【薫】記憶を呼ぶアロマポット(木乃 マスター) 【難易度:難しい】

プロローグ

 ある日、こんな噂が流れてきた。
『忘れていた記憶を、思い出させる店があるらしい』
 それはタブロスのスラム街で商いをしており、毎日違う場所で店を開いているのだという。
 ――そんな摩訶不思議な、都市伝説のような妖しい店を……見つけてしまった。
「いらっしゃい」
 エキゾチックな装いに身を包む色黒い女が、豪奢なソファで胡坐を組んでいた。
 口元はヴェールで覆い隠し、金貨の装飾が付いたブラと、真っ赤な薔薇色のロングスカートには大きなスリットが入っている。

 意味深な言葉を発する女に、警戒心を抱きながら――固唾を呑んで見つめる。
「思い出したい記憶があるのかしら? 幸せな過去、心の箱に仕舞われた傷、遠くへ行った思い出、目を逸らしている罪……そう言った、心の闇や光を垣間見たくはないかしら」
 女の発する神秘的な雰囲気に呑まれないよう、拳に力を入れると強張って震えが走った。
「……どういったものなのか、説明してもらえるか」
 問いかけに対し、女は悠然とした態度で首を縦に振る。

「そこの個室で、こちらで用意した精油をアロマポットで焚いてもらうの。そして『強く感情の残った記憶を持つ方』の記憶のヴィジョンを二人で見ることになるわ。見るときは第三者視点……つまり、記憶の持ち主本人も、他人の視点から見ることが出来る」
 ただし、アロマポットの熱源はロウソク……ロウソクの火が消えた時点で、その記憶のヴィジョンは消え失せる。
「勿論、思い出したくない記憶に辿り着いてしまう恐れもあるわ……そういう記憶ほど、感情が強いから。止めたい時は……ロウソクの火を、吹き消して。火さえ消えてしまえば、それ以上焚かれることもない」
 逃れる術はそれだけだから、止めるなら火を必ず消すよう、女は念を押す。

「さ、ここに4つの精油がある……幸福、傷心、追憶、悪意……お好きな物を、選ぶなさい」
 女は妖艶な仕草で、誘惑するように手招きしてみせる。

解説

妖しいお店に500Jr支払いました
描写は個別となります

●目的
忘れていた記憶と、向き合う

忘れていた記憶に対して克服する、受け入れる、拒絶するなど
記憶を保持したまま結末を迎えられたら、成功です
(また忘れる、思い出さなかったことにするなど、別の機会に思い出す可能性がある場合は、失敗となります)

●アロマポット
ロウソクは30分ほど燃焼します

精油はいわゆるアロマオイルです
『強い感情が残っていた方』の記憶のヴィジョンを一緒に見せます

幸福(スズランの香り):忘れていた幸せな、嬉しい記憶を呼び起こす
傷心(カーネーションの香り):忘れていたトラウマ、悲しい記憶を呼び起こす
追憶(ローズマリーの香り):忘れていた思い出、楽しい記憶を呼び起こす
悪意(ロベリアの香り):忘れていた自身の罪、怒りの記憶を呼び起こす

精油は『結末に残った感情』に反応します
最初は楽しい記憶だったけど、悲しい結末を迎えた場合は『傷心』
序盤はどん底な記憶だけど、嬉しい結末を迎えた場合は『幸福』となります

間違った精油を選んでしまった場合は、思い出す人物の精神にかなり負担がかかり気絶し強制終了(失敗)となります

思い出す方のプランは文頭に★を、使う精油は『名称(幸福、悪意など)』をプランに記載してください
今回は香りの描写が少し控えめになります

●お願い
・思い出す方
文頭に★を記入してください
どんな記憶を思い出すか、その思い出に対する反応、見終わった後の反応を教えてください

・一緒に見る方
見えた記憶に対する反応、パートナーの様子に対する反応、見終わった後の反応を教えてください
また、ロウソクの火を消すかどうかの判断もこちらに記入してください

●諸注意
・多くの方が閲覧されます、公序良俗は守りましょう
(社会的な問題に抵触する、倫理的な問題に抵触する、性的なイメージを連想させる内容は厳しめに判断します)
・『肉』の1文字を文頭に入れるとアドリブを頑張ります

ゲームマスターより

木乃です。褐色肌のお姉さんがよく出てきますよね、好きなんですか? 大好きです。

今回は忘れていた記憶と向き合うエピソードでございます、ガチシリアスです。
ウィンクルムの心をガッツリ抉りにきました。

今回の難易度が高い理由は『精油の選択を、意図せずに間違えてしまう恐れが、充分あり得るだろう』と判断したためです。
忘れていた記憶の結末が嬉しい、悲しい、楽しい、怒りのどれなのか……見極めて頂けますようお願いします。

それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)

 

「思い出したい……記憶」
自分の中では特にない、そう言いかけて脳裏をよぎる。
一昨年、珊瑚が打ち明けた「誰かが自分を呼んでいる」という話を。

「珊瑚、炊いてみるか?」
恐る恐る珊瑚の方を向き、問いかける。
「お前が忘れた記憶の中に、その人がいるかもしれない」

和洋折衷な室内に驚く。
途中、偶然見た写真が自分の祖母を彷彿とさせたが、
珊瑚の前に、彼と瓜二つの少年が現れた途端、そちらに意識が向き、更に驚愕。

最初は珊瑚の為に、消さないつもりだった。
けど、苦しむ珊瑚を見ていられず、途中で火を消す。

ヴィジョンを強制的に終わらせた気がして罪悪感が募るも、珊瑚の答えを待つ。
(あの子の声に答えられるのは……お前しかいない)


フィリップ(ヴァイス・シュバルツ)
 
★  傷心
親がいない自分に良くしてくれた兄妹がいた。その内の妹とはよく遊んだ仲だった
 ある日、自分より七つ年上の男が、神人である自分をデミ・ウルフから庇って死んだ
消え去りそうな声で男は「お前は死ぬな」と言っていた
その男は自分と遊んでくれた妹の兄
妹は「悪いのはオーガ。あなたは悪くない」と微笑んでいた

見ている間、手が震えた
五と十五歳の頃の記憶だろ。二年経ったのか……。思い出すまでの時間が長すぎだ
…忘れていたこと冷たいって思ったか? ヴァイス
自分に良くしてくれた人間のことを忘れるなんて
…。気、遣わせて悪い…
アンタはそういう精霊だったな…
ああ…忘れない。また忘れたら、あの人に怒られる
…ん、良い。消してくれ


●心の箱は開かれた
「いってらっしゃい、決して記憶を深追いはしないように」
 ――追い過ぎれば『自分』を追い詰めるだけだから。
 そう言う女の流し目を背に受けながら、フィリップとヴァイス・シュバルツは個室へ入っていく。
 ロウソクの灯火で照らされた薄暗い部屋は、豪奢な柄の絨毯と木製のテーブルが置かれた簡素な内装だった。
 そしてそのテーブルの上に、件のアロマポットが置かれている。
「傷心、か」
 椅子に腰をかけて頬杖をつく相棒の声に、フィリップが視線を向ける。
 無染色の真っ白い髪は、オレンジ色の灯火を受けて薄く色づいていた。
「心の箱に仕舞われた傷、なんてクッサい言い回ししてやがったけど……悪趣味な商売してやがるぜ」
 へっ、と露骨に不快そうな表情を浮かべるヴァイスは鼻で笑う。
「忘れてた記憶なんて、すぐ思い出せるわけねぇだろ」
「……だが、火のない所に煙は立たない」
「はいはい。要するに、やってみなきゃ解んねぇってことだろ?」
 選んだのは『傷心』と書かれたラベルの小瓶。
 女の言葉が嘘でなければ、フィリップかヴァイスの記憶のヴィジョンを垣間見ることになる。
「さっさと火ィつけちまおうぜ」
 しびれを切らしたヴァイスはアロマポットの上部皿に水を差し、小瓶から精油を一滴垂らす。
 マッチで火を点けると、ロウソクに灯し――アロマポットの中へ押し込む。
 一連の動作をフィリップは静かに見つめていた。
(ヴァイスの記憶か、俺の記憶か)
 もし自分の記憶だとしたら、一体なにを思い出したいのだろう。
 ぼんやりと思考を巡らせていると、カーネーションの仄かに甘い香りが感じられた。

 瞬きをしたほんの僅かな一瞬――周囲の光景が、変わった。
 木々の生えた自然豊かな土地、その中でひっそりと佇む建物の姿。
 経年による劣化が目立つ、寂れた地味な外観。
 けれど、見た目以上には丈夫そうな印象を見受けられた――明らかに、先ほど居た場所と全く別の場所に見える。
「ここは……」
「待ってよー!」
 唖然としていたフィリップに向かって、慌ただしく駆けていく黒髪の幼い少女の姿。
 驚いたフィリップが椅子から立ち上がろうとする。
 ――その少女はぶつかったかと思うと、通り抜けるようにフィリップの身体からすり抜けていった。
 少女はヴィジョンの一部なのだと、すぐに解った。
「こっちだよ、ここに隠れれば大丈夫!」
 向かった先に見えるのは、白銀の髪とアイスブルーの瞳を持つ同じくらいの男の子。
 子供らしいあどけない容姿だったが、見間違えるハズもない。
(あれは……)
 無邪気に茂みの中へ身を潜めていく男児は、幼い頃のフィリップ。
「これがヴィジョンってやつか?」
 少年の正体に気づいていないヴァイスは、目の前に広がる光景を見回していた。
 ヴァイスの背後から歩み寄ってくる、少女達より少し年上に見える黒髪の少年。
「……あ」
 フィリップは、その顔に見覚えがあった。
 キョロキョロと辺りを見回していた少年は、先ほど少女達の潜りこんだ茂みへと足を向ける。
 ――茂みからほんの少し、黒と白銀の髪が見えていた。
「見ーっけ!」
「えー、もう見つかっちゃたぁ」
 茂みを掻き分けると、隠れていた少女と幼いフィリップの姿を見止め笑い声をあげる。
 少女は不満そうに唇を尖らせた。
(あの二人は……確か、兄妹なんだ)
 少しずつ、フィリップの中で記憶が思い起されていく。
 親の居ない自分に良くしてくれていて、妹とはよく一緒に遊んでいた仲で……幼馴染、と言うのだろうか。
 兄の方は7つ離れていて、実の弟のように接してくれていた。
「……フィリップ?」
 ヴァイスがフィリップを見ると、僅かに顔を強張らせていて……その様子に眉をひそめる。

 ――ひゅう、と風が吹いたと思うと景色が変わった。
 そこは先程よりも木々が生い茂り、森の中なのだろうと思った。
(この光景……何故、怖いと感じるんだ?)
 フィリップは込み上げてくる震えを押さえようと、爪が食い込むのも構わず白くなるほど手を握りしめた。
 ドクン、ドクンと鼓動を感じる度に、息が詰まりそうになる。
「……あれって」
 ヴァイスの視線の先には、今より少し幼さの感じられるフィリップと、すっかり成人している黒髪の少年の姿。
(やっぱ、フィリップの記憶なのか)
 薄々感づいてはいたものの、この記憶は一体なにを示そうとしているのか。
「ハァ、ハァ……!」
 森の奥から駆け抜けてくる二人の姿。
 息が上がるのも構わず、走り抜けてくる顔には焦燥が見られた。
(確か、この時はもう顕現していて……酷く胸がざわつく)
 覚えがある気はするのに、思い出せない――フィリップは『見たくない』と感じている自分が居ることに気づいた。
「――うぁっ!?」
 足をもつれさせたヴィジョンのフィリップが、地面に転げていく。
 ……そして、その向こうから迫る一匹の狼。
 額から生える短い角がただの狼ではないことを示していた。
「デミ・ウルフ!?」
 霧がかかっていたように霞んでいた記憶が、次第に晴れていく。
「フィリップっ!!」
 転倒したフィリップに気づき、青年が振り返る。
 デミ・ウルフは好機とばかりに猛烈な勢いで迫ってきていた。
 ――雄叫びをあげながら、デミ・ウルフは肉薄する。
 次の瞬間、真っ赤な血しぶきが周囲に噴き出した。
「あ、あぁ……」
(そうだ、俺は――アンタに助けられたんだ)
 デミ・ウルフの鋭い牙は、飛び込んできた青年の首筋を深く抉りこむ。
 その光景を目の当たりにした『自分』を見ることが出来ず、フィリップは両手で顔を覆った。
「見つけたぞ!!」
 一瞬遅れて、その場に飛び込んできた見知らぬ男達――ウィンクルムだった。
 脇腹に強打を打ち込むと、デミ・ウルフは青年から口を離した。
 ――青年の幻が、間近に倒れこむ。
「おい、しっかりしろ!!」
 若いフィリップが青年の元に近づいていくと、抉られた箇所から鮮血が勢いよく流れ落ちていた。
「……フィリ、プ」
 青年は焦点の合わない瞳を向け、消え入りそうな声を絞りだす。
「おま、えは……死ぬな……」
 その言葉を残し、青年は沈黙した。
 始終を見ていたヴァイスも、言葉が出なかった。
 ぐにゃりと景色が歪んだと思うと、今度はどこかの部屋に変わっていた。
「済まない、済まない……!」
 そこには喪服姿の黒髪の少女とフィリップがいた。
 肩を震わせ繰り返し呟き続けるフィリップに対し、少女は静かに口を開く。
「悪いのはオーガよ、あなたは悪くない」
 語りかける少女は励ますように微笑み、瞳の奥で悲しみを押し殺していた。

(……こりゃ思い出したくなかった記憶だろ)
 ヴァイスは目の前で嗚咽を漏らすフィリップと、気丈に微笑む少女の姿から目を逸らす。
(だが、なにがあったのか大体わかった。過去に友達の兄を目の前で亡くしてる、なんてな)
 こんな過酷な記憶を引き出す商いにしているとは、やはり悪趣味だと心の中で悪態を吐く。
「五と十五歳の頃の記憶だった」
 項垂れているフィリップがぽつりぽつりと、言葉を漏らしていく。
「もう二年も経ったのか……。思い出すまで時間がかかりすぎた」
 どうしてこんな大事な記憶を、忘れていたのだろう……フィリップは自嘲する。
「……忘れていたこと冷たいって思ったか? ヴァイス」
 自分に良くしてくれた人間のことを忘れるなんて、薄情な人間だろう?
 自身を責めるような台詞に、ヴァイスはいつもの調子で返した。
「忘れる記憶、そんなもんいくらでもあるだろ」
 『昨日食った昼飯だって覚えてねーよ』と、軽口を添えてみたがフィリップの表情は沈んだままだった。
「……。気、遣わせて悪い……」
「ばぁか、テメーにはぜってー気なんか遣わねぇっての」
 顔をしかめるヴァイスはテーブルに置かれていたアロマポットに向き直る。
「これ消すぞ。……もう忘れんなよ……?」
 ヴァイスの言葉に、フィリップは小さく頷く。
 これ以上、自分の泣き姿を見ていてもいい気分はしない。
「ああ……忘れない。また忘れたら、あの人に怒られる」
 消してくれ、とヴァイスに頼むと一息にロウソクの火を消した。
 少女の微笑は、薄い暗闇に溶け込んでいった。

●幼心を傷つける者たち
「思い出したい……記憶」
 呟いた瑪瑙 瑠璃の中では特になかった……『自分の中』では。
 脳裏をよぎるのは、かつて瑪瑙 珊瑚から打ち明けられた話。
(誰かが呼んでいるって、あいつは言っていた)
 固唾を呑む瑠璃の様子に、女は口元に微笑を浮かべる。
「生業にしている私が言うのもなんだけれど、無理をする必要はないのよ。見たくないものをわざわざ見る必要はないもの」
 選ぶのは貴方達よ。
 そう言いながら脚を組み直す女の視線に、心を見透かされているような気分になる。
 同時に、それは後押ししてくれているのではないかと錯覚させられた。
「珊瑚、焚いてみるか?」
「……え」
 恐る恐る珊瑚の方を向くと、この場の雰囲気に圧倒されていたのか、珊瑚は酷く緊張している。
 ぼんやりする珊瑚に瑠璃は改めて問いかけた。
「お前が忘れた記憶の中に、お前を呼んでいる誰かがいるかもしれない……やるか?」
 瑠璃の真剣な表情に、珊瑚は顔をしかめる。
 それでも瑠璃は視線を逸らさず、じっと見つめて返事を待った。
「……わかった! やってみる、これって一人で見る訳じゃねぇもんな?」
 その言い回しに『一人で見ることに不安がある』という意味が含まれていた。
 女は小さく頷くと、改めて4つの小瓶から選ぶよう勧めた。
「……」
 正直なところ、珊瑚にとって思い出したい記憶が、良い記憶なのかも全く解らない。
 どんな経緯を辿ってきたものなのか、足跡すら予想がつかない……四分の一の賭けと言える。
(何が起きても、俺が責任をもつ)
 ――瑠璃が手を伸ばしたのは『傷心』の小瓶。
 もし良い記憶ならば、珊瑚なら絶対忘れないだろう……そんな予想をしていた。
 瑠璃は珊瑚と個室に入ると、早速テーブルに着いた。
「なぁ、瑠璃……実はさ」
 気まずそうに頬を掻く珊瑚は、視線を泳がせる。
「あの後な、あの声に似た奴と夢で会ったんだ」
 自分に似ていた。
 目を伏せながら語る珊瑚の様子は、どこか不安な感情が滲み出ていた。
「……じゃあ、点けるぞ。お前は強く念じるんだ」
(自分の記憶が、呼ばれるように)
 手早く準備を済ませていた瑠璃が、ロウソクに火を灯す。

 カーネーションの甘い香りに気を取られていると、部屋の様子がいつの間にか変わっていた。
 和洋折衷の、独特な内装。
 二種の様式がほどよく入り混じった部屋に変わっていたことに、瑠璃は驚いて周囲を見渡す。
「え、え? どこだよ、ここ」
 それは珊瑚も同じようで、見覚えのない光景に目を白黒させている。
(珊瑚も知らない? ……いや、それはあり得ない。これは『珊瑚の記憶』から生まれたヴィジョンだ)
 それならば答えはひとつ――知らないのではなく、珊瑚が『覚えていない』のだ。
(一体、珊瑚がいくつの頃の記憶なんだ?)
 なにか手掛かりになりそうなものはないか――視線を巡らせていると、ふと写真が目に入った。
 本来の部屋の広さが把握できていなかったこともあり、壁にぶつかる恐れを考えて、椅子に座ったまま写真を凝視する。
「……?」
 その写真に写る姿は自分の祖母のように見えた。
 しかし、ここは珊瑚の記憶の中……自分の祖母の写真が置かれているなんて、あり得ない。
 瑠璃が考察しようとしたその時、ヴィジョンの形成した両開きの扉が勢いよく開かれた。
「こっちだ!」
「う、うん!」
 二人の幼い子供が飛び込んできたのだ。
 駆けこんできた、その姿。
「「!?」」
 瑠璃と珊瑚が視線を向けると、目を見開いた。
 その子供は同じ顔をしていたのだ――自分達と。
(違う、これは珊瑚の記憶だ! だから片方は珊瑚で違いないんだ……だが、もう一人は?)
 まだ小学生にもならないくらいの年頃だろう、今にも泣きだしそうな少年と同じ顔の少年が励ましていた。
「だいじょうぶ、なんとかしてやるから!」
「でも、珊瑚……」
 励ましている方が幼い頃の珊瑚らしい。
「……ッ!?」
 様子を見ていた珊瑚はズキッ、と頭に鋭い痛みが走り、テーブルにうずくまる。
「珊瑚?」
「な、なんでもねぇ、よ」
 頭を抱えて突っ伏す珊瑚の肩を瑠璃が揺すると、なんでもないと言って頑なに顔を上げようとしない。
「珊瑚、いい加減にしなさい!」
 開け放たれていた扉から、壮年の男と妙齢の女が入ってくる。
「これ以上、お父さんを困らせるんじゃない」
 そう言って父親を名乗る男は、珊瑚の首根っこを掴むと引き剥がそうとした。
「やめろよぉ! なんで、お別れしなきゃなんねーんだよ!? かってなこと言うな!!」
 ジタバタと両脚をバタつかせ、必死に抵抗する幼い珊瑚は同じ顔の少年の両手を互いに取り合い、離そうとしない。
 ――見かねた女性は、少年の身体を抱きかかえた。
「や、やめて、母上、やだ……珊瑚ぉっ!」
 ぐい、と力づくで引っ張られてしまえば、幼児の握力では無駄なあがきにしかならなかった。
 引き剥がした母上と呼ばれた女性の腕の中で、少年が泣き叫ぶ。
「やだぁっ、離れたくない! 珊瑚、珊瑚ぉ……!!」
 一歩一歩、女性が歩みを進めるたびに離れて行ってしまう。
 助けを乞うように手を伸ばす姿に、幼い珊瑚も必死に手を伸ばして応えようとするが――無情にも、扉は閉められる。
「やだっ、離せっ! 離せよぉぉ!!」
 父親に取り押さえられている珊瑚は後を追おうと暴れ、叫び続けていた。
「は、ぁ、あ」
「……」
 ガチガチと身体を震わせうずくまる珊瑚の姿を見て、瑠璃は酷く後悔した。
(珊瑚の為になると思ったのに……これじゃあ、逆効果だ)
 これ以上、怯える珊瑚の様子を見ていられなかった――瑠璃はロウソクの火を消した。

 火を消すと次第に薄暗くなっていき、入った時と同じロウソクで照らされた簡素な部屋に戻っていた。
(これで、よかったのか……?)
 ヴィジョンを強制的に終わらせてしまったことに、瑠璃は罪悪感を覚えるが『危険だと判断したらすぐに消せ』と念を押されていたのだ。
「珊瑚、大丈夫か」
 今は最善の行動をとったのだと思い込むことにして、珊瑚の様子を窺う。
「……瑠璃、思い出した」
 珊瑚の声は弱々しく、震えていた。
「六歳の頃、両親が……離婚してて、その時の記憶を見たんだと思う」
 静かに呟く珊瑚の言葉を、沈痛な面持ちで瑠璃は耳を傾ける。
 ――今、この場で、自分が聞き届けなければならない。
 そんな使命感に似た感情があった。
「あいつ、双子の弟なんだ……母方と父方に別れて、引き取られて……!」
 言葉を詰まらせそうになりながらも、珊瑚は血を吐くような思いで、瑠璃に伝え続けた。
「母上がどこに行ったのかも知らなくてさ……親が離婚した以上、弟の事も忘れてさぁ、新しい人生送りたかった……けど、弟は……う、うぁ、あぁぁ……!!」
 堪えていた感情が溢れ出て、珊瑚の涙に変わっていく。
 嗚咽を漏らしながら、ボロボロと泣き崩れる珊瑚の姿を瑠璃は見つめる事しか出来なかった。
(あの子の声に答えられるのは……お前しかいない)
 自分の無力さにこれほど怒りを覚えたことはない。
 しかし、珊瑚の抱えている問題である以上……いま以上に悪影響を出してしまうことに、瑠璃は恐れを感じている。
 ひとしきり泣いた珊瑚が体を起こすと、瞼が真っ赤に腫れあがっていた。
「今度、弟の声が聞こえたら伝える」
 オレはここにいる、お前の傍にいるって。
 ――心はいつだって一緒だ、と。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木乃
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 難しい
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月05日
出発日 02月14日 00:00
予定納品日 02月24日

参加者

会議室

  • [2]瑪瑙 瑠璃

    2016/02/13-23:59 

  • [1]瑪瑙 瑠璃

    2016/02/13-17:18 

    ……挨拶しないまま、出発するのは味気ない気がしました。
    したっけ、自己紹介します。
    瑪瑙 瑠璃(めのう るり)と相方の珊瑚です。

    珊瑚:
    フィリップとヴァイスは初めましてだよな!?
    珊瑚やさ!ゆたしくな(よろしくな)!

    忘れていた記憶が思い出せるって事で、楽しみだったり、怖かったりしてるぜー。
    ……やしが、何も起こらなきゃいいけど。


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