あなたをささえてくれるひと(三月 奏 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 それはいつからそこにいたのか。
 目の前の、ベルベッドを使用した深い赤のドレスを身に纏う美しい老婦人に問われて、自分は思わず首を振った。
「いや、いきなり惚気を言えと言われても」
 その答えに、老婦人の紅の引かれた唇が開く。どの様な声かは分からなかったが、その言葉の意味は、自分には不思議と理解が出来た。

「え……? 自分を支えてくれる人……?」

 老婦人は柔らかく微笑んだ。
 本来ならば、疑わうべきなのだろう。
 目の前にいる齢を重ねながらも、その若さに頼らない凛としながらも優しい微笑みを浮かべている老婦人も、この環境も何もかも。
 ──何せ、ここは自分の部屋なのだから。更にはそこに、このような品の良い老婦人を招き入れた覚えもない。
 時計を見れば誰もが寝静まる午前3時過ぎ。
 疑うのが普通だ。
 それでも、素直に話し始めてしまったのは──ひとえにその老婦人の微笑と雰囲気が優しさに満ちていて、こちらを見る目は、まるで祝福すべき孫を見るような眼差しであったから。
「そうだな、やっぱりウィンクルムやっている以上、相方とは付き合いも長いし……色々世話になっている。
 沢山の依頼をこなして、戦闘の時はもちろん頼りになるし、愛だか恋だか知らないが──一緒にいる時間が楽しい。
 ただ、この間の戦闘の時は焦った。アイツ神人のくせに前線に出ようとして、後で問い詰めたら、俺が怪我していたからって……
 あの時は怒ったけど、俺が怪我したせいだから、本当は謝らなくちゃいけなかったんだ。あ……今度謝らないとな。
 それから──」


 話はとても長くまで続いた。
 自分にとって欠かせない存在を、もっと人に知って欲しくて。
 気が付いたら、朝になっていた。老婦人もいなくなっていた。
 全てが夢だったのだろう。
 ……あんな恥ずかしいのが、現実であってたまるか。本人に直接言えるものでもない。
 そんな事を思い、朝の身だしなみを整えていると、チャイムが鳴った。
 慌てて出ると、ウィンクルムの相方が顔を真っ赤にして立っていた。
 その手には、昨日老婦人に話をした内容が全て載った、純白の本を持って──

解説

「あなたをささえてくれるひとはいますか?」

夢枕に老婦人が現れます。
ウィンクルムの片方が、その問いである「貴方を支えてくれる人」についてウィンクルムの相方を、老婦人に話し語り、我に返っては夢だと思います。
しかし、その対象のウィンクルムの相方には、それらの内容が朝起きた時に余すことなく本の形を取って枕元に置かれており、全て筒抜けで届けられておりました──

老婦人に語り掛けられる側は、どのような話をするのか。
本を受け取った側は、それを読んで、どのような反応をするのか。

プロローグは一例です。参加者様は、行動や思いの丈をご自由にプランにお書き添えください。
------

○個別描写となります。

○老婦人に語り掛けられるのは1組のうち1回、神人か精霊のどちらかとなります。
神人と精霊で「どちらが相方について語る」のか「その内容が届くのはどちらか」を必ずプランにご記載ください。

○語ってくださる側は、相手へのその胸の内を徹底的にお書き添えください。

○相手の思いである、純白の本を受け取られた側は「読んでどう思ったか」「読んでどのような行動を取ったか」等を、ご自由にお書きください。

○EXエピソードとなります為、両者共に大量のアドリブが入るものと思われます。予めご了承ください。

○朝になると、前日に突然の不幸により財布を落としているのを思い出してしまい、300Jr程無くなります。


それでは大変長くなりましたが、皆様の魅力的なプランを、心よりお待ち申し上げております。


ゲームマスターより

初めまして、こんにちは。三月奏と申します。
この度は、こちらのページを開いてくださいまして誠に有難うございます。

今回は、『恋も愛も大切』しかし、その下地になりそうな切っ掛けの一つとして『自分の存在を支えてくれる人』というものをテーマにさせて頂きました。

なかなか、伝える切っ掛けのない話題。この機会に是非如何でしょうか。
もしお気に召して頂けましたら、どうか宜しくお願い致します。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

スウィン(イルド)

  ■語る
えっとね、ウィンクルムのパートナー…イルドが俺を支えてくれる人なの。
最初は俺の方が年上だから支えてあげなくちゃって思ってたのに
俺をしっかり守ってくれて。
格好良くて、可愛くて、凄く頼もしいのよ。
俺ね、ずっと前、一人の少女を守れなかった時があって…
こんな俺がイルドの隣にいていいのかって時々考えるの。
イルドの事を考えるなら、離れた方がいいんじゃないかって…。
でも、今のところその勇気を出せないでいる。イルドから離れられないの。
いつか勇気を出せるようになるまで、イルドの傍にいる事を許してほしい…。

■会う
おはよ。どうしたの?
な、何この本?!あ!おっさんに渡しなさい!
…ごめんね、ありがとう…


蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  純白の本を受け取る方

枕元の本を読んで、震えた
兎に角早くフィンの顔が見たくて、寝起きのままとか気にせずリビングへ走る
いつも通り、朝食の用意をしてくれているフィンを見た瞬間、涙腺が緩む

焦るフィンに、震える声を絞り出す

フィンは狡い
こんな風に俺の心をかき乱すのは…幸せにしてくれるのは、フィンだけ…

フィンにそっと本を見せる
珍しく驚いて頬を染める様子に、手を伸ばして彼を抱き締める

その本、俺の…宝物だ

俺も奇跡みたいな運命だって思ってる
俺のパートナーがフィンで良かった
…好きだ
言葉に出来ないくらい

見上げればフィンの瞳に涙
綺麗だ…
引き寄せて、涙を唇で拭う
涙を見せてくれるのも、きっと…俺だけの特権と思っていいよな?


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  老婦人
敬語/フラウ

俺達の事情はご存知ですか?
…そうですか

恥じる事は何もないので話します

俺は喪失の恨みから顕現しましたが、妻の諌めを感じました
彼女に愛された事は生涯変わらない誇りです
諌めへの納得は別ですが

初めて彼と会った時、生きながら死んでいると感じました
今も愛しているのだろうと
同時に、彼女は望んでいないだろうとも思った
俺を真に立ち直らせたのは彼ですよ
俺は彼を心配したから

彼は俺の支えが大きいと思ってますが、俺も同じです
彼は生きる意味とまた誰かを愛する心をくれた
俺は彼が思う程強くない
自分がどれだけ俺を救い強くしてるか気づいてない

聞いて下さり有難う
フラウからも伝えて頂けますか
いつも有難う、愛してると


信城いつき(ミカ)
  どちらか迷うけどミカで

俺が怒ったり慌てるのを楽しそうに見てる「困った人」!
…でも俺を泣かせはしない「いい人」でもあるんだ
逆に俺が落込むと、からかいつつ慰めてくれる

ここに色々書いてるんだ(日記を見せる)
いっぱい書いてるのは、今までの俺の記憶が消えたら優しくされた事忘れて、ただの「困った人」になりそうで…
「大大好き」だから忘れたくないんだ

…俺、精霊には恵まれてるって思うよ(笑顔)


なんだかミカの様子怖いんだけど…え?う、うん内容に心辺りある、よ
…いたっ、ごめんってば。

何?スケジュール帳?
ねぇミカ…10分後に一緒に出かけよう!スケジュール帳今から使うんだ!(満面の笑みで予定書込)

やっぱりミカ優しいよね


テオドア・バークリー(ハルト)
  うん…そうか、分かりやすいって思ってくれてるのか、よかった…
字が小さくて見づらい…とかではないんだよな?
ハルのとこのおばさん達、よく留守にするからハルが風邪の時はつい向かっちゃうんだよな…倒れてないか心配で。大体心配いらないけど
…じゃなくて!これがどういうことか本人に確かめにいかないとだ。
平常心、平常心…

ハルの好きな物ばかり入れてるんじゃなくて、ハルの好きな物が俺の好物と被ってんの!
だってハルが美味そうに食べるからつい俺も…いや、何でもない。

…言われっぱなしっていうのも癪だよな。
あのさ、ハルのそういう馬鹿正直なところ、俺は嫌いじゃない。
…ほら!さっさと行かないと遅刻するからな!先に行くからな!



 ふわりと、深紅のスカートを広げて、まだ夢うつつの中にいる信城いつきに向かい、その老婦人は現れた。
「え? う~ん……どうだろう」
『あなたをささえてくれるひとはいますか』──柔らかな老婦人の問いに、信城いつきは最初から傍にいてくれている精霊レーゲンと、新たに契約したミカと、どちらを語るべきか非常に悩んだ。
 ──どちらも自分を支えてくれる人。今までも、これから先も大切で、欠かせない存在。
 どうしようもなく迷うけれども、興味深く見つめる老婦人をあまり待たせるわけにもいかない。
「それじゃあ……ミカで」
 いつきはしばらく悩んだ後、ミカを選んだ。
 レーゲンの存在より勝った訳ではない。
 ただ、いつきはミカに関して少し特殊な状況下に置かれていた。
 それは──彼の良いところを喜んだり、語ったりすると──ミカは怒る。困った事に、かなり不機嫌になるのだ。
 正直さが根底にあるいつきにとって、良いと思う感情を受け取ってもらえない事は何とも落ち着かず、そして不思議でもあった。
 今回は、そんなミカに聞かれずに、彼を語る事の出来るとてもまさに絶好の良い機会。

「ミカはね……俺が怒ったり慌てるのを楽しそうに見てる『困った人』!」
 一つ、彼を形容する『困った人』という単語を口に出せば、後は魔法のようにさらさらとミカに対する言葉が出て来る。
「本当に『困った人』なんだ。でも、悪い人……って訳じゃなくて。
 なんて言っていいか分からないけれど……俺を泣かせはしない『いい人』でもあるんだ。
 怒ったり慌てさせたりは普通にするのに──逆に俺が落込むと、からかいつつ慰めてくれる……」
 改めて言葉にすると、いつき自身にもふと、ミカが改めて不思議な人であると実感する。

 しかし、それがいつきの日常でもある。いつきは受けた違和感を直ぐに忘れて、老婦人に声を掛けてから立ち上がり、机の上から一冊の日記を持ってきた。
「ここに色々書いてあるんだ」
 恥ずかしさも無くはないが、それでもその時々の情景を見てもらいたくて。そのまま、少し緊張した様子で老婦人に手渡す。

「いっぱい書いてるのは、今までの俺の記憶が消えたら優しくされた事忘れて、ただの『困った人』になりそうで…」
 過去、いつきには記憶を失っていた時がある。昔を思い出せば、その代わりに新しく積み上げてきた記憶が消える可能性があると──そう教わっていたいつきは、可能な限り、起こった全てを日記に書き残す事にした。
 それから全てを思い出し、幸いにして過去もそれからの記憶も無事だった。
 しかし日記に記す習慣は消えない……また、何かがあった時の不安は消えない。
 だから、今も毎日の出来事と心を常に日記に書き残す。

「ミカは……『大大好き』だから忘れたくないんだ」
『大大好き』──日記を手に愛しそうにそのページを捲っていた老婦人が、ほんの少し不思議な言葉に首を傾げると、いつきはこれも是非聞いて欲しいとばかりに、勢い勇んでその由来を話し始めた。

 ──自分には、住んでいる家のご近所の人を含めて、『大好き』な人が沢山いる──
「確かに、ミカは『困った人』だし変なこともたくさんするけれども……ミカはそれ以上に特別なんだ。
 だから『大』を一つ多くつけて……」
 その瞬間、理由を耳にした老婦人が、花のように表情を綻ばせた。
 いつきにとってそれは親愛で、恥ずかしいところなど何もありはしないけれども。それが好意的に取られた事が少し嬉しくて……そして、また少し不安になった。
 また、忘れてしまうかも知れない──今、尚も付け続けている日記がそれを物語っていた。
「……ぁ……」
 老婦人が心配そうな眼差しで見つめてくる。いつきは不安を吹き払うように、隠し誤魔化すようにこう告げた。
「……俺、精霊には恵まれてるって思うよ」
 それは事実であったけれども。
 いつきが見せた笑顔の翳りに、老婦人の顔は僅かに曇ったままだった。

 そして、本は語られたミカの元へと届けられた。
 枕元へと置かれた本。
 老婦人は心配そうな表情をそのままに、眠る相手と白い装丁の本を見比べて、祈るような眼差しでミカを目にして姿を消した。


「……何だこれ?」
 朝起きて、ミカは自分の枕元に置かれた不思議な本を手に取ってはページを捲り始めた。
 そうしたら、出て来る出て来る。いつきのミカに対する、思いの数々。
「どうやらチビちゃん、誰かに俺の事ペラペラ喋ったみたいだな」
 正直それだけでも落ち着かない。眉に思いっきり皺が寄る。
 自分はただ、いつきとレーゲン二人の為に、それを見守るべき陰であればいいというのに。
「しかも思いっきり俺が善人みたいじゃないか。何勘違いして恥ずかしい事話してるんだあいつは!」
 どういうつもりだ──声にならない声を張り上げ立ち上がる。
 ……自分は善人などではない。それは自分が良く分かっている。その行動はどんな動機であれ、全て『自分が、自分の為に』やっている。それは、いつきが老婦人に伝えたような、誰にでも通じる単純な善意などではない。

 急ぎ、身支度を整えていつきの家へと向かう。
 途中でふと目に入った文具屋に、本の中でいつきが語っていた内容を思い出し、大足で1冊の手帳を購入した。


 そして到着。
 押し入ったミカの顔は、怖かった。くっきりと眉間に皺が寄っている。それでも作りましたと言わんばかりの見事な『作り笑顔』を見たいつきの表情は理不尽と不可思議でいっぱいだ──心当たりは、もちろん無い。
「チビちゃーん、これの内容に心当たりあるか?」
 差し出された白い一冊の本。いつきが不可解な心持ちを隠さずに本を捲れば、そこにあったのは自分の口調で進行する老婦人へ語り続けた言葉の数々。
「……え? う、うん内容に心当たり──ある、よ」
 正直に、疑いなく告げたその瞬間。
 ミカが、ここまでの道のりで購入した手帳の箱でいつきの額をこつんと突いた。
「いたっ」
「普通夜中の部屋に誰かいたら、不審者すぎるだろ。
 なにのんきにお話してたのかなぁ」
 コツン、コツン──言葉の合間に、突かれ続けるいつきのおでこ。
「いたいってっ、そんなに突かなくても……ごめんってばっ」

 額を手で覆いながら告げたいつきの謝罪に、ミカはやっとつつくのその手を止めて。
 そのまま、改めて急いでいた為に簡易ではあったが、きちんとした箱にリボンが付いた手帳をいつきにそれを差し出した。

「ほら、ホワイトデー」
 きょとんとした様子で箱を開ければ、出てきたものは、先ほどミカが文房具店で購入した、スケジュール帳。
 いつきがそのページをパラパラと開けば、それは毎日使う事を優先したつくりであり、さらに自由記載のスペースが可能な限り多い仕様のものだった。
「何? スケジュール帳?」
 不思議そうにいつきが首を傾げて、ミカを見やる。
「……結局、記憶喪失が戻っても今までの記憶も無事だっただろ。
 もう過去を失う事を不安がるより『未来』の方を向いて良いんじゃないか?」
 ついと正面から見ていたいつきより、さり気なく目線を逸らせるようにしながらミカが告げる。

 いつきはじっと目を凝らしてスケジュール帳を凝視した後、改めてミカを見た。
 日記に触れた内容。ただ怒っていると思っていたのに……それを心配してくれた彼がいる。
 ──嬉しくて、胸が弾けそうだった。

「ねぇミカ……10分後に一緒に出かけよう! スケジュール帳今から使うんだ!」
 慌てて他の場所にあったペンを取り出して、いつきは急ぎスケジュール帳にその予定を書き入れた。
『ミカと10分後、出掛ける』
 初めて書き込んだのは、それを買ってくれたミカとの予定。
 いつきは嬉しさを隠し切れない笑みを、その文字とスケジュール帳に注ぐ。
 輝くように生き生きとしたその所作に、ミカは少し眩しそうに目を逸らした。

(やっぱりミカ優しいよね)
 老婦人に語った言葉に偽りは無かった。


 そして、いつきが時間通りに、ミカの手を引き家を飛び出す──
 それは丁度、書き込んでから10分後……そのスケジュール帳は早速役に立ったのだ。




 蒼崎 海十の精霊であるフィン・ブラーシュは、その問い掛けられた言葉に、直ぐに神人の彼を思い起こした。
 流れる沈黙に老婦人は待つ。彼に対して、それを急かすのは、とても無粋な事だと分かっていたから。
 老婦人に向かってフィンは尋ねた。
「……少しだけ、関係の無い話をしてもいいかな?」
 老婦人は、既に目の前の彼が抱える空虚な過去を振り返る、昏く染まったその目を見ていた。
 それから続く話は、とても哀しいものだろう。それでも、老婦人は小さく頷いた。
 尋ねた『ささえるひとはいますか?』──この問いの先には光がある事を、老婦人は確信していたから。

「還る場所を失くしてから、俺は空っぽだった。
 無気力に、ただ旅をした。
 ──旅路の先に何を求めているのか、俺自身も分からなかった」
 軍人の家系に生まれ、その名誉ある家で兄と家督を争った。
 ……本当は、争いたくなんてなかったのに。
 敬愛していた兄は、家督争いを切っ掛けに、世間に限らず全ての目を気にするようになり、フィンまでも避けるようになっていた。
 ──堪え切れなくて、自分さえ消えればいいと……そう願って家を出た。
 しかし、その直後に起きたオーガによる故郷の襲撃。
 生き延びたのは、自分だけ……

「そんな俺に、愛を囁いてくれた人も居たけれど……
 満たされる事は無く、旅は続いた」
『自由に生きろ、家督に縛られる事は無い』──死に際の兄の言葉。フィンはより一層の自己嫌悪に陥り旅を続けた。

「でも、そうして海十に出会った」

 改めてフィンが語り始めた。その瞳に、ほんの僅かな希望を灯して。
「始まりは義務感に似た感情だったよ」
 何しろ、フィンが海十の家に押し入るように同居を進めた際、そこで見たものは、少年の余りにも無謀な生活サイクルだったのだ。
 食事はまともに取っていない、睡眠時間は安定しない、捨てに行く時間も惜しくてタイミングが悪く、ごみは溜まっていく一方──典型的な、安定しない一人暮らし男性の生活。
 フィンが海十の部屋になだれ込んでまず行ったのは、ごみ出しと掃除、後はきちんとした三食の食事の献立を立てる事であった位だったのだ。
「でも、家族のように過ごして……救われたのは、俺の方」
 その時の温かさを思い返したかのように、フィンが微笑む。

「最初からね、海十は眩しかった。
 俺は諦めて悲しみに身を浸したけれど……
 海十は違った」
 フィンが見たものは、過去に海十を助けて死んだ恩人が、忘れ去られる事の無いように。
 ──『その、死んだ恩人として生きる』事で彼が生き続けると信じて、恩人が目指していた音楽活動を傍らに、ウィンクルムとしてオーガを屠り続けるその姿──
 「──戦ってた。
 己の過ちに気付く姿さえも……」
『海十の幸せを見つける事が、一番の恩返し』──その眩しさ故に、『透明で、極めて純粋な自傷』を続けていた海十の行動に、フィンは思わず告げていた。
 受け入れられなくてもおかしくなかった……それでも、その言葉を聞こうとしたその海十の姿に、フィンは胸を打たれた。
 どこまでも、ただ偽り無く、眩しく輝く彼の生き様は──ただひたすらにフィンの心を揺さぶった。
 
 「だからきっと……過去を話せた」
 フィンは瞑目して、思い返す。
「海十は……夜空に輝く星のように、真っ直ぐに俺に降り注いで──気付けば、こんなに好きになってた。
 支えられてた」
 胸にそっと右手を当てて……フィンは、己の心を満たす言葉を紡いでいく。
「海十に好きだと言われた時、こんな奇跡があるのかと思ったよ。

 ──俺は海十に出会う為に、生きてきたのかもしれない──」

 老婦人は、静かにフィンから紡がれる話を聞いていた。
 そして、フィンから最後の言葉を告げられて。そこで初めて、老婦人はゆっくりとフィンへと微笑みを向けた。
 どうしようもないまでの愛しそうな笑み。
 それは──思いの丈を心から語り切った、フィンへの祝福の微笑だった。

 こうして、別室で眠る海十の枕元に、一冊の本が届けられた。
 心配する事など何も無い──確信していた老婦人は、愛おしそうに本を見つめるとそのまま満足げに姿を消した──


「──……っ」
 声にならない声が喉から漏れた気がした。
 海十の枕元に置かれていた一冊の本。
 フィンの言葉で紡がれる、その対象は──海十本人。紛れも無い、自分であった。
「……!」
 理由など無い。白い本を掴んで部屋を飛び出す。
 その姿は寝起きのまま。身だしなみを整えるなど、そんな心の余裕は存在しなかった。
 リビングへと走る。音が慌しかったせいか、リビングへのドアを開けた瞬間、毎日と同じ朝食の準備をしていたフィンが驚いた様子でこちらを見ていた。

 その立ち姿に、
 ──いつも通りの彼は、いつも通りのその様子で……あの本のように思ってくれているのだと理解した。

「フィ……ン……!」
 そう思った瞬間に、視界が涙で霞んでしまう。涙ぐんで呼ぼうとした名前が大きく揺れて、明らかに挙動不審となっていた。
 このままではフィンに心配を掛けてしまう……分かっていたけれども、止められなかった。
「どうしたんだい、海──」
「フィンは……狡い……っ」
 動揺して名前を呼ぼうとしたフィンの言葉を、海十は涙声を押さえ付けながら叫んだ。叫ぶ位でなくては、涙で揺れた喉からは声が出そうには無かった。
 フィンが何事かと慌てて傍に駆け寄ってくる。
「フィンは狡い、
 こんな風に俺の心をかき乱すのは……幸せにしてくれるのは、フィンだけ……だ……」
「え……?」
 状況が分からず戸惑うフィンに、厚い装丁の白い本を震える手でそっと手渡した。
「……この、内容……!」
 白の本を開いて、内容を確認したフィンが驚いてページを閉じた。
「あ……! 海十、これ……は──」
 海十ですら何度も見た事の無い、フィンの頬に僅かに朱が差す瞬間。
 フィンが、何と切り出して良いのか分からないでいるのが、見るだけで伝わってくる。
 海十はそっと両手を伸ばして、本ごと彼を抱き締めた。
「その本、俺の…宝物だ」
「……!」
 強く抱き締めて、フィンの肩口に顔を埋める。零れた涙は彼の肩へと見えないままに消えていく。
「俺も奇跡みたいな運命だって思ってる。
 俺のパートナーがフィンで良かった

 ……好きだ」

 言葉だけなら、今までたくさん紡いできた。しかし、それでは足りない。
 この心を伝えるには、この一言では余りに足りない。
 しかし、今この瞬間だけは『愛している』ではないのは分かっている。
 他に該当しない『好き』という言葉には、どうして上位に位置するような言葉が無いのだろう。

 ──どうしようもなく、好き。

 海十が少し身を離して、フィンの顔を見上げると──フィンの瞳には今にも声無く零れ落ちんとする涙。
 それは、海十の心を締め付けて、それでいて……とても、綺麗だと思った。
 フィンの涙には、それだけの意味がある事を、一番知っているのは海十だから。
「フィン……」
 僅かにフィンの身体を引き寄せて目じりにキスをする。その涙が落ちないように。その涙を唇でそっと拭った。
 その涙を独り占めするように。
「海十……ごめん、泣くところじゃないよね」
 慌てて離れようとするフィンを、海十は改めて強く抱き締めた。

「フィンが……涙を見せてくれたのも……
 今だけ、ほんの少しだけなら……自惚れて、いいよな……?」
(その涙を見せてくれるのも、きっと……俺だけの特権だと──)
 恐る恐る、途切れ途切れで。それでも、海十が勇気を出してその想いを願い紡ぐ。

「俺が……まだ泣けるだなんて、思っていなかった。
 だから──ありがとう……
 自惚れなんかじゃないよ。それは……」

 ──『海十だけの特権』──フィンが、とてもとても小さな声で、まるで海十の心に浮かんでいた言葉を、読み取ったかのように呟いた。
 肩口に顔を埋めていた海十が、驚いたように瞳を見開く。

 それを耳にし、己の腕の中の存在を確かめるように、
 もう一度、その腕から手放したくは無いと強く願い。

 海十は、ただ、フィンの存在を抱き締めた。




「そうそう聞いてくれよばーちゃん!」
『あなたをささえてくれるひとはいますか?』──老婦人への問い掛けを認識した刹那、ハルトは飛びつくように老婦人に詰め寄った。
「俺、授業中ついうっかり寝ちまうことが多くてテオ君にノート借りること多いんだけど」
 一呼吸で話しきれずに間に息を入れながら、ハルトは神人であるテオドア・バークリーについて、同じ勢いで老婦人に向かって語り掛ける。
「テオ君なんだかんだ言いつつ借りる時にいつも大事なトコ俺宛にメモ付きの付箋しっかり貼ってくれてるんだぜ!」
 そう言って、ハルトは大きく胸を張った。

 それは、とても学生ならではの自慢の話。
 親友同士でウィンクルムとなってしまった数奇な彼等にとっては、学業は任務と並走する、とても大事な日常の一部だ。
 老婦人は興味深そうに瞳を大きく開き、耳を傾け始めた。
 ──基本、ノートは自分の為に取るもの。それを学生にとっては仕事と言っても良い優先度の高い勉強を、しばしば睡魔に負けては勢いよく遠投して居眠り放棄しているハルトに対し、テオドアはただ貸すだけではなく、個別に……彼だけの為に付箋を用意し、要点のあるページにメモ付きで貼って渡しているのだという。
 確かに、内容を再確認する事で理解が深まる事もある。しかし、毎回そうしている訳ではなく、ランダムで寝落ちる彼の為に行われているのだとしたら──
 老婦人の瞳が一気に輝きを増した。もっと、もっと聞かせて欲しいと期待と共に、少し落ち着きを忘れた様子で頷いてみせる。
「そう、それがさ!」
 ハルトは老婦人の反応が喜んでいるものだと知ると、同じように頷き返しながら話を続けた。
「……何か『テオ君』って感じの字なんだよな。
 とめはねしっかりしてるし、あんま主張しない小さ目の字」
 それを改めて思い浮かべるように、しみじみとするハルト。
「もうなんか、真面目さがさ、思いっ切り伝わってくるっていうか?
 あ、ちょっと待って! ノートあったかな──」
 早速、ハルトは説明するだけでは足りずに、手元にあるなら見せようと立ち上がってバッグの中を漁り始める。しかし、昨日はきちんと写させてもらったノートを返したばかりで、その文字を視覚的に伝える要素が無く若干しょんぼりした様子で戻ってきた。
 しかし、老婦人はそれでも十分だとばかりに、次の話を待ち焦がれている。
 その目を見たハルトは胸に込み上げる想いを、一緒に浮かんだ感動と共にありったけの感情を溢れさせた。
「それに、毎日つまみ食いさせて貰ってるテオ君の弁当も何だかんだで俺が好きなもの多く入れてくれてるし、
 珍しく風邪引いた時は見舞い来てくれるし……」
 それらをハルトは指折り数えて進めていく。その横顔は幸せそのもの。
「──テオ君の、ああいう素直じゃないけど分かりやすいトコほんっと好き!」
 真夜中とは思えないような、喜びと嬉しさを隠さない様子で──ハルトは老婦人に満面の笑顔を向けて、その言葉を締め括った。

 そんな流れるような経緯で、白い本は届けられた。
 語られたハルトの神人、テオドアの元へ。
 許可など取っていないけれども。これは素晴らしいものになるに違いないと、老婦人は幸せを隠さない微笑で、その本を枕元に置いた。


「……ん……? なんだ、これ?」
 明け方──なんとはなしに。早くに目を覚ましたテオドアの枕元には一冊の本があった。
 うっすらと差す朝の気配に、白の本は浮き立つように目立って見えた。
 夜寝る時には無かったはずだ。そう思いながら、首を傾げつつ本を捲り始める。
 内容は自分の事──それを語っている相手の事も非常に分かり易かった。まず、テオドアがそこまで行動に現れるほど気に掛ける存在は他にはいない。

「うん……そうか、分かりやすいって思ってくれてるのか、よかった……」
 一行ごとに確認するように丁寧に読み返す。そこには、溢れる安堵と、
「字が小さくて見づらい……とかではないんだよな?」
 零れる不安。そしてその都度、読み返してみて確認を取って安心するの繰り返し。
 そんなテオドアがゆっくりとページを捲っていく。
「ああ、これか。
 ハルのとこのおばさん達、よく留守にするからハルが風邪の時はつい向かっちゃうんだよな……倒れてないか心配で。大体心配いらないけど──」
 したためられていた言葉に受け答えるように、考えている事が口に出る。
 しかし、流石に気が付いた──これは、この本は何だ、と。

「……じゃなくて! これがどういうことか本人に確かめとかないとだ」
 同時に静かに鳴り始める朝の目覚ましの音。自然ととはいえ、かなり早くに起きたはずなのに、本をじっくり読みふけっている間に、すっかり時間が過ぎてしまったようだ。
 小学校の頃から一緒、高校も同じで──ウィンクルム。
 改めて、相手からそう思われているのだと思うと、照れる。とても、何気ない事なのに。
「平常心、平常心……」
 いつも寝坊しそうなハルトの家へ迎えに行くのは自分の方。
 テオドアはアラームを止めて、服を着替え始めた。バッグにその白い本を静かに収めて。

「ハルト……これはどういう事だ?」
 ハルトの家の玄関で、彼と顔を合わせたテオドアがバッグから一冊の本を取り出した。
「ん、本? いや、知らないマジで」
 今日は一際準備が遅い。学校に向かう準備にてんやわんやしている様子だったが、本を向ければハルトは興味深そうに、片手で朝食のパンを口に放り込んで、その本に手を伸ばした。

「んー」
 本当に見覚えが無い。しかし、不思議そうにページを捲るうちに、ハルトの表情は思わず、素で白の本をガン見してから、目の前のテオドアと手元の本を見比べた。
「筒抜け? マジで?」
 じっとテオドアの様子を見つめるハルト。
「マジで、じゃない!」
 その視線に堪え切れなくなり、テオドアの頬が一気に赤くなった。
「大体──! ハルの好きな物ばかり入れてるんじゃなくて、ハルの好きな物が俺の好物と被ってんの!
 だってハルが美味そうに食べるからつい俺も……いや、何でもない」
 テオドアが言い掛けてやめた言葉の語尾を、ハルトは聞き逃さなかった。僅かに瞳大きくテオドアを凝視してから、ハルトはとても嬉しそうににまりと口許に手を当てて笑ってみせる。
「……そこは言っちゃってもイイのよ?」
「言わない! 絶対!」
 けんもほろろに跳ね退けられる。ハルトはそんな照れているテオドアも大好きだ。

 うっかり学校への準備も忘れて、正面からにまにまと表情を緩ませているハルトに、テオドアは何かを思いついたかのように、正面から相手を凝視した。
「……言われっぱなしっていうのも癪だよな。
 ──あのさ、ハルのそういう馬鹿正直なところ、俺は嫌いじゃない」

「……え……?」

 ハルトは完全に虚を突かれた。目の前にはテオドアが頬の染まり具合そのままだが、明らかな真顔でこちらを見て立っている。
「(え? それって……)」
「……ほら! さっさと行かないと遅刻するからな! 先に行くからな!」
 言うが早いか、ハルトの家の玄関を再び開けて、テオドアは冷静そうながらも明らかに逃げるように音を立て先に飛び出していった。

「あー……」
 不意を打った言葉に思考が停止していたのを何とか取り戻し、ハルトは昨日のやり取りを逡巡した。
「そっか、筒抜けかー……これはどーかなー……」
 テオドアが先に学校に向かって姿を消した先──そこには、少しだけ『やってしまった』と思う心が湧き上がる。
 後ろめたい事は何も無かったけれども。まだ思ったこと全部を伝えるつもりも無かった。

「……ホントのことしか言ってないしまあいっかー」
 ハルトは着替えて、気分を切り替え複雑な気持ちはどこか遠くへ投げ捨てるように、上に大きく伸びをする。
「むしろテオの照れてるとこ見れてばーちゃんグッジョブ?
 ……ていうか! テオ君、本返さなかったし! え、なに、喜んでいいの? ちょと待て、俺のプライバシー!!」

 準備を終えたハルトは、その事態に気付くと慌ててバッグを掴んで家を飛び出した。
 それは、青空がとても綺麗な、とある晴れた朝の出来事──




 とあるマンションの一室で、スウィンは素っ頓狂な客人を迎えていた。
 深紅のドレスに紅色の傘。ふわりと座る、少女のような瞳を持った老婦人。
「……おっさんを、支えてくれる人?」
 老婦人はゆっくりと微笑み頷く。
 スウィンにとっては、それはたったの一人だけ。心に真っ先に、そして唯一浮かぶその姿を思いながら口を開いた。
「えっとね、ウィンクルムのパートナー……イルドが俺を支えてくれる人なの」
 改めて『支えてくれる人』として言葉にすると、恥ずかしさが浮かぶ。お互いに想いを伝え合っていても、その信頼を他者に伝えるのにはまだ慣れない。
「最初は俺の方が年上だから支えてあげなくちゃって思ってたのに……それが、誤解に誤算で予想外。
 逆に俺をしっかり守ってくれて」
 僅かに湧き上がる恥ずかしさから、思わず小さな笑みが浮かぶ。
 しかし、スウィンの心に浮かぶ一人を思えば、恥ずかしさだけではない想いと言葉がすらすらと形を成していく。
「格好良くて、可愛くて、凄く頼もしいのよ。
 頼りにならない事が無い位に素敵なの。思わず笑ってしまうような冗談を真に受ける素直さも魅力的──ああ、もう全部秘密よ? おっさんこんなに恥ずかしく語った事なんかないんだから!」
 老婦人が口許に手を当て、小さくも楽しく笑った。瞳が隠し事など出来ずに、今にも全部伝えてしまいたいと告げている。
 しかし、スウィンはそれと入れ替わりに、ふと陰が差したように沈黙した。
 老婦人が顔色を変えた──その心の機微と、その物語の続きを知ってしまったかのように。

 そして、スウィンはどこを見ているとも知れない瞳で語り始めた。
 彼に対する思いの丈を、本当の胸の内を。

「俺ね、ずっと前、一人の少女を守れなかった時があって……こんな俺がイルドの隣にいていいのかって時々考えるの」
 ぽつりと、落とされた言葉は窓から伺える夜の闇など比較にならないほどに重いものだった。
「あの時の少女のように、肝心な時にイルドの事を守れなかったら……
 本当に大切な時に、守りたいものを守れもしない──そんなおっさん、イルドの事を考えるなら離れた方がいいんじゃないかって……」
 スウィンの口から、言葉が土砂降りになる前の雨粒のように零れ始めた。
 溢れたのは、その不安が現実となる前に。自分から離れた方がと思い浮かぶ、己の身を切り抉るような言の葉だった。

「でも、今のところその勇気を出せないでいる。イルドから離れられないの」
 ……それは、とても当たり前な事とも言えた。
 この二人が過ごした時間と共に、この二人が乗り越えた困難を経て得た絆は、簡単な思い一つで断ち切れるものではない。
 ふと我に返ったようにスウィンが顔を上げた。今は客人がいる。聞き手がいるのを思い出して。
「ほんとに、ひどい依存よねぇ」
 誤魔化すように顔の前で小さく手を振り笑って見せるけれども……もう、その客人がどんな顔をしているのか分からない。
「……だから。
 せめて、その勇気が出せるようになるまで、イルドの傍にいる事を許してほしい。
 いつか──……ううん、必ず。離れられるように、するから」
 俯きながら、消え入るようにスウィンは呟いた。
 老婦人はその見えない表情を写すように──ただ今にも泣きそうな眼差しでそれを見ていた──

 かくして、本は届けられた。
 語られた精霊の枕元。せめてもの希望をと、本を一撫でして老婦人は消え去った。
 

「何だこの本、おっさんの忘れ物か?」
 朝、同じマンションの隣室にて。目を覚ましたイルドは怪訝そうに本を手に取った。
 ページを捲り、即座に飛び込む自分の名前に目を見開く。
「……?! おっさんがわざと置いていったのか?
 いや、そんな事するわけねぇな。何だか分からねーが……」
 改めて、イルドはページをゆっくりと捲っていく。
 はっきりと綴られたイルドの名前。スウィンの口調と共に進む内容の、一言一言がむず痒い。
「いや、そんなんじゃねぇ……って、可愛いってなんだよ。おい」
 本の内容は疑い無く、自分の恋人のものである事が理解出来た。だからこそ、その表情も豊かに変わる。格好良いとあれば、取り繕うような上辺だけの否定の言葉を。可愛いと挙げられれば、それは一体どういうことかと声を上げた。
「つーか、秘密も何も、もう全部筒抜けじゃねぇか!」
『全部秘密』そんな言葉も、全て記載されていれば意味が無いほどの赤裸々な告白に、イルドは顔を赤くして本から目を離す。
 ページはまだ半分ある。何が書いてあるのか楽しみで、イルドは再度本へと目を向けた。

 期待と共に読み進める……しかし、ページを捲るイルドに笑顔は無かった。
 そこに書いてあった内容は、ただひたすらに悲痛であり、痛切だった。
「ふざけるな……!」
 支えてくれる人に名前が挙がりながら、その無力さを煽り続ける内容で、本のページは終わりを迎えた。
 物語の本ならば良くあるような、救いの記したページは存在しない。
「(こんな考え変えてやる……! 絶対に……絶対にだ!)」
 イルドは本を掴んで、怒りを隠さない早足で部屋を飛び出した。

 ドアが勢い良く開き、そして同じ勢いで閉じられる。
 盛大に鳴ったドアの音に、部屋主のスウィンはきょとんと目を見開き、そのドアの前に立つイルドの姿を目にした。
 がつがつとこちらに向ける足取りは、明らかに怒りを伴っていた。
「おはよ。どうしたの?」
 いつも通りにスウィンが言った。
 どうしたの、じゃない。イルドは張り上げて一気に問い詰めたくなる衝動を抑え込んだ。
 どうしていつも通りなんだ、自分にあれだけの感情を隠してどうしていつも通りに出来るんだ──!
 まぜこぜになった感情は限界を超えて、逆に表だけは冷静に、今すべき行動を声にした。
「おはよう……この本に心当たりあるか?」
 イルドが差し出す本を、スウィンが不思議そうに眺めて受け取りページを捲る。
「な、何この本?!」
 スウィンが平常だったのは本を開くまでだった。目を見開いた彼が、冒頭だけではない、中盤も後半までもの本のページを片手で一気に捲り上げる。──まさに、その内容を完全に知っている様子で。
「当たりかよ……っ」
 半ば八つ当たりでイルドは怒りを零し呟いて、最後のページへ手を掛けたスウィンから本を奪い取って片手で高く上げた。
「あ! おっさんに渡しなさい!」
 死んでも見せられない──そんな必死な表情を露に、本を奪い返そうと両手を伸ばすスウィンを見て、イルドはその胸を掻き抱くように抱き締めた。
「その本は──!」
「……この馬鹿!」
 やっと露に出来た感情で、イルドは尚も本を手にしようと暴れるスウィンを一喝した。
 スウィンがびくりと緊張した様子で硬直する。それを改めて両手で抱き寄せた。
「変な事考えてんじゃねぇよ。
 俺に不満があるわけじゃないなら離れる必要なんかないだろ」
「……本当に、筒抜けね……」
 観念したように、そして知って拒絶された訳ではない事を知り、スウィンは深く安堵した様子でため息をついた。
「難しい事考えんな。
……ずっと隣にいろよ」
 言葉と共に、イルドは抱き締める手に力を込めた。
 離れてほしくなど、絶対無いから──

「……ごめんね、ありがとう……」

 腕の中の恋人は、心からの感謝を添えて曖昧にする事無く言葉を告げた。


 お互いに心が落ち着いたのを確認して、イルドが一度強く抱き締めてから離れる。
「……ところで、おっさんにその本早く返──」
「渡さねぇ」
「即答?! あ、ちょっと待ちなさい!」
 イルドは言うが早いかスウィンの部屋を飛び出し、自分の部屋へと立てこもった。
 自由に行き来している以上、鍵の意味はあまり無い。それでも時間稼ぎには十分だ。
 そうして、次に顔を合わせた時には、白い本はイルドの部屋に綺麗に隠され姿を消していた。


 ──最後のページは、白紙が一枚。
 互いが幸福である、そのラストページを綴る為──今、本を処分されては困るのだから。




「俺達の事情はご存知ですか?」
 夢枕に立ち尋ね掛けた老婦人は、瞳に伝わる悲しみに堪えかねるように眦を下げ、声無き思考で問い掛けに答えた。
 カイン・モーントズィッヒェルに伝わる思い。
 それは、六月。オーガの手により、カインとその精霊、その両方が何よりも大切な存在を亡くした、ある惨劇の日の話。
「……そうですか」
 人外による単なるウィンクルムへの興味ではないらしい。そう理解すると、最初に老婦人が願った言葉に沿うようにカインは静かに話し始めた。
「支えてくれる人──恥じる事は何もないので話します。
 俺は喪失の恨みから顕現しましたが、妻の諌めを感じました」
 カインが神人として顕現した切っ掛けは、憎しみだった。
 妻と娘を失い、喪失と憎悪の叫びと共に顕現したウィンクルムの証。
 しかし──文様から光を露にしながら、まさに同時に心を深い闇に堕さんとした、その瞬間を諌めるように。死んだはずの妻の思いが、カインの心を鮮烈な光で満たした。
 カインに伝わるその思いは、ひたすらに前を向く事を望んでいた。
 生前、どこまでも苛烈であった彼女は、カインがその憎しみに捕らわれた生き方をする事を許さなかった。
 湧き上がった、眩しすぎるその思いは──憎しみで何も見えなくなったカインの心を我に返すには十分だった。
「彼女に愛された事は生涯変わらない誇りです。
 諌めへの納得は別ですが」
 瞑目して、それを大切に胸にしまう。その変わらぬ温かさにカインは僅かに微笑んだ。
「そして、妻はこれまでと、今を支えてくれる存在だとするならば。
 精霊は──イェルは、今とこれからを支えてくれる存在です」

 カインは改めて、老婦人に無礼の無いよう気を使い佇まいを直して向き直る。
「初めて彼と会った時、生きながら死んでいると感じました。
 今も……彼女を、愛しているのだろうと。
 同時に、彼女は望んでいないだろうとも思いました」
 同じ事件で、互いが己のもっとも大切な存在を喪った。彼の精霊、イェルク・グリューンにとってのそれは、最愛の恋人だった。
 A.R.O.A.で最初に出会った彼は、彼女の遺品のリボンでその長い髪を結わき、ただその時間を止めて喪に服していた。心配せずにはいられなかった。
「それでも、俺を真に立ち直らせたのは彼ですよ。
 俺は彼を心配したから」
 出会いはそこから。心配はした。出会いから、亡くした恋人を喪い続ける彼を大丈夫なのかとすら思って。
「ですが……」
 しかし気が付けば、イェルクの存在はいつしか、期待も何もしていなかった自分の心に触れていた。それは時間が経てば経つほど、カインを支えるようにそこに存在していた。
「フラウ、彼は俺の支えが大きいと思ってますが、俺も同じです。
 彼は生きる意味とまた誰かを愛する心をくれました」
 カインは話しながら、無意識に己の胸に軽く拳を当てた。
「俺は彼が思う程強くありません。
 彼は、自分がどれだけ俺を救い強くしてるか気づいてないんです」
 共に過ごすと決めた、余りにも無自覚な自分の伴侶へ──
 ……気付いてほしい。
 イェルク・グリューンというその存在が、どれだけカインにとって価値あるものか。どれだけ大切で、そしてかけがえの無いものであるかを。
 女性としての敬称で呼ばれた老婦人は、カインが語る様子を、その仕草を、いつしかただ幸福を湛えた眼差しで見つめていた。

 それから何時間が経っただろう。語り尽くす事の出来ない思いを、理性が止めた。
 語り始めたら、本当にきりがなく──そんな僅かに浮かぶ自分の恥ずかしさを隠すように、カインは言葉を止めた。
「聞いて下さり有難う。
 フラウからも伝えて頂けますか。
 ──────と」
 全てのカインの言葉を耳にした老婦人は、その申し出にこの上ない幸福に満ちた微笑みで頷いた。


『──────』
 何かを聞いたような気がする──カインとは別室で目を覚ましたイェルクは、目にした時計がいつもよりかなり遅い時間を示している事に気が付いた。
「いけない、休日はつい朝寝坊……本?」
 慌てたイェルクの目に飛び込んできたものは、頭のとても近くに置かれた、造りのしっかりした純白の本だった。
 半身を起こして、何気なくページを開く。
 あったのは、相手への尊敬と感謝を綴る文字。
 カインの言葉である事は直ぐに分かった。しかし、イェルクはそれが自分ではなく、彼の亡くした妻への言葉であるのだろうと疑わなかった。
 何故それがここにあるのか分からないが、もしそうならば無為に読み進めるのも申し訳ないとすら思う。
 これ以上彼の心を詮索するのは良くない。本を捲るのを止め、ぼんやりと開いたページに目を向けた。
「……」
 そして、思う。
 これらが全て彼の妻に宛てられていたとするならば──やはり自分には敵わないのだろう、と。自分はその程度の存在なのだ、と。
 カインから自分への思いの丈を幾ら聞いても、自分はその人とは違うところが良いと幾ら聞いても。
 比較してしまう、自分と比較せずにはいられない。彼がかつて心から愛した人。
 だから……
「……知っていました」
 分かり切った諦念と共に、本を閉じる。

 その瞬間、ふわりと数ページ先が見えた気がした。
 そこにあったのは、自分の名前。
 イェルクは普段の仕草にそぐわず、飛び跳ねるように慌てて再び本を開いた。駆け急ぐように、もう一度最初から一気に読み始める。
「……ぁ……」
 どうして見えなかったのだろう。確かに最初はカインの妻の話、
 しかし改めて目に入れれば、そこにはずっと前から自分の名が刻まれていて、そこからの本のページは亡き彼の妻への存在の、実に倍を占めていたというのに。
 綴られる言葉は今、隣にいてくれる事への感謝と……
 ──気付いてほしい、と。
 今存在するイェルクが、カインという存在にとって、どれだけ価値があるものなのかを。

「……」
 ……半身を起こしたシーツに、一筋、頬を伝った雫が落ちた。
 そして最後には、その文字を目にするまで──朝に耳にして夢かと思っていた、カインの声で告げられた言葉で締め括られていた。

『いつも有難う、愛している』

「……ッ……!」
 思わずイェルクは口を押さえた。自分に向けられた咲き誇る華のような言葉の数々。止まらない、押さえた手すらしとどに濡らす零れる涙が止まらない。

「(……最初は鬱陶しかった。
 強制的に同居を決め、何かと声掛けてきて)」
 放っておいて欲しかった。自分には喪に服するべき彼女がいたから。
 それなのに、
「(あなたはずっと私を心配してくれてた)」
 依頼を通して。時間を掛けて。ずっと、そんな自分を気に掛けてくれていた。

「(あなたがいるから今の私がある。
 私の世界に光と色が戻ったのはあなたがいたからだ……!)」
 本が濡れないように──感情にかき消される前に、閉じた表紙にまた一滴。

 ……あなたの支えになれてて、嬉しい。

 溢れ出た思いに、逆らう理由も術も無かった。
 そのまま屈むように俯いた。涙が一気に落ちる音を聞いた気がした。
 側に、心配するように寄り添ってくる、レカーロという種族の温かな体温が触れる。
「……大丈夫、です」
 ティエンと名付けて可愛がっているレカーロへ、涙でぐしゃぐしゃの笑顔を向ける。
 同時に、ティエンが小走りに部屋を出て行った。
 一瞬何が起きたのか分からなかった。しかし離れたところから聞こえてきたカインの声に、その行動がカインを呼びに行ったのだと知る。
 今このままの顔では──そう思うのと、部屋にカインが入ってくるのは同時だった。
「おい、何があった! 大丈夫か?」
 軽くイェルクの肩に手を掛けて、カインが顔を覗き込む。
 今──あれだけの、思いをくれた人が心配してくれている……それはイェルクにとって抱き付きたい程幸せで。

「……あなたに、愛されて幸せです」

 言葉と共に、朝いつもカインがしてくれるキスに込められた想い全てを返すように、今度は自分から相手に口付ける。
 それからじっと、その目を見つめて微笑んだ。


 あなたの想いは全て聞きたい。
 これからも沢山聞かせて──





依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 館林 花  )


エピソード情報

マスター 三月 奏
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ EX
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月27日
出発日 03月06日 00:00
予定納品日 03月16日

参加者

会議室

  • [12]蒼崎 海十

    2016/03/05-23:47 

  • [11]蒼崎 海十

    2016/03/05-23:47 

    フィン:
    モ=ジスウは強敵だったね…!
    こちらもプラン提出完了したよ。

    皆の話、とっても楽しみだ♪

  • [10]信城いつき

    2016/03/05-23:43 

    俺たちもプラン提出したよ
    まだ話したいこといっぱいあったのに、モ=ジスウに邪魔されたー!
    (老婦人引き留めてでも、まだまだ話したかったスタイル)
    でも気持ちはめいっぱい詰め込んだよ!

    みんなもおつかれさま。みんなのいい話楽しみにしてるね

  • (フィンが快眠……なるほどな)

    >いつき
    そういう機会がありゃいいんだがなぁ。
    タイミング次第かねぇ。

    >スウィン、イルド
    イルドの貴重なめもりー(棒)だから、勿体無い。
    まぁ、何だ、頑張れ若者?

    っと、俺はお上に出し終えてきたんで……

  • [7]スウィン

    2016/03/05-19:07 

    イルド:あの時の事ははやく忘れろ…ッ!

    スウィン:あら、忘れるなんてもったいないわよねぇ?(くすくす)
    という事で、スウィンとイルドよ。皆よろしくね♪

  • [6]信城いつき

    2016/03/05-12:05 

    こんにちは!信城いつきと相棒のミカだよ。みんなよろしくね。

    ミカは本業の方、頑張って色々とアクセサリー作ってるよ。本当に、仕事の時『は』真面目なんだよね…(小さくため息)
    カイン達ともぜひ一度ゆっくり話をしたいなって言ってたよ

    そうだ!仕事の事も話しないと、あのねあのね……(がんがん老婦人に話しに行くスタイル)

  • テオドア・バークリーとハルト、よろしく、だ。

    何か起きたら枕元に見覚えのない本が置いてあったんだけど
    開けていいの、これ?

  • [4]蒼崎 海十

    2016/03/04-01:08 

  • [3]蒼崎 海十

    2016/03/04-01:07 

    フィンです。
    パートナーは海十。

    テオドアさんとハルトさんとは、はじめましてだね。
    他の皆は、またご一緒出来て嬉しいよ。

    皆さん、宜しくお願いします!

    カインさん、やだな~俺は毎晩快眠だよ。ホントだよ?

    今回は俺が色々語ってみるつもり…でも、案外言葉にするのって難しいね。

    よい一時となりますように。

  • カインとイェルクだ。
    全員と面識あるな。

    ……イルドは『あの時』は災難だったな(笑い微妙に堪えてる)
    ミカの方は本業どうだ。今度ゆっくり話そうや。
    フィンは……お前、色々な意味で寝てるの?(まがお)
    ハルトは……うちのとフィンと同じプレストガンナーか。よろしくなー。

    支えてくれる……。
    いい機会だから、自分自身の中を整理する意味でも話しておこうと思うぜ。

    個別描写ってことだから接触はないが、それぞれいい時間過ごそうや。

    ってことで、


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