


桜並木が立ち並ぶ通りの茶屋で、足を止める。
『巷で 評判の桜餅』
そんな掛け看板に興味を引かれた。
「休んでいく?」
そう、声をかける。
店の前に置かれた長椅子に腰を掛けると、店内から売り子が注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「じゃあ、その巷で評判の桜餅を2つ」
「え」
「え?」
売り子は桜餅のオーダーが聞こえなかったようだ。
「桜餅を……」
「かしこまりましたッ!」
注文を書き取ると、慌てて店を入っていく。
少しして、大慌てで売り子が戻ってきた。
「お飲み物はどうされます、がっ!?」
噛んだ――。
恥ずかしかったのか、売り子はもはやしどろもどろだ。
「なにがあるんだろう?」
飲み物のメニューらしき一覧を、やはり慌てて引っ張り出す。
桜餅の注文をしてから、慌て過ぎではないだろうか。
メニューを見る。
「おすすめは熱湯溶岩茶でございますッ」
「それは人が口にできるものなの……?」
「火傷をするだけでございますッ」
だめな気がする。
普通のお茶を頼んで、桜餅を待つ。
桜並木が見えることから、待っている間も退屈はなかった。
「お待たせしました」
桜餅とお茶が運ばれてくる。
手に取り、違和感に気付く。
――そういえば。
評判の店の割に、客がいない気がする。
なにやら見られている気もする。
「いただきます」
隣でパートナーが、嬉しそうに桜餅に口を付けた。
――気のせいかな。
思って、桜餅を食べようとした直後。
「!!??!!??」
隣でパートナーが激しく咽た。
「だ、大丈夫!?」
お茶を差し出す。
が、パートナーは首を傾げた。
「あなた、誰?」
なんてことだ。
「誰って、ほら……」
「ごめんなさい、分からないんだけど」
――これはまずい。
「ちょっと売り子さん、これどういうこと!?」
売り子を呼んでみたが、原因など分かるはずが……。
「うちの桜餅、巷で不味いと評判なんです……」
「え?」
思わず看板を見た。
あの不自然な空白は『不味い』を隠した跡だったようだ。
先ほど感じた視線も、多分このせいだ。
「どうするの、これ。相方が記憶ないんだけど!」
「ですから、熱湯溶岩茶を……」
「ばかなの!?」
ああ、でもよく考えてみると、メニューには刺激の強そうな飲み物が多かった。
ひょっとすると。
「治療はショック療法が手っ取り早いです」
――これは、本気で困った。


巷で不味いと評判の桜餅を食べてしまい、あまりの不味さに、ショックで記憶を一時的に失くしてしまったようです。
食べるのは神人さん、精霊さん、どちらでも大丈夫です。
治療方法としては、店が出すドリンクを飲ませるのが手っ取り早いです。
飲み物メニュー
(番号指定でどうぞ)
1.熱湯溶岩茶(ありえないくらい熱いので、火傷必須です)
2.爽快下り龍野菜ジュース(どういうわけか飲んだ後はお腹を壊します)
3.海の欠片一掴み☆フルーツジュース(しょっぱ過ぎるので、後々の喉の渇きがひたすら心配です)
他にも何か衝撃を与えられるものであれば、治るかもしれません。
例えばキスとか。キスとか。キスとか。
あるいは地道に自分は何某かを説明すれば思い出すはずです。
忘れているのはパートナーに関することだけです。
以下、PL情報。
翌日には全て思い出してケロッとしています。たとえ茶屋で思い出すことが出来なくても大丈夫です。
記憶がない間のことはすべて忘れてくれます。キスしちゃったら、一人で悶々とするだけです、大丈夫!
ウィンクルムさん頑張って!
不味い桜餅のお代、300Jrが必要です。
まるで味の想像がつきません。
そしていつも挨拶を忘れています、杜御田です。
笑い飛ばせるような内容を想定していますが、ガチめもノープロブレムです。
素敵なプランをお待ちしていますね!


◆アクション・プラン
月野 輝(アルベルト)
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記憶喪失… いつもなら先に食べてたのは自分だろうと思うとゾッとする 不審に感じたおかげ…とはいえ、アルが ね、ほんとに分からないの? パートナーの神人の輝よ? いくら説明しても首を傾げるアル いつもみたいにからかいの色が瞳にあればと思ったけど 本気で分からない? でも飲み物、どれも後遺症残りそうで不安 私が記憶を失ってたら確実にアルがやりそうな方法があるんだけど それってアルには効果薄そうで うん、でもダメ元よっダメ元! 自分に言い聞かせてアルの首に腕を掛けて思い切って唇を重ねる お願い、思い出してっ! 良かった思い出してくれた… え、どんな方法って な、内緒っ! 顔がとても熱くなっていく だって自分からしたの初めてなんだもの… |
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忘 …え、えっと… 誰だか分からない、けど 特徴的な耳と少しだけ幼さの残る整った顔立ちに一瞬釘づけになる …王子様、みたい… 慌てて視線を逸らす ドキドキし過ぎて胸が痛い …ユ…ユキ…? おどおど呼んでみながら 名前もだけどぴったりの綽名だな、と思う 事情を説明されたけどなかなか飲み込みきれない 私なんかが、こんな素敵な方の神人で…お、お付き合いまでしているなんて… 頬染め伏し目 触れられて 驚きはしたけど不思議と怖くも不快でもない おずおず見上げれば悲しげな表情に胸が痛む だけど、どうすればいいのか分からなくて ぎゅっと目を瞑る 記憶戻れば一気に赤面 (あ、あれって、まさか) …す、スノー、くん…あの…その…さっきの、って… |
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(内的ショックで記憶を無くすって、どんだけ不味いんですかこれ…!) 「ちょっと待っててくださいね」 無表情だが内心焦りまくり (えーと、ショック療法、ショック療法…) 飲み物メニューを見てどれでもいいと考え、売り子に声をかけかけ、ふと思い留まる (…不味いもの、は…うーん、外的ショックでも、大丈夫でしょうか) しばし考えてから決意 「これは私がやりたいからじゃなくてセリングさんの為ですからそこのところよろしくお願いします」 早口で捲くし立て「失礼します!」と叫び頭を全力でスパーンと叩く 思い出したらほっとして、駄目ならしょんぼりして謝罪 「『食』を仕事にされてるから、これ以上不味いものは辛いんじゃないかと思って」 |
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美味しい桜餅で羽純くんとほっこりするつもりだったのに 羽純くんが私の事を忘れちゃうなんて… 治療はショック療法… 羽純くんに思い出して欲しい けど、彼に辛い思いはさせたくないし…どうしたら…! 羽純くんの言葉に思わずほろりと…こんな時でも羽純くんは優しい だからこそ、彼のよそよそしい視線が態度が悲しい 私は貴方の恋人ですって言いたいけど…反応が怖くて言えなくて… あの…一つお願いがあるの 少しの間…目を閉じてくれる?お願いします…! 彼に頭を下げたら、目を閉じてくれて… 勇気を出して、彼にキス お願い、私の事を思い出して…そう祈りながら 記憶を取り戻した羽純くんにほっとして涙が 良かった…羽純くんが私の事思い出してくれて |
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ショック療法とは、また随分と荒療治ですね しかも飲ませるにはしのびない品ばかり かといって、忘れられたままは当然嫌 他に何か心身に安全なショック療法をと黙考 精霊を見つめて目に留まったのは、まだ重ねたことの無い、彼の形の良い唇 はっとして目を伏せる …たっ確かに、ショック療法…ですがっ 初めてのキスが本当にそれでいいのか、しかも自分から? だが大きな衝撃となるだろうこともわかる ならば ジューンの記憶を戻すため、です(決意 き、キスと言っても!その!本当に、ほんの少しだけ…触れるというか、あの… 次第に小さくなる声と、真っ赤になって俯いていく空 ごめんなさい、勝手なことをして 精霊の言葉に安堵 嫌われなくて…良かった、です |
●
出された桜餅はいたって普通だった。外見こそは。
しかし、アルベルトはどこか不審に思い、月野 輝より先に手を付けた。結果として、輝はそれを食べなくて済んだのだが。
(いつもなら私が先に食べていたはずよね……)
思って、ぞっとする。
なぜなら、アルベルトがまるで輝を認識していないからだ。
アルベルトは輝の問いかけに首を傾げている。
「ね、ほんとに分からないの?」
「どこかで会ったような気がしなくもないですが、やっぱり気のせいではないですかね」
完全に忘れているようだ。
その証拠に、輝に対して敬語を使っている。
「パートナーの神人の輝よ?」
「確かにわたしは精霊だが、ウィンクルムになった覚えもないのですが」
先程から、ずっとこの調子だ。
瞳をどれだけ覗き込んでみても、いつものような揶揄すような色はない。
(本気で分からない……?)
契約すら覚えていないのなら、そこから先にある――例えば淡い感情なども、当然抜け落ちていることだろう。
売り子はショック療法に飲み物を、と勧めてくるが、どれも後遺症になりそうなものばかりだ。
とてもではないがアルベルトに飲ませる訳にはいかない。
もしも。
同じように輝が記憶を失くしたとして。
アルベルトならどうするだろうかを考える。一つ。思い浮かぶものはある。
だが、それが本当にアルベルトに対して効果的かと言われれば、どちらかと言えば効果薄。
ショック療法には程遠いように感じる。
しばらく逡巡していると、ふっと笑われた気がした。
「な、なに?」
「いいえ、なんでも」
アルベルトはそう言って視線を外す。
――必死な顔が好みだと思った自分が滑稽に思えて、思わず笑ってしまったのだが。
目の前で、彼女は相変わらず必死な様子だ。
「ね、ほんとに、ほんとに、分からないのよね?」
「そう言ってるつもりですが」
効果は薄いかもしれない。
だが、今はこれしか思いつかない。
「そう、よね……」
先のことは後で考えよう。
(うん、ダメ元よ、ダメ元!)
そう言い聞かせて、アルベルトの首に腕を掛ける。
アルベルトが不思議そうな目を向けるが、今は気にせず、思い切って唇を重ねる。
(お願い、思い出してっ!)
祈るように、胸中に呟く。
少しして離れた輝を、アルベルトはやはり不思議そうな目で見ている。
落ちる沈黙――。
(やっぱりダメだった……?)
恐る恐るアルベルトを見上げる。
「……輝? 何をして――」
今、彼は名前を呼んだだろうか。
胸の内側に、ほんのりと熱を感じる。
「良かった、思い出してくれた……」
「思い出す?」
一度言葉を反芻して、アルベルトはその意味を察したようだ。
「私が輝を忘れていた……?」
不覚にも程がある、と、アルベルトは苦虫を噛み潰したような顔を一瞬見せたが、即座に切り替えて問い直す。
「どんな方法で戻したんだ?」
「え、どんな方法って……、な、内緒!」
(自分からしたのなんて、初めてなんだもの……)
真っ赤になる顔を両手で隠す輝に、その方法も何となく察せてしまう。
だから敢えて言わずに。
「ありがとう」
そう告げて、笑う。
●
ジュニール カステルブランチの目が、秋野 空に向けられている。
けれど、それはいつもの愛情深い瞳ではない。知らない人を見る、そんな目だ。
まさか桜餅を食べて記憶を失くすなど、誰が思うだろうか。
「ショック療法とは、また随分と荒療治ですね」
売り子の言葉に空は眉を顰める。
しかも、手近でショックを与えるために、と出されたメニューは、飲ませるにはしのびないものばかりだ。
正直、ジュニールに飲ませたくはない。だが、だからと言ってジュニールに忘れられたままでいいはずもない。
「他に何か、安全なショック療法があればいいのですが……」
安全に刺激を与える方法など、そうそう見つかるはずもない。
黙考を重ね、ジュニールをじっと見つめる。
ふと唇に目を止めて、一つの閃きを感じたが、即座に目を伏せた。
(……たっ、確かに、ショック療法……ですがっ)
思いついたことに恥ずかしくなる。
間違いではないのだが、キスなどしたことがない。初めてのキスを、しかも自分から、ましてこんな形でしていいものなのか。
ただ、大きな衝撃になることは確かだ。しかも思いつく限りで、極めて身体的に安全。
(ジューンの記憶を戻すため、です)
言い聞かせるように、胸中に呟いて、ジュニールを見る。
「どうしました?」
ジュニールの言葉に、空が立ち上がる。
「……ごめんなさい、ジューン」
辛うじて聞き取れた謝罪の声と、甘く優しい香水の香り。
不安げに揺れる瞳がそっと伏せられる。
ゆっくりと距離を詰め、零距離まで――。
唇をそっと触れさせるだけのキス。
「……ソラ?」
いつもは距離を取りがちな空が、目の前で不安そうに見つめている。
「どうかしましたか、ソラ?」
「い、いいえ……、よかった……」
空が安堵のため息を零す。
「ごめんなさい、ジューン……」
「どうしてソラが謝るんですか?」
憶えていないというのは、ある意味残酷だ。
「ジューンが、桜餅を食べて記憶を失くしてしまったので、その……」
申し訳なさそうに、言い辛そうに空がいつも以上に言葉を選ぶ。
「ショック療法で、と言われたので、き、キスを……しました」
「…………」
ジュニールは危うく、再び記憶を失うところだった。
――今、なんと……
「あ、あの、ジューン」
「俺に、キス、ですか?」
「き、キスと言っても! その! 本当に! ほんの少しだけ……触れるというか、あの……」
尻すぼみに言葉が聞き取れなくなっていく。
「ごめんなさい、勝手なことをして」
真っ赤になって俯く空に、ほとんど箍が外れてしまいそうだった。
「……俺の記憶を戻すため、ですから、謝る必要などありませんよ。むしろ、勇気を出してくださってありがとうございます」
ぎりぎり残った理性でそう返すと、空は安堵したようにふわりと笑う。
「嫌われなくて……良かった、です」
嫌うことはない。絶対に。
ただ。
――なぜ俺に記憶が残っていないのか……。
表情も、感触も、何も残っていないのに、キスをしたという事実だけが残っている。
空からのキスなど、この先永久に起こり得ない奇跡かもしれないというのに、だ。
――もう一度記憶を失くした振りをすればあるいはもしかしたら……。
不味い桜餅を見つめてそんなことを思うほど、ジュニールが味わう生殺し感は壮絶だった。
●
桜倉 歌菜の今日の予定は、確実に変わってしまった。
美味しい桜餅でも食べて、月成 羽純とのんびりと、ほっこリとするつもりでやってきたのに、その不味さたるや、記憶を失くすレベルのものだなど、想像だにしていなかった。
(羽純くんが私のこと忘れちゃうなんて……)
羽純は、そんな歌菜をまるで知らぬ少女として見つめている。
しかもその少女がなぜか焦っているものだから、首を傾げるしかない。
なぜここにいて、この少女は誰で、なぜこんなにも不安そうに、油断すればうっかり泣き出してしまいそうな顔をしているのだろうか。
分からないことばかりだ。
「とりあえず、落ち着け」
よく分からないが、落ち着かなければ話は進まない。先ほどから、やたらとメニューを見つめてはこちらに目を向け焦る、と言う行動を繰り返している。
「忘れたものは仕方ないだろう?」
仕方がないことではあるが、少女は不安げだ。
「まあ、なるようになるさ。……だから、そんな顔するな」
不思議なのは、この少女のこんな顔を見たくないと心の底から思っていること。
――俺の記憶がないだけだろ。
そのことで、こんなに不安そうで、悲しそうな顔をしなくてもいいはずだ。
時々顔を見て視線を外すと、本当に泣きそうになっている。
そわそわと手や口を動かして、何かを伝えようとしているのは分かるが、それが言葉になって出てこないからまるで伝わらない。
もう一度首を傾げると、少女は意を決したように口を開いた。
「あの……一つお願いがあるの」
「お願い?」
「少しの間……目を閉じてくれる? お願いします……!」
「目を閉じる?」
この言葉すら上手く呑み込めない。なぜ、と問いかけようとして、その真剣な表情と眼差しに、頷いた。
いくら少女とはいえ、知らない相手の前で視界を閉ざすということは、それだけでも不安を煽る。けれど、彼女の様子に悪意はなさそうで。
真剣だからこそ、きちんと応えたいと思う。なぜか彼女は、自分には無害な気がしている。
ゆっくりと、瞼を閉じる。
ややあって、唇に柔らかな感触が触れた。
――……!
突然の出来事に、目を瞠る。
少し離れて、不安そうに揺れる瞳が覗き込んでくる。
「……? 歌菜?」
「羽純、くん……っ」
歌菜がぎゅっと羽純に抱きついた。
「お、おい……」
「良かった、思い出して、くれた……っ」
ずっと堪えていた涙が、ぽろぽろと零れる。
「歌菜……どうして涙なんて……俺は何をしてた……?」
「桜餅を食べて、私のことを忘れちゃってたんだよ」
「俺が? 歌菜のことを?」
まさか……。
一度は否定をしても、歌菜の様子に嘘ではなさそうだと悟る。
「恋人ですって言いたかったけど、どんな反応されるかって思ったら怖くて……」
歌菜の頭を撫でながら、黙って頷く。
「でも、羽純くんは記憶を失くしても優しかった」
思わず笑みが零れる。歌菜らしい感想だ。
「迷惑かけたな」
「ううん、いいの」
だが、気になる。
「それより歌菜。どうやって記憶を戻してくれたんだ?」
「え、えっ!?」
「気になるだろ」
「ひ、秘密!」
「吐け。吐くまで逃がさないからな」
顔を赤くしてぶんぶんと首を振る歌菜を腕に閉じ込めて。
●
夢路 希望の視線は、目の前の人物に釘付けになった。
「……王子様、みたい……」
ポツリと呟いた言葉に、スノー・ラビットが希望に目を向ける。
照れたように笑えば、希望が慌てて視線を逸らした。
無意識に口をついてしまったのかもしれないが、だからこそ、スノーは少しくすぐったかった。
メニューに視線を落とし、思考が行き詰っている。
――さて、どうしようかな……。
ショック療法で、と言われても、記憶のない希望に、こうも刺激の強いものを、しかもどう考えてもまっとうではないものを飲ませるわけにはいかない。
何か別の方法はないだろうか。あらゆる可能性を逡巡する。
考えが決まったわけではないが、この破壊的なメニューを眺めていても答えは見つかりそうにない。
スノーがゆっくりと口を開く。
「僕はスノー・ラビット。気軽にユキって呼んで?」
優しく、希望の不安を解すように話しかける。
「……ユ……ユキ……?」
「うん、そう」
にこりと微笑む。
(名前もだけど……)
特徴的な耳に、淡雪のような色彩を持つ彼にぴったりのあだ名だ。
希望はそう思ったのだが、スノーの胸の内は少し複雑だ。
胸を締め付けられるような、そんな感覚がある。
「――本当に覚えてないんだ……」
名前を呼んでも困惑した表情を見せる希望に、寂しさを隠せない。
「ノゾミさん……僕だけの神人」
そっと指先で希望の手に軽く触れる。
「大切で特別な人……」
口にしても、どうしてか息が苦しい。
事実であるはずのことなのに、希望が覚えていないというだけで、全てが夢のようになってしまう。
(私なんかが、こんな素敵な方の神人で……お、お付き合いまでしているなんて……)
上手く理解できなかったけれど、告げられる言葉が嘘ではないと、なぜか希望はそう思った。
考えるほど、恥ずかしさや嬉しさが込み上げる。
知らず頬を染めて、目を伏せる。
スノーは手を伸ばして、変わらない優しい声で言葉を紡ぐ。
「眠り姫は王子様のキスで、って言うけど……記憶も覚ませたらいいのに」
そっと頬に触れて、スノーは少し距離を詰める。
希望が驚いたように顔を上げる。スノーの悲し気な表情に、胸がずきずきと痛む。
こんな時、どうすればいいのか希望には分からない。だから、ぎゅっと目を瞑る。
「――なんて」
顔を近づけ、希望の唇に指を当てる。
(ショック……驚かせればいいんだよね)
そのまま、指越しにキスをする。
フェイクも、演技も得意だ。希望には、まさにキスそのものに映るはず――。
少しして、スノーが離れると希望が顔を真っ赤にしている。
(あ、あれって、まさか)
「ノゾミさん?」
「……す、スノー、くん……あの……その……さっきの、って……」
驚きと恥ずかしさと衝撃とで、希望は上手く言葉にできない。
スノーがくす、と笑って、指を自分の唇に当てる。
「驚いた? でも、してないよ」
「え?」
「ファーストキスは女の人にとて特別なものって聞いたから」
希望の耳元に顔を近づけ、囁く。
「……二人きりの時に、ね」
希望の顔はさらに赤く染まった。
●
(内的ショックで記憶をなくすって、どんだけ不味いんですかこれ……!)
藍玉はまず、桜餅の不味さに愕然とした。
食べ物として出されている以上、記憶の革命など起こるはずがないと思っていたが、革命どころか記憶がロストしている。ありえない。
「ちょっと待っててくださいね」
セリングにそう声を掛けるも、藍玉は無表情に焦っている。
当のセリングはと言えば、記憶がないことにさして困っていないようで、目の前で焦っている藍玉を見て、
――こいつが俺の神人なのかー。
と、本格的に焦る前の、藍玉の説明を反芻していた。
(えーと、ショック療法、ショック療法……)
無表情に、極めて冷静に焦っている藍玉は、メニューをじっと見ている。
この際、どれでも同じだろう。
「すみません、どれでもいいので持っ……」
言いかけて、ふと思い留まった。
(……不味いもの、は……)
セリングをちらりと見遣る。
不味いものはダメな気がする。
(うーん、外的ショックでも大丈夫でしょうか)
売り子に「やっぱりいいです」と声をかけて、一つ唸る。
そんな藍玉の様子をぼんやりと眺めていたセリングだが、記憶の有無には今も困った様子はない。
悪い人じゃないのかなー、と呑気に考えているくらいだ。本気で困っていない。
藍玉が意を決したようにセリングを見る。
当然、セリングは不思議そうに見るが、目が合うより先に、藍玉が口を開いた。
「これは私がやりたいからじゃなくてセリングさんの為ですからそこのところよろしくお願いします」
一息で、恐るべき早口で捲し立てる。
「は? 何言って……」
意味が解らないというより、聞き取れない。
セリングが聞き返したところで、
「失礼します!」
と、藍玉が叫んだ直後、全力でセリングの頭をスパーンと叩いた。
――!?
「ってーな! 何すんだよ!」
「ショック療法です!」
「は?」
「ショック療法です!」
大事なことなので二回言った。
「もっと他にやりようがあったんじゃねぇの?!」
「私としたことが。ここはスリッパでしたね。本に書いてありました」
「そーいうことじゃねぇ!」
というか、どんな本を読んだのだろうか。
「それで、思い出したんですか?」
「残念ながら、まるっと思い出したよ。てか、ショック療法ならほかにもあっただろーが」
ほっと胸を撫で下ろす藍玉を尻目に、メニューを見ながらセリングが言う。
「ドリンクでもよかったんじゃねぇの」
見るからに酷いドリンクのようだが。
「『食』を仕事にされているから、これ以上不味いものは辛いんじゃないかと思って」
――まあ、それは、確かに……。
とは思いつつも、すんなり謝罪できるかと言われれば、それも無理な話で。
「あー、そりゃあ、どーも」
不本意そうにではあったが、感謝を口にしたセリングに、藍玉は思わず二度見する。
「なんだよ」
「外的ショックが足りなかったか打ち所が悪かったんですね今度は本の角で容赦なくやりますので安心してください」
「何言ってるかわかんねーよ!」
明らかに拳を握りしめて、本気で振りかざそうとする藍玉の腕をガシッと掴む。
本の角はどうした。
「……とりあえず、口直しに美味い御菓子屋行こー」
「あ、いいですねそれ。今度こそ美味しい桜餅が食べたいです」
不味い茶屋で殴り合っても仕方ない。
げんなりしながら藍玉を誘って、店を出る。
| 名前:秋野 空 呼び名:ソラ |
名前:ジュニール カステルブランチ 呼び名:ジューン |



エピソード情報 |
|
|---|---|
| マスター | 真崎 華凪 |
| エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
| 男性用or女性用 | 女性のみ |
| エピソードジャンル | コメディ |
| エピソードタイプ | ショート |
| エピソードモード | ノーマル |
| シンパシー | 使用不可 |
| 難易度 | とても簡単 |
| 参加費 | 1,000ハートコイン |
| 参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
| 報酬 | なし |
| リリース日 | 04月14日 |
| 出発日 | 04月22日 00:00 |
| 予定納品日 | 05月02日 |


