


●克己小堂
紅月神社の鎮守の森は、以前は悪しき妖怪達の棲家として淀んだ空気に満ちていたが、いまや清浄な気だけが流れている。
苔むした石畳が敷かれ、神秘的で豊かな自然に包まれた鎮守の地には、小さな神々の祠が点在している。
克己小堂は、そんな無数にある祠の一つである。祭られている神は、真実を愛するという。
その小堂は、洞窟の中にある。いや、洞窟自体が小堂である。小神がおわす小さな社殿を中心に、十の洞が空いている。人が一人立つのがやっとの狭い洞だ。
洞のひとつひとつには、姿見が据えられている。
姿見に息を吹きかけると……息を吹きかけた者の虚像が喋りだすのだ。
しかも、本音で。
悩める者が己の本心と語り合い、悩みに打ち勝つための祠――故に克己小堂と謂われる。
「すこし裏技的な使い方もありましてね」
祠を世話する妖狐が笑う。
「息を吹きかけたあとに、洞を入れ替わると、他人の虚像と喋れるのですよ」
つまり、神人と精霊で洞を入れ替われば、互いの本音と向き合えるのだ。喧嘩をしたもの同士が仲直りするためにやってくることもあるという。
「虚像が生まれるのは、洞一つにつき一日に一度。持続時間は……この拝観料代わりの線香が立ち切れるまで……」
すいと紫色の線香を君に差出し、妖狐はフフと息を漏らした。
「さあ、どうです? 真実と向き合ってみます?」


●目的:本音を話す虚像と語り合う
●克己小堂
詳細はOPの通り。線香立てが鏡の横にあります。
洞の大きさは試着室くらいです。
使い方も大体試着室と同じで、出入り口を布カーテンで閉められますので、外からは見えません。
洞と洞は隣り合っていますが、不思議と音は漏れません。
●拝観料
線香代 300Jr(2人で600Jr)
線香の買い足しは出来ません。
ライターも貰えますので心配無用。
●虚像
線香に火をつけて、鏡に息を吹きかけると、映った虚像が自律して動き、会話もできるようになります。
虚像は絶対に嘘をつきませんが、黙秘することはあります。
息を吹きかけてから洞を交換すれば、吹きかけた人の本音と向き合えます。
交換する場合はプランに明記してください。
(例:神人が息を吹きかけた鏡に映る神人の虚像に、精霊が対峙する)
線香の火を消せば、虚像も消えますが、再度線香に火をつけても復活しません。
●親密度
虚像と向き合うことで、互いの心境・関係・印象に変化が生まれた場合、親密度にボーナスが出ます。
現在の親密度によっては、虚像が黙秘することもありますのでご了承ください。
お世話になっております。あき缶でございます。
全然関係ないんですけど、「立ち切れ」っていう落語は感動します。
久々のシリアスなハピエピです。出発がちょっぱやなのでご注意を!
本人が言えないことも虚像なら言える。
自分が気づかなかった・気づかないふりをしていた自分の気持ちに出会えるかもしれません。
本音と向き合うことで、二人の仲が深まるのか……それとも。


◆アクション・プラン
初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)
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もうすぐ、あいつに会って一年になる このまま目を背け続けるわけにもいかない 気持ちを、整理しなきゃな イグニスと別れて洞の中へ 線香を立てて息を吹きかける……と、出たな ……最初は変な奴だと思った 40過ぎの、強面のおっさんを「お姫様」扱いしてくるし だけど、それでも 俺の中で、どんどんあいつの存在が大きくなっていく ……どうすればいい どうしたいんだ、俺は 『俺は、あいつと一緒にいたい。あいつじゃなきゃ駄目なんだ』 『もう、失うのは嫌だ 傷つくのは嫌だ 一人になりたくない』 ……これが本音か。こんなに我儘だったかね、俺は はは、ひっでえ顔だな…… いつか、きちんと。伝えられるまで。 もう少しだけ、時間をくれよ |
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精霊で遊びすぎて僕に対し疑心暗鬼になってるそうなので 嘘ナンテツイテナイヨを証明しに 鏡に息吹きかけ洞交換 僕の虚像にセクハラは駄目だぞ 僕はゼクの虚像と対峙 現時点の最重要案件を尋ねよう 夕飯のハンバーグに何を混入させようとしてる? 出掛けに見た材料に不審点はないが 昨日おぞましき緑の物体を購入してたね 白状したまえ うん? そんなことしか訊かないのかって? だって僕はキミに用無いもの 彼は素直で良い子なので嘘も隠し事もそう無いし 僕はお線香消えるの待ってるだけ 真面目な質問期待してたらごめんね それに。 キミはさ、いつでも適当でふざけてて、なーんにも考えてない 明るい直香ちゃんが、いいんでしょ? 返事より先に どうか 立ち切れを。 |
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鏡像を見つめ、暫く悩んでから尋ねる 「クレミーは他の人とも交流した方がいいんだよな」 『何も言わなかったら、このまま一緒にいてくれる。本人も別に不都合感じてないと思うけど』 「でもそれって。俺がいいわけじゃない……選択肢ないだけじゃん」 『仲良くしてくれてるけど、それだけだ。困らせるだけだろうけど……でも、伝えたいよな』 鏡像に頷き表に飛び出るが、精霊はまだなのでそわそわ待機 出てきた相手に駆け寄りじっと顔を見つめてから告げる クレミー、俺、クレミーが好きだ 他に誰もいないからじゃなくて、俺がいいって思ってほしい えっと、ごめんな? どうしても伝えたくなったんだ その、気まずいかもだけど、仲良くしてくれると嬉しい |
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本音…ですか。 (手をポム) そうだ、千亞さんが線香を灯した洞に私も一緒に入れば両手に千亞さん…! しかも狭いから密着!…ダメですかそうですか。残念ですね、ふふ。 しかし私の本音に興味を示してくださるなんて意外です、ふふ。 どうぞ良き時間を。 (矢継ぎ早に質問) 鏡の千亞さん。好きな食べ物は!? 「チョコレート」 好きな色は!? 「濃いピンク」 巨乳派?貧乳派? 「び、美乳派…」 (恥ずかしそうな千亞に萌え。その他どうでも良いこと色々聞き。最後に) 「千亞さん。私は、貴方の傍にいても良いですか?」 真剣に、そして縋るような表情で。 『珠樹。僕に何を聞いた?(ドキドキ)』 オネショは6歳まで…… 『何聞いてんだド変態!(蹴り)』 |
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悩みとかないけど面白そう! ねー虚像交換しよ 俺の心からの愛を!君に!聞いてほしいから! 彼の虚像にはいつも通り好き好き言うよー あのね 俺ほんとにミストのことが好き 君を思うと胸がふくらんで… あっ胸筋のことじゃなくて 君のそばだと心がボールみたいに弾んじゃって 誰かれ構わず殴り倒したい気分になるよ 離れてる時は不安で堪らないよ… 俺の愛を邪魔するすべては 苦痛の炎で生きながらに焼かれろと思う 永久にだ あう…偽物相手だからか興奮しちゃった 君は俺と居ると…どう? 少しでも同じ気持ちだと嬉しいな… (どんな反応でも都合のいい方に拡大解釈) ずっと一緒にはいられないけど… それまでは君の味方だから この世では俺だけの君でいてね |
●イレギュラー
清浄な空気が満ちる克己洞の中、十の小さな洞の前で二人の男がもめている。
「ちょっ、何で一緒に入ろうとしてるんだよ! 交換するって言っただろ! 出させろっ」
と焦って千亞は、自分が虚像を現した洞に入ろうとする神人をぐいぐい押し出す。
「千亞さんが線香を灯した洞に私も一緒に入れば両手に千亞さん……! しかも狭いから密着!」
明智珠樹は真剣な声音で言う。
「なっ、アホなこと言うなー……っ。ダメに決まってんだろー!」
ウワンウワンと岩壁に千亞の声が反響する。
「ダメですかそうですか。残念ですね、ふふ」
ちっとも残念そうではない笑顔を浮かべ、すんなりと珠樹は身を引く。
「ったく……」
ぶつぶつ言いながら千亞が洞から出てきて、隣の洞に移ろうとする。
「しかし」
「え?」
ウサギの耳をピョコと立て、千亞は珠樹に振り返った。
「いえ、私の本音に興味を示してくださるなんて意外です、ふふ」
「それは……」
「?」
首を傾げた珠樹に、千亞は、
「なんでもないよ」
とぶっきらぼうに言い捨てて、洞へと進む。
「そうですか? どうぞ良き時間を」
胸に手を当て、ことさら丁寧な礼をして珠樹は千亞を見送った。
シャッとカーテンが閉まるのを確認し、珠樹はさっき入ろうと頑張っていた洞に体を滑らせる。
「おぉ、本当だ」
鏡の中には、手持ち無沙汰そうな虚像の千亞がいる。
「鏡の千亞さん。好きな食べ物は?!」
ズバァッと尋ねれば、すぐに。
「チョコレート」
答えが返るなり、矢継ぎ早に。
「好きな色は!?」
「濃いピンク」
間髪を入れず。
「巨乳派? 貧乳派?」
「び、美乳……」
などなどなど……。
どうでもよさそうな話ばかり尋ねた珠樹は、チラリと香立ての線香を見やる。
残された時間はあと僅かだった。
「千亞さん。では最後に……」
珠樹は少し眉を寄せ、痛そうに微笑むと尋ねる。
「千亞さん。私は、貴方の傍にいても良いですか?」
虚像が口を開く。その唇に珠樹は縋るような視線を注いだ――。
カーテンを閉め、そのまま握りしめる。
「……何が本当かわからなくなるから、本音が知りたいなんて、言えるわけ……ないだろ」
先ほどの『それは……』に続く言葉を珠樹の聞こえないところで千亞は吐き出した。
ぐるりと反転すれば、鏡の中に見知った男の『知らない』顔がある。
虚像の珠樹にはいつも浮かべている笑みがない。
「っ……」
こんな顔を見慣れていなくて、少し千亞は気後れした。
「珠……樹?」
「はい」
大真面目な声が返ってきて、なおさら緊張してしまう。
「…………」
真っ直ぐな視線が千亞を貫く。虚像はただ静かに、何の軽口も叩かずに、千亞の質問を待っていた。
(「そんな、目で見るの……反則だ……」)
耳を垂らし、千亞は頬を染めて視線をそらす。真剣に見つめられると、気恥ずかしい。
「え、えぇっと……」
なにか訊かなければ。そのために、虚像を交換したのに。
どんどん線香が燃えていく。
時間がない。
焦れば焦るほど言葉が出てこない。
からからになった口をなんとか動かして、目をつぶると千亞は叫ぶように言葉を絞り出した。
「珠樹っ! 恋とか、愛とか……わかんないけど、おまえと一緒は、楽しいっ!」
くすっと笑みが鏡からこぼれて、はっと千亞は目を虚像に向ける。
「千亞さん。それ質問じゃないですよ。そんな千亞さんが愛しいですが、ふふ」
ようやく穏やかな表情で、柔らかく応える珠樹に、千亞は頬をゆるめた。
「それが、お前の本音なんだな……」
どこかほっとした気持ちで、消え行く虚像を見送り、千亞は晴れ晴れとカーテンを開ける。
「お疲れ様でした」
すでに洞を出ていた珠樹が千亞を、いつもの笑顔で迎える。
「珠樹。僕に何を聞いた?」
「オネショは六歳ま……いたっ」
ドガッと遠慮のない蹴りをかまし、千亞は先程の穏やかな気持はどこへやら、真っ赤な顔で怒鳴る。
「何聞いてんだド変態!!」
「痛いですよ、千亞さん……」
などと言い返しながら、珠樹は虚像が真っ赤になりながら返した最後の答えを噛みしめていた。
――傍に居ろ。僕には珠樹が必要だ。
●知らぬが仏
「わぁ、ほんとにミストだー」
朗らかに交換した洞の中、スコット・アラガキは歓声を上げた。
悩みなどないが、本音の愛を聞いてほしいからミステリア=ミストをこの克己洞に連れてきたのだ。
交換したからには、自分もミストの虚像に語りかけよう、とスコットは笑顔で虚像に対峙する。
尋ねることはない。ただいつも通りの『好き』を伝えるだけだ。
「あのね、俺ほんとにミストのことが好き」
とうとうとスコットは愛を語り始めた。
「君を思うと胸がふくらんで……あっ胸筋のことじゃなくて。君のそばだと心がボールみたいに弾んじゃって……」
と朗らかに幼くて愛らしい恋心が語られるかとおもいきや、どんどん雲行きが怪しくなっていく。
「心が弾んじゃって誰かれ構わず殴り倒したい気分になるよ」
虚像の反応など見もせず、スコットは自分に酔ったように口を動かし続ける。
「離れてる時は不安で堪らないよ……。俺の愛を邪魔するすべては、苦痛の炎で生きながらに焼かれろと思う。永久にだ」
一瞬、底冷えのするような目になったスコットは、はっと我に返る。
「あう……偽物相手だからか興奮しちゃったぁ」
と頭を掻くスコットはいつも通りの朗らかな青年に戻っている。
「君は俺といると……どう? 少しでも同じ気持だと嬉しいな……?」
鏡のミストは無表情で呟く。
「てっきり……まっすぐ育ったと思ってたんだけどな」
スコットは聞こえなかったようだ。
「ずっと一緒にはいられないけど……。それまでは君の味方だから、この世では俺だけの君でいてね」
ね、と朗らかなのにどこか底冷えのするような目で、スコットは虚像に微笑みかけた。
洞のカーテンを閉めるなり、ミストの背中に底抜けに明るい声が届く。
「あ! ミストだ! 大好き!!!」
「……なんだよ、いつものスコットじゃねーか」
気抜けしたように呟き、ミストは鏡に近づく。
「虚像がこの態度ってことは、おまえ本当に裏表ないんだな。羨ましい性格」
「そう? よく言われるけど自分ではわかんないなー」
不思議そうに首を傾げるスコットの虚像に、ミストはヘッと鼻で笑う。
「嘘やお追従を言わなくていい奴しか口にできない台詞だな」
――本当に恵まれた奴だ。
ぐつっと腹の底が煮えかけて、ミストは胸に手を当てた。
(なーにイラついてんだ俺。こいつは家族を目の前で殺されたってのにまっすぐ育ったんだ。喜べよ)
知らず、顔が険しくなっていたらしい。
虚像がとても心配そうにミストを覗きこんでいた。
「な、なにか気に障ること言った? そうなら教えてね、直すから」
ことさら焦ってミストの機嫌を取ろうとするスコットを、ミストは冷えた目で見下ろす。
その視線を認め、スコットはますます目をうるませた。
「嫌わないで置いてかないで、ひとりぼっちはいやだよぉ!!」
ぼろりと流した涙にミストが驚いた途端、スコットは消えた。線香が立ちきれたのだ。
「……泣き顔なんて何年ぶりだ?」
泣いた神人を見て、不穏な気持ちが消えていく。
それは無心に慕われることへの優越感だったが、爽快さに任せ、ミストは理由に背を向ける。
(また甘やかしちまいそうな気がするな……)
ふっと口元に笑みを浮かべて、本物のスコットの元へ戻ろうとミストはカーテンに手をやった。
スコットの『深すぎる愛』は、ミストの偽物しか知らない――。
●自問自答
自分と全く同じ姿の真っ赤な髪と瞳を見つめ、アレクサンドル・リシャールは唸る。
彼には今、悩み事があった。
それをどう相談していいものやら、とアレクサンドルは懸命に言葉を探す。
そして、ようやく自分自身に尋ねた。
「……クレミーは他の人とも交流した方がいいんだよな」
もうひとりの自分は、先ほどの本物のアレクサンドルの逡巡とは裏腹に即答を返す。
「何も言わなかったら、このまま一緒にいてくれる。本人も別に不都合感じてないと思うけど」
自分と契約してくれた精霊、クレメンス・ヴァイスは、人付き合いに疎い。言ってしまえば、交流があるのはアレクサンドルとだけ。
それは、何もしなくても独占できる良い関係だ。
これはアレクサンドルの本音と理性の語り合い。
このまま、クレメンスを独占したい。でも、それはクレメンスにとって良いことだとは思えない……。
「でもそれって。俺がいいわけじゃない……選択肢ないだけじゃん」
クレメンスが交流してくれるのは、『アレクサンドルだから』ではなく『神人だから』だと、アレクサンドルは思っている。
もし、契約したのがアレクサンドルでない神人でも、クレメンスは今と同じようにその神人と仲良くしたのだろう。
そう思うとどこか切ない。
「仲良くしてくれてるけど、それだけだ。困らせるだけだろうけど……でも、伝えたいよな」
虚像が夢見るように上を見上げる。
「そうだ、な……」
アレクサンドルはぎゅうと拳を握ると、線香がまだ途中なのにもかかわらず、外へと飛び出したのだった。
ここは、自分しか居ない空間。
小さく溜め息を吐き、クレメンスはいつもは絶対に脱がないフードを外した。鏡に写る怜悧な美貌を見つめ、息を吹きかける。
自分の動きをトレースしなくなった虚像に、クレメンスは独り言のように言葉を投げた。
「人付き合いや、別にしたいと思うてへんよ」
「相手も怖いやろけど、あたしかて怖い。絶対にええ感情持って貰えんて判ってて、人に近寄りたいとは思えへんよ」
冷たい声が戻ってきて、答えているのは自分の本音だというのにクレメンスは気後れしてしまう。
「……そうやね……」
他人が怖いという気持ちは本物のはずなのに。なぜ、自分の虚像はあんなにも凍えた顔をしているのだろう。
「アレクスは、だいぶ変わった、もう怖がらせへんて言うてはったけど、慣れただけやろうね。アレクスが特別なんや」
自分の扱いは自分でもわからない、とクレメンスは思いながら、話題をアレクサンドルに変えた。
言外に、自分を怖がらせぬ扱いは誰にもできない、と匂わせながら。
すると、虚像はふぅわりと笑ったのだ。自分の本心を映し出す虚像の変化に、クレメンスは驚く。
「えっ」
「そうやね、アレクスは特別や」
花咲くような柔らかな微笑みを見て、クレメンスは頬を熱くする。
「こんな顔……見せてたんやね」
自分のことを自分がよくわかっていなかったんだ、そうクレメンスは自覚し、頬をひんやり冷えた手で包んだ。
ゆっくりと洞から出てきたクレメンスに、アレクサンドルは飛びつくように駆け寄った。
「クレミー!」
「わっ、どないしたん。もう出てたん……?」
自分も線香が燃え尽きる前に出てきたというのに、それよりずっと前に洞を出ていたらしいアレクサンドルに、クレメンスは首を傾げた。
「クレミー、俺っ……」
じっとクレメンスの顔を見つめ、アレクサンドルは告げる。
「クレミーが、好きだ」
はっと息を呑む声がフードの奥から漏れる。
それにすこし怯むものの、アレクサンドルは気を取り直して続ける。
「他に誰もいないからじゃなくて、俺がいいって思ってほしい」
真剣な声音で告げる。
しばらくの沈黙に、アレクサンドルはどうしたらいいのかわからなくなり、とうとう謝ってしまった。
「えっと、ごめんな?」
おろおろとアレクサンドルは言葉を重ねる。
「どうしても伝えたくなったんだ。その、気まずいかもだけど、仲良くしてくれると嬉しい」
クレメンスはフードの奥で微笑む。
そして、ただ無言で深く一度頷いた。
――今は、これが精一杯や。堪忍な、アレクス。
●どうか今はまだ
線香に火を付けて、香立てにそっと刺す。
ある強い決意を持って、初瀬=秀は鏡と相対していた。
「もうすぐ……一年になるのか」
精霊と出会って、それなりの年月を経た。いろいろあって、秀の心に浅からず彼は影響を与えている。
「このまま知らん振りし続けるわけにはいかないからな」
だから、鏡に息を吹きかける。
「……出たな」
もうひとりの自分と、心を見つめなおすために。
「結局……お誘いしていただいたのに、どういうところかよくわからないまま離れ離れになってしまいました……」
有無をいわさず秀が洞に入ってしまったので、イグニス=アルデバランはちょっと戸惑っていた。
もちろん線香を受け取った時に、妖狐から説明は受けているので、やるべきことがわからないわけではない。
「えっと、お供えして、息を吹きかけて……っと」
ふぅーっと曇った鏡の曇りが晴れるなり、イグニスの虚像が自分の動きとは別の動きになった。
「あ、動いた動いた。ええとこんにちは?」
ぺこんと頭を下げると、向こうも下げてくるから、これでは鏡と変わらない。
「うぅん、自分と向き合うって難しいですねー」
眉をハの字にしながらも、イグニスが持ち出す話題はひとつだけ。
「あの、去年の年末から秀様、時々寂しそうな顔をするんです」
「そうですね」
こくんと頷く虚像に、イグニスは首を傾げる。
「どうすればいいでしょうかね?」
虚像の返答は単純明快だった。迷いない笑顔できっぱりと真っ直ぐに答える。
「寂しいなら私が傍にいます。一人じゃないですよって、一人にしませんよって、私が秀様を支えます」
虚像は、イグニスが見ても眩しい笑顔で言い切る。
「だって私は秀様の騎士ですから!」
「ですよね!」
イグニスは大きく頷く。本音の自分がきっぱりと言ってくれるならもう迷いはない。
「難しいこと抜きで、素直になればいいんですよね! ありがとうございまし、消えちゃった……」
頭を下げる勢いが強すぎたか、線香が火種ごと灰を落としてしまって、虚像が消える。
とても短い『本音の自分』との逢瀬だったが、イグニスはちっとも惜しい気持ちではなかった。
もう道は見えたから、これ以上語り合う必要はない。
「……秀様の方は、どうでしょうか?」
できれば彼も、同じように道が見えると良い。とイグニスは祈るように願った。
「最初は、変なやつだと思った」
ぽつん、
「40過ぎの、強面のおっさんを『お姫様』扱いしてくるし」
ぽつん、ぽつん、と秀はイグニスについて、虚像の自分に語る。
「だけど」
「それでも」
黙ったままの秀の鏡像に、秀は口ごもりながらも訴え続けた。
「俺の中で、どんどんあいつの存在が大きくなっていく」
なぁ、と秀は顔を上げて『本音の自分』に目を合わせた。
「どうすればいい? どうしたいんだ、俺は?」
ようやく問いかけられて、しかし秀の鏡像は口ごもる。
本音の自分も、即答はできない質問だったのだ。
自分の中がどれだけ揺らいでいるか、思い知る。
「俺は……」
ようやく、鏡像が言葉を発する。
「俺は、あいつと一緒にいたい。あいつじゃなきゃ駄目なんだ」
鏡像は、眉を寄せた。
「もう、失うのは嫌だ……」
ズキンと秀の胸が痛む。ブーケだけ残して、彼女がいなくなった日の、真っ白な陽の光を思い出す。
「傷つくのは嫌だ」
鏡像の表情はもうあと一突きすれば、泣き出しそうだった。
「ひとりに、なりたくない」
こぼれた本音を拾い上げ、秀は鼻の奥が痛むのを気づかぬふりで、苦笑する。
「こんなに我儘だったかね、俺は。はは、ひっでえ顔だな……」
鏡像の自分を見て、秀は湿った声でくつくつ笑う。
「もう少しだけ、時間をくれよ。イグニス……」
いつか、きちんと。伝えられるまで。
――でも、それはさほど遠くない……。そんな気がするんだ。
●最後まで聞きたくない
ゼク=ファルを自分の虚像が待つ洞に入るよう促し、柊崎 直香は笑う。
「ほら、これで僕が嘘ナンテツイテナイヨってことを確認して、その疑心暗鬼をなんとかしなよ」
「嘘はついてないという言葉自体が既に……まあ、いい」
ここでぐだぐだと言い合っている間にも線香は燃えていくのだ。ゼクは言い募るのをやめて、洞の入り口を潜ろうとし……。
「僕の虚像にセクハラは駄目だぞ」
と声を投げられ、キッと振り向く。
「誰がセクハラなんかするか」
だがもう直香はゼクの虚像が映る洞の中、きっちりカーテンを閉めていた。
「……ったく……」
これだから、直香は。とゼクは心のなかで毒づきながらも今度こそ中に入った。
「……さて、嘘つきかどうかを証明といってもな……」
無表情の直香に新鮮さを感じながらも、ゼクは何と切り出したものか、と頭を掻く。
(今俺に嘘をついてるか、というのは……漠然としすぎか)
ならば、とゼクはようやく質問を投げる。
「俺に、隠していることはあるか?」
「あるよ」
ぶっきらぼうに直香の本音が答える。
「そうか。なら、それを俺に話す気は?」
「ないね」
無表情を一層凍りつかせて、直香の虚像は即答する。
だが、ゼクは予想外に頬を緩ませる。
「だろうな」
直香はその反応が意外なのか、眉を寄せる。
「お前に近づくのは容易じゃない」
ふ、と息を漏らし、ゼクは気楽に言葉を継ぐ。
「とりあえず今は、それだけでいい。これからのんびり距離を詰めて、壁を崩す……いや、溶かしていくとする」
ゼクの宣言を聞いた直香の虚像の表情は、ほんの少しだけ唇を曲げた。だが、その意図を読めない。
「キミ、いつもと違うね」
「そうだな。本物より、落ち着いて話せる。……いつもの軽口が無いせいか」
「無いと嬉しいの?」
冷たい問いかけに、ゼクは苦笑した。
「そういう時のお前は少々苦手だがな」
伸ばしかけた手を意志の力で引っ込めて。
「さーて、これがゼクの虚像かぁ。じゃ、現時点の最重要案件を尋ねよう」
真剣な面持ちで直香は質問を放った。
「……夕飯のハンバーグに何を混入させようとしてる?」
虚を突かれたようなゼクの虚像に、直香は畳み掛ける。
「出掛けに見た材料に不審点はないが、昨日おぞましき緑の物体(ピーマン)を購入してたね。白状したまえ」
「みじん切りにすれば気づかないだろ」
「気づくっての。うん、解決したね。満足満足……」
一刀両断し、直香はニコニコと線香を折りかける。
「……そんなことしか訊かないのか」
怪訝そうにゼクの虚像が直香に尋ねた。
「うん?」
線香に伸ばしかけた手を下ろし、直香は朗らかに虚像の問いに回答した。
「だって僕はキミに用無いもの。ゼクは素直で良い子なので嘘も隠し事もそう無いし。真面目な質問期待してたらごめんね」
ニコニコと笑顔の仮面をかぶって、直香は言葉を重ねる。
「それに。キミはさ、いつでも適当でふざけてて、なーんにも考えてない明るい直香ちゃんが、いいんでしょ?」
返事は聞かない。ゼクの虚像が答える前に、直香は線香を折り取った。
バクバクと心臓がうるさい。
「いいんでしょ」
返事は聞こえなかった。それでいい、それでいいんだ。
――それがいいんだ。
| 名前:明智珠樹 呼び名:珠樹、ド変態 |
名前:千亞 呼び名:千亞さん |



エピソード情報 |
|
|---|---|
| マスター | あき缶 |
| エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
| 男性用or女性用 | 男性のみ |
| エピソードジャンル | シリアス |
| エピソードタイプ | ショート |
| エピソードモード | ノーマル |
| シンパシー | 使用不可 |
| 難易度 | とても簡単 |
| 参加費 | 1,000ハートコイン |
| 参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
| 報酬 | なし |
| リリース日 | 02月06日 |
| 出発日 | 02月11日 00:00 |
| 予定納品日 | 02月21日 |

2015/02/10-23:41
異界の言葉でよろしくって意味だよ、スコットとミストでした!
2015/02/10-23:40
2015/02/10-07:28
アレックスと、相方のクレメンスだ。よろしくな。
俺は自分と話をする予定だ。
本音って絶対きれいじゃないだろうし、どうなるか怖くもあるな。
有意義な時間になるといいな。
2015/02/10-01:52
2015/02/10-00:05

