


トレイシーは秋の大輪の園に来ています。トレイシーは、顕現して間もない神人です。精霊は一人。三つ年上のジェフと言います。
美しい花々の咲き乱れる花壇や、紅葉した銀杏や楓の奥にあるベンチの方に、ひとりぼっちで歩いて行きます。
トレイシーはベンチに座ると、おもむろに顔を両手で覆いました。
じわり目尻に涙が浮かんで、ぽろぽろとトレイシーは涙をこぼし、嗚咽を上げて泣き出した。あたりには人影はなくて、花と、イチョウの枝に留まっている啄木鳥だけがトレイシーの様子を見守っていました。
ジェフが酷かったのです。
最近、些細な事で喧嘩を繰り返していて、謝るのは何故かいつもトレイシーの方。
なんだかジェフはそれを当然と思っているような態度。
それと、ジェフはいつも自分の過去を話してくれないし、ジェフの事を知りたがるトレイシーの事をうっとうしがっている様子。
「そんなのどうでもいいじゃないか」
……ジェフを知りたいと思うトレイシーの気持ちがどうでもいいと言われているみたいで、トレイシーはとても傷ついています。
その上で、先日、タブロスの大通りでジェフが同い年ぐらいの女性と歩いているのを見かけました。その夜、ジェフのスマホに連絡したのですが、何をやっても繋がりません。
そのことを問い詰めたら、また酷い喧嘩になってしまって、友達に相談したら
”ふうん、ウィンクルムってそんな感じ? 私には、分からない”
……という反応が返ってきてしまったのです。
ウィンクルムとかではなく、分かって欲しかっただけなのに。
ジェフの気持ちが分からない。自分の気持ちも分からない。友達にも分かってもらえない。そういう訳で、トレイシーは一人、大輪の園に来て奥のベンチで泣いていたのでした。
泣いているうちに、トレイシーは夢を見ました。
小さい子供が見えます。
見た事のない子供。子供なのに、子供らしさがありません。目にも顔にも生気がない。
見た事がないのに、トレイシーは夢の中で、それが子供時代のジェフだと分かりました。
ジェフは、埃まみれの散らかった部屋の片隅で、大きなハードカバーの研究書を読んでいます。
読みながら、安価なスナック菓子をバリバリ。
部屋は夕暮れ時、電気もついていず、沈んでいく夕日の光を頼りに、ジェフは一心に大人でも難しいような本を読んでいて、スナックを食べるバリバリという音だけが耳につきます。
(お父さんや、お母さんは……? こんな小さい子をほったらかしておいて……?)
トレイシーは心が寒くなるような光景に対してそう思います。
……お父さんは悪魔。お母さんは悪い魔女。それから生まれた僕は、ろくでなし……
そんな声が聞こえたような気がしました。
びっくりして子供を見つめ直しますが、彼は相変わらず生気のない無表情で本を読み続けています。
……人に優しくされた事がないから、どうすれば優しく出来るか分からない。愛情を示したくても、自分がされたことがないから、どうすればいいか分からない。カップラーメンで育てられた子供が、いきなりまともな料理が作れないように……
誰かのそういう声が聞こえました。
不意に、トレイシーの心に、優しい感情が注がれてきました。優しく包み込むような、それでいて切ない、泣きたくなるような溢れる愛情です。それがジェフのものであると、トレイシーは理解しました。トレイシーの目に別の涙が込み上がってきます。
そこでトレイシーは我に返り、ベンチの上で辺りを見回しました。自分が夢を見ていたのが分かりますが、それはあまりにリアルな夢で、まるで今目の前で起こった出来事のように感じられたのです。
「一体……」
トレイシーはハンカチで涙を拭いながらそう言いました。
「今のは、花の仕業でさあ」
いつのまにか現れた青年がそう言いました。青年はユーズドハットを目深に被っていて表情がよく見えません。青年はクーラーボックスの中からガラスの小瓶を取り出しました。
「大輪の園の花は、ウィンクルムの皆さんが理解しあえるように、応援しているんでさあ。今のは、そこの竜胆がしたことでさあ。花が、相方の気持ちや相方の願い、過去……そういうものを教えてくれるんです」
「そんな……」
トレイシーはびっくりして息を飲みます。
「このお茶を飲めば、もっとよく分かります」
青年は小瓶を持ち上げて言います。
「お代は300Jr。このお茶を好きな花のそばに持っていって飲めば、相方の本心や本当の過去、本当の願いを知る事が出来るんです……どうです? 花がトレイシーを応援してくれています。……知りたくありませんか?」
トレイシーはなんだか悪い事をするようで気まずかったのですが、胸をドキドキさせながら、鞄から財布を取り出しました。300Jr……。これで、ジェフとうまくいくきっかけになるといいのですが。


大輪の園の花の側で不思議なお茶を飲むと、相方の本心、願い、過去etcなどを花が夢で教えてくれます。
・相方の夢を見る事が出来るのは、神人か精霊どちらか片方です。
・夢を見る方に 見 の表記。またどの花から教えてもらったかアルファベットを表記してください。
・夢の内容、それから夢を見た後にお互いがどんなリアクションを取ったかプランに表記してください。
・300jrになります。
教えてくれる花は以下になります。()内は花言葉です。花言葉に纏わる夢を見る事が出来ます。
Aネリネ(「また会う日を楽しみに」「忍耐」「箱入り娘」「幸せな思い出」「輝き」「繊細でしなやか」「麗しい微笑み」)
Bイチョウ( 「荘厳」「長寿」「鎮魂」「しとやか」「詩的な愛」)
Cカエデ(「大切な思い出」「美しい変化」「遠慮」「調和」「約束」「自制」「非凡な才能」)
Dシクラメン(「遠慮」「気後れ」「内気」「はにかみ」「遠慮がちな期待」「疑いを持つ」「絆」)
Eヒイラギ(「用心深さ」「先見の明」「保護」「歓迎」「用心」「剛直」)
Fコスモス(「乙女の真心」「平和」「調和」「謙虚」「美しい」「美的調和」「愛や人生がもたらす喜び」)
Gマリーゴールド(「悲しみ」「嫉妬」「勇者」「絶望」「友情」「予言」「悪を挫く」「可憐な愛情」「濃厚な愛情」「別れの悲しみ」「生きる」)
Hリンドウ(「正義」「貞節」「誠実」「淋しい愛情」「苦悩」「勝利」「貞淑」「愛らしい」「固有の価値」「あなたの悲しみに寄りそう」「悲しんでいるあなたを愛する」「悲しんでいるあなたを慰めたい」)
Iアイビー(「永遠の愛」「破錠のない結婚」「不滅」「不死」「友情」「死んでも離れない」「誠実」)
Jバラ(「情熱」「愛情」「あなたを愛します」「貞節」「美」「模範的」「熱烈な恋」「私を射止めて」「愛」「内気な恥ずかしさ」「輝かしい」「愛嬌」「新鮮」「斬新」「無邪気」「爽やか」「恋」「幸福」)
花がウィンクルムの愛を見守り応援してくれます。


◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
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見G 暗い部屋 たくさんの寝台が並んでいる 眠る子どものひとりに 彼の面影を見つけ 苦し気にその顔が歪むのに気づく 悲鳴を上げて跳び起きる彼 煩い 何時だと思ってると 周りに文句を言われ 必死に声を殺している もう少し大きくなった彼 夜中にそっと皆が眠る部屋を出て 電気の消えた食堂らしき部屋でうずくまっている 眠りそうに瞼が落ちかける度 手をきつく握りしめる 血が伝っているのに気づき息を呑む 怖い夢を見るから眠りたくないって …こんなに小さな時から? 名前を呼ばれ 目を開ける 心配そうなシリウスの手をそっと取る 掌を見れば 傷跡が沢山 過去を覗いたことを謝罪 …あなたは悪くない 誰が何を言っても わたしがそれを知っているわ 傷跡にそっと口づける |
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見 G 見覚えのある男女の姿 これはそーちゃんの両親? だけど思い出より険悪な雰囲気…どうして? 昔は仲が良かったのに、今はお母さんがお父さんを避けてるみたい それに、お父さんがそーちゃんを疎んでいる… まさか、息子に嫉妬しているの? …っ、そーちゃん、痛い… 碑文の内容が本当なのか、証拠は何もないでしょ それに前世なんて言われてもそんなの覚えてないし 大事なのは今、私とそーちゃんが出会ってここにいることだと思う 宥めるように言って微笑む こんなに不安そうにしてる所初めて見た ご両親のこと、きっとすごくショックで悲しかったんだと思う 何とかしてあげたい 手を優しく握り返し 怖くなったら、いつでも言ってね 私、すぐに飛んで行くから |
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☆夢 一人娘のエマと一緒に朝食作り。 『おじいさま、おはようございます!』と、エプロン姿のまま精霊に抱きつく娘と驚いている彼にクスリと笑みを零す。 こーら、エマ。 いきなり抱きついたらお祖父様が驚いてしまうでしょ。 お義父さん、おはようございます。 もうすぐエミリオも起きてきますから、皆で一緒に食べましょうね。 ☆目覚め 私今凄く幸せな夢を見てたんです。 エリオスさん、貴方の幸せって何ですか? 人によって形は色々だけれど、私の幸せは大切な人達と一緒に暮らすこと。 一緒に美味しいもの食べて、笑って、時には喧嘩して 、悲しい時は泣いて。 そんな当たり前のようで、とてもかけがえのないものを、私は貴方達と築いていきたいんです。 |
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見 G、絶望・生きる 夢 痩せた男の子 眼光の鋭さが印象的 体に合わない大きさのくたびれた服 スラムのような街の中生きるためなら何でもしていた 路地の影から普通の親子連れの姿を眺め己の未来に対する諦め 元より親の顔も知らない天涯孤独 今を生きる事だけで精一杯だった 風邪をひく前に起きた方が良くはないかの、呼ばれる声に目が覚める 促され見た夢の話を 朽葉の子供時代の話に言葉を失う 聞かれれば答えると以前言われてはいたものの、あまり乗り気ではない様子に聞けずにいた 無理に暴くような事になってしまい こんな夢を見なければ良かったのにと後悔 まるでこの花の花言葉をなぞるようだと思う それでも…私は朽葉おじ様が好き(身内的な好意)ですよ |
十月のある日、ウィンクルムは大輪の園へ訪れました。迷路のような花園で季節の花に見とれるうちに、相方とはぐれてしまいました。ベンチで休んでいると、不思議な夢を見ます。それから、ユーズドハットの不思議な青年が現れて、あなたは彼からお茶を買い、ある花の前で飲み干したのでした--
●八神 伊万里(蒼龍・シンフェーア)編
マリーゴールドの花の前で、八神伊万里は不思議な夢を見ました。
見覚えのある男女の姿が見えます。二人とも、もう大人です。
(……これはそーちゃんの両親? だけど思い出より険悪な雰囲気……どうして?)
伊万里はぎくしゃくしている大人達に驚きます。彼らは、彼女の精霊の蒼龍・シンフェーアの両親に間違いありません。
伊万里の記憶の中では、蒼龍の両親は素敵なウィンクルムで、家族全体から愛情が溢れていたはずなのです。
(昔は仲が良かったのに、今はお母さんがお父さんを避けてるみたい。それに、お父さんがそーちゃんを疎んでいる……)
父親を慕って追いかける様子の幼い蒼龍を、父親はつれなく追い払うのです。それを夢で見ているだけでも、伊万里の胸は痛みを感じました。
(まさか、息子に嫉妬しているの?)
不協和音を奏でる父、母、蒼龍の様子を見て、伊万里はそう思いました。蒼龍は何も悪くないのに……。
そこで、伊万里は目を覚ましました。ベンチの伊万里を見つけた蒼龍が優しく声をかけてくれたのです。
「そーちゃん、私、今ね……」
伊万里は正直に、ベンチで休んでいた時から先程の夢まで、起こった出来事を話したのでした。蒼龍を信頼しているのです。
全部を聞いた後、蒼龍は悲しそうに顔を曇らせました。
「知られちゃったんだね。そう、離婚したんだよ、僕の両親。父さんの束縛が強すぎて、うんざりした母さんが僕を連れて逃げたんだ。すごく強いウィンクルムだったのに、愛情が消えた今ではその力が出せなくなった」
蒼龍からそう告白されて、伊万里は言葉を失いました。伊万里の知らない間、ずっと、蒼龍は家族ゆえの寂しさを抱えていたのでしょうか。
「……話題を変えよう。ねえ、ヴァルハラの碑文のことは聞いたよね? ウィンクルムは前世からの愛で結ばれている、とかいうやつ。僕は信じられない。本当に結ばれてるなら別れたりしないはずでしょ」
蒼龍は伊万里の手を強く握りしめました。強い想いが握力に出ていました。
「……っ、そーちゃん、痛い……」
思わず伊万里が声を上げてしまうほどです。
しかし、蒼龍は手を離さずに、伊万里に詰め寄りました。顔を近づけて、体を近づけて、伊万里に迫ります。
「イマちゃんは違うよね? 僕から離れて行ったりしないよね? 前世とかウィンクルムとか関係ない、イマちゃんの気持ちを聞かせてよ。でないと僕も、父さんみたいに好きな相手に執着しすぎて失ってしまうかもって思って、怖いんだ……」
蒼龍は真剣そのものでした。声を震わせながら、伊万里にずっと想ってきた事を告げました。
伊万里は顔を上げ、蒼龍を見つめました。そして微かに笑って言いました。
「碑文の内容が本当なのか、証拠は何もないでしょ。それに前世なんて言われてもそんなの覚えてないし、大事なのは今、私とそーちゃんが出会ってここにいることだと思う」
なだめるように言う伊万里の微笑みに、蒼龍はいくらか落ち着きを取り戻し、伊万里の手を握る力をいくらか弱めました。それから、伊万里の肩の上に額を押しつけてきました。顔が隠れてよく見えませんが、伊万里は無理して見ようとはしませんでした。
(こんなに不安そうにしてる所初めて見た。ご両親のこと、きっとすごくショックで悲しかったんだと思う……)
いつも明るく人なつこい蒼龍の知らない面を見て、伊万里は心を寄り添わせました。優しく蒼龍の手を握り返します。
「怖くなったら、いつでも言ってね。私、すぐに飛んで行くから」
生真面目な伊万里は蒼龍を守ってあげたいと心から思い、そう言い切りました。自分が蒼龍の不安を和らげる事が出来るなら--。いいえ、きっと出来るはず。だって、自分達はウィンクルム。例えすれ違う事があったとしても、ウィンクルムの絆は、絶対に切れる事はないはずなのです。
●ミサ・フルール(エリオス・シュトルツ)編
ミサ・フルールは大輪の園ではしゃぎ過ぎ、咲き乱れるコスモスの前で、疲れて眠ってしまいました。その隣で精霊のエリオス・シュトルツは青年から買ったお茶を飲みました。
そうして、エリオスはミサの夢の中に入り込みました。
夢の中で、ミサは一人娘のエマと一緒に朝職を作っています。
まだ出会った事のない娘なのですが、ミサは、小さな女の子が自分の子供だとはっきり分かりました。
五歳のエマは、愛するエミリオと自分のたった一人の娘。髪の色と目の色はエミリオ譲り。容姿はミサそっくりです。
『おじいさま、おはようございます!』
起きてきたエリオスに、愛くるしいエプロン姿のエマは、ぱっと飛んでいって抱きつきます。驚いて目を丸くするエリオス。それを見て、ミサはくすりと笑いました。
「こーら、エマ。いきなり抱きついたらお祖父様が驚いてしまうでしょ。お義父さん、おはようございます。もうすぐエミリオも起きてきますから、皆で一緒に食べましょうね」
ミサはエマをたしなめて、自分の胸に抱きしめます。愛が溢れる幸せを、その胸いっぱいに抱き締めるのです……。
エリオスも夢を見ていました。
森の中にひっそりと佇む木造の家。大きなテーブルの上に並べられた美味しそうな朝食。ぼんやり眺めていると、いきなり小さな女の子が抱きついてきて、エリオスは驚きながら抱きとめます。
(……お祖父様だと? それはまさか俺のことか。つまりあの娘は俺の孫?)
動揺を隠しつつコーヒーを飲んでいると、起きてきたのはエミリオ。
『おはよう父さん』
思いがけない台詞にエリオスはコーヒーを噴きそうになります。
不思議そうな顔をするエミリオには何でもないと返して、四人で温かな食卓を囲んだのでした。
二人はほぼ同時に目を覚ましました。
ミサは隣のエリオスを振り返り、笑いながら言いました。
「私今凄く幸せな夢を見てたんです。エリオスさん、貴方の幸せって何ですか? 人によって形は色々だけれど、私の幸せは大切な人達と一緒に暮らすこと。一緒に美味しいもの食べて、笑って、時には喧嘩して、悲しい時は泣いて。そんな当たり前のようで、とてもかけがえのないものを、私は貴方達と築いていきたいんです」
エリオスは希望に満ちたミサの笑顔を眺めながら、胸にツンとした痛みが走るのを感じました。エリオスには、忘れられない過去があります。それが、ミサの想う未来にどう繋がるのか、分からないのでした。
「とても幸せで愛に満ちた夢だな。俺もお前と同じ夢を抱くことができたなら……」
そのコスモスの夢を共有する事が出来ただけに、エリオスは『夢』に夢見るミサを否定することが出来なくて、そう言いました。その夢を現実に変える方法が、どこにあるのか、分からなくて。
エリオスはそっと目を閉じて、想いを馳せます。失われた友人と恋人達の懐かしい記憶を思い起こすのです。かつて、彼は、彼らミサの両親達と、本当に幸せで、温かい時間を過ごしました。けれど、その幸せは壊れてしまったのです。そのときの辛さを、繰り返したくはありません。
だけど、出来るならば--
ただ、夢を見ることだけは、許されるならば、エリオスは、ミサの描く夢の先を生きてみたいと思っています。
全員が幸せになれる時を、生きてみたいのです。
それが、許される夢であるのならば。
ミサはそんなエリオスの隣で、コスモスの前にかがみ込んで、ピンクの花をそっと撫でつけました。花にお礼を言います。
「素敵な夢をありがとう……きっと夢を叶えてみせるわ」
●かのん(朽葉)編
かのんは精霊の朽葉と大輪の園に来てはぐれてしまいました。色々あって、かのんはマリーゴールドの花の前でお茶を飲みました。
たちまち、かのんは、朽葉の夢を見たのでした。
(痩せた男の子……)
夢の中でかのんがまず気がついたのはやせっぽちの男の子でした。
眼光の鋭さが印象的です。体に合わない大きなくたびれた服を着ています。
かのんはその男の子が、スラム街--のようなところ、で、必死に生き抜く光景を見守りました。
正に生きるためなら何でもするといった様子でした。
路地の影から見える、普通の世界で普通に生きる普通の親子連れ。
それを時折、眺めては、自分の未来に対して諦念を持ちます。
彼は、元より、親の顔も知らない天涯孤独なのでした。
--今を生きる事だけで、精一杯なのでした。
「かのん、風邪を引く前に起きた方が良くはないかの」
そう呼ぶ声を聞いて、かのんははっとして目を覚ましました。
「どうしたのじゃ」
かのんは躊躇いながらも話し始めました。たった今見た夢のことを。
朽葉はかのんの話す街の様子と少年の風体に埋もれた記憶が呼び覚まされるのを感じました。
「……それはまるで、我の子供の頃のようじゃの」
黙ってしまったかのん。かのんの次に、朽葉が話し始めました。
「親の顔も知らない捨て子でな。物心ついた頃には今で言う所のストリートチルドレンのような事をしておったよ。飢えを満たすためだけに生き、未来への希望なぞ欠片もなかった。まぁ、後ろ暗い事ばかりしておった故、かのんにはあまり知られとうなかったの」
訥々と話す朽葉でした。
今までは、かのんが自分の過去に触れる事で、何か厄介ごとに巻き込まれる事がないようにと、さりげなく過去の話になる前にそらしていたのでした。
かのんは朽葉の子供時代に、ますます言葉を失います。
朽葉からは、以前『聞かれれば答える』と言われていたのですが、彼が乗り気ではないことは感じ取っていたので、ずっと聞けずにいたのでした。
無理に過去の記憶を暴くような事になってしまい、後悔してしまいます。
(こんな夢を見なければ良かったのに……まるでこの花の花言葉をなぞるよう)
マリーゴールドの花言葉は、「悲しみ」「嫉妬」「絶望」「別れの悲しみ」……。
生まれた時から両親との別れを経験し、様々な苦難を受け続けた朽葉なのです。
かのんはそんな状況を生き抜いた朽葉を誇りに思いました。
「それでも……私は、朽葉おじ様が好きですよ」
朽葉はその言葉に笑みを浮かべて何も言いませんでした。
彼はかのんの話から聞いたマリーゴールドの花の前にしゃがみ、何事か考えていました。彼自身、マリーゴールドの花言葉の事を何か知っているのかもしれません。物思いに耽る朽葉。
かのんは朽葉の隣にしゃがみこみました。彼の方を向いて言います。
「ほかにもマリーゴールドには信頼の花言葉もあるんですよ」
その言葉を聞いて、ようやく朽葉は安堵の息をつきました。
マリーゴールドの花言葉で、いい意味のものは「勇者」「友情」「悪を挫く」「可憐な愛情」「濃厚な愛情」……そして「信頼」。
かのんは他ならぬ朽葉の事をとても信頼しています。だから、彼の過去の事を知ったところで、温かい心は揺らぎません。そしてかのんは、そんな悲しみと絶望を背負わされた人生を、己の力を恃んで生きて来た朽葉の事を、「勇者」のようだと思ったのでした。
本当の勇気というものがどんなものか、かのんもはっきりと答える事は出来ません。だけれど、どんな苦しい人生であっても、それに耐え、挫けずに自分らしく生きていくということは、とても尊い事であると思うし、そうしてきた朽葉は、かのんの自慢の『男親』……なのかもしれませんでした。
●リチェルカーレ(シリウス)編
リチェルカーレはマリーゴールドの花の前でお茶を飲み干しました。
たちまち彼女は、精霊のシリウスの夢の中に引き込まれていきました。
リチェルカーレが夢の中で見たのは、暗い部屋でした。
たくさんの寝台が並んでいます。
眠る子供の一人に、シリウスの面影を見つけ、リチェルカーレはそっと近づいて行きました。
幼いシリウスの寝顔--途端、苦しげにその顔が歪む事に気がつきます。
悲鳴を上げて飛び起きるシリウス。
『うるさい! 何時だと思っている!』
寝ていた周囲が次々に文句を言います。それを聞いて幼いシリウスは、必死に声を殺して布団の上に突っ伏していました。
もう少し大きくなったシリウスが見えます。
夜中にそっと皆が眠る部屋を出て、電気の消えた食堂らしき部屋でうずくまっています。眠気で瞼が落ちかける度、手をきつく握りしめます。掌に血が伝い落ちます。それを見て、自分の事ながら、息を飲むシリウス……。
(怖い夢を見るから眠りたくないって。……こんな小さい時から?)
リチェルカーレは夢の中の事なのに、涙をこぼしてしまいました。
その頃、シリウスは、大輪の園の花の迷路を抜けて、リチェルカーレを見つけました。リチェルカーレは何故か眠りながら泣いていました。
「リチェ。起きろ」
シリウスは軽く肩を揺すって起こします。
目が覚めるなり、リチェルカーレは、じっとシリウスの掌を見つめました。
シリウスはほんの僅かに困惑の目でリチェルカーレを見ます。
「手……」
名前を呼ばれて目を覚ましたリチェルカーレなのですが、心配そうなシリウスを見て、まず気になったのは手なのでした。彼の手をそっと取って見て見れば、掌全体に傷跡がたくさんついています。
リチェルカーレは思わず唇を噛みしめました。
リチェルカーレは怪訝そうにしているシリウスに対して謝りました。
「ごめんなさい、私、あなたの過去を……」
素直に全て話してしまいます。
リチェルカーレに夢で過去を見たという告白をされて、シリウスは思わず息を止めました。
施設に引き取られて、必死に声を殺した夜の事を思い出します。
眠る事が怖くてたまらなくて、それでも誰にも言う事が出来なくて……
震える体を抱いて耐えてきた、幼い日々。
それらの記憶と感情が呼び覚まされたのでした。
その彼の前で、リチェルカーレは静かに涙を落としていました。
「謝るな」
泣いているリチェルカーレを見て、シリウスは思わず苦笑してしまいます。
「……子供の頃は、それこそ毎晩夢に見た。燃える町や壊れた家、動かなくなった両親と、……笑うオーガを」
シリウスは乱れかけた呼吸を整えます。
「一人だけ助けられた日に言われた。『未契約の精霊を狙ってオーガが来たんじゃないか』と。本当かどうか分からない。でも本当なら……これは『罰』だ」
今度はリチェルカーレが息を止めました。
「だから、いい」
そうして寂しく笑うシリウスに、リチェルカーレは強い視線を向けたのでした。
「……あなたは悪くない。誰が何を言っても、わたしがそれを知っているわ」
オーガがどんな目的で町を襲ったにしても、シリウスが未契約の精霊だったとしても、幼い子供が眠る事も出来ずに震えていて、その上に罪悪感まで背負わされるなどという事が、許されるはずがない。リチェルカーレはそう思います。その上、それが、自分の精霊シリウスの事ならば……。
彼がたどってきた心の道を考えてリチェルカーレは何も言えなくなり、傷ついた掌を両手で包み込みました。
そうしてリチェルカーレは掌の傷跡にそっと口づけをしたのでした。
シリウスはそのキスと言葉に目を見開きます。
震える唇を引き結び、何かをこらえるように目を伏せました。
傷跡に触れる唇はとても優しくて、シリウスは傷から何もかも蕩かされて、リチェルカーレの胸に縋りたくなります。それをこらえて彼女の髪に触れ、撫でてとかしました。自分の最愛の神人が、ずっとそのままでいてくれるようにと、祈りながら。
| 名前:八神 伊万里 呼び名:イマちゃん |
名前:蒼龍・シンフェーア 呼び名:蒼龍さん、そーちゃん |



エピソード情報 |
|
|---|---|
| マスター | 森静流 |
| エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
| 男性用or女性用 | 女性のみ |
| エピソードジャンル | ロマンス |
| エピソードタイプ | ショート |
| エピソードモード | ビギナー |
| シンパシー | 使用可 |
| 難易度 | とても簡単 |
| 参加費 | 1,000ハートコイン |
| 参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
| 報酬 | なし |
| リリース日 | 10月05日 |
| 出発日 | 10月11日 00:00 |
| 予定納品日 | 10月21日 |

2016/10/10-16:51
2016/10/09-22:49
2016/10/09-05:08
2016/10/09-05:08
2016/10/08-20:21

