルルがいるのだ。
 だから大丈夫だと、そんな当たり前の事をすごく素敵なことだと
 言ってくれるノグリエを、シャルルは手を引かれながら、とても愛しく感じていた。
 そうして、2人がこころから楽しめるダンスパーティが幕をあけたのだった。

 パーティは佳境に入り、ダンスを無事に楽しんだふたりは
 広場に休憩に出ることにした。
 ダンスは…とても楽しく踊る事ができた。
 はじめから終わりまで、ずっと二人とも笑顔。
 こんなに楽しい時間が過せたのも、ノグリエさんのおかげだ…とシャルルは思う。
 広場には、二人の楽しさを祝福するように、ライティリリーが光り輝いていた。
「シャルル、ライティリリーの事は知っていますよね?」
 ノグリエにそういわれて、シャルルは頷く。
 そう、今は白く光っているこの花は、摘んだ人の心によって、
 その光の色を自在に変化させるのだ。
 ノグリエの方を見てにこりと笑うと、
 シャルルはそっとライティリリーの一輪に手を伸ばした。
(ライティリリーは…どんな色をしてくれるでしょう…)
 そっと根元をつまんで、手折る。
 すると、白く光り輝いていたライティリリーの光は、
 やがて鮮やかなピンクの光へと変わった。
「…私の…気持ちです」
 そう呟くと、そっとシャルルはピンクの光に口付け、
 その花をそっとノグリエの胸に挿した。
 シャルルのその姿に、ノグリエは見とれる。
 ピンク色のライティリリーに口づけるシャルルの姿は、とても綺麗で。
 そして、いつもより大人に見える…それが胸をひどくざわつかせるのだ。
 ああ、とても愛しくてたまらないと。
「キミの思いは受け取ったよ…愛しいシャルル」
 胸に挿したその手にそっと自分の手を重ね、微笑むノグリエ。
 愛情のピンクが、白い光の中で変わらぬ誓いのようにひときわ光り輝いたのだった。



END
 



依頼結果:大成功
MVP
名前:ハロルド
呼び名:ハル、エクレール
  名前:ディエゴ・ルナ・クィンテロ
呼び名:ディエゴさん

 

名前:菫 離々
呼び名:お嬢、お嬢さん
  名前:
呼び名:ハチさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 京月ささや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月19日
出発日 05月25日 00:00
予定納品日 06月04日

参加者

会議室


PAGE TOP