疵痕の記憶(あき缶 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●せせらぎの宿
 ルミノックス周辺の温泉郷から少し外れた山間にある小さな旅館『鴻鵠館』。
 一泊お一人様につき五千ジェールは下らない、知る人ぞ知る高級な温泉旅館だ。
 目玉は各部屋にある露天の源泉掛け流し檜風呂。眼下にせせらぐ川を眺めながら、森林に抱かれて入浴が出来る。
 今は紅葉も見えるだろう。
「そこの割引券があるんだ。行かないか?」
 とA.R.O.A.職員は君達にチケットを掲げて見せる。
「日帰り入浴を一人につき五百ジェールでご提供してもらえる券だぞ。二千ジェール払えば素泊まりだが宿泊も出来る」
 それはものすごくお得だ。普段五千ジェールのところを、素泊まりではあるが二千ジェールで泊まれるのだから。
「ここの湯は古傷に効くと言う。普段から激しい戦闘に身を投じてくれている君達のために、俺は一生懸命に宿の人と交渉したんだぜ!」
 どや顔で職員は胸を張った。
 用意できたのは、杏・桃・李・梅・桜の五部屋。それぞれの部屋にほぼ差異はなく、互いも隣り合っていないので、他所の音は聞こえない。
 部屋はお世辞にも広いとはいえないが、二人で過ごすには逆に狭いほうが距離が近くなっていいかもしれない。

 古傷に効く湯――誰しも、痕が残るほどの傷には何かしら思うことがあるだろう。湯に浸し、傷にまつわる感情を思い起こすのもいいかもしれない。

解説

表内容:部屋つき露天風呂で贅沢な命の洗濯をする。
裏内容:今までの戦闘や過去設定を傷痕にかこつけて振り返る。

●鴻鵠館
 山間にぽつんとある、とても静かな高級和風旅館。
 全室リバービューで、檜の露天風呂があることが自慢。

●料金
 日帰り(昼~夕方):500Jr/人
 宿泊(素泊まり):2000Jr/人

●部屋:杏・桃・李・梅・桜
 どの部屋もつくりは同じ、畳張りの和室。
 2人用なのであまり広くはありません。
 どの部屋がいいかは会議室で相談して決めるなり、
 GMに任せるなりご自由にどうぞ。
 部屋同士は離れているので、よその声は聞こえません。

●その他
 傷の記憶について、元になったリザルトがあれば番号で指定してください。
 風呂の中では飲み物のみOKです。
 全年齢対象のPBWですが、親密度判定で成功すれば、ちょっと大人な雰囲気もアリかも……?
 諸般の事情があるので、腰のタオルは死守してください。(お察しください)

ゲームマスターより

お世話になっております。あき缶でございます。
しんみりとかロマンチックとかそういう感じのリザルトになればいいなって。
ほら、「この傷をつけられたときもっと強くなりたいと思ったんだ」とか「この傷はトラウマだったけど君のおかげで克服できたんだ」とかそういう感じの……ねっ。
そういう感じのがやりたいハピエピです。
あき缶だって、たまにはそういうのやりたい。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

(桐華)

  素泊まりコース
浴衣タイプの湯浴み着装着
怪我してばっかりの桐華の労いに背中流してあげる
え?一緒に?入んないよ?狭いでしょ?
桐華がゆっくり寛いでる間に堪能するからお構いなくー
檜の匂い好きなんだよね。傍で浴槽に凭れて、手だけ突っ込んでる

背中流してあげつつ、お腹の辺りを手だけで確認
目で確かめるのは怖いけど、傷痕は、残ってないのかな…?
…傷、もう平気なんだよね
ごめんね。あの時は、完全に俺の采配ミスだった
無事で、良かった

…言うまで、このまま?
背中にくっつけば聞こえる心音が、安心できるから、それはそれで構わないけど…
……
桐華が二人目なんだって、言えば解ってくれる?
もういいでしょ。聞いても、なんにも変らないよ



高原 晃司(アイン=ストレイフ)
  まさかこんな高級旅館に泊まれるなんてな!
しかも露天風呂付き部屋!
これは入らねぇと損だよな!

…つってもその…今更だがアインに裸を見せるのは些か気恥ずかしさが…
って言ってもられねぇよな!
この気持ちは恋じゃねぇ!
この関係を壊しちゃいけねぇんだ

「よし!アイン風呂入るか!!」

アインの裸を見る
背中についた大きな引っかき傷は確か俺がガキの頃
オーガに襲われて守ってくれた時についた傷だ
「…俺は今も昔も守られてばっかだよな」
こんなどうしようもない俺を拾ってここまで育ててくれた
俺は次こそはアインを守れるようになりてぇ
大切な人を守れる男にならねぇと

「…ふぅーいい湯だなー」

だから恋心とかそういうのはいけねぇんだ


ハティ(ブリンド)
  眼鏡のないリンが珍しくて目で追ってしまう
戦闘以外でまともに見るのは初めてだ
背に見える傷跡も、新しいものなのか古いものなのか
その傷は痛むのか
そういえば俺に会う以前の話を聞いたことがない
若い連中。リンは何歳なんだろう
初めてだって言っただろう。大体そんな口説き文句があるのか?
リンの記憶力は知っているので咎める口調にはならない
武器を持ち替えた理由は問えない
俺が誓いを違えたら剣を持てなくなるように
俺に仲間が居たように、リンにもきっと

彼らの声を聞いた気がして目が覚める
部屋は静かで、荒れた心音が聞こえてしまわないか見回せば同じように窺う気配
そっちに行ってもいいか
…喋れと言ったり喋るなと言ったり
リンは難しいな


柳 大樹(クラウディオ)
  せっかくだし、のんびりしようか。
ご飯食べて時間置いてから露天風呂に入る。

左目の事は割り切れてないけど。
まあ、いい機会か。(眼帯を外す

「驚かないね。知ってた?」(無反応に少し安堵

言葉を聞きつつ、湯に浸かる。
「なら、契約の時にはもう知ってたのか」

これの原因ってのもあって。デミウルフは嫌いだよ。
それまでオーガとかどうでも良かったんだけどね。

あのデミウルフは目の前で倒されたし。もういないって解ってるんだけど。

前まで見えてたのに、もう無理なんだ。
鏡見る度に苛々する。

「偶に、羨ましくなる」
近づき、相手の左目の下を指でなぞる。

「いらない」
答えを返し、先に上がる。

話して少し楽になったかな。
今日はもう寝ようか。



エルド・Y・ルーク(ディナス・フォーシス)
  宿泊(素泊まり):4000Jr/2人
『どうやったらそんな筋肉がつくのか、間近で見て研究したい』相変わらず正直ですねぇ……

…案の定ではありますが、改めて全身に多数ついた傷をまじまじと見られるのは恥ずかしいですねぇ
その筋肉が嫉ましいと湯船に浮かべた盆から日本酒をごく飲みするのは構いませんが、後で悪酔いしますよ

ところで──その背中に、自分よりも激しく大きな傷が付いているのは聞いても良いですか、ディナス

酔いも覚めやらぬ消灯した後、何を思ったのか彼が同じ布団に入ってきて布団に頭まで隠し言いました

…。…だから悪酔いすると言ったでしょう
狭い布団となってしまいましたが…こんな時があっても良いのかもしれませんね



●杏の間
 まっさらな畳の香りが高原 晃司の鼻腔をくすぐる。障子から柔らかな陽の光が差し込む部屋に入り、晃司は満面の笑みを浮かべた。
「まさかこんな高級旅館に泊まれるなんてな! しかも露天風呂付き部屋!」
「A.R.O.A.も中々に太っ腹ですね」
 ここは高級温泉旅館『鴻鵠館』。普段は手の届かないくらいのグレードを誇る宿だが、アイン=ストレイフの言うとおり、今回はA.R.O.A.の尽力により素泊まりだが格安で宿泊することが出来るのだ。
 パンと障子を開けば、丸い窓の向こうには見事な紅葉が鮮やかに網膜を刺す。
「すげえ」
 感嘆の息を吐き、晃司は荷物を片付けているアインに向き直る。
「なあ、せっかく露天風呂がついてるんだ。入らねぇと損だよな!」
 アインは頷く。
「ゆっくり浸かって日頃の疲れも癒してしまいましょう」
 その返答に満足そうに大きく頷き返し、晃司は大声で言う。
「よし! アイン風呂入るか!!」
 そのままズンズンと脱衣場へ向かった。
 パパッと服を脱ぎ始めた晃司だが、追いついたアインが脱ぎ始めたのに気づき、急に羞恥が湧き上がるのを覚えた。
(今更だがアインに裸を見せるのは些か気恥ずかしさが……)
 晃司は自然な動きでタオルを腰に巻く。
「? 家族なんだからタオルは要らない気がするのですが……」
 アインは怪訝そうな顔をするが、あまり深く問い詰めるつもりもないのだろう。
 自分はささっと脱いで、
「では晃司。先に入ってますね」
 と酒の盆を下げて、湯船へのドアを開けて出て行った。
「……うん、俺も行こう!」
 晃司は羞恥をパンと頬を叩くことで払い、アインに続いた。
(この気持ちは恋じゃねぇ! この関係を壊しちゃいけねぇんだ)
 外の湯船は、せせらぐ清流を眼下に見、周囲は真っ赤な紅葉に包まれていて、見事の一言であった。
「二人でも十分余裕がありますよ。どうぞ」
 アインは動いて、晃司が入れる余地を作ってやる。
 とぷんと暖かくトロリとした湯が晃司を包んでくれる。
「ふぅー……いい湯だなぁ」
「そうですね……古傷に対して有用らしいですから晃司もよく浸かるといいですよ。ウィンクルムをはじめてから晃司もあちこちに傷を作っていますからね」
 とアインは痛そうな視線を晃司の肌に向けた。
(本当は危ない事はあんまりして欲しくないのですがね……。やたらと前に出たがるのは何か理由があっての事なんでしょうかね……?)
「……そっちこそ……」
 晃司は思わずアインの背を覗きこむ。彼の背に、大きく引き連れている引っかき傷こそ、晃司を救った時についたもの。
 子供の晃司をオーガの手から救い出した。あの時から二人の関係は始まっているのだ。
「俺は今も昔も守られてばっかだよな……」
 ぽつんと晃司は零した。
 ずっとここまで大きくしてもらっただけでなく、顕現した晃司を契約精霊として守り抜いてきてくれたアイン。
(俺は次こそはアインを守れるようになりてぇ。大切な人を守れる男にならねぇと……)
 ぐっと湯の中で握った拳を見下ろし、晃司は決意を固める。
 だが、晃司を見ていると湧き上がるであろう激情を抑えるために目を閉じていたアインは、それに気づくことはなかった。
 川がせせらぐ音、湯船に新鮮な湯が流れ込んでくる音、そして何より体を芯から温めてくれる温泉の感触がアインを癒してくれる――。

●桃の間
「そんなじっと見てんじゃねえよ」
 檜の湯船に背を預けていたブリンドは、眉をひそめて目を開き、ハティの方へ瞳を向けた。
 バチリと合う視線にブリンドは溜息を吐く。
(こいつは真っ直ぐ見過ぎる……)
 気後れするほどに真摯で真っ直ぐだ。
「眼鏡がないリンが珍しくて」
「あんだよ、変か?」
「戦闘以外でまともに見るのは初めてだ」
 もう一度ブリンドは溜息を吐いた。――バカ正直。
 呆れたブリンドは、制止する気も失せて、寝返りのようにハティに背を向けると、また目を閉じた。
 ハティは顕になった彼の背を見て、一つまばたきをした。
(……傷だ。新しいものなのか古いものなのか)
「リン」
「こんどは何だ」
 ブリンドは姿勢を変えることもなく、声だけで応答する。
「その傷は痛むのか」
 ハティが言う『その』が何を指すのか、一瞬考えたブリンドだが、彼は察しが良いから一拍の間の後、返事をする。
「…………お前に会うより前に出来た傷だ」
「会う前……」
 そういえば、ハティはこの精霊のことをほとんど何も知らない。
 何歳なのか、正しい年齢も知らない。ましてや出会う前のことなんて、何一つ。
「ずっとガンナーだったわけじゃねえしな。武器は横流ししてもらってあるモン使ってたんだ。あの時は誰も見てねえと思ったが、そうじゃなかった。若い連中が真似してな」
 今、銃を手にとっている理由は、あの時の苦い思い出が起因する。銃なら、刃物よりは遠くに届くはずだと、思ったから――。
 ハティは不思議に、何故ガンナーになったかは問うてこなかった。
「お前もウィンクルムになったんだ。人前でほいほい命の安売りすんじゃねーぞ」
 ハティからそっぽを向いたまま、ブリンドは投げやりな口調で言ってやる。
「?」
 何のことなのかと首を傾げているのは、見なくてもわかるから、ブリンドは投げやりなまま続ける。
「『我が剣は汝の隣に』……剣士サマはああして口説くのかと思った」
 それは羽根の約束。ハティは真面目に返す。
「初めてだって言っただろう。大体そんな口説き文句があるのか?」
 ブリンドは返事をしない。
 沈黙の中をせせらぎと湯の注ぐ音だけが響くが、気まずくはない。
(……俺に仲間が居たように、リンにもきっと)
 ハティの脳裏に、自警団の頃の思い出がよぎる。
 考えていると、思考と過去の思い出に沈んで溺れてしまいそうで。ハティはパシャンと顔に湯をかけた。

 夜が更けて、森のなかの虫もすっかり寝静まって耳が痛くなるほど静かな部屋では、目を開いた音さえ響きそうだった。
「……」
 目を見開いたハティは、己の暴れる心音に思わず胸を押さえた。
 昼、思い出したからだ。懐かしい声を聞いた気がして、そして顕現するまでの思い出すら引き起こされて。
「リン……そっちに行ってもいいか」
 隣の布団の主は起きている。それは気配で分かっているから、ハティは遠慮がちに声をかけた。
(必要なことは言わねーのに要らねえ確認が多い)
 ブリンドは寝返りをうって、ハティの方を向くと、かけ布団を持ち上げた。
「うっせー。寒ィだろうがさっさと入れ」
 ハティは起き上がると、ブリンドの布団へと這って行く。
「喋れと言ったり、喋るなと言ったり……リンは難しいな」
 潜り込んできた赤毛の青年の口をいかに黙らせようか。ブリンドは悩み、一瞬浮かんだ考えは脳内で蹴り飛ばして、掌でハティの口を覆った。
「あーもーうっせー。黙って寝ろ」
 唇で塞ぐなんて、アホくさいアイデアは、考えついた事実すら消去してしまいたい。ブリンドはガシガシ己の頭をかいて、目を閉じると、大きく息を吐いた。

●李の間
 ちゃぷん、ちゃぷん、と湯をかき回して遊ぶ手には契約の紋章。
 自分だけ湯船の中に使っている桐華は、手の主を見て眉を寄せた。
「入らないのか」
「え? 一緒に? 入んないよ? 狭いでしょ?」
 きょとんとする演技が上手な叶は、しれっと言って、湯船にもたれたまま、紅葉を楽しんでいる。
「桐華がゆっくり寛いでる間に堪能するからお構いなくー」
 湯浴み着を着た叶の機嫌はよさそうだ。木の香りが心地よく、手に当たる柔らかな湯も気持ちがいいからだろう。
「で、左手だけ突っ込んでるそれは無意識か。お前のそれは、傷じゃねぇだろ」
 湯の屈折で歪む紋章を見つめ、桐華は問う。
 だが叶は無表情に言う。
「……傷だよ。これがなきゃ、なくさずに済んだんだもの」
(それは、『出会わなきゃよかったなんて後悔』の話に関係する話か?)
 桐華はむすっと黙りこむ。
 彼が叶について知っていることは、とても少ない。指折り数えても片手で数えきれて、余りが出る。この『出会わなきゃよかったなんて後悔』すら、桐華は内容を知らないのだ。
「ねえ、怪我してばっかりの桐華の労いに背中流してあげる」
 おもむろに立ち上がった叶が手を差し伸べてくる。その顔はいつもどおりの何を考えているのかわからない笑顔で、桐華は何も言えないまま、唯々諾々と立ち上がった。

 桐華を木の椅子に座らせ、叶は泡立てたタオルを優しく彼の肌にすべらせる。
「……」
 背中は普通に洗い終わって、叶は少し震える手を精霊の腹部へ送る。
「傷……もう、平気なんだよね……?」
 囁くように尋ねられた。
 桐華は、以前ライブハウスの天井でオーガの蹴爪によって穴を開けられた。
 目の当たりにするのが怖くて、叶は桐華の背中だけ見つめる。傷痕は残っているのだろうか。救急搬送してもらうほどの怪我だったが。
「ごめんね。あの時は、完全に俺の采配ミスだった。無事で、良かった」
 桐華は己の腹に視線を落とす。まだ完全に痕すら無くなったとは言えないが、大分うっすらとしていて、言われなければ気づかれないだろう。
「まだ心配してんのか」
 桐華は溜息を吐いた。
「お前は自分の怪我の心配なんてさせなかったくせに。ていうかお前より俺の方が頑丈なんだからちゃんと護……」
 バサァッ。
 頭から汲み湯をぶっかけられ、桐華の言葉は途中で強制終了させられた。
 むっとしてとうとう桐華は叶に振り向く。
 叶の顔は無表情だった。心に壁を作っている時の顔だ。
「……何でそう護られるの嫌いなわけ」
 答えを期待せず、しかし抗議の意を込めて桐華は尋ね、そして案の定答えない神人の手を掴んだ。
 ぐいと引き寄せ、桐華の背中に胸を当てる体勢になった叶の顔を覗きこみ、強く言う。
「言うまで離さない」
「……言うまで、このまま? 背中にくっつけば聞こえる心音が、安心できるから、それはそれで構わないけど……」
 と強がってみたものの、濡れた体に外の空気は冷たくて、なのに桐華は動くつもりがちっともなくて。
 二人の間だけが熱くて、どきどきとした心音から全てを読まれてしまいそうで。
 このままではふたりとも風邪をひくと、叶はとうとう音を上げる。
「ああもう。桐華が二人目なんだって、言えば解ってくれる? もういいでしょ。聞いても、なんにも変らないよ」
 答えながらぐいぐいと腕を引けば、あっけなく手を離されて。
 桐華は叶の方を見ないで、前を睨みつけるまでに見据えて呟く。
「……変わるよ。すげぇ妬けた」
 あの一言だけの答えで、桐華は推測できる。詳細はわからずとも、叶は、護られて傷ついたのだ――と。

●梅の間
 がさりと食べきったハンバーガーの包み紙を丸めて、ビニール袋に押し込むと柳 大樹は、残ったコーラを飲み干して、クラウディオに声をかける。
「あとちょっと休憩したら、お風呂入ろうか。泊まりだからのんびりできるよ」
 クラウディオは静かに頷いた。
 静かな旅館に、静かな精霊、その静寂は別に嫌いでもなし自分自身も五月蝿い方ではない大樹。
 だから、紅葉同士が風で擦れて散る音すら聞こえてきそうだ。
 クラウディオはただ大樹を眺めた。
 この温泉の湯が古傷に効くという話を聞いてから、大樹がどこか儚い。いや、儚いというほど脆くはない。どこか存在感が薄いのだ。心が魂がどこか遠くにあるような……。
「クロちゃん、そろそろ入ろっか」
 ゆっくり畳から腰を上げ、大樹が言うので、クラウディオも立ち上がる。
 脱衣場で大樹は己の左瞼を覆う眼帯に手をかける。
(まだ割り切れてないけど、まぁ、いい機会か)
 ゆっくり外し、そして義眼を外して専用のケースの液体に沈めた。
 柄にもなく探っていたが、クラウディオに驚いた気配はない。
「……驚かないね。知ってた?」
 尋ねると、クラウディオは頷きだけを返した。
「そう」
 安堵感を胸に、大樹はクラウディオに背を向けて、既に夜になりつつある露天へと出て行く。
 クラウディオはそれを見送り、呟いた。
「なぜ私に見せた……」
 表向き、家族しか知らぬことを。知らずとも良いことを。
 湯へクラウディオを迎えた大樹は、もう一度、
「なんで知ってたの?」
 ぺこりと凹んだ左瞼を指さし、大樹はあくまで軽い口調で尋ねた。
(告げる事と告げない事では、正しいのはどちらだろうな)
 クラウディオは少し悩んだものの、真面目に答えた。
「お前の『資料』に記載がある故に知っている」
「なら、契約の時にはもう知ってたのか」
 なんだか気抜けした感覚を覚え、大樹は肩を湯に沈めた。
 デミウルフに奪われた眼球。それ故に、デミウルフの事件では、調子が狂う。
「……それまでオーガとか、どうでも良かったんだけどね」
 大樹を傷つけたデミは、大樹の目の前で死んだ。だからもう居ない。分かっている。だが、デミウルフを見ると苛立つ。
 思い知らされるのだ。
「……前まで見えてたのに、もう無理なんだ」
 と。
「見るたびにイライラする」
 湯の水面、水鏡にうつる隻眼の自分を見下ろし、大樹は普段より感情の乗った声を出した。
 クラウディオは何も言わない。ただ黙って、大樹を見守っている。
(綺麗な体だ。私とは違う)
 クラウディオの体は、今までの任務や訓練によって負った傷の痕だらけだ。
 大樹は眉を寄せると、クラウディオにいざりよった。
「偶に、羨ましくなる」
 伸ばす手が、クラウディオの頬を撫で上げ、左目のすぐ下に親指を押し付ける。
 このままぐっと圧をかければ、眼球をくりだせるだろうか。
 それでもクラウディオは動かない。ただ受け入れ、そして、大分間を置いてからポツンと尋ねた。
「欲しいのか」
 希薄だった大樹の気配がその途端確実になる。
「いらない」
 ふっと笑い、大樹はザバリと勢い良く立ち上がった。
「先出てる。クロちゃん、のぼせないうちに上がりなよ」
 そう言う彼はずいぶん機嫌が良さそうだった。ぺたぺたと行ってしまう神人をまた見送って、クラウディオは何度か目を瞬かせた。
(……何故……?)

 布団の中で、クラウディオは己の左目に手を当てる。
(何故、僅かといえ笑った。妬ましいのではないのか)
 彼がわからない。分からない。分からないことを是と出来ない。
「……私には何が不足している……」
 夜闇へクラウディオの戸惑いと自問は溶けこんでいった。

●桜の間
 エルド・Y・ルークは困ったように、自分の体を眺め回してくる精霊に声をかけた。
「筋肉より川を見たらどうですか。良い景色ですよ」
 一緒に風呂に入ろうと言われた時はさすがに戸惑ったが、その理由が『どうやったらそんな筋肉がつくのか、間近で見て研究したい』と何の衒いもない理由だったのは、正直すぎて脱力した。
 そして、まんまその通りにジロジロと体中に視線を巡らされれば、さすがのエルドも恥ずかしい。
「あぁ、そうですね」
 酒をぐいぐい飲みながら、ディナス・フォーシスはエルドの言うとおりに川へと視線の向ける先を変えた。
(ミスターの筋肉も然る事ながら、全身についた傷痕には圧巻の一言です。これは到底なれそうにありません)
 酒はどこか自棄の様相を呈してきていた。
「ああ、ごく飲みするのは構いませんが後で悪酔いしますよ」
 エルドが心配そうに声をかける。
(また子供扱いをして……まぁ年齢差を考えればしょうがないのかもしれませんが!)
 ディナスがむうっと眉を寄せていると、エルドは先程とは違うトーンで質問を向けてきた。
「ところで──その背中に、自分よりも激しく大きな傷が付いているのは聞いても良いですか、ディナス」
 その質問の意味を、酔いが回った頭で理解した瞬間、酔いが覚める。
「……デミに家を襲われた時の傷です。寒い冬の事です。自分でも忘れていました」
 彼の質問には的確に答えたが、ディナスは視線を川に落としたままだ。拒絶するような背中に、器の広いエルドは無理強いをしない。
 そうですか、と静かに返し、そして何事もなかったように別の話題を挙げた。

 夜、ディナスは十何回目かの寝返りを打った。
 酒も入って、温かい温泉に長く浸かったはずなのに、寒い。あの寒い日のように凍る思いがして――寝付けない。
 もそもそとディナスは隣に布団を延べているエルドの方へと向かう。
「ミスター」
「ん? ……どうしました、ディナス……」
 静かに優しく返されたディナスは、エルドの掛け布団と敷き布団の間に顔を突っ込むとモゴモゴと言う。
「ミスター、寒いのでこのまま眠っても良いですか」
「……」
 瞠目したエルドだが、動揺は露わにせず、優しく言う。
「……だから悪酔いすると言ったでしょう」
 全部酔いのせいにしてやることが、優しさだ。
 入ってきた精霊にそっと腕を回してやる。
 ディナスから小さく漏れた安堵の溜息はきっと無意識のものだろう。
 さっきまでの不眠が嘘のように、すぐに寝入ってしまったファータの寝顔を眺め、エルドはクスリと笑う。
(狭い布団となってしまいましたが……こんな時があっても良いのかもしれませんね)
「ディナス、良い夢を」
 エルドはそう囁いて、彼をちゃんと覆うように布団をかけ直してやった。

 静かな温泉旅館には、絶え間なく川のせせらぎだけが、優しく優しく聞こえていた。



依頼結果:成功
MVP
名前:
呼び名:叶
  名前:桐華
呼び名:桐華、桐華さん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター あき缶
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月07日
出発日 11月15日 00:00
予定納品日 11月25日

参加者

会議室

  • [7]エルド・Y・ルーク

    2014/11/12-23:07 

    和風の高級旅館とは素敵ですねぇ。
    ええ、どこもお同じ間取りでしたら、こちらも任意の部屋に入らせて頂けれどもと思いますよ。

    こちらも素泊まり予定です。せっかくの温泉ですからゆっくり過ごしていきたいと思っておりますよ。

  • [6]高原 晃司

    2014/11/12-16:20 

    高級旅館に泊まるって中々できねぇ事だよな!
    折角なんで素泊まりをしようかと思ってるぜ

    飯どうするかはまだ決めてない晃司だぜ
    よろしくな!

  • [5]ハティ

    2014/11/12-05:49 

    割引券があると聞いて。ハティとブリンドだ。よろしく。
    部屋の中にロテン風呂があるのか。さすが高級旅館は格が違うな。
    俺達も泊まりを予定している。せっかくの機会だ。
    部屋の希望は特にないので、空いているところ(おまかせ)になると思う。

  • [4]叶

    2014/11/10-22:16 

    使い所に困ってたスタンプ使いたかっただけー。
    でも何となく内緒話の多そうな予感。

    そんな感じの叶と桐華さんです宜しくねー。
    僕らも素泊まりコースで行こうかな。高級旅館の雰囲気目一杯堪能していきたいし!
    でも素泊まりだしご飯ないんだよね…残念。現地で美味しいものさがそう。

  • [3]叶

    2014/11/10-22:12 

  • [2]柳 大樹

    2014/11/10-12:45 

    柳大樹でーす。よろしくー。(右手をひらひら振る

    高級旅館で温泉に浸かれるなんて、滅多に無いからね。
    入らせて貰ったよ。

    宿泊が1人2000Jrだから、2人だと4000Jrもかかるのか。さっすが高級旅館。
    よし、日帰りもめんどくさいし。泊まることにする。

  • [1]エルド・Y・ルーク

    2014/11/10-08:35 


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