プロローグ
●
任務自体は、大したものではなかった。
バレンタイン地方の森にデミ・ウルフの姿が目撃され、その討伐だけのはずだった。
五頭いたデミ・ウルフ達が突如、別々の方向に逃げ出した。ウィンクルム達が悩んだのは一瞬。
デミ・ウルフ達は消耗している。あの様子ならば一頭に付き一組で当たっても、無理なく倒せるだろう。
顔を見合わせ、頷きを交わすとすぐにウィンクルム達は分かれて後を追った。
難なくデミ・ウルフに追いつく。満身創痍である為、本来の速さで駆ける事が出来ないのだろう。
精霊が一撃を加えると、デミ・ウルフはどさりと大地に身を投げ出した。
その体は小刻みに痙攣を繰り返し、見る見る間に目が濁っていく。
ふぅと息を吐いて、精霊は異常に気付いた。まだそれ程の時間が経っていないにもかかわらず、トランスが解けている。
武器を仕舞いながら神人を振り返るが、精霊は眉間に皺を刻む。神人はただ立っているだけだが、明らかに様子がおかしい。
精霊を見る瞳は虚ろで、武器を片付ける素振りも無い。なによりも、武器を握る手の手首に大輪の白い花が咲いている。
純真な色と裏腹に、とても嫌なものを感じる。
「おい……!」
精霊が神人に手を伸ばそうとした瞬間、その手首を落とそうとでもするかのように神人が武器を振るう。
ちっと、手の甲を掠める程度で済んだものの、神人の手心ゆえではないということはすぐに分かった。
今の一撃には間違いなく殺意があった。
にぃっと、神人の唇が弧を描く。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ……?」
本来の神人とは明らかに違う、闇を孕んだ笑み。
危機感から精霊の背筋が凍りつき、本能が警鐘を鳴らす。
「ずっと、一緒にいてくれるのよね……?」
武器を構えなおした神人の手首で、花が揺れている。確信に近い直感。この花が、神人を捕えたのだ。
精霊は神人を救うべく、再び武器を手に取った。
解説
●目標
神人に寄生したトライシオンダリアの除去
●トライシオンダリア
ダリアの花を持つ寄生植物
宿主の好意を殺意へと変え、それを糧に急速な成長を遂げる
人間の体は負担を抑えるべく無意識でリミッターがかかっているが、トライシオンダリアに寄生された神人はそのリミッターが外されている
その為、精霊に匹敵するほどの身体能力が発揮される
この寄生植物から神人を解放するには、体に咲いた花を散らさなくてはならない
●神人
標的はパートナーただ一人
逃げることはありません
上記の理由により、能力が向上しています
トランスは解除されており、スキルは使えません(精霊も同様)
●その他
森の中だということは気にしなくていいです
他の組への救援は行えませんのであしからず
また、装備に無いアイテムの持込は一切出来ません
ハピネスエピソードの戦闘版くらいの気持ちでどうぞ
言うまでも無いとは思いますが、あまりにも無理のある行動はマスタリング対象となります
●さらにその他
精霊は容赦なく怪我させます、はい
神人も怪我させていいよって方は『ウィッシュプラン冒頭』に『☆』を記述してください
アクションプランに記述された場合は反映しませんのでご注意を
ゲームマスターより
錘里GM&あき缶GM「闇堕ち祭はっじまっるよー!」
こーや「しゅきいいいいいいい!!私も参加させてええええええ!!!」
という訳で、お二人主催の闇堕ちシリーズエピソードです。
トライシオンダリアの詳細設定はエピソードごと、GMごとで変わるんでそこんところよろしく。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
シリウス?どうしてそんな顔をしているの? ねぇ、いつかみたいに笑ってみせて? こてんと首を傾げ 花のような笑顔を浮かべたまま 護神刀「紅月」を持った手がすうっと上がる とん、と軽い足音と同時にためらう彼の間合いの中へと飛び込んでいく 彼の攻撃力を削ぐため武器を持つ腕や目を狙ってくる くるり、ひらり 踊るような足取りで その癖恐ろしく正確な太刀筋 自分への攻撃には無頓着 傷つくことを何とも思っていない動き ただ手元の花を狙った攻撃は即座に防ぎ距離を取る 腕を取られた瞬間 何かに気が付いたように目を見開き動きを止める 正気に戻り相手の怪我を見て大粒の涙 ごめんなさい、ごめんなさい…! 撫でられ余計に涙 相手の首筋に抱きついて |
淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)
とられちゃうのかな? イヴェさんもあの子にとられちゃうのかな? やだ、絶対にやだ! イヴェさんだけはとられたくないよ! 他はなんでもあげるよおもちゃもお菓子もみんなあの子に譲ってきた。 だけどイヴェさんだけは駄目。 イヴェさんがあの子に会う前にイヴェさんを誰かにとられる前に。 「えいえんにわたしのだけのものに」 痛くしないよ痛くしないからだから死のう? 私、何をやってたの?なんでイヴェさんは傷付いてるの? 断片的な記憶を繋げるならば私は…私が? 痛くしない?そんなわけないじゃない傷付けば痛いに決まってる。 なのに私。私が。 たとえ花の効果でも私が傷つけたのには違いないのに。 なんで「悲しまないで」なんて言ってしまうの? |
篠宮潤(ヒュリアス)
●寄生中:口調いつもと違い滑らか 「ずっと隣にいてくれるんだよね。どうして、離れるの?」 「もっと、僕を見てよ…僕を、認めて?」 「もっと、もっともっと…!アハハハ…!」 相手が距離を取ろうとする度ひたすら詰めて杖物理攻撃 〇正気 「つっ…ヒュー、リ…?」 朧げに何したか覚えていたら、泣きそうに顔歪ませ 謝罪の言葉繰り返す 自分の体の傷指差されれば「こんなの、何でもない、よ」 全力で止めてくれた、んだ… 「あり、がとう」 互いに体支え合う ●もし今回のダリアの作用を後で知ったら(本部等で) 「え。……えええ!?」 「違っ…いや、嫌い、なわけない、けど…!パートナーとし、て!」 無意味に『好意』について説明すればする程ゆでだこ |
吉坂心優音(五十嵐晃太)
☆ ★スキル・スポーツ ★心情 「ねぇどうしたらあたしだけの物になる? あぁそっか、殺せば良いんだ 殺せば永遠にあたしの物 晃ちゃん愛してるよ… だから永遠に一緒にいよう、ね?(ニタァ」 ★対精霊 ・基本護身刀と体術で攻撃 ・晃太が油断してる間に間合いを詰め護身刀で斬る ・晃太が剣で相殺した直後腹に蹴り炸裂 ・当たったら間髪入れず続けて肘打ちや回し蹴り、膝蹴り、飛び蹴り等体術コンボを続ける ・晃太の攻撃が来たらバク転や受身をして避ける ・飛び具や手裏剣が飛んできたら護身刀で受け流したり後ろに飛んでかわす ★戦闘後 「晃ちゃ…? ……あぁ、あぁぁっ!(震 御免、御免ね晃ちゃんっ 沢山怪我させてたっ! お願いだから嫌いにならないでっ!」 |
紫月 彩夢(紫月 咲姫)
咲姫は、狡い あたしに無い物を、みんな持ってる だったら、あたしにくれたっていいじゃない 寄越しなさいよ、咲姫。あんたを全部 刃物を振るうのにも少し慣れた それなりに様になって見えるでしょ? 白い花が後押ししてくれるから、何にも躊躇いが無い 咲姫がちっとも抵抗しないから、真っ直ぐ、刺し貫きに行く すきよ、咲姫 兄妹だとか、どうでもいい あたしを手放すなんて許さない 許さないんだから …咲姫は、ずるい どうやったらあんたに追いつけるのか、わかんない きょうだいじゃなかったら、もっと、簡単だったのに 何だか色々言った気がするけどあんまり覚えてない ただ、咲姫を刺した事だけは、きっと一生忘れない 痛くなんてないよ その言葉が、一番痛い |
●天狼星の探求者
「シリウス?どうしてそんな顔をしているの?ねぇ、いつかみたいに笑ってみせて?」
こてんと、リチェルカーレが首を傾げる仕草そのものはとても愛らしく、好ましく思える。
――虚ろな瞳に暗い狂気の輝きがなければ、だが。
音も無く持ち上げられた護身刀の刃がシリウスを目指す。
土を蹴る軽い足音と共に、絹糸のような髪を靡かせるリチェルカーレがシリウスの間合いに飛び込んだ。
常ならば、シリウスも即座に反応して見せたであろう一撃。
受け流そうとするか、避けようとするか……何らかの行動に移せた筈だが、シリウスには出来なかった。
遅れたのは一瞬。だがその一瞬が、明暗を分けるのが戦いというもの。
刀身に龍が刻まれた剣を振るい軌道を逸らそうとしたものの、逸らしきれずにリチェルカーレの護身刀がシリウスの肩を裂く。
「……っ!」
リチェルカーレはシリウスにとっては護るべき対象であって、刃を向ける相手ではない。
リチェルカーレを狂わせる花を刈り取る為だとしても、躊躇いが生じてしまうのだ。
それが先の遅れに繋がった。
肩の傷はずきずきと痛み、血が流れ出しているが構ってはいられない。
シリウスは大きく息を吐き、それぞれの手に握る双剣を構えなおした。
「……この顔は生まれつきだ」
「そんなことないわ。もっと素敵に笑えること、私、知ってるもの。ちゃんと笑顔のときに殺してあげるから。笑って、ね?」
リチェルカーレは目を細め、笑う。氷のように冷たい笑みだ。
こんな風に笑うリチェルカーレをシリウスは知らない。
陽だまりのように暖かく、明るく、緑溢れる野の中で咲く小さな花のような笑顔が、本来の彼女のもの。
それを、絶対に取り返す。
覚悟を決めたシリウスが強く柄を握りなおすと同時に、リチェルカーレの刃が迫る。
白刃が軌跡を描くも、一頭の龍がそれを喰らう。
刃を弾かれて体勢を崩したリチェルカーレへ、龍の咆哮めいた風斬り音を立てながら左手の剣を振るう。
瑠璃色の刃が白花を散らすよりも先に、ひらり、スカートを翻し軽やかにリチェルカーレは剣先から逃れた。
「ふふっ。おーにさーん、こーちら。手ーの鳴ーる方ーへ♪」
銀青色の髪が縁取る顔に浮かぶ表情は、冷たさと狂気ゆえの熱に彩られている。
それなのに、歌を口ずさむ様子は常の彼女と同じもの。
シリウスの盛大な舌打ちが響く。
その間にも繰り出される二撃目はやはり踊るような動きでかわされるも、大輪の花を狙った三撃目。
花を護るように突き出されたリチェルカーレの左手に一本の赤い線が引かれる。刃に付いた血が放物線を描く。
シリウスは唇を強く噛み締めた。ぷつり、切れた唇から血の味がする。
リチェルカーレはステップを踏み、舞うことでシリウスの双剣から逃れはするものの、傷付くことを恐れてはいない。
それどころか何とも思ってさえいないのではないか。
込み上げる焦燥感を懸命に押さえ込みながら、シリウスは突き出された白刃を迎え撃つ。
重なった刃と刃が火花を散らした。左の刃で、左の手で白い花を捕えようと腕を伸ばす。
しかし、リチェルカーレはひらり、ひらりと宙を舞う花弁のように逃れてしまう。
近付いては離れていく彼女に、シリウスは再度舌打ちした。
「いい子だから、大人しくしてろ……!」
力強く踏み込む。
シリウスの体目掛けてリチェルカーレが護身刀を繰り出すのが見えるが、構わない。
刃がシリウスの腹部に埋もれていく。焼け付くような熱と痛みに襲われるが、シリウスは止まらなかった。
リチェルカーレが咄嗟に刀を握る手首の花を庇う。
胸のどこかから聞こえる悲鳴を無視し、庇う手を払いのけるように斬り付けた。
その腕が戻ってくるよりも先に、最後の護人を失った禍々しい白花へ天狼星の名を持つ男は手を伸ばす。
曖昧になっていく意識の中で、花びらが指先に触れたのを感じた。
肉を切らせて骨を絶つ。
結果、リチェルカーレがどんな顔をするか分かっていながらも、シリウスはこの手段を選んだ。
『探求』の花を取り戻す、その為に――
「し、り、うす……しりうす…………シリウス!」
見えていた。分かっていた。覚えていた。
リチェルカーレは自身が体を取り戻していく間も、その名を叫んだ。それなのに、血に塗れたシリウスの姿がどんどん見えなくなっていく。
滲む涙が邪魔をして、ぼやけていく。
本来のリチェルカーレだ。
安堵したシリウスの体から緊張が抜けていく。同時に、意識が離れていくのを感じ取ったシリウスは、気を失う前に自身を貫いた刃を引き抜いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
立っていられず腰を下ろしたシリウスにリチェルカーレが寄り添う。
シリウスは苦笑いを零しながら、銀青色の髪にそっと触れた。ぎこちない手つきが、さらにリチェルカーレの涙を誘う。
堪らず、リチェルカーレは首筋に手を伸ばし、縋りついた。
「お前のせいじゃない……」
「でも、でも……!」
「正気じゃなかったんだ、気にすること、じゃ、ない。悪い……後を、頼む……」
言い置いて、シリウスは意識を手放した。慌ててリチェルカーレは状態を見る。
脈も呼吸もしっかりしている。応急処置をして仲間の手を借りれば、すぐに森から出られるだろう。
スカートの裾を破いて止血帯にし、簡単な応急処置を済ませていく。
その間、リチェルカーレは何度涙を拭ったのか、覚えていない。
●譲れない唯一つ
星の輝きが舞う。淡島 咲の杖先がイヴェリア・ルーツの胸を掠めた。
咲が握っている武器は星の力が宿りし杖。そのことが幸いした。剣であったならば体に一文字が刻まれていたに違いない。
とはいえ、服の下では大きなミミズ腫れのような痣が出来ているだろうが。
後退り、崩れた体勢を整えたイヴェリアの黄金色の瞳が咲を見据えた。
鮮やかな澄んだ空のように青い瞳は濁り、焦点を結んでいない。咲が正気ではないと分かる。
ゆらゆらと、星の杖の先が揺れる。
咲自身も不安定な状態を表しているかのようにふらついている。
とられちゃうのかな?
――誰に?
あの子に
――イヴェさんも?
やだ
――どうしても?
やだ、やだよ!
「やだ、絶対にやだ!」
歪められた咲の思考。胸の奥で燻っていた不安が燃え盛り、爆発した。
自身の恐怖を振り払うべく、咲は杖を大きく振るう。
「イヴェさんだけはとられたくないよ!」
咲の絶叫が響いた。それと同時に、杖がイヴェリアの胴を打つ。痛みを堪えながらも、イヴェリアは咲の顔から目を逸らさなかった。
イヴェリアが離れるなんて耐えられない。咲の表情が語っている。
「他はなんでもあげるよ。おもちゃも、お菓子も、みんなあの子に譲ってきた。だけどイヴェさんだけは駄目。絶対に駄目!!」
「っ、サク……!」
何度も何度も咲の杖がイヴェリアを殴打する。イヴェリアは歯を食いしばって耐える。
彼女の妹へのコンプレックスがここまで深いものだったとは。
しかし――これこそが、妹の思惑なのではないだろうか?
妹に取られたくないという恐怖。それは即ち、咲自身が妹に捕らえられている証拠に他ならない。
手首に咲いた白花に蝕まれてなお、彼女が恐れているのは『妹』なのだ。
躊躇いながらもイヴェリアは両手の銃をホルスターに戻した。
咲を傷つけたくは無いが、イヴェリアはプレストガンナーだ。銃では重傷を与えてしまうかもしれない。
花だけを狙って攻撃できればいいが、それをやってのける技量は無い。ならば、近づいて潰すしかない。その為には銃が邪魔だった。
自由になった両手。
イヴェリアは咲からの攻撃を耐えながらも、機会を待った。
「えいえんにわたしのだけのものに」
痛くしないよ。痛くしないから。だから、死のう?
咲が大きく杖を振りかぶった。
この機会を逃すものか。武器を手放したプレストガンナーは、己が神人の懐へと飛び込んだ。
「イヴェさん?」
咲の手にしがみつくようにして拘束する。
咲は捕らわれた腕からイヴェリアを引き離そうとするも、叶わない。
「咲、戻って来い……!」
暴れる腕を押さえ込み、イヴェリアは咲の手首を掴む。白い花弁が、散った。
ひらひらと、ひらひらと。
咲の瞳に光が戻り始めたのを見て、イヴェリアはそっと手を離す。
からんと、咲の手から落ちた杖が石とぶつかって音を立てた。
「わ、たし……」
焦点を結んだ咲が真っ先に目にしたのは傷付いたイヴェリアの姿。腕にはいくつもの痣。恐らく、服の下にはもっとある筈だ。
どうして、イヴェリアはこんなにも傷付いているのだろう?
断片的な、場面場面だけの記憶を繋ぎ合わせていけば、その答えが見えてくる。
「私、が……?」
「サク、正気に戻ったか……」
イヴェリアの声を聞いた途端、咲は取り乱した。全身が震え、歯と歯がカチカチとぶつかり合う。
「イヴェさん……私、私……!」
「気にするな、痛くは無い」
「そんな訳無いじゃない」
傷付けば痛いに決まっている。事実、イヴェリアの痣は軽い打撲なんていう代物ではない。
ましてや、それをつけたのは咲なのだ。自分の意思ではなかったとはいえ、紛れもなく咲が行ったこと。
咲の頬をイヴェリアは優しく撫でた。震えが治まるまで、何度も。
「俺が傷つく分は構わない。だから、悲しまないで欲しい」
どうして、そんなことを言ってしまうんだろう。
涙は込み上げてくるというのに、イヴェリアになんと言葉を返していいか分からない。
咲はそっと、頬を撫でるイヴェリアの手に触れた。温かい掌。
その熱を感じながら、目を閉じる。つぅっと、涙が頬を伝って落ちていった。
●咲いて彩る
妹の瞳が暗く輝いていることを紫月 咲姫は見逃さなかった。
自身を睨め付ける、紫月 彩夢の紅玉髄の瞳を真正面から受け止める。
「咲姫は、狡い。あたしに無い物を、みんな持ってる」
肺の底から搾り出すかのような彩夢の声。呼応するかのように、咲姫の顔から笑みが消える。
咲姫は開いていた魔導書を閉じ、懐に仕舞う。代わりに仕込み刀を鞘から抜き放った。
「だったら、あたしにくれたっていいじゃない。寄越しなさいよ、咲姫。あんたを全部」
「彩夢ちゃんに、お花は良く似合っているけれど。その花は、駄目ね」
妹の言葉に答えは返さず、咲姫は自身のスカートを切り裂いた。これからの事を考えれば、スカートは邪魔だ。
左側面に作った大きな切れ込みは、咲姫の足をスカートから僅かに解放する。
彩夢が大地を蹴った。
肉薄した彩夢が振るった短刀に、咲姫は仕込み刀を重ねる。ギィン、耳障りな金属音が火花と共に散る。
次に備えるべく咲姫が大きく足を開いて体勢を整えると、スカートの裂け目が広がった。
「どう?それなりに様になって見えるでしょ?」
刃物を振るうのにも少し慣れたから。
言いながら、彩夢は再び刃を咲姫目掛けて走らせた。迫る白刃に反応しきれなかった咲姫の左腕に傷が刻まれる。
咲姫はちらと傷に目を向けるも、すぐに彩夢へと視線を向ける。
瞳の色は妹と同じ、紅玉髄の色。同じ色の視線がぶつかり合う。
「私はね、刃物はあんまり得意じゃないのよ。血が出るし、危ないし、痛いし」
「知ってる。ならさっさと仕舞っちゃえばいいじゃない」
咲姫の腕に付いた傷を見ながら、彩夢は短刀に付いた血を払う。
すぐに握りなおし、一度離した距離を詰めに掛かる。
「全く以て女の子には不釣り合いだと思う」
短剣を握り、飛び込んでくる妹に対して、咲姫はじっと見ていた。
彩夢の短い黒髪が靡いているのがよく分かる。
「……でも、勇ましい彩夢ちゃんの姿は、好き」
彩夢の刃が咲姫の頬を掠めた。
皮膚を僅か裂くと同時に、咲姫の長い黒髪が一房奪われる。
「これじゃ足りないわよ、咲姫」
振るった短刀を引き戻し、彩夢は咲姫へと突き出す。刃が二の腕を抉ると、咲姫は小さな呻き声を漏らした。
白花に背中を押されるように、躊躇いなく彩夢は何度も咲姫へと刃を突き立てる。
手加減なんかじゃない。宣言どおり、『全部』を奪う為だ。
「すきよ、咲姫。兄妹だとか、どうでもいい」
何事にも全力で、何時だって真っ直ぐな彩夢が、咲姫は好きだ。愛おしくて仕方がない。
不謹慎かもしれないが、『ずっと一緒に』という彩夢の願いが嬉しい。
『好き』という言葉が、嬉しい。
「そんな花、無くったって。私もいつだって願ってるわ」
「……咲姫は、ずるい。どうやったらあんたに追いつけるのか、わかんない。きょうだいじゃなかったら、もっと、簡単だったのに」
妹の言葉に、すっと咲姫は目を細めた。
腕を広げ、『兄』は妹を呼ぶ。
「おいでよ、彩夢。思い切り踏み込んでおいで」
誘われるように、初撃以降、抵抗しない咲姫の胸目掛けて彩夢は突進した。
あたしを手放すなんて許さない。許さないんだから。だから、奪う。
白刃が彩夢の黒い想いを運んでいく。
咲姫は半歩横に体をずらした。迫る彩夢の手を、強引に絡め取りに行く。
彩夢の刃が咲姫の手中に捕らわれた。二人の腕を、咲姫の血が伝う。
それに構わず、空いた手で彩夢を抱きしめた。
「咲姫……?」
「こんな花、いらないだろ……?」
咲姫は自身の血で手を滑らせ、彩夢の短剣から手へ、手首へと触れていく。
白花を彩夢の手首ごと握り締めれば、花が散った。散って行く花びらは、鮮やかな赤へと塗り替えられていた。
記憶は曖昧。
何を言ったか、自分がどんな気持ちで動いていたか、彩夢は覚えていない。
けれど、咲姫を刺した事だけは、きっと一生忘れない。傷に塗れた咲姫のこの姿は、絶対に忘れない。
「……ごめん」
最も酷い掌の傷の処置をしながら、彩夢はぽつりと零した。はっきりと言いたいけれど、これよりも大きな声で言えなかった。
すぐに赤く染まった止血帯が痛々しい。これも、自分がつけた傷。
咲姫は小さく首を傾げ、優しく微笑んで見せた。
彩夢の手に触れ、ゆっくりと撫でる。
「痛くなんてないよ」
彩夢はきゅっと唇を噛み締める。咲姫のこの言葉が、何よりも痛い。
「痛くなんてないよ」
目を伏せた妹へ、咲姫はもう一度言葉を紡いだ。
痛いけれど、痛くなんて無いよ。だってこの傷は、君がくれた傷だから――
●永遠に
「み、ゆ……?」
五十嵐晃太の眼前で、自身の血が弧を描いた。
赤い線の先には刀。パートナーである吉坂心優音のものだ。
「ねぇ、晃ちゃん」
ゆっくりと間延びして聞こえる声音だが、晃太の背筋は冷たくなっていく。
知っている心優音の声だというのに、心優音の声ではない。
「ねぇ、どうしたらあたしだけの物になる?」
空を裂き、白刃が晃太に新たな傷を作る。
元より回避する為の瞬発力が乏しい晃太だ。花の効果か、精霊並みの身体能力を発揮する心優音の攻撃に反応できない。
「あぁそっか、殺せば良いんだ。殺せば永遠にあたしの物」
晃太の傷を見て、心優音は笑った。
目じりを下げ、唇が緩んでいるというのに、その笑みには爽やかさの欠片も無い。
ふふっと笑いながら、心優音は刃に付いた晃太の血をなぞる。
正気ではないことを疑う余地はどこにもなかった。その理由も見当が付く。
護身刀を握る手の、手首に咲いた大輪の白いダリア。
「落ち着きぃや、みゆ!!」
「晃ちゃん、愛してるよ……だから永遠に一緒にいよう、ね?」
晃太が声をかけている隙に、心優音は一気に間合いを詰めた。
咄嗟に仕込み刀で攻撃を逸らし、心優音の姿勢が崩れている間に飛び離れて距離を取った。
スポーツ技能を修得はしているが、それは戦闘技術ではない。
上手く戦闘に活用する行動が出来るなら別だが、ただ体術で凌ぐなどという考えでどうこう出来るものではない。
自身の取りたい行動と能力が一致していない為に生じる感覚のズレに、晃太は眉を顰めた。
「晃ちゃん、どこいくの?」
心優音は地を駆け、離れた晃太を追う。たんっと地面を蹴る音は軽やかでありながら、力強さがあった。
晃太は迫る切っ先の軌道を仕込み刀で逸らし、利き手で白花目掛けて手裏剣を投げた。
しかし、狙い通りにはいかず、花を散らすことなく心優音の腕に傷を作ったのみ。
「もう、晃ちゃん。おいたは駄目だよ?」
そう言って、心優音は一瞬だけ傷に視線を向けたものの、それきり意に介すことは無い。
お下げ髪を躍らせながら攻撃を続ける心優音は、傷そのものが無いかのような振る舞いだ。
閃き続けるナイフを受け止めながらも晃太は手裏剣を投げ、仕込み刀を振るい続けたが、花を散らすには至らない。
晃太の命中精度では、動き続ける花に当てる為の『何か』が足りない。しかし、その何かが分からない。
心優音の護身刀が突き出される。下がってはいけないと、直感が囁きかけた。
伸ばされた心優音の腕を掻い潜り、すれ違うようにしてその一撃を避けて見せた。
振り返ると同時に、晃太は理解した。
避けた際に、白花が眼前にまで迫ったあの一瞬。あれこそが、足りなかった『何か』だ。
「逃げちゃ駄目だって」
「もう逃げへん」
少し怒ったように言う心優音に、晃太は答えた。
きょとんとした顔を浮かべた心優音だが、すぐにその唇がニィっと吊りあがる。
心優音は全身全霊の一撃を繰り出した。
晃太は避けるどころか、護身刀の軌道上に左腕を掲げた。刃が手甲越しに腕へ食い込んでいくが、晃太は構わず右手を伸ばす。
意図を察した心優音が手を引くよりも先に、晃太が腕を捕えた。心優音は空いた手で晃太を払いのけようとするものの、晃太が手を離すことは無い。
動きを止めた心優音の腕に咲く、白い花。もはや狙いを外すことはない。
桜の装飾が美しい手裏剣は、吸い込まれるように白花へと向かっていった。
「晃ちゃ……?」
力を失っていた心優音の腕に、再び活力が戻ってきたのを晃太は感じた。
声音も普段の心優音のそれだ。ほっと息を吐きながら、晃太は手を緩めた。
「良かった戻ったんやな……」
心優音の視線が上下する。晃太の体中にあるいくつもの傷。
まだ頭がぼやけているせいかすぐには分からなかったものの、何度も視線を往復させているうちに心優音はその理由に思い至った。
「……あぁ、あぁぁっ!御免、御免ね、晃ちゃんっ」
「俺は平気や。気にすんな」
「沢山怪我させてたっ!お願いだから嫌いにならないでっ!」
怯えたような心優音の瞳を見て、晃太は苦笑いを零した。
「馬鹿言うなや。そんなんある訳ないやろ。というか、俺かてみゆに怪我させてもうた。ごめんな」
「ううん、ううん……!」
ぶんぶんと頭を振って心優音は晃太の言葉を否定する。この傷だって、晃太が悪い訳ではない。
取り乱したままの心優音の頭に晃太は手を乗せた。くしゃり、わざと髪を乱すように撫でる。
「こんなことするくらい平気や。な?」
晃太が笑いかけると、心優音もぎこちなくではあるが笑みを浮かべた。
涙が滲んで、晃太の笑顔がはっきり分からなかったけれど――
●紫煙の先に
ゆっくりと、篠宮潤が杖を翳した。離れろという本能の声に従い、ヒュリアスが飛び退く。
すると、残念そうに潤の眉が歪む。
「ずっと隣にいてくれるんだよね。どうして、離れるの?」
滑らかに紡がれた言葉。他の者の口から放たれたのであれば問題にはならなかった。
けれど、声の主は潤。言葉を紡ぐことに怯えを持ち、迷う娘だ。
手首の花は、人格を乗っ取るものなのだろうか。そう推測しているところに、潤が踏み込んできた。
唸りを上げて振り下ろされた一打がヒュリアスの二の腕を叩く。
「……っ」
ハイトランスをしていない神人のものとは思えないほどに重い。精霊並だ。
眉を顰め、ヒュリアスは太刀を構えなおした。刃を自分側に、峰を潤側へと向ける。
これでも充分な威力となるが、刃を振るうよりかは遥かにマシな筈だ。
刃を見た潤がうっすら笑った。
ヒュリアスの握る太刀と似ている。歪んだ唇の形も、剣呑な輝きも。
「ほら、ヒューリ。行くよ」
「厄介な……!」
腰を落とした潤の横薙ぎが、左手の手甲で勢いを殺されながらもヒュリアスの胴を打つ。
ぐっと詰まった息を吐き出すよりも前にヒュリアスは太刀を振るった。
肩に叩き込まれた一撃に潤は体勢を乱す。
しかし、杖を支えに立ち直った頃には、潤は不思議そうな顔を浮かべていた。
何かした?何があった?何も無かった?じゃあ、大丈夫。狂った思考が痛覚を遮断したのだろう。
「もっと、僕を見てよ……僕を、認めて?」
平然としている潤を見て、ヒュリアスは舌打ちした。
自身が倒れては元も子もない、共倒れだということをヒュリアスはよく理解していた。
だからこそ、致命傷を受けるよりかはと反撃したのだが――この状況はマズイ。このままでは、体の悲鳴に耳を傾けることの無い潤の身が危険だ。
淀んだ煙水晶の瞳はヒュリアスを捉えたまま離さない。
何度も、何度も捕えた相手を打ちのめそうと杖を振るう。その度に杖に巻かれた飾り紐が踊る。
自身の身を最優先にしながらも、ヒュリアスは耐える。幾度か反撃しながらも、耐えた。
闇雲に動けば、自分と潤が傷付くだけだと分かっていたからだ。
ふ、ふふ。
潤の唇から低い笑い声が漏れ出る。ヒュリアスの体が発する、ずきずきとした痛みと同じリズムだ。
「もっと、もっともっと……!アハハハハハハハハハ……!!」
声に色があるとするならば、この声の色は間違いなく赤だ。暗い、人の狂気を飲み込んだ血の赤。
事実、潤の体のあちこちが赤く彩られていた。峰側で攻撃しても、切っ先だけはどうしようもなかったのだ。
潤は再び、高く杖を翳した。
その動きが大げさすぎるのだということを、今の彼女には理解出来ていない。だからこそ、ヒュリアスはこれを好機と踏んだ。
悲鳴のような風斬り音を上げて振り下ろされた杖を、ヒュリアスはするりとかわした。
仕返しとばかりに、彼もまた、大仰な一振りを繰り出す。
「もっと、もっと、まだ足りない……!」
ヒュリアスがかわしてみせたように、予測しやすい一撃を潤もかわしてみせた。
舌なめずりする獣のように潤の唇が歪んだ。今、彼の背中は潤へ向けられている。
殺セル、認メテ貰エル。
くるり、手中で杖を半回転させて持ち変える。瞬きほどの間もない。流れるように潤は杖を振るった。
そこまでを計算されていたとは知らずに――
「誰が……認めとらんと、言ったかね……!」
ヒュリアスは躊躇い無く太刀を手放し、両腕で杖を受け止める。
骨が軋む音が聞こえたように思えるが、気にしてはいられない。
杖を掴んで引き寄せる。何が起きているのか理解出来ていない潤が、ヒュリアスの元へと引っ張られた。
潤が体勢を整える暇を与えることなく、ヒュリアスは潤の手首へ手を伸ばす。
花を散らす為に、神人を取り戻す為に、友人が慈しんだ娘を取り戻す為に。強く、強くその手首を握り締めた。
くしゃり、花が崩れるささやかな音がヒュリアスには確かに聞こえた。
煙水晶の瞳に、光が戻ってくる。同時に、潤の顔が歪んでいく。
泣き出しそうな顔だと思いながらも、ヒュリアスは安堵していた。強張っていた肩から力が抜ける。
「つっ……ヒュー、リ……?」
声が震えている。朧げではあるものの潤は自分が何をしたか覚えていた。
自分の記憶が幻ではないということは、ヒュリアスの傷が証明している。
「ご、め……ごめ、ん、……ごめんな、さい……」
ちゃんと謝りたいと思うのに、どうしても言葉が途切れる。
繰り返しても、自分が望む謝罪の言葉にならなくて、もどかしい。
「何……お互い様だ。俺も手加減する余裕は無かったのでな……」
「こんなの、何でもない、よ」
「なら気にするな。俺も気にせん」
その言葉はヒュリアスの本心だ。
もし、ヒュリアスが怪我を負っているのに、潤が無傷だったなら――彼女は気にしただろう。
体に傷が無くとも、心に強い傷を負ったに違いない。
故に、ヒュリアスは自分の選択に悔いは無い。
潤が泣く姿を遠くから眺めるだけだったあの時を、繰り返す気は無かったのだから。
「え」
「ほぉ……」
潤とヒュリアスの声が重なる。
対照的な表情を見て、面白いなぁと受付娘は思うものの、顔には出さない。
が、つついてしまいたくなる好奇心は抑え切れず、同じ言葉をもう一度口にする。
「どうも寄生した相手の好意を歪めてしまうらしいんですね」
「……えええ!?」
潤は受付娘が期待していた通りの反応を示した。
にんまりと吊りあがる唇をボードで隠しながら、受付娘は二人の様子を窺う。
「違っ……いや、嫌い、なわけない、けど……!パートナーとし、て!えっ、と、ウィンクル、ム、だし!で、でも!」
釈明しようとすればするほど真っ赤になっていく潤の顔。ドツボに嵌っていることに本人は気付いていないようだ。
パートナーとして、と言いながらもそれだけではなくて、パートナーじゃなくても友達として、いや、でも、そういうのはおこがましいだろうか。
ぐるぐるぐるぐると渦巻く、葛藤が駄々漏れだ。
ヒュリアスの顔から徐々に驚きの色が消えていく。
自身に愛想が無い為、好意を持たれていたことが予想外だったのだ。口元が僅かに、緩む。
見ているか。
胸の内で、逝ってしまった友人に語りかける。
お前の自慢の親友が茹蛸になってるぞ。
ヒュリアスの緩んだ口元と眼差しが潤へ向けられている。
鏡で自分の顔を見てみなさい、と友人が笑ったような気がした。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | こーや |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | 戦闘 |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 5 / 4 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 04月24日 |
出発日 | 04月29日 00:00 |
予定納品日 | 05月09日 |
参加者
会議室
-
2015/04/28-00:47
(へんじがない。きせいされているようだ)
(おにーちゃんが華麗に解決してくれると妹はしんじてるようでしんじてない)
(咲姫のアイコンが無いために咲姫で発言できない、このもどかしさ。
アイコンを頼もう。かたいけつい) -
2015/04/27-21:51
イヴェリア:
イヴェリア・ルーツだ、よろしく頼む。
厄介な事になったものだ…。
サクの為に最善は尽くしたい。
-
2015/04/27-20:49
晃太:
五十嵐晃太っちゅうもんや
初めましての方も久しぶりの方も宜しゅう頼むわ!
しっかし厄介な任務になってしもうたな…
はてさてどないしよかな…
ある意味邪神降臨しとるんやけど、どないせぇっちゅうねんっ…(遠い目) -
2015/04/27-20:30
シリウス
マキナのテンペストダンサー、シリウス。
…よろしく頼む。 -
2015/04/27-19:33
ヒュリアス:
久方ぶりの方、出先ですれ違った気がする方など改めて。
宜しく頼む。
さて。………、
……………(どうしたものか、と真顔だが途方に暮れている)
かつて受けてきた任務の中で、最難関かもしれん……(くどいが真顔) -
2015/04/27-19:26