プロローグ
その節はウィンクルムの皆様方に大変お世話になりました、と、
イベリン王家直轄領にあるハルモニアホールに特別優待されたウィンクルムは、プロの美しい演奏を聴いた後、特別に楽屋へ招待された。
「今日はお越しいただきありがとうございました」
本日の奏者、リコルドが頭を下げる。
こちらこそお招きいただきありがとう、と返すと彼は嬉しそうに微笑んだ。
「ええと、バックヤードにお招きしましたのは、もしよろしければ楽器に触れてみませんか、と思いまして」
彼はステージではフルートを演奏していたはずだが、その手にあるのは小さなハーモニカ。演奏体験と言うわけではないのだろうか?
「はい、もちろんフルートをお貸ししても良いのですが、経験者でなければフルートは難しいかと。それよりも、このハーモニカは不思議なハーモニカなのです」
不思議な?首を傾げる。
「このハーモニカは、『記憶を奏でる』ハーモニカでございます。
演奏に自信がなくとも、自分が奏でたいメロディが再現できるのです」
それはすごい、と感心すると更に彼は付け加える。
「……そして、そのメロディを聞くと不思議なことが起こるのですよ」
なんと、このハーモニカは奏でた者の忘れていた過去の記憶を呼び起こすものなのだという。
更に、その音色をパートナーが聞けば記憶を共有できるらしい。
「わたくしはお邪魔にならないよう席を外しますので、もし、よろしければ」
ティーセットとハーモニカだけおいて、彼は静かに楽屋を後にした。
さあ、どうしようか。
解説
目的:過去の記憶を呼び起こすハーモニカを吹いてみよう。
*優待割引チケットでの入場でしたので、一律400Jr頂戴します。
*神人、精霊のいずれかがハーモニカをお吹き下さい。
リコルドは席を外しておりますので、二人きりです。
*メロディは過去に聞いたことのあるメロディで、それを引き金に記憶を……
と言う場合、どこで聞いたメロディなのか書いてもOKです。
版権に触れるものはご遠慮ください。
何も思い出せるメロディが無い方はただ吹くだけでOKです。
記憶はちゃんと呼び起されます。
*過去の記憶、本人が忘れている記憶を何か一つお書きください。
つらい事でも楽しい事でもお好きに選んでくださいね。
それを思い出しての本人の反応、パートナーの反応も書くと良いですね。
*パートナーは音色を聞けば思い起こす記憶を共有できます。
聞かないで、と言うことももちろんできますので、そのようにしたい方はその旨をお書きください。
ゲームマスターより
記憶を呼び覚ます不思議なハーモニカです。
皆さんの過去を見つめるエピソードになれたら幸いです。
オーガに襲われた時の記憶?
幸せだった時の記憶?
もう忘れた甘酸っぱい初恋の記憶?
なんでも大丈夫です!
必須なのは 本人が忘れてしまっている ということ。
なので、何気ない日常の一ページでも大丈夫ですよ。
どうぞ、ゆっくり、ハーモニカに息を吹き込んでください
リザルトノベル
◆アクション・プラン
叶(桐華)
僕の事ばっかり知られるのは不公平なので桐華さんの事を教えて下さい ハーモニカを手渡して吹いて貰う 意外と似合うね、様になってる …桐華さん。ここは、泣いていいところだと思うんだけど 家族がいないって言った時もそうだったけど…どうしてそう、淡白な顔してるかなぁ 悲惨な光景かぁ…うんまぁ、見て、楽しいもんじゃないけど… でもま、桐華さんにも幸せな時間があったのを知れて、嬉しかったよ …今も?ふふ、ありがとう …ねぇ、桐華 僕は、君の育った村を、知っているかもしれない だって、あの医者は あの人の『歳の離れたお姉さん』だもの だとしたら、ますます言えないね だって、あの村は 僕のせいでなくなってしまった場所だもの …あは 酷い話だ |
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
不思議だね、忘れた記憶を思い出せるなんて (楽しい事や嬉しい事を思い出すとは限らないなら 手を出すのには勇気が要るように思えて、躊躇う 柔らかい音色に包まれ徐々に流れ込む彼の記憶 今の不敵さが微塵も無い可愛らしい姿に癒される (お父さんと…ああ、きっとこの人は、ばあやさんだ) 出会った当初、耳に蛸が出来そうなほど話してくれた、その人 彼をおぶって歩くその表情は優しくて愛おしげで、胸が締め付けられる (ラセルタさんは今でもきっと、会いたいんだろうなぁ) 何となく伝わる気持ちは寂しそうで 徐に手を伸ばしそっと重ねる …ばあやさんの代わりには、やっぱりなれないけれど 逃げても飛び出してもいいよ?今度は俺が必ず迎えに行くから |
アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
ふむ、昔の記憶ね… 表面的には愛想よく相槌 内心は割りとドライに だがさらに奥の心は、恥かしいから俺は遠慮しようと冷や汗ダラダラ *ランスとの旅行の夜とか、告白にOKした時とか、初めてのチューとか思い出がグルングルン回ってる ホッとしたのを悟られないように 「吹けるのか?」 なんて我ながら憎たらしいorz 曲と共に現われた光景は鮮やかな夕焼けと背の高い花の波 静かに見守って振り返る ランスが目を逸らすのが愛しい、気持ちは伝わるので 「よく頑張ったねお兄ちゃん」 なんて頭をぽふぽふ ん?ああそうか 濡らさないと唇が切れちゃうんだよな 俺のを分けてやるよ… お前結構不意打ち弱いもんな(けらっ ま、これで湿っぽい空気も吹き飛ぶだろう |
フラル(サウセ)
記憶を奏でるハーモニカ…。 サウセがハーモニカを気になっているらしいので、渡してみる。 その旋律は、穏やかながらも悲しみを含んだものだった。 この曲、どこかで聞いたことがあるな…。 手持ちの楽譜にあったかもしれないと考えた。 涙を流したサウセに少し驚いたが、頬を伝う涙をハンカチで拭きとる。 「大丈夫か?」と問いかけたら、サウセは頷いて呼び起こされた記憶について話してくれた。 初めて知った相棒の過去。 そして、心の傷。 普段つけている仮面と、何かに怯えた様子は故郷での生活が原因なのだろうか…。 サウセはヘテロクロミアだったのか…。 そっと、彼の額を肩に押し付けさせて、優しく頭を撫でる。 お前は、好きなだけ泣いていい。 |
明智珠樹(千亞)
失くした記憶… では、千亞さんが吹いてください そして私と過ごした熱ぅぅく激しい一夜を思い出してくだ(蹴られ) 千亞さん (手を掴み) 例えば。 私が何か記憶を取り戻したら嬉しいですか? …その結果、今の状況や生活が壊れるとしても? …よかった、私も同じ気持ちです(微笑み) 記憶を無くした直後だったら、きっと吹いていたでしょう。 でも今は…貴方と過ごした明智珠樹でいたいのです。 …千亞さんは思い出したくない記憶ってありますか? もしないならば、千亞さんのハーモニカを聞かせてください。 (子守歌のような曲と千亞の思い出に、微笑み浮かべ) …記念に千亞さんが吹いた後のハーモニカに口付けさせてくださ(蹴られ) ★アドリブ歓迎 |
「記憶を奏でるハーモニカ……」
フラルが、ティーセットと共にテーブルに置かれていたハーモニカを静かに手に取った。傍らでは彼の精霊、サウセがその指先を追うように見ている。それにすぐ気づいて、フラルはハーモニカをサウセに手渡した。
いいのですか、というように小さく首を傾げる彼にしっかりと頷いて見せると、サウセは小さく息を吸い込んで、そしてハーモニカに唇を付けた。
ハーモニカの吹き方は知らない。けれど、吐息に合わせ流麗な旋律が奏でられていく……。その旋律は穏やかでありながら、どこか悲しげな雰囲気を纏ったもので、胸の奥をきゅっと締め付けるような……。
(この曲、どこかで聞いたことがあるな……)
ピアノを嗜むフラルは手持ちの楽譜にあったような気がして記憶を辿った。
サウセは自らが奏でる旋律を聴きながらあることに気付く。
この旋律、どこかで……。
(これは、父さんがよくピアノで弾いていたあの曲……)
思い出した。
彼の脳裏によみがえったのは幼い日の記憶。
――彼の故郷は大都市からかなり離れた田舎で、古いしきたりに縛られた村。物心ついた頃には、家族は父しかいなかった。
彼が歩いているとどこからか彼の容姿を指して心無い言葉が聞こえてきた。
「あの子……目の色が違うわ……」
「まぁ……」
じわり、と幼いサウセの瞳から涙が零れ落ちた。
青い右目と緑の左目。両目の色が違った自分は不吉だと言われ、忌み嫌われていた。大人たちは後ろ指を指し、子供はそんな大人たちの言葉に流される。
ぐすぐすとしゃくりあげながら家路につくと、父が出迎えてくれる。
サウセの唇が父さん、父さん、と小さく動いた。
お前は不吉な子なんかじゃないよ、と父はサウセを優しく抱きしめる。たった一人の家族のぬくもりに安心していつしかサウセは呼吸を落ち着かせていた。
――記憶の映像は、そこで途切れる。
つ、と暖かいものがサウセの頬を伝った。その涙に少し驚いたけれど、フラルはハンカチでそっと彼の頬を拭う。仮面はつけたままの彼に、「大丈夫か」と問いかけると、彼は小さく、けれど確かに頷いた。そして、その記憶についてありのままを伝える。
自分が故郷では不吉な子と忌み嫌われていたこと、そんな自分を父は慰め、抱きしめてくれたこと。……けれど、この後しばらくして父は精神を病んでしまい、自分に対し厳しく当たるようになったということ。
だからこそ、優しい頃の父の面影を思い出せたことは嬉しくも切なかったのだ。
そんな父も、今はもうこの世にはいない。
数年後に父は長年患っていた病により他界し、自分も故郷を離れたのだ。
全てを伝え終えて、サウセは小さく息を吐いた。
フラルはそんな彼の横顔をじっと見つめる。
初めて知った相棒の過去。
そして、心の傷。
(サウセはヘテロクロミアだったのか……)
普段つけている仮面と、何かに怯えた様子は故郷での生活が原因なのだろうか……。そう思ってかける言葉を探した。が、見つからない。違う。言葉ではない。今、したい事、しなければいけない事は。
そっと、フラルはサウセの額を己の肩に押し付けさせた。どこまでも優しく、丁寧にその指先がサウセの頭を撫でる。
「?」
サウセはフラルの行動に一瞬訳が分かっていなかったが、頭上から優しく、絞り出すように伝えられた声に素直に頷いた。。
「……お前は、好きなだけ泣いて良い」
何度も、何度もその髪を大きいけれど繊細な手が行き来する。暖かさに、次から次へと仮面の下の瞳は涙を零した。
――いつか、彼に素顔を見て欲しい……。
「不思議だね、忘れた記憶を思い出せるなんて」
羽瀬川千代は、テーブルの上のハーモニカを手に取り、美しい装飾を見つめた。けれど、楽しい事や嬉しい事を思い出すとは限らないというから手を出すのには勇気が要るように思えて、その瞳に躊躇の色を浮かべる。
「忘れた記憶が甦る、か。面白いではないか」
精霊、ラセルタ=ブラドッツは不敵に微笑み、千代の手からハーモニカをひょい、と掴んだ。
「あ」
迷っている千代を差し置いて、ラセルタはその美しく整った唇をそっとハーモニカに寄せる。深く息を吸い、そして奏で上げたのは……拙く、愛らしい童謡。無意識のうちに奏でられたその柔らかな音色に千代は自然に瞳を閉じた。
ゆったりと流れ込んできた記憶は、彼……ラセルタの幼いころの記憶。
今の不敵さ等微塵も感じさせない可愛らしくあどけない少年が広いお屋敷で何やら男性と話している。――父親、だろうか。
「どうして」と幼いラセルタの唇が動く。父親と思しき男は困り顔で首を横に振った。
グッと唇を噛みしめ、ぷいっとそっぽを向いたかと思うと、幼いラセルタは男に背を向けて走り出す。バタン、と大きな音を立てて扉を開き、外へと飛び出していった。
ラセルタは、父と出掛けに行く約束をしていたのだ。しかし、執務で忙しかった父はその日急に執務の予定が入ってしまったことでその約束を取りやめてしまった……。
説明を聞かずとも、全ての状況が伝わってきた。ラセルタはその青い瞳にいっぱい涙をためて、けれどそれを零すのは悔しいから必死にこらえて、力いっぱい走って行った。
(父様なんて!父様なんて……)
嫌い、なわけない。でも悔しくて、悲しくて、どこまでも広がる草原をひたすらに駆けていった。
数刻過ぎたろうか。どこへ行くでもなく膨れ面で歩いていると、夕焼け空をカラスが一羽、二羽、と飛び交い山へ帰るのが見えた。ちょこん、と木の下に座り込む。ため息をついたところで、聞きなれた優しい声が聞こえた。
「坊ちゃん、こんなところにいたんですね」
(……ああ、きっとこの人は、ばあやさんだ)
記憶を見ていた千代にもすぐわかった。出会った当初、耳に蛸が出来そうなほど話してくれた、その人。――俺に、よく似ていると言っていた“ばあや”
優しい声に、ラセルタ少年は俯いたまま。拗ねたままではいけない。わがままだと、わかっているけど。でも、でも本当に今日の事をどれだけ楽しみにしていたか……!じわり、と瞳に涙がにじんでくる。ないちゃ、だめだ。
「泣かないの、坊ちゃん。寂しい時は側にいますからね」
そっとばあやの腕に包まれる。小さく頷くと、ばあやは帰りましょう、とラセルタに背中を貸してくれた。
背中を向けて振り返りこちらに笑顔を向ける彼女に素直におぶされば、温かな鼓動と優しい歌声が聞こえる。
千代には、その笑顔が見えた。ラセルタを負ぶって歩く彼女の笑顔が切ない位に優しくて、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
(ラセルタさんは今でもきっと、会いたいんだろうな……)
屋敷にたどり着けば、門前で父が待っていてくれた。
「父様!」
ラセルタの小さな唇からちぎれるような声が聞こえる。勢いよく駆け寄り、その腕の中に飛び込む、その瞬間に記憶の映像が途切れた。
――ラセルタから伝わる気持ちが、なんとなく寂しそうで。千代は徐にその手を伸ばし、ラセルタの手にそっと重ねた。
「見えただろう?」
ふ、と彼が微笑む。
「やはり千代は、ばあやとよく似ているな。嫌な事がある度、家を飛び出しては迎えを楽しみに待っていた」
くつ、と喉の奥で一つ笑う彼に、千代は答える。
「……ばあやさんの代わりには、やっぱりなれないけれど。逃げても飛び出してもいいよ?」
ラセルタが一瞬驚いて目を丸くする。そして、不敵に微笑んだ。
「今はもう俺様が逃げる事など有り得ないが」
「今度は俺が必ず迎えに行くから」
被るように、けれど優しく千代が告げた。ラセルタの胸がほうっと熱くなる。
「帰りはおんぶを所望する」
茶化すようにそう言って、ラセルタは己の口元を手で覆った。
笑みの消えない、緩み切った口元を……見せないように。
ハーモニカをひょいと手に取ってにっこりとほほ笑んだのは叶。
「僕の事ばっかり知られるのは不公平なので桐華さんの事を教えて下さい」
有無を言わさず、精霊、桐華の手のひらにぽん、とハーモニカを置く。
(「僕の事ばっかり」とかどの口が言うか)
小さくため息をついて、桐華はハーモニカをそっと構えた。
(俺がお前に関して知ってることだって片手で足りるっつの)
なんだかんだで知らせてもらっていないぞ、と文句を言いたい気持ちを抑え、そっとその息を吹き込んだ。
「意外と似合うね、様になってる」
ふ、と叶が微笑んだ。
桐華は特に意識をしたわけではないけれど、吹き込んだ息がそのままメロディになる。 意外と幸せそうなメロディに、叶は目を細めた。流れてきた記憶は、まだ幼い桐華の姿。
五歳前後、だろうか。このころはまだ一人っ子で、両親と祖父母に慈しまれて大きくなった。
この日は……そう、おなかの大きな母に付き添って産婦人科へ行ったときの事だ。
優しい笑顔の母が、幸せそうにそのおなかを優しく撫でている。
女医が、笑顔で何かを告げた。嬉しそうな顔で桐華が母親と顔を見合わせる。
それから、母の腹部に耳を付けてにこにこ笑う桐華が見えた。ごく普通の、幸せそうな家庭の一コマ。そこで、記憶は途切れた。
桐華が淡々と告げる。
「あの後、生まれたのは妹だった。18の頃オーガの襲撃で全滅した……よくある村の話だ」
叶が少し呆れ気味に返す。
「……桐華さん。ここは、泣いていいところだと思うんだけど。家族がいないって言った時もそうだったけど……どうしてそう、淡白な顔してるかなぁ」
小さくため息をつくと、桐華は答えた。
「生憎とその頃には村出て独り立ちしててな。悲惨な光景とかは見てないもんで」
ほんの少し諦めたような彼の表情に、叶は視線を落とし気味に答える。
「悲惨な光景かぁ……うんまぁ、見て、楽しいもんじゃないけど……」
そして、叶は桐華に視線を移し、ふわりと笑った。
「でもま、桐華さんにも幸せな時間があったのを知れて、嬉しかったよ」
「幸せな時間、ね……」
桐華が叶の瞳を見て薄く笑う。
「今も十分、幸せなつもりだけど」
叶は一瞬きょとん、としてすぐに笑みを零した。
「……今も?ふふ、ありがとう」
用意されたティーセットの紅茶を頂いて、二人は楽屋を後にする。
叶なんかは上機嫌にさきほどのハーモニカから聞こえた曲を口ずさんでいるくらいだが、桐華は拭いきれない違和感に苛まれていた。
(……叶の様子が変だ)
長く一緒にいるからこそ、わかる。
(上機嫌に見えて、雰囲気が重い)
余計な事を考えてそうな……、大事な事を濁してそうな。
そんな顔、してる。桐華は言い出せずにその横顔を見つめた。
(……俺の記憶のせい?)
叶はその胸の内を悟られないよう、笑顔を崩さない。
(……ねぇ、桐華)
その微笑みのまま、叶はぐるぐると渦巻く胸の思いを零さないよう、飲み込んだ。
(僕は、君の育った村を、知っているかもしれない
だって、あの医者は……
あの人の『歳の離れたお姉さん』だもの)
“あの人”とは、もちろん……。
(だとしたら、ますます言えないね
だって、あの村は
僕のせいでなくなってしまった場所だもの)
崩れ無いはずの微笑みが、ほんのわずか、歪む。
――僕のせい。脳裏をその言葉が巡る。
「……あは」
――酷い話だ。
微笑みが自嘲の笑みに変わった、気がした。
――また、何か抱えているんだろう?
桐華も、何も聞き出せぬまま。
数刻の間、二人の間に奇妙な空気が漂っていた……。
「ふむ……昔の記憶ね」
面白そうですね、なんて表面上は愛想よく相槌を打っていたアキ・セイジは心の奥は実のところ冷や汗だらだらだった。だってだって精霊、ランス・ヴェルトールとのはじめてのチューだとか告白にOKしたときの記憶が呼び起されちゃったらどうしましょ!なんて。
……まあ、ハッキリ覚えていることは呼び起されないわけだからその心配はないんだけれども、完全に恋するオトメのノーミソになっちゃってるセイジさんには関係ないのであった。
(セイジの事だから相反する想いが同時平行だろ……ややこしい奴だな)
フッと苦笑しながらランスがハーモニカを手に取る。
「俺が吹いてみるか?」
ホッとしたのを悟られないようにセイジが憎まれ口を叩く。
「吹けるのか?」
我ながら素直じゃない。憎たらしい。セイジは可愛くない自分に内心落ち込みながらもそう茶化した。
「まあ聴いてろ」
ふぅと吹き込んだ息に合わせて聞こえたのは有名な子守唄。
「俺が子供かよ」
子守唄を聞いてセイジが更に憎まれ口を叩く。
くす、と笑い返すと二人の間の空気が和んだ。
――曲と共に現われた光景は鮮やかな夕焼けと背の高い花の波。
幼いランスが、力いっぱいその間を駆けていく。
――俺、我慢してるよ。
ずっと我慢してるじゃないか。
世話だって手伝いだって……!
そうだ、このときは……。”お兄ちゃんなんだから我慢しなさい”そんな両親の言葉に、弾けるように家を飛び出したんだっけ。末の弟にお菓子を取られちゃって、それで怒ったら逆に親に怒られたんだ。全く、多人数兄弟の一番上のお兄ちゃんってのは理不尽な理由で叱られる。なんでいつもいつも俺ばっかり我慢我慢って。
走って走って疲れて、立ち止まる。愛らしい耳をへたりとさせて尻尾をゆらゆらと元気なく左右に揺らす。
そして、少し落ち着いて、目にいっぱいためた涙を零さないようにふき取り、鼻を啜った。
「俺が面倒みてやらないとな」
そうだ、俺は“お兄ちゃん”なんだから。自分に言い聞かせて、グッと拳を握りしめた。記憶の映像が、途切れる。
――セイジはそんな様子のランスにそっと近寄る。ランスはなんだか照れくさくて、視線を逸らした。そんな様子が妙に愛しくて、セイジはぽんぽん、と頭を撫でてやる。
「よく頑張ったな、お兄ちゃん」
ランスのへたっとした耳をくしゃくしゃと撫でれば、ランスはその言葉と温かな手のひらに面喰って動けなくなってしまった。
ランスの唇が切れているのが目に留まる。うっすら血のにじんだ唇にセイジは苦笑した。
(ん?ああそうか。濡らさないと唇が切れちゃうんだよな)
よほど夢中で演奏していたんだろうなとセイジはランスの唇に、そっと自分の唇を寄せた。
「!?」
軽く触れるだけの口づけにランスは目を白黒させる。
「……って、今の!?」
「俺の、分けてやった」
お前不意打ちに弱いもんな。セイジがくす、と笑うとランスはぷっと吹き出す。
「キスじゃー潤わないだろ」
逆に乾燥するんだぜ~なんてランスが茶化せば、セイジも笑う。が、ランスは少し甘えた声でこう付け足した。
「でも、今のもう1回……」
「もうしない」
照れ顔でふいとそっぽをむくセイジに、ランスは子供のように駄々をこねた。
「そんなあ……お兄ちゃんじゃないから我慢しないっ……もう1回ぃ」
帰るぞ!とドアに足を向けるセイジに引っ付いてずるずる~と引きずられるランスであった……。
「珠樹、せっかくだし吹いてみなよ」
千亞はそういってハーモニカを神人、明智珠樹に手渡した。
「失くした記憶……」
珠樹は神妙な顔でつぶやく。千亞は傍らでその様子を見守った。
(珠樹の記憶を取り戻すいい機会、だよな)
珠樹には過去の記憶がない。その失った記憶を取り戻す引き金がほしくて。
「では、千亞さんが吹いてください」
「え?なんで僕?」
別に記憶で困っていることは無い。尋ね返すと珠樹はにっこりと笑って答えた。
「そして私と過ごした熱ぅぅく激しい一夜を思い出してくだ
言葉の途中で千亞のキックが炸裂する。
「……思い出すも何も、そんな一夜はないド変態」
冷徹な声と共にクリティカルヒットした蹴りに珠樹はべしゃあと床に倒れ伏し幸せそうに笑った。
「もう、バカなこと言ってないで」
怒りながらも、すぐに冷静に千亞は珠樹に向き直る。
「……何を思い出すかわからないし、僕は席を外すよ。近くにいるから何かあったら呼べよ?」
そう告げて、千亞は楽屋の扉を開こうとする。その手を、珠樹の白い指が制止した。
「千亞さん」
ドアノブを握ろうとした千亞の手に、珠樹の手が重なる。そして、その指が切なげにからめられた。
「……珠樹?」
何故、止めるの?そう言いたげな千亞の視線が珠樹を射抜く。
「例えば。……私が何か記憶を取り戻したら嬉しいですか?」
神妙な面持ちの珠樹が、ぽつり、と零した言葉。
「そりゃあ、嬉しいさ」
きっと記憶を亡くしたことで不便だったこともたくさんあるだろう。そんな珠樹に少しでもいい方向に進める道があるのならば、千亞はなんとしてでも手に入れたかった。
「……その結果、今の状況や生活が壊れるとしても?」
眉を寄せた珠樹の切なげな声が千亞の耳に飛び込んでくる。
「壊れて……も?」
千亞の心臓がどくりと跳ね上がった。
今までの思いに葛藤が生まれる。
(珠樹の記憶が戻ったら、今までのように一緒に住むこともないかも……)
右も左もわからなくて不便だから共に暮らすようにしていた。けれど、全てを取り戻したら、その“珠樹”に“千亞”が常についている必要はなくなるのかもしれない。
(でもウィンクルムなのは変わらなくて……だけど、本当の珠樹は僕を受け入れてくれるのか?冗談言ったり)
千亞さんのうさ耳を!モフらせてください!と呼気荒く迫る珠樹が脳裏に浮かぶ。
(かといって真剣だったり……)
現在、珠樹の美しい瞳が千亞をとらえる。
(そんな珠樹じゃなくなっちゃう、のか……?)
ギュッと心臓を握りつぶされるような、激しい切なさに千亞は息を詰まらせた。
うつむき、千亞はか細い声で呟く。
「壊したく、ない……」
それは自分のエゴでしかないだろう。珠樹のためにはならないだろう、けれど、今の珠樹を失うのは……怖い。
「……よかった、私も同じ気持ちです」
珠樹が微笑んだ。切なさを含みながらも優しい微笑みは、どこか懐かしく。
「記憶を無くした直後だったら、きっと吹いていたでしょう。でも今は……貴方と過ごした“明智珠樹”でいたいのです」
いつだったかも言っていたっけ、千亞と共にある“珠樹”でいたい、と……。涙に滲みそうな視界を振り払うように、千亞は頷いた。
「……千亞さんは思い出したくない記憶ってありますか?もしないならば、千亞さんのハーモニカを聞かせてください」
あくまでも千亞が傷つくことを避けるよう気遣いながら珠樹がハーモニカを千亞に渡す。
千亞はわかったと頷き、優しくハーモニカに息を吹き込む。
その記憶は、千亞がまだ赤ん坊のころのもの。母親の胸に抱かれ、揺られて優しい笑顔と子守唄に少しずつ微睡んでいく様子だった。珠樹はその優しい音色と情景にふわりと微笑みを浮かべる。自分にもこんな頃があったのだろうか、なんて、少し胸によぎるけれど……。
演奏を終え、少し照れくさそうに視線を上げた千亞に珠樹は笑いかけた。
「幼いころの千亞さんも、愛らしいですね……ふふ……」
「あ、赤ちゃんだからな!可愛いのはまあ、うん……」
しどろもどろになる千亞に、無言で両手を差し出す珠樹。
「な、何?」
「……記念に千亞さんが吹いた後のハーモニカに口付けさせてくださっ!はふぅん!」
瞬時に兔キックが命中したのは言うまでもなかった。
こんなやり取りをできるのも、今の“珠樹”だからかもしれない。
どうするのが、最善なんだろう。
千亞はほんの少しの戸惑いを抱えながら、静かに静かにハーモニカをテーブルに戻した……。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:明智珠樹 呼び名:珠樹、ド変態 |
名前:千亞 呼び名:千亞さん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 寿ゆかり |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 05月15日 |
出発日 | 05月20日 00:00 |
予定納品日 | 05月30日 |
参加者
会議室
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2015/05/19-22:58
明智さんの記憶戻ると良いな(蹴られるたびに何かわすれるのだとしたら胸が痛い)
こちらはランスが吹くみたいだ
あいつ…楽器演奏なんて出来るのかな(不安
プランは出せているよ。リザルトが楽しみだ。 -
2015/05/19-20:35
改めて、皆様こんばんは。記憶喪失明智珠樹です。
叶さんご両人、千代さんご両人、アキさんご両人、フラルさんご両人
今回も何卒よろしくお願いいたします、ふふ…!!
千亞さんは私にハーモニカを吹けとプレッシャーをかけてくるのですが
出来れば千亞さんが吹いた後のリコーダーを吹きた(蹴られ)
ふ、ふふ、どうか皆様良きスーパーハモニカタイムをお過ごしください、ふふ…!! -
2015/05/19-20:28
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2015/05/19-00:06
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2015/05/18-08:44
おはよう。今回はよろしく。
記憶を呼び起こすハーモニカか…。
あいつがなんだか気にしてるから、渡すか。 -
2015/05/18-01:20
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2015/05/18-00:51
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2015/05/18-00:16