プロローグ
バレンタイン地方の森での任務を終え、後は何事も無く帰還しよう――そう思っていたウィンクルムたちに、その時静かに忍び寄るものがあった。
しゅる、とそれはまるで狡猾な蛇の如く地面を這い、寛ぐ神人に向かってその牙を剥く。あ、とそれに気付いた時にはもう遅い――それは触手のような根を下ろし、神人の肌に潜り込み、侵食していった。
「……な、何……だ」
違和を感じたのは一瞬、直ぐに彼の心は闇に塗りつぶされていく。と、かけがえの無いパートナー、大切なあのひとへの想いがどんどん膨らんでいった。どうしようもない程に愛おしくて、甘い痺れが全身を伝うのが心地良くて。
――ああ、ああ。好きだよと、知らず彼の唇は歌うように愛を囁く。
「そう、好きだよ……殺したい、ほどに」
胸元から潜り込み、根を張ったそれは――神人の首筋に、大輪の花を咲かせていた。その色は、情熱を思わせる鮮血のような赤。
「どうした……、おいっ!?」
急に立ち止まり、不穏な気配を纏う神人の姿に、眉根を寄せた精霊は思わず叫んでいた。何故ならば、神人はゆっくりと刃を抜き――舞うように優雅な足取りで、精霊に向かって飛び掛かって来たからだ。
「好きだよ、君のことが」
澄んだ刃の音が、何処か遠い。神人は夢見るような顔で、好きとただ口にした。だと言うのに、彼が握る刃は妖しい煌めきを放ち、精霊に向ける殺意は隠しようがない程に高まっている。
(まさか、あの花……あれに寄生されたのか?)
神人の首筋で咲き誇る花は、むせ返るような甘い芳香を放っていたが――それはどこか散り急ぐように、己の命を削って花開いているように見えた。
――だと、したら。あの花が枯れて散ってしまうと、神人の身が危ないかも知れない。
(助けなければ、早く!)
花に寄生された影響か、神人は精霊に抱く好意を殺意に歪められ、異常に強化された肉体で『殺したい』と言う欲望を満たそうと襲ってくる。
首筋に咲く花が、彼の生命を啜って咲いて散るまでに――何とかして、助けなくてはならない。
「……信じてる、お前のすべてが屈した訳じゃないって。だから」
――本当の気持ちを、お前の口から聞きたいと。精霊はそう言って、己の片割れと刃を交える決意をした。
その花の名はトライシオンダリア。宿主の好意を殺意に変えて、急速に育つ魔性の花。裏切りと言う意味が秘められた、その花の呪縛を解く為の時間はあとわずか。
大輪の花が散る前に。愛しいひとの刃がその身を貫く前に――彼は、動かなくてはならない。
解説
●成功条件
トライシオンダリアに寄生された神人を助ける。
●トライシオンダリア
バレンタイン地方の森に生える、一輪の花と根っこだけの寄生型植物です。寄生されると、宿主の首筋に一輪のダリアを咲かせます。
ダリアは宿主の好意を殺意に変えて急速に育ち、やがてはその生命すら吸い尽くして散ってしまいます。寄生された宿主は『好きな相手ほど殺したくなる』と言う想いに囚われ、寄生された事により強化された肉体を使い獲物に襲い掛かります。
しかし、花を除去すれば宿主は元に戻る事が出来ます。
●開始状況
冒頭で神人さんそれぞれがトライシオンダリアに寄生され、好意を殺意に歪められて自分の精霊さんに襲い掛かってしまいます。寄生された事によって肉体は強化され、精霊さんと遜色のない戦闘能力を持っています。純粋な殺意に突き動かされて襲い掛かってくるので、本気で迎え撃たないと危険です。ちなみにトランスはしていません。
首筋に咲いたダリアの花を切り落とすなどして除去すれば、神人さんは正気に返ります。しかしもたもたしていると、ダリアは神人さんの生命も啜って咲き誇った後に散ってしまいます。こうなると神人さんは暫くの間昏睡状態に陥ってしまい、依頼も失敗となります。
※トライシオンダリアの設定は、このエピソードのみのものなのでご注意ください。
●補足
心情も重視したいと思いますので、神人さんは闇に堕ちると、どんな感じで精霊さんのことを想うのか。どんな風に振る舞うかなど書いてくだされば、盛り上がるかなぁと思います。
●お願いごと
今回のエピソードとは関係ない、違うエピソードで起こった出来事を前提としたプランは、採用出来ない恐れがあります(軽く触れる程度であれば大丈夫です)。今回のお話ならではの行動や関わりを、築いていってください。
ゲームマスターより
(あき缶GMと錘里GMが闇堕ちエピをやると聞いて)
柚烏「ウホッ、ウホホーイ!」(バナナをぶんぶん振り回しながら)
リザルトノベル
◆アクション・プラン
叶(桐華)
多分、きっと、もしかしたら 俺が本当に殺したいのは、君じゃないんだろうな でも、好きだよ 好きだよ、ちゃんと だから、さ。せめて俺の為に死ねよ、桐華 折角揃いの二刀。桐華程上手くは扱えないけど、お揃いだって思うと結構楽しい 桐華は俺を傷つけないよねぇ? 知ってる。馬鹿みたい 俺の事守ったって、どーしよーもないのに ねぇ、いっそ、ころしてよ 俺を殺してよ、桐華 あの人の所に送ってよ! …何言ったっけ 桐華さんに面倒掛けた事だけは覚えてる ごめんね、桐華 (…うそ。ごめん) 覚えてる。全部 でもまだ、忘れていたい 君なら、言わずに飲み込んでくれるよね? 君なら、僕の茶番に、もう少し付き合ってくれるよね? もう少し、このままでいさせてよ |
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
「僕の憧れ。愛しい愛しい僕の虎さん 一緒に死んでくれますか? 一生同じ気持ちでいられるなんて思わない 離れるなら、誰かの元へ行くならその前に 僕が終わりにしてあげる」 隠す愛情をまっすぐ殺意に頭を狙い。連撃 生気ない目で微笑 やめて!?ジェンマなのが救いか。力になれる …傷つかないで遠慮しないで 一番大切なのにいつも笑っててほしいのに 感触が匂いが現実に引き戻す 失いたくない…!タイガの手なら怖くないからこれ以上っ (びくりと震え) ■解け 崩れ落ち、必死に顔を隠す ごめん…抗えなくてごめん 許さなくていい軽蔑してもいいから(嫌いにならないで…) あれは、僕だ 歪んでたけど、信じきれない僕の弱さ。未来に自分にタイガに うん…(涙 |
蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
アンタの事が…好きだよ、フィン …俺の手で死んでくれ まずはその足の腱を斬ろうか そうすれば、俺から逃げられない 微笑みながらも刀で容赦無く斬り付ける 撃たないのか? 優しいな、フィンは そういう所、好きだよ そうだな、一緒に幸せを探すって約束した だから…俺はフィンを殺す 気付いたんだ 殺せば永遠に俺のモノ、だろう? 離れるかもしれない 失うかもしれない そんな心配も要らなくなる ああ、フィンの血… 甘い… アンタを殺して…俺も死ねば、俺達は永遠に一緒 花を千切られ元に戻った瞬間、 己が傷付けたフィンの傷に唇を噛み締め、手当 …ごめん 俺を怪我させない為、手加減してくれたんだよな (…そんな所が好きだ フィン「俺のモノ」発言が蘇り赤面 |
俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
お前の好意はいつも一方的だ こちらの都合なんて聞いちゃくれない だから俺も好きなようにさせてもらう 最初の一撃は気が付いたら衝動的に隣のネカを斬りつけていた 間合いを計ってフェイクと魔法攻撃を見極めようとする が、攻撃したい欲が勝って突撃気味に 戦闘中のネカの言葉に激昂 お前のそれは愛じゃない、エゴだ お前の楽しみのためにお前を好きになったわけじゃない! 怒りのせいで攻撃が散漫になるが勢いで攻める 距離を取られたら左手のマンゴーシュを投げて牽制 一気に近づき刀を大きく振りかぶる 抱きつかれても止まらず背中目がけて振り下ろす 花除去後、力が抜け倒れる 記憶がおぼろげだ 覚えてるのは、反転した殺意に正比例するネカへの好意だけ… |
シグマ(オルガ)
・戦闘スタイル:素早さ特化 ・弓矢での戦闘なので常に距離を置く事を優先、攻撃は充分な距離が開いた場合 ・攻撃が激しい場合は弓でどうにか凌ぐ ・闇落ち属性:ネガティブ ・その性格と以前虐めに近い扱いをされていたのもあり、これ以上嫌われるなら…となっている 前はいっつも蹴ってばっかりだった。 でも、蹴りたくないくらい嫌いになっちゃった? …嫌いになっちゃったんなら…逸そ俺の前から消えて! 優しくしないで、目も合わせないで!間違って期待しちゃうでしょ!? あれ…オルちん?どうしたの、武器なんて構えて…はっ もしかして敵でも居た!?え?あ、違うの?そう。 (どうしてオルちんが怖いって思うんだろ。歩み寄ろうって決めたのに…) |
●面影を追い求めて
気が付けば彼は、魔性の花に囚われていた。それは残酷にも、ひとの身体に根を下ろし――生命を啜って鮮やかな真紅の花を咲かせる。
――その花の名を、トライシオンダリアと言う。裏切りの意味を秘めたその花は、皮肉にも宿主の好意を殺意に変えて、愛しいものの全てを奪おうと仕向けるのだ。
「好き、大好き。だから……死んで?」
甘ったるい匂いを漂わせながら、神人の首筋で紅い花が咲いていた。寄生された事によって、肉体は限界を越え――その力は愛しきものの生命を断つ、ただその為だけに振るわれる。
「……それが、お前の本当の気持ちか」
対峙する精霊は、闇に堕ちた神人をひた、と見据えて。大切な相棒を呪縛から解放したいとただ願う。
ああ、自分に向けられる殺意が、好意の裏返しであるのならば――本当の気持ちを、彼自身の口から聞きたいと思った。
「多分、きっと、もしかしたら。俺が本当に殺したいのは、君じゃないんだろうな」
ゆらり、と踊るようにステップを刻みながら、叶は謡うように言葉を紡ぐ。さらりと揺れる黒髪――その隙間からちらちらと、血のように紅い華が見え隠れした。
「……でも、好きだよ。好きだよ、ちゃんと。だから、さ」
自分に言い聞かせるように呟き、叶の唇は確かな笑みをかたどる。紫水晶のような瞳が映すのは、彼の精霊である桐華の姿。何処か夢見るような瞳は次の瞬間、隠しようが無い程の殺意に塗りつぶされる。
「せめて俺の為に死ねよ、桐華」
一気に距離を詰め、振るわれた儀礼刀での一撃を、桐華は後方に跳躍する事で避けた。ああ、皮肉なものだ――悪しき者を罰するための力を得たエムシの刀が、邪悪な感情に支配された者によって振るわれるとは。
(……誰だこいつ。俺の知ってる叶じゃない)
眉根を寄せる桐華の姿を、叶は面白そうに見つめて――くすくす、と無邪気に笑った。その笑みも、彼が言ってる事も、間違いなく叶のものだと桐華は思う。
「……薄々気づいてた気がする」
いつもの叶は、何かの皮を被ってるだけで。多分それは、叶を置いて死んだ、元パートナーの皮なのだ。
「あぁ、つまりこういうことか? 俺はお前の『ごっこ遊び』に付き合わされてるわけか? 最高に笑える話だな」
大地の力が宿る双剣を引き抜き、桐華が構えた所で――叶はマンゴーシュを片手に握りしめ、お揃いだと言うように翳して見せた。
「揃いの二刀……桐華程上手くは扱えないけど、お揃いだって思うと結構楽しい」
「お揃い、ね……」
キィン、と刃が打ち鳴らされる音が、数度響く。踏み込んだ叶が力任せに振り下ろした刀を、桐華は器用に双剣を操る事で弾いたのだ。
「そう言いたいならもっと上達しろ、へたくそ」
「ああ、でも……」
桐華の剣を受けて、叶は気付いた。彼は、此方の攻撃を凌ぐだけなのだと。だから叶は嗤う。彼の心に刃を立てるように。
「桐華は俺を傷つけないよねぇ?」
再度閃いた刀を、桐華は双剣で受け流す。真紅の瞳を細めて、彼は感情を交えぬ声で呟いた。
「……傷つけずには済ませたいさ、勿論。手元が狂って首をやったら、終いだからな」
「知ってる。馬鹿みたい。俺の事守ったって、どーしよーもないのに」
口では護ってと言いつつ、叶は護られるのが嫌だった。自分の為に誰かが傷つくことを、彼は何よりも嫌っていたから。だから――膨れ上がった殺意に身を焼かれながらも、叶は胸の裡に溜まっていた想いを吐き出した。
「ねぇ、いっそ、ころしてよ。俺を殺してよ、桐華」
叶の瞳が切なく揺れて、彼は刀を握りしめて突っ込んでくる。踏み込む機会を狙っていた桐華は――今が好機かと叶の刃をいなし、強引に彼の身体を抱きしめた。
「あの人の所に送ってよ!」
「……殺せるかよ。行かせるかよ。あいつの所になんて……!」
無我夢中で伸ばされた手は、叶の首筋に咲くダリアを掴む。桐華はそれを、力一杯むしり取った。はらはらと、まるで血の雫のように花弁が散って――魔性の花の呪縛は解ける。
「……何言ったっけ」
――と、直ぐに理性の光が、叶の瞳に戻って来て。それを確認した桐華は、無言で抱擁を解いた。
「忘れたの。あぁ、そう」
「桐華さんに面倒掛けた事だけは覚えてる。ごめんね、桐華」
「なら、いい。余計な事なんて、考えるな」
そう言って桐華は、叶の頭に手を伸ばしてぽんぽんと帽子を撫でる。叶は、そんな桐華の髪で揺れる髪飾りを見つめ――やがてゆっくりと目を閉じた。
(……うそ。ごめん)
本当は先程のことを、叶は全部覚えていた。でもまだ、彼は忘れたままでいたいと願う。
(君なら、言わずに飲み込んでくれるよね? 君なら、僕の茶番に、もう少し付き合ってくれるよね?)
もう少し、このままでいさせてよと。叶はそっと呟いて、相棒のぬくもりに暫し身を委ねていた。
●愛おしい殺意
お前の好意はいつも一方的だ、と俊・ブルックスは吐き捨てた。こちらの都合なんて聞いちゃくれない――想いをぶつける彼の首筋には、不吉な赤いダリアの花が咲いている。
「だから、俺も好きなようにさせてもらう」
告げた言葉は、奇妙な程に俊を高揚させて――気が付いた時には、彼は衝動的に隣に居たネカット・グラキエスを斬りつけていた。
神々の加護を受けた護身刀、それはネカットの腕を一直線に走って。ぽたりぽたりと地面に滴る雫を、一瞬呆然と見つめながらも――ネカットは傷口を手で押さえながら、ぽつりと呟いた。
「これです……これだ……!」
何かを心得たように頷くと、彼は素早く俊から距離を取る。星の力が宿りし杖の先端を相棒に向ける、ネカットのまなざしは本気だった。
「ッ!」
放たれると思った魔法弾はフェイク。一呼吸遅れて放たれた弾を、俊は避ける事が出来ない。彼も間合いを計って攻撃を見極めようとするものの――どうしても溢れる殺意を抑える事が出来ず、突撃気味になってしまう。
「偉そうに……!」
しかし、トライシオンダリアによって引き上げられた俊の身体能力を、侮る事は出来ない。苛烈な護身刀の一撃は容赦なくネカットの肌を裂き、纏う純白のスーツは見る間に血に染まっていく。
「楽しいですね、シュン」
しかし、ネカットは――そう言って心底嬉しそうに微笑むのだ。
「やっと気づきました、一度本気で戦ってみたかったんです。……貴方の本気の殺意は心地良い」
迫る俊の腹に、ネカットは杖を叩き込んだ。しかし、物理的な威力を持たないそれは、僅かに彼を怯ませるに留まる。術士であるネカットは、一対一の戦いには不向きだ。手数でも神人に劣ってしまい――言葉とは裏腹に、彼は徐々に俊に追い詰められつつあった。
それでもネカットは穏やかな物腰を崩さず、うっとりとした囁きを零す。
「もし殺してしまったら、たくさん泣いて悲しんであげますね……そうですよ、シュンが好きです」
でも、と続く言葉は、まるでネカットの方が妖しの花に囚われたかのようだった。
「シュンを好きな自分はもっと好きです」
「お前のそれは愛じゃない、エゴだ」
――ああ、ふたりの想いはすれ違っていく。ネカットの言葉は俊を激昂させ、彼は怒りに任せて己の精霊へと向かって行った。
「お前の楽しみのために、お前を好きになったわけじゃない!」
怒りは攻撃を散漫にしたが、それに負けない勢いもある。俊は片手に握っていたマンゴーシュを放ち、ネカットを牽制した所で一気に護身刀を振りかぶった。
「ああ、そうだ……好きだよ、ネカ」
杖を投げつけようとしたネカットの動きよりも、それは早く。ネカットはそのまま俊に抱きつくが、勢いは止まらず――俊の刃は、ネカットの背に一気に突き立てられた。
「……そろそろ、戻って来て……下さい、ね」
微笑みと同時、ネカットの唇から血が零れ落ちる。自分の身体に刃が埋まり、俊が動けない所を狙って、彼は震える手でダリアの花を毟り取った。
「今度は、花ではなく……貴方の、意志で……戦い、ましょう……」
あ、と俊は、花の呪縛から解放された反動で、力が抜けて倒れる。しかし、ネカットにはそれを支えるだけの力は残っていないようで――ふたりは寄り添いながら、がくりと叢に崩れ落ちた。
(記憶がおぼろげだ……)
薄れゆく意識の中、俊は血に濡れたネカットの姿を捉え、小さく呻く。彼が覚えているのは、反転した殺意に正比例する、ネカットへの好意だけだった。
●歪んだ愛の終わりとはじまり
「ねぇ……オルちん」
ぽつり、と。虚ろな目をしてシグマは、精霊であるオルガに問い掛ける。陽気な彼が、一転して陰を背負った姿は痛々しい程で。そのままシグマは鉱弓を構えると、軽やかに跳躍して距離を取った。
「前はいっつも蹴ってばっかりだった。でも、蹴りたくないくらい嫌いになっちゃった?」
「おい、何を言って……」
何処か病んだ笑みを浮かべるシグマは、次の瞬間水晶の矢を放つ。光を反射して眩く輝く矢尻に視界を奪われながらも、オルガは咄嗟に双剣を抜いて矢を弾いていた。
「……嫌いになっちゃったんなら……いっそ俺の前から消えて! 優しくしないで、目も合わせないで!」
紅の瞳を切なげに潤ませながら、シグマはオルガに向けて立て続けに矢を放つ。首筋で咲き誇るトライシオンダリアの所為だとは分かっているのに――悲痛なシグマの叫びを受けて、踏み出したオルガの足が僅かに硬直した。
「間違って期待しちゃうでしょ!?」
「……っ、シグマ……!」
怯んだオルガの頬を、シグマの放った矢が掠める。つぅ、と肌を伝う血も、じわりと頬に広がる痛みも、何処か他人事のようだった。何故シグマに拒絶されただけで、己の存在が不確かになったような感覚に陥るのか、オルガには分からなかった。
(馬鹿な、ことを……)
しかし、このままではいけないと、オルガは尚も距離を取って攻撃しようとするシグマの元へ、一気に踏み込んでいく。
(全く……寄生など俺が居る傍でいつの間に……)
踊り手のように優雅に――けれど苛烈に、オルガは双剣を手にシグマに寄生したダリアを切り落とそうと狙いを定めた。しかし、シグマもやられないよう必死に抵抗をし、嵐のような刃の猛攻を手にした鉱弓で凌ごうとする。
「なんで、なんで……嫌いなら来ないでよ!」
鉱石が甲高い音色を奏でる様は、まるでシグマ自身が悲鳴を上げているかのようだった。いつしか二人は得物を交差させて向かい合っていて、オルガが花に向けて剣を滑らせた瞬間――身をよじったシグマにより狙いは逸れ、刃は彼の肩口を軽く斬り裂くに留まった。
「あ、ああ……!」
しかし、傷つけたオルガの方が、痛みに耐えるような顔をして――焦点を失ったシグマの瞳を見つめ、そして一気に首筋のダリアを断ち切った。
「あれ……オルちん? どうしたの、武器なんて構えて……」
それと同時、カランとシグマの手から弓が落ちて。彼はきょとんとした瞳でオルガを見上げてくる。
「はっ、もしかして敵でも居た!?」
「何でもない、何もない。気にするな」
え、あ……と狼狽えるシグマを抱きかかえ、オルガは彼の耳元で安心させるように繰り返し囁いた。
「……身体は大丈夫か? いや何、暫く気絶してたようだから。ただ心配してやってるだけだ」
我を失っていたシグマへの言い訳がすらすらと口から零れつつ、オルガの心には奇妙な熱が宿り始める。シグマは先程の事を覚えていないだろうが――彼は自分を殺すつもりで向かって来た。
(……確か好意を殺意に、だった、か。……シグマが俺を?)
つまり、彼は殺したいほどにオルガを好きだと思ってくれているのだ。そう思うとオルガの気持ちは昂ぶり、どうしようもない程に彼を愛おしく感じた。
「オル、ちん……?」
「……ああ、何でもない。シグマ」
そう言って微笑むオルガは美しくも何処か妖しく、無意識の内にシグマはぎゅっと彼の服を握りしめた。
(どうしてオルちんが怖いって思うんだろ。歩み寄ろうって決めたのに……)
●比翼連理
その花は身体深くに根を張って、赤い紅い大輪の花を咲かせていた。きっとこの赤は血の赤で、胸の奥に燻る熱情を啜って咲いているのだろうと、蒼崎 海十は思う。
「アンタの事が……好きだよ、フィン」
その言葉は、息をするようにするりと唇から零れた。いつも陽気なフィン・ブラーシュが、微かに青の瞳を瞬かせたのがおかしくて――海十はくすりと笑いながら、紅月の護身刀を抜く。
「……俺の手で死んでくれ」
(あの花のせいなんだろうけど……調子が狂う)
好き、だなんて真っ直ぐに言われた事で、フィンは内心で少し動揺していた。生暖かい風が、彼の金色の髪を揺らすのを見つめながら、海十はゆっくりと此方に迫ってくる。
「まずはその足の腱を斬ろうか。そうすれば、俺から逃げられない」
無邪気な微笑みを貌に貼り付けたまま、海十はフィン目掛けて刀を振り下ろした。その太刀筋には躊躇いはなく、容赦の無い斬撃が丈の長い草を代わりに斬り裂く。
「冗談。歩けなくなったら、家事も仕事もできなくなるでしょ」
ひらりと一撃をかわしたフィンは、軽口を叩いて海十と向き合った。その手にはリボルバー拳銃が握られていたが、彼は直ぐにそれを収めて拳を握る。
「撃たないのか?」
「当たる危険があれば、引き金は引かないよ」
ふうん、と海十は頷き――しかし刃を握る手を止める事無く、そのままフィンに斬りかかった。
「優しいな、フィンは。そういう所、好きだよ」
「……海十」
多少の怪我は覚悟の上だ。フィンは護身刀を持つ海十の手を握りしめ、彼の手から何とか刀を奪おうと動く。しかし強化された海十の膂力は侮れず、フィンの伸ばした手は強引に振り払われた。
「約束したよね。俺達は一緒に幸せを探すって……こんな事が幸せに繋がるのかな?」
海十の理性が残っている事を期待して、あわよくば隙を作れたら――そう願ったフィンの呼びかけに、海十は奇妙な程に穏やかな瞳で応える。
「そうだな、一緒に幸せを探すって約束した」
――と、一転。夜空を思わせる海十の瞳は、狂気と歓喜が入り混じった色に染まった。
「だから……俺はフィンを殺す。気付いたんだ、殺せば永遠に俺のモノ、だろう?」
振るう刃は、その鋭さを増していく。咄嗟に庇ったフィンの拳が斬り裂かれ、緑の草原に朱が散った。海十はフィンしか見えていない、彼を殺すことしか考えていない。
「離れるかもしれない、失うかもしれない。そんな心配も要らなくなる」
ぽたり、ぽたりと儀礼刀から滴る血を、海十は指先で拭って――うっとりとそれに舌を這わせた。
「ああ、フィンの血……甘い……。ね、アンタを殺して……俺も死ねば、俺達は永遠に一緒」
「……馬鹿だね」
けれど彼の声に応えたのは、不敵な笑みを湛えたフィン。歪んだ愛情と殺意に囚われた海十を、フィンは力強く一蹴した。
「俺を殺すなんてまだるっこしい事をしなくても、約束したあの日……いや契約した時から、俺は海十のモノだよ」
振りかざした海十の刀、それをフィンはカウンター気味に蹴り飛ばし――弾かれた刀の行方を追うより先に、フィンは海十を押し倒して、その首筋に咲くダリアを千切り取る。
「そして、海十は俺のモノだ!」
摘み取られた花は、はらはらと花弁を散らして枯れていった。そして我を取り戻した海十は、フィンの拳から流れる血を見て自分がやったのだと瞬時に悟ったらしい。唇を噛み締めて起き上がり、直ぐに傷の手当をする。
「……ごめん」
「よかった……海十だ」
「俺を怪我させない為、手加減してくれたんだよな」
安堵するフィンの拳に包帯を巻きながら、海十はほんの少し――微かに顔を赤らめた。
(……そんな所が好きだ)
それに、確かに海十は俺のモノだ、とフィンは言ってくれて――その言葉が蘇った海十は、照れ隠しのようにぐるぐると包帯を巻き付けたのだった。
●愛しい僕の虎
「僕の憧れ。愛しい愛しい僕の虎さん。一緒に死んでくれますか?」
儚げな美貌に無垢な微笑みを浮かべて、セラフィム・ロイスは優雅に杖を振り抜いた。それは愛の女神の力を借りる事が出来る、神聖なワンド――けれどその先端は、大切なパートナーに向けられている。
「一生同じ気持ちでいられるなんて思わない。離れるなら、誰かの元へ行くならその前に、僕が終わりにしてあげる」
ひた隠す愛情は、隠しようのない殺意へと転じ――光の粉を舞わせて、ジェンマの杖は火山 タイガの頭を狙って叩き付けられた。
(これが、例の愛情を殺意に代えるって言う……)
生気の無い目で微笑するセラフィムを視界の端に捉えつつ、紙一重で交わしたタイガは額に浮かんだ汗を拭う。
「は、はええ……でも嬉しいって思うのは何故だろうな!」
それでも彼はいつも通り、からりと笑って。手にしていた鈍器を投げて、素手でセラフィムと向き合う決意をした。
「一度本気の喧嘩してみたかったんだ!」
(やめて!?)
微かに残ったセラフィムの理性が、嬉々としてタイガを殺そうと動く身体を止めようと悲鳴をあげる。だと言うのに、己の身体だと言うのに――トライシオンダリアに寄生された身体は、指先ひとつとして自由に動かす事は出来なかった。
「……傷つかないで遠慮しないで」
呻くように絞り出した声さえ、混乱したかのように矛盾した言葉を紡いで。踊るように杖はタイガに襲い掛かり、握りしめた手に確かな感触が伝わった。
「やるじゃん」
こめかみから血を流しても、タイガは余裕の表情を崩さない。タイガを傷つけた感触が、その血の匂いがセラフィムを残酷な現実に引き戻そうとするが――一体どうすれば良いのか、彼には分からなかった。
(一番大切なのに、いつも笑っててほしいのに)
――ああ、自分に出来ることがないのなら。ならばタイガの手で。
(失いたくない……! タイガの手なら怖くないからこれ以上っ)
びくりと震えたセラフィムに向けて、その時すべてを包み込むようなタイガの声が響いた。
「……でも死んでやらねぇ。傷つくだろ、自己犠牲の塊のようなセラの思う事なんてわかる。……『殺してほしい』だ」
けれどタイガは、セラフィムの願いを笑って一蹴する。
「嫌だね、一緒にいくんだ」
獣の素早さでタイガは地を駆け、セラフィムの懐に飛び込んでその腕を封じる。純粋な力比べに持ち込み、彼の力の反動を利用して一気に投げ飛ばした。
(ツタは……身体に潜り込んでるのか、なら)
迷う事無くタイガはセラフィムを組み敷き、その首筋に咲くダリアの花に手を掛けて――一気に引き抜く。
「あと、信じろよな!」
宿主から離れた寄生植物は、糧を失い力尽きて。タイガはそれを、遠慮なしに握りつぶした。
「セラ! セラ! 大丈夫だ終わった」
崩れ落ちたセラフィムは、己のした事を悔いてか――必死に顔を隠し、タイガはそんな彼の手を取り落ち着かせようと動く。
「ごめん……抗えなくてごめん。許さなくていい、軽蔑してもいいから」
嫌いにならないで、と。悲鳴を上げるセラフィムの声が聞こえたような気がした。震える声で、彼は譫言のように想いを吐き出す。
「あれは、僕だ。歪んでたけど、信じきれない僕の弱さ。未来に自分にタイガに」
「俺もセラも無事でいる。それでいいだろ」
尚も呟くセラフィムの言葉を強引に遮って、タイガは彼の肩をがっしりと掴んで頷いた。優しい翠の瞳が覗き込んで来るのを見て、セラフィムは今にも泣き出しそうな程に、瞳を潤ませている。
「……今は休もう。疲れたろ」
「うん……」
避けようと身をよじらせるセラフィムにタイガは寄り添い、その手を引いてゆっくりと立ち上がった。
――好きだから貴方を殺したい。裏切りの意味を秘めた魔性の花は、こうして静かに散っていく。それは、心の闇を容赦なく暴き立てたかもしれない。
けれど、それに抗う光もまた、心の中に確りと眠っているのだと――彼らはきっと、気付けた事だろう。
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 柚烏 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 05月10日 |
出発日 | 05月18日 00:00 |
予定納品日 | 05月28日 |
参加者
会議室
-
2015/05/17-12:37
オルガ:
……Σ!(バナナを凝視し過ぎて挨拶が遅れていた事に気付く)
挨拶が遅れました。俺はオルガと言います。連れはシグマです。
厄介な事になりましたね。面倒事はさっさと片付けるに限ります。
プランは提出済みです。
俺の方もシグマで手一杯になりますが、皆さんの御武運祈っています。 -
2015/05/17-01:17
-
2015/05/16-07:32
:タイガ
もぐもぐ)寄生花か。困ったことになったな・・・(バナナの皮の山生産中)
ってことで皆どうも。
シンクロサモナーの俺、タイガとセラだ。よろしくな
俺も前衛職だし一人で問題ねー。もっとも両手鈍器やべーし素手でいくつもりだが
ま、なんとかなるだろ -
2015/05/15-00:21
フィン:
プレストガンナーのフィンです。パートナーは海十。
皆さん、宜しくね!
(バナナを輪切りにしてミキサーにぽーいしつつ)
何とか海十の動きを止めて、首筋に咲いたダリアの花を切り落とさないとね…
オニーサンの武器は基本銃なんだけど、当てないようにって難しいよねぇ…
何とか近接戦闘に持ち込もうと考えてます。
俺も海十だけで手一杯になる…かな。
頑張ろうね!
(バナナジュースをどーん) -
2015/05/13-07:16
ネカット:
エンドウィザードのネカットです、よろしくお願いします。
桐華さんは任務でご一緒するの久しぶりですね。
私の所も、たぶんパートナーの相手で手いっぱいになると思います。
が、敢えて言いますね、手出しは無用です。
これは私が一人でやるべきだと思うので。
…とはいえ、詠唱中に攻撃されたら厄介ですよねぇ…さてどうしましょう(バナナもぐもぐ) -
2015/05/13-01:34
桐華:
(全力でバナナを明後日の方向に投げつけて)
……面倒なのは本人だけで充分なんだけど。
面倒に面倒を上乗せしてくるとか俺の胃をねじ切りたいのかこいつは。
トランス無しでってのもまた難儀だな。普段頼りにしてる回避スキルも駄目か。
まぁ、しゃーないか。
多分自分所の面倒な神人の相手で一杯一杯になると思うけど、
運が良ければ、もしかして抑える手伝いくらいはできるのかもな?
状況次第で臨機応変に。そんなところで一つ宜しく。
…あぁ、忘れてた。テンペストダンサーな桐華と、いつも愉快な叶でした。